(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024141710
(43)【公開日】2024-10-10
(54)【発明の名称】原料粉、成膜方法及び成膜体
(51)【国際特許分類】
C23C 24/04 20060101AFI20241003BHJP
【FI】
C23C24/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023053502
(22)【出願日】2023-03-29
(71)【出願人】
【識別番号】000000284
【氏名又は名称】大阪瓦斯株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001818
【氏名又は名称】弁理士法人R&C
(72)【発明者】
【氏名】佐脇 航平
(72)【発明者】
【氏名】真鍋 享平
【テーマコード(参考)】
4K044
【Fターム(参考)】
4K044BA12
4K044BB11
4K044BB13
4K044BC11
4K044BC12
4K044CA23
4K044CA71
(57)【要約】
【課題】エアロゾルデポジション法による一度の成膜処理で多孔質層と緻密層とを有する膜を形成できる原料粉を提供する。
【解決手段】原料粉を搬送ガス中に分散させたエアロゾルを基材Kの処理対象面Kaに向けて噴出して、処理対象面Ka上に膜を形成する方法に用いる原料粉であって、原料粉の体積基準での粒度分布について、粒子径が0.5μm未満の範囲を第1粒子径範囲と、粒子径が0.1μm以上2.0μm未満の範囲を第2粒子径範囲と、粒子径が1.0μm以上10μm以下の範囲を第3粒子径範囲とし、各粒子径範囲における頻度の積分値を第1積分値I1、第2積分値I2及び第3積分値I3と定義した場合に、第1積分値I1、第2積分値I2及び第3積分値I3が以下の式(1)及び式(2)の関係を満たす。
I1:I2=1~50:99~50 (1)
1<(I1+I2)/I3≦5 (2)
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
原料粉を搬送ガス中に分散させたエアロゾルを基材の処理対象面に向けて噴出して、前記処理対象面上に、多孔質層と緻密層とを有する膜を形成する方法に用いる原料粉であって、
前記原料粉の体積基準での粒度分布について、粒子径が0.5μm未満の範囲を第1粒子径範囲と、粒子径が0.1μm以上2.0μm未満の範囲を第2粒子径範囲と、粒子径が1.0μm以上10μm以下の範囲を第3粒子径範囲とし、各粒子径範囲における頻度の積分値を第1積分値I1、第2積分値I2及び第3積分値I3と定義した場合に、前記第1積分値I1、前記第2積分値I2及び前記第3積分値I3が以下の式(1)及び式(2)の関係を満たす原料粉。
I1:I2=1~50:99~50 (1)
1<(I1+I2)/I3≦5 (2)
【請求項2】
原料粉を搬送ガス中に分散させたエアロゾルをノズルから基材の処理対象面に向けて噴出して、前記処理対象面上に、多孔質層と緻密層とを有する膜を形成する成膜方法であって、
前記原料粉は、体積基準での粒度分布について、粒子径が0.5μm未満の範囲を第1粒子径範囲と、粒子径が0.1μm以上2.0μm未満の範囲を第2粒子径範囲と、粒子径が1.0μm以上10μm以下の範囲を第3粒子径範囲とし、各粒子径範囲における頻度の積分値を第1積分値I1、第2積分値I2及び第3積分値I3と定義した場合に、前記第1積分値I1、前記第2積分値I2及び前記第3積分値I3が以下の式(1)及び式(2)の関係を満たし、
前記基材の処理対象面における任意の位置が所定の移動経路を通るように前記基材と前記ノズルとを相対移動させる成膜方法。
I1:I2=1~50:99~50 (1)
1<(I1+I2)/I3≦5 (2)
【請求項3】
前記第1粒子径範囲の粒子による多孔質体の形成と、前記第2粒子径範囲の粒子による緻密体の形成と、前記第3粒子径範囲の粒子による前記多孔質体及び前記緻密体の削り取りとの組み合わせによって、前記処理対象面上に膜を形成する請求項2に記載の成膜方法。
【請求項4】
前記移動経路の調整によって前記処理対象面上に多孔質層と緻密層とが積層された前記膜を形成する請求項2に記載の成膜方法。
【請求項5】
走査回数の調整によって前記多孔質層と前記緻密層との繰り返し回数を変更する請求項4に記載の成膜方法。
【請求項6】
前記移動経路は、前記処理対象面と平行な第1方向に沿った第1経路と、当該第1方向と直交し、前記処理対象面と平行な第2方向に沿った第2経路との組み合わせからなり、
前記ノズルから噴出されたエアロゾルの噴出方向と直交する断面領域を、
前記ノズルの軸心の延長線上の位置を中心とし、前記第1粒子径範囲、前記第2粒子径範囲及び前記第3粒子径範囲の粒子が含まれる第1衝突領域と、
前記第1衝突領域を取り囲み、含まれる粒子が前記第1粒子径範囲の粒子及び第2粒子径範囲の粒子よりも前記第3粒子径範囲の粒子の方が少ない第2衝突領域と、
前記第2衝突領域を取り囲み、含まれる粒子が前記第1粒子径範囲の粒子よりも前記第2粒子径範囲の粒子及び前記第3粒子径範囲の粒子の方が少ない第3衝突領域と、に分割した場合に、
前記移動経路における前記第1経路のピッチ幅は、前記第1衝突領域、前記第2衝突領域及び前記第3衝突領域の前記第2方向における幅よりも小さい請求項2に記載の成膜方法。
【請求項7】
前記第1粒子径範囲は、粒子径が10nm以上300nm未満の範囲である請求項2に記載の成膜方法。
【請求項8】
前記第2粒子径範囲は、粒子径が0.3μm以上1.5μm未満の範囲である請求項2に記載の成膜方法。
【請求項9】
前記第3粒子径範囲は、粒子径が1.5μm以上7μm以下の範囲である請求項2に記載の成膜方法。
【請求項10】
前記原料粉中の粒子は、比重が1g/cm3以上10g/cm3以下の無機材料である請求項2に記載の成膜方法。
【請求項11】
請求項2~10のいずれか一項に記載の成膜方法によって得られる成膜体。
【請求項12】
前記多孔質層の緻密度が85%以上96%以下であり、
