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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024141417
(43)【公開日】2024-10-10
(54)【発明の名称】銅合金板
(51)【国際特許分類】
   C22C 9/02 20060101AFI20241003BHJP
   C22C 9/06 20060101ALI20241003BHJP
   H01B 1/02 20060101ALI20241003BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20241003BHJP
   C22F 1/08 20060101ALN20241003BHJP
【FI】
C22C9/02
C22C9/06
H01B1/02 A
C22F1/00 623
C22F1/00 630A
C22F1/00 630C
C22F1/00 630Z
C22F1/00 661A
C22F1/00 681
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 684C
C22F1/00 685Z
C22F1/00 686A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 694A
C22F1/00 694B
C22F1/08 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023053045
(22)【出願日】2023-03-29
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100221589
【弁理士】
【氏名又は名称】中谷 俊博
(72)【発明者】
【氏名】桂 進也
(72)【発明者】
【氏名】花表 孝亮
【テーマコード(参考)】
5G301
【Fターム(参考)】
5G301AA08
5G301AA09
5G301AA14
5G301AA20
5G301AA30
5G301AB03
5G301AD05
5G301AE10
(57)【要約】
【課題】十分な硬度および十分な導電性を有する銅合金板を提供する。
【解決手段】Ni:0.6~1.0質量%、Fe:0.05~0.20質量%、P:0.06~0.15質量%、Sn:1.0~2.2質量%、および残部:銅および不可避不純物からなり、ビッカース硬度が250HV以上であり、導電率が25%IACS以上である、銅合金板。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
成分組成が、
Ni:0.6~1.0質量%、
Fe:0.05~0.20質量%、
P:0.06~0.15質量%、
Sn:1.0~2.2質量%、および
残部:銅および不可避不純物からなり、
ビッカース硬度が250HV以上であり、
導電率が25%IACS以上である、銅合金板。
【請求項2】
Zn:0.05~0.20質量%をさらに含む、請求項1に記載の銅合金板。
【請求項3】
圧延方向、板厚方向に対し共に直角方向の縦弾性係数が140GPa以上である、請求項1または2に記載の銅合金板。
【請求項4】
圧延方向、板厚方向に対し共に直角方向の0.2%耐力が890MPa以上である、請求項1または2に記載の銅合金板。
【請求項5】
圧延方向の長さが60mm、且つ前記圧延方向、板厚方向に対し共に直角方向の長さが6mmの板材を切り出し、前記板材の板厚方向に垂直な一方の表面を、板厚が60%に減少するまでエッチングしたときの反りの最大高さが、エッチング前の前記板厚の7.0倍以下である、請求項1または2に記載の銅合金板。
【請求項6】
