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特開2024-141132デュアルキュア型歯科用レジンセメント及びデュアルキュア型歯科用レジンセメント調製用キット
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024141132
(43)【公開日】2024-10-10
(54)【発明の名称】デュアルキュア型歯科用レジンセメント及びデュアルキュア型歯科用レジンセメント調製用キット
(51)【国際特許分類】
   A61K 6/889 20200101AFI20241003BHJP
   A61K 6/878 20200101ALI20241003BHJP
【FI】
A61K6/889
A61K6/878
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023052617
(22)【出願日】2023-03-29
(71)【出願人】
【識別番号】391003576
【氏名又は名称】株式会社トクヤマデンタル
(72)【発明者】
【氏名】中西 健太
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 博喜
(72)【発明者】
【氏名】岸 裕人
【テーマコード(参考)】
4C089
【Fターム(参考)】
4C089AA06
4C089BA05
4C089BA13
4C089BC06
4C089BC07
4C089BC10
4C089BC12
4C089BC20
4C089BD02
4C089BD10
(57)【要約】
【課題】歯科材料として望ましい余剰セメントの除去性と化学の硬化挙動を有するデュアルキュア型歯科用レジンセメントを提供する。
【解決手段】重合性単量体(A):100質量部及びフィラー(B):50~500質量部、並びに化学重合開始剤及び(C)、光重合開始剤(D):0.1~1.5質量部を含む組成物からなるデュアルキュア型歯科用レジンセメントであって、前記化学重合開始剤(C)は、パーオキシエステル化合物(c1):0.05~5質量部、二価の銅化合物(c2):0.001~0.05質量部、サッカリン化合物(c3):0.05~2.5質量部、及びチオール化合物(c4):0.05~2.5質量部を含む、ことを特徴とするデュアルキュア型歯科用レジンセメント。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
重合性単量体(A):100質量部、フィラー(B):50~500質量部、並びに化学重合開始剤(C)及び光重合開始剤(D):0.1~1.5質量部を含む組成物からなるデュアルキュア型歯科用レジンセメントであって、
前記化学重合開始剤(C)は、
パーオキシエステル化合物(c1):0.05~5質量部、
二価の銅化合物(c2):0.001~0.05質量部、
サッカリン化合物(c3):0.05~2.5質量部、及び
チオール化合物(c4):0.05~2.5質量部を含む、
ことを特徴とするデュアルキュア型歯科用レジンセメント。
【請求項2】
重合禁止剤(E):0.01~2質量部を更に含む、請求項1に記載のデュアルキュア型歯科用レジンセメント。
【請求項3】
前記(c4)が2-メルカプトベンゾオキサゾール、2-メルカプトベンゾイミダゾール及び2-メルカプトベンゾチアゾールからなる群より選ばれる少なくとも1種からなり、前記(D)がαジケトン化合物(d1)と第3級アミン(d2)の組み合わせ及び/又はビスアシルフォスフィンオキサイド(d3)からなる、請求項1又は2に記載のデュアルキュア型歯科用レジンセメント。
【請求項4】
請求項3に記載のデュアルキュア型歯科用レジンセメントを調製するためのデュアルキュア型歯科用レジンセメント調製用キットであって、
互いに物理的に接触不可な状態で包装された、第一の部分組成物からなる1剤と、第二の部分組成物からなる2剤と、の組み合わせによって構成され、
前記1剤は、前記重合性単量体(A)の残部、前記パーオキシエステル化合物(c1)、及び前記二価の銅化合物(c2)を含み、前記サッカリン化合物(c3)、前記チオール化合物(c4)、及び第3級アミン(d2)を含まず、
前記2剤は、前記重合性単量体(A)の一部、前記サッカリン化合物(c3)、前記チオール化合物(c4)、及び第3級アミン(d2)を含み、前記パーオキシエステル化合物(c1)、前記二価の銅化合物(c2)を含まず、
前記フィラー(B)、前記αジケトン化合物(d1)、前記ビスアシルホスフィンオキサイド(d3)は、前記1剤又は前記2剤の何れか一方に含まれるか、又は、前記1剤及びは前記2剤の両方に分割して含まれる、
ことを特徴とするデュアルキュア型歯科用レジンセメント調製用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、デュアルキュア型歯科用セメント及びこれを調製するためのキットに関する。
【背景技術】
【0002】
歯科治療におけるインレー、アンレー、ラミネートベニア、ジャケットクラウンなどの修復物の合着材(歯科用セメント)としては、セラミックスやコンポジットレジンなどの光を透過する材料のみならず光を透過しない材料からなる上記修復物にも適用できる、デュアルキュア型レジンセメントが使用されている。
【0003】
上記デュアルキュア型レジンセメントは、重合性単量体、フィラー、(酸化剤と還元剤の組み合わせからなるレドックス系の)化学重合開始剤及び光重合開始剤を含む、流動性の高いペースト状の硬化性組成物からなり、これを用いて、ジャケットクラウンなどの歯冠用修復材料と歯質とを接着する場合には、過剰量の歯科用セメントを修復物に盛り付け、該修復物を歯質に圧接させることにより行なわれる。その際、上記圧接時にマージン部と呼ばれる歯質と修復物との接合部からはみ出た過剰分の歯科用セメント(「余剰セメント」ともいう。)を除去する必要がある。この余剰セメントの除去は、通常、操作性の観点から、余剰セメントを半硬化状態(硬化が進行して流動性がある程度なくなった状態)として歯科用短針等を用いて掻き取ることにより行うのが一般的である。余剰セメントを半硬化状態にする方法としては、余剰セメントに対し光照射器による短時間(一般に1~5秒)の光照射(以下、「仮光照射」ともいう。)する方法が採用されることが多い。そして、このような方法を採用する場合には、余剰セメント除去操作中に化学重合による硬化が進行し過ぎて操作性が低下しないようにする必要がある。
【0004】
