(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024141495
(43)【公開日】2024-10-10
(54)【発明の名称】移動体
(51)【国際特許分類】
B62J 45/00 20200101AFI20241003BHJP
B62J 45/415 20200101ALI20241003BHJP
B62J 45/412 20200101ALI20241003BHJP
B62K 3/00 20060101ALI20241003BHJP
B62K 17/00 20060101ALI20241003BHJP
B62J 45/422 20200101ALI20241003BHJP
【FI】
B62J45/00
B62J45/415
B62J45/412
B62K3/00
B62K17/00
B62J45/422
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023053188
(22)【出願日】2023-03-29
(71)【出願人】
【識別番号】000005326
【氏名又は名称】本田技研工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003683
【氏名又は名称】弁理士法人桐朋
(72)【発明者】
【氏名】住岡 忠使
(72)【発明者】
【氏名】秋元 一志
(72)【発明者】
【氏名】辻村 拓弥
(72)【発明者】
【氏名】高柳 翔
(72)【発明者】
【氏名】福島 伽津彦
【テーマコード(参考)】
3D212
【Fターム(参考)】
3D212BB24
3D212BB53
3D212BB66
3D212BB72
3D212BB74
3D212BB87
(57)【要約】 (修正有)
【課題】移動体の傾きを抑えるための移動体の設計を柔軟に行う。
【解決手段】車輪20と車体30とを有する移動体10は、前記車体に対して前記車輪を、前記車輪が回転する車軸の軸線方向に沿って平行移動させる移動機構40と、前記移動機構を駆動して前記車輪を前記軸線方向に沿って平行移動させる駆動装置42と、慣性センサの検出信号に基づいて前記車体のロール角を取得するデータ取得部と、前記ロール角に基づいて前記車輪の移動量を算出する移動量算出部と、前記駆動装置を制御して、前記移動機構に前記車輪を前記移動量だけ平行移動させる駆動制御部と、を備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
車輪と車体とを有する移動体であって、
前記車体に対して前記車輪を、前記車輪が回転する車軸の軸線方向に沿って平行移動させる移動機構と、
前記移動機構を駆動して前記車輪を前記軸線方向に沿って平行移動させる駆動装置と、
ロール角センサの検出信号に基づいて前記車体のロール角を取得するデータ取得部と、
前記ロール角に基づいて前記車輪の移動量を算出する移動量算出部と、
前記駆動装置を制御して、前記移動機構に前記車輪を前記移動量だけ平行移動させる駆動制御部と、
を備える、移動体。
【請求項2】
請求項1に記載の移動体であって、
前記車輪である後輪と、前記後輪の前に設けられる前輪と、前記前輪を操舵する操舵装置とをさらに備え、
前記データ取得部は、操舵角センサの検出信号に基づいて前記前輪に対する操舵の操舵角を取得し、
前記移動量算出部は、前記ロール角と前記操舵角とに基づいて、前記後輪の前記移動量を算出する、移動体。
【請求項3】
請求項2に記載の移動体であって、
前記データ取得部は、速度センサの検出信号に基づいて、前記移動体の移動方向における前記移動体の速度を取得し、
2質点系を構成し、前記移動体の重心が分解される2つの質点のうち一方の質点の位置が、前記後輪が地面に接する接点の位置であって、且つ、前記2つの質点のうち他方の質点の位置に倒立振子が位置するとした場合において、前記移動量算出部は、前記ロール角に応じた前記他方の質点の前記軸線方向における位置P1yおよび速度V1yを状態変数として前記2質点系の固有振動数ωnおよび復元力uを用いた状態方程式(1)に基づき、前記他方の質点の前記地面からの高さと、前記移動体の質量のうち前記一方の質点に配分される質量と、前記移動体の前記質量のうち前記他方の質点に配分される質量と、前記移動体の諸元データと、前記移動方向における前記移動体の前記速度とに応じて定まる係数C1、C2、C3と、前記駆動装置がフィードバック制御でk回目に前記後輪を移動させた時の前記後輪の前記移動量Pry(k)と、k回目の前記フィードバック制御における前記操舵角δf(k)と、単位時間あたりの前記操舵角δf(k)の変化量である操舵角速度ωf(k)と、を用いた式(2)で表される前記復元力uを、前記フィードバック制御の第1フィードバックゲインKPおよび第2フィードバックゲインKVと、前記他方の質点の前記位置P1yおよび前記速度V1yとに基づく式(3)により表される前記フィードバック制御の制御入力として用いることにより得られる式(4)に基づいて、前記フィードバック制御によるk回目の前記後輪の前記移動量Pry(k)を決定する、移動体。