前記緻密層の緻密度が96%を超える請求項11に記載の成膜体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原料粉、成膜方法及び成膜体に関する。
【背景技術】
【0002】
焼結のような高温での熱処理を経ることなく、セラミックス膜を基材上に形成する方法として、エアロゾルデポジション法(AD法)と呼ばれる手法が知られている。このAD法は、膜の材料となる粒子からなる原料粉を、ノズルから音速程度で基材に向けて噴射し、原料粉が基材に衝突する際のエネルギーによって粒子を破砕、変形させることで、基材上に緻密な膜を形成する手法である。
【0003】
近年、AD法と他の手法とを組み合わせることにより、質の異なる2つの層を形成し、特有の機能性を持たせた膜を成膜する技術の開発が進められている。例えば、特許文献1には、良好な遮熱性、耐熱衝撃性及び酸素バリア性を有し、層間の界面乖離が抑制されたセラミックス積層体が開示されている。
【0004】
特許文献1記載のセラミックス積層体は、第1のセラミックス膜の上に、当該第1のセラミックス膜よりも相対密度が高い第2のセラミックス膜が積層された構造を有している。このセラミックス積層体は、第1のセラミックス膜がプラズマ溶射法又は電子ビーム蒸着法により成膜され、第2のセラミックス膜がエアロゾルデポジション法により成膜されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、上記のように、特許文献1では、AD法とプラズマ溶射法又は電子ビーム蒸着法とを組み合わせて第1及び第2セラミックス膜を有する積層体を形成している。つまり、特許文献1記載の方法では、質の異なる2つの層を有した膜を形成するために、少なくともAD法による成膜工程と、プラズマ溶射法又は電子ビーム蒸着法による成膜工程との2つの工程が必要であり、成膜時における煩雑な作業が避けられず、成膜に要する作業時間も長くなる。このように、特許文献1記載の方法は、質の異なる2つの層を有する膜の形成手法として、改良の余地がある。
【0007】
本発明は以上の実情に鑑みなされたものであり、エアロゾルデポジション法による一度の成膜処理で多孔質層と緻密層とを有する膜を形成できる成膜粉及び成膜方法、並びに当該成膜方法で成膜した成膜体の提供を、その目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するための本発明に係る原料粉の特徴構成は、
原料粉を搬送ガス中に分散させたエアロゾルを基材の処理対象面に向けて噴出して、前記処理対象面上に、多孔質層と緻密層とを有する膜を形成する方法に用いる原料粉であって、
前記原料粉の体積基準での粒度分布について、粒子径が0.5μm未満の範囲を第1粒子径範囲と、粒子径が0.1μm以上2.0μm未満の範囲を第2粒子径範囲と、粒子径が1.0μm以上10μm以下の範囲を第3粒子径範囲とし、各粒子径範囲における頻度の積分値を第1積分値I1、第2積分値I2及び第3積分値I3と定義した場合に、前記第1積分値I1、前記第2積分値I2及び前記第3積分値I3が以下の式(1)及び式(2)の関係を満たす点にある。
I1:I2=1~50:99~50 (1)
1<(I1+I2)/I3≦5 (2)
【0009】
本願発明者は、鋭意研究を重ねた結果、原料粉を搬送ガス中に分散させたエアロゾルを基材の処理対象面に向けて噴出して処理対象面上に膜を形成する方法(エアロゾルデポジション法)を行う際に、上記原料粉を用いることにより、第1粒子径範囲の粒子、第2粒子径範囲の粒子及び第3粒子径範囲の粒子によって多孔質体の形成や緻密体の形成、多孔質体や緻密体の削り取りが起こり、多孔質層と緻密層という質の異なる2つの層を有した膜を形成できることを発見し、本発明を完成させた。
つまり、上記特徴構成によれば、上記原料粉を用いたエアロゾルデポジション法による一度の成膜処理を行うだけで、他の方法を併用することなく、多孔質層と緻密層という質の異なる2つの層を有した膜を形成できる。
なお、本願において、「原料粉の体積基準での粒度分布」は、マイクロトラックベル製のMT3300で測定したものとする。
【0010】
上記目的を達成するための本発明に成膜方法の特徴構成は、
原料粉を搬送ガス中に分散させたエアロゾルをノズルから基材の処理対象面に向けて噴出して、前記処理対象面上に、多孔質層と緻密層とを有する膜を形成する成膜方法であって、
前記原料粉は、体積基準での粒度分布について、粒子径が0.5μm未満の範囲を第1粒子径範囲と、粒子径が0.1μm以上2.0μm未満の範囲を第2粒子径範囲と、粒子径が1.0μm以上10μm以下の範囲を第3粒子径範囲とし、各粒子径範囲における頻度の積分値を第1積分値I1、第2積分値I2及び第3積分値I3と定義した場合に、前記第1積分値I1、前記第2積分値I2及び前記第3積分値I3が以下の式(1)及び式(2)の関係を満たし、
前記基材の処理対象面における任意の位置が所定の移動経路を通るように前記基材と前記ノズルとを相対移動させる点にある。
I1:I2=1~50:99~50 (1)
1<(I1+I2)/I3≦5 (2)
【0011】
上記特徴構成によれば、原料粉は、体積基準での粒度分布について、第1粒子径範囲の第1積分値I1、第2粒子径範囲の第2積分値I2及び第3粒子径範囲の第3積分値I3が上記式(1)及び式(2)の関係を満たしている。これにより、基材の処理対象面における任意の位置が所定の移動経路を通るように基材とノズルとを相対移動させた際に、第1粒子径範囲の粒子、第2粒子径範囲の粒子及び第3粒子径範囲の粒子によって多孔質体の形成や緻密体の形成、多孔質体や緻密体の削り取りが起こり、多孔質層と緻密層という質の異なる2つの層を有した膜を形成できる。
つまり、上記特徴構成によれば、エアロゾルデポジション法による一度の成膜処理を行うだけで、他の方法を併用することなく、多孔質層と緻密層という質の異なる2つの層を有した膜を形成できる。
【0012】
本発明に係る成膜方法の更なる特徴構成は、
