(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024141189
(43)【公開日】2024-10-10
(54)【発明の名称】状態診断装置、状態診断方法および状態診断プログラム
(51)【国際特許分類】
F02D 45/00 20060101AFI20241003BHJP
【FI】
F02D45/00 345
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023052695
(22)【出願日】2023-03-29
(71)【出願人】
【識別番号】000000974
【氏名又は名称】川崎重工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】弁理士法人有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大林 航
(72)【発明者】
【氏名】島田 忠雄
(72)【発明者】
【氏名】安藤 赳虎
(72)【発明者】
【氏名】吉田 孝
(72)【発明者】
【氏名】野上 哲男
【テーマコード(参考)】
3G384
【Fターム(参考)】
3G384AA04
3G384DA43
3G384FA00Z
(57)【要約】
【課題】ディーゼルエンジンにおけるシリンダの状態診断をより適切に行うことができる状態診断装置、状態診断方法および状態診断プログラムを提供する。
【解決手段】状態診断装置は、診断対象のエンジンのピストンに組み付けられたピストンリングまたは当該ピストンリングの周辺構造を撮影した撮影画像を用いて、内部においてピストンが摺動するシリンダの状態診断を行う状態診断装置であって、処理回路を備え、処理回路は、所定の撮影タイミングで撮影対象が撮影された撮影画像を用いて、所定の診断項目に応じた画像処理を行うことにより得られる処理画像を生成し、前記処理画像から診断項目に関する評価を行い、当該評価に応じた評価値を前記診断項目に対して付与し、評価値に基づいて診断項目に対する診断結果を出力する。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
診断対象のエンジンのピストンに組み付けられたピストンリングまたは当該ピストンリングの周辺構造を撮影した撮影画像を用いて、内部において前記ピストンが摺動するシリンダの状態診断を行う状態診断装置であって、
処理回路を備え、
前記処理回路は、
所定の撮影タイミングで撮影対象が撮影された撮影画像を用いて、所定の診断項目に応じた画像処理を行うことにより得られる処理画像を生成し、
前記処理画像から前記診断項目に関する評価を行い、当該評価に応じた評価値を前記診断項目に対して付与し、
前記評価値に基づいて前記診断項目に対する診断結果を出力する、状態診断装置。
【請求項2】
前記診断項目は、第1診断項目および第2診断項目を含み、
前記処理回路は、
1つの前記撮影画像に対して第1画像処理を行うことにより得られる第1処理画像から前記第1診断項目に関する評価を行い、
前記1つの撮影画像に対して前記第1画像処理とは異なる第2画像処理を行うことにより得られる第2処理画像から前記第2診断項目に関する評価を行う、請求項1に記載の状態診断装置。
【請求項3】
前記処理回路は、前記診断結果に応じた対策として前記診断項目ごとに異なる対策内容を出力する、請求項2に記載の状態診断装置。
【請求項4】
前記処理回路は、
2以上の撮影タイミングで互いに同じ撮影対象が撮影された2以上の撮影画像を用いて、前記診断項目に関する評価を行い、当該評価に応じた評価値を前記診断項目に対して付与し、
第1撮影タイミングにおける第1評価値と前記第1撮影タイミングより後の第2撮影タイミングにおける第2評価値との間の差を算出し、
前記差に応じた診断結果を出力する、請求項1または2に記載の状態診断装置。
【請求項5】
前記処理回路は、前記診断項目について前記評価値の時間的変化の傾向を分析し、前記シリンダの保守時期を予測し、当該予測結果を出力する、請求項4に記載の状態診断装置。
【請求項6】
前記診断項目は、前記ピストンリングの縦傷を含み、
前記処理回路は、前記ピストンリングが撮影された前記撮影画像に対して前記ピストンの前記シリンダ内での摺動方向である第1方向に直交する第2方向の微分フィルタを前記第1方向に引き延ばした拡張フィルタを適用することにより得られる処理画像から前記ピストンリングの縦傷についての評価を行う、請求項1または2に記載の状態診断装置。
【請求項7】
前記診断項目は、前記ピストンリングの凝着摩耗を含み、
前記処理回路は、前記ピストンリングが撮影された前記撮影画像に対して前記ピストンの前記シリンダ内での摺動方向である第1方向の微分フィルタを適用することにより得られる処理画像から前記ピストンリングの凝着摩耗についての評価を行う、請求項1または2に記載の状態診断装置。
【請求項8】
前記診断項目は、前記ピストンリングの上下角部異常を含み、
前記処理回路は、前記ピストンリングが撮影された前記撮影画像における前記ピストンの前記シリンダ内での摺動方向である第1方向のピストンリング両端部領域における輝度の分離度を算出し、前記分離度から前記ピストンリングの上下角部異常についての評価を行う、請求項1または2に記載の状態診断装置。
【請求項9】
前記診断項目は、前記ピストンの周面における露出部分であるリングランドの燃焼残渣を含み、
前記処理回路は、前記リングランドが撮影された前記撮影画像に対して前記ピストンの前記シリンダ内での摺動方向である第1方向に直交する第2方向の微分フィルタを適用することにより得られる処理画像から前記リングランドの燃焼残渣についての評価を行う、請求項1または2に記載の状態診断装置。
【請求項10】
前記診断項目は、前記ピストンリングの折損を含み、
前記処理回路は、前記ピストンリングが撮影された前記撮影画像に対して所定のしきい値処理に基づいて得られる処理画像に陰部があるか否かを判定し、前記陰部がある場合に、前記陰部の形状と記憶器に予め記憶された前記ピストンリングの合口形状とを比較し、前記陰部の形状が前記合口形状と異なる場合に、前記ピストンリングに折損が生じていると評価する、請求項1または2に記載の状態診断装置。
【請求項11】
前記診断項目は、前記ピストンリングの縦傷、凝着摩耗、上下角部異常、折損および前記ピストンの周面における露出部分であるリングランドの燃焼残渣を含む、請求項1または2に記載の状態診断装置。
【請求項12】
診断対象のエンジンのピストンに組み付けられたピストンリングまたは当該ピストンリングの周辺構造を撮影した撮影画像を用いて、内部において前記ピストンが摺動するシリンダの状態診断を行う状態診断方法であって、
所定の撮影タイミングで撮影対象が撮影された撮影画像を用いて、所定の診断項目に応じた画像処理を行うことにより得られる処理画像を生成し、
前記処理画像から前記診断項目に関する評価を行い、当該評価に応じた評価値を前記診断項目に対して付与し、
前記評価値に基づいて前記診断項目に対する診断を行う、状態診断方法。
【請求項13】
診断対象のエンジンのピストンに組み付けられたピストンリングまたは当該ピストンリングの周辺構造を撮影した撮影画像を用いて、内部において前記ピストンが摺動するシリンダの状態診断を行う状態診断プログラムであって、
コンピュータを、
所定の撮影タイミングで撮影対象が撮影された撮影画像を用いて、所定の診断項目に応じた画像処理を行うことにより得られる処理画像を生成し、
前記処理画像から前記診断項目に関する評価を行い、当該評価に応じた評価値を前記診断項目に対して付与し、
前記評価値に基づいて前記診断項目に対する診断結果を出力するように機能させる、状態診断プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、状態診断装置、状態診断方法および状態診断プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
船舶用2サイクルディーゼルエンジン等の大型のエンジンにおいては、運用時においてエンジンの性能を維持するためにシリンダコンディションの定期的な確認が重要である。シリンダコンディションは、例えば、ピストンの上下運動により摺動するピストン、シリンダライナ等を含む摺動部品、例えば、ピストン、シリンダライナ、シリンダカバー等を含む燃焼室構成部品、または、注油システムの状態を意味する。しかし、船舶用の大型のエンジンにおいては、ピストンも大きいため、シリンダからピストンを取り出すことが容易ではない。
【0003】
このようなシリンダコンディションの確認に関して、下記特許文献1には、ディーゼルエンジンにおける、潤滑油中の全アルカリ価、シリンダライナ温度、燃焼室圧縮圧力等を計測し、計測値または計測値に基づく計算値から状態診断項目に応じた状態指数を算出し、その時間経過に対する変化の傾向から保守必要状態指数に達する時期を予測することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、上記特許文献1の構成では、シリンダまたはシリンダ内を摺動するピストンにおける実際の状態は分からないため、正確性に欠ける。一方で、シリンダの下方部分の側面に形成された掃気ポートからシリンダ内のピストンおよびピストンに組み付けられたピストンリングを目視により確認することも可能である。しかし、点検者の目視による確認は、ピストンまたはピストンリングの異常兆候を見逃す恐れがある。
【0006】
そこで、本開示は、ディーゼルエンジンにおけるシリンダの状態診断をより適切に行うことができる状態診断装置、状態診断方法および状態診断プログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の一態様に係る状態診断装置は、診断対象のエンジンのピストンに組み付けられたピストンリングまたは当該ピストンリングの周辺構造を撮影した撮影画像を用いて、内部において前記ピストンが摺動するシリンダの状態診断を行う状態診断装置であって、処理回路を備え、前記処理回路は、所定の撮影タイミングで撮影対象が撮影された撮影画像を用いて、所定の診断項目に応じた画像処理を行うことにより得られる処理画像を生成し、前記処理画像から前記診断項目に関する評価を行い、当該評価に応じた評価値を前記診断項目に対して付与し、前記評価値に基づいて前記診断項目に対する診断結果を出力する。
【0008】
