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  • 特開-聴覚検査装置および聴覚検査方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024141299
(43)【公開日】2024-10-10
(54)【発明の名称】聴覚検査装置および聴覚検査方法
(51)【国際特許分類】
   A61B 5/12 20060101AFI20241003BHJP
【FI】
A61B5/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023052866
(22)【出願日】2023-03-29
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 開催日: 令和4年6月24日~25日 集会名: 一般社団法人日本音響学会 2022年6月度 聴覚研究会 開催場所:金沢医科大学
(71)【出願人】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000659
【氏名又は名称】弁理士法人広江アソシエイツ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】任 書晃
(72)【発明者】
【氏名】安部 力
(72)【発明者】
【氏名】堀井 和広
【テーマコード(参考)】
4C038
【Fターム(参考)】
4C038AA04
4C038AB01
4C038AB05
4C038AB07
(57)【要約】
【課題】骨を介した音刺激に対する応答を確認するための、新規な聴覚検査装置および聴覚検査方法を提供する。
【解決手段】聴覚検査装置1は、周波数8kHz~500kHzの骨を介した音刺激に対する応答を確認する。好ましくは、周波数20kHz~500kHzの骨を介した音刺激に対する蝸牛のフック部の応答を確認する。聴覚検査方法は、周波数8kHz~500kHzの音刺激を骨に与える工程と、音刺激に対する応答を確認する工程を備えている。好ましくは、周波数20kHz~500kHzの音刺激を骨に与える工程と、音刺激に対する蝸牛のフック部の応答を確認する工程と、を備えている。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
周波数8kHz~500kHzの骨を介した音刺激に対する応答を確認することを特徴とする聴覚検査装置。
【請求項2】
周波数20kHz~500kHzの骨を介した音刺激に対する蝸牛のフック部の応答を確認することを特徴とする請求項1に記載の聴覚検査装置。
【請求項3】
周波数8kHz~500kHzの音刺激を骨に与える工程と、
前記音刺激に対する応答を確認する工程と、
を備えていることを特徴とする聴覚検査方法。
【請求項4】
周波数20kHz~500kHzの音刺激を骨に与える工程と、
前記音刺激に対する蝸牛のフック部の応答を確認する工程と、
を備えていることを特徴とする請求項3に記載の聴覚検査方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、聴覚検査方法および聴覚検査装置に関する。特に、骨を介して与えられる、可聴域を超えた音刺激に対する応答を確認するための聴覚検査装置および聴覚検査装置に関する。
【背景技術】
【0002】
哺乳類は、音を、鼓膜から耳小骨を介して内耳の蝸牛に伝わってきた振動として感知する。蝸牛によって感知できる音の周波数は種によって異なっており、ヒトの場合は、20Hzから20kHzの音が可聴域であると言われてきた。20kHzよりも周波数の高い音は、「超音波」と称されており、ヒトの場合、鼓膜を通して超音波が入力されても、蝸牛で受容されないため、ヒトは超音波を聞きとれないとされてきた。なお、モルモットでは50kHz、マウスや猫では100kHz、コウモリは150kHzの音を聞き取れるとされている。
【0003】
しかし、頭部の骨に直接、音刺激を与える「骨伝導」を用いれば、ヒトでも超音波を聴取できることが明らかとなっている(非特許文献1)。骨伝導で与えられた超音波は、難聴者にも知覚されるため、補聴器への応用が検討されている(非特許文献2)。
【0004】
骨伝導による超音波知覚は、可聴域の音とは異なる仕組みで知覚されると考えられているが、体のどの部位で受容され、どのように知覚されるのかは、これまで不明であった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】R.J.Pumphery著「Upper limit of frequency for human hearing」Nature,vol.166, No.4222,571頁,1950年
