(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024141356
(43)【公開日】2024-10-10
(54)【発明の名称】液晶ポリエステル
(51)【国際特許分類】
C08G 63/60 20060101AFI20241003BHJP
C08L 67/00 20060101ALI20241003BHJP
B32B 27/36 20060101ALI20241003BHJP
B32B 15/08 20060101ALI20241003BHJP
H05K 1/03 20060101ALI20241003BHJP
【FI】
C08G63/60
C08L67/00
B32B27/36
B32B15/08 J
H05K1/03 610M
H05K1/03 630H
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023052953
(22)【出願日】2023-03-29
(71)【出願人】
【識別番号】000000941
【氏名又は名称】株式会社カネカ
(72)【発明者】
【氏名】酒井 優希
(72)【発明者】
【氏名】津田 康介
(72)【発明者】
【氏名】菊澤 明
【テーマコード(参考)】
4F100
4J002
4J029
【Fターム(参考)】
4F100AB01
4F100AB01B
4F100AK41
4F100AS00
4F100AS00A
4F100BA02
4F100BA07
4F100EJ17
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4F100EJ86
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4J029AE03
4J029BB04A
4J029BB05A
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4J029EB04A
4J029EB05A
4J029EB08
4J029EC05A
4J029EC06A
4J029HA01
4J029HA02
4J029HB01
(57)【要約】 (修正有)
【課題】高周波領域における誘電正接、熱膨張の異方性に優れた液晶ポリエステル樹脂。
【解決手段】芳香族オキシカルボニル単位、芳香族ジオキシ単位、および芳香族ジカルボキシ単位から選ばれる少なくとも1種の構造単位(A)と、特定量の下記構造単位(B)とを含む。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
芳香族オキシカルボニル単位、芳香族ジオキシ単位、および、芳香族ジカルボキシ単位から選ばれる少なくとも1種の構造単位(A)と、アルキル鎖を有する構造単位(B)とを含み、かつ、構造単位(B)の含有量が液晶ポリエステルを構成する全構造単位に対して1.0~20.0モル%の範囲にある液晶ポリエステル樹脂。(nは2~18の整数である。Rは芳香族ユニットである。)
【化1】
【化2】
【請求項2】
28GHzにおける誘電正接の値が0.00300以下である請求項1に記載の液晶ポリエステル樹脂。
【請求項3】
前記構造単位(A)の芳香族骨格が、ベンゼン骨格を20~70モル%、ナフタレン骨格を20~80モル%の範囲で含むものである、請求項1に記載の液晶ポリエステル樹脂。
【請求項4】
前記芳香族オキシカルボニル単位を構成するモノマーが、4-ヒドロキシ安息香酸および/または6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸である、請求項1に記載の液晶ポリエステル樹脂。
【請求項5】
前記芳香族ジカルボキシ単位を構成するモノマーとしては、テレフタル酸および/または2,6―ナフタレンジカルボン酸である、請求項1に記載の液晶ポリエステル樹脂。
【請求項6】
前記芳香族ジオキシ単位を構成するモノマーとしては、ヒドロキノンおよび/または2,6-ジヒドロキシナフタレンである、請求項1に記載の液晶ポリエステル樹脂。
【請求項7】
請求項1~6のいずれかに記載の液晶ポリエステル樹脂と無機または有機充填剤とを含む液晶ポリエステル樹脂組成物。
【請求項8】
請求項1~6のいずれかに記載の液晶ポリエステル樹脂を成形して得られるフィルム。
【請求項9】
請求項7に記載の液晶ポリエステル樹脂組成物を成形して得られるフィルム。
