(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024141255
(43)【公開日】2024-10-10
(54)【発明の名称】銅合金板材、その製造方法および通電部品
(51)【国際特許分類】
C22C 9/00 20060101AFI20241003BHJP
C22F 1/08 20060101ALI20241003BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20241003BHJP
【FI】
C22C9/00
C22F1/08 B
C22F1/00 604
C22F1/00 623
C22F1/00 630A
C22F1/00 630K
C22F1/00 661A
C22F1/00 681
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 685Z
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 694A
C22F1/00 694B
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023052793
(22)【出願日】2023-03-29
(71)【出願人】
【識別番号】506365131
【氏名又は名称】DOWAメタルテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129470
【弁理士】
【氏名又は名称】小松 高
(72)【発明者】
【氏名】宮原 良輔
(72)【発明者】
【氏名】笹井 雄太
(72)【発明者】
【氏名】青山 智胤
(57)【要約】
【課題】Cu-Fe-P系銅合金において、強度、導電性に優れ、かつ曲げ加工性レベルを引き上げた板材を提供する。
【解決手段】質量%で、Fe0.05~1.10%、P:0.02~0.50%、Mg:0~0.50%、Ni:0~0.80%、Sn:0~0.80%、Zn:0~0.80%、Fe、P、Mg、Ni、Sn、Zn、Cu以外の元素の合計:0~0.10%、残部がCuからなる化学組成を有し、板面についてのCu-Kα線を用いたX線回折パターンにおけるピークの積分幅に基づくHalder-Wagner法による結晶子サイズが30nm以下であり、圧延直角方向の0.2%耐力が450N/mm
2以上である、銅合金板材。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、Fe0.05~1.10%、P:0.02~0.50%、Mg:0~0.50%、Ni:0~0.80%、Sn:0~0.80%、Zn:0~0.80%、Fe、P、Mg、Ni、Sn、Zn、Cu以外の元素の合計:0~0.10%、残部がCuからなる化学組成を有し、板面についてのCuKα線を用いたX線回折パターンにおけるピークの積分幅に基づくHalder-Wagner法による結晶子サイズが30nm以下であり、圧延直角方向の0.2%耐力が450N/mm2以上である、銅合金板材。
【請求項2】
板面に平行な観察面において、長径10~100nmの析出物粒子の個数密度が50個/μm2以上である、請求項1に記載の銅合金板材。
【請求項3】
導電率が50%IACS以上である、請求項1に記載の銅合金板材。
【請求項4】
曲げ軸が圧延平行方向(B.W.)となる90°L曲げ試験による、割れが発生しない最小曲げ半径MBRと板厚tとの比MBR/tが0.7以下である、請求項1に記載の銅合金板材。
【請求項5】
質量%で、Fe0.05~1.10%、P:0.02~0.50%、Mg:0~0.50%、Ni:0~0.80%、Sn:0~0.80%、Zn:0~0.80%、Fe、P、Mg、Ni、Sn、Zn、Cu以外の元素の合計:0~0.10%、残部がCuからなる化学組成を有する鋳片に、950℃以下650℃以上の温度域で圧延率70%以上の圧延を施した後、650℃未満350℃以上の温度域で圧延率60%以上の圧延を施す、熱間圧延工程と、
圧延率30%以上の冷間圧延を施す、中間冷間圧延工程と、
前記中間冷間圧延工程で得られた材料に、400℃以上700℃以下の温度で1時間以上保持する熱処理を施す、中間熱処理工程と、
前記中間熱処理工程で得られた材料に、圧延率80%以上の冷間圧延を施す、仕上冷間圧延工程と、
前記仕上冷間圧延工程で得られた材料に、180℃以上500℃以下の温度域に加熱する熱処理を施す、仕上熱処理工程と、
を上記の順に含む、銅合金板材の製造方法。
【請求項6】
