(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024141173
(43)【公開日】2024-10-10
(54)【発明の名称】棒状部材
(51)【国際特許分類】
B22D 11/16 20060101AFI20241003BHJP
B21B 1/16 20060101ALI20241003BHJP
B22D 11/00 20060101ALI20241003BHJP
【FI】
B22D11/16 Z
B21B1/16 L
B22D11/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023052666
(22)【出願日】2023-03-29
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104444
【弁理士】
【氏名又は名称】上羽 秀敏
(74)【代理人】
【識別番号】100174285
【弁理士】
【氏名又は名称】小宮山 聰
(72)【発明者】
【氏名】河原木 雄介
【テーマコード(参考)】
4E002
4E004
【Fターム(参考)】
4E002AC12
4E002BD09
4E002CA15
4E004NC01
(57)【要約】
【課題】曲がり変形が抑制された棒状部材を提供する。
【解決手段】棒状部材は、機械構造用鋼材からなる棒状部材であって、棒状部材内のミクロ偏析が延びる方向と、棒状部材の長手方向とが所定の角度を有する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
機械構造用鋼材からなる棒状部材であって、前記棒状部材内のミクロ偏析が延びる方向と、前記棒状部材の長手方向とが所定の角度を有する、棒状部材。
【請求項2】
請求項1に記載の棒状部材であって、前記棒状部材内のミクロ偏析が延びる方向と、前記棒状部材の長手方向とのなす角度が5~15°である、棒状部材。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の棒状部材であって、長手方向に垂直な断面形状が、長手方向に平行な軸の周りに対称ではない、棒状部材。
【請求項4】
請求項1又は2に記載の棒状部材であって、長手方向に垂直な方向の寸法に対する長手方向の寸法の比が5以上である、棒状部材。
【請求項5】
請求項1又は2に記載の棒状部材であって、少なくとも表層に焼入れ硬化層を有する、棒状部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、棒状部材に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車や産業機械に使用される歯車やシャフト等、高応力に繰り返し曝される鋼部材には、優れた耐疲労特性及び耐摩耗性が要求されるため、焼入れを施した肌焼鋼が広く用いられている。一方、鋼部材に焼入れを施すと、冷却工程において鋼部材の表面と内部との温度差に起因する熱応力、及び相変態に伴う体積変化による変態応力が発生する。これらの応力によって、鋼部材に歪が生じる場合がある。
【0003】
この歪は鋼部材の変寸等の問題につながることから、この歪を低減する多数の試みが行われている。例として、機械研削によって歪を修正する方法がある。しかし、機械研削による歪の修正は、製造工程が増えることによって生産性が大幅に低下し製造コストが増加することに加えて、表面硬さや残留応力にむらが生じるため、品質上からも好ましくない。
【0004】
特許第3409275号公報には、熱処理歪の少ない肌焼鋼が開示されている。この肌焼鋼は、棒状圧延材の横断面において等軸晶の占める領域が面積率で30%以下であり、かつ等軸晶の中心と横断面の中心との距離をb、圧延材の直径をDとするとき、b/Dが0.05以下である。
【0005】
特開平11-342454号公報には、定歪加工部品の製造方法が開示されている。この製造方法は、連続鋳造を実施して鋳片を製造した後、この鋳片に塑性加工を施して所定形状の加工部品を得るのに際して、鋳型として型内面が円形の丸形鋳型を用いること、及び、軸心と直角方向の横断面形状が軸心を中心として実質的に対称形状となるように塑性加工を行うこと、を特徴とする。
【0006】
特開2021-156686号公報には、偏析が存在する部材の熱処理による挙動を精度よく解析するための熱処理シミュレーション方法が開示されている。この熱処理シミュレーション方法は、解析対象の部材を複数の要素で表したモデルデータを読み込む工程と、相変態に起因する歪の異方性を示す異方性パラメータを設定する工程と、複数の要素の各々の節点の温度を計算する工程と、複数の要素の各々の積分点の歪を、温度及び時間変化の少なくとも一方に応じて決定される組織分率と異方性パラメータとを用いて計算する工程と、解析結果を出力する工程とを有する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第3409275号公報
