(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024141672
(43)【公開日】2024-10-10
(54)【発明の名称】バクテリオファージ回収用組成物
(51)【国際特許分類】
C12N 7/02 20060101AFI20241003BHJP
【FI】
C12N7/02 ZNA
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023053458
(22)【出願日】2023-03-29
(71)【出願人】
【識別番号】000000941
【氏名又は名称】株式会社カネカ
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】道順 暢彦
(72)【発明者】
【氏名】吉田 慎一
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA98X
4B065BD14
4B065BD25
(57)【要約】
【課題】クロロホルムを使用することなく、又はクロロホルムの使用量を大幅に減じた状態で、簡便にウイルスを回収することを可能とする。
【解決手段】1-ブロモ-3-クロロプロパン(BCP)を含む、ウイルス回収用組成物を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
1-ブロモ-3-クロロプロパン(BCP)を含む、バクテリオファージ回収用組成物。
【請求項2】
バクテリオファージが感染した宿主細菌の溶菌に使用される、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
バクテリオファージを含む水溶液からの不純物除去に使用される、請求項1に記載の組成物。
【請求項4】
以下の工程a)~d)を含む、バクテリオファージの回収方法:
a)バクテリオファージ及び宿主細菌を含む水溶液において、宿主細菌を溶菌する工程;
b)a)の液を遠心分離して回収した上清にポリエチレングリコール(PEG)を添加してバクテリオファージを沈殿化する工程;
c)b)の液を遠心分離して回収したペレットにBCPを接触させる工程;
d)c)の液を遠心分離して上清を回収する工程。
【請求項5】
前記工程a)が、前記水溶液にBCPを添加することを含む、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
BCPを含む試液;及びPEG;を少なくとも含む、バクテリオファージ回収用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バクテリオファージを回収するために使用する組成物、及びウイルスの回収方法に関する。
【背景技術】
【0002】
バクテリオファージ(本明細書において「ファージ」とも称す)は、細菌のみに感染するウイルスの総称である。溶菌ファージとも呼ばれる多くのファージは、宿主である標的細菌に特異的に吸着した後、自身のDNAを注入し、細菌の翻訳機構を利用して自己増幅する。さらに、その細菌を溶菌することによって増幅したファージを拡散させ、新たな標的細菌への感染を繰り返す。そのようなファージの溶菌活性を利用して、食品の汚染、農作物、家畜等の病害等の原因となる有害細菌を防除する技術が研究されてきた。
【0003】
ファージの製造は、通常は、宿主細菌を培養しながらファージを感染させる工程と、得られた培養液からバクテリオファージを回収する工程とを含む。培養液からのファージの回収は、さらに、宿主細菌を溶菌する工程と、ファージを濃縮・精製する工程とを含む。宿主細菌の溶菌工程において、クロロホルムには、多くの細菌については、その細胞膜を破壊する性質を有する一方で、通常、ファージには悪影響を与えないことが知られるため、多くの場合、クロロホルムが使用される(例えば、非特許文献1を参照)。ファージの濃縮には、多くの場合、ポリエチレングリコール(PEG)沈殿法が使用される(例えば、非特許文献2を参照)。PEG沈殿法では、ファージは、PEGが絡まった状態で沈殿化するため、その後、PEGを除去する精製工程を要する。PEG除去の手法としては、塩化セシウム濃度勾配を用いた超遠心を用いる手法と、クロロホルム抽出法が知られる。特に、クロロホルム抽出法は、比較的簡易な精製手法として使用されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】永井利郎・山▲崎▼福容 バクテリオファージの取扱法 微生物遺伝資源利用マニュアル(42)(2019) https://www.gene.affrc.go.jp/pdf/manual/micro-42.pdf