本開示の他の態様に係る状態診断方法は、診断対象のエンジンのピストンに組み付けられたピストンリングまたは当該ピストンリングの周辺構造を撮影した撮影画像を用いて、内部において前記ピストンが摺動するシリンダの状態診断を行う状態診断方法であって、所定の撮影タイミングで撮影対象が撮影された撮影画像を用いて、所定の診断項目に応じた画像処理を行うことにより得られる処理画像を生成し、前記処理画像から前記診断項目に関する評価を行い、当該評価に応じた評価値を前記診断項目に対して付与し、前記評価値に基づいて前記診断項目に対する診断を行う。
【0009】
本開示の他の態様に係る状態診断プログラムは、診断対象のエンジンのピストンに組み付けられたピストンリングまたは当該ピストンリングの周辺構造を撮影した撮影画像を用いて、内部において前記ピストンが摺動するシリンダの状態診断を行う状態診断プログラムであって、コンピュータを、所定の撮影タイミングで撮影対象が撮影された撮影画像を用いて、所定の診断項目に応じた画像処理を行うことにより得られる処理画像を生成し、前記処理画像から前記診断項目に関する評価を行い、当該評価に応じた評価値を前記診断項目に対して付与し、前記評価値に基づいて前記診断項目に対する診断結果を出力するように機能させる。
【発明の効果】
【0010】
本開示によれば、ディーゼルエンジンにおけるシリンダの状態診断をより適切に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、本開示の一実施の形態に係る状態診断装置の概略構成を示すブロック図である。
【
図2】
図2は、検査対象のエンジンの例を示す図である。
【
図3】
図3は、掃気ポート越しに見えるピストンおよびピストンリングを模式的に示す図である。
【
図4】
図4は、本実施の形態における状態診断の処理の流れを示すフローチャートである。
【
図5】
図5は、
図4に示す評価処理の流れを示すフローチャートである。
【
図6】
図6は、本実施の形態におけるピストンリングの縦傷を評価する手順を示すイメージ図である。
【
図7】
図7は、本実施の形態におけるピストンリングの凝着摩耗を評価する手順を示すイメージ図である。
【
図8】
図8は、本実施の形態におけるピストンリングの上下角部異常を評価する手順を示すイメージ図である。
【
図9】
図9は、本実施の形態におけるリングランドの燃焼残渣を評価する手順を示すイメージ図である。
【
図10】
図10は、本実施の形態におけるピストンリングの折損を評価する手順を示すイメージ図である。
【
図11】
図11は、本実施の形態における診断結果に応じた対策内容を出力するための参照テーブルの例を示す図である。
【
図12】
図12は、
図11の参照テーブルに基づく診断項目ごとの対策内容テーブルの例を示す図である。
【
図13】
図13は、本実施の形態における診断結果画面の一例を示す図である。
【
図14】
図14は、本実施の形態における評価値の将来予測を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本開示を実施するための形態について、図面を参照しながら、詳細に説明する。なお、以下では全ての図を通じて同一または相当する要素には同一の参照符号を付して、その重複する説明を省略する。
【0013】
[全体構成]
図1は、本開示の一実施の形態に係る状態診断装置の概略構成を示すブロック図である。本実施の形態における状態診断装置1は、船舶に搭載されている2サイクルディーゼルエンジンのピストンおよびピストンリングの状態を記録または診断する。状態診断装置1は、各種の信号処理を行う処理回路2を備えている。処理回路2は、例えばマイクロコントローラ、パーソナルコンピュータ、PLC(Programmable Logic Controller)等のコンピュータを有する。より具体的には、処理回路2は、プロセッサ21、メモリ22、および周辺回路23を含む。
【0014】
プロセッサ21は、例えば、CPUまたはMPU等を含む。メモリ22は、ROM、RAM、レジスタ等の揮発性メモリを含む。周辺回路23は、入出力インターフェイス等を含む。プロセッサ21、メモリ22および周辺回路23は、バス24を通じて相互にデータ伝達を行う。
【0015】
さらに、状態診断装置1は、記憶器3、画像受信器4および出力器5を備えている。記憶器3は、外部から取得したデータや、処理回路2における演算処理結果のデータを記憶する不揮発性の記憶器である。外部から取得するデータは、例えば撮影画像のデータ、エンジンの型式情報、ピストンリングを含むピストンおよびピストンの周辺構造の設計寸法やピストンリングの表面コーティングの有無等の仕様情報等を含む。型式情報や仕様情報は、予め記憶器3に記憶されていてもよいし、ユーザが都度入力した情報が記憶器3に記憶されてもよい。また、記憶器3には、状態診断プログラムが予め記憶されている。プロセッサ21は、状態診断プログラムを、周辺回路23を通じて取得し、当該状態診断プログラムに従って後述する各種演算を実行する。
【0016】
なお、本実施の形態では、記憶器3が状態診断装置1に内蔵されている構成を例示しているが、状態診断装置1の外部に記憶器3が設置されてもよい。例えば、記憶器3は、状態診断装置1と通信ネットワーク7を介してデータ伝送可能に接続されたクラウドサーバ等により構成されてもよい。
【0017】
画像受信器4は、所定の通信ネットワーク7を介して撮影装置8で撮影された撮影画像のデータを受信する通信インターフェイスである。画像受信器4は、撮影画像のデータを受信し、周辺回路23を通じて記憶器3に伝送する。撮影装置8は、例えばスマートフォン等のカメラを備えた通信端末である。あるいは、撮影装置8は、通信機能を有するカメラであってもよい。撮影者は、船舶に搭載されている検査対象のエンジンを撮影し、撮影画像データを、撮影装置8から通信ネットワーク7を介して状態診断装置1に送信する。通信ネットワーク7は、例えば船内の無線LANまたは有線LAN等を含む。これに代えて、状態診断装置1と撮影装置8との間がデータ送信可能に有線接続されてもよい。
【0018】
出力器5は、プロセッサ21による演算結果を、周辺回路23を通じて取得し、出力する。例えば、出力器5は、状態診断装置1に接続された表示器に、状態診断の結果を表示する。また、出力器5は、診断状態の結果を所定の通信端末、例えば撮影装置8として構成されるスマートフォン等に送信する通信インターフェイスとして構成されてもよい。
【0019】
このように、本実施の形態における状態診断装置1は、船内に設置されるパーソナルコンピュータ等のコンピュータ端末として構成される。これに代えて、状態診断装置1は、撮影装置8として構成されるスマートフォン等の通信端末により構成されてもよい。この場合、通信端末内に状態診断装置1を構成する処理回路2、記憶器3、画像受信器4、出力器5を備え得る。また、状態診断装置1は、船外に設置されるコンピュータ端末として構成されてもよい。この場合、撮影装置8または撮影装置8との間でデータ伝達が可能な船内のコンピュータ端末と、船外の状態診断装置1とは、通信ネットワーク7を介して通信可能に構成される。
【0020】
なお、本明細書で開示する要素の機能は、開示された機能を実行するよう構成またはプログラムされた汎用プロセッサ、専用プロセッサ、集積回路、ASIC(Application Specific Integrated Circuits)、従来の回路、または、それらの組み合わせを含む回路または処理回路を使用して実行できる。プロセッサは、トランジスタやその他の回路を含むため、処理回路または回路と見なされる。本明細書において、回路、ユニット、または手段は、列挙された機能を実行するハードウェアであるか、または、列挙された機能を実行するようにプログラムされたハードウェアである。ハードウェアは、本明細書に開示されているハードウェアであってもよいし、あるいは、列挙された機能を実行するようにプログラムまたは構成されているその他の既知のハードウェアであってもよい。ハードウェアが回路の一種と考えられるプロセッサである場合、回路、ユニット、または手段はハードウェアとソフトウェアとの組み合わせであり、ソフトウェアはハードウェアまたはプロセッサの構成に使用される。
【0021】
撮影画像は、エンジンのピストンの周面またはピストンに組み付けられたピストンリングを含む画像である。なお、ピストンの周面における露出部分、すなわち、ピストンリングが組み付けられていない箇所は、リングランドと呼ばれる。撮影画像には、リングランドまたはピストンリングが帯状に写る。
【0022】
エンジンを動作させるとピストンがシリンダ内で上下動することにより、ピストンリングがシリンダの内周面を摺動する。このため、ピストンリングには、摺動による縦傷、凝着摩耗、摩耗による上下角部異常が生じ得る。また、リングランドには、燃焼残渣の堆積が生じ得る。さらに、ピストンリングが折損する可能性もある。
【0023】
状態診断装置1は、このようなピストンリングまたはリングランドの状態変化を監視する。状態診断装置1は、ピストンリングまたはリングランドの状態から、摺動部品、燃焼室構成部品または注油システム等を含むシリンダコンディションを総合的に評価し得る。
【0024】
[検査対象のエンジンの構成]
図2は、検査対象のエンジンの例を示す図である。
図2に示すエンジン100は、船舶の推進用主機である大型の2サイクルエンジンである。2サイクルエンジンは、2ストロークエンジンとも称される。
【0025】
エンジン100は、鉛直方向に延びる複数のシリンダ110を有している。なお、
図2には、1つのシリンダ110のみが示されている。特に、ユニフロー2サイクルエンジンにおいて、各シリンダ110は、下方部分の周面に掃気ポート120を有し、上方部分に排気ポート130を有している。エンジン100は、シリンダ110ごとに、ピストン140、燃料噴射弁150、および排気弁160を備えている。ピストン140は、円筒状のシリンダ110の内径に応じた外径を有する円柱形状を有している。ピストン140は、掃気ポート120を横切るようにしてシリンダ110内を摺動する。すなわち、ピストン140の摺動方向は、エンジン100の鉛直方向である。ピストン140には、周面に環状のピストンリング210が組み付けられる。ピストン140の下端部分には、ピストンロッド290が固定されている。ピストンロッド290は、コネクティングロッド170を介してクランク軸180に連結されている。
