IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 新日鐵住金株式会社の特許一覧

特開2024-140274シャフト、シャフトの製造工具、およびシャフトの製造方法
<>
  • 特開-シャフト、シャフトの製造工具、およびシャフトの製造方法 図1
  • 特開-シャフト、シャフトの製造工具、およびシャフトの製造方法 図2
  • 特開-シャフト、シャフトの製造工具、およびシャフトの製造方法 図3
  • 特開-シャフト、シャフトの製造工具、およびシャフトの製造方法 図4
  • 特開-シャフト、シャフトの製造工具、およびシャフトの製造方法 図5
  • 特開-シャフト、シャフトの製造工具、およびシャフトの製造方法 図6
  • 特開-シャフト、シャフトの製造工具、およびシャフトの製造方法 図7
  • 特開-シャフト、シャフトの製造工具、およびシャフトの製造方法 図8
  • 特開-シャフト、シャフトの製造工具、およびシャフトの製造方法 図9
  • 特開-シャフト、シャフトの製造工具、およびシャフトの製造方法 図10
  • 特開-シャフト、シャフトの製造工具、およびシャフトの製造方法 図11
  • 特開-シャフト、シャフトの製造工具、およびシャフトの製造方法 図12
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024140274
(43)【公開日】2024-10-10
(54)【発明の名称】シャフト、シャフトの製造工具、およびシャフトの製造方法
(51)【国際特許分類】
   F16C 3/02 20060101AFI20241003BHJP
   B21K 1/06 20060101ALI20241003BHJP
   B21J 5/06 20060101ALI20241003BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20241003BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20241003BHJP
【FI】
F16C3/02
B21K1/06
B21J5/06 Z
C22C38/00 301Z
C22C38/60
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023051336
(22)【出願日】2023-03-28
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100090273
【弁理士】
【氏名又は名称】國分 孝悦
(72)【発明者】
【氏名】藤堂 尚二
(72)【発明者】
【氏名】大橋 徹也
(72)【発明者】
【氏名】宮西 慶
【テーマコード(参考)】
3J033
4E087
【Fターム(参考)】
3J033AA01
3J033AB03
3J033AC01
3J033BA01
3J033BA12
3J033BA15
4E087AA02
4E087CA29
4E087EC28
4E087EC38
4E087HA31
4E087HA82
(57)【要約】
【課題】 製造時に粉塵の発生のリスクを低減し、且つ、高いねじり疲労強度を有するシャフト、当該シャフトの製造工具、および当該シャフトの製造方法を提供する。
【解決手段】 1つ以上の枝穴12a~12bのうちの少なくとも1つの枝穴12aの同じ深さ位置(中心軸14aが延びる方向の位置)において、枝穴12aに対する強化部位54a~54dのビッカース硬さが、枝穴12aに対する比較部位55a~55c等のビッカース硬さの最低値よりも15HV以上大きい。
【選択図】 図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
長手方向に延びる穴である1つ以上の幹穴と、外周面において開口し当該幹穴に連通する穴である1つ以上の枝穴と、を有するシャフトであって、
前記1つ以上の枝穴のうちの少なくとも1つの枝穴に対する強化部位のビッカース硬さは、当該枝穴に対する比較部位のビッカース硬さの最低値よりも15HV以上大きく、
前記ビッカース硬さを対比する前記枝穴に対する前記強化部位および比較部位の、当該枝穴の径方向における深さ位置は、当該枝穴の壁面より当該枝穴の直径の0.015倍だけ深い位置であり、
前記ビッカース硬さを対比する前記枝穴に対する前記強化部位および比較部位の、当該枝穴の深さ方向における深さ位置は、前記シャフトの外周面側における当該枝穴の周回部の端部の位置よりも、当該枝穴の深さ方向における当該枝穴の周回部の長さの半分以上深い位置を含み、
前記枝穴の周回部は、当該枝穴の領域のうち、当該枝の中心軸周りの方向に当該枝穴の中心軸を360°囲む領域であって、面取りされていない領域であり、
前記ビッカース硬さを対比する前記枝穴に対する強化部位は、当該枝穴の中心軸に垂直な規定面上において当該枝穴の中心軸を通る2つの直線であって、前記規定面上の基準線とのなす角度のうち小さい方の角度が45°となる2つの直線のうちの少なくとも1つの直線である強化部位規定線上の位置にあり、
前記規定面は、前記ビッカース硬さを対比する前記枝穴に対する強化部位の位置において当該枝穴の中心軸に垂直な面であり、
前記基準線は、前記幹穴の中心軸を示す直線を前記規定面に投影した場合に前記規定面に出来る直線であり、
前記ビッカース硬さを対比する前記枝穴に対する比較部位は、前記ビッカース硬さを対比する当該枝穴に対する強化部位と異なる位置にある、シャフト。
【請求項2】
前記強化部位規定線は、前記2つの直線の双方である、請求項1に記載のシャフト。
【請求項3】
前記枝穴に対する強化部位は、当該枝穴の周回部の深さ方向の全長にわたって存在する、請求項1または2に記載のシャフト。
【請求項4】
前記シャフトの表面より2mm以上深い位置において前記シャフトを構成する金属材料の成分は、質量%で、
C:0.10~0.45%
Si:0.02~2.0%
Mn:0.3~3.0%
P:0.05%以下
S:0~0.100%
Cr:0.01~3.0%
Al:0.001~0.1%
N:0.03%以下
Mo:0~1.0%
Cu:0~1.0%
Ni:0~1%
V:0~0.5%
Nb:0~0.1%
Ti:0~0.2%
Bi:0~0.100%
Pb:0~0.100%を含有し、
残部はFeおよび不純物からなる、請求項1または2に記載のシャフト。
【請求項5】
前記シャフトの表面のうち、前記枝穴の壁面以外の表面のビッカース硬さは、700HV以上850HV以下であり、
前記シャフトの表面より2mm以上深い位置におけるビッカース硬さは、500HV以下である、請求項1または2に記載のシャフト。
【請求項6】
長手方向に延びる穴である1つ以上の幹穴と、外周面において開口し当該幹穴に連通する穴である1つ以上の枝穴と、を有するシャフトの製造工具であって、
前記枝穴に少なくとも一部分が挿入される挿入部材を有し、
前記挿入部材は、当該挿入部材の表面の2つの領域であって、前記挿入される方向に垂直な方向において当該挿入部材の中心軸を介して相互に対向する2つの領域に、外側に張り出すように形成された2つの曲面部を有し、
前記2つの曲面部の少なくとも一部の領域は、前記枝穴の壁面に同時に接触する領域であり、
前記挿入部材が前記枝穴に挿入された状態において、前記挿入される方向に垂直な方向における前記2つの曲面部の間の最大距離は、前記挿入部材が挿入される前の前記枝穴の直径の1.02倍以上1.20倍以下である、シャフトの製造工具。
【請求項7】
前記挿入される方向における前記2つの曲面の曲率半径は、略同一である、請求項6に記載のシャフトの製造工具。
【請求項8】
前記挿入される方向周りの方向における前記2つの曲面の曲率半径は、前記挿入部材が挿入される前の前記枝穴の直径の0.12倍以上0.49倍以下である、請求項6または7に記載のシャフトの製造工具。
【請求項9】
前記挿入される方向における前記2つの曲面の曲率半径は、前記挿入される方向周りの方向における前記2つの曲面の曲率半径以下である、請求項8に記載のシャフトの製造工具。
【請求項10】
前記最大距離は、不変である、請求項6または7に記載のシャフトの製造工具。
【請求項11】
前記最大距離は、可変である、請求項6または7に記載のシャフトの製造工具。
【請求項12】
押込部材をさらに有し、
前記挿入部材は、前記挿入される方向に延びる押込穴を有し、
前記押込部材の少なくとも一部分は、前記押込穴に前記押込部材が押し込まれ、
前記押込部材の少なくとも一部分の、前記挿入される方向に垂直な方向における最大長さは、内部に物体が存在していない場合の前記押込穴の、前記挿入される方向に垂直な方向における最大長さよりも長く、
前記押込穴に前記押込部材が押し込まれることにより、前記最大距離が可変となる、請求項11に記載のシャフトの製造工具。
【請求項13】
請求項1または2に記載のシャフトを製造するシャフトの製造方法であって、
前記強化部位を含む領域を塑性変形させることにより当該領域に圧縮残留応力を付与する塑性加工工程を有する、シャフトの製造方法。
【請求項14】
前記塑性加工工程では、請求項6または7に記載のシャフトの製造工具が有する前記挿入部材の少なくとも一部分を1回以上前記枝穴に挿入する、請求項13に記載のシャフトの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シャフト、シャフトの製造工具、およびシャフトの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等における動力伝達用のシャフトには、シャフトの中心軸が延びる方向に延びる穴と、シャフトの外周面において開口し当該穴に連通する穴と、が油路として形成される。以下の説明では、穴の位置関係が直観的に分かり易いように、シャフトの中心軸が延びる方向に延びる穴を、必要に応じて幹穴と称し、シャフトの外周面において開口し幹穴に連通する穴を、必要に応じて枝穴と称する。なお、ここでは、幹穴および枝穴の用語を用いるが、必ずしも、幹穴が幹に対応し、枝穴が枝に対応する関係になるわけではない。このような枝穴を有するシャフトにおいては、使用時に枝穴にねじり荷重が集中し易い。したがって、枝穴のねじり疲労強度を増大させることが必要である。圧縮残留応力が付与されると疲労限度が増大し、疲労限度が増大すると疲労強度も増大する。したがって、枝穴に対して圧縮残留応力を付与することが行われる。
【0003】
この種の技術として特許文献1、2には、ショットピーニングを用いて枝穴に対して圧縮残留応力を付与することが開示されている。また、特許文献3には、成形前の枝穴(円筒部)よりも曲率半径が5/100~20/100mm大きい周回部(工具)を枝穴(円筒部)に挿入することにより枝穴に対して圧縮残留応力を付与することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平10-310823号公報
【特許文献2】特開2000-343429号公報
【特許文献3】特開2016-169783号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1、2に記載の技術ではショットピーニングを用いるため、粉塵が発生する。したがって、集塵機などを用いて粉塵を回収する必要がある。よって、例えば、粉塵に付着した油が集塵機に堆積すると、発火する虞がある。さらにショットピーニングの際に枝穴の壁面に対して吹きつけるショット(微細な球)が枝穴の壁面に残留する虞がある。また、特許文献3に記載の技術では、枝穴全体を一度に加工する(塑性変形させる)。したがって、十分な塑性変形量を枝穴に付与することが出来ない虞がある。例えば、浸炭処理や高周波焼入れ等により表面が硬くなった材料のシャフトの枝穴に対し特許文献3に記載の技術を適用すると、工具自体が弾性変形する虞がある。以上のことから、製造時に粉塵の発生の虞がなく、且つ、高いねじり疲労強度を有するシャフトが望まれる。