【請求項10】
請求項8に記載のフィルムを備える、金属張積層板。
【請求項11】
請求項9に記載のフィルムを備える、金属張積層板。
【請求項12】
請求項8に記載のフィルムを備える、プリント基板。
【請求項13】
請求項9に記載のフィルムを備える、プリント基板。
【請求項14】
構造式(C)で表される芳香族エステル末端を有する脂肪族モノマーを使用し、請求項1~6のいずれかに記載の液晶ポリエステル樹脂を製造することを特徴とする液晶ポリエステル樹脂の製造方法。(Arは芳香族ユニットである。nは2~18の整数である。)
【化3】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液晶ポリエステル樹脂と、当該液晶ポリエステル樹脂の製造方法と、当該液晶ポリエステル樹脂を使用した液晶ポリエステル樹脂組成物と、当該液晶ポリエステル樹脂を成形したフィルムと、当該フィルムを備える金属張積層板、及びプリント基板に関する。
【背景技術】
【0002】
液晶ポリマーは、耐熱性、電気絶縁性、化学的安定性、機械強度に優れていることが知られており、電気電子分野や光学機器、自動車、医療分野といった各種用途に使用されている。この中でも特に液晶ポリエステル(LCP)は誘電特性に優れ、吸湿性が低いことから、電子基板材料としての利用が注目されている。例えば、基板材料としてのLCPフィルムの少なくとも片面に銅箔が積層されたフレキシブル銅張積層板(以下、FCCLともいう)や、FCCL上にさらに回路が形成されたフレキシブルプリント基板(以下、FPCともいう)等が、各種電子機器に使用されている。
【0003】
近年の5G通信や6G通信といった高周波通信の普及に伴い、データの一層の高速化・大容量化が期待されている。一方で、電子機器の高速信号伝送に伴う回路を伝播する電気信号の高周波化において、電気信号の伝送損失による遅延等が懸念されている。この伝送損失を低減させるために、電子基板材料の低誘電率化や低誘電正接化が要求されている。
【0004】
このような要求に応える材料として、低誘電正接の液晶ポリエステル樹脂が知られている。このような液晶ポリエステル樹脂は、一般的に全芳香族ポリエステルが多く使用されており、分子構造が剛直で、双極子性が小さく、電場を加えても運動しにくいことから、10GHz以上の高周波環境においても、誘電正接が優れている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、一般に液晶ポリエステル樹脂は、フィルム特性として低吸水性を示し低誘電正接であるものの、分子鎖が高度に配向しているため、フィルムの平面方向と厚み方向で熱膨張係数(以下、CTEともいう)に大きな差があるという欠点がある。そのため、FPCの基板加工時に寸法精度が著しく悪化するという懸念があった。この課題に対する解決策として、特許文献1に記載のように、液晶ポリエステルに対し1種以上の熱可塑性樹脂をブレンドすることでCTEの異方性を解消できることが報告されているが、誘電正接の悪化が懸念され、高周波通信用途としての利用が困難である。また、一般的に液晶ポリエステルは汎用溶媒に溶解しないため、溶融成形によるフィルム化が主流であるが、剛直な芳香族モノマーのみで構成された液晶ポリエステルは分子鎖の配向が密になり、300℃を超える高温条件で成形しなければならないという課題があった。
【0007】
本発明は、上記の課題に鑑みなされたものであって、高周波領域における誘電正接が低く、溶融温度が低く、CTEの異方性が小さい液晶ポリエステル樹脂と、当該液晶ポリエステル樹脂の製造方法と、当該液晶ポリエステル樹脂を使用した液晶ポリエステル樹脂組成物と、当該液晶ポリエステル樹脂を成形したフィルムと、当該フィルムを備える金属張積層板、及びプリント基板とを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は、以下の1)~11)を提供する。
【0009】
1).芳香族オキシカルボニル単位、芳香族ジオキシ単位、および、芳香族ジカルボキシ単位から選ばれる少なくとも1種の構造単位(A)と、アルキル鎖を有する構造単位(B)とを含み、かつ、構造単位(B)の含有量が液晶ポリエステルを構成する全構造単位に対して1.0~20.0モル%の範囲にある液晶ポリエステル樹脂。(nは2~18の整数である。Rは芳香族ユニットである。)
【0010】