【特許文献2】特開平11-342454号公報
【特許文献3】特開2021-156686号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許第3409275号公報の技術は、鋼の鋳造時に発生する鋳造組織に着目したものであり、等軸晶の面積率を小さくすること、及び等軸晶の中心を圧延材の中心に近づけることで、熱処理歪を小さくすることを図ったものである。これを実現する具体的な手段として、比較的大きな速度で冷却を施しながら鋳造を行うこと、鋳造の際に電磁攪拌を極力制限すること等が記載されている。
【0009】
特許第3409275号公報にはまた、鋳造の最終段階で生成する中心偏析帯の中心を圧延材の中心に近づけることについても記載されている。これを実現するための具体的な手段として、冷却速度を比較的大きくすること、鋳片の全周から均一に冷却すること等が記載されている。
【0010】
一方、鋼部材の焼入れは一般的に、部材を最終形状に近い形状に加工した段階で行われる。そのため、部材内の組織や化学成分の分布が等方的であっても、部材の形状によっては焼入れ時に部材内の温度分布が非対称な形状となり、これによって部材に歪が生じる場合がある。
【0011】
特開平11-342454号公報の技術は、加工後の部品内における偏析帯の形状に着目したものであり、部品の断面形状を対称形状に加工することで、軸心周りの歪の均等化を図ったものである。この方法は当然ながら、断面形状が対称な部品に対してしか適用できない。
【0012】
本発明の課題は、曲がり変形が抑制された棒状部材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の一実施形態による棒状部材は、機械構造用鋼材からなる棒状部材であって、前記棒状部材内のミクロ偏析が延びる方向と、前記棒状部材の長手方向とが所定の角度を有する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、曲がり変形が抑制された棒状部材が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1は、S. E. Offerman, N. H. van Dijk, M. Th. Rekveldt, J. Sietsma & S. van der Zwaag(2002) Ferrite/pearlite band formation in hot rolled medium carbon steel, Materials Science and Technology, 18:3, 297-303に記載されている図であって、1013Kで焼鈍した中炭素鋼の(a)光学顕微鏡写真、(b)同視野を電子線マイクロアナライザ(EPMA)で測定したMnの濃度分布、(c)Siの濃度分布、及び(d)Crの濃度分布である。
【
図2】
図2は、棒状部材の採取方法を模式的に示す図である。
【
図3】
図3は、シミュレーションで用いた解析モデルの模式図である。
【
図4】
図4は、曲がり量(曲がり変形量)を説明するための模式図である。
【
図5】
図5は、シミュレーションで想定した浸炭焼入れのヒートパターンである。
【
図6】
図6は、シミュレーションに使用した油の熱伝達係数である。
【
図7】
図7は、ミクロ偏析が延びる方向と部材の長手方向との関係を模式的に示す図である。
【
図8】
図8は、ミクロ偏析が延びる方向と部材の長手方向との関係を模式的に示す図である。
【
図9】
図9は、
図7の角度θと曲がり変形量との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
焼入れによって発生する非弾性の歪として、表面と内部との温度差に起因する熱応力による塑性変形、及び、変態に伴う体積変化に起因する応力による塑性変形がある。シャフト等の棒状部材を焼入れする際には、部位による冷却速度差によって曲がり変形が発生する場合がある。
【0017】
本発明者らは、変形に異方性がある素材を用いて、焼入れ時の温度差による変形と相殺させることで、焼入れによる変形を低減させることを考えた。
【0018】
鋼部材には、鋳造時に発生した化学成分の偏りがミクロな偏析となって存在する。
