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特開2024-142368サリチル酸メチルを検出するための試薬、サリチル酸メチルセンサー、それらを用いたサリチル酸メチルのセンシング方法、及び植物の病原菌感染の検出方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024142368
(43)【公開日】2024-10-11
(54)【発明の名称】サリチル酸メチルを検出するための試薬、サリチル酸メチルセンサー、それらを用いたサリチル酸メチルのセンシング方法、及び植物の病原菌感染の検出方法
(51)【国際特許分類】
G01N 21/78 20060101AFI20241003BHJP
G01N 21/64 20060101ALI20241003BHJP
A01G 7/00 20060101ALI20241003BHJP
【FI】
G01N21/78 C
G01N21/64 F
A01G7/00 603
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023054485
(22)【出願日】2023-03-30
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構生物系特定産業技術研究支援センター令和4年度「イノベーション創出強化研究推進事業 基礎研究ステージ(基礎研究型)」、産業技術力強化法第17条の適用を受けるもの)
(71)【出願人】
【識別番号】000004237
【氏名又は名称】日本電気株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106297
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 克博
(72)【発明者】
【氏名】前田 勝美
【テーマコード(参考)】
2G043
【Fターム(参考)】
2G043AA04
2G043BA17
2G043DA02
2G043EA01
(57)【要約】
【課題】
農作物を含む植物の栽培において、病原菌感染した際に放出される植物ホルモンであるサリチル酸メチルを検出するための試薬、サリチル酸メチルセンサー、それを用いたサリチル酸メチルのセンシング方法を提供し、それによって植物の病原菌感染を検出する方法を提供する。
【解決手段】
2種以上の対アニオンを有するテルビウム複合塩を含むサリチル酸メチルを検出するための試薬、前記試薬を有するサリチル酸メチルの捕捉部と前記捕捉部にサリチル酸メチルが捕捉されたことを検出する検出部とを備えるサリチル酸メチルセンサー、前記試薬を用いてサリチル酸メチルを検出するサリチル酸メチルのセンシング方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
2種以上の対アニオンを有するテルビウム複合塩を含む、サリチル酸メチルを検出するための試薬。
【請求項2】
前記テルビウム複合塩が、下記一般式(1):
TbXaY3-a (1)
(式中、0<a<3、Xは、RCOO-、ハロゲン化物イオン及び硝酸イオンから成る群から選択される1つの1価アニオンであり、Yは、RCOO-、ハロゲン化物イオン及び硝酸イオンから成る群から選択される1つ又は複数の1価アニオンであり、Rは、任意でハロゲンで置換される、炭素数1~20のアルキル基、炭素数3~6のシクロアルキル基、及び炭素数6~14のアリール基である)
で表される、請求項1に記載の試薬。
【請求項3】
一般式(1)中のXがピバル酸イオンである、請求項2に記載の試薬。
【請求項4】
一般式(1)中のYが酢酸イオン、トリフルオロ酢酸イオン及び2-メチル酪酸イオンから成る群から選択される1つ又は複数の1価アニオンである、請求項2に記載の試薬。
【請求項5】
さらに非揮発性のイオン液体を含む、請求項1又は2に記載の試薬。
【請求項6】
前記イオン液体が、イミダゾリウム塩、ホスホニウム塩、ピリジニウム塩、アンモニウム塩、ピペリジニウム塩、及びピロリジニウム塩から成る群から選択される少なくとも1つである、請求項5に記載の試薬。
【請求項7】
サリチル酸メチルを検出するサリチル酸メチルセンサーであって、
請求項1又は2に記載の試薬を有するサリチル酸メチルの捕捉部と、
前記捕捉部にサリチル酸メチルが捕捉されたことを検出する検出部と、
を備える、サリチル酸メチルセンサー。
【請求項8】
前記捕捉部が、前記試薬を含有する媒体を含む、請求項7に記載のサリチル酸メチルセンサー。
【請求項9】
請求項1又は2に記載の試薬を用いてサリチル酸メチルを捕捉する、サリチル酸メチルのセンシング方法であって、
(i)テルビウム複合塩と、サリチル酸メチルとを反応させて錯体を形成する工程、
(ii)前記錯体に励起光をあてる工程、
(iii)前記錯体が発する蛍光を検出する工程
を含む、サリチル酸メチルのセンシング方法。
【請求項10】
請求項1又は2に記載の試薬を植物の近傍に設置し、テルビウム複合塩とサリチル酸メチルとの反応に伴い形成される錯体に由来する蛍光発光を確認することにより、植物の病原菌感染を検出する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物が病原菌に感染した際に放出する植物ホルモンであるサリチル酸メチルを検出するための試薬、サリチル酸メチルセンサー、それらを用いたサリチル酸メチルのセンシング方法、及び植物の病原菌感染を早期に検出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
植物は、病原菌の感染を受けると、シグナル物質である植物ホルモンを合成・放出し、周囲の植物に病原菌の感染を知らせることで、予め防御機構を促すことが知られている。こうした植物が放出するシグナル物質をいち早く認識することで病害虫被害を早期に検出することが可能となる。
【0003】
対象植物の害虫被害を早期発見する方法としては、例えば、特許文献1には、対象植物の近傍に、発光タンパク質遺伝子を有するモニター植物を配置し、対象植物がストレスに応答して放出する揮発性物質をモニター植物が感知して発光する現象を利用する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、農作物を含む植物の栽培において、病原菌感染した際に放出される植物ホルモンであるサリチル酸メチルを検出するための試薬、サリチル酸メチルセンサー、それらを用いたサリチル酸メチルのセンシング方法を提供し、それによって植物の病原菌感染を早期に検出する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上述の課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、サリチル酸メチルのレセプターとしてテルビウム複合塩を使用することにより、サリチル酸メチルとの反応に伴い生成する錯体からの蛍光発光が増大し、植物の病原菌感染を高感度で早期に検出できることを見出し、本発明を完成した。
【0007】
本実施形態の一態様は、2種以上の対アニオンを有するテルビウム複合塩を含む、サリチル酸メチルを検出するための試薬に関する。
【0008】
また、本実施形態の一態様は、サリチル酸メチルを検出するサリチル酸メチルセンサーであって、
請求項1又は2に記載の試薬を有するサリチル酸メチルの補足部と、
前記捕捉部にサリチル酸メチルが捕捉されたことを検出する検出部と、
を備える、サリチル酸メチルセンサーに関する。
【0009】
さらに、本実施形態の一態様は、前記試薬を用いてサリチル酸メチルを検出する、サリチル酸メチルのセンシング方法であって、
(i)テルビウム複合塩と、サリチル酸メチルとを反応させて錯体を形成する工程、
(ii)前記錯体に励起光をあてる工程、
(iii)前記錯体が発する蛍光を検出する工程
を含む、サリチル酸メチルのセンシング方法に関する。
【0010】
またさらに、本実施形態の一態様は、前記試薬を植物の近傍に設置し、テルビウム複合塩とサリチル酸メチルとの反応に伴い形成される錯体に由来する蛍光発光を確認することにより、植物の病原菌感染を検出する方法に関する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によると、サリチル酸メチルを検出するための試薬において、サリチル酸メチルのレセプターとしてテルビウム複合塩を含有させることにより、植物が病原菌に感染した際に放出される揮発性植物ホルモンのサリチル酸メチルとの反応によって形成された錯体からの蛍光発光強度が増大し、植物の病原菌による感染を高感度で早期に検出することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、テルビウム複合塩と、テルビウム単塩(酢酸テルビウム及びピバル酸テルビウム)のFTIRスペクトルを示す。である。
【
図2】
図2は、実施例1(テルビウム複合塩+サリチル酸メチル)、対象1(テルビウム複合塩)及び対象2(サリチル酸メチル)で得られた蛍光スペクトル曲線を示す。
【
図3】
図3は、実施例6(テルビウム複合塩+サリチル酸メチル)と、比較例5(酢酸テルビウム+サリチル酸メチル)及び比較例6(ピバル酸テルビウム+サリチル酸メチル)で得られた蛍光スペクトル曲線を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に、本発明を実施するための形態について図面等を用いて説明する。ただし、以下に述べる実施形態には、本発明を実施するために技術的に好ましい限定がされているが、発明の範囲を以下に限定するものではない。
【0014】
[1]サリチル酸メチルを検出するための試薬
本発明の一実施形態は、サリチル酸メチルのレセプターとして、2種以上の対アニオンを有するテルビウム複合塩を含む、サリチル酸メチルを検出するための試薬である。本発明において、用語「試薬」とは、化学的方法による物質の検出もしくは定量、物質の合成、又は物理的特性の測定のために使用される化学物質と定義される。
【0015】
<サリチル酸メチルのレセプター:テルビウム複合塩>
本発明においてサリチル酸メチルを認識するために利用できるテルビウム複合塩は、構造の異なる2種以上の対アニオンを有するテルビウム複合塩である。
【0016】
2種以上の対アニオンを有するテルビウム複合塩としては、下記一般式(1)で表されるものが好ましい。
TbXaY3-a (1)
