(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024140677
(43)【公開日】2024-10-10
(54)【発明の名称】移動体のキャリブレーション方法
(51)【国際特許分類】
B60L 15/20 20060101AFI20241003BHJP
B60B 19/00 20060101ALI20241003BHJP
【FI】
B60L15/20 S
B60B19/00 H
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023051955
(22)【出願日】2023-03-28
(71)【出願人】
【識別番号】000005326
【氏名又は名称】本田技研工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001379
【氏名又は名称】弁理士法人大島特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】飯村 太紀
(72)【発明者】
【氏名】尾▲崎▼ 司昌
(72)【発明者】
【氏名】小橋 慎一郎
【テーマコード(参考)】
5H125
【Fターム(参考)】
5H125AA14
5H125AC12
5H125BA07
5H125CA02
5H125CA12
5H125DD15
5H125EE08
5H125EE51
(57)【要約】
【課題】 移動体のキャリブレーション方法を提供する。
【解決手段】 左右一対の全方向車輪3を有する移動体1のキャリブレーション方法は、移動体が、直線状の並進移動、又は超信地旋回をするように、4つの電動モータの回転数指令値を作成する第1ステップと、回転数指令値に基づいて電動モータのそれぞれを駆動させ、移動体を移動させる第2ステップと、移動体の移動が完了するまでの電動モータのそれぞれの総回転数を取得する第3ステップと、移動体の移動に伴う移動体のヨー角変化量を計測する第4ステップと、第1~第4ステップを、少なくとも3回繰り返し、電動モータのそれぞれの総回転数と、ヨー角変化量とを含むデータセットを3組以上取得する第5ステップと、3組以上のデータセットとに基づいて、補正値のそれぞれを算出する第6ステップとを含む。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
左右一対の全方向車輪を有する移動体のキャリブレーション方法であって、
前記全方向車輪のそれぞれは、一対のドライブディスクと、一対の前記ドライブディスクの間に配置された環状の主輪と、前記ドライブディスクのそれぞれを回転させる一対の電動モータとを有し、
前記主輪は、円環状の芯体と、前記芯体に回転可能に支持されると共に、一対の前記ドライブディスクに接触した複数のドリブンローラとを有し、
前記移動体が、直線状の並進移動、又は超信地旋回をするように、4つの前記電動モータの回転数指令値を作成する第1ステップと、
前記回転数指令値に基づいて前記電動モータのそれぞれを駆動させ、前記移動体を移動させる第2ステップと、
前記移動体の移動が完了するまでの前記電動モータのそれぞれの総回転数を取得する第3ステップと、
前記移動体の移動に伴う前記移動体のヨー角変化量を計測する第4ステップと、
前記第1~第4ステップを、少なくとも3回繰り返し、前記電動モータのそれぞれの前記総回転数と、前記ヨー角変化量とを含むデータセットを3組以上取得する第5ステップと、
前記電動モータのそれぞれの前記総回転数と、前記ヨー角変化量と、前記電動モータのそれぞれに対応して設定される前記回転数指令値の補正値との関係を規定したモデルと、3組以上の前記データセットとに基づいて、前記補正値のそれぞれを算出する第6ステップと、
前記補正値のそれぞれに基づいて対応する前記回転数指令値を補正する第7ステップとを含む移動体のキャリブレーション方法。
【請求項2】
3組以上の前記データセットは、移動方向が異なる少なくとも3パターンの前記並進移動、又は移動方向が異なる少なくとも2パターンの前記並進移動及び前記超信地旋回のいずれかに対応した前記データセットを含む請求項1に記載のキャリブレーション方法。
【請求項3】
