(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024142072
(43)【公開日】2024-10-10
(54)【発明の名称】センサデバイス
(51)【国際特許分類】
G01N 27/00 20060101AFI20241003BHJP
C12M 1/34 20060101ALI20241003BHJP
【FI】
G01N27/00 Z
C12M1/34 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023054054
(22)【出願日】2023-03-29
(71)【出願人】
【識別番号】597096161
【氏名又は名称】株式会社朝日ラバー
(71)【出願人】
【識別番号】518437671
【氏名又は名称】アイポア株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】高野 努
(72)【発明者】
【氏名】武居 弘泰
(72)【発明者】
【氏名】直野 典彦
【テーマコード(参考)】
2G060
4B029
【Fターム(参考)】
2G060AA15
2G060AA19
2G060AD06
2G060AF20
2G060AG03
2G060AG11
2G060FA10
2G060FA17
2G060JA07
2G060KA09
4B029AA07
4B029BB01
4B029FA15
(57)【要約】 (修正有)
【課題】細孔の両側の流路の圧力差を制御することで、電気的検知帯法における安定的な計測を可能とするセンサデバイスを提供する。
【解決手段】センサデバイスであって、細孔を有する隔壁と、前記隔壁の上方に位置する上チャンバ及び前記隔壁の下方に位置する下チャンバであって、前記隔壁の細孔を通じて疎通する上チャンバ及び下チャンバと、前記上チャンバ及び下チャンバの各々に設けられた合計少なくとも2つの電極と、上方より前記上チャンバに液を導入するための上チャンバ注入口と、上方より前記下チャンバに液を導入するための下チャンバ注入口と、前記下チャンバの長辺方向において、前記細孔に対して前記下チャンバ注入口から反対側に設けられた、前記下チャンバから上方に空気を排出するための下チャンバ排気口とを含む。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
センサデバイスであって、
細孔を有する隔壁と、
前記隔壁の上方に位置する上チャンバ及び前記隔壁の下方に位置する下チャンバであって、前記隔壁の細孔を通じて疎通する上チャンバ及び下チャンバと、
前記上チャンバ及び下チャンバの各々に設けられた合計少なくとも2つの電極と、
上方より前記上チャンバに液を導入するための上チャンバ注入口と、
上方より前記下チャンバに液を導入するための下チャンバ注入口と、
前記下チャンバの長辺方向において、前記細孔に対して前記下チャンバ注入口から反対側に設けられた、前記下チャンバから上方に空気を排出するための下チャンバ排気口と
を含み、
計測対象粒子を含む可能性のある検体と第1の電解液とを混合した被検試料液を前記上チャンバ注入口から前記上チャンバに注入すると、前記被検試料液と空気の界面からなる第1の液面を形成し、
第2の電解液を、前記下チャンバ注入口から前記下チャンバに注入すると、前記下チャンバ注入口の下方に前記第2の電解液と空気の界面からなる第2の液面を形成し、
前記第2の電解液は前記下チャンバを充填して前記細孔付近で前記被検試料液と接触し、
前記第2の電解液は前記下チャンバをさらに充填し前記下チャンバ排気口に到達すると、
前記下チャンバ排気口から流入した空気によって押し下げられることで前記第2の電解液と空気の界面からなる第3の液面を形成し、
前記第2の液面及び前記第3の液面の両方が、前記第1の液面よりも低い位置となることを特徴とするセンサデバイス。
【請求項2】
前記2つの電極に電圧を印加し、前記2つの電極の間に前記細孔を通じてイオン電流が流れている状態で、前記計測対象粒子には、
前記上チャンバ中の前記被検試料液と前記下チャンバ中の前記第2の電解液の圧力の差で生じる前記被検試料液の前記上チャンバから前記細孔を通じた前記下チャンバへの液流によって前記計測対象粒子が受ける第1の力、及び
前記2つの電極の間の電位差で生じる前記細孔付近の電位勾配によって前記計測対象粒子が受ける第2の力
が加えられ、
前記第1の力と前記第2の力の合力が下方向にかかることで、前記計測対象粒子が前記細孔を通過し、それにより、前記イオン電流が減少してパルス状の信号が検出されることを特徴とする、請求項1に記載のセンサデバイス。
【請求項3】
前記センサデバイスはさらに、前記上チャンバ注入口の上部に、柔軟性を有するリザーバ容器と隔離フィルムで密閉された空間に第2の電解液が充填された電解液パックを含み、
前記計測対象粒子を含む可能性のある検体と第1の電解液とを混合した被検試料液を前記上チャンバ注入口から前記上チャンバに注入し、前記リザーバ容器を押しつぶすと、前記隔離フィルムが破壊されることで、前記第1の電解液が前記下チャンバに進入して、前記被検試料液と前記第1の電解液が前記細孔を通じて電気的に導通することを特徴とする請求項1又は2に記載のセンサデバイス。
【請求項4】
前記第1の電解液と前記第2の電解液が同じ組成であることを特徴とする請求項1又は2に記載のセンサデバイス。
【請求項5】
前記第1の電解液と前記第2の電解液が同じ組成であることを特徴とする請求項3に記載のセンサデバイス。
【請求項6】
センサデバイスの流路構造であって、
前記流路に細孔が接続され、
前記細孔からみて前記流路の長辺方向の一方の位置に、前記流路の上方に接続された電解液注入口が接続され、前記細孔からみて前記流路の長辺方向の他方の位置に、上方に吸気口を有する液切りチャンバが接続され、
前記液切りチャンバには電解液の吸収パッドを内包する吸収チャンバが流体的に連通しており、
前記電解液注入口に電解液を滴下すると、
前記電解液が前記流路内を前記細孔、さらに前記液切りチャンバに向かって順次進行して前記流路が前記電解液で充填された後、
さらに前記電解液が前記液切りチャンバ内を前記吸収チャンバに向かって進行して前記吸収パッドに到達することで、前記流路と前記吸収パッドが前記電解液で繋がると、前記吸収チャンバ内の前記電解液を経由して前記流路内及び前記電解液注入口内の前記電解液を前記吸収パッドが吸収することによって、前記電解液注入口内の前記電解液の注入口液面が低下し、
前記注入口液面が前記液切りチャンバ上面より低い位置となると、
前記吸気口から空気が前記液切りチャンバに導入され、前記液切りチャンバ内に導入された空気によって前記液切りチャンバ内の前記電解液が前記流路の側と前記吸収チャンバの側に分断されることを特徴とする、センサデバイスの流路構造。
【請求項7】
センサデバイスのチャンバ構造であって、
前記センサデバイスは、注入口、注入槽、流路、排気口及び排気槽を含み、
