(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024139909
(43)【公開日】2024-10-10
(54)【発明の名称】炭素繊維シートの製造方法
(51)【国際特許分類】
D04H 1/4242 20120101AFI20241003BHJP
C04B 35/83 20060101ALI20241003BHJP
D04H 1/43 20120101ALI20241003BHJP
H01M 4/88 20060101ALI20241003BHJP
D01F 9/12 20060101ALI20241003BHJP
【FI】
D04H1/4242
C04B35/83
D04H1/43
H01M4/88 C
D01F9/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023050852
(22)【出願日】2023-03-28
(71)【出願人】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】土肥 一生
(72)【発明者】
【氏名】田▲崎▼ 秀一
(72)【発明者】
【氏名】千田 崇史
【テーマコード(参考)】
4L037
4L047
5H018
【Fターム(参考)】
4L037CS02
4L037CS03
4L037FA01
4L037FA14
4L037FA15
4L037FA16
4L037FA17
4L037FA18
4L037PC05
4L037PS02
4L037UA20
4L047AA03
4L047AA17
4L047AB02
4L047BA12
4L047BA21
4L047DA00
5H018AA01
5H018BB01
5H018BB03
5H018DD05
5H018DD08
5H018EE05
5H018HH03
5H018HH05
5H018HH08
(57)【要約】
【課題】炭素繊維シートの製造方法における熱処理工程において、炭素繊維シート前駆体を複数枚重ねた状態で連続的に熱処理する場合であっても、酸素を炉内に持ち込む量を低減することができる炭素繊維シートの製造方法を提供する。
【解決手段】炭素繊維または炭素繊維前駆体繊維、および炭化可能な樹脂結着剤を含有する炭素繊維シート前駆体を、複数枚積層した状態で熱処理炉を連続的に走行させて不活性雰囲気下、400℃以上で熱処理し、炭素繊維シートとする熱処理工程と、前記熱処理工程の前に、積層した複数枚の前記炭素繊維シート前駆体の層間に存在する酸素量を低減する操作を行う酸素量低減工程を有する、炭素繊維シートの製造方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素繊維または炭素繊維前駆体繊維、および炭化可能な樹脂結着剤を含有する炭素繊維シート前駆体を、複数枚積層した状態で熱処理炉を連続的に走行させて不活性雰囲気下、400℃以上で熱処理し、炭素繊維シートとする熱処理工程と、前記熱処理工程の前に、積層した複数枚の前記炭素繊維シート前駆体の層間に存在する酸素量を低減する操作を行う酸素量低減工程を有する、炭素繊維シートの製造方法。
【請求項2】
前記酸素量低減工程を、前記熱処理炉入り口より300mm上流の位置から熱処理炉内の温度が400℃になる位置の間で行う請求項1に記載の炭素繊維シートの製造方法。
【請求項3】
前記熱処理工程での、酸素量が120ppm以下である請求項1に記載の炭素繊維シートの製造方法。
【請求項4】
前記酸素量を低減する操作として、複数枚の炭素繊維シート前駆体の層間に生じた隙間を圧潰することで層間に存在する酸素を層間から押し出す操作を行う請求項1に記載の炭素繊維シートの製造方法。
【請求項5】
前記複数枚の炭素繊維シート前駆体の層間に生じた隙間を圧潰することで層間に存在する酸素を層間から押し出す操作として、積層した複数枚の前記炭素繊維シート前駆体の最上面に錘を配置する操作、積層した複数枚の前記炭素繊維シート前駆体の片面または両面から不活性ガスを吹き付けて層間の隙間を減ずる操作、および積層した複数枚の前記炭素繊維シート前駆体の片面または両面からガイド部材を押し付ける操作からなる群のうち、少なくとも一つの操作を行う請求項4に記載の炭素繊維シートの製造方法。