左右の前記全方向車輪の同じ側の前記電動モータの組み合わせを除いた、2つの前記電動モータのそれぞれに対応した前記補正値に同一の値が設定される請求項2に記載のキャリブレーション方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、左右一対の全方向車輪を有する移動体のキャリブレーション方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、左右一対の全方向車輪を有する移動体を開示している。全方向車輪のそれぞれは、一対のドライブディスクと、一対のドライブディスクの間に配置された環状の主輪と、ドライブディスクのそれぞれを回転させる一対の電動モータとを有する。主輪は、円環状の芯体と、芯体に回転可能に支持されると共に、一対のドライブディスクに接触した複数のドリブンローラとを有する。一対の電動モータが対応するドライブディスクを回転させることによって、ドリブンローラが自身の軸線を中心として、又は芯体の軸線を中心として回転し、全方向車輪が前後及び左右を含む任意の方向に並進移動する。また、左右の全方向車輪に回転数の差が生じることによって移動体が旋回する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
このような移動体では、4つの電動モータによって、移動体の移動方向が定まる。そのため、各電動モータの個体差や、各電動モータから対応するドライブディスクまでの伝達機構の個体差、各ドライブディスクと主輪との接触状態等に応じて、移動体の移動方向がずれる虞がある。
【0005】
本発明は、以上の背景を鑑み、移動体のキャリブレーション方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために本発明のある態様は、左右一対の全方向車輪(3)を有する移動体(1)のキャリブレーション方法であって、前記全方向車輪のそれぞれは、一対のドライブディスク(18)と、一対の前記ドライブディスクの間に配置された環状の主輪(19)と、前記ドライブディスクのそれぞれを回転させる一対の電動モータ(20)とを有し、前記主輪は、円環状の芯体(31)と、前記芯体に回転可能に支持されると共に、一対の前記ドライブディスクに接触した複数のドリブンローラ(32)とを有し、前記移動体が、直線状の並進移動、又は超信地旋回をするように、4つの前記電動モータの回転数指令値を作成する第1ステップと、前記回転数指令値に基づいて前記電動モータのそれぞれを駆動させ、前記移動体を移動させる第2ステップと、前記移動体の移動が完了するまでの前記電動モータのそれぞれの総回転数を取得する第3ステップと、前記移動体の移動に伴う前記移動体のヨー角変化量を計測する第4ステップと、前記第1~第4ステップを、少なくとも3回繰り返し、前記電動モータのそれぞれの前記総回転数と、前記ヨー角変化量とを含むデータセットを3組以上取得する第5ステップと、前記電動モータのそれぞれの前記総回転数と、前記ヨー角変化量と、前記電動モータのそれぞれに対応して設定される前記回転数指令値の補正値との関係を規定したモデルと、3組以上の前記データセットとに基づいて、前記補正値のそれぞれを算出する第6ステップと、前記補正値のそれぞれに基づいて対応する前記回転数指令値を補正する第7ステップとを含む。
【0007】
この態様によれば、各電動モータの回転数指令値に対応した補正値を得ることができ、補正値に基づいて対応する回転数指令値を補正することができる。このようにして、移動体のキャリブレーション方法を提供することができる。
【0008】
上記の態様において、3組以上の前記データセットは、移動方向が異なる少なくとも3パターンの前記並進移動、又は移動方向が異なる少なくとも2パターンの前記並進移動及び前記超信地旋回のいずれかに対応した前記データセットを含んでもよい。
【0009】
この態様によれば、各補正値を算出することができる。
【0010】
上記の態様において、左右の前記全方向車輪の同じ側の前記電動モータの組み合わせを除いた、任意の2つの前記電動モータのそれぞれに対応した前記補正値に同一の値が設定されてもよい。
【0011】
この態様によれば、各補正値を算出することができる。
【発明の効果】
【0012】
以上の構成によれば、動体のキャリブレーション方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図6】キャリブレーションの適用前における、回転数指令値から算出された移動体のヨー角と、移動後のヨー角の実現値とを示すグラフ
【
図7】キャリブレーションにより得られる補正係数とp値とを示す表
【
図8】キャリブレーションの適用の前後における移動体のヨー角を示すグラフ
【