硫酸:24質量%、過酸化水素:5質量%未満、エチレングリコール:3質量%未満および水を含む温度40~50℃の銅エッチング液に浸漬して130秒エッチングし、水に浸漬して洗浄し、乾燥した後の表面を、15kVの加速電圧でSEM-EDX分析したとき、全元素のうち銅元素のピーク高さが最大となる、請求項1または2に記載の銅合金板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は銅合金板に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、電気電子分野および自動車分野等の製品(例えば、半導体用材料(リードフレーム等)、放熱部材用材料、電気電子部品用材料および電気回路用材料等)において、省資源化、高機能化および小型化の要求がある。それに伴い、当該製品に用いられる銅合金板は、薄板化されつつある。
【0003】
銅合金板を薄板化した場合、銅合金板を利用した製品の、製造工程および使用環境で発生する外力により、銅合金板の変形が生じ易くなる。そのため、銅合金板は、変形への抵抗力を高めるために、主に硬度の向上が求められている。
【0004】
特許文献1には、Ni、Fe、P、Znなどの含有成分を制御することにより、強度、導電率に優れた銅合金を提供できることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001-335864号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に開示されるような従来技術における銅合金は、近年の電気電子分野および自動車分野等の製品に用いるには、硬度が不十分であるおそれがあることがわかった。また、当該従来技術における銅合金は、導電率を高くできるものの、省資源化、高機能化および小型化の要求に伴って小信号化も進んでいる当該製品に用いる場合、その導電率が過剰性能であることもわかった。
【0007】
本発明はこのような状況に鑑みてなされたものであり、その目的の1つは、十分な硬度および十分な導電性を有する銅合金板を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の態様1は、
成分組成が、
Ni:0.6~1.0質量%、
Fe:0.05~0.20質量%、
P:0.06~0.15質量%、
Sn:1.0~2.2質量%、および
残部:銅および不可避不純物からなり、
ビッカース硬度が250HV以上であり、
導電率が25%IACS以上である、銅合金板である。
【0009】
本発明の態様2は、
Zn:0.05~0.20質量%をさらに含む、態様1に記載の銅合金板である。
【0010】
本発明の態様3は、
圧延方向、板厚方向に対し共に直角方向の縦弾性係数が140GPa以上である、態様1または2に記載の銅合金板である。
【0011】
本発明の態様4は、
圧延方向、板厚方向に対し共に直角方向の0.2%耐力が890MPa以上である、態様1~3のいずれか1つに記載の銅合金板である。
【0012】
本発明の態様5は、
圧延方向の長さが60mm、および前記圧延方向、板厚方向に対し共に直角方向の長さが6mmの板材を切り出し、前記板材の板厚方向に垂直な一方の表面を、板厚が60%に減少するまでエッチングしたときの反りの最大高さが、エッチング前の前記板厚の7.0倍以下である、態様1~4のいずれか1つに記載の銅合金板である。
【0013】
本発明の態様6は、
硫酸:24質量%、過酸化水素:5質量%未満、エチレングリコール:3質量%未満および水を含む温度40~50℃の銅エッチング液に浸漬して130秒エッチングし、水に浸漬して洗浄し、乾燥した後の表面を、15kVの加速電圧でSEM-EDX分析したとき、全元素のうち銅元素のピーク高さが最大となる、態様1~5のいずれか1つに記載の銅合金板である。
【発明の効果】
【0014】
本発明の実施形態によれば、十分な硬度および十分な導電性を有する銅合金板を提供することが可能である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明者らは、十分な硬度および十分な導電性を有する銅合金板を実現するべく、様々な角度から検討した。本発明者らの調査により、例えば近年の製品(半導体リードフレーム等)の小型化、薄板化および多ピン化等に伴い、250HV以上の硬度を有する銅合金板が必要とされつつあることがわかった。また、例えば近年の製品の小信号化に伴い、当該製品は、導電率が25%IACS程度の銅合金板を用いても、十分に設計可能であることもわかった。