【数1】
u=KP・P1y+KV・V1y ・・・(3)
【数2】
【請求項4】
請求項3に記載の移動体であって、
前記他方の質点の前記位置P1yの第1目標値P1ydと、前記他方の質点の前記速度V1yの第2目標値V1ydとを取得する目標値取得部をさらに備え、
前記第1目標値P1ydと前記第2目標値V1ydとが取得された場合、前記移動量算出部は、前記式(4)に代えて、前記第1目標値P1ydおよび前記第2目標値V1ydとを含む式(5)に基づいて、前記フィードバック制御によるk回目の前記後輪の前記移動量Pry(k)を決定する、移動体。
【数3】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、移動体に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1の開示によると、二輪車が車幅方向に傾いた場合に、車輪側機構が円弧状のガイドレールに沿って移動するように、アクチュエータが車輪側機構を駆動する。これにより、後輪が車幅方向に移動しつつ、ロール方向に傾動する。こうして、二輪車の傾きが抑制される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に開示された移動体においては、車輪を移動する移動機構が、車輪とともに回転可能に設けられる必要があり、移動体の設計に制約が生じるという課題がある。
【0005】
本発明は、上述した課題を解決することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の態様は、車輪と車体とを有する移動体は、前記車体に対して前記車輪を、前記車輪が回転する車軸の軸線方向に沿って平行移動させる移動機構と、前記移動機構を駆動して前記車輪を前記軸線方向に沿って平行移動させる駆動装置と、ロール角センサの検出信号に基づいて前記車体のロール角を取得するデータ取得部と、前記ロール角に基づいて前記車輪の移動量を算出する移動量算出部と、前記駆動装置を制御して、前記移動機構に前記車輪を前記移動量だけ平行移動させる駆動制御部と、を備える。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、移動体の傾きを抑えるための移動体の設計を柔軟に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】
図1Aは、移動体の構成を模式的に示す図である。
図1Bは、傾けられながら移動する移動体の背面を模式的に示す図である。
【
図2】
図2は、車輪の平行移動制御に関する構成を例示するブロック図である。
【
図4】
図4は、車輪の平行移動制御に係る処理手順を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
一実施の形態による移動体について、図面を用いて説明する。本実施の形態の説明では、移動体として二輪車の例を用いるが、これに限定されない。
図1Aは、移動体10の構成を模式的に示す図である。移動体10は、車輪20と、車輪20が取り付けられる車体30とを有する。本実施の形態の説明においては、
図1Aに示すように、x軸、y軸、z軸が用いられる。x軸、y軸、z軸は、右手系の直交座標系を構成する。
【0010】
移動体10の移動方向はx軸方向である。移動体10は、x軸の正の向きに移動する。y軸は、x軸に垂直である。y軸の正の向きは、移動体10が移動する向きに向かって左側に延びる向きである。
図1Aにおいて、車輪20が接する地面は、x軸およびy軸で形成されるxy平面に対応する。移動体10のz軸は、xy平面に垂直であり、重力方向に平行である。
【0011】
z軸の正の向きは、x軸およびy軸の交点から参照姿勢時の移動体10の重心Gを通って延びる向きである。すなわち、参照姿勢時の移動体10の重心Gが地面(xy平面)に射影された点が、x軸、y軸、z軸で形成される直交座標系の座標原点に対応する。なお、参照姿勢時において、車輪20に対する操舵の操舵角、およびx軸に平行なロール軸を中心とする車体30のロール角は、いずれもゼロである。このx軸、y軸、z軸で形成される直交座標系は、移動体10の移動とともに、地面に対してx軸の正の向きへ移動する。
【0012】
車輪20は、後輪20rおよび前輪20fを含む。前輪20fは、x軸の正の向きに沿って後輪20rよりも前に位置する。
【0013】
