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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024140688
(43)【公開日】2024-10-10
(54)【発明の名称】ニッケル珪藻土触媒の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B01J 37/00 20060101AFI20241003BHJP
   B01J 37/03 20060101ALI20241003BHJP
   B01J 37/08 20060101ALI20241003BHJP
   B01J 23/755 20060101ALI20241003BHJP
【FI】
B01J37/00 K
B01J37/03 A
B01J37/08
B01J23/755 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023051978
(22)【出願日】2023-03-28
(71)【出願人】
【識別番号】000190024
【氏名又は名称】日揮触媒化成株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088719
【弁理士】
【氏名又は名称】千葉 博史
(72)【発明者】
【氏名】小松丸 裕輝
(72)【発明者】
【氏名】田河 勝吾
【テーマコード(参考)】
4G169
【Fターム(参考)】
4G169AA03
4G169AA08
4G169AA09
4G169AA14
4G169BA09A
4G169BA09B
4G169BB16C
4G169BC02C
4G169BC68A
4G169BC68B
4G169CB02
4G169CB62
4G169CB65
4G169DA06
4G169EA01Y
4G169EA02Y
4G169EA06
4G169EB18Y
4G169EC02Y
4G169EC06Y
4G169FA02
4G169FB08
4G169FC03
4G169FC09
(57)【要約】
【課題】当初の比表面積が小さい珪藻土を用いても、水素化活性が高いニッケル珪藻土触媒を得ることができる製造方法を提供する。
【解決手段】溶解性ニッケルおよび珪藻土を水に加えて酸性懸濁液を調製する酸性濁液調製工程、
炭酸ナトリウムを水に溶解して塩基性水溶液を調製する工程、
前記酸性懸濁液に前記塩基性水溶液を加えて原料スラリーにし、ニッケルが珪藻土に沈着した触媒前駆体を形成させる中和処理工程、
該触媒前駆体を原料スラリーから固液分離する分離工程、
分離した触媒前駆体を焼成する焼成工程を有する製造方法において、
炭酸ナトリウム水溶液中での比表面積増加率が60%以上の珪藻土を用いることを特徴とする水素化反応用のニッケル珪藻土触媒の製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶解性ニッケルおよび珪藻土を水に加えて酸性懸濁液を調製する酸性濁液調製工程、
炭酸ナトリウムを水に溶解して塩基性水溶液を調製する工程、
前記酸性懸濁液に前記塩基性水溶液を加えて原料スラリーにし、ニッケルが珪藻土に沈着した触媒前駆体を形成させる中和処理工程、
該触媒前駆体を原料スラリーから固液分離する分離工程、
分離した触媒前駆体を焼成する焼成工程を有する製造方法において、
炭酸ナトリウム水溶液中での比表面積増加率が60%以上の珪藻土を用いることを特徴とする水素化反応用のニッケル珪藻土触媒の製造方法。
【請求項2】
前記中和処理工程において、前記酸性懸濁液に前記塩基性水溶液を加えた直後の原料スラリーのpH(基準pH)に対して、該基準pHより0.20以上低くなるpH(基準pHより-0.20以下になるpH)まで熟成する熟成工程を含む請求項1に記載の水素化反応用のニッケル珪藻土触媒の製造方法。