前記チャンバ構造は、前記注入口より、前記注入槽を経由して前記流路に電解液を導入可能であり、
前記流路の内面と、前記排気槽の内面が接する閉曲面上のすべての流路排気槽接触点において、前記流路の内面と前記排気槽の内面のなす最小値である流路端開放角が230°以上であることを特徴とする、センサデバイスのチャンバ構造。
【請求項8】
センサデバイスのチャンバ構造であって、
前記センサデバイスは、注入口、注入槽、流路、排気口及び排気槽を含み、
前記チャンバ構造は、前記注入口より、前記注入槽を経由して前記流路に電解液を導入可能であり、
前記流路の内面と、前記排気槽の内面が接する閉曲面上のすべての流路排気槽接触点において、前記流路の内面と前記排気槽の内面のなす最小値である流路端開放角と、前記電解液との接触角との和が285°以上であることを特徴とする、センサデバイスのチャンバ構造。
【請求項9】
前記チャンバ構造はさらに、
前記流路はその長辺が水平方向になるよう設置され、
前記排気槽と前記流路の境界をなす境界面が前記長辺に対して垂直となることを特徴とする、請求項7又は8に記載のセンサデバイスのチャンバ構造。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気的検知帯法に基づくセンサデバイス(以下、単に「センサデバイス」と呼ぶ場合がある)に関する。
【背景技術】
【0002】
電解液中の計測対象粒子が細孔を通過する際の、電気抵抗の過渡変化をパルス信号として検出する電気的検知帯法は、ウイルスや細菌等といった微生物(非特許文献1)、あるいはエクソソーム等の細胞外粒子(特許文献1)といった生体粒子の検出や同定への利用が提案されてきた。電気的検知帯法の生体粒子の検出や同定への応用のために、半導体Siによる固体ポアを用いたセンサデバイス(特許文献2)による計測と、計測の結果得られたパルス波形のAI解析(特許文献3)の組み合わせが提案されている。このような技術を用いれば、簡便かつ迅速に、微生物やエクソソームの同定が可能となる。
【0003】
実用的な微生物の検出や同定においては、例えば血液、唾液、膿瘍などの臨床検体を電解液で希釈した試料を計測する必要がある。これら臨床検体は多くの夾雑粒子を含むため、これら夾雑粒子が計測対象粒子の細孔通過を阻害する場合がある。また、これが理由で安定的に粒子通過信号を得ることは困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第6762494号公報
【特許文献2】特許第5866652号公報
【特許文献3】特許第6621039号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Arima et al, Selective detections of single-viruses using solid-state nanopores, Sci Rep 8 16305(2018)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
電気的検知帯法において、電解液中に臨床検体を懸濁した計測対象試料に含まれる計測対象の粒子が細孔を通過するための駆動力は2つある。第1の駆動力はポア付近の電位勾配によって生じるクーロン力である。例えば電解液中で負に帯電した粒子はセンサデバイスの細孔の負極側より正極側に移動する。これによる粒子駆動は電気泳動と呼ばれる。第2の駆動力は細孔の両側による圧力差である。例えば細孔に接し、計測対象試料を導入した側の流路をマイクロポンプ等で加圧することで、それとは反対側に向かって微小な液流が生じ、その液流に乗って計測対象粒子が細孔を通過する。
【0007】
特許文献2に示したようなセンサデバイスにおいては、上記第1のクーロン力の制御は流路に接する電極間に印加する電圧を制御するのみで、容易かつ低コストで制御できる。一方第2の細孔両側の圧力差については、マイクロポンプ等で計測対象試料を加圧する場合は、これを厳密かつ時間的変化がないよう制御する必要があり、計測装置のコストアップに繋がる。特許文献2に示したようなセンサデバイスにおいては、例えば非特許文献1のように加圧に依らず、電気泳動のみによる粒子通過を計測する方法が採用されていた。
【0008】
しかし、計測対象試料側の流路をポンプ等で加圧しなくとも、センサデバイスの構造や計測条件のばらつきにより、細孔の両側の流路に圧力差を生じることがある。この圧力差は工学的に制御することが困難であり、これが計測不安定性の原因となっていた。
【0009】
本発明はこのような状況に鑑みてなされたものであり、細孔の両側の流路の圧力差を制御することで、電気的検知帯法における安定的な計測を可能とするセンサデバイスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らが鋭意検討した結果、上流路の電解液等の液面及び下流路の電解液等の液面を制御することにより、粒子の細孔通過の際のパルス信号のばらつきを減らすことができ、計測安定性を向上できることを見出した。本発明は上記知見に基づき完成されたものであり、以下に例示される。
【0011】
[1]
センサデバイスであって、
細孔を有する隔壁と、
前記隔壁の上方に位置する上チャンバ及び前記隔壁の下方に位置する下チャンバであって、前記隔壁の細孔を通じて疎通する上チャンバ及び下チャンバと、
前記上チャンバ及び下チャンバの各々に設けられた合計少なくとも2つの電極と、
上方より前記上チャンバに液を導入するための上チャンバ注入口と、
上方より前記下チャンバに液を導入するための下チャンバ注入口と、
前記下チャンバの長辺方向において、前記細孔に対して前記下チャンバ注入口から反対側に設けられた、前記下チャンバから上方に空気を排出するための下チャンバ排気口と
を含み、
計測対象粒子を含む可能性のある検体と第1の電解液とを混合した被検試料液を前記上チャンバ注入口から前記上チャンバに注入すると、前記被検試料液と空気の界面からなる第1の液面を形成し、
第2の電解液を、前記下チャンバ注入口から前記下チャンバに注入すると、前記下チャンバ注入口の下方に前記第2の電解液と空気の界面からなる第2の液面を形成し、
前記第2の電解液は前記下チャンバを充填して前記細孔付近で前記被検試料液と接触し、
前記第2の電解液は前記下チャンバをさらに充填し前記下チャンバ排気口に到達すると、
前記下チャンバ排気口から流入した空気によって押し下げられることで前記第2の電解液と空気の界面からなる第3の液面を形成し、
前記第2の液面及び前記第3の液面の両方が、前記第1の液面よりも低い位置となることを特徴とするセンサデバイス。
[2]
前記2つの電極に電圧を印加し、前記2つの電極の間に前記細孔を通じてイオン電流が流れている状態で、前記計測対象粒子には、
前記上チャンバ中の前記被検試料液と前記下チャンバ中の前記第2の電解液の圧力の差で生じる前記被検試料液の前記上チャンバから前記細孔を通じた前記下チャンバへの液流によって前記計測対象粒子が受ける第1の力、及び