【非特許文献2】Carroll-Portillo, A. et al., Viruses, 13:328 (2021)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記の通り、ファージの製造には、生成したファージの回収において、宿主細菌の溶菌工程と、濃縮後のファージの精製工程にクロロホルムが使用されてきた。しかし、クロロホルムは、ファージの製造を簡便に実施できるという利点を有するものの、比較的毒性の高い溶媒として知られており、その使用には法的な制限が大きい。
【0006】
本発明の目的は、クロロホルムを使用することなく、又はクロロホルムの使用量を大幅に減じた状態で、簡便にバクテリオファージを回収することを可能とする、バクテリオファージ回収用組成物を提供することにある。また、クロロホルムを使用することなく、又はクロロホルムの使用量を大幅に減じた状態で、簡便にバクテリオファージを回収する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、鋭意検討の結果、バクテリオファージの回収において有用な有機溶媒を見出し、本発明を完成させるに到った。本発明は、以下を提供するものである。
[1]1-ブロモ-3-クロロプロパン(BCP)を含む、バクテリオファージ回収用組成物。
[2]バクテリオファージが感染した宿主細菌の溶菌に使用される、[1]に記載の組成物。
[3]バクテリオファージを含む水溶液からの不純物除去に使用される、[1]又は[2]に記載の組成物。
[4]以下の工程a)~d)を含む、バクテリオファージの回収方法:
a)バクテリオファージ及び宿主細菌を含む水溶液において、宿主細菌を溶菌する工程;
b)a)の液を遠心分離して回収した上清にポリエチレングリコール(PEG)を添加してバクテリオファージを沈殿化する工程;
c)b)の液を遠心分離して回収したペレットにBCPを接触させる工程;
d)c)の液を遠心分離して上清を回収する工程。
[5]前記工程a)が、前記水溶液にBCPを添加することを含む、[4]に記載の方法。
[6]BCPを含む試液;及びPEG;を少なくとも含む、バクテリオファージ回収用キット。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、クロロホルムを使用することなく、又はクロロホルムの使用量を大幅に減じた状態で、簡便にバクテリオファージを回収することを可能とする、バクテリオファージ回収用組成物を提供することができる。本発明によれば、クロロホルムを使用することなく、又はクロロホルムの使用量を大幅に減じた状態で、簡便にバクテリオファージを回収する方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】ファージA及びファージBの各水溶液に、クロロホルム又はBCPを添加混合して遠心分離した上清(ファージ含有液)のファージの力価を示すグラフである。力価は、クロロホルム又はBCP添加前のファージ水溶液の力価を1とした相対値として示す。
【
図2】ファージB水溶液にPEG沈殿処理を行ったペレットのSMバッファー懸濁液に、クロロホルム又はBCPを添加混合して遠心分離した上清(ファージ精製液)のファージの力価を示すグラフである。力価は、PEG沈殿処理前のファージB水溶液の力価を1とした相対値として示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本明細書で使用する用語について、以下で定義する。本明細書において、濃度を示す「%」は、特に説明のない限り、「重量%」を指す。
【0011】
1.ウイルス回収用組成物
1-1.概要
本発明の第1の実施形態は、バクテリオファージ回収用組成物である。本実施形態のウイルス回収用組成物は、1-ブロモ-3-クロロプロパン(BCP)を含むことを特徴とする。本実施形態の組成物を使用することで、クロロホルムを使用することなく、又はクロロホルムの使用量を大幅に減じた状態で、簡便にウイルス回収を行うことが可能である。
【0012】