【0026】
燃料噴射弁150は、シリンダ110の上端部分に位置しており、燃料供給装置190から燃料が供給される。燃料供給装置190は、燃料噴射弁150における燃料噴射パターンおよび燃料噴射タイミングを変更することができる。排気弁160は、排気ポート130を開閉する弁であって、排気弁駆動装置200によって駆動される。排気弁駆動装置200は、排気弁160の開閉パターンおよび開閉タイミングを変更することができる。
【0027】
シリンダ110の内部空間は、掃気ポート120を介して掃気管220に接続されている。掃気管220と掃気ポート120とは、掃気室230を介して接続されている。掃気管220は、水平方向に延び、複数のシリンダ110に接続されている。エンジン100には、掃気管220を通じて空気が掃気として供給される。
【0028】
掃気管220には、過給機240が接続されている。過給機240は、エンジン100に供給される空気を断熱圧縮するように構成されている。過給機240は、複数の圧縮機翼を備え、回転軸250回りに回転することにより、外部から導入された空気を圧縮する圧縮機260と、圧縮機260の回転軸250に連結され、圧縮機260の回転動力を生成するタービン270と、を備えている。
【0029】
圧縮機260で圧縮された空気は、掃気管220および掃気室230を介してエンジン100に掃気として供給される。エンジン100での燃焼により排気ポート130から排出された排ガスは、過給機240のタービン270に流入される。タービン270は、複数のタービン翼を備え、流入された排ガスによってタービン270が回転軸250回りに回転することにより、圧縮機260が回転する。
【0030】
このような船舶用のエンジン100において、掃気管220は、人が入れるぐらいの大きさを有している。船舶の乗組員または整備員等の撮影者は、エンジン停止時に所定のメンテナンスハッチから掃気管220または掃気室230内に入り、掃気ポート120越しにシリンダ110内のピストン140およびピストンリング210を撮影する。エンジン100は、エンジン100の停止時におけるピストン140の鉛直方向位置を調整可能に構成されている。ピストン140およびピストンリング210の撮影に際し、ピストン140は、ピストン140およびピストンリング210が掃気ポート120越しに見える検査位置P1に位置するように調整される。例えば、検査位置P1は、ピストン140のシリンダ110の下限位置または下限位置から所定距離上方の位置に設定される。
【0031】
[状態診断に用いられる撮影画像について]
図3は、掃気ポート越しに見えるピストンおよびピストンリングを模式的に示す図である。
図3に示すように、撮影者が上述したように撮影する場合、撮影者の位置から掃気ポート120を見ると、掃気ポート120を通じてピストン140およびピストンリング210の一部が見える。
図3の例では、3つの掃気ポート120が示されている。掃気ポート120は、鉛直方向、すなわち、ピストン140の摺動方向に延びる長円形状を有している。長円形状は、上端部および下端部の円弧と、2つの円弧間を結ぶ直線部分とで構成される。言い換えると、掃気ポート120は、長手方向に直線部分を有する長円形状を有している。
【0032】
また、
図3の例では、ピストン140の周面に組み付けられた4つのピストンリング210と、ピストン140の周面における露出部分である5つのリングランド280とが掃気ポート120を通して見えている。ピストンリング210の外周面は、シリンダ110の内周面に接して摺動するため、ピストンリング210およびリングランド280の双方を撮影した場合、ピストンリング210は、リングランド280より高輝度である。一方、リングランド280の外周面は、シリンダ110の内周面に接しないことにより、燃焼カス、燃料残渣等が外周面に堆積するため、ピストンリング210およびリングランド280の双方を撮影した場合、リングランド280は、ピストンリング210より低輝度である。すなわち、ピストンリング210およびリングランド280の双方を撮影した撮影画像は、複数の四角形状のピストンリング部分と複数の四角形状のリングランド部分とが鉛直方向に交互に並んだ横縞状の特徴部を有する画像となり得る。
【0033】
状態診断装置1は、四角形状のピストンリング部分または四角形状のリングランド部分の撮影画像を用いて状態診断を行う。このため、撮影者が撮影する撮影画像は、少なくとも1つのピストンリング部分を含む画像G1または少なくとも1つのリングランド部分を含む画像G2である。あるいは、少なくとも1つの掃気ポート120の全体が含まれるような画像G3が撮影画像として撮影されてもよい。
【0034】
撮影者が撮影した撮影画像のデータである元画像データは、撮影装置8から状態診断装置1に送られ、記憶器3に記憶される。記憶器3は、元画像データを撮影タイミングに対応付けて記憶する。撮影タイミングのデータは、日時であってもよいし、所定のタイミングからの経過時間であってもよい。撮影装置8が撮影画像を撮影した実際の撮影タイミングを撮影画像に対応付けてもよいし、状態診断装置1が撮影画像を受信したタイミングを撮影タイミングとして撮影画像に対応付けてもよい。
【0035】
また、元画像データは、エンジン100に含まれる複数のピストン140のうちのどのピストンであるかを特定するピストン特定情報が対応付けられて記憶される。例えば、撮影者が元画像データを状態診断装置1に送信する際または状態診断装置1において記憶器3に元画像データを記憶する際に、ピストン140を特定するために複数のピストンのそれぞれに予め付与されたピストン番号が入力されることにより、処理回路2がピストン特定情報を取得してもよい。また、掃気ポート120の近傍にピストン番号等のピストン特定情報が記載されている場合、撮影画像に当該ピストン特定情報が含まれるように撮影することで、処理回路2は、撮影画像に対して画像処理を行うことにより撮影画像からピストン特定情報を取得してもよい。
【0036】
状態診断装置1の処理回路2は、撮影画像を用いて状態診断を行う際、または、撮影画像を記憶器3に記憶する際に、撮影画像である画像G1,G2またはG3から四角形状のピストンリング部分または四角形状のリングランド部分を抽出する画像処理を行う。処理回路2は、ピストンリング部分またはリングランド部分を抽出する際に、所定の画像補正処理を行ってもよい。
【0037】
掃気ポート120は、掃気がスムーズに流通するように、シリンダ110の径方向に対して周方向に所定角度傾斜した方向を向いている。例えば、掃気ポート120の径方向外端部は、径方向内端部に対して、シリンダ110の中心軸線に関して時計回りに進んだ位置に位置している。そのため、掃気ポート120越しにシリンダ110内のピストン140およびピストンリング210を撮影する際に、ピストンリング210およびリングランド280に掃気ポート120の影がかからないようにするためには、撮影者は、掃気ポート120の向きに合わせてシリンダ110の径方向に対して斜め角度から撮影する必要がある。
【0038】
この結果、撮影画像Gにおいて掃気ポート120越しに写るピストンリング210およびリングランド280は、水平方向で遠近差が生じる。また、撮影対象が円柱状のピストン140および環状のピストンリング210であるため、撮影画像Gは曲面の歪みを含むものとなる。このような撮影画像における四角形状のピストンリング部分または四角形状のリングランド部分の歪み等を補正するために、処理回路2は、撮影画像に対して画像補正処理を実行する。
【0039】
なお、抽出したピストンリング部分またはリングランド部分の画像のデータである対象画像データは、ピストン140における位置を特定する情報に対応付けられる。例えば、
図3の例においてピストン140に取り付けられた4つのピストンリング210に対して、上から順番に番号が付与され、ピストンリング部分の画像が何番のピストンリングに対応するかを特定するピストンリング特定情報が当該対象画像データに対応付けられる。また、リングランド部分の画像が何番と何番との間のリングランドに対応するかを特定するリングランド特定情報が当該対象画像データに対応付けられる。さらに、どの掃気ポート120から見えるピストンリング部分またはリングランド部分であるかを特定する情報がこれらの対象画像データに対応付けられてもよい。
【0040】
[状態診断]
処理回路2は、上記のようにして得られたピストンリング部分またはリングランド部分を撮影した撮影画像を用いて、シリンダ110の状態診断を行う。
図4は、本実施の形態における状態診断の処理の流れを示すフローチャートである。処理回路2は、状態診断に用いる撮影画像を取得する(ステップS1)。状態診断に用いられる撮影画像は、上述の通り、ピストンリング部分またはリングランド部分が抽出された画像、すなわち、対象画像データに基づく画像である。
【0041】
処理回路2は、2以上の診断項目について診断項目ごとに評価処理を行う(ステップS2)。
図5は、
図4に示す評価処理の流れを示すフローチャートである。処理回路2は、対象画像データとともに、後述する画像処理および評価に用いるピストン140およびピストンリング210の仕様情報を読み込む(ステップS21)。例えば、処理回路2が読み込む仕様情報は、掃気ポート120から見えるピストンリング210またはリングランド280の実際の寸法、掃気ポート120の実際の幅、ピストンリング210の表面にコーティングが施されているか否かについての情報等を含み得る。
【0042】
処理回路2は、所定の撮影タイミングで撮影対象が撮影された撮影画像を用いて、所定の診断項目に応じた画像処理を行うことにより得られる処理画像を生成し、当該処理画像から診断項目に関する評価を行う。より詳しくは、処理回路2は、撮影画像から2以上の診断項目のそれぞれに対して互いに異なる画像処理を行うことにより得られる2以上の処理画像から対応する診断項目に関する評価を行う。まず、処理回路2は、第1診断項目N=1についての処理を行う(ステップS22)。処理回路2は、撮影画像に対して第1診断項目N=1において予め設定されている第1画像処理を実行する(ステップS23)。処理回路2は、第1画像処理により得られた第1処理画像に基づいて評価値を付与する(ステップS24)。
【0043】
