(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024014000
(43)【公開日】2024-02-01
(54)【発明の名称】左右独立転舵型ステアリング装置
(51)【国際特許分類】
B62D 5/04 20060101AFI20240125BHJP
F16D 65/16 20060101ALI20240125BHJP
B62D 9/00 20060101ALI20240125BHJP
B62D 7/18 20060101ALN20240125BHJP
F16D 121/20 20120101ALN20240125BHJP
F16D 125/66 20120101ALN20240125BHJP
F16D 127/10 20120101ALN20240125BHJP
F16D 127/02 20120101ALN20240125BHJP
【FI】
B62D5/04
F16D65/16
B62D9/00
B62D7/18 A
F16D121:20
F16D125:66
F16D127:10
F16D127:02
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022116518
(22)【出願日】2022-07-21
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100130513
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 直也
(74)【代理人】
【識別番号】100074206
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 文二
(74)【代理人】
【識別番号】100130177
【弁理士】
【氏名又は名称】中谷 弥一郎
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 光司
【テーマコード(参考)】
3D034
3D333
3J058
【Fターム(参考)】
3D034BC07
3D034BC12
3D034BC15
3D034BC26
3D333CB02
3D333CB10
3D333CB31
3D333CB42
3D333CD04
3D333CD05
3D333CD14
3D333CD16
3D333CD18
3D333CE04
3D333CE57
3J058AB21
3J058CC13
3J058CC46
3J058CD15
3J058FA50
(57)【要約】
【課題】省電力であり、かつ、転舵用モータおよび減速機を小型化することができる左右独立転舵型ステアリング装置を提供する。
【解決手段】減速機23と運動変換機構24の間に、前輪2から運動変換機構24を介して伝達する反力が減速機23に入力されないように減速機23の出力軸26の回転を制動するブレーキ作動状態と、減速機23の出力軸26の回転の制動を解除するブレーキ解除状態とを切り替え可能なブレーキ機構25を設ける。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
左右一対の車輪(2)を互いに独立して転舵することができるように前記一対の車輪(2)に個別に設けられた一対の車輪転舵装置(4)を有し、
前記一対の車輪転舵装置(4)は、それぞれ、転舵用モータ(22)と、前記転舵用モータ(22)の回転を減速して出力する減速機(23)と、前記減速機(23)から出力される回転を前記車輪(2)の向きを変化させる動きに変換する運動変換機構(24)とを有する左右独立転舵型ステアリング装置において、
前記減速機(23)と前記運動変換機構(24)の間に、前記車輪(2)から前記運動変換機構(24)を介して伝達する反力が前記減速機(23)に入力されないように前記減速機(23)の出力軸(26)の回転を制動するブレーキ作動状態と、前記減速機(23)の出力軸(26)の回転の制動を解除するブレーキ解除状態とを切り替え可能なブレーキ機構(25)を設けたことを特徴とする左右独立転舵型ステアリング装置。
【請求項2】
