(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024140802
(43)【公開日】2024-10-10
(54)【発明の名称】フェライト系ステンレス熱延鋼板
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20241003BHJP
C22C 38/28 20060101ALI20241003BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20241003BHJP
C21D 9/46 20060101ALN20241003BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/28
C22C38/60
C21D9/46 R
C21D9/46 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023052141
(22)【出願日】2023-03-28
(71)【出願人】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 健治
(72)【発明者】
【氏名】田口 篤史
(72)【発明者】
【氏名】寺岡 慎一
(72)【発明者】
【氏名】濱田 純一
【テーマコード(参考)】
4K037
【Fターム(参考)】
4K037EA01
4K037EA02
4K037EA03
4K037EA04
4K037EA05
4K037EA09
4K037EA10
4K037EA12
4K037EA13
4K037EA14
4K037EA15
4K037EA17
4K037EA18
4K037EA19
4K037EA20
4K037EA23
4K037EA24
4K037EA25
4K037EA26
4K037EA27
4K037EA29
4K037EA31
4K037EA32
4K037EA33
4K037EA35
4K037EA36
4K037EB02
4K037EB06
4K037EB07
4K037EB08
4K037EB09
4K037FA02
4K037FA03
4K037FB07
4K037FC02
4K037FC03
4K037FE01
4K037FE02
4K037FF05
4K037FG00
4K037FG01
4K037FJ06
4K037FJ07
4K037JA03
4K037JA06
(57)【要約】
【課題】熱延板焼鈍を行わずに1回の冷間圧延と最終焼鈍によるプロセスで、加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼板を得るための熱延鋼板を提供することを課題とする。
【解決手段】質量%にて、Cr:11.0%以上30.0%以下、C:0.030%以下、Si:1.00%以下、Mn:1.00%以下、P:0.005%以上0.100%以下、S:0.0100%以下、Al:0.50%以下、N:0.030%以下、さらに、Ti:0.05%以上0.50%以下および/またはNb:0.05%以上0.50%以下を含み、残部Feおよび不純物からなり、再結晶率が5%以下であり、鋼板の板厚1/2位置の圧延面に平行な面における{112}<110>結晶方位のランダム強度比が7以上であり、断面の板厚中心部のビッカース硬度が150以上であることを特徴とするフェライト系ステンレス熱延鋼板。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%にて、
Cr:11.0%以上30.0%以下、
C :0.030%以下、
Si:1.00%以下、
Mn:1.00%以下、
P :0.005%以上0.100%以下、
S :0.0100%以下、
Al:0.50%以下、および
N :0.030%以下、を含み、
さらに、
Ti:0.05%以上0.50%以下および
Nb:0.05%以上0.50%以下の一方または両方を含み、
残部Feおよび不純物からなり、
再結晶率が5%以下であり、鋼板の板厚1/2位置の圧延面に平行な面における{112}<110>結晶方位のランダム強度比が7以上であり、断面の板厚中心部のビッカース硬度が150以上であることを特徴とするフェライト系ステンレス熱延鋼板。
【請求項2】
さらに、質量%で、
Sn:0.50%以下、
Ni:1.00%以下、