処理回路2は、予め定められたすべての診断項目について評価を実施したか否かを判定する(ステップS25)。例えば、処理回路2は、最後の診断項目N=Nmaxについての評価を行ったか否かを判定する。未評価の診断項目がある場合(ステップS25でNo)、処理回路2は、次の診断項目N=N+1についての処理に進む(ステップS26)。例えば、第1診断項目N=1の次に、第2診断項目N=2についての処理を行う。処理回路2は、第2診断項目N=2において撮影画像に対して第1画像処理とは異なる第2画像処理を実行する。処理回路2は、第2画像処理により得られた第2処理画像に基づいて評価値を付与する。すべての診断項目を評価した場合(ステップS25でYes)、処理回路2は、評価処理を終了する。
【0044】
本実施の形態では、2以上の診断項目として5つの診断項目を例示する。5つの診断項目は、ピストンリング210の縦傷、凝着摩耗、上下角部異常、折損およびピストン140の周面における露出部分であるリングランド280の燃焼残渣である。
【0045】
[縦傷]
図6は、本実施の形態におけるピストンリングの縦傷を評価する手順を示すイメージ図である。縦傷は、ピストンリング210がシリンダ110の内周面に対して摺動する際に生じた傷である。処理回路2は、ピストンリング210が撮影された撮影画像に対して拡張フィルタF1を適用する。拡張フィルタF1は、ピストン140のシリンダ110内での摺動方向である第1方向に直交する第2方向の微分フィルタを第1方向に引き延ばしたフィルタである。
図6において、拡張フィルタF1を適用する撮影画像は、ピストンリング部分についての対象画像データに基づく処理前画像GA1である。処理前画像GA1において、第1方向はY方向、第2方向はX方向である。
【0046】
第2方向すなわちX方向の微分フィルタは、処理前画像GA1の各画素においてX方向に隣接する画素との輝度差を強調する。これにより、処理前画像GA1におけるY方向のエッジが強調される。X方向の微分フィルタとしては、例えばX方向のプレヴィットフィルタが用いられる。拡張フィルタF1は、X方向の微分フィルタをY方向に引き延ばしたものである。例えば、X方向のプレヴィットフィルタは、1列目がすべて-1であり、2列目がすべて0であり、3列目がすべて1である3×3行列で示されるカーネルとして設定される。この場合、拡張フィルタF1は、1列目がすべて-1であり、2列目がすべて0であり、3列目がすべて1であるn×3行列で示されるカーネルとして設定され得る。ここで、nは3より大きい値である。1つの画素に対してY方向すなわち摺動方向である第1方向により遠い画素の影響も加えることにより、第1方向に延びる傷、すなわち、縦傷を強調することができる。
【0047】
処理回路2は、処理前画像GA1に拡張フィルタF1を適用することにより、処理後画像GB1を生成する。処理後画像GB1は、処理前画像GA1におけるY方向の輝度のエッジが強調された画像となる。処理回路2は、処理後画像GB1における各画素の輝度がしきい値以上か否かに基づいて処理後画像GB1を2値化して2値化画像GC1を生成する。2値化画像GC1における高輝度画素がピストンリング210における縦傷の存在を示す。なお、2値化画像GC1は、低輝度画素が縦傷の存在を示す画素となるように輝度反転した画像として生成されてもよい。
【0048】
処理回路2は、画像処理により得られる処理画像として、生成された2値化画像GC1を用いてピストンリング210の縦傷についての評価を行う。本実施の形態において、処理回路2は、2値化画像GC1において縦傷の存在を示す画素の発生密度E1と、2値化画像GC1における縦傷の存在を示す画素の発生範囲E2との組み合わせに基づいて評価を行う。
【0049】
発生密度E1の算出において、処理回路2は、2値化画像GC1の総画素数Paに対する縦傷の存在を示す画素数Pxの割合、すなわち、D[%]=(Px/Pa)×100を算出する。処理回路2は、算出した発生密度E1が多いほど低評価となる、すなわち、縦傷に関して悪い診断結果となるような評価を行う。
【0050】
発生範囲E2の算出において、処理回路2は、2値化画像GC1を所定数のメッシュで分割して所定のメッシュ内画素数Pbを含む所定数の画像部分Gpを生成する。処理回路2は、生成された所定数の画像部分Gpのそれぞれにおける発生密度E1pを算出する。発生密度E1pは画像部分Gpのメッシュ内画素数Pbに対する縦傷の存在を示す画素数Pxpの割合、すなわち、Dp[%]=Pxp/Pb×100で示される。例えば、分割数が100である場合、100個の画像部分Gpが生成され、100個の画像部分Gpのそれぞれについて発生密度E1pが算出される。
【0051】
処理回路2は、算出された発生密度E1pのそれぞれについて所定のしきい値以上であるか否かを判定し、発生密度E1pが所定のしきい値以上である画像部分Gpの数を発生範囲E2を示す指標としてカウントする。処理回路2は、算出した発生範囲E2が多いほど低評価となる、すなわち、縦傷に関して悪い診断結果となるような評価を行う。
【0052】
例えば、処理回路2は、発生密度E1および発生範囲E2をそれぞれ5段階で評価する。例えば、処理回路2は、発生密度E1が第1基準値未満であれば、評価値を5とし、発生密度E1が第1基準値以上かつ第1基準値より大きい第2基準値未満であれば、評価値を4とし、発生密度E1が第2基準値以上かつ第2基準値より大きい第3基準値未満であれば、評価値を3とし、発生密度E1が第3基準値以上かつ第3基準値より大きい第4基準値未満であれば、評価値を2とし、発生密度E1が第4基準値以上であれば、評価値を1とする。発生範囲E2についても同様に評価される。
【0053】
処理回路2は、発生密度E1の評価値と発生範囲E2の評価値とが異なる場合、低い方の評価値を採用する。例えば、発生密度E1の評価値が4であるが、発生範囲E2の評価値が2である場合、縦傷に関する評価値は2となる。
【0054】
さらに、処理回路2は、2値化画像GC1から傷の平均太さを算出し、当該傷の平均太さに応じた評価を加え得る。処理回路2は、撮影画像および仕様情報から画像分解能を算出する。例えば、処理回路2は、撮影画像から当該撮影画像に含まれる所定の寸法要素を抽出し、当該寸法要素の撮影画像における画素数を算出する。また、処理回路2は、仕様情報から所定の寸法要素の実際の寸法を取得し、単位画素あたりの長さを算出する。算出された単位画素あたりの長さが画像分解能として用いられる。
【0055】
例えば、寸法要素は、撮影画像におけるピストンリング部分の長さまたは幅である。ピストンリング部分の長さとして掃気ポート120の水平方向の開口幅が寸法要素として用いられてもよい。撮影画像は、ピストンリング部分抽出後の処理前画像GA1でもよいし、抽出前の画像G1またはG3であってもよい。
【0056】
処理回路2は、2値化画像GC1における縦傷部分の第2方向、すなわち、X方向の画素数の平均値を算出する。処理回路2は、算出した画素数の平均値に画像分解能を掛けることにより、縦傷の平均太さを算出する。処理回路2は、算出した縦傷の平均太さが所定のしきい値以上であるか否かを判定し、縦傷の平均太さがしきい値以上である場合、上記で算出した評価値をより低くする。例えば、処理回路2は、上記で算出した評価値から所定値を差し引いてもよい。例えば、縦傷の平均太さがしきい値以上である場合、発生密度E1および発生範囲E2から得られた評価値から2が差し引かれる。なお、評価値の最低値は1としてもよい。所定値を差し引く代わりに、処理回路2は、縦傷の平均太さがしきい値以上である場合、上記で算出した評価値に、1より小さい所定の係数を掛けてもよい。
【0057】
[凝着摩耗]
図7は、本実施の形態におけるピストンリングの凝着摩耗を評価する手順を示すイメージ図である。凝着摩耗は、ピストンリング210がシリンダ110の内周面に対して摺動する際に凝着が生じたことによる摩耗である。凝着摩耗が発生するとピストンリング210の表面が凸凹する。
【0058】
ここで、ピストンリング210にALコート等の表面コートが施されている場合、凝着摩耗と同様にピストンリング210の表面が凸凹している。この場合は、凝着摩耗は生じておらず異常の兆候がない状態であるため、除外する必要がある。そのため、処理回路2は、凝着摩耗の評価に際して、ピストンリング210の仕様情報を読み出し、表面コートの有無を判定する。表面コートがある場合、さらに、処理回路2は、船舶の運転時間の情報を取得し、表面コートが施されてからの運転時間が所定の基準値以上となったか否かを判定する。運転時間のデータは、船舶の制御器から所定の時間ごとに送られ、記憶器3に記憶され得る。
【0059】
運転時間が所定の基準値未満である場合、表面コートが残っていると見なし、処理回路2は、後述する評価処理は行わず、評価値として異常がないことを示す値、例えば5を出力する。一方、運転時間が所定の基準値以上である場合、表面コートがピストン140の摺動により摩滅したと見なし、処理回路2は、表面コートが施されていない場合と同様に、後述する評価処理を行う。
【0060】
表面コートが施されていない場合または表面コートが摩滅したと判定された場合、処理回路2は、ピストンリング210が撮影された撮影画像に対して摺動方向に沿った第1方向微分フィルタF2を適用する。
図7において、第1方向微分フィルタF2を適用する撮影画像は、ピストンリング部分についての対象画像データに基づく処理前画像GA2である。処理前画像GA2においても、第1方向はY方向、第2方向はX方向である。したがって、第1方向微分フィルタF2は、Y方向の微分フィルタである。本実施の形態において、第1方向微分フィルタF2は、ソーベルフィルタである。なお、これに代えて、第1方向微分フィルタF2は、他の微分フィルタ、例えばプリューウィットフィルタ等を用いてもよい。
【0061】
なお、
図7の例では、処理前画像GA2として凝着摩耗が生じていると認められる画像として、
図6の処理前画像GA1とは異なる画像を示しているが、実際の評価では、処理前画像GA1およびGA2は、互いに同じ画像である。
【0062】
第1方向微分フィルタF2は、処理前画像GA2の各画素においてY方向に隣接する画素との輝度差を強調する。これにより、処理前画像GA2におけるX方向のエッジが強調される。例えば、
図7の例に示すY方向のソーベルフィルタは、1行目が-1,-2,-1であり、2行目が0,0,0であり、3行目が1,2,1である3×3行列で示されるカーネルとして設定される。
【0063】