(式中、0<a<3、Xは、RCOO-、ハロゲン化物イオン及び硝酸イオンから成る群から選択される1つの1価アニオンであり、Yは、RCOO-、ハロゲン化物イオン及び硝酸イオンから成る群から選択される1つ又は複数の1価アニオンであり、Rは、任意でハロゲンで置換される、炭素数1~20のアルキル基、炭素数3~6のシクロアルキル基、及び炭素数6~14のアリール基である)
【0017】
対アニオンは、2種であっても、3種以上であってもよい。対アニオンが2種である場合は、X及びYはそれぞれ独立して1種の1価アニオンであり、対アニオンが3種以上である場合は、Xは1種の1価アニオンであり、Yは複数の種類の1価アニオンである。
【0018】
対アニオンは、RCOO-、ハロゲン化物イオン及び硝酸イオンから成る群から選択されることが好ましい。ここで、Rは、任意でハロゲンで置換される、炭素数1~20のアルキル基、炭素数3~6のシクロアルキル基、又は炭素数6~14のアリール基であり;任意でフッ素原子で置換される炭素数1~6のアルキル基又はフェニル基であることが好ましく;メチル基、エチル基、プロピル基、2-メチルプロピル基、トリフルオロメチル基、tert-ブチル基、又はイソブチル基であることがさらに好ましい。ハロゲン化物イオンとしては、フッ化物イオン、塩化物イオン、臭化物イオン、及びヨウ化物イオン等が挙げられ、塩化物イオンであることが好ましい。
【0019】
一般式(1)中のXはピバル酸イオン(すなわち、R=tert-ブチル基)であることが好ましく、一般式(1)中のYは酢酸イオン、トリフルオロ酢酸イオン及び2-メチル酪酸イオンから成る群から選択される1つ又は複数の1価アニオン(すなわち、R=メチル基、エチル基、プロピル基、2-メチルプロピル基、トリフルオロメチル基、イソブチル基)であることが好ましい。またテルビウム複合塩の具体的な例としては、酢酸テルビウム-ピバル酸テルビウム複合塩、2-メチル酪酸テルビウム-ピバル酸テルビウム複合塩、トリフルオロ酢酸テルビウム-ピバル酸テルビウム複合塩、酢酸テルビウム-2-メチル酪酸テルビウム複合塩等が挙げられるが、これらだけに限定されるものではない。
【0020】
テルビウム複合塩、例えば、ピバル酸テルビウム-酢酸テルビウム複合塩(Tb(t-C4H9COO)a(CH3COO)3-a)は、ピバル酸テルビウムと酢酸テルビウムをメタノールに完全に溶解し、加熱反応させることで合成することができる。また、合成時のテルビウム塩の配合比率を変えることで、複合塩の対イオン(X、Y)の比率を変えることができる。
【0021】
xがピバル酸イオンである場合、一般式(1)中のaは0.3~2.5であることが好ましく、0.4~2.0であることがより好ましく、0.5~1.5であることがさらに好ましく、0.7~1.0であることが特に好ましい。
【0022】
テルビウム複合塩は、サリチル酸メチルと反応してサリチル酸メチル錯体を形成することで、サリチル酸メチルを選択的に認識することができる。そして生成したサリチル酸メチル-テルビウム錯体は、UVで励起するとテルビウム錯体特有の蛍光を発光する。テルビウム複合塩のみでは、UV光を照射しても蛍光の発光強度は小さいため観察されない。また、テルビウム複合塩は、サリチル酸メチル以外の他の植物ホルモン、例えばジャスモン酸メチルとは反応せず認識しないため、サリチル酸メチルを選択的に認識することができる。テルビウム複合塩は、テルビウム単塩と比較して、サリチル酸メチルとの反応によって形成された錯体からの蛍光発光強度が増大する。
【0023】
<非揮発性のイオン液体>
本発明のサリチル酸メチルを検出するための試薬は、サリチル酸メチルを効果的に捕捉させるため、テルビウム複合塩に加えて、非揮発性のイオン液体を含むことができる。イオン液体を含む場合、テルビウム複合塩は、非揮発性のイオン液体に溶解して存在するが、一部は析出している場合もある。テルビウム複合塩は、非揮発性のイオン液体に溶解していても、析出していても、同様にサリチル酸メチルのレセプターとして機能することができる。
【0024】
本発明において利用できる非揮発性のイオン液体としては、イミダゾリウム塩、ホスホニウム塩、ピリジニウム塩、アンモニウム塩、ピペリジニウム塩、ピロリジニウム塩等が挙げられる。具体的には、1-エチル-3-メチルイミダゾリウム酢酸塩、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウム酢酸塩、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムテトラフルオロボラート、1-ブチル-1-メチルピロリジニウムビス(フルオロスルホニル)イミド、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムジブチルホスファート、テトラブチルアンモニウムアセタート、1-ブチルピリジニウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド、1-メチル-1-プロピルピペリジニウムビス(フルオロスルホニル)イミド、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムジシアナミド等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0025】
テルビウム複合塩に対するイオン液体の比率は、重量比で2~40倍であることが好ましく、3~30倍であることがより好ましく、4~20倍であることが特に好ましい。テルビウム複合塩に対するイオン液体の重量比率が2倍未満であると、サリチル酸メチル検出感度の向上効果が得られないことがあり、テルビウム複合塩に対するイオン液体の重量比率が40倍を超えると、テルビウム複合塩がサリチル酸メチルと錯体を形成しにくくなることがある。
【0026】
本発明のサリチル酸メチルを検出するための試薬は、本発明の効果を損なわない範囲内において、任意で他の溶媒を含んでもよい。溶媒としては、ジメチルスルホキシド、メタノール、エタノール、水、N,N-ジメチルホルムアミド、テトラヒドフラン、アセトン、アセトニトリル、1,4-ジオキサン等を使用することができるがこれらに限定されない。
【0027】
[2]サリチル酸メチルセンサー
本発明の一実施形態は、サリチル酸メチルを検出するサリチル酸メチルセンサーであって、前記試薬を有するサリチル酸メチルの捕捉部と、前記捕捉部にサリチル酸メチルが捕捉されたことを検出する検出部を備える、サリチル酸メチルセンサーに関する。
【0028】
(1)捕捉部
本発明のサリチル酸メチルセンサーの捕捉部は、サリチル酸メチルを選択的に認識するレセプターであるテルビウム複合塩を有するものである。捕捉部は、テルビウム複合塩に加えて、サリチル酸メチルを効果的に捕捉させるために、非揮発性のイオン液体を含むことが好ましい。捕捉部において、試薬は媒体に含有されていることが好ましい。
【0029】
<媒体>
本発明のテルビウム複合塩を含有させる媒体としては、例えば、紙又はガラス繊維、樹脂(例えば、ポリメチルメタクリレート、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、ポリスチレン、ナイロン樹脂、ポリアミド、ポリカーボネート、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリフェニレンオキサイド)、水溶性ポリマー(セルロース系、アガロース、でんぷん系、アルギン酸ナトリウム、アクリル酸系、アクリルアミド系、ポリビニルアルコール、ポリエチレンオキシド、ポリビニルピロリドン等)でありうるが、これらに限定されるものではない。
【0030】
例えば、媒体として紙を使用する場合には、テルビウム複合塩を溶媒に溶解し、さらにそこにイオン液体を加えてもよく、得られた溶液を紙(例えば、ろ紙)に含浸させた後、室温~60℃で乾燥させて溶媒を除去することで、テルビウム複合塩と非揮発性のイオン液体を含有する媒体が得られる。溶媒を使用せず、テルビウム複合塩と非揮発性のイオン液体の混合物を媒体に含侵させることもできるが、溶媒を使用すると、テルビウム複合塩を媒体に含浸させやすくなり、またテルビウム複合塩の濃度調製が容易になるため好ましい。溶媒を除去した後、テルビウム複合塩は、非揮発性のイオン液体に溶解して存在するが、一部は析出している場合もある。テルビウム複合塩は、非揮発性のイオン液体に溶解していても、析出していても、同様にサリチル酸メチルのレセプターとして機能することができる。
【0031】
テルビウム複合塩を溶解する溶媒としては、ジメチルスルホキシド、メタノール、エタノール、水、N,N-ジメチルホルムアミド、テトラヒドフラン、アセトン、アセトニトリル、1,4-ジオキサン等を使用することができるが、これらに限定されない。
【0032】
また、溶媒に対するイオン液体の比率は、含浸させる媒体に対して、適宜設定されうる。溶媒に対するイオン液体の比率が低いと、乾燥後の媒体中のイオン液体の量が少なくなり、検出感度の向上効果が小さくなることがある。一方、溶媒に対するイオン液体の比率が大きくなると、イオン液体が高粘度であるために、媒体に含浸しにくくなるデメリットが生じることがある。そのため、溶媒に対するイオン液体の比率は媒体に対して、適宜設定される。例えば、ろ紙に含浸させる場合は、溶媒に対するイオン液体の比率は、5~50重量%であることが好ましく、10~30重量%であることがより好ましい。
【0033】
(2)検出部
本発明のサリチル酸メチルセンサーの検出部は、捕捉部にサリチル酸メチルが捕捉されたことを光学的に検出できるように構成されている。検出部は、捕捉部と一体の装置ではなく、別装置として構成されてもよい。本発明の一態様においては、光学的な検出部では、テルビウム複合塩とサリチル酸メチルで生成した錯体(サリチル酸メチル錯体)の蛍光発光を検出するために、励起光源(発光部)と検出素子(蛍光の受光部)とを含み、観測された蛍光強度の変化に基づき、サリチル酸メチルの検出及び/又は濃度測定を行うことができる。
【0034】
本発明の一態様においては、検出部は、サリチル酸メチルの検出及び/又は濃度測定を処理するプログラムを実行するコンピュータを含みうる。そのようなプログラムは、例えば、コンピュータに、(i)光学的な検出素子からの信号を受信する段階、(ii)受信した信号を分析してサリチル酸メチルの有無及び/又はその濃度を決定する段階、並びに、(iii)分析結果を出力する段階を実行させるプログラムでありうる。
【0035】
本発明の一態様においては、受信した信号の分析は、例えば、受信した信号をあらかじめ決められた参照値と比較することにより、サリチル酸メチルの有無及び/又はその濃度を決定することを含みうる。また、本発明の一態様においては、分析結果は、例えば、センサーに接続されたディスプレイ装置、又はネットワークを介して接続された他の機器等に出力されうる。
