(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024139753
(43)【公開日】2024-10-09
(54)【発明の名称】ニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液、その製造方法、およびリチウム二次電池用活物質の製造方法
(51)【国際特許分類】
C01G 33/00 20060101AFI20241002BHJP
H01M 4/36 20060101ALI20241002BHJP
【FI】
C01G33/00 A
H01M4/36 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024048652
(22)【出願日】2024-03-25
(31)【優先権主張番号】P 2023050645
(32)【優先日】2023-03-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000224798
【氏名又は名称】DOWAホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129470
【弁理士】
【氏名又は名称】小松 高
(72)【発明者】
【氏名】眞下 優
(72)【発明者】
【氏名】吉田 昌弘
(72)【発明者】
【氏名】阿部 大介
(72)【発明者】
【氏名】田上 幸治
【テーマコード(参考)】
4G048
5H050
【Fターム(参考)】
4G048AA03
4G048AA04
4G048AB02
4G048AC06
4G048AE05
5H050AA19
5H050BA17
5H050CA01
5H050CA08
5H050CA09
5H050DA09
5H050GA02
5H050GA22
5H050HA00
5H050HA01
5H050HA02
5H050HA10
(57)【要約】
【課題】リチウムイオン二次電池の正極活物質粒子の表面を固体電解質であるニオブ、リチウムおよびリンを含む被覆層で被覆した際に、被覆正極活物質の比表面積の増大を抑制するとともに、保存安定性に優れたニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液およびその製造方法を提供する。
【解決手段】ニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液であって、前記の水溶液中に含まれるニオブ、リチウムおよびリンのモル数の和に対するリンのモル数の比P/(Nb+Li+P)の値が0.04以上0.5未満であり、かつリチウムとニオブのモル比Li/Nbが0.6超え2.0以下であり、好ましくはさらに0.01質量%以上10質量%以下の過酸化水素を含む水溶液。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水溶液中に含まれるニオブ、リチウムおよびリンのモル数の和に対するリンのモル数の比P/(Nb+Li+P)の値が0.04以上0.5未満であり、かつリチウムとニオブのモル比Li/Nbが0.6超え2.0以下である、ニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液。
【請求項2】
0.01質量%以上10質量%以下の濃度の過酸化水素をさらに含む、請求項1に記載のニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液。
【請求項3】
水溶液中に存在する過酸化水素のモル数とニオブのモル数の比(POC/Nb)の値が0.01以上1以下である、請求項2に記載のニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液。
【請求項4】
水溶液の波長660nmにおける吸光度が0.1以下である、請求項1に記載のニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液。
【請求項5】
ニオブの含水酸化物とリチウムを含有する塩を水に溶解してニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンを含む水溶液を得る工程と、
前記のニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンを含む水溶液にリン酸イオンを添加する工程と、
を含む、ニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液の製造方法。
【請求項6】
ニオブの含水酸化物とリチウムを含有する塩を水に溶解してニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンを含む水溶液を得る工程と、
前記のニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンを含む水溶液にリン酸イオンおよび過酸化水素を添加する工程と、
を含む、ニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液の製造方法。
【請求項7】
ニオブ、リチウムおよびリンのモル数の和に対するリンのモル数の比P/(Nb+Li+P)の値が0.04以上0.5未満であり、かつリチウムとニオブのモル比Li/Nbが0.6超え2.0以下である、請求項5または6に記載のニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液の製造方法。
【請求項8】
水溶液中の過酸化水素の濃度が0.01質量%以上10質量%以下である、請求項6に記載のニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液の製造方法。
【請求項9】
過酸化水素の添加量のモル数とニオブのモル数の比(POA/Nb)の値が0.1以上1.0以下である、請求項6に記載のニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液の製造方法。
【請求項10】
前記のニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンを含む水溶液中のリチウム1モルに対し、リン酸イオンを0.07mol/min以上3.07mol/min以下の速度で添加する、請求項5または6に記載のニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液の製造方法。
【請求項11】
請求項1~4のいずれか1項に記載のニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液によりリチウム二次電池用活物質の表面に被覆処理を行う工程と、
前記の被覆処理されたリチウム二次電池用活物質を熱処理する工程と、