【0016】
そして、本発明者らは、十分な硬度として250HV以上、および十分な導電率として25%IACS以上を有する銅合金板を実現するため、特定の元素の含有量(特にSn含有量)を所定範囲に制御するとともに、製造条件(特に、焼鈍条件およびその後の冷間圧延条件)を適切に制御する必要があることを見出した。
以下に、本発明の実施形態が規定する各要件の詳細を示す。なお、本発明の実施形態において「銅合金板」という用語は、銅合金板条を含む意味で用いられている。
【0017】
<1.成分組成>
本発明の実施形態に係る銅合金板は、成分組成が、Ni:0.6~1.0質量%、Fe:0.05~0.20質量%、P:0.06~0.15質量%、Sn:1.0~2.2質量%を含み、さらに、残部が銅および不可避不純物であることが好ましい。
以下、各元素について詳述する。
【0018】
<Ni:0.6~1.0質量%>
Niは、Fe及び/又はPと結合することにより金属間化合物を形成して、銅合金板の硬度および耐熱性を向上させる元素である。Ni含有量は、十分な硬度を得るために、0.6質量%以上とする。一方で、Ni含有量は、過剰になると熱間加工性を極端に低下させ得るため、1.0質量%以下とする。
【0019】
<Fe:0.05~0.20質量%>
Feは、Ni及び/又はPと結合することにより金属間化合物を形成して、銅合金板の硬度および耐熱性を向上させる元素である。Fe含有量は、十分な硬度を得るために、0.05質量%以上とする。一方で、Fe含有量が過剰になると、Fe-P化合物の析出が優先的になると共にその化合物量が過剰になり、かえって強度および耐熱性の低下、さらには内部酸化促進といった問題が発生し得る。そのため、Fe含有量は0.20質量%以下とする。
【0020】
<P:0.06~0.15質量%>
Pは、Ni及び/又はFeと結合することにより金属間化合物を析出して、銅合金板の硬度および耐熱性を向上させる元素である。P含有量は、十分な硬度を得るために、0.06質量%以上とする。一方で、P含有量は、過剰になると熱間加工性が低下するため、0.15質量%以下とする。
【0021】
<Sn:1.0~2.2質量%>
Snは、金属組織中に固溶することによって硬度などの機械的特性を向上させる元素である。Sn含有量は、十分な硬度を得るために、1.0質量%以上とする。Sn含有量は、好ましくは1.5質量%以上であり、より好ましくは2.0質量%以上である。一方、Snは比較的高価な金属であり、コストの観点でSn含有量は2.2質量%以下とする。
【0022】
本発明の実施形態に係る銅合金板は、上記の成分組成を含み、本発明の1つの実施形態では、残部は銅および不可避不純物であることが好ましい。不可避不純物として、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる元素の混入が許容される。
不可避不純物としては、Siなどが挙げられ、単体で0.01質量%以下とすることが好ましい。また、不可避不純物は総量で0.10質量%以下することが好ましく、より好ましくは0.03質量%以下である。
【0023】
<Zn:0.05~0.20質量%>
さらに、本発明の実施形態に係る銅合金板は、必要に応じてZnを含有してよい。Znは、プレス金型の摩耗の低減、マイグレーション防止、ならびに、はんだ及びSnめっきの耐熱剥離性を改善する効果があり、半導体用材料(リードフレーム等)、放熱部材用材料、電気電子部品および電気回路用材料等の設計自由度を高めることができる。これらの効果を有効に発現させるために、Zn含有量は0.05質量%以上とすることが好ましい。一方で、Zn含有量は、過剰になると導電率およびはんだ濡れ性が低下し得るため、0.20質量%以下とすることが好ましい。
【0024】
<2.ビッカース硬度>
本発明の実施形態に係る銅合金板は、上記の成分組成を有し、且つ後述するような製造方法で製造することにより、ビッカース硬度を250HV以上にすることができる。ビッカース硬度は、外力による変形に対する抵抗力の主な指標であり、ビッカース硬度が250HV以上であることにより、近年の半導体リードフレーム等の製品に適用できる。