前記2つの電極の間の電位差で生じる前記細孔付近の電位勾配によって前記計測対象粒子が受ける第2の力
が加えられ、
前記第1の力と前記第2の力の合力が下方向にかかることで、前記計測対象粒子が前記細孔を通過し、それにより、前記イオン電流が減少してパルス状の信号が検出されることを特徴とする、[1]に記載のセンサデバイス。
[3]
前記センサデバイスはさらに、前記上チャンバ注入口の上部に、柔軟性を有するリザーバ容器と隔離フィルムで密閉された空間に第2の電解液が充填された電解液パックを含み、
前記計測対象粒子を含む可能性のある検体と第1の電解液とを混合した被検試料液を前記上チャンバ注入口から前記上チャンバに注入し、前記リザーバ容器を押しつぶすと、前記隔離フィルムが破壊されることで、前記第1の電解液が前記下チャンバに進入して、前記被検試料液と前記第1の電解液が前記細孔を通じて電気的に導通することを特徴とする[1]又は[2]に記載のセンサデバイス。
[4]
前記第1の電解液と前記第2の電解液が同じ組成であることを特徴とする[1]又は[2]に記載のセンサデバイス。
[5]
前記第1の電解液と前記第2の電解液が同じ組成であることを特徴とする[3]に記載のセンサデバイス。
[6]
センサデバイスの流路構造であって、
前記流路に細孔が接続され、
前記細孔からみて前記流路の長辺方向の一方の位置に、前記流路の上方に接続された電解液注入口が接続され、前記細孔からみて前記流路の長辺方向の他方の位置に、上方に吸気口を有する液切りチャンバが接続され、
前記液切りチャンバには電解液の吸収パッドを内包する吸収チャンバが流体的に連通しており、
前記電解液注入口に電解液を滴下すると、
前記電解液が前記流路内を前記細孔、さらに前記液切りチャンバに向かって順次進行して前記流路が前記電解液で充填された後、
さらに前記電解液が前記液切りチャンバ内を前記吸収チャンバに向かって進行して前記吸収パッドに到達することで、前記流路と前記吸収パッドが前記電解液で繋がると、前記吸収チャンバ内の前記電解液を経由して前記流路内及び前記電解液注入口内の前記電解液を前記吸収パッドが吸収することによって、前記電解液注入口内の前記電解液の注入口液面が低下し、
前記注入口液面が前記液切りチャンバ上面より低い位置となると、
前記吸気口から空気が前記液切りチャンバに導入され、前記液切りチャンバ内に導入された空気によって前記液切りチャンバ内の前記電解液が前記流路の側と前記吸収チャンバの側に分断されることを特徴とする、センサデバイスの流路構造。
[7]
センサデバイスのチャンバ構造であって、
前記センサデバイスは、注入口、注入槽、流路、排気口及び排気槽を含み、
前記チャンバ構造は、前記注入口より、前記注入槽を経由して前記流路に電解液を導入可能であり、
前記流路の内面と、前記排気槽の内面が接する閉曲面上のすべての流路排気槽接触点において、前記流路の内面と前記排気槽の内面のなす最小値である流路端開放角が230°以上であることを特徴とする、センサデバイスのチャンバ構造。
[8]
センサデバイスのチャンバ構造であって、
前記センサデバイスは、注入口、注入槽、流路、排気口及び排気槽を含み、
前記チャンバ構造は、前記注入口より、前記注入槽を経由して前記流路に電解液を導入可能であり、
前記流路の内面と、前記排気槽の内面が接する閉曲面上のすべての流路排気槽接触点において、前記流路の内面と前記排気槽の内面のなす最小値である流路端開放角と、前記電解液との接触角との和が285°以上であることを特徴とする、センサデバイスのチャンバ構造。
[9]
前記チャンバ構造はさらに、
前記流路はその長辺が水平方向になるよう設置され、
前記排気槽と前記流路の境界をなす境界面が前記長辺に対して垂直となることを特徴とする、[7]又は[8]に記載のセンサデバイスのチャンバ構造。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、細孔の両側の流路の圧力差を制御することで、電気的検知帯法における安定的な計測を可能とするセンサデバイスを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】電気的検知帯法に基づくセンサデバイス100の基本的構造及び動作原理を説明するための図である。
【
図2】本発明者らが以前発明した電気的検知帯法による市販のセンサデバイス200の構造概略を示す図である。図面の上部は上面図であり、図面の下部はAA’の線に沿った断面図である。
【
図3】従来技術のセンサデバイスの問題点を説明するための図である。
【
図4】本発明の一実施形態のセンサデバイスの断面構造の一例を示す図である。
【
図5】本発明の一実施形態におけるセンサデバイスの下チャンバに電解液を注入した際の挙動を説明するための図である。
【
図6】本発明の一実施形態において、上流路の電解液等の液面が細孔の上方に、下流路の電解液等の液面が細孔の下方で安定する原理を模式的説明するための図である。
【
図7】市販のセンサデバイスと本発明の一実施形態によるセンサデバイスにおける粒子通過信号の安定性を比較するための図である。
【
図8】本発明の一実施形態のセンサデバイスにおける粒子の細孔通過機構を説明するための図である。
【
図9】100nm、300nm、1.2μm及び3μmの穴径を持つ、本発明による構造を有するセンサデバイスを用い、上チャンバに電解液中に各々80nm、200nm、500nm及び750nmのポリスチレンビーズを同一濃度で懸濁した試料のパルス測定を行い、1分あたりのパルス頻度を測定した結果である。
【
図10】本発明の別の一実施形態のセンサデバイスの断面構造の一例を示す図である。
【
図11】液滴の親水性を表す接触角を説明するための図である。
【
図12】本発明の一実施形態のセンサデバイスの上チャンバの一例の断面図である。
【
図13】本発明の一実施形態における排気槽416と上流路410の境界付近の立体構造の一例を表す。
【
図14】
図14(a)は、
図13に示した構造において、上流路410と排気槽416の接続部の断面を表した模式図である。
図14(b)は、従来の技術による流路と排気槽との接続部の構造を示す図である。
【
図15】本発明の一実施形態による効果を説明するための図である。
【
図16】本発明の様々な実施形態のチャンバ構造例である。
【
図17】本発明による別の実施形態のチャンバ構造例である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
次に本発明の実施形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、当業者の通常の知識に基づいて、適宜設計の変更、改良等が加えられることが理解されるべきである。
【0015】
(1.電気的検知帯法の原理)
