(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024140551
(43)【公開日】2024-10-10
(54)【発明の名称】焦電素子、及び赤外線センサ
(51)【国際特許分類】
G01J 1/02 20060101AFI20241003BHJP
H10N 30/06 20230101ALI20241003BHJP
H10N 30/87 20230101ALI20241003BHJP
H10N 30/045 20230101ALI20241003BHJP
【FI】
G01J1/02 Y
H10N30/06
H10N30/87
H10N30/045
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023051734
(22)【出願日】2023-03-28
(71)【出願人】
【識別番号】000003067
【氏名又は名称】TDK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100124062
【弁理士】
【氏名又は名称】三上 敬史
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 祐介
【テーマコード(参考)】
2G065
【Fターム(参考)】
2G065AB02
2G065BA13
(57)【要約】
【課題】温度変化に伴って焦電膜の分極値が変化し易く、分極値の変化を検出し易い焦電素子を提供すること。
【解決手段】焦電素子10は、第一電極2、第二電極4、及び焦電膜3を含む。焦電膜3の少なくとも一部は、第一電極2及び第二電極4の間に配置される。焦電膜3のヒステリシス曲線は、焦電膜3に印加される電界Eと、電界Eが印加された焦電膜の分極値Pと、を示す。Ec1は、ヒステリシス曲線において分極値が0μC/cm
2である2つの抗電界のうち、絶対値が大きい抗電界の値である。Ec2は、2つの抗電界のうち、絶対値が小さい抗電界の値である。残留分極値Prは、ヒステリシス曲線において、(Ec1+Ec2)/2である電界における分極値である。残留分極値Prは、50μC/cm
2以上である。|Ec1|/|Ec1―Ec2|は、0.55以上である。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
第一電極、第二電極、及び焦電膜を備え、
前記焦電膜の少なくとも一部は、前記第一電極及び前記第二電極の間に配置されており、
前記焦電膜のヒステリシス曲線は、前記焦電膜に印加される電界と、前記電界が印加された前記焦電膜の分極値と、を示し、
Ec1は、前記ヒステリシス曲線において前記分極値が0μC/cm2である2つの抗電界のうち、絶対値が大きい前記抗電界の値であり、
Ec2は、前記2つの前記抗電界のうち、絶対値が小さい前記抗電界の値であり、
残留分極値Prは、前記ヒステリシス曲線において、(Ec1+Ec2)/2である前記電界における前記分極値であり、
前記残留分極値Prは、50μC/cm2以上であり、
|Ec1|/|Ec1―Ec2|は、0.55以上である、
焦電素子。
【請求項2】
前記焦電膜は、ペロブスカイト構造を有する金属酸化物を含み、
前記金属酸化物は、ビスマス、カリウム、及びチタンを含む、
請求項1に記載の焦電素子。
【請求項3】
前記金属酸化物は、元素M及び鉄のうち少なくとも一つの元素を更に含み、
前記元素Mは、マグネシウム及びニッケルのうち少なくとも一つの元素である、
請求項2に記載の焦電素子。
【請求項4】
前記焦電膜は、前記金属酸化物の正方晶を含み、
前記焦電膜は、前記正方晶の(001)面に垂直な方向において分極する、
請求項2又は3に記載の焦電素子。
【請求項5】
前記第一電極は、白金の結晶を含み、
前記白金の前記結晶の(002)面が、前記正方晶の前記(001)面に平行である、
請求項4に記載の焦電素子。
【請求項6】
前記焦電膜は、エピタキシャル膜である、
請求項4に記載の焦電素子。
【請求項7】
少なくとも一つの中間層を更に備え、
前記中間層は、前記第一電極と前記焦電膜との間に配置されており、
前記中間層は、LaNiO3及びSrRuO3のうち少なくともいずれかを含む、
請求項1に記載の焦電素子。
【請求項8】
前記ヒステリシス曲線の測定中の前記焦電膜の温度は、25℃である、
請求項1に記載の焦電素子。
【請求項9】
請求項1に記載の焦電素子を含む、
赤外線センサ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、焦電素子、及び赤外線センサに関する。
【背景技術】
【0002】
世界的なエネルギー需要の高まりや環境問題等により、SDGsや省エネルギーの必要性が高まっている。焦電素子(pyroelectric device)は、消費電力及び待機電力の小さい人感センサ、及びモーションセンサ等の各種赤外センサに広く使用されている。(下記特許文献1及び2参照。)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2014-185982号公報
【特許文献2】特開2014-187193号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ヘルスケア、ウェアラブルデバイス、スマートフォン、コネクテッドカー、スマートシティ、及びスマートホーム等の様々な技術の発展及び普及に伴い、これらの技術に応用される焦電素子には高い感度が求められている。従来の焦電素子には、焦電体のバルク材(セラミックス)が多用されてきたが、焦電素子の性能の向上、及び小型化を実現するためには新規な焦電体が求められる。焦電体から形成される薄膜(焦電膜)の体積は、バルク材の体積よりも小さい。したがって、焦電膜の熱容量は、バルク材の熱容量よりも小さく、焦電膜の温度はバルク材の温度よりも変化し易い。その結果、焦電膜を用いた焦電素子においては、温度変化に伴って焦電流が発生し易く、焦電流に因る電圧の高い感度が期待される。しかし、デッドレイヤー(非強誘電層、又は低誘電層)が焦電膜の表面近傍(焦電膜及び電極の間の界面近傍)に存在するので、一般的に焦電膜の強誘電性ひいては焦電性はバルク材に劣る。
【0005】
本発明の一側面の目的は、温度変化に伴って焦電膜の分極値が変化し易く、分極値の変化を検出し易い焦電素子、及び当該焦電素子を含む赤外線センサを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
例えば、下記[1]~[7]の通り、本発明の一側面は、焦電素子及び赤外線センサに関する。
【0007】
[1] 第一電極、第二電極、及び焦電膜を含み、
焦電膜の少なくとも一部は、第一電極及び第二電極の間に配置されており、
焦電膜のヒステリシス曲線は、焦電膜に印加される電界と、電界が印加された焦電膜の分極値と、を示し、
Ec1は、ヒステリシス曲線において分極値が0μC/cm2である2つの抗電界のうち、絶対値が大きい抗電界の値であり、
Ec2は、2つの抗電界のうち、絶対値が小さい抗電界の値であり、
残留分極値Prは、50μC/cm2以上であり、
残留分極値Prは、ヒステリシス曲線において、(Ec1+Ec2)/2である電界における分極値であり、
|Ec1|/|Ec1―Ec2|は、0.55以上である、
焦電素子。
【0008】
[2] 焦電膜は、ペロブスカイト構造を有する金属酸化物を含み、
金属酸化物は、ビスマス、カリウム、及びチタンを含む、
[1]に記載の焦電素子。
【0009】
[3] 金属酸化物は、元素M及び鉄のうち少なくとも一つの元素を更に含み、
元素Mは、マグネシウム及びニッケルのうち少なくとも一つの元素である、
[2]に記載の焦電素子。
【0010】
[4] 焦電膜は、金属酸化物の正方晶を含み、
焦電膜は、上記正方晶の(001)面に垂直な方向において分極する、
[2]又は[3]に記載の焦電素子。
【0011】
[5] 第一電極は、白金の結晶を含み、
白金の結晶の(002)面が、上記正方晶の(001)面に平行である、
[4]に記載の焦電素子。
【0012】
[6] 焦電膜は、エピタキシャル膜である、
[1]~[5]のいずれか一つに記載の焦電素子。
【0013】
[7] 少なくとも一つの中間層を更に含み、
中間層は、第一電極と焦電膜との間に配置されており、
中間層は、LaNiO3及びSrRuO3のうち少なくともいずれかを含む、
[1]~[6]のいずれか一つに記載の焦電素子。
【0014】
[8] ヒステリシス曲線の測定中の焦電膜の温度は、25℃である、
[1]~[7]のいずれか一つに記載の焦電素子。
【0015】
[9] [1]~[8]のいずれか一つに記載の焦電素子を含む、
赤外線センサ。
【発明の効果】
【0016】
