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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024013987
(43)【公開日】2024-02-01
(54)【発明の名称】冠形保持器および玉軸受
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/41 20060101AFI20240125BHJP
   F16C 19/06 20060101ALI20240125BHJP
   F16C 33/44 20060101ALI20240125BHJP
【FI】
F16C33/41
F16C19/06
F16C33/44
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022116493
(22)【出願日】2022-07-21
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100130513
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 直也
(74)【代理人】
【識別番号】100074206
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 文二
(74)【代理人】
【識別番号】100130177
【弁理士】
【氏名又は名称】中谷 弥一郎
(72)【発明者】
【氏名】和久田 貴裕
(72)【発明者】
【氏名】酒井 紘平
(72)【発明者】
【氏名】秦 暦
(72)【発明者】
【氏名】宗吉 正樹
【テーマコード(参考)】
3J701
【Fターム(参考)】
3J701AA03
3J701AA32
3J701AA42
3J701AA52
3J701AA62
3J701BA22
3J701BA25
3J701BA44
3J701BA49
3J701BA50
3J701EA31
3J701EA47
3J701EA76
3J701FA31
3J701FA46
3J701XB03
3J701XB13
3J701XB14
3J701XB18
3J701XB19
3J701XB23
3J701XB26
(57)【要約】
【課題】ポケットに玉を挿入するときに、爪部にクラックや白化が発生するのを防止することができ、かつ、軸受回転時の玉の表面の油膜切れや軸受の振動を防止することが可能な冠形保持器を提供する。
【解決手段】円環部9と複数の柱部10とを有し、各柱部10は、一対の爪部13を有する二股状に形成され、各爪部13には、軸方向から見て爪部13を径方向に分割するスリット14が設けられている冠形保持器において、スリット14は、ピッチ円Pに重ならないようにピッチ円Pから径方向にずれた位置に形成されている。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
円環部(9)と、
前記円環部(9)から周方向に間隔をおいて軸方向に突出する片持ち梁状の複数の柱部(10)とを有し、
周方向に隣り合う前記柱部(10)の間には、複数の玉(4)をそれぞれ収容するポケット(11)が形成され、
前記各柱部(10)は、周方向に間隔をおいて軸方向に延びる一対の爪部(13)を有する二股状に形成され、
前記各爪部(13)には、軸方向から見て爪部(13)を径方向に分割するスリット(14)が設けられている冠形保持器において、
前記スリット(14)は、前記複数の玉(4)の中心を結ぶピッチ円(P)に重ならないように前記ピッチ円(P)から径方向にずれた位置に形成されていることを特徴とする冠形保持器。
【請求項2】
前記スリット(14)は、前記ピッチ円(P)から径方向内側にずれた1箇所のみに設けられている請求項1に記載の冠形保持器。
【請求項3】
前記スリット(14)の前記ピッチ円(P)からの径方向のずれ量(s)が、前記爪部(13)の径方向厚さ寸法(t)の10%以上に設定されている請求項2に記載の冠形保持器。
【請求項4】
前記スリット(14)の幅(w)が、前記爪部(13)の径方向厚さ寸法(t)の10%以上35%以下の大きさに設定されている請求項1または2に記載の冠形保持器。
【請求項5】
前記爪部(13)は、前記爪部(13)の根元が前記ピッチ円(P)に対して前記円環部(9)の側に位置するように形成され、
前記スリット(14)は、前記爪部(13)の先端から前記ピッチ円(P)よりも前記円環部(9)の側まで軸方向に入り込む深さをもって形成されている請求項1または2に記載の冠形保持器。