【0036】
本発明の一態様においては、本発明のサリチル酸メチルセンサーは、農作物が病原菌に感染した際に放出される植物ホルモンのサリチル酸メチルを感知する。よって、本発明のサリチル酸メチルセンサーは、農作物を含む植物の病原菌感染検出用のセンサーとして用いられうる。
【0037】
[3]サリチル酸メチルのセンシング方法
本発明の一実施形態は、前記試薬又はサリチル酸メチルセンサーを用いて、テルビウム複合塩とサリチル酸メチルとを反応させて得られる錯体からの蛍光発光現象を用いてサリチル酸メチルをセンシングする方法であって、
(i)テルビウム複合塩と、サリチル酸メチルとを反応させて錯体を形成する工程、
(ii)前記錯体に励起光をあてる工程、
(iii)前記錯体が発する蛍光を検出する工程を含む、サリチル酸メチルのセンシング方法に関する。
【0038】
テルビウム複合塩のみではほとんど蛍光発光を示さないのに対し、テルビウム複合塩とサリチル酸メチルの反応により生成した錯体は、新たに蛍光発光を示す。この現象を利用することで、サリチル酸メチルを検出することが可能となる。
【0039】
本発明の一態様では、励起波長として300~400nmの範囲内の適切な波長が選択される。さらに、本発明の一態様では、検出された蛍光の強度をあらかじめ決められた参照値と比較することにより、サリチル酸メチルの濃度を決定する工程も実施されうる。
【0040】
[4]植物の病原菌感染を検出する方法
本発明の一実施形態は、前記試薬又はサリチル酸メチルセンサーを植物の近傍に設置し、テルビウム複合塩とサリチル酸メチルとの反応に伴い形成される錯体に由来する蛍光発光を確認することにより、植物の病原菌感染を検出する方法に関する。
【0041】
監視対象となりうる植物としては、例えば、キュウリ、スイカ、トマト、ナス、ピーマン、パプリカ、シシトウ、メロン、ハクサイ、キャベツ、ダイコン、レタス、ネギ、ブロッコリー、タマネギ、ニンニク、ヤマノイモ、アスパラガス、ニンジン、バレイショ、セルリー、タバコ、イネ、イチゴが挙げられるが、これらに限定されない。
【0042】
検出されうる病害としては、例えば、輪紋病、白星病、褐色輪紋病、葉かび病、萎凋病、根腐萎凋病、半身萎凋病、褐色根腐病、灰色疫病、根腐病、黒点根腐病、白絹病、苗立枯病、褐斑病、ベと病、うどんこ病、灰色かび病、炭疽病、黒星病、菌核病、つる枯病、斑点病、疫病、モザイク病、黄化えそ病、黄化葉巻病、青枯病、軟腐病、かいよう病、茎えそ細菌病、黒班細菌病、斑点細菌病等が挙げられるが、これらに限定されず、また、検出されうる病原菌感染としては、上記の病害の原因菌による感染が挙げられるが、これらに限定されない。
【0043】
本開示の文脈において、「植物の近傍に設置する」と言った場合、用語「近傍」の例としては、例えば、監視対象の植物から2m以内、1m以内、75cm以内、50cm以内、40cm以内、30cm以内、20cm以内、10cm以内、又は5cm以内の距離が挙げられるが、これらに限定されず、適切な距離が種々の要因を考慮して適宜選択される。当業者であれば、センサーを設置する位置を様々な条件を考慮した上で適宜設定することが可能であろう。
【0044】
さらに、本発明の一実施形態は、植物の病原菌感染の検出における、試薬又はサリチル酸メチルセンサーの使用に関する。また、本発明の一実施形態は、試薬又はサリチル酸メチルセンサーの製造における、テルビウム複合塩の使用に関する。
【実施例0045】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【0046】
(合成例1)酢酸テルビウム(Tb(CH3COO)3:TbA)とピバル酸テルビウム(Tb(t-C4H9COO)3:TbPv)の複合塩[Tb(CH3COO)0.75(C4H9COO)2.25:0.25TbA-0.75TbPv]
酢酸テルビウム四水和物0.2gとピバル酸テルビウム0.6797g(TbAとTbPvのモル比は、1:3)をメタノール65ml中、5時間加熱還流させた。放冷後、メタノールを留去し、析出した白色結晶を真空乾燥することで、目的の酢酸テルビウムとピバル酸テルビウムの複合塩を0.74g得た。
【0047】
図1に、合成例1で得られた複合塩と、単塩(酢酸テルビウム及びピバル酸テルビウム)のFTIRスペクトルを示す。実線はテルビウム複合塩(0.25TbA-0.75TbPv)のFTIRスペクトル、点線はピバル酸テルビウムのFTIRスペクトル、一点鎖線は酢酸テルビウムのFTIRスペクトルを表す。ピバル酸テルビウム単体のピバル酸イオンに由来する1429cm
-1の吸収ピークが、複合塩では1422cm
-1にシフトしており、複合塩が酢酸テルビウムとピバル酸テルビウムの混合物ではないことが確認された。
【0048】
(合成例2)酢酸テルビウム(TbA)とピバル酸テルビウム(TbPv)の複合塩[Tb(CH3COO)1.5(t-C4H9COO)1.5:0.5TbA-0.5TbPv]
酢酸テルビウム四水和物0.3gとピバル酸テルビウム0.3398g(TbAとTbPvのモル比は、1:1)をメタノール35ml中、5時間加熱還流させた。放冷後、メタノールを留去し、析出した白色結晶を真空乾燥することで、目的の酢酸テルビウムとピバル酸テルビウムの複合塩を0.448g得た。
【0049】
合成例2で得られた複合塩のFTIRを測定した結果、ピバル酸テルビウム単体のピバル酸イオンに由来する1429cm-1の吸収ピークが、1423cm-1にシフトしており、複合塩が酢酸テルビウムとピバル酸テルビウムの混合物ではないことが確認された。
【0050】
(合成例3)酢酸テルビウム(TbA)とピバル酸テルビウム(TbPv)の複合塩[Tb(CH3COO)0.6(t-C4H9COO)2.4:0.2TbA-0.8TbPv]
酢酸テルビウム四水和物0.1545gとピバル酸テルビウム0.7g(TbAとTbPvのモル比は、1:4)をメタノール70ml中、5時間加熱還流させた。放冷後、メタノールを留去し、析出した白色結晶を真空乾燥することで、目的の酢酸テルビウムとピバル酸テルビウムの複合塩を0.75g得た。
【0051】
合成例3で得られた複合塩のFTIRを測定した結果、ピバル酸テルビウム単体のピバル酸イオンに由来する1429cm-1の吸収ピークが、1422cm-1にシフトしており、複合塩が酢酸テルビウムとピバル酸テルビウムの混合物ではないことが確認された。
【0052】
(合成例4)2-メチル酪酸テルビウム[Tb(2-MBA)]とピバル酸テルビウム(TbPv)の複合塩[Tb(C2H5(CH3)CHCOO)0.75(t-C4H9COO)2.25:0.25Tb(2-MBA)-0.75TbPv]
2-メチル酪酸テルビウム0.227gとピバル酸テルビウム0.6787g(Tb(2-MBA)とTbPvのモル比は、1:3)をメタノール70ml中、5時間加熱還流させた。放冷後、メタノールを留去し、析出した白色結晶を真空乾燥することで、目的の2-メチル酪酸テルビウムとピバル酸テルビウムの複合塩を0.83g得た。
【0053】
合成例4で得られた複合塩のFTIRを測定した結果、ピバル酸テルビウム単体のピバル酸イオンに由来する1429cm-1の吸収ピークが、1424cm-1にシフトしており、複合塩が酢酸テルビウムとピバル酸テルビウムの混合物ではないことが確認された。
【0054】
(合成例5)トリフルオロ酢酸テルビウム(TbTfa)とピバル酸テルビウム(TbPv)の複合塩:[Tb(CF3COO)0.75(t-C4H9COO)2.25:0.25TbTfa-0.75TbPv]
トリフルオロ酢酸テルビウム3水和物0.239gとピバル酸テルビウム0.6g(TbTfaとTbPvのモル比は、1:3)をメタノール60ml中、5時間加熱還流させた。放冷後、メタノールを留去し、析出した白色結晶を真空乾燥することで、目的のトリフルオロ酢酸テルビウムテルビウムとピバル酸テルビウムの複合塩を0.749g得た。
【0055】
合成例5で得られた複合塩のFTIRを測定した結果、ピバル酸テルビウム単体のピバル酸イオンに由来する1429cm-1の吸収ピークが、1427cm-1にシフトしており、複合塩が酢酸テルビウムとピバル酸テルビウムの混合物ではないことが確認された。
【0056】
[サリチル酸メチル(MSA)との反応に伴う蛍光発光挙動(試薬)]
(実施例1:(0.25TbA-0.75TbPv)+MSA)
合成例1で得られた酢酸テルビウム(TbA)とピバル酸テルビウム(TbPv)の複合塩(0.25TbA-0.75TbPv)のDMSO溶液(濃度1.73mM)0.9mlとサリチル酸メチル(MSA)のDMSO溶液(濃度1.5mM)0.1mlを混合し、10分後に20倍に希釈してその溶液を石英セルに入れ、励起波長365nmで蛍光スペクトルを測定した。
【0057】
(実施例2:(0.5TbA-0.5TbPv)+MSA)
合成例2で得られた酢酸テルビウム(TbA)とピバル酸テルビウム(TbPv)の複合塩(0.5TbA-0.5TbPv)のDMSO溶液(濃度1.73mM)0.9mlとサリチル酸メチル(MSA)のDMSO溶液(濃度1.5mM)0.1mlを混合し、10分後に20倍に希釈してその溶液を石英セルに入れ、励起波長365nmで蛍光スペクトルを測定した。
【0058】
(実施例3:(0.2TbA-0.8TbPv)+MSA)
合成例3で得られた酢酸テルビウム(TbA)とピバル酸テルビウム(TbPv)の複合塩(0.2TbA-0.8TbPv)のDMSO溶液(濃度1.73mM)0.9mlとサリチル酸メチル(MSA)のDMSO溶液(濃度1.5mM)0.1mlを混合し、10分後に20倍に希釈してその溶液を石英セルに入れ、励起波長365nmで蛍光スペクトルを測定した。
【0059】
(比較例1:TbA+MSA)
酢酸テルビウム四水和物(TbA)のDMSO溶液(濃度1.73mM)0.9mlとサリチル酸メチル(MSA)のDMSO溶液(濃度1.5mM)0.1mlを混合し、10分後に20倍に希釈してその溶液を石英セルに入れ、励起波長365nmで蛍光スペクトルを測定した。
【0060】
(比較例2:TbPv+MSA)
ピバル酸テルビウム(TbPv)のDMSO溶液(濃度1.73mM)0.9mlとサリチル酸メチル(MSA)のDMSO溶液(濃度1.5mM)0.1mlを混合し、10分後に20倍に希釈してその溶液を石英セルに入れ、励起波長365nmで蛍光スペクトルを測定した。
【0061】
(対象1:0.25TbA-0.75TbPvのみ)