【0011】
【化2】
2).28GHzにおける誘電正接の値が0.00300以下である1)に記載の液晶ポリエステル樹脂。
【0012】
3).構造単位(A)の芳香族骨格が、ベンゼン骨格を20~70モル%、ナフタレン骨格を20~80モル%の範囲で含むものである、1)または2)に記載の液晶ポリエステル樹脂。
【0013】
4).芳香族オキシカルボニル単位を構成するモノマーが、4-ヒドロキシ安息香酸および/または6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸である、1)~3)のいずれかに記載の液晶ポリエステル樹脂。
【0014】
5).前記芳香族ジカルボキシ単位を構成するモノマーとしては、テレフタル酸および/または2,6―ナフタレンジカルボン酸である、1)~4)のいずれかに記載の液晶ポリエステル樹脂。
【0015】
6).前記芳香族ジオキシ単位を構成するモノマーとしては、ヒドロキノンおよび/または2,6-ジヒドロキシナフタレンである、1)~5)のいずれかに記載の液晶ポリエステル樹脂。
【0016】
7).1)~6)のいずれかに記載の液晶ポリエステル樹脂と無機または有機充填剤とを含む液晶ポリエステル樹脂組成物。
【0017】
8).1)~6)のいずれかに記載の液晶ポリエステル樹脂または7)に記載の液晶ポリエステル樹脂組成物を成形して得られるフィルム。
【0018】
9).8)に記載のフィルムを備える、金属張積層板。
【0019】
10).8)に記載のフィルムを備える、プリント基板。
【0020】
11).構造式(C)で表される芳香族エステル末端を有する脂肪族モノマーを使用し、1)~6)のいずれかに記載の液晶ポリエステル樹脂を製造することを特徴とする、液晶ポリエステル樹脂の製造方法。(Arは芳香族ユニットである。nは2~18の整数である。)
【0021】
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、高周波領域における誘電正接が低く、溶融温度が低く、CTEの異方性が小さい液晶ポリエステル樹脂と、当該液晶ポリエステル樹脂の製造方法と、当該液晶ポリエステル樹脂を使用した液晶ポリエステル樹脂組成物と、当該液晶ポリエステル樹脂を成形したフィルムと、当該フィルムを備える金属張積層板、及びプリント基板とを提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0023】
[液晶ポリエステル]
本発明の液晶ポリエステル樹脂は、構造単位(A)、(B)から構成され、液晶性、すなわち加熱時に異方性溶融相を示すポリエステルである。通常、当該技術分野においてサーモトロピック液晶ポリエステルと呼ばれるものであるが、特に限定されない。(但し、nは2~18の整数である。Rは芳香族ユニットである。)
【0024】
【0025】
【化5】
構造単位(A)中のRは芳香族ユニットであるのが望ましく、ベンゼン、ナフタレンであるのがより好ましい。
【0026】
構造単位(A)を構成する芳香族オキシカルボニル単位、芳香族ジオキシ単位、および、芳香族ジカルボキシ単位は複数の種類を併用しても問題ないが、少なくとも芳香族オキシカルボニル単位が含まれている組成が好ましい。
【0027】
構造単位(A)の芳香族オキシカルボニル単位は、芳香族ヒドロキシカルボン酸から構成される。芳香族ヒドロキシカルボン酸の具体例としては、4-ヒドロキシ安息香酸、3-ヒドロキシ安息香酸、2-ヒドロキシ安息香酸、6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸、6-ヒドロキシ-1-ナフトエ酸、7-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸、3-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸、7-ヒドロキシ-1-ナフトエ酸、4'-ヒドロキシフェニル-4-安息香酸、3'-ヒドロキシフェニル-4-安息香酸、4'-ヒドロキシフェニル-3-安息香酸およびそれらのアルキル、アルコキシまたはハロゲン置換体が挙げられる。これらの中でも、4-ヒドロキシ安息香酸もしくは6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸またはその組み合わせが、得られる液晶ポリエステルの耐熱性および誘電特性ならびに融点を調節し易いという点でより好ましく用い得る。