車体30は、フレーム32と、シート34と、スイングアーム36と、ベースプレート38と、移動機構40と、駆動装置42と、ハンドルバー44と、ヘッドパイプ46と、フロントフォーク48と、車軸50とを有する。車軸50は、後輪20rの車軸50rと、前輪20fの車軸50fとを含む。フレーム32には、シート34と、ベースプレート38と、ヘッドパイプ46とが取り付けられる。ベースプレート38には、移動機構40と、駆動装置42と、スイングアーム36とが取り付けられる。
【0014】
スイングアーム36は、後輪20rを支持する。スイングアーム36の長手方向における一方の端部に、後輪20rの車軸50rが取り付けられる。車軸50rは後輪20rを回転可能に支持する。移動体10が移動する場合、後輪20rは、不図示の駆動部材により駆動され、車軸50rのまわりを回転する。スイングアーム36の長手方向における他方の端部にベースプレート38が取り付けられる。
【0015】
移動機構40は、例えばボールねじである。その場合、ボールねじは、後輪20rに、回転可能に取り付けられる。駆動装置42は、例えばモータである。後述する平行移動制御により、後輪20rは、車軸50rの軸線方向に沿って、車体30に対し平行移動する。なお、後輪20rは、その平行移動に伴い、車体30に対して、移動体10の移動方向(x軸方向)の正の向きまたは負の向きに移動してもよい。
【0016】
ヘッドパイプ46と、ハンドルバー44と、フロントフォーク48とが、移動体10の操舵装置を構成する。ヘッドパイプ46に、ハンドルバー44と、フロントフォーク48とが取り付けられる。フロントフォーク48は、前輪20fを支持する。フロントフォーク48の長手方向における一方の端部に、前輪20fの車軸50fが取り付けられる。車軸50fは前輪20fを回転可能に支持する。移動体10が移動する場合、前輪20fは、不図示の駆動部材により駆動され、車軸50fのまわりを回転する。
【0017】
ハンドルバー44の操作により、前輪20fを操舵することができる。前輪20fに対する操舵が行われた場合、フロントフォーク48は、前輪20fとともに、ヘッドパイプ46のまわりを回転する。フロントフォーク48および前輪20fの回転角度は、前輪20fに対する操舵の操舵角δfに対応する角度である。
【0018】
図1Aには、移動体10および移動体10に含まれる部品の寸法および位置に関する諸元データが示されている。移動体10の諸元データは、ホイールベースLを含む。ホイールベースLは、前輪20fの車軸50fと後輪20rの車軸50rとの間の距離である。ホイールベースLは、第1距離Lfと第2距離Lrとの和である。第1距離Lfは、前輪20fの車軸50fから第1直線QAまでの距離である。第1直線QAは、移動体10の重心Gを通る重力方向に平行な直線である。
図1Aに示す例において、第1直線QAはz軸に一致する。第2距離Lrは、後輪20rの車軸50rから第1直線QAまでの距離である。
【0019】
諸元データは、キャスター角θcfを含む。キャスター角θcfは、フロントフォーク48の中心軸線QBに対して、第2直線QCにより形成される角である。フロントフォーク48の中心軸線QBは、フロントフォーク48の長手方向に平行な直線である。第2直線QCは、前輪20fの中心を通る直線であり、且つz軸に平行である。すなわち、第2直線QCは地面に垂直である。第2直線QCは、前輪20fが地面に接する接地点を通る。
【0020】
諸元データは、フォークオフセットLofを含む。フォークオフセットLofは、フロントフォーク48の中心軸線QBと、操舵軸線QDとの間の距離である。上述したように、操舵装置により前輪20fに対する操舵が行われた場合、フロントフォーク48は、前輪20fとともに、ヘッドパイプ46のまわりを回転する。操舵軸線QDは、フロントフォーク48の回転軸線である。すなわち、フロントフォーク48は、操舵軸線QDを中心に回転する。
【0021】
諸元データは、前輪20fの半径Rfと、前輪20fのタイヤ部断面の半径RSfとを含む。前輪20fのタイヤ部断面は、前輪20fの中心を通って、y軸およびz軸のいずれにも平行な平面による断面として得られる。半径RSfは、前輪20fのタイヤ部断面に内接する円の半径である。
【0022】
諸元データは、後輪20rの半径Rrと、後輪20rのタイヤ部断面の半径RSrとを含む。後輪20rのタイヤ部断面は、後輪20rの中心を通って、y軸およびz軸のいずれにも平行な平面による断面として得られる。半径RSrは、後輪20rのタイヤ部断面に内接する円の半径である。
【0023】
諸元データは、移動体10の質量mと、移動体10の重心Gの位置データを含む。移動体10の重心Gの位置データは、x座標値、y座標値およびz座標値で表される。移動体10が傾くことなく正立している場合、重心Gのx座標値およびy座標値はいずれもゼロである。重心Gのz座標値は、重心Gの地面からの高さhに等しい。すなわち、諸元データは、移動体10の重心Gの高さhを含む。また、諸元データは、移動体10の重心Gの位置における慣性モーメントIxを含む。