【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はニッケル珪藻土触媒の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
還元されたニッケル(金属ニッケル)上にエチレンと水素を通してエタンを生成させる方法が知られており、このニッケルを活性成分としたさまざまなニッケル触媒がこれまで開発されてきた。代表的なニッケル触媒として、珪藻土の表面にニッケルが担持されたニッケル珪藻土触媒が知られている。ニッケル珪藻土触媒において、ニッケルは活性成分として、珪藻土は活性成分を分散させる担体として機能する。
【0003】
非特許文献1には、ニッケル珪藻土触媒の一般的な製造方法として、硝酸ニッケル(工業的には硫酸ニッケル)水溶液に珪藻土を加え、かき混ぜながらこれに炭酸ナトリウム(または水酸化ナトリウム、炭酸アンモニウム)水溶液を加えて、珪藻土上に塩基性炭酸ニッケル(または水酸化ニッケル)を沈殿させる方法が開示されている。
【0004】
ニッケル珪藻土触媒の触媒能は、前述の一般的なニッケル珪藻土触媒の製造方法の中でも様々な条件によって影響を受ける。その一つとして、珪藻土の選定がある。珪藻土は、藻類の一種である珪藻の殻の化石が堆積した天然の鉱物である。珪藻土は産地や品種によってその性状が大きく異なる。このため、珪藻土の選定はニッケル珪藻土触媒の製造において重要であり、様々な観点から検討がなされている。
【0005】
例えば、特許文献1には、固体シリカ担体上にニッケルを含むニッケル触媒が開示されており、適切な固体シリカ担体として珪藻土が開示されている。このシリカ担体は高多孔質であって、比細孔容積が約0.4~2ml/g、好ましくは約1.6~1.8ml/gがよいとされている。
【0006】
また、特許文献2には、沈殿法を用いたニッケル珪藻土触媒の製造方法が開示されている。この方法では、珪藻土の焼成状態に着目し、焼成品のみでは塩基性炭酸ニッケルの珪藻土への沈着が起こり難くなること、未焼成品のみではニッケル珪藻土への沈着が起こりやすくなることが開示されている。さらに、還元性の観点から、アルカリ溶液の沈殿剤によって処理した際の溶出Si量から珪藻土を選択する製造方法が開示されている。このようにニッケル珪藻土触媒の製造方法において、種々の珪藻土の選定方法が検討されてきた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】白崎高保、藤堂尚之編 「触媒調製」講談社、昭和49年
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特表2014-530098号公報
【特許文献2】国際公開WO2017/077969号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、当初の比表面積が小さい珪藻土を用いても、水素化活性が高いニッケル珪藻土触媒を得ることができる製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、珪藻土の選定に着目してニッケル珪藻土触媒の製造方法を検討した。その結果、炭酸ナトリウムの存在下で比表面積が顕著に増加する珪藻土と、そうでない珪藻土とがあることを見出した。この炭酸ナトリウムの存在下で比表面積が顕著に増加する珪藻土を用い、好ましくは、ニッケルの沈殿生成時に溶液のpHを調整して熟成させることによって、水素化活性が高いニッケル珪藻土触媒が得られることを見出し、本発明の製造方法を完成させた。
【0011】
本発明の製造方法は、溶解性ニッケルおよび珪藻土を水に加えて酸性懸濁液を調製する酸性濁液調製工程、炭酸ナトリウムを水に溶解して塩基性水溶液を調製する工程、前記酸性懸濁液に前記塩基性水溶液を加えて原料スラリーにし、ニッケルが珪藻土に沈着した触媒前駆体を形成させる中和処理工程、該触媒前駆体を原料スラリーから固液分離する分離工程、分離した触媒前駆体を焼成する焼成工程を有する製造方法において、炭酸ナトリウム水溶液中での比表面積増加率が60%以上の珪藻土を用いることを特徴とするニッケル珪藻土触媒の製造方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明の製造方法によれば、当初の比表面積が小さい珪藻土を用いても、中和処理において珪藻土の比表面積を増加してニッケルを沈着させるので、ニッケルの触媒効果が高まり、水素化活性が高いニッケル珪藻土触媒を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の製造方法について詳述する。