ビッカース硬度は、マイクロビッカース硬度計を用い、銅合金板の板厚方向に垂直な一方の表面に対して、荷重を1kgとして測定できる。
【0025】
<3.導電率>
本発明の実施形態に係る銅合金板は、上記の成分組成を有し、且つ後述するような製造方法で製造することにより、導電率を25%IACS以上にすることができる。導電率が25%IACS以上であることにより、近年の半導体リードフレーム等の製品に適用できる。また、導電率は放熱性の指標でもあり、導電率が25%IACS以上であることにより放熱部材にも適用できる。なお、「%IACS」は国際標準軟銅(抵抗率1.7241×10-8Ωm)の導電率を100%とした指標である。本発明の実施形態において、抵抗率は、例えばダブルブリッジ式の抵抗測定装置を用いて測定でき、導電率(%IACS)は、標準銅の20℃における抵抗率を測定試料の抵抗率で除して百分率で表して求めるものとする。
【0026】
<4.縦弾性係数>
一般の銅合金の縦弾性係数は120GPa程度であるが、本発明の実施形態に係る銅合金板は、それを超える縦弾性係数を実現できる。具体的には、本発明の実施形態に係る銅合金板は、圧延方向、板厚方向に対し共に直角方向(以下、単に「直角方向」とも称する)の縦弾性係数が、好ましくは140GPa以上であり、より好ましくは150GPa以上である。このような縦弾性係数を有することにより、外力による変形に対する抵抗力をより高めることができる。なお、縦弾性係数は、引張試験の結果から求めることができる。
【0027】
<5.0.2%耐力>
本発明の実施形態に係る銅合金板は、直角方向の0.2%耐力が890MPa以上であることが好ましい。これにより、外力による変形に対する抵抗力をより高めることができる。0.2%耐力は、引張試験の結果から求めることができる。
【0028】
<6.エッチング後の反りの最大高さ(ハーフエッチング性)>
近年、半導体リードフレーム等の製品を製造する際、小型、薄板化および狭ピッチ化に伴う設計制約を解決する目的で、ハーフエッチングと呼ばれる板厚の約半分を薬品により溶かすプロセス(エッチング)が多く適用されている。ハーフエッチング後には反りが発生し得、その反りが小さいほど製品の形状精度は向上する。
ハーフエッチングに対する反りを評価する際、エッチングで溶かされる板厚精度のばらつきも考慮して、板厚の60%までエッチングを行い、評価することが好ましい。また、実際には、エッチング後の反り高さがエッチング前の板厚の7.0倍程度、又はそれ以下となる銅合金板がハーフエッチング性に優れるものとして広く用いられている。
上記に鑑みて、本発明の実施形態に係る銅合金板は、直角方向における中央部から、圧延方向:60mmおよび直角方向:6mmの板材を切り出し、板材の板厚方向に垂直な一方の表面を、板厚が60%に減少するまでエッチングしたときの反りの最大高さが、元の(エッチング前の)板厚の7.0倍以下であることが好ましい。ここで、エッチング後は、エッチング面が凹面となるように反りが発生し得、反り高さは、エッチング面が下面となるように(凸面が上面となるように)、平面上に銅合金板を配置したときの、平面からの最大高さとして求めることができる。エッチング液には硝酸水溶液(硝酸濃度58%)を使用できる。
【0029】
<7.エッチング後のSEM-EDX分析において最大ピーク高さを示す元素>
銅合金板の内部に不溶性の析出物が分散している場合、エッチング後に、スマットと呼ばれる析出物が表面に残存するか、エッチング液内に混入し得る。その場合、製品および製造装置を汚染させるおそれがある。特に高強度銅合金として広く用いられているCu-Ni-Si系合金は、エッチング後にNi-Si系のスマットが大量に残存してしまう。
製品および製造装置の汚染を抑制するには、エッチング後の表面は主要成分であるCuが多く存在していることが好ましい。具体的には、40~50℃の、汎用の銅エッチング液(三菱ガス化学製、クリーンエッチCPB50、成分は、硫酸:24質量%、過酸化水素:5質量%未満、エチレングリコール:3質量%未満および水である)に浸漬して130秒エッチングし、水に浸漬して洗浄し、乾燥した後の表面に対して、加速電圧を15kVとしてSEM-EDX分析をしたとき、全元素のうち銅元素のピーク高さが最大となることが好ましい。