【0024】
図1Bは、傾けられながら移動する移動体10の背面を模式的に示す図である。移動体10は、カーブを曲がる場合等において、y軸に向かって傾けられながら移動する。この移動体10の傾きは、車体30のロール角φbに対応する。
図1Bにおいて、ロール角φbは、参照姿勢時の移動体10の中心軸線QGに対して、傾けられた移動体10の中心軸線QHにより形成される角として表されている。ロール角φbの角度は、x軸に平行なロール軸のまわりに車体30が回転する角度である。
【0025】
ロール角φbの角度が大き過ぎる場合、移動体10の姿勢が不安定になるリスクが発生する。本実施の形態では、移動体10の姿勢安定化のため、ロール角φbに基づき、車輪20が、車軸50の軸線が延びる軸線方向に沿って車体30に対し平行移動する。前輪20fが移動するよりも後輪20rが移動する方が、乗員が感じる違和感を、より低減することができる。
【0026】
そのため、本実施の形態では、後輪20rが、車軸50rの軸線QIが延びる軸線方向DMに沿って車体30に対し平行移動する。駆動装置42が移動機構40を駆動することにより、後輪20rは移動量Pryだけ平行移動する。これにより、移動体10に対する復元力が発生し、ロール角φbが小さくなり、移動体10の傾きが抑えられる。したがって、移動体10が安定化する。また、後輪20rを回転移動させる必要が無いため、移動機構40を車体30に設けることができる。したがって、移動体10の設計を柔軟に行うことができる。
【0027】
なお、移動機構40は、後輪20rを、スイングアーム36とともに平行移動させてもよい。移動機構40がボールねじである場合、ボールねじは、スイングアーム36に、回転可能に取り付けられる。
【0028】
図2は、車輪20の平行移動制御に関する構成を例示するブロック図である。移動体10の車体30は、車輪速センサ60と、慣性センサ62と、操舵角センサ64と、制御装置70とを、さらに有する。車輪速センサ60は、前輪20fおよび後輪20rの少なくとも一方の車輪速を検出し、検出信号を制御装置70へ出力する。慣性センサ62は、車体30の3軸方向における加速度および角速度を検出し、検出信号を制御装置70へ出力する。操舵角センサ64は、上述した操舵角δfを検出し、検出信号を制御装置70へ出力する。
【0029】
制御装置70は、演算部72と、記憶部74とを有する。演算部72は、CPU(Central Processing Unit)またはGPU(Graphics Processing Unit)等のプロセッサを含む。すなわち、演算部72は、処理回路(processing circuitry)を含む。
【0030】
記憶部74は、RAM(Random Access Memory)等の揮発性メモリと、ROM(Read Only Memory)またはフラッシュメモリ等の不揮発性メモリとを含む。揮発性メモリは、プロセッサのワーキングメモリとして用いられる。不揮発性メモリは、プロセッサが実行するプログラムと、その他必要なデータとを記憶する。その他必要なデータとして、例えば上述した移動体10の諸元データが、予め不揮発性メモリに記憶される。
【0031】
演算部72は、データ取得部80と、移動量算出部82と、駆動制御部84とを有する。演算部72が記憶部74に保存されたプログラムを実行することにより、データ取得部80と、移動量算出部82と、駆動制御部84とが実現される。データ取得部80と、移動量算出部82と、駆動制御部84とのうちの少なくとも一部は、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)またはFPGA(Field Programmable Gate Array)等の集積回路、或いはディスクリートデバイスを含む電子回路によって実現されてもよい。
【0032】
データ取得部80には、車輪速センサ60からの検出信号が入力する。データ取得部80は、車輪速センサ60の検出信号に基づいて、移動体10の移動方向であるx軸方向における移動体10の速度Voxを取得する。すなわち、車輪速センサ60は、速度センサとして用いられる。
【0033】
データ取得部80には、慣性センサ62からの検出信号が入力する。データ取得部80は、慣性センサ62の検出信号に基づいて、車体30のロール角φbを取得する。すなわち、慣性センサ62は、ロール角センサとして用いられる。
【0034】
データ取得部80には、操舵角センサ64からの検出信号が入力する。データ取得部80は、操舵角センサ64の検出信号に基づいて、操舵角δfを取得する。
【0035】
