(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024142217
(43)【公開日】2024-10-10
(54)【発明の名称】音響測位装置、方法及びプログラム
(51)【国際特許分類】
G01S 5/22 20060101AFI20241003BHJP
【FI】
G01S5/22
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023054290
(22)【出願日】2023-03-29
(71)【出願人】
【識別番号】000208891
【氏名又は名称】KDDI株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100092772
【弁理士】
【氏名又は名称】阪本 清孝
(74)【代理人】
【識別番号】100119688
【弁理士】
【氏名又は名称】田邉 壽二
(72)【発明者】
【氏名】川田 亮一
(72)【発明者】
【氏名】西谷 明彦
(72)【発明者】
【氏名】小島 淳一
【テーマコード(参考)】
5J083
【Fターム(参考)】
5J083AA05
5J083AB14
5J083AC13
5J083AC32
5J083AD02
5J083AE03
5J083AF14
5J083BA01
5J083BC20
5J083CA09
5J083CA11
(57)【要約】
【課題】反射波などの妨害波がある状況下でも、計算量の軽い反復勾配法を用いて精度よくSSBL方式の計算を実現し、正確な測位を可能にする。
【解決手段】包絡線検出部2031は、各ハイドロフォン201が受信した音響信号に対してパルス圧縮処理、二乗処理及び低域フィルタ処理の各処理を実施して包絡線化する。計算範囲設定部2032は、各チャンネルの包絡線における測位パルス部分Aの前方側の一部を、反復勾配法に適用して到達時刻差を求める計算範囲に設定する。到達時刻差計算部2033は、チャンネル0の計算範囲ΔT0とチャンネル1の計算範囲ΔT1との信号同士で反復勾配法を適用することで、チャンネル0と1の間の受信信号の到達時刻差Δd1を得る。同様に、チャンネル0の計算範囲ΔT0とチャンネル2の計算範囲ΔT2との信号同士で反復勾配法を適用することで、チャンネル0と2の間の受信信号の到達時刻差Δd2を得る。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水中の物体が送信した測位パルスを含む音響信号を複数のハイドロフォンで受信し、各測位パルスの到達時刻差に基づいて物体の位置を測位する音響測位装置において、
各音響信号を処理して包絡線化する手段と、
各包絡線の測位パルス部分の前方側の一部同士の到達時刻差を勾配法を用いて計算する手段とを具備したことを特徴とする音響測位装置。
【請求項2】
勾配法の計算範囲を測位パルス部分の一部に設定する手段を具備し、
前記設定する手段は、前記測位パルス部分のピーク位置近傍以前の部分を計算範囲に設定することを特徴とする請求項1に記載の音響測位装置。
【請求項3】
勾配法の計算範囲を測位パルス部分の一部に設定する手段を具備し、
前記設定する手段は、前記測位パルス部分の略中央位置近傍以前の部分を計算範囲に設定することを特徴とする請求項1に記載の音響測位装置。
【請求項4】
前記各包絡線の測位パルス部分に後行する妨害波部分の波形パターンを検出する手段と、
勾配法の計算範囲を測位パルス部分の一部に設定する手段とを具備し、
前記設定する手段は、前記測位パルス部分の、前記波形パターンの検出結果に応じた先方部分を計算範囲に設定することを特徴とする請求項1に記載の音響測位装置。
【請求項5】
前記波形パターンを検出する手段は前記妨害波部分のピーク値を検出し、
前記設定する手段は、前記計算範囲を前記ピーク値が大きいほどより前方側に設定することを特徴とする請求項4に記載の音響測位装置。
【請求項6】
前記波形パターンを検出する手段は前記測位パルス部分と妨害波部分との間隔を検出し、
前記設定する手段は、前記計算範囲を前記間隔が短いほどより前方側に設定することを特徴とする請求項4に記載の音響測位装置。
【請求項7】
前記計算する手段は、前記到達時刻差を反復勾配法を用いて計算することを特徴とする請求項1ないし6のいずれかに記載の音響測位装置。
【請求項8】
前記計算する手段はデータを間引いて反復勾配法の計算を行うことを特徴とする請求項7に記載の音響測位装置。