Cu:1.00%以下、
Mo:2.00%以下、
W:1.00%以下、
Co:0.50%以下、
V:0.50%以下、
Zr:0.50%以下、
Sb:0.50%以下、
B :0.0025%以下、
Ca:0.0050%以下、
Mg:0.0050%以下、
Y :0.20%以下、
Hf:0.20%以下、および
REM:0.10%以下
のうちから選択される1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載のフェライト系ステンレス熱延鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はフェライト系ステンレス鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
フェライト系ステンレス鋼は耐食性に優れており、厨房用などの外観を重視する用途や、自動車排気系部品用などの腐食しやすい環境に晒される用途に用いられている。近年、自動車排気系部品用や器物用に代表されるように、高加工性用材料としての用途が広がってきた。加工用材料としてのフェライト系ステンレス鋼は深絞り加工特性の指標である平均r値が高いことが求められる。平均r値は(r0+2×r45+r90)/4で算出される。平均r値の向上には数多くの方法が提案されている。
【0003】
特許文献1や特許文献2には平均r値が2.1~2.7程度の高いr値を得る手法が開示されているが冷間圧延を2回実施したり、熱延板焼鈍や中間焼鈍を要したりと、工程付与により製造コストが増大する。
熱延板焼鈍を実施せずに1回冷延にてr値を向上する種々の手法は非特許文献1等に示されている。例えば、非特許文献1には、TiやNb等を含有してC、Nを固定した、いわゆるIF系ステンレス鋼の平均r値をさらに向上する方法が提案されている。非特許文献1に示されているように冷延圧下率を増加する手法や最終焼鈍工程において高温焼鈍を行うことで結晶粒成長させる手法など、多くの方法が報告されている。但し、TiやNbの過度な含有や冷延圧下率の過度な増加はかえって平均r値を低下させ、最終焼鈍工程における過度な結晶粒成長はその後の加工時に肌荒れを増大する等の問題を生じるため、得られる平均r値には限界がある。そのため、加工性を向上する手法はr値の面内異方性の最適化にとどまっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005-163139号公報
【特許文献2】特開2003-138349号公報
【特許文献3】国際公開第2021/065738号
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】沢谷精他、Ti添加低C、N-17%Crステンレス鋼薄板のr値および集合組織、鉄と鋼、63(1977)、p.843
【非特許文献2】井上博史、集合組織の三次元方位解析、軽金属、vol42、No6(1992)、p358
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、熱延板焼鈍などの工程付与がなくても、加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼板を得ることを課題とし、そのようなフェライト系ステンレス鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
ステンレス鋼板におけるr値向上手法の多くは、最終焼鈍工程前の歪蓄積や最終冷延前の結晶粒界の増加、固溶Cや固溶Nの低減、結晶粒成長などによって最終焼鈍後の集合組織を制御してr値向上につなげるものである。例えば、特許文献1や特許文献3では熱間圧延工程で歪を蓄積することで続いて実施する冷間圧延後の歪量が増加して冷延焼鈍後のr値を向上させる手法が開示されているが、熱延集合組織に関する知見はない。特許文献2では最終冷延前に{111}集積度の高い微細再結晶粒の冷延前焼鈍板を冷延焼鈍することで高r値を得る手法が開示されているが、冷間圧延前の集合組織制御のために熱延板焼鈍を実施している。一方、熱延後の集合組織を制御することで焼鈍することなく後に続く冷延および最終焼鈍での集合組織を制御する手法はほとんど知られていない。
【0008】