前記仕上熱処理工程において、板面についてのCuKα線を用いたX線回折パターンにおけるピークの積分幅に基づくHalder-Wagner法による結晶子サイズが30nm以下である材料を得る、請求項5に記載の銅合金板材の製造方法。
【請求項7】
請求項1~4のいずれか1項に記載の銅合金板材を用いた通電部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基板対基板(「BtoB」、「BTB」などと称されることがある)を接続するコネクタに適したCu-Fe-P系銅合金板材、およびその製造方法に関する。また、その銅合金板材を用いた通電部品に関する。
【背景技術】
【0002】
コネクタ等の通電部品に適用される銅合金のうち比較的安価な添加元素を使用した材料として、Fe-P系析出物による強化が利用できるCu-Fe-P系銅合金がある。
特許文献1には、{220}面の配向を高めることによって強度、導電性、絞り加工性を兼備させたCu-Fe-P系銅合金材料が記載されている。その材料は、熱間圧延後に、冷間圧延と再結晶焼鈍とを繰り返し、最終の冷間圧延後に歪取り焼鈍を行う工程で製造されることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
コネクタにおいて、対となるピン(通電部品)間での導通は、双方のピンの曲げ部同士を嵌合させることにより確保される。基板対基板コネクタは多数のピンで構成され、各ピンには複雑な曲げ加工が施されている。基板対基板コネクタの挿抜時には、基板同士の微妙な位置ずれや挿抜操作方法(取扱い方)に依存して、一部のピンに大きな応力が負荷される場合がある。そのため各ピンの曲げ加工部はクラックのない健全な状態に品質管理されていることが極めて重要である。また、高強度と高導電性を具備することも重要である。
【0005】
近年、基板対基板コネクタの小型化、低背化、大電流化に伴い、それに用いる材料には従来にも増して高いレベルで強度、導電性、曲げ加工性を兼備することが求められている。
特許文献1の技術によれば、強度と導電性に優れるCu-Fe-P系銅合金板材を得ることができる。しかし、一般に強度と曲げ加工性はトレードオフの関係にあることから、昨今の基板対基板コネクタの厳しい要求に対応できる優れた曲げ加工性を具備させることに関しては、改善の余地が残されていた。
【0006】
本発明は、Cu-Fe-P系銅合金において、強度、導電性に優れ、かつ曲げ加工性レベルを引き上げた板材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため、本明細書では以下の発明を開示する。
[1]質量%で、Fe0.05~1.10%、P:0.02~0.50%、Mg:0~0.50%、Ni:0~0.80%、Sn:0~0.80%、Zn:0~0.80%、Fe、P、Mg、Ni、Sn、Zn、Cu以外の元素の合計:0~0.10%、残部がCuからなる化学組成を有し、板面についてのCuKα線を用いたX線回折パターンにおけるピークの積分幅に基づくHalder-Wagner法による結晶子サイズが30nm以下であり、圧延直角方向の0.2%耐力が450N/mm2以上である、銅合金板材。
[2]板面に平行な観察面において、長径10~100nmの析出物粒子の個数密度が50個/μm2以上である、上記[1]に記載の銅合金板材。
[3]導電率が50%IACS以上である、上記[1]または[2]に記載の銅合金板材。
[4]曲げ軸が圧延平行方向(B.W.)となる90°L曲げ試験による、割れが発生しない最小曲げ半径MBRと板厚tとの比MBR/tが0.7以下である、上記[1]~[3]のいずれかに記載の銅合金板材。
【0008】
上記[1]~[4]の銅合金板材は以下の手法によって製造することができる。
[5]質量%で、Fe0.05~1.10%、P:0.02~0.50%、Mg:0~0.50%、Ni:0~0.80%、Sn:0~0.80%、Zn:0~0.80%、Fe、P、Mg、Ni、Sn、Zn、Cu以外の元素の合計:0~0.10%、残部がCuからなる化学組成を有する鋳片に、950℃以下650℃以上の温度域で圧延率70%以上の圧延を施した後、650℃未満350℃以上の温度域で圧延率60%以上の圧延を施す、熱間圧延工程と、
圧延率30%以上の冷間圧延を施す、中間冷間圧延工程と、
前記中間冷間圧延工程で得られた材料に、400℃以上700℃以下の温度で1時間以上保持する熱処理を施す、中間熱処理工程と、
前記中間熱処理工程で得られた材料に、圧延率80%以上の冷間圧延を施す、仕上冷間圧延工程と、