【0006】
本発明は、以上のような問題点に鑑みてなされたものであり、製造時に粉塵の発生のリスクを低減し、且つ、高いねじり疲労強度を有するシャフト、当該シャフトの製造工具、および当該シャフトの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のシャフトは、長手方向に延びる穴である1つ以上の幹穴と、外周面において開口し当該幹穴に連通する穴である1つ以上の枝穴と、を有するシャフトであって、前記1つ以上の枝穴のうちの少なくとも1つの枝穴に対する強化部位のビッカース硬さは、当該枝穴に対する比較部位のビッカース硬さの最低値よりも15HV以上大きく、前記ビッカース硬さを対比する前記枝穴に対する前記強化部位および比較部位の、当該枝穴の径方向における深さ位置は、当該枝穴の壁面より当該枝穴の直径の0.015倍だけ深い位置であり、前記ビッカース硬さを対比する前記枝穴に対する前記強化部位および比較部位の、当該枝穴の深さ方向における深さ位置は、前記シャフトの外周面側における当該枝穴の周回部の端部の位置よりも、当該枝穴の深さ方向における当該枝穴の周回部の長さの半分以上深い位置を含み、前記枝穴の周回部は、当該枝穴の領域のうち、当該枝の中心軸周りの方向に当該枝穴の中心軸を360°囲む領域であって、面取りされていない領域であり、前記ビッカース硬さを対比する前記枝穴に対する強化部位は、当該枝穴の中心軸に垂直な規定面上において当該枝穴の中心軸を通る2つの直線であって、前記規定面上の基準線とのなす角度のうち小さい方の角度が45°となる2つの直線のうちの少なくとも1つの直線である強化部位規定線上の位置にあり、前記規定面は、前記ビッカース硬さを対比する前記枝穴に対する強化部位の位置において当該枝穴の中心軸に垂直な面であり、前記基準線は、前記幹穴の中心軸を示す直線を前記規定面に投影した場合に前記規定面に出来る直線であり、前記ビッカース硬さを対比する前記枝穴に対する比較部位は、前記ビッカース硬さを対比する当該枝穴に対する強化部位と異なる位置にある。
【0008】
本発明の製造工具は、長手方向に延びる穴である1つ以上の幹穴と、外周面において開口し当該幹穴に連通する穴である1つ以上の枝穴と、を有するシャフトの製造工具であって、前記枝穴に少なくとも一部分が挿入される挿入部材を有し、前記挿入部材は、当該挿入部材の表面の2つの領域であって、前記挿入される方向に垂直な方向において当該挿入部材の中心軸を介して相互に対向する2つの領域に、外側に張り出すように形成された2つの曲面部を有し、前記2つの曲面部の少なくとも一部の領域は、前記枝穴の壁面に同時に接触する領域であり、前記挿入部材が前記枝穴に挿入された状態において、前記挿入される方向に垂直な方向における前記2つの曲面部の間の最大距離は、前記挿入部材が挿入される前の前記枝穴の直径の1.02倍以上1.20倍以下である。
【0009】
本発明のシャフトの製造方法は、前記シャフトを製造するシャフトの製造方法であって、前記強化部位を含む領域を塑性変形させることにより当該領域に圧縮残留応力を付与する塑性加工工程を有する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、製造時に粉塵の発生のリスクを低減し、且つ、高いねじり疲労強度を有するシャフト、当該シャフトの製造工具、および当該シャフトの製造方法を提供することが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】シャフトの一部分の構成の概要の第1の例を示す図である。
図2】シャフトの一部分の構成の概要の第2の例を示す図である。
図3】シャフトの一部分の構成の概要の第3の例を示す図である。
図4】枝穴に対する強化部位および比較部位の一例を説明する図である。
図5】枝穴の周回部の一例を示す図である。
図6】枝穴が斜め穴である場合の周回部の一例を説明する図である。
図7】ビッカース硬さの差と残留応力との関係の一例を示す図である。
図8】製造工具の構成の第1の例を示す図である。
図9】シャフトの枝穴に第1の例の製造工具が挿入されている状態の一例を示す図である。
図10】製造工具(挿入部材)の構成の第2の例を示す図である。
図11】製造工具(押込部材)の構成の第2の例を示す図である。
図12】シャフトの枝穴に第2の例の製造工具が挿入されている状態の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照しながら、本発明の一実施形態を説明する。なお、長さ、位置、大きさ、間隔等、比較対象が同じであることは、厳密に同じである場合の他、発明の主旨を逸脱しない範囲で異なるもの(例えば、設計時に定められる公差の範囲内で異なるもの)も含むものとする。また、各図において、説明および表記の都合上、必要に応じて、構成を簡略、誇張、変形、または省略して示す。また、各図において、説明および表記の都合上、必要に応じて、断面図におけるハッチングを省略する。また、各図において、二点鎖線は仮想線であり、一点鎖線は中心線(中心軸)であり、破線は隠れ線を示す。
【0013】
(シャフトの概要)
シャフトは、例えば、自動車等において使用される動力伝達用のシャフトである。シャフトは、オイルが流れる穴(いわゆる油穴)として、当該シャフトの長手方向に延びる穴である幹穴と、当該シャフトの外周面において開口し当該幹穴に連通する穴である枝穴と、をそれぞれ1つ以上有する。
【0014】
図1は、シャフトの一部分の構成の概要の第1の例を示す図である。図1(a)は、正面図であり、図1(b)は、図1(a)のI-I断面図であり、図1(c)は、図1(a)のA矢視図である。
図1において、シャフト10は、幹穴11と、枝穴12a~12bと、を有する。前述したように幹穴11は、シャフト10の長手方向に延びる穴である。図1では、シャフト10の中心軸13が延びる方向が、シャフト10の長手方向であり、シャフト10の中心軸13と、幹穴11の中心軸13と、が一致する場合を例示する。また、図1では、深さ方向(中心軸13が延びる方向)の全体に亘って幹穴11の穴形状が、直径が同じ円である場合(すなわち、幹穴11の直径は変わらない場合)を例示する。なお、穴形状は、穴の中心軸(幹穴11である場合には中心軸13)に垂直な方向に切断した場合に当該穴の壁面として表れる線の形状である。
【0015】
また、前述したように枝穴12a~12bは、シャフト10の外周面において開口し、幹穴11に連通する穴である。図1では、枝穴12a~12bの中心軸14a~14bが延びる方向が、シャフト10の中心軸13が延びる方向に対して垂直になる場合を例示する。また、図1では、枝穴12a~12bの中心軸14a~14bが同一の直線になる場合を例示する。
【0016】
図1では、枝穴12a~12bおよび幹穴11によって、シャフト10の中心軸13に垂直な方向において、シャフト10全体を貫通する貫通穴が形成される場合を例示する。このように、枝穴12a~12bおよび幹穴11によって貫通穴を形成することで、油穴を流れるオイルの流量を多くすることが出来る。また、図1では、枝穴12a~12bの壁面の領域のうち、シャフト10の外周面側の端部15a~15bが面取りされている場合を例示する。以下の説明では、シャフトの外周面側の端部(図1に示す例では端部15a~15b)を、必要に応じて面取り部と称する。
【0017】
また、図1では、深さ方向(中心軸14a~14bが延びる方向)の全体に亘って枝穴12a~12bの穴形状が略円である場合を例示する。略円とは、後述するようにして枝穴に対して塑性加工を行って硬さを強化する際に生じる圧痕などにより穴形状が真円にならないことを指す。この場合、枝穴の直径は、例えば、圧痕が生じていない領域において定められる。すなわち、この場合、枝穴12a~12bの壁面上の圧痕が生じていない領域上の2点であって、中心軸14a~14bに垂直な方向において中心軸14a~14bを介して相互に対向する2点の距離が、枝穴の直径として定められる。なお、この場合、枝穴の直径は、後述するようにして枝穴に対して塑性加工を行って硬さを強化する前の枝穴の直径に対応する。また、枝穴の直径は、面取り部15a~15b以外の領域において定められる。なお、一般に、自動車等において使用される動力伝達用のシャフトでは、枝穴は面取り部を有するが、必ずしも枝穴が面取り部を有する必要はない。
【0018】
図2は、シャフトの一部分の構成の概要の第2の例を示す図である。図2(a)は、正面図であり、図2(b)は、図2(a)のI-I断面図であり、図2(c)は、図2(a)のII-II断面図であり、図2(d)は、図2(a)のA矢視図である。
図2において、シャフト20は、幹穴21a~21bと、枝穴22a~22bと、を有する。幹穴21a~21bは、シャフト20の長手方向に延びる穴である。図2では、シャフト20の中心軸23が延びる方向が、シャフト20の長手方向であり、シャフト20の中心軸23と、幹穴21a~21bの中心軸24a~24bと、が、相互に間隔を有して同一の方向に延びる場合を例示する。したがって、幹穴21a~21bの中心軸24a~24bが延びる方向は、シャフト20の長手方向になる。また、図2では、幹穴21a~22bが有底穴(止まり穴)である場合を例示する。また、図2では、深さ方向(中心軸24a~24bが延びる方向)の全体に亘って幹穴21a~22bの穴形状が、直径が同じ円である場合を例示する。
【0019】
また、枝穴22a、22bは、シャフト20の外周面において開口し、それぞれ、幹穴21a、21bに連通する穴である。図2では、枝穴22a~22bの中心軸25a~25bが延びる方向が、シャフト20の中心軸23が延びる方向に対して垂直になる場合を例示する。また、図2では、枝穴22a~22bの中心軸25a~25bが、シャフト20の長手方向において相互に間隔を有した位置にある場合を例示する。
【0020】
図2では、枝穴22aおよび幹穴21aによって、シャフト20の中心軸23に垂直な方向に延びる止まり穴(貫通していない穴)が形成され、同様に、枝穴22bおよび幹穴21bによって、シャフト10の中心軸13に垂直な方向に延びる止まり穴が形成される場合を例示する。このように、枝穴22a~22bおよび幹穴21a~21bによって止まり穴を形成することにより、図1に示すように枝穴12a~12bおよび幹穴11によって貫通穴を形成する場合に比べて、ねじりに対する剛性を高めることが出来る。
【0021】
したがって、例えば、油穴を流れるオイルの流量を多くことを、ねじり疲労強度を高めることよりも優先させる場合には、図1に例示したようにして枝穴12a~12bを形成しても良い。また、ねじり疲労強度を高めることを、油穴を流れるオイルの流量を多くことよりも優先させる場合には、図2に例示したようにして枝穴22a~22bを形成しても良い。なお、シャフト10を貫通する貫通穴を構成する枝穴12a~12bと、シャフト20を貫通しない止まり穴を構成する枝穴22a~22bと、のいずれに対しても、後述するようにして塑性加工により硬さを強化(圧縮残留応力を付与する)ことが出来、ねじり疲労強度を高めることが出来る。