1-ブロモ-3-クロロプロパン(BCP)は、常温では液体で存在する有機溶媒であり、水には不溶であるが、メタノール、エーテル、エタノール、アセトン等の有機溶媒に可溶である。BCPは、クロロホルムと類似の強いタンパク変性作用を有し、かつ、クロロホルムより毒性が低いことから、クロロホルムと同様に、核酸(DNA、RNA)の試料からの抽出、精製に使用されている。クロロホルムは、細菌等の細胞膜を破壊する性質を有するが、ファージの溶菌活性等には大きな影響を及ぼさないことから、ファージの製造において、宿主細菌を含む培養液からのバクテリオファージの回収にも使用される。しかし、BCPについては、バクテリオファージの溶菌活性等に与える影響は知られておらず、ファージの回収への適用は報告されていない。本発明者らは、ファージの回収において、クロロホルムではなくBCPを使用することで、驚くべきことに、回収されたファージの力価が、従来のクロロホルムを用いて回収されたファージの力価よりも高くなることを見出した。すなわち、本実施形態の組成物は、従来よりも安全性の高い化合物を用いて、より効率よくファージを回収することを可能とする。
【0013】
1-2.構成成分
本実施形態の組成物は、BCPを含む。本実施形態の組成物は、BCPのみで構成されていてもよく、必要に応じて、BCPと、少なくとも1つの追加成分を含んでいてもよい。追加成分としては、例えば、フェノール、メタノール、エタノール、アセトン、エーテル、アミレン等の有機溶媒等が挙げられる。前記組成物中のBCPの濃度は、特に限定されないが、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上又は99%以上とすることができる。本実施形態の組成物は、特に記載のない限り、液体の状態である。
【0014】
1-3.バクテリオファージ回収用組成物の適用
クロロホルムを用いた従来のファージ回収方法は、例えば、以下の工程を備える。
i)ファージと宿主細菌とを共培養して、ファージを宿主細菌に感染させ、増幅させる;
ii)i)の培養液にクロロホルムを添加混合して、宿主細菌を溶菌する;
iii)ii)の液を遠心分離して上清を得る;
iv)iii)の上清にポリエチレングリコール(PEG)を添加した後、遠心分離して沈殿を得る;
v)iv)の沈殿をバッファーで懸濁した後、クロロホルムを添加混合する;
vi)v)の混合液を遠心分離して、ファージを含む上清を回収する。
ある態様では、本実施形態の組成物は、上記のii)の工程でクロロホルムに代えて使用される。他の態様では、本実施形態の組成物は、上記v)の工程でクロロホルムに代えて使用される。また他の態様では、本実施形態の組成物は、上記ii)の工程とv)の工程の両方でクロロホルムに代えて使用される。そのため、本実施形態の組成物を使用することにより、クロロホルムを使用せず、又はクロロホルムの使用量を大幅に減じた状態で、ファージを回収することが可能である。
【0015】
例えば、上記の工程ii)において、クロロホルムに代えて本実施形態の組成物を使用する場合、組成物をi)の培養液に対し、1~20%、特に5~10%で混合することが好ましい。例えば、上記の工程v)において、クロロホルムに代えて本実施形態の組成物を使用する場合、懸濁液と組成物とを、体積比で1:5~5:1、特に1:3~3:1で混合することが好ましい。
【0016】
1-4.回収対象となるバクテリオファージ
本実施形態の組成物は、ファージを回収するために使用される。回収対象となるファージは、細菌に対して溶菌活性を有するものであれば、特に制限されず、いずれのものも使用可能である。多くのファージは、細菌の特定の属又は種又は菌株に特異的である。ファージとしては、特に制限されるものではないが、例えば、以下のウイルス科のいずれかに属するファージが挙げられる:マイオウイルス科(Myoviridae)、サイフォウイルス科(Siphoviridae)、ポドウイルス科(Podoviridae)、オートグラフィウイルス科(Autographiviridae)、アッカーマンウイルス科(Ackermannviridae)、コルチコウイルス科(Corticoviridae)、シストウイルス科(Cystoviridae)、イノウイルス科(Inoviridae)、レビウイルス科(Leviviridae)、ミクロウイルス科(Microviridae)、又はテクティウイルス科(Tectiviridae)。ファージは、好ましくは、溶菌性ファージである。溶菌性ファージは、溶原性経路に入らずに、溶菌サイクルの完了によって溶菌経路をたどるものである。
【0017】
回収対象となるファージは、好ましくは、動植物の病原細菌や、環境汚染細菌等の有害細菌に対して溶菌活性を有する、有用なファージである。回収対象となるファージは、単独であってもよく、複数種の混合であってもよい。
【0018】
2.バクテリオファージの回収方法
2-1.概要
本発明の第2の実施形態は、バクテリオファージの回収方法である。本実施形態の方法は、以下の工程a)~d)を含むことを特徴とする。
a)バクテリオファージ及び宿主細菌を含む水溶液において、宿主細菌を溶菌する工程;
b)a)の液を遠心分離して回収した上清にポリエチレングリコール(PEG)を添加してバクテリオファージを沈殿化する工程;