図1(a)は、電気的検知帯法に基づくセンサデバイス100の断面構造の一例である。チャンバ110及びチャンバ120が隔壁141に開けられた細孔140で疎通している。チャンバ110には電極112が、またチャンバ120には電極122が各々設けられ、これらの電極はアンプ150、電流計151及び電圧源152接続される。また、チャンバ110には注入口111が、チャンバ120には注入口121が各々設けられる。
【0016】
図1(b)は半導体Siによる固体ポアを用いた細孔部の電子顕微鏡写真の一例である。この一例では、厚さ50nm程度のSiN薄膜が隔壁として用いられる。
【0017】
電気的検知帯法では、例えば、このような構造のセンサデバイスのチャンバ110に、計測対象粒子101を含む検体と電解液を混合した被検試料液で充填し、チャンバ120に電解液を充填する。そうすると、チャンバ110内の被検試料液とチャンバ120内の電解液は細孔140を経由して電気的に導通する。ここで、電極112及び122の間に電圧を印加すると、被検試料液、細孔及び電解液を通じて、電極112と電極122の間にはイオン電流が流れる。被検試料液中の計測対象粒子101が細孔140を通過すると、細孔を流れるイオン電流を生成する陽イオン及び陰イオンの移動が一時的に妨げられる結果、イオン電流の値が計測対象粒子101通過の間のみ低下する。これを電流計151で観測すると、例えば
図1(c)のようなパルス状の信号203が観測される(横軸201は時刻、縦軸202は電流値)。このパルス信号には、計測対象粒子101の大きさ、形状や、表面の電荷分布等が反映されることから、このパルス信号を解析することによって、計測対象粒子101の有無の検出、種類の同定、あるいは定量が可能となる。
【0018】
図1のように、注入口111及び121がセンサデバイスの反対側にあると、計測時の注入が困難になる。このため、実用的には、センサデバイスの上面に注入口を配置した上、被検試料液や電解液は水平方向の流路を介して、水平方向の隔壁まで導入することが望ましい。また、被検試料液や電解液を細孔まで導入するためには、細孔に対して注入口の反対側に排気口を設けることが望ましい。
図2には、
図1のような原理に基づいた、電気的検知帯法による市販のセンサデバイス200の構造概略を示す。このセンサデバイスでは、隔壁291を貫通して細孔292を有する構造の半導体Siチップ290の上方に上流路210、下方に下流路220を有している。上チャンバには注入槽215を経由して上注入口211が、また排気槽216を経由して排気口212が各々設けられている。また、下チャンバには、注入槽225を経由して下注入口221が、排気槽226を経由して排気口222が、各々設けられている。
【0019】
なお、本明細書においては、細孔の上側と接続された空間を上チャンバ、細孔の下側と接続された空間を下チャンバと呼び、さらにこれらすべてを総称してチャンバと呼ぶ。注入口は、チャンバに液体を注入するための、チャンバとセンサデバイスの外部をつなぐ接点である。排気口はチャンバに注入された液体によりチャンバより押し出される気体を外部に排気するための、チャンバとセンサデバイスの外部をつなぐ接点である。注入槽は注入口に接続された空間、排気槽は排気口に接続された空間であり、後述のように、本発明における流路の一例は、注入槽と排気槽の間が流路によって接続された構造である。流路は注入槽及び排気槽を除いた、注入口から注入された液体が排気槽に向かって流れることを主たる目的とした空間を指す。例えば、
図2の例では、細孔292に接続された下流路220内の空間、注入槽225の空間、及び排気槽226内の空間を1つの全体として下チャンバと呼ぶ。注入槽225と外部との接点221は注入口、排気槽226と外部の接点222は排気口と、各々呼ぶ。上チャンバについても同様に定義できる。なお、
図2では、上チャンバ及び下チャンバに各々設けられた電極は省略されている。
【0020】
図2の一例では、上チャンバに、検出、同定又は定量の対象となる計測対象粒子を含む検体と電解液(第1の電解液)を混合した被検試料液を、上注入口211より注入すると、被検試料液は上チャンバを進行し、細孔292付近を経由して排気口212付近に到達する。同様に、電解液(第2の電解液)を下注入口221より注入すると、電解液は下チャンバを進行し、細孔292付近を経由して排気口222付近に到達する。この状態では上チャンバを満たす被検試料液と下チャンバを満たす電解液は細孔292を経由して電気的に導通する。このため、上チャンバ及び下チャンバに各々設けられた2つの電極間に電圧を印加すると、
図1で説明した原理によって、計測対象粒子が細孔292を通過するたびにパルス信号が検出される。計測対象粒子は例えば、細菌、ウイルス、エクソソーム、血球等の細胞、蛋白質、抗体などでよく、またプラスチックや金属の粒子又はそれらに何らかの修飾処理を施したものであってよい。また、上チャンバに入れる電解液と、下チャンバに入れる電解液の組成や塩濃度は同じであっても、又は異なっていても良い。例えば、これら電解液には界面活性剤などが含まれていてもよい。
【0021】
(2.従来技術の問題点)
前述のとおり、計測対象粒子が細孔を通過する際の駆動力は、クーロン力及び細孔両側の圧力差がある。
図2に例示する構造を有するセンサデバイスの場合、流路中の液に対する加圧機構はなく、したがって粒子の細孔通過は主としてクーロン力であると考えられてきた。しかし、発明者らは、
図2に例示したような構造のセンサデバイスにおいては、上下チャンバの液面の違いによる微小な水頭圧の差が、クーロン力よりも支配的となり得ることを見出した。さらに、これが計測安定性に大きな影響を与えることを見出した。これについては、後に
図9及び
図10で論じる。
【0022】
図2のような構造のセンサデバイス200の流路に電解液を注入する場合、計測時に作業者は、マイクロピペットを使い厳密に定量した上で、下注入口221より電解液を注入することで、流路中の液量を一定とした状態で測定する。この注液方法については、以下3つの問題があった。
【0023】
第1は、マイクロピペットは研究用機具であって、一般の利用者には扱いが困難である点である。例えば、
図2のような構造のセンサデバイスの医療機器への応用を考えた時、一般の医療者にとってマイクロピペットの扱いは複雑すぎであり、これを広く普及させることは困難である。
【0024】
第2は、たとえマイクロピペットを用いたとしても、ピペットチップ内の液残り等によって、センサデバイスの流路に注入される液量は変化するため、これが粒子の細孔通過の際のパルス信号のばらつきとなる点である。
【0025】
第3は、仮に流路内の液量を厳密に制御できたとしても、液面の高さの厳密な制御は困難であり、このためパルス信号のばらつきを生じる点である。
【0026】
上記第3の問題について