[本発明の製造方法]
本発明は、水素化反応用のニッケル珪藻土触媒の製造方法であって、溶解性ニッケルおよび珪藻土を水に加えて酸性懸濁液を調製する酸性濁液調製工程、炭酸ナトリウムを水に溶解して塩基性水溶液を調製する工程、前記酸性懸濁液に前記塩基性水溶液を加えて原料スラリーにし、ニッケルが珪藻土に沈着した触媒前駆体を形成させる中和処理工程、該触媒前駆体を原料スラリーから固液分離する分離工程、分離した触媒前駆体を焼成する焼成工程を有する製造方法において、炭酸ナトリウム水溶液中での比表面積増加率が60%以上の珪藻土を用いることを特徴とするニッケル珪藻土触媒の製造方法である。
【0014】
[酸性懸濁液調製工程]
本発明の製造方法は、溶解性ニッケルおよび珪藻土を水に添加して酸性懸濁液を調製する酸性懸濁液調製工程を有する。該酸性懸濁液は、ニッケルが溶解した酸性の水溶液に珪藻土が固体で分散した状態の懸濁液である。
【0015】
前記酸性懸濁液に使用される溶解性ニッケルとして、硫酸ニッケル、硝酸ニッケル、塩化ニッケル、炭酸ニッケル、酢酸ニッケル等から選ばれる少なくとも1種を用いることができる。水への溶解性がよいものは、硫酸ニッケル、硝酸ニッケル、塩化ニッケル、酢酸ニッケルから選ばれる少なくとも1種を用いることが好ましい。また、水に溶解しない場合であっても、酸で水に溶解することもできる。例えば、金属ニッケルを硫酸や硝酸で溶解した液を溶解性ニッケルとして用いることもできる。
【0016】
該酸性懸濁液のニッケル濃度は、Ni換算で、1質量%以上~10質量%以下の範囲が好ましく、3質量%以上~8質量%以下の範囲がより好ましい。また、酸性懸濁液のpHは1.00以上~6.00以下の範囲が好ましく、3.00以上~6.00以下の範囲がより好ましい。このような範囲にニッケル濃度やpHを調整することによって、本発明の効果を有するニッケル珪藻土触媒の生産性を高めることができる。
【0017】
該酸性懸濁液に用いる珪藻土は、炭酸ナトリウム水溶液中における比表面積の増加率が60%以上の珪藻土である。珪藻土は藻類の一種である珪藻の殻の化石が堆積した天然の鉱物であるので、産地や品種によってその性状が大きく異なる。
【0018】
一般的に、珪藻土をニッケル触媒担体として用いる場合、触媒効果を高めるために、高多孔質であって比表面積の大きな珪藻土が求められる。具体的には、特許文献1に記載されているように、触媒前駆体の細孔容積は約0.4~2ml/g、好ましくは約1.6~1.8ml/gが良いとされている。また、特許文献2ではニッケル珪藻土触媒の比表面積は50~180m/gが好ましいとされている。ところが、珪藻土は天然鉱物であるため、比表面積の大きい珪藻土から比表面積の小さい珪藻土まで様々あり、しかも、炭酸ナトリウム水溶液中で比表面積があまり変わらないものから、比表面積が大きく変わるものまでその性質は多様である。
【0019】
本発明の製造方法は、原料である珪藻土について、当初の比表面積が小さくても、炭酸ナトリウム水溶液中において比表面積の増加率が高い珪藻土を用いることによって、触媒活性の高いニッケル珪藻土触媒を製造できるようにしたものである。具体的には、炭酸ナトリウム水溶液中での比表面積増加率が60%以上の珪藻土を用いる。炭酸ナトリウム水溶液中で比表面積が増加する珪藻土は、炭酸ナトリウム水溶液が添加されたときに、炭酸ナトリウムによって珪藻土の細孔がさらに形成されると考えられる。
【0020】