を有する、ニオブ酸リチウムを含有する被覆層を有するリチウム二次電池用活物質の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池の正極活物質粒子の表面を固体電解質であるニオブ酸リチウムで被覆するためのニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液、および、ニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液の製造方法並びにニオブ酸リチウムを含有する被覆層を有するリチウム二次電池用活物質の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池の正極活物質は、従来一般的にリチウムと遷移金属の複合酸化物で構成される。なかでも、Coを成分に持つ複合酸化物であるコバルト酸リチウム(LiCoO2)が多用されている。また、最近ではニッケル酸リチウム(LiNiO2)、マンガン酸リチウム(LiMn2O4)、あるいは三元系(LiNi1/3Mn1/3Co1/3O2など)や、それらの複合タイプの利用も増加している。
【0003】
リチウムイオン二次電池の電解液としては、電解質LiPF6、LiBF4等のリチウム塩を、PC(プロピレンカーボネート)、EC(エチレンカーボネート)等の環状炭酸エステルと、DMC(ジメチルカーボネート)、EMC(エチルメチルカーボネート)、DEC(ジエチルカーボネート)等の鎖状エステルの混合溶媒に溶解したものが主として用いられている。このような有機溶媒は酸化雰囲気に弱く、特に正極表面でCo、Ni、Mn等の遷移金属に触れると酸化分解反応を起こし易い。その要因として、正極表面が高い電位であること、高酸化状態の遷移金属が触媒的に作用することなどが考えられる。したがって、電解液と正極活物質を構成する遷移金属(例えばCo、Ni、Mnの1種以上)との接触をできるだけ防止することが、電解液の性能を維持する上で有効となる。
【0004】
また、前記の有機溶媒系の電解液の問題点を抜本的に解決するための方法として、電解液を不燃性の固体電解質に替えた全固体型のリチウムイオン二次電池が提案されている。
一般に電池の電極反応は、電極活物質と電解液との界面で生起する。ここで、当該電解液に液体の電解液を用いた場合には、電極上に存在する電極活物質の表面に電解液が浸透し、電荷移動の反応界面が形成される。全固体型電池の場合、イオン伝導性を有する固体電解質が電解液の役割を果たすが、固体電解質それ自体は液体のような流動性を持たないため、二次電池を構成する前に電極活物質となる粉体と固体電解質を混合するか、電極活物質となる粉体を固体電解質により被覆して、予め複合化しておく必要がある。
【0005】
ところが、全固体型リチウムイオン二次電池の場合、正極活物質と固体電解質との界面をリチウムイオンが移動する際に発生する抵抗(以下、「界面抵抗」と記載する場合がある。)が増大し、全固体型リチウムイオン二次電池の電池容量等の性能が低下し易いという問題があった。当該界面抵抗の増大は、正極活物質と固体電解質とが反応して正極活物質の表面に高抵抗部位が形成されることが原因であるとされており、正極活物質であるコバルト酸リチウムの表面をニオブ酸リチウムによって被覆することにより、界面抵抗を低減することが可能であることが知られている。
【0006】
例えば特許文献1には、正極活物質と固体電解質の界面抵抗を改善する目的で、湿式法により正極活物質の表面にニオブまたはタンタルとリチウムを含むリチウムイオン伝導性酸化物を湿式で被覆する技術が開示されている。しかし、当該被覆技術においてはニオブまたはタンタル源としてそれらのアルコキシドを、溶媒として揮発性有機化合物である無水アルコールを使用しているために、作業環境が悪化することが懸念される。また、当該被覆技術の場合には、被覆に使用する装置に防爆対策を必要とするなど、コスト的な問題も存在した。
【0007】
それらの問題を解決するために、例えば特許文献2に溶媒として水を用いたニオブ酸リチウムの被覆方法が開示されている。特許文献2に開示されているニオブ酸リチウムの被覆液は、水に難溶性のニオブ酸化物をペルオキソ錯体またはシュウ酸錯体として水可溶としたものである。そのために、特許文献2に開示されたペルオキソ錯体を用いたニオブ酸リチウムの被覆液の場合、ニオブ酸1モルに対して過酸化水素を8モル以上添加する必要があり、ニオブ酸が過酸化水素水に溶解しないため、さらにニオブ酸1モルに対してアンモニアを1モル以上添加する必要があった。しかし、当該被覆液の場合にはペルオキソ錯体が化学的に不安定であるため、保存安定性が悪いとの問題があった。また、当該被覆液の場合には、被覆液に添加したアンモニアにより、被覆対象となる正極活物質の金属成分が溶出するとの問題もあった。
【0008】
ニオブのペルオキソ錯体の化学的安定性を改善する技術としては、例えば特許文献3に、ニオブ酸リチウムの被覆液にリン酸系イオンを添加する技術が開示されている。この場合、特許文献3には明示されていないが、リン酸系イオンは過酸化水素の分解反応に対して負触媒の作用をするものと考えられる。しかし、当該被覆液の場合には、ニオブをペルオキソ錯体とするために大量の過酸化水素とアンモニアが必要であり、化学的安定性が不十分で、正極活物質の金属成分が溶出するという問題も解決されない。
【0009】
化学的安定性に優れた水溶液系のニオブ酸リチウムの被覆液としては、特許文献4にニオブのポリ酸イオンを用いたニオブ酸リチウムの前駆体水溶液およびその製造方法が開示されている。当該前駆体水溶液の場合には、ニオブはポリ酸イオンの形態で水可溶化されており、アンモニアを用いていないことから、正極活物質の金属成分の溶出の問題も存在しない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】国際公開第2007/004590号
【特許文献2】特開2012-074240号公報
【特許文献3】特開2017-191667号公報
【特許文献4】特開2020-066570号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献4に開示されたニオブ酸リチウムの前駆体水溶液は溶液の保存安定性に優れ、かつ、被覆時の正極活物質の溶解が抑制された、優れた特徴を有する被覆液である。しかし、当該前駆体水溶液を用いて正極活物質の表面にニオブ酸リチウムを被覆すると、ニオブ酸リチウム被覆正極活物質の比表面積が、被覆前の正極活物質のそれよりも増大するという問題があった。
【0012】
被覆後に比表面積が増大するのは、ニオブ酸リチウムの被覆層中に孔径が極めて微細な細孔が生成するためであると推定される。被覆層が多孔質化するとその細孔を通して正極活物質の表面に水分が吸着し、正極活物質の劣化を招く恐れがある。また、被覆層が多孔質化すると、固体電解質である被覆層と正極活物質の界面接合の面積が減少するので好ましくない。
