(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024141460
(43)【公開日】2024-10-10
(54)【発明の名称】高張力鋼のサブマージアーク溶接用フラックス入りワイヤ、高張力鋼のサブマージアーク溶接方法
(51)【国際特許分類】
B23K 35/368 20060101AFI20241003BHJP
B23K 35/362 20060101ALI20241003BHJP
B23K 35/30 20060101ALI20241003BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20241003BHJP
C22C 38/44 20060101ALN20241003BHJP
【FI】
B23K35/368 D
B23K35/362 310B
B23K35/30 320A
B23K35/30 A
C22C38/00 301A
C22C38/44
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023053133
(22)【出願日】2023-03-29
(71)【出願人】
【識別番号】302040135
【氏名又は名称】日鉄溶接工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100120868
【弁理士】
【氏名又は名称】安彦 元
(72)【発明者】
【氏名】桑原 直也
(72)【発明者】
【氏名】横尾 友美
(72)【発明者】
【氏名】中澤 博志
【テーマコード(参考)】
4E084
【Fターム(参考)】
4E084AA03
4E084AA07
4E084AA11
4E084AA12
4E084AA20
4E084AA24
4E084AA26
4E084AA27
4E084CA03
4E084CA16
4E084CA23
4E084CA26
4E084DA09
4E084DA18
4E084GA03
4E084HA06
(57)【要約】
【課題】高張力鋼の高品質要求において、溶接作業性が良好で優れた機械性能の溶接金属が得られるサブマージアーク溶接用フラックス入りワイヤを提供する。
【解決手段】フラックス入りワイヤのワイヤ全質量%で鋼製外皮と充填フラックスの一方または両方の合計で、C:0.03~0.15%、Si:0.05~0.5%、Mn:1.2~3.2%、Ni:0.5~3.5%、Mo:0.03 ~1.0%、Al:0.01~0.05%を含有し、さらに、充填フラックスに、CaF2:2~12%、金属炭酸塩のCO2分:0.05~0.7%、アルカリ金属化合物のNa2O換算値及びLi2O換算値の合計:0.01~0.2%を含有し、残部が鋼製外皮のFe、合金粉中のFe、鉄粉及び不可避不純物からなることを特徴とする。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ワイヤ全質量に対する質量%で鋼製外皮と充填フラックスの一方または両方の合計で、
C:0.03~0.15%、
Si:0.05~0.5%、
Mn:1.2~3.2%、
Ni:0.5~3.5%、
Mo:0.03~1.0%、
Al:0.01~0.05%を含有し、
さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、充填フラックス中に、
CaF2:2~12%、
金属炭酸塩のCO2換算値の合計:0.05~0.7%、
アルカリ金属化合物のNa2O換算値、K2O換算値及びLi2O換算値の1種又は2種以上の合計:0.01~0.2%を含有し、
残部は鋼製外皮のFe、合金粉中のFe、鉄粉、ワイヤ表面の銅メッキからのCu及び不可避不純物からなることを特徴とする高張力鋼のサブマージアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項2】
焼成型フラックス全質量に対する質量%で、
SiO2:10~23%、
Al2O3:20~35%、
MgO:20~30%、
CaO:5~20%、
CaF2:5~20%、