前記第1粒子径範囲の粒子による多孔質体の形成と、前記第2粒子径範囲の粒子による緻密体の形成と、前記第3粒子径範囲の粒子による前記多孔質体及び前記緻密体の削り取りとの組み合わせによって、前記処理対象面上に膜を形成する点にある。
【0013】
上記特徴構成によれば、多孔質体の形成、緻密体の形成並びに多孔質体及び緻密体の削り取りとを組み合わせて、多孔質層と緻密層とを有した膜を好適に形成できる。
【0014】
本発明に係る成膜方法の更なる特徴構成は、
前記移動経路の調整によって前記処理対象面上に多孔質層と緻密層とが積層された前記膜を形成する点にある。
【0015】
上記特徴構成によれば、移動経路の調整という比較的簡単な操作を行うだけで、エアロゾルデポジション法による一度の成膜処理を行い、他の方法を併用することなく、多孔質層と緻密層とが積層された膜を得ることができる。
【0016】
本発明に係る成膜方法の更なる特徴構成は、
走査回数の調整によって前記多孔質層と前記緻密層との繰り返し回数を変更する点にある。
【0017】
上記特徴構成によれば、走査回数の調整という比較的簡単な操作を行うだけで、エアロゾルデポジション法による一度の成膜処理を行い、他の方法を併用することなく、多孔質層と緻密層との繰り返し回数が任意の回数である膜を形成できる。なお、走査回数とは、処理対象面の任意の位置が所定の移動経路を通る回数を意味する。
【0018】
本発明に係る成膜方法の更なる特徴構成は、
前記移動経路は、前記処理対象面と平行な第1方向に沿った第1経路と、当該第1方向と直交し、前記処理対象面と平行な第2方向に沿った第2経路との組み合わせからなり、
前記ノズルから噴出されたエアロゾルの噴出方向と直交する断面領域を、
前記ノズルの軸心の延長線上の位置を中心とし、前記第1粒子径範囲、前記第2粒子径範囲及び前記第3粒子径範囲の粒子が含まれる第1衝突領域と、
前記第1衝突領域を取り囲み、含まれる粒子が前記第1粒子径範囲の粒子及び第2粒子径範囲の粒子よりも前記第3粒子径範囲の粒子の方が少ない第2衝突領域と、
前記第2衝突領域を取り囲み、含まれる粒子が前記第1粒子径範囲の粒子よりも前記第2粒子径範囲の粒子及び前記第3粒子径範囲の粒子の方が少ない第3衝突領域と、に分割した場合に、
前記移動経路における前記第1経路のピッチ幅は、前記第1衝突領域、前記第2衝突領域及び前記第3衝突領域の前記第2方向における幅よりも小さい点にある。
【0019】
例えば、処理対象面の任意の位置が、第1衝突領域を通過した後、第2衝突領域を通過することなく、第3衝突領域を通過するような場合には、原料粉の粒度分布によっては、第3衝突領域で緻密層が形成されず、多孔質層と緻密層とを有する膜が形成されない虞がある。しかしながら、上記特徴構成によれば、移動経路における第1経路のピッチ幅が、各衝突領域の第2方向における幅よりも小さいことで、基材の処理対象面における任意の位置が所定の移動経路を通るように基材とノズルとを相対移動させた際に、処理対象面の任意の位置が第1衝突領域を通過した後、第2衝突領域を通過することなく、第3衝突領域に通過するような事態が避けられる。これにより、多孔質層と緻密層とを有した膜を処理対象面に好適に形成できる。
【0020】
本発明に係る成膜方法の更なる特徴構成は、
前記第1粒子径範囲は、粒子径が10nm以上300nm未満の範囲である点にある。
【0021】
上記特徴構成によれば、多孔質体の形成、緻密体の形成並びに多孔質体及び緻密体の削り取りとを組み合わせて、多孔質層と緻密層とを有した膜をより好適に形成できる。
【0022】
本発明に係る成膜方法の更なる特徴構成は、
前記第2粒子径範囲は、粒子径が0.3μm以上1.5μm未満の範囲である点にある。
【0023】
上記特徴構成によれば、多孔質体の形成、緻密体の形成並びに多孔質体及び緻密体の削り取りとを組み合わせて、多孔質層と緻密層とを有した膜をより好適に形成できる。
【0024】
本発明に係る成膜方法の更なる特徴構成は、
前記第3粒子径範囲は、粒子径が1.5μm以上7μm以下の範囲である点にある。
【0025】
上記特徴構成によれば、多孔質体の形成、緻密体の形成並びに多孔質体及び緻密体の削り取りとを組み合わせて、多孔質層と緻密層とを有した膜をより好適に形成できる。
【0026】
本発明に係る成膜方法の更なる特徴構成は、
前記原料粉中の粒子は、密度が1g/cm3以上10g/cm3以下の無機材料である点にある。
【0027】
上記特徴構成によれば、体積基準での粒度分布について上記のような特徴構成を備えた原料粉を用いた際に、多孔質体の形成、緻密体の形成並びに多孔質体及び緻密体の削り取りが起こり易い。したがって、上記特徴構成によれば、多孔質層と緻密層とを有した膜をより好適に形成できる。
【0028】
上記目的を達成するための本発明に係る成膜体の特徴構成は、
上記成膜方法によって得られる成膜体である点にある。
【0029】
上記特徴構成によれば、成膜体は、多孔質層と緻密層という質の異なる2つの層を有したものとなる。
【0030】
本発明に係る成膜体の更なる特徴構成は、
前記多孔質層の緻密度が85%以上96%以下であり、
前記緻密層の緻密度が96%を超える点にある。
【0031】
上記特徴構成によれば、緻密度の異なる2つの層を有したものとなる。これにより、例えば、多孔質層が遮熱性や耐熱衝撃性を担い、緻密層が酸素バリア性を担うことで、成膜体は、良好な遮熱性、耐熱衝撃性及び酸素バリア性を備えたものとなる。
【発明の効果】
【0032】
以上のように、本発明に係る原料粉、成膜方法及び成膜体によれば、エアロゾルデポジション法による一度の成膜処理で多孔質層と緻密層とを有する膜の形成が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【
図1】本実施形態に係る成膜方法に用いる成膜装置の概略構成を示す図である。
【
図2】エアロゾル中の粒子の粒子径による広がり方の違いを説明するための図である。
【
図3】エアロゾル中の粒子が衝突する際の噴出方向と直交する断面領域を示す図である。
【
図5】第1通過領域での成膜メカニズムを説明するための図である。
【
図6】第2通過領域での成膜メカニズムを説明するための図である。