【請求項6】
前記酸素量を低減する操作として、層間に存在する酸素を不活性ガスで置換する操作を行う請求項1に記載の炭素繊維シートの製造方法。
【請求項7】
前記層間に存在する酸素を不活性ガスで置換する操作として、前記炭素繊維シート前駆体の片面または幅方向端部から不活性ガスを吹き付ける操作を行う請求項6に記載の炭素繊維シートの製造方法。
【請求項8】
前記酸素量低減工程において、不活性ガスを吹き付けている側の面または端部とは反対側の面または端部から、さらに気体を吸引する操作を行う請求項7に記載の炭素繊維シートの製造方法。
【請求項9】
前記酸素量を低減する操作として、不活性ガス雰囲気下で前記炭素繊維シートを複数枚積層する請求項1に記載の炭素繊維シートの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池におけるガス拡散体として好ましく用いられる炭素繊維シートの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池において発電反応が起こる膜電極接合体を構成するガス拡散体としては、炭素短繊維を樹脂炭化物で結着したカーボンペーパー、炭素繊維を交絡させて形成した炭素繊維不織布、炭素繊維織物等の炭素繊維シートが用いられている。このような炭素繊維シートは、製造過程において高温の熱処理炉で熱処理する工程を有するが、生産量を増加させるために熱処理炉の数を増やすと設備の導入や運転にかかる費用が高くなり、製造コスト上昇に直結する。
【0003】
このような問題に対し、特許文献1では炭素繊維シート前駆体を複数枚重ねて幅方向端部を接合一体化し、複数枚の炭素繊維シート前駆体を同時に熱処理した後に、接合一体化された端部を切り落とし、複数枚に分割して炭素繊維シートを製造する方法が提案されている。
【0004】
また、特許文献2では、幅方向端部を接合せずに複数枚重ねた状態で炭素繊維シート前駆体を熱処理し、炭素繊維シートを製造する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2015-071508号公開
【特許文献2】特開2020-133006号公開
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1、2に記載の方法のように炭素繊維シートを複数枚重ねた状態で熱処理炉内を搬送した場合では、シート層間に炉外から持ち込んだ酸素が多く存在した状態となるため、連続搬送することで熱処理炉内に酸素を持ち込み、熱処理炉内の酸素濃度が上昇してしまう。
【0007】
熱処理炉内の酸素濃度が上昇すると炉材の酸化減耗が加速し、熱処理炉のメンテナンス頻度が高くなるうえに、炭素繊維シートの酸化反応が局所的に過剰となる部分が発生するため品質バラツキへの影響が懸念される。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するための本発明は、以下の通りである。
(1)炭素繊維または炭素繊維前駆体繊維、および炭化可能な樹脂結着剤を含有する炭素繊維シート前駆体を、複数枚積層した状態で熱処理炉を連続的に走行させて不活性雰囲気下、400℃以上で熱処理し、炭素繊維シートとする熱処理工程と、前記熱処理工程の前に、積層した複数枚の前記炭素繊維シート前駆体の層間に存在する酸素量を低減する操作を行う酸素量低減工程を有する、炭素繊維シートの製造方法。
(2)前記酸素量低減工程を、前記熱処理炉入り口より300mm上流の位置から熱処理炉内の温度が400℃になる位置の間で行う(1)に記載の炭素繊維シートの製造方法。
(3)前記熱処理工程での、酸素量が120ppm以下である(1)または(2)に記載の炭素繊維シートの製造方法。
(4)前記酸素量を低減する操作として、複数枚の炭素繊維シート前駆体の層間に生じた隙間を圧潰することで層間に存在する酸素を層間から押し出す操作を行う(1)~(3)のいずれかに記載の炭素繊維シートの製造方法。
(5)前記複数枚の炭素繊維シート前駆体の層間に生じた隙間を圧潰することで層間に存在する酸素を層間から押し出す操作として、積層した複数枚の前記炭素繊維シート前駆体の最上面に錘を配置する操作、積層した複数枚の前記炭素繊維シート前駆体の片面または両面から不活性ガスを吹き付けて層間の隙間を減ずる操作、および積層した複数枚の前記炭素繊維シート前駆体の片面または両面からガイド部材を押し付ける操作からなる群のうち、少なくとも一つの操作を行う(4)に記載の炭素繊維シートの製造方法。