図1は、S. E. Offerman, N. H. van Dijk, M. Th. Rekveldt, J. Sietsma & S. van der Zwaag(2002) Ferrite/pearlite band formation in hot rolled medium carbon steel, Materials Science and Technology, 18:3, 297-303に記載されている図であって、1013Kで焼鈍した中炭素鋼の(a)光学顕微鏡写真、(b)同視野を電子線マイクロアナライザ(EPMA)で測定したMnの濃度分布、(c)Siの濃度分布、及び(d)Crの濃度分布である。(b)~(d)において、明るい部分が対応する元素の濃度が高い部分である。鋳造時の凝固過程においてデンドライトと呼ばれる樹枝状の凝固組織が形成され、その樹間部に合金元素が濃化することで発生した偏析は、鋳造後の塑性加工(圧延等)によって引き延ばされるため、部材中では特定の方向に延びた多数の線状の偏析として観察される。以下、この偏析を「ミクロ偏析」という。
【0019】
この「ミクロ偏析」は、上述した特許第3409275号公報や特開平11-342454号公報で言及されている「中心偏析帯」や「偏析帯」とは異なるものである。これらの公報では、鋳片の外側と中心部との間といった比較的マクロな領域における化学成分の偏りに着目しているのに対し、「ミクロ偏析」は、数μm~数十μmといった比較的ミクロな領域における化学成分の偏りである。
【0020】
棒状部材では通常、部材の長手方向と塑性加工の方向(例えば圧延方向)とが一致しているため、部材の長手方向とミクロ偏析が延びる方向とが一致している。
【0021】
本発明者らは以前、ミクロ偏析が存在する部材の熱処理による挙動を解析するための熱処理シミュレーション方法を開発した(特願2020-55924号(特開2021-156686号公報))。本発明者らは、この熱処理シミュレーション方法を用いて、ミクロ偏析が延びる方向と部材の長手方向とがなす角度と、部材の曲がり変形量との関係を調査した。その結果、ミクロ偏析が延びる方向と部材の長手方向とに所定の角度(0°以外の角度)を設けることで、ミクロ偏析が延びる方向と部材の長手方向とが一致している場合と比較して、曲がり変形量を低減できることが分かった。
【0022】
本発明は、以上の知見に基づいて完成された。以下、図面を参照し、本発明の実施の形態を詳しく説明する。図中同一又は相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。各図に示された構成部材間の寸法比は、必ずしも実際の寸法比を示すものではない。
【0023】
[棒状部材]
本発明の一実施形態による棒状部材は、機械構造用鋼材からなる棒状部材であって、棒状部材内のミクロ偏析が延びる方向と、棒状部材の長手方向とが所定の角度を有する。
【0024】
棒状部材は、一方向に延びた形状を有している。棒状部材は例えば、シャフトやギアシャフトである。棒状部材の断面形状(長手方向に垂直な断面の形状。以下同じ。)は特に限定されず、丸形や角形、不定形状等であってもよい。棒状部材は、中空の部材(例えばパイプ)であってもよい。棒状部材は、溝や突起等を有していてもよい。
【0025】
棒状部材の断面形状は、長手方向に平行な軸の周りに対称ではない(すなわち、長手方向に平行な回転対称軸や長手方向に平行な鏡映面を持たない)ことが好ましい。後述するように、本実施形態では、焼入れ時の温度差による歪を素材の異方性によって相殺することで、焼入れによる変形を低減する。棒状部材の断面形状が複雑であるほど、あるいは断面形状の対称性が低いほど、部材内の温度分布が非対称になり曲がり変形が生じやすくなるため、本実施形態の構成を採用する意義が大きくなる。
【0026】
棒状部材は、これに限定されないが、長手方向に垂直な方向(以下「径方向」と呼ぶ)の寸法に対する長手方向の寸法の比((長手方向の寸法)/(径方向の寸法))が5以上であることが好ましい。ここで「径方向の寸法」は、より具体的には、長手方向に垂直な断面の面積(長手方向に沿って面積が変化する場合はその平均値)から求めた円相当直径とする。径方向の寸法に対する長手方向の寸法の比は、より好ましくは8以上であり、さらに好ましくは10以上である。径方向の寸法に対する長手方向の寸法の比の上限は、特に限定されないが、例えば100であり、好ましくは50である。
【0027】
棒状部材を構成する機械構造用鋼材としては、これらに限定されないが、例えばJIS G 4051の機械構造用炭素鋼鋼材やJIS G 4053の機械構造用合金鋼鋼材を用いることができる。
【0028】
棒状部材は、少なくとも表層に焼入れ硬化層を有することが好ましい。焼入れ硬化層は、浸炭焼入れによって形成された浸炭焼入れ硬化層であってもよい。棒状部材は、芯部まで焼入れされたものであってもよいし、表層のみに焼入れ硬化層が形成されたものであってもよい。
【0029】