前記運動変換機構(24)は、前記減速機(23)の出力軸(26)の回転に連動して揺動するように前記減速機(23)の出力軸(26)に連結された揺動アーム(27)と、前記揺動アーム(27)の揺動に応じて前記車輪(2)の向きが変化するように前記揺動アーム(27)の揺動端と前記車輪(2)との間を連結するタイロッド(28)とを有する構成のものである請求項1に記載の左右独立転舵型ステアリング装置。
【請求項3】
前記ブレーキ機構(25)は、
前記減速機(23)の出力軸(26)と一体に回転するように設けられた内輪(30)と、
前記内輪(30)の外周を囲むように配置され、回転しないように固定して設けられた外輪(31)と、
通電と非通電の切り替えにより、前記内輪(30)と前記外輪(31)との間に係合子(34)を係合させる係合状態と、前記内輪(30)と前記外輪(31)との間への前記係合子(34)の係合を解除する係合解除状態とを切り替え可能な電磁式クラッチ(36)とを有する構成のものである請求項1または2に記載の左右独立転舵型ステアリング装置。
【請求項4】
前記電磁式クラッチ(36)は、非通電時に係合解除状態となり、通電時に係合状態となる励磁式のものである請求項3に記載の左右独立転舵型ステアリング装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、左右一対の車輪を互いに独立して転舵することが可能な左右独立転舵型ステアリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
左右一対の車輪を互いに独立して転舵することが可能な左右独立転舵型ステアリング装置として、例えば、特許文献1のものが知られている。特許文献1の左右独立転舵型ステアリング装置は、左右一対の車輪に、車輪転舵装置を個別に設けたものである。左右の車輪の車輪転舵装置は、それぞれ、転舵用モータと、転舵用モータの回転を減速して出力する減速機と、減速機から出力される回転を車輪の向きを変化させる動きに変換する運動変換機構とを有する。
【0003】
この左右独立転舵型ステアリング装置を使用すると、左右の車輪の転舵角を、互いに独立して設定することができるので、車両の走行状態に応じて、左右の車輪の転舵角の比を最適化することが可能となる。例えば、車両の走行速度が高い状態で車両が旋回するときは、左右の車輪の転舵角を同等程度の大きさに設定し、一方、車両の走行速度が低い状態で車両が旋回するときは、旋回外側の車輪の転舵角が旋回内側の車輪の転舵角よりも小さくなるように左右の車輪の転舵角の比を設定することで、高速走行時の旋回安定性と低速走行時の小回り性とを両立させることが可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、特許文献1の左右独立転舵型ステアリング装置においては、転舵角(車輪の向き)を保持する際、車輪から伝達する反力によって転舵用モータが回転するのを防止するため、転舵用モータへの連続通電が必要であり、消費電力が大きいという問題があった。また、転舵角を保持する際、車輪からの反力に抗するのに十分なトルクを発生することができるようにするため、大型の転舵用モータを使用したり、車輪からの反力に耐える強度を確保するため、大型の減速機を使用したりする必要があった。
【0006】
この発明が解決しようとする課題は、省電力であり、かつ、転舵用モータおよび減速機を小型化することができる左右独立転舵型ステアリング装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するため、この発明では、以下の構成の左右独立転舵型ステアリング装置を提供する。
[構成1]
左右一対の車輪を互いに独立して転舵することができるように前記一対の車輪に個別に設けられた一対の車輪転舵装置を有し、
前記一対の車輪転舵装置は、それぞれ、転舵用モータと、前記転舵用モータの回転を減速して出力する減速機と、前記減速機から出力される回転を前記車輪の向きを変化させる動きに変換する運動変換機構とを有する左右独立転舵型ステアリング装置において、