(6)前記酸素量を低減する操作として、層間に存在する酸素を不活性ガスで置換する操作を行う(1)~(5)のいずれかに記載の炭素繊維シートの製造方法。
(7)前記層間に存在する酸素を不活性ガスで置換する操作として、前記炭素繊維シート前駆体の片面または幅方向端部から不活性ガスを吹き付ける操作を行う(6)に記載の炭素繊維シートの製造方法。
(8)前記酸素量低減工程において、不活性ガスを吹き付けている側の面または端部とは反対側の面または端部から、さらに気体を吸引する操作を行う(7)に記載の炭素繊維シートの製造方法。
(9)前記酸素量を低減する操作として、不活性ガス雰囲気下で前記炭素繊維シートを複数枚積層する(1)~(8)のいずれかに記載の炭素繊維シートの製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、炭素繊維シートを複数枚積層した状態で熱処理炉を連続的に走行させた場合においても、積層した複数枚の層間に存在する酸素によって熱処理炉内の酸素濃度が上昇することを抑制することができ、熱処理炉の炉材の酸化減耗の抑制によって、熱処理炉のメンテナンス頻度を低下させるうえに、炭素繊維シートの酸化反応が過剰になることを防止することによって、品質影響を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】炭素繊維シート前駆体の最上面に錘を配置する操作を行う、炭素繊維シートの製造工程の断面模式図の例である。
【
図2】炭素繊維シート前駆体の両面から酸素を含まない気体を吹き付けて層間の隙間を減ずる操作を行う、炭素繊維シートの製造工程の断面模式図の例である。
【
図3】炭素繊維シート前駆体の片面からガイド部材を押し当てる操作を行う、炭素繊維シートの製造工程の断面模式図の例である。
【
図4】炭素繊維シート前駆体の幅方向端部から不活性ガスを吹き付ける操作を行う、炭素繊維シートの製造工程の上面模式図の例である。
【
図5】不活性ガス雰囲気下で炭素繊維シート前駆体を複数枚積層する操作を行う、炭素繊維シートの製造工程の断面模式図の例である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の炭素繊維シートの製造方法は、連続的に炭素繊維シート前駆体を熱処理して炭素繊維シートとする熱処理工程と、当該熱処理工程の前に酸素量低減工程を有する。
【0012】
まず、上記熱処理工程に用いる炭素繊維シート前駆体の構成について説明する。本発明で用いる炭素繊維シート前駆体は、炭素繊維または炭素繊維前駆体繊維、および炭化可能な樹脂結着剤を含有する。
【0013】
本発明における炭素繊維前駆体繊維とは熱処理により炭素繊維となる繊維である。また、炭化可能な樹脂結着剤とは、熱処理により炭化可能な樹脂成分のことであり、炭素繊維同士を結着させること、炭素繊維シートの導電性を上げることを目的に含まれる。
【0014】
炭素繊維前駆体繊維は熱処理により炭素繊維となる繊維であれば特に制限されないが、ポリアクリロニトリル(PAN)系繊維、ピッチ系繊維、レーヨン系繊維、フェノール系繊維、またはこれらを不融化処理して得られる耐炎繊維等が挙げられる。その中でも、得られる炭素繊維シートの曲げ強度や引張強度を高くできるPAN系繊維またはピッチ系繊維が好ましく、PAN系繊維が特に好ましい。
【0015】
炭素繊維としては、上記の炭素繊維前駆体繊維を熱処理することで得られる繊維、すなわち、PAN系炭素繊維、ピッチ系炭素繊維、レーヨン系炭素繊維、フェノール系炭素繊維等が挙げられる。その中でも、得られた炭素繊維シートの曲げ強度や引張強度を高くできるPAN系炭素繊維またはピッチ系炭素繊維が好ましく、PAN系炭素繊維が特に好ましい。
【0016】