【0022】
また、図2では、深さ方向(中心軸25a~25bが延びる方向)の全体に亘って枝穴22a~22bの穴形状が略円である場合を例示する。前述したように略円とは、後述するようにして枝穴に対して塑性加工を行って硬さを強化する際に生じる圧痕などにより穴形状が精密に円にならないことを指す。また、図2では、枝穴22a~22bが面取り部26a~26bを有する場合を例示する。
【0023】
図3は、シャフトの一部分の構成の概要の第3の例を示す図である。図3(a)は、正面図であり、図3(b)は、図3(a)のA矢視図である。
図3において、シャフト30は、幹穴31と、枝穴32と、を有する。幹穴31は、シャフト30の長手方向に延びる穴である。図3では、シャフト30の中心軸33が延びる方向が、シャフト30の長手方向であり、シャフト30の中心軸13と、幹穴31の中心軸33と、が一致する場合を例示する。また、図3では、深さ方向(中心軸33が延びる方向)の全体に亘って幹穴31の穴形状が、直径が同じ円である場合を例示する。
【0024】
また、枝穴32は、シャフト30の外周面において開口し、幹穴31に連通する穴である。図3では、枝穴32の中心軸34が延びる方向が、シャフト30(幹穴31)の中心軸33が延びる方向に対して垂直にならず、当該中心軸33に対して傾斜した方向に延びる穴である場合を例示する。
【0025】
また、図3では、枝穴32が面取り部35を有する場合を例示する。また、図3では、シャフト30の外周面側の領域においては、枝穴32の穴形状が略円であるのに対し、シャフト30の幹穴31側の領域においては、枝穴32の穴形状が略円ではない(例えば円弧)である場合を例示する。前述したように略円とは、後述するようにして枝穴に対して塑性加工を行って硬さを強化する際に生じる圧痕などにより穴形状が精密に円にならないことを指す。
【0026】
なお、シャフトは、図1図3に示すシャフトに限定されない。例えば、シャフトは、図1に示す枝穴12a~12bと、図2に示す枝穴22a~22bと、を有していても良いし、図1に示す枝穴12a~12bと、図3に示す枝穴32と、を有していても良いし、図1に示す枝穴12a~12bと、図2に示す枝穴22a~22bと、図3に示す枝穴32と、を有していても良い。また、シャフトは、例えば、自動車の変速機用のシャフトであっても、その他のシャフトであっても良い。
【0027】
また、以下の説明では、図1および図2に示す枝穴12a~12b、22a~22bのように、枝穴12a~12b、22a~22bの中心軸14a~14b、25a~25bが延びる方向が、シャフト10、20の中心軸13、23が延びる方向に対して垂直になる枝穴を、必要に応じて垂直穴と称する。また、図3に示す枝穴32のように、枝穴32の中心軸34が延びる方向が、シャフト30の中心軸33が延びる方向に対して垂直ではない枝穴を、必要に応じて斜め穴と称する。
【0028】
(強化部位および比較部位)
以下の説明では、シャフト10、20、30において共通する事項については、シャフト10を例に挙げて説明し、幹穴11、21、31において共通する事項については、幹穴11を例に挙げて説明し、枝穴12a~12b、22a~22b、32において共通する事項については、枝穴12aを例に挙げて説明し、その他のシャフト、幹枝、および枝穴についての詳細な説明を省略する。
【0029】
特許文献1、2に記載の技術のように、ショットピーニングを用いることにより、枝穴12aに圧縮残留応力を付与すると、粉塵が発生する虞がある。また、特許文献3に記載の技術のように、枝穴12aの中心軸14a周りの方向の領域の全体を一度に塑性変形させると、十分な塑性変形量を枝穴に付与することが出来ない虞がある。そこで、本発明者らは、一度に塑性変形させる領域を、枝穴12aの中心軸14a周りの方向の領域の一部分として、使用時にねじり荷重による破壊起点になり易い領域を含む領域を塑性変形させて圧縮残留応力を付与することを着想した。
【0030】
そして、本発明者らは、後述するようにして相互にビッカース硬さを対比する強化部位および比較部位を、枝穴12a~12bのうちの少なくとも1つの枝穴に対して定め、定めた枝穴に対する強化部位のビッカース硬さが、当該枝穴に対する比較部位のビッカース硬さの最低値よりも15HV以上、このましくは20HV以上大きくなるようにすれば、当該枝穴に対して圧縮残留応力を付与しない(すなわち硬さを強化しない)シャフトよりも1.3倍以上のねじり疲労強度を得ることが出来るという知見を得た。
【0031】
なお、シャフト10が有する全ての枝穴12a~12bに対する強化部位のビッカース硬さが、当該枝穴12a~12bに対する比較部位のビッカース硬さの最低値よりも15HV以上大きくなるようにするのが好ましいが、必ずしもこのようにする必要はない。例えば、シャフト10の使用時に破壊の起点となる可能性が低い枝穴がある場合には、当該枝穴を塑性変形させなくても良い。
【0032】
図4は、枝穴12aに対する強化部位および比較部位の一例を説明する図である。図4(b)は、図4(a)のI-I断面図であり、図4(a)は、図4(b)のII-II断面図である。
図4において、枝穴12aに対する強化部位および比較部位は、シャフト10を構成する金属材料の部位である。なお、金属材料の具体例については(化学組成)の項で後述する。
【0033】
本発明者らは、シャフト10にねじり負荷が生じた場合に、枝穴12aの径方向(中心軸14aに垂直な方向)における領域が以下の(A)であり、且つ、枝穴12aの深さ方向(中心軸14aが延びる方向)における領域が以下の(B)である領域において、材料強度よりも高い応力が生じるという知見を得た。したがって、当該領域に圧縮残留応力が付与されるように枝穴12aを塑性変形させる必要がある。ここで、材料強度は、残留応力がない状態での疲労強度である。
【0034】
(A)枝穴12aの壁面の位置から、枝穴12aの径方向において0.015×dだけ深い位置までの領域。ここで、dは、枝穴12aの直径dである。
(B)シャフト10の外周面側における枝穴12aの周回部41の端部43の位置から、枝穴12aの深さ方向における枝穴12aの周回部41の長さLの半分(=L/2)以上の位置までの領域。
【0035】
ここで、枝穴12aの周回部41は、当該枝穴12aの領域のうち、当該枝穴12aの中心軸14a周りの方向に当該枝穴12aの中心軸14aを360°囲む領域であって、面取り部15aを除く領域である。なお、図4において、周回部41の側面は、枝穴12aの壁面を表す実線と重なる。図5は、枝穴12aの周回部41の一例を示す図である。図5において、枝穴12aの周回部41の中心軸は、枝穴12aの中心軸14aと一致する。
【0036】
本発明者らは、前記(A)に示すように、枝穴12aの壁面付近のみの硬さ(疲労強度)を強化するだけでは十分ではなく、また、前記(B)に示すように、枝穴12aの開口部付近の硬さを強化するだけでは十分ではないという知見を得た。
そこで、前記(A)に基づき、図4に示すように、枝穴12aに対する強化部位および比較部位のうち、ビッカース硬さを対比する強化部位および比較部位の、枝穴12aの径方向における深さ位置を、枝穴12aの壁面より0.015×dだけ深い位置42に定める。以下の説明では、この位置42を、必要に応じて、ビッカース硬さを対比する強化部位および比較部位の径方向における深さ位置42、または単に強化部位および比較部位の径方向における深さ位置42と称する。このようにビッカース硬さを対比する強化部位および比較部位の径方向における深さ位置42は、枝穴12aの壁面から当該枝穴12aの中心軸14aとは反対側に向かって当該中心軸14aに垂直な方向に0.015×dだけ離れた位置にある。前述したようにdは、枝穴12aの直径dである。また、前述したように枝穴の直径dは、例えば、圧痕が生じていない領域において定められる。枝穴12aの直径dは、実測値であっても良いし、設計値であっても良い。図4では、強化部位および比較部位の径方向における深さ位置42が、直径がd+0.030dであり、高さがLである円柱の側面上の位置である場合を例示する。
【0037】
また、前記(B)に基づき、図4および図5に示すように、枝穴12aに対する強化部位および比較部位のうち、ビッカース硬さを対比する強化部位および比較部位の、枝穴12の深さ方向(中心軸14aが延びる方向)における深さ位置を、シャフト10の外周面側における枝穴12aの周回部41の端部43の位置よりも、枝穴12aの深さ方向における枝穴12aの周回部41の長さLの半分(=L/2)以上深い位置を含む1つまたは複数の位置に定める。以下の説明では、この位置を、必要に応じて、ビッカース硬さを対比する強化部位および比較部位の穴軸方向における深さ位置、または単に強化部位および比較部位の穴軸方向における深さ位置と称する。なお、ビッカース硬さを対比する強化部位および比較部位の穴軸方向における深さ位置は、相互に同じ位置である。また、以下の説明では、シャフトの外周面側の端部を、必要に応じて、外周面側端部と称する。また、以下の説明では、枝穴12aの深さ方向における枝穴12aの周回部41の長さLを、必要に応じて、枝穴12aの周回部41の高さLと称する。また、以下の説明では、枝穴12aの周回部41の外周面側端部43の位置よりも、枝穴12aの周回部41の高さLの半分(=L/2)以上深い範囲を、必要に応じて、強化部位および比較部位の穴軸方向対比範囲44と称する(図5を参照)。また、枝穴12aの周回部41の外周面側端部43の位置から、枝穴12aの周回部41の高さLだけ深い位置までの範囲を、必要に応じて、強化部位および比較部位の軸方向全範囲45と称する(図5を参照)。
【0038】
図5において、比較部位と対比される枝穴12aに対する強化部位は、当該中心軸14aに垂直な規定面56上において当該中心軸14aを通る2つの直線であって、規定面56上の基準線57とのなす角度のうち小さい方の角度が45°となる2つの直線51a~51bのうちの少なくとも1つの直線である強化部位規定線上の位置にある。規定面56は、強化部位規定線を規定する面であり、比較部位と対比される枝穴12aに対する強化部位の位置において枝穴12aの中心軸14aに垂直な面である。基準線57は、幹穴11の中心軸13を示す直線を規定面56に投影した場合に規定面56に出来る直線であり、例えば、規定面56において、枝穴12aの中心軸14aを通る直線である。図5では、枝穴12aの周回部41の外周面側端部43よりL/2(枝穴12aの周回部41の高さLの半分)だけ深い位置において定められる直線51a~51bを示す。
【0039】
図5において、図5の右方向を見て反時計回りの方向52にトルク(ねじり)が生じる場合には、シャフト10の最大主応力の方向は、直線51aが延びる方向である。また、図5の右方向を見て時計回りの方向53にトルク(ねじり)生じる場合には、シャフト10の最大主応力の方向は、直線51bが延びる方向である。したがって、図5の右方向を見て反時計回りの方向52にトルク生じる場合には、直線51a~51bのうち少なくとも直線51aを強化部位規定線として定めれば良い(直線51bを強化部位規定線として定めても定めなくても良い)。図5の右方向を見て時計回りの方向53にトルクが生じる場合には、直線51a~51bのうち少なくとも直線51bを強化部位規定線として定めれば良い(直線51aを強化部位規定線として定めても定めなくても良い)。シャフト10が、図5の右方向を見て反時計回りの方向52と時計回りの方向53との双方に回転し得る場合には、直線51a~51bの双方を強化部位規定線として定めるのが好ましい。本実施形態では、直線51a~51bの双方が強化部位規定線である場合を例示する。