【0013】
本発明は、リチウムイオン二次電池の正極活物質粒子の表面を固体電解質であるニオブ酸リチウムで被覆した際に、ニオブ酸リチウム被覆正極活物質の比表面積の増大を抑制するとともに、保存安定性に優れたニオブ酸リチウムの前駆体水溶液およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
[1]上記の目的を達成するために、本発明においては、水溶液中に含まれるニオブ、リチウムおよびリンのモル数の和に対するリンのモル数の比P/(Nb+Li+P)の値が0.04以上0.5未満であり、かつリチウムとニオブのモル比Li/Nbが0.6超え2.0以下である、ニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液が提供される。
[2]前記の[1]項のニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液は0.01質量%以上10質量%以下の過酸化水素をさらに含んでも構わない。
[3]前記の[2]項のニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液は、過酸化水素とニオブのモル数の比(POC/Nb)の値が0.01以上1以下であることが好ましい。
[4]前記の[1]項のニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液は、当該水溶液の波長660nmにおける吸光度が0.1以下であることが好ましい。
[5]また、本発明においては、ニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液の製造方法として、ニオブの含水酸化物とリチウムを含有する塩を水に溶解してニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンを含む水溶液を得る工程と、前記のニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンを含む水溶液にリン酸イオンを添加する工程とを含む、ニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液の製造方法が提供される。
[6]また、本発明においては、ニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液の製造方法として、ニオブの含水酸化物とリチウムを含有する塩を水に溶解してニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンを含む水溶液を得る工程と、前記のニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンを含む水溶液にリン酸イオンおよび過酸化水素を添加する工程とを含む、ニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液の製造方法が提供される。
[7]前記の[5]項または[6]項のニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液の製造方法においては、ニオブ、リチウムおよびリンのモル数の和に対するリンのモル数の比P/(Nb+Li+P)の値が0.04以上0.5未満であり、かつリチウムとニオブのモル比Li/Nbが0.6超え2.0以下であることが好ましい。
[8]前記の[6]項のニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液の製造方法においては、水溶液中の過酸化水素の濃度が0.01質量%以上10質量%以下であることが好ましい。
[9]前記の[6]項のニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液の製造方法においては、ニオブと過酸化水素の添加量のモル数の比(POA/Nb)の値が0.1以上1.0以下であることが好ましい。
[10]前記の[5]項または[6]項のニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液の製造方法においては、ニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンを含む水溶液中のリチウム1モルに対し、リン酸イオンを0.07mol/min以上3.07mol/min以下の速度で添加することが好ましい。
[11]本発明においてはさらに、前記の[1]項~[4]項のいずれかに記載のニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液によりリチウム二次電池用活物質の表面に被覆処理を行う工程と、前記の被覆処理されたリチウム二次電池用活物質を熱処理する工程とを有する、ニオブ酸リチウムを含有する被覆層を有するリチウム二次電池の製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0015】
本発明の製造方法により得られるニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液は保存安定性に優れ、当該水溶液を用いてリチウムイオン二次電池用正極活物質の表面に被覆層を形成しても比表面積の増大が抑制される。したがって、本発明は全固体型リチウムイオン二次電池の性能向上に寄与しうる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】比較例1と実施例3で得られた水溶液のFT-IRスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
[正極活物質]
本発明のニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液で被覆される正極活物質は本発明の範囲外であるが、例として以下のものが挙げられる。正極活物質はLiと遷移金属Mの複合酸化物でからなるものであり、従来からリチウムイオン二次電池に使用されている物質、例えばリチウム酸コバルト(Li1+XCoO2、-0.1≦X≦0.3)、Li1+XNiO2、Li1+XMn2O4、Li1+XNi1/2Mn1/2O2、Li1+XNi1/3Co1/3Mn1/3O2(いずれも-0.1≦X≦0.3)、Li1+X[NiYLi1/3-2Y/3Mn2/3-Y/3]O2(0≦X≦1、0<Y<1/2)等や、これらのLiあるいは遷移金属元素の一部をAlその他の元素で置換したリチウム遷移金属酸化物や、Li1+XFePO4、Li1+XMnPO4(いずれも-0.1≦X≦0.3)などのオリビン構造を持つリン酸塩やスピネル型化合物としてマンガン酸リチウム(LiMnO4)やMnの一部をAlやTi、Cr、Fe、Zr、Y、W、Ta、Nb、Ni、Co、Fe等で置換したもの(LiAl0.1Mn0.9O4、LiNi0.5Mn1.5O4等)などが挙げられる。