【非特許文献2】西村 忠己ら 著「An examination of the effects of broadband air-conduction masker on the speech intelligibility of speech-modulated bone-conduction ultrasound」Hearing Research,317号,41-49頁,2014年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、発明者らの新たな知見に基づいてなされたものであり、骨を介した音刺激に対する応答を確認するための、新規な聴覚検査装置および聴覚検査方法の提供を解決すべき課題としてなされている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の聴覚検査装置は、周波数8kHz~500kHzの骨を介した音刺激に対する応答を確認することを特徴とする聴覚検査装置である。
【0008】
本発明の聴覚検査装置は、周波数20kHz~500kHzの骨を介した音刺激に対する蝸牛のフック部の応答を確認することが好ましい。
【0009】
本発明の聴覚検査方法は、周波数8kHz~500kHzの音刺激を骨に与える工程と、音刺激に対する応答を確認する工程と、を備えていることを特徴とする。
【0010】
本発明の聴覚検査方法は、周波数20kHz~500kHzの音刺激を骨に与える工程と、音刺激に対する蝸牛のフック部の応答を確認する工程と、を備えていることが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明の聴覚検査装置および聴覚検査方法は、従来の可聴域のみの聴覚検査に加えて、可聴域を超える音刺激に対する聴覚を検査することにより、内耳性難聴の原因究明、早期診断、及び予後判定を見据えた治療法の選択肢の提案を行うことができる。
【0012】
本発明の聴覚検査装置および聴覚検査方法によって、超音波聴覚を考慮した人工内耳の性能向上と、新規な人工内耳の開発のためのデータ収集を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、聴覚検査装置の構成を示す図である。
図2図2は、本実施形態の聴覚検査装置の構成を示すブロック図である。
図3図3は、側頭骨と耳の中の構造を模式的に示す図である。
図4図4は、内耳の蝸牛の構造を模式的に示す図である。
図5図5は、モルモット蝸牛の基底回転とフック部を光干渉断層撮影法により撮影した画像である。
図6図6は、モルモット蝸牛の基底回転とフック部の形状の違いを示す図である。
図7図7は、モルモット蝸牛の音刺激に対する周波数解析の結果を示す図である。
図8図8は、モルモット蝸牛の基底回転とフック部の振動解析の結果を示す図である。
図9図9は、モルモット蝸牛のフック部の外有毛細胞領域の周波数ごとの振幅解析結果を示す図である。
【発明の実施の形態】
【0014】
発明者らは、動物実験において内耳の蝸牛の中のフック部と呼ばれる部位が、可聴域上限よりも高い周波数の音である超音波を受容して応答することを見いだして、本発明をなすに至った。以下、内耳のフック部が超音波に対して応答していることを説明し、次に本願の聴覚検査装置と聴覚検査方法を説明する。
【0015】
図3に、ヒトの側頭骨と耳の中の構造を模式的に示す。側頭骨20は頭蓋骨の側面から底部までを形成する骨であって、外耳道21と、図示しない中耳と、内耳22を取り囲んでいる。内耳22には、聴覚器官である蝸牛10と平衡感覚器官である半規管23が含まれている。
【0016】
図4に、蝸牛10の構造を模式的に示す。蝸牛10は、渦巻き状の器官であって、感覚細胞である外有毛細胞111と、支持細胞112と、基底板113、内有毛細胞114とからなる感覚上皮帯11を含んでいる。渦巻き状のそれぞれの環状部分は、頂回転、中回転、基底回転と呼ばれ、特に基底回転の先端であって、蝸牛10の入り口の部分が、フック部と呼ばれる。
【0017】
音刺激が振動として蝸牛10に入力されると、感覚上皮帯11の基底板113が振動し、さらに外有毛細胞111、内有毛細胞114の感覚毛が振動して、音の振動が細胞の電気信号へと変換され、求心性神経を介して中枢に伝達される。細胞の電気信号は、細胞外電位として測定が可能である。
【0018】
蝸牛10では、頂回転から基底回転へ向かうほど、高い周波数に応答する感覚上皮帯11が配置されている。たとえばモルモットの場合、基底回転の感覚上皮帯の中で、図4において符号11Bで示す位置周辺は、モルモットの可聴域である24kHz付近の音を受容して応答することが知られている。そして、基底回転の最も先端であるフック部の感覚上皮帯11Aは、非可聴域の超音波を受容して応答する。
【0019】
モルモットについて、蝸牛の基底回転とフック部を光干渉断層撮影法(Optical coherence tomography)により撮影した断面画像を図5に示す。図5中、OHCs(Outer Hair Cells)で示した領域は外有毛細胞群を表しており、ToC(Tunnel of Corti)で示した領域はコルチトンネルを表している。図6に、光干渉断層撮影法による撮影を行った5体のモルモットについて、フック部の感覚上皮帯11Aと、フック部よりも内側の基底回転の感覚上皮帯11Bの形状を計測した結果を示す。形状の計測は、光干渉断層撮影法によって行った。フック部の感覚上皮帯11Aは、厚さが97μm、標準偏差は±4μmであった。また、幅は平均114μmで、標準偏差は±9μmであった。これに対して、基底回転の感覚上皮帯11Bの上皮帯の厚さは平均で96μm、標準偏差は±9μmであった。また、幅は平均141μmで、標準偏差は±18μmであった。フック部の感覚上皮帯11Aと基底回転の感覚上皮帯11Bの形状を比較すると、厚さに有意な差はみられなかった一方で、フック部の感覚上皮帯11Aの幅は、基底回転の感覚上皮帯11Bの幅よりも有意に小さかった。物体の幅は、小さいほど高い周波数の振動に共鳴するので、フック部の感覚上皮帯11Aは、可聴域よりも高い周波数の音刺激に応答することは、形状の測定結果からも裏付けられている。