前記仕上冷間圧延工程で得られた材料に、180℃以上500℃以下の温度域に加熱する熱処理を施す、仕上熱処理工程と、
を上記の順に含む、銅合金板材の製造方法。
[6]前記仕上熱処理工程において、板面についてのCuKα線を用いたX線回折パターンにおけるピークの積分幅に基づくHalder-Wagner法による結晶子サイズが30nm以下である材料を得る、上記[5]に記載の銅合金板材の製造方法。
【0009】
また、以下の発明を提供する。
[7]上記[1]~[4]のいずれかに記載の銅合金板材を用いた通電部品。
【0010】
本明細書において、数値範囲を示す表記「n1~n2」は、「n1以上n2以下」であることを意味する。ここで、n1、n2は、n1<n2を満たす数値である。「板材」とは金属の展性を利用して成形されたシート状の金属材料を意味する。薄いシート状の金属材料は「箔」と呼ばれることもあるが、そのような「箔」もここでいう「板材」に含まれる。コイル状に巻き取られた長尺のシート状金属材料も「板材」に含まれる。本明細書ではシート状の金属材料の厚さを「板厚」と呼んでいる。「板面」とは、板材の板厚方向に対して垂直な表面である。「板面」は「圧延面」と呼ばれることもある。粒子の「長径」は、粒子を取り囲む最小円の直径として定義される。「長径10~100nmの析出物粒子の個数密度」は以下のようにして求めることができる。
【0011】
[析出物粒子の個数密度の求め方]
板面を下記電解研磨条件で電解研磨したのち超音波洗浄機によりエタノール中で20分間の超音波洗浄を施して得た観察面について、FE-SEM(電界放出型走査電子顕微鏡)により加速電圧15kV、倍率10万倍で観察し、長径1.0μm以上の粒子の一部または全部が視野中に含まれない観察視野を無作為に設定する。その観察視野について、粒子の輪郭全体が見えている粒子のうち長径が10~100nmである析出物粒子の数をカウントする。この操作を領域が重複しない複数の観察視野について観察総面積が合計10~100μm2となるように行い、観察した全視野での前記カウントによる合計数を観察視野の総面積で除した値を析出物粒子の個数密度(個/μm2)とする。
(電解研磨条件)
・電解液:蒸留水、リン酸、エタノール、2-プロパノールを10:5:5:1の体積比で混合したもの
・液温:20℃
・電圧:15V
・電解時間:20秒
【0012】
ある工程における圧延率は下記(1)式により求まる。
圧延率(%)=[(t0-t1)/t0]×100 …(1)
t0:その工程での圧延前の板厚(mm)
t1:その工程での圧延後の板厚(mm)
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、Cu-Fe-P系銅合金において、強度、導電性、曲げ加工性を高いレベルで兼備する板材が実現できた。この板材は比較的安価な添加元素を使用していること、および溶体化処理や、冷間圧延と再結晶焼鈍の繰り返しを必要としない工程で製造できることから、同種の銅合金系や、他の銅合金系の高強度板材に対して製造コスト面でも有利となる。本発明は、特に小型化が進む基板対基板コネクタの性能向上およびコスト低減に資するものである。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】発明例No.2の製造途中段階である仕上冷間圧延後の板材サンプル(中間製品)について、R/tが約0.6であるB.W.での90°L曲げ試験を施した曲げ部外側表面のレーザー顕微鏡写真。
【
図2】発明例No.2で得られた仕上熱処理後の板材サンプル(完成品)について、R/tが約0.6であるB.W.での90°L曲げ試験を施した曲げ部外側表面のレーザー顕微鏡写真。
【発明を実施するための形態】
【0015】
[化学組成]
本発明では、Cu-Fe-P系銅合金を対象とする。以下、合金成分に関する「%」は、特に断らない限り「質量%」を意味する。
【0016】
Fe(鉄)は、Pとの化合物を形成しマトリクス(銅合金の金属素地)中へ微細析出することにより、強度向上に寄与する。この作用を十分に発揮させるために0.05%以上のFe含有量を確保する。過剰のFe含有は導電率の低下を招く要因となるので、Fe含有量は1.10%以下の範囲とする。0.90%以下であることがより好ましく、0.50%以下であることがさらに好ましく、0.30%以下としてもよい。
【0017】