【請求項6】
前記ポケット(11)の内面に形成される前記スリット(14)の縁部に断面円弧状のR面取り部(15)が形成されている請求項1または2に記載の冠形保持器。
【請求項7】
前記スリット(14)は、径方向に対向する一対のスリット内面(16)と、前記一対のスリット内面(16)の軸方向端部を接続するスリット底面(17)とを有し、
前記スリット底面(17)が、断面円弧状に形成されている請求項1または2に記載の冠形保持器。
【請求項8】
前記ポケット(11)の内面のうち、前記ピッチ円(P)よりも径方向外側の部分(11a)は球面状に形成され、
前記ポケット(11)の内面のうち、前記ピッチ円(P)よりも径方向内側の部分(11b)は径方向に延びる円筒面状に形成されている請求項1または2に記載の冠形保持器。
【請求項9】
前記円環部(9)と前記各柱部(10)とが、樹脂材に繊維強化材を添加した樹脂組成物で一体に形成されている請求項1または2に記載の冠形保持器。
【請求項10】
前記樹脂材が、エンジニアリングプラスチックである請求項9に記載の冠形保持器。
【請求項11】
前記繊維強化材が、カーボンファイバーまたはグラスファイバーである請求項9に記載の冠形保持器。
【請求項12】
内輪(2)と、
前記内輪(2)の径方向外側に同軸に設けられた外輪(3)と、
前記内輪(2)と前記外輪(3)の間に組み込まれた複数の玉(4)と、
前記複数の玉(4)を保持する請求項1または2に記載の冠形保持器(1)とを有する玉軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、冠形保持器、およびその冠形保持器を使用した玉軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
玉軸受の玉を保持する保持器として、冠形保持器が知られている(例えば、特許文献1~3)。冠形保持器は、円環部と、円環部から軸方向に突出する片持ち梁状の柱部とを有する。柱部は、周方向に間隔をおいて複数設けられ、周方向に隣り合う柱部の間に、玉を収容するポケットが形成されている。各柱部は、周方向に間隔をおいて軸方向に延びる一対の爪部を有する二股状に形成され、その爪部を周方向に弾性変形させることで、ポケットに玉を挿入することが可能となっている。
【0003】
この冠形保持器(以下、単に「保持器」という)を用いた玉軸受は、一般に、次のようにして組み立てられる。まず、内輪と外輪と複数の玉とを準備し、内輪と外輪の間に複数の玉を組み込む。次に、その複数の玉が周方向に等間隔となるように玉の周方向位置を調整する。その後、内輪と外輪の間に保持器を軸方向に押し込むことで、保持器のポケットに玉を挿入する。
【0004】
ここで、保持器のポケットに玉を挿入するとき、爪部が玉に押圧されて一時的に周方向に弾性変形し、その弾性変形によって広がった爪部の先端間を玉が通過する。この爪部の変形時、爪部に高い応力が発生し、その応力で爪部にクラックや白化(樹脂が塑性変形して白く変色する現象)が発生するおそれがあった。
【0005】
そこで、本願の発明者らは、保持器のポケットに玉を挿入するときに、爪部にクラックや白化が発生するのを防止するため、特許文献4、5のように、軸方向から見て爪部を径方向に分割するスリットを各爪部に設けることを検討した。
【0006】
特許文献4、5のように、軸方向から見て爪部を径方向に分割するスリットを各爪部に設けると、保持器のポケットに玉を挿入するときに、爪部が玉に押圧されて周方向と径方向の両方向に変形するので、爪部の先端間に玉を通過させるための爪部の周方向の変形量が抑えられ、爪部のクラック防止や白化防止を図ることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2011-117609号公報
【特許文献2】特開2007-263280号公報
【特許文献3】特開2012-163172号公報
【特許文献4】特開2005-83554号公報
【特許文献5】特開2007-139025号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、本願の発明者らは、特許文献4、5のように、軸方向から見て爪部を径方向に分割するスリットを設けた保持器について、その保持器を使用した玉軸受の性能評価を行なったところ、軸受回転時に玉の表面の油膜切れや軸受の振動が発生するおそれがあることが分かった。
【0009】