上記方法が採用できるデュアルキュア型レジンセメントとしては、重合開始剤として、光重合開始剤としてのα―ジケトン類化合物と、化学重合開始剤の酸化剤としての過酸化物と、を含み、更に化学重合開始剤の還元剤及びα―ジケトンの助触媒として機能する「夫々特定の構造を有する3種類の第3級芳香族アミンi)~iii)の組み合わせからなる組成物」を用いたデュアルキュア型レジンセメントが知られている。すなわち、特許文献1には、(イ)重合性単量体、(ロ)α―ジケトン類化合物、(ハ)「夫々特定の構造を有する3種類の第3級芳香族アミンi)~iii)の組み合わせからなる組成物」、(ニ)フィラー及び(ホ)過酸化物を含んでなるデュアルキュア型レジンセメントが開示されている。そして、特許文献1によれば、上記デュアルキュア型レジンセメントを圧接して発生した余剰セメントに対して照射強度:380~420mW/cm、照射距離:1cm程度で2~4秒間光照射することによって(除去作業に適した)半硬化状態となり、この状態を2分以上(化学重合による硬化の影響が出始めるまでの時間に相当する)維持できるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第5773676号
【特許文献2】国際公開WO2003/057180号パンフレット
【特許文献3】特開2021-073249号
【特許文献4】国際公開WO2019/131094号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、化学重合開始剤の酸化剤及び還元剤と重合性単量体が共存すると化学重合反応が始まるため、デュアルキュア型歯科用レジンセメントは、これらが共存しないように分包され、患者の治療時(用事)に、口腔外において分包された各剤を混合してセメントを調製した後に、口腔内に施用して硬化させるように構成されている。このため、混合を開始してから施用するまでの間に治療の確実性を担保するための準備ができように、セメントが良好な施用操作性が維持できる時間(硬化により操作が困難となるまでの時間:操作余裕時間ともいわれる。)を十分に確保できるようにすることが望まれている。また、患者の負担(セメントが硬化するまでの間における動作の制限等)を低減する観点からは口腔内に施用した後は速やかに硬化することが好ましい。
【0007】
このように、デュアルキュア型歯科用レジンセメントに使用される化学重合開始剤においては、
(1)患者口腔外において用事調製後、十分な操作余裕時間が確保でき、
(2)患者口腔内に適用後には、余剰セメント除去操作に悪影響を与えず、且つ
(3)速やかに硬化して修復物を支台歯に合着させることができる
重合特性を有するものが好ましいと言える。
【0008】
しかしながら、このような重合開始剤を含むデュアルキュア型歯科用レジンセメントは、これまで知られていない。たとえば、前記特許文献1に開示されているデュアルキュア型レジンセメントにおいても上記(1)及び(3)の点で改善の余地があった。
【0009】
そこで本発明は、デュアルキュア型歯科用レジンセメントを用事調製して使用するに際し、口腔外において十分な操作余裕時間を確保することができると共に、口腔内において、(1)仮照射後における余剰セメントの除去性が良好な状態を比較的長時間確保でき、(2)余剰セメント除去性が良好で、更に(3)速やかに修復物を支台歯に合着させることができる、デュアルキュア型歯科用レジンセメントを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、前記課題を解決するものであり、本発明の第一の形態は、重合性単量体(A):100質量部及びフィラー(B):50~500質量部、並びに化学重合開始剤(C)及び光重合開始剤(D):0.1~1.5質量部を含む組成物からなるデュアルキュア型歯科用レジンセメントであって、
前記化学重合開始剤(C)は、パーオキシエステル化合物(c1):0.05~5質量部、二価の銅化合物(c2):0.001~0.05質量部、サッカリン化合物(c3):0.05~2.5質量部、及びチオール化合物(c4):0.05~2.5質量部を含む、
ことを特徴とするデュアルキュア型歯科用レジンセメントである。
【0011】
上記形態のデュアルキュア型歯科用レジンセメント(以下、「本発明の歯科用セメント」ともいう。)においては、重合禁止剤(E):0.01~2質量部を更に含む、ことが好ましい。
【0012】
また、前記(c4)が2-メルカプトベンゾオキサゾール、2-メルカプトベンゾイミダゾール及び2-メルカプトベンゾチアゾールからなる群より選ばれる少なくとも1種からなり、前記(D)がαジケトン化合物(d1)と第3級アミン(d2)の組み合わせ及び/又はビスアシルフォスフィンオキサイド(d3)からなることが好ましい。
【0013】
本発明の第二の形態は、本発明の歯科用セメントを調製するためのキットであって、
互いに物理的に接触不可な状態で包装された、第一の部分組成物からなる1剤と、第二の部分組成物からなる2剤と、の組み合わせによって構成され、
前記1剤は、前記重合性単量体(A)の残部、前記パーオキシエステル化合物(c1)、及び前記二価の銅化合物(c2)を含み、前記サッカリン化合物(c3)、前記チオール化合物(c4)、及び第3級アミン(d2)を含まず、
前記2剤は、前記重合性単量体(A)の一部、前記サッカリン化合物(c3)、前記チオール化合物(c4)、及び第3級アミン(d2)を含み、前記パーオキシエステル化合物(c1)、前記二価の銅化合物(c2)を含まず、
前記フィラー(B)、前記αジケトン化合物(d1)、前記ビスアシルホスフィンオキサイド(d3)は、前記1剤又は前記2剤の何れか一方に含まれるか、又は、前記1剤及びは前記2剤の両方に分割して含まれる、
ことを特徴とするデュアルキュア型歯科用レジンセメント調製用キット(以下、「本発明のキット」ともいう。)である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、用事調製して使用するに際し、口腔外において十分な操作余裕時間を確保することができると共に、口腔内において、仮照射後における余剰セメントを除去性が良好な状態を比較的長時間確保でき、更に速やかに修復物を支台歯に合着させることができるという優れた特長を有するデュアルキュア型歯科用レジンセメント(本発明の歯科用セメント)が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本図は、本発明の歯科用セメントの23℃における操作余裕時間t1を説明するためのグラフである。
図2】本図は、合着部部位における本発明の歯科用セメントの37℃での硬化時間t2を説明するためのグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
1.本発明の歯科用セメントの概要