本発明の一側面によれば、温度変化に伴って焦電膜の分極値が変化し易く、分極値の変化を検出し易い焦電素子、及び当該焦電素子を含む赤外線センサが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】
図1は、本発明の一実施形態に係る焦電素子の模式的な斜視図である。
【
図2】
図2は、本発明の一実施形態に係る焦電素子中の焦電膜の模式的なヒステリシス曲線である。
【
図3】
図3は、ペロブスカイト構造を有する金属酸化物(正方晶)の単位胞の斜視図であり、ペロブスカイト構造における各元素の配置を示す。
【
図4】
図4は、ペロブスカイト構造を有する金属酸化物(正方晶)の単位胞の斜視図であり、正方晶の各格子面、及び各格子面の方位を示す。
【
図5】
図5は、本発明の一実施形態に係る焦電素子を含む赤外線センサの模式的な回路図の一例である。
【
図6】
図6は、実施例4及び比較例1其々の焦電膜のヒステリシス曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、図面を参照しながら、本発明の好適な実施形態が説明される。図面において、同等の構成要素には同等の符号が付される。本発明は下記実施形態に限定されるものではない。
図1に示されるX,Y及びZは、互いに直交する3つの座標軸を意味する。Z軸の方向は、
図1及び
図4に共通する。
【0019】
(焦電素子)
本実施形態に係る焦電素子は、第一電極、第二電極、及び焦電膜を含む。焦電膜は、焦電体(pyroelectric material)から形成されている。焦電体とは、電界が印加されていない状態において自発的に分極しており、且つ、温度変化に伴って分極値(表面の単位面積当たりの表面電荷)が変化する誘電体(dielectric material)である。焦電膜は、強誘電体(ferroelectric material)であってよい。強誘電体とは、焦電体の一種であり、印加される電界の向きの反転に応じて、分極(電気双極子)の向き(換言すれば表面電荷の正負)が反転する誘電体である。
【0020】
焦電膜の一部又は全体は、第一電極及び第二電極の間に配置されている。換言すれば、焦電膜は、第一電極に直接又は間接的に重なり、第二電極は、焦電膜に直接又は間接的に重なる。焦電膜の一部又は全体が、第一電極及び第二電極の間に配置されている限り、焦電素子の構造は限定されない。例えば、
図1に示されるように、本実施形態に係る焦電素子10は、結晶質基板1と、結晶質基板1に重なる第一電極2(下部電極)と、第一電極2に重なる焦電膜3と、焦電膜3に重なる第二電極4(上部電極)と、第一電極2及び第二電極4と電気的に接続された検出部7と、を含んでよい。第一電極2は、第一電極層と言い換えられてよい。第二電極4は、第二電極層と言い換えられてよい。
【0021】
焦電膜3の表面(例えば主面)の少なくとも一部は、赤外線IRが照射される受光部として、露出していてよい。主面とは、多面体(薄い立体である焦電膜3)が有する複数の表面のうち最も面積が広い面である。ただし、焦電膜3における受光面の位置は限定されない。焦電素子10は、赤外線が透過する光学レンズを含んでよく、光学レンズが、焦電膜3の表面(受光面)に直接又は間接的に重なっていてよい。例えば、赤外線を透過する光学レンズは、ゲルマニウム(Ge)、カルコゲナイドガラス、及びシリコン(Si)からなる群より選ばれる少なくともの一種の材料から形成されていてよい。焦電素子10は、赤外線が透過する光学フィルターを含んでよく、光学フィルターが、焦電膜3の表面(受光面)に直接又は間接的に重なっていてもよい。
【0022】
焦電素子10は、少なくとも一つの中間層を更に含んでよい。例えば、焦電素子10は第一中間層5を含んでよい。第一中間層5は結晶質基板1と第一電極2との間に配置されてよい。第一中間層5は結晶質基板1の表面に直接重なっていてよく、第一電極2は第一中間層5の表面に直接重なっていてよい。焦電素子10は第二中間層6を含んでよい。第二中間層6は第一電極2と焦電膜3の間に配置されてよい。第二中間層6は第一電極2の表面に直接重なってよく、焦電膜3は第二中間層6の表面に直接重なっていてよい。結晶質基板1、第一中間層5、第一電極2、第二中間層6、焦電膜3、及び第二電極4其々の厚みは均一であってよい。焦電膜3の厚み方向(Z軸方向)は、第一電極2の表面の法線方向と略平行であってよい。焦電膜3の厚み方向は、焦電膜3の表面の法線方向と言い換えられてよい。換言すれば、焦電膜3の表面は、第一電極2の表面に略平行であってよい。焦電膜3の厚み方向は、焦電膜3の分極方向であってよい。
【0023】
焦電素子10の変形例は、結晶質基板1を含まなくてよい。例えば、第一電極2、焦電膜3、及び第二電極4の形成後、結晶質基板1が除去されてよい。結晶質基板1が電極として機能する場合、結晶質基板1が第一電極2であってよい。つまり、結晶質基板1が電極として機能する場合、焦電素子10の変形例は、結晶質基板1と、結晶質基板1に重なる焦電膜3と、を含んでよい。焦電膜3が結晶質基板1に直接重なっていてよい。焦電膜3が、第一中間層5及び第二中間層6のうち少なくとも一つの中間層を介して、結晶質基板1に重なっていてもよい。
【0024】
下記のメカニズムにより、焦電膜3の分極値の変化が、検出部7によって検出されてよい。以下に記載の「第一表面」とは、焦電膜3の表面において第一電極2と重なる部分であり、「第二表面」とは、焦電膜3の表面において第二電極4をと重なる部分である。「第二表面」は、「第一表面」の裏面と言い換えられてよい。
【0025】
焦電膜3の自発分極により、焦電膜3の第一表面は正に帯電し、焦電膜3の第二表面は負に帯電する。当然に、焦電膜3の第一表面の単位面積当たりの表面電荷(正電荷)の絶対値は、焦電膜3の第二表面の単位面積当たりの表面電荷(負電荷)の絶対値と等しい。
焦電膜3の第一表面を向く第一電極2の表面は負に帯電し、焦電膜3の第一表面における正電荷は、第一電極2の表面における負の浮遊電荷で中和される。つまり、焦電膜3の第一表面の単位面積当たりの表面電荷(正電荷)の絶対値は、第一電極2の表面の単位面積当たりの表面電荷(負電荷)の絶対値と等しい。
焦電膜3の第二表面を向く第二電極4の表面は正に帯電し、焦電膜3の第二表面における負電荷は、第二電極4の表面における正の浮遊電荷で中和される。つまり、焦電膜3の第二表面の単位面積当たりの表面電荷(負電荷)の絶対値は、第二電極4の表面の単位面積当たりの表面電荷(正電荷)の絶対値と等しい。
焦電膜3の温度が一定である状態においては、焦電膜3の第一表面の単位面積当たりの表面電荷(正電荷)、及び焦電膜3の第二表面の単位面積当たりの表面電荷(負電荷)其々の絶対値は、一定である。つまり、焦電膜3の温度が一定である状態においては、焦電膜3の分極値Pは一定である。
焦電膜3の温度変化に伴って、焦電膜3の分極値P(表面の単位面積当たりの表面電荷)が変化する。例えば、赤外線IRの照射等に因る焦電膜3の温度上昇に伴って、焦電膜3の分極値Pが減少する。つまり、焦電膜3の第一表面の正電荷が減少し、焦電膜3の第二表面の負電荷も減少する。その結果、第一電極2の表面の負の浮遊電荷の一部(焦電膜3の第一表面の正電荷と対をなしていた負電荷の一部)は、負の自由電荷になる。第二電極4の表面の正の浮遊電荷の一部(焦電膜3の第二表面の負電荷と対をなしていた正電荷の一部)は、正の自由電荷になる。これらの自由電荷に因る焦電流が発生し、焦電流に因る電圧の変化が検出部7において検出する。
当然ながら、上記の各電荷の正負が反転した場合であっても、上記のメカニズムは成立する。
【0026】
図2に示されるように、焦電膜3のヒステリシス曲線の横軸は、焦電膜3に印加される電界Eの値(単位:kV/mm)を示す。焦電膜3のヒステリシス曲線の縦軸は、電界Eが印加された焦電膜3の分極値P(単位:μC/cm
2)を示す。つまり縦軸は、焦電膜3の表面の単位面積当たりの表面電荷を示す。焦電膜3のヒステリシス曲線は、電界Eの値に対する分極値Pの依存性を示す。焦電膜3のヒステリシス曲線は、電界Eの変化に伴ってループする閉曲線であってよい。ヒステリシス曲線の測定中の焦電膜3の温度は、室温(例えば25℃)であってよい。
焦電膜3に印加される電界Eは、第一電極2及び第二電極4の間の電界と言い換えられてよい。焦電膜3に印加される電界Eは、焦電膜3の主面に略垂直であってよい。換言すれば、焦電膜3に印加される電界Eは、焦電膜3の厚み方向(Z軸方向)に略平行であってよい。後述の通り、焦電膜3は、ペロブスカイト構造を有する金属酸化物の正方晶を含んでよく、焦電膜3に印加される電界Eは、正方晶の(001)面に略垂直であってよい。
【0027】
図2に示されるヒステリシス曲線の一具体例においては、Ps及びPr其々は正の実数であり、Ec1は正の実数であり、Ec2は負の実数である。ただし、Ec1及びEc2其々は、正又は負の実数であってよい。Ec1は、ヒステリシス曲線において分極値Pが0μC/cm