処理回路2は、処理前画像GA2に第1方向微分フィルタF2を適用することにより、処理後画像GB2を生成する。処理後画像GB2は、処理前画像GA2におけるX方向の輝度のエッジが強調された画像となる。第1方向微分フィルタF2が適用された処理後画像GB2において、処理前画像GA2におけるY方向のエッジは、無視される。したがって、処理後画像GB2において、Y方向のエッジとして現れる縦傷の影響を排除することができる。これにより、縦傷の評価と凝着摩耗の評価とを互いに区別して行うことができる。
【0064】
処理回路2は、処理後画像GB2における各画素の輝度がしきい値以上か否かに基づいて処理後画像GB2を2値化して2値化画像GC2を生成する。2値化画像GC2における高輝度画素がピストンリング210における凝着摩耗の存在を示す。なお、2値化画像GC2は、低輝度画素が凝着摩耗の存在を示す画素となるように輝度反転した画像として生成されてもよい。
【0065】
処理回路2は、画像処理により得られる処理画像として、生成された2値化画像GC2を用いてピストンリング210の凝着摩耗についての評価を行う。評価の方法は、2値化画像GC1を用いた縦傷についての評価と同様である。すなわち、処理回路2は、2値化画像GC2において凝着摩耗の存在を示す画素の発生密度E1と、2値化画像GC2における凝着摩耗の存在を示す画素の発生範囲E2との組み合わせに基づいて評価を行い、評価値を算出する。
【0066】
[上下角部異常]
図8は、本実施の形態におけるピストンリングの上下角部異常を評価する手順を示すイメージ図である。ピストンリング210は、新品の状態で上面と外周面との間の角および下面と外周面との間の角が丸められている。ピストンリング210がシリンダ110内で摺動すると、ピストンリング210の外周面が削れ、丸められた角部分の曲率が大きくなる。上下角部異常は、丸められた角部分の曲率が大きくなった状態を意味する。上下角部異常において、ピストンリング210の外周面の上端部または下端部において、ピストン140のシリンダ110内での摺動方向である第1方向の輝度差が大きくなる。
【0067】
処理回路2は、上下角部異常を評価する際、ピストンリング両端部領域における輝度の分離度を算出する。このために、本実施の形態では、一例として、処理回路2は、ピストンリング210が撮影された撮影画像における第1方向のピストンリング両端部領域の輝度ヒストグラムGB3を取得する。なお、処理回路2は、ピストンリング上端部領域の輝度ヒストグラムおよびピストンリング下端部領域の輝度ヒストグラムを輝度ヒストグラムGB3として別々に取得してもよいし、別々に取得した輝度ヒストグラムを平均してもよいし、ピストンリング上端部領域およびピストンリング下端部領域を含めた輝度ヒストグラムを取得してもよい。
【0068】
図8において、第1方向のピストンリング両端部領域の輝度ヒストグラムを取得する撮影画像は、ピストンリング部分についての対象画像データに基づく処理前画像GA3である。なお、
図8の例では、処理前画像GA3として上下角部異常が生じていると認められる画像として、
図6の処理前画像GA1および
図7の処理前画像GA2とは異なる画像を示しているが、実際の評価では、処理前画像GA1、GA2およびGA3は、互いに同じ画像である。
【0069】
処理回路2は、取得した輝度ヒストグラムGB3からピストンリング両端部領域における輝度の分離度を算出する。
図8に示す輝度ヒストグラムGB3は、低輝度領域および高輝度領域の双方に頻度が高い傾向を示している。すなわち、輝度ヒストグラムGB3がこのような傾向を示す場合、処理前画像GA3のピストンリング両端部領域において第1方向の輝度差が大きいと認められる。
【0070】
一方で、第1方向の輝度差が小さい場合、輝度ヒストグラムGB3は、頻度が高輝度領域と低輝度領域とに二極化せず、低輝度領域から高輝度領域へ滑らかに変化する傾向を示す。したがって、輝度ヒストグラムGB3において頻度が高い領域が二極化した傾向を示すかどうかを分析することにより、処理前画像GA3のピストンリング両端部領域において第1方向の輝度差が大きいか否かを判定することができる。そのために、輝度ヒストグラムGB3における分離度が算出される。分離度は、例えば判別分析法を用いて算出される。
【0071】
処理回路2は、算出された分離度からピストンリング210の上下角部異常についての評価を行う。分離度が大きいほど輝度ヒストグラムGB3において第1方向の輝度差が大きいと認められる。したがって、処理回路2は、分離度が大きいほど小さい評価値を付与する。評価値は、例えば、縦傷の診断項目等と同様に、5段階に設定される。なお、処理回路2は、処理前画像GA3のピストンリング上端部領域およびピストンリング下端部領域のそれぞれに対して上下角部異常についての評価を行い、個別の評価値を出力してもよい。あるいは、処理回路2は、処理前画像GA3のピストンリング上端部領域およびピストンリング下端部領域のそれぞれに対して上下角部異常についての評価を行い、それぞれに付与された評価値を平均した値を出力する、または、悪い方の評価値を出力してもよい。また、上記の通り、分離度を算出するまでにピストンリング上端部領域およびピストンリング下端部領域を平均化してもよい。
【0072】
[燃焼残渣]
図9は、本実施の形態におけるリングランドの燃焼残渣を評価する手順を示すイメージ図である。リングランド280の表面は、ピストンリング210より小径であるため、シリンダ110の内周面に対する摺動面にはならない。そのため、ピストンリング210の状態悪化等により、リングランド280とシリンダ110の内周面との間に入り込んだ燃焼カス等が、リングランド280の表面に堆積し得る。燃焼残渣が堆積するとリングランド280の表面が凸凹する。
【0073】
処理回路2は、リングランド280が撮影された撮影画像に対して第2方向微分フィルタを適用する。
図9において、第2方向微分フィルタF3を適用する撮影画像は、ピストンリング部分についての対象画像データに基づく処理前画像GA4である。処理前画像GA4においても、第1方向はY方向、第2方向はX方向である。したがって、第2方向微分フィルタF3は、X方向の微分フィルタである。本実施の形態において、第2方向微分フィルタF3は、ソーベルフィルタである。なお、これに代えて、第2方向微分フィルタF3は、他の微分フィルタ、例えばプリューウィットフィルタ等を用いてもよい。
【0074】
第2方向微分フィルタF3は、処理前画像GA4の各画素においてX方向に隣接する画素との輝度差を強調する。これにより、処理前画像GA4におけるY方向のエッジが強調される。例えば、
図9の例に示すX方向のソーベルフィルタは、1列目が-1,-2,-1であり、2列目が0,0,0であり、3列目が1,2,1である3×3行列で示されるカーネルとして設定される。
【0075】
処理回路2は、処理前画像GA4に第2方向微分フィルタF3を適用することにより、処理後画像GB4を生成する。処理後画像GB4は、処理前画像GA4におけるY方向の輝度のエッジが強調された画像となる。第2方向微分フィルタF3が適用された処理後画像GB4において、処理前画像GA4におけるX方向のエッジは、無視される。リングランド280の表面は、燃焼残渣が堆積していなければ、シリンダ110の周方向に沿った横筋模様の金属面を有している。したがって、処理前画像GA4に第2方向微分フィルタF3を適用することにより、処理後画像GB4において、X方向のエッジとして現れる横筋模様の影響を排除することができる。これにより、適切な燃焼残渣の評価を行うことができる。
【0076】
処理回路2は、処理後画像GB4における各画素の輝度がしきい値以上か否かに基づいて処理後画像GB4を2値化して2値化画像GC4を生成する。2値化画像GC4における高輝度画素がリングランド280における燃焼残渣の存在を示す。なお、2値化画像GC4は、低輝度画素が燃焼残渣の存在を示す画素となるように輝度反転した画像として生成されてもよい。
【0077】
処理回路2は、画像処理により得られる処理画像として、生成された2値化画像GC4を用いてリングランド280の燃焼残渣についての評価を行う。評価の方法は、2値化画像GC1を用いた縦傷についての評価と同様である。すなわち、処理回路2は、2値化画像GC4において燃焼残渣の存在を示す画素の発生密度E1と、2値化画像GC2における燃焼残渣の存在を示す画素の発生範囲E2との組み合わせに基づいて評価を行い、評価値を算出する。
【0078】
[折損]
図10は、本実施の形態におけるピストンリングの折損を評価する手順を示すイメージ図である。折損は、ピストンリング210が破断した状態を示す。折損が発生すると、折損が生じた箇所がピストンリング210の撮影画像においてピストンリング210の上端と下端とを結ぶ陰部となって表れる。
【0079】
処理回路2は、ピストンリング210が撮影された撮影画像に対して所定のしきい値処理に基づいて得られる処理画像GC5に陰部SPがあるか否かを判定する。本実施の形態では、処理回路2は、ピストンリング210が撮影された撮影画像に対して2値化した処理画像GC5を生成する。
図10において、しきい値処理される撮影画像は、ピストンリング部分についての対象画像データに基づく処理前画像GA5である。処理前画像GA5においても、第1方向はY方向、第2方向はX方向である。なお、
図10の例では、処理前画像GA5として折損が生じていると認められる画像として、
図6の処理前画像GA1、
図7の処理前画像GA2、および
図8の処理前画像GA3とは異なる画像を示しているが、実際の評価では、処理前画像GA1、GA2、GA3およびGA5は、互いに同じ画像である。
【0080】
処理画像GC5における低輝度画素がピストンリング210における陰部SPの候補となる。例えば、処理回路2は、低輝度画素が所定の長さ以上連続する領域を陰部SPとして判定する。なお、処理画像GC5は、高輝度画素が陰部SPの候補を示す画素となるように輝度反転した画像として生成されてもよい。
【0081】
処理回路2は、処理画像GC5において陰部SPがあると判定された場合に、当該陰部SPを抽出した画像GD5を生成する。処理回路2は、抽出した陰部SPの画像GD5の形状と記憶器3に予め記憶されたピストンリング210の合口形状とを比較する。このために、記憶器3には、ピストンリング210の合口形状を示す画像GJがピストンリング210の仕様情報として予め記憶される。あるいは、処理回路2は、記憶器3に記憶された合口形状のデータから合口形状を示す画像GJを生成してもよい。画像GJの縮尺は、撮影画像および仕様情報から算出される画像分解能に基づいて設定される。