そこで、本発明者らは熱延鋼板の組織形態と、それら熱延鋼板を熱延後焼鈍せず、1回の冷間圧延および最終焼鈍を行った後の集合組織およびr値の関係を調査したところ、熱延鋼板において{112}<110>方位が多いほど、熱延板焼鈍を施さなくても、最終焼鈍後のr値が高くなることを知見した。本発明は、この知見を基に成したものであり、その要旨は以下のとおりである。
【0009】
[1]
質量%にて、
Cr:11.0%以上30.0%以下、
C :0.030%以下、
Si:1.00%以下、
Mn:1.00%以下、
P :0.005%以上0.100%以下、
S :0.0100%以下、
Al:0.50%以下、および
N :0.030%以下、を含み、
さらに、
Ti:0.05%以上0.50%以下および
Nb:0.05%以上0.50%以下の一方または両方を含み、
残部Feおよび不純物からなり、
再結晶率が5%以下であり、鋼板の板厚1/2位置の圧延面に平行な面における{112}<110>結晶方位のランダム強度比が7以上であり、断面の板厚中心部のビッカース硬度が150以上であることを特徴とするフェライト系ステンレス熱延鋼板。
[2]
さらに、質量%で、
Sn:0.50%以下、
Ni:1.00%以下、
Cu:1.00%以下、
Mo:2.00%以下、
W :1.00%以下、
Co:0.50%以下、
V :0.50%以下、
Zr:0.50%以下、Sb:0.50%以下、
B :0.0025%以下、
Ca:0.0050%以下、Mg:0.0050%以下、Y :0.20%以下、
Hf:0.20%以下、および
REM:0.10%以下
のうちから選択される1種または2種以上を含有することを特徴とする[1]に記載のフェライト系ステンレス熱延鋼板。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、1回の冷間圧延および最終焼鈍によるプロセスで加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼板が得られる熱延鋼板を提供することが可能である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施態様(以下、単に本発明という。)について詳しく説明する。なお、各元素の含有量の「%」表示は、特に断りのない限り「質量%」を意味する。特に下限を規定していない場合や下限が0%となっているものは、含有しない場合(0%)も含む。
【0012】
[化学成分]
化学成分の限定理由を以下に説明する。
【0013】
Cr:11.0%以上30.0%以下
Crは、ステンレス鋼の基本特性である耐食性を向上する元素である。含有量が少な過ぎると十分な耐食性は得られないため下限は11.0%とする。耐食性の観点から、好ましくは14.0%上、さらに好ましくは16.0%以上である。一方、過度な含有はσ相当の金属間化合物の生成を促進して製造時の割れや成形性低下を助長するため上限は30.0%とする。安定製造性(歩留まり、圧延疵等)の観点から25.0%以下が好ましく、さらに好ましくは20.0%以下である。
【0014】
C:0.030%以下
Cは、本発明において重要な成形性(r値)を低下させる元素であるため少ない方が好ましく、上限を0.030%とする。成形性の観点から0.018%以下が好ましい。下限は特に限定しないが、過度な低減は精錬コストの上昇を招くため0.001%以上が好ましく、さらに好ましくは0.002%以上である。
【0015】
Si:1.00%以下
Siは、耐酸化性向上元素であるが過剰な含有は成形性の低下を招くため1.00%を上限とする。成形性の観点から0.30%以下が好ましい。下限は特に限定しないが、過度の低下は原料コストの増加を招くため0.01%以上が好ましく、さらに好ましくは0.05%以上である。
【0016】
Mn:1.00%以下
MnはSi同様に多量の含有は成形性の低下を招くため上限を1.00%とする。成形性の観点から0.30%以下が好ましい。下限は特に限定しないが、過度の低下は原料コストの増加を招くため0.01%以上が好ましく、さらに好ましくは0.05%以上である。
【0017】
P:0.005%以上0.100%以下