図9】キャリブレーションの適用後における、回転数指令値から算出された移動体のヨー角と、移動後のヨー角の実現値とを示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照して、本発明に係る移動体のキャリブレーション方法について説明する。最初に移動体の構成について説明する。本実施形態では、移動体は、台車として機能する。以下、移動体を基準として各方位を定める。
【0015】
図1に示すように、移動体1は、車体2と、車体2に設けられ、車体2を床面に沿った全方向に移動させる左右一対の全方向車輪3と、車体2に設けられ、使用者の操作を受け付けるハンドル5と、ハンドル5に加わる荷重を検出する力覚センサ6と、力覚センサ6のそれぞれが検出した荷重に基づいて各全方向車輪3を制御する制御装置7とを有する。
【0016】
車体2は、前後に延びている。車体2の後部2Aは、前部2Bよりも上方に延びている。車体2の前部2Bには、他の装置を支持するための支持台11が設けられている。支持台11に支持される装置は、例えば、X線スキャナー等の検査機器を含む。装置は、支持台11に締結されるとよい。車体2の後部2Aの内部には、制御装置7、バッテリ、各種センサが設けられているとよい。
【0017】
本実施形態では、一対の全方向車輪3が車体2の後部2Aの下部に設けられている。また、車体2の前部2Bの下部には、サスペンションを介して左右のキャスター13が支持されている。サスペンションは、車体2の下方に配置され、左右に延びるアーム14と、車体2とアーム14との間に配置されたばね15及びショックアブソーバ16とを有する。各キャスター13は、アーム14の左端及び右端の下方に配置されている。各キャスター13は、アーム14に上下に延びる軸線を中心として回転可能に結合されたフォーク13Aと、フォーク13Aに水平方向に延びる軸線を中心として回転可能に支持された車輪13Bとを有する。フォーク13Aはアーム14に対して自由に回転し、車輪13Bはフォーク13Aに対して自由に回転する。
【0018】
図2に示すように、左右一対の全方向車輪3は、左右に間隔をおいて配置されている。本実施形態では、一対の全方向車輪3は、車体2の後部2Aの左下及び右下に配置されている。
図3に示すように、各全方向車輪3は、フレーム17と、フレーム17に回転可能に支持された一対のドライブディスク18と、一対のドライブディスク18の間に配置された環状の主輪19と、ドライブディスク18のそれぞれを回転させる一対の電動モータ20とを有する。
【0019】
図1及び
図3に示すように、フレーム17は、車体2の下部に結合されたフレーム上部17Aと、フレーム上部17Aの左右両端から下方に延びた一対のフレーム側部17Bとを有する。一対のフレーム側部17Bの下端には、左右に延びる支持軸21が架け渡されている。支持軸21には、一対のドライブディスク18が回転可能に支持されている。一対のドライブディスク18は支持軸21の軸線Y1を中心として回転する。各ドライブディスク18は、支持軸21に対して左右方向における位置が規制されている。各ドライブディスク18は、左右方向に互いに距離をおいて対向している。
【0020】
ドライブディスク18は、環状の主輪19の両側にそれぞれ配置され、主輪19に摩擦力を与えて主輪19を中心軸線回り及び環状の軸線回りに回転させる。ドライブディスク18は、フレーム17に回転可能に支持される円盤状のベース18Aと、ベース18Aの外周部に互いに傾斜して回転可能に支持され、主輪19に接触する複数のドライブローラ18Bとを有する。ベース18Aは、支持軸21と同軸に配置されている。
【0021】
各ドライブディスク18の互いに相反する面にはドリブンプーリ18Cがそれぞれ設けられている。ドリブンプーリ18Cはドライブディスク18と同軸に設けられている。一対の電動モータ20は、車体2の下部に設けられている。各電動モータ20の出力軸にはドライブプーリ26が設けられている。対応するドライブプーリ26とドリブンプーリ18Cとはベルト27によって接続されている。各電動モータ20が互いに独立して回転することによって、各ドライブディスク18が互いに独立して回転する。
【0022】