【0018】
[Nb源]
無水の酸化ニオブ(Nb2O5)は水に難溶性なので、本発明の製造方法においては、Nb源として非晶質で水に可溶性の含水酸化ニオブを用いる。含水酸化ニオブは一般式Nb2O5・nH2Oで表される物質(nは0ではなく、例えば、3≦n≦16)である。
【0019】
[ポリ酸イオン]
ポリ酸はオキソ酸が縮合してできた陰イオン種であり、遷移金属元素のポリ酸は金属酸化物の分子状イオン種であるとみなすことができる。なお、金属元素が一種類の場合はイソポリ酸、金属元素が複数の場合はヘテロポリ酸と呼ぶ。
【0020】
ニオブに関する電位-pH図は現在確立されていないが、中性領域でニオブの水酸化物が沈殿することから、当該pH領域ではNb(OH)5またはHNbO3等の固相が安定化学種であると考えられる。これらの固相が存在する水溶液にアルカリを添加して系のpHを上昇させると、過剰のOH-イオンの存在によりニオブが例えばNb(OH)6
-やNbO3
-等の形で溶解し始める。系のpHをさらに上昇すると可溶性の酸化ニオブは系のpHに応じて様々な縮合状態を取るものと考えられるが、本明細書ではアルカリ側で可溶化した酸化ニオブは、一括してニオブのポリ酸イオンになると考える。なお、アルカリ側で一度可溶化したニオブのポリ酸イオンは、リン酸を添加して系のpHが4程度まで低くなっても、ポリ酸の形態を維持する。本発明のニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液は、ニオブをポリ酸の存在形態で含むので、保存安定性に優れる。ニオブの存在形態は可溶性のポリ酸イオンであれば良く、特にその構造は限定されない。
水溶液中のニオブがポリ酸イオンであることは、FT-IR測定により確認することができる。水溶液中のニオブがポリ酸イオンの形態をとる場合には、波数850cm-1±20cm-1付近にNb-O結合に起因する吸収ピークが観察される。
【0021】
[Li源]
本発明の製造方法においては、Li源として水酸化リチウム(LiOH)を使用する。LiOHは無水のものでも水和しているものでも、いずれでも構わない。水溶液に添加したLiOHはLi+とOH-に解離し、強アルカリ性を示す。特許文献2および特許文献3に記載のニオブ酸リチウムの前駆体水溶液の製造方法においては、最初にニオブ酸と過酸化水素を反応させた後アンモニア水を添加してpHを上昇させ、最後にLi塩を添加して前駆体水溶液を調整している。これに対し、本発明のニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液の製造方法においては、ニオブ酸を含む水溶液に最初にLiOHを添加してニオブ酸を溶解することが特徴である。
【0022】
LiOHはそれ自体が強アルカリなので、ニオブ酸を含む水溶液にLiOHを添加すると、系のpHが上昇して酸化ニオブが溶解し、ニオブのポリ酸イオンが安定して形成される。その後ニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンを含むアルカリ性の水溶液に過酸化水素を添加するが、過酸化水素の効果については後述する。
【0023】
最終的にイオン伝導性を有する固体電解質の被覆層を形成することから、リチウムの添加量はニオブのポリ酸イオンに含まれるニオブ1モルとのモル比Li/Nbを0.6超え2.0以下とすることが好ましい。
Li/Nbが0.6以下では、リチウムが欠損することより、リチウムイオン導電性が悪化するため好ましくない。また、Li/Nbが2.0を超えると、過剰な水酸化リチウムによるpH上昇により、保存安定性が悪化するため好ましくない。Li/Nbは、イオン伝導度の観点からは0.9以上が好ましく、より好ましくは0.95以上である。また、Li/Nbは、イオン伝導度の観点から1.5以下が好ましく、より好ましくは1.4以下である。
【0024】
本発明のニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液の保存安定性が、特許文献2および特許文献3に記載の技術により得られた前駆体水溶液のそれよりも良好な理由は、以下のように推定される。
特許文献2および特許文献3に記載の技術においては、ニオブは水溶液中でペルオキソ錯体の形で存在しており、ニオブに配位しているペルオキソイオンは脱離し易く、不安定であることが知られている。
それに対し、本発明のニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液中でのニオブは、主として比較的安定なポリ酸の形態をとっていると考えられ。当該水溶液に過酸化水素を添加すると、保存安定性がさらに向上する。本発明の水溶液は非特許文献1に記載の被覆液のように有機物を含まないために、最終的に体積抵抗率の低い被覆層を得ることができる。
【0025】
[リン酸イオン]
本発明の最大の技術的特徴は、ニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンを含む水溶液中にリン酸イオンを共存させることである。リン酸イオンの供給源としてはオルトリン酸、メタリン酸、ピロリン酸やそれらのナトリウム塩、アンモニウム塩等の水可溶性リン酸(PO4
3-)塩を用いることができる。ここでリン酸は3塩基酸であり、水溶液中で3段解離するため、水溶液中ではリン酸イオン、リン酸1水素イオン、リン酸2水素イオン、ピロリン酸イオン等の様々な存在形態を取り得るが、その存在形態はリン酸イオンの供給源として用いた薬品の種類ではなく、水溶液のpHにより決まるので、上記のリン酸基を含むイオンをリン酸イオンと総称する。
なお、本発明のニオブのポリ酸イオン、リチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液の場合、FT-IR測定において1000~1150cm-1にリン酸イオンに起因する吸収ピークが観察される。
【0026】
ニオブのポリ酸イオンとリチウムイオン水溶液中にリン酸イオンを共存させると、被覆正極活物質の比表面積の増大が抑制される理由は現時点では不明であるが、本発明者等は以下のように推定している。
すなわち、本発明のニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液中に含まれるリン酸イオンの存在が当該水溶液の正極活物質表面に対する濡れ性を改善する、水溶液中に含まれるリン酸イオンの作用により界面の二重層構造が変化して被覆層の構造が変化する、または、被覆層中に含まれる微量のリン酸イオンが乾燥時の被覆層中での細孔発生を抑制する、等の機構が考えられる。
【0027】