【0040】
図5では、強化部位54a~54dが、比較部位とビッカース硬さが対比される強化部位である場合を例示する。図5において、強化部位54a~54bは、枝穴12aの周回部41の外周面側端部43の位置よりも、枝穴12aの周回部41の高さLの半分(=L/2)だけ深い位置において、強化部位および比較部位の径方向における深さ位置42aを示す曲線と、強化部位規定線51aと、が交わる位置を含む。また、強化部位54c~54dは、枝穴12aの周回部41の外周面側端部43の位置よりも、枝穴12aの周回部41の高さLの半分(=L/2)だけ深い位置において、強化部位および比較部位の深さ位置42aを示す曲線と、強化部位規定線51bと、が交わる位置を含む。
【0041】
なお、枝穴12aの周回部41の外周面側端部43の位置よりも、枝穴12aの周回部41の高さLの半分(=L/2)だけ深い位置は、強化部位および比較部位の穴軸方向全範囲45の中央の位置、および、強化部位および比較部位の穴軸方向対比範囲44の外周面側端部(上端部)の位置である。
また、強化部位および比較部位の穴軸方向における深さ位置42aは、図4に示す強化部位および比較部位の穴軸方向における深さ位置42のうち、強化部位および比較部位の穴軸方向全範囲45の中央における位置である。
【0042】
強化部位54a~54dは、強化部位および比較部位の深さ位置42aを示す曲線と、強化部位規定線51a~51bと、が交わる一点で定めても良いが、ビッカース硬さの測定精度などの観点から、強化部位54a~54dは、枝穴12aの中心軸14a周りの方向と、枝穴12aの深さ方向(中心軸14aが延びる方向)と、枝穴12aの径方向(中心軸14aに垂直な方向)のうちの少なくとも1つの方向において広がりを持った領域であっても良い。例えば、枝穴12a壁面に生じている圧痕のうち、強化部位規定線51a~51bと交わる領域に存在する圧痕の大きさに基づいて、強化部位54a~54dの領域の大きさを定めても良い。
【0043】
図5において、ビッカース硬さを強化部位と対比する枝穴12aに対する比較部位は、強化部位および比較部位の深さ位置42aを定める曲線上の位置のうち、枝穴12aに対する強化部位54a~54dとは異なる位置の部位である。強化部位と同様に比較部位も、強化部位および比較部位の深さ位置42aを定める曲線上の一点で定めても良いが、広がりを持った領域であっても良い。
【0044】
本実施形態のシャフト10では、以上のようにして定められる位置において、枝穴12aに対する強化部位のビッカース硬さが、枝穴12aに対する比較部位のビッカース硬さの最低値よりも15HV以上大きいことが確認される。前述したように、枝穴12aに対して圧縮残留応力を付与せずに硬さを強化しないシャフトよりも1.3倍以上のねじり疲労強度を得ることが出来るようにするためである。図5に示す例では、強化部位および比較部位の深さ位置42aを定める曲線上の位置のうち、枝穴12aに対する強化部位54a~54dの位置のビッカース硬さが、強化部位および比較部位の深さ位置42aを定める曲線上の位置のうち、枝穴12aに対する強化部位54a~54dとは異なる位置のビッカース硬さの最低値よりも15HV以上大きいことが確認される。以下の説明では、枝穴12aの深さ方向(中心軸14aが延びる方向の位置)において、枝穴12aに対する強化部位および比較部位のビッカース硬さを対比する位置を、必要に応じて硬さ対比位置と称する。硬さ対比位置は、強化部位および比較部位の穴軸方向対比範囲44において少なくとも1つ定めれば良い。例えば、硬さ対比位置は、強化部位および比較部位の穴軸方向対比範囲44において1つ定めても2つ以上定めても良い、また、硬さ対比位置は、強化部位および比較部位の穴軸方向対比範囲44に加えて、強化部位および比較部位の穴軸方向対比範囲44以外の位置に1つ以上定めても良い(ただし、強化部位および比較部位の穴軸方向全範囲45内とする)。なお、後述する実施例では、強化部位および比較部位の穴軸方向全範囲45のうち、強化部位および比較部位の穴軸方向対比範囲44に2つ、強化部位および比較部位の穴軸方向対比範囲44以外に1つ、合計3つの硬さ対比位置が定められる場合を例示する。
【0045】
強化部位(硬さが強化された部位)は、枝穴12aの径方向および深さ方向において、硬さ対比位置以外にも存在する。本実施形態では、強化部位が、枝穴12aの径方向において、枝穴12aの壁面の位置から、ビッカース硬さを対比する強化部位および比較部位の径方向における深さ位置42aまでを含む領域に存在する場合を例示する。また、本実施形態では、強化部位が、枝穴12aの深さ方向において、枝穴12aの周回部41の外周側端部43の位置から、強化部位および比較部位の穴軸方向における深さ位置のうち最も深い位置または当該位置よりも深い位置まで存在する場合を例示する。前述したように強化部位および比較部位の穴軸方向における深さ位置には、強化部位および比較部位の穴軸方向対比範囲44内の位置が含まれる。したがって、強化部位は、枝穴12aの周回部41の外周側端部43の位置から、強化部位および比較部位の穴軸方向対比範囲44のいずれかの位置までの領域に存在する。なお、中心軸14a周りの方向においては、枝穴12aに対する強化部位(硬さが強化された部位)は、硬さ対比位置以外にあってもなくても良い(この点については後述する)。
【0046】
なお、枝穴12aの中心軸14a周りの方向において強化部位54a~54dから遠くなるとビッカース硬さの強化代は小さくなる。したがって、例えば、強化部位54a~54dの中心を特定することが出来る場合、強化部位および比較部位の径方向における深さ位置42aを示す曲線において、強化部位54a~54dの中心に対し、中心軸14a周りの方向において15°以上離れた部位を硬さ対比位置としても良い。このようにすれば、硬さ対比位置の数を削減することが出来る。
【0047】
図6は、枝穴32が斜め穴である場合の周回部61の一例を説明する図である。前述したように、枝穴32の周回部61は、当該枝穴32の領域のうち、当該枝穴32の中心軸33周りの方向に当該枝穴32の中心軸33を360°囲む領域であって、面取り部35を除く領域である。図6に示すように、枝穴32の幹穴31側の領域62においては、当該枝穴32の中心軸33周りの方向に当該枝穴32の中心軸33を360°囲まない。したがって、枝穴32の幹穴31側の領域62は枝穴32の周回部61に含まれない。枝穴32に対する強化部位および比較部位は、例えば、図5に示した周回部41を、周回部61と同じように傾けた状態としたものとして定められる。
【0048】
本実施形態では、硬さ対比位置において、枝穴12aに対する強化部位のビッカース硬さが、枝穴12aに対する比較部位のビッカース硬さの最低値よりも15HV以上大きいことを確認する。その際に、強化部位54a~54dに対して外部から局所的に荷重を付加することにより強化部位54a~54bを塑性変形させる。図7は、ビッカース硬さの差と残留応力との関係の一例を示す図である。ビッカース硬さの差は、45°位置を含む部位のビッカース硬さと、90°位置を含む部位のビッカース硬さと、の差である。45°位置は、図5に示す強化部位54cの位置(45°位置)に対応し、90°位置は、図5に示す部位55aの位置(90°位置)に対応する。なお、部位55aは、比較部位である。
【0049】
45°位置は、強化部位および比較部位の径方向における深さ位置42aを示す曲線と、枝穴12aの中心軸14aに垂直な規定面56上において当該中心軸14aを通り、且つ、規定面56上の基準線57とのなす角度のうち小さい方の角度が45°となる2つの直線51a~51bのうちの一方の直線51aと、の2つの交点のうちの一方の交点を含む部位の位置である。なお、図5において、強化部位54dの位置を、225°位置と表記している。225°位置は、当該2つの交点のうちの他方の交点を含む部位の位置である。
【0050】
同様に、図5において、強化部位54b、54aの位置を、それぞれ、135°位置、315°位置と表記している。135°位置(315°位置)は、強化部位および比較部位の径方向における深さ位置42aを示す曲線と、枝穴12aの中心軸14aに垂直な規定面56上において当該中心軸14aを通り、且つ、規定面56上の基準線57とのなす角度のうち小さい方の角度が45°となる2つの直線51a~51bのうちの他方の直線51bと、の2つの交点のうちの一方の交点(他方の交点)を含む部位の位置である。
【0051】
90°位置は、強化部位および比較部位の径方向における深さ位置42aを示す曲線と、枝穴12aの中心軸14aに垂直な規定面56上において当該中心軸14aを通りあり、且つ、規定面56上の基準線57とのなす角度が90°となる直線と、の2つの交点のうちの一方の交点を含む部位の位置である。また、図5において、部位55bの位置を、270°位置と表記している。270°位置は、当該2つの交点のうちの他方の交点を含む部位の位置である。なお、部位55bは、比較部位である。
【0052】
図5に示すようにして強化部位54a~54dを定める場合、45°位置のビッカース硬さは、強化部位54cのビッカース硬さであり、90°位置のビッカース硬さは、比較部位である部位55aのビッカース硬さである。また、図7では、強化部位および比較部位の径方向における深さ位置42aが、枝穴12aの壁面より0.06mmだけ深い位置にある場合を例示する(0.015×d=0.06mm)。
【0053】
図7において、点群71は、枝穴12aに対して圧縮残留応力を付与する工程を行っていない場合の値を示す。点72は、枝穴12aの前述の位置に対して塑性変形により圧縮残留応力を付与した場合の値であって、塑性変形の量が相対的に小さい場合の値を示す。点73a~73bは、枝穴12aの前述の位置に対して塑性変形により圧縮残留応力を付与した場合の値であって、、塑性変形の量が相対的に大きい場合の値を示す。点74は、枝穴12aの前述の位置に対してショットピーニングにより圧縮残留応力を付与した場合の値である。図7に示すように、強化部位に圧縮残留応力が付与され、強化部位および比較部位のビッカース硬さの差が15HV以上になると、大きな圧縮残留応力が付与されることが分かる。ショットピーニングによっても強化部位に大きな圧縮残留応力が付与されるが、前述したように、粉塵が発生するリスクがある。
【0054】
なお、枝穴12aの中心軸14a周りの方向における強化部位の位置のうち、比較部位とビッカース硬さを対比する位置は、45°位置および225°位置と、135°位置および315°位置と、のうちの少なくともいずれか一方である。しかしながら、枝穴12aの中心軸14a周りの方向における強化部位(硬さが強化された部位)の位置には、その他の位置が含まれていても良い。すなわち、強化部位および比較部位の径方向における深さ位置42aを示す曲線上の、強化部位54a~54d以外の位置に強化部位(硬さが強化された部位)があっても良い。例えば、シャフト10に曲げモーメントが付加される場合、枝穴12a付近の領域においては、枝穴12aの中心軸14aに垂直な規定面56上において当該中心軸14aを通り、且つ、規定面56上の基準線57とのなす角度が90°となる直線上の位置に応力が集中し易い。したがって、90°位置および270°位置のうちの少なくとも一方の位置をさらに強化部位として定めても良い。この場合、比較部位にも強化部位(硬さが強化される部位)が含まれるが、前述したように、45°位置および225°位置と、135°位置および315°位置と、のうちの少なくともいずれか一方の位置の強化部位のビッカース硬さは、比較部位のビッカース硬さの最低値と比較される。したがって、45°位置および225°位置と、135°位置および315°位置とのうちの少なくともいずれか一方の位置の強化部位とビッカース硬さが対比される比較部位は、通常は、硬さが強化されていない部位になる。