炭化可能な樹脂結着剤としては、熱処理により炭化可能な樹脂成分であれば特に制限されないが、エポキシ樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、フェノール樹脂、ポリイミド樹脂、メラニン樹脂等の熱硬化性樹脂やアクリル樹脂、ポリ塩化ビニリデン樹脂、ポリテトラフルオロエチレン樹脂、ポリビニルアルコール樹脂等の熱可塑性樹脂を用いることができる。得られた炭素繊維シート中の繊維同士の結着や導電性に優れ、熱処理時の分解ガスの発生量が比較的少ないことから炭化収率が高い熱硬化性樹脂を用いることが好ましく、中でもフェノール樹脂を用いることがより好ましい。
【0017】
炭素繊維シート100質量%中に含まれる炭素繊維の比率は20~90質量%が好ましく、40~80質量%がより好ましい。炭素繊維の比率が20質量%未満だと得られる炭素繊維シートの引張強度の低下や、炭素繊維シートが脆く折れやすくなることがある。また、炭素繊維の比率が90質量%を超えると、得られる炭素繊維シートが嵩高になり、引張強度や圧縮強度が低下することがある。炭素繊維前駆体繊維を含む炭素繊維シート前駆体を用いる場合は、後述する熱処理工程後に当該割合になるようにする。
【0018】
炭素繊維シート前駆体の形態としては、炭素繊維または炭素繊維前駆体繊維を用いた織物、抄紙体、不織布等の繊維構造体に炭化可能な樹脂結着剤を含有させたものが挙げられるが、炭素繊維シートの厚み方向の寸法変化を吸収する特性に優れることから、繊維構造体として炭素繊維または炭素繊維前駆体繊維の抄紙体を用いることが好ましい。このような抄紙体を製造する際には、炭素繊維または炭素繊維前駆体繊維を抄紙し、バインダを含んだ水系分散液に浸漬した後、乾燥させることは好ましい態様の一つである。これによって、繊維が分散した状態でバインダにより形態が固定された状態の繊維構造体が製造される。バインダとしては、他にスチレンーブタジエンゴム、エポキシ樹脂などを用いることができる。
【0019】
上記繊維構造体に炭化可能な樹脂結着剤を含有させ、炭素繊維シート前駆体を製造する方法としては、例えば上記炭化可能な樹脂結着剤またはその溶液や分散液に上記繊維構造体を浸漬させ、余分な樹脂結着剤を絞ったのちに乾燥させる方法が挙げられる。
【0020】
上記の通り製造した炭素繊維シート前駆体を、加熱・加圧することで樹脂結着剤を半硬化させつつ所定の厚さに成形することで厚みを平滑にすることも好ましい態様の一つである。成形方法としては、厚みを平滑にできれば限定されるものではないが、加熱したカレンダーロール間を通過させることによる成形や加熱した平板で間欠的にプレスすることによる成形、ダブルベルトプレス機を用いた成形が挙げられる。
【0021】
本発明の炭素繊維シートの製造方法は、上記炭素繊維シート前駆体を、複数枚積層した状態で熱処理炉を連続的に走行させて熱処理をする熱処理工程を有する。
【0022】
連続的に走行させるとは、所定の速度範囲内で巻き出しから巻き取りまで一体のシート状物を搬送させることである。連続走行中には巻き出しから巻き取りまでにおいて、シート状物の分断や搬送の停止を伴わないことが好ましい。
【0023】
炭素繊維シート前駆体を複数枚積層させる枚数については、均一な熱処理を行うために2~8枚が好ましく、2~6枚がより好ましい。なお、複数枚積層した状態とは、複数枚の炭素繊維シート前駆体同士が少なくとも一部分で重なっている状態を意味する。炭素繊維シート前駆体を複数枚積層した状態において、複数枚の炭素繊維シート前駆体は幅方向端部等の一部で相互に固定されていても、固定されていなくてもよいが、固定されていない方が熱処理によって発生する炭素繊維シート前駆体または炭素繊維シートのシワや弧形によるひずみが起因となる破壊が起こりにくいため好ましい。
【0024】
本発明の熱処理工程においては、熱処理炉において複数枚積層した上記炭素繊維シート前駆体を400℃以上の温度で熱処理する。すなわち、熱処理炉内で温度が400℃以上に達している部分が熱処理工程にあたる。当該熱処理は、炭素繊維シート前駆体の焼失を防止するため、および熱処理炉内の炉材の酸化を防止するために不活性雰囲気下で行う。不活性ガスとしては、窒素や、ヘリウム、アルゴン等の希ガスが使用できるが、中でも比較的低コストな窒素が好ましい。
【0025】
燃料電池用途の炭素繊維シートに求められる導電性や熱伝導性を確保するために、上記熱処理の最高温度は1,600~3,000℃であることが好ましい。最高温度が1,600℃未満になると炭素繊維シートの黒鉛化度が低くなり、導電性や熱伝導性が低くなることがある。また、熱処理温度が3,000℃を超えると、多くのエネルギーが必要になるとともに、炉材の減耗が進行しやすくなり、熱処理炉を維持するコストが増加することがある。