本発明のニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液の製造方法においては、前記のリン酸イオン水溶液を、ニオブのポリ酸イオンが安定して形成されたリチウムとニオブのポリ酸を含んだ水溶液に添加することで、ニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液中にニオブ酸が析出するのを抑制することができる。その際、急激なリン酸イオン濃度の上昇によりLi3PO4等を主成分とする沈殿物(コロイド)が大量に発生する場合がある。ニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液中のコロイド粒子の濃度が高いと被覆正極活物質の比表面積を上昇させる要因となるので好ましくない。
【0028】
前記のコロイドの発生を防ぐために、ニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンを含む水溶液へのリン酸イオン水溶液の添加速度を調整することが好ましい。コロイドの発生を防ぐためにリン酸イオン水溶液の添加速度は、ニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンを含む水溶液中のリチウム1モルに対し、リン酸イオンを3.07mol/min以下とすることが好ましい。より好ましくは、2mol/min以下である、さらに好ましくは1mol/min以下や0.6mol/min以下である。添加速度の下限値は特に限定はされないが、製造時間の観点から例えば0.07mol/min以上であればよい。
【0029】
前記のコロイド発生の有無は、ニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液中の波長660nmにおける吸光度の値によって確認することができる。これは、波長660nmにおける吸光度が、ニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液中に存在するコロイドの微粒子による散乱光の強さを示していることによる。従って、本発明に係る前駆体溶液において吸光度が高いことは、水溶液中に存在する微粒子濃度が高いことを示唆していることによる(例えば、JIS-K0101参照)。
【0030】
そして、当該微粒子濃度が高い水溶液を用いて正極活物質を被覆すると、正極活物質表面に微粒子が付着して被覆層が凸凹になり、被覆層の厚さが不均一となり、比表面積を上昇させる要因となる虞がある。本発明者らの検討によれば、ニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液の波長660nmにおける吸光度の値が0.1以下であれば、仮に水溶液中にコロイドの微粒子が存在しても、その量は少なく、被覆層厚さが不均一となるのが抑制され、比表面積の上昇も抑えられる。より好ましくは、吸光度の値は0.08以下であり、さらに好ましくは0.07以下である。本発明において、吸光度の下限値は特に規定するものではないが、例えば0.001以上であればよい。
【0031】
ニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液中におけるリン酸イオンの含有量としては、水溶液中に含まれるニオブ、リチウムおよびリンのモル数の和に対するリンのモル数の比P/(Nb+Li+P)の値が0.04以上0.5未満であることが好ましい。前記の比の値が0.04未満であると、リン酸イオン添加の効果が不十分である。また、イオン伝導度の観点からP/(Nb+Li+P)は0.08以上が好ましい。P/(Nb+Li+P)の値が0.5以上になると、リン酸イオン添加の効果が飽和する。イオン伝導度の観点からP/(Nb+Li+P)は0.35以下が好ましい。P/(Nb+Li+P)の範囲はより好ましくは0.1以上0.4以下であり、さらに好ましくは0.2以上0.4以下である。
【0032】
ニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液中のリチウム、ニオブおよびリンの含有量の和は、1質量%以上、20質量%以下が好ましい。より好ましくは3質量%以上、10質量%以下である。さらに好ましくは5質量%以上、8質量%以下である。リチウム、ニオブおよびリンの含有量の和が1質量%未満では、必要とされる被覆層の膜厚を得るためにニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液の量を増やす必要があり、水分量が増加するのでコスト的に不利になる。濃度が薄いと必要な被覆膜厚を達成するために水分が増加してしまい経済的ではない。リチウム、ニオブおよびリンの含有量の和が20質量%を超えると、ニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液の粘度が増加し、被覆処理に用いる装置の細い配管を閉塞させてしまう可能性がある。
【0033】
ニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液中におけるリチウム、ニオブ、リン、酸素、水素以外の不純物元素の量は10質量%以下であることが好ましい。より好ましくは1質量%以下である。不可避的不純物としては炭酸イオン等が考えられる。ここで不純物とは、前駆体水溶液を200℃で蒸発乾固させた時に、蒸発残渣に含まれる不純物を指す。なお、200℃で蒸発乾固させると、炭酸イオンはカウンターとなるカチオンと結合して炭酸塩として析出する。
【0034】
[過酸化水素]
本発明の水溶液は、保存安定性向上のためにさらに過酸化水素を添加することができる。その場合、水溶液中の過酸化水素の濃度は0.01質量%以上10質量%以下となるよう添加することが好ましい。過酸化水素の濃度が0.01質量%未満であると、生成したニオブのポリ酸が水酸化物イオンと反応して分解し易くなる。また、10質量%を超えると、生成したニオブのポリ酸と過酸化水素が反応し、不安定であるペルオキソ錯体を形成する場合がある。水溶液中の過酸化水素の濃度は、0.05質量%以上5質量%以下となるように添加することが好ましく、0.1質量%以上1質量%以下となるように添加することがより好ましい。
【0035】
なお、過酸化水素とニオブの添加量のモル数の比(POA/Nb)は0.1以上1以下の範囲とすることが好ましい。0.1以上とすることでニオブのポリ酸が水酸化物イオンと反応して分解することを回避する上で有利となる。また、1以下とすることで、生成したニオブのポリ酸と過酸化水素の反応により不安定であるペルオキソ錯体が形成されることを回避する上で有利となる。過酸化水素とニオブの添加量のモル数の比(POA/Nb)は、0.05以上0.5以下が好ましく。より好ましくは、0.1以上0.35以下である。
前記の過酸化水素の添加は、反応性の観点から、含水酸化ニオブをLiOHとともに溶解し、安定なニオブのポリ酸イオンを形成した後に行うことが好ましい。なお、前記のリン酸イオンの添加と本項の過酸化水素の添加はどちらを先にしても構わない。