【
図7】第3通過領域での成膜メカニズムを説明するための図である。
【
図8】成膜方法の実施により形成される膜を示す図である。
【
図9】実施例の方法で作製した膜の断面SEM画像である。
【
図10】別実施形態に係る成膜方法での移動経路を示す図である。
【
図11】別実施形態に係る成膜方法で膜を形成した基材を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、図面を参照して一実施形態に係る原料粉、成膜方法及び成膜体について説明する。なお、以下の説明において、上下とは、図面における上側、下側をいうものとする。
【0035】
〔成膜装置〕
まず、本実施形態に係る成膜方法に用いる成膜装置1について説明する。
【0036】
図1は、成膜装置1の概略構成を示す図である。
図1に示すように、成膜装置1は、原料粉を搬送ガス中に分散させたエアロゾルをノズルから基材Kの処理対象面Kaに向けて噴出して、基材Kの処理対象面Kaの上に膜を形成する装置である。つまり、成膜装置1は、エアロゾルデポジション法によって基材Kの処理対象面Kaの上に膜を形成する装置である。また、成膜装置1は、基材Kの処理対象面Kaにおける任意の位置が所定の移動経路Rを通るように、基材Kの処理対象面Kaの上に膜を形成するように構成されている。
【0037】
本実施形態において、成膜装置1は、内部に基材Kが配設される処理室2と、成膜処理の対象である基材Kを保持する保持部4と、保持部4を移動可能に構成された移動機構3と、噴出端5aからエアロゾルを噴出するエアロゾル搬送管5と、成膜用原料粉をガスに分散させたエアロゾルを発生させるエアロゾル発生部15と、成膜用原料粉をエアロゾル発生部15に送給する原料粉供給機構16と、搬送ガスをエアロゾル発生部15に送給する搬送ガス送給機構18と、移動機構3や原料粉供給機構16、搬送ガス送給機構18の動作を制御する制御装置30を備えている。本実施形態では、エアロゾル搬送管5が「ノズル」に相当する。
【0038】
処理室2は、気密状の筐体で構成されており、上端面に開口2aが形成されている。また、処理室2の内部には、保持部4やエアロゾル搬送管5が配設されている。処理室2の開口2aには、排気設備としてのメカニカルブースターポンプ6及び真空ポンプ7が排気管S1によって接続されている。処理室2内は、メカニカルブースターポンプ6及び真空ポンプ7によって気体が排出されることで所定圧力(例えば、1000Pa程度)以下に減圧される。
【0039】
保持部4は、処理対象面Kaが水平面と平行となるように当該処理対象面Kaを下側に向けて基材Kを保持可能に構成されている。基材Kを保持する手法としては、真空吸着を利用する手法や、クーロン力を利用する手法などの既知の手法を用いることができる。
【0040】
移動機構3は、ステッピングモータやボールねじなどからなる水平駆動機構(図示せず)及び油圧シリンダなどからなる昇降駆動機構(図示せず)によって構成されている。移動機構3は、水平駆動機構によって保持部4を水平2方向に移動させ、昇降駆動機構によって保持部を垂直方向に移動させる機構である。移動機構3は、その動作が制御装置30によって制御される。本実施形態では、移動機構3によって保持部4を水平2方向に適宜移動させることで、基材Kとエアロゾル搬送管5とを相対移動させる。つまり、本実施形態では、基材Kの中心Oが所定の移動経路R(
図4参照)を通るように、移動機構3による保持部4の水平2方向に適宜移動させる。本実施形態において、水平2方向のうち、
図1の紙面と平行な方向をX方向、X方向と直交する方向をY方向とする。なお、本実施形態において、X方向が「第1方向」、Y方向が「第2方向」に相当する。
【0041】
エアロゾル搬送管5は、円筒状の直管部材であり、噴出端5aの断面形状が円形である。また、エアロゾル搬送管5は、噴出端5aが保持部4と対向するように処理室2内に配設されている。エアロゾル搬送管5における噴出端5aと反対の端部はエアロゾル発生部15に接続されている。このエアロゾル搬送管5によれば、噴出端5aから基材Kの処理対象面Kaに向けてエアロゾルが噴射される。
【0042】
エアロゾル発生部15は、上記のように、成膜用原料粉をガスに分散させたエアロゾルを発生させるように構成されている。エアロゾル発生部15には、エアロゾル搬送管5、並びに、後述する原料供給管S2及び搬送ガス送給管S3が接続されている。エアロゾル発生部15では、原料粉供給機構16によって一定速度で供給される成膜用原料粉と、搬送ガス送給機構18によって送給される搬送ガスとを混合したエアロゾルが発生する。発生したエアロゾルは、エアロゾル搬送管5に送給される。
【0043】
原料粉供給機構16は、原料粉供給部17や原料供給管S2などで構成される。原料粉供給部17には、原料粉が貯留されている。原料粉は、原料供給管S2を通してエアロゾル発生部15に供給される。なお、原料粉の詳細については後述する。
【0044】
搬送ガス送給機構18は、ガス供給部19や搬送ガス圧力制御部20、搬送ガス流量制御部21、搬送ガス送給管S3などで構成されている。
【0045】
ガス供給部19には、搬送ガス送給管S3が接続されている。ガス供給部19は、空気やN2、He、Arなどの搬送ガスをコンプレッサーやガスボンベによって搬送ガス送給管S3に供給するように構成されている。
【0046】
搬送ガス送給管S3は、ガス供給部19から供給される搬送ガスをエアロゾル発生部15まで送給するためのものである。本実施形態において、ガス供給部19から送出された搬送ガスは、搬送ガス圧力制御部20、搬送ガス流量制御部21を順に経由してエアロゾル発生部15まで送給される。つまり、搬送ガス送給管S3は、ガス供給部19、搬送ガス圧力制御部20、搬送ガス流量制御部21及びエアロゾル発生部15の間を繋ぐ複数の配管によって構成されている。搬送ガス送給管S3における搬送ガス流量制御部21とエアロゾル発生部15との間には、搬送ガス送給管S3内の圧力を検出する圧力センサ22が設けられている。
【0047】