移動量算出部82は、移動体10の諸元データ、速度Vox、ロール角φb、操舵角δf等に基づいて、軸線方向DMに沿って平行移動する後輪20rの移動量Pryを算出する。後輪20rの移動量Pryの算出例については後述する。
【0036】
駆動制御部84は、駆動装置42を制御して、移動機構40に後輪20rを移動量Pryだけ平行移動させる。移動機構40は、後輪20r(車輪20)を、車軸50rの軸線方向DMに沿って平行移動させる。
【0037】
図3Aおよび
図3Bは、移動体10を2質点系に置き換えた模式図である。移動体10を2質点系に置き換えることにより、後輪20rの移動量Pryを算出することができる。前輪20fが操舵された場合に、2質点系における重力加速度gによる角運動量の変化が無視された力学モデルについて、
図3Aを用いて以下に説明する。
【0038】
図3Aに示すように、移動体10の重心Gは、2質点系を構成する2つの質点M1、M2に分解される。2つの質点M1、M2のうちの一方の質点M2の位置は、後輪20rが地面に接する接点の位置である。この2質点系において、2つの質点M1、M2のうちの他方の質点M1の位置に倒立振子が位置する。上述したように、重力加速度gによる角運動量の変化が無視されるため、質点M1、M2および重心Gが、いずれもz軸上に位置する場合、この倒立振子は安定する。その場合における前輪20fおよび後輪20rのロール角は、いずれも初期値0である。
【0039】
この力学モデルにおいて、前輪20fに対する操舵により前輪20fおよび後輪20rのロール角が変化した場合、
図3Aに示すように、重心Gは、この倒立振子が安定する場合の位置Gmから、質点M1を中心にロール角φb0だけ回転した位置Gnに変化する。質点M2は、この倒立振子が安定する場合の位置M2mから、y軸方向に移動量P2yだけ移動した位置M2nに変化する。
【0040】
この2質点系において、移動体10の質量mは、質点M1の質量m1と、質点M2の質量m2とに配分される。質点M1は、地面からの高さh′の位置にある。物理法則に基づき、移動体10の質量mと、質点M1の質量m1と、質点M2の質量m2と、重心Gの高さhと、質点M1の高さh′と、重心Gの位置における慣性モーメントIxとに関する式(1)、式(2)、式(3)が成り立つ。式(1)、式(2)、式(3)を用いて、質点M1の高さh′と、質点M1の質量m1と、質点M2の質量m2とを算出することができる。
m=m1+m2 ・・・(1)
m1(h′-h)=m2・h ・・・(2)
m1(h′-h)2+m2・h2=Ix ・・・(3)
【0041】
さらに、上述した移動体10の諸元データを用いた幾何学的計算により、式(4)、式(5)が導かれる。式(4)、式(5)を用いて、
図3Aに示すロール角φb0と移動量P2yとを、
図1Aに示す操舵角δfと、
図1Bに示す後輪20rの移動量Pryとの関数として表すことができる。
【数1】
【0042】
前輪20fが操舵された場合に、2質点系における重力加速度gによる角運動量の変化が考慮された力学モデルについて、
図3Bを用いて以下に説明する。
図3Bに示す2質点系において、質点M1に位置する倒立振子がz軸上にある場合、倒立振子は安定する。しかし、質点M1は、z軸からロール角φ′だけ回転した位置にある。
【0043】
質点M1は、倒立振子が安定する位置から、上述した軸線方向DMに沿って位置P1yへ移動した位置にある。なお、ロール角φ′が微小の場合、質点M1の軸線方向DMの移動量は、y軸方向の移動量と略一致するとみなせる。すなわち、質点M1は、倒立振子が安定する位置から、y軸方向に沿って位置P1yへ移動した位置にある。このとき、質点M2は、z軸からロール角φbだけ回転した位置にある。
【0044】
質点M1におけるロール角φ′は、質点M2におけるロール角φbと、
図3Aに示すロール角φb0とを用いた式(6)により得られる。また、質点M1の位置P1yは、質点M1の高さh′と、質点M1におけるロール角φ′とを用いた式(7)により得られる。なお、質点M2におけるロール角φbは、慣性センサ62の検出信号に基づいて取得される車体30のロール角φbである。すなわち、式(6)および式(7)によると、質点M1の位置P1yは、車体30のロール角φbに基づいて算出され得る。
φ′=φb-φb0 ・・・(6)
P1y=-h′・φ′ ・・・(7)
【0045】
図3Bに示す質点M1に作用する慣性モーメントm1・h′
2・φ′
(2)は、式(8)の右辺に配置された第1項から第5項までの5つの項により表される。なお、角加速度φ′
(2)は、ロール角φ′が時刻tで2階微分されて得られる。
m1・h′
2・φ′
(2)=m1・g・h′・φ′
-m2・g・P2y
-m・g・RSeq・φ′
+m・g・Prptoy
+m1・h′(V
(1)oy+Vox・ωz) ・・・(8)
【0046】