芳香族ヒドロキシカルボン酸のエステル誘導体、酸ハロゲン化物等のエステル形成性誘導体も、芳香族ヒドロキシカルボン酸と同様に好適に使用できる。
【0028】
構造単位(A)の芳香族ジカルボキシ単位は、芳香族ジカルボン酸から構成される。芳香族ジカルボン酸の具体例としては、テレフタル酸、イソフタル酸、1,4-ナフタレンジカルボン酸、1,5-ナフタレンジカルボン酸、1,6-ナフタレンジカルボン酸、2,6-ナフタレンジカルボン酸、2,7-ナフタレンジカルボン酸、4,4’-ジカルボキシビフェニル、3,4’-ジカルボキシビフェニル、4,4’-ジカルボキシジフェニルエーテル、および4,4’-ジカルボキシターフェニル、これらのアルキル、アルコキシまたはハロゲン置換体が挙げられる。これらの中でも、テレフタル酸もしくは2,6-ナフタレンジカルボン酸またはその組み合わせが好ましく用い得る。
【0029】
芳香族ジカルボン酸のエステル誘導体、酸ハロゲン化物等のエステル形成性誘導体も、芳香族ジカルボン酸と同様に好適に使用できる。
【0030】
構造単位(A)の芳香族ジオキシ単位は、芳香族ジオールから構成される。芳香族ジオールの具体例としては、ヒドロキノン、レゾルシン、2,6-ジヒドロキシナフタレン、2,7-ジヒドロキシナフタレン、1,4-ジヒドロキシナフタレン、1,5-ジヒドロキシナフタレン、1,6-ジヒドロキシナフタレン、3,3’-ジヒドロキシビフェニル、3,4’-ジヒドロキシビフェニル、4,4’-ジヒドロキシビフェニル、4,4’-ジヒドロキシジフェニルエーテル、および2,2'-ジヒドロキシビナフチル、これらのアルキル、アルコキシまたはハロゲン置換体ならびにそれらのアシル化物などのエステル形成性誘導体が挙げられる。これらの中でも、ヒドロキノンもしくは2,6-ジヒドロキシナフタレンまたはその組み合わせが好ましく用い得る。
【0031】
前記構造単位(A)中の芳香族ユニットであるRが、ベンゼン骨格を20~70モル%、ナフタレン骨格を20~80モル%の範囲で含むものであることが、液晶ポリエステルの溶融成形性の点において好ましく、ベンゼン骨格を30~65モル%、ナフタレン骨格を25~75モル%の範囲で含むものであることがより好ましい。
【0032】
[液晶ポリエステルへの構造単位(B)の導入]
【化6】
構造単位(B)のnは2~18の整数であり、好ましくは4~12であり、より好ましくは6~10であり、特に好ましくは6または10である。
【0033】
構造単位(A)、(B)からなる液晶ポリエステル樹脂を合成するためには、構造式(C)で表されるように、末端を芳香族ヒドロキシカルボン酸エステルで修飾したモノマーを使用する必要がある。すなわち、アルカンジオールモノマーを使用すると、本発明の液晶ポリエステル樹脂は製造できない。(Arは芳香族ユニットである。nは2~18の整数である。)
【0034】
【化7】
構造単位(A)を構成するモノマーの総数をAモル、構造単位(B)を構成するモノマーの総数をBモルとすると、構造単位(B)の含有量xは、以下に示す式(1)によって表すことができる。構造単位(B)を構成するモノマーは構造式(C)で示す構造を有し、生成する液晶ポリエステルの主鎖中でこのモノマーは1ユニットの構造単位(B)と2ユニットの構造単位(A)となることから、式(1)により本発明の液晶ポリエステル中の構造単位(B)の含有量xを算出できる。
【0035】
【数1】
構造単位(B)の含有量は液晶ポリエステルを構成する全構造単位に対して1.0~20.0モル%の範囲であり、好ましくは4.0~15.0モル%の範囲である。1.0モル%未満では熱膨張係数の異方性を解消することができず、20.0モル%より過剰に添加すると誘電正接が悪化し、高周波通信に使用できない。
【0036】
前記構造式(C)中のArは、誘電率を下げるという観点で、ベンゼン骨格またはナフタレン骨格であることが好ましい。
【0037】
構造式(C)の具体例としては、1,2-ジメチレンビス(4-ヒドロキシベンゾエート)、1,3-トリメチレンビス(4-ヒドロキシベンゾエート)、1,4-テトラメチレンビス(4-ヒドロキシベンゾエート)、1,5-ペンタメチレンビス(4-ヒドロキシベンゾエート)、1,6-ヘキサメチレンビス(4-ヒドロキシベンゾエート)、1,7-ヘプタメチレンビス(4-ヒドロキシベンゾエート)、1,8-オクタメチレンビス(4-ヒドロキシベンゾエート)、1,9-ノナメチレンビス(4-ヒドロキシベンゾエート)、1,10-デカメチレンビス(4-ヒドロキシベンゾエート)、1,11-ウンデカメチレンビス(4-ヒドロキシベンゾエート)、1,12-ドデカメチレンビス(4-ヒドロキシベンゾエート)などが挙げられる。