Pは、最終焼鈍工程における再結晶時点で{111}の発達を阻害し、成形性(r値および製品伸び)を低下させる元素であるため低い方が好ましく、上限を0.100%とする。成形性の観点から0.070%以下が好ましく、さらに好ましくは0.05%以下である。但し、少量のリン含有析出物が最終焼鈍時に析出することで集合組織制御およびr値向上に寄与しており、過度な低減は原料コストの上昇のみならずr値の低下をもたらすため、原料コストおよびr値の観点から0.005%以上とする。好ましくは0.010%以上、さらに好ましくは0.020%以上である。
【0018】
S:0.0100%以下
Sは不純物元素であり、耐食性を劣化させ、製造時の割れを助長するため低い方が好ましく、上限を0.0100%とする。耐食性および製造性の観点から0.0030%以下が好ましく、さらに好ましくは0.0020%以下である。下限は特に限定しないが、過度の低下は精錬コストの上昇を招くため0.0003%以上が好ましく、さらに好ましくは0.0004%以上である。
【0019】
Al:0.50%以下
Alは、耐食性あるいは耐酸化性を高めるのに有効な元素であるが、過度な含有は成形性の低下を招くばかりでなく合金コストの上昇や製造性を阻害することに繋がるため、上限を0.50%とする。製造性の観点から好ましい上限は0.30%である。下限は特に限定しないが、過度の低下は精錬コストの上昇を招くため0.005%以上が好ましく、さらに好ましくは0.01%以上である。
【0020】
N:0.030%以下
Nは、Cと同様に成形性(r値)を低下させる元素であり、上限を0.030%とする。成形性の観点から0.015%以下が好ましい。下限は特に限定しないが、過度な低減は精錬コストの上昇に繋がるため、0.002%以上が好ましく、製錬コストの観点から0.005%以上がさらに好ましい。
【0021】
Ti:0.05%以上0.50%以下およびNb:0.05%以上0.50%以下の一方または両方
Tiは、C、Nを析出物として固定する高純度化を通じてr値および製品伸びの向上による成形性向上をもたらす。この効果を得るため、Tiの下限を0.05%とする。成形性の観点から0.07%以上が好ましく、さらに好ましくは0.10%以上である。一方、過度な含有は合金コストの上昇やr値低下を招くため、Tiの上限は0.50%とする。合金コストおよび製造性の観点から、0.40%以下が好ましく、さらに好ましくは0.30%以下である。
【0022】
Nbも、Ti同様にC、Nを固定する安定化元素の作用による鋼の高純度化を通じてr値および製品伸びの向上による成形性向上をもたらす。さらに熱延工程における歪の回復・再結晶抑制による歪の蓄積を通じて集合組織制御に寄与し、製品のr値向上に寄与する。これらの効果を得るため、Nbの下限を0.05%とする。成形性の観点から0.07%以上が好ましい。一方、過度な含有は合金コストの上昇やr値異方性の増大を招くため、Nbの上限は0.50%とする。合金コストや成形性の観点から、0.40%以下が好ましく、さらに好ましくは0.30%以下である。
【0023】
TiとNbは少なくとも一方を含有することで効果を奏する。もちろんTiとNbの両方を含有してもよく、その場合であってもその含有量はそれぞれ単独に含有する場合と同様である。
【0024】
上記の成分に加えて以下の元素を選択的に含有しても良い。もちろん含有しなくてもよいので、これら元素の含有量の下限は0%である。それぞれの元素の効果により便宜的にA群、B群、C群に分けて説明するが、これらA群、B群、C群に属する元素全体から1種または2種以上の元素を含有することができる。
【0025】
A群元素:Sn:0.005%以上0.50%以下、Ni:1.00%以下、Cu:1.00%以下、Mo:2.00%以下、W:1.00%以下、Co:0.50%以下、V:0.50%以下、Zr:0.50%以下、Sb:0.50%以下
Sn、Ni、Cu、Mo、W、Co、V、Zr、Sbは、耐食性あるいは耐酸化性を高めるのに有効な元素であり、これらの元素のうち1種または2種以上を必要に応じて含有してもよい。但し、過度な含有は成形性の低下を招くばかりでなく合金コストの上昇や製造性を阻害することに繋がるため、Ni、Cu、Wの上限は1.00%、Moの上限は2.00%とする。Sn、Co、V、Zr、Sbの上限は0.50%とする。下限は特に限定しないが、SnおよびSbのより好ましい含有量の下限は0.005%であり、Ni、Cu、Mo、W、Co、V、Zrのより好ましい含有量の下限は0.05%とするとよい。
【0026】
B群元素:B:0.0001%以上0.0025%以下、Ca:0.0050%以下、Mg:0.0050%以下