P(リン)は、一般的に銅合金の脱酸剤として寄与するが、本発明ではFe-P系化合物、あるいはさらにMg-P系化合物の微細析出物を形成して強度の向上に寄与する。この作用を十分に発揮させるために0.02%以上のP含有量を確保する。0.03%以上であることがより好ましく、0.05%以上であることがさらに好ましい。P含有量が多くなると熱間割れが生じやすくなるので、P含有量は0.50%以下の範囲とする。0.30%以下であることがより好ましく、0.15%以下に管理してもよい。
【0018】
Cu-Fe-P系銅合金には必要に応じてMg(マグネシウム)、Ni(ニッケル)、Sn(スズ)、Zn(亜鉛)の1種以上を含有させることができる。
Mgは、Feと同様に、Pとの化合物を形成して強度向上に寄与する。Mgを含有させる場合は0.03%以上の含有量とすることがより効果的である。Mg含有量が多くなると熱間圧延でMg酸化物の巻き込みが生じやすくなるので、Mg含有量は0.50%以下の範囲とする。0.30%以下であることがより好ましく、0.20%以下であることがさらに好ましい。また、FeとMgの合計含有量が1.10%以下となるようにMg含有量を設定することが好ましい。P含有量に対するFeとMgの合計含有量の質量割合を表す(Fe+Mg)/P比は、0.4~13.0の範囲であることが好ましく、0.5~12.5の範囲であることがより好ましい。
【0019】
Ni、Sn、Znは、マトリクス中に固溶して耐熱性の向上に寄与する。これらの元素の1種以上を含有させる場合は、高い導電性を維持させる観点から、Ni、Sn、Znともそれぞれ0.80%までの含有が許容され、それぞれ0.50%以下の含有量範囲とすることがより好ましく、それぞれ0.30%以下の含有量範囲に管理してもよい。Ni、Sn、Znの1種以上を含有させる場合、それらのうち含有される元素の含有量をそれぞれ0.001%以上とすることが効果的であり、それぞれ0.002%以上とすることがより効果的である。
【0020】
その他の元素としては、本発明の目的(強度、導電性、曲げ加工性の高レベルでの兼備)を阻害しない範囲での含有が許容される。具体的には、Fe、P、Mg、Ni、Sn、Zn、Cu(銅)以外の元素の合計含有量を0.10%以下に管理すればよい。例えば、用途に応じて、Al(アルミニウム)、B(ホウ素)、Co(コバルト)、Cr(クロム)、Mn(マンガン)、Pb(鉛)、S(硫黄)、Si(ケイ素)、Te(テルル)、Ti(チタン)、Zr(ジルコニウム)などの1種以上を、それらの元素の合計含有量が0.10%以下となるように含有させることができる。また、例えばAl、B、Co、Cr、Mn、Pb、S、Si、Te、Ti、Zrの1種以上を含有させる場合、それらのうち含有される元素の含有量としては、それぞれ0.001%以上の範囲を例示することができる。
【0021】
Fe、P、Mg、Ni、Sn、Zn、Cu以外の元素の合計含有量が0.10%以下である場合の合金組成の1態様として、例えば、「質量%で、Fe0.05~1.10%、P:0.02~0.50%、Mg:0~0.50%、Ni:0~0.80%、Sn:0~0.80%、Zn:0~0.80%、Al、B、Co、Cr、Mn、Pb、S、Si、Te、Ti、Zrの合計:0~0.10%、残部がCuおよび不可避的不純物からなる化学組成」を例示することができる。この場合、不可避的不純物は、製造上不可避的に混入する元素であって、上記に挙げた元素以外のものをいう。
【0022】
[結晶子サイズ]
発明者らは、結晶子サイズを小さくすることによって、高強度、高導電性を維持しながら、曲げ加工性を顕著に向上させることができることを見出した。具体的には、板面についてのCuKα線を用いたX線回折パターンにおけるピークの積分幅に基づくHalder-Wagner法による結晶子サイズが30nm以下であることが極めて効果的であり、25nm以下であることがより好ましい。結晶子サイズの下限は特に規定しないが、これまでの調査によれば、例えば10~30nmの範囲で結晶子サイズを調整すればよいと考えられ、15~25nmの範囲に管理してもよい。
【0023】
Halder-Wagner法は、X線回折パターンにおける複数の回折ピークのそれぞれの積分幅βに基づき、横軸をβ/(tanθ×sinθ)、縦軸を(β/tanθ)2とする座標にプロットを行い、それらのプロットについて下記(2)式の近似直線を描き、その直線の傾きKλ/Dから結晶子サイズDを求める方法である。
(β/tanθ)2=(Kλ/D)×[β/(tanθ×sinθ)]+16ε2 ……(2)
ここで、βは回折ピークの積分幅、θはその回折ピークのブラッグ角、Kはシェラー定数、λはX線波長(nm)、Dは結晶子サイズ(nm)、εは格子歪である。