図4に示すように、主輪19は、環状をなし、一対のドライブディスク18の間にドライブディスク18と同軸に配置され、複数のドライブローラ18Bに接触し、中心軸線回り及び環状の軸線回りに回転可能となっている。主輪19は、円環状の芯体31と、芯体31に回転可能に支持された複数のドリブンローラ32とを有する。複数のドリブンローラ32は、芯体31の円周方向に等間隔で配列されている。各ドリブンローラ32は、環状の芯体31の軸線A1(環状の軸線)を中心として回転可能に芯体31に支持されている。各ドリブンローラ32は、芯体31に対するそれぞれの位置において、芯体31の接線を中心として回転することができる。各ドリブンローラ32は、外力を受けて芯体31に対して回転する。
【0023】
主輪19は、一対のドライブディスク18の外周部に沿って配置され、各ドライブディスク18に設けられた複数のドライブローラ18Bと接触している。各ドライブディスク18のドライブローラ18Bは、主輪19の内周部に接触し、左右両側から主輪19を挟持する。また、左右のドライブディスク18のドライブローラ18Bは、主輪19の内周部に接触することによって、ドライブディスク18の軸線Y1を中心とした径方向への変位を規制する。これにより、主輪19は左右のドライブディスク18に支持され、主輪19(芯体31)の中心軸線は左右のドライブディスク18の軸線Y1と同軸に配置される。主輪19は、複数のドリブンローラ32において、左右のドライブディスク18の複数のドライブローラ18Bに接触する。
【0024】
本実施形態では、
図5に示すように、左側の全方向車輪3Lは、左側の電動モータ20LLと、右側の電動モータ20LRとを有し、右側の全方向車輪3Rは、左側の電動モータ20RLと、右側の電動モータ20RRとを有する。各電動モータ20RR、20RL、20LR、20LLには、各電動モータ20RR、20RL、20LR、20LLの回転角を検出する回転角センサ22RR、22RL、22LR、22LLが設けられている。
【0025】
各全方向車輪3において、一対のドライブディスク18が同一方向に同一の回転速度で回転する場合には、主輪19は一対のドライブディスク18と共に回転する。すなわち、主輪19は軸線Y1と一致する自身の回転軸線を中心として前転又は後転する。このとき、ドライブディスク18のドライブローラ18B及び主輪19のドリブンローラ32は芯体31に対して回転しない。各全方向車輪3において、一対のドライブディスク18間に回転速度差が生じる場合には、一対のドライブディスク18の回転に起因する円周(接線)方向の力に対し、この力に直交する向きの分力が左右のドライブローラ18Bから主輪19のドリブンローラ32に作用する。ドライブローラ18Bの軸線がドライブローラ18Bの周方向に対して傾斜しているため、ドライブディスク18間に回転速度差に起因して分力が生じる。この分力によって、ドライブローラ18Bがベース18Aに対して回転すると共に、ドリブンローラ32が芯体31に対して回転する。これにより、主輪19は、左右方向への駆動力を発生させる。
【0026】
左右の全方向車輪3が前方に同じ速度で回転することによって、移動体1が前進する。左右の全方向車輪3が後方に同じ速度で回転することによって、移動体1が後退する。左右の全方向車輪3の前後方向への回転に速度が生じることによって、移動体1は右方又は左方に旋回する。左右の全方向車輪3の各主輪19のドリブンローラ32が回転することによって、移動体1は右方又は左方に平行移動する。
【0027】
図1及び
図2に示すように、車体2の後部2Aの上部には上方に突出したハンドルホルダ35が設けられている。ハンドルホルダ35には、力覚センサ6を介してハンドル5が支持されている。力覚センサ6は、水平面上において互いに直交する2軸に沿った荷重と、鉛直軸(z軸)を中心としたモーメントとを検出する3軸力覚センサであるとよい。本実施形態では、力覚センサ6は、ハンドル5に加わる前後方向(x軸)の荷重である前後荷重と、左右方向(y軸)の荷重である左右荷重と、鉛直軸(z軸)回りのモーメントとを検出する。力覚センサ6は、本体部と、本体部に設けられた入力部とを有する。本体部は、ハンドルホルダ35に結合されている。
【0028】
ハンドル5は、左右に延びる横部5Aと、横部5Aの左右両端から前方に延びる一対の縦部5Bとを有する。横部5Aの左右方向における中央部が、力覚センサ6の入力部に結合されている。
【0029】
図2に示すように、使用者がハンドル5の位置rhに外力fh及びモーメントmhzを加えると、力覚センサ6はセンサの位置rsにおいて検出力fs及び検出モーメントmszを検出する。検出力fsは、前後成分である前後荷重と、左右成分である左右荷重とを含む。
【0030】