c)b)の液を遠心分離して回収したペレットにBCPを接触させる工程;
d)c)の液を遠心分離して上清を回収する工程。
本実施形態の方法によれば、クロロホルムを使用することなく、又はクロロホルムの使用量を大幅に減じた状態で、簡易にファージを回収することが可能である。
【0019】
2-2.各工程の説明
以下、工程ごとに本実施形態の方法を説明する。
【0020】
2-2-1.工程a)溶菌工程
本実施形態の方法は、工程a)として、ファージと宿主細菌とを含む水溶液において、宿主細菌を溶菌する工程を含む。溶菌は、宿主細菌の細胞膜を破壊するが、ファージには影響を与えない条件であれば、特に限定されず、公知の手法、例えば、クロロホルム等の有機溶媒の添加、界面活性剤の添加、超音波処理等をいずれも使用できる。特に、1-ブロモ-3-クロロプロパン(BCP)含む組成物を水溶液に添加することが好ましい。ここでいう「BCPを含む組成物」は、特に矛盾のない限り、本発明の第1の実施形態の組成物とする。
【0021】
溶菌にBCPを含む組成物を用いる場合、BCPが水溶液に対し、1~20%、特に5~10%となるように混合することが好ましい。本実施形態における「バクテリオファージ(ファージ)」及び「宿主細菌」は、特に矛盾のない限り、「1-4.回収対象となるバクテリオファージ」の項に記載のファージ及び宿主細菌と同様である。
【0022】
2-2-2.工程b)PEG沈殿処理工程
本実施形態の方法は、工程b)として、工程a)の後の水溶液を遠心分離して回収した上清にPEGを添加して、ファージを沈殿化する工程を含む。遠心分離の条件は、溶菌後の細菌残渣を沈殿として除去できる条件であれば特に限定されないが、例えば、5000~10000×g、0~10℃、10分間以上とすることができる。使用するPEGの分子量は、特に限定されないが、例えば、2000~20000、特に4000~10000のものを使用することができる。PEGの添加量は、特に限定されないが、例えば、終濃度が1~20%、特に5~15%程度となる量とすることができる。PEG添加後の溶液は、よく攪拌した後、十分に沈殿が生じるよう、0~5℃の冷蔵条件下に置くことが好ましい。
【0023】
2-2-3.工程c)PEG沈殿溶解工程
本実施形態の方法は、工程c)として、工程b)の液を遠心分離して回収したペレットにBCPを接触させる工程を含む。遠心分離の条件は、ファージを十分に沈降できる条件であれば特に限定されないが、例えば、10000~20000×g、0~10℃、60分間以上の条件とすることができる。
【0024】
工程c)は、遠心分離後回収したペレットを、BCPと接触させる前に、ペレットをバッファーで懸濁することが好ましい。ここで使用されるバッファーとしては、例えば、SMバッファー(pH7~9)が挙げられる。BCPは単独で添加してもよく、BCPと他の組成物を含む組成物として添加してもよい。懸濁液とBCP又は前記組成物とは、体積比で、1:5~5:1、特に1:3~3:1となるように混合することが好ましい。
【0025】
2-2-4.工程d)回収工程
本実施形態の方法は、工程d)として、c)の液を遠心分離して上清を回収する工程を含む。遠心分離の条件は、水相と有機相とを十分に分離できる条件であれば、特に限定されないが、例えば、10000~20000×g、0~10℃、10分間以上の条件とすることができる。遠心分離後、ファージが含まれる上層(水相)を回収することで、精製されたファージ溶液を得ることができる。
【0026】
2-2-5.他の工程
本実施形態の方法は、工程a)~d)の他に追加の工程を含んでいてもよい。例えば、工程a)の前に、ファージと宿主細菌とを共培養して、ファージを宿主細菌に感染させて増殖させる工程を含んでいてもよい。培養に用いる培地及び培養条件は、培養対象となる宿主細菌の種類に応じて決定することができる。得られた培養液をそのまま、又はバッファー等で希釈して、工程a)の「バクテリオファージと宿主細菌とを含む水溶液」として使用することができる。また、本実施形態の方法は、工程d)の後に、ファージ溶液を濾過する工程を含んでいてもよい。濾過には、例えば、0.45nmメンブレンフィルター等を使用することができる。
【0027】
さらに、本実施形態の方法は、最終段階及び/又は各工程の間に溶液中のファージの力価を確認する工程を含んでいてもよい。ファージの力価の測定方法は、特に限定されないが、例えば、プラークアッセイ法(例えば、非特許文献1を参照のこと)を用いることができる。プラークアッセイ法は、宿主細菌の生育に適した寒天培地を下層、宿主細菌と目的のファージとを含む軟寒天培地を上層として積層したプレートを調製し、プレートの宿主細菌とファージとを共培養する方法である。宿主細菌が全体を覆うように生育するが、溶菌活性を有するファージの数に応じて宿主細菌の生育が見られないプラークが形成される。このプラークを計数することにより、ファージの力価を定量化することができる。