2である2つの抗電界のうち、絶対値が大きい抗電界の値である。Ec2は、2つの抗電界のうち、絶対値が小さい抗電界の値である。つまり、Ec1の絶対値はEc2の絶対値よりも大きい。残留分極値Prは、ヒステリシス曲線において、(Ec1+Ec2)/2である電界Eにおける分極値Pである。飽和分極値Psは、ヒステリシス曲線における分極値Pの最大値である。残留分極値Prは、50μC/cm
2以上である。|Ec1|/|Ec1―Ec2|は、0.55以上である。言うまでもなく、|Ec1|は、Ec1の絶対値であり、|Ec1―Ec2|は、Ec1及びEc2の差(Ec1―Ec2)の絶対値である。ヒステリシス曲線における負の残留分極値Pr’の絶対値は、ヒステリシス曲線における正の残留分極値Prと等しくてよい。ヒステリシス曲線における負の飽和分極値Ps’の絶対値は、ヒステリシス曲線における正の飽和分極値Psと等しくてよい。
【0028】
0.55以上である|Ec1|/|Ec1―Ec2|、つまり電界Eに対するヒステリシス曲線の偏り(インプリント現象)は、焦電膜3の結晶構造が、大きい格子応力に起因する高い異方性を有すること、を示している。焦電膜3が大きい格子応力に因る高い異方性を有するので、分極処理無しで焦電膜3の自発分極が起き易く、焦電膜3は大きい残留分極値Pr(50μC/cm2以上である残留分極値Pr)を有することができる。つまり、焦電膜3に作用する大きい格子応力に因り、焦電膜3は強誘電性及び焦電性を有する。例えば、格子応力は、焦電膜3及び第一電極2の間の格子不整合に起因する。この格子応力が、焦電膜3の結晶構造を、焦電膜3の厚み方向(Z軸方向)において伸長させる。その結果、焦電膜3の厚み方向が分極方向になる。焦電膜3及び第一電極2の温度上昇に伴って、第一電極2が熱膨張し、焦電膜3及び第一電極2の間の格子不整合が低減され、強誘電性及び焦電性の原因である格子応力が容易に緩和される。したがって、焦電膜3及び第一電極2の温度上昇に伴って、焦電膜3の分極値Pが著しく減少する。以上の理由から、焦電膜3の温度上昇に伴う分極値Pの減少を容易に検出することができる。焦電膜3及び第一電極2の温度上昇後、焦電膜3及び第一電極2の温度低下(自然冷却)に伴って再び大きい格子応力が生じ、格子応力に因る焦電膜3の自発分極が復元される。上述された分極値Pの温度依存性は、圧電薄膜素子の動作の安定性にとって不利な特性であるが、焦電素子10にとって有利な特性である。
【0029】
焦電素子10に係る上記効果は、以下のように言い換えられる。
残留分極値Prが50μC/cm2以上であり、|Ec1|/|Ec1―Ec2|が0.55以上であることに因り、焦電素子10は、大きい焦電係数pと、大きい焦電性能指数Fvを有することができる。
焦電係数p(単位:C/cm2・℃)は、dP/dTと表される。dTは、焦電膜3の温度変化量である。dPは、焦電膜3の温度変化に伴う焦電膜3の自発分極値(残留分極値Pr)の変化量である。dPは、焦電膜3の温度変化に伴う焦電流の変化量と言い換えられてよい。焦電係数pが大きいほど、温度変化に伴って焦電膜3の分極値Pが変化し易い。例えば、焦電膜3の焦電係数pは、5.3×10-8C/cm2・℃以上8.1×10-8C/cm2・℃以下であってよい。
焦電性能指数Fv(単位:C・cm/J)は、p/(cV・εr)と表される。pは上記の焦電係数である。cVは、焦電膜3の定容比熱(単位:J/cm3・℃)である。εrは、焦電膜3の比誘電率(単位:無し)である。焦電性能指数Fvが大きいほど、分極値Pの変化を電圧の変化として検出し易い。つまり、焦電性能指数Fvが大きいほど、焦電素子10の電圧感度は高い。焦電係数pが大きいほど、焦電性能指数Fvは大きい。定容比熱cVが小さいほど、焦電性能指数Fvは大きい。比誘電率εrが小さいほど、焦電性能指数Fvは大きい。焦電流は非常に微弱であるので、焦電流自体を直接的に測定することは困難である。しかし、大きい焦電性能指数Fvを有する焦電素子10によれば、焦電流(分極値Pの変化)に起因する電圧の変化を容易に検出することができる。例えば、焦電膜3の焦電性能指数Fvは、1.2×10-10C・cm/J以上3.1×10-10C・cm/J以下であってよい。
【0030】
焦電素子10が大きい焦電係数pと大きい焦電性能指数Fvを有し易いという理由から、残留分極値Prは、50μC/cm2以上120μC/cm2以下、50μC/cm2以上101μC/cm2以下、又は60μC/cm2以上101μC/cm2以下であってよい。同様の理由から、|Ec1|/|Ec1―Ec2|は、0.55以上1.00未満、0.55以上0.89以下、又は0.56以上0.89以下であってよい。
【0031】
焦電膜3に作用する格子応力が大きいほど、抗電界Ec1の絶対値は大きく、抗電界Ec1の絶対値が大きいほど、分極値Pの温度依存性は大きい。|Ec1|/|Ec1―Ec2|が0.55以上である限り、Ec1は限定されない。例えば、Ec1は、40kV/mm以上100kV/mm以下、又は47kV/mm以上75kV/mm以下であってよい。|Ec1|/|Ec1―Ec2|が0.55以上である限り、Ec2は限定されない。例えば、Ec2は、-40kV/mm以上-1kV/mm以下、又は-37kV/mm以上-9kV/mm以下であってよい。
【0032】
焦電膜3は、エピタキシャル膜であってよい。焦電膜3がエピタキシャル膜である場合、焦電膜3及び第一電極2の間の格子不整合に起因する格子応力が生じ易く、格子応力が、焦電膜3の結晶構造を、焦電膜3の厚み方向(Z軸方向)において伸長させ易い。その結果、焦電膜3が異方性(換言すれば、強誘電性及び焦電性)を有し易い。例えば、焦電膜3中の結晶の格子定数が、第一電極2中の結晶の格子定数よりも大きい場合、焦電膜3及び第一電極2の間の界面に平行な方向において、格子不整合に起因する圧縮応力が焦電膜3へ作用する。その結果、焦電膜3の結晶構造が、上記界面に平行な方向において圧縮され、上記界面に垂直な方向(つまり、焦電膜3の厚み方向)において伸長する。
【0033】
焦電膜3は、ペロブスカイト構造を有する金属酸化物を含んでよい。例えば、金属酸化物は、ビスマス(Bi)、ランタン(La)、イットリウム(Y)、カリウム(K)、ナトリウム(Na)、リチウム(Li)、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、マグネシウム(Mg)、ニッケル(Ni)、亜鉛(Zn)、鉄(Fe)、マンガン(Mn)、コバルト(Co)及びカリウム(Ga)からなる群より選ばれる少なくとも二種の元素を含んでよい。
【0034】
金属酸化物が、格子応力に因る異方性(強誘電性及び焦電性)を有する正方晶になり易く、焦電係数p及び焦電性能指数Fvが増加し易いことから、金属酸化物は、ビスマス、カリウム、及びチタンを含んでよい。同様の理由から、金属酸化物は、ビスマス、カリウム、及びチタンに加えて、元素M及び鉄のうち少なくとも一つの元素を更に含んでよく、元素Mは、マグネシウム及びニッケルのうち少なくとも一つの元素であってよい。金属酸化物は、ビスマス、カリウム、チタン、元素M、及び鉄の全てを含んでもよい。金属酸化物は、焦電膜3の主成分である。焦電膜3において、上記金属酸化物を構成する全元素の割合は、99%モル以上100モル%以下であってよい。焦電膜3は、金属酸化物のみからなっていてよい。焦電膜3の焦電性が損なわれない限りにおいて、焦電膜3は、Bi、K、Ti、元素M、Fe及びOに加えて、他の元素を含んでもよい。焦電膜3は、鉛(Pb)を含まなくてよい。例えば、焦電膜3は、チタン酸ジルコン酸鉛等の鉛の酸化物を含まなくてよい。
【0035】
以下に記載の「ペロブスカイト型酸化物」は、ペロブスカイト構造を有する上記金属酸化物を意味する。焦電膜3は、ペロブスカイト型酸化物の単結晶からなっていてよい。焦電膜3は、ペロブスカイト型酸化物の多結晶からなっていてもよい。ペロブスカイト型酸化物の単位胞は、
図3に示される。単位胞ucのAサイトに位置する元素は、Bi又はKであってよい。単位胞ucのBサイトに位置する元素は、Ti、Mg、Ni又はFeであってよい。
図3に示される単位胞ucは、
図4に示される単位胞ucと同じである。ただし、
図4では、格子面を示すために、単位胞uc中のBサイト及び酸素(O)が省略されている。aは、ペロブスカイト型酸化物の(100)面の間隔に相当する格子定数である。bは、ペロブスカイト型酸化物の(010)面の間隔に相当する格子定数である。cは、ペロブスカイト型酸化物の(001)面の間隔に相当する格子定数である。
【0036】