CaCO3、MgCO3及びLi2CO3の1種または2種以上のCO2換算の合計:2~7%、
残部はアルカリ金属酸化物及び不可避不純物からなる焼成型フラックスと請求項1に記載の高張力鋼のサブマージアーク溶接用フラックス入りワイヤとを組合せて溶接することを特徴とする高張力鋼のサブマージアーク溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高張力鋼のサブマージアーク溶接に関連し、溶接金属につき優れた強度及び低温靭性がえられ、且つ、溶接金属の拡散性水素量が低く、溶接欠陥が無く、またビード形状、スラグ剥離性などの溶接作業性が良好な高張力鋼のサブマージアーク溶接方法、及びその溶接方法に適用される高張力鋼のサブマージアーク溶接用フラックス入りワイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
サブマージアーク溶接は、高能率で良好な溶接作業性及び優れた機械性能を有する溶接金属が得られることから、造船、鉄骨、造管、橋梁、車両など幅広い分野で適用されている。
【0003】
近年、エネルギー産業の発展に伴い、鋼材の高強度化及び高靭性化、また構造物の大型化に伴う板厚の極厚化などが検討されており、品質及び生産性の面からサブマージアーク溶接の適用比率が年々増加している。このような高張力鋼のサブマージアーク溶接では、溶接施工における生産性の向上や安全性、耐久性の確保のため、更なる品質向上が求められている。その中でも溶接の高能率化と鋼材特性に見合った溶接金属の強度及び靭性が要望されており、高張力鋼のサブマージアーク溶接用フラックス入りワイヤの需要が高まりつつある。
【0004】
従来、高張力鋼のサブマージアーク溶接用ワイヤは、溶接金属の高靭化を目的として、Ni、Mn、Mo等の合金成分を含有したソリッドワイヤが主に使用されている。しかし、溶接金属の高靭化のためにワイヤの合金成分量を増加すると、ワイヤ自体が高強度となり、溶接用ワイヤ製造の伸線加工時に、加工硬化が加わりさらにワイヤが硬化する。ワイヤが硬化するとダイス磨耗や断線が多くなるため、生産性効率の問題がある。
【0005】
また、高強度のソリッドワイヤを使用して溶接すると、ワイヤの矯正が困難となり、開先中心とのセンターずれが起きやすく、良好なビードが得られない。このように高強度のソリッドワイヤは生産性及び溶接性が低下するという問題があった。
【0006】
そこで、サブマージアーク溶接用の種々のフラックス入りワイヤが開発されてきた。しかし、高靭性の溶接金属を得るためには溶接金属の酸素量を低くする必要があり、また高張力鋼の溶接は低温割れが発生しやすいため、フラックス入りワイヤを低水素化する必要があり、これまでのフラックス入りワイヤでは適用が困難であった。
【0007】
これらの点を考慮し、良好な溶接金属の機械性能及び溶接作業性が得られるサブマージアーク溶接用フラックスの開発や、ワイヤの生産性及び溶接性が良好なサブマージアーク溶接用ワイヤの開発が試みられている。
【0008】
例えば、特許文献1には、フラックス入りワイヤと溶融型フラックスを組合せることで、溶接金属中の酸素量及び窒素量が低く高靭性の溶接金属を得ることができる低温用鋼のサブマージアーク溶接方法が開示されている。しかし、特許文献1の開示技術では、Alが適正な範囲で含有されていないため、780MPa以上の強度を有する溶接金属が安定して得られない。また特許文献1の開示技術では、拡散性水素量が高いため溶接金属に割れが発生しやすいという問題があった。さらに、特許文献1の開示技術では、高張力鋼のサブマージアーク溶接に組合せるフラックスが溶融型フラックスの場合、合金元素の添加が困難なため、溶接金属の拡散性水素量の観点から高張力鋼のサブマージアーク溶接への適用はあまり好ましくない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