合成例1で得られた酢酸テルビウム(TbA)とピバル酸テルビウム(TbPv)の複合塩(0.25TbA-0.75TbPv)のDMSO溶液(濃度1.73mM)0.9mlとDMSO0.1mlを混合し、さらに20倍に希釈してその溶液を石英セルに入れ、励起波長365nmで蛍光スペクトルを測定した。
【0062】
(対象2:MSAのみ)
サリチル酸メチル(MSA)のDMSO溶液(濃度1.5mM)0.1mlとDMSO0.9mlを混合し、さらに20倍に希釈してその溶液を石英セルに入れ、励起波長365nmで蛍光スペクトルを測定した。
【0063】
図2に、実施例1、対象1及び対象2で得られた蛍光スペクトル曲線を示す。実線はテルビウム複合塩(0.25TbA-0.75TbPv)+MSAの蛍光スペクトル、点線はテルビウム複合塩(0.25TbA-0.75TbPv)のみの蛍光スペクトル、一点鎖線はMSAのみの蛍光スペクトルを表す。この結果から、テルビウム複合塩やMSAは、480~630nmの範囲では、それ自身では蛍光発光を示さないが、テルビウム複合塩とMSAとが反応することで蛍光発光(極大波長546nm)を示すことが分かった。
【0064】
実施例1~3、比較例1及び比較例2で得られた蛍光スペクトルにおいて、波長546nmの蛍光強度を表1にまとめた。これらの結果から、酢酸テルビウム(比較例1)やピバル酸テルビウム(比較例2)といった単塩に比べ、複合塩(実施例1~3)にすることで蛍光強度が増大することが分かった。
【0065】
【0066】
(実施例4:(0.25Tb(2-MBA)-0.75TbPv)+MSA)
合成例4で得られた2-メチル酪酸テルビウム(Tb(2-MBA))とピバル酸テルビウム(TbPv)の複合塩(0.25Tb(2-MBA)-0.75TbPv)のDMSO溶液(濃度1.73mM)0.9mlとサリチル酸メチル(MSA)のDMSO溶液(濃度1.5mM)0.1mlを混合し、10分後に20倍に希釈してその溶液を石英セルに入れ、励起波長365nmで蛍光スペクトルを測定した。
【0067】
(比較例3:Tb(2-MBA)+MSA)
2-メチル酪酸テルビウム(Tb(2-MBA))のDMSO溶液(濃度1.73mM)0.9mlとサリチル酸メチル(MSA)のDMSO溶液(濃度1.5mM)0.1mlを混合し、10分後に20倍に希釈してその溶液を石英セルに入れ、励起波長365nmで蛍光スペクトルを測定した。
【0068】
実施例4、比較例2及び比較例3で得られた蛍光スペクトルにおいて、波長546nmの蛍光強度を表2にまとめた。これらの結果から、ピバル酸テルビウム(比較例2)や2-メチル酪酸テルビウム(比較例3)といった単塩に比べ、複合塩(実施例4)にすることで蛍光強度が増大することが分かった。
【0069】
【0070】
(実施例5:(0.25TbTfa-0.75TbPv)+MSA)
合成例5で得られたトリフルオロ酢酸テルビウム(TbTfa)とピバル酸テルビウム(TbPv)の複合塩(0.25TbTfa-0.75TbPv)のDMSO溶液(濃度1.73mM)0.9mlとサリチル酸メチル(MSA)のDMSO溶液(濃度1.5mM)0.1mlを混合し、10分後に20倍に希釈してその溶液を石英セルに入れ、励起波長365nmで蛍光スペクトルを測定した。
【0071】
(比較例4:TbTfa+MSA)
トリフルオロ酢酸テルビウム(TbTfa)のDMSO溶液(濃度1.73mM)0.9mlとサリチル酸メチル(MSA)のDMSO溶液(濃度1.5mM)0.1mlを混合し、10分後に20倍に希釈してその溶液を石英セルに入れ、励起波長365nmで蛍光スペクトルを測定した。
【0072】
実施例5、比較例2及び比較例4で得られた蛍光スペクトルにおいて、波長546nmの蛍光強度を表3にまとめた。これらの結果から、ピバル酸テルビウム(比較例2)やトリフルオロ酢酸テルビウム(比較例4)といった単塩に比べ、複合塩(実施例5)にすることで蛍光強度が増大することが分かった。
【0073】
【0074】
[サリチル酸メチル(MSA)との反応に伴う蛍光発光挙動(センサー)]
(実施例6:(0.25TbA-0.75TbPv)+MSA)
合成例1で得られた酢酸テルビウム-ピバル酸テルビウム複合塩(0.25TbA-0.75TbPv)のDMSO溶液(濃度50mM)0.2mlを円形ろ紙(Φ40mm)に滴下し乾燥させて、DMSOを揮発させ、0.25TbA-0.75TbPvを含むろ紙を得た。得られたろ紙を、容量800mlのデシケータ内に設置し、そこに窒素をキャリアガスにして、濃度7.5ppbのサリチル酸メチルを導入し、1時間曝露後にろ紙を取り出し、蛍光スペクトルを測定した。
【0075】
(比較例5:TbA+MSA)
酢酸テルビウム四水和物(TbA)のDMSO溶液(濃度50mM)0.2mlを円形ろ紙(Φ40mm)に滴下し乾燥させて、DMSOを揮発させ、TbAを含むろ紙を得た。得られたろ紙を、容量800mlのデシケータ内に設置し、そこに窒素をキャリアガスにして、濃度7.5ppbのサリチル酸メチルを導入し、1時間曝露後にろ紙を取り出し、同様に蛍光スペクトルを測定した。
【0076】
(比較例6:TbPv+MSA)
ピバル酸テルビウム(TbPv)のDMSO溶液(濃度50mM)0.2mlを円形ろ紙(Φ40mm)に滴下し乾燥させて、DMSOを揮発させ、TbPvを含むろ紙を得た。得られたろ紙を、容量800mlのデシケータ内に設置し、そこに窒素をキャリアガスにして、濃度7.5ppbのサリチル酸メチルを導入し、1時間曝露後にろ紙を取り出し、同様に蛍光スペクトルを測定した。
【0077】
図3に、実施例6、比較例5及び比較例6で得られた蛍光スペクトル曲線を示す。実線はテルビウム複合塩(0.25TbA-0.75TbPv)の蛍光スペクトル、点線はTbAの蛍光スペクトル、一点鎖線はTbPvの蛍光スペクトルを表す。
図3の1時間曝露後の蛍光スペクトルから、酢酸テルビウム-ピバル酸テルビウム複合塩(0.25TbA-0.75TbPv)は、酢酸テルビウムやピバル酸テルビウムに比べ、蛍光強度が強いことが確認できた。この結果から、酢酸テルビウム-ピバル酸テルビウム複合塩(0.25TbA-0.75TbPv)を含有するセンサーは、濃度7.5ppbのサリチル酸メチルを高感度でセンシングできることが分かった。
【0078】
(実施例7:(0.25TbA-0.75TbPv)+MSA)(イオン液体を使用)
合成例1で得られた酢酸テルビウム-ピバル酸テルビウム複合塩(0.25TbA-0.75TbPv)0.0449gをジメチルスルホキシド(DMSO)1.6mlに溶解し、そこにイオン液体として1-エチル-1-メチルイミダゾリウムアセタート(EMImAc)0.4mlを加え(DMSO/EMImAc=8/2)、その溶液0.2mlを円形ろ紙(Φ40mm)に滴下し乾燥させて、DMSOを揮発させ、0.25TbA-0.75TbPvとEMImAcを含むろ紙を得た。得られたろ紙を容量800mlのデシケータ内に設置し、そこに窒素をキャリアガスにして、濃度7.5ppbのサリチル酸メチルを導入し、1時間曝露後にろ紙を取り出し、励起波長365nmでの蛍光スペクトルを測定した。
【0079】
表4に記載のように、実施例6で得られた蛍光スペクトルの波長546nmでの蛍光強度は5535であった。一方、実施例7で得られた蛍光スペクトルの波長546nmでの蛍光強度は18422であり、イオン液体を含むことで蛍光発光強度が約3倍に増大することが分かった。この結果から、複合塩とともにイオン液体を含むことでサリチル酸メチルのセンシング感度が向上することが明らかになった。
【0080】
【0081】
(実施例8:(0.5TbA-0.5TbPv)+MSA)
合成例2で得られた酢酸テルビウム-ピバル酸テルビウム複合塩(0.5TbA-0.5TbPv)0.0417gをジメチルスルホキシド(DMSO)2mlに溶解し、その溶液0.2mlを円形ろ紙(Φ40mm)に滴下し乾燥させて、DMSOを揮発させ、0.5TbA-0.5TbPvを含むろ紙を得た。得られたろ紙を容量800mlのデシケータ内に設置し、そこに窒素をキャリアガスにして、濃度7.5ppbのサリチル酸メチルを導入し、1時間曝露後にろ紙を取り出し、励起波長365nmでの蛍光スペクトルを測定した。
【0082】
(実施例9:(0.5TbA-0.5TbPv)+MSA)(イオン液体を使用)
合成例2で得られた酢酸テルビウム-ピバル酸テルビウム複合塩(0.5TbA-0.5TbPv)0.0417gをジメチルスルホキシド(DMSO)1.6mlに溶解し、そこにイオン液体として1-エチル-1-メチルイミダゾリウムアセタート(EMImAc)0.4mlを加え(DMSO/EMImAc=8/2)、その溶液0.2mlを円形ろ紙(Φ40mm)に滴下し乾燥させて、DMSOを揮発させ、0.5TbA-0.5TbPvとEMImAcを含むろ紙を得た。得られたろ紙を容量800mlのデシケータ内に設置し、そこに窒素をキャリアガスにして、濃度7.5ppbのサリチル酸メチルを導入し、1時間曝露後にろ紙を取り出し、励起波長365nmでの蛍光スペクトルを測定した。
【0083】
表5に記載のように、実施例8で得られた蛍光スペクトルの波長546nmでの蛍光強度は6862であった。一方、実施例9で得られた蛍光スペクトルの波長546nmでの蛍光強度は12848であり、イオン液体を含むことで蛍光発光強度が約2倍に増大することが分かった。この結果から、複合塩とともにイオン液体を含むことでサリチル酸メチルのセンシング感度が向上することが明らかになった。
【0084】
【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明による植物ホルモンであるサリチル酸メチルを検出する試薬及びサリチル酸メチルセンサーは、テルビウム複合塩、又はテルビウム複合塩と非揮発性のイオン液体を含むことにより、サリチル酸メチルを効率的に捕捉して、錯体を形成し、且つ蛍光発光を発現することから、植物が病原菌感染の際に放出する植物ホルモンであるサリチル酸メチルを選択的に検出することを可能とする。そして、前記試薬及びサリチル酸メチルセンサーを用いることで、植物の病原菌感染を早期に検出することができ、具体的には農作物の病原菌感染を早期に検出できるセンサーとしてハウス等の施設園芸での農業ICT用の新たなセンサーとして利用することができる。
【0086】
以上、実施形態及び実施例を参照して本発明を説明したが、本発明は上記実施形態及び実施例に限定されるものではない。本発明の構成や詳細には、本発明の範囲内で当業者が理解し得る様々な変更をすることができる。
【0087】
(付記1)
2種以上の対アニオンを有するテルビウム複合塩を含む、サリチル酸メチルを検出するための試薬。