焦電膜3は、常温、又はペロブスカイト型酸化物のキュリー温度以下である温度において、ペロブスカイト型酸化物の正方晶(tetragonal crystal)を含んでよい。上述の通り、格子応力が焦電膜3に作用し易いため、焦電膜3が厚み方向(Z軸方向)に略垂直な方向において収縮し易い。その結果、焦電膜3中のペロブスカイト型酸化物の格子定数a及びb其々が、焦電膜3の厚み方向(Z軸方向)におけるペロブスカイト型酸化物の格子定数cよりも小さくなり、ペロブスカイト型酸化物が正方晶になる。その結果、焦電膜3が優れた焦電性及び強誘電性を有し易く、焦電係数p及び焦電性能指数Fvが増加し易い。焦電膜3に含まれるペロブスカイト型酸化物の全てが正方晶であってよい。焦電膜3は、ペロブスカイト型酸化物の正方晶に加えて、ペロブスカイト型酸化物の立方晶(cubic crystal)、及びペロブスカイト型酸化物の菱面体晶(rhombohedral crystal)のうち一方又は両方を更に含んでもよい。
【0037】
正方晶の(001)面は、焦電膜3の厚み方向(Z軸方向)において配向していてよい。換言すれば、正方晶の(001)面は、焦電膜3の主面の法線方向(Z軸方向)において配向していてよい。上述された組成を有するペロブスカイト型酸化物が分極し易い方位は、[001]である。つまり、焦電膜3は、分極処理を経ることなく、正方晶の(001)面に垂直な方向(c軸方向)において自発的に分極する。c軸方向においける正方晶の自発的な分極に因り、残留分極値Prが増加し易く、抗電界Ec1の絶対値が増加し易い。つまり、正方晶の(001)面が焦電膜3の厚み方向(Z軸方向)において配向していることにより、焦電膜3が優れた焦電性及び強誘電性を有し易く、焦電係数p及び焦電性能指数Fvが増加し易い。同様の理由から、正方晶のc/aは、1.05以上1.20以下、又は1.05以上1.14以下であってよい。例えば、正方晶の格子定数aは、0.375Å以上0.395Å以下であってよい。例えば、正方晶の格子定数cは、0.430Å以上0.450Å以下であってよい。正方晶の格子定数bは、格子定数aに等しい。
【0038】
ペロブスカイト型酸化物(正方晶)の各格子面の配向の程度は、配向度によって定量化されてよい。各格子面の配向度は、各格子面に由来する回折X線のピークに基づいて算出されてよい。各格子面に由来する回折X線のピークは、焦電膜3の表面におけるOut оf Plane測定によって測定されてよい。(001)面の配向度は、100×I(001)/ΣI(hkl)と表されてよい。(110)面の配向度は、100×I(110)/ΣI(hkl)と表されてよい。(111)面の配向度は、100×I(111)/ΣI(hkl)と表されてよい。I(001)は、(001)面に由来する回折X線のピークの最大値である。I(110)は、(110)面に由来する回折X線のピークの最大値である。I(111)は、(111)面に由来する回折X線のピークの最大値である。ΣI(hkl)は、I(001)+I(110)+I(111)である。(001)面の配向度は、100×S(001)/ΣS(hkl)と表されてもよい。(110)面の配向度は、100×S(110)/ΣS(hkl)と表されてもよい。(111)面の配向度は、100×S(111)/ΣS(hkl)と表されてもよい。S(001)は、(001)面に由来する回折X線のピークの面積(ピークの積分)である。S(110)は、(110)面に由来する回折X線のピークの面積(ピークの積分)である。S(111)は、(111)面に由来する回折X線のピークの面積(ピークの積分)である。ΣS(hkl)は、S(001)+S(110)+S(111)である。各格子面の配向の程度は、ロットゲーリング(Lotgering)法に基づく配向度によって定量化されてもよい。
【0039】
焦電膜3の焦電性及び強誘電性が向上し易く、焦電係数p及び焦電性能指数Fvが増加し易いことから、正方晶の(001)面が優先的に焦電膜3の厚み方向(Z軸方向)において配向していることが好ましい。つまり、(001)面の配向度は、(110)面及び(111)面其々の配向度よりも高いことが好ましい。例えば、(001)面の配向度は、70%以上100%以下、好ましくは80%以上100%以下、より好ましくは90%以上100%以下であってよい。
【0040】
焦電膜3とは対照的に、立方晶構造又は擬立方晶(pseudo cubic crystal)構造を有する焦電体のバルクを歪ませて焦電体のバルクを正方晶にすることは難しい。したがって、焦電体のバルクはペロブスカイト型酸化物の正方晶に起因する焦電性及び強誘電性を有し難い傾向がある。
【0041】
以下に記載の結晶配向性とは、正方晶の(001)面が焦電膜3の厚み方向(Z軸方向)において配向していることを意味する。
【0042】
焦電膜3は、気相成長法又は溶液法によって形成されるエピタキシャルな薄膜であるので、焦電膜3は上記の結晶配向性を有し易い。一方、焦電膜3と同じ組成を有する焦電体のバルクは、焦電膜3に比べて上記の結晶配向性を有し難い傾向がある。焦電体のバルクは、焦電体の必須元素を含む粉末の焼結体(セラミックス)であり、焼結体を構成する多数の結晶の構造及び配向性を制御することが困難であるからである。焦電体のバルクがFeを含むことに起因して、焦電体のバルクの比抵抗率は焦電膜3に比べて低い。その結果、リーク電流が焦電体のバルクにおいて発生し易い。したがって、高い電界の印加によって焦電体のバルクを分極させることは困難であり、焦電体のバルクが自発的に分極することも困難である。以上の理由から、焦電体のバルクが焦電膜3と同様の焦電性及び強誘電性を有することは困難である。
【0043】
焦電膜3に含まれるペロブスカイト型酸化物は、下記化学式1で表されてよい。下記化学式1は、下記化学式1aと実質的に同じである。ペロブスカイト型酸化物が下記化学式1で表される場合、ペロブスカイト型酸化物が、格子応力に因る異方性(強誘電性及び焦電性)を有する正方晶になり易く、正方晶が上記の結晶配向性を有し易く、焦電係数p及び焦電性能指数Fvが増加し易い。従来の一般的な強誘電体のキュリー温度は高く、従来の一般的な強誘電体は分極値Pの温度依存性に乏しい。しかし、下記化学式1で表されるペロブスカイト型酸化物は、強誘電性を有するにもかかわらず、分極値Pの温度依存性に優れている。
x(BiαK1-α)TiO3‐yBi(MβTi1-β)O3‐zBiFeO3 (1)
(BiαK1-α)xBiy+zTix(MβTi1-β)yFezO3±δ (1a)
【0044】
上記化学式1中のx、y及びz其々は、実数(単位:モル)である。x+y+zは1である。上記化学式1中のxは、0より大きく1以下である。上記化学式1中のyは、0以上1未満である。上記化学式1中のzは、0以上1未満である。上記化学式1中のαは、0より大きく1未満である。上記化学式1中のβは、0より大きく1未満である。例えば、αは0.5であってよく、βは0.5であってよい。上記化学式1中のMは、MgγNi1-γと表される。γは、0以上1以下である。ペロブスカイト型酸化物中のBi及びKのモル数の合計値が[A]と表されてよい。ペロブスカイト型酸化物中のTi、Fe及び元素Mのモル数の合計値が[B]と表されてよい。[A]/[B]は1.0であってよい。ペロブスカイト構造が維持される限りにおいて、[A]/[B]は1.0以外の値であってよい。つまり、[A]/[B]は1.0未満であってよく、1.0より大きくてもよい。上記化学式1aにおけるδは、0以上である。ペロブスカイト構造が維持される限りにおいてδは、0以外の値であってもよい。例えば、δは、0より大きく1.0以下であってよい。δは、例えば、ペロブスカイト構造のAサイトのイオン及びBサイトのイオン其々の価数から算出されてよい。各イオンの価数は、X線光電子分光(XPS)法により測定されてよい。
【0045】
以下では、(BiαK1-α)TiO3は、BKTと表記される。Bi(MβTi1-β)O3は、BMTと表記される。BiFeO3は、BFOと表記される。BKT及びBMTの和で表される組成を有する金属酸化物は、BKT‐BMTと表記される。上記化学式1で表される組成を有する金属酸化物は、xBKT‐yBMT‐zBFOと表記される。BKT、BMT、BFO、BKT‐BMT、BKT‐BFO、及びxBKT‐yBMT‐zBFO其々の結晶は、ペロブスカイト構造を有している。
【0046】