図3を用いて説明する。ここでは、一例として、計測対象粒子は負電荷を有しており、電極は下チャンバが正極、上チャンバが負極となるよう電圧が印加されているとする。すなわち、計測対象粒子に対してクーロン力は上チャンバから下チャンバに向かって細孔を通過する方向にかかっている。
図3(a)は、上チャンバ容積に対して被検試料液を過大に、下チャンバ容積に対して電解液を適量導入した場合のセンサデバイスの断面図である。下チャンバの注入槽225における液面321及び排気槽226の液面325は、上チャンバの注入槽215及び排気槽216の液面311より低い位置にある。なお、この
図3(a)の一例のように、表面張力のために液面311は上チャンバの上注入口211及び排気口212より高くなる場合もある。このような場合は、上チャンバを充填した被検試料液の水頭圧が、下チャンバの電解液のそれよりも大きくなるため、クーロン力と細孔両側の圧力差の両方によって、計測対象粒子が上チャンバから細孔を経由して下チャンバへと移動する。なお、液面とは電解液又は被検試料液と空気との界面を指す。
【0027】
次に、
図3(b)は上チャンバの液量が過小、下チャンバの液量が適正の場合である。この場合は下チャンバの液面322及び326が上チャンバの液面312より上にある。このため、下チャンバの水頭圧が上チャンバのそれを上回るようになり、細孔を経由して下チャンバの電解液が上チャンバに流入する。したがって、クーロン力と細孔両側の圧力差による力は、計測対象粒子にかかるクーロン力に対して逆方向にかかる。故に、もし圧力差による力がクーロン力より大きければ、上流路の被検試料液中の計測対象粒子は細孔を通過せず、パルス信号は観測できない。
【0028】
図2に例示した従来の市販センサデバイスにおいて、計測安定性が確保できなかった理由は、たとえチャンバに注入する液量が厳密に制御できたとしても、チャンバにおける液面が厳密に制御できなかった点にある。例えば、
図3(c)及び(d)は、上チャンバ、下チャンバともに適正な液量が導入された場合である。
図3(c)では、上チャンバの注入槽及び排気槽における液面313、及び下チャンバの注入槽225内の液面323及び排気槽226内の液面327はすべて同じとなっている。しかし、
図3(d)の場合は、(c)と同じ液量を入れた下流路において、下チャンバの注入槽の液面324は上注入口211より高く、排気槽の液面328は排気口212より低くなっている。
図3(c)と(d)は、下流路にかかる水頭圧は異なるため細孔両側の圧力差は異なる。このためパルス信号が観測できたりできなかったりする場合がある。液量を厳密に制御できている場合でさえ、チャンバへの電解液の入り方の違いによって、上下流路の水頭圧のバランスが変化し、このため計測対象粒子の細孔通過の様態に影響を与える。これを作業者の手技等で回避することは困難であった。そこで本発明者らは、チャンバに導入する液量が変化しても、必ず上チャンバの液面より下チャンバの液面が低くなるようなセンサデバイスの構造を発明した。さらに本発明者らは、上チャンバの液量制御について、排気口からの液溢れが起こらない注入槽と排気槽の形状を発明した。
【0029】
(3.第1の実施形態)
図4に、本発明によるセンサデバイス400の断面構造の一例を示す。本発明の一実施形態であるセンサデバイス400は、隔壁491に開けられた細孔492の両側に上流路410及び下流路420を備える。下流路420のうち、隔壁491に隣接する基板490に対応部分は細孔接続部430と呼ぶ。上流路410は注入口411及び排気口412を、また、下流路420は注入口421及び排気口422を、各々の上方に備える。下流路420は注入槽423を経由して注入口421に接続される。なお、
図4において、上流路410は
図2と同様に紙面と垂直方向に伸びているため、重なって表示されている。下流路420では細孔492に対して注入口421と反対側に液切りチャンバ426が接続され、さらに液切りチャンバ426には吸収チャンバ427が接続される。吸収チャンバ427内には吸収パッド428が設置されている。さらに吸収チャンバ427の先には排気口422が接続される。また、液切りチャンバの上面425には上方に吸気口429が接続される。ここで、下流路の注入槽423と下流路420との境界を下流路入口431、下流路420と液切りチャンバ426の境界を下流路出口424と呼ぶ。吸収パッド428は、電解液等液体を吸収する性質のものであれば何でもよく、例えば繊維状の物質であってよい。この場合、注入槽423、下流路420、液切りチャンバ426及び吸収チャンバ427はいずれも下チャンバを構成する一部である。
図4は上下チャンバに各々設置される電極は省略されているが、これらは上下チャンバ内又は壁面のどこに設置されていてもよい。
【0030】
図5で、本発明の一実施形態におけるセンサデバイスの下チャンバに電解液を注入した際の挙動について説明する。なお、以下の説明において、センサデバイスの各部は、
図4に記載の番号を用いる。
<ステップ1>電解液を注入口421に滴下すると、電解液は注入槽423、下流路入口431を通り、下流路420を通って細孔492の方向に進む。
<ステップ2>電解液が下流路420から細孔接続部430を満たし、上流路410に導入された被検試料液と接触することで、上チャンバと下チャンバが電気的に導通する。
<ステップ3>電解液等はさらに下流路出口424まで進む(
図5(a))。
<ステップ4>電解液は液切りチャンバを進行して(
図5(b))、吸収パッド428に到達する。このとき、吸気口429の直径は小さいため、液切りチャンバ内の電解液は表面張力によって吸気口429への接続部には侵入しない。
<ステップ5>電解液が吸収パッド428に到達すると、電解液は吸収パッド428に吸収され始める(
図5(c))。この状態では、注入槽423、下流路420、液切りチャンバ426が注入した電解液で繋がっている。このため、これらの液切りチャンバ426、下流路420及び注入口421内の電解液は吸収パッド428に吸われ、注入槽423の液面が低下を続ける。
図5で示すとおり、(a)液面521、(b)液面522、(c)液面523の順にその高さが減少し、その結果、下流路420や液切りチャンバ426内の電解液の水頭圧が徐々に低下する。
<ステップ6>注入槽423内の液面が523に達しても、電解液はまだ下流路420、液切りチャンバ426を経由して吸収パッド428に繋がっているので、注入口421、下流路420の電解液は、液切りチャンバ426のそれを経由してさらに吸収パッド428に吸収され続ける。この結果、注入口421の液面が低下し、液切りチャンバの上面425、すなわち吸気口429への接続部下端より低くなると、吸気口429より液切りチャンバ426に空気が侵入し、
図5(c)に示す気泡531が徐々に大きくなる。気泡が大きくなっても、
図5(c)液切りチャンバ426の底部532で電解液が繋がっている限り、吸収パッド428が下流路420中の電解液を吸い続け、そのため注入槽423の液面はさらに低下を続ける。