すなわち、特許文献4、5に記載の保持器では、爪部を径方向に分割するスリットが、玉のピッチ円に対応する位置(爪部の径方向の中央位置)に設けられている。一方、軸受回転時、玉の遅れまたは進みが生じることで玉が爪部に接触することがあり、このとき爪部は、玉のピッチ円に対応する位置で玉と接触する。そのため、特許文献4、5のように、玉のピッチ円に対応する位置にスリットを設けたのでは、玉が爪部に接触したときに、玉の表面の潤滑剤が、ポケットの内面に形成されるスリットの縁部で掻き取られてしまい、軸受回転時に玉の表面の油膜切れが生じるおそれがある。また、玉のピッチ円に対応する位置にスリットを設けると、周方向に隣り合う柱部の間での玉の周方向移動量が大きくなり、軸受回転時に軸受の振動が発生するおそれがある。
【0010】
この発明が解決しようとする課題は、ポケットに玉を挿入するときに、爪部にクラックや白化が発生するのを防止することができ、かつ、軸受回転時の玉の表面の油膜切れや軸受の振動を防止することが可能な冠形保持器を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の課題を解決するため、この発明では、以下の構成のグリース封入玉軸受を提供する。
[構成1]
円環部と、
前記円環部から周方向に間隔をおいて軸方向に突出する片持ち梁状の複数の柱部とを有し、
周方向に隣り合う前記柱部の間には、複数の玉をそれぞれ収容するポケットが形成され、
前記各柱部は、周方向に間隔をおいて軸方向に延びる一対の爪部を有する二股状に形成され、
前記各爪部には、軸方向から見て爪部を径方向に分割するスリットが設けられている冠形保持器において、
前記スリットは、前記複数の玉の中心を結ぶピッチ円に重ならないように前記ピッチ円から径方向にずれた位置に形成されていることを特徴とする冠形保持器。
【0012】
このようにすると、各爪部に、軸方向から見て爪部を径方向に分割するスリットが設けられているので、ポケットに玉を挿入するときに、爪部が、玉に押圧されて周方向だけでなく径方向にも変形する。そのため、爪部の先端間に玉を通過させるための爪部の周方向の変形量が抑えられ、爪部にクラックや白化が発生するのを防止することが可能となる。また、スリットが、玉のピッチ円に重ならないようにピッチ円から径方向にずれた位置に形成されているので、玉が爪部に接触したときに、玉の表面の潤滑剤が、ポケットの内面に形成されるスリットの縁部で掻き取られにくく、軸受回転時の玉の表面の油膜切れを防止することが可能となる。また、スリットが、玉のピッチ円に重ならないようにピッチ円から径方向にずれた位置に形成されているので、スリットを設けることで周方向に隣り合う柱部の間での玉の周方向移動量が大きくなるのが防止され、軸受回転時の軸受の振動を防止することが可能となる。
【0013】
[構成2]
前記スリットは、前記ピッチ円から径方向内側にずれた1箇所のみに設けられている構成1に記載の冠形保持器。
【0014】
このようにすると、高速回転時における玉の潤滑性を高めることが可能となる。すなわち、玉のピッチ円から径方向内側にずれた1箇所のみに爪部を径方向に分割するスリットを設けると、スリットよりも径方向内側の爪部の部分の径方向厚さが、スリットよりも径方向外側の爪部の部分の径方向厚さよりも薄くなるので、スリットよりも径方向内側の爪部の部分は、スリットよりも径方向外側の爪部の部分に比べて、径方向にたわみやすいものとなる。そのため、高速回転時、スリットよりも径方向内側の爪部の部分が、スリットよりも径方向外側の爪部の部分よりも遠心力で大きくたわみ、スリットの幅が狭まる。このとき、スリットの幅が狭まることで、スリット内の潤滑剤がポケット内にはみ出し、そのはみ出した潤滑剤が玉の表面に付着し、玉を潤滑する。このように、ピッチ円から径方向内側にずれた1箇所のみにスリットを設けると、高速回転時における玉の潤滑性を高めることが可能となる。
【0015】
[構成3]
前記スリットの前記ピッチ円からの径方向のずれ量が、前記爪部の径方向厚さ寸法の10%以上に設定されている構成2に記載の冠形保持器。
【0016】
このようにすると、高速回転時における玉の潤滑性を特に効果的に高めることが可能となる。
【0017】
[構成4]
前記スリットの幅が、前記爪部の径方向厚さ寸法の10%以上35%以下の大きさに設定されている構成1から3のいずれかに記載の冠形保持器。
【0018】
[構成5]
前記爪部は、前記爪部の根元が前記ピッチ円に対して前記円環部の側に位置するように形成され、