式(8)の右辺の第1項m1・g・h′・φ′は、質点M1に作用する重力のモーメントである。式(8)の右辺の第2項-m2・g・P2yは、質点M2に作用する重力のモーメントである。式(8)の右辺の第3項-m・g・RSeq・φ′は、車体30がロール角φ′だけ傾けられたことにより生じる地面からの反力のモーメントである。車輪20のタイヤ部断面の半径相当値RSeqについては、後述する。式(8)の右辺の第4項m・g・Prptoyは、操舵により生じる地面からの反力のモーメントである。操舵による移動量Prptoyについては、後述する。
【0047】
式(8)の右辺の第5項m1・h′(V(1)oy+Vox・ωz)は、x軸、y軸、z軸で形成される直交座標系が移動体10の移動に伴って移動することによる質点M1の慣性力である。移動体10の移動方向(x軸方向)における移動体10の速度Voxは、上述したように、車輪速センサ60の検出信号に基づいて取得される。軸線方向DMにおける移動体10の加速度V(1)oyと、車体30のヨーレートωzとについては、後述する。
【0048】
なお、加速度V
(1)oyは、軸線方向DMにおける移動体10の速度Voyが時刻tで1階微分されて得られる。速度Voyは、移動体10の諸元データと、x軸方向における移動体10の速度Voxと、操舵角δfとに基づいて、式(9)により表される。
【数2】
【0049】
上述したように、式(8)の右辺の第3項には、車輪20のタイヤ部断面の半径相当値RSeqが含まれる。これは、前輪20fのタイヤ部断面の半径RSfと、後輪20rのタイヤ部断面の半径RSrとに基づいて、式(10)により得られる。
RSeq=(Lr/L)・RSf+{(Lf/L)・RSr} ・・・(10)
【0050】
上述したように、式(8)の右辺の第4項には、操舵による移動量Prptoyが含まれる。移動量Prptoyは、移動体10が、前輪20fに対する操舵とともに傾けられたことにより、後輪20rが車軸50rの軸線方向DMに移動した移動量を示す。操舵による移動量Prptoyは、式(10)により得られる半径相当値RSeqを用いた式(11)で表される。
【数3】
【0051】
式(11)から明らかであるように、操舵による移動量Prptoyは、
図1Aに示す操舵角δfと、
図3Aに示すロール角φb0との関数として表すことができる。ロール角φb0は、式(4)により、操舵角δfと、後輪20rの移動量Pryとの関数として表される。したがって、操舵による移動量Prptoyもまた、操舵角δfと、後輪20rの移動量Pryとの関数として表される。
【0052】
上述したように、式(8)の右辺の第5項には、軸線方向DMにおける移動体10の加速度V
(1)oy=Aoyが含まれる。加速度Aoyは、式(9)に示される軸線方向DMにおける移動体10の速度Voyが時刻tで微分されて得られる。x軸方向における移動体10の速度Voxが準定常状態にある場合、加速度Aoyは、諸元データと、速度Voxと、操舵角δfが時刻tで微分されて得られる微分値δf
(1)とに基づいて、式(12)により表される。すなわち、加速度Aoyは、操舵角δfの微分値δf
(1)の関数として表される。
【数4】
【0053】
上述したように、式(8)の右辺の第5項には、ヨーレートωzが含まれる。ヨーレートωzは、z軸に平行なヨー軸のまわりに車体30が回転する角度の角速度である。ヨーレートωzは、移動体10の諸元データと、x軸方向における移動体10の速度Voxと、操舵角δfとに基づいて、式(13)により表される。すなわち、ヨーレートωzは、操舵角δfの関数として表される。
【数5】
【0054】
式(7)および式(8)に基づき、
図3Bに示すロール角φ′を消去することができる。その結果、軸線方向DMにおける質点M1の位置P1yおよび速度V1yを状態変数として、2質点系の固有振動数ωnおよび復元力uを用いた状態方程式(14)が得られる。なお、固有振動数ωnおよび復元力uは、式(15)および式(16)によりそれぞれ表される。復元力uにより、質点M1の位置P1yがゼロになると、質点M1に位置する倒立振子が安定する。その場合、移動体10の姿勢安定化が達成される。
【数6】
【0055】
式(11)に示すように、操舵による移動量Prptoyは、操舵角δfと、ロール角φb0との関数である。式(4)に示すように、
図3Aに示すロール角φb0は、操舵角δfと、後輪20rの移動量Pryとの関数である。式(5)に示すように、
図3Aに示す後輪20rの移動量P2yもまた、操舵角δfと、後輪20rの移動量Pryとの関数である。式(12)に示すように、軸線方向DMにおける移動体10の加速度Aoyは、操舵角δfの微分値δf
(1)の関数である。式(13)に示すように、軸線方向DMにおける移動体10のヨーレートωzは、操舵角δfの関数である。
【0056】