ここでは、回折角2θが30~150°の範囲にある(111)、(200)、(220)、(311)の各結晶面に起因する4本の回折ピークについて積分幅βを測定し、Halder-Wagner法を適用する。
【0024】
[析出物粒子の個数密度]
長径10~100nmの析出物粒子は、銅合金板材の強度向上に寄与する。長径10~100nmの析出物粒子の個数密度は50個/μm2以上であることが好ましい。前記個数密度の上限は特に制限されないが、個数密度は通常200個/μm2以下であり、150個/μm2以下に管理してもよい。
【0025】
[0.2%耐力]
通電部品の小型化、薄肉化のニーズに対応するためには、強度レベルを高く維持することが重要である。基板対基板コネクタの用途を考慮すると、銅合金板材の圧延直角方向(TD)の0.2%耐力が450N/mm2以上であることが望ましく、500Nmm2以上であることがより望ましい。550N/mm2以上に調整することも可能である。本発明対象の銅合金板材の0.2%耐力は通常900N/mm2以下の範囲で調整すればよく、700N/mm2以下に管理してもよい。
【0026】
[導電率]
コネクタ等の通電部品の用途を考慮すると、銅合金板材の導電率は50%IACS以上であることが望ましく、65%IACS以上であることがより望ましい。70%IACS以上に調整することも可能である。上述の組成範囲の銅合金板材では、導電率は通常90%IACS以下であり、85%IACS以下に管理してもよい。
【0027】
[曲げ加工性]
複雑な曲げ加工が施される基板対基板コネクタの用途を考慮すると、曲げ軸が銅合金板材の圧延平行方向(B.W.)となる90°L曲げ試験による、割れが発生しない最小曲げ半径MBRと板厚tとの比MBR/tが0.7以下であることが望ましく、0.5以下であることがより望ましい。後述の製造方法に従えば、上記MBR/tが0.3以下といった、Cu-Fe-P系銅合金としては極めて優れた曲げ加工性レベルに調整することも可能である。
【0028】
[製造方法]
以上説明した銅合金板材は、例えば以下の製造工程によって得ることができる。
溶解・鋳造→熱間圧延→中間冷間圧延→中間熱処理→仕上冷間圧延→仕上熱処理
なお、上記工程中には記載していないが、熱間圧延後には必要に応じて面削が行われ、各熱処理後には必要に応じて酸洗、研磨、あるいは更に脱脂が行われる。以下、各工程について説明する。
【0029】
[溶解・鋳造]
上述の化学組成を有する銅合金を溶製し、鋳片を得る。鋳造法としては、半連続鋳造法、連続鋳造法など、公知の手法が適用できる。造塊法によって得られるインゴット(鋳塊)も本明細書で言う「鋳片」に含まれる。
【0030】
[熱間圧延]
鋳片を加熱した後、熱間圧延を施す。鋳片の加熱温度は850~1000℃とすることが好ましい。上記温度範囲での保持時間は0.3時間以上とすることが好ましく、0.5~10時間とすることがより好ましい。この加熱保持により鋳造組織の均質化(凝固偏析の緩和)が進行するとともに、粗大なFe-P系化合物やMg-P系化合物の固溶化が進行する。
【0031】
加熱された鋳片を炉から取り出し、熱間圧延を開始する。熱間圧延は、950℃以下650℃以上の温度域で圧延率70%以上の圧延を施した後、650℃未満350℃以上の温度域で圧延率60%以上の圧延を施すパススケジュールで行う。各圧延パスでの圧延温度は、熱間圧延機のワークロール間から出た直後の材料の表面温度によってモニターすることができる。「950℃以下650℃以上の温度域で圧延率70%以上の圧延を施す」とは、圧延温度が950℃以下である最初の圧延パス開始前の板厚(鋳片厚さ)をh0(mm)、圧延温度が650℃以上である最後の圧延パス終了後の板厚をh1(mm)とするとき、[(h0-h1)/h0]×100(%)で表される圧延率が70%以上であることを意味する。また、「650℃未満350℃以上の温度域で圧延率60%以上の圧延を施す」とは、圧延温度が650℃未満である最初の圧延パス開始前の板厚をh1(mm)、圧延温度が350℃以上である最後の圧延パス終了後の板厚をh2(mm)とするとき、[(h1-h2)/h1]×100(%)で表される圧延率が60%以上であることを意味する。
【0032】