【0028】
3.バクテリオファージ回収用キット
3-1.概要
本発明の第3の実施形態は、バクテリオファージ回収用キットである。本実施形態のキットは、BCPを含む試液;及びPEG;を少なくとも含む、ことを特徴とする。本実施形態のキットによれば、クロロホルムを使用することなく、又はクロロホルムの使用量を大幅に減じた状態で、簡易にファージを回収することが可能である。本実施形態のキットは、本発明の第2の実施形態である、バクテリオファージの回収方法に適用されてもよい。
【0029】
3-2.構成
本実施形態のキットは、BCPを含む試液を含む。BCPを含む試液は、BCPからなる試液であってもよく、基本的にBCPからなる試液であってもよく(すなわち、ごく微量の不純物を含むBCPであってもよい)、BCPと少なくとも1つの追加成分からなる試液であってもよい。追加成分としては、例えば、フェノール、メタノール、エタノール、アセトン、エーテル、アミレン、イソプロパノール等の有機溶媒等が挙げられる。試液中のBCPの濃度は、特に限定されないが、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上又は99%以上とすることができる。以下、BCPを含む試液は、「BCP剤」とも称する。
【0030】
本実施形態のキットは、PEGを含む。PEGは、粉末の状態であってもよく、水又は緩衝液等の水溶液中に溶解した液体の状態で容器に収納されていてもよい。PEGは、少なくともBCP剤とは別の容器に収納される。PEGの分子量は、特に限定されないが、例えば、2000~20000、特に4000~10000のものを使用することができる。以下、PEG又はPEGを含む溶液等は、「PEG剤」とも称する。
【0031】
本実施形態のキットは、BCP剤とPEG剤の他に、ファージの回収に必要な他の構成物を含んでいてもよい。他の構成物としては、例えば、宿主細菌を培養するための培地、ファージ液又はファージペレットの希釈、懸濁等に使用するバッファー、培養液、懸濁液等を遠心分離するための遠心チューブ、回収したファージ液をさらに精製するためのメンブレンフィルター等が挙げられる。さらに、ファージ回収方法を記載した説明書が含まれていてもよい。
【0032】
3-3.バクテリオファージ回収用キットの適用
上記した通り、本実施形態のキットは、特に限定されないが、例えば、本発明の第2の実施形態である、バクテリオファージの回収方法、すなわち、以下の工程a)~d)を含む方法に適用されてもよい。
a)バクテリオファージ及び宿主細菌を含む水溶液において、宿主細菌を溶菌する工程;
b)a)の液を遠心分離して回収した上清にポリエチレングリコール(PEG)を添加してバクテリオファージを沈殿化する工程;
c)b)の液を遠心分離して回収したペレットにBCPを接触させる工程;
d)c)の液を遠心分離して上清を回収する工程。
【0033】
上記工程a)の溶菌は、ファージ及び宿主細菌を含む水溶液と、本実施形態のキットのBCP剤とを混合する工程とすることができる。この場合、BCP剤を水溶液に対し、1~20%、特に5~10%で混合することが好ましい。ここでいう「バクテリオファージ(ファージ)」及び「宿主細菌」は、特に矛盾のない限り、「1-4.回収対象となるバクテリオファージ」の項に記載のファージ及び宿主細菌と同様である。
【0034】
上記工程b)で、工程a)の液を遠心分離して回収した上清に添加するPEGとして、本実施形態のキットのPEG剤を使用することができる。PEG剤の添加量は、特に限定されないが、例えば、PEGの終濃度が1~20%、特に5~15%程度となる量とすることができる。
【0035】
上記工程c)で、工程b)の液を遠心分離して回収したペレットに、本実施形態のキットのBCP剤を接触させてもよい。より具体的には、ペレットをSMバッファー等で懸濁した懸濁液に、BCP剤を添加してもよい。上記工程a)で使用するBCP剤と上記工程c)で使用するBCP剤は、予め別の容器に分注されたものを使用してもよく(すなわち、キットのBCPを含む試液容器が少なくとも2つ存在する)、同じ容器のものを複数回使用してもよい。
【0036】
本実施形態のキットは、少なくともBCP剤とPEG剤とを含むことで、ファージの効率的な回収に必須の構成物を備えたキットを構成する。
【実施例0037】