【請求項9】
前記妨害波部分が測位パルスの反射波に相当する反射波部分であることを特徴とする請求項4ないし6のいずれかに記載の音響測位装置。
【請求項10】
前記包絡線化する手段は、前記音響信号に対してパルス圧縮処理、二乗処理及び低域フィルタ処理を実施することを特徴とする請求項1ないし6のいずれかに記載の音響測位装置。
【請求項11】
水中の物体が送信した測位パルスを含む音響信号を複数のハイドロフォンで受信し、コンピュータが各測位パルスの到達時刻差に基づいて物体の位置を測位する音響測位方法において、
各音響信号を処理して包絡線化し、
各包絡線の測位パルス部分の前方側の一部同士の到達時刻差を勾配法を用いて計算することを特徴とする音響測位方法。
【請求項12】
水中の物体が送信した測位パルスを含む音響信号を複数のハイドロフォンで受信し、各測位パルスの到達時刻差に基づいて物体の位置を測位する音響測位プログラムにおいて、
各音響信号を処理して包絡線化する手順と、
各包絡線の測位パルス部分の前方側の一部同士の到達時刻差を勾配法を用いて計算する手順と、をコンピュータに実行させることを特徴とする音響測位プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ピンガーの位置又は当該ピンガーを搭載した物体の位置を音響信号に基づいて測位する音響測位装置、方法及びプログラムに係り、特に、ピンガーが送信した音響信号を複数のレシーバで受信し、遅延差を勾配法により計算することで測位する音響測位装置、方法及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
非特許文献1には、
図13に示すように、空中ドローンが水中ドローンを抱えて飛び、目的水域にて着水後、水中ドローンを分離・潜航させ、作業終了後に回収・離水する「水空合体ドローン」が開示されている。
【0003】
水空合体ドローンの一つの特徴として、水中ドローンに装着した発信器(ピンガー)から音響信号を発信し、空中ドローン側の水中マイク(ハイドロフォン)で受信、それを自動解析して水中ドローンの位置を算出する「音響測位」の技術を搭載していることが挙げられる。音響測位技術は、例えば非特許文献2のP.236-245に開示されている。
【0004】
水空合体ドローンでは音響測位にSSBL(Super Short Base Line)方式が採用されており、3個以上のハイドロフォンで受信した音響信号の遅延差をまず求め、そこから発信元の位置を計算する。
【0005】
非特許文献3には、水空合体ドローンに搭載されているSSBL音響測位方式の事例が開示されている。SSBL音響測位方式では、ある一定期間(例えば、1秒間)内に音響パルスが1組発射される。1組のパルスは一定個数(例えば、2個のパルス)からなり、これらをハイドロフォンで受信して信号処理することにより測位を行う。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特願2022-145518号
【特許文献2】特願2022-195588号
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】KDDI/KDDI総合研究所/プロドローン、ニュースリリース「世界初の水空合体ドローン、遠隔での水中撮影に成功~船を出さずに洋上風力発電設備の安全・効率的な点検を実施~」,2021年12月14日https://news.kddi.com/kddi/corporate/newsrelease/2021/12/14/5593.html
【非特許文献2】海洋音響学会「海洋音響の基礎と応用」,成山堂書店,P.236-245
【非特許文献3】川田, 西谷, 小島:"水空合体ドローンの音響測位システム", 海洋音響学会研究発表会講演論文集, No. 22-2, pp. 3-4 (2022)
【非特許文献4】川田、西谷、小島:"水空合体ドローンのための音響測位システム"、信学技報、EA2022-73, pp.72-77 (2022年12月)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
相互相関関数を計算するには、通常、フーリエ変換(FFT)を施す必要がある。この処理は周知のとおり計算量が多いが、水空合体ドローンでは空中ドローンに取り付けるレシーバ内でそれらの信号処理を行う必要がある。今後、多数の水中ドローンやダイバーの測位を同時に実施するようになることを想定した場合、その数の分のFFT処理を実施するのは非力なCPUでは間に合わなくなる可能性が高い。
