(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024140375
(43)【公開日】2024-10-10
(54)【発明の名称】油脂の製造方法
(51)【国際特許分類】
A23D 9/02 20060101AFI20241003BHJP
【FI】
A23D9/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023051490
(22)【出願日】2023-03-28
(71)【出願人】
【識別番号】315015162
【氏名又は名称】不二製油株式会社
(72)【発明者】
【氏名】堀 遂人
【テーマコード(参考)】
4B026
【Fターム(参考)】
4B026DC06
4B026DG02
4B026DH01
4B026DP03
4B026DP10
4B026DX01
(57)【要約】
【課題】油脂のトリグリセリド組成及び物性についての、微少な調整が可能となる、油脂の製造方法を提供すること。
【解決手段】原料油にナトリウムメトキシドを0.01~0.05質量%添加し、200℃以上に加温した真空条件下で反応させる、油脂の製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
原料油にナトリウムメトキシドを0.01~0.05質量%添加し、200℃以上に加温した真空条件下で反応させる、油脂の製造方法。
【請求項2】
反応が以下の条件で実施される、請求項1に記載の油脂の製造方法。
(条件)
真空度:3kPa以下
反応時間:20分間以上
【請求項3】
前記原料油が、パーム系油脂を含む油脂である、請求項1又は請求項2に記載の油脂の製造方法。
【請求項4】
以下で定義されたXXXの反応変化指標が、±30%以内である、請求項1又は請求項2に記載の油脂の製造方法。
XXX:原料油の構成脂肪酸組成中、最も質量組成比の高い飽和脂肪酸をX、Xが3分子結合しているトリグリセリド
XXXの反応変化指標:(反応油中のXXX含有量-原料油中のXXX含有量)×100/(完全ランダムエステル交換反応油中のXXX含有量-原料油中のXXX含有量)
【請求項5】
前記原料油が、パーム系油脂を含む油脂である、請求項4に記載の油脂の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、油脂の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
油脂の加工において、加工後の油脂の上昇融点や固体脂含量といった物性を如何に細かく調整できるかは加工油脂の設計において非常に重要な要素である。
【0003】
油脂の代表的な加工技術の一つに、エステル交換反応がある。エステル交換反応は油脂を構成するトリグリセリドに結合している脂肪酸を分子内、及び分子間で交換することによりトリグリセリド分子種の組成、及び油脂の物性を変化させる技術である。エステル交換反応は特に近年、トランス脂肪酸の懸念から忌避されている部分水素添加法の代替技術として用いられている。
【0004】
エステル交換反応はアルカリ金属触媒を用いる化学エステル交換反応と、酵素を触媒として用いる酵素エステル交換反応の二つに大別される。
【0005】
化学エステル交換反応は、素早い化学反応と高い反応率から、効率の良い油脂の加工法として広く利用されている。反面、素早い化学反応と高い反応率から、反応率を微小に留めておくような細かい調整には不向きとされている。例えば、部分水素添加油の中でも、特に微水素添加油と呼ばれる油脂の物性を微小に変化させた油脂を、化学エステル交換反応で製造することは困難である。
【0006】
一方、酵素エステル交換反応は、その反応率を調整することで、化学エステル交換反応では調整が難しい細かいトリグリセリド分子種組成及び物性の調整が可能である。また使用する酵素を選択することで、トリグリセリドのグリセリン骨格の特定の位置に結合している脂肪酸のみ交換することも可能である。
ただし、化学エステル交換反応ほどの効率の良い加工技術ではないため、作業性、コスト面で問題を抱えている。さらに本手法は、反応率を分析し、分析結果を見て反応終点を見極める必要があるため煩雑な作業が必要である。
【0007】
前述のような課題を解決するため、例えば、特許文献1は油脂のエステル交換反応を2段階で行うことで、酵素による1、3位特異的なエステル交換を行う油脂の製造において、安価な酵素を用いても、2位の脂肪酸組成の異性化率を低く保ち、しかも製造時間が短い方法が例示されている。しかしながら、複数のエステル交換反応を実施する必要があるため、煩雑であり、化学エステル交換反応と比較すると作業性、コスト面で劣るものであった。