そこで本発明は、上述した問題点に鑑みて案出されたものであり、引張強さが780MPa以上の高張力鋼の高品質要求において、溶接作業性が良好で優れた機械性能の溶接金属が得られるサブマージアーク溶接用フラックス入りワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、前記課題を解決するために、フラックス入りワイヤの化学成分について詳細に検討をおこなった。その結果、フラックス入りワイヤの合金成分を適正化することで、低酸素化による高強度、高靭性の溶接金属を得ることができ、良好な溶接作業性及び、ビード形状が得られ、溶着金属の拡散性水素量が低く、溶接欠陥のない高品質な溶接部を得ることができることを見出した。
【0012】
すなわち、本発明の要旨は、(1)ワイヤ全質量に対する質量%で鋼製外皮と充填フラックスの一方または両方の合計で、C:0.03~0.15%、Si:0.05~0.5%、Mn:1.2~3.2%、Ni:0.5~3.5%、Mo:0.03~1.0%、Al:0.01~0.05%を含有し、さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、充填フラックス中に、CaF2:2~12%、金属炭酸塩のCO2換算値の合計:0.05~0.7%、アルカリ金属化合物のNa2O換算値、K2O換算値及びLi2O換算値の1種又は2種以上の合計:0.01~0.2%を含有し、残部は鋼製外皮のFe、合金粉中のFe、鉄粉及び不可避不純物からなることを特徴とする。
【0013】
(2)焼成型フラックス全質量に対する質量%で、SiO2:10~23%、Al2O3:20~35%、MgO:20~30%、CaO:5~20%、CaF2:5~20%、CaCO3、MgCO3及びLi2CO3の1種または2種以上のCO2換算の合計:2~7%、残部はアルカリ金属酸化物及び不可避不純物からなる焼成型フラックスと(1)に記載の高張力鋼のサブマージアーク溶接用フラックス入りワイヤとを組合せて溶接することを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明を適用した高張力鋼のサブマージアーク溶接用フラックス入りワイヤによれば、引張強さが780MPa以上の高張力鋼のサブマージアーク溶接において、溶接金属につき優れた強度及び低温靭性が得られ、且つ、溶接金属の拡散性水素量が低く、また、ビード形状、スラグ剥離性などの溶接作業性が良好な溶接欠陥のない高品質の溶接部を得ることが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明者らは上述した課題を解決するため、サブマージアーク溶接用フラックス入りワイヤ(以下、フラックス入りワイヤという。)の鋼製外皮と充填フラックスの一方又は両方の合計での化学成分及びその含有量、並びに当該ワイヤと組合せて溶接する焼成型フラックスの化学成分及びその含有量について検討を行った。
【0016】
その結果、フラックス入りワイヤの化学成分については、C、Si、Mn、Ni、及びMoを適量調整することで溶接金属の強度及び低温靭性を確保することを見出した。また、C、Si、Mn、Alを適量調整することことで溶接金属の酸素量低減による低温高靭性化を見出した。また、CaF2、金属炭酸塩を適量含有することで、拡散性水素量の低減を図った。また、アルカリ金属化合物を適量含有させることで、アーク安定性を向上させて溶接作業性の向上の図った。また、溶接金属の高強度、低温靭性の性能向上及び、拡散性水素量の低減に関しては、前記フラックス入りワイヤに焼成型フラックスを組合せることで、より優れた溶接金属を得ることを可能とした。組合せる焼成フラックスには、溶接金属の機械性能を維持するために脱酸剤等を添加し、溶接金属の酸素量を低く抑え、焼き入れ性を高める必要がある。また、CaF2やCaCO3等を調整することで溶接金属の拡散性水素量をより低減させる効果があることを見出した。
【0017】
以上のことから、フラックス入りワイヤの鋼製外皮と充填フラックスの一方又は両方の合計での化学成分及びその含有量を限定し、さらに焼成型フラックスと組合せて溶接することにより、高張力鋼のサブマージアーク溶接において、高強度、高靭性の溶接金属を得るとともに、良好な溶接作業性及びビード形状が得られ、溶接金属の拡散性水素量が低く、溶接欠陥のない高品質な溶接部を得ることができることを見出した。
【0018】