したがって、状態方程式(14)に含まれ、式(16)で表される復元力uは、式(17)に示すように、操舵角δfの微分値δf
(1)と、操舵角δfと、後輪20rの移動量Pryとの関数として表される。式(17)に用いられた係数C1、C2、C3は、移動体10の諸元データと、質点M1の高さh′と、質点M1の質量m1と、質点M2の質量m2と、x軸方向における移動体10の速度Voxとに応じて定まる。操舵角δfが時刻tで微分されて得られる微分値δf
(1)は、単位時間あたりの操舵角δfの変化量である操舵角速度ωfである。
【数7】
【0057】
質点M1に位置する倒立振子を安定化させるフィードバック制御が、倒立振子が安定するまで制御周期Δtで周期的に行われることを想定する。すなわち、駆動装置42が制御周期Δtのフィードバック制御で後輪20rを周期的に平行移動させる。後輪20rの移動量Pry(k)は、駆動装置42がフィードバック制御でk回目に後輪20rを移動させた時の後輪20rの移動量である。
【0058】
したがって、式(17)は式(18)に書き換えられる。さらに、移項により、式(18)は式(19)に書き換えられる。
【数8】
【0059】
式(18)で表される復元力uを、式(20)で表されるフィードバック制御の制御入力として用いると、式(19)は、式(21)に書き換えられる。式(20)に示すように、フィードバック制御の制御入力としての復元力uは、フィードバック制御の第1フィードバックゲインKPおよび第2フィードバックゲインKVと、質点M1の位置P1yおよび速度V1yとに基づいて表される。第1フィードバックゲインKPおよび第2フィードバックゲインKVは、実験により適切に設定される。式(21)に基づいて、フィードバック制御によるk回目の後輪20rの移動量Pry(k)が決定される。
u=KP・P1y+KV・V1y ・・・(20)
【数9】
【0060】
こうしたフィードバック制御により、後輪20rが、軸線方向DMに沿って車体30に対し、移動量Pry(k)ずつ平行移動する。これにより、移動体10に対する復元力uが発生し、ロール角φbが小さくなっていくため、移動体10が安定化する。
【0061】
図4は、車輪20の平行移動制御に係る処理手順を示すフローチャートである。本処理手順は、例えば制御装置70が有する演算部72により行われる。本処理手順が開始されると、ステップS1で、データ取得部80は、車輪速センサ60の検出信号に基づいて、x軸方向における移動体10の速度Voxを取得する。ステップS2で、データ取得部80は、慣性センサ62の検出信号に基づいて、車体30のロール角φbを取得する。
【0062】
ステップS3で、データ取得部80は、操舵角センサ64の検出信号に基づいて、操舵角δfを取得する。ステップS4で、移動量算出部82は、制御装置70の記憶部74から、移動体10の諸元データを取得する。ステップS5で、移動量算出部82は、移動体10の速度Voxと、車体30のロール角φbと、操舵角δfと、移動体10の諸元データとに基づいて、車輪20(後輪20r)を平行移動させる時の移動量Pryを算出する。
【0063】
ステップS6で、駆動制御部84は、駆動装置42を制御する。駆動装置42は、移動機構40を駆動する。移動機構40は、車体30に対して車輪20を、軸線方向DMに沿って移動量Pryだけ平行移動させる。ステップS6の処理が完了すると、本処理手順は終了する。
【0064】
[変形例]
上記実施の形態は、以下のように変形されてもよい。
【0065】
(変形例1)
フィードバック制御の制御入力としての復元力uには、式(20)に代えて式(22)が用いられてもよい。式(22)には、式(20)と同様に、第1フィードバックゲインKPおよび第2フィードバックゲインKVと、質点M1の位置P1yおよび速度V1yとが含まれている。式(22)には、さらに、質点M1の位置P1yおよび速度V1yの目標状態量としての、第1目標値P1ydおよび第2目標値V1ydが含まれている。質点M1の位置P1yの第1目標値P1yd、および質点M1の速度V1yの第2目標値V1ydは、それぞれ予め設定される。
【0066】
予め設定された第1目標値P1ydおよび第2目標値V1ydがデータ取得部80により取得された場合、式(21)に代えて、第1目標値P1ydおよび第2目標値V1ydを含む式(23)が用いられる。質点M1の位置P1yおよび速度V1が、それぞれ第1目標値P1ydおよび第2目標値V1ydに達するまで、フィードバック制御が行われる。
u=KP・(P1y-P1yd)+KV・(V1y-V1yd) ・・・(22)
【数10】
【0067】
第1目標値P1ydおよび第2目標値V1ydは、移動体10のユーザにとって違和感が抑えられ得る値として予め設定される。そのため、ユーザは移動体10で快適に移動できる。
【0068】