搬送ガス圧力制御部20は、搬送ガス送給管S3内を流通する搬送ガスを適正圧力に静定するものである。搬送ガス流量制御部21は、搬送ガス送給管S3内を流通する搬送ガスの流量を制御するものである。搬送ガス圧力制御部20及び搬送ガス流量制御部21は、圧力センサ22により検出される圧力などを基に、制御装置30によって動作が制御される。
【0048】
制御装置30は、移動機構3、原料粉供給機構16及び搬送ガス送給機構18の動作を制御する。例えば、制御装置30は、各種機能部(図示せず)に対応するプログラムを記憶するHDDや不揮発性RAMなどのメモリ(図示せず)や、当該プログラムを実行するCPU(図示せず)を備えている。
【0049】
本実施形態において、制御装置30は、保持部4の移動によって移動経路Rが所望の経路となるように、移動機構3の動作を制御する。なお、移動経路Rは、処理対象面Kaの上に形成する膜に求められる状態に応じて適宜設定される。
【0050】
本実施形態では、処理対象面Kaに多孔質層M2と緻密層M1とが交互に積層された膜M(
図8参照)が形成されるように、移動経路Rを設定する。具体的には、
図4に示すように、第1方向D1と平行な方向に沿った第1経路R1と、第2方向D2と平行な方向に沿った第2経路R2とを組み合わせてなり、第1経路R1のピッチ幅Wが、後述する第1衝突領域41、第2衝突領域42及び第3衝突領域43の第2方向D2における幅W1,W2,W3よりも小さい移動経路Rを設定する。なお、
図4では、処理対象面Kaと直交する方向視における基材Kの中心Oが通る経路を移動経路Rとして示した。
【0051】
〔原料粉〕
次に、本実施形態に係る原料粉について説明する。原料粉は、搬送ガス中に分散させたエアロゾルを基材Kの処理対象面Kaに向けて噴出して、処理対象面Ka上に膜を形成するために用いるものである。
【0052】
原料粉は、密度が1g/cm3以上10g/cm3以下の無機材料からなる粒子で構成される。このような粒子としては、例えば、ジルコニアにイットリウムやカルシウム、マグネシウム、ハフニウムなどを含有する安定化ジルコニアの粒子の他、アルミノケイ酸塩の粒子を例示できる。なお、本実施形態では、イットリウム安定化ジルコニアの粒子を原料粉として用いる。
【0053】
また、原料粉は、体積基準での粒度分布について、粒子径の違いによって以下の3つの範囲とした場合、各範囲における頻度の積分値が所定の関係を満たすものである。
【0054】
具体的に、原料粉は、体積基準での粒度分布について、粒子径が0.5μm未満の範囲を第1粒子径範囲、粒子径が0.1μm以上2.0μm未満の範囲を第2粒子径範囲、粒子径が1.0μm以上10μm以下を第3粒子径範囲とし、各粒子径範囲の積分値を第1積分値I1、第2積分値I2及び第3積分値I3とする。つまり、第1積分値I1は第1粒子径範囲、第2積分値I2は第2粒子径範囲、第3積分値I3は第3粒子径範囲の積分値である。
【0055】
そして、原料粉は、第1積分値I1、第2積分値I2及び第3積分値I3が以下の式(1)及び式(2)の関係を満たすものである。
I1:I2=1~50:99~50 (1)
1<(I1+I2)/I3≦5 (2)
【0056】
なお、第1粒子径範囲は、粒子径が10nm以上300nm未満の範囲であると好ましい。また、第2粒子径範囲は、粒子径が0.3μm以上1.5μm未満の範囲であると好ましい。更に、第3粒子径範囲は、粒子径が1.5μm以上7μm以下の範囲であると好ましい。
【0057】
次に、このような原料粉を用いた場合における、噴出端5aから噴出されるエアロゾル中の粒子の粒子径による広がり方の違い、及び、噴出端5aから噴出されたエアロゾル中の原料粉が衝突する際の噴射方向と直交する断面領域について、
図2及び
図3を参照しつつ説明する。
図2は、エアロゾル中の粒子の粒子径による広がり方の違いを説明するための図である。
図3は、エアロゾル中の粒子が衝突する際の噴出方向と直交する断面領域を示す図である。
【0058】
噴出端5aから噴出されるエアロゾル中の粒子は、その粒子径の違いにより噴出方向と直交する面での広がり方に違いが生じる。具体的に、噴出端5aから噴出された搬送ガスは、噴出方向と直交する面内において、エアロゾル搬送管5の軸心から離れる方向に広がる。そのため、粒子径の大きい粒子は、慣性力により噴出口から直進的に進み易いのに対し、粒子径が小さい粒子は、ガス流束の影響を大きく受けてエアロゾル搬送管5の軸心から離れる方向に広がる。本実施形態では、エアロゾル搬送管5の噴出端5aの断面形状が円形である。そのため、噴出端5aから噴出された搬送ガスは、エアロゾル搬送管5の軸心から半径方向に広がり、粒子径が小さい粒子ほど、エアロゾル搬送管5の軸心から半径方向に広がり易い。
【0059】
本実施形態では、第1粒子径範囲の粒子P1が広がる範囲を第1範囲H1、第2粒子径範囲の粒子P2の広がる範囲を第2範囲H2、第3粒子径範囲の粒子P3の広がる範囲を第3範囲H3とすると、
図2に示すように、第1範囲H1、第2範囲H2、第3範囲H3の順に広がりが小さくなる。
【0060】
そうすると、本実施形態において、噴出端5aから噴出されたエアロゾルの噴出方向と直交する断面領域は、
図3に示すように、第1範囲H1、第2範囲H2及び第3範囲H3に対応する第1衝突領域41と、第1範囲H1及び第2範囲H2に対応する第2衝突領域42と、第1範囲H1のみに対応する第3衝突領域43とに分割できる。
【0061】
具体的に、第1衝突領域41は、第1粒子径範囲の粒子P1、第2粒子径範囲の粒子P2及び第3粒子径範囲の粒子P3が衝突する領域であって、エアロゾル搬送管5の軸心の延長線上の位置を中心とする円形の領域である。なお、第1衝突領域41の直径は、第2方向D2における幅W1に相当する。
【0062】
第2衝突領域42は、含まれる粒子が第1粒子径範囲の粒子P1及び第2粒子径範囲の粒子P2よりも第3粒子径範囲の粒子P3の方が少ない領域であって、第1衝突領域41を取り囲む円環状の領域である。なお、第2衝突領域42の環の幅(第1衝突領域41との境界から第3衝突領域43との境界まで長さ)は、第2方向D2における幅W2に相当する。