<ステップ7>気泡531がさらに大きくなると液切りチャンバ426の底部532に到達する。このとき、液切りチャンバ426内の電解液は、
図5(d)のように吸収パッド428側と下流路420側の電解液で分断される。
<ステップ8>液切りチャンバ426内に残った下流路420側の電解液等は、細孔492方向に引き戻され、注入口421側の液面524と液切りチャンバ側の液面533にかかる気圧が等しくなる位置で安定する。また、液切りチャンバ426内に残った吸収チャンバ427側の電解液等は、さらに吸収パッド428に吸収され、液切りチャンバ426入り口付近の液面534にて安定する。
【0031】
本実施形態では、下チャンバに注入する液量、上チャンバに注入する液量ともに変化しても、常に上流路410の電解液等の液面は細孔492の上方に、また下流路420の電解液等の液面は細孔492の下方で安定する。
図6はその模式的説明である。
図6(a)は上チャンバに注入された液量611が
図5より多く、かつ下流路420に注入された液量621が
図5より少ない場合である。
図6(b)はその逆であり、上チャンバに注入された液量611が
図5より少なく、かつ下流路420に注入された液量621が
図5より多い場合である。
図5(d)、
図6(a)及び(b)を比較すると、下流路420の液量変化が増えても、吸収パッド428に吸収される電解液等が変化するだけで、下流路420における電解液等の液面は変化しないことがわかる。これにより、本発明では従来の方法(
図3)における液面の不安定性の解消を実現できる。
【0032】
図7(a)に
図2のような構造を有する市販のセンサ、及び
図4(b)のような構造を有するに本発明の一実施形態の一例であるセンサデバイス(R003)を示す。
図7(b)のセンサデバイスは、細孔チップ790の中心に細孔、上流路710、下流路720、上流路電極732、下流路電極731を有する。また、下流路注入口721、下流路720、細孔、吸収チャンバ727、排気口722及び吸気口729が
図4に示すように接続され、吸収チャンバ727内には吸収パッド728が設置されている。
図7(a)、(b)ともに細孔の直径は1.2μmである。
【0033】
図7(a)、(b)の各々のセンサデバイスの上流路に直径300nmのポリスチレンビーズを電解液に懸濁した試料を上流路に、電解液を下流路に充填した状態で
図1(c)のようなパルス波形計測し、従来の方法による製品と、本発明によるセンサデバイスについて性能及び安定性を比較した。
図7(c)は、1分あたりのパルス数の比較である。本実施形態によるセンサデバイスの単位時間あたりのパルス数761は、市販のセンサデバイス751の約6倍である。本発明によれば、上流路と下流路の圧力差が安定して実現している結果、多くの粒子が細孔を通過するためである。また、
図7(d)はパルス幅の分布である。本発明762のパルス幅の平均は従来製品752の約1/3程度、そして特筆すべきはパルス幅のばらつきが激的に低減している。このことは、本発明によるセンサデバイスによって、従来の構造にくらべて安定的な粒子の細孔通過が実現していることを表している。
【0034】
図8を用いて、本発明の一実施形態のセンサデバイスにおける粒子の細孔通過機構について説明する。本発明によるセンサデバイスでは、上チャンバの水頭圧が下チャンバのそれに比べて常に高いことから、上チャンバの電解液は細孔を経由して下チャンバに流れる。このため、細孔通過時の粒子800には下向きの力f
hp810がかかる。穴径が小さいほど流体抵抗は大きくなることから、f
hp810は小さくなる。ただし、本発明の効果は、同一のセンサデバイスを用いた計測間のばらつきを安定化することが目的であるため、f
hp810が穴径に依存することは、本発明の実用的価値に影響を与えるものではない。一方、電解液中の粒子は電荷を持っているため、
図1のように上下チャンバの間に電圧を印加すると、粒子には、細孔付近の電位勾配によるクーロン力f
cがかかる。例えば、
図8は粒子が負電荷を持っている場合において、(a)は上チャンバに負、下チャンバに正の電位を与えたときの、
図8(b)は逆電位を与えた時の、細孔付近の粒子にかかる力を、各々模式的に表したものである。
図8(a)では、f
hp810とf
c821が同じ方向であるが、
図8(b)f
hp810とf
c822が逆方向となる。
【0035】
図9は、100nm、300nm、1.2μm及び3μmの穴径を持つ、本発明による構造を有するセンサデバイスを用い、上チャンバに電解液中に各々80nm、200nm、500nm及び750nmのポリスチレンビーズを同一濃度で懸濁した試料のパルス測定を行い、1分あたりのパルス頻度を測定した結果である。
図9からは、細孔穴径が小さくなるとパルス頻度が低下することがわかる。これは、細孔における流体抵抗が大きくなるため、粒子にかかるfhpが減少するためと考えられる。
図9中「〇」印910は
図8(a)のように上チャンバが正、下チャンバが負となるよう、また「×」印920は
図8(b)のように上チャンバが負、下チャンバが正となるように、各々電圧を印加した場合である。
図9からは、穴径3μmの細孔においては、
図8(a)の状態911と
図8(b)の状態921ではパルス頻度がおおむね等しい。一方、例えば、穴径300nmの細孔においては、
図8(b)の状態923は、
図8(a)の状態923よりも有意にパルス頻度が低い。これは、穴径3μmにおいてはf
hpがf
cに比べて充分に大きく、f
cの方向の違いが駆動力にほとんど影響しないが、例えば穴径300nmの場合はf
hp>f
cであるものの、穴径3μmと比較して、
図8(a)に比べて、f
hpが減少し、粒子の細孔通過駆動力が減少しているためと考えられる。現実には、穴径が変化すると、細孔付近の電位分布も変化することから、穴径によってf
cが一定ではなく、
図9の結果は、f
hpとf
cのバランスによる。
【0036】
図9からわかるように、本発明の産業上の応用について重要な知見としては以下4点である。
(1)穴径が概ね1μmを超える細孔の粒子通過では水頭圧が支配的である。
(2)穴径が概ね1μm以下の細孔の粒子通過には水頭圧とクーロン力の両方が寄与し、そのバランスが駆動力となる。
(3)チャンバに導入する液量を厳密に制御したり、その液面高さを厳密に制御したりすること、例えば、
図4のような構造のセンサデバイスを用いることで、パルス計測の結果が安定する。
(4)短時間に多数のパルスを計測したい場合には、例えば
図4に示すような上下流路の水頭圧の差を大きくするようなセンサデバイスの構造が効果的である。
【0037】
例えば、上記(1)、(2)及び(3)については、穴径にかかわらず、流路に導入する液量や液面高さのばらつきに起因する計測ごとの水頭圧のばらつきを抑えることが、計測安定性の確保にあっては重要であることがわかった。例えば、
図2や
図7(a)に示す従来の技術によるセンサでは、