本発明者等は前記(1)~(3)の要求を満足する重合特性を有する重合開始剤を得るべく、鋭意検討を行った。先ず、前記(1)の「患者口腔外における操作余裕時間の確保」に関しては、重合開始剤の硬化を遅らせる方法としては連鎖移動剤を配合する方法が知られている(特許文献2参照。)。そこで、特許文献2に開示されている特定構造のスチレン誘導体からなる連鎖移動剤を配合してみたところ、操作余裕時間の確保には有効であったが、前記(3)の「口腔内における合着部位の迅速硬化」の点では満足の行く結果を得ることができなかった(後述の比較例9参照)。また、酸化剤としてハイドロパ―オキサイドからなる酸化剤と、該酸化剤及び銅に対する還元能を有するチオ尿素誘導体と、の組み合わせに二価の銅化合物を配合した化学重合開始剤は、チオ尿素誘導体の連鎖移動能によりラジカル重合性単量体を比較的ゆっくり重合硬化させることが知られている(特許文献3及び4参照。)ことから、このような化学重合開始剤を用いてみたが、やはり満足のゆく効果は得られなかった(後述の比較例10及び11参照)。
【0017】
そこで、本発明者等は、保存安定性及び還元剤との反応性が良好なパーオキシエステルを酸化剤として用いる化学重合開始剤系について検討を行った。具体的には、施用前の操作が行われる雰囲気温度である室温(代表的には23℃)と、合着部位において硬化する際の雰囲気温度(代表的には37℃)には差があることに着目し、デュアルキュア型歯科用レジンセメントを23℃で型内に保持した状態において硬化が「開始」するまでの時間を「操作余裕時間:t1」とし、デュアルキュア型歯科用レジンセメントを37℃で型内に保持した際に硬化が「完了」するまでの時間を「硬化時間:t2」として、t1が長く且つt2が短くなる系の探索を行った。
【0018】
その結果、パーオキシエステル化合物と、二価の銅化合物と、サッカリン化合物と、銅に対する還元剤と、を含有する化学重合開始剤が上記要求を満足し得ることを見出し、該化学重合開始剤を含む歯科用硬化性組成物を既に提案している(特願2022-119369)。
【0019】
上記化学重合開始剤は、前記(1)及び(3)の要求を満足するものであると考えられることから、該化学重合開始剤を特許文献1に開示されているデュアルキュア型歯科用レジンセメントに適用すれば、前記(2)の「患者口腔内に適用後には、余剰セメント除去操作に悪影響を与えない」という要求をも満足させることができるのではないと考え、更に検討を行った。その結果、上記化学重合開始剤のうち、銅に対する還元剤として連鎖移動能を有するチオール化合物を適用した場合には、所期の効果が得られることがあることを確認し、本発明を完成するに至ったものである。本発明によれば、特許文献1に記載されたデュアルキュア型歯科用レジンセメントの必須である前記「(ハ)夫々特定の構造を有する3種類の第3級芳香族アミンi)~iii)の組み合わせからなる組成物」を使用することなく、通常のαジケトンと光重合促進剤との組合せからなる光重合開始剤を用いた場合でも、前記(1)及び(3)の点でより高い効果を得ることができる。
【0020】
このような優れた効果が得られる理由は必ずしも明らかではないが、本発明者等は次のようなものであると考えている。すなわち、(2)の余剰セメント除去性に関しては、光重合ではチオール化合物の連鎖移動能によって、化学重合では空気中の酸素による重合阻害効果のため口腔内であるにも拘わらず効果が進行しにくいことで、良好な除去操作が可能となったと考えている。また、(1)及び(3)の口腔内での硬化速度に関しては、促進剤として添加したサッカリン化合物が銅に対する配位能を有することから、(i)サッカリン化合物の銅への配位、(ii)配位した銅の還元、(iii)還元された銅によるパーオキシエステルの分解での開始ラジカル生成のいずれかの段階の速度が37℃下において、23℃下に比べて極めて大きいことにより、連鎖移動能を有するチオール化合物を含むにも拘わらず、口腔内で速やかな硬化が実現したものと考えている。
【0021】
前記した様に、本発明の歯科用セメントでは、特願2022-119369で提案された、23℃における硬化開始時間に相当する「操作余裕時間:t1」が長く、且つ37℃における硬化完了時間に相当する「硬化時間:t2」が短いという特長を有する「パーオキシエステル化合物と、二価の銅化合物と、サッカリン化合物と、銅に対する還元剤と、を含有する化学重合開始剤」の中から「仮光照射」後における余剰セメント除去性に悪影響を与えないものを選択して使用している。そこで、以下に、操作余裕時間:t1及び硬化時間:t2について説明した上で、本発明の歯科用セメント及び本発明のキットについて詳しく説明する。
【0022】
なお、本明細書においては特に断らない限り、数値x及びyを用いた「x~y」という表記は「x以上y以下」を意味するものとする。かかる表記において数値yのみに単位を付した場合には、当該単位が数値xにも適用されるものとする。また、本明細書において、「(メタ)アクリル系」との用語は「アクリル系」及び「メタクリル系」の両者を意味する。同様に、「(メタ)アクリレート」との用語は「アクリレート」及び「メタクリレート」の両者を意味し、「(メタ)アクリロイル」との用語は「アクリロイル」及び「メタクリロイル」の両者を意味する。
【0023】
2.操作余裕時間:t1及び硬化時間:t2について
本発明の歯科用セメントで使用する化学重合開始剤(C)は、基本的には上記既提案の化学重合開始剤と同様の効果挙動を示す。そして、本発明の効果も、操作余裕時間t1及び硬化時間t2として定量的に評価することができる。そこで、これらt1及びt2の決定方法について図面を参照して説明する。
【0024】
操作余裕時間t1は、本発明の歯科用セメントの各成分(A)~(D)を23℃で混合してからそのまま環境温度を23℃で保持したときに温度上昇が開始するまでの時間として定義される時間(秒)であり、図1に示すように、各成分の混合を開始した時刻からの経過時間と組成物温度とを測定したときに得られる時間-温度曲線において、温度が一定の直線部分から単調増加に転ずる起点の時間として操作余裕時間t1を求めることができる。
【0025】
一方、歯科用硬化性組成物では、硬化する際の反応が発熱反応であるため、硬化時間t2は、図2に示すように、各成分(A)~(D)を23℃で混合してから直ちに37℃の環境温度下に移して保持したときに得られる経過時間と組成物温度とを測定して得られる時間-温度曲線において、発熱ピークに対応する間(秒)として硬化時間t2を求めることができる。なお、発熱ピークの位置は、当前記時間-温度曲線において、最高温度の部分に接する水平直線L1と、実質的に温度上昇が一定と見做せる部分の外挿線L2と、の交点として得ることができる。
【0026】
本発明の歯科用セメントでは、例えば、t1を90~720秒とし、t2を120~600秒とすることができ、より好ましい態様としてt1を150~360秒とし、t2を150~300秒とすることもできる。なお、本発明の歯科用セメントにおいては、より望ましい硬化挙動を得るために、操作余裕時間t1(秒)と硬化時間t2(秒)との差(t1-t2)が50秒以上であることが好ましい。
【0027】
3.本発明の歯科用セメントについて
本発明の歯科用セメントは、重合性単量体(A):100質量部及びフィラー(B):50~500質量部、並びに化学重合開始剤(C)及び光重合開始剤(D):0.1~1.5質量部を含む組成物からなるデュアルキュア型歯科用レジンセメントであって、