【0063】
第3衝突領域43は、含まれる粒子が第1粒子径範囲の粒子P1よりも第2粒子径範囲の粒子P2及び第3粒子径範囲の粒子P3の方が少ない領域であって、第2衝突領域42を取り囲む円環状の領域である。なお、第3衝突領域43の環の幅は、第2方向D2における幅W3に相当する。
【0064】
〔成膜方法〕
次に、本実施形態に係る成膜方法について
図4~
図8を参照しつつ説明する。
図4は、成膜時の移動経路Rを示す図である。
図5は、第1通過領域51での成膜メカニズムを説明するための図である。
図6は、第2通過領域52での成膜メカニズムを説明するための図である。
図7は、第3通過領域53での成膜メカニズムを説明するための図である。
図8は、成膜方法の実施により形成される膜Mを示す図である。
【0065】
本実施形態に係る成膜方法は、上記成膜装置1及び上記原料粉を用いて、基材の処理対象面における任意の位置が所定の移動経路を通るように基材Kとエアロゾル搬送管5とを相対移動させて、基材Kの処理対象面K1の上に多孔質層M2と緻密層M1とが交互に積層されてなる膜Mを形成する方法である。
【0066】
具体的に、本実施形態の成膜方法では、まず、搬送ガス圧力制御部20及び搬送ガス流量制御部21によって搬送ガス送給管S3内に流通する搬送ガスの流量や圧力を調整しながらガス供給部19からエアロゾル発生部15へと搬送ガスを送給する。エアロゾル発生部15では、送給された搬送ガスと原料粉供給部17から供給される原料粉とが混合したエアロゾルが発生する。発生したエアロゾルは、エアロゾル搬送管5に送給される。
【0067】
エアロゾル搬送管5に送給されたエアロゾルは、噴出端5aから噴出される。この状態で、制御装置30によって移動機構3の動作を制御し、基材Kの中心Oが
図5に示す移動経路Rを通るように、基材K(保持部4)を移動させる。すなわち、第1経路R1を通るためのX方向の基材Kの移動と、第2経路R2を通るためのY方向への基材Kの移動とを繰り返し行う。なお、Y方向への基材Kの移動は、Y方向への移動前に通った第1経路R1とY方向への移動後に通る第1経路R1との幅(ピッチ幅W)が第1衝突領域41、第2衝突領域42及び第3衝突領域43の第2方向D2における幅W1,W2,W3よりも小さくなるような移動である。本実施形態では、各第1経路R1間のピッチ幅Wが一定の値となるようにY方向への基材Kの移動を行うものとする。
【0068】
そして、基材Kの中心Oが移動経路Rを通るように基材Kを移動させると、基材Kの中心Oは、まず、第3衝突領域43のみを通過する第1通過領域51の中を通る。ついで、基材Kの中心Oは、第3衝突領域43、第2衝突領域42、第3衝突領域43の順で通過する第2通過領域52の中を通る。その後、基材Kの中心Oは、第3衝突領域43、第2衝突領域42、第1衝突領域41、第2衝突領域42、第3衝突領域43の順で通過する第3通過領域53の中を通る。しかる後、基材Kの中心Oは、第2通過領域52の中を通ってから第1通過領域51の中を通る。なお、本実施形態では、基材Kの中心Oが移動経路Rを通るように基材Kを移動させると、基材Kの処理対象面Kaにどの位置も、第1通過領域51、第2通過領域52、第3通過領域53、第2通過領域52、第1通過領域51の順に各通過領域51,52,53の中を通るように移動経路Rを設定している。
【0069】
ここで、ある対象物の特定の位置が第1通過領域51、第2通過領域52及び第3通過領域53を通る場合を例にとって、当該第1通過領域51、第2通過領域52及び第3通過領域53での成膜メカニズムについて、
図5~
図7を参照しつつ説明する。なお、
図5~
図7における符号Gは、特定の一地点における粒子P1,P2,P3が衝突する下地である。
【0070】
まず、原料粉中の粒子の粒子径と成膜時の役割との関係について説明する。粒子径の小さい粒子は、基材Kに衝突する際の運動エネルギーが小さくなるため、主に多孔質体の形成に関与する。一方で、粒子径が一定以上の大きさである粒子は、衝突する際の運動エネルギーが大きすぎるため、主に多孔質体、緻密体の削り取り(ブラスト)に関与する。粒子径が適度な粒子は、衝突時の運動エネルギーが適度なものとなるため、主に緻密体の形成に関与する。
【0071】
本実施形態では、第1粒子径範囲の粒子P1が主に多孔質体の膜の形成に関与し、第2粒子径範囲の粒子P2が主に緻密膜の形成に関与し、第3粒子径範囲の粒子P3が主に多孔質体及び緻密体の削り取りに関与する。
【0072】
第1通過領域51では、特定の位置が第3衝突領域43のみを通過する。そうすると、
図5に示すように、第3衝突領域43を通過する間、下地Gに対して主に第1粒子径範囲の粒子P1が衝突し、粒子P1からなる多孔質体が付着、堆積する。これにより、第1通過領域51では、下地Gの上に多孔質な層が形成される。
【0073】
第2通過領域52では、特定の位置が第3衝突領域43、第2衝突領域42、第3衝突領域43の順に通過する。そうすると、
図6に示すように、第3衝突領域43を通過する間、下地Gに対して主に第1粒子径範囲の粒子P1が衝突し、粒子P1からなる多孔質体が付着、堆積する。ついで、第2衝突領域42を通過する間、主に第1粒子径範囲の粒子P1及び第2粒子径範囲の粒子P2が衝突し、粒子P1からなる多孔質体、粒子P2からなる緻密体が付着、堆積する。そして、第3衝突領域43を再度通過する間に、主に第1粒子径範囲の粒子P1が衝突し、多孔質体が付着、堆積する。このようにして、第2通過領域52では、多孔質体と緻密体とが混在する層が下地Gの上に形成される。
【0074】
第2通過領域52で形成される層の状態は、第1粒子径範囲の粒子P1と第2粒子径範囲の粒子P2との割合によって変化させることができる。つまり、第1粒子径範囲の粒子P1の割合を多くすれば多孔質な層が形成され、逆に、第2粒子径範囲の粒子P2の割合を多くすれば緻密な層が形成される。なお、