【0009】
非特許文献4には、相互相関関数の計算よりも処理の軽い反復勾配法を使用した測位方法が開示されており、基本性能の確認がすでに計算機シミュレーションにより実施されている。
【0010】
しかしながら、受信した音響信号は
図14に示すように計測対象の測位パルスのみであるとは限らず、実環境では水面等での音波の反射により、
図15に示すように測位パルス部分Aに遅れて反射波部分Bが受信される場合がある。更に、反射波部分Bの到達時間が早いと、
図16に示すように測位パルス部分Aの後方部分と反射波部分Bの前方部分とが重なり、重畳波Cとして受信される場合もある。
【0011】
この場合でも、相互相関法であれば時間領域上でいくつか立つピークのうち最大のピークを選択すれば、それが求める時刻差となっていることが多い。これに対して、反復勾配法では全体の波形(妨害波により崩れている)を使って計算するため、誤差が大きくなるという問題があった。
【0012】
本発明の目的は、上記の技術課題を解決し、反射波などの妨害波が受信される状況下でも、計算量の軽い反復勾配法を用いて精度よくSSBL方式の計算を実現し、正確な測位を可能にする音響測位装置、方法及びプログラムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記の目的を達成するために、本発明は、水中の物体が送信した測位パルスを含む音響信号を複数のハイドロフォンで受信し、各測位パルスの到達時刻差に基づいて物体の位置を測位する音響測位装置において、以下の構成を具備した点に特徴がある。
【0014】
(1) 各音響信号を処理して包絡線化する手段と、各包絡線の測位パルス部分の前方側の一部同士の到達時刻差を勾配法を用いて計算する手段とを具備した。
【0015】
(2) 勾配法の計算範囲を各包絡線の反射波(妨害波)部分の波形パターンに基づいて設定する手段を具備した。
【0016】
なお、本発明は上記の特徴的な構成を備える音響測位装置として実現できるのみならず、かかる特徴的な構造による処理を手順とする音響測位方法や、かかる特徴的な手順をコンピュータに実行させる音響測位プログラムとして実現することもできる。
【発明の効果】
【0017】
(1) 受信した音響信号に測位パルス及びその反射波が含まれる場合でも、反射波等による妨害の影響を抑えた勾配法の計算が可能となるため、精度よく軽量にSSBL方式の計算ができるようになる。
【0018】
(2) 勾配法の計算範囲を測位パルス部分の前方部分に限定したので、後行する反射波等による妨害の影響を低く抑えられるようになる。
【0019】
(3) 勾配法の計算範囲を反射波の波形パターンに基づいて適応的に限定すれば、計算範囲を測位環境に応じて適正化できるので、更に精度よくSSBL方式の計算ができるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明を適用した音響測位システムの機能ブロック図である。
【
図2】本発明における音響信号の送信方法を示した図である。
【
図3】方向算出部の第1実施形態の機能ブロック図である。
【
図4】3つのハイドロフォンの配置例を示した図である。
【
図5】受信した音響信号の圧縮例を示した図である。
【
図6】受信した音響信号の包絡線の検出例を示した図である。
【
図7】反復勾配法を適用する計算範囲の設定例(その1)を示した図である。
【
図8】反復勾配法を適用する計算範囲の設定例(その2)を示した図である。
【
図9】方向算出部の第2実施形態の機能ブロック図である。
【
図10】第2実施形態において反復勾配法を適用する計算範囲の設定例を示した図である。
【
図11】方向算出部の第3実施形態の機能ブロック図である。
【
図12】第3実施形態において反復勾配法を適用する計算範囲の設定例を示した図である。
【
図13】水空合体ドローンの活用例を示した図である。
【
図14】受信した音響信号の理想的な例を示した図である。
【
図15】受信した音響信号が測位パルス及びその反射波を含む例を示した図である。
【
図16】受信した音響信号において測位パルスの後方にその反射波が重畳されている例を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について詳細に説明する。
