(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024142427
(43)【公開日】2024-10-11
(54)【発明の名称】角層構成成分が引き起こす皮膚細胞の角層構造指標変化を抑制する被験物質を肌荒れ改善効果が期待できる物質として選定するスクリーニング方法。
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/02 20060101AFI20241003BHJP
C07K 14/47 20060101ALI20241003BHJP
C12N 5/071 20100101ALN20241003BHJP
C12Q 1/6881 20180101ALN20241003BHJP
【FI】
C12Q1/02
C07K14/47
C12N5/071
C12Q1/6881 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023054563
(22)【出願日】2023-03-30
(71)【出願人】
【識別番号】591230619
【氏名又は名称】株式会社ナリス化粧品
(72)【発明者】
【氏名】森田 哲史
(72)【発明者】
【氏名】浅井 健史
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 裕太
(72)【発明者】
【氏名】齋藤(奥田) 奈緒美
(72)【発明者】
【氏名】川村 美夏帆
(72)【発明者】
【氏名】内海 貴夫
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
4H045
【Fターム(参考)】
4B063QA05
4B063QQ08
4B063QR77
4B063QS40
4B065AA90X
4B065AC20
4B065BA21
4B065CA44
4B065CA50
4H045AA10
4H045AA30
4H045CA40
4H045EA15
4H045EA20
(57)【要約】 (修正有)
【課題】角層構成成分が引き起こす皮膚細胞の角層構造指標変化を抑制する被験物質を、肌荒れ改善効果が期待できる物質として選定するスクリーニング方法を提供する。
【解決手段】本発明は、例えば下記手段を用いる。
〔1〕皮膚細胞に角層構成成分を共存させた場合に、皮膚細胞の角層構造指標変化を抑制する被験物質を肌荒れ改善効果が期待できる物質として選定するスクリーニング方法。
〔2〕前記皮膚細胞が、皮膚から摘出した皮膚組織、摘出した皮膚組織から分離した細胞から再構築した3次元皮膚モデル、から選ばれる1種以上である〔1〕に記載のスクリーニング方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
皮膚細胞に角層構成成分を共存させた場合に、皮膚細胞の角層構造指標変化を抑制する被験物質を肌荒れ改善効果が期待できる物質として選定するスクリーニング方法。
【請求項2】
前記皮膚細胞が、皮膚から摘出した皮膚組織、摘出した皮膚組織から分離した細胞から再構築した3次元皮膚モデル、から選ばれる1種以上である請求項1に記載のスクリーニング方法。
【請求項3】
前記皮膚細胞の角層構造指標変化が、角層間隙率の増加、バリア機能指標の低下、細胞接着因子量の低下、から選ばれる1種以上であることを特徴とする、請求項1又は2に記載のスクリーニング方法。
【請求項4】
前記皮膚細胞の角層構造指標変化が、角層の観察像から算出される観察領域に対する角層間隙の割合の増加及び/又は角層厚の増加、経表皮水分蒸散量の増加、細胞接着因子の遺伝子発現量及び/又はタンパク質発現量の減少、から選択される1種以上を指標とする請求項1又は2に記載のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、角層構成成分が皮膚細胞に対して悪影響を及ぼす生理的作用を有するという新たな知見に基づく、角層構成成分が引き起こす皮膚細胞の角層構造指標変化を抑制する被験物質を肌荒れ改善効果が期待できる物質として選定するスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
角層は皮膚の最表層に位置し、生体と外部環境の間の物理的・化学的バリアとして機能するほか、皮膚の質感や外観を調整し、健康的な生体や皮膚の維持にとって、健常な角層の維持は不可欠である。なお、「角層」の呼称は、角層全層だけでなく角層の一部分に対しても用いられている。