ミクロ偏析が延びる方向は例えば、棒状部材の縦断面(長手方向に平行な断面)であって、互いに平行ではない二以上の断面を電子線マイクロアナライザ(EPMA)等で測定し、これらの断面における化学成分の分布を調べることで求めることができる。
【0030】
ミクロ偏析が延びる方向を調べる際に着目する元素は、これらに限定されないが、例えばSi、Mn、Cr及びMo等であり、なかでもMnが好適である。既述のとおり、ミクロ偏析は鋳造時に発生した化学成分の偏りが圧延等の塑性加工によって引き延ばされたものであり、塑性変形の方向(例えば圧延方向)に延びた形状を有している。そのためミクロ偏析が延びる方向は、着目する元素を変えても殆ど変化しない。
【0031】
本実施形態による棒状部材は、棒状部材内のミクロ偏析が延びる方向と、棒状部材の長手方向とが所定の角度(0°以外の角度)を有する。ミクロ偏析が延びる方向と棒状部材の長手方向とに所定の角度を設けることで、ミクロ偏析が延びる方向と棒状部材の長手方向とが一致している場合と比較して、焼入れによる曲がり変形量を低減することができる。棒状部材内のミクロ偏析が延びる方向と、棒状部材の長手方向とがなす角度は、好ましくは1.0°以上であり、さらに好ましくは5~15°である。
【0032】
本実施形態による棒状部材は例えば、
図2に示すように、塑性加工後の鋼材から、長手方向がこの鋼材の塑性加工の方向と所定の角度をなすように棒状部材を採取した後、焼入れ等の熱処理を施すことで製造することができる。棒状部材に施す焼入れは、これに限定されないが、例えば油焼入れである。
【0033】
以上、本発明の一実施形態による棒状部材を説明した。本実施形態によれば、曲がり変形が抑制された棒状部材が得られる。
【実施例0034】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明する。本発明はこれらの実施例に限定されない。
【0035】
熱処理歪評価のための単純形状部材として、
図3に示す直径27mmのキー溝付き丸棒を対象として、ミクロ偏析の影響を考慮した浸炭焼入れシミュレーションを行った。部材の長手方向に対してミクロ偏析の延びる方向を変更して解析を行い、熱処理歪を評価した。なお、ミクロ偏析の影響を考慮した浸炭焼入れシミュレーションは、特開2021-156686号公報に記載された熱処理シミュレーション方法に準じたものである。
【0036】
材料は浸炭用機械構造用鋼材として一般的なJIS SCM420を想定して解析を行った。化学成分を表1に示す。ヤング率や応力-歪曲線といった機械的特性はSCM420の実測データを使用し、比熱や熱伝導率といった熱的特性は化学成分に基づいた予測式を用いて算出した。
【0037】
【0038】
解析モデルは解析コスト削減のため長手方向(x方向)の寸法を無限大として、長手方向の1要素分(長さ0.1mm)のみで解析を行った。この1要素における傾きから曲率を求め、
図4に示すように長さが200mmのときの変位量(径方向の変位量の最大値)を曲がり量(曲がり変形量)とした。
【0039】
図5に、シミュレーションで想定した浸炭焼入れのヒートパターンを示す。本解析の油冷では一般的なセミホット油の冷却条件を想定し、油温を120℃に設定して部材表面を均一に冷却した。
図6に、シミュレーションに使用した油の熱伝達係数を示す。
【0040】
ミクロ偏析が延びる方向を変えながら上記の解析を行い、ミクロ偏析が延びる方向と曲がり量との関係を調査した。より具体的には、ミクロ偏析が延びる方向を部材の長手方向(x方向)から(A)長手方向(x方向)及びキー溝の底面の法線方向(z方向)の両方に垂直な方向(y方向)の周りに角度θだけ回転させた場合(
図7を参照。)と、(B)キー溝の底面の法線方向(z方向)の周りに角度φだけ回転させた場合(
図8を参照。)とで解析を行った。
【0041】
結果を
図9、
図10、表2及び表3に示す。表2及び表3の「変化量」は、回転角度(θ又はφ)が0°のときの曲がり変形量に対する変化量である。
【0042】
【0043】
【0044】
y方向の周りに回転させた場合(
図7、
図9及び表2)及びz方向の周りに回転させた場合(
図8、
図10及び表3)のいずれの場合においても、角度が10°の解析では角度が0°の場合のときと比較して曲がり変形量が減少しており、角度がさらに大きくなると角度の増加とともに曲がり変形量が増加していることが確認できた。このことから、ミクロ偏析の方向と棒状部材の長手方向とがなす角度には、棒状部材の焼入れによる曲がり変形を最小化する角度が存在することが分かった。また、その角度は10°前後であることが分かった。
【0045】
以上、本発明の実施形態を説明したが、上述した実施形態は本発明を実施するための例示にすぎない。よって、本発明は上述した実施形態に限定されることなく、発明の範囲内で、上述した実施形態を適宜変形して実施することが可能である。