図1は、本発明を適用した音響測位システム1の構成を示した機能ブロック図であり、音響信号を送信する複数のピンガー10と、各ピンガー10の位置を測位パルスに基づいて計算するレシーバ20とを主要な構成としている。本発明が水空合体ドローンへ適用される場合、レシーバ20は空中ドローンに搭載され、ピンガー10の少なくとも1個は水中ドローンに搭載される。
【0022】
各ピンガー10は、圧力センサ101,深度計測部102,パルス発生部103及びパルス送信部104を主要な構成とし、圧力センサ101及び深度計測部102による検知、計測結果に応じたパルス信号を所定のタイムスロット周期毎に送信する。
【0023】
レシーバ20は、少なくとも3つのハイドロフォン201を備えたパルス受信部202及び測位部203を主要な構成としている。測位部203は方向算出部203a及び深度算出部203bを含み、各ハイドロフォン201がそれぞれ受信した音響信号の遅延差に基づいて各ピンガー10の方向及び深度を算出し、当該算出結果に基づいて各ピンガー10の位置を測位する。
【0024】
このようなレシーバ20は、CPU、ROM、RAM、バス、インタフェース等を備えた汎用のコンピュータやサーバに、以下に詳述する各機能を実現するアプリケーション(プログラム)を実装することで構成できる。あるいはアプリケーションの一部をハードウェア化またはソフトウェア化した専用機や単能機としても構成できる。
【0025】
図2は、ピンガー10による音響信号の送信方法を示した図であり、各ピンガー10は音響信号APとして測位パルスAP1及び深度パルスAP2を当該順序でタイムスロット毎に送信する。測位パルスAP1は、レシーバ20に対して3つのハイドロフォン201への到達時刻差(遅延差)Δdに基づいて当該ピンガー10の方向を算出させる目的で送信される。深度パルスAP2は、レシーバ20に対して前記測位パルスAP1との到達時刻差に基づいて当該ピンガー10の深度を算出させる目的で送信される。
【0026】
前記測位パルスAP1及び深度パルスAP2の持続時間はいずれも1.6msに設定されている。また、本実施形態ではピンガー10からレシーバ20までの最大距離を50m,音速を1500 [m/s]として想定した音響信号の最大到達時間50/1500=0.033 [s] =33msに基づいて、各パルスAP1,AP2の送信間隔及びタイムスロット長が設定されている。
【0027】
前記パルス発生部103は、タイムスロットごとに持続時間が1.6msの測位パルスAP1を発生させる。パルス発生部103は更に、測位パルスAP1の送信時刻から50msが経過した時刻を深度0mとして、前記圧力センサ101の出力に基づいて深度計測部102が計測した深度に比例した時間間隔を加えた時刻に深度パルスAP2を発生させる。
【0028】
例えば、計測深度が10mであれば測位パルスAP1の送信時刻から50+10=60msが経過した時刻で深度パルスAP2を発生させる。計測深度が最大深度の50mであれば、50+50=100msが経過した時刻で深度パルスAP2を発生させる。パルス送信部104は、前記測位パルスAP1及び深度パルスAP2をその発生時刻において送信する。
【0029】
本実施形態では、タイムスロット長が150msに設定されているので、ピンガー10の位置がレシーバ20から最大距離かつ最大深度であっても各パルス信号AP1,AP2の送信から受信までの伝達時間をタイムスロット内に納めることができる。
【0030】
レシーバ20において、3つのハイドロフォン201は各ピンガー10が送信した音響信号APを受信する。本実施形態では測位開始前に、例えばピンガー10とレシーバ20とを接触させた距離ゼロの状態で音響信号の送信タイミングをピンガー10毎に学習(記録)させておく。これにより、レシーバ20は各ピンガー10から音響信号APを受信する可能性のあるタイムスロットを予測できるので、各ピンガー10を切り分けて音響信号を受信処理することができる。
【0031】
測位部203において、方向算出部203aは各ハイドロフォン201が受信した各音響信号に含まれる測位パルスAP1の到達時刻差Δdに基づいて当該ピンガー10の方向を算出する。深度算出部203bは、測位パルスAP1と深度パルスAP2との到達時刻差に基づいて当該ピンガー10の深度を算出する。測位部203は、前記方向及び深度の各算出結果に基づいて当該ピンガー10の位置を測位する。