【0030】
<8.製造方法>
本発明の実施形態に係る銅合金板を製造する方法の一例は、
(A)上記成分組成の銅合金を1100℃以上で溶解し、鋳造して、銅合金鋳塊を用意する工程と、
(B)前記銅合金鋳塊を、加熱温度:850℃以上、保持時間:10分以上で均熱処理する工程と、
(C)均熱処理された前記銅合金鋳塊を熱間圧延して銅合金板を得る工程と、
(D)熱間圧延された前記銅合金板を冷却する工程と、
(E)冷却された前記銅合金板を、加熱温度:300~500℃、保持時間:30分~24時間で焼鈍する工程と
(F)焼鈍された前記銅合金板に対し、ビッカース硬度が250HV以上となるように冷間圧延を行う工程と、を含む。
上記製造方法により、十分な硬度および十分な導電性を有する銅合金板を製造できる。さらには、上記製造方法により、直角方向における、縦弾性係数が140GPa以上および0.2%耐力が890MPa以上であり、エッチング後のSEM-EDX最大ピーク元素が銅である銅合金板を製造できる。
さらに上記工程(A)~(F)に加え、以下の工程(G)を含むことにより、板厚が60%に減少するまでエッチングした後の反りの最大高さが、エッチング前の板厚の7.0倍以下である銅合金板を製造できる。
(G)冷間圧延された前記銅合金板に対し、歪取焼鈍を行う工程
以下、各工程について詳述する。
【0031】
(A)銅合金鋳塊を用意する工程
まず、上記成分組成に調整した銅合金を溶解し、鋳造して銅合金鋳塊を用意する。溶解温度は、上記成分組成を考慮して1100℃以上とする。溶解した溶湯を鋳型に流し込み、冷却することで銅合金鋳塊が得られる。冷却は、鋳型中に冷却水を循環させると共に直接水冷を行うことが好ましい。
【0032】
(B)均熱処理工程
工程(A)後、銅合金鋳塊を均熱処理する。上記成分組成を考慮して、均熱処理時の加熱温度は850℃以上とし、保持時間は10分以上とする。
【0033】
(C)熱間圧延工程
工程(B)後、銅合金鋳塊を熱間圧延して銅合金板を得る。熱間圧延は650℃以上で終了することが好ましい。熱間圧延後の板厚は、前述の熱間圧延終了温度を満たす事が出来る範囲で、また銅合金板の最終板厚(特に制限されないが、例えば0.03~0.30mmであり得る)および後述の冷間圧延の加工率を考慮して適宜設定され得るが、通常10~25mm程度の厚さに設定され得る。
【0034】
(D)冷却工程
工程(C)後、例えば室温~200℃程度まで、水冷などにより速やかに冷却する。冷却後、必要に応じて表面の酸化膜を機械研磨等で除去してもよい。さらに、最終板厚および後の冷間加工率に合わせて、適宜冷間圧延(第1の冷間圧延)を実施してもよい。
【0035】
(E)焼鈍工程
工程(D)後、焼鈍する。焼鈍により、例えばNi-Fe-P系化合物が析出し、銅合金の硬度および導電率が向上し得る。焼鈍の加熱温度が低い又は保持時間が短い場合、導電率が低下する。一方で焼鈍の加熱温度が高い又は保持時間が長い場合、硬度が低下する。焼鈍は、通常、加熱温度:300~500℃、保持時間:30分~24時間で行うことができる。なお、製造ライン等で焼鈍の条件を決める際、あらかじめ加熱温度(加熱帯温度)及び/又は保持時間(通板時間)を変化させて作製した試験品を用意し、その硬度と導電率を評価しておくのがよい。そして、製品製造時には、加熱温度を、試験品の硬度が著しく低下した温度より低温とするか、及び/又は保持時間を、試験品の硬度が著しく低下した時間よりも短時間とした上で、試験品の導電率が十分に高くなる加熱温度および保持時間を選択するのがよい。このように選択された焼鈍条件は、結果的に、加熱温度:300~500℃、保持時間:30分~24時間の範囲内であると考えられる。焼鈍後、必要に応じて表面の酸化膜を酸洗等で除去してもよい。
【0036】
(F)冷間圧延工程