【0055】
前述したように、強化部位54a~54dの中心を特定することが出来る場合、強化部位および比較部位の径方向における深さ位置42aを示す曲線上において、強化部位54a~54dの中心に対し、中心軸14a周りの方向において15°以上離れた部位を比較部位としても良い。この場合、比較部位は、0°位置(=360°位置)から30°位置までの範囲と、60°位置から120°位置までの範囲と、240°位置から300°位置までの範囲と、330°位置から360°位置までの範囲のうちの任意の位置が比較部位として定められる。なお、0°位置、30°位置、60°位置、120°位置、240°位置、300°、330°位置、360°位置は、45°位置、90°位置、135°位置、225°位置、270°、315°位置に対し角度を変更した位置になるだけである。したがって、これらの位置の詳細な説明を省略する。なお、図5には、参考として、0°位置に対応する部位55cを示す。部位55cは、比較部位である。
【0056】
(枝穴以外の表面硬さ)
表面の硬さが高いと、ねじり疲労強度が高くなる。一方で、表面のビッカース硬さが850HVを超えると、枝穴12aの壁面の表面のビッカース硬さも高くなる。したがって、枝穴12aに対して塑性加工により圧縮残留応力を付与することが容易でない場合がある。よって、シャフト10の表面のうち、枝穴12a~12bの壁面以外の表面のビッカース硬さは、700HV以上850HV以下であるのが好ましい。なお、シャフト10の表面のうち、枝穴12a~12bの壁面以外の表面のビッカース硬さは、塑性加工により硬さが強化(圧縮残留応力が付与)される前の枝穴12a~12bの壁面のビッカース硬さに対応する。
【0057】
(内部の硬さ)
シャフト10の表面(表層)より2mm以上深い位置(すなわち、シャフト10の表面からシャフト10の中心軸13に垂直な方向にシャフト10の中心軸13に向かって2mm以上離れた位置)の硬さは、いわゆる内部硬さである。内部硬さが高すぎると、枝穴12aに対して塑性加工により圧縮残留応力を付与することが容易でない場合がある。したがって、シャフト10の表面(表層)より2mm以上深い位置におけるビッカース硬さは、500HV以下であるのが好ましい。なお、この位置でのビッカース硬さの下限値は、シャフト10としての強度が保たれる範囲であれば特に限定されないが、例えば、150HVである。また、浸炭焼入れや高周波焼入れ等、枝穴12a~12bだけでなくシャフト10の外周面の表層部分を硬化させる硬化処理が行われる場合、シャフト10の表面より2mm以上深い領域は、浸炭などによる当該硬化が生じていない領域に対応する。
【0058】
(化学組成)
シャフト10を構成する金属材料は、鋼材など、シャフト10に用いられる一般的な金属材料で良いが、例えば、シャフト10の表面より2mm以上深い位置において、質量%で、C:0.10~0.45%、Si:0.02~2.0%、Mn:0.3~3.0%、P:0.05%以下、S:0~0.100%、Cr:0.01~3.0%、Al:0.001~0.1%、N:0.03%以下、Mo:0~1.0%、Cu:0~1.0%、Ni:0~1%、V:0~0.5%、Nb:0~0.1%、Ti:0~0.2%、Bi:0~0.100%、Pb:0~0.100%を含有し、残部がFeおよび不純物からなる鋼材を用いても良い。
【0059】
[C:0.10~0.45%]
炭素(C)は、浸炭部品の芯部硬度を高める。Cの含有量が低すぎると、この効果が得られない。一方、Cの含有量が高すぎると、芯部硬度が高くなりすぎ、靭性が低下するため、ねじり疲労強度が低下する。このような観点から、Cの含有量は、例えば、0.10~0.45%とする。Cの含有量のより好ましい下限は、0.13%であり、より一層好ましい下限は、0.16%である。Cの含有量のより好ましい上限は、0.28%であり、より一層好ましい上限は、0.25%である。
【0060】
[Si:0.02~2.00%]
Siは、鋼材の焼入れ性を高めるため、硬さを高める。しかし、Siの含有量が低すぎると、この効果が得られない。一方、Siの含有量が高すぎると、芯部に軟質なフェライト相が生成され、かえって硬さが低下する。このような観点から、Siの含有量は、例えば、0.02~2.00%とする。また、Siの含有量のより好ましい範囲は、0.05~1.10%であり、より一層好ましい範囲は、0.10~0.50%である。
【0061】
[Mn:0.3~3.0%]
Mnは、焼入れ性を高める効果があり、硬さを高めるのに有効な元素である。しかしながら、Mnの含有量が低すぎると、この効果が十分に得られない。一方、Mnの含有量が高すぎると、効果が飽和するばかりか、残留オーステナイトが多く残存し、硬さが低下する。このような観点から、Mnの含有量は、例えば、0.3~3.0%とする。また、Mnの含有量のより好ましい範囲は、0.4~1.5%である。
【0062】
[P:0.05%以下]
Pは、粒界偏析して粒界を脆化させやすい元素である。このため、Pの含有量が高すぎると、曲げ疲労強度や面疲労強度を低下させる。したがって、Pの含有量は、例えば、0.050%以下とする。Pの含有量の好ましい上限は、0.020%である。なお、Pは鋼材中に不可避的に含有されるもので、Pの含有量を低くしようとすると、鋼材の製造コストが上昇する。そのため、Pの含有量のより好ましい下限は、0.003%である。Pの含有量のより一層好ましい下限は、0.006%である。
【0063】
[S:0~0.100%]
Sは、不純物として含有される元素である。また、積極的にSを含有させると、被削性を高める作用を有する。一方、Sの含有量が高すぎると、ねじり疲労強度が低下する。このような観点から、Sの含有量は、例えば、0.100%以下とする。Sの含有量の好ましい上限は、0.030%である。しかしながら、Sを0.001%未満に低減すると、鋼材の製造コストが上昇する。そのため、Sのより好ましい下限は、0.001%である。
【0064】
[Cr:0.01~3.00%]
Crは、鋼材の焼入れ性を高めるため、硬さを高める。しかしながら、Crの含有量が低すぎると、この効果が得られない。一方、Crの含有量が高すぎると、効果が飽和するばかりか、表層に粗大なセメンタイトが残存し、かえって強度を低下させる。このような観点から、Crの含有量は、例えば、0.01~3.0%とする。また、Crの含有量のより好ましい範囲は0.60~2.0%である。
【0065】
[Al:0.001~0.100%]
Alは、AlNを形成して、結晶粒の粗大化を防止して靭性を高めるため、ねじり疲労強度を高める効果を有する。しかしながら、Alの含有量が低すぎると、この効果は得られない。一方、Alは、硬質な酸化物系介在物を形成しやすいため、Alの含有量が高すぎると、ねじり疲労強度が低下する。このような観点から、Alの含有量は、例えば、0.001~0.100%とする。Alの含有量のより好ましい範囲は、0.015~0.050%である。
【0066】
[N:0.03%以下]
窒素(N)は、Alと結合してAlNを形成し、結晶粒の粗大化を防止して靭性を高めるため、ねじり疲労強度を高める効果を有する。しかしながら、Nの含有量を高め過ぎると、効果が飽和する。このような観点から、Nの含有量は、例えば、0.030%以下とする。Nの含有量の好ましい上限は、0.020%であり、より好ましくい上限は、0.018%である。なお、AlNの形成以外に結晶粒の粗大化を防止する場合、Nは含まなくて良い。ただし、製鋼プロセスの都合上、Nの含有量を0.003%未満に低減するのは困難である。そのため、Nの含有量の好ましい下限は0.003%とする。Nの含有量のより好ましい下限は、0.007%であり、より一層好ましい下限は、0.011%である。
【0067】
[Mo:0~1.0%]
Moは、鋼材の焼入れ性を高めるため、硬さを高める。Moが少しでも含まれていれば、この効果がある程度得られる。一方、Moの含有量が高すぎると、効果が飽和するばかりか、鋼材の製造コストが上昇する。このような観点から、Moの含有量は、例えば、1.0%以下とする。Moの含有量の上限は、0.50%未満であることが好ましく、0.25%以下であることより好ましい。また、Moは、他の元素によって必要な焼き入れ性を確保できるのであれば添加しないことが好ましく、その場合のMoの含有量は、積極的に添加しない場合の条件である0.01%以下とするのが好ましい。
【0068】
[Cu:0~1.0%]
Cuは、鋼材の靱性を高めるため、ねじり疲労強度を高める。Cuが少しでも含有されていれば、この効果がある程度得られる。一方、Cuの含有量が高すぎると、効果が飽和する。このような観点から、Cuの含有量は、例えば、0~1.0%である。Cuの含有量が0.1%以上であると、前述の効果が顕著に得られる。Cuの含有量は、好ましくは0.30以下である。
【0069】
[Ni:0~1%]
Niは、鋼材の靱性を高めるため、ねじり疲労強度を高める。Niが少しでも含有されていれば、この効果がある程度得られる。一方、Niの含有量が高すぎると、効果が飽和するばかりか、鋼材の製造コストが上昇する。このような観点から、Niの含有量は、0~1%とする。Niの含有量が0.10%以上であると、前述の効果が顕著に得られる。Niの含有量は、好ましくは0.50%以下である。
【0070】
[V:0~0.5%]
Vは、窒素と結合することで析出物を形成し、結晶粒の粗大化を防止して靭性を高めため、ねじり疲労強度を高める効果を有する。しかしながら、Vの含有量が高すぎると、効果が飽和する。このような観点から、Vの含有量は、0~0.5%とする。Vの含有量の好ましい上限は、0.30%であり、より好ましい上限は、0.1%である。
【0071】
[Nb:0~0.1%]
Nbは、炭窒化物を形成し、結晶粒の粗大化を防止して靭性を高めため、ねじり疲労強度を高める効果を有する。しかしながら、Nbの含有量が高すぎると、効果が飽和する。このような観点から、Nbの含有量は、例えば、0~0.1%とする。Nbの含有量の好ましい上限は、0.06%である。
【0072】
[Ti:0~0.2%]
Tiは、炭窒化物を形成し、結晶粒の粗大化を防止して靭性を高めため、ねじり疲労強度を高める効果を有する。しかしながら、Tiの含有量が高すぎると、効果が飽和する。このような観点から、Tiの含有量は、例えば、0~0.2%とする。Tiの含有量の好ましい上限は、0.10%であり、より好ましい上限は、0.06%である。
【0073】
[Bi:0~0.100%]
Biは、鋼の被削性を向上させる。しかしながら、Biの含有量が高すぎると、靭性が低下する。このような観点から、Biの含有量は、例えば、0~0.100%とする。Biの含有量の好ましい上限は、0.06%であり、より好ましい上限は、0.005%である。
【0074】
[Pb:0~0.10%]
Pbは、鋼の被削性を向上させる。しかしながら、Pbの含有量が高すぎると、靭性が低下する。したがって、Pbの含有量は、例えば、0~0.100%とする。Pbの含有量の好ましい上限は、0.06%であり、より好ましい上限は、0.04%である。