【0032】
なお、上記の例では各タイムスロットにおいて2つの音響信号(測位パルスAP1及び深度パルスAP2)を送信するためにタイムスロット長を150msとしたが、例えば深度パルスAP2を省略して測位パルスAP1のみを送信するようにして良い。その場合はタイムスロット長を50ms(最大距離を50メートル程度と想定)程度に短縮できる。
【0033】
図3は、方向算出部203aの第1実施形態の構成を示したブロック図であり、包絡線検出部2031及び計算範囲設定部2032、並びに反復勾配法を用いて各測位パルスAP1の到達時刻差Δdを計算する到達時刻差計算部2033を主要な構成としている。
【0034】
なお、本実施形態では
図4に示すように、3つのハイドロフォン201が直角二等辺三角形の各頂点位置に配置され、直角の頂点位置に配置されたハイドロフォン201の出力系統をチャンネル0、チャンネル0のハイドロフォン201と水面に対して平行に配置されたハイドロフォン201の出力系統をチャンネル1、チャンネル0のハイドロフォン201と水面に対して垂直に配置されたハイドロフォン201の出力系統をチャンネル2として説明を続ける。
【0035】
包絡線検出部2031は、各ハイドロフォン201が受信した音響信号を処理して包絡線化する。受信した音響信号は、前記
図16を参照して説明したように、測位パルスAP1に対応する測位パルス部分A、その反射波部分(妨害波部分)B及び測位パルス部分Aの後方部分と反射波部分Bの前方部分とが重なった重畳部分Cを含んでいる。
【0036】
本実施形態では、このような音響信号に対して、初めに非特許文献4が開示するように測位パルスAP1を用いた畳み込み処理を行うことで、
図5に示すようにパルス圧縮された信号波形がチャンネル毎に得られる。次いで、この圧縮された信号波形を二乗し、更に低域フィルタをかけることで、
図6に示した包絡線がチャンネル毎に得られる。
【0037】
計算範囲設定部2032は、各チャンネルの包絡線における測位パルス部分Aの前方側の一部を、反復勾配法に適用して到達時刻差Δdを求める計算範囲に設定する。測位パルス部分Aは、例えばピーク位置を中心とした所定の時間幅として定義できる。
【0038】
本実施形態では、
図7に示すように時刻0.123秒付近から始まる測位パルス部分Aであってピーク位置以前の一定範囲ΔTが計算範囲に設定される。あるいは
図8に示すように、測位パルス部分Aの略前半部分の一定範囲を計算範囲ΔTに設定しても良い。各チャンネル0,1,2の計算範囲ΔT(ΔT0,ΔT1,ΔT2)は、それぞれ時刻範囲は異なるものの同一の時間長に設定される。
【0039】
到達時刻差計算部2033は、チャンネル間の測位パルス(測位パルス部分A)の到達時刻差Δdを反復勾配法により計算する。勾配法で検出されるチャンネル間(ハイドロフォン間)の時刻差dは初期遅延差をd0として次式(1)で求められる。
【0040】
【0041】
ここで、到達時刻差Δdは各時点iにおける信号の傾きΔtiとd0だけ変位させたチャンネル間信号差分Δciにより次式(2)で求められる。
【0042】
【0043】
反復勾配法では、初期遅延差0から始めて式(1)を何度か繰り返すことにより到達時刻差Δdを計算により求められる。反復勾配の計算は信号の一部を間引きしながら行っても良い。なお、反復勾配法の詳細については発明者等による非特許文献3,4の内容をここに援用する。
【0044】
本実施形態では、チャンネル0の計算範囲ΔT0とチャンネル1の計算範囲ΔT1との信号間に反復勾配法を適用することでチャンネル0と1との間の到達時刻差Δd1を得る。同様に、チャンネル0の計算範囲ΔT0とチャンネル2の計算範囲ΔT2との信号間に反復勾配法を適用することでチャンネル0と2との間の到達時刻差Δd2を得る。
【0045】
ここで、到達時刻差Δd1はx方向の時刻(遅延)差、到達時刻差Δd2はy方向の時刻(遅延)差となるので、方向算出部203aは各到達時刻差Δd1、Δd2に基づいて対象物の方位角及び俯角を算出できる。
【0046】
図9は、本発明の第2実施形態に係る方向算出部203aの主要部の構成を示した機能ブロック図であり、前記と同一の符号は同一又は同等部分を表している。本実施形態は反射波部分Bのピーク値を検出する反射波パターン検出部2034を具備し、計算範囲設定部2032は反射波部分Bのピーク値に基づいて計算範囲ΔTを適応的に設定するようにした点に特徴がある。