950℃以下650℃以上の温度域では、動的再結晶が生じやすい。粗大で不均一な鋳造組織から微細で均一性の高い結晶粒からなる組織を得るためには、950℃以下650℃以上の温度域での圧延率を70%以上とすることが極めて有効であり、80%以上とすることが更に効果的である。950℃以下650℃以上の温度域での圧延率は例えば92%以下の範囲で調整すればよい。一方、650℃未満350℃以上の温度域では、Fe-P系化合物やMg-P系化合物が析出しやすい。Fe-P系化合物やMg-P系化合物の析出核を多く生成させるためには、650℃未満350℃以上の温度域での圧延率を60%以上とすることが極めて有効である。650℃未満350℃以上の温度域での圧延率は例えば85%以下の範囲で設定すればよく、75%以下の範囲で設定してもよい。熱間圧延終了後の材料(熱延板)を、上記化合物の析出核あるいはそれに起因する極微細な析出物が多量に存在する組織状態としておくことによって、溶体化処理工程を経ないで行う後述の中間熱処理工程で、Fe-P系化合物やMg-P系化合物の微細な析出物を迅速かつ十分に生成させることが可能になる。熱間圧延後の板厚は、最終的な目標板厚に応じて、例えば5~20mmの範囲で調整すればよい。
【0033】
[中間冷間圧延]
熱間圧延後の材料に対して、圧延率30%以上、より好ましくは35%以上、さらに好ましくは55%以上の冷間圧延を施す。冷間圧延率の上限は目標板厚および冷間圧延機のミルパワーに応じて設定することができる。通常、95%以下の圧延率とすればよく、85%以下の範囲で設定してもよい。なお、熱間圧延で形成されたFe-P系化合物やMg-P系化合物の析出核あるいはそれに起因する極微細な析出物を多量に含む組織状態が維持される範囲で、必要に応じて冷間圧延と焼鈍を1回以上施して板厚を減じた材料に対して、この中間冷間圧延を施してもよい。
【0034】
[中間熱処理]
上記の中間冷間圧延で得られた材料に、400℃以上700℃以下の温度で1時間以上保持する熱処理を施す。上述の熱間圧延によってFe-P系化合物やMg-P系化合物の析出核あるいはそれに起因する極微細な析出物が多量に形成されており、かつ上記の中間冷間圧延によって冷間加工歪が付加されているので、400℃以上700℃以下の温度域での加熱保持でFe-P系化合物やMg-P系化合物からなる析出物を迅速かつ多量に形成させることができる。具体的には、粒子径10~100nmの析出物密度を50個/μm2以上に調整することができる。また、微細かつ均一性の高い再結晶組織を得ることができる。材料の最高到達温度が700℃を超えると再結晶粒が粗大化する場合がある。400℃以上700℃以下での保持時間の上限は特に規定しないが、通常、24時間以内で行えばよい。
【0035】
[仕上冷間圧延]
上記の中間冷間圧延で得られた材料に、圧延率80%以上の冷間圧延を施すことによって、最終的な板厚調整を行うとともに、更なる強度向上を図る。圧延率を80%以上とすることにより、後述の仕上熱処理で結晶子サイズの小さい組織を得るために有利となる、多量の転位を導入することができる。圧延率は90%以上とすることがより効果的であり、95%以上とすることが更に効果的である。圧延率の上限はミルパワーに応じて、例えば99%以下の範囲で設定すればよい。
【0036】
[仕上熱処理]
上記の仕上冷間圧延で得られた材料に、180℃以上500℃以下の温度域に加熱する熱処理を施す。上記の仕上冷間圧延で冷間加工歪を導入しているので、180℃以上500℃以下の温度域に保持される時間が例えば数秒程度と短くても、転位の再配列による結晶子サイズの低減化を生じさせることができる。具体的な熱処理条件としては、熱処理炉に応じて、上述の結晶子サイズが30nm以下である材料が得られる最適条件を適用すればよい。ただし、最高到達温度を180℃以上500℃以下の範囲に設定する。熱処理炉としては連続式熱処理炉、バッチ式熱処理炉のいずれを使用してもよい。連続式熱処理炉の場合は、材料温度が180℃以上500℃以下となる時間(以下「熱処理時間」という。)を例えば3~120秒の範囲で設定しやすい。バッチ式熱処理炉の場合は、熱処理時間を例えば10分以上の範囲で設定しやすい。熱処理時間の上限は特に規定されないが、例えば5時間以下の範囲で設定することができる。
【0037】
この仕上熱処理によって結晶子サイズの小さい組織状態を得ることができるメカニズムについては、十分に解明されていないが、上記の中間熱処理で粒子径10~100nmの析出物が50個/μm2以上の密度で多量に形成されており、かつ上記の仕上冷間圧延で多量の転位が導入されていることによって、180~500℃の温度域に加熱したときに、微細分散している析出物によるピンニング効果が発揮され、結晶子サイズの微小化に有利な形態で転位の再配列が起こるものと推察される。加熱温度が180℃以上であれば、転位の再配列を生じさせることができると考えられ、結果的に結晶子サイズの微小化が可能になる。材料の最高到達温度を500℃以下に管理することにより、仕上冷間圧延で導入した転位を十分に残存させることができると考えられ、結果的に軟化を防止することができる。