【0075】
(シャフトの製造工具)
次に、シャフトの製造工具の一例を説明する。以下の説明では、シャフトの製造工具を、必要に応じて製造工具と略称する。製造工具は、前述した強化部位を含む領域に塑性加工により圧縮残留応力を付与するためのものである。なお、枝穴に面取り部が形成されている場合、塑性加工される領域に当該面取り部が含まれていても良い。
【0076】
図8は、製造工具80の構成の第1の例を示す図である。図8(a)は、製造工具80の正面図であり、図8(b)は、図8(a)のI-I断面図である。図9は、シャフト10の枝穴12aに製造工具80が挿入されている状態の一例を示す図である。図9(b)は、図9(a)のI-I断面図であり、図9(a)は、図9(b)のII-II断面図である。
【0077】
図8において、製造工具80は、挿入部材81を有する。挿入部材81の一部分は、枝穴12aに挿入される。図8(a)および図9(a)に示す白抜きの矢印線の方向が、挿入部材81が挿入される方向である。以下の説明では、挿入部材81が挿入される方向を、必要に応じて、挿入方向と称する。本実施形態では、挿入方向が、挿入部材81の中心軸が延びる方向および挿入部材81の長手方向に一致する場合を例示する。
【0078】
挿入部材81は、挿入部材81の表面の2つの領域であって、挿入方向に垂直な方向において挿入部材81の中心軸を介して相互に対向する2つの領域に、外側に張り出すように形成された2つの曲面部82a~82bを有する。2つの曲面部82a~82bの少なくとも一部の領域は、枝穴12aの壁面に同時に接触する領域である。このようにすることで、枝穴12aの壁面の領域のうち、中心軸14aを介して相互に対応する2つの領域を同時に加工することが出来る。したがって、例えば、強化部位54a~54bに対して同時に圧縮残留応力を付与することと、強化部位54c~54dに対して同時に圧縮残留応力を付与することと、を実現することが出来る。また、枝穴12aの壁面に対して垂直な方向への加工荷重が、2つの曲面部82a~82b間で相殺されるため、枝穴12aの壁面に曲面部を押し付けるための別の機構が不要となる。なお、曲面部82a~82bは、例えば、型鍛造および焼入れ、浸炭焼入れ、窒化処理を含む硬化熱処理を行うことにより製造される。ただし、曲面部82a~82bの製造方法は限定されない。
【0079】
本実施形態では、挿入部材81の表面の領域のうち、少なくとも一部分が枝穴12aに挿入された状態で枝穴12aの壁面に接触するのが、2つの曲面部82a~82bの少なくとも一部の領域のみである場合を例示する。しかしながら、必ずしもこのようにする必要はない。例えば、挿入部材は、挿入方向において、複数の組の2つの曲面部を有するようにしても良い。この場合、各組における2つの曲面部の形状および大きさを同じにしても良い。また、2つの曲面部の組のうち、相対的に先端側(枝穴12aの壁面に先に接触する側)の2つの曲面部よりも、基端側(枝穴12aの壁面に後に接触する側)の2つの曲面部が大きく外側に張り出すようにしても良い。また、枝穴12aに対して圧縮残留応力が付与されない程度に枝穴12aに接触する領域が挿入部材の表面に形成されていても良い。また、4つの強化部位54a~54bに対して同時に圧縮残留応力を付与することが出来るように、4つの曲面部が挿入部材の表面に形成されていても良い。
【0080】
曲面部82a~82bの形状および大きさは、前述したようにして強化部位54a~54dに圧縮残留応力を付与することにより、硬さ対比位置において、枝穴12aに対する強化部位のビッカース硬さが、枝穴12aに対する比較部位のビッカース硬さの最低値よりも15HV以上にすることが出来るように定めれば良いが、本実施形態では、2つの曲面部82a~82bの形状および大きさが略同じである場合を例示する。したがって、2つの曲面部82a~82bの挿入方向における曲率半径(挿入方向における曲率を定める曲率半径)RBは、略同じである。また、2つの曲面部82a~82bの挿入方向周り(挿入部材81の中心軸周り)の方向における曲率半径(挿入方向周りの方向における曲率を定める曲率半径)RAも、略同じである。また、本実施形態では、曲面部82a~82bの挿入方向における曲率半径RBが、曲面部82a~82bの全体に亘って略一定である場合を例示する。また、曲面部82a~82bの挿入方向周りの方向における曲率半径RAが、曲面部82a~82bの全体に亘って略一定である場合を例示する。以下の説明では、曲面部82a~82bの挿入方向周りの方向における曲率半径RAを、必要に応じて、曲面部82a~82bの周方向における曲率半径RAと称する。以上のように本実施形態では、2つの曲面部82a~82bが、挿入部材81の中心軸を対称軸とする回転対称(2回対称)の関係にある場合を例示する。
【0081】
図9(a)において、挿入部材81が枝穴12aに挿入された状態において、挿入方向に垂直な方向における2つの曲面部82a~82bの間の最大距離D2が、挿入部材81が挿入される前の枝穴12aの周回部41の直径D1よりも大きいほど、枝穴12aに対する加工量が大きくなる。したがって、より大きな圧縮残留応力が強化部位54a~54dに付与される。なお、以下の説明では、挿入方向に垂直な方向における2つの曲面部82a~82bの間の最大距離D2を、必要に応じて、曲面部82a~82bの最外周間隔D2と称する。
【0082】
一方、挿入部材81が枝穴12aに挿入された状態において、曲面部82a~82bの最外周間隔D2が、挿入部材81が挿入される前の枝穴12aの周回部41の直径D1に対して大きすぎると、挿入部材81の挿入が出来ない(または困難)になったり、挿入部材81が破損したりする虞がある。このような観点から、挿入部材81が枝穴12aに挿入された状態において、曲面部82a~82bの最外周間隔D2を、挿入部材81が挿入される前の枝穴12aの周回部41の直径D1の1.02倍以上1.20倍以下とする。また、その上限は、1.10倍であるのがより好ましく、1.06倍であるのがより一層好ましい。なお、挿入部材81においては、曲面部82a~82bの最外周間隔D2が不変であり、挿入部材81が枝穴12aに挿入された状態であっても、挿入されていない状態であっても同じである場合を例示する。
【0083】
曲面部82a~82bの周方向における曲率半径RAが大きいほど、また、曲面部82a~82bの挿入方向における曲率半径RBが小さいほど、枝穴12aの中心軸14a周りの方向の圧縮残留応力が大きくなる。一方、曲面部82a~82bの周方向における曲率半径RAが大き過ぎると、挿入部材81への負荷が大きくなるため、挿入部材81が破損する虞がある。このような観点から、曲面部82a~82bの周方向における曲率半径RAが、挿入部材81が挿入される前の枝穴12aの周回部41の直径D1の0.12倍以上0.49倍以下であることと、曲面部82a~82bの挿入方向における曲率半径RBが、曲面部82a~82bの周方向における曲率半径RA以下であるのこと、のうち、一方の条件を満たすのが好ましく、両方の条件を満たすのがより好ましい。また、曲面部82a~82bの周方向における曲率半径RAは、挿入部材81が挿入される前の枝穴12aの周回部41の直径D1の0.12倍以上0.45倍以下であることがより好ましい。
【0084】
なお、曲面部82a~82bの周方向における曲率半径RAが小さいほど、また、曲面部82a~82bの挿入方向における曲率半径RBが大きいほど、枝穴12aの深さ方向(中心軸14aが延びる方向)の圧縮残留応力は大きくなる。したがって、例えば、枝穴12aの深さ方向の圧縮残留応力を強化部位54a~54dに付与することを意図する場合には、このことを考慮して、曲面部82a~82bの周方向における曲率半径RAおよび曲面部82a~82bの挿入方向における曲率半径RBを定めれば良い。
【0085】
また、曲面部82a~82bの周方向における曲率半径RAおよび曲面部82a~82bの挿入方向における曲率半径RBについての前述した条件は、挿入部材81が枝穴12aに挿入された状態と、挿入されていない状態と、のうち少なくとも一方において満たせば良いが、挿入部材81が枝穴12aに挿入された状態において満たすようにするのが好ましい。
また、挿入部材81を構成する材料は、強化部位54a~54dを製造する前のシャフト10の表面よりも硬い材料であるのが好ましい。
【0086】
図10および図11は、製造工具100の構成の第2の例を示す図である。図10(b)は、図10(a)のI-I断面図であり、図10(a)は、図10(b)のII-II断面図である。図11は、正面図である。図12は、シャフト10の枝穴12aに製造工具100が挿入されている状態の一例を示す図である。図12(b)は、図12(a)のI-I断面図であり、図12(a)は、図12(b)のII-II断面図である。
【0087】
図10および図11において、製造工具100は、挿入部材110と、押込部材120と、を有する。挿入部材110の一部分は、枝穴12aに挿入される。図10(a)および図12(a)に示す白抜きの矢印線の方向が、挿入部材110の挿入方向である。
【0088】
挿入部材110は、図8に示した挿入部材81と同様に、挿入部材110の表面の2つの領域であって、挿入方向に垂直な方向において相互に対向する2つの領域に、外側に張り出すように形成された2つの曲面部111a~111bを有する。2つの曲面部111a~111bの少なくとも一部の領域は、枝穴12aの壁面に同時に接触する領域である。曲面部111a~111bの形状および大きさは、前述したようにして強化部位54a~54dに圧縮残留応力を付与することにより、枝穴12aに対する強化部位のビッカース硬さが、枝穴12aに対する比較部位のビッカース硬さの最低値よりも15HV以上にすることが出来るように定めれば良いが、本実施形態では、2つの曲面部111a~111bの形状および大きさが略同じであり、また、曲面部111a~111bの周方向における曲率半径RA、曲面部111a~111bの挿入方向における曲率半径RBが、それぞれ、曲面部82a~82bの周方向における曲率半径RA、曲面部82a~82bの挿入方向における曲率半径RBと、同じようにして定められる場合を例示する。
【0089】
図8に示す挿入部材81においては、曲面部82a~82bの最外周間隔D2が不変であり、挿入部材81が枝穴12aに挿入された状態であっても、挿入されていない状態であっても同じである場合を例示する。これに対し、図10に示す挿入部材110においては、曲面部111a~111bの最外周間隔D2が可変であり、挿入部材81が枝穴12aに挿入された状態の方が、挿入されていない状態よりも大きくなる。
【0090】
図10において、挿入部材110は、挿入方向の延びる押込穴112を有する。また、図11において、押込部材120は、押込穴112に押し込まれる押込部121と、挿入部材110を枝穴12aの深さ方向に押し付ける押付部122と、を有する。図12に示すように、押込部121は、押込穴112に押し込まれる。このように、押込部材120の少なくとも一部分は、押込穴112に押し込まれる。
【0091】