BKTの結晶は、常温において正方晶であり、BKTは強誘電体である。BMTの結晶は、常温において菱面体晶であり、BMTは強誘電体である。BFOの結晶は、常温において菱面体晶であり、BFOのバルクは強誘電体である。BKT‐BMTからなる薄膜は、常温において正方晶である。BKT‐BMTの正方晶のc/aは、BKTのc/aよりも大きい傾向がある。BKT‐BMTからなる薄膜は、BKTからなる薄膜及びBMTからなる薄膜に比べて、強誘電性に優れている。xBKT‐yBMT‐zBFOからなる薄膜は、常温において正方晶になり易い傾向がある。xBKT‐yBMT‐zBFOの正方晶のc/aは、BKT‐BMTのc/aよりも大きい傾向がある。xBKT‐yBMT‐zBFOからなる薄膜は、BKT‐BMTからなる薄膜に比べて、強誘電性に優れている。焦電膜3の強誘電性は、xBKT‐yBMT‐zBFOの組成がモルフォトロピック相境界(Morphotropic PhaseBoundary,MPB)を有していることに起因している、と推察される。ただし、焦電膜3は正方晶系に属するので、焦電膜3の強誘電性は単にMPBのみに起因するものではない、と推察される。焦電膜3が強誘電性を有することにより、焦電係数p及び焦電性能指数Fvが増加し易い。焦電膜3とは対照的に、xBKT‐yBMT‐zBFOのバルクに含まれる結晶は擬立方晶であり、xBKT‐yBMT‐zBFOのバルクは焦電膜3に比べて上記の結晶配向性及び強誘電性を有し難い傾向がある。
【0047】
上記化学式1中のxは0.25以上1.00以下であってよく、上記化学式1中のyは0.00以上0.50以下であってよく、上記化学式1中のzは0.00以上0.50以下であってよい。xは0.100以上0.450以下であってよく、yは0.100以上0.500以下であってよく、zは0.300以上0.600以下であってよい。xは0.100以上0.400以下であってよく、yは0.100以上0.400以下であってよく、zは0.400以上0.600以下であってよい。xは0.150以上0.350以下であってよく、yは0.150以上0.350以下であってよく、zは0.300以上0.600以下であってよい。xは0.250以上0.300以下であってよく、yは0.250以上0.300以下であってよく、zは0.400以上0.600以下であってよい。x、y及びzが上記の範囲であり、且つx+y+zが1である場合、xBKT‐yBMT‐zBFOの組成がMPBを有し易く、焦電膜3の焦電性及び強誘電性が向上し易い。
【0048】
焦電膜3の厚みは、例えば、10nm以上10μm以下、0.3μm以上10μm以下、0.3μm以上5μm以下、0.5μm以上5μm以下、0.3μm以上3μm以下、又は0.5μm以上3μm以下であってよい。焦電膜3の面積は、例えば、1μm2以上500mm2以下であってよい。結晶質基板1、第一中間層5、第一電極2、第二中間層6、及び第二電極4其々の面積は、焦電膜3の面積と同じであってよい。
【0049】
焦電膜3の組成は、例えば、蛍光X線分析法(XRF法)又は誘導結合プラズマ(ICP)発光分光法によって分析されてよい。焦電膜3の結晶構造及び結晶配向性は、X線回折(XRD)法によって特定されてよい。
【0050】
焦電膜3は、例えば、以下の方法により形成されてよい。
【0051】
焦電膜3の原料としては、焦電膜3と同様の組成を有するターゲットが用いられてよい。ターゲットの作製方法は、次の通りである。
【0052】
出発原料として、例えば、酸化ビスマス、炭酸カリウム、酸化チタン、元素Mの酸化物、及び酸化鉄其々の粉末が用いられてよい。元素Mの酸化物は、酸化マグネシウム及び酸化ニッケルのうち少なくともいずれかであってよい。出発原料として、上記の酸化物に代えて、炭酸塩又はシュウ酸塩等のように、焼成(sintering)により酸化物になる物質が用いられてよい。これらの出発原料を100℃以上で十分に乾燥した後、Bi、K、Ti、元素M及びFe其々のモル数が、上記化学式1で規定された範囲内になるように、各出発原料が秤量される。後述される気相成長法において、ターゲット中のBi及びKは、他の元素に比べて揮発し易い。したがって、ターゲット中のBiのモル比は、焦電膜3中のBiのモル比よりも高い値に調整されてよい。ターゲット中のKのモル比は、焦電膜3中のKのモル比よりも高い値に調整されてよい。
【0053】
秤量された出発原料は、有機溶媒又は水の中で十分に混合される。混合時間は、5時間以上20時間以下であってよい。混合手段は、ボールミルであってよい。混合後の出発原料を十分乾燥した後、出発原料はプレス機で成形される。成形された出発原料が仮焼き(calcine)されることより、仮焼物が得られる。仮焼きの温度は、750℃以上900℃以下であってよい。仮焼きの時間は、1時間以上3時間以下であってよい。仮焼物は、有機溶媒又は水の中で粉砕される。粉砕時間は、5時間以上30時間以下であってよい。粉砕手段は、ボールミルであってよい。粉砕された仮焼物の乾燥後、バインダー溶液が加えられた仮焼物を造粒することにより、仮焼物の粉が得られる。仮焼物の粉のプレス成形により、ブロック状の成形体(cоmpact)が得られる。
【0054】
ブロック状の成形体を加熱することにより、成形体中のバインダーを揮発させる。加熱温度は、400℃以上800℃以下であってよい。加熱時間は、2時間以上4時間以下であってよい。続いて、成形体が焼成(sinter)される。焼成温度は、800℃以上1100℃以下であってよい。焼成時間は、2時間以上4時間以下であってよい。焼成過程における成形体の昇温速度及び降温速度は、例えば50℃/時間以上300℃/時間以下であってよい。
【0055】
以上の工程により、ターゲットが得られる。ターゲットに含まれる金属酸化物の結晶粒の平均粒径は、例えば、1μm以上20μm以下であってよい。
【0056】
上記ターゲットを用いた気相成長法によって、焦電膜3が形成されてよい。気相成長法では、真空雰囲気下において、ターゲットを構成する元素を蒸発させる。蒸発した元素が、第二中間層6、第一電極2、又は結晶質基板1のいずれかの表面に付着及び堆積することにより、焦電膜3が成長する。気相成長法は、例えば、スパッタリング法、電子ビーム蒸着法、化学蒸着法(Chemical Vapor Deposition)法、又はパルスレーザー堆積(Pulsed-laser deposition)法であってよい。以下では、パルスレーザー堆積法が、PLD法と表記される。これらの気相成長法を用いることによって、原子レベルで緻密である焦電膜3を形成することが可能であり、焦電膜3中における元素の偏析が抑制される。気相成長法の種類に依って、励起源が異なる。スパッタリング法の励起源は、Arプラズマである。電子ビーム蒸着法の励起源は、電子ビームである。PLD法の励起源は、レーザー光(例えば、エキシマレーザー)である。これらの励起源がターゲットに照射されると、ターゲットを構成する元素が蒸発する。
【0057】
上記の気相成長法の中でも、以下の点において、PLD法が比較的に優れている。PLD法では、パルスレーザーにより、ターゲットを構成する各元素を、一瞬で斑なくプラズマ化させることができる。したがって、ターゲットとほぼ同じ組成を有する焦電膜3が形成され易い。またPLD法では、レーザーパルスのショット数を変えることで、焦電膜3の厚みを制御し易い。
【0058】
上述の通り、焦電膜3はエピタキシャル膜であってよい。つまり、焦電膜3は、エピタキシャル成長によって形成されていてよい。エピタキシャル成長により、焦電膜3中のペロブスカイト型酸化物が、格子応力に因る異方性を有する正方晶になり易く、結晶配向性に優れた焦電膜3が形成され易い。焦電膜3がPLD法によって形成される場合、焦電膜3がエピタキシャル成長によって形成され易い。
【0059】
PLD法では、真空チャンバー内における結晶質基板1及び第一電極2を加熱しながら、焦電膜3が形成されてよい。結晶質基板1及び第一電極2の温度(成膜温度)は、例えば、300℃以上800℃以下、500℃以上700℃以下、又は500℃以上600℃以下であればよい。成膜温度が高いほど、結晶質基板1又は第一電極2の表面の清浄度が改善され、焦電膜3の結晶性が高まり、その格子面の配向度が高まり易い。成膜温度が高過ぎる場合、Bi又はKが焦電膜3から脱離し易く、焦電膜3の組成が制御され難い。
【0060】
PLD法では、真空チャンバー内の酸素分圧は、例えば、10mTorrより大きく400mTorr未満、15mTorr以上300mTorr以下、又は20mTorr以上200mTorr以下であってよい。換言すると、真空チャンバー内の酸素分圧は、例えば、1Paより大きく53Pa未満、2Pa以上40Pa以下、又は3Pa以上30Pa以下であってよい。酸素分圧を上記範囲内に維持することにより、結晶質基板1の上に堆積したBi,K、Ti、元素M、及びFeが十分に酸化され易い。酸素分圧が高過ぎる場合、焦電膜3の成長速度が低下し易く、焦電膜3の格子面の配向度が低下し易い。
【0061】
PLD法で制御される上記以外のパラメータは、例えば、レーザー発振周波数、及び基板とターゲットとの間の距離などである。これらのパラメータの制御によって、焦電膜3の結晶構造及び結晶配向性が制御され易い。例えば、レーザー発振周波数が10Hz以下である場合、焦電膜3の格子面の配向度が高まり易い。
【0062】