【0026】
本発明の炭素繊維シートの製造方法においては、1つの熱処理工程を有すればよいが、相対的に低温で熱処理を行う第1の熱処理炉と相対的に高温で熱処理を行う第2の熱処理炉を用い、2つの熱処理工程を有する、すなわち、炭素繊維シート前駆体を第1の熱処理炉と第2の熱処理炉に連続的に走行させて熱処理することも好ましい態様の一つである。この場合、第1の熱処理炉の最高温度は400℃~700℃であることが好ましく、第2の熱処理炉の最高温度は1,600℃~3,000℃であることが好ましい。このように2つの熱処理工程を有することで、分解ガスを多く発生して炭化による収縮が進行する第1の熱処理工程と、燃料電池の電極として用いる場合に電池として性能を保つために必要な第2の熱処理工程とを分離でき、第1の熱処理工程で発生した分解ガスが第2の熱処理工程に用いられている炉へ流れ込み固化析出することを防止できる。2つの熱処理工程を有する場合、第1の熱処理工程の前と第2の熱処理工程の前のいずれかで酸素量低減工程を有すればよいが、最高温度が高い第2の熱処理工程の前に酸素量低減工程を有することが、熱処理炉の炉材の酸化減耗を抑制し、また炭素繊維シートの過剰な酸化反応を抑制するという点において、より高い効果を得ることができるため好ましい。また、第1の熱処理工程の前と第2の熱処理工程の前のいずれにおいても酸素量低減工程を有することも好ましい態様の一つである。
【0027】
本発明の製造方法は、上記熱処理工程の前に、積層した複数枚の前記炭素繊維シート前駆体の層間に存在する酸素量を低減する操作を行う酸素量低減工程を有する。ここで熱処理工程の前とは、熱処理炉内で温度が400℃になる位置より上流のことを指す。上述の通り、本発明の熱処理工程は不活性雰囲気下で行うが、複数枚の炭素繊維シート前駆体を積層して熱処理する場合、その層間に熱処理炉外の酸素が持ち込まれることがある。炭素繊維シート前駆体を走行させる際に発生するたわみやバタつき、しわ等によって、熱処理炉の前で層間に隙間が発生し、当該隙間に酸素が封入される形で熱処理炉内に持ち込まれるためである。上記酸素量低減工程は、上記のような持ち込まれる酸素の量を低減するための工程で、熱処理炉の炉材の酸化減耗や、炭素繊維シートの過剰な酸化による品質バラツキを抑制するために必要な工程である。
【0028】
酸素量低減工程としては、基材を連続搬送することによって熱処理炉内に持ち込まれる酸素を低減する操作であれば特に限定されないが、複数枚の炭素繊維シート前駆体の層間に生じた隙間を圧潰することで層間に存在する酸素を層間から押し出す操作、層間に存在する酸素を不活性ガスで置換する操作、層間に酸素が存在しないように不活性ガス雰囲気下で複数枚の炭素繊維シートを積層する操作等を挙げることができる。
【0029】
複数枚の炭素繊維シート前駆体の層間に生じた隙間を圧潰することで層間に存在する酸素を層間から押し出す操作としては、例えば、積層した複数枚の前記炭素繊維シート前駆体の最上面に錘を配置する操作、積層した複数枚の前記炭素繊維シート前駆体の片面または両面から不活性ガスを吹き付けて層間の隙間を減ずる操作、積層した複数枚の前記炭素繊維シート前駆体の片面または両面からガイド部材を押し付ける操作等が挙げられる。不活性ガスとしては、窒素や、ヘリウム、アルゴン等の希ガスが使用できるが、中でも比較的低コストな窒素が好ましい。
【0030】
層間に存在する酸素を不活性ガスで置換する操作としては、例えば、炭素繊維シート前駆体の片面または幅方向端部から不活性ガスを吹き付ける操作が挙げられる。この場合、さらに不活性ガスを吹き付けているのとは反対側の面または端部から、気体を吸引する操作を行うのも好ましい態様の一つである。
【0031】
上記の酸素量低減工程の例として挙げられている操作を一つ行ってもよいし、複数の操作を組み合わせて行ってもよい。
【0032】