炭酸ナトリウム水溶液中での珪藻土の比表面積の増加は、炭酸ナトリウム水溶液に投入する前の珪素土の比表面積Aと、炭酸ナトリウム水溶液に投入した後の珪素土の比表面積Bを比較して求めることができる。具体的には、 例えば、珪藻土10gに10質量%の炭酸ナトリウム水溶液100mLを添加し、70℃で2時間保持する。その後、固形分をろ過回収し、これを120℃で12時間乾燥する。この乾燥固形分の比表面積Bを測定する。この比表面積Bと、炭酸ナトリウム水溶液投入前の比表面積Aを比較し、次式[1]から比表面積増加率X%を求める。比表面積A,BはBET比表面積等を用いることができる。
比表面積増加率X%=(B-A)/A×100 [1]
【0021】
炭酸ナトリウム水溶液中で比表面積が増加する珪藻土を用いることによって、炭酸ナトリウムによってニッケル沈殿物が生成すると同時に珪藻土に細孔が多く形成され、ニッケル沈殿物がこの細孔内に入り込んで固定化されることによって、水素化活性の高いニッケル珪藻土触媒が得られると考えられる。
【0022】
本発明の製造方法では、当初の比表面積が1.0m/g以上~100m/g以下の珪藻土を用いることができ、さらに当初の比表面積が1.0m/g以上~60m/g以下の珪藻土を用いることができる。また、本発明の製造方法では、当初の細孔容積が0.005mL/g以上~0.200mL/g以下の珪藻土を用いることができ、さらに当初の細孔容積が0.010mL/g以上~0.100mL/g以下の珪藻土を用いることができる。このような当初の比表面積や細孔容積が小さい珪藻土でも、炭酸ナトリウム水溶液中での比表面積増加率が60%以上であれば、水素化活性が高いニッケル珪藻土触媒を得ることができる。特に、例えば、当初の細孔容積が0.010mL/g以上~0.050mL/g以下の珪藻土を用いても、水素化活性が高いニッケル珪藻土触媒を得ることができる利点は大きい。
【0023】
前記酸性懸濁液に用いる珪藻土は前記条件に適うものであれば、市販の珪藻土を用いてもよく、また市販品を複数ブレンドして前記条件に適する珪藻土にしてもよい。因みに、珪藻土は産地や品種によってその性状が大きく異なるので、同一品種であっても産地により性状が異なることがある。このような場合は、事前に前記条件に適するように珪藻土のブレンド比率などを変えて調整するとよい。
【0024】
前記酸性懸濁液の珪藻土濃度は、下限は1質量%以上が好ましく、上限は20質量%以下が好ましく、15質量%以下がより好ましく、10質量%以下がさらに好ましい。酸性懸濁液中の珪藻土濃度を低くすることによって、本発明の効果を有するニッケル珪藻土触媒の生産性を高めることができる。
【0025】
酸性懸濁液のpHは、3.00以上~7.00以下の範囲が好ましく、4.00以上~6.50以下の範囲がより好ましく、4.50以上~6.00以下の範囲が特に好ましい。酸性懸濁液のpHを前記範囲に制御することによって、珪藻土の比表面積の変動を抑制することができる。
【0026】
[塩基性水溶液調製工程]
本発明の製造方法は、炭酸ナトリウムを水に溶解して塩基性水溶液を調製する工程を有する。該塩基性水溶液のpHは9.00以上~14.00以下の範囲が好ましく、10.00以上~13.00以下の範囲がより好ましい。なお、前記塩基性水溶液のナトリウム濃度は5質量%以上~30質量%以下、好ましくはナトリウム濃度10質量%以上~25質量%以下の範囲である。塩基性水溶液のpHを前記範囲に制御することによって、本発明の効果を有するニッケル珪藻土触媒の生産性を高めることができる。
【0027】
[中和処理工程]
本発明の製造方法は、前記酸性懸濁液に前記塩基性水溶液を加えて原料スラリーにし、珪藻土にニッケルが沈着した触媒前駆体を形成させる中和処理工程を有する。この工程では、酸性懸濁液中に溶解したニッケルが塩基性水溶液中のナトリウムによって中和されて沈殿物になり、これが珪藻土の表面(細孔表面を含む)に沈着した状態の固体(触媒前駆体)が形成される。原料スラリーにはこの触媒前駆体が分散している。また同時に、酸性懸濁液中の珪藻土が炭酸ニッケルによって浸食され、珪藻土の表面に細孔が形成され、この細孔にニッケルが沈着する。このように、細孔の形成とニッケルの沈着が並行して進行するので、ニッケルの沈着領域と沈着量が多くなる。