【0082】
処理回路2は、ピストンリング210の合口形状を示す画像GJをテンプレートとして用いて陰部SPの画像GD5とのマッチングを行う。処理回路2は、陰部SPの画像GD5におけるテンプレートとしての画像GJとの類似度を示すマッチングスコアを算出する。マッチングスコアが高ければ、抽出した陰部SPの形状は、合口形状であると判定される。一方、マッチングスコアが低ければ、抽出した陰部SPの形状は、合口形状とは異なると判定される。処理回路2は、算出されたマッチングスコアが所定のしきい値未満である場合、ピストンリング210に折損が生じていると評価する。
【0083】
折損についての診断項目においても、処理回路2は、上記評価に基づいて評価値を付与し得る。ただし、ピストンリング210に折損が生じている場合には、ピストンリング210の交換等の早急の対応が望まれるため、他の診断項目より悪い評価値が与えられる。例えば、上記5段階評価の場合、処理回路2は、折損が生じていないと判定された場合は、評価値として5を出力し、折損が生じていると判定された場合は、評価値として5段階評価外の0を出力する。
【0084】
[診断結果の出力処理]
以上のように、処理回路2は、2以上の撮影タイミングで互いに同じ撮影対象が撮影された2以上の撮影画像を用いて、2以上の撮影画像のそれぞれに対して上記診断項目に関する評価を行い、当該評価に応じた評価値を診断項目ごとに付与する。処理回路2は、撮影タイミングごとの評価値を、診断項目ごとに、撮影タイミング、ピストン特定情報、および、ピストンリング特定情報に対応付けて記憶器3に記憶する。これにより、撮影タイミングごとの評価値が2以上の診断項目について時系列のデータとして記憶器3に蓄積される。
【0085】
図4に示す状態診断処理のフローチャートに示すように、上記評価処理(ステップS2)の完了後、処理回路2は、診断項目ごとの進行度を算出する(ステップS3)。処理回路2は、上記診断項目のそれぞれについて、第1撮影タイミングにおける第1評価値と第1撮影タイミングより後の第2撮影タイミングにおける第2評価値との間の差を算出することで進行度を算出する。
【0086】
例えば、処理回路2は、診断項目ごとに前回の撮影タイミングにおける評価値を記憶器3から読み込む。処理回路2は、今回の撮影タイミングにおける評価値を上記のように算出する。前回の撮影タイミングにおける評価値を前回値とし、今回の撮影タイミングにおける評価値を現在値とすると、処理回路2は、現在値から前回値を差し引く。上記5段階評価において、現在値から前回値を差し引いた差が0であれば、処理回路2は、対応する診断項目について現状維持であると判定する。差が正の値であれば、処理回路2は、対応する診断項目について回復傾向であると判定する。差が負の値であれば、処理回路2は、対応する診断項目について悪化傾向であると判定する。
【0087】
さらに、差が負の値である場合、処理回路2は、その差の値に応じて、進行度の判定を行い得る。処理回路2は、対応する診断項目において、その差が大きいほど悪化進行度が大きいと判定する。例えば、処理回路2は、対応する診断項目について、差が-1であれば、悪化進行度「小」と判定し、差が-2であれば、悪化進行度「中」と判定し、差が-3であれば、悪化進行度「大」と判定し、差が-4であれば、悪化進行度「特大」と判定する。算出した進行度の値は、診断項目に対応付けて記憶器3に記憶される。なお、上記5つの診断項目のうち、折損については上記の通り早急の対応が望まれるため、進行度の算出は行われない。
【0088】
処理回路2は、算出した進行度に応じた診断結果の出力処理を行う(ステップS4)。処理回路2は、例えば、所定の表示器に表示するための診断結果画面のデータを生成し、出力器5から出力する。診断結果画面は、回復傾向であるか、現状維持であるか、または悪化しているかの区別を表示する表示欄を含む。また、診断結果画面は、進行度の値を表示する表示欄を含んでもよい。また、処理回路2は、診断結果に応じた対策内容を出力してもよい。
【0089】
図11は、本実施の形態における診断結果に応じた対策内容を出力するための参照テーブルの例を示す図である。
図11の例では、処理回路2は、評価値の現在値と進行度との組み合わせに応じた対策度A,B,C,Dを出力する。参照テーブルは、記憶器3に予め記憶される。処理回路2は、評価値の現在値および進行度の値を用いて参照テーブルを照会し、対応する対策度A,B,C,Dを選出する。例えば、ある診断項目において、評価値の前回値が4で、現在値が2である場合、進行度は、2-4=-2となる。そのため、処理回路2は、参照テーブルから対応する対策度Cを選出する。
【0090】
なお、前回値および今回値の何れの評価値も異常なしと認められる、評価値が5の場合および進行度が正の値であることにより回復傾向にあると認められる場合には、処理回路2は、対策不要または現状維持と判定する。現在値と進行度との組み合わせにおいて対策不要または現状維持となる箇所は、
図11において丸印で示されている。この場合、処理回路2は、診断結果に応じた対策内容として対策不要または現状維持でよい旨を出力する。
【0091】
ここで、本実施の形態において、処理回路2は、診断結果に応じた対策内容として診断項目ごとに異なる対策内容を出力する。
図12は、
図11の参照テーブルに基づく診断項目ごとの対策内容テーブルの例を示す図である。
図12の例では、対策内容テーブルとして、縦傷または凝着摩耗と、燃焼残渣とについて、対策度に応じた対策内容を示すテーブルが示されている。
【0092】
処理回路2は、
図11に示す参照テーブルを用いて選出された対策度A,B,C,Dと対策度を算出した診断項目とを用いて対策内容テーブルを照会し、それらの組み合わせに応じた対策内容を選出する。対策度がA,B,C,Dと進むにつれて対策の程度がより大きい対策内容となる。
【0093】
例えば、縦傷について対策度Cが選出された場合、シリンダ110への注油率を通常時の2倍にする旨の対策内容が選出される。また、例えば、燃焼残渣について対策度Cが選出された場合、シリンダ油種の変更を推奨する旨およびシリンダ110への注油率を通常時の1.5倍にする旨の対策内容が選出される。処理回路2は、選出された対策内容をユーザへの推奨事項として出力する。すなわち、診断結果画面は、診断結果に応じた対策内容の表示欄を含み得る。
【0094】
図12の例において縦傷または凝着摩耗と燃焼残渣とでは、対策の種別および対策度に応じた対策の程度が異なる。したがって、縦傷または凝着摩耗における対策度と、燃焼残渣における対策度とが同じであっても、出力される対策内容は、診断項目によって異なる結果となる。また、縦傷と凝着摩耗とは、対策の種別および対策度に応じた対策の程度は互いに同じである。しかし、縦傷における対策度と凝着摩耗における対策度とが異なれば、出力される対策内容は、診断項目によって異なる結果となる。
【0095】
なお、
図12の例には示されていないが、ピストンリング210の上下角部異常についても同様に対策度に応じた対策内容が設定され得る。一方、折損については、上記の通り、進行度を算出しないため、折損が生じていると認められる評価値0である場合には、折損に応じた推奨内容が出力される。折損が生じていると認められる場合には、処理回路2は、例えば、燃料噴射量の低減を行う旨およびピストンリング210の早期交換を推奨する旨の推奨内容を出力する。
【0096】
また、対策内容は、
図12の例のようにメンテナンスによる対策に限られず、種々の対策内容を含み得る。例えば、船舶の航行時または停泊時に調整可能なエンジン運転パラメータの調整またはエンジンの整備項目に関する対策内容が診断項目に応じて出力されてもよい。エンジン運転パラメータまたはエンジンの整備項目は、例えば、エンジン100の出力制限、燃料噴射タイミング等の調整、ピストン、燃料噴射弁等のオーバーホール等を含み得る。
【0097】
図13は、本実施の形態における診断結果画面の一例を示す図である。
図13の例では、診断結果画面GRは、現在値表示欄R1、進行度表示欄R2および対策内容表示欄R3を含む。現在値表示欄R1には、最新の撮影タイミングで撮影された撮影画像に基づく診断結果が示される。
図13の例では、縦傷および凝着摩耗に関する診断項目、上下角部異常に関する診断項目、および燃焼残渣に関する診断項目の3つの診断項目の評価値を頂点とする三角形のグラフにより、当該撮影タイミングにおける各診断項目の評価値が示される。
【0098】
なお、
図13の例では、縦傷と凝着摩耗とが摺動面の状態に関する診断項目として1つにまとめられている。当該診断項目の評価値は、縦傷に関する評価値と凝着摩耗に関する評価値との何れか悪い方の評価値または双方の評価値の平均値として算出され得る。これに代えて、縦傷と凝着摩耗とが互いに異なる診断項目として現在値表示欄R1に表示されてもよい。例えば現在値表示欄R1は、4つの診断項目の評価値を頂点とする四角形のグラフを表示してもよい。
【0099】
また、現在値表示欄R1は、3つの診断項目の総合評価を表示し得る。例えば、総合評価の値は、3つの診断項目のうち、最も悪い評価値として与えられる。
図13の例では、縦傷および凝着摩耗の評価値が2であり、3つの診断項目における最低値であるため、総合評価の値は、2.0となる。また、最も悪い評価値が複数ある場合には、その数に応じて当該評価値より低い値が与えられる。例えば、最も悪い評価値が2つの診断項目に付与されている場合、その評価値から0.3を差し引いた値が総合評価の値として与えられ得る。この場合、例えば、最も悪い評価値が2であれば、総合評価の値は、1.7となる。また、例えば最も悪い評価値が3つの診断項目に付与されている場合、その評価値から0.6を差し引いた値が総合評価の値として与えられ得る。この場合、例えば、最も悪い評価値が2であれば、総合評価の値は、1.4となる。
【0100】
進行度表示欄R2には、診断項目ごとに前述した進行度の値に応じた判定内容が表示される。
図13の例では、縦傷および凝着摩耗の進行度が-2であり、燃焼残渣の進行度が正の値であり、上下角部異常の進行度が0である場合を示している。上下角部異常の評価値は、前回値および現在値の双方とも5であるため、「異常なし」との判定内容が表示されている。また、