焦電膜3が成長した後、焦電膜3のアニール処理(加熱処理)が行われてよい。アニール処理における焦電膜3の温度(アニール温度)は、例えば、300℃以上1000℃以下、600℃以上1000℃以下、又は850℃以上1000℃以下であってよい。焦電膜3のアニール処理により、焦電膜3の焦電性及び強誘電性が更に向上する傾向がある。特に850℃以上1000℃以下でのアニール処理により、焦電膜3の焦電性及び強誘電性が向上し易い。ただし、アニール処理は必須でない。
【0063】
結晶質基板1は、例えば、Siの単結晶からなる基板、又はGaAs等の化合物半導体の単結晶からなる基板であってよい。結晶質基板1は、MgO又はペロブスカイト型酸化物(例えばSrTiO3)等の酸化物の単結晶からなる基板であってもよい。結晶質基板1の厚みは、例えば、10μm以上1000μm以下であってよい。結晶質基板1が導電性を有する場合、結晶質基板1が電極として機能するので、第一電極2はなくてもよい。導電性を有する結晶質基板1は、例えば、ニオブ(Nb)がドープされたSrTiO3の単結晶であってよい。結晶質基板1は、SOI(Silicon-on-Insulator)基板であってもよい。
【0064】
結晶質基板1の結晶方位は、結晶質基板1の表面の法線方向と等しくてよい。つまり、結晶質基板1の表面は、結晶質基板1中の格子面と平行であってよい。結晶質基板1は一軸配向基板であってよい。例えば、(100)面、(001)面、(110)面、(101)面、及び(111)面からなる群より選ばれる一つの格子面が、結晶質基板1の表面と平行であってよい。結晶質基板1(例えばSi)の(100)面が結晶質基板1の表面と平行である場合、焦電膜3中のペロブスカイト型酸化物の(001)面が、焦電膜3の厚み方向(Z軸方向)において配向し易い。
【0065】
上述の通り、第一中間層5が、結晶質基板1と第一電極2との間に配置されていてよい。第一中間層5は、例えば、チタン(Ti)、クロム(Cr)、酸化チタン(TiO2)、酸化ケイ素(SiO2)、及び酸化ジルコニウム(ZrO2)からなる群より選ばれる少なくとも一つを含んでよい。第一中間層5を介することにより、第一電極2が結晶質基板1に密着し易い。第一中間層5は、結晶質であってよい。第一中間層5の格子面が、結晶質基板1の表面の法線方向において配向していてよい。結晶質基板1の格子面と、第一中間層5の格子面と、の両方が、結晶質基板1の表面の法線方向において配向してよい。第一中間層5の形成方法は、スパッタリング法、真空蒸着法、印刷法、スピンコート法、又はゾルゲル法であってよい。
【0066】
第一中間層5は、ZrO2及び希土類元素の酸化物を含んでよい。第一中間層5が、ZrO2及び希土類元素の酸化物を含むことにより、白金の結晶からなる第一電極2が第一中間層5の表面に形成され易く、白金の結晶の(002)面が、第一電極2の表面の法線方向(Z軸方向)において配向し易く、白金の結晶の(200)面が、第一電極2の表面の面内方向において配向し易い。希土類元素は、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)、ランタン(La)、セリウム(Ce)、プラセオジム(Pr)、ネオジム(Nd)、プロメチウム(Pm)、サマリウム(Sm)、ユウロピウム(Eu)、ガドリウム(Gd)、テルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、ツリウム(Tm)、イッテルビウム(Yb)、及びルテチウム(Lu)からなる群より選ばれる少なくとも一種であってよい。第一中間層5は、イットリア安定化ジルコニア(Y2O3が添加されたZrO2)からなっていてよい。第一中間層5がイットリア安定化ジルコニアからなることにより、白金の結晶からなる第一電極2が第一中間層5の表面に形成され易く、白金の結晶の(002)面が、第一電極2の表面の法線方向(Z軸方向)において配向し易く、白金の結晶の(200)面が、第一電極2の表面の面内方向において配向し易い。同様の理由から、第一中間層5は、ZrO2からなる第一層と、Y2O3からなる第二層とを有してよい。第一層は、結晶質基板1の表面に直接積層されてよく、第二層は、第一層の表面に直接積層されてよく、第一電極2は、第二層の表面に直接積層されてよい。
【0067】
第一電極2は、例えば、Pt(白金)、Pd(パラジウム)、Rh(ロジウム)、Au(金)、Ru(ルテニウム)、Ir(イリジウム)、Mo(モリブデン)、Ti(チタン)、Ta(タンタル)、及びNi(ニッケル)からなる群より選ばれる少なくとも一種の金属からなっていてよい。第一電極2は、例えば、ルテニウム酸ストロンチウム(SrRuO3)、ニッケル酸ランタン(LaNiO3)、又はコバルト酸ランタンストロンチウム((La,Sr)CoO3)等の導電性金属酸化物からなっていてもよい。第一電極2は、結晶質であってよい。第一電極2の格子面が、結晶質基板1の表面の法線方向において配向していてよい。第一電極2の格子面は、結晶質基板1の表面と略平行であってよい。結晶質基板1の格子面と、第一電極2の格子面と、の両方が、結晶質基板1の表面の法線方向において配向していてよい。第一電極2の格子面が、焦電膜3中において配向するペロブスカイト型酸化物の格子面と略平行であってよい。第一電極2の厚みは、例えば、1nm以上1.0μm以下であってよい。第一電極2の形成方法は、スパッタリング法、真空蒸着法、印刷法、スピンコート法、又はゾルゲル法であってよい。印刷法、スピンコート法、又はゾルゲル法の場合、第一電極2の結晶性を高めるために、第一電極2の加熱処理(アニーリング)が行われてよい。
【0068】
第一電極2は、白金の結晶を含んでよい。第一電極2は、白金の結晶のみからなっていてよい。第一電極2が白金の結晶を含む場合、焦電係数p及び焦電性能指数Fvが増加し易い。白金の結晶は、面心立方格子構造を有する立方晶である。白金の結晶の(002)面が、第一電極2の表面の法線方向(Z軸方向)において配向していてよく、白金の結晶の(200)面が、第一電極2の表面の面内方向において配向していてよい。換言すれば、白金の結晶の(002)面が、第一電極2の表面に略平行であってよく、白金の結晶の(200)面が、第一電極2の表面に略垂直であってよい。白金の結晶の(002)面は、焦電膜3中の正方晶の(001)面と略平行であってよい。第一電極2を構成する白金の結晶の(002)面及び(200)面が上記の配向性を有する場合、焦電膜3が、第一電極2の表面においてエピタキシャルに成長し易く、ペロブスカイト型酸化物(焦電膜3)及び白金の結晶(第一電極2)の間の格子不整合に因る格子応力が焦電膜3に作用し易い。その結果、焦電膜3がペロブスカイト型酸化物の正方晶を含み易く、正方晶の(001)面が焦電膜3の厚み方向(Z軸方向)において優先的に配向し易く、焦電膜3の焦電性及び強誘電性が向上し易い。ペロブスカイト型酸化物及び白金の結晶の温度上昇に伴って、白金の結晶が熱膨張する。その結果、ペロブスカイト型酸化物及び白金の結晶の間の格子不整合が低減され、強誘電性及び焦電性の原因である格子応力が容易に緩和される。したがって、ペロブスカイト型酸化物及び白金の結晶の温度上昇に伴って、分極値Pが著しく減少する。ペロブスカイト型酸化物及び白金の結晶の温度上昇後、ペロブスカイト型酸化物及び白金の結晶の温度低下に伴って再び大きい格子応力が生じ、格子応力に因るペロブスカイト型酸化物の自発分極が復元される。
【0069】
第二中間層6が、第一電極2と焦電膜3との間に配置されていてよい。第二中間層6は、例えば、LaNiO3、SrRuO3、及び(La,Sr)CoO3からなる群より選ばれる少なくとも一つの化合物を含んでよい。第二中間層6に因り、第一電極2及び第二電極4間の抵抗率が増加し易い。第二中間層6を介することにより、焦電膜3が第一電極2に密着し易い。第二中間層6は、結晶質であってよい。第二中間層6がLaNiO3及びSrRuO3のうち少なくともいずれかを含む場合、第二中間層6及び焦電膜3の間の格子不整合に因る格子応力が焦電膜3に作用し易い。その結果、焦電膜3がペロブスカイト型酸化物の正方晶を含み易く、正方晶の(001)面が焦電膜3の厚み方向(Z軸方向)において優先的に配向し易い。第二中間層6の格子面が、第一電極2の表面の法線方向(Z軸方向)において配向していてよい。結晶質基板1の格子面と、第二中間層6の格子面と、の両方が、第一電極2の表面の法線方向(Z軸方向)において配向してよい。第二中間層6の形成方法は、スパッタリング法、真空蒸着法、印刷法、スピンコート法、又はゾルゲル法であってよい。
【0070】