角層は、死んだ角層細胞の集合体を含め、角層細胞内もしくは周辺部に存在する角層細胞間脂質やタンパク質、脂質、NMF等により構成され、それら角層を構成する成分(角層構成成分)のうち、角層細胞間脂質がバリア機能(非特許文献1)、NMF等が水分保持機能(非特許文献2)を担って健康的な生体や皮膚の維持に貢献していることが知られている。
一方で、正常な新陳代謝においては垢となって落屑されるべき角層細胞は、堅い、粗造な表面形態を呈する、光の透過を妨げる、などの性質を持つため、落屑せずに滞留した角層細胞は皮膚表面の物理的特性を変化させることにより皮膚のカサツキやくすみといった症状を引き起こす。このような皮膚の症状を改善する化粧料としては、従来、角層を剥離する作用を持つグリコール酸、乳酸、サリチル酸等のヒドロキシ酸(特許文献1)や尿素、アルカリ性溶液等を配合した皮膚外用剤や、角層の剥離を調節するトリプシン及びキモトリプシン様プロテアーゼの角層剥離効果を高める物質を含有する皮膚外用剤(特許文献2)があり、滞留した角層を除去することにより皮膚の物理的特性を変化させ、滑らかさを取り戻し、くすみを改善することができる。このように、角層を除去することにより皮膚表面の物理的特性の変化による皮膚の症状が改善することから、角層は物理的な作用として皮膚に悪い影響を及ぼす面を有することは明白である。
【0003】
しかし、角層構成成分が生きた皮膚細胞の生理的特性に影響を与えることやそのメカニズムについては注意が払われていなかった。ましてや、健康的な生体や皮膚の維持にとって不可欠な角層構成成分が生きた皮膚細胞の生理的特性に悪影響を与える可能性については全く考慮されていなかった。
【0004】
上述の通り角層を除去する複数の方法が存在し、角層が物理的な作用として皮膚に悪い影響を及ぼす面には対処することができていた。しかしながら、生きた皮膚細胞の生理的特性を変化させる作用による皮膚への影響に対しては、その影響そのものが明らかにされておらず、対処の方法も全く知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭58-8007号公報
【特許文献2】特開2002-234845号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】田上八朗, 角層と皮膚疾患(前編) -角層のバリア機能を中心としてー, 西日皮膚,65(1), 58-64,2003
【非特許文献2】田上八朗, 角層と皮膚疾患(後編) -角層の水分保持機能を中心としてー, 西日皮膚,65(2), 165-171,2003
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記課題に鑑み、本発明は、角層構成成分が引き起こす皮膚細胞の角層構造指標変化を抑制する被験物質を肌荒れ改善効果が期待できる物質として選定するスクリーニング方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、角層構成成分が有する皮膚細胞の生理的特性を変化させる作用を明らかにするため、ボランティアから採取した角層構成成分を皮膚細胞に共存させて皮膚細胞の遺伝子発現プロファイルを解析し、タンパク質の発現や生体反応の解析を加えて、角層構成成分が有する皮膚細胞の生理的特性を変化させる作用の有無とそのメカニズムを徹底的に追求した。その結果、角層構成成分は皮膚細胞に対して、細胞内の活性酸素濃度を増加させること、細胞内の鉄濃度を増加させること、細胞内の過酸化脂質を増加させることを見出した。さらには、細胞ではフェロトーシスが生じ、細胞生存率に関連することを発見した。
【0009】
加えて、角層の接着因子の発現が低下することにより角層接着が脆弱になること、また角層の構造に間隙が見られるようになり、角層構造が変化することを発見した。また、このことが起因し、経表皮水分蒸散量が増加することも確認し、バリア機能が脆弱になることも明らかにした。
【0010】
これらの結果から、皮膚の最表層にあって健康的な生体や皮膚の維持にとって不可欠であるにも関わらず、角層構成成分は生きた皮膚細胞の生理的特性に悪影響を与えるという驚くべき知見を得た。また、該悪影響の中でも角層構造に関わる影響は深刻で、角層構成成分を皮膚細胞に共存させた場合に、肌荒れの原因として知られているバリア機能の脆弱化が生じるという事実は、正常な新陳代謝で共存しうる以上の角層構成成分と皮膚細胞が共存した場合に、角層構成成分が肌荒れの原因として作用することを示す。以上の知見に基づいて、本発明者らは本発明を完成させた。
【0011】
より具体的には下記の発明に関する:
〔1〕皮膚細胞に角層構成成分を共存させた場合に、皮膚細胞の角層構造指標変化を抑制する被験物質を肌荒れ改善効果が期待できる物質として選定するスクリーニング方法。
〔2〕前記皮膚細胞が、皮膚から摘出した皮膚組織、摘出した皮膚組織から分離した細胞から再構築した3次元皮膚モデル、から選ばれる1種以上である〔1〕に記載のスクリーニング方法。
〔3〕前記皮膚細胞の角層構造指標変化が、角層間隙率の増加、バリア機能指標の低下、細胞接着因子量の低下、から選ばれる1種以上であることを特徴とする、〔1〕又は〔2〕に記載のスクリーニング方法。
〔4〕前記皮膚細胞の角層構造指標変化が、角層の観察像から算出される観察領域に対する角層間隙の割合の増加及び/又は角層厚の増加、経表皮水分蒸散量の増加、細胞接着因子の遺伝子発現量及び/又はタンパク質発現量の減少、から選択される1種以上を指標とする〔1〕又は〔2〕に記載のスクリーニング方法。
【0012】
本発明には、皮膚細胞に角層構成成分を共存させ、角層構成成分を共存させない場合を基準として、角層構成成分を共存させた場合の皮膚細胞の実質的な角層構造指標変化を評価する工程、および皮膚細胞に角層構成成分を共存させ、被験物質を共存させた場合に、角層構成成分の共存による角層構造指標変化を抑制する被験物質を肌荒れ改善効果が期待できる物質として選定する工程を含みうる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、角層構成成分が引き起こす皮膚細胞の角層構造指標変化を抑制する物質を、高い精度で選定することができる。また、本発明の角層構成成分が引き起こす皮膚細胞の角層構造指標変化を抑制する被験物質を含む皮膚外用剤を塗布することにより、肌荒れを改善する効果が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】角層構成成分を共存させた場合と共存させていない場合で培養した3次元皮膚モデルの経表皮水分蒸散量を示す図である。
【
図2】角層構成成分を共存させた場合と共存させていない場合で培養した3次元皮膚モデルの角層を観察した画像である。
【
図3】角層構成成分を共存させた場合と共存させていない場合で培養した3次元皮膚モデルにおけるデスモソーム関連因子の免疫染色観察画像である。
【
図4】3次元皮膚モデルに角層構成成分を共存させた場合の角層構造指標変化の指標を経表皮水分蒸散量として被験物質をスクリーニングした結果である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明について実施の形態を例示して詳細に説明する。なお、本発明の範囲はここで説明する実施態様に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で任意の変更を加えて実施することができる。
【0016】
本発明で用いられる角層構成成分は、皮膚の表層から抽出される成分、採取した角層、もしくは採取した角層から抽出される成分のことを示す。具体的には、角層細胞周辺部に存在する角層細胞間脂質、角層細胞内もしくは周辺部に存在するタンパク質や脂質、アミノ酸、有機物、無機物等の物質、採取した角層の角層細胞(角質細胞と呼ばれることもある)やそれらの混合物を角層構成成分として用いることができる。角層構成成分として、ヒトから採取した角層をそのまま用いることができるが、皮膚の表層や採取した角層から任意の溶媒やさらにはボルテックスミキサー、ビーズミル、超音波等の任意の外力負荷方法にて抽出される抽出物を角層構成成分としてもよく、角層細胞そのものを必ず含めなくてもよい。ここで、角層から抽出される成分を得る際に用いられる溶媒としては、特に限定されないが、例えば、水;メチルアルコール、エチルアルコール等の低級1価アルコール;多価アルコール;アセトン、メチルエチルケトン等のケトン;酢酸エチルなどのアルキルエステル;ベンゼン、ヘキサン等の炭化水素;ジエチルエーテル等のエーテル類;ジクロルメタン、クロロホルム等のハロゲン化アルカン等の1種または2種以上を用いることが出来る。抽出の温度および抽出時間は、その後適用する皮膚細胞への作用が損なわれない範囲であれば特に制限されず、低温下から加温下で数分~数日で抽出される。
上記の如く得られた抽出物は、抽出後の抽出液をそのまま用いることができるが、目的に応じて活性炭又は活性白土、スチレン-ジビニルベンゼン系合成吸着剤(HP-20:三菱化成社製)やオクタデシルシラン処理シリカ(ChromatorexODS:富士シリシア化学製)等により精製することができる。場合によっては、抽出物や精製分画物の溶媒を留去して液体の状態で用いてもよいが、スプレードライ法、凍結乾燥法等、常法に従って固体化し、さらに必要に応じて粉砕して粉末状とした上で用いてもよい。