以下に本発明を適用したフラックス入りワイヤの成分組成の限定理由について説明する。なお、以下成分についての%は、フラックス入りワイヤ全質量に対する質量%を示す。
【0019】
[鋼製外皮と充填フラックスの一方または両方の合計でC:0.03~0.15%]
ワイヤ成分のCは、固溶強化により溶接金属の強度を確保するうえで重要な元素である。またCは、溶接金属の酸素量を低減することで低温靭性を向上させる効果がある。Cが0.03%未満では、強度確保の効果が不十分であるうえ、脱酸効果が不十分となり、低温靭性も低下する。一方、Cが0.15%を超えると、溶接金属のCの含有量が多くなるため、強度が過剰に高くなり低温靭性が低下する。したがって、ワイヤ成分のCは0.03~0.15%とする。なお、Cは鋼製外皮に含まれる成分の他、充填フラックスからの金属粉及び合金粉等から添加でき、これら金属粉及び合金粉は、成分調整のために意図的に添加する鉄粉とは相違するものである。
【0020】
[鋼製外皮と充填フラックスの一方または両方の合計でSi:0.05~0.5%]
ワイヤ成分のSiは、溶接金属の強度の向上及び溶接中に酸素と結合してスラグ成分となり、溶接金属の酸素量を低減することで低温靭性を向上させる効果がある。Siが0.05%未満では、溶接金属の強度が低くなり、また溶接金属の酸素量が多くなり、低温靭性が低下する。一方、Siが0.5%を超えると、フェライト結晶粒を粗大化させるため、著しく低温靭性が低下する。したがって、Siは0.05~0.5%とする。なお、Siは鋼製外皮に含まれる成分の他、充填フラックスからの金属Si、Fe-Si、Fe-Si-Mn等の合金粉から添加できる。
【0021】
[鋼製外皮と充填フラックスの一方または両方の合計でMn:1.2~3.2%]
ワイヤ成分のMnは、焼入れ性を向上させて溶接金属の強度及び低温靭性を向上させるうえで有効な成分である。Mnが1.2%未満では、焼入れ性が不足して強度及び低温靭性が低くなる。一方、Mnが3.2%を超えると、焼入れ性が過多となり、溶接金属の強度が過剰に高くなり、低温靭性が低下する。したがって、Mnは1.2~3.2%とする。なお、Mnは鋼製外皮に含まれる成分の他、充填フラックスからの金属Mn、Fe-Mn、Fe-Si-Mn等の合金紛から添加できる。
【0022】
[鋼製外皮と充填フラックスの一方または両方の合計でNi:0.5~3.5%]
ワイヤ成分のNiは、溶接金属の低温靭性を向上させるうえで有効な成分である。Niが0.5%未満では、溶接金属の低温靭性が低下する。一方、Niが3.5%を超えると、オーステナイト粒径を粗大化させて溶接金属の低温靭性を劣化させる。したがって、ワイヤ成分のNiは0.5~3.5%とする。なお、Niは鋼製外皮に含まれる成分の他、充填フラックスからの金属Ni、Fe-Ni等の合金粉から添加できる。
【0023】
[鋼製外皮と充填フラックスの一方または両方の合計でMo:0.03~1.0%]
ワイヤ成分のMoは、溶接金属の強度を確保するうえで有効な成分である。Moが0.03%未満では、溶接金属の強度が低くなる。一方、Moが1.0%を超えると、溶接金属を著しく硬化させて低温靭性が低下する。したがって、ワイヤ成分のMoは0.03~1.0%とする。なお、Moは鋼製外皮に含まれる成分の他、充填フラックスからの金属Mo、Fe-Mo等の合金粉から添加できる。
【0024】
[鋼製外皮と充填フラックスの一方または両方の合計でAl:0.01~0.05%]
ワイヤ成分のAlは、溶接金属の強度向上及び溶接金属中の酸素量を低減することで低温靭性を向上させる効果がある。Alが0.01%未満では、溶接金属の強度及び低温靭性が低くなる。一方、Alが0.05%を超えると、溶接金属中の酸素量が過剰に減少し、C、Si、Mnの歩留まり量増加や粗大なAl酸化物により低温靭性が劣化する。したがって、ワイヤ成分のAlは0.01~0.05%とする。なお、Alは鋼製外皮に含まれる成分の他、充填フラックスからの金属Al、Fe-Al等の合金粉から添加できる。
【0025】
[充填フラックス中のCaF2:2~12%]