(付記2)
前記テルビウム複合塩が、下記一般式(1):
TbXaY3-a (1)
(式中、0<a<3、Xは、RCOO-、ハロゲン化物イオン及び硝酸イオンから成る群から選択される1つの1価アニオンであり、Yは、RCOO-、ハロゲン化物イオン及び硝酸イオンから成る群から選択される1つ又は複数の1価アニオンであり、Rは、任意でハロゲンで置換される、炭素数1~20のアルキル基、炭素数3~6のシクロアルキル基、及び炭素数6~14のアリール基である)
で表される、付記1に記載の試薬。
(付記3)
一般式(1)中のXがピバル酸イオンである、付記2に記載の試薬。
(付記4)
一般式(1)中のYが酢酸イオン、トリフルオロ酢酸イオン及び2-メチル酪酸イオンから成る群から選択される1つ又は複数の1価アニオンである、付記2に記載の試薬。
(付記5)
さらに非揮発性のイオン液体を含む、先行する付記のいずれかに記載の試薬。
(付記6)
前記イオン液体が、イミダゾリウム塩、ホスホニウム塩、ピリジニウム塩、アンモニウム塩、ピペリジニウム塩、及びピロリジニウム塩から成る群から選択される少なくとも1つである、付記5記載の試薬。
(付記7)
前記イオン液体が、1-エチル-3-メチルイミダゾリウム酢酸塩、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウム酢酸塩、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムテトラフルオロボラート、1-ブチル-1-メチルピロリジニウムビス(フルオロスルホニル)イミド、1-ブチルピリジニウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド、1-メチル-1-プロピルピペリジニウムビス(フルオロスルホニル)イミド、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド、及び1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムジシアナミド酸メチルから成る群から選択される少なくとも1つで
ある、付記5又は6に記載の試薬。
(付記8)
前記テルビウム複合塩に対する前記イオン液体の比率が、重量比で2~40倍である、付記5~7のいずれかに記載の試薬。
(付記9)
サリチル酸メチルを検出するサリチル酸メチルセンサーであって、
先行する付記のいずれかに記載の試薬を有するサリチル酸メチルの捕捉部と、
前記捕捉部にサリチル酸メチルが捕捉されたことを検出する検出部と、
を備える、サリチル酸メチルセンサー。
(付記10)
前記捕捉部が、前記試薬を含有する媒体を含む、付記9に記載のサリチル酸メチルセンサー。
(付記11)
前記媒体が、紙、ガラス繊維、樹脂、又は水溶性ポリマーである、付記10に記載のサリチル酸メチルセンサー。
(付記12)
前記検出部が、光学的な検出素子とコンピュータを含み、前記コンピュータに、
i)光学的な検出素子からの信号を受信する段階、
ii)受信した信号を分析してサリチル酸メチルの有無及び/又はその濃度を決定する段階、並びに
iii)分析結果を出力する段階
を実行させるプログラムを有する、付記9~11のいずれかに記載のサリチル酸メチルセンサー。
(付記13)
前記テルビウム複合塩を溶媒に溶解し、イオン液体を加えて得られた溶液を媒体に含有させた後、乾燥させて溶媒を除去することで、前記テルビウム複合塩と前記イオン液体を含有する媒体を有するサリチル酸メチルの捕捉部を得る工程を含む、付記9~12のいずれかに記載のサリチル酸メチルセンサーを製造する方法。
(付記14)
前記溶媒に対する前記イオン液体の比率が5~50重量%である、付記13に記載の製造方法。
(付記15)
付記1~8のいずれかに記載の試薬を用いてサリチル酸メチルを検出する、サリチル酸メチルのセンシング方法であって、
(i)テルビウム複合塩と、サリチル酸メチルとを反応させて錯体を形成する工程、
(ii)前記錯体に励起光をあてる工程、
(iii)前記錯体が発する蛍光を検出する工程
を含む、サリチル酸メチルのセンシング方法。
(付記16)
付記9~12のいずれかに記載のサリチル酸メチルセンサーを用いてサリチル酸メチルを検出する、サリチル酸メチルのセンシング方法であって、
(i)テルビウム複合塩と、サリチル酸メチルとを反応させて錯体を形成する工程、
(ii)前記錯体に励起光をあてる工程、
(iii)前記錯体が発する蛍光を検出する工程
を含む、サリチル酸メチルのセンシング方法。
(付記17)
励起光の励起波長として300~400nmの範囲内の波長を用いる付記15又は16に記載のセンシング方法。
(付記18)
検出された蛍光の強度をあらかじめ決められた参照値と比較することにより、サリチル酸メチルの濃度を決定する工程をさらに含む、付記15~17のいずれかに記載のセンシング方法。
(付記19)
付記1~8のいずれかに記載の試薬を植物の近傍に設置し、テルビウム複合塩とサリチル酸メチルとの反応に伴い形成される錯体に由来する蛍光発光を確認することにより、植物の病原菌感染を検出する方法。
(付記20)
付記9~12のいずれかに記載のサリチル酸メチルセンサーを植物の近傍に設置し、テルビウム複合塩とサリチル酸メチルとの反応に伴い形成される錯体に由来する蛍光発光を確認することにより、植物の病原菌感染を検出する方法。
【手続補正書】
【提出日】2024-03-14
【手続補正1】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物が病原菌に感染した際に放出する植物ホルモンであるサリチル酸メチルを検出するための試薬、サリチル酸メチルセンサー、それらを用いたサリチル酸メチルのセンシング方法、及び植物の病原菌感染を検出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
植物は、病原菌の感染を受けると、シグナル物質である植物ホルモンを合成・放出し、周囲の植物に病原菌の感染を知らせることで、予め防御機構を促すことが知られている。こうした植物が放出するシグナル物質をいち早く認識することで病害虫被害を検出することが可能となる。
【0003】
対象植物の害虫被害を発見する方法としては、例えば、特許文献1には、対象植物の近傍に、発光タンパク質遺伝子を有するモニター植物を配置し、対象植物がストレスに応答して放出する揮発性物質をモニター植物が感知して発光する現象を利用する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、農作物を含む植物の栽培において、病原菌感染した際に放出される植物ホルモンであるサリチル酸メチルを検出するための試薬、サリチル酸メチルセンサー、それらを用いたサリチル酸メチルのセンシング方法を提供し、それによって植物の病原菌感染を検出する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上述の課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、サリチル酸メチルのレセプターとしてテルビウム複合塩を使用することにより、サリチル酸メチルとの反応に伴い生成する錯体からの蛍光発光が増大し、植物の病原菌感染を検出できることを見出し、本発明を完成した。
【0007】
本実施形態の一態様は、2種以上の対アニオンを有するテルビウム複合塩を含む、サリチル酸メチルを検出するための試薬に関する。
【0008】
また、本実施形態の一態様は、サリチル酸メチルを検出するサリチル酸メチルセンサーであって、
請求項1又は2に記載の試薬を有するサリチル酸メチルの補足部と、
前記捕捉部にサリチル酸メチルが捕捉されたことを検出する検出部と、
を備える、サリチル酸メチルセンサーに関する。
【0009】
さらに、本実施形態の一態様は、前記試薬を用いてサリチル酸メチルを検出する、サリチル酸メチルのセンシング方法であって、
(i)テルビウム複合塩と、サリチル酸メチルとを反応させて錯体を形成する工程、
(ii)前記錯体に励起光をあてる工程、
(iii)前記錯体が発する蛍光を検出する工程
を含む、サリチル酸メチルのセンシング方法に関する。
【0010】
またさらに、本実施形態の一態様は、前記試薬を植物の近傍に設置し、テルビウム複合塩とサリチル酸メチルとの反応に伴い形成される錯体に由来する蛍光発光を確認することにより、植物の病原菌感染を検出する方法に関する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によると、サリチル酸メチルを検出するための試薬において、サリチル酸メチルのレセプターとしてテルビウム複合塩を含有させることにより、植物が病原菌に感染した際に放出される揮発性植物ホルモンのサリチル酸メチルとの反応によって形成された錯体からの蛍光発光強度が増大し、植物の病原菌による感染を検出することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、テルビウム複合塩と、テルビウム単塩(酢酸テルビウム及びピバル酸テルビウム)のFTIRスペクトルを示す。である。
【
図2】
図2は、実施例1(テルビウム複合塩+サリチル酸メチル)、
対照1(テルビウム複合塩)及び
対照2(サリチル酸メチル)で得られた蛍光スペクトル曲線を示す。
【
図3】
図3は、実施例6(テルビウム複合塩+サリチル酸メチル)と、比較例5(酢酸テルビウム+サリチル酸メチル)及び比較例6(ピバル酸テルビウム+サリチル酸メチル)で得られた蛍光スペクトル曲線を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に、本発明を実施するための形態について図面等を用いて説明する。ただし、以下に述べる実施形態には、本発明を実施するために技術的に好ましい限定がされているが、発明の範囲を以下に限定するものではない。
【0014】
[1]サリチル酸メチルを検出するための試薬
本発明の一実施形態は、サリチル酸メチルのレセプターとして、2種以上の対アニオンを有するテルビウム複合塩を含む、サリチル酸メチルを検出するための試薬である。本発明において、用語「試薬」とは、化学的方法による物質の検出もしくは定量、物質の合成、又は物理的特性の測定のために使用される化学物質と定義される。
【0015】
<サリチル酸メチルのレセプター:テルビウム複合塩>
本発明においてサリチル酸メチルを認識するために利用できるテルビウム複合塩は、構造の異なる2種以上の対アニオンを有するテルビウム複合塩である。
【0016】