【0036】
ここで、添加した過酸化水素は経時的に分解するが、水溶液中に過酸化水素として0.01質量%以上6.7質量%以下含有されていることが好ましい。過酸化水素が0.01質量%未満では、前駆体水溶液の安定性を保つ効果が少ない。また、過酸化水素が6.7質量%を超えると過酸化水素を添加する効果が飽和する。水溶液中の過酸化水素の濃度は、0.05質量%以上5質量%以下が好ましく、0.1質量%以上1質量%以下がより好ましい。
【0037】
また、水溶液中に存在する過酸化水素の濃度とニオブ濃度から算出されるニオブ1モルに対する過酸化水素のモル数の比(POC/Nb)は、0.01以上、1以下の範囲であることが好ましい。上記の範囲を超えると、過酸化水素添加の効果が飽和するのみならず、被覆液として用いた場合に、正極活物質を溶解する恐れがある。過酸化水素が少なすぎると、ニオブのポリ酸が水酸化物イオンと反応して分解し易くなる。POC/Nbのさらに好ましい範囲は0.05以上0.5以下である。より好ましくは、0.1以上0.35以下である。
【0038】
[pH]
本発明の製造方法においてニオブのポリ酸イオンを形成する際の水溶液のpHは、強アルカリであるLiOHの添加量と、リン酸の添加量と、過酸化水素の添加量でほぼ自動的に決定されるので、特にpH調整を行う必要はないが、アルカリ側である7.5~12.5となる。ニオブのポリ酸イオンが安定して形成されるため、より好ましくは、pHは9.0~12.0である。このニオブのポリ酸とリチウムを含む溶液にリン酸を添加すると系のpHが低下するが、pHが3以上でニオブのポリ酸が安定に存在することが確認されている。リン酸を添加した溶液のpHは12.5以下が好ましい。より好ましくは12以下である。なお、ここでpH値は、JIS Z8802に基づき、測定するpH領域に応じた適切な緩衝液を用いて校正し、温度補償電極を備えたpH計により、ガラス電極を用いて測定した値である。
【0039】
[製造方法]
本発明のニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液の製造方法においては、前述のように、ニオブの出発物質として含水酸化ニオブを用いる。含水酸化ニオブとLiOHを水に溶解し、ニオブのポリ酸イオンとリチウムを含有する水溶液を得た後に、当該水溶液にリン酸イオンを添加してニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液を得る。その際、ニオブ、リチウムおよびリンのモル数の和に対するリンのモル数の比P/(Nb+Li+P)の値が0.04以上0.5未満とし、ニオブとリチウムのモル比Li/Nbを0.6超え2.0以下とすることが好ましい。また、ニオブの全濃度は、ニオブとして1質量%以上20質量%以下とすることが好ましい。過酸化水素を添加する場合には、水溶液中の過酸化水素の濃度を0.01質量%以上10質量%以下となるよう添加することが好ましい。
【0040】
[被覆処理]
本発明のニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液を用いるリチウムイオン二次電池用正極活物質への被覆処理の実施形態として以下が挙げられる。
被覆処理の対象となる正極活物質としては、比表面積が0.1~2m2/g程度のものを使用することができる。正極活物質の比表面積はその粒径に反比例するので、リチウムイオン二次電池の用途に応じて正極活物質の比表面積を適宜選択する。
正極活物質に被覆される被覆層の厚さは3~20nmとすることが好ましい。より好ましくは5~15nmである。
被覆処理には転動流動層コート法や高速気流の衝突せん断法などの公知の方法を用い、正極活物質に本発明のニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液を接触させた後、乾燥などの熱処理をすることにより被覆層を有する正極活物質を得ることができる。
【実施例0041】
[水溶液の定性評価]
水溶液中の溶存化学種の定性評価には、サーモフィッシャー・サイエンティフィック社製NICOLET7600を用い、フーリエ変換赤外分光法(FT-IR)により行った。溶媒である水の低波数側のピークを除去するため、バックグラウンド測定には水を用い、全反射測定(ATR)法により測定を行った。測定にはゲルマニウムプリズムを使用し、入射角度45°とした。当該FT-IR測定を行うことにより、本発明のニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液でニオブがポリ酸イオンとして、またリンがリン酸イオンとして存在することが確認できる。
【0042】
[水溶液中のLi、NbおよびPの定量]
水溶液の成分の分析は誘導結合プラズマ発光分光分析装置(ICP-AES、Agilent Technology 700Series)を用いて行った。前駆体溶液から試料0.1gを分取して秤量し、それに純水15mLと塩酸5mLを添加して加熱した後放冷した。さらに過酸化水素水2mLを添加して放冷した後、液量を100mLに定容し、ICP-AES分析を行った。このICPによる定量分析で得られたニオブ、リチウムおよびリンの含有量から本発明のモル数を算出した。
【0043】
[水溶液中の過酸化水素の定量方法]
定量操作に先立ち、予めTi-PAR溶液を調製しておく。Ti-PAR溶液は、市販のチタン標準液を用いて調製したチタン濃度1mmol/LのTi溶液20mLと、PAR(4-(2-ピリジルアゾ)-レソルシノール)11mgを1質量%水酸化ナトリウム水溶液に溶解し、超純水で50mLに定容したPAR溶液15mLを混合して調製する。
試薬特級硝酸0.05mLと特級メタノール20mLを予め入れておいたポリ容器に、試料として水溶液0.1mLを添加して軽く振り混ぜ、沈殿が静置した後、0.45μmのフィルターを用いてろ過する。なお、その際、溶液を添加した後ろ過を開始するまで1分間程度で行うことが好ましい。
ろ液を0.25mL分取し、それにメタノール5mL、Ti-PAR溶液1mL、1moL/Lのアンモニア水5mLと1mol/Lの塩化アンモニウム40mLを混合して調製したpH8.6の緩衝液1.2mLを順次添加し、メタノールで10mLに定容した測定溶液を40~45℃で30分間静置した後。日立ハイテクノロジーズ製の分光光度装置U-2800を用いて、波長520nmで吸光度を測定する。なお、過酸化水素濃度の定量は、標準添加法を用いて過酸化水素の標準液との吸光度の相対強度から測定した。この定量分析で得られた過酸化水素の含有量から本発明のモル数を算出した。
【0044】
[吸光度測定]
水溶液を石英セル(10mm×10mm×45mm)に3.5mL分取し、日立ハイテクノロジーズ製の分光光度装置U-2800を用いて、波長400~700nmにおける吸光度を測定した。測定中の前駆体溶液温度は25℃とした。その際、吸光度のゼロ点は、電気伝導度17MΩ・cm以上、25°Cの超純水を測定セルにいれて測定した場合の吸光度を用いた。