制御装置7は、CPU等のプロセッサ、不揮発性メモリ(ROM)、及び、揮発性メモリ(RAM)等を含む電子制御装置(ECU)である。制御装置7は、プロセッサにおいて不揮発性メモリに格納されたプログラムに沿った演算処理を実行することによって各全方向車輪3を制御する。制御装置7は1つのハードウェアとして構成されていてもよく、複数のハードウェアからなるユニットとして構成されていてもよい。また、制御装置7の各機能部の少なくとも一部は、LSIやASIC、FPGA等のハードウェアによって実現されてもよく、ソフトウェア及びハードウェアの組み合わせによって実現されてもよい。
【0031】
図5に示すように、制御装置7は、力覚センサ6及び各全方向車輪3と接続されている。力覚センサ6は、検出信号を制御装置7に出力する。制御装置7は、制御信号を各全方向車輪3に出力する。
【0032】
制御装置7は、力覚センサ6からの信号に基づいて各全方向車輪3を制御する。力覚センサ6は、車体2とハンドル5との間に介装されている。力覚センサ6は、使用者がハンドル5に加える操作力(荷重)の大きさ及び方向を検出する。制御装置7は、力覚センサ6からの信号に基づいて移動体1の目標前後速度、目標左右速度、及び目標角速度を決定し、目標前後速度、目標左右速度、及び目標角速度に基づいて各全方向車輪3の各電動モータ20の制御量を設定する。制御装置7は、目標前後速度、目標左右速度、及び目標角速度に基づいて電動モータ20のそれぞれの目標回転速度を設定する。そして、制御装置7は、各電動モータ20の回転数が目標回転速度となるように、各電動モータ20に供給する電流を制御するとよい。
【0033】
次に、移動体1のキャリブレーション方法について、説明する。4つの電動モータ20によって、移動体1の移動方向が定まるため、各電動モータ20の個体差や、各電動モータ20から対応するドライブディスク18までの伝達機構の個体差、各ドライブディスク18と主輪19との接触状態等に応じて、移動体1の移動方向がずれる虞がある。キャリブレーション方法は、移動体1の移動方向がずれを低減することを目的とする。
【0034】
キャリブレーション方法は、以下の考え方に基づく。各電動モータ20RR、20RL、20LR、20LLのモータ回転速度ω
rr、ω
rl、ω
lr、ω
llと、移動体1の移動速度v
x、v
y、v
zとの理論上の関係は、以下の数(1)のようになる。
【数1】
ここで、v
xは前後移動速度[m/s]であり、v
yは横移動速度[m/s]であり、v
zはヨー回転速度[rad/s]であり、G
rは各ドライブディスク18から対応する電動モータ20までの速比であり、W
hxは主輪19からドライブディスク18までの速比であり、W
hyはドリブンローラ32からドライブディスク18までの速比であり、R
xは主輪19の半径[m]であり、R
yはドリブンローラ32の半径[m]であり、Lはトレッド長[m]である。
図4に示すように、主輪19の外周は複数のドリブンローラ32によって形成され、主輪19の半径R
xは、主輪19の外周と軸線Y1との距離である。
図2に示すようにトレッド長Lは、左右の全方向車輪3L、3Rの左右方向における距離である。
【0035】
数(1)は、モータ回転速度ωrr、ωrl、ωlr、ωllと、移動体1の移動速度vx、vy、vzとの理論上の関係を表すが、実際には、速比、主輪19の半径Rx、ドリブンローラ32の半径Ry、トレッド長Lには公称値と実際の値との間にずれが生じ、また各電動モータ20の回転数もバックラッシ等により指令値と実現値との間にずれが生じる。
【0036】
電動モータ20の指令値が0である場合には、電動モータ20の実現値が0になるため、指令値と実現値の写像fは次の数(2)を満たす。
【数2】
数(2)を満たす写像として、以下の数(3)を仮定する。
【数3】
ここで、添え字の「..」は、rr、rl、lr、llを表し、ω..は、各電動モータ20の回転速度(ωrr、ωrl、ωlr、ωll)を表し、α..は、各電動モータ20に対応した補正係数(αrr、αrl、αlr、αll)を表す。
【0037】
各電動モータ20の回転速度のみのずれを考慮した場合、移動速度の実現値は、数(3)から数(4)のように表される。
【数4】
ここで、v
x^は前後移動速度[m/s]の実現値であり、v
y^は横移動速度[m/s]の実現値であり、v
z^はヨー回転速度[rad/s]の実現値である。^はハットを表す。
【0038】
更に、速比等のずれも考慮すると、移動速度の実現値は数(5)のように表される。