図13の例では、折損についての評価結果が併せて表示されている。
【0101】
対策内容表示欄R3には、
図12の例で示されるような対策度に応じた対策内容が表示される。
図13の例では、縦傷および凝着摩耗についての対策度がCとなるため、対策内容表示欄R3には、注油率を2倍にする旨の対策内容が表示されている。対策内容表示欄R3には、2以上の診断項目について対策内容を表示する必要がある場合には2以上の診断項目のそれぞれに対応する対策内容を表示し得る。2以上の対策内容において重複する対象項目がある場合、対策の程度がより大きい対策内容が採用される。例えば、
図12の例において縦傷および凝着摩耗の対策度および燃焼残渣の対策度が何れもCである場合、対策内容表示欄R3には、注油率を2倍にすることおよびシリンダ油種を変更することを推奨する対策内容が表示され得る。
【0102】
さらに、処理回路2は、診断項目のそれぞれについて評価値の時間的変化の傾向を分析し、シリンダ110の保守時期を予測してもよい。この場合、処理回路2は、1つの診断項目についての評価値の時系列データから回帰モデルを生成する。1つまたは複数の回帰モデルは、事前の実験データまたは過去の実績データ等から記憶器3に予め記憶される。処理回路2は、記憶器3に記憶された複数の回帰モデルの中から評価値の時系列データにもっとも当てはまるものを選択してもよい。
【0103】
図14は、本実施の形態における評価値の将来予測を示すグラフである。評価値Va,Vbは、1つの診断項目について撮影タイミングすなわち診断タイミングが異なる過去の評価値を示し、評価値Vcは、当該診断項目の現時点Tcにおける評価値を示している。処理回路2は、これらの評価値Va,Vb,Vcから回帰モデルMを生成する。
図14の例では、線形回帰モデルが生成される。
【0104】
処理回路2は、生成された線形回帰モデルから、シリンダ110の保守時期を予測する。
図14の例では、評価値がV1以下となる領域では、異常が大きいと認められるため、評価値V1より大きい評価値V2をしきい値とし、評価値がしきい値であるV2以下となる状態がシリンダ110の保守が必要である状態として設定される。処理回路2は、回帰モデルMから評価値がしきい値であるV2となるタイミングを算出し、当該タイミングをシリンダ110の保守時期T1として推定する。
【0105】
処理回路2は、2以上の診断項目のそれぞれについてシリンダ110の保守時期T1を予測し、2以上の保守時期T1のうち保守時期T1が最も早く来るタイミングをシリンダ110の保守時期の予測結果として出力する。予測結果は、
図13に示したような診断結果画面GRに表示してもよい。また、予測結果は、診断結果画面GRとは別の予測結果画面に表示してもよい。また、予測結果は、
図14に示すようなグラフを用いて表示してもよい。
【0106】
処理回路2は、新しく評価値を算出するたびに回帰モデルMの修正または変更を行ってもよい。この場合、処理回路2は、修正後の回帰モデルMを用いて改めてシリンダ110の保守時期T1の予測を行う。ただし、処理回路2は、現時点Tcにおける評価値が回帰モデルMから大きく外れた値、例えば、
図14に示す評価値Vc1となった場合には、当該回帰モデルMの修正または変更を行わないようにしてもよい。この場合、処理回路2は評価値が回帰モデルMから大きく外れた要因を分析してもよい。例えば、処理回路2は、船舶における燃料の性状情報、オイル交換時期等を取得し、前回の撮影タイミングと今回の撮影タイミングとの間に燃料の性状が変化したと認められる場合、または、オイル交換が行われたと認められる場合には、当該要因を診断結果画面GRまたは予測結果画面に表示してもよい。
【0107】
[効果]
以上に説明したように、本実施の形態における状態診断装置1によれば、シリンダ110内を摺動するピストン140の実際の撮影画像から2以上の診断項目に関する評価が行われる。診断項目ごとに評価が行われることにより、シリンダ110における異常特徴の見逃しを防止することができる。さらに、同じ撮影対象について2以上の撮影タイミングで撮影された2以上の撮影画像に対する評価を比較することにより、撮影対象の時間経過に伴う状態変化の程度を診断することができる。したがって、ディーゼルエンジンにおけるシリンダ110の状態診断をより適切に行うことができる。
【0108】
シリンダ110の状態診断について、点検者が目視により判断することは、以下のような問題がある。ピストンリング210の周囲においては、複数種類の異常特徴が並行して発生し得る。また、エンジン100の型式やピストンリング210の仕様等によってもこれらの異常特徴の出方が異なるため、ピストン140の画像から点検者が点検しても異常特徴を見逃す恐れがある。また、複数種類の異常特徴の進行度の見極めは、熟練を要するため、経験の浅い点検者では適切な評価を行うことが難しい。また、船舶の船員が点検者となる場合、船員の交代が生じる。点検者が異なれば異常特徴に対する判断が異なり得るため、点検者による見極めは、安定性を欠く。
【0109】
これに対して、本実施の形態では、処理回路2が撮影画像に対して評価すべき異常特徴に対応する2以上の診断項目について画像処理を行って評価を行うため、異常特徴の見逃しを防止することができる。また、診断項目ごとの進行度を定量化することができるため、異常特徴について時間経過により悪化しているか否かの診断を行うことができる。このように、シリンダ110の状態診断が適切に行われることにより、シリンダ110の状態を適切な状態に維持し、船舶を計画通りに安定的に運用することができる。これにより、エンジン100の過負荷運転または不安定な運転による燃費の悪化または拝ガス排出量の増加を防止することができ、環境負荷を低減することができる。
【0110】
また、1つの撮影画像から診断項目に応じた適切な画像処理が行われることにより、2以上の診断項目のそれぞれについて当該診断項目で評価するべき異常特徴について他の異常特徴の影響を排除したより適切な評価を行うことができる。また、診断項目ごとに異なる対策内容が出力されることにより、診断項目に対応する異常特徴ごとに、悪化を抑制したり、状態を改善させたりするために対策を効率的に講じることができる。さらに、2以上の診断項目のそれぞれについて評価値の時間的変化の傾向からシリンダ110の保守時期が予測されるため、エンジン100のメンテナンス計画を容易に立案することができる。
【0111】
以上、本開示の実施の形態について説明したが、本開示は上記実施の形態に限定されるものではなく、種々の改良、変更、修正が可能である。
【0112】
[他の実施の形態]
例えば、上記実施の形態では、各診断項目における評価値として評価値として5段階で評価した値の例を示したが、これに限られない。本実施の形態における5段階評価を含む、2段階以上の多段階の評価としてもよいし、所定の評価関数Feを用いて評価値を算出してもよい。例えば、処理回路2は、縦傷等の発生密度E1および発生範囲E2に対してFe=w1×E1+w2×E2を用いて評価値を算出してもよい。ここで、w1,w2は、重み係数を示す。重み係数w1,w2は、事前実験の結果等から予め定められる。また、縦傷、凝着摩耗または燃焼残渣に関する評価値を算出する際に、処理後画像GB1,GB2,GB4における輝度で示されるエッジ強度の要素を評価関数Feに含めてもよい。
【0113】
また、上記実施の形態では、凝着摩耗を評価する際の画像処理として、第1方向ソーベルフィルタF2を適用する例を示したが、これに限られない。例えば、処理回路2は、処理前画像GA2に第2方向ソーベルフィルタを適用して得られる処理後画像を2値化した第1の2値化画像を生成するとともに、処理前画像GA2に縦傷の評価で用いられる拡張フィルタF1を適用して得られる処理後画像を二値化した第2の2値化画像を生成し、第1の2値化画像から第2の2値化画像を差し引いた第3の2値化画像を用いて凝着摩耗についての評価を行ってもよい。第1の2値化画像は、縦傷および凝着摩耗の双方の異常特徴が含まれるため、第1の2値化画像から縦傷の異常特徴のみが含まれる第2の2値化画像を差し引くことにより、凝着摩耗の異常特徴のみが含まれる第3の2値化画像が得られる。
【0114】
また、上記実施の形態では、上下角部異常を評価する際に、ピストンリング210が撮影された撮影画像における第1方向のピストンリング両端部領域の輝度ヒストグラムGB3を取得し、当該輝度ヒストグラムGB3からピストンリング両端部領域における輝度の分離度を算出する態様を示したが、これに限られない。例えば、処理回路2は、撮影画像におけるピストンリング両端部領域に微分フィルタを適用して処理画像を生成し、当該処理画像におけるエッジ強度が大きいほど状態が悪いと判定してもよい。
【0115】
また、上記実施の形態では、リングランド280の燃焼残渣を評価する際に第2方向ソーベルフィルタF3を適用した処理後画像GB4が用いられる態様を示したが、これに限られない。例えば、リングランド280の撮影画像として燃焼残渣の異常が生じている複数パターンのテンプレート画像が予め記憶器3に記憶され、処理回路2は、リングランド280の撮影画像を、複数パターンのテンプレート画像と比較し、リングランド280の撮影画像が何れかのテンプレート画像に近い場合、当該テンプレート画像に対応する評価値を付与してもよい。同様に、ピストンリング210の折損を評価する場合も、処理回路2は、ピストンリング210の撮影画像を、予め記憶された折損状態を示すテンプレート画像と比較し、ピストンリング210の撮影画像が当該テンプレート画像に近いか否かで折損の有無を判定してもよい。
【0116】
また、上記実施の形態においては、2以上の診断項目についての評価を、撮影画像を画像処理することによって行う態様を例示したが、処理回路2は、2以上の診断項目の評価を、2以上の診断項目に対する評価基準となる多数の画像データおよび対応する評価値を用いて機械学習を行うことにより生成された分類モデルに基づいて行ってもよい。この場合、処理回路2に、評価基準となる画像データを読み込ませ、当該画像データに対応する評価値を2以上の診断項目に対して入力することにより、学習させる。学習に用いられる画像データは、過去の実際の撮影画像であってもよいし、作画ソフトウェア等を用いて作画されたコンピュータグラフィックス画像であってもよい。
【0117】