前記スリットは、前記爪部の先端から前記ピッチ円よりも前記円環部の側まで軸方向に入り込む深さをもって形成されている構成1から4のいずれかに記載の冠形保持器。
【0019】
このようにすると、スリットで分割された爪部の部分の軸方向長さが長くなり、スリットで分割された爪部の部分が径方向に変形しやすくなる。そのため、ポケットに玉を挿入するときに、爪部の先端間に玉を通過させるための爪部の周方向の変形量を効果的に抑えることができ、爪部にクラックや白化が発生するのを効果的に防止することが可能となる。
【0020】
[構成6]
前記ポケットの内面に形成される前記スリットの縁部に断面円弧状のR面取り部が形成されている構成1から5のいずれかに記載の冠形保持器。
【0021】
このようにすると、スリットの縁部にR面取り部が形成されているので、玉が爪部に接触したときに、玉の表面の潤滑剤が、スリットの縁部で掻き取られるのを効果的に防止することができ、玉の表面の油膜切れを特に効果的に防止することが可能となる。
【0022】
[構成7]
前記スリットは、径方向に対向する一対のスリット内面と、前記一対のスリット内面の軸方向端部を接続するスリット底面とを有し、
前記スリット底面が、断面円弧状に形成されている構成1から6のいずれかに記載の冠形保持器。
【0023】
このようにすると、スリット底面が断面円弧状に形成されているので、爪部が径方向に弾性変形するときのスリットの底部の応力集中が緩和され、スリットの底部にクラックや白化が発生するのを防止することが可能となる。
【0024】
[構成8]
前記ポケットの内面のうち、前記ピッチ円よりも径方向外側の部分は球面状に形成され、
前記ポケットの内面のうち、前記ピッチ円よりも径方向内側の部分は径方向に延びる円筒面状に形成されている構成1から7のいずれかに記載の冠形保持器。
【0025】
このようにすると、ポケットの内面のうち、玉のピッチ円よりも径方向内側の部分が径方向に延びる円筒面状に形成されているので、高速回転時の遠心力で爪部が径方向外側にたわみ変形したときに、ポケットの内面が玉に干渉するのを防止することが可能となる。
【0026】
[構成9]
前記円環部と前記複数の爪部とが、樹脂材に繊維強化材を添加した樹脂組成物で一体に形成されている構成1から8のいずれかに記載の冠形保持器。
【0027】
[構成10]
前記樹脂材が、エンジニアリングプラスチックである構成9に記載の冠形保持器。
【0028】
[構成11]
前記繊維強化材が、カーボンファイバーまたはグラスファイバーである構成9または10に記載の冠形保持器。
【0029】
また、この発明では、上記構成の冠形保持器を使用した玉軸受として、次の構成のものを併せて提供する。
内輪と、
前記内輪の径方向外側に同軸に設けられた外輪と、
前記内輪と前記外輪の間に組み込まれた複数の玉と、
前記複数の玉を保持する上記構成1から11のいずれかに記載の冠形保持器とを有する玉軸受。
【発明の効果】
【0030】
この発明の冠形保持器は、各爪部に、軸方向から見て爪部を径方向に分割するスリットが設けられているので、ポケットに玉を挿入するときに、爪部が、玉に押圧されて周方向だけでなく径方向にも変形する。そのため、爪部の先端間に玉を通過させるための爪部の周方向の変形量が抑えられ、爪部にクラックや白化が発生するのを防止することが可能である。また、スリットが、玉のピッチ円に重ならないようにピッチ円から径方向にずれた位置に形成されているので、玉が爪部に接触したときに、玉の表面の潤滑剤が、ポケットの内面に形成されるスリットの縁部で掻き取られにくく、軸受回転時の玉の表面の油膜切れを防止することが可能である。また、スリットが、玉のピッチ円に重ならないようにピッチ円から径方向にずれた位置に形成されているので、スリットを設けることで周方向に隣り合う柱部の間での玉の周方向移動量が大きくなるのが防止され、軸受回転時の軸受の振動を防止することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1】この発明の第1実施形態にかかる冠形保持器を使用した玉軸受を示す断面図
図2図1の冠形保持器の近傍の拡大図
図3図1の玉軸受を右側から見た部分断面図
図4図3の冠形保持器の一部および玉の近傍を拡大して示す図
図5図4のV-V線に沿った断面図
図6図5のVI-VI線に沿った断面図
図7図5に示す冠形保持器の部分斜視図
図8図5に示すポケットに玉を挿入する過程を示す図
図9図8を周方向から見た断面図
図10図1に示すスリットの変形例を示す冠形保持器の断面図