前記化学重合開始剤(C)は、
パーオキシエステル化合物(c1):0.05~5質量部、
二価の銅化合物(c2):0.001~0.05質量部、
サッカリン化合物(c3):0.05~2.5質量部、及び
チオール化合物(c4):0.05~2.5質量部を含む、
ことを特徴とする。
【0028】
以下、本発明の歯科用セメントの成分について詳しく説明する。
【0029】
3-1. 重合性単量体(A)
本発明の歯科用セメントで使用される重合性単量体(A)は、1分子中に少なくとも1つのラジカル重合性不飽和基を有する化合物であり、ラジカル重合することによって硬化する。
【0030】
重合性単量体(A)としては、歯科用セメントで使用することができるとされている重合性単量体が特に制限なく使用できるが、ラジカル重合性単量体を使用することが好適である。ラジカル重合性単量体が有するラジカル重合性不飽和基としては、例えば、(メタ)アクリロイル基、(メタ)アクリロイルオキシ基、(メタ)アクリロイルアミノ基、(メタ)アクリロイルチオ基等の(メタ)アクリロイル系基、ビニル基、アリル基、スチリル基が例示される。
【0031】
重合性や生体への安全性の観点からラジカル重合性基は、(メタ)アクリル酸エステル系のラジカル重合性単量体が好適に使用される。具体的には、エチルヘキシル(メタ)アクリレート、3-ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、若しくはグリシジル(メタ)アクリレート等の単官能重合性単量体や、エチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ジエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、トリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ブチレングリコールジ(メタ)アクリレート、プロピレングリコールジ(メタ)アクリレート、1,6-へキサンジオールジ(メタ)アクリレート、1,9-ノナンジオールジ(メタ)アクリレート、2,2-ビス〔4-(3-メタクリロイルオキシ)-2-ヒドロキシプロポキシフェニル〕プロパン、2,2‘―ビス(4-メタクリロキシポリエトキシフェニル)プロパン、1,6-ビスエチルオキシカルボニルアミノ)トリメチルヘキサン等の二官能重合性単量体や、トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート、ペンタエルスリトールトリ(メタ)アクリレートあるいは等の三官能重合性単量体や、ペンタエリスリトールテトラ(メタ)アクリレート、ジトリメチロールプロパンテトラ(メタ)アクリレート、あるいはペンタエリスリトールヘキサ(メタ)アクリレート等の四官能重合性単量体が挙げられる。
【0032】
また、上述の酸性基非含有重合性単量体の中でも、機械的強度の点から、二官能以上の重合性単量体を含むことが好ましい。
【0033】
本発明においては、上述のような重合性単量体(A)を単独で用いても良いし、あるいは、2種類以上の重合性単量体を併用しても良い。さらに、官能基数が異なる複数種の重合性単量体を組み合わせても良い。
【0034】
3-2.フィラー(B)
本発明の歯科用セメントにおいては、セメントの強度を向上させ、かつ重合時の収縮を抑える目的及びセメントが硬化する前の粘度(操作性)を調節する目的でフィラー(B)を、重合性単量体(A)100質量部に対して50~500質量部、好ましくは150~400質量部配合する。フィラー(B)の量が50質量部未満の場合には、セメントとしての十分な強度が得られず、500質量部を越えて配合される場合には、粘度が高くなり、練和感が重くなる等の操作性が悪くなったり、セメントが厚くなってしまい、補綴物との適合性が悪くなったりすることがある。
【0035】
フィラー(B)としては、無機フィラー、有機フィラーおよび無機-有機複合フィラーから選択される1種以上を適宜用いることができる。
【0036】
本発明に使用される有機フィラーについて具体的に例示すると、ポリメチル(メタ)アクリレート、ポリエチル(メタ)アクリレート、メチル(メタ)アクリレート・エチル( メタ)アクリレート共重合体、メチル(メタ)アクリレート・ブチル(メタ)アクリレート共重合体あるいはメチル(メタ)アクリレート・スチレン共重合体等の非架橋性ポリマー若しくは、メチル(メタ)アクリレート・エチレングリコールジ(メタ)アクリレート共重合体、メチル(メタ)アクリレート・トリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート共重合体あるいは(メタ)アクリル酸メチルとブタジエン系単量体との共重合体等の(メタ)アクリレート重合体等が使用できる。また、これらの2種以上の混合物を用いることもできる。
【0037】
好適に使用できる無機フィラーについて具体的に例示すると、石英、シリカ、シリカチタニア、シリカジルコニア、ランタンガラス、バリウムガラス、ストロンチウムガラス 、フッ化ナトリウム、フッ化イッテルビウム、炭酸カルシウム、アルミニウムシリケート、フルオロアルミノシリケートガラス等を挙げることができる。なお、これらを2種以上組み合わせて使用することもできる。
【0038】
また、無機-有機複合フィラーを使用する場合、該無機-有機複合フィラーは、中実なものであってもよく、細孔を有するものであってもよい。硬化体の機械的強度の観点からは、国際公開第2013/039169号パンプレットに記載されているような、無機凝集粒子の表面が有機重合体で被覆され、且つ細孔を有する有機無機複合充填材を使用することが好ましい。
【0039】
上述の無機フィラーあるいは無機-有機複合フィラーは、常法に従いシランカップリング剤に代表される表面処理財で処理することにより、重合性単量体との親和性、重合性単量体への分散性、硬化体の機械的強度および耐水性を向上できる。
【0040】
フィラー(B)の粒径や形状は適宜選択して使用されるが、平均粒径は通常0.001~50μmであり、補綴物への適合性の観点から、特に0.001~10μmであることが好ましい。
【0041】
なお、ここで平均粒径とは、レーザー回折-散乱法による粒度分布をもとに求めたメディアン径であり、具体的には、0.1gの無機粒子をエタノール10mlに分散させ均一に調製したサンプルについて測定されるものを意味する。
【0042】
3-3.化学重合開始剤(C)
本発明の歯科用セメントでは、パーオキシエステル化合物(c1)、二価の銅化合物(c2)、サッカリン化合物(c3)及びチオール化合物(c4)を含む化学重合開始剤(C)を使用する。(c1)成分は酸化剤成分として、(c4)成分は還元剤として機能し、(c4)が直接的または間接的に(c1)を還元する過程で重合活性を有するラジカルを発生させる。(c2)成分は触媒として機能し、(c1)、(c4)の酸化還元反応を媒介することで反応を促進する。また、(c3)成分は促進剤であり、(c2)への配位と(c4)への芳香環同士の相互作用により反応を促進する機能を持つと考えられる。以下に、各成分について詳しく説明する。