前記減速機と前記運動変換機構の間に、前記車輪から前記運動変換機構を介して伝達する反力が前記減速機に入力されないように前記減速機の出力軸の回転を制動するブレーキ作動状態と、前記減速機の出力軸の回転の制動を解除するブレーキ解除状態とを切り替え可能なブレーキ機構を設けたことを特徴とする左右独立転舵型ステアリング装置。
【0008】
この構成を採用すると、転舵角(車輪の向き)を保持する際、ブレーキ機構で減速機の出力軸の回転を制動し、車輪から運動変換機構を介して伝達する反力が減速機に入力されないようにすることができる。そのため、転舵角を保持する際、転舵用モータに連続通電する必要がなく、省電力である。また、転舵角を保持する際、転舵用モータは、車輪からの反力に抗するトルクを発生する必要がないので、転舵用モータを小型化することができる。また、転舵角を保持する際、車輪からの反力をブレーキ機構で受け止め、減速機には車輪からの反力が入力されないようにすることができるので、減速機を小型化することができる。
【0009】
[構成2]
前記運動変換機構は、前記減速機の出力軸の回転に連動して揺動するように前記減速機の出力軸に連結された揺動アームと、前記揺動アームの揺動に応じて前記車輪の向きが変化するように前記揺動アームの揺動端と前記車輪との間を連結するタイロッドとを有する構成のものである構成1に記載の左右独立転舵型ステアリング装置。
【0010】
[構成3]
前記ブレーキ機構は、
前記減速機の出力軸と一体に回転するように設けられた内輪と、
前記内輪の外周を囲むように配置され、回転しないように固定して設けられた外輪と、
通電と非通電の切り替えにより、前記内輪と前記外輪との間に係合子を係合させる係合状態と、前記内輪と前記外輪との間への前記係合子の係合を解除する係合解除状態とを切り替え可能な電磁式クラッチとを有する構成のものである構成1または2に記載の左右独立転舵型ステアリング装置。
【0011】
この構成を採用すると、電磁式クラッチは、内輪と外輪との間に係合子を物理的に係合させることによって内輪の回転を阻止し、少ない消費電力で大きい制動トルクを発生するので、効果的に省電力化を図ることが可能となる。
【0012】
[構成4]
前記電磁式クラッチは、非通電時に係合解除状態となり、通電時に係合状態となる励磁式のものである構成3に記載の左右独立転舵型ステアリング装置。
【0013】
この構成を採用すると、転舵角を保持するときのみ、電磁式クラッチに通電し、それ以外のときは、電磁式クラッチに通電する必要がないので、より効果的に省電力化を図ることが可能となる。
【発明の効果】
【0014】
この発明の左右独立転舵型ステアリング装置は、転舵角(車輪の向き)を保持する際、ブレーキ機構で減速機の出力軸の回転を制動し、車輪から運動変換機構を介して伝達する反力が減速機に入力されないようにすることができる。そのため、転舵角を保持する際、転舵用モータに連続通電する必要がなく、省電力である。また、転舵角を保持する際、転舵用モータは、車輪からの反力に抗するトルクを発生する必要がないので、転舵用モータを小型化することができる。また、転舵角を保持する際、車輪からの反力をブレーキ機構で受け止め、減速機には車輪からの反力が入力されないようにすることができるので、減速機を小型化することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】この発明の第1実施形態にかかる左右独立転舵型ステアリング装置を搭載した車両を模式的に示す図
【
図2】
図1の右側の前輪に設けられた車輪転舵装置を車両後方側から見た図
【
図3】
図2に示される運動変換機構を上方から見た部分断面図
【
図8】この発明の第2実施形態を
図4に対応して示す図
【発明を実施するための形態】
【0016】
図1に、この発明の第1実施形態にかかる左右独立転舵型ステアリング装置1(以下、単に「ステアリング装置1」という)を搭載した車両の概略構成図を示す。この車両は自動車であり、左右一対の前輪2と左右一対の後輪3とを有する。ステアリング装置1は、左右一対の前輪2を互いに独立して転舵することができるように一対の前輪2に個別に設けられた一対の車輪転舵装置4を有する。一対の車輪転舵装置4は、図示しない共通のコントローラで制御される。このステアリング装置1は、運転者によるステアリングホイール5の操作量を操舵センサ6で検知して電気信号に変換し、その電気信号に基づいて、ステアリングホイール5から機械的に切り離して設けられた一対の車輪転舵装置4を作動させることで、左右一対の前輪2の向きを変化させるステアバイワイヤ方式のものである。