なお、波長660nmにおける吸光度は、前駆体水溶液中の微粒子による散乱光の強さを示しており、吸光度が高いことは微粒子濃度が高いことを示唆する(JIS-K0101参考)。
【0045】
[BET比表面積の測定]
被覆前後の正極活物質のBET比表面積は、ユアサアイオニクス株式会社製の4ソーブUSを用い、BET一点法により求めた。被覆前後のBET比表面積の増加率は下記(1)式で定義される。
BET比表面積増加率=100×(BETA-BETB)/BETB …(1)
ここでBETAは被覆後のBET比表面積、BETBは被覆前のBET比表面積である。本発明においては、BET比表面積増加率が100%以下である場合に比表面積の増加が抑制されたと判定する。
【0046】
[イオン伝導性の評価]
本発明の水溶液により得られる被覆層のオン伝導性は、当該水溶液により形成したバルクの粉体を用いて評価した。水溶液を100℃に設定した乾燥機中で蒸発乾固させ、得られた粉末をさらに大気中300℃で12時間焼成した。焼成後の粉体0.5gを直径10mmの金型に入れ、プレス機によって20MPaでプレスして圧粉体を得た。得られた圧粉体に対し、Ar雰囲気下、温度25℃にて、ポテンショ/ガルバノスタット(ソーラトロン社製1470E)と周波数応答分析器(ソーラトロン社製1255B)を用い、100Hz~4MHzの周波数範囲でインピーダンス測定を行い、当該測定値のCole-Coleプロット(複素インピーダンス平面プロット)の切片から酸化物の粉末試料の抵抗値を求め、得られた抵抗値からイオン伝導度を算出した。
【0047】
[被覆層の厚さの算出]
前記の被覆処理により得られる被覆層の厚さは、被覆処理に用いられた水溶液の全量が被覆層の形成に用いられたと仮定して算出する。その場合、水溶液中に含まれるリチウム、ニオブおよびリンは、それぞれLi2O、Nb2O5およびP2O5に変化したと考え、それらの混合物の体積を算出する。被覆層の厚さは下記(2)式で定義される。
[被覆層の厚さ(nm)]=103×[Li2O、Nb2O5およびP2O5の混合物の体積(cm3)]/[正極活物質の量×正極活物質の比表面積(m2/g)] …(2)
ここで、上記の混合物の体積は以下のようにして求まる。
水溶液中のLi含有量をa(質量%)、Nb含有量をb(質量%)、P含有量をc(質量%)とすると、Li、NbおよびPの原子量とLi2O、Nb2O5およびP2O5の分子量から、
Li2O含有量(質量%)a’=a×Li2Oの分子量/(Liの原子量×2)
Nb2O5含有量(質量%)b’=b×Nb2O5の分子量/(Nbの原子量×2)
P2O5含有量(質量%)c’=c×P2O5の分子量/(Pの原子量×2)
被覆処理に用いた水溶液量をx(g)、Li2Oの密度を2.0g/cm3、Nb2O5の密度を4.6g/cm3、P2O5の密度を2.4g/cm3とすると、
Li2O、Nb2O5およびP2O5の混合物の体積(cm3)=(a’/2.0+b’/4.6+c’/2.4)×x/100
となる。
【0048】
[比較例1]
0.5Lのビーカーに純水81.6g、水酸化リチウム一水和物(LiOH・H
2O)4.195gを投入し、撹拌して水酸化リチウムを溶解した後、300℃で乾燥した含水酸化ニオブ(Nb
2O
5・nH
2O、Nb濃度:67.4質量%)13.84gを混合し、70℃で8時間撹拌を行い、含水酸化ニオブを可溶化し、ニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンを含む清澄な水溶液を得た。得られた水溶液のpHは、11.8であった。この場合、リチウムの添加量は、ニオブのポリ酸イオンに含まれるニオブ1モルとのモル比Li/Nbは1.0である。そのニオブとリチウムを含む水溶液を20℃に保ちながら、過酸化水素の30%水溶液3.2gを添加し、最終的な濃度調整のためにさらに純水を71g添加してニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとを含む水溶液を得た。この場合、水溶液中の過酸化水素濃度は0.49質量%であった。当該水溶液には白濁は目視で観察されなかった。比較例1の水溶液について吸光度測定を行ったところ、波長660nmで吸光度の値は、0.01であった。本比較例の水溶液の調製条件を表1に、水溶液中の各元素の濃度の計算値および過酸化水素濃度を表2にそれぞれ示す。本比較例の水溶液についてFT-IR測定を行ったところ、波数850cm
-1±20cm
-1付近にNb-O結合に起因する吸収ピークが観察され、可溶化した含水酸化ニオブが、ニオブのポリ酸イオンの形で存在しているものと考えられる。本比較例により得られた水溶液のFT-IRスペクトルを
図1に示す。
【0049】
転動流動コーティング装置(MP-microパウレック社製)を用い、BET比表面積が0.636m2/gの正極活物質(LiNi1/3Mn1/3Co1/3O2、MTI社製、EQ-Lib-LNCM111)に、本比較例で得られた水溶液25.2gを噴霧しながら、それと並行して水溶液を乾燥することにより、正極活物質の表面に被覆した。なお、転動流動コーティング装置の運転条件は、吸気ガス:大気、吸気温度:100℃、吸気風量:0.1m3/h、ロータ回転数:毎分1000回転、噴霧速度:0.5g/minとした。前記の水溶液の量は、被覆層の厚さ10nmに相当する量である。被覆後のBET比表面積は1.91m2/gであり、本比較例の水溶液を用いて被覆処理を行った場合のBET比表面積増加率は200%であった。被覆処理の条件とBET比表面積増加率を表3に示す。
【0050】
[実施例1]
過酸化水素添加までは前記の比較例1と同一の手順とし、リン酸(和光純薬社製、80質量%)1.0gをさらに添加した後、濃度調整用の純水75gを添加して実施例1のニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液を得た。なお、リン酸添加の際には、溶液を撹拌しながらニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンを含む水溶液中のリチウム1モルに対し、リン酸イオンを0.25mol/minの速度で添加した。この場合、P/(Nb+Li+P)は0.04であり、白色コロイドの生成は観察されなかった。実施例1の水溶液について吸光度測定を行ったところ、波長660nmで吸光度の値は、0.01であった。
【0051】