【0043】
<パーオキシエステル化合物(c1)>
パーオキシエステル化合物(c1)とは、R-C(=O)-O-O-R’(ただし、R、R’は任意の有機基)、又はR-O-C(=O)-O-O-R’(ただし、R、R’は任意の有機基)で示される構造を有する化合物を意味する。本発明の歯科用セメントでは、酸化剤として、このような構造を有するパーオキシエステル化合物を特に制限なく使用できる。好適に使用できるパーオキシエステル化合物を具体的に例示すれば、クミルパーオキシネオデカノエート、1,1,3,3-テトラメチルブチルパーオキシデカノエート、t-ヘキシルパーオキシネオデカノエート、t-ブチルパーオキシネオデカノエート、t-ヘキシルパーオキシピバレート、t-ブチルパーオキシピバレート、1,1,3,3-テトラメチルブチルパーオキシ-2-エチルヘキサノエート、2,5-ジメチル2,5-ジ(2-エチルヘキサノイルパーオキシ)ヘキサン、t-ヘキシルパーオキシ-2-エチルヘキサノエート、t-ブチルパーオキシ-2-エチルヘキサノエート、t-ヘキシルパーオキシイソプロピルモノカーボネート、t-ブチルパーオキシ-3,5,5-トリメチルヘキサノエート、t-ブチルパーオキシラウレート、t-ブチルパーオキシイソプロピルモノカーボネート、t-ブチルパーオキシ-2-エチルヘキシルモノカーボネート、t-ヘキシルパーオキシベンゾエート、2,5-ジ(ベンゾイルパーオキシ)ヘキサン、t-ブチルパーオキシアセテート、t-ブチルパーオキシ-3-メチルベンゾエート、t-ブチルパーオキシベンゾエート等を挙げることができる。
【0044】
重合活性及び保存安定性の観点から、パーオキシエステル化合物(c1)としては、10時間半減期温度が80℃以上のパーオキシエステル化合物を用いることが好ましく、t-ブチルパーオキシ-3,5,5-トリメチルヘキサノエート、t-ブチルパーオキシラウレート、t-ブチルパーオキシ-2-エチルヘキシルモノカーボネート、t-ブチルパーオキシアセテート、t-ブチルパーオキシベンゾエートの少なくとも1つを用いることが特に好ましい。これらパーオキシエステル化合物は、1種類のみを用いてもよく、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
【0045】
また、本発明の歯科用セメントにおけるパーオキシエステル化合物(c1)の配合量は、重合性単量体(A)を100質量部としたとき、0.05~5質量部であり、硬化性の観点から0.25~2.5質量部であることが好ましい。
【0046】
<二価の銅化合物(c2)>
二価の銅化合物(c2)は、水和物であっても無水物であってもよい。好適に使用できる二価の銅化合物を例示すれば、塩化銅(II)、硫酸銅(II)五水和物、硝酸銅(II)、トリフルオロメタンスルホン酸銅(II)、酢酸銅(II)一水和物、アセチルアセトン銅(II)、ナフテン酸銅(II)、サリチル酸銅(II)、安息香酸銅(II)、メタクリル酸銅(II)、フタル酸ブチル銅(II)、グルコン酸銅(II)、ジクロロ(1,10-フェナントロリン)銅(II)、エチレンジアミン四酢酸銅(II)二ナトリウム四水和物、ジメチルジチオカルバミン酸銅(II)、ジエチルチオカルバミン酸銅(II)、ヘキサフルオロアセチルアセトナト銅(II)、ビス(1,3-プロパンジアミン)銅(II)ジクロリド、ビス(8-キノリノラト)銅(II)等を挙げることができる。
【0047】
保存安定性の観点から、二価の銅化合物(c2)として、酢酸銅(II)一水和物、アセチルアセトン銅(II)の少なくとも1つを用いることが好ましい。二価の銅化合物(c2)としては、1種類のみを用いてもよく、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
【0048】
また、本発明の歯科用セメントにおける二価の銅化合物(c2)の配合量は、(A)重合性単量体を100質量部としたとき、0.001~0.05質量部であり、保存安定性の観点から0.005~0.03質量部であることが好ましい。
【0049】
<サッカリン化合物(c3)>
サッカリン化合物(c3)とは、サッカリン及びその誘導体(具体的には、サッカリンの、ベンゼン環に置換基が導入された化合物及び/又は=NH基のHがアルカリ金属に置換された化合物)を意味する。効果及び入手容易性の観点からサッカリン化合物(c3)としては下記一般式(1)で示される化合物を使用することが好ましい。
【0050】
【化1】
【0051】
なお、一般式(1)中のMは、水素原子又はアルカリ金属原子を表し、Rは、炭素数が1~5のアルキル基、炭素数が2~5の不飽和鎖式炭化水素基、ハロゲン原子、シリル基、又はアルキルシリル基を表し、nは、0~4の整数を表す。ここで、nが2~4であり複数のRが存在する場合には、複数のRは同一であっても異なっていてもよい。
【0052】
前記一般式(1)で示される化合物の中でもサッカリン、サッカリンナトリウム、サッカリンデナトニウムの少なくとも1つを用いることが好ましく、重合性単量体(A)への溶解性の観点からサッカリンを用いることがより好ましい。
【0053】
また、本発明の歯科用セメントにおけるサッカリン化合物(c3)の配合量は、重合性単量体(A)を100質量部としたとき、0.05~2.5質量部であり、硬化性の観点から0.3~1質量部であることが好ましい。
【0054】
<チオール化合物(c4)>
チオ尿素化合物とは、=N-C(=S)-N=の構造を有する化合物を意味する。チオール化合物(c4)は、二価の銅化合物(c2)に含まれる二価の銅を一価の銅又は0価の銅に還元する還元能を有し、化学重合開始剤の機能を持つと同時に、チオール基由来の連鎖移動剤としての機能も有する。本発明の歯科用セメントでは、チオール化合物(c4)として、チオ尿素化合物、複素環式チオール化合物の少なくとも1つを用いることが好ましい。チオール化合物(c4)としては、1種類のみを用いてもよく、2種類以上を組み合わせて用いてもよいが、硬化性の観点からは、複素環式チオール化合物を用いることが特に好ましい。
【0055】
チオ尿素化合物としては、下記一般式(2)で示される化合物を使用することが好ましい。
【0056】
【化2】
【0057】
なお、上記一般式(2)中のR、R及びRはそれぞれ、水素原子、ヒドロキシル基、置換若しくは無置換のアルキル基、置換若しくは無置換のシクロアルキル基、置換若しくは無置換のアリール基、置換若しくは無置換の複素環基、置換若しくは無置換のアシル基、置換若しくは無置換のアラルキル基、又は置換若しくは無置換のアルケニル基を表し、Rは、R又はRと結合して環を形成していてもよい。硬化性の観点から、チオ尿素化合物としては、N-ベンゾイルチオ尿素、(2-ピリジル)チオ尿素、エチレンチオ尿素を用いることが好ましい。