工程(E)後、冷間圧延(以下、「第2の冷間圧延」とも称する)を行う。第2の冷間圧延により、銅合金板に加工ひずみを加えて硬度を増加させることができる。第2の冷間圧延の冷間加工率は、高いほどビッカース硬度が高くなり得、ビッカース硬度が250HV以上となるよう適宜設定すればよい。本発明の一実施形態によれば、第2の冷間圧延の冷間加工率は、55%以上とすることが好ましく、65%以上とすることがより好ましく、75%以上とすることがさらに好ましく、90%以上とすることがさらにより好ましい。第2の冷間圧延の冷間加工率の上限としては特に制限されず、製造設備の制約、及び/又は生産性を考慮して適宜設定すればよい。なお、冷間加工率は、下記式(1)により求める。

(T-T)/T×100(%)・・・(1)

式(1)において、Tは冷間圧延前の板厚(mm)であり、Tは冷間圧延後の板厚(mm)である。
【0037】
(G)歪取焼鈍工程
工程(F)後、必要に応じて、歪取焼鈍を行ってもよい。歪取焼鈍を行うことにより、銅合金板のハーフエッチング性を向上させることができる。歪取焼鈍において、加熱温度は300~500℃とすることができ、保持時間は、所望の性能に応じて適宜設定すればよい。
【0038】
本発明の実施形態に係る銅合金板の製造方法の一例を説明したが、本開示の目的を逸脱しない限り他の工程を含んでもよい。また、本発明の実施形態に係る銅合金板の所望の特性を理解した当業者が試行錯誤を行い、本発明の実施形態に係る所望の特性を有する銅合金板を製造する方法であって、上記の製造方法以外の方法を見出す可能性がある。
【実施例0039】
以下、実施例を挙げて本発明の実施形態をより具体的に説明する。本発明の実施形態は以下の実施例によって制限を受けるものではなく、前述および後述する趣旨に合致し得る範囲で、適宜変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の実施形態の技術的範囲に包含される。
【実施例0040】
所定の組成の銅合金を、クリプトル炉を用いて、大気中、木炭被覆下にて、1100℃以上で溶解し、鋳造して、銅合金鋳塊を得た。その銅合金鋳塊を加熱温度:930℃、保持時間:2時間程度で均熱処理を行い、続いて熱間圧延により板厚15mmの銅合金板を得た。熱間圧延後、速やかに室温~200℃まで水冷した。水冷後、表面の酸化膜を機械研磨で除去した上で、第1の冷間圧延を実施し、後に行う第2の冷間圧延の加工率を変化させるために板厚を0.44~2.0mmと変化させた。その後、加熱温度:370~420℃、保持時間:17時間で焼鈍を行った。焼鈍後、酸洗による表面酸化物を除去した上で、板厚が0.15mm程度となるように第2の冷間圧延を実施し、No.1~25の銅合金板を得た。
No.1~25の銅合金板について、以下の測定方法により、成分組成(質量%)、第2の冷間圧延の冷間加工率(%)、導電率(%IACS)およびビッカース硬度(HV)を求めた。
【0041】
<成分組成>
鋳造後の銅合金鋳塊から面削することによりサンプルを採取し、ICP-AES法により各元素の濃度(質量%)を小数点第二位まで求めた。
【0042】
<第2の冷間圧延の冷間加工率>
第2の冷間圧延前後の銅合金板に対し、マイクロメータにより、T(第2の冷間圧延前の板厚)およびT(第2の冷間圧延後の板厚)を求め、上記式(1)により第2の冷間圧延の冷間加工率を求めた。
【0043】
<導電率>
第2の冷間圧延後の銅合金板の抵抗率を、ダブルブリッジ式の抵抗測定装置を用いて測定し、その抵抗率で、標準銅の20℃における抵抗率を除すことにより、導電率(%IACS)を、小数点第一位を四捨五入して整数の値で求めた。
【0044】
<ビッカース硬度>
第2の冷間圧延後の銅合金板に対し、マイクロビッカース硬度計を用いて、1kgの荷重でビッカース硬度測定を行った。各銅合金板に対し、測定を3回実施し、その平均値の小数点第一位を四捨五入した整数の値を各銅合金板のビッカース硬度として採用した。
結果を表1に示す。
【0045】
【表1】
【0046】
表1の結果より、次のように考察できる。表1のNo.15および18~25は、いずれも本発明の実施形態で規定する要件を満足しており、250HV以上の十分な硬度および25%IACS以上の十分な導電率を有していた。