図2に示すように、第1粒子径範囲の粒子P1の方がより広範囲に広がる。そのため、第1粒子径範囲の粒子P1は、基材Kに衝突する単位面積当たりの量が少なくなり易い。したがって、第2衝突領域42を通過する間に衝突する粒子の単位面積当たりの量は、第1粒子径範囲の粒子P1の割合を極端に高くしない限り、第1粒子径範囲の粒子P1よりも第2粒子径範囲の粒子P2の方が多くなり、形成される層の緻密度が高くなり易い。本実施形態では、第2粒子径範囲の粒子P2の割合を多くして、第2通過領域52で緻密な層を形成するものとする。
【0075】
第3通過領域53では、特定の位置が第3衝突領域43、第2衝突領域42、第1衝突領域41、第2衝突領域42、第3衝突領域43の順に通過する。そうすると、
図7に示すように、第3衝突領域43を通過する間、下地Gに対して主に第1粒子径範囲の粒子P1が衝突し、多孔質体が付着、堆積する。ついで、第2衝突領域42を通過する間、主に第1粒子径範囲の粒子P1及び第2粒子径範囲の粒子P2が衝突し、多孔質体や緻密体が付着、堆積する。次に、第1衝突領域41を通過する間、第1粒子径範囲の粒子P1、第2粒子径範囲の粒子P2及び第3粒子径範囲の粒子P3が衝突する。この際、多孔質体や緻密体が形成されるが、第3粒子径範囲の粒子P3は、同時に形成される多孔質体を主に削り取りつつ、第3衝突領域43や第2衝突領域42の通過時に形成された多孔質体を削り取り、緻密体の一部も削り取る。したがって、第1衝突領域41を通過する間に主に緻密体を主とする層が形成される。しかる後、第2衝突領域42を通過する間、主に第1粒子径範囲の粒子P1及び第2粒子径範囲の粒子P2が衝突し、粒子P1からなる多孔質体、粒子P2からなる緻密体が付着、堆積する。そして、第3衝突領域43を再度通過する間に、主に第1粒子径範囲の粒子P1が衝突し、多孔質体が付着、堆積する。このように、第3通過領域53では、形成される多孔質体の一部が削り取られるため、主に緻密体からなる層が下地Gの上に形成される。
【0076】
なお、第3通過領域53を通過する際に形成される層の状態は、第1粒子径範囲の粒子P1と第2粒子径範囲の粒子P2と第3粒子径範囲の粒子P3との割合によって変化させることができる。例えば、原料粉に含まれる第1粒子径範囲の粒子P1の割合を低くする、或いは、第3粒子径範囲の粒子P3の割合を高くすることで、第3通過領域53を通過する際に形成される層の緻密度を高くできる。
【0077】
また、第3通過領域53を通過する際に形成される層の厚みは、多孔質体や緻密体からなる層の形成速度と、第3粒子径範囲の粒子P3による削り取り速度とを調整することで適宜変更できる。換言すれば、第1粒子径範囲の粒子P1及び第2粒子径範囲の粒子P2の割合と第3粒子径範囲の粒子P3の割合を調整することで適宜変更できる。例えば、第3粒子径範囲の粒子P3の割合を高くすれば、削り取る多孔質体や緻密体の量を増やして層の厚みを薄くできる。
【0078】
本実施形態では、基材Kの中心Oが移動経路Rを通るように基材Kを移動させると、基材Kの処理対象面Kaのどの地点においても、第1通過領域51で緻密度が85%以上96%以下の多孔質層M2が形成される。その後、第2通過領域52で形成される緻密な層と、第3通過領域53で形成される緻密な層とで、第2通過領域52で多孔質層M2の上に緻密度が96%を超える緻密層M1が形成される。しかる後、第1通過領域51で再度、緻密度が85%以上96%以下の多孔質層M2が形成される。つまり、本実施形態では、1回の走査(
図4における「START」から「END」までの1回の走査)で多孔質層M2、緻密層M1、多孔質層M2の順に積層された3層構造の膜Mが形成される。また、移動経路Rが、基材Kの処理対象面Kaの全面が第1通過領域51、第2通過領域52、第3通過領域53、第2通過領域52、第1通過領域51の順に各通過領域51,52,53の中を通るように設定されている。これにより、基材Kの処理対象面Kaの全面に3層構造の膜Mが形成される。
【0079】
本実施形態では、同様の走査を更に2回行う。具体的には、3層構造の膜Mが形成された状態で、基材Kの中心Оが再度同じ移動経路Rを通るように基材Kを移動させる。そうすると、基材Kの処理対象面Kaのどの地点においても、再度、第1通過領域51、第2通過領域52、第3通過領域53、第2通過領域52、第1通過領域51の順に各通過領域51,52,53を通ることになる。これにより、3層構造の膜Mの上側の多孔質層M2の上に同質の多孔質層M2が形成された後、緻密層M1、多孔質層M2の順で層が形成される。そして、同様の走査を再度行うことで、
図8に示すように、多孔質層M2と緻密層M1とが交互に積層され、4層の多孔質層M2と3層の緻密層M1からなる7層構造の膜Mを形成される。つまり、本実施形態の成膜方法では、走査回数を増やすだけで、多孔質層M2と緻密層M1との繰り返し回数が任意の回数である膜を形成できる。
【0080】
このように、本実施形態に係る成膜方法によれば、エアロゾルデポジション法による一度の成膜処理を行うだけで、他の方法を併用することなく、処理対象面Kaに多孔質層M2と緻密層M1とを有する膜Mを形成できる。
【0081】
〔実施例及び比較例〕
以下、実施例及び比較例について説明する。実施例及び比較例では、使用する原料粉の体積基準の粒度分布以外の条件を揃えた上で、基材の中心が所定の移動経路を通るように基材を移動させながら、処理対象面にエアロゾルを吹き付けて成膜処理を行った。なお、エアロゾル搬送管には、噴出端における流路断面の形状が円形であり、流路断面積が3.2mm2であるものを使用した。また、噴出端と基材の処理対象面との間の距離は、40mmで固定した。また、搬送ガスの流量は90L/min、処理室内の圧力は750Paとした。原料粉として、密度が6.0g/cm3のイットリア安定化ジルコニアの粒子を使用した。また、走査は1回のみ行った。
【0082】
使用した原料粉は、体積基準での粒度分布について、粒子径が10nm以上300nm未満の範囲を第1粒子径範囲、粒子径が0.3μm以上1.5μm未満の範囲を第2粒子径範囲、粒子径が1.5μm以上7μm以下を第3粒子径範囲とし、各粒子径範囲の積分値を第1積分値I1、第2積分値I2及び第3積分値I3とした場合に、実施例では、I1:I2:I3=6:53:41、比較例では、I1:I2:I3=15:76:9であるものを使用した。つまり、実施例では、式(1)及び式(2)の関係を満たす原料粉を使用し、比較例では、式(2)の関係を満たさない原料粉を使用した。