2種以上の対アニオンを有するテルビウム複合塩としては、下記一般式(1)で表されるものが好ましい。
TbXaY3-a (1)
(式中、0<a<3、Xは、RCOO-、ハロゲン化物イオン及び硝酸イオンから成る群から選択される1つの1価アニオンであり、Yは、RCOO-、ハロゲン化物イオン及び硝酸イオンから成る群から選択される1つ又は複数の1価アニオンであり、Rは、任意でハロゲンで置換される、炭素数1~20のアルキル基、炭素数3~6のシクロアルキル基、及び炭素数6~14のアリール基である)
【0017】
対アニオンは、2種であっても、3種以上であってもよい。対アニオンが2種である場合は、X及びYはそれぞれ独立して1種の1価アニオンであり、対アニオンが3種以上である場合は、Xは1種の1価アニオンであり、Yは複数の種類の1価アニオンである。
【0018】
対アニオンは、RCOO-、ハロゲン化物イオン及び硝酸イオンから成る群から選択されることが好ましい。ここで、Rは、任意でハロゲンで置換される、炭素数1~20のアルキル基、炭素数3~6のシクロアルキル基、又は炭素数6~14のアリール基であり;任意でフッ素原子で置換される炭素数1~6のアルキル基又はフェニル基であることが好ましく;メチル基、エチル基、プロピル基、2-メチルプロピル基、トリフルオロメチル基、tert-ブチル基、又はイソブチル基であることがさらに好ましい。ハロゲン化物イオンとしては、フッ化物イオン、塩化物イオン、臭化物イオン、及びヨウ化物イオン等が挙げられ、塩化物イオンであることが好ましい。
【0019】
一般式(1)中のXはピバル酸イオン(すなわち、R=tert-ブチル基)であることが好ましく、一般式(1)中のYは酢酸イオン、トリフルオロ酢酸イオン及び2-メチル酪酸イオンから成る群から選択される1つ又は複数の1価アニオン(すなわち、R=メチル基、エチル基、プロピル基、2-メチルプロピル基、トリフルオロメチル基、イソブチル基)であることが好ましい。またテルビウム複合塩の具体的な例としては、酢酸テルビウム-ピバル酸テルビウム複合塩、2-メチル酪酸テルビウム-ピバル酸テルビウム複合塩、トリフルオロ酢酸テルビウム-ピバル酸テルビウム複合塩、酢酸テルビウム-2-メチル酪酸テルビウム複合塩等が挙げられるが、これらだけに限定されるものではない。
【0020】
テルビウム複合塩、例えば、ピバル酸テルビウム-酢酸テルビウム複合塩(Tb(t-C4H9COO)a(CH3COO)3-a)は、ピバル酸テルビウムと酢酸テルビウムをメタノールに完全に溶解し、加熱反応させることで合成することができる。また、合成時のテルビウム塩の配合比率を変えることで、複合塩の対イオン(X、Y)の比率を変えることができる。
【0021】
xがピバル酸イオンである場合、一般式(1)中のaは0.3~2.5であることが好ましく、0.4~2.0であることがより好ましく、0.5~1.5であることがさらに好ましく、0.7~1.0であることが特に好ましい。
【0022】
テルビウム複合塩は、サリチル酸メチルと反応してサリチル酸メチル錯体を形成することで、サリチル酸メチルを選択的に認識することができる。そして生成したサリチル酸メチル-テルビウム錯体は、UVで励起するとテルビウム錯体特有の蛍光を発光する。テルビウム複合塩のみでは、UV光を照射しても蛍光の発光強度は小さいため観察されない。また、テルビウム複合塩は、サリチル酸メチル以外の他の植物ホルモン、例えばジャスモン酸メチルとは反応せず認識しないため、サリチル酸メチルを選択的に認識することができる。テルビウム複合塩は、テルビウム単塩と比較して、サリチル酸メチルとの反応によって形成された錯体からの蛍光発光強度が増大する。
【0023】
<非揮発性のイオン液体>
本発明のサリチル酸メチルを検出するための試薬は、サリチル酸メチルを効果的に捕捉させるため、テルビウム複合塩に加えて、非揮発性のイオン液体を含むことができる。イオン液体を含む場合、テルビウム複合塩は、非揮発性のイオン液体に溶解して存在するが、一部は析出している場合もある。テルビウム複合塩は、非揮発性のイオン液体に溶解していても、析出していても、同様にサリチル酸メチルのレセプターとして機能することができる。
【0024】
本発明において利用できる非揮発性のイオン液体としては、イミダゾリウム塩、ホスホニウム塩、ピリジニウム塩、アンモニウム塩、ピペリジニウム塩、ピロリジニウム塩等が挙げられる。具体的には、1-エチル-3-メチルイミダゾリウム酢酸塩、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウム酢酸塩、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムテトラフルオロボラート、1-ブチル-1-メチルピロリジニウムビス(フルオロスルホニル)イミド、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムジブチルホスファート、テトラブチルアンモニウムアセタート、1-ブチルピリジニウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド、1-メチル-1-プロピルピペリジニウムビス(フルオロスルホニル)イミド、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムジシアナミド等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0025】
テルビウム複合塩に対するイオン液体の比率は、重量比で2~40倍であることが好ましく、3~30倍であることがより好ましく、4~20倍であることが特に好ましい。テルビウム複合塩に対するイオン液体の重量比率が2倍未満であると、サリチル酸メチル検出感度の向上効果が得られないことがあり、テルビウム複合塩に対するイオン液体の重量比率が40倍を超えると、テルビウム複合塩がサリチル酸メチルと錯体を形成しにくくなることがある。
【0026】
本発明のサリチル酸メチルを検出するための試薬は、本発明の効果を損なわない範囲内において、任意で他の溶媒を含んでもよい。溶媒としては、ジメチルスルホキシド、メタノール、エタノール、水、N,N-ジメチルホルムアミド、テトラヒドフラン、アセトン、アセトニトリル、1,4-ジオキサン等を使用することができるがこれらに限定されない。
【0027】
[2]サリチル酸メチルセンサー
本発明の一実施形態は、サリチル酸メチルを検出するサリチル酸メチルセンサーであって、前記試薬を有するサリチル酸メチルの捕捉部と、前記捕捉部にサリチル酸メチルが捕捉されたことを検出する検出部を備える、サリチル酸メチルセンサーに関する。
【0028】
(1)捕捉部
本発明のサリチル酸メチルセンサーの捕捉部は、サリチル酸メチルを選択的に認識するレセプターであるテルビウム複合塩を有するものである。捕捉部は、テルビウム複合塩に加えて、サリチル酸メチルを効果的に捕捉させるために、非揮発性のイオン液体を含むことが好ましい。捕捉部において、試薬は媒体に含有されていることが好ましい。
【0029】
<媒体>
本発明のテルビウム複合塩を含有させる媒体としては、例えば、紙又はガラス繊維、樹脂(例えば、ポリメチルメタクリレート、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、ポリスチレン、ナイロン樹脂、ポリアミド、ポリカーボネート、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリフェニレンオキサイド)、水溶性ポリマー(セルロース系、アガロース、でんぷん系、アルギン酸ナトリウム、アクリル酸系、アクリルアミド系、ポリビニルアルコール、ポリエチレンオキシド、ポリビニルピロリドン等)でありうるが、これらに限定されるものではない。
【0030】
例えば、媒体として紙を使用する場合には、テルビウム複合塩を溶媒に溶解し、さらにそこにイオン液体を加えてもよく、得られた溶液を紙(例えば、ろ紙)に含浸させた後、室温~60℃で乾燥させて溶媒を除去することで、テルビウム複合塩と非揮発性のイオン液体を含有する媒体が得られる。溶媒を使用せず、テルビウム複合塩と非揮発性のイオン液体の混合物を媒体に含侵させることもできるが、溶媒を使用すると、テルビウム複合塩を媒体に含浸させやすくなり、またテルビウム複合塩の濃度調製が容易になるため好ましい。溶媒を除去した後、テルビウム複合塩は、非揮発性のイオン液体に溶解して存在するが、一部は析出している場合もある。テルビウム複合塩は、非揮発性のイオン液体に溶解していても、析出していても、同様にサリチル酸メチルのレセプターとして機能することができる。
【0031】
テルビウム複合塩を溶解する溶媒としては、ジメチルスルホキシド、メタノール、エタノール、水、N,N-ジメチルホルムアミド、テトラヒドフラン、アセトン、アセトニトリル、1,4-ジオキサン等を使用することができるが、これらに限定されない。
【0032】
また、溶媒に対するイオン液体の比率は、含浸させる媒体に対して、適宜設定されうる。溶媒に対するイオン液体の比率が低いと、乾燥後の媒体中のイオン液体の量が少なくなり、検出感度の向上効果が小さくなることがある。一方、溶媒に対するイオン液体の比率が大きくなると、イオン液体が高粘度であるために、媒体に含浸しにくくなるデメリットが生じることがある。そのため、溶媒に対するイオン液体の比率は媒体に対して、適宜設定される。例えば、ろ紙に含浸させる場合は、溶媒に対するイオン液体の比率は、5~50重量%であることが好ましく、10~30重量%であることがより好ましい。
【0033】
(2)検出部
本発明のサリチル酸メチルセンサーの検出部は、捕捉部にサリチル酸メチルが捕捉されたことを光学的に検出できるように構成されている。検出部は、捕捉部と一体の装置ではなく、別装置として構成されてもよい。本発明の一態様においては、光学的な検出部では、テルビウム複合塩とサリチル酸メチルで生成した錯体(サリチル酸メチル錯体)の蛍光発光を検出するために、励起光源(発光部)と検出素子(蛍光の受光部)とを含み、観測された蛍光強度の変化に基づき、サリチル酸メチルの検出及び/又は濃度測定を行うことができる。
【0034】
本発明の一態様においては、検出部は、サリチル酸メチルの検出及び/又は濃度測定を処理するプログラムを実行するコンピュータを含みうる。そのようなプログラムは、例えば、コンピュータに、(i)光学的な検出素子からの信号を受信する段階、(ii)受信した信号を分析してサリチル酸メチルの有無及び/又はその濃度を決定する段階、並びに、(iii)分析結果を出力する段階を実行させるプログラムでありうる。