【0017】
左側の前輪2に設けられた車輪転舵装置4と、右側の前輪2に設けられた車輪転舵装置4は、左右対称の同一構成である。そのため、以下、右側の前輪2に設けられた車輪転舵装置4を説明し、左側の前輪2に設けられた車輪転舵装置4については、対応する部分に同一の符号を付して説明を省略する。
【0018】
図2に示すように、前輪2は、金属製のホイール7と、ホイール7の外周に取り付けられたゴム製のタイヤ8とで構成されている。ホイール7は、ハブボルト9でハブ10に着脱可能に固定されている。ホイール7の内側には、モータハウジング11が配置され、ハブ10は、モータハウジング11に組み込まれたハブ軸受(図示せず)で回転可能に支持されている。モータハウジング11には、車両の走行用モータ(図示せず)と、走行用モータの回転を減速してハブ10に伝達する減速装置(図示せず)とが収容されている。またハブ10には、ハブ10と一体に回転するようにブレーキディスク12が固定され、モータハウジング11には、ブレーキディスク12に制動力を付与するブレーキキャリパ13が取り付けられている。
【0019】
モータハウジング11は、上下方向に延びるショックアブソーバ14と、車幅方向に延びるロアアーム15とで支持されている。ショックアブソーバ14の上端は、アッパサポート16を介して車体17に回動可能に連結され、ショックアブソーバ14の下端は、モータハウジング11に連結されている。ショックアブソーバ14には、ショックアブソーバ14を伸長方向に付勢するサスペンションスプリング18が取り付けられている。
【0020】
図3に示すように、ロアアーム15の車幅方向内側(図では左側)の端部は、ブッシュ19およびボールジョイント20で前後方向の軸線まわりに回動可能に車体17に連結され、ロアアーム15の車幅方向外側(図では右側)の端部は、ボールジョイント21でモータハウジング11に連結されている。
【0021】
図2に示すように、モータハウジング11は、上下方向に延びるキングピン軸線K(転舵軸線)まわりに回動可能に支持されている。キングピン軸線Kは、この実施形態ではアッパサポート16の中心とボールジョイント21の中心とを結ぶ直線である。キングピン軸線Kは、鉛直方向に対する傾斜を有し、具体的には、前後方向から見て下側から上側に向かって車幅方向内側に変位する傾斜を有する。
【0022】
車輪転舵装置4は、転舵用モータ22と、転舵用モータ22の回転を減速して出力する減速機23と、減速機23から出力される回転を前輪2の向きを変化させる動きに変換する運動変換機構24と、減速機23と運動変換機構24の間に設けられたブレーキ機構25とを有する。
【0023】
図3、
図4に示すように、運動変換機構24は、減速機23の出力軸26(
図4参照)の回転に連動して揺動するように減速機23の出力軸26に連結された揺動アーム27と、揺動アーム27の揺動に応じて前輪2(
図2参照)の向きが変化するように揺動アーム27の揺動端と前輪2との間を連結するタイロッド28とを有する。タイロッド28の一端は、揺動アーム27の揺動端に回動可能に連結され、タイロッド28の他端は、モータハウジング11に設けられたナックルアーム29に回動可能に連結されている。
図2に示すように、転舵用モータ22、減速機23、ブレーキ機構25は、ロアアーム15に取り付けられている。
【0024】
図2に示すブレーキ機構25は、通電と非通電の切り替えにより、減速機23の出力軸26(
図4参照)の回転を制動するブレーキ作動状態と、減速機23の出力軸26の回転の制動を解除するブレーキ解除状態とを切り替えることが可能となっており、このブレーキ機構25をブレーキ作動状態にすることで、前輪2からモータハウジング11とタイロッド28と揺動アーム27とを介して伝達する反力が減速機23に入力されるのを阻止することが可能となっている。
【0025】