【0058】
複素環式チオール化合物としては、下記一般式(3)で示される化合物を使用することが好ましい。
【0059】
【化3】
【0060】
なお、上記一般式(3)中のXは、O、S、又はN-Rを表す。また、R、Rおよび前記N―RにRおけるは、それぞれ独立に、水素、置換若しくは無置換のアルキル基、置換若しくは無置換のアルケニル基、置換若しくは無置換のシクロアルキル基、置換若しくは無置換のアリール基、クロロ基等のハロゲン基、ヒドロキシル基、アミノ基、又はニトロ基を表す。R7は、R6と結合して環を形成していてもよい。
【0061】
複素環式チオール化合物としては、例えば、2-メルカプトベンゾオキサゾール、2-メルカプトベンゾイミダゾール、2-メルカプトベンゾチアゾール、2-メルカプトオキサゾール、2-メルカプトイミダゾール、2-メルカプトチアゾール、6-メチル-1,3-ベンゾオキサゾール-2-チオール、5-フェニルベンゾオキサゾール-2-チオール、4,5-ジフェニル-2-メルカプトオキサゾール等が挙げられる。本発明の歯科用セメントでは、硬化性の観点から、複素環式チオール化合物として、2-メルカプトベンゾオキサゾール、2-メルカプトベンゾイミダゾール、2-メルカプトベンゾチアゾールの少なくとも1つを用いることが好ましく、2-メルカプトベンゾオキサゾールを用いることがより好ましい。
【0062】
本発明の歯科用セメントにおけるチオール化合物(c4)の配合量は、重合性単量体(A)を100質量部としたとき、0.05~2.5質量部であり、硬化の観点から0.25~1質量部であることが好ましい。
【0063】
3-4.光重合開始剤(D)
光重合開始剤(D)としては、光照射によりラジカルを発生させる機能を有するものが特に制限なく使用できるが、酸素による重合阻害を受けにくいという理由から、αジケトン化合物(d1)と第3級アミンの組み合わせ(d2)を、ラジカル生成の量子収率が高いという理由から、ビスアシルフォスフィンオキサイド(d3)を、又は(d1)と(d2)と(d3)との組み合わせからなるものを使用することが好ましい。
【0064】
αジケトン化合物(d1)としては、ベンジル、カンファーキノン、p,p’-ジメトキシベンジル、3,4-フェナントレンキノン、9,10-フェナントレンキノン、等が好適に使用でき、保存安定性と光重合開始剤としての活性の観点から、カンファーキノンが特に好適に用いられる。
【0065】
第3級アミン(d2)としては、反応性と保存安定性の観点から、芳香族基に直接窒素原子が置換した化合物を用いることが好ましい。このような第3級アミン(d2)としてはN,N-ジメチルアニリン、N,N-ジエチルアニリン、N,N-ジメチル-p-トルイジン、N,N-ジメチル-m-トルイジン、N,N-ジエチル-p-トルイジン、p-ジメチルアミノ安息香酸エチル等が挙げられる。保存安定性の観点からp-ジメチルアミノ安息香酸エチルを用いることが特に好ましい。
【0066】
なお、これら第3級アミンは、化学重合開始剤の還元剤として機能するものも含まれるが、そのような第三級アミンを用いた場合であっても、本発明の歯科用セメントを調製した直後に光照射した場合には光重合促進剤として機能する。
【0067】
ビスアシルフォスフィンオキサイド(d3)としては、入手容易性の観点から、ビス(2,4,6-トリメチルベンゾイル)フェニルホスフィンオキサイドを用いることが好ましい。
【0068】
本発明の歯科用セメントにおける光重合開始剤(D)の配合量は、重合性単量体(A)を100質量部としたとき、0.1~1.5質量部であり、余剰セメントの除去性の観点から0.2~0.9質量部であることが好ましい。なお、光重合開始剤(D)の配合量は、2種類以上を組み合わせて用いた場合はその合計量を意味する。
【0069】
3-5.重合禁止剤(E)
本発明の歯科用セメントでは、保存安定性を高めるために、重合禁止剤(E)を使用する。重合禁止剤(E)としては、ヒドロキノン、ヒドロキノンモノメチルエーテル、ジブチルヒドロキシトルエンの少なくとも1つを用いることが好ましい。重合禁止剤(E)の配合量は重合性単量体(A)を100質量部としたとき、0.01~2質量部であり、0.03~1質量部であることが好ましい。
【0070】
3-6.その他の成分
本発明の歯科用セメントは、発明の効果を損なわない範囲で、その他の成分を適宜含んでいてもよい。その他の成分としては、例えば、紫外線吸収剤、顔料等が挙げられる。
【0071】
4.本発明のキット
一般に、デュアルキュア型歯科用レジンセメントは、保管時や流通時における硬化の進行を防止するために、相互に隔離された第1剤と第2剤とから構成されるキットとして提供される。具体的には、第1剤と第2剤とが、両者間での分子拡散を阻害する阻害部材によって隔離されることで、物理的に接触不可能な状態になっている。そして、使用時において両剤が混合され、歯科用レジンセメントが調製される。
【0072】
本発明のキットは、本発明の歯科用セメントを調製するためのキットであって、互いに物理的に接触不可な状態で包装された、第一の部分組成物からなる1剤と、第二の部分組成物からなる2剤と、の組み合わせによって構成され、
前記1剤は、前記重合性単量体(A)の残部、前記パーオキシエステル化合物(c1)、及び前記二価の銅化合物(c2)を含み、前記サッカリン化合物(c3)、前記チオール化合物(c4)、及び第3級アミン(d2)を含まず、
前記2剤は、前記重合性単量体(A)の一部、前記サッカリン化合物(c3)、前記チオール化合物(c4)、及び第3級アミン(d2)を含み、前記パーオキシエステル化合物(c1)、前記二価の銅化合物(c2)を含まず、
前記フィラー(B)、前記αジケトン化合物(d1)、前記ビスアシルホスフィンオキサイド(d3)は、前記1剤又は前記2剤の何れか一方に含まれるか、又は、前記1剤及びは前記2剤の両方に分割して含まれる、
ことを特徴とする。ただし、保存安定性の観点から第3級アミン(d2)は第2剤に含ませることが好ましい。
【0073】
なお、本発明の好適デュアルキュア型歯科用レジンセメントが前記した必須成分以外の任意成分を含む場合、本発明の効果の発現を損なう副反応等が起こらないようにして、前記第1剤もしくは前記第2剤のいずれかに配合する。
【0074】
第1剤及び第2剤それぞれの組成は、基本的には、両者を等量で混合したとき{1剤と2剤との混合比(1剤の量/2剤の量):1/1、あるいは、1剤と2剤との混合比率(100×1剤の量/2剤の量):100%で混合したとき}に、本発明の好適歯科用硬化性組成物の組成となるように決定される。そして、このようにして決定された組成に従い、各成分を秤量し混合することにより容易に第1剤及び第2剤を調製することができる。
【0075】