第二電極4は、例えば、例えば、Pt、Pd、Rh、Au、Ru、Ir、Mo、Ti、Ta、及びNiからなる群より選ばれる少なくとも一種の金属からなっていてよい。第二電極4は、酸化インジウムスズ(ITO)等の透明導電膜であってもよい。第二電極4は、例えば、LaNiO3、SrRuO3及び(La,Sr)CoO3からなる群より選ばれる少なくとも一種の導電性金属酸化物からなっていてもよい。第二電極4は、結晶質であってよい。第二電極4の格子面が、焦電膜3の厚み方向(Z軸方向)において配向していてよい。第二電極4の格子面は、焦電膜3の表面と略平行であってよい。第二電極4の格子面は、焦電膜3中において配向する(001)面と略平行であってよい。第二電極4の厚みは、例えば、1nm以上1.0μm以下であってよい。第二電極4の形成方法は、スパッタリング法、真空蒸着法、印刷法、スピンコート法、又はゾルゲル法であってよい。印刷法、スピンコート法、又はゾルゲル法の場合、第二電極4の結晶性を高めるために、第二電極4の加熱処理(アニーリング)が行われてもよい。
【0071】
第三中間層が、焦電膜3と第二電極4との間に配置されていてよい。第三中間層に因り、第一電極2及び第二電極4間の抵抗率が増加し易い。第三中間層を介することにより、第二電極4が焦電膜3に密着し易い。結晶質の第三中間層及び焦電膜3の間の格子不整合に因り、上述された格子応力が焦電膜3に作用し易い。その結果、焦電膜3がペロブスカイト型酸化物の正方晶を含み易く、正方晶の(001)面が焦電膜3の厚み方向(Z軸方向)において優先的に配向し易い。第三中間層の組成、結晶構造及び形成方法は、第二中間層6と同じであってよい。
【0072】
焦電素子10の表面の少なくとも一部又は全体は、保護膜によって被覆されていてよい。焦電素子10を保護膜で被覆することにより、例えば焦電素子10の耐湿性が向上する。
【0073】
(赤外線センサ)
本実施形態に係る赤外線センサは、上述された焦電素子10を含む。赤外線センサの用途は限定されない。赤外線センサは、ヘルスケア、ウェアラブルデバイス、スマートフォン、コネクテッドカー、スマートシティ、及びスマートホーム等の様々な技術に応用されてよい。例えば、赤外線センサの用途は、血糖値センサ、人感センサ、モーションセンサ、赤外イメージセンサ、車載センサ、炎検知センサ、又はガス検知センサであってよい。赤外線センサは、所定の波長領域内にある赤外線を検出対象へ照射し、検出対象から反射された赤外線を受光するために、赤外線の照射装置を含んでよい。例えば、血糖値センサは、人体の一部へ赤外線を照射し、人体を流れる血液中のグルコースが、特定の波長領域内の赤外線を吸収する。グルコースによって吸収されなかった赤外線が人体から反射され、血糖値センサによって検出される。血糖値センサ等の赤外線センサは、非侵襲型センサであってよい。血糖値センサ等の赤外線センサは、ウェアラブルセンサ、又は携帯型センサであってよい。
【0074】
赤外線センサの構造は限定されない。赤外線センサは、一つの焦電素子10を含んでもよい。赤外線センサは、複数の焦電素子10を含んでもよい。赤外線センサは、配列する複数の焦電素子10を含むアレイセンサであってよい。
図5は、人感センサに用いられる赤外線センサ100の回路図の一例である。赤外線センサ100は、2つの焦電素子10a及び10bを含むデュアルタイプのセンサである。2つの焦電素子10a及び10b其々が、第一電極と、第二電極と、第一電極及び第二電極の間に配置される焦電膜と、を含む。2つの焦電素子10a及び10bは直列に接続されている。一方の焦電素子10a中の焦電膜の分極方向は、他方の焦電素子10b中の焦電膜の分極方向と逆である。ゲート抵抗Rと、焦電素子10a及び10bのペアは、電界効果トランジスタ(FET)のゲート(GATE)とグランド(GND)との間において並列に接続されている。ゲート抵抗Rは、インピーダンス変換のためにゲートに接続される。電源(図示されず。)が、電界効果トランジスタのドレイン(DRAIN)に一定の電圧を印加している。人体が赤外線センサ100の近傍において動くことにより、人体の熱に由来する赤外線IRが焦電素子10a及び10b其々の焦電膜において受光される。その結果、各焦電膜の温度が上昇し、各焦電膜の分極値が減少する。人体の動作に伴って焦電素子10a及び10b其々が受光する赤外線量は均一ではないため、焦電流が発生する。焦電流に伴うゲート抵抗Rの両端間の電圧により、ドレイン及びソース(SOURCE)間の電流が制御され、ソースの電圧が変化する。ソースとグランドとの間にはソース抵抗(図示されず。)が設置されており、焦電流に伴ってソース抵抗において生じる電圧が測定される。つまりインピーダンス変換により、微弱な焦電流が、ソース抵抗における電圧の変化として測定される。以上の原理により、人体の動きに伴う赤外線量の変化が、赤外線センサ100によって検知される。本実施形態に係る焦電素子は大きい焦電性能指数Fvを有するので、焦電流に伴ってソース抵抗において生じる電圧を容易に測定することができる。
【0075】
本発明は必ずしも上述された実施形態に限定されるものではない。本発明の趣旨を逸脱しない範囲において、本発明の種々の変更が可能であり、これ等の変更例も本発明に含まれる。例えば、焦電膜の温度変化に伴う焦電膜の電気抵抗の変化が焦電素子において測定されてよい。
【実施例0076】
以下の実施例及び比較例により、本発明が詳細に説明される。本発明は以下の実施例によって限定されるものではない。
【0077】
(実施例1)
実施例1の焦電素子の作製には、Siからなる単結晶基板(Siウェハ)が用いられた。Siの(100)面は、単結晶基板の表面と平行であった。単結晶基板の直径φは3inchであった。単結晶基板の厚みは、400μmであった。
【0078】
真空チャンバー内で、ZrO2及びY2O3からなる結晶質の第一中間層が、単結晶基板の表面全体に形成された。第一中間層は、スパッタリング法により形成された。第一中間層は、ZrO2からなる第一層と、Y2O3からなる第二層とを有していた。第一層は、結晶質基板1の表面に直接積層された。第二層は、第一層の表面に直接積層された。ZrO2からなる第一層の厚みは、20nmであった。Y2O3からなる第二層の厚みは、45nmであった。
【0079】
真空チャンバー内で、Ptの結晶からなる第一電極層が、第一中間層の表面全体に形成された。第一電極層は、スパッタリング法により形成された。第一電極層の厚みは、50nmであった。第一電極層の形成過程における単結晶基板の温度(成膜温度)は、500℃に維持した。
【0080】
以上の方法で作製された積層体の切断加工(ダイシング)により、単結晶基板、第一中間層及び第一電極層からなる複数の矩形の積層体が作製された。つまり、後述される分析及び測定のためのサンプルとして、複数の積層体が作製された。各積層体の積層方向に垂直な方向における各積層体の寸法は、10mm×10mmに調整された。
【0081】
第一電極層の表面におけるOut оf Plane測定により、第一電極層のX線回折(XRD)パターンが測定された。第一電極層の表面におけるIn Plane測定により、第一電極層のXRDパターンが測定された。これらのXRDパターンの測定には、株式会社リガク製のX線回折装置(SmartLab)が用いられた。XRDパターン中の各ピーク強度がバックグラウンド強度に対して少なくとも3桁以上高くなるように、測定条件が設定された。Out оf Plane測定により、Ptの結晶の(002)面の回折X線のピークが検出された。つまり、Ptの結晶の(002)面が、第一電極層の表面に略平行であった。In Plane測定により、Ptの結晶の(200)面の回折X線のピークが検出された。つまり、Ptの結晶の(200)面が、第一電極層の表面に略垂直であった。
【0082】
真空チャンバー内で、結晶質のLaNiO3からなる第二中間層が第一電極層の表面全体に形成された。第二中間層は、スパッタリング法により形成された。第二中間層の厚みは、20nmであった。
【0083】
真空チャンバー内で、エピタキシャルな焦電膜が第二中間層の表面全体に形成された。焦電膜は、PLD法により形成された。実施例1の焦電膜の厚みは、2μmに調整された。焦電膜の形成過程における単結晶基板の温度(成膜温度)は、500℃に維持した。焦電膜の形成過程における真空チャンバー内の酸素分圧は、10Paに維持された。焦電膜の原料には、ターゲット(原料粉末の焼結体)が用いられた。ターゲットの作製の際には、目的とする焦電膜の組成に応じて、原料粉末(酸化ビスマス、炭酸カリウム、酸化チタン、酸化マグネシウム、及び酸化鉄)の配合比が調整された。目的とする実施例1の焦電膜の組成は、下記化学式1bで表される。つまり、焦電膜の原料であるターゲットの組成は、下記化学式1bで表される。実施例1の場合、化学式1b中のxは1.00であり、化学式1b中のy及びz其々は、0.00であった。つまり、実施例1のターゲットは、(Bi0.5K0.5)TiO3のみからなっていた。
x(Bi0.5K0.5)TiO3‐yBi(Mg0.5Ti0.5)O3‐zBiFeO3 (1b)
【0084】
下記表1中のxBKT‐yBMT‐zBFOは、上記化学式1bを意味する。つまり、下記表1中の「BKT」は、(Bi0.5K0.5)TiO3を意味する。下記表1中の「BMT」は、Bi(Mg0.5Ti0.5)O3を意味する。下記表1中の「BFO」は、BiFeO3を意味する。