図4に示すように、ブレーキ機構25は、減速機23の出力軸26に連結して設けられた内輪30と、内輪30の外周を囲むように配置された外輪31と、内輪30の外周に形成された複数のカム面32(
図6参照)と、外輪31の内周に形成された円筒面33と、各カム面32と円筒面33との間に組み込まれた係合子34と、それらの係合子34を保持する係合子保持器35と、通電と非通電の切り替えにより、各カム面32と円筒面33の間に係合子34を係合させる係合状態と、各カム面32と円筒面33との間への係合子34の係合を解除する係合解除状態とを切り替え可能な電磁式クラッチ36とを有する。電磁式クラッチ36は、この実施形態では、非通電時に係合解除状態となり、通電時に係合状態となる励磁式のものである。
【0026】
内輪30は、減速機23の出力軸26の外周にスプライン嵌合している。このスプライン嵌合によって、内輪30は、減速機23の出力軸26と一体回転するように出力軸26に連結されている。内輪30は、減速機23の出力軸26と一体に形成してもよい。また、内輪30には、揺動アーム27の揺動中心となる揺動支軸37がスプライン嵌合している。このスプライン嵌合によって、揺動支軸37は、内輪30と一体回転するように内輪30に連結されている。揺動支軸37は、内輪30と一体に形成してもよい。
【0027】
外輪31は、内輪30の回転時に回転しないように、クラッチケース38の内周にキー部材39(
図6参照)で固定されている。クラッチケース38の下端はロアアーム15に固定され、クラッチケース38の上端は減速機23に固定されている。
【0028】
転舵用モータ22と減速機23とブレーキ機構25は、同軸に配置されている。すなわち、転舵用モータ22のロータ軸(図示せず)と、減速機23の出力軸26と、ブレーキ機構25の内輪30は、その回転中心が同一直線上にあるように配置されている。このように、転舵用モータ22と減速機23とブレーキ機構25を同軸に配置することで、転舵時に回転する部材(転舵用モータ22のロータ軸、減速機23の出力軸26、ブレーキ機構25の内輪30)の支持構造を簡素化することができ、転舵用モータ22と減速機23とブレーキ機構25とを、ショックアブソーバ14およびサスペンションスプリング18の周囲の限られたスペースに組み込むことが容易となる。減速機23としては、入力側の回転中心と出力側の回転中心とが同一直線上にある同軸型減速機(例えば、遊星歯車減速機、遊星ローラ減速機の歯車をトラクションローラに置き換えた構成の遊星ローラ減速機、ローラ減速機など)を採用することができる。
【0029】
図6に示すように、内輪30の外周のカム面32は、外輪31の内周の円筒面33と半径方向に対向している。カム面32と円筒面33の間には、周方向中央から周方向両端に向かって次第に狭小となるくさび空間が形成されている。
【0030】
係合子保持器35には、径方向に貫通するポケットが周方向に間隔をおいて複数形成され、その各ポケットに係合子34が収容されている。係合子保持器35は、係合子34をカム面32の周方向中央から周方向に移動させることでカム面32と円筒面33の間に係合子34を係合させる係合位置と、係合子34をカム面32の周方向中央に移動させることでカム面32と円筒面33の間への係合子34の係合を解除する係合解除位置との間で、内輪30に対して周方向に移動可能に支持されている。
【0031】
図7に示すように、電磁式クラッチ36は、軸方向に移動可能に支持されたアーマチュア40と、通電によりアーマチュア40を吸引して軸方向に移動させる電磁石41と、アーマチュア40の移動に応じて係合子保持器35を周方向移動させる動作変換機構42とを有する。
【0032】
アーマチュア40は、磁性材料(鉄、珪素鋼など)で形成された円盤状の部材である。電磁石41は、アーマチュア40と軸方向に対向して配置されている。電磁石41は、軸方向と周方向のいずれにも移動しないようにクラッチケース38に固定されている。アーマチュア40と電磁石41の間には、アーマチュア40を電磁石41から離反する方向に付勢する離反ばね43が組み込まれている。
【0033】
動作変換機構42は、アーマチュア40に対して軸方向に相対移動可能な状態でアーマチュア40に回り止めされかつ係合子保持器35に回り止めされた中間プレート44と、係合子保持器35を係合解除位置に弾性的に保持するセンタリングばね45とを有する。