【0038】
本発明の液晶ポリエステル樹脂の合成において、芳香族ヒドロキシカルボン酸と構造式(C)で表されるモノマーのみの使用では、重合物中のアセトキシ基量が過剰になり、十分に重合が進行しないまま停止するため、低誘電正接性を発現できない。ジカルボン酸モノマーを併用することで、アセトキシ基量とカルボキシル基量の差が減少するため、分子量が増大し、誘電正接の小さな液晶ポリエステルを合成することができる。
【0039】
本発明の液晶ポリエステルを構成する全モノマーに含まれるアセトキシ基量は、カルボキシル基量に対して1.0倍以上1.1倍未満であることが低誘電正接性の観点から好ましく、1.0倍に近いほどより好ましい。
【0040】
合成された液晶ポリエステル樹脂への構造単位(B)の導入の有無は、1H-核磁気共鳴スペクトル(1H-NMR)測定により組成分析を行うことで確認した。すなわち、液晶ポリエステルを塩基性条件下で加溶媒分解し、得られた分解物の1H-NMRスペクトルから各種モノマーの組成比を算出できる。
【0041】
加溶媒分解時に使用する塩基としては、たとえば水酸化カリウムや水酸化ナトリウム、水酸化バリウムなどの強塩基性を示す無機化合物が好適に用いられる。
【0042】
加溶媒分解で使用する溶媒としては、たとえば水やメタノール、エタノールなどの低級アルコールが好適に用いられる。
[液晶ポリエステルの製造方法]
本発明の液晶ポリエステル樹脂は、典型的にはフェノール性水酸基を有するモノマーのアシル化物を含むモノマー混合物を重縮合することにより製造される。重縮合の方法に特に制限はなく、たとえば溶融アシドリシス法、スラリー重合法などにより、本発明の液晶ポリエステルを得ることができる。
【0043】
溶融アシドリシス法は、コストや製造時間の点から、本発明の液晶ポリマーを製造するのに好ましい方法である。この方法は、最初にモノマーを加熱して溶融させ、次いで重縮合反応を続けて溶融ポリマーを得るものである。なお、縮合の最終段階で副生する揮発物(例えば酢酸、水など)の除去を容易にするために真空を適用してもよい。
【0044】
スラリー重合法とは、熱交換流体の存在下でモノマーを反応させる方法であって、固体生成物は熱交換媒質中に懸濁した状態で得られる。
【0045】
フェノール性水酸基を有するモノマーのアシル化物は、液晶ポリエステルの合成時に無水酢酸や酢酸といったアシル化剤を加えて反応系内で合成して使用してもよいし、別途アシル化して合成したものを用いてもよい。
【0046】
反応系内でフェノール性水酸基を有するモノマーをアシル化する場合、アシル化剤はモノマーの全フェノール性水酸基量に対して1.1倍以上使用されるのが好ましい。
【0047】
重合反応の温度は200~400℃で、好ましくは250~350℃であり、常圧および/または減圧下で行うのがよい。
【0048】
重縮合は、触媒の存在下に行われるのが好ましい。触媒の例としては、酢酸マグネシウム、酢酸第一錫、テトラブチルチタネート、酢酸鉛、酢酸ナトリウム、酢酸カリウム、三酸化アンチモン等の金属化合物や、1-メチルイミダゾール等の含窒素複素環式化合物が挙げられる。
【0049】
触媒の使用量は特に限定されないが、例えば、モノマー混合物の量100質量部に対し、0.1質量部以下が好ましい。
このような重縮合反応により得られた本発明の液晶ポリエステル樹脂は、通常、溶融状態で反応容器より払い出された後に、粉末状、ペレット状、またはフレーク状に加工される。
【0050】
ペレット状、フレーク状、または粉末状の液晶ポリエステル樹脂は、減圧下、真空下、または窒素、ヘリウムなどの不活性ガス雰囲気下において、加熱することにより固相状態で重合反応を進行させ、分子量を増大させてもよい。固相状態で加熱処理を行うことで、耐熱性の向上などが期待できる。
【0051】
上記の方法により得られた液晶ポリエステル樹脂が液晶性を示すことについては、直交偏光子を利用した慣用の偏光検査方法により溶融時の光学的異方性の有無を確認することで評価できる。
【0052】
[その他添加材]