押込部121の、挿入方向に垂直な方向における最大長さは、内部に物体が存在していない場合の押込穴112の、挿入方向に垂直な方向における最大長さよりも長い。図10および図11において、挿入方向に垂直な方向における押込部121の最大長さW1は、挿入方向に垂直な方向における押込穴112の最大長さW2よりも長い。以下の説明では、挿入方向に垂直な方向における押込部121の最大長さを、必要に応じて、押込部121の最大幅と称し、挿入方向に垂直な方向における押込穴112の最大長さを、必要に応じて、押込穴112の最大幅と称する。押込部121の最大幅W1を押込穴112の最大幅W2よりも長くすることにより、押込部121が押込穴112に押し込まれた場合に押込穴112が広がる。したがって、曲面部111a~111bの最外周間隔D2は、押込部121が押込穴112に押し込まれる前に比べて大きくなる(図10(a)および図12(a)を参照)。押込部121の最大幅W1と、内部に物体が存在していない場合の押込穴112の最大幅W2と、の差は、例えば、挿入部材110が枝穴12aに挿入された状態で、曲面部111a~111bの最外周間隔D2をどの程度にするかによって定められる。なお、当該程度は、挿入部材110が挿入される前の枝穴12aの周回部41の直径D1の1.02倍以上1.20倍以下の範囲内で定められる。
【0092】
このように、製造工具100を、複数の部材を組み合わることにより構成される組立工具にすれば、製造工具100の製造が容易になる上、曲面部111a~111bの曲率半径の調整と、曲面部111a~111bの最外周間隔D2の調整と、が容易になる。ただし、押込部材120が挿入部材110に対して固定されない構成である場合には、強化部位54a~54dを製造した後に挿入部材110を引き出せない。このため、押込部材120が挿入部材110に対して固定されない場合には、枝穴12a~12bの周回部41の深さ方向の全体に亘って塑性加工が行われる。また、押込部材120が挿入部材110に対して固定されない場合であって、図2に示すように枝穴22a~22bによって貫通穴が形成されない場合には、幹穴11を通して挿入部材110をシャフト20から取り出す必要があり、挿入部材110の取り出しが容易でなくなる虞がある。したがって、枝穴12a~12bの周回部41の深さ方向の全体に亘って強化部位54a~54dを製造しない場合や、図2に示すように枝穴22a~22bによって貫通穴が形成されない場合には、図8に示すような製造工具80を用いれば、押込部材120を挿入部材110に対して固定させるような機構を設けずに、強化部位54a~54dを容易に製造することが出来る。なお、押込部材120を挿入部材110に対して固定しても良い。
【0093】
(シャフトの製造方法)
次に、シャフトの製造方法の一例を説明する。シャフト10を製造する一般的な製造工程に対し、強化部位54a~54dを含む領域を塑性変形させることにより当該領域に圧縮残留応力を付与する塑性加工工程が追加される。浸炭焼入れや高周波焼入れ等、枝穴12a~12bだけでなくシャフト10の外周面の表層部分を硬化させる硬化処理が行われる場合、強化部位54a~54dを製造する工程は、当該硬化処理を行う全体硬化工程の後に実施される。例えば、圧延工程、引抜工程、冷鍛工程、切削工程、全体硬化工程、研削工程が、この順で行われる場合、全体硬化工程が終了した後、研削工程の前および後の少なくとも一方において、塑性加工工程が実施される。
【0094】
製造工具80、100を用いて強化部位54a~54dを含む領域を塑性変形させる場合、中心軸14a周りの方向における曲面部82a~82b、111a~111bの位置を、塑性変形させる位置(例えば、強化部位54a~54dの位置)に合わせたうえで、図9(a)および図12(a)に示すようにして挿入部材81、110を枝穴12aに挿入する。その際、曲面部82a~82b、111a~111bの所定の位置が、強化部位および比較部位の穴軸方向対比範囲44を含む位置になるまで、挿入部材81、110を枝穴12aに挿入する。曲面部82a~82b、111a~111bの所定の位置は、例えば、曲面部82a~82b、111a~111bの最も外側の位置(すなわち、曲面部82a~82b、111a~111bの最外周間隔D2の両端の位置)である。
【0095】
また、同じ強化部位54a~54dを製造する際に、挿入部材81、110を枝穴12aに挿入する回数は1回以上であれば良いが、2回以上であるのが好ましい。挿入部材81、110の挿入により、中心軸14aに垂直に切断した場合の枝穴12aの断面形状は、曲面部82a~82b、111a~111bの形状に近づく。したがって、1回目の挿入部材81、110の挿入時よりも2回目の挿入部材81、110の挿入時の方が、曲面部82a~82b、111a~111bと、枝穴12aの壁面と、の接触領域が、枝穴12aの深さ方向に狭く、枝穴12aの中心軸14a周りの方向に広くなる。よって、2回目の挿入部材81、110の挿入によって、枝穴12aの中心軸14a周りの方向の圧縮残留応力としてより大きな圧縮残留応力が付与される。シャフト10の使用時において応力は、枝穴12aの中心軸14a周りの方向に発生する。したがって、枝穴12aの中心軸14a周りの方向の圧縮残留応力をより大きくすることを意図する場合、挿入部材81、110を枝穴12aに2回挿入することにより、シャフト10のねじり疲労強度をより高めるのが好ましい。なお、挿入部材81、110を枝穴12aに挿入する回数を3回以上にしても、枝穴12aの中心軸14a周りの方向の圧縮残留応力を付与する効果が飽和する場合には、挿入部材81、110を枝穴12aに挿入する回数を2回にするのが好ましい。また、前述したように、挿入部材は、挿入方向において、2つの曲面部の組として、複数の組の2つの曲面部を有するようにしても良い。この場合、挿入部材の1回の挿入で、挿入部材81、110を2回挿入したのと同等の効果が得られる。
【0096】
(実施例)
次に、実施例を説明する。なお、本発明は、実施例の内容に限定されるものではない。
[加工対象部品製造工程]
強化対象となるシャフト部品として、JIS G 4053(2008)に規定されたSCR420に相当する化学組成(鋼A)およびその他表1に示す化学組成(鋼B~W)を有する試験鋼に対して、切削加工および研削加工の少なくとも一方を施して、貫通穴・垂直穴付きのシャフトと、止まり穴・垂直穴付きのシャフトと、貫通穴・斜め穴付きのシャフトと、を製造した。
【0097】
【表1】
【0098】
貫通穴・垂直穴付きのシャフトは、幹穴が貫通穴であり、枝穴が垂直穴であるシャフトである(図1、表2および表4の穴形態「貫通・垂直穴」を参照)。止まり穴・垂直穴付きのシャフトは、幹穴が止まり穴(有底穴)であり、枝穴が垂直穴であるシャフトである(図2、表4の穴形態「止まり・垂直穴」を参照)。貫通穴・斜め穴付きのシャフトは、幹穴が貫通穴であり、枝穴が斜め穴であるシャフトである(図3、表4の穴形態「貫通・斜め穴」を参照)。
【0099】
【表2】
【0100】
【表3】
【0101】
【表4】
【0102】
また、枝穴の強化前の直径を4mmとした。その後、浸炭焼入れ焼戻しを施し、シャフトの表層部および表層から2mmの深さ位置の硬度を、それぞれ、表2および表4の「表層硬さ」の欄、「表層から2mm位置の硬さ」の欄に記載のビッカース硬さ(HV)とした。
【0103】
[工具製造工程]
製造工具は、挿入方向に垂直な方向において相互に対向する2つの領域にそれぞれ1つずつ合計2つの曲面部(球面部)を有する挿入部材と、当該曲面部の最外周間隔を所定の長さに広げる押込部材と、を組み立てて製造した(図10および図11を参照)。挿入部材は、JIS-SUJ2を素材とする直径4mmのノックピンを追加工して製造した。まず、曲面部(球面部)の挿入方向における曲率半径が1.5mmであり、且つ、曲面部(球面部)の挿入方向における曲率半径が1.75mmである曲面部(球面部)を有する形状に機械加工で成形した。すなわち、曲面部の周方向における曲率半径が、強化前の枝穴の直径に対し、0.4375倍であるようにした。
【0104】
その後、放電加工で、挿入部材に対して押込穴を形成した。押込部材は、挿入部材の押込穴に押し込まれて挿入部材を所定の間隔に広げる押込部と、挿入部材を枝穴の深さ方向に押し付ける押付部と、を有する(図11を参照)。押込部材で押込穴を押し広げた際に、2つの曲面部の最外周間隔を、強化前の枝穴の直径の1.05倍、すなわち4.20mmとした。
【0105】
[塑性加工工程]
シャフトの外周面側から、製造工具(挿入部材)を枝穴に挿入した。製造工具(挿入部材)を枝穴に挿入する動力源には、油圧を使用した。枝穴の中心軸周りの方向における硬さの強化位置と、枝穴の深さ方向における硬さの強化範囲と、をそれぞれ、表2および表4の「強化位置・強化範囲」の欄に示す。また、強化回数(挿入部材の挿入回数)を、表2および表4の「強化回数」の欄に示す。「強化位置・強化長」の欄の45° 135° 225° 315°は、それぞれ、45°位置、135°位置、225°位置、315°位置を指す。「強化位置」の欄のその他の角度も同様である。また、表2および表4の「強化位置・強化長」の欄の「L(全長)」は、枝穴の周回部の高さ(L)全体が硬さの強化範囲であることを指す。また、「L×1/2まで」、「L×1/4まで」は、それぞれ、枝穴の周回部の外周面側端部から、当該枝穴の周回部の高さ(L)の1/2倍、1/4倍の深さ位置までの範囲が硬さの強化範囲であることを指す。後述するショットピーニング以外の条件では粉塵の発生は無かった。
【0106】
[比較例]
比較例では、鋼Aを用いて、発明例に対し塑性加工工程を変更してシャフトを製造した。比較例1では、圧縮残留応力を付与しなかった。比較例2では、製造工具(挿入部材)の2つの曲面部の最外周間隔を、強化前の枝穴の直径の1.0125倍、すなわち4.05mmとした。比較例3では、製造工具(挿入部材)を枝穴に挿入せずに、枝穴に対し、枝穴の深さ方向と、シャフトの中心軸が延びる方向と、に対し45°をなす方向から、平均粒子径が0.6mmのショット粒でショットピーニングを施した。ショットノズルと、枝穴の内壁面と、の距離は10mmであった。比較例4、5では、発明例と同じ製造工具を用いて、発明例とは異なる条件(枝穴の中心軸周りの方向の位置、枝穴の中心軸が延びる方向の範囲)の領域の硬さを強化した。枝穴の中心軸周りの方向における硬さの強化位置を、表2および表4の「強化位置」の欄に示す。また、枝穴の深さ方向における硬さの強化回数、強化範囲と、をそれぞれ、表2および表4の「強化回数・強化範囲」の欄に示す。
【0107】
[硬さの評価]
シャフト部品において、枝穴の周回部の外周面側端部から、当該枝穴の周回部の高さ(L)の0.25倍、0.50倍、0.85倍の深さ位置を硬さ対比位置とした。各硬さ対比位置において、枝穴の中心軸に垂直な方向に枝穴を含む領域を切断した断面を研磨し、研磨後の断面のビッカース硬さをJIS Z 2244に準拠して測定した。測定誤差を小さくするために、硬さ測定荷重は圧痕サイズが、強化前の枝穴の直径の0.0075倍以下となる様にし、枝穴の中心軸を介して相互に対向する2か所について、枝穴の中心軸に垂直な方向に、圧痕サイズの3倍以上離れた各3点においてビッカース硬さを測定し、それら3点の測定値の平均値を評価した。
【0108】
具体的には、枝穴の中心軸を介して相互に対向する2か所の評価部位を中心に、枝穴の深さ方向に垂直な方向に0.10mmずつ離れた各3点(合計6点)において、荷重300gfでビッカース硬さを測定し、それら3点の測定値の平均値を評価部位のビッカース硬さとした。圧痕サイズは30μm以下であった。評価部位は、枝穴の壁面(周回部の側面)より0.06mmだけ深い位置とした。強化部位は、θ1°位置である。θ1は、45×n1であり、n1は、1から7までの奇数である。比較部位は、θ2°位置である。θ2は、15×n2であり、n2は、0と、3、9、15、21を除く1から24までの整数である。各θ2°位置を評価部位とした場合に算出される前述の3点の測定値の平均値のうちの最低値を比較部位のビッカース硬さとした。なお、強化部位および比較部位のビッカース硬さのばらつきは、通常は、7HV程度であり、10HV未満となる。