【0028】
この工程では、該原料スラリーのpHを9.00以上~10.00以下の塩基性の範囲に調整するのが好ましい。原料スラリーのpHをこの範囲に調整することによって、珪藻土表面の細孔形成を促進する。
【0029】
この工程では、酸性懸濁液と塩基性水溶液の温度は50℃以上~90℃以下の範囲が好ましく、60℃以上~80℃以下の範囲がより好ましい。酸性懸濁液と塩基性水溶液の温度を前記範囲に制御することによって、溶解したニッケルの沈着および珪藻土表面の細孔形成が促進される。
【0030】
この中和処理工程では、原料スラリーを熟成させることが好ましい。具体的には、酸性懸濁液に塩基性水溶液の全量を添加した直後の原料スラリーのpHを基準とし、該基準pHより0.20以上低くなるpH(基準pHより-0.20以下になるpH)になるまで熟成することが好ましい。
【0031】
この熟成pHは、基準pHよりも-0.20~-0.50低くなる範囲が好ましく、基準pHよりも-0.20~-0.40低くなる範囲がより好ましい。この熟成によって、珪藻土の細孔の形成とニッケルの沈着が進むので、水素化活性の高い触媒を得ることができる。
【0032】
この熟成中は原料スラリーを撹拌状態で保持することが好ましい。また熟成中の原料スラリーの温度は60℃以上~90℃以下の範囲が好ましく、70℃以上~90℃以下の範囲がより好ましい。原料スラリーの温度をこの範囲に調整することによって熟成が加速される。
【0033】
[分離工程]
本発明の製造方法は、前記原料スラリーから触媒前駆体を固液分離する分離工程を有する。従来知られた方法を用いて原料スラリーから触媒前駆体を分離することができる。例えば、乾燥機を用いて水を除去する方法、濾過して水と分離する方法、遠心分離によって水と分離する方法等を用いることができる。
【0034】
分離された触媒前駆体を、必要に応じて水等を用いて洗浄してもよい。例えば、中和反応によって生成した不純物(例えば硫酸根、硝酸根など)を除去することができる。具体的には、触媒前駆体を水に懸濁し攪拌した後に再度、触媒前駆体を分離する懸濁洗浄、触媒前駆体に水等の洗浄液を流通して洗浄する流通洗浄等により、不純物を除去することができる。特に触媒前駆体に大量の硫酸根が含まれる場合は、触媒活性を低下させる虞があるので、洗浄により除去することが好ましい。また、硝酸根が含まれる場合は、後述の焼成工程においてNOが発生する原因になるので、これも洗浄して除去することが好ましい。
【0035】
分離した触媒前駆体を必要に応じで種々の形状に成形することができる。具体的には、打錠成形機を用いて直径3~10mm、高さ3~10mm程度の円柱状のタブレットに成形し、または押し出し成形機を用いて直径1~4mm、長さ2~10mm程度の円柱状に成形し、あるいはミルやクラッシャーを用いて粉末状または顆粒状にすることができる。
【0036】
[焼成工程]
本発明の製造方法は、回収した触媒前駆体を焼成する焼成工程を有する。焼成時に触媒前駆体に含まれるニッケル沈殿物が酸化ニッケルに分解され、ニッケル珪藻土触媒が得られる。
【0037】
焼成手段は、例えば、マッフル炉、ロータリーキルン、ガス炉などを用いることができる。焼成温度は、触媒前駆体に含まれるニッケル沈殿物が酸化ニッケルに分解される温度であればよい。生産性の観点から、300℃以上~500℃以下の焼成温度が好ましい。また、焼成時間も、触媒前駆体に含まれるニッケルの沈殿物が酸化ニッケルに分解されるのに十分な時間であればよい。生産性の観点から、1時間以上~24時間以下の焼成時間が好ましい。さらに、焼成雰囲気は、触媒前駆体に含まれるニッケル沈殿物が酸化ニッケルに分解される雰囲気であればよい。例えば、酸素を含まない雰囲気であってもよく、酸素を含む雰囲気であってもよい。生産性の観点から、大気雰囲気であることが好ましく、大気を流通した状態で焼成することがより好ましい。
【0038】