充填フラックス中のCaF2は、溶接金属の酸素量を低減することで低温靭性を向上させる効果があり、また溶接金属の拡散性水素量を低減する効果がある。CaF2が2%未満では、溶接金属の酸素量が高くなり低温靭性が低下し、また溶接金属中の拡散性水素量が低減する効果が得られない。一方、CaF2が12%を超えると、アークが不安定となりビード形状が不良となる。したがって、CaF2は2~12%とする。なお、CaF2は充填フラックスからの蛍石等から添加できる。
【0026】
[充填フラックス中の金属炭酸塩のCO2換算値の合計:0.05~0.7%]
充填フラックスの金属炭酸塩は、溶接金属の窒素量を低減することで低温靭性の向上に効果ある。また金属炭酸塩は、溶接金属の拡散性水素量を低減する効果がある。金属炭酸塩のCO2換算値の合計が0.05%未満では、溶接金属の窒素量が高くなり低温靭性が低下する。また金属炭酸塩のCO2換算値の合計が0.05%未満では、溶接金属の拡散性水素量を低減する効果が得られない。一方、金属炭酸塩のCO2換算値の合計が0.7%を超えると、溶接ビード表面にポックマークやアンダーカット、更にはブローホールが発生し易くなる。したがって、金属炭酸塩のCO2換算値の合計は0.05~0.7%とする。なお、金属炭酸塩は充填フラックスからの炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、炭酸バリウム等から添加できる。
【0027】
[アルカリ金属化合物のNa2O換算値、K2O換算値及びLi2O換算値の1種又は2種以上の合計:0.01~0.2%]
充填フラックスのアルカリ金属化合物は、アークを安定させる効果がある。アルカリ金属化合物のNa2O換算値、K2O換算値及びLi2O換算値の1種又は2種以上の合計が0.01%未満では、その効果が十分に得られずアークが不安定となる。一方、アルカリ金属化合物のNa2O換算値、K2O換算値及びLi2O換算値の1種又は2種以上の合計が0.2%超では、ビードの波目が乱れてビード形状が不良となる。したがって、アルカリ金属化合物のNa2O換算値、K2O換算値及びLi2O換算値の1種又は2種以上の合計は0.01~0.2%とする。なお、アルカリ金属化合物は、珪酸ソーダや珪酸カリからなる水ガラスの固質成分、弗化ソーダ、弗化リチウム及び珪弗化カリ等の弗素化合物、カリ長石やチタン酸リチウム等の複合化合物のことをいう。
【0028】
なお、フラック入りワイヤの上記成分以外ではTi、Bなど本発明の効果を妨げない範囲で含有させてもよい。残部は、鋼製外皮のFe、合金粉中のFe、成分調整のために添加する鉄粉、ワイヤ表面の銅メッキからのCu及びP、S等の不可避不純物である。
【0029】
次に、焼成型フラックスの化学成分について説明する。なお、以下成分についての%は、焼成型フラックス全質量に対する質量%を示す。
【0030】
[SiO2:10~23%]
SiO2は、スラグの粘性を調整して、スラグ剥離性を向上させる効果がある。SiO2が10~23%の範囲外の場合は、これらの効果が得られにくい。なお、SiO2は原料として珪砂、水ガラス等から添加できる。
【0031】
[Al2O3:20~35%]
Al2O3は、アークの安定性、スラグ剥離性を向上させる効果がある。Al2O3が20~35%の範囲外の場合は、これらの効果が得られにくい。なお、Al2O3は原料としてアルミナ等から添加できる。
【0032】
[MgO:20~30%]
MgOは、スラグの塩基度を高めて溶接金属の酸素量を低減することで低温靭性を向上させる効果がある。MgOが20~30%の範囲外の場合は、これらの効果が得られにくい。なお、MgOは原料としてマグネシアクリンカー等から添加できる。
【0033】
[CaO:5~20%]
CaOは、スラグの融点及び流動性を調整するために重要な成分であり、スラグ剥離性を向上させる効果がある。CaOが5~20%の範囲外の場合は、これらの効果が得られにくい。なお、CaOは原料として珪灰石、酸化カルシウム等から添加できる。
【0034】
[CaF2:5~20%]
CaF2は、低温靭性の向上に効果がある。また、溶接金属の拡散性水素量を低減する効果もある。CaF2が5~20%の範囲外の場合は、これらの効果が得られにくい。なお、CaF2は原料として蛍石等から添加できる。