【0008】
また特許文献2は、原料油脂を、アミノ基を有する物質で処理することで、酵素剤の活性低下を抑制し、長期間安定な酵素エステル交換反応が可能とされているが、こちらも化学エステル交換反応と比較すると作業性、コスト面で劣るものであった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2009-045033号公報
【特許文献2】特開平8-140689号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】松井,油化学,1979 ,第28巻,第10号,p.680~688
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、油脂のトリグリセリド組成及び物性についての、微少な調整が可能となる、油脂の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
前記のとおり、エステル交換反応法の改良は、酵素を触媒としたエステル交換反応法からのアプローチのみであり、ナトリウムメトキシド等の化学物質を触媒とするエステル交換反応法の改良は行われていない状況であった。
上記課題を解決するために、鋭意検討を重ねた結果、意外にも、非特許文献1に記載されているような、ナトリウムメトキシドを使用した化学エステル交換反応の条件とは異なる条件、すなわち油脂に対して0.05質量%以下のナトリウムメトキシドを添加し、200℃以上に加温した真空条件下で反応させることで、油脂のトリグリセリド組成及び物性についての、微少な調整が可能となる知見を見出し、本発明を完成させるに至った。
【0013】
すなわち、本発明は以下の内容を含む。
(1) 原料油にナトリウムメトキシドを0.01~0.05質量%添加し、200℃以上に加温した真空条件下で反応させる、油脂の製造方法。
(2) 反応が以下の条件で実施される、(1)の油脂の製造方法。
(条件)
真空度:3kPa以下
反応時間:20分間以上
(3) 前記原料油が、パーム系油脂を含む油脂である、(1)又は(2)の油脂の製造方法。
(4) 以下で定義されたXXXの反応変化指標が、±30%以内である、(1)又は(2)の油脂の製造方法。
XXX:原料油の構成脂肪酸組成中、最も質量組成比の高い飽和脂肪酸をX、Xが3分子結合しているトリグリセリド
XXXの反応変化指標:(反応油中のXXX含有量-原料油中のXXX含有量)×100/(完全ランダムエステル交換反応油中のXXX含有量-原料油中のXXX含有量)
(5) 前記原料油が、パーム系油脂を含む油脂である、(4)の油脂の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、油脂のトリグリセリド組成及び物性の微少な調整が可能となる、油脂の製造方法を提供することができる。
好ましい態様として、化学触媒、とりわけナトリウムメトキシドを触媒とする化学エステル交換反応において、油脂のトリグリセリド組成及び物性の微少な調整が可能となる、油脂の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に、本発明を詳細に説明する。
【0016】
本発明において、使用することができる原料油を例示すると、大豆油、ハイエルシン菜種油、菜種油、コーン油、綿実油、落花生油、ひまわり油、ハイオレイックひまわり油、こめ油、パーム油、ベニバナ油、ハイオレイックベニバナ油、オリーブ油、ゴマ油、中鎖脂肪酸結合油脂(MCT)、ヤシ油、パーム核油シア脂、サル脂、カカオ脂等の植物油脂、および乳脂、牛脂、豚脂等の動物脂、ならびに、それらの硬化油、分別油、硬化分別油、分別硬化油、エステル交換等を施した加工油脂、さらにこれらの混合油脂等が例示できる。
なお、ハイエルシン酸菜種油を使用する場合、ハイエルシン酸菜種油に含まれるエルシン酸含量は、構成脂肪酸組成中、30質量%以上であることが好ましい。
【0017】
本発明において、使用することができる好ましい原料油としては、種々の加工食品に利用されている、パーム油及びパーム油を原料とする加工油脂を例示できる。パーム油を原料とする加工油脂とは、パーム油を原料の一部、もしくは全部に用い、調合、精製、分別、硬化、エステル交換反応等の工程を経ることで得られる油脂のことである。この時、パーム油以外に使用する油脂については限定されないが、前記例示した原料油を使用することができる。