一方で、No.1~14および16~17は、本発明の実施形態で規定する要件を満たしておらず、十分な硬度を有していなかった。
【0047】
No.1~10の銅合金板は、Sn含有量が1.0質量%未満であり、ビッカース硬度が250HV未満であった。
【0048】
No.11~14の銅合金板は、Sn含有量が1.02質量%であり、本発明の実施形態で規定するSn含有量範囲の下限付近である。この場合、第2の冷間圧延の冷間加工率を、例えばNo.15のように、非常に高く(例えば90%以上に)する必要があるが、No.11~14の当該加工率は90%未満であり、ビッカース硬度が250HV未満となった。
【0049】
No.16~17の銅合金板は、Sn含有量が1.52質量%であり、本発明の実施形態で規定するSn含有量範囲の中間付近である。この場合、第2の冷間圧延の冷間加工率を、例えばNo.18~20のように、ある程度高く(例えば75%以上に)する必要があるが、No.16~17の当該加工率は75%未満であり、ビッカース硬度が250HV未満となった。
なお、Sn含有量が2.01質量%と高い場合、例えばNo.21~22のように、冷間加工率が75%未満であってもビッカース硬度が250HV以上となった。
【実施例0050】
所定の組成の銅合金を、大気溶解炉を用いて、1100℃以上で溶解し、鋳造して、銅合金鋳塊を得た。その銅合金鋳塊を加熱温度:900℃以上、保持時間:2時間以上で均熱処理を行い、続いて熱間圧延により板厚18mmとなるように銅合金板を得た。熱間圧延後、速やかに室温~200℃まで水冷した。水冷後、表面の酸化膜を機械的に除去した上で、第1の冷間圧延を実施した。その後、焼鈍ラインにて、あらかじめ加熱温度(加熱帯温度)及び保持時間(通板時間)を変化させて作製した試験品を用意し、その硬度と導電率を評価し、試験品の硬度が著しく低下せず、且つ試験品の導電率が十分に高くなる条件を、本実施例の焼鈍条件として、焼鈍を行った。焼鈍後、酸洗による表面酸化物を除去した上で、冷間加工率が75%以上となるように第2の冷間圧延を実施し、板厚が0.15mm程度のNo.26~30の銅合金板を得た。得られたサンプルの一部を連続焼鈍ラインの加熱帯温度、通板条件を変化させて(合計4パターン)、歪取焼鈍を行った。後述する表2において、歪取焼鈍を実施しない条件をAとし、歪取焼鈍を実施した条件に付き、温度が低い順にB、C、DおよびEとした。なお、本実施例の歪取焼鈍は、連続焼鈍ラインと加熱装置の構造、加熱および通板速度等の条件から、製品の加熱温度が300~500℃になるとシミュレートされる条件で実施した。
【0051】
比較として、市販品(神戸製鋼所製、CAC75-H 0.15mm、代表成分組成:Ni:2.5質量%、Si:0.55質量%、Zn:1.0質量%、Sn:0.2質量%および残部:銅および不可避不純物)をNo.31の銅合金板とし、別の市販品(CDA:C70250、Cu-Ni-Si系銅合金)をNo.32の銅合金板とした。
【0052】
No.26~30の銅合金板について、実施例1と同様に、成分組成(質量%)を求めた。
No.26~31の銅合金板について、実施例1と同様に、導電率(%IACS)およびビッカース硬度(HV)を求めた。また、以下の方法で、縦弾性係数(GPa)、0.2%耐力(MPa)およびエッチング反り高さ(mm)を求めた。
No.27および32の銅合金板について、以下の方法で、エッチング後のSEM-EDX分析において最大ピーク高さを示す元素について調査した。
【0053】
<縦弾性係数および0.2%耐力>
各銅合金板について、圧延方向、板厚方向に対し共に直角方向を長手とした試験片を切り出し、JIS Z 2241記載のJIS 5号試験片を3本得た。試験片の圧延方向長さ(mm)と板厚(mm)を1/1000マイクロメータにより測定し、断面積を得た。