図3に示すように液面の厳密な制御が困難であった。したがって、液量がばらつくと、上下流路の水頭圧差がばらつく結果、
図8のf
hp810も計測毎にばらついていた。しかし本発明によれば、下流路の液面高さを厳密に制御することが可能になり、この課題が解決した。
図7(d)のパルス幅762からその効果は大きいことがわかる。なお、パルス幅は、1つの粒子が細孔を通過する時間に相当する。また、(4)については、例えば非特許文献1や特許文献3のように、パルス波形でAIを訓練するような解析方法を用いる際に、汎化性能を有するAIを作成するために、数多くのパルスが必要である。もし
図7(a)のような従来のセンサデバイスを医療検査に応用する場合には、パルス頻度が低いため、検査時間が長くなるという課題があった。
図7(c)を見れば、パルス頻度が6倍程度になっていることから、同じ検査を本実施形態によるセンサデバイスで実施した場合は、検査時間を1/6程度に短くすることができる。
【0038】
また、従来の電気的検知帯法のセンサデバイスでは、片方のチャンバに被検試料を、他方に電解液を注入する必要があった。例えば
図2のようなセンサデバイスの利用にあたって、利用者は例えば、上注入口211より被検試料液を、下注入口221より電解液を、ピペットを用いて2度にわたって注入する必要があった。被検試料液は、計測のたびに異なるので利用者が注入する必要があるが、下チャンバに入れる電解液は変化することはない。このため、本発明の一部の実施形態において、センサデバイスが下チャンバに入れる電解液を保存するリザーバを有し、計測の際にはこのリザーバに保存された電解液を自動的に下チャンバに導入することができれば、計測の際の手間を低減し、また計測者が必要とする技能を低減させることができる。
【0039】
(4.第2の実施形態)
図10(a)は本発明の他の実施形態の一例であり、下チャンバに導入する電解液を、保存性の高いリザーバ容器1000に保存できる構造を有する。リザーバ容器1000と隔離フィルム1001で囲まれた空間1002は密閉されており、計測時に下チャンバに導入される電解液が保存される電解液パックを形成する。リザーバ容器1000や隔離フィルム1001は電解液の長期保存性に優れている。例えば、吸水性や通気性のない高分子フィルムであっても、アルミニウム等の金属箔であっても、高分子フィルム等に金属薄膜を蒸着や貼り付けたりしたものであってもよい。
【0040】
図10に示すセンサデバイスの利用者は計測時に、上注入口1011より被検試料液を上チャンバ1010に導入し、また、リザーバ容器1000の上部から加圧する。この時の加圧は、リザーバ容器1000を指等で押しても良く、計測装置やセンサデバイスを格納するインターポーザーの機構などで押し潰してもよい。そうすると、
図10(b)のようにリザーバ容器1000は凹み、また隔離フィルム1001が破れてリザーバ容器1000内の電解液は下チャンバ1020へと導入される。その後下チャンバ1020では順次
図5(a)から(d)に示した過程を経て、液面1023及び1024の間に電解液が充填された状態で安定する。
図10の一例では、リザーバ容器1000は指等で押したとき潰れる程度の強度、また隔離フィルム1001はその場合破れる程度の強度であった。リザーバ容器1000及び隔離フィルム1001はこのような機構に限定されず、例えばリザーバ容器1000がピストン、また隔離フィルム1001は弁の構造を有するものであってよい。
【0041】
図2に示すような従来のセンサデバイスでは、電解液をリザーバ容器1000で保持し、計測時に下チャンバに導入すると、例えば
図10(b)2021、2022のように液残りが発生し、かつこれら残りは計測ごとにばらつくことから、下チャンバの液面は
図3で説明したとおり安定せず、したがって上チャンバから下チャンバへの計測対象粒子の細孔通過が安定しない、という課題があった。本発明によれば、リザーバ容器1000や下注入口内に液残りのバラツキが発生しても、それは吸収パッド1028に吸収される電解液の量によって調整される結果、下チャンバ内の液量及び並びにその液面1023及び1024の位置は一定となり、常に安定した粒子の細孔通過が実現する。
【0042】
(5.第3の実施形態)
本発明の一実施形態のセンサデバイスは、注入口、注入槽、流路、排気槽及び排気口を有するチャンバ構造を有する。例えば、
図3の321乃至328では、下チャンバについての液面制御の困難を示したが、上チャンバの液面制御においても、同様の課題がある。特に、
図4に示した吸収パッド428のような機構を持たない場合には、上チャンバに導入した電解液が、排気槽を満たした上で、さらに排気口から溢れ出ることがある。この場合は、注入槽、排気槽両側において液面の高さ及び形状が不定となり、電気的検知帯法による計測安定性に影響を与える。また上チャンバに導入する電界液がウイルス等の病原体を含む場合には、センサデバイス利用者の安全性を脅かし得る。これらの課題を解決するために、本発明の他の実施形態は、流路に導入された電解液等が排気槽に侵入しないチャンバ構造を提供する。
【0043】
一般に親水性は、
図11に示すように電解液等の液滴1102を基材1101上に落としたときの接触角1112によって表される。接触角が大きいほど疎水的、小さいほど親水的である。
【0044】
図12は、本発明の一実施形態のセンサデバイスの上チャンバ構造の一例の断面図である。
図12は、チャンバの断面を表現した
図4において、紙面と垂直方向に伸びる上流路410、その両端に接続された注入槽415及び注入口411と、排気槽416及び排気口412を表している。当該チャンバ構造は、例えば基板に4層以上のシートを積層することにより形成でき、シートの表面が上流路410、注入槽415、及び排気槽416の内面を構成する。
図13は、排気槽416と上流路410の境界付近の立体構造の一例を表す。本発明の一例では、この図のように上流路410は排気槽の中段に接続された構造を有していてよい。
【0045】
流路と排気槽の境界において、電解液等が排気槽に侵入し、さらに排気口から溢れ出るか否かは、流路及び排気槽の内壁を構成する材料表面の物性及び流路に導入される電解液等の組成の両方に影響をうける。ここで、流路と排気槽の境界、すなわち流路を構成する平面又は曲面(以下「流路内面」という)が、排気槽を構成する平面又は曲面(以下「排気槽内面」という)と交わる閉曲線上の任意の一点を「流路排気槽接触点」と呼ぶ。例えば、本発明の一例として
図13に示した流路と排気槽の境界の構造では、流路排気槽接触点は閉曲線1300上の任意の一点である。例えば
図13におけるT点1301やU点1302は、流路排気槽接触点の例である。さらに流路排気槽接触点における流路内面と排気槽内面のなす最小の角度を、「流路端開放角」と呼ぶ。これは、流路内の電解液等が排気槽内の空気に開放される点における角度という意味である。
【0046】