B、Ca、Mgは熱間加工性や二次加工性を向上させる元素であり、これら元素のうち1種または2種以上を必要に応じて含有してもよい。下限は特に限定しないが、熱間加工性および二次加工性の観点からBは0.0001%以上が好ましく、CaおよびMgは0.0002%以上が好ましい。但し、過度な含有は製造性を阻害することに繋がるため、Bの上限は0.0025%、CaおよびMgの上限は0.0050%とする。製造性の観点から、Bは0.0012%以下が好ましく、CaおよびMgは0.0010%以下が好ましい。
【0027】
C群元素:Y:0.20%以下、Hf:0.20%以下、REM:0.10%以下
Y、Hf、REMは、熱間加工性や鋼の清浄度を向上ならびに耐酸化性改善に対して有効な元素であり、これら元素のうち1種または2種以上を必要に応じて含有してもよい。含有する場合、YおよびHfの上限は0.20%、REMの上限は0.10%とする。下限は特に限定しないが、清浄度および耐酸化性の観点から含有する場合の好ましい下限は0.001%とするとよい。ここで、REMは原子番号57~71の元素であり、例えば、La、Ce、Pr、Nd等である。
【0028】
以上説明した各元素の他にも、本発明の効果を損なわない範囲で含有させることができる。例えばBi、Pb、Se、H、Ta等は可能な限り低減することが好ましいが、本発明の効果に影響を及ぼさない範囲で、必要に応じて、Bi:100ppm以下、Pb:100ppm以下、Se:100ppm以下、H:100ppm以下、Ta:500ppm以下のうち1種以上を含有してもよい。
【0029】
成分のうち上記以外の残部はFeおよび不純物である。ここで不純物とは、鋼を工業的に製造する際に、鉱石やスクラップ等のような原料をはじめとして、製造工程の種々の要因によって不可避的に混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0030】
[再結晶率]
熱延鋼板が再結晶すると、結晶方位が変化して、冷間圧延および最終焼鈍後にr値を向上するために必要な{112}<110>方位が低減するだけでなく、熱延鋼板の歪量が低下するため最終焼鈍後のr値が低下する。そのため、再結晶率は5%以下とする。再結晶率はr値向上の観点から3%以下が好ましく、さらに好ましくは1%以下であるとよい。なお、再結晶率は板厚方向かつ圧延方向に平行な断面で測定する。
【0031】
[集合組織:{112}<110>結晶方位のランダム強度比]
熱延鋼板の板厚1/2位置(鋼板表面から厚さ方向に板厚の1/2の距離の位置。即ち鋼板の厚さ方向の中央を指す。)の圧延面に平行な面の結晶方位において、{112}<110>結晶方位のランダム強度比を7以上とする。熱延鋼板時点で{112}<110>方位を発達させることで、冷間圧延後にも{112}<110>方位を主方位として強く発達した圧延集合組織を得ることが可能であり、最終焼鈍後のr値を向上することが可能である。r値向上の観点から{112}<110>結晶方位強度は9以上が好ましく、さらに好ましくは10以上、11以上、12以上、13以上、14以上、15以上、16以上、17以上、18以上、または20以上である。なお、圧延面とは、圧延に際し圧延ロールが接した面を指し、鋼板の場合、いわゆる鋼板の表面(表裏面)が圧延面になる。
【0032】
結晶方位のランダム強度比の測定方法について述べる。鋼板の板厚1/2位置の圧延面に平行な面においてX線回折を実施する。板厚1/2位置は鋼材の平均的な集合組織を示すことが多く、成形性の指標となりうる。得られたデータを用いてBungeの手法(例えば非特許文献2を参照。)を用いて3次元方位解析を実施し、結晶方位分布図より、各方位におけるランダム強度比を読み取ることができる。板厚1/2位置は、厳密に鋼板の厚さ方向の中央の位置である必要はなく、鋼板の厚さをtとしたとき、鋼板の表面から厚さ方向に1/2tの位置を中心に±0.1tの範囲内(即ち、鋼板表面から厚さ方向に板厚の40%の深さから板厚の60%深さまでの範囲内)であればよい(この領域を板厚1/2位置と呼ぶ。)。以下、板厚中心部の硬度においても同様である。
【0033】
[板厚中心部のビッカース硬度]
熱延鋼板の圧延方向および板厚方向に平行な断面で板厚1/2位置でのビッカース硬度を150以上とする。熱延で付与する歪を増加することで最終焼鈍後のr値を向上することが可能である。r値の観点から板厚1/2位置でのビッカース硬度は155以上が好ましく、さらに好ましくは160以上であるとよい。