【0018】
本発明において、使用することができるより好ましい原料油としては、パームオレインが好ましい。さらに好ましい態様としては、ヨウ素価60以上のパームオレインを例示することができる。最も望ましい態様としては、ヨウ素価65以上のパームオレインを例示することができる。
【0019】
本発明の油脂の製造方法は、原料油にナトリウムメトキシドを0.01~0.05質量%添加し、200℃以上に加温した真空条件下で反応させる。
【0020】
好ましい態様は、以下の条件で実施される。
(反応条件)
真空度:3kPa以下
反応時間:20分間以上
【0021】
本発明では、原料油にナトリウムメトキシドを0.01~0.05質量%添加する。好ましい下限値は0.012質量%以上、より好ましい下限値は0.013質量%以上、さらに好ましい下限値は0.014質量%以上である。また好ましい上限値は0.045質量%以下、より好ましい上限値は0.04質量%以下、さらに好ましい上限値は0.035質量%以下である。かかる上限値と下限値を適宜組み合わせても良い。ナトリウムメトキシドの添加量が0.05質量%を超えると、エステル交換反応が必要以上に進行する場合がある。ナトリウムメトキシドの添加量が0.01質量%未満の場合、エステル交換反応が進行しない場合がある。前記添加量範囲に調整することで、所望する物性の油脂を製造することができる。
好ましい反応時間は、20分間以上である。反応時間は、ナトリウムメトキシドの添加量、反応温度、真空度により、得られる油脂の品質にしたがって、適切に設定することができる。
反応時間の上限は、好ましくは5時間以下、より好ましくは3時間以下、さらに好ましくは2時間以下である。得られる効果との対比で、非効率であるため反応時間の上限を超えることは好ましくない。
【0022】
本発明では、反応温度は200℃以上である。好ましい反応温度は210℃以上、より好ましい反応温度は220℃以上、さらに好ましい反応温度は230℃以上、さらにより好ましい反応温度は240℃以上である。200℃未満の場合、エステル交換反応が必要以上に進行する場合がある。反応温度の上限は、好ましくは350℃以下、より好ましくは300℃以下、さらに好ましくは280℃以下である。得られる効果との対比で、非効率であるため反応温度の上限を超えることは好ましくない。
【0023】
本発明では、好ましい反応時の真空度は、3kPa以下である。3kPaを超えると、所望する油脂品質が得られない場合があるため好ましくない。
製造設備の真空装置が過剰になる場合があるため、好ましい真空度は、0.15kPa以上、より好ましくは0.7kPa以上である。
【0024】
本発明では、前記した条件で行う反応の後に、常法に従い油脂を精製することが望ましい。精製方法や精製条件は、得られる油脂品質に応じて適切な方法や条件を組み合わせて実施することができる。精製方法を例示すると、水洗工程、脱色工程、脱臭工程等であり、かかる工程を適宜組み合わせて実施すれば良い。
【0025】
本発明は、ナトリウムメトキシドを触媒とした反応を利用した、油脂のトリグリセリド組成及び物性を微小に変化させた油脂の製造方法である。ナトリウムメトキシドを反応触媒とした場合、条件によっては油脂中のトリグリセリドに結合している脂肪酸の交換反応、すなわちエステル交換反応が大きく進行する。エステル交換反応が大きく進行した場合、油脂の物性が反応前後で大きく変化するため好ましくない。
【0026】
本明細書において、通常の化学エステル交換反応を、完全ランダムエステル交換反応と記載し、得られる反応油を、完全ランダムエステル交換反応油と記載する。通常の化学エステル交換反応は、素早い化学反応と高い反応率から、反応率を微小に留めておくような細かい調整は困難である。
本発明により、化学エステル交換反応の微少な調整が可能となり、完全ランダムエステル交換反応油と比較して、油脂のトリグリセリド組成及び物性が微少に調整された反応油を得ることができる。
油脂の物性の変化に影響するのが、下記で反応変化指標として定義された、XXX含有量の変化であって、本発明において、XXXの反応変化指標が±30%以内であることが好ましい。より好ましくは、±20%以内、さらに好ましくは±10%以内~±20%以内、さらにより好ましくは10%~20%である。
XXXの反応変化指標を前記数値範囲内に調整することで、油脂のトリグリセリド組成及び物性を微小に変化させた油脂を製造することができる。なおXXX、XXXの反応変化指標は、下記に従った数値である。