本発明者らは、すべての流路排気槽接触点において、流路端開放角を230°以上とすることにより、流路内の電解液等の排気槽内への侵入を抑制できることを見出した。
【0047】
また、本発明者らは、すべての流路排気槽接触点において、流路に導入される電解液等の流路内面及び排気槽内面を構成する材料表面における接触角と流路端開放角の間に、以下(1)式が成り立つ場合には、流路内の電解液等が排気槽内に侵入しないことを見出した。
P=流路端開放角+接触角≧285° (1)
【0048】
図14(a)は、本発明の一例である
図13に示した構造において、上流路410と排気槽416の接続部の断面を表した模式図である。
図14(a)では、流路排気槽接続点であるT点1301及びU点1302の流路端開放角1401及び1402は、ともに270°である。一方で、
図14(b)は、従来の技術による流路と排気槽との接続部の構造である。この場合、E点1411及びB点1412は、流路排気槽接続点の例である。このような従来の技術による構造では、E点における流路端開放角1421は270°であるが、B点における流路端開放角1422は180°であり、一部の流路排気槽接触点において(1)式を満たさない。
【0049】
図15を用いて本発明の一実施形態による効果を説明する。
図15(a)、(b)及び(c)は異なる上チャンバ構造を模したサンプルである。注入槽1513、1523及び1533から各々電解液を注入した。流路はその長辺が水平方向になるよう設置されている。
図15(a)のチャンバ構造では、排気槽1512、1522、1532と流路の境界をなす境界面が長辺に対して垂直である。
図15(a)、(b)及び(c)において、接触角1501、1052はそれぞれ59.5°、109.5°であり、流路端開放角1511、1521、1531はそれぞれ270°、180°、180°であり、(1)式で表される流路端開放角+接触角の最小値は各々、P
(a)≧329.5°、P
(b)≧239.5°及びP
(c)≧289.5°であった。本発明者らは、様々な組成の電解液(界面活性剤の種類及び濃度)を変化させた実験結果より、流路端開放角が230°以上(
図15(a)、(c))、又は流路端開放角+接触角が概ね285°(
図15(a))を上回れば、センサデバイスを傾けるなどしても、流路の電解液等が排気槽に侵入しないことを見出した。
【0050】
一般に、チャンバ内面に対して疎水的な電解液等は、流路を流れずに止まる、流路を充填するのに長い時間を要する、あるいは流路内に気泡などが混入し正しい計測ができないなどの問題を生ずる。このため、計測に用いる電解液は親水的である、すなわち接触角は小さいことが望ましい。一方で(1)式をみると、接触角が小さいほどPが小さくなり、流路の電解液等が排気槽に流出しやすくなる。これを防ぐために、流路端開放角は大きな値、できれば230°以上、好ましくは270°以上である方が望ましい。
図16に例示する本発明のチャンバ構造例では、流路排気槽接続点X、Y及びZにおける流路端開放角1601,1602,1603は各々270°、270°及び315°であり、親水性の高い電解液等であっても流路から排気槽への流出を阻止することができる。
【0051】
なお、上記実施形態は、上チャンバについて説明しているが、下チャンバについても同様に適用可能である。
【0052】
本発明の別の実施形態では、1つのチャンバに複数の排気槽及び排気口があってもよい。本発明によるチャンバ構造の他の一例を
図17に示す。この一例では、注入槽415から細孔492らに第1の排気槽416に向う上流路410に加えて、注入槽415から電極1700、さらに第2の排気槽1716に向かう第2の流路1710を有している。第2の排気槽1716は、第2の排気口1712を有する。このようなチャンバ構造によって、上チャンバに設置する電極を自由な位置に設置することができ、センサデバイスのレイアウトの自由度向上に繋がる。
【符号の説明】
【0053】
100 センサデバイス
101 計測対象粒子
110 チャンバ
111 注入口
112 電極
120 チャンバ
121 注入口
122 電極
140 細孔
141 隔壁
150 アンプ
151 電流計
152 電圧源
200 市販のセンサデバイス
201 時刻(横軸)
202 電流値(縦軸)
203 パルス信号
210 上流路
211 上注入口
212 排気口
215 注入槽
216 排気槽
220 下流路
221 下注入口
222 排気口
225 注入槽
226 排気槽
290 半導体Siチップ
291 隔壁
292 細孔
311,312,313,314 上チャンバの液面
321,322,323,324 下チャンバの注入槽の液面
325,326,327,328 下チャンバの排気槽の液面
400 センサデバイス
410 上流路
411 注入口
412 排気口
415 注入槽
416 排気槽
420 下流路
421 注入口
422 排気口
423 注入槽
424 下流路出口
425 液切りチャンバの上面
426 液切りチャンバ
427 吸収チャンバ
428 吸収パッド
429 吸気口
430 細孔接続部
431 下流路入口
490 基板
491 隔壁
492 細孔
521,522,523,524 下チャンバの注入槽の液面
531 気泡
532 液切りチャンバの底部
533 下流路の液切りチャンバ側の液面
534 吸収チャンバの液切りチャンバ側の液面
611,612 上チャンバに注入された液量
621,622 下流路に注入された液量
710 上流路
720 下流路
721 下流路注入口
722 排気口
727 吸収チャンバ
728 吸収パッド
729 吸気口
731 下流路電極
732 上流路電極
751 市販のセンサデバイスの1分あたりのパルス数
752 市販のセンサデバイスのパルス幅
761 本発明の一実施形態のセンサデバイスの1分あたりのパルス数
762 本発明の一実施形態のセンサデバイスのパルス幅
790 細孔チップ
800 粒子
810 力f
hp
821,822 クーロン力f
c
910,911,912,913
図8(a)の場合のパルス頻度の例
920,921,922,923
図8(b)の場合のパルス頻度の例
1000 リザーバ容器
1001 隔離フィルム
1002 空間
1010 上チャンバ
1011 上注入口
1020 下チャンバ
1023,1024 液面
1028 吸収パッド
1101 基材
1102 液滴
1112 接触角
1300 閉曲線
1301 T点
1302 U点
1401、1402 流路端開放角
1411 E点
1412 B点
1421,1422 流路端開放角
1501,1502 接触角
1511,1521,1531 流路端開放角
1512,1522,1532 排気槽
1513,1523,1533 注入槽
1601,1602,1603 流路端開放角
1700 電極
1710 第2の流路
1712 第2の排気口
1716 第2の排気槽
2021,2022 液残り