【0034】
[製造方法]
次に本発明のフェライト系ステンレス熱延鋼板の製造方法を説明する。以下に説明する製造方法は、本発明に係る鋼板を得るための一実施形態であり、この製造方法に限定されるものではない。本発明に係る鋼板が得られるのであれば、製造方法は限定されない。
【0035】
ステンレス鋼スラブは常法の製造方法によって製造すればよい。例えば、製鋼においては、前記説明した成分になるよう調整した成分を含有する鋼を転炉や電気炉にて溶製し、続いて2次精錬を行う方法が好適である。こうして所定の成分に調整した溶鋼は、公知の鋳造方法(例えば連続鋳造法)に従ってスラブを得ることができる。
【0036】
[熱間圧延]
ステンレス鋼スラブを加熱後に粗圧延および仕上圧延からなる熱間圧延を実施し、熱延板とする。
【0037】
[スラブ加熱温度]
スラブ加熱温度は、加熱温度が1250℃を超えるとTi炭硫化物(Ti4C2S2)が加熱中に溶解し、固溶炭素の増加や、熱間圧延過程で再析出することで再結晶が遅れるといった現象が生じる。これらの現象は、仕上熱延後の再結晶不良に起因するローピング発生を招く。また、スラブ加熱中に結晶粒が著しく肥大化してしまい、粗大展伸粒が熱間圧延工程で形成され、製品板の加工性劣化やローピング発生を引き起こす。よって、スラブ加熱温度は1250℃以下にするとよい。好ましくは1230℃以下、または1210℃以下にするとよい。一方、スラブ加熱温度が1100℃未満の場合は、表面疵発生の原因となり、疵部からの発銹による耐食性劣化をもたらす。このため、スラブ加熱温度は、1100℃以上が好ましい。さらに好ましくは、スラブ加熱温度は1130℃以上、または1150℃以上が好ましい。
【0038】
[仕上熱延温度]
熱間圧延での仕上熱延の各パスの温度が950℃を超えると、結晶方位回転が起こりにくくなり、結晶方位回転に伴って集積度が上昇し、{112}<110>方位が発達しにくくなる。また、仕上熱延の各パスの温度が700℃を下回ると圧延反力増大に伴う板形状不良や鋼板表面の疵の原因になる。そのため仕上熱延の各パスの温度が700℃以上950℃以下の範囲で所定の圧下率を得るように圧延することが有効である。即ち、十分に{112}<110>方位を発達させるため、集合組織の発達する950℃から700℃の間での仕上熱延の圧下率を85%以上とする。950℃から700℃の間での仕上熱延の圧下率は、熱延集合組織発達の観点から好ましくは86%以上、87%以上、88%以上、または89%以上、さらに好ましくは90%以上であるとよい。
なお、仕上熱延は950℃~700℃の温度範囲で上記の圧下率が得られれば、950℃より高い温度範囲や、700℃より低い温度範囲での圧延を含んでいてもよい。
【0039】
加えて、仕上熱延の各パスにおける平均歪速度を20/s以上100/s以下とするとよい。歪速度を100/sより高くすると加工発熱により付与した歪が回復するために{112}<110>方位が発達しないためこれを上限とする。歪速度が20/sより遅いと付与できる歪量が小さくなり、r値の低下に繋がるためこれを下限とする。歪蓄積の観点から30/s以上80/s以下が好ましい。
【0040】
また、仕上熱延の仕上温度(最終パスでの温度)は850℃以下とすることが好ましい。仕上温度が850℃よりも高くなると圧延中の回復や圧延後から巻取までの冷却過程での回復が起こり、熱延板の歪量が低下し、熱延板断面の硬度が150ビッカース硬度以下に低下する。熱延鋼板の歪量が低下することで最終焼鈍後のr値が低下する。熱延歪量およびr値の観点から仕上熱延の仕上温度は、830℃以下がさらに好ましい。
【0041】
[巻取温度]
巻取温度が高いと熱延コイルが徐々に冷えていく過程で歪の回復や再結晶が起こる。再結晶率が5%を超えると熱延板の集合組織が変化してしまうため、巻取温度は600℃を上限とする。再結晶を抑制する観点から巻取温度は、より好ましくは550℃以下であるとよい。
【0042】
[熱延板焼鈍省略]
以上の熱間圧延により、{112}<110>方位を発達した熱延鋼板を得ることができるので熱延板焼鈍は実施する必要はない。
【0043】