【0035】
本発明の一態様においては、受信した信号の分析は、例えば、受信した信号をあらかじめ決められた参照値と比較することにより、サリチル酸メチルの有無及び/又はその濃度を決定することを含みうる。また、本発明の一態様においては、分析結果は、例えば、センサーに接続されたディスプレイ装置、又はネットワークを介して接続された他の機器等に出力されうる。
【0036】
本発明の一態様においては、本発明のサリチル酸メチルセンサーは、農作物が病原菌に感染した際に放出される植物ホルモンのサリチル酸メチルを感知する。よって、本発明のサリチル酸メチルセンサーは、農作物を含む植物の病原菌感染検出用のセンサーとして用いられうる。
【0037】
[3]サリチル酸メチルのセンシング方法
本発明の一実施形態は、前記試薬又はサリチル酸メチルセンサーを用いて、テルビウム複合塩とサリチル酸メチルとを反応させて得られる錯体からの蛍光発光現象を用いてサリチル酸メチルをセンシングする方法であって、
(i)テルビウム複合塩と、サリチル酸メチルとを反応させて錯体を形成する工程、
(ii)前記錯体に励起光をあてる工程、
(iii)前記錯体が発する蛍光を検出する工程を含む、サリチル酸メチルのセンシング方法に関する。
【0038】
テルビウム複合塩のみではほとんど蛍光発光を示さないのに対し、テルビウム複合塩とサリチル酸メチルの反応により生成した錯体は、新たに蛍光発光を示す。この現象を利用することで、サリチル酸メチルを検出することが可能となる。
【0039】
本発明の一態様では、励起波長として300~400nmの範囲内の適切な波長が選択される。さらに、本発明の一態様では、検出された蛍光の強度をあらかじめ決められた参照値と比較することにより、サリチル酸メチルの濃度を決定する工程も実施されうる。
【0040】
[4]植物の病原菌感染を検出する方法
本発明の一実施形態は、前記試薬又はサリチル酸メチルセンサーを植物の近傍に設置し、テルビウム複合塩とサリチル酸メチルとの反応に伴い形成される錯体に由来する蛍光発光を確認することにより、植物の病原菌感染を検出する方法に関する。
【0041】
監視対象となりうる植物としては、例えば、キュウリ、スイカ、トマト、ナス、ピーマン、パプリカ、シシトウ、メロン、ハクサイ、キャベツ、ダイコン、レタス、ネギ、ブロッコリー、タマネギ、ニンニク、ヤマノイモ、アスパラガス、ニンジン、バレイショ、セルリー、タバコ、イネ、イチゴが挙げられるが、これらに限定されない。
【0042】
検出されうる病害としては、例えば、輪紋病、白星病、褐色輪紋病、葉かび病、萎凋病、根腐萎凋病、半身萎凋病、褐色根腐病、灰色疫病、根腐病、黒点根腐病、白絹病、苗立枯病、褐斑病、ベと病、うどんこ病、灰色かび病、炭疽病、黒星病、菌核病、つる枯病、斑点病、疫病、モザイク病、黄化えそ病、黄化葉巻病、青枯病、軟腐病、かいよう病、茎えそ細菌病、黒班細菌病、斑点細菌病等が挙げられるが、これらに限定されず、また、検出されうる病原菌感染としては、上記の病害の原因菌による感染が挙げられるが、これらに限定されない。
【0043】
本開示の文脈において、「植物の近傍に設置する」と言った場合、用語「近傍」の例としては、例えば、監視対象の植物から2m以内、1m以内、75cm以内、50cm以内、40cm以内、30cm以内、20cm以内、10cm以内、又は5cm以内の距離が挙げられるが、これらに限定されず、適切な距離が種々の要因を考慮して適宜選択される。当業者であれば、センサーを設置する位置を様々な条件を考慮した上で適宜設定することが可能であろう。
【0044】
さらに、本発明の一実施形態は、植物の病原菌感染の検出における、試薬又はサリチル酸メチルセンサーの使用に関する。また、本発明の一実施形態は、試薬又はサリチル酸メチルセンサーの製造における、テルビウム複合塩の使用に関する。
【実施例0045】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【0046】
(合成例1)酢酸テルビウム(Tb(CH3COO)3:TbA)とピバル酸テルビウム(Tb(t-C4H9COO)3:TbPv)の複合塩[Tb(CH3COO)0.75(C4H9COO)2.25:0.25TbA-0.75TbPv]
酢酸テルビウム四水和物0.2gとピバル酸テルビウム0.6797g(TbAとTbPvのモル比は、1:3)をメタノール65ml中、5時間加熱還流させた。放冷後、メタノールを留去し、析出した白色結晶を真空乾燥することで、目的の酢酸テルビウムとピバル酸テルビウムの複合塩を0.74g得た。
【0047】
図1に、合成例1で得られた複合塩と、単塩(酢酸テルビウム及びピバル酸テルビウム)のFTIRスペクトルを示す。実線はテルビウム複合塩(0.25TbA-0.75TbPv)のFTIRスペクトル、点線はピバル酸テルビウムのFTIRスペクトル、一点鎖線は酢酸テルビウムのFTIRスペクトルを表す。ピバル酸テルビウム単体のピバル酸イオンに由来する1429cm
-1の吸収ピークが、複合塩では1422cm
-1にシフトしており、複合塩が酢酸テルビウムとピバル酸テルビウムの混合物ではないことが確認された。
【0048】
(合成例2)酢酸テルビウム(TbA)とピバル酸テルビウム(TbPv)の複合塩[Tb(CH3COO)1.5(t-C4H9COO)1.5:0.5TbA-0.5TbPv]
酢酸テルビウム四水和物0.3gとピバル酸テルビウム0.3398g(TbAとTbPvのモル比は、1:1)をメタノール35ml中、5時間加熱還流させた。放冷後、メタノールを留去し、析出した白色結晶を真空乾燥することで、目的の酢酸テルビウムとピバル酸テルビウムの複合塩を0.448g得た。
【0049】
合成例2で得られた複合塩のFTIRを測定した結果、ピバル酸テルビウム単体のピバル酸イオンに由来する1429cm-1の吸収ピークが、1423cm-1にシフトしており、複合塩が酢酸テルビウムとピバル酸テルビウムの混合物ではないことが確認された。
【0050】
(合成例3)酢酸テルビウム(TbA)とピバル酸テルビウム(TbPv)の複合塩[Tb(CH3COO)0.6(t-C4H9COO)2.4:0.2TbA-0.8TbPv]
酢酸テルビウム四水和物0.1545gとピバル酸テルビウム0.7g(TbAとTbPvのモル比は、1:4)をメタノール70ml中、5時間加熱還流させた。放冷後、メタノールを留去し、析出した白色結晶を真空乾燥することで、目的の酢酸テルビウムとピバル酸テルビウムの複合塩を0.75g得た。
【0051】
合成例3で得られた複合塩のFTIRを測定した結果、ピバル酸テルビウム単体のピバル酸イオンに由来する1429cm-1の吸収ピークが、1422cm-1にシフトしており、複合塩が酢酸テルビウムとピバル酸テルビウムの混合物ではないことが確認された。
【0052】
(合成例4)2-メチル酪酸テルビウム[Tb(2-MBA)]とピバル酸テルビウム(TbPv)の複合塩[Tb(C2H5(CH3)CHCOO)0.75(t-C4H9COO)2.25:0.25Tb(2-MBA)-0.75TbPv]
2-メチル酪酸テルビウム0.227gとピバル酸テルビウム0.6787g(Tb(2-MBA)とTbPvのモル比は、1:3)をメタノール70ml中、5時間加熱還流させた。放冷後、メタノールを留去し、析出した白色結晶を真空乾燥することで、目的の2-メチル酪酸テルビウムとピバル酸テルビウムの複合塩を0.83g得た。
【0053】
合成例4で得られた複合塩のFTIRを測定した結果、ピバル酸テルビウム単体のピバル酸イオンに由来する1429cm-1の吸収ピークが、1424cm-1にシフトしており、複合塩が酢酸テルビウムとピバル酸テルビウムの混合物ではないことが確認された。
【0054】
(合成例5)トリフルオロ酢酸テルビウム(TbTfa)とピバル酸テルビウム(TbPv)の複合塩:[Tb(CF3COO)0.75(t-C4H9COO)2.25:0.25TbTfa-0.75TbPv]
トリフルオロ酢酸テルビウム3水和物0.239gとピバル酸テルビウム0.6g(TbTfaとTbPvのモル比は、1:3)をメタノール60ml中、5時間加熱還流させた。放冷後、メタノールを留去し、析出した白色結晶を真空乾燥することで、目的のトリフルオロ酢酸テルビウムテルビウムとピバル酸テルビウムの複合塩を0.749g得た。
【0055】
合成例5で得られた複合塩のFTIRを測定した結果、ピバル酸テルビウム単体のピバル酸イオンに由来する1429cm-1の吸収ピークが、1427cm-1にシフトしており、複合塩が酢酸テルビウムとピバル酸テルビウムの混合物ではないことが確認された。
【0056】
[サリチル酸メチル(MSA)との反応に伴う蛍光発光挙動(試薬)]
(実施例1:(0.25TbA-0.75TbPv)+MSA)
合成例1で得られた酢酸テルビウム(TbA)とピバル酸テルビウム(TbPv)の複合塩(0.25TbA-0.75TbPv)のDMSO溶液(濃度1.73mM)0.9mlとサリチル酸メチル(MSA)のDMSO溶液(濃度1.5mM)0.1mlを混合し、10分後に20倍に希釈してその溶液を石英セルに入れ、励起波長365nmで蛍光スペクトルを測定した。
【0057】
(実施例2:(0.5TbA-0.5TbPv)+MSA)
合成例2で得られた酢酸テルビウム(TbA)とピバル酸テルビウム(TbPv)の複合塩(0.5TbA-0.5TbPv)のDMSO溶液(濃度1.73mM)0.9mlとサリチル酸メチル(MSA)のDMSO溶液(濃度1.5mM)0.1mlを混合し、10分後に20倍に希釈してその溶液を石英セルに入れ、励起波長365nmで蛍光スペクトルを測定した。
【0058】
(実施例3:(0.2TbA-0.8TbPv)+MSA)
合成例3で得られた酢酸テルビウム(TbA)とピバル酸テルビウム(TbPv)の複合塩(0.2TbA-0.8TbPv)のDMSO溶液(濃度1.73mM)0.9mlとサリチル酸メチル(MSA)のDMSO溶液(濃度1.5mM)0.1mlを混合し、10分後に20倍に希釈してその溶液を石英セルに入れ、励起波長365nmで蛍光スペクトルを測定した。
【0059】
(比較例1:TbA+MSA)
酢酸テルビウム四水和物(TbA)のDMSO溶液(濃度1.73mM)0.9mlとサリチル酸メチル(MSA)のDMSO溶液(濃度1.5mM)0.1mlを混合し、10分後に20倍に希釈してその溶液を石英セルに入れ、励起波長365nmで蛍光スペクトルを測定した。
【0060】
(比較例2:TbPv+MSA)