ここで、「物理的に接触不可能な状態で包装される」とは、第1剤と第2剤とが両者間での分子拡散を阻害する阻害部材(包装部材)によって分離されて包装されている状態を意味する。分包の際に用いる包装部材としては、一般的には、容器や袋の素材として好適に用いられる樹脂等が用いられる。「物理的に接触不可能な状態」の典型例としては、たとえば、外気および外光を遮断する容器内に密封された状態で1種類の組成物が保管されている状態が挙げられる。具体的な包装形態としては、ボトル、チューブ、シリンジなどの容器内に充填された形態を挙げることができる。
【0076】
分包容器としては、以下に示すようなダブルシリンジタイプの容器を用いることが好ましい。すなわち、着脱可能なキャップにより封止された吐出口を先端に有する筒状バレルと、先端部にガスケットを有する押し子と、を有し前記バレルの後端部より前記ガスケットを摺動可能に挿入することによりガスケットより先端側のバレル内に形成される流体収容空間に流体を保持することができるシリンジ2本を有する容器を用い、その一方のシリンジの前記流体収容空間に前記第1剤が、他方のシリンジの前記流体収容空間に前記第2剤が夫々充填されることによって、前記第1剤と前記第2剤とが互いに物理的に接触不可な状態で包装することが好ましい。ダブルシリンジタイプの容器を用いた場合には、夫々キャップを外した前記2つのシリンジの両吐出口にミキシングチップ等の混合器を装着した後に前記2つのシリンジの両押し子を連動させて各押し子を同時に各バレル内に押し込んで各流体保持空間に保持された前記第1剤及び第2剤を各吐出口より同時に流出させて、各吐出口より流出したこれら剤を前記混合器により混合することによりデュアルキュア型歯科用レジンセメントが用事調製される。
【実施例0077】
以下、実施例によって本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に制限されるものではない。
【0078】
まず、実施例及び比較例で原材料として用いた各物質とその略号を以下に示す。
【0079】
<重合性単量体(A)>
・Bis-GMA:2.2’―ビス[4―(2―ヒドロキシ―3―メタクリルオキシプロポキシ)フェニル]プロパン
・3G:トリエチレングリコールジメタクリレート
・D-2,6E:2,2-ビス(4-メタクリロイルオキシポリエトキシフェニル)
・MDP:10-メタクリロイルオキシデシルジハイドロジェンホスフェート。
【0080】
<フィラー(B)>
・F1:平均粒径3μmのシリカジルコニア充填材
・F2:平均粒径0.2μmのシリカジルコニア充填材。
【0081】
<化学重合開始剤(C)>
パーオキシエステル化合物(c1)
・BPT:t-ブチルパーオキシ-3、5、5-トリメチルヘキサノエート
・BPB:t-ブチルパーオキシ-ベンゾエート
二価の銅化合物(c2)
・Cu(acac)2:アセチルアセトン銅(II)
・Cu(OAc)2:酢酸銅(II)一水和物
サッカリン化合物(c3)
・サッカリン
チオール化合物(c4)
チオ尿素化合物
・BzTU:N-ベンゾイルチオ尿素
・PyTU:(2-ピリジル)チオ尿素
複素環式チオール化合物
・MBT:2-メルカプトベンゾチアゾール
・MBO:2-メルカプトベンゾオキサゾール。
【0082】
(c1)~(c4)以外の成分
・BPO:過酸化ベンゾイル
・TMBH:1,1,3,3-テトラメチルブチルハイドロパーオキサイド
・THPO:tert-ブチルヒドロペルオキシド
・Ph4BNa:テトラフェニルホウ素のナトリウム塩
・PEAT:N,N-ジエチル-p-トルイジン
・DEPT:p-トリルジエタノールアミン
・DMPT:N,N-ジメチル-p-トルイジン
・CEBA:1-シクロヘキシル-5-エチル-バルビツール酸。
【0083】
<光重合開始剤(D)>
αジケトン化合物(d1)
・CQ:カンファーキノン
第3級アミン(d2)
・DMBE:p-ジメチルアミノ安息香酸エチル
ビスアシルフォスフィンオキサイド(d3)
・BTPO:ビス(2,4,6-トリメチルベンゾイル)フェニルホスフィンオキサイド。
【0084】
<重合禁止剤(E)>
・BHT:ジブチルヒドロキシトルエン。
【0085】
<その他の成分>
・ノフマー:2,4-ジフェニル-4-メチル-1-ペンテン。
【0086】
実施例1
Bis-GMA:5質量部、3G:20質量部、D-2,6E:25質量部からなる重合性単量体(A):50質量部に、BPT:1.5質量部、Cu(acac)2:0.01質量部、CQ:0.15質量部、BHT0.05質量部、F1:75質量部、及びF2:50質量部を混合して第1剤(第一の部分組成物)を調製した。また、Bis-GMA:5質量部、3G:20質量部、D-2,6E:25質量部からなる重合性単量体(A):50質量部に、サッカリン:0.75質量部、MBO:0.5質量部、DMBE:0.35質量部、BHT0.05質量部、F1:75質量部、及びF2:50質量部を混合して第2剤(第二の部分組成物)を調製した。
【0087】
次に、このように調製した第1剤及び第2剤をダブルシリンジタイプの容器((株)トクヤマデンタル製である「エステセムII」の容器として使用しているものと同じもの。)に充填した後にミキシングチップセメント用((株)トクヤマデンタル製)を装着し、第1剤及び第2剤を体積比1:1で等量混合してデュアルキュア型歯科用レジンセメント調製した。
【0088】
このようにして調製したデュアルキュア型歯科用レジンセメントについて、以下に示す方法により余剰セメントの除去性、操作余裕時間t1及び硬化時間t2、並びに硬化性の評価を行った。その結果、余剰セメントの除去性については、弱光照射、強光照射とも評価は〇であった。また、t1=200秒、t2=250秒、t2-t1=50秒であり、硬化性評価は〇であった。
【0089】
<余剰セメントの除去性の評価方法>
屠殺後24時間以内に抜去した牛歯を、注水下、P600の耐水研磨紙で研磨し、唇面に平行かつ平坦になるように、1cm程度エナメル質を削り出し、37℃恒温槽内で2時間保温した。第1剤と第2剤とをミキシングチップを用いて体積比1:1で混合して得た組成物(デュアルキュア型歯科用レジンセメント)を、恒温槽内から取り出した牛歯のエナメル質平面に、上記練和して得られたセメント15mgを盛りつけた。盛り付けたセメント上に2mm四方のアルミ板を圧接し、アルミ板の周りにセメントをはみ出させた状態にし(はみ出したセメントが余剰セメントである)、試験用サンプルを作製した。
このようにして得た余剰セメントに対し、次の2つの条件で仮光照射を行った。
弱光照射:照射強度300mW/cmとなるように余剰セメントと光照射器(エリパーディープキュア、3M製)の先端の距離を調節し、1秒間光照射を行った。
強光照射:照射強度1200mw/cmとなるように余剰セメントと光照射器(エリパーディープキュア、3M製)の先端の距離を調節し、3秒間光照射を行った。
【0090】