XXX:原料油の構成脂肪酸組成中、最も質量組成比の高い飽和脂肪酸をX、Xが3分子結合しているトリグリセリド。
XXXの反応変化指標:(反応油中のXXX含有量-原料油中のXXX含有量)×100/(完全ランダムエステル交換反応油中のXXX含有量-原料油中のXXX含有量)
【0027】
本発明で使用するナトリウムメトキシドは固体粉末であることが好ましい。固体粉末以外のナトリウムメトキシドを用いた場合、エステル交換反応が進行しない、トリグリセリドの鹸化が生じ収率が悪化する等の悪影響が生じるため不適である。
【0028】
本発明により、主に部分水素添加法で得られていた、油脂のトリグリセリド組成及び物性を微小に変化させた油脂を、効率の良い製造方法で提供することができる。
本発明の油脂の好ましい用途は、従来、菜種油、大豆油のような液状油の物性を微小に変化させた微水素添加油に代替した使用が例示できる。微水素添加油は、比較的トランス酸を多く含有する。本発明により、水素添加することなく油脂の物性を微小に変化させることができるため、低トランス要望に応じた、油脂を提供することができる。
好ましい態様として、微水素添加油の油脂機能が発揮されていた、マーガリンやショートニングに、本発明の油脂を使用することで、マーガリンやショートニングの伸展性を維持したまま油脂の固液分離を抑制する効果を発揮することができる。
【実施例0029】
以下、実施例を示し、本発明をさらに具体的に説明する。なお、例中の%は質量基準を意味する。
【0030】
(分析方法)
(各温度のSFC Parallel measurements)
IUPAC.2 150 SOLID CONTENT DETERMINATION IN FATS BY NMRに準じて測定する。分析装置はBruker社製“minispec mq20”を使用する。
油脂を80℃で10分保持した後、60℃に30分保持することで油脂を完全に溶解し、0℃に1時間保持して固化させる。さらに、所定の温度(10℃、20℃、30℃、40℃)に30分保持した後にSFC(固体脂含量)を測定する。
(トリグリセリド含有量の分析方法)
高速液体クロマトグラフ分析にて測定した。測定条件は、(カラム;ODS、溶離液;アセトン/アセトニトリル=80/20、液量;0.9ml/分、カラム温度;25℃、検出器;示差屈折計)にて実施した。
【0031】
(反応方法)
下記表1記載に従い、原料油に触媒を添加し、各温度で、3kPa以下の条件で30分間処理した。下記(精製方法)に従い反応油を得た。表1に、実施例1~2、比較例1~7の評価結果を示す。
原料油は、パームスーパーオレイン(沃素価 67)を使用した。
触媒は、ナトリウムメトキシドを使用した。
(精製方法)
処理後の油脂に50%クエン酸水溶液を5%添加し、ホモミキサーで5000rpmの条件で1分間攪拌を行うことで中和を実施した。中和した後の油脂に水を20%添加し、ホモミキサーで5000rpmの条件で10分間攪拌を行うことで石鹸分を除去した。石鹸分を除去した油脂に活性白土を対油脂重量基準で1.5質量%添加し、攪拌しながら110℃、1.3kPaの条件で10分間脱色処理した。脱色終了後、活性白土を除去した油脂を、250℃、0.3kPa、蒸気使用量3質量%の条件で90分間脱臭処理した。
【0032】
表1に、実施例1~2、比較例1~6の評価結果を示す。表1において、XXX、XXXの反応変化指標は、下記に従った数値である。
今回使用した原料油においてXはパルミチン酸であった。
比較例5で得られた反応油を完全ランダムエステル交換反応油として算出した。
XXX:原料油の構成脂肪酸組成中、最も質量組成比の高い飽和脂肪酸をX、Xが3分子結合しているトリグリセリド
XXXの反応変化指標:(反応油中のXXX含有量-原料油中のXXX含有量)×100/(完全ランダムエステル交換反応油中のXXX含有量-原料油中のXXX含有量)
【0033】
【0034】
表1に示すように、触媒を0.01~0.05質量%添加し、200℃以上で反応させた実施例では、XXXの反応変化指標14.8%、10℃のSFC%を微小に変化させた油脂を得ることができた。
【0035】
(比較例について)
・触媒の添加量は0.01%~0.05質量%を満たすが、200℃以上で処理を実施していない、比較例1~3では、10℃のSFC%を微小に変化させることができなかった。
・触媒の添加量が0.01質量%未満である、比較例4では、10℃のSFC%を微小に変化させることができなかった。
・触媒の添加量が0.05質量%を超える、比較例5~6では、SFC%が各温度で変化し、油脂の物性が大幅に変化してしまった。