この工程では、触媒前駆体を焼成してニッケル珪藻土触媒を得た後、ニッケル珪藻土触媒に含まれる酸化ニッケルを水素等で還元してもよい。例えば、水素雰囲気下においてニッケル珪藻土触媒を350℃以上~500℃以下の温度、好ましくは380℃以上~450℃以下の温度で、1時間以上~48時間以下の時間保持することによって、酸化ニッケルを金属ニッケルに還元することができる。また、金属ニッケルは、そのまま大気中に晒すと酸化反応によって発熱し、燃えてしまうことがあるので、金属ニッケルに還元した後は徐々に酸素を供給し、金属ニッケルの表面に酸化ニッケルの被膜を形成するとよい。また、二酸化炭素等を金属ニッケルの表面に吸着させることもできる。このような処理を行ったニッケル珪藻土触媒を還元安定化ニッケル珪藻土触媒とも云う。
【0039】
[ニッケル珪藻土触媒]
本発明の方法によって製造される触媒は、水素化反応用のニッケル珪藻土触媒として用いることができる。この水素化反応とは、炭素原子間の不飽和結合に水素を付加して飽和結合にする反応である。例えば、本発明の製造方法により得られたニッケル珪藻土触媒を、エチレンの二重結合に水素を付加してエタンを生成する反応、ベンゼンの二重結合に水素を付加してシクロヘキサンを生成する反応等に用いることができる。なお、本発明の製造方法により得られるニッケル珪藻土触媒は、これらの反応に限定されない。
【0040】
これらの反応は金属ニッケルの表面で起こるとされている。従って、本発明のニッケル珪藻土触媒をこれらの反応に使用する際には、使用する前に水素等を使ってニッケル珪藻土触媒に含まれる酸化ニッケルを金属ニッケルに還元して使用する。この時、還元安定化ニッケル珪藻土触媒であれば、短い時間で酸化ニッケルを金属ニッケルに還元することができるので好ましい。
【0041】
本発明の製造方法により得られるニッケル珪藻土触媒の構成元素は、酸化ニッケルまたは金属ニッケルに由来するニッケル、珪藻土に由来するシリコンである。これらに加え、珪藻土に含まれる不純物に由来する元素や助触媒となる元素が含まれうる。従って、本発明の製造方法により得られるニッケル珪藻土触媒の構成元素は、ニッケル、シリコンのみに限定されない。
【0042】
本発明の製造方法により得られるニッケル珪藻土触媒のニッケル含有量は、ニッケル珪藻土触媒を100質量%としたとき、NiO換算で、1質量%以上~80質量%以下の範囲でよく、5質量%以上~75質量%以下の範囲でもよく、10質量%以下~70質量%以下の範囲でもよい。ニッケル含有量が前記範囲であると、水素化活性がより高いニッケル珪藻土触媒を得ることができる。
【0043】
本発明の製造方法により得られるニッケル珪藻土触媒のシリコン含有量は、ニッケル珪藻土触媒を100質量%としたとき、SiO換算で、20質量%以上~99質量%以下の範囲でよく、25質量%以上~95質量%以下の範囲でもよく、30質量%以上~90質量%以下の範囲でもよい。シリコン含有量が前記範囲であると、本発明の効果がより顕著に得られやすい。
【0044】
本発明の製造方法により得られるニッケル触媒に含まれる不純物は、ニッケル触媒100質量%に対して、元素換算で10質量%以下であることが好ましく、5質量%以下であることがより好ましく、1質量%以下であることが特に好ましい。
【0045】
本発明の製造方法により得られるニッケル珪藻土触媒の助触媒含有量は、元素換算で1質量%以上~10質量%以下の範囲が好ましく、2質量%以上~8質量%以下の範囲がより好ましく、3質量%以上~7質量%以下の範囲が特に好ましい。助触媒となる元素としては、例えば、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、アルミニウム、クロム、銅、マンガン等が挙げられる。これらの元素を含むことによって、本発明の効果に加え、副反応の抑制や寿命の増加などの効果を得ることができる。
【0046】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。本発明はこれらの実施例に限定されない。各種測定方法ないし評価方法を以下に示す。
【0047】
[1]pH測定