【0038】
以上のようにして、強度、導電性、曲げ加工性に優れるCu-Fe-P系銅合金板材を得ることができる。その板材の板厚は、例えば0.02~2.0mm、好ましくは0.04~0.8mmの範囲とすることができる。このCu-Fe-P系銅合金板材を素材に用いて、例えば打ち抜き加工や曲げ加工を施すことにより、コネクタなどの通電部品を製造することができる。
【実施例0039】
表1に示す化学組成の銅合金を溶製し、厚さ215mm、幅約500mm、長さ約5500mmの鋳片を得た。鋳片から採取したサンプルについて、以下に示す方法で定量分析を行った。その結果、いずれの例においても「Fe、P、Mg、Ni、Sn、Zn、Cu以外の元素の合計:0~0.10質量%」の要件を満たしていることがわかった。
【0040】
(元素分析方法)
O(酸素)、N(窒素)は酸素・窒素・水素分析装置(LECO製、ONH-836)により定量し、H(水素)は水素分析計(堀場製作所製、EMGA-921)により定量し、C(炭素)、S(硫黄)は炭素硫黄分析装置(LECO製、CS844型)により定量し、第2~第6周期の元素(C、N、O、第17族元素、第18族元素、Tc(テクネチウム)、Po(ポロニウム)、Pm(プロメチウム)を除く)はICP-MS(Agilent製、7900)により定量し、F(フッ素)、Cl(塩素)、Br(臭素)は燃焼-イオンクロマトグラフィー装置(Thermo Scientific製、DIONEX ICS-1600)により定量した。これらの測定により、銅合金に含まれうる実質上すべての元素を定量することができる。
【0041】
得られた鋳片を950℃で4時間保持し、炉から取り出したのち熱間圧延に供した。熱間圧延機のワークロール出側での材料表面温度をモニターすることにより各圧延パスでの圧延温度を記録した。一部の例(比較例No.33、39)を除き、圧延温度950℃以下650℃以上での圧延率が87%、圧延温度650℃未満350℃以上での圧延率が63~68%となるようにパススケジュールを設定した。No.39では、圧延温度950℃以下650℃以上での圧延率が87%、圧延温度650℃未満350℃以上での圧延率が50%となるようにパススケジュールを設定した。これらのトータル圧延率は95.1~95.8%であり、いずれの例においても最終パスの圧延温度は350℃以上であった。このようにして板厚9.5~11.0mmの熱延板を得た。No.33では、熱間圧延中に材料の割れが生じたため、その後の工程を中止した。
【0042】
一部の例(比較例No.35)を除き、得られた熱延板の表面酸化膜を機械研磨(面削)により除去したのち、圧延率約67~98%の冷間圧延を施した(中間冷間圧延工程)。No.35は熱延板にMg酸化物の巻き込みが多かったので、熱間圧延後の工程に進めることを中止した。
上記冷間圧延を終えた材料に、バッチ式熱処理炉を用いて、500~600℃の範囲に設定した保持温度で5~9時間保持する熱処理を施した(中間熱処理工程)。
次いで、一部の例(比較例No.41)を除き、圧延率約87~98%の冷間圧延を施し、板厚0.06~0.08mmとした(仕上冷間圧延工程)。No.41では、圧延率約60%の冷間圧延を施し、板厚0.10mmとした。
次いで、一部の例(比較例No.40)を除き、連続式熱処理炉またはバッチ式熱処理炉により最高到達温度200~430℃、材料温度が180℃以上最高到達温度以下となる時間(熱処理時間)13秒~30分の条件で熱処理を施した(最終熱処理工程)。No.40ではこの熱処理を省略した。
このようにして最終板厚0.06~0.10mmの供試材を得た。その製造条件を表2に示す。得られた供試材について以下の調査を行った。
【0043】
(析出物粒子の個数密度)
前掲の「析出物粒子の個数密度の求め方」に従い、長径10~100nmの析出物粒子の個数密度(個/μm2)を求めた。電解研磨装置はBUEHLER社製のElectroMet4、超音波洗浄機はBRANSONIC M2800-J、FE-SEMは日本電子株式会社製のJSM-7200Fをそれぞれ使用した。
【0044】
(結晶子サイズ)