【数5】
ここで、β..は、速比等のずれをα..を組み入れた補正係数である。
【0039】
移動速度を積分して位置及び角度に変換すると数(6)のように表される。
【数6】
ここで、Ω..はΣω..Δtであり、各電動モータ20の総回転数を表す。
【0040】
ここで、数(6)が成立するためには、移動体1の移動が、並進移動のみ、又は回転運動(超信地旋回)のみでなければならない。しかし、上記したように、移動体1の移動にはずれが生じるため、移動体1の移動を、並進移動のみ、又は回転運動(超信地旋回)のみにすることは難しい。しかし、ヨー角θについては、数(6)が成立する。そのため、数(4)のヨー回転角速度は、数(7)のように表すことができる。
【数7】
【0041】
数(7)の補正係数α..の推定量α..~を求めるためには、各電動モータ20の回転数指令値ω..の時系列データを取得し、ヨー角の実現値θ^を計測する必要がある。そのため、制御装置7が並進移動指令又は超信地旋回指令を生成し、各電動モータ20の総回転数及びヨー角の実現値θ^を計測するタスクを複数回実施すればよい。最適値(推定量)の計算手法は、数(7)の重回帰における正規方程式をα..>0を条件とするラグランジュの未定乗数法によって解くとよい。
【0042】
上記の数(7)を解くためのデータを収集するために、上記のタスクをn回実行し、n個のデータを取得する。数(7)をn個のデータでまとめると、数(8)のようになる。
【数8】
ここで、ヨー角の実現値θ^の添え字は、n回目のデータであることを表す。また、各電動モータ20の総回転数Ωの左から3番目の添え字は、n回目のデータであることを表す。
【0043】
数(8)より補正係数α..の推定量α..~は数(9)で表される。
【数9】
【0044】
左疑似逆行列(Ω
TΩ)
-1Ω
Tが存在するためには,rankΩ=4(列数)でなければならない。しかし、各データは、左右の全方向車輪3は横速度が同じであるという、数(10)の拘束条件下にあり、Ωの列ベクトルのうち1つは線形従属となる。
【数10】
そのため、rankΩ≦3であり,左疑似逆行列(Ω
TΩ)
-1Ω
Tは存在しない。
【0045】
そこで、α
lrとα
llとがγに等しい(α
lr=α
ll=γ)と仮定して、数(8)を数(11)のように変形した。
【数11】
これにより、係数行列の列数とランクが一致するため、各電動モータ20の総回転数Ω..とヨー角の実現値θ^とに基づいて、α
rr、α
rl、γ (γ=α
lr=α
ll)を演算することができる。同様に、α
rrとα
rlとが等しいと仮定、または、α
rrとα
llとが等しいと仮定、または、α
rlとα
lrとが等しいと仮定しても係数行列の列数とランクが一致するため、3つの補正係数を演算することができる。
【0046】
以下に、αlrとαllとがγに等しい(αlr=αll=γ)と仮定した場合の、移動体1のキャリブレーション方法について説明する。キャリブレーション方法は、移動体1が、直線状の並進移動、又は超信地旋回をするように、4つの電動モータ20の回転数指令値を作成する第1ステップと、回転数指令値に基づいて電動モータ20のそれぞれを駆動させ、移動体1を移動させる第2ステップと、移動体1の移動が完了するまでの電動モータ20のそれぞれの総回転数を取得する第3ステップと、移動体1の移動に伴う移動体1のヨー角変化量を計測する第4ステップと、第1~第4ステップを、少なくとも3回繰り返し、電動モータ20のそれぞれの総回転数と、ヨー角変化量とを含むデータセットを3組以上取得する第5ステップと、電動モータ20のそれぞれの総回転数と、ヨー角変化量と、電動モータ20のそれぞれに対応して設定される回転数指令値の補正値との関係を規定したモデルと、3組以上のデータセットとに基づいて、補正値のそれぞれを算出する第6ステップと、補正値のそれぞれに基づいて対応する回転数指令値を補正する第7ステップとを含む。
【0047】
3組以上のデータセットは、移動方向が異なる少なくとも3パターンの並進移動、又は移動方向が異なる少なくとも2パターンの並進移動及び超信地旋回のいずれかに対応したデータセットを含む。移動方向は、例えば、前進(前方向への並進)、横並進(横方向への並進)、及び斜め前方向への並進の少なくとも3パターンの並進移動を含むとよい。斜め前方向への並進は、前方に対して任意の角度であってよく、例えば45度であるとよい。また、移動方向は、前進、横並進、及び斜め前方向への並進の内の少なくとも2パターンの並進移動と、任意の旋回角度の超信地旋回とを含むとよい。また、データセットの組を増やすために、各移動方向において速度を変化させてもよく、超信地旋回において旋回角度を変化させてもよい。