pHは、pHメーター(山形東亜DKK社製、「MM43-X」)およびpH電極(山形東亜DKK社製、「GST-5841C」)を用い、液温40℃にて測定した。
[2]組成分析
試料を酸に溶解し、その濾液を水で適切な濃度に希釈した後、ICP発光分光分析装置(アジレントテクノロジー株式会社製、730ICP-OES、誘導結合プラズマ発光分光分析法)を用い、ニッケルの含有量を測定した。なお、ニッケルの含有量は、試料の全量を基準とし、NiO換算で算出した。
【0048】
[3]比表面積測定
試料の比表面積を窒素吸着法(BET法)により算出した。具体的には、比表面積測定装置(mountech製、Macsorb1220)を用い、試料を約0.1g測定セルに入れ、窒素ガス気流中、250℃で40分間脱ガス処理を行った後、試料を窒素30容積%とヘリウム70容積%の混合ガス気流中で液体窒素温度に保ち、窒素を試料に平衡吸着させる。そして、上記混合ガスを流しながら試料の温度を徐々に室温まで上昇させ、その間に脱離した窒素量を測定し、測定後の試料重量で割ることで試料の比表面積を算出した。
【0049】
[4]細孔容積測定
以下の条件でN2吸着測定を行い、このN吸着測定で得られた吸着等温線から、細孔容積を算出した。
測定方法:窒素吸着法
測定装置:BEL SORP-miniII(マイクロトラック・ベル株式会社製)
サンプル量:約0.1g
前処理:250℃、3時間(真空下)
相対圧範囲:0~1.0
算出方法:BJH法
【0050】
[5]炭酸ナトリウム水溶液中における比表面積の増加率
珪藻土10gに10質量%の炭酸ナトリウム水溶液100mLを添加して、70℃で2時間保持した。その後、ろ過して残渣を回収し、これを120℃で12時間乾燥した。得られた乾燥珪藻土について、前記[3]の方法で比表面積を測定した。炭酸ナトリウム水溶液に浸漬する前の珪藻土の比表面積をA、乾燥珪藻土の比表面積をBとし、下記式[1]から比表面積の増加率Xを算出した
比表面積増加率X%=(B-A)/A×100 [1]
なお、以下、単に比表面積増加率と記載する。
【0051】
[6]水素化活性評価
試料の水素化活性はトルエンの水素化反応をモデル反応として算出した。具体的には、反応管容器内に1~2mmに整粒した試料を0.40g充填し、さらに2mmφガラスビーズを充填した後、水素雰囲気200℃で前処理還元を行い、還元終了後、試料温度が60℃に安定した後に、蒸気圧相当の気化したトルエンを反応系に導入して反応させ、反応開始20分後、トルエンとメチルシクロヘキサンの量をガスクロマトグラフィーにより測定して転化率を求める。上記反応と同様の操作を65℃、70℃で行い、各温度における試料温度と転化率から、アレニウスプロットを作成した。得られたアレニウスプロットより、反応次数を1次として反応温度100℃における反応速度定数を算出し、実施例1の触媒を用いた評価における反応速度定数を100%とし、これを水素化活性(相対活性)とした。
【0052】
[7]ニッケル溶出率評価
2Mの塩化水素溶液50mLにニッケル珪藻土触媒20gを50℃で24時間浸漬させ、浸漬後の塩化水素水溶液中の溶出ニッケル量MをICP発光分光分析装置(アジレントテクノロジー株式会社製、730ICP-OES)で測定した。この溶出ニッケル量Mと前述の塩化水素水溶液に浸漬する前のニッケル珪藻土触媒に含まれるニッケル量Nから、ニッケル溶出率Y%を次式[2]によって求めた。
ニッケル溶出率Y%=M/N×100…[2]
【0053】
[実施例1]
酸性懸濁液調製工程
硫酸ニッケル水和物〔Ni(SO)・6HO〕(富士フイルム和光純薬社製)900gを水道水3.2Lに溶解した後に、70℃に加熱して酸性水溶液を調製した。その後、珪藻土(中央化学社製品100F、比表面積増加率186%)140gを添加し、60分間攪拌して、ニッケル濃度4.3質量%および珪藻土濃度3.3質量%の酸性懸濁液を得た。この酸性懸濁液のpHは5.46であった。
【0054】
塩基性水溶液調製工程