次いで試験片に対して、島津製作所製の、100kNオートグラフ及び自動伸び計を用いて引張試験を行い、公称ひずみ(%)と公称応力(MPa)のデータを取得した。得られたデータの中で公称応力100~300(MPa)の弾性変形範囲で直線近似し、縦弾性係数(GPa)を得た。試験片3本に対して直角方向の縦弾性係数を測定し、その平均値の小数点第1位を四捨五入したものを、各銅合金板の直角方向の縦弾性係数として採用した。また、得られた公称ひずみ(%)と公称応力(MPa)をグラフ化し、上記縦弾性係数(GPa)と平行かつ公称応力0MPa、公称ひずみ0.2%を通る直線を引き、グラフの曲線との交点にあたる応力値を0.2%耐力(MPa)として読み取った。試験片3本に対して直角方向の0.2%耐力を求め、その平均値の小数点第1位を四捨五入したものを、各銅合金板の直角方向の0.2%耐力として採用した。
【0054】
<エッチング後の反りの最大高さ>
各銅合金板について、直角方向における中央部から、圧延方向の長さ60mmおよび直角方向の長さ6mmの試験片をワイヤ放電加工で3本切り出した。得られた3本の試験片の板厚方向と垂直な一方の表面に対し、下記(a)~(e)を繰り返して、板厚が60%に減少するまでエッチングしたときの、反り高さの最大値(mm)を求めた。3本の試験片の反り高さの最大値(mm)を比較して、さらにその最大値(mm)の小数点第三位を四捨五入した値を、各銅合金板のエッチング後の反りの最大高さとして採用した。
(a)板厚測定:マイクロメータで長手方向(圧延方向)に沿って5点測定してその平均値(μm)を各試験片の板厚とした。
(b)反り高さ測定:エッチング面が下面となるように(凸面が上面となるように)、平面上(長さ40mmの治具上)に試験片を配置した。その後、拡大鏡を用いて試験片の平面からの最大高さ(mm)を反り高さとして測定した。
(c)マスキング:反り高さ測定後、エッチング面と対向する裏面(凸面)をフロンマスクによりマスキングした。
(d)エッチング:硝酸1050mmLと水750mmLを攪拌した溶液を使用してエッチングした。
(e)マスキング除去:アセトンに浸漬し、超音波洗浄を行ってフロンマスクを除去した。
【0055】
<エッチング後のSEM-EDX分析において最大ピーク高さを示す元素>
各銅合金板の試験片を、40~50℃に保持した、汎用の銅エッチング液(三菱ガス化学製、クリーンエッチCPB50、成分・・・硫酸:24質量%、過酸化水素:5質量%未満、エチレングリコール:3質量%未満および水)に130秒間浸漬することによりエッチングを行った。エッチング後の試験片をビーカー中の水に浸漬することで洗浄し、乾燥させた後のエッチング表面の150~300μmの面積に対して、加速電圧15kVの条件でSEM-EDX分析を行ったときの、全元素のうち最大ピーク高さを示す元素を求めた。
以上の結果を表2に示す。
【0056】
【表2】
【0057】
表2の結果より、次のように考察できる。表2のNo.26~30の銅合金板は、いずれも本発明の実施形態で規定する要件を満足しており、250HV以上の十分な硬度および25%IACS以上の十分な導電率を有していた。また、直角方向の縦弾性係数が140GPa以上であり、直角方向の0.2%耐力が890MPa以上である、という好ましい性能を示した。No.27の銅合金板は、エッチング後のSEM-EDX分析において最大ピーク高さを示す元素が銅である、という好ましい物性を示した。
さらにNo.27~30の銅合金板は、本発明の実施形態で規定する好ましい条件で歪取焼鈍を行った例であり、エッチング後の反りの最大高さが、エッチング前の板厚の7.0倍以下という好ましい性能を示した。
【0058】
一方で、No.26の銅合金板は、歪取焼鈍を行っておらず、エッチング後の反り高さが、エッチング前の板厚(0.15mm)の7.0倍超であった。
No.31の銅合金板は、直角方向の縦弾性係数が140GPa未満であり、且つ0.2%耐力が890MPa未満であった。これは、No.31の銅合金板が本発明の実施形態で規定する成分組成および、焼鈍条件および第2冷間圧延の冷間加工率などの必要な製造条件を満たしていなかったためと考えられる。
No.32の銅合金板は、エッチング後のSEM-EDX分析において最大ピーク高さを示す元素がNiであった。これは、No.32の銅合金板が、本発明の実施形態で規定する要件(特に成分組成)を満たしていないためであると考えられる。