液晶ポリエステル組成物には、必要に応じて、無機充填剤を配合できる。無機充填剤としては、炭酸カルシウム、タルク、クレー、シリカ、炭酸マグネシウム、硫酸バリウム、酸化チタン、アルミナ、モンモリロナイト、石膏、ガラスフレーク、ガラス繊維、ミルドガラス繊維、炭素繊維、アルミナ繊維、シリカアルミナ繊維、ホウ酸アルミニウムウィスカ、及びチタン酸カリウム繊維等が挙げられる。無機充填剤は、単独で使用されてもよく、2種以上を組み合わせて使用されてもよい。
【0053】
これらの無機充填剤の使用量は、液晶ポリエステル組成物の低誘電特性を損なわない範囲で、液晶ポリエステル組成物の用途に応じて適宜決定される。例えば、液晶ポリエステル組成物を用いてフィルムを形成する場合には、フィルムの機械強度を著しく損なわない範囲で、無機充填剤の使用量の上限が定められる。
【0054】
液晶ポリエステル組成物には、必要に応じて、さらに、有機充填剤、酸化防止剤、熱安定剤、光安定剤、難燃剤、滑剤、帯電防止剤、着色剤、防錆剤、架橋剤、発泡剤、蛍光剤、表面平滑剤、表面光沢改良剤、及び離型改良剤等の各種の添加剤を配合できる。
これらの添加剤は、単独で使用されてもよく、2種以上を組み合わせて使用されてもよい。
【0055】
[フィルム成形]
本発明の液晶ポリエステル樹脂は、融点以上の温度で加熱することで、例えばプレス成形、押出成形、射出成形、圧縮成形、またはブロー成形など、公知の成型方法での成型品、フィルム、または繊維などへの加工が可能である。
【0056】
本発明の液晶ポリエステル樹脂の融点は、300℃以下であり、好ましくは270℃以下であり、より好ましくは230℃以下であり、特に好ましくは200℃以下である。樹脂の融点は実施例において後述する方法により測定できる。本発明の液晶ポリエステル樹脂は、主鎖に構造単位(B)が導入されていることから全芳香族系液晶ポリエステルに比べて低融点化するため、低温加工性が要求される用途に有用である。
【0057】
本発明の液晶ポリエステル樹脂を成形して得られたフィルムの周波数28GHzにおける誘電正接は、0.00300以下であることが好ましく、より好ましくは0.00280以下であり、更に好ましくは0.00270以下であり、特に好ましくは0.00250以下である。樹脂フィルムの誘電正接は実施例において後述する方法により測定できる。
【0058】
本発明の液晶ポリエステル樹脂を成形して得られたフィルムの平面方向の熱膨張係数(以下、XY-CTEともいう)の値は特に限定されないが、好ましくは100ppm/K以下であり、より好ましくは80ppm/K以下であり、特に好ましくは70ppm/K以下である。XY-CTEは実施例において後述する方法により評価できる。
厚み方向の熱膨張係数(以下、Z-CTEともいう)の値は特に限定されないが、好ましくは120ppm/K以下であり、より好ましくは100ppm/K以下であり、特に好ましくは90ppm/K以下である。Z-CTEは実施例において後述する方法により評価できる。
【0059】
本発明の液晶ポリエステル樹脂を成形して得られたフィルムの熱膨張の異方性の指標は、4.0以下であり、好ましくは0.2~3.0の範囲であり、より好ましくは0.5~2.0の範囲であり、中でも1.0に近いほど特に好ましい。熱膨張係数の異方性の指標は、Z-CTEの値をXY-CTEの値で割った値である。熱膨張の異方性は、実施例において後述する方法により評価できる。
【0060】
本発明の液晶ポリエステル樹脂フィルムは、低い誘電正接と優れた低温加工性を示し、熱膨張の異方性が小さいため、FPC基板加工時に寸法精度が大きく向上する。このため、かかるフィルムは、金属張積層板やプリント基板を構成するフィルムとして好適に使用される。
【実施例0061】
以下、実施例により本発明を詳しく説明するが、本発明は実施例のみに限定されるものではない。
[モノマー合成]
構造式(3)のモノマーとして、以下のものを合成して用いた。
HDP:1,6-ヘキサメチレンビス(4-ヒドロキシベンゾエート)
DDP:1,10-デカメチレンビス(4-ヒドロキシベンゾエート)
構造式(3)のモノマーの合成例としてDDPの合成方法を下記に示すが、この方法で合成できるのはDDPに限定されるものではない。
【0062】
[DDPの合成]