【0020】
フック部の感覚上皮帯11Aが、可聴域よりも高い周波数の音に応答することを、図7図8図9の振動解析の結果を用いて説明する。
【0021】
図7に、モルモットの側頭骨20に127kHz90dBの音刺激を与えた時の、音刺激に対する蝸牛10の細胞外電位記録の結果を示す。細胞外電位は、蝸牛10のフック部で測定した。図7の横軸は細胞外電位の周波数を示し、縦軸は周波数毎の電位の大きさを示している。図7に示すように、蝸牛のフック部は、側頭骨20に入力した127kHzの周波数と一致する応答ピークを示しており、蝸牛10には超音波に応答する外有毛細胞111と内有毛細胞114が存在していることが確認された。一方で、202.85kHzと245.85kHzのピークは、測定環境からのノイズと考えられた。
【0022】
図8に、モルモットの側頭骨20に音刺激を入力したときの、フック部の感覚上皮帯11Aの応答である振動の測定結果を示す。振動の振幅は、光干渉断層撮影法による撮影を行って測定した。図8(a)に、50kHz85dBの音刺激を入力したときの、フック部の感覚上皮帯11Aの振幅を示す。図8(b)に、110kHz85dBの音刺激を入力したときの、フック部の感覚上皮帯11Aの振幅を示す。基底板と外有毛細胞の両方の領域が振動しており、フック部の感覚上皮帯11Aが超音波に応答することが、確認された。
【0023】
図9(a)に、モルモットの側頭骨20に超音波の音刺激を入力したときの、フック部の感覚上皮帯11Aの外有毛細胞の振動の測定結果を示す。比較例として、図9(b)に、可聴音の音刺激を鼓膜から気導を介して入力したときの、基底回転の感覚上皮帯11Bの外有毛細胞の測定結果を示す。フック部の外有毛細胞は、入力された超音波に応答し、超音波と一致した周波数で振動していることが、確認された。
【0024】
以上の結果から、蝸牛10のフック部の感覚上皮帯11Aは、非可聴域の超音波を受容し、超音波に応答した信号を発生させていることが、明らかとなっている。
【0025】
以上の知見に基づいた、本発明の聴覚検査装置1と、聴覚検査装置1を用いた聴覚検査方法について説明する。図1は、ヒトを被検査者とする本発明の聴覚検査装置1の概要を示す図である。図2は、本発明の聴覚検査装置1の構成を示すブロック図である。
【0026】
図1に示すように、ヒトを被検査者とする聴覚検査装置1は、制御部2と、出力部3と、入力ボタン4を備えている。制御部2は、可聴域から超音波までの音刺激を発生させて出力部に送信する信号発生部と、信号発生部を制御するCPUと、検査に必要なプログラムとデータを記憶する記憶部とを備えている。
【0027】
聴覚検査装置1の出力部3は、被検査者の蝸牛10のフック部に音刺激が伝達されるように、側頭骨の外側に配置される。出力部3は、右耳側の側頭骨に音刺激を出力する右側出力部3Rと、被検査者の左耳側の側頭骨に音刺激を出力する左側出力部3Lとを備えている。
【0028】
聴覚検査装置1の信号発生部は、周波数8kHz~500kHzの音刺激を発生させて、出力部3に出力することができる。より好ましくは、周波数20kHz~500kHzの音刺激を発生させることができる。
【0029】
聴覚検査装置1の入力ボタン4は、被検査者が側頭骨から入力された音刺激を知覚したときに、制御部2に信号を入力することのできる入力装置である。
【0030】
聴覚検査装置1を用いた聴覚検査方法は、以下の通りである。被検査者は、左右の側頭骨の外側に、それぞれ右側出力部3Rと左側出力部3Lを装着する。聴覚検査装置1は、被検査者に対して、周波数8kHz~500kHzの範囲内で予め定めた周波数の音を出力し、音刺激として側頭骨に伝える。被検査者は、音刺激を感知したときに入力ボタン4を押すことで、音刺激に対する応答を聴覚検査装置1に入力する。聴覚検査装置1の制御部2は、被検査者毎に、入力した音刺激の内容と応答の有無を記録する。
【0031】
本発明の聴覚検査装置と聴覚検査方法により、これまで検査されていない超音波に対する聴覚の検査が可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明の聴覚検査装置と聴覚検査方法を適用することで、可聴域に加えて超音波に対する聴覚も考慮することが可能となり、内耳性難聴の原因究明、早期診断、及び予後判定を見据えた治療法の選択肢の提案を行うことができる。また、新たな人工内耳の開発に貢献することが可能となる。
【符号の説明】
【0033】
1 聴覚検査装置
2 制御部
3 出力部
4 入力ボタン
10 蝸牛
11 感覚上皮帯
11A フック部の感覚上皮帯
20 側頭骨
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9