供試材の板面について、X線回折装置(Rigaku社製、RINT-2000)により、2θ/θ法、CuKα線(λ=0.1542nm)、管電圧40kV、管電流40mAの条件でX線回折パターンを測定した。解析ソフトウェア(Rigaku社製、PDXL2)を用いて、Kα1線とKα2線は分離せずに解析し、2θが30~150°の範囲にある(111)、(200)、(220)、(311)の各結晶面に起因する4本の回折ピークについて積分幅βを計測し、横軸がβ/(tanθ×sinθ)、縦軸が(β/tanθ)2である座標にプロットを行い、各プロットを直線でフィッティングすることによって前掲の(2)式で表される関数(Halder-Wagnerの式)を求め、その関数の傾きKλ/D(K:シェラー定数、λ:X線波長、D:結晶子サイズ)から結晶子サイズD(nm)を算出した。ここで、シェラー定数Kの値として0.94を採用した。
【0045】
(0.2%耐力)
各供試材から圧延直角方向(TD)の引張試験片(JIS 5号)を採取し、JIS Z2241に準拠した引張試験を行い、0.2%耐力を測定した。0.2%耐力が450N/mm2以上であるものを合格と判定した。
【0046】
(導電率)
JIS H0505に準拠して導電率を求めた。導電率が50%IACS以上であるものを合格と判定した。
【0047】
(曲げ加工性)
供試材から長手方向が圧延直角方向である幅0.3mmの試験片を切り出し、曲げ軸が圧延平行方向(B.W.)となる90°L曲げ試験を行い、割れが発生しない最小曲げ半径MBRと板厚tとの比MBR/tを求めた。MBR/tが0.7以下であるものを合格と判定した。
以上の結果を表3に示す。
【0048】
【0049】
【0050】
【0051】
本発明例のCu-Fe-P系銅合金板材はいずれも、析出物粒子の個数密度が高く、結晶子サイズが小さい組織状態を呈しており、優れた強度、導電性、曲げ加工性を兼備するものであった。
【0052】
これに対し比較例では以下のような結果となった。
No.31は、Fe含有量が高すぎたので、導電性が悪かった。
No.32は、Fe含有量が低すぎたので、強度が低かった。
No.33は、P含有量が高すぎたので、熱間圧延で割れが生じた。
No.34は、P含有量が低すぎたので、析出物粒子の個数密度が不十分となり、強度および導電性に劣った。転位密度が低かったため、仕上熱処理を行っても、結晶子サイズの微小化は達成されなかった。なお、軟質であるために曲げ加工性は良好であった。
No.35は、Mg含有量が多すぎたので、Mg酸化物の巻き込みが多い熱延板が得られ、その後の工程を中止した。
No.36は、Ni含有量が高すぎたので、導電性が悪かった。
No.37は、Sn含有量が高すぎたので、導電性が悪かった。
No.38は、Zn含有量が高すぎたので、導電性が悪かった。
No.39は、熱間圧延において650℃未満350℃以上の温度域での圧延率が低かったので、最終的に析出物粒子の個数密度が不十分となり、強度および導電性に劣った。転位密度が低かったため、仕上熱処理を行っても、結晶子サイズの微小化は達成されなかった。なお、軟質であるために曲げ加工性は良好であった。
No.40は、仕上熱処理を省略したので、結晶子サイズを微小化することができず、曲げ加工性に劣った。
No.41は、仕上冷間圧延での圧延率が低かったので、結晶子サイズは小さかったものの、転位の導入が不十分となり、強度レベルが低かった。
【0053】
(仕上熱処理の効果確認試験)
本発明例である上記No.2の仕上冷間圧延を終了した時点の板材サンプル(板厚0.08mmの中間製品)と、その後に、最高到達温度430℃、材料温度が180℃以上最高到達温度以下となる時間13秒の仕上熱処理を施した板材サンプル(板厚0.08mmの完成品)について、上述の方法で結晶子サイズ、0.2%耐力の測定と、曲げ半径R=0.05mm、板厚t=0.08mm、R/t=0.05/0.08≒0.6のB.W.での90°L曲げ試験を行い、両者の特性を比較した試験例を示す。
その結果を表4に示す。
参考のため、
図1および
図2に、それぞれ仕上冷間圧延後および仕上熱処理後の板材サンプルについて、上記R/t≒0.6での90°L曲げ試験後の曲げ部外側表面のレーザー顕微鏡写真を示す。これらの写真の横幅長さが、約0.26mmに相当する。
【0054】
【0055】
導電性については仕上熱処理の前後で差は認められなかったが、仕上熱処理を施すことによって強度が向上し、かつ曲げ加工性も向上した。従来一般に、強度と曲げ加工性はトレードオフの関係にあるとされるにもかかわらず、仕上熱処理によってそれら両特性を同時に改善することができたのは、本発明に従う製造工程によって析出物が微細分散している状況下で、仕上熱処理による転位の再配列が進行し、結晶子サイズが微小化したことに起因する効果であると推察される。