【0034】
図5に示すように、中間プレート44の外周には、係合子保持器35に形成された係合凹部46に係合する係合凸部47が形成されている。中間プレート44は、この係合凸部47と係合凹部46の係合によって、係合子保持器35と一体に周方向移動するように係合子保持器35に回り止めされている。
【0035】
図7に示すように、中間プレート44には、アーマチュア40に向かって軸方向に延びる軸方向突起48が形成されている。アーマチュア40には、中間プレート44の軸方向突起48が軸方向にスライド可能に挿入される軸方向孔49が形成されている。中間プレート44は、この軸方向突起48と軸方向孔49の係合によって、アーマチュア40に対して軸方向移動可能な状態で、アーマチュア40と一体に周方向移動するようにアーマチュア40に回り止めされている。
【0036】
図6に示すように、センタリングばね45は、鋼線をC形に巻いたC形環状部50と、C形環状部50の両端からそれぞれ径方向外方に延出する一対の延出部51とからなる。C形環状部50は、内輪30の軸方向端面に形成された円形のばね収容凹部52に嵌め込まれている。一対の延出部51は、ばね収容凹部52から径方向外方に貫通するように内輪30の軸方向端面に形成された径方向溝53に挿入されている。
【0037】
センタリングばね45の延出部51は、径方向溝53の径方向外端から突出しており、その延出部51の径方向溝53からの突出部分が、係合子保持器35に形成された保持器溝54に挿入されている。径方向溝53と保持器溝54は同じ周方向幅をもつように形成されている。センタリングばね45の延出部51は、径方向溝53の内面と、保持器溝54の内面にそれぞれ接触しており、その接触部分に作用する周方向の力によって係合子保持器35を係合解除位置に弾性保持している。
【0038】
図7に示す電磁式クラッチ36は、電磁石41が非通電の状態では、内輪30が外輪31に対して自由に回転することができる係合解除状態(空転状態)となる。すなわち、電磁石41が非通電のとき、アーマチュア40が離反ばね43の付勢力によって電磁石41から離反し、アーマチュア40は、電磁石41に対して自由に回転可能な状態となる。このとき、係合子保持器35は、センタリングばね45の弾性復元力によって係合解除位置に保持されるので、内輪30を回転させても、内輪30の外周のカム面32と外輪31の内周の円筒面33との間に係合子34は係合せず、内輪30および減速機23の出力軸26(
図4参照)は正逆両方向に自由に回転することが可能である。
【0039】
一方、電磁石41に通電した状態では、内輪30の回転が阻止された係合状態(ロック状態)となる。すなわち、電磁石41に通電したとき、アーマチュア40は電磁石41に吸着され、アーマチュア40が電磁石41に摩擦接触した状態となる。このとき、内輪30を回転させると、電磁石41に摩擦接触するアーマチュア40が、中間プレート44を介して係合子保持器35に回り止めされているので、係合子保持器35は回転が制限され、その係合子保持器35に対して内輪30が相対回転する。その結果、係合子保持器35が、センタリングばね45の弾性力に抗し係合解除位置から係合位置に移動し、内輪30の外周のカム面32と外輪31の内周の円筒面33との間に係合子34が係合するので、内輪30の回転が阻止され、内輪30に連結された減速機23の出力軸26(
図4参照)の回転が阻止される。
【0040】
ここで、アーマチュア40が電磁石41の上側に対向するように電磁式クラッチ36を配置する(すなわち、
図7に示す電磁式クラッチ36を上下反転した構成に置き換える)ことも可能であるが、この実施形態では、
図7に示すように、アーマチュア40が電磁石41の下側に対向するように電磁式クラッチ36を配置した構成を採用している。この構成を採用すると、万一、離反ばね43が破損する等したときにも、アーマチュア40が自重で電磁石41に摩擦接触する事態を防止することができ、電磁石41の非通電時に係合子34がミス係合するのを防止することが可能となる。また、係合子34を潤滑するグリースが、その自重で、アーマチュア40と電磁石41の間の対向面間に流れ込むのを防止することができ、アーマチュア40が電磁石41に吸着されたときに両者の間に生じる摩擦力を安定したものとすることができる。