当然のことながら、これらの抽出物だけではなく、抽出後の角層残渣を角層構成成分として用いることもでき、上記の如く処理を施して用いてもよい。
【0017】
本発明で用いられる角層構成成分を得るための角層は、ヒトに由来するものであれば特に限定されない。顔面、首、腕、手、胸部、腹部、背部、脚部、足、頭部等の身体の任意の部位の皮膚から採取されたものでもよいが、顔面や腕を用いると角層が採取しやすい。対象となるヒトの年齢は特に限定されず、皮膚を深く侵襲しない程度であれば乳幼児から老齢のヒトまでが対象となる。さらには、ヒト摘出皮膚を用いてもよいし、ヒト由来細胞を用いて分化させて角層を形成した皮膚モデルから角層を採取してもよい。
所望の深さにある角層を採取できるように、皮膚上層の角層を取り除いた後で角層を採取してもよい。
【0018】
角層の採取方法は特に限定されず、例えば粘着剤を皮膚に貼り付けて剥がすことによって皮膚の角層を採取するテープストリッピング法や、スクレイパー等の器具により角層を皮膚表面からこすり落として採取する方法、コットンや綿棒等の器具を用いて皮膚の擦過等により採取する方法、など公知の角層採取方法で採取できる。特には、低侵襲であるテープストリッピングや擦過等の簡便に角層を得られる方法が好ましい。採取時に毛髪など、角層以外が含まれていた場合であっても、測定に影響がない範囲であれば問題ない。
粘着剤は、角層を接着し剥離する接着力を有するものであれば特に限定されず、アクリル系粘着剤、ゴム系粘着剤、シリコーン系粘着剤、ウレタン系粘着剤等が挙げられる。
角層を皮膚表面からこすり落としたり擦過等により採取するための器具を用いる場合、器具の素材は角層を採取するために有効であれば特に限定されず、天然のものであっても合成のものであってもよく、またこれらが混在したものであってもよい。具体的には、綿、絹、羊毛、麻、パルプ、リヨセル、キュプラ、レーヨン、アセテート、アクリル、ポリエステル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリウレタン、ポリアミド、ニトリルゴム、ポリビニルアルコール等が挙げられる。担体の大きさ、形状等は、採取する皮膚の面積や扱いやすさ等を考慮して、適宜設計すればよい。
【0019】
角層の採取の際には、角層採取用の溶液を用いることができる。具体的な例として、角層採取用溶液を含浸させたコットンで皮膚表面を擦過することにより実施できる。溶液としては、水、生理食塩水、リン酸緩衝液等の緩衝液、アルコール類、グリコール類、アセトン等の有機溶媒、界面活性剤を含む水性溶媒等を用いることができ、これらの混合物でも問題ない。
【0020】
角層の採取においては、試験に供する角層構成成分の量を得ることができれば、採取する範囲は特に限定されない。広い範囲から採取してもよく、範囲を限定した箇所から角層を採取することもできる。十分な量の角層を得るために、1~数回の採取作業で角層を採取してもよい。当然ながら、角層採取に用いるテープ、粘着剤、コットン等の採取器具は採取の間同一のものを用いて採取してもよいが、適宜交換しながら複数回採取してもよい。
上記手順による角層の採取の前に、角層を採取する皮膚部位から皮脂、汚れ等を取り除いておくことが好ましい。
【0021】
必要であれば採取した角層を収集する目的で適宜種々の処理をすることができる。テープストリッピングにより採取した角層であれば、粘着剤を除去後に収集することができる。また、コットン等を用いて擦過により角層を採取した場合では、コットン等に付着した乾燥した角層を振り落とすことで回収して収集することができ、もしくは水、生理食塩水、リン酸緩衝液等の緩衝液、アルコール類、グリコール類、アセトン等の有機溶媒、界面活性剤を含む水性溶媒等、またはこれらの混合液に角層採取後のコットンを浸漬し、振とうや超音波等によりコットンから角層を剥離、懸濁した後に遠心分離等で収集することができる。
【0022】
角層構成成分は、その後適用する細胞への作用が損なわれない範囲で必要に応じて滅菌処理、殺菌処理、除菌処理を施してもよい。処理方法は特に限定されないが、角層構成成分をアルコールに浸漬させてからアルコールを留去する、加熱する、フィルターでろ過する、紫外線やガンマ線を照射する、抗生物質や次亜塩素酸ナトリウム等に一定時間浸漬する、等々の方法が挙げられる。当然のことながら、滅菌処理を施さずに角層構成成分を皮膚細胞に共存させても問題はない。