酸素量低減工程は、熱処理炉の入り口より300mm上流の位置から熱処理炉内の温度が400℃になる位置の間で行うことが好ましく、熱処理炉の入り口より200mm上流の位置から熱処理炉内の温度が300℃になる位置の間で行うことがより好ましい。熱処理炉の入り口より300mm上流の位置より上流で実施すると酸素量低減の操作実施後に再び酸素が層間に侵入し、熱処理時の酸素量が低減できないことがある。熱処理炉内の温度が400℃になる位置より下流で実施すると本願の効果が得られず、熱処理炉内の炉材や炭素繊維シート前駆体との酸化反応が発生することがある。
【0033】
熱処理工程での酸素量は120ppm以下が好ましく、100ppm以下がより好ましく、80ppm以下がさらに好ましい。熱処理工程での酸素量が120ppm以下であるとは、熱処理炉内で温度が400℃以上である領域における酸素量が120ppm以下であることをいう。上記条件を満たしているかを確認するためには、熱処理炉内の温度が400℃以上の位置での酸素量を測定することで確認することができるが、熱処理炉内で温度が400℃以上である領域より上流側の、熱処理炉入り口から熱処理炉内温度が400℃未満の位置で測定することでも確認することができる。熱処理炉入り口から熱処理炉内温度が400℃未満の位置の酸素量はそれよりも下流の温度が400℃以上の領域での酸素量よりも多いので、熱処理炉入り口から熱処理炉内温度が400℃未満の位置の酸素量が120ppm以下であれば、それよりも下流の温度が400℃以上の領域の酸素量も120ppm以下であることを間接的に確かめることができるからである。測定位置は熱処理炉内の構造的に炉内を流れる気体の吹き溜まりにならない位置に設置することが好ましい。複数点測定する場合は最大値を熱処理炉内の酸素量とする。
【0034】
本発明の炭素繊維シートの製造方法で製造した炭素繊維シートは酸素量を低減することで局所的な酸化反応を抑制し、特に製造を開始した直後の製品と終了する直前の製品の間の物性バラツキを抑制することができる。
【0035】
例えば、炭素繊維シートの目付に関しては目付を複数点測定した際の平均値と最大値の差、および平均値と最小値の差が、平均値の10%以下であることが好ましい。目付の測定については、例えば100mm×100mmのサンプルを、連続的に炭素繊維シートを製造した際の最上流部と最下流部でそれぞれ3点、計6点採取し、各サンプルの質量を電子天秤にてそれぞれ秤量し、目付を算出することで、この際の6点の目付の平均値、および平均値と最大値、および平均値と最小値の差を測定することができる。
【0036】
炭素繊維シートの4点曲げ応力に関しては、複数点測定した際の平均値と最大値の差、および平均値と最小値の差が、平均値の20%以下であることが好ましい。4点曲げ応力測定時のサンプルは例えば20mm×50mmがよく、連続的に炭素繊維シートを製造した巻き取った際の最上流部と最下流部でそれぞれ3点、計6点採取し測定することで、この際の6点の目付の平均値、および平均値と最大値、および平均値と最小値の差を測定することができる。この際にサンプルの長手方向が炭素繊維シートの搬送方向と一致したサンプルを取得すれば、搬送方向の4点曲げ応力について、サンプルの長手方向が炭素繊維シートの幅方向と一致したサンプルを取得すれば、幅方向の4点曲げ応力について測定することができる。なお、サンプルの長手方向とは当該サンプルの長辺方向のことである。
【0037】
以下に本発明の好ましい実施形態を、図面を参照しながら説明するが、本発明はこれらの実施形態に限定されるものではなく、また個々の実施形態の説明の中での好ましい材料や数値範囲等の記載は、同時に上位概念としての本発明の製造方法の説明と解釈し得るものである。
【0038】
図1~
図5は、本発明の炭素繊維シートの製造方法を説明するために、炭素繊維シート前駆体を連続的に熱処理する炭素繊維シートの製造装置を模式的に示した図である。
【0039】
まず、本発明の炭素繊維シートの製造装置の好ましい実施形態を説明する。熱処理炉の共通構造として
図1~5に示すように熱処理炉100は、炭素繊維シート前駆体11、12を熱処理炉内部で水平方向に搬送することが可能な横型炉である。
【0040】
炭素繊維シート前駆体11、12と熱処理炉100自体の酸化を防止するため、入口シール部109と出口シール部110の不活性ガス供給箇所111から窒素やアルゴン等の不活性ガスを供給し、熱処理炉100の内部に充満させることが好ましい。
【0041】