図11図1に示すスリットの他の変形例を示す冠形保持器の断面図
図12】この発明の第2実施形態を図4に対応して示す図
図13図12のXIII-XIII線に沿った断面図
図14】爪部にスリットを設けない比較例1の冠形保持器のポケットに玉を挿入するときの爪部に発生する応力を解析した結果を示す図
図15】爪部の径方向の中央位置にスリットを設けた比較例2の冠形保持器のポケットに玉を挿入するときの爪部に発生する応力を解析した結果を示す図
図16】爪部の径方向の中央から径方向内側にずれた位置にスリットを設けた実施例の冠形保持器のポケットに玉を挿入するときの爪部に発生する応力を解析した結果を示す図
【発明を実施するための形態】
【0032】
図1に、この発明の第1実施形態にかかる冠形保持器1(以下、単に「保持器1」という)を使用した玉軸受を示す。この玉軸受は、内輪2と、内輪2の径方向外側に同軸に設けられた外輪3と、内輪2と外輪3の間に周方向に間隔をおいて組み込まれた複数の玉4と、複数の玉4を保持する保持器1とを有する。この玉軸受は、潤滑油またはグリースによる潤滑環境下で使用される。
【0033】
内輪2の外周には、玉4が転がり接触する内輪軌道溝5と、内輪軌道溝5の軸方向外側に位置する一対の内輪溝肩部6とが形成されている。内輪軌道溝5は、内輪2の外周の軸方向中央を周方向に延びて形成されている。一対の内輪溝肩部6は、内輪軌道溝5の軸方向両側を周方向に延びて形成されている。
【0034】
外輪3の内周には、玉4が転がり接触する外輪軌道溝7と、外輪軌道溝7の軸方向外側に位置する一対の外輪溝肩部8とが形成されている。外輪軌道溝7は、外輪3の内周の軸方向中央を周方向に延びて形成されている。一対の外輪溝肩部8は、外輪軌道溝7の軸方向両側を周方向に延びて形成されている。
【0035】
玉4は、内輪軌道溝5と外輪軌道溝7との間で径方向に挟み込まれている。この玉軸受は、深溝玉軸受である。すなわち、内輪軌道溝5は、軸方向に対称の凹円弧状の断面をもつ円弧溝であり、外輪軌道溝7も、軸方向に対称の凹円弧状の断面をもつ円弧溝である。
【0036】
保持器1は、玉4の軸方向の一方側に対向して周方向に延びる円環部9と、円環部9から周方向に隣り合う玉4の間を軸方向に突出する柱部10とを有する。柱部10は、軸方向の一端を円環部9に固定された固定端とし、軸方向の他端を自由端とする片持ち梁状に形成されている。柱部10は、周方向に間隔をおいて複数設けられ、周方向に隣り合う柱部10の間には、玉4を収容するポケット11が形成されている。円環部9は、ポケット11の底を含まない円環形状の部分である。
【0037】
各柱部10は、柱基部12と、一対の爪部13(図3参照)とで構成されている。柱基部12は、周方向から見て玉4と重なるように、円環部9から軸方向に突出して形成された部分である。一対の爪部13は、柱基部12から周方向に間隔をおいて二股に分かれて軸方向に延びる部分である。一対の爪部13の間には、玉4をポケット11に挿入するときに、各爪部13が周方向にたわむことができるように空間が形成されている。玉4は、ポケット11から軸方向に脱落しないように一対の爪部13で抱え込まれている。図1図2に示すように、柱基部12の軸方向長さ(ポケット11の底から、柱基部12と爪部13の境界までの軸方向距離)は、柱基部12の全体が玉4のピッチ円Pに対して円環部9の側(図では左側)に位置するように、玉4の半径よりも小さく設定されている。ピッチ円Pは、各ポケット11に収容した玉4の中心を結ぶ仮想の円である。爪部13の根元(爪部13と柱基部12の境界)は、ピッチ円Pに対して円環部9の側(図では左側)に位置し、爪部13の先端は、ピッチ円Pに対して円環部9の側とは反対側(図では右側)に位置している。
【0038】
円環部9と各柱部10(柱基部12および爪部13)は、樹脂材に繊維強化材を添加した樹脂組成物によって継ぎ目の無い一体に形成されている。
【0039】
樹脂組成物のベースとなる樹脂材としては、エンジニアリングプラスチックを採用することができる。エンジニアリングプラスチックとしては、ポリアミド46(PA46)、ポリアミド66(PA66)、ポリノナメチレンテレフタルアミド(PA9T)等が挙げられる。また、樹脂材に添加する繊維強化材としては、カーボンファイバーまたはグラスファイバーを採用することができる。
【0040】