以上のように製造することにより{112}<110>方位が発達した熱延鋼板を得ることができ、その後の冷間圧延後にも{112}<110>方位を主方位として強く発達した圧延集合組織を得ることが可能となり、最終焼鈍後のr値を向上することができる。熱延後の工程は特に限定しない。例えば、次に示すような冷間圧延や最終焼鈍施すことができる。以下、熱間圧延以降のプロセスの例を示すが、この例示する製造方法に限定されるものではない。
【0044】
[脱スケール処理]
表面スケールが形成され、後工程にて表面疵等の問題が生じる場合、必要に応じて酸洗等による脱スケール処理を施すことが好ましい。
【0045】
[冷間圧延]
その後、所定の板厚まで冷間圧延を実施する。後工程の焼鈍過程において、再結晶させるのに十分な歪を蓄積するために冷延圧下率は40%以上が好ましい。過度な冷延圧下率の増大は平均r値の低下を招くため冷延圧下率は85%以下が好ましい。
【0046】
[仕上焼鈍(最終焼鈍)]
冷間圧延を施したのち、再結晶および粒成長を目的とした仕上焼鈍を施すとよい。再結晶温度をTsとしたときTs+50℃~Ts+120℃の範囲で仕上焼鈍を行うとよい。この温度範囲であれば、必要な特性に合わせて適切な温度にて実施すればよい。Ts+120℃超の温度で焼鈍すると結晶粒径が大きくなりすぎて加工後の肌荒れが顕著に表れるため、この温度を上限とすることが好ましい。また工業生産における生産性を考慮して、熱処理時間は3分以内とすることが好ましい。
【0047】
なお、再結晶温度Tsは、例えば、次の方法により求めることができる。冷延鋼板を所定の温度(焼鈍温度)まで昇温して1分間の保定の後に室温まで冷却し、再結晶率を測定する。焼鈍温度を10℃ずつ変化させ、再結晶率が98%以上となる最も低い温度を再結晶温度をTsと定義するとよい。
【実施例0048】
次に本発明の実施例を示す。
表1に示すステンレス鋼を溶製し、表2に記載の条件で熱間圧延して熱延鋼板を製造し、表3に記載の条件で冷間圧延および最終焼鈍を施して製品板を製造し、特性を評価した結果も併せて示した。
【0049】
評価方法を説明する。
[熱延鋼板の集合組織]
熱延鋼板の圧延面に平行な面について板厚1/2位置でのX線回折を実施した。前記集合組織の項で説明した手法で解析を行い、{112}<110>のランダム強度比を算出した。
【0050】
[熱延鋼板の再結晶率]
再結晶率は、板厚方向かつ圧延方向に平行な断面であって、幅1mmで全厚に亘る任意の観察断面で測定する。熱延鋼板の観察断面をエッチングした後に、50倍の倍率で光学顕微鏡により、前記観察断面を5箇所選定して組織観察を行う。アスペクト比が5以上の展伸した結晶粒の領域を未再結晶領域、アスペクト比が5未満の結晶粒の領域を再結晶領域とし、再結晶領域の面積率(%)(再結晶領域/(再結晶領域+未再結晶領域))を再結晶率とする。なお、アスペクト比とは、各結晶粒の長径/短径で定義される。5箇所の観察断面それぞれで測定した再結晶領域の面積率(%)の算術平均を当該鋼板の再結晶領域の面積率(%)とする。
【0051】
[熱延鋼板の板厚中心部のビッカース硬度]
熱延鋼板のビッカース硬度は板厚方向かつ圧延方向に平行な断面の鋼板の板厚1/2位置(板厚中央部)について、JIS Z2244:2009(ビッカース硬さ試験-試験方法(ISO 6507-4:2005に相当))に準じて荷重を5kgとして測定される値である。
【0052】
[冷延鋼板の平均r値]
冷延鋼板の平均r値は、JIS Z 2254:2008に準拠し、塑性ひずみ比試験方法により算出した。
【0053】
[特性評価]
発明例C1~C17に示すとおり、再結晶率を5%以下として{112}<110>方位のランダム強度比が7以上であり、断面ビッカース硬度が150を超える熱延鋼板を用いることで、冷間圧延および最終焼鈍後のステンレス鋼板においてr値を1.7以上に高めることが可能であり、これは限界絞り比(LDR)が2.3以上に相当し、十分に高い加工性が得られることが確認された。
【0054】
比較例c1、c4、c5、c10、c11、c12、c13は、C、P、N、Ti、Nbが既定の範囲外のためr値が低い。c2、c7、c8は熱延鋼板の集合組織を制御できておらず、r値が低い。c3、c6、c9は熱延鋼板の再結晶率が5%を超えており、熱延鋼板の蓄積歪が少ないことからr値が低くなっている。
比較例c14、c15、c16、c17は化学成分は既定の範囲内だが、製造条件が好ましい範囲外でr値が低い。
【0055】
【0056】
【0057】