【0035】
[CaCO3、MgCO3及びLi2CO31種または2種以上のCO2換算の合計:2~7%]
CaCO3、MgCO3及びLi2CO3からのCO2換算は、溶接金属の窒素量を低減することで低温靭性の向上に効果がある。CaCO3、MgCO3及びLi2CO31種または2種以上のCO2換算の合計が2~7%の範囲外の場合は、これらの効果が得られにくい。なお、CaCO3、MgCO3及びLi2CO3は原料として炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、炭酸リチウム等から添加できる。
【0036】
なお、焼成型フラックスの残部は、水ガラスからのK2O及びNa2O等のアルカリ金属酸化物、P、S等の不可避不純物であり、5%以下とする。また、P及びSは共に低融点の化合物を生成して靭性を低下させるので、できるだけ低いことが好ましい。
【0037】
[ワイヤ形態]
なお、本発明に用いられるフラックス入りワイヤは、鋼製外皮をパイプ状に成形し、その内部に充填フラックスを充填した構造である。ワイヤの種類としては、鋼製外皮に貫通した継ぎ目の無いワイヤと、鋼製外皮に継ぎ目を有するワイヤとに大別できる。このうち、鋼製外皮に貫通した継ぎ目の無いワイヤは、ワイヤの全水素量を低減することを目的として、650~1000℃の温度域で焼鈍する熱処理が可能であるうえ、製造後の吸湿がないことから、拡散性水素量の観点から継ぎ目の無いワイヤとすることが好ましい。
【0038】
[全水分量]
フラックス入りワイヤに含まれる全水素量は、多くなるほど溶接金属の拡散性水素量が多くなるため、特に定めはないが、ワイヤの全水素量を200ppm以下とするのが好ましい。
【実施例0039】
以下、実施例により本発明の効果をさらに詳細に説明する。
【0040】
表1に示す鋼製外皮を用いて、表2に示す各種フラックス入りワイヤを試作し、表3に示す各種成分の焼成型フラックスを組合せて溶接作業性及び機械性能評価するため、表4に示す化学成分からなる、板厚25mmの780MPa級鋼板を、開先角度を30°、ルート間隔を13mmの開先形状に加工し、裏当金を当てて表5に示す溶接条件で多層盛溶接試験を実施した。
【0041】
なお、表2に示すフラックス入りワイヤは、表1に示す鋼製外皮を用いて、帯鋼は成型工程でU字型に成型してフラックスを充填し、O字型に成型して継ぎ目を溶接後、縮径、焼鈍、めっきして素線とした。さらに、それらの素線を直径4.0mmまで伸線した。また、充填フラックスの充填率は9~20%とした。
【0042】
なお、表3に示す焼成型フラックスは各種鉱物原材料を配合、混合した後、水ガラスを固着剤として造粒した後、400~550℃で2時間焼成して1.4×0.15mmに整粒した。
【0043】
【0044】
【0045】
【0046】
【0047】
【0048】
表6に各種試作フラックス入りワイヤと焼成フラックスの組合せを示す。各試験の評価は、多層盛溶接時のアーク安定性、ビード形状、スラグ剥離性及びX線透過試験による溶接欠陥の有無を調査し、さらに溶接金属の機械性能を調査した。
【0049】
(アーク安定性)
溶接時の溶接電圧の変動が少なく、一定となっているものを安定とした。また、溶接時の溶接電圧の変動がほとんどなく、一定となっている場合は極めて安定とした。
【0050】
(ビード形状)
ビード幅、波目や表面状態が一定でかつ、ポックマークやアンダーカット等がないものを良好とした。
【0051】
(スラグ剥離性)
溶接後、凝固スラグをチッピングハンマーにて叩いた時、スラグに亀裂が入り、その後簡単に除去できる場合を良好とした。また、溶接後スラグ剥離した場合を極めて良好とした。
【0052】
(溶接欠陥)
X線透過試験では、JIS Z3104:1995に示す鋼溶接継手の放射線透過試験に基いて試験を行い、ブローホールや割れ等が発生していない場合を無とした。
【0053】
(機械性能評価)