図4に示すように、玉4を挟んで周方向両側に位置する一対の柱部10のうち、玉4の周方向一方側(図では左側)に位置する柱部10の周方向他方側(図では右側)の爪部13と、玉4の周方向他方側(図では右側)に位置する柱部10の周方向一方側(図では左側)の爪部13は、玉4を間に挟んで周方向に対向し、玉4を周方向両側から抱え込んでいる。ここで、玉4を間に挟んで周方向に対向する爪部13の先端同士の間隔は、玉4がポケット11から軸方向に抜け出ないように玉4の直径よりも小さく設定されている。柱基部12および爪部13の玉4に対向する対向面は、ポケット11の内面を構成している。ポケット11の内面は、玉4の中心と同じ位置に中心をもつ球面状に形成されている。
【0041】
図4図7に示すように、各爪部13には、軸方向から見て、爪部13を径方向に分割するスリット14が設けられている。図4に示すように、スリット14は、ピッチ円Pに重ならないように、ピッチ円Pから径方向にずれた位置に形成されている。図2に示すように、スリット14のピッチ円Pからの径方向のずれ量s(具体的には、ポケット11の内面におけるスリット14の開口幅の中央の、ピッチ円Pからの径方向距離s)は、爪部13の径方向厚さ寸法tの10%以上に設定されている。
【0042】
各爪部13のスリット14は、ピッチ円Pから径方向内側にずれた1箇所のみに設けられ、ピッチ円Pから径方向外側にはスリット14が設けられていない。このスリット14によって、各爪部13は、スリット14よりも径方向内側の部分(径方向厚さの薄い部分)と、スリット14よりも径方向外側の部分(径方向厚さの厚い部分)とに二分割されている。
【0043】
図6に示すように、スリット14は、幅が変化せず一定で周方向に延びる形状を有する。図2に示すように、スリット14の幅wは、爪部13の径方向厚さ寸法tの10%以上35%以下の大きさに設定されている。
【0044】
図1に示すように、スリット14は、爪部13の先端からピッチ円Pよりも円環部9の側まで軸方向に入り込む深さをもって形成されている。ここでは、爪部13の先端から爪部13の根元(爪部13と柱基部12の境界)に至る深さをもってスリット14を形成することで、爪部13を軸方向全長にわたって径方向に分割している。スリット14は、爪部13と柱基部12のうち爪部13のみに形成され、柱基部12にはスリット14が形成されていない。
【0045】
図5に示すように、スリット14は、爪部13を周方向(図では左右方向)に貫通して形成されている。スリット14の周方向一端は、ポケット11の内面に開口し、その開口に沿ってポケット11の内面にスリット14の縁部(スリット14の内面とポケット11の内面の交差稜)が形成されている。図6に示すように、スリット14の縁部には、断面円弧状のR面取り部15が形成されている。
【0046】
この玉軸受は、次のようにして組み立てることができる。まず、図1に示す内輪2と外輪3と複数の玉4とを準備し、内輪2と外輪3の間に複数の玉4を組み込む。次に、その複数の玉4が周方向に等間隔となるように玉4の周方向位置を調整する。その後、内輪2と外輪3の間に保持器1を軸方向に押し込むことで、保持器1のポケット11に玉4を挿入する。
【0047】
ここで、保持器1のポケット11に玉4を挿入するとき、図8に示すように、爪部13が玉4に押圧されて一時的に周方向(図では左右方向)に弾性変形し、その弾性変形によって広がった爪部13の先端間を玉4が通過する。この爪部13の変形時、爪部13に高い応力が発生し、その応力で爪部13にクラックや白化(樹脂が塑性変形して白く変色する現象)が発生する可能性がある。
【0048】
この問題に対し、この実施形態の保持器1は、図9に示すように、各爪部13にスリット14が設けられているので、ポケット11に玉4を挿入するときに、爪部13が、玉4に押圧されて周方向(図8の左右方向)だけでなく径方向(図9の左右方向)にも変形する。そのため、爪部13の先端間に玉4を通過させるための爪部13の周方向の変形量が抑えられ、爪部13にクラックや白化が発生するのを防止することが可能である。
【0049】
また、この保持器1は、図6に示すように、スリット14が、玉4のピッチ円Pに重ならないようにピッチ円Pから径方向にずれた位置に形成されているので、玉4が爪部13に接触したときに、玉4の表面の潤滑剤が、スリット14の縁部で掻き取られにくく、軸受回転時の玉4の表面の油膜切れを防止することが可能である。
【0050】
また、この保持器1は、図6に示すように、スリット14が、ピッチ円Pに重ならないようにピッチ円Pから径方向にずれた位置に形成されているので、スリット14を設けることで周方向に隣り合う柱部10(図4参照)の間での玉4の周方向移動量が大きくなるのが防止され、軸受回転時の軸受の振動を防止することが可能である。