【0041】
図1に示すステアリング装置1は、左右の前輪2の転舵角を、左右一対の車輪転舵装置4で互いに独立して設定することができるので、車両の走行状態に応じて、左右の前輪2の転舵角の比を最適化することが可能である。例えば、車両の走行速度が高い状態で車両が旋回するときは、左右の前輪2の転舵角を同等程度の大きさに設定し、一方、車両の走行速度が低い状態で車両が旋回するときは、旋回外側の前輪2の転舵角が旋回内側の前輪2の転舵角よりも小さくなるように左右の前輪2の転舵角の比を設定することで、高速走行時の旋回安定性と低速走行時の小回り性とを両立させることが可能である。
【0042】
ここで、
図2に示す車輪転舵装置4において、キングピン軸線Kまわりの転舵角(前輪2の向き)を保持する際、前輪2から伝達する反力によって転舵用モータ22が回転するのを防止するために、転舵用モータ22に連続通電するとすれば、車輪転舵装置4における消費電力が大きくなり、また前輪2からの反力に抗するのに十分なトルクを転舵用モータ22で発生することができるようにするため、大型の転舵用モータ22が必要となり、さらに、前輪2からの反力に耐える強度を確保するため、大型の減速機23が必要となるという問題がある。
【0043】
この問題に対し、この実施形態のステアリング装置1では、
図2に示すキングピン軸線Kまわりの転舵角(前輪2の向き)を保持する際、ブレーキ機構25で減速機23の出力軸26の回転を制動し、前輪2から運動変換機構24を介して伝達する反力が減速機23に入力されないようにすることができる。そのため、前輪2の転舵角を保持する際、転舵用モータ22に連続通電する必要がなく、省電力である。また、前輪2の転舵角を保持する際、転舵用モータ22は、前輪2からの反力に抗するトルクを発生する必要がないので、転舵用モータ22を小型化することができる。また、前輪2の転舵角を保持する際、前輪2からの反力をブレーキ機構25で受け止め、減速機23には前輪2からの反力が入力されないようにすることができるので、減速機23を小型化することができる。
【0044】
また、このステアリング装置1は、
図4、
図7に示すように、内輪30と外輪31との間に係合子34を物理的に係合させることによって内輪30の回転を阻止する電磁式クラッチ36を用いており、電磁式クラッチ36は、少ない消費電力で大きい制動トルクを発生するので、効果的に省電力化を図ることが可能となっている。
【0045】
また、このステアリング装置1は、非通電時に係合解除状態となり、通電時に係合状態となる励磁式の電磁式クラッチ36を用いているので、前輪2の転舵角を保持するときのみ、電磁式クラッチ36に通電し、それ以外のときは、電磁式クラッチ36に通電する必要がない。そのため、より効果的に省電力化を図ることが可能となっている。
【0046】
図8~
図10に、この発明の第2実施形態を示す。第2実施形態は、第1実施形態と比べて動作変換機構42の構成のみが異なる。すなわち、第1実施形態では、動作変換機構42として、電磁石41の通電時に係合子保持器35を係合解除位置から係合位置に周方向移動させ、電磁石41の非通電時に係合子保持器35を係合位置から係合解除位置に周方向移動させる構成のものを用いた(つまり、非通電時に係合解除状態となり、通電時に係合状態となる励磁式の電磁式クラッチ36を採用した)のに対し、第2実施形態では、動作変換機構42として、電磁石41の通電時に係合子保持器35を係合位置から係合解除位置に周方向移動させ、電磁石41の非通電時に係合子保持器35を係合解除位置から係合位置に周方向移動させる構成のものを用いた(つまり、非通電時に係合状態となり、通電時に係合解除状態となる非励磁式の電磁式クラッチ36を採用した)点で異なり、他の構成は同一である。そのため、第1実施形態に対応する部分は同一の符号を付して説明を省略する。
【0047】