【0109】
表3および表5において「強化部位・比較部位の硬さ」の欄に、以上のようにして測定した強化部位および比較部位のビッカース硬さを示す。表3および表5において、L×0.25、L×0.50、L×0.85は、それぞれ、枝穴の周回部の外周面側端部から、当該枝穴の周回部の高さ(L)の0.25倍、0.50倍、0.85倍の深さ位置を硬さ対比位置としていることを示す。また、45°,135°位置は、45°位置および135°位置における値であることを示す。また、低い方とは、45°位置におけるビッカース硬さおよび135°位置におけるビッカース硬さのうちの低い方の値であることを示す。また、最低値は、各比較部位のビッカース硬さのうちの最低値であることを示す。また、強化代は、比較部位に対する強化部位のビッカース硬さの強化代(すなわち、強化部位(低い方)から比較部位(最低値)を減算した値)を示す。
【0110】
【表5】
【0111】
[残留応力の評価]
枝穴を含む領域を切断し、当該枝穴の壁面の残留応力を測定した。表面残留応力は、シャフトの外周面より3.5mmだけ深い位置に対して、ビーム径が1mmのX線を照射することによって、枝穴の壁面における、中心軸周りの方向の応力を測定した。その後、枝穴の壁面より0.06mmだけ深さ位置まで枝穴の周回部の断面(表層)を電解研磨で除去し、ビーム径が1mmのX線を照射することによって、当該枝穴の周回部の強化部位における、中心軸周りの方向の応力を測定した。表3および表5の「45°,135°位置 残留応力」の欄に、45°位置および135°位置における中心軸周りの方向の残留応力(平均値)を示す。
【0112】
[ねじり疲労強度の評価]
硬さの評価や、残留応力の評価に使用しなかったシャフトを用いて、ねじり疲労試験を実施した。表3および表5の「ねじり疲労強度」の欄に、ねじり疲労試験で得られたねじり疲労強度を示す。トルクの負荷方向は、発明例25を除いて(中心軸周りの)両方向とし、発明例25でのみトルク比(最小トルク/最大トルク)を0.05とし(中心軸周りの)一方向とした。試験速度は5Hzであった。き裂が発生したサイクル数と負荷トルクとから10万サイクル疲労強度を求め、浸炭焼入れ焼き戻しされ強化加工を行っていない場合の値602MPaに対する強度比が1.3以上、すなわち783MPa以上となる場合に高い疲労強度であるとして、各シャフトのねじり疲労強度を評価した。
【0113】
[評価結果]
評価結果を表2~5にまとめて示す。表3および表5において、発明例では、いずれも、強化部位のビッカース硬さが比較部位のビッカース硬さよりも15HV以上高く、且つ、ねじり残留応力が(絶対値が)大きな負の値で圧縮側であり、且つ、ねじり疲労強度が783MPa以上と高かった。
【0114】
一方、比較例については下記の通りである。
まず、表3および表5において、比較例1では、浸炭焼入れ後、枝穴に対して圧縮残留応力を付与していないため、ビッカース硬さの上昇幅が小さくなり、また、圧縮残留応力が付与されておらず引張残留応力が見られ、ねじり疲労強度が低かった。
【0115】
また、比較例2では、製造工具(挿入部材)の2つの曲面部の最外周間隔が、枝穴の直径の1.02倍未満であるため、ビッカース硬さの上昇量(強化代)が小さく、且つ、圧縮残留応力(絶対値)が小さく、且つ、ねじり疲労強度が低かった。
また、比較例3では、ショットピーニングを行ったためため、粉塵の発生が見られた。また、比較例では、比較部位もビッカース硬さが高かった。
また、比較例4では、加工深さが浅かったため、ビッカース硬さの上昇量(強化代)が小さく、且つ、圧縮残留応力が付与されておらず引張残留応力が見られ、且つ、ねじり疲労強度が低かった。
また、比較例5では、45°位置から大きく離れた位置に圧縮残留応力を付与したため、45°位置の硬さ上昇幅が小さく、且つ、圧縮残留応力(絶対値)が小さく、疲労強度が低かった。
【0116】
(その他の実施形態)
なお、以上説明した本発明の実施形態は、何れも本発明を実施するにあたっての具体化の例を示したものに過ぎず、これらによって本発明の技術的範囲が限定的に解釈されてはならないものである。すなわち、本発明はその技術思想、またはその主要な特徴から逸脱することなく、様々な形で実施することができる。
【0117】
なお、以上の実施形態の開示は、例えば以下のようになる。
(開示1)
長手方向に延びる穴である1つ以上の幹穴と、外周面において開口し当該幹穴に連通する穴である1つ以上の枝穴と、を有するシャフトであって、
前記1つ以上の枝穴のうちの少なくとも1つの枝穴に対する強化部位のビッカース硬さは、当該枝穴に対する比較部位のビッカース硬さの最低値よりも15HV以上大きく、
前記ビッカース硬さを対比する前記枝穴に対する前記強化部位および比較部位の、当該枝穴の径方向における深さ位置は、当該枝穴の壁面より当該枝穴の直径の0.015倍だけ深い位置であり、
前記ビッカース硬さを対比する前記枝穴に対する前記強化部位および比較部位の、当該枝穴の深さ方向における深さ位置は、前記シャフトの外周面側における当該枝穴の周回部の端部の位置よりも、当該枝穴の深さ方向における当該枝穴の周回部の長さの半分以上深い位置を含み、
前記枝穴の周回部は、当該枝穴の領域のうち、当該枝の中心軸周りの方向に当該枝穴の中心軸を360°囲む領域であって、面取りされていない領域であり、
前記ビッカース硬さを対比する前記枝穴に対する強化部位は、当該枝穴の中心軸に垂直な規定面上において当該枝穴の中心軸を通る2つの直線であって、前記規定面上の基準線とのなす角度のうち小さい方の角度が45°となる2つの直線のうちの少なくとも1つの直線である強化部位規定線上の位置にあり、
前記規定面は、前記ビッカース硬さを対比する前記枝穴に対する強化部位の位置において当該枝穴の中心軸に垂直な面であり、
前記基準線は、前記幹穴の中心軸を示す直線を前記規定面に投影した場合に前記規定面に出来る直線であり、
前記ビッカース硬さを対比する前記枝穴に対する比較部位は、前記ビッカース硬さを対比する当該枝穴に対する強化部位と異なる位置にある、シャフト。
(開示2)
前記強化部位規定線は、前記2つの直線の双方である、開示1に記載のシャフト。
(開示3)
前記枝穴に対する強化部位は、当該枝穴の周回部の深さ方向の全長にわたって存在する、開示1または2に記載のシャフト。
(開示4)
前記シャフトの表面より2mm以上深い位置において前記シャフトを構成する金属材料の成分は、質量%で、
C:0.10~0.45%
Si:0.02~2.0%
Mn:0.3~3.0%
P:0.05%以下
S:0~0.100%
Cr:0.01~3.0%
Al:0.001~0.1%
N:0.03%以下
Mo:0~1.0%
Cu:0~1.0%
Ni:0~1%
V:0~0.5%
Nb:0~0.1%
Ti:0~0.2%
Bi:0~0.100%
Pb:0~0.100%を含有し、
残部はFeおよび不純物からなる、開示1~3のいずれか1つに記載のシャフト。
(開示5)
前記シャフトの表面のうち、前記枝穴の壁面以外の表面のビッカース硬さは、700HV以上850HV以下であり、
前記シャフトの表面より2mm以上深い位置におけるビッカース硬さは、500HV以下である、開示1~4のいずれか1つに記載のシャフト。
(開示6)
長手方向に延びる穴である1つ以上の幹穴と、外周面において開口し当該幹穴に連通する穴である1つ以上の枝穴と、を有するシャフトの製造工具であって、
前記枝穴に少なくとも一部分が挿入される挿入部材を有し、
前記挿入部材は、当該挿入部材の表面の2つの領域であって、前記挿入される方向に垂直な方向において相互に対向する2つの領域に、外側に張り出すように形成された2つの曲面部を有し、
前記2つの曲面部の少なくとも一部の領域は、前記枝穴の壁面に同時に接触する領域であり、
前記挿入部材が前記枝穴に挿入された状態において、前記挿入される方向に垂直な方向における前記2つの曲面部の間の最大距離は、前記挿入部材が挿入される前の前記枝穴の直径の1.02倍以上1.20倍以下である、シャフトの製造工具。
(開示7)
前記挿入される方向における前記2つの曲面の曲率半径は、略同一である、開示6に記載のシャフトの製造工具。
(開示8)
前記挿入される方向周りの方向における前記2つの曲面の曲率半径は、前記挿入部材が挿入される前の前記枝穴の直径の0.12倍以上0.49倍以下である、開示6または7に記載のシャフトの製造工具。
(開示9)
前記挿入される方向における前記2つの曲面の曲率半径は、前記挿入される方向周りの方向における前記2つの曲面の曲率半径以下である、開示8に記載のシャフトの製造工具。
(開示10)
前記最大距離は、不変である、開示6~9のいずれか1つに記載のシャフトの製造工具。
(開示11)
前記最大距離は、可変である、開示6~9のいずれか1つに記載のシャフトの製造工具。
(開示12)
押込部材をさらに有し、
前記挿入部材は、前記挿入される方向に延びる押込穴を有し、
前記押込部材の少なくとも一部分は、前記押込穴に前記押込部材が押し込まれ、
前記押込部材の少なくとも一部分の、前記挿入される方向に垂直な方向における最大長さは、内部に物体が存在していない場合の前記押込穴の、前記挿入される方向に垂直な方向における最大長さよりも長く、
前記押込穴に前記押込部材が押し込まれることにより、前記最大距離が可変となる、開示11に記載のシャフトの製造工具。
(開示13)
開示1~5のいずれか1つに記載のシャフトを製造するシャフトの製造方法であって、
前記強化部位を含む領域を塑性変形させることにより当該領域に圧縮残留応力を付与する塑性加工工程を有する、シャフトの製造方法。
(開示14)
前記塑性加工工程では、開示6~11のいずれか1つに記載のシャフトの製造工具が有する前記挿入部材の少なくとも一部分を1回以上前記枝穴に挿入する、開示13に記載のシャフトの製造方法。
【符号の説明】
【0118】
10、20、30 シャフト
11、21、31 幹穴
12a~12b、22a~22b、32 枝穴
13、33 シャフト(幹穴)の中心軸
23 シャフトの中心軸
24a~24b 幹穴の中心軸
14a~14b、25a~25b、34 枝穴の中心軸
15a~15b、26a~26b、35 面取り部
41 枝穴の周回部
42 強化部位および比較部位の深さ位置
43 枝穴の周回部の外周面側端部
44 強化部位および比較部位の穴軸方向対比範囲
45 強化部位および比較部位の穴軸方向全範囲
51a~51b 強化部位規定線
52~53 シャフトに生じるねじりの方向
54a~54b 強化部位
55a~55c 部位(比較部位)
56 規定面
57 基準線
61 枝穴(斜め穴)の周回部
62 枝穴(斜め穴)の幹穴側の領域(周回部にならない領域)
71 点群(圧縮残留応力を付与しない場合)
72 点(塑性変形量が小さい場合)
73 点(塑性変形量が大きい場合)
74 点(ショットピーニングを行った場合)
80、100 シャフトの製造工具
81、110 挿入部材
82a~82b、111a~111b 曲面部
112 押込穴
120 押込部材
121 押込部
122 押付部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12