【0085】
以上の方法で、単結晶基板と、単結晶基板に重なる第一中間層と、第一中間層に重なる第一電極層と、第一電極層に重なる第二中間層と、第二中間層に重なる焦電膜と、を含む積層体が作製された。
【0086】
<組成の分析>
焦電膜の組成が、蛍光X線分析法(XRF法)により分析された。分析には、日本フィリップス株式会社製の装置PW2404を用いた。分析によって特定された実施例1の焦電膜の組成は、ターゲットの組成に一致した。
【0087】
<結晶構造の分析>
焦電膜の表面におけるOut оf Plane測定により、焦電膜のXRDパターンが測定された。焦電膜の表面におけるIn Plane測定により、焦電膜のXRDパターンが測定された。XRDパターンの測定装置及び測定条件は、上記と同様であった。
焦電膜のXRDパターンは、焦電膜がペロブスカイト型酸化物から構成されていることを示していた。Out оf Plane測定により、ペロブスカイト型酸化物の(001)面の回折X線のピークが検出された。つまり、ペロブスカイト型酸化物の(001)面は、焦電膜の表面(主面)に略平行であり、焦電膜の厚み方向に略垂直であった。
Out оf Plane測定により、焦電膜の厚み方向(焦電膜の表面の法線方向)におけるペロブスカイト型酸化物の格子定数cが得られた。格子定数cは、焦電膜の厚み方向における結晶面の間隔と言い換えられる。In Plane測定により、焦電膜の表面に平行な方向におけるペロブスカイト型酸化物の格子定数aが得られた。格子定数aは、焦電膜の表面に垂直な結晶面の間隔と言い換えられる。aはcより小さかった。つまり、焦電膜に含まれるペロブスカイト型酸化物は正方晶であった。
【0088】
<ヒステリシス曲線の測定>
Ptからなる第二電極層を、上記積層体を構成する焦電膜の表面に直接形成することにより、ヒステリシス曲線の測定用の試料(焦電素子)が得られた。第二電極層は、真空チャンバー内でのスパッタリング法により形成された。第二電極層の形成過程における単結晶基板の温度は500℃に維持された。第二電極層の厚みは、200nmであった。ヒステリシス曲線の測定用の試料(焦電素子)は、単結晶基板と、単結晶基板に重なる第一中間層と、第一中間層に重なる第一電極層と、第一電極層に重なる第二中間層と、第二中間層に重なる焦電膜と、焦電膜に重なる第二電極層とを含んでいた。
【0089】
上記試料(焦電素子)を用いて焦電膜のヒステリシス曲線が測定された。測定には、原子間顕微鏡(AFM)と強誘電体評価システムとを組み合わせた装置が用いられた。原子間顕微鏡は、セイコーインスツル株式会社製のSPA‐400であった。強誘電体評価システムは、株式会社東陽テクニカ製のFCEであった。ヒステリシス曲線の測定における交流電圧の周波数は5Hzであった。測定において焦薄膜に印加される電圧の最大値は20Vであった。ヒステリシス曲線の測定中の焦電膜の温度は、室温(25℃)に維持された。
実施例1の残留分極値Prは、下記表1に示される。残留分極値Prは、ヒステリシス曲線において(Ec1+Ec2)/2である電界Eにおける分極値Pである。
実施例1のEc1は、下記表1に示される。Ec1は、ヒステリシス曲線において分極値Pが0μC/cm2である2つの抗電界のうち、絶対値が大きい抗電界の値である。
実施例1のEc2は、下記表1に示される。Ec2は、2つの抗電界のうち、絶対値が小さい抗電界の値である。
実施例1の|Ec1|/|Ec1―Ec2|は、下記表1に示される。
【0090】
<焦電係数pの測定>
ヒステリシス曲線の測定用の試料と同様の方法で、焦電係数pの測定用の試料(焦電素子)が作製された。分極処理後の試料がヒートステージ上に設置された。試料の温度をヒートステージによって上昇させながら、試料において発生する焦電流が各温度において連続的に測定された。試料の温度は、室温から180℃まで連続的に増加した。1℃の温度の変化量に対する焦電流(自発分極値)の変化量が、焦電係数に相当する。実施例1の焦電係数pは、下記表1に示される。下記表1に示される焦電係数pは、50℃から80℃までの範囲における焦電係数の平均値である。焦電係数pの測定には、Keysight Technologies,Inc.製のpAメーターB2987Aを含む自作の装置(非売品)が用いられた。
【0091】
<比誘電率εrの測定>
格子状に並ぶ複数のドット状電極(第二電極)を、上記の積層体を構成する焦電膜の表面に直接形成することにより、静電容量Cの測定用の試料(焦電素子)が得れらた。各ドット状電極は、銀からなっていた。各ドット状電極の直径φは、100μmであった。ドット状電極の間隔は、300μmであった。静電容量Cの測定用の試料(焦電素子)は、単結晶基板と、単結晶基板に重なる第一中間層と、第一中間層に重なる第一電極層と、第一電極層に重なる第二中間層と、第二中間層に重なる焦電膜と、焦電膜に重なる重なる第二電極とを含んでいた。上記試料の静電容量Cが測定された。静電容量Cの測定の詳細は以下の通りであった。
測定装置:Agilent Technologies, Inc.製のLCRメーター(E4980A)
周波数:10kHz
電界:1V/μm
下記数式Aに基づき、静電容量Cの測定値から、焦電膜の比誘電率εrが算出された。数式A中のε0は、真空の誘電率(8.854×10-12Fm-1)である。数式A中のSは、焦電膜の表面の面積である。Sは、焦電膜の表面に重なるドット状電極(銀電極)の総面積と言い換えられる。数式A中のTは、焦電膜の厚みである。
C=ε0×εr×(S/T) (A)
【0092】
<焦電性能指数Fvの算出>
焦電係数p及び比誘電率εr其々の測定値から、実施例1の焦電性能指数Fvが算出された。焦電性能指数Fvは、p/(cV・εr)と表される。一般的に、ペロブスカイト型酸化物である焦電体の定容比熱cVは、おおよそ3.0J/cm3・℃である。したがって、焦電性能指数Fvが算出においては、焦電膜の定容比熱cVとして、3.0J/cm3・℃が用いられた。実施例1の焦電性能指数Fvは、下記表1に示される。
【0093】
(実施例2~6及び比較例1~5)
比較例1では、焦電膜として、PbZr0.5Ti0.5O3からなる薄膜が形成された。
【0094】
下記表1に示される組成を有するターゲットを用いて、実施例2~6及び比較例2~5其々の焦電膜が形成された。
【0095】
比較例4の焦電膜は、実施例2と同じターゲットを用いて作製された。ただし、比較例4の基板の構成は実施例1とは異なっていた。比較例4の第一電極層を構成するPtの結晶は、第一電極層の表面に略平行に配向する(111)面を有していたが、格子面の面内配向性を有していなかった。その結果、比較例4の焦電膜は、エピタキシャル膜ではなく、結晶性を有していなかった。
【0096】
比較例5の焦電膜は、実施例4と同じターゲットを用いて作製された。ただし、比較例5の基板の構成は実施例1とは異なっていた。比較例5の第一電極層を構成するPtの結晶は、第一電極層の表面に略平行に配向する(111)面を有していたが、格子面の面内配向性を有していなかった。その結果、比較例5の焦電膜は、エピタキシャル膜ではなく、結晶性を有していなかった。
【0097】
上記の事項を除いて実施例1と同様の方法で、実施例2~6及び比較例1~5其々の焦電素子が作製された。
【0098】
実施例1と同様の方法により、実施例2~6及び比較例2~5其々の焦電膜の組成が分析された。実施例2~6及び比較例2~5のいずれの場合も、焦電膜の組成は、ターゲットの組成(下記表1中のxBKT-yBMT-zBFO)と一致した。
【0099】
実施例1と同様の方法により、実施例2~6及び比較例1~5其々の焦電膜のXRDパターンが測定された。実施例2~6及び比較例1~3のいずれのXRDパターンも、焦電膜はペロブスカイト構造を有する金属酸化物から構成されていることを示していた。実施例2~6及び比較例1~3のいずれの場合も、焦電膜に含まれるペロブスカイト型酸化物は正方晶であった。実施例2~6及び比較例1~3のいずれの場合も、正方晶の(001)面が、焦電膜の表面(主面)に略平行であり、焦電膜の厚み方向に略垂直であった。実施例2~6及び比較例1~3其々の焦電膜は、エピタキシャル膜であった。
【0100】
実施例1と同様の方法で、実施例2~6及び比較例1~5其々の焦電素子を用いた測定が実施された。実施例2~6及び比較例1~5其々の測定の結果は、下記表1に示される。ただし比較例2の場合、焦電性が得られなかった。実施例4及び比較例1其々のヒステリシス曲線は、
図6に示される。
【0101】
1…結晶質基板、2…第一電極、3…焦電膜、4…第二電極、5…第一中間層、6…第二中間層、7…検出部、10,10a,10b…焦電素子、100…赤外線センサ。