窒素ガス導入管、水分定量管、還流冷却器を備えた反応容器に1,10-ジアセトキシデカン(以下、1,10-DADともいう)38.8g(0.15モル)、4-ヒドロキシ安息香酸45.6g(0.33モル)、トルエン20mL、濃硫酸をスポイトで5滴加えた。反応容器内を窒素ガスで十分に置換した後、窒素ガス気流下で150℃まで加熱し、温度を保持した状態で5時間還流させた。水分定量管への水の留出がなくなったことを確認し、室温まで放冷した。その後、氷冷しながらメタノール50mLを添加し、析出した固体を回収した。その後、メタノールで再結晶を行い精製した。
【0063】
[高分子合成]
実施例において、下記の略号は以下の化合物を表す。
PHB:4-ヒドロキシー安息香酸
HNA:6-ヒドロキシー2-ナフトエ酸
HDBA:1,6-ビス(4-カルボキシフェノキシ)ヘキサン
TPA:テレフタル酸
HQ:ヒドロキノン
【0064】
[実施例1~6、比較例1~3、参考例1]
トルクメーター付き撹拌装置、留出管および還流冷却器を備えた反応容器に、表1、表2に記載の化合物を記載の割合で仕込み、さらに仕込んだ全化合物のヒドロキシ基量(モル)に対して1.1倍モルの無水酢酸と、触媒量の1-メチルイミダゾールを加えた。反応容器内を窒素ガスで十分に置換し、撹拌しながら145℃に加熱し、同温度にて30分間保持した。その後、速やかに185℃まで昇温し、同温度にて30分間保持した。その後、副生する酢酸を留去しながら260℃まで20分かけて昇温し、2時間30分間保持した。その後10分かけて反応容器内を7.5tоrrまで減圧した後1時間保持した。その後真空度を保った状態で速やかに265℃まで昇温し、30分間保持した。その後、真空度を保った状態で速やかに270℃まで昇温し、トルクが所定の値を示した時点で反応終了とみなし、内容物を取り出した。得られた固形物は室温まで放冷させた後、粉砕機で粉砕後、メタノールで洗浄し乾燥させた。その後、窒素ガス雰囲気下300℃で2時間保持し、固相で重合反応を進めた後、得られた固体を粉砕機で再度粉砕することで液晶ポリエステルの粉末を得た。
【0065】
[比較例4、5、参考例2]
トルクメーター付き撹拌装置、留出管および還流冷却器を備えた反応容器に、表2記載の化合物を記載の割合で仕込み、さらに仕込んだ全化合物のヒドロキシ基量(モル)に対して1.1倍モルの無水酢酸と、触媒量の1-メチルイミダゾールを加えた。反応容器内を窒素ガスで十分に置換し、撹拌しながら145℃に加熱し、同温度にて30分間保持した。その後、速やかに185℃まで昇温し、同温度にて30分間保持した。その後、副生する酢酸を留去しながら260℃まで30分かけて昇温し、2時間30分間保持した。その後10分かけて反応容器内を7.5tоrrまで減圧した後1時間保持した。その後真空度を保った状態で速やかに265℃まで昇温し、30分間保持した。その後真空度を保った状態で速やかに270℃まで昇温し、30分間保持した。その後真空度を保った状態で速やかに275℃まで昇温し、30分間保持した。その後、真空度を保った状態で速やかに280℃まで昇温し、トルクが所定の値を示した時点で反応終了とみなし、内容物を取り出した。得られた固形物は室温まで放冷させた後、粉砕機で粉砕後、メタノールで洗浄し乾燥させた。その後、窒素ガス雰囲気下300℃で2時間保持し、固相で重合反応を進めた後、得られた固体を粉砕機で再度粉砕することで液晶ポリエステルの粉末を得た。実施例のガラス転移温度、融点、誘電正接、平面方向の熱膨張係数および厚み方向の熱膨張係数、ならびに熱膨張の異方性は以下に記載の方法で評価した。得られた値は表3、表4にまとめた。
【0066】
[樹脂フィルムの作成]
樹脂フィルムは卓上ミニプレス機(東洋精機製作所製MP-2F)を用いて作成した。厚さ300μmの真鍮製スペーサーに樹脂を入れ、加熱プレスすることでフィルム成形を行った。
【0067】
[ガラス転移温度、融点の測定]
樹脂のガラス転移温度と融点は示差走査熱量測定計(TA Instruments製 Q1000)により測定した。アルミニウム製のサンプルパンに樹脂を5~8mg入れて蓋をし、窒素ガス気流下、昇温速度10℃/分で室温から350~400℃まで昇温し樹脂を完全に融解させた後、20℃/分で0℃まで降温し、さらに10℃/分で昇温する際に得られるチャートのうち、ベースラインと変曲点(上に凸の曲線が下に凸の曲線に変わる点)での接線の交点をガラス転移温度とし、吸熱ピークの頂点を融点として求めた。
【0068】
[誘電正接]