ピバル酸テルビウム(TbPv)のDMSO溶液(濃度1.73mM)0.9mlとサリチル酸メチル(MSA)のDMSO溶液(濃度1.5mM)0.1mlを混合し、10分後に20倍に希釈してその溶液を石英セルに入れ、励起波長365nmで蛍光スペクトルを測定した。
【0061】
(対照1:0.25TbA-0.75TbPvのみ)
合成例1で得られた酢酸テルビウム(TbA)とピバル酸テルビウム(TbPv)の複合塩(0.25TbA-0.75TbPv)のDMSO溶液(濃度1.73mM)0.9mlとDMSO0.1mlを混合し、さらに20倍に希釈してその溶液を石英セルに入れ、励起波長365nmで蛍光スペクトルを測定した。
【0062】
(対照2:MSAのみ)
サリチル酸メチル(MSA)のDMSO溶液(濃度1.5mM)0.1mlとDMSO0.9mlを混合し、さらに20倍に希釈してその溶液を石英セルに入れ、励起波長365nmで蛍光スペクトルを測定した。
【0063】
図2に、実施例1、
対照1及び
対照2で得られた蛍光スペクトル曲線を示す。実線はテルビウム複合塩(0.25TbA-0.75TbPv)+MSAの蛍光スペクトル、点線はテルビウム複合塩(0.25TbA-0.75TbPv)のみの蛍光スペクトル、一点鎖線はMSAのみの蛍光スペクトルを表す。この結果から、テルビウム複合塩やMSAは、480~630nmの範囲では、それ自身では蛍光発光を示さないが、テルビウム複合塩とMSAとが反応することで蛍光発光(極大波長546nm)を示すことが分かった。
【0064】
実施例1~3、比較例1及び比較例2で得られた蛍光スペクトルにおいて、波長546nmの蛍光強度を表1にまとめた。これらの結果から、酢酸テルビウム(比較例1)やピバル酸テルビウム(比較例2)といった単塩に比べ、複合塩(実施例1~3)にすることで蛍光強度が増大することが分かった。
【0065】
【0066】
(実施例4:(0.25Tb(2-MBA)-0.75TbPv)+MSA)
合成例4で得られた2-メチル酪酸テルビウム(Tb(2-MBA))とピバル酸テルビウム(TbPv)の複合塩(0.25Tb(2-MBA)-0.75TbPv)のDMSO溶液(濃度1.73mM)0.9mlとサリチル酸メチル(MSA)のDMSO溶液(濃度1.5mM)0.1mlを混合し、10分後に20倍に希釈してその溶液を石英セルに入れ、励起波長365nmで蛍光スペクトルを測定した。
【0067】
(比較例3:Tb(2-MBA)+MSA)
2-メチル酪酸テルビウム(Tb(2-MBA))のDMSO溶液(濃度1.73mM)0.9mlとサリチル酸メチル(MSA)のDMSO溶液(濃度1.5mM)0.1mlを混合し、10分後に20倍に希釈してその溶液を石英セルに入れ、励起波長365nmで蛍光スペクトルを測定した。
【0068】
実施例4、比較例2及び比較例3で得られた蛍光スペクトルにおいて、波長546nmの蛍光強度を表2にまとめた。これらの結果から、ピバル酸テルビウム(比較例2)や2-メチル酪酸テルビウム(比較例3)といった単塩に比べ、複合塩(実施例4)にすることで蛍光強度が増大することが分かった。
【0069】
【0070】
(実施例5:(0.25TbTfa-0.75TbPv)+MSA)
合成例5で得られたトリフルオロ酢酸テルビウム(TbTfa)とピバル酸テルビウム(TbPv)の複合塩(0.25TbTfa-0.75TbPv)のDMSO溶液(濃度1.73mM)0.9mlとサリチル酸メチル(MSA)のDMSO溶液(濃度1.5mM)0.1mlを混合し、10分後に20倍に希釈してその溶液を石英セルに入れ、励起波長365nmで蛍光スペクトルを測定した。
【0071】
(比較例4:TbTfa+MSA)
トリフルオロ酢酸テルビウム(TbTfa)のDMSO溶液(濃度1.73mM)0.9mlとサリチル酸メチル(MSA)のDMSO溶液(濃度1.5mM)0.1mlを混合し、10分後に20倍に希釈してその溶液を石英セルに入れ、励起波長365nmで蛍光スペクトルを測定した。
【0072】
実施例5、比較例2及び比較例4で得られた蛍光スペクトルにおいて、波長546nmの蛍光強度を表3にまとめた。これらの結果から、ピバル酸テルビウム(比較例2)やトリフルオロ酢酸テルビウム(比較例4)といった単塩に比べ、複合塩(実施例5)にすることで蛍光強度が増大することが分かった。
【0073】
【0074】
[サリチル酸メチル(MSA)との反応に伴う蛍光発光挙動(センサー)]
(実施例6:(0.25TbA-0.75TbPv)+MSA)
合成例1で得られた酢酸テルビウム-ピバル酸テルビウム複合塩(0.25TbA-0.75TbPv)のDMSO溶液(濃度50mM)0.2mlを円形ろ紙(Φ40mm)に滴下し乾燥させて、DMSOを揮発させ、0.25TbA-0.75TbPvを含むろ紙を得た。得られたろ紙を、容量800mlのデシケータ内に設置し、そこに窒素をキャリアガスにして、濃度7.5ppbのサリチル酸メチルを導入し、1時間曝露後にろ紙を取り出し、蛍光スペクトルを測定した。
【0075】
(比較例5:TbA+MSA)
酢酸テルビウム四水和物(TbA)のDMSO溶液(濃度50mM)0.2mlを円形ろ紙(Φ40mm)に滴下し乾燥させて、DMSOを揮発させ、TbAを含むろ紙を得た。得られたろ紙を、容量800mlのデシケータ内に設置し、そこに窒素をキャリアガスにして、濃度7.5ppbのサリチル酸メチルを導入し、1時間曝露後にろ紙を取り出し、同様に蛍光スペクトルを測定した。
【0076】
(比較例6:TbPv+MSA)
ピバル酸テルビウム(TbPv)のDMSO溶液(濃度50mM)0.2mlを円形ろ紙(Φ40mm)に滴下し乾燥させて、DMSOを揮発させ、TbPvを含むろ紙を得た。得られたろ紙を、容量800mlのデシケータ内に設置し、そこに窒素をキャリアガスにして、濃度7.5ppbのサリチル酸メチルを導入し、1時間曝露後にろ紙を取り出し、同様に蛍光スペクトルを測定した。
【0077】
図3に、実施例6、比較例5及び比較例6で得られた蛍光スペクトル曲線を示す。実線はテルビウム複合塩(0.25TbA-0.75TbPv)の蛍光スペクトル、点線はTbAの蛍光スペクトル、一点鎖線はTbPvの蛍光スペクトルを表す。
図3の1時間曝露後の蛍光スペクトルから、酢酸テルビウム-ピバル酸テルビウム複合塩(0.25TbA-0.75TbPv)は、酢酸テルビウムやピバル酸テルビウムに比べ、蛍光強度が強いことが確認できた。この結果から、酢酸テルビウム-ピバル酸テルビウム複合塩(0.25TbA-0.75TbPv)を含有するセンサーは、濃度7.5ppbのサリチル酸メチルを高感度でセンシングできることが分かった。
【0078】
(実施例7:(0.25TbA-0.75TbPv)+MSA)(イオン液体を使用)
合成例1で得られた酢酸テルビウム-ピバル酸テルビウム複合塩(0.25TbA-0.75TbPv)0.0449gをジメチルスルホキシド(DMSO)1.6mlに溶解し、そこにイオン液体として1-エチル-1-メチルイミダゾリウムアセタート(EMImAc)0.4mlを加え(DMSO/EMImAc=8/2)、その溶液0.2mlを円形ろ紙(Φ40mm)に滴下し乾燥させて、DMSOを揮発させ、0.25TbA-0.75TbPvとEMImAcを含むろ紙を得た。得られたろ紙を容量800mlのデシケータ内に設置し、そこに窒素をキャリアガスにして、濃度7.5ppbのサリチル酸メチルを導入し、1時間曝露後にろ紙を取り出し、励起波長365nmでの蛍光スペクトルを測定した。
【0079】
表4に記載のように、実施例6で得られた蛍光スペクトルの波長546nmでの蛍光強度は5535であった。一方、実施例7で得られた蛍光スペクトルの波長546nmでの蛍光強度は18422であり、イオン液体を含むことで蛍光発光強度が約3倍に増大することが分かった。この結果から、複合塩とともにイオン液体を含むことでサリチル酸メチルのセンシング感度が向上することが明らかになった。
【0080】
【0081】
(実施例8:(0.5TbA-0.5TbPv)+MSA)
合成例2で得られた酢酸テルビウム-ピバル酸テルビウム複合塩(0.5TbA-0.5TbPv)0.0417gをジメチルスルホキシド(DMSO)2mlに溶解し、その溶液0.2mlを円形ろ紙(Φ40mm)に滴下し乾燥させて、DMSOを揮発させ、0.5TbA-0.5TbPvを含むろ紙を得た。得られたろ紙を容量800mlのデシケータ内に設置し、そこに窒素をキャリアガスにして、濃度7.5ppbのサリチル酸メチルを導入し、1時間曝露後にろ紙を取り出し、励起波長365nmでの蛍光スペクトルを測定した。
【0082】
(実施例9:(0.5TbA-0.5TbPv)+MSA)(イオン液体を使用)
合成例2で得られた酢酸テルビウム-ピバル酸テルビウム複合塩(0.5TbA-0.5TbPv)0.0417gをジメチルスルホキシド(DMSO)1.6mlに溶解し、そこにイオン液体として1-エチル-1-メチルイミダゾリウムアセタート(EMImAc)0.4mlを加え(DMSO/EMImAc=8/2)、その溶液0.2mlを円形ろ紙(Φ40mm)に滴下し乾燥させて、DMSOを揮発させ、0.5TbA-0.5TbPvとEMImAcを含むろ紙を得た。得られたろ紙を容量800mlのデシケータ内に設置し、そこに窒素をキャリアガスにして、濃度7.5ppbのサリチル酸メチルを導入し、1時間曝露後にろ紙を取り出し、励起波長365nmでの蛍光スペクトルを測定した。
【0083】
表5に記載のように、実施例8で得られた蛍光スペクトルの波長546nmでの蛍光強度は6862であった。一方、実施例9で得られた蛍光スペクトルの波長546nmでの蛍光強度は12848であり、イオン液体を含むことで蛍光発光強度が約2倍に増大することが分かった。この結果から、複合塩とともにイオン液体を含むことでサリチル酸メチルのセンシング感度が向上することが明らかになった。
【0084】
本発明による植物ホルモンであるサリチル酸メチルを検出する試薬及びサリチル酸メチルセンサーは、テルビウム複合塩、又はテルビウム複合塩と非揮発性のイオン液体を含むことにより、サリチル酸メチルを効率的に捕捉して、錯体を形成し、且つ蛍光発光を発現することから、植物が病原菌感染の際に放出する植物ホルモンであるサリチル酸メチルを選択的に検出することを可能とする。そして、前記試薬及びサリチル酸メチルセンサーを用いることで、植物の病原菌感染を検出することができ、具体的には農作物の病原菌感染を検出できるセンサーとしてハウス等の施設園芸での農業ICT用の新たなセンサーとして利用することができる。
以上、実施形態及び実施例を参照して本発明を説明したが、本発明は上記実施形態及び実施例に限定されるものではない。本発明の構成や詳細には、本発明の範囲内で当業者が理解し得る様々な変更をすることができる。