図10に示すように、アーマチュア40と外輪31の間には、係合子保持器35に回り止めされた摩擦板60が組み込まれている。摩擦板60は、外輪31の軸方向端面に接触する位置と、外輪31の軸方向端面から離反する位置との間で軸方向に移動可能に設けられている。摩擦板60は、外輪31の軸方向端面から離反した状態では、外輪31に対して回転可能であり、一方、外輪31の軸方向端面に接触した状態では、外輪31の軸方向端面との摩擦により回転が制動されるようになっている。摩擦板60は、アーマチュア40と電磁石41の間に組み込まれた離反ばね43の付勢力によって外輪31の軸方向端面に押し付けられている。
【0048】
図9、
図10に示すように、摩擦板60の内周には、係合子保持器35に形成された係合凹部61に係合する係合凸部62が形成されている。摩擦板60は、この係合凸部62と係合凹部61の係合によって、係合子保持器35と一体に周方向移動するように係合子保持器35に回り止めされている。
【0049】
係合子保持器35の径方向内側には、センタリングばね押さえプレート63が設けられている。センタリングばね押さえプレート63は、センタリングばね45と軸方向に隣接して配置され、センタリングばね45をばね収容凹部52内に保持している。センタリングばね押さえプレート63の外周と摩擦板60の内周は非接触であり、互いに独立して回転可能となっている。
【0050】
図10に示す電磁式クラッチ36は、電磁石41が非通電の状態では、内輪30の回転が阻止された係合状態(ロック状態)となる。すなわち、電磁石41が非通電のとき、アーマチュア40が離反ばね43の付勢力によって電磁石41から離反し、クラッチケース38に対して回り止めされた外輪31の軸方向端面に押し付けられた状態となる。このとき、内輪30を回転させると、外輪31の軸方向端面に摩擦接触する摩擦板60が、係合子保持器35に回り止めされているので、係合子保持器35は回転が制限され、その係合子保持器35に対して内輪30が相対回転する。その結果、係合子保持器35が、センタリングばね45の弾性力に抗し係合解除位置から係合位置に移動し、内輪30の外周のカム面32と外輪31の内周の円筒面33との間に係合子34が係合するので、内輪30の回転が阻止され、内輪30に連結された減速機23の出力軸26(
図4参照)の回転が阻止される。
【0051】
一方、電磁石41に通電した状態では、内輪30が外輪31に対して自由に回転することができる空転状態となる。すなわち、電磁石41に通電したとき、アーマチュア40は電磁石41に吸着され、離反ばね43の付勢力が摩擦板60に作用しなくなるので、摩擦板60は、外輪31に対して自由に回転可能な状態となる。このとき、係合子保持器35は、センタリングばね45の弾性復元力によって係合位置から係合解除位置に移動し、そのまま係合解除位置に保持されるので、内輪30を回転させても、内輪30の外周のカム面32と外輪31の内周の円筒面33との間に係合子34は係合せず、内輪30および減速機23の出力軸26(
図4参照)は正逆両方向に自由に回転することが可能である。
【0052】
この第2実施形態のステアリング装置1は、第1実施形態と同様に、前輪2の転舵角を保持する際、転舵用モータ22に連続通電する必要がなく、省電力である。また、前輪2の転舵角を保持する際、転舵用モータ22は、前輪2(
図2参照)からの反力に抗するトルクを発生する必要がないので、転舵用モータ22を小型化することができる。また、前輪2の転舵角を保持する際、前輪2からの反力をブレーキ機構25で受け止め、減速機23には前輪2からの反力が入力されないようにすることができるので、減速機23を小型化することができる。
【0053】
上記各実施形態では、外輪31の内周と内輪30の外周との間に組み込む係合子34としてローラを用いたものを例に挙げて説明したが、係合子34としてボールやスプラグを用いることも可能である。
【0054】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0055】
1 左右独立転舵型ステアリング装置
2 前輪(車輪)
4 車輪転舵装置
22 転舵用モータ
23 減速機
24 運動変換機構
25 ブレーキ機構
26 出力軸
27 揺動アーム
28 タイロッド
30 内輪
31 外輪
34 係合子
36 電磁式クラッチ