【0047】
図10は、本実施形態における計算範囲ΔTの設定方法を模式的に示した図である。反射波パターン検出部2034により反射波部分Bのピーク値が検知されると、計算範囲設定部2032はピーク値が大きいほど計算範囲ΔTの終端位置をより先方側へ移動させることにより計算範囲ΔTを測位パルス部分Aのより狭い前方部分に制限する。
【0048】
すなわち、計算範囲ΔTの始点は反射波部分Bのピーク値に関わらず同一とするが、計算範囲ΔTの終点については、相対的に高いピーク値PHの場合は低いピーク値PLの場合よりも早められる。したがって、相対的に高いピーク値PHに対応する計算範囲ΔT(H)は低いピーク値PLに対応する計算範囲ΔT(L)よりも短くなる。
【0049】
一般的に、先行する測位パルス部分Aの特に後方部分は、後行する反射波部分Bのピーク値が大きいほどその影響を強く受ける。本実施形態によれば、反射波部分Bのピーク値が大きいほど測位パルス部分Aの後半部分がより長く計算範囲ΔTから排除されるので、反射波の影響を抑えた到達時刻差の計算が可能になる。
【0050】
図11は、本発明の第3実施形態に係る方向算出部203aの主要部の構成を示した機能ブロック図であり、前記と同一の符号は同一又は同等部分を表している。本実施形態は、測位パルス部分Aとその反射波部分Bとの間隔Δtを検出する反射波パターン検出部2035を具備し、計算範囲設定部2032は各部分の間隔Δtの長短に応じて計算範囲ΔTを適応的に設定するようにした点に特徴がある。
【0051】
図12は、本実施形態における計算範囲ΔTの設定方法を模式的に示した図である。反射波パターン検出部2035により各部分の間隔Δtが検知されると、計算範囲設定部2032は間隔Δtが狭いほど計算範囲ΔTの終端位置をより先方側へ移動させることで、計算範囲ΔTを測位パルス部分Aのより狭い前方部分に制限する。
【0052】
すなわち、計算範囲ΔTの始点は各部分の間隔Δtに関わらず同一とするが、計算範囲ΔTの終点については、相対的に間隔Δtが狭い場合(Δt(H))は広い場合(Δt(L))よりも早められる。したがって、相対的に狭い間隔に対応する計算範囲ΔT(H)は広い間隔に対応する計算範囲ΔT(L)よりも短くなる。
【0053】
一般的に、先行する測位パルス部分Aの特に後方部分は、後行する反射波部分Bとの間隔Δtが狭いほどその影響を強く受ける。本実施形態によれば、反射波部分Bとの間隔Δtが狭いほど測位パルス部分Aの後半部分がより長く計算範囲ΔTから排除されるので、反射波の影響を抑えた到達時刻差の計算が可能になる。
【0054】
ここで、反復勾配法の計算範囲は、本実施形態のようにチャンネル0と1との間の到達時刻差Δd1及びチャンネル0と2との間の到達時刻差Δd2を計算するのであればチャンネル0が基準となる。すなわち、計算範囲ΔT=ΔT0(=ΔT1=ΔT2)となり、ΔT1及びΔT2の始点は初期変位ベクトルに依存する。初期変位が0の場合はΔT0と同じになる。
【0055】
また、上記の各実施形態では各到達時刻差Δdを反復勾配法により計算するものとして説明したが、本発明はこれのみに限定されるものではなく、反復計算しない周知の勾配法により計算するようにしても良い。
【0056】
更に、上記の各実施形態では受信した音響信号において測位パルスに後行する妨害波が反射波である場合を例にして説明したが、本発明はこれのみに限定されるものではなく、反射波以外の多種多様な妨害波に対しても同様に適用できる。
【0057】
そして、上記の各実施形態によれば、反射波による妨害の影響を抑えた反復勾配法の計算が可能となり、反射波が受信される場合でも精度よく軽量にSSBL方式の計算ができるようになる。したがって、国連が主導する持続可能な開発目標(SDGs)の目標9「レジリエントなインフラを整備し、包括的で持続可能な産業化を推進する」や目標11「都市を包摂的、安全、レジリエントかつ持続可能にする」に貢献することが可能となる。
【符号の説明】
【0058】
1…音響測位システム,10…ピンガー,20…レシーバ,101…周期設定部,101…圧力センサ,102…深度計測部,103…パルス発生部,104…パルス送信部,201…ハイドロフォン,202…パルス受信部,203…測位部,203a…方向算出部,203b…深度算出部,2031…包絡線検出部,2032…計算範囲設定部,2033…到達時刻差計算部,2034,2035…反射波パターン検出部