【0048】
各電動モータ20の総回転角は、各電動モータ20に設けられた回転角センサ22からの信号に基づいて取得されるとよい。また、他の実施形態では、制御装置7が各電動モータ20の回転角指令値に基づいて総回転角を推定してもよい。
【0049】
移動体1のヨー角変化量は、例えば実測によって取得されるとよい。例えば、作業者は、移動後の移動体1の向きを測量することによって移動体1のヨー角変化量を取得するとよい。また、移動体1に方位計が設けられ、移動の前後における移動体1の向きの変化量がヨー角変化量として取得されてもよい。また、移動体1に慣性計測ユニット(IMU、Inertial Measurement Unit)又はジャイロセンサが設けられ、これらによってヨー角変化量が取得されてもよい。
【0050】
数(11)に基づくモデルに、各電動モータ20の総回転数Ωrr、Ωrl、Ωlr、Ωll、及びヨー角変化量θ^(ヨー角の実現値)を含む3組以上のデータセットが入力されることによって、補正係数αrr、αrl、αlr、αll(αlr=αll=γ)が出力される。
【0051】
制御装置7は、各電動モータ20の回転数指令値に補正係数αrr、αrl、αlr、αllを乗じることによって、回転数指令値を補正する。
【0052】
上記のキャリブレーション方法により移動体1をキャリブレーションした結果について説明する。
図6は、キャリブレーションの適用前における、各電動モータ20の回転数指令値から算出された移動体1のヨー角と、各電動モータ20の回転数指令値に基づいて移動を行った後のヨー角の実現値とを示すグラフである。
図6のデータセットに基づいて、上記のキャリブレーション方法を実行した結果を
図7に示す。
図7に示すように、補正係数α
rr、α
rl、γのp値は、5%未満であり、推定の精度が高いことがわかる。また、二乗平均平方根誤差は9.3degであり、推定の精度が高いことがわかる。
【0053】
図8は、キャリブレーションの適用の前後における移動体1のヨー角を示すグラフである。
図8に示すように、キャリブレーションの適用によって、直線状の並進移動時のヨー角の発生、すなわち回転が抑制されていることがわかる。特に、横並進時の回転が大きく抑制されていることがわかる。
【0054】
図9は、キャリブレーションの適用後における、各電動モータ20の回転数指令値から算出される移動体1のヨー角と、各電動モータ20の回転数指令値に基づいて移動を行った後のヨー角の実現値とを示すグラフである。
図9に示すように、キャリブレーションの適用によって、直線状の並進移動時のヨー角の発生、すなわち回転が抑制されていることがわかる。また、各電動モータ20の回転数指令値から算出される移動体1のヨー角と、各電動モータ20の回転数指令値に基づいて移動を行った後のヨー角の実現値との差が小さくなるため、回転数指令値に応じた移動体1の挙動が実現されていることがわかる。
【0055】
以上で具体的実施形態の説明を終えるが、本発明は上記実施形態に限定されることなく幅広く変形実施することができる。例えば、上記のキャリブレーション方法では、左側の全方向車輪3Lの右側及び左側の電動モータ20LR、20LLに対する補正係数を同一の値としたが(αlr=αll=γ)、右側の全方向車輪3Rの右側及び左側の電動モータ20RR、20RLに対する補正係数を同一の値にしてもよい(αrr=αrl=γ)。また、右側の全方向車輪3Rの右側の電動モータ20RR及び左側の全方向車輪3Lの左側の電動モータ20LLに対する補正係数を同一の値にしてもよく(αrr=αll=γ)、右側の全方向車輪3Rの左側の電動モータ20RL及び左側の全方向車輪3Lの右側の電動モータ20LRに対する補正係数を同一の値にしてもよい(αrl=αlr=γ)。すなわち、左右の全方向車輪の同じ側の電動モータの組み合わせを除いた、任意の2つの電動モータ20のそれぞれに対応した補正係数(補正値)に同一の値を設定するとよい。
【符号の説明】
【0056】
1 :台車
2 :車体
3 :全方向車輪
5 :ハンドル
6 :力覚センサ
7 :制御装置
17 :フレーム
18 :ドライブディスク
18A :ベース
18B :ドライブローラ
19 :主輪
25 :電動モータ
27 :ベルト
31 :芯体
32 :ドリブンローラ