15Lの攪拌槽に水道水を2.8L注入し、これに炭酸ナトリウム(NaCO、関東化学社製)633gを溶解して70℃に加熱し、ナトリウム濃度8.0質量%の塩基性懸濁液を得た。この塩基懸濁液のpHは11.70であった。
【0055】
中和処理工程
前記酸性懸濁液に前記塩基性水溶液の全量を、チューブポンプを用いて80分かけて注加して原料スラリーを得た。塩基性水溶液の全量を添加した直後の原料スラリーのpHは9.50であった。その後、この原料スラリーを攪拌しつつ70℃で1時間保持した。保持後の原料スラリーのpHは9.29であった。
【0056】
分離工程
前記原料スラリーを、ヌッチェを用いて減圧濾過し、ケーキ状の固形分を得た。40℃に調整した6Lの温水にこの固形分を投入し、濾過して懸濁洗浄を行った。同工程を繰り返し行い、濾液の電気伝導度が1.5mS/cmとなったところで洗浄を終了した。箱型乾燥機を用いて、前記洗浄固形分を120℃で12時間乾燥した。その後、ハンマークラッシャーミルを用いて該固形分を粉砕して粉末状の触媒前駆体を得た。
【0057】
焼成工程
マッフル炉を用い、前記粉末状触媒前駆体を370℃で6時間焼成してニッケル珪藻土触媒を得た。さらに該ニッケル珪藻土触媒を水素雰囲気下、430℃で10時間還元して珪藻土表面のニッケルを金属ニッケルにした。次に、80℃で低濃度の酸素を徐々に添加し、該金属ニッケルの表面に酸化被膜を形成し、還元安定化ニッケル珪藻土触媒を得た。これを試料として、その性状を測定した。この結果を表1に示す。
【0058】
[実施例2]
酸性懸濁液調製工程において珪藻土(中央化学社製品300S、比表面積増加率124%)を用いたこと以外は実施例1と同様の方法で還元安定化ニッケル珪藻土触媒を得た。これを試料として、その性状を測定した。その結果を表1に示す。
【0059】
[実施例3]
酸性懸濁液調製工程において珪藻土(Imerys社製品C512、比表面積増加率113%)を用いたこと以外は実施例1と同様の方法で還元安定化ニッケル珪藻土触媒を得た。これを試料として、その性状を測定した。その結果を表1に示す。
【0060】
[比較例1]
酸性懸濁液調製工程において珪藻土(Imerys社製品C645、比表面積増加率113%)を用いたこと以外は実施例1と同様の方法で還元安定化ニッケル珪藻土触媒を得た。これを試料として、その性状を測定した。その結果を表1に示す。
【0061】
[比較例2]
酸性懸濁液調製工程において珪藻土(中央化学社製品W-3050、比表面積増加率55%)を用いたこと以外は実施例1と同様の方法で還元安定化ニッケル珪藻土触媒を得た。これを試料として、その性状を測定した。その結果を表1に示す。
【0062】
[比較例3]
酸性懸濁液調製工程において珪藻土(Imerys社製品C545、比表面積増加率36%)を用いたこと以外は実施例1と同様の方法で還元安定化ニッケル珪藻土触媒を得た。これを試料として、その性状を測定した。その結果を表1に示す。
【0063】
炭酸ナトリウム水溶液下において比表面積の増加率が高い珪藻土を使った実施例1~3のニッケル珪藻土触媒の水素化活性は、該増加率が低い珪藻土を使った比較例1~3のニッケル珪藻土触媒の水素化活性よりも格段に高い。
【0064】
実施例1~3、比較例1~3のニッケル珪藻土触媒を塩酸水溶液に浸漬した結果、実施例1~3のニッケル珪藻土触媒からのニッケルの溶出量は17.1%~20.2%であり、比較的少ない。この結果から、実施例1~3のニッケル珪藻土触媒に含まれるニッケルは、珪藻土の細孔内により多くトラップされており、塩酸水溶液へのニッケルの溶出が少なくなったものと推察される。一方、比較例1~3のニッケル珪藻土触媒は、塩酸水溶液へのニッケルの溶出量は22.7%~27.1%であり、実施例1~3より多い。
【0065】
この結果から、炭酸ナトリウム水溶液下において比表面積の増加率が高い珪藻土を使用した本発明のニッケル珪藻土触媒は、珪藻土の比表面積増加率が高いので、より多くのニッケルが珪藻土表面の細孔にトラップされ、ニッケルがシンタリングし難くなるので、水素化活性が高いニッケル珪藻土触媒になる。
【0066】
【表1】