【0051】
また、この保持器1は、図6に示すように、スリット14が、ピッチ円Pから径方向内側(図では下側)にずれた1箇所のみに設けられているので、高速回転時における玉4の潤滑性を高めることが可能となっている。すなわち、図6に示すように、ピッチ円Pから径方向内側にずれた1箇所のみに爪部13を径方向に分割するスリット14を設けると、スリット14よりも径方向内側(図では下側)の爪部13の部分の径方向厚さが、スリット14よりも径方向外側(図では上側)の爪部13の部分の径方向厚さよりも薄くなるので、スリット14よりも径方向内側の爪部13の部分は、スリット14よりも径方向外側の爪部13の部分に比べて、径方向にたわみやすいものとなる。そのため、高速回転時、スリット14よりも径方向内側の爪部13の部分が、スリット14よりも径方向外側の爪部13の部分よりも遠心力で大きくたわみ、スリット14の幅が狭まる。このとき、スリット14の幅が狭まることで、スリット14内の潤滑剤がポケット11内にはみ出し、そのはみ出した潤滑剤が玉4の表面に付着し、玉4を潤滑する。このように、ピッチ円Pから径方向内側にずれた1箇所のみにスリット14を設けることで、高速回転時における玉4の潤滑性を高めることが可能となっている。
【0052】
また、この保持器1は、図1に示すように、スリット14が、爪部13の先端からピッチ円Pよりも円環部9の側まで軸方向に入り込む深さをもって形成されているので、スリット14で分割された爪部13の部分の軸方向長さが長く、スリット14で分割された爪部13の部分が径方向に変形しやすい。そのため、図8図9に示すように、ポケット11に玉4を挿入するときに、爪部13の先端間に玉4を通過させるための爪部13の周方向の変形量を効果的に抑えることができ、爪部13にクラックや白化が発生するのを効果的に防止することが可能である。
【0053】
また、この保持器1は、図6に示すように、スリット14の縁部に断面円弧状のR面取り部15が形成されているので、玉4が爪部13に接触したときに、玉4の表面の潤滑剤が、スリット14の縁部で掻き取られるのを効果的に防止することができる。そのため、玉4の表面の油膜切れを特に効果的に防止することが可能である。
【0054】
また、この保持器1は、ポケット11の内面にスリット14が開口している分、ポケット11の内面と玉4との接触面積が低減され、軸受の低トルク化が図られている。例えば、発明者らの解析によれば、ポケット11の内面に39mmの面積で開口するスリット14を設け、スリット14を設けない場合に比べてポケット11の内面と玉4の接触面積を17%低減させた場合、軸受の摩擦トルクを4%低減することが可能となり、また、ポケット11の内面に78mmの面積で開口するスリット14を設け、スリット14を設けない場合に比べてポケット11の内面と玉4の接触面積を34%低減させた場合、軸受の摩擦トルクを9%低減することが可能となる。このように、この保持器1は、ポケット11の内面と玉4の接触面積が、スリット14を設けることで15%以上低減されているので、軸受の摩擦トルクを効果的に低減することが可能となっている。
【0055】
また、この保持器1は、爪部13にスリット14が設けられているので、そのスリット14の体積分、保持器1が軽量化され、高速回転性能の向上が図られている。特に、dmn値(玉4のピッチ円Pの直径dm(mm)×回転数n(min-1))が100万を超える電気自動車の高速回転部位(電動モータのロータ軸、そのロータ軸の回転が入力される減速機の入力軸など)を支持する玉軸受にこの保持器1を組み込むと好適である。
【0056】
図10に、スリット14の変形例を示す。スリット14は、径方向に対向する一対のスリット内面16と、一対のスリット内面16の軸方向端部を接続するスリット底面17とを有する。一対のスリット内面16は、軸方向(図の上下方向)に沿って間隔が変化せず一定の平行面である。スリット底面17は、一対のスリット内面16に滑らかに接続する断面円弧状に形成されている。
【0057】
このようにすると、スリット底面17が断面円弧状に形成されているので、図9に示すように爪部13が径方向に弾性変形するときのスリット14の底部の応力集中が緩和され、スリット14の底部にクラックや白化が発生するのを防止することが可能となる。
【0058】