熱処理炉を構成する部材は金属、炭素、セラミックを用いることが可能だが1,000℃以上となる部分は化学的安定性が高いことから炭素を用いることが好ましく、特に黒鉛を用いることが好ましい。
【0042】
熱処理炉100は炭素繊維シート前駆体11、12を2枚積層した状態で熱処理炉内101を連続的に走行させることで、炭素繊維シート前駆体11、12を熱処理し、炭化可能な樹脂結着剤を炭化させて、また炭素繊維前駆体シートが炭素繊維前駆体繊維を含有する場合には当該炭素繊維前駆体繊維を熱処理して、炭素繊維シート21、22とするものである。
【0043】
熱処理炉100には炭素繊維シート前駆体11、12が通過する熱処理炉内101が設けられている。熱処理炉内開口部の一方が熱処理炉の入口(以下、炉入口)105、他方が熱処理炉の出口(以下、炉出口)106となっている。
【0044】
炭素繊維シート前駆体11、12は炉入口105から熱処理炉内101に侵入し、マッフル下壁103上に設けられた炉床104の上を炉出口106に向かって、熱処理炉内101を連続的に移動するとともに、熱処理され炭素繊維シートとなる。
【0045】
熱処理炉内101で発生した分解ガスが熱処理炉内101に滞留し固化析出または液状化し、熱処理炉内のマッフル上壁102や炉床104に付着することを防ぐため、熱処理炉100には排気口108が設けられている。
【0046】
図1~5では熱処理炉として、1つの熱処理炉100のみを用いて炭素繊維シート前駆体11、12を最高温度1,600℃~3,000℃で熱処理して、炭素繊維シート21、22としているが、前述のとおり、2つの熱処理炉を用いてもよく、その場合、第1の熱処理炉では炭素繊維シート前駆体11、12を最高温度400℃~1,000℃で加熱し、第2の熱処理炉では最高温度1,600℃~3,000℃で熱処理することが好ましい。
【0047】
本発明の炭素繊維シートの製造方法の第一の例を
図1に示す。
図1においては、酸素量低減工程として2枚積層した炭素繊維シート前駆体11、12のうち上側の炭素繊維シート前駆体12の上に錘としてタッチロール202が配置されている。
【0048】
錘は複数枚の炭素繊維シート前駆体11と12が重なり合っている部分の全幅にわたって接触していることが好ましいが、錘の幅は、炭素繊維シート前駆体11、12の重なり合っている部分の幅よりも極端に狭くなければ特に限定するものではない。炭素繊維シート前駆体の重なり合っている部分の幅の0.5倍以上が好ましく、1.0倍以上がより好ましい。0.5倍未満だと酸素量低減効果が低下してしまう。
【0049】
錘は炭素繊維シート前駆体11、12との擦過を低減するためにタッチロール202のようにロール状であることが好ましい。錘の重さは特に限定するものではないが、炭素繊維シート前駆体が重なり合っている幅に対して、単位幅当たり0.05~5.00kg/mがさらに好ましい。0.05kg/m未満では、酸素量低減効果が低下してしまうことがある。5.00kg/mを超えると炭素繊維シート前駆体に含まれる炭素繊維または炭素繊維前駆体繊維と樹脂結着剤との結着が破壊され、熱処理後の炭素繊維シートの引張強度が低下してしまうことがある。
【0050】
錘の材質は特に限定するものではないが、熱処理炉内に配する場合は、熱による酸化・融解を排除するため、金属、炭素、セラミックを用いることが好ましく、その中でも熱変形の影響を排除するために炭素、セラミックスが好ましい。
【0051】
錘は特定の位置に留まって炭素繊維シート前駆体に接触するように固定されている。固定方法は特に限定するものではなく、連続搬送中に大きく動かなければよい。
【0052】
本発明の炭素繊維シートの製造方法の第二の例を
図2に示す。
図2においては、酸素量低減工程として2枚積層した炭素繊維シート前駆体11、12の両面に送風機203を配し、不活性ガスを吹き付けている。
【0053】
送風機203によって吹き付ける不活性ガスは炭素繊維シート前駆体11と12の重なりあっている部分の全幅にわたって吹き付けられていることが好ましいが、炭素繊維シート前駆体11、12の重なりあっている部分の幅よりも極端に狭くなければ特に限定するものではない。炭素繊維シート前駆体の重なり合っている部分の幅の0.5倍以上が好ましく、1.0倍以上がより好ましい。0.5倍未満だと酸素量低減効果が低下してしまう。