仮光照射は、試験用サンプルの作製において、盛り付けたセメントにアルミ板を圧接して余剰セメントがはみ出した直後に開始した。仮光照射した試験用サンプルについて、直ちに、余剰セメントに歯科用短針を刺し込み除去を試みた。その際に、歯科用短針に付着して除去できる余剰セメントの程度を、以下の基準で評価した。
〇:余剰セメントの硬さが適度であり、短針はスムーズに余剰セメントに刺すことができ、余剰セメントが大きな塊として効率的に除去できる。
△:余剰セメントの硬さが適度な硬さよりもやや柔らかいため、アルミ板から余剰セメントをはがすことはできるが、短針によって一塊で除去できない。又は、余剰セメントが硬化しすぎて適度な硬さよりもやや硬いため、かなり力を込めないと余剰セメントに短針を刺すことができない。
×:重合不足で余剰セメントの硬さが適度な硬さよりもかなり柔らかいため、余剰セメントの流動性が高く、短針を刺しても、余剰セメントは塊として取れない。又は、重合が進行しすぎて余剰セメントはほぼ完全硬化しており、短針を刺すことができない
この評価において、弱光照射および強光照射の双方で〇の評価となれば、照射強度依存性の小さいと判断し、余剰セメントの除去性が良好と評価した。
【0091】
<操作余裕時間t1の評価方法>
第1剤と第2剤とをミキシングチップを用いて体積比1:1で混合して得た組成物(デュアルキュア型歯科用レジンセメント)を、混合後ただちに、23±1℃に保った熱電対装置の型に填入した。得られた曲線において、填入後温度が一定となった直線部分から時間経過に伴って高温側に離れる起点を求め、混合を開始した時刻から起点までの時間を操作余裕時間t1とした。各歯科用硬化性組成物では、操作余裕時間t1が90秒以上の場合に良好であるものと判断した。また、各歯科用硬化性組成物では、720秒を超えても硬化が確認されない場合に「未硬化」と判断した。
【0092】
<硬化時間t2の評価方法>
第1剤と第2剤とをミキシングチップを用いて体積比1:1で混合して得た組成物(デュアルキュア型歯科用レジンセメント)を、混合から30秒後に、37±1℃に保った熱電対装置の型に入れた。得られた曲線において、最高温度の部分に接する水平直線と実質的に温度上昇が一定と見做せる部分の外挿線との交点を求め、混合を開始した時刻から交点までの時間を硬化時間t2とした。各歯科用硬化性組成物では、硬化時間t2が600秒以内の場合に良好であるものと判断した。また、各歯科用硬化性組成物では、600秒を超えても硬化が確認されない場合に「未硬化」と判断した。
また、上記のように求めた操作余裕時間t1及び硬化時間t2を用いて操作余裕時間t1(秒)と硬化時間t2(秒)との差(t1-t2)を求めた。各歯科用硬化性組成物では、t1-t2が50秒以上の場合に良好であるものと判断した。
【0093】
実施例2~21
第1剤(第一の部分組成物)及び第2剤(第二の部分組成物)の組成を表1に示すように変更し、その他については上記の実施例1と同様の要領で(デュアルキュア型歯科用レジンセメント)を調製した。
なお、表1における各成分の括弧内の数値は、各成分の量(質量部)を表し、上向きの矢印「↑」は、直上の欄と同様の構成であることを意味している(この点は表3においても同様である。)。また、実施例2~21について、第1剤及び第2剤に含まれる重合性単量体(A)、フィラー(B)および重合禁止剤(E)は実施例1と同様であるので、表1では、これら成分の配合に関しては省略し、これら以外の組成を示している。すなわち、実施例1~21における第1剤及び第2剤は、いずれも表1に示す成分以外に、重合性単量体(A)として、Bis-GMA:5質量部、3G:20質量部、D-2,6E:25質量部からなる重合性単量体(A):50質量部;フィラー(B)としてF1:75質量部及びF2:50質量部;並びに重合禁止剤(E)としてBTH0.05質量部;を含んでいる。
【0094】
【表1】
【0095】
このようにして調製した第1剤及び第2剤を用いて実施例1と同様にして評価を行った。結果を表2に示す。
【0096】
【表2】
【0097】
比較例1~11
第1剤(第一の部分組成物)及び第2剤(第二の部分組成物)の組成を表3に示すように変更し、その他については上記の実施例1と同様の要領で(デュアルキュア型歯科用レジンセメント)を調製した。
なお、表3の脚注に示すように、比較例10の第2剤は、表3に示される成分以外の成分として、MDP:5質量部、Bis-GMA:5質量部、3G:20質量部、D-2,6E:20質量部からなる重合性単量体(A):50質量部;F1:75質量部及びF2:50質量部からなるフィラー(B);並びにBTH0.025質量部からなる重合禁止剤(E)を含んでいる。また、比較例11の第1剤は、表3に示される成分以外の成分として、MDP:5質量部、Bis-GMA:5質量部、3G:20質量部、D-2,6E:20質量部からなる重合性単量体(A):50質量部;F1:75質量部及びF2:50質量部からなるフィラー(B);並びにBTH0.15質量部からなる重合禁止剤(E)を含んでいる。そして、これら2つの剤以外の第1剤及び第2剤は、実施例1と同様に、Bis-GMA:5質量部、3G:20質量部、D-2,6E:25質量部からなる重合性単量体(A):50質量部;F1:75質量部及びF2:50質量部からなるフィラー(B);並びにBTH0.05質量部からなる重合禁止剤(E)を含んでいる。
【0098】
【表3】
【0099】
そして、調製された第1剤及び第2剤を用いて実施例1と同様にして評価を行った。結果を表2に示す、実施例1と同様にして評価を行った。結果を表4に示す。
【0100】
【表4】
【0101】
表2に示すように、実施例1~21に係る歯科用硬化性組成物は、いずれの項目においても良好な評価結果であった。これに対し、パーオキシエステル化合物(c1)を含まない比較例1、二価の銅化合物(c2)を含まない比較例2、サッカリン化合物(c3)を含まない比較例3、及びチオール化合物(c4)を含まない比較例4は、25℃、37℃のいずれにおいても未硬化であった。チオール化合物(c4)に代えて、連鎖移動剤としての機能を持たない銅に対する還元剤であるPEATを用いた比較例5およびCEBAを用いた比較例6では、強光照射時に余剰セメントが完全に硬化してしまった。(F)光重合開始剤の添加量が少ない比較例7では、弱光照射時に余剰セメントが未硬化であり、一方で光重合開始剤(D)の添加量が多い比較例8では、強光照射時に完全に硬化してしまった。また、異なる構成の化学重合開始剤であるBPOと第3級アミン、連鎖移動剤としてノフマーを用いた比較例9では、弱光照射時の余剰セメントが未硬化であり、かつt1-t2が50秒未満であった。チオ尿素とハイドロパーオキサイド、促進剤として二価の銅化合物を用いた比較例10、及び有機過酸化物をハイドロパーオキサイドからパーオキシエステルに変更し、促進剤としてアリールボレート化合物を用いた比較例11では、各成分の添加量の調整により余剰セメントの除去性は良好であったものの、t1-t2が50秒未満であった。
図1
図2