【0083】
図9は、実施例の方法で作製した膜の断面SEM画像である。また、表1は、実施例の方法で作製した膜を第1層から第10層に分割した場合の各層の緻密度をまとめた表である。なお、表1における緻密度は、以下の手順で算出した。
図9のSEM画像から第1層から第10層をそれぞれ解析部分として選択し、選択した解析部分に関する画像について、空隙とそれ以外の部分とを可能な限り区別し得る画像となるように、画像処理ソフト「Image J」を使用してコントラストを調整した。空隙と認識できるコントラストが濃い黒い部分が全て選択されるコントラスト値を閾値として2値化処理し、空隙を特定した。そして、各解析部分に関する画像について、空隙に対応する総ピクセル数を各解析部分に関する画像全体の総ピクセル数から減じた値を、各解析部分に関する画像全体の総ピクセル数で除することで得られる値を緻密度とした。
【0084】
【0085】
図9及び表1からわかるように、実施例では、第1層から第4層及び第9層から第10層までと比較して、第5層から第8層は緻密度が高くなっている。つまり、実施例では、2層の多孔質層の間に緻密層が形成された3層構造の膜が形成されている。これに対して、比較例では、全体として均一な単層構造の膜が形成された。このことから、体積基準での粒度分布について、粒子径が0.5μm未満の範囲を第1粒子径範囲、粒子径が0.1μm以上2.0μm未満の範囲を第2粒子径範囲、粒子径が1.0μm以上10μm以下を第3粒子径範囲とし、各粒子径範囲の積分値I1,I2,I3が上記式(1)及び式(2)を満たすものを使用することで、エアロゾルデポジション法による一度の成膜処理で多孔質層と緻密層とを有する膜を形成できることがわかる。
【0086】
〔別実施形態〕
〔1〕上記実施形態では、基材Kの処理対象面Kaの全面に7層構造の膜Mを形成する態様について説明したが、このような態様に限られるものではない。膜の状態や積層数については、移動経路の調整や走査回数の調整によって任意に変更できる。
図10は、別実施形態に係る成膜方法での移動経路Rを示す図である。
図11は、別実施形態に成膜方法で膜を形成した基材Kを示す図である。
図12は、
図11のA部の膜断面を示す図である。
図13は、
図11のB部の膜断面を示す図である。
図10に示すように移動経路Rを設定した場合、基材Kの中心Oが移動経路Rを通るように基材Kを移動させると、基材KのE位置は、第1通過領域、第2通過領域、第3通過領域、第2通過領域、第1通過領域の順にこれらの通過領域を通る。これに対して、基材KのE位置は、第1通過領域及び第2通過領域を通り、第3通過領域を通過中に基材Kの中心Oが移動経路Rの終点に到達して走査が終了する。この場合、
図11に示すように、基材KのE位置には多孔質層M2、緻密層M1、多孔質層M2が積層された3層構造の膜Mが形成される。これに対して、基材KのF位置には、第3通過領域を通過中に走査が終了するため、多孔質層M2の上に緻密層M1が形成された2層構造の膜Mが形成される。
このように、移動経路を調整することで、基材に形成する膜の状態を部分的に変えることも可能である。
【0087】
〔2〕上記実施形態では、移動経路RがX方向に沿った第1経路R1とY方向に沿った第2経路R2とを組み合わせてなる態様について説明したが、このような態様に限られるものではない。多孔質層と緻密層とを有する膜が形成される移動経路であれば、どのような移動経路であってもよい。
【0088】
〔3〕上記実施形態では、第1経路R1のピッチ幅Wが、第1衝突領域41の幅W1、第2衝突領域42の幅W2及び第3衝突領域43の幅W3のいずれよりも小さい態様について説明したが、このような態様に限られるものではない。原料紛の体積基準での粒度分布を調整するなどの方法で多孔質層と緻密層とを有する膜を形成できれば、第1経路のピッチ幅は、必ずしも各衝突領域の幅よりも小さい必要はない。
【0089】
〔4〕上記実施形態では、第2通過領域52で形成される層と、第3通過領域53で形成される層とで緻密層M1が構成される態様について説明したが、このような態様に限られるものではない。第2通過領域で多孔質な層が形成されるようにし、第1通過領域51で形成される層と、第2通過領域52で形成される層とで多孔質層M2が構成され、第3通過領域で形成される層で緻密層M1が構成される態様であってもよい。
【0090】
〔5〕上記実施形態では、エアロゾル搬送管5として、円筒状の直管部材を用い、噴出端5aの断面形状が円形である態様について説明したが、このような態様に限られるものではない。エアロゾル搬送管における噴出端の断面形状は、楕円形であってもよく、三角形や矩形等の多角形であってもよい。
【0091】
〔6〕上記実施形態では、処理対象面Kaが下向きとなるように保持部4が基材Kを保持する態様について説明したが、このような態様に限られるものではない。保持部とエアロゾル搬送管の噴出端との位置を上下で入れ替え、処理対象面が上向きとなるように保持部が基材を保持する態様であってもよい。
【0092】
なお、上記実施形態(別実施形態を含む、以下同じ)で開示される構成は、矛盾が生じない限り、他の実施形態で開示される構成と組み合わせて適用することが可能であり、また、本明細書において開示された実施形態は例示であって、本発明の実施形態はこれに限定されず、本発明の目的を逸脱しない範囲内で適宜改変することが可能である。
【符号の説明】
【0093】
1 :成膜装置
2 :処理室
3 :移動機構
5 :エアロゾル搬送管
15 :エアロゾル発生部
16 :原料粉供給機構
18 :搬送ガス送給機構
30 :制御装置
41 :第1衝突領域
42 :第2衝突領域
43 :第3衝突領域
K :基材
Ka :処理対象面
M :膜
M1 :緻密層
M2 :多孔質層
R :移動経路
R1 :第1経路
R2 :第2経路