【0054】
送風機203によって吹き付ける風速は特に限定するものではないが、1~5m/sであることが好ましく、1.5~3m/sであることがさらに好ましい。1m/s未満であると酸素量低減効果が低減してしまうことがあり、5m/sを超過すると炭素繊維シート前駆体のバタつきが大きくなり、搬送中に炭素繊維シートまたは、炭素繊維シート前駆体の破断や基材の蛇行が発生してしまうことがある。
【0055】
本発明の炭素繊維シートの製造方法の第三の例を、
図3に示す。
図3においては、酸素量低減工程として炭素繊維シート前駆体の走行ライン上にガイド部材204を配し、炭素繊維シート前駆体に押しつけている。ガイド部材204は炭素繊維シート前駆体の幅方向に配した部品と炭素繊維シート前駆体の両端部の外側で長手方向に配した部品で構成されている。ガイド部材204の幅方向に配した部品によって、炭素繊維シート前駆体間の隙間を圧潰することで酸素量を低減し、炭素繊維シート前駆体の両端部の外側で長手方向に配した部品によって、炭素繊維シート前駆体の蛇行も規制することができる。
【0056】
ガイド部材204を構成する素材は金属、酸素、セラミックスを用いることが可能であるが、熱変形の影響を排除するために炭素、セラミックスが好ましい。
【0057】
ガイド部材204は複数枚の炭素繊維シート前駆体の層間の酸素を押し出すことができれば、形状は特に問わないが、炭素繊維シート前駆体が走行方向に屈曲しないような形状とすることが、炭素繊維シート中の炭素繊維と結着剤の結着箇所にクラックが生じたり、シワや割れなどの損傷を受けたりしにくいため好ましい。
【0058】
本発明の炭素繊維シートの製造方法の第四の例を
図4に示す。
図4においては、酸素量低減工程として送風機203を炭素繊維シート前駆体11、12の一方の側面に配し、その反対側に吸引機205を配している。送風機203から反対側の側面に向かって不活性ガスを吹き付けており、吸引機205は層間に存在していた酸素および送風機203から吹き付けられた不活性ガスを吸引している。このような構成にすることで、層間の酸素を不活性ガスに置換しやすくなる。
【0059】
送風機203によって吹き付ける風速と吸引機205で吸引する風速は特に特定するのもではないが、1~5m/sであることが好ましく、1.5~3m/sであることがより好ましい。1m/s未満であると酸素量低減効果が低減してしまうことがあり、5m/sを超えると炭素繊維シート前駆体のバタつきが大きくなり、搬送中に炭素繊維シート前駆体の破断や基材の蛇行が起こることがある。
【0060】
本発明の炭素繊維シートの製造方法の第五の実施形態を
図5に示す。
図5においては、酸素量低減工程として不活性ガス雰囲気下で炭素繊維シート前駆体11、12を積層している。
図5における不活性ガス雰囲気下とは熱処理炉の入口よりも内側のことを示す。
【0061】
図5では炭素繊維シート前駆体11、12が不活性ガス雰囲気を走行する前に炭素繊維シート前駆体11と12の間にガイドロール206を設置することで層間の隙間を空け、不活性ガス雰囲気下で積層することで酸素量を低減する。
【0062】
炭素繊維シート前駆体11、12が不活性ガス雰囲気下に侵入する時の層間の距離は特に特定するものではないが、5mm以上が好ましい。5mm未満では、層間から酸素を不活性ガスに置換するには不十分であることがある。
【符号の説明】
【0063】
11 炭素繊維シート前駆体
12 炭素繊維シート前駆体
21 炭素繊維シート
22 炭素繊維シート
100 熱処理炉
101 熱処理炉内
102 マッフル上壁
103 マッフル下壁
104 炉床
105 熱処理炉の入口(炉入口)
106 熱処理炉の出口(炉出口)
107 熱源
108 排気口
109 入口シール部
110 出口シール部
111 不活性ガス供給箇所
201 フリーロール
202 錘(タッチロール)
203 送風機
204 ガイド部材
205 吸引機
206 ガイドロール
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明は、炭素繊維シート、特に燃料電池におけるガス拡散体として好ましく用いられる炭素繊維シートの製造方法に利用可能である。