(変形例2)
上述の実施の形態において、移動体10として二輪車の例が用いられた。しかし、傾けられながら移動する移動体10であればよいため、移動体10は二輪車に限られない。例えば移動体10は、三輪車であってもよい。また、移動体10は、一輪車であってもよい。なお、一輪車においては操舵が行われない場合があり得る。その場合は、操舵角δfの値にゼロが代入されればよい。
【0069】
[実施の形態から得られる発明]
上記実施の形態から把握しうる発明について、以下の付記を開示する。
【0070】
(付記1)車輪(20)と車体(30)とを有する移動体(10)は、前記車体に対して前記車輪を、前記車輪が回転する車軸(50)の軸線方向(DM)に沿って平行移動させる移動機構(40)と、前記移動機構を駆動して前記車輪を前記軸線方向に沿って平行移動させる駆動装置(42)と、ロール角センサ(62)の検出信号に基づいて前記車体のロール角(φb)を取得するデータ取得部(80)と、前記ロール角に基づいて前記車輪の移動量(Pry)を算出する移動量算出部(82)と、前記駆動装置を制御して、前記移動機構に前記車輪を前記移動量だけ平行移動させる駆動制御部(84)と、を備える。これにより、移動体の傾きを抑えるための移動体の設計を柔軟に行うことができる。
【0071】
(付記2)付記1に記載の移動体であって、前記車輪である後輪(20r)と、前記後輪の前に設けられる前輪(20f)と、前記前輪を操舵する操舵装置(44、46、48)とをさらに備え、前記データ取得部は、操舵角センサ(64)の検出信号に基づいて前記前輪に対する操舵の操舵角(δf)を取得し、前記移動量算出部は、前記ロール角と前記操舵角とに基づいて、前記後輪の前記移動量を算出してもよい。これにより、操舵を考慮して移動量をより正確に算出することができる。
【0072】
(付記3)付記2に記載の移動体であって、前記データ取得部は、速度センサ(60)の検出信号に基づいて、前記移動体の移動方向(x)における前記移動体の速度(Vox)を取得し、2質点系を構成し、前記移動体の重心(G)が分解される2つの質点のうち一方の質点(M2)の位置が、前記後輪が地面に接する接点の位置であって、且つ、前記2つの質点のうち他方の質点(M1)の位置に倒立振子が位置するとした場合において、前記移動量算出部は、前記ロール角に応じた前記他方の質点の前記軸線方向における位置P1yおよび速度V1yを状態変数として前記2質点系の固有振動数ωnおよび復元力uを用いた状態方程式(14)に基づき、前記他方の質点の前記地面からの高さ(h′)と、前記移動体の質量のうち前記一方の質点に配分される質量(m2)と、前記移動体の前記質量のうち前記他方の質点に配分される質量(m1)と、前記移動体の諸元データと、前記移動方向における前記移動体の前記速度とに応じて定まる係数C1、C2、C3と、前記駆動装置がフィードバック制御でk回目に前記後輪を移動させた時の前記後輪の前記移動量Pry(k)と、k回目の前記フィードバック制御における前記操舵角δf(k)と、単位時間あたりの前記操舵角δf(k)の変化量である操舵角速度ωf(k)と、を用いた式(18)で表される前記復元力uを、前記フィードバック制御の第1フィードバックゲインKPおよび第2フィードバックゲインKVと、前記他方の質点の前記位置P1yおよび前記速度V1yとに基づく式(20)により表される前記フィードバック制御の制御入力として用いることにより得られる式(21)に基づいて、前記フィードバック制御によるk回目の前記後輪の前記移動量Pry(k)を決定してもよい。これにより、移動体が安定化する。
【0073】
(付記4)付記3に記載の移動体であって、前記他方の質点の前記位置P1yの第1目標値P1ydと、前記他方の質点の前記速度V1yの第2目標値V1ydとを取得する目標値取得部をさらに備え、前記第1目標値P1ydと前記第2目標値V1ydとが取得された場合、前記移動量算出部は、前記式(21)に代えて、前記第1目標値P1ydおよび前記第2目標値V1ydとを含む式(23)に基づいて、前記フィードバック制御によるk回目の前記後輪の前記移動量Pry(k)を決定してもよい。これにより、ユーザは移動体で快適に移動できる。
【0074】
なお、本発明は、上述した開示に限らず、本発明の要旨を逸脱することなく、種々の構成を採り得る。
【符号の説明】
【0075】
10…移動体 20…車輪
30…車体 32…フレーム
34…シート 36…スイングアーム
38…ベースプレート 40…移動機構
42…駆動装置 44…ハンドルバー
46…ヘッドパイプ 48…フロントフォーク
50…車軸 60…車輪速センサ(速度センサ)
62…慣性センサ(ロール角センサ) 64…操舵角センサ
70…制御装置 72…演算部
74…記憶部 80…データ取得部
82…移動量算出部 84…駆動制御部