学習回路は、入力された画像データと対応する評価値に基づいて多クラス分類モデルを生成する。学習回路は、処理回路2にふくまれてもよいし、状態診断装置1とは別の装置における処理回路により構成されてもよい。ピストンリング210についての多クラス分類モデルがピストンリング210についての画像データ群を用いて生成され、リングランド280についての多クラス分類モデルがリングランド280についての画像データ群を用いて生成される。多クラス分類モデルの生成には、例えばSVMやk-means等のアルゴリズムが用いられ得る。
【0118】
生成された多クラス分類モデルは、状態診断装置1の記憶器3に記憶され、処理回路2により利用可能な状態とされる。処理回路2は、ピストンリング210またはリングランド280についての撮影画像に対して対応する学習済みモデルを用いてクラス分けし、2以上の診断項目のそれぞれについての評価値を出力する。このような機械学習に基づく学習済みモデルを用いて入力された撮影画像に対して診断項目ごとに評価値が付与されてもよい。
【0119】
また、上記実施の形態において、5つの評価項目を例示したが、評価項目は4つ以下でも6つ以上でもよい。例えば、ピストンリング210に対する縦傷の評価および凝着摩耗の評価の2つの評価項目を用いてシリンダ110の状態診断が行われてもよい。
【0120】
上記実施の形態における状態診断プログラムは、外部のコンピュータからダウンロードすることによって提供される、または記録媒体に記録されるプログラム製品として構成されてもよいし、状態診断プログラムが予めインストールされたコンピュータ製品として構成されてもよい。
【0121】
[本開示のまとめ]
[項目1]
本開示の一態様に係る状態診断装置は、診断対象のエンジンのピストンに組み付けられたピストンリングまたは当該ピストンリングの周辺構造を撮影した撮影画像を用いて、内部において前記ピストンが摺動するシリンダの状態診断を行う状態診断装置であって、処理回路を備え、前記処理回路は、所定の撮影タイミングで撮影対象が撮影された撮影画像を用いて、所定の診断項目に応じた画像処理を行うことにより得られる処理画像を生成し、前記処理画像から前記診断項目に関する評価を行い、当該評価に応じた評価値を前記診断項目に対して付与し、前記評価値に基づいて前記診断項目に対する診断結果を出力する。
【0122】
上記構成によれば、シリンダ内を摺動するピストンの実際の撮影画像から診断項目に応じた画像処理が行われ、画像処理後の処理画像を用いて診断項目に関する評価が行われる。診断項目に応じた画像処理が行われることにより、シリンダにおける異常特徴の見逃しを防止することができる。したがって、ディーゼルエンジンにおけるシリンダの状態診断をより適切に行うことができる。
【0123】
[項目2]
項目1の状態診断装置において、前記診断項目は、第1診断項目および第2診断項目を含み、前記処理回路は、1つの前記撮影画像に対して第1画像処理を行うことにより得られる第1処理画像から前記第1診断項目に関する評価を行い、前記1つの撮影画像に対して前記第1画像処理とは異なる第2画像処理を行うことにより得られる第2処理画像から前記第2診断項目に関する評価を行ってもよい。1つの撮影画像から診断項目に応じた適切な画像処理が行われることにより、診断項目のそれぞれについて当該診断項目で評価するべき異常特徴について他の異常特徴の影響を排除したより適切な評価を行うことができる。
【0124】
[項目3]
項目1または2の状態診断装置において、前記処理回路は、前記診断結果に応じた対策として前記診断項目ごとに異なる対策内容を出力してもよい。これにより、診断項目に対応する異常特徴ごとに、悪化を抑制したり、状態を改善させたりするために対策を効率的に講じることができる。
【0125】
[項目4]
項目1から3の何れかの状態診断装置において、前記処理回路は、2以上の撮影タイミングで互いに同じ撮影対象が撮影された2以上の撮影画像を用いて、前記診断項目に関する評価を行い、当該評価に応じた評価値を前記診断項目に対して付与し、第1撮影タイミングにおける第1評価値と前記第1撮影タイミングより後の第2撮影タイミングにおける第2評価値との間の差を算出し、前記差に応じた診断結果を出力してもよい。同じ撮影対象について2以上の撮影タイミングで撮影された2以上の撮影画像に対する評価を比較することにより、撮影対象の時間経過に伴う状態変化の程度を診断することができる。
【0126】
[項目5]
項目4の状態診断装置において、前記処理回路は、前記診断項目のそれぞれについて前記評価値の時間的変化の傾向を分析し、前記シリンダの保守時期を予測し、当該予測結果を出力してもよい。これによれば、診断項目についての評価値の時間的変化の傾向からシリンダの保守時期が予測されるため、エンジンのメンテナンス計画を容易に立案することができる。
【0127】
[項目6]
項目1から5の何れかの状態診断装置において、前記診断項目は、前記ピストンリングの縦傷を含み、前記処理回路は、前記ピストンリングが撮影された前記撮影画像に対して前記ピストンの前記シリンダ内での摺動方向である第1方向に直交する第2方向の微分フィルタを前記第1方向に引き延ばした拡張フィルタを適用することにより得られる処理画像から前記ピストンリングの縦傷についての評価を行ってもよい。このような拡張フィルタを撮影画像に適用することにより、撮影画像においてピストンリングのシリンダ内での摺動方向に沿った第1方向のエッジを強調しつつ摺動方向に直交する第2方向のエッジを目立たせないようにすることができる。したがって、第1方向に沿って生じる縦傷を高精度に評価することができる。
【0128】
[項目7]
項目1から6の何れかの状態診断装置において、前記診断項目は、前記ピストンリングの凝着摩耗を含み、前記処理回路は、前記ピストンリングが撮影された前記撮影画像に対して前記ピストンの前記シリンダ内での摺動方向である第1方向の微分フィルタを適用することにより得られる処理画像から前記ピストンリングの凝着摩耗についての評価を行ってもよい。このようなピストンリングのシリンダ内での摺動方向に沿った第1方向の微分フィルタを撮影画像に適用することにより、撮影画像においてピストンリングのシリンダ内での摺動方向に直交する第2方向のエッジを強調しつつ摺動方向に沿った第1方向のエッジを目立たせないようにすることができる。したがって、シリンダリングの表面に凹凸が生じる凝着摩耗を、縦傷とは区別して高精度に評価することができる。
【0129】
[項目8]
項目1から7の何れかの状態診断装置において、前記診断項目は、前記ピストンリングの上下角部異常を含み、前記処理回路は、前記ピストンリングが撮影された前記撮影画像における前記ピストンの前記シリンダ内での摺動方向である第1方向のピストンリング両端部領域における輝度の分離度を算出し、前記分離度から前記ピストンリングの上下角部異常についての評価を行ってもよい。ピストンリング両端部領域における輝度の分離度を算出することにより、ピストンリング両端部領域における角部の曲率を評価することができる。したがって、ピストンリングの上下角部の異常を高精度に評価することができる。
【0130】
[項目9]
項目1から8の何れかの状態診断装置において、前記診断項目は、前記ピストンの周面における露出部分であるリングランドの燃焼残渣を含み、前記処理回路は、前記リングランドが撮影された前記撮影画像に対して前記ピストンの前記シリンダ内での摺動方向である第1方向に直交する第2方向の微分フィルタを適用することにより得られる処理画像から前記リングランドの燃焼残渣についての評価を行ってもよい。このようなピストンのシリンダ内での摺動方向に直交する第2方向の微分フィルタを撮影画像に適用することにより、撮影画像においてリングランドにおける摺動方向である第1方向のエッジを強調しつつ摺動方向に直交する第2方向のエッジを目立たせないようにすることができる。したがって、リングランドの表面に凹凸が生じる燃焼残渣を、リングランドに元からある横筋とは区別して高精度に評価することができる。
【0131】
[項目10]
項目1から9の何れかの状態診断装置において、前記診断項目は、前記ピストンリングの折損を含み、前記処理回路は、前記ピストンリングが撮影された前記撮影画像に対して所定のしきい値処理に基づいて得られる処理画像に陰部があるか否かを判定し、前記陰部がある場合に、前記陰部の形状と記憶器に予め記憶された前記ピストンリングの合口形状とを比較し、前記陰部の形状が前記合口形状と異なる場合に、前記ピストンリングに折損が生じていると評価してもよい。ピストンリングの撮影画像から陰部を抽出し、予め記憶されたピストンリングの合口形状と比較することにより、ピストンリングに折損が生じたか否かを、ピストンリングの合口形状とは区別して高精度に評価することができる。
【0132】
[項目11]
項目1から10の何れかの状態診断装置において、前記診断項目は、前記ピストンリングの縦傷、凝着摩耗、上下角部異常、折損および前記ピストンの周面における露出部分であるリングランドの燃焼残渣を含んでもよい。
【0133】
[項目12]
本開示の他の態様に係る状態診断方法は、診断対象のエンジンのピストンに組み付けられたピストンリングまたは当該ピストンリングの周辺構造を撮影した撮影画像を用いて、内部において前記ピストンが摺動するシリンダの状態診断を行う状態診断方法であって、所定の撮影タイミングで撮影対象が撮影された撮影画像を用いて、所定の診断項目に応じた画像処理を行うことにより得られる処理画像を生成し、前記処理画像から前記診断項目に関する評価を行い、当該評価に応じた評価値を前記診断項目に対して付与し、前記評価値に基づいて前記診断項目に対する診断を行う。
【0134】
[項目13]
本開示の他の態様に係る状態診断プログラムは、診断対象のエンジンのピストンに組み付けられたピストンリングまたは当該ピストンリングの周辺構造を撮影した撮影画像を用いて、内部において前記ピストンが摺動するシリンダの状態診断を行う状態診断プログラムであって、コンピュータを、所定の撮影タイミングで撮影対象が撮影された撮影画像を用いて、所定の診断項目に応じた画像処理を行うことにより得られる処理画像を生成し、前記処理画像から前記診断項目に関する評価を行い、当該評価に応じた評価値を前記診断項目に対して付与し、前記評価値に基づいて前記診断項目に対する診断結果を出力するように機能させる。
【符号の説明】
【0135】
1 状態診断装置
2 処理回路
3 記憶器
100 エンジン
110 シリンダ
140 ピストン
210 ピストンリング
280 リングランド