溶接金属の機械性能評価は、溶接試験体の鋼板厚板の中央を中心から衝撃試験片(JIS Z 2242:2018 Vノッチ試験片)及び引張試験片(JIS Z 2241:2011 10号)を採取して機械試験を実施した。靭性の評価は-60℃における衝撃試験により行い、各々繰返し数3本の平均より評価した。なお、衝撃試験の吸収エネルギーは90J以上を良好とした。また、引張強さの評価は780~890MPaを良好とした。溶接金属の拡散性水素量の測定はJIS Z3118:2007に準じて行った。溶接金属の拡散性水素量は2.5ml/100g以下を良好とした。これらの調査結果も表5にまとめて示す。
【0054】
【0055】
表6中試験記号T1~T13が本発明例、試験記号T14~T25は比較例である。本発明例である試験記号T2、T3、T7、T9、T12、T13のフラックス入りワイヤは、本発明の構成要件を満たしているので、アークが安定し、ビード形状及びスラグ剥離性等の溶接作業性が良好で、溶接欠陥も無く、溶接金属の引張強さ及び吸収エネルギーも良好であり満足な結果であった。試験記号T1、T4~T6、T8、T10、T11は、フラックス入りワイヤと組合せた焼成型フラックスが両方とも本発明の構成要件を満たしているので、アークが極めて安定し、ビード形状が良好で、スラグ剥離性が極めて良好で、溶接金属の引張強さが良好で、吸収エネルギーは100J以上と良好であり極めて満足な結果であった。
【0056】
比較例中試験記号T14は、ワイヤ記号W14のCが少ないので溶接金属の引張強さが低く、吸収エネルギーが低値であった。
【0057】
試験記号T15は、ワイヤ記号F15のCが多いので溶接金属の引張強さが過剰に高くなり、吸収エネルギーが低値であった。また、アルカリ金属化合物のNa2O換算値、K2O換算値及びLi2O換算値の1種又は2種以上の合計が少ないのでアークが不安定であった。
【0058】
試験記号T16は、ワイヤ記号W16のSiが少ないので溶接金属の引張強さが低く、吸収エネルギーが低値であった。
【0059】
試験記号T17は、ワイヤ記号W17のSiが多いので溶接金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0060】
試験記号T18は、ワイヤ記号W18のMnが少ないので溶接金属の引張強さが低く、吸収エネルギーが低値であった。また、CaF2が多いのでアークが不安定となり、ビード形状が不良であった。
【0061】
試験記号T19は、ワイヤ記号W19のMnが多いので溶接金属の引張強さが過剰に高くなり、吸収エネルギーが低値であった。
【0062】
試験記号T20は、ワイヤ記号W20のNiが少ないので溶接金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0063】
試験記号T21は、ワイヤ記号W21のNiが多いので溶接金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0064】
試験記号T22は、ワイヤ記号W22のMoが少ないので溶接金属の引張強さが低かった。また、金属炭酸塩のCO2換算値の合計が多いのでビードにポックマークとアンダーカットが発生し、ビード形状が不良であり、さらに、ブローホールが発生した。
【0065】
試験記号T23は、ワイヤ記号W23のMoが多いので、溶接金属の引張強さが過剰に高くなり、吸収エネルギーが低値であった。
【0066】
試験記号T24は、ワイヤ記号W24のAlが少ないので、溶接金属の引張強さが低く、吸収エネルギーが低値であった。また、アルカリ金属化合物のNa2O換算値、K2O換算値及びLi2O換算値の1種又は2種以上の合計が多いので、ビードの波目が乱れてビード形状が不良となった。
【0067】
試験記号T25は、ワイヤ記号W25のAlが多いので、溶接金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0068】
試験記号T26は、ワイヤ記号W26のCaF2が少ないので、溶接金属の吸収エネルギーが低値となり、また、溶接金属の拡散性水素量が多かった。
【0069】
試験記号T27は、ワイヤ記号W27の金属炭酸塩のCO2換算値の合計が少ないので溶接金属の吸収エネルギーが低値となり、また、溶接金属の拡散性水素量が多かった。