本実施例で得られた水溶液についてFT-IR測定を行ったところ、波数850cm-1±20cm-1付近にNb-O結合に起因するも吸収ピークが観察され、可溶化した含水酸化ニオブが、ニオブのポリ酸イオンの形で存在しているものと考えられる。また、波数1000~1150cm-1にリン酸イオンに起因する吸収ピークが観察された。本実施例で得られる水溶液を300℃で蒸発乾固して得られた粉体のイオン伝導率は1.225×10-8S/cmであった。本実施例で得られた水溶液25.2gを用い、比較例1と同じ条件で被覆処理を行ったところ、被覆層の厚さは10nm、BET比表面積増加率は90%であり、前記の比較例1に対してBET比表面積増加抑制の効果が観察された。本実施例の水溶液の調製条件を表1に、水溶液中の各元素の濃度の計算値および過酸化水素濃度を表2に、被覆処理の条件とBET比表面積増加率を表3に、蒸発乾固して得られた粉末のイオン伝導度を表4にそれぞれ示す。
【0052】
[実施例2~5]
過酸化水素添加までは前記の実施例1と同一の手順とし、リン酸と濃度調整用の純水の添加量およびリン酸イオンの添加速度を表1に示すように種々変化させて実施例2~5のニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液を得た。この場合、P/(Nb+Li+P)を0.10~0.40としたが、いずれの実施例においても白色コロイドの生成は観察されなかった。また、各実施例について、実施例1と同様に吸光度測定を行って得られた結果を表2に併せて示す。いずれの実施例においてもFT-IR測定を行ったところ、波数850cm
-1±20cm
-1付近にNb-O結合に起因するも吸収ピークが観察され、可溶化した含水酸化ニオブが、ニオブのポリ酸イオンの形で存在しているものと考えられる。また、波数1000~1150cm
-1にリン酸イオンに起因する吸収ピークが観察された。
図3に本実施例で得られた水溶液のFT-IRスペクトルを併せて示す。実施例2~5で得られた水溶液を用い、比較例1と同じ条件で被覆処理を行った。被覆層の厚さはいずれも10nmになるように、使用する水溶液の量を調整したところ、BET比表面積増加率は-1%~27%であった。実施例2~5の水溶液の調製条件表1に、水溶液中の各元素の濃度の計算値および過酸化水素濃度を表2に、被覆処理の条件とBET比表面積増加率を表3に、蒸発乾固して得られた粉末のイオン伝導度を表4にそれぞれ示す。
表4の結果から、イオン伝導度の観点よりP/(Li+Nb+P)比は0.35以下が好ましいと言える。より好ましくは0.08以上である。
【0053】
[実施例6~9]
実施例1と同じ手順で、水酸化リチウム、リン酸および濃度調整用の純水の添加量およびリン酸イオンの添加速度を表1に示すようにそれぞれ変化させることにより、Li/NbおよびP/(Nb+Li+P)の値を変化させた実施例6~9のニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液を得た。この場合、Li/Nbは0.78~2.00、P/(Nb+Li+P)は0.20~0.40である。いずれの実施例においても白色コロイドの生成は観察されなかった。また、各実施例について、実施例1と同様に吸光度測定を行って得られた結果を表2に併せて示す。いずれの実施例もFT-IR測定を行ったところ、波数850cm-1±20cm-1付近にNb-O結合に起因するも吸収ピークが観察され、可溶化した含水酸化ニオブが、ニオブのポリ酸イオンの形で存在しているものと考えられる。また、波数1000~1150cm-1にリン酸イオンに起因する吸収ピークが観察された。実施例6~9で得られた水溶液を用い、比較例1と同じ条件で被覆処理を行った。被覆層の厚さはいずれも10nmになるように、使用する水溶液の量を調整したところ、BET比表面積増加率は-2%~-3%であった。実施例6~9の水溶液の調製条件表1に、水溶液中の各元素の濃度の計算値および過酸化水素濃度を表2に、被覆処理の条件とBET比表面積増加率を表3に、実施例6および実施例7に関して蒸発乾固して得られた粉末のイオン伝導度を表5にそれぞれ示す。
表5の結果から、イオン伝導度の観点よりLi/Nb比は0.9以上が好ましいと言える。より好ましくは0.95以上である。
【0054】
[実施例10]
実施例4で得られたニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液を36.3g用い、BET比表面積が1.085m2/gの正極活物質に被覆処理を行ったところ、BET比表面積増加率は-1%であった。
【0055】
[実施例11]
リン酸イオンの添加速度を3.38mol/minとしたこと以外は実施例2と同じ手順でニオブのポリ酸イオンとリチウイオンとリン酸イオンを含む水溶液を得た。本実施例においては、リン酸を添加したところ、白色のコロイドがわずかに発生したが、水溶液の白濁は目視で観察されなかった。本実施例について吸光度測定を行って得られた吸光度を表2に示す。
本実施例で得られた水溶液を用い、比較例1と同じ条件で被覆処理を行った。被覆層の厚さはいずれも10nmになるように、使用する水溶液の量を調整したところ、BET比表面積増加率は73%であり、前記の比較例1に対してBET比表面積増加抑制の効果が観察された。実施例2と実施例11の比較した結果から、リン酸イオン添加速度をニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンを含む水溶液中のリチウム1モルに対し、リン酸イオンを3.07mol/min以下にすることで、コロイド粒子の発生を抑制し、被覆によるBET比表面積の増加をより抑制することができる。
【0056】
[比較例2]
過酸化水素添加までは前記の比較例1と同一の手順とし、リン酸24.5gをニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンを含む水溶液中のリチウム1モルに対し、リン酸イオンの添加速度0.24mol/minでさらに添加したところ、白色のコロイドが多く発生した。この場合、P/(Nb+Li+P)は0.50である。当該白色コロイドは、濃度調整用の純水を添加して希釈しても再溶解せず水溶液の白濁が目視で観察されたため、本比較例を用いた被覆処理は行わなかった。
【0057】
[比較例3]
水酸化リチウムの添加量を2.517gとしてLi/Nbを0.50とした以外は前記の比較例1と同一の手順とし、過酸化水素添加後にリン酸4.9gをニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンを含む水溶液中のリチウム1モルに対し、リン酸イオンの添加速度0.24mol/minでさらに添加したところ、白色のコロイドが多く発生した。当該白色コロイドは、濃度調整用の純水を添加して希釈しても再溶解せず水溶液の白濁が目視で観察されたため、本比較例を用いた被覆処理は行わなかった。
【0058】
以上述べたように、本発明で規定するニオブのポリ酸イオンとリチウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液を用いてリチウムイオン電池正極の正極活物質に被覆処理を行うことにより、被覆によるBET比表面積の増加を抑制することができる。
【0059】
【0060】
【0061】
【0062】
【0063】