誘電正接は、ネットワークアナライザー(KEYSIGHT社製N5222B)とスプリットシリンダー共振器(EM labs社製CR-728)とを用いて測定した。フィルムから、3.5cm×5.0cmのサイズの試料を切り出し、23℃/50%R.H.環境下で24時間調湿後に誘電正接の測定を行った。測定は28GHzで行った。
【0069】
[平面方向の熱膨張係数(XY-CTE)]
平面方向の熱膨張係数は熱機械分析装置(NESZSCH社製TMA4000SA)を用いて引張荷重法にて測定した。フィルムから5mm×10mmのサイズの試料を切り出し、窒素ガス気流下、昇温速度10℃/分で80~150℃まで昇温した後、降温速度20℃/分で30℃まで降温し、さらに10℃/分で昇温する際に得られるチャートのうち、25℃(T1)におけるサンプル長をL1、ガラス転移温度T2(示差走査熱量測定計で得られた値)におけるサンプル長をL2、基準長さをL0としたときに、式(2)で表される値αXYを平面方向の熱膨張係数とする。
【0070】
【0071】
[厚み方向の熱膨張係数(Z-CTE)]
厚み方向の熱膨張係数は熱機械分析装置(リガク製TMA8310)を用いて圧縮荷重法にて測定した。5mm×5mmで厚さ1mmの試料を切り出し、窒素ガス気流下、昇温速度10℃/分で80~150℃まで昇温した後、降温速度8℃/分で25℃まで降温し、さらに10℃/分で昇温する際に得られるチャートのうち、25℃(T1)におけるサンプル長をL1、ガラス転移温度T2(示差走査熱量測定計で得られた値)におけるサンプル長をL2、基準長さをL0としたときに、式(3)で表される値αZを厚み方向の熱膨張係数とする。
【0072】
【0073】
[熱膨張の異方性]
各サンプルの平面方向、厚み方向の熱膨張係数の値(αXY、αZ)を使用し、式(4)で表される値rを熱膨張の異方性の大きさを示す値とした。
【0074】
【0075】
[液晶性の確認方法]
偏光顕微鏡(オリンパス社製BX-51-33P-OC)を用いて、液晶性の確認を行った。得られた液晶性オリゴマーのサンプルを2枚のスライドガラスで挟み、顕微鏡の加熱ステージ上にてサンプルを溶融させて、溶融時における光学異方性の有無を確認した。対物レンズを10倍、又は50倍に設定して観察を行った。溶融時に光学異方性を示すサンプルについて、液晶性を示すと判断した。
【0076】
[液晶ポリエステルの組成分析]
液晶ポリエステルの組成分析は1H-核磁気共鳴スペクトル(1H-NMR)測定により実施した。試料10mgに約30wt%の水酸化カリウム重水溶液を0.7mL加え、150℃で3時間加熱した。得られた分解液の一部をトリメチルシリルプロピオン酸ナトリウム-d4が添加された重水で希釈し、NMR装置(Bruker社製AVANCE NEO 700)を用いて、温度20℃、観測周波数700MHzで1H-NMR測定を行った。得られたスペクトル上で1~4ppm、6.5~8.5ppm付近に観測される各構造単位に由来するピーク面積比から組成比を算出した。実施例4と参考例2の樹脂について分析を実施し、得られた結果は表5にまとめた。
【0077】
表4の参考例1では、重合物中でアセトキシ基が大過剰になり、分子量が増大せずに重合が停止した結果、フィルム強度が脆弱であり、熱膨張係数の測定ができなかった。
表5において、1分子のDDPは加水分解を受け、2分子のPHBと1分子の1,10―DADに分解するため、組成比の算出に際してはPHBと1,10-DADに含めて計算した。原料に1,10-DADを用いた参考例2の液晶ポリエステルは1,10-DADが検出されなかった一方、原料にDDPを使用すると1,10-DADが検出されたことから、構造単位(B)を液晶ポリエステルの主鎖に導入するためにはDDPを使用する必要がある。
【0078】
比較例3の液晶ポリエステルは、構造中の脂肪族鎖と芳香族ユニットがエステル結合により結合し、分子鎖が伸長している。この液晶ポリエステルは、同じモノマー仕込み比の本発明の液晶ポリエステルに比べ、フィルムの熱膨張の異方性が大きくなることから、FPC基板加工時の寸法精度の低下が懸念される。
表1~4の実施例に示す本発明の液晶ポリエステル樹脂は、高周波領域での低誘電正接性を維持しながら溶融温度が低く、熱膨張の異方性が改善されることから、高周波通信に利用するFPC基板の材料として好適に用いられる。
【0079】
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