以下に実施例を掲げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0038】
<実施例1:BCP、クロロホルム添加のファージ力価への影響の検討>
1-ブロモ-3-クロロプロパン(BCP)を添加した際にファージの力価への悪影響がないかを検討した。
(1)試料の準備
日本国内の環境中より単離したファージ2種(ファージA、ファージB)について、以下に示す手順で、これらのファージが溶菌活性を示す細菌株(MAFF No.311351, Xanthomonas arboricola pv. pruni、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構より入手)に感染させてファージを増殖させ、ファージ溶液を得た。ファージA、Bは、それぞれ、配列番号1、2に示すゲノム配列を有するファージである。
【0039】
最初に細菌株をYPG培養液に接種して、25℃に設定したシェーカーで、OD600(600nmの濁度)が1.0程度となるまで培養し(終夜培養)、菌体培養液を得た。この菌体培養液とファージ精製液(力価108PFU/mL程度に調整)を等容量で混合した混合液を、100倍容量のYPG培養液に接種し、25℃に設定したシェーカーで8~12時間程度共培養し、1012PFU/mL程度のファージ培養液を回収した。得られたファージ培養液を滅菌超純水にて103PFU/mL程度まで希釈しファージ含有液とした。
【0040】
(2)BCP、クロロホルム添加によるファージ活性への影響評価
BCPの添加がファージの活性に影響がないかを確認した。前記ファージ含有液を1mLずつ1.5mL遠心チューブに分注し、それぞれにクロロホルム、BCPをそれぞれ0.1mL(10%)加え、ボルテックスミキサーにて激しく攪拌し、8000×g/4℃/10分で遠心した後で、上層を慎重に回収し、ファージ含有液を得た。クロロホルム又はBCPを添加する前のファージ水溶液の力価を算出し、操作前後の力価比を計算した。力価の測定は、プラークアッセイ法を用いて行った。具体的には、YPG寒天培地を下層、宿主細菌とファージを所定量含む0.6%軟寒天培地を上層として積層したプレートを調製し、宿主細菌とファージとを共培養し、形成されたプラークの数をそれぞれ計数することでファージの力価を得た。クロロホルム又はBCPの添加前のファージ水溶液のプラークの数を1として、添加後のファージ液のプラークの相対数を算出した。試験は、n=3で実施した。
【0041】
結果を
図1に示す。図中の力価は、クロロホルム又はBCP添加前のファージ水溶液の力価を1とした相対値として示す。クロロホルム又はBCPを添加した水溶液について、添加前と比較して添加後の力価が上昇していたが、さらに、クロロホルムを添加した水溶液の力価と比較して、BCPを添加した水溶液の力価が高くなることが示された。これにより、ファージ水溶液にBCPを添加することで、クロロホルムよりも高い力価のファージ水溶液が得られることが示された。
【0042】
<実施例2:ファージ精製操作へのBCPの影響の検討>
ファージ精製操作時に加えたPEG6000や細菌不純物を除去するための溶媒としてBCPがクロロホルムと同等の機能を示すかを検討した。
【0043】
(1)ファージ精製操作
実施例1の方法で得られた1012PFU/mL程度のファージBの培養液を0.45μmフィルターでろ過して得られたファージ水溶液35.4gに、PEG6000 4g(最終濃度10%)、NaCl 1.6g(最終濃度4%)を加えて溶解し、4℃で一晩、転倒混和(回転)処理を行った。その後、15,000×g/4℃/60分にて遠心し、上清を除き、ペレットを得た(PEG沈殿処理)。回収したペレットを、表1に示す組成のSMバッファー(pH8.0)2mLで再懸濁し、1mLずつ15mL遠心チューブに分注した。添加したPEG6000を除去するため、各チューブにクロロホルム1mL、BCP 1mLをそれぞれ加え、ボルテックスミキサーで激しく攪拌し、氷上で6時間放置した。8000×g/4℃/10分で遠心した後、上層を慎重に回収し、ファージ精製液を得た。
【0044】
【0045】
実施例1と同様の手法で、クロロホルム又はBCPの添加前のファージに対する添加後のファージの相対的な力価を算出した。試験は、n=3で実施した。
図2に結果を示す。図中、力価は、PEG沈殿処理前のファージB水溶液の力価を1とした相対値として示す。クロロホルムを添加して精製操作を実施した条件の力価比と比較して、BCPを添加し精製操作を実施した条件の溶液の方が力価比が高くなっていた。これにより、ファージ精製操作でのPEG6000を除去の際に、溶媒としてBCPを使用可能であることが示された。