図11に、スリット14の他の変形例を示す。一対のスリット内面16は、円環部9に近い側(図では下側)から遠い側(図では上側)に向かってスリット14の幅が次第に大きくなるV字を呈するように形成されている。スリット底面17は、一対のスリット内面16に滑らかに接続する断面円弧状に形成されている。
【0059】
図12図13に、この発明の第2実施形態を示す。第2実施形態は、第1実施形態と比べて、ポケット11の形状のみが異なり、他の構成は第1実施形態と同一である。そのため、第1実施形態と同一の部分については同一の符号を付して説明を省略する。
【0060】
図12図13に示すように、ポケット11の内面のうち、ピッチ円Pよりも径方向外側の部分11aは、玉4の中心と同じ位置に中心をもつ球面状に形成されている。一方、ポケット11の内面のうち、ピッチ円Pよりも径方向内側の部分11bは、径方向に延びる円筒面状に形成されている。
【0061】
このようにすると、ポケット11の内面のうち、ピッチ円Pよりも径方向内側の部分11bが径方向に延びる円筒面状に形成されているので、高速回転時の遠心力で爪部13が径方向外側にたわみ変形したときに、ポケット11の内面が玉4に干渉するのを防止することが可能となる。
【0062】
図14図16に、保持器1のポケット11に玉4を挿入するときに、玉4に押圧されて弾性変形することにより爪部13に発生する応力を解析した結果を示す。図14は、爪部13にスリット14を設けない比較例1の3次元モデルを作成し、その3次元モデルの爪部13に発生する応力を解析したものである。図15は、爪部13を径方向に分割する1mm幅のスリット14をピッチ円Pに対応する位置(爪部13の径方向の中央位置)に設けた比較例2の3次元モデルを作成し、その3次元モデルの爪部13に発生する応力を解析したものである。図16は、爪部13を径方向に分割する1mm幅のスリット14をピッチ円Pから径方向内側に2mmずれた位置に設けた実施例の3次元モデルを作成し、その実施例の3次元モデルの爪部13に発生する応力を解析したものである。いずれの3次元モデルも、幅寸法21mm、内輪2の内径35mmの深溝玉軸受用の保持器1である。
【0063】
図14図16を比較すると、爪部13にスリット14を設けない比較例1の3次元モデルでは、ポケット11に玉4を挿入するときに爪部13に発生する最大応力が409MPaであったのに対し、爪部13の中央位置にスリット14を設けた比較例2の3次元モデルでは、ポケット11に玉4を挿入するときに爪部13に発生する最大応力が382MPa(比較例1に対して6.6%減)となり、爪部13の中央位置から径方向内側にずれた位置にスリット14を設けた実施例の3次元モデルでは、ポケット11に玉4を挿入するときに爪部13に発生する最大応力が375MPa(比較例1に対して8.3%減)となった。この解析結果から、爪部13の中央位置から径方向内側にずれた位置にスリット14を設けることで、ポケット11に玉4を挿入するときに爪部13にクラックや白化が発生するのを、効果的に防止可能であることを確認することができる。
【0064】
上記実施形態では、内輪2として、内輪軌道溝5が外周に形成された中空の環状部材を例に挙げて説明したが、内輪2は、必ずしも中空の環状部材である必要はなく、内輪2として、例えば、玉4が転がり接触する内輪軌道溝5が外周に直接形成された中実の部材(軸体)を採用することも可能である。要するに、内輪(inner race)は、玉が転がり接触する環状の内輪軌道溝を外周に有する内方部材であればよい。
【0065】
また、上記各実施形態では、外輪3として、外輪軌道溝7が内周に形成された中空の環状部材を例に挙げて説明したが、外輪3は、必ずしも中空の環状部材である必要はなく、外輪3として、例えば、玉4が転がり接触する外輪軌道溝7を内周に直接形成した軸受箱を採用することも可能である。要するに、外輪(outer race)は、玉が転がり接触する環状の外輪軌道溝を内周に有する外方部材であればよい。
【0066】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0067】
1 冠形保持器
2 内輪
3 外輪
4 玉
9 円環部
10 柱部
11 ポケット
11a ピッチ円よりも径方向外側の部分
11b ピッチ円よりも径方向内側の部分
13 爪部
14 スリット
15 R面取り部
16 スリット内面
17 スリット底面
P ピッチ円
s スリットのピッチ円からの径方向のずれ量
t 爪部の径方向厚さ寸法
w スリットの幅
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16