【0023】
また、角層構成成分は、1人から得られた角層構成成分でもよいが、複数人から得られた角層構成成分を集合させてから用いてもよい。同様に、培養皮膚組織や皮膚モデルから角層を採取して角層構成成分とする場合は、1つの組織から得られた角層構成成分を用いてもよいが、複数の組織から得られた角層構成成分を集合させてから用いてもよい。
【0024】
角層構成成分を共存させる皮膚細胞は、主たる由来がヒトであればよく、摘出皮膚、皮膚から摘出した皮膚組織、あるいはそこから得られる培養皮膚組織、さらには培養皮膚細胞から再構築した3次元皮膚モデルなどを用いることができる。
再構築した3次元皮膚モデルは、表皮角化細胞を分化させた皮膚モデルを構築し、1種類の細胞により構成される皮膚モデルを用いてもよいし、表皮角化細胞だけでなく、さらには皮膚に存在する線維芽細胞、ランゲルハンス細胞、メラニン細胞、肥満細胞、内皮細胞、皮脂細胞、毛乳頭細胞、毛母基細胞などが混在していても問題ない。
皮膚モデルは公知の方法により作製することもできるが、クラボウ社やジャパン・ティッシュエンジニアリング社により市販されている皮膚モデルを用いることもできる。
なお、再構築した3次元皮膚モデルを構成する細胞は、公知の方法により皮膚から採取されたものを用いることもできるが、JCRB細胞バンクや理研BRC細胞材料開発室 CELL BANK等の細胞バンクで分譲されている皮膚に存在する細胞、もしくはクラボウ社、PromoCell社等により市販されている皮膚に存在する細胞を用いることもできる。
さらには、皮膚老化や光老化等の、ダメージを想定した皮膚への影響を評価するために、皮膚細胞にはあらかじめ老化処理やダメージ処理を施しておいてもよい。
【0025】
角層構成成分の皮膚細胞への共存はいかなる方法によってでもよく、例えば、角層構成成分を皮膚細胞の培養液に添加する方法、皮膚細胞の表層に角層構成成分を重層させる方法などが挙げられる。また、角層構成成分を皮膚細胞に共存させる際には、例えば角層構成成分そのままを皮膚細胞に共存させることができるが、必要に応じて水等で湿潤させて用いることもできる。角層構成成分の形態はどのような形態であってもよく、乾燥や粉砕を行って粉末状にして用いることができるが、共存させる皮膚細胞に影響が出ない範囲で適当な溶媒に分散や溶解したものを用いてもよい。皮膚細胞に均一に共存させるために、角層構成成分を添加したのちにメッシュ等を上から乗せる等の処置を施してもよい。
【0026】
皮膚細胞に共存させる角層構成成分の量は特に限定されず、共存させない場合に比べて共存させた場合に、後に説明する皮膚細胞の角層構造指標変化(角層間隙率の増加、バリア機能指標の低下、細胞接着因子量の低下)が確認できる程度の量であれば問題なく、用いる皮膚細胞の量、もしくは皮膚組織や皮膚モデルであれば大きさ等に応じて共存させる量を選択することができる。例えば、皮膚細胞としてヒト正常表皮角化細胞により再構築された3次元皮膚モデルを用いて皮膚細胞の表層に角層構成成分を重層させる場合には、皮膚モデルの表層の全範囲が均一に角層構成成分で覆われるように量を調節して共存させることが好ましい。また、ここで言う「量」は、皮膚細胞とそこに共存させる角層構成成分の相対的な量を把握できる値であればよく、たとえば、皮膚細胞を構成する細胞数あたりの角層構成成分質量や、皮膚細胞である皮膚モデルの表層の面積あたりの一定濃度の角層構成成分溶液の体積などである。
【0027】
皮膚細胞の培養時間は特に限定されず、皮膚細胞に角層構成成分を共存させない場合に比べて共存させた場合に、後に説明する皮膚細胞の角層構造指標変化(角層間隙率の増加、バリア機能指標の低下、細胞接着因子量の低下)が確認できる程度の時間であれば問題ない。例えば、皮膚細胞としてヒト正常表皮角化細胞により再構築された3次元皮膚モデルを用いて皮膚細胞の表層に角層構成成分を適用する場合には、24時間~120時間が適当であり、48時間~72時間が好ましい。
比較の対照となる角層構成成分を共存させない皮膚細胞は、角層構成成分を共存させる前の皮膚細胞でもよいし、角層構成成分を共存させないこと以外は同様の処理を行った皮膚細胞であってもよい。また、角層構成成分の代わりに同じ重量や体積の実質的に生理的に不活性な物質を共存させたものとすることもできる。
【0028】
本発明における『皮膚細胞に角層構成成分を共存させた場合の皮膚細胞の角層構造指標』とは、皮膚細胞に角層構成成分を共存させた場合と共存させない場合とを比較し、皮膚細胞における変化の有無が確認できる角層構造指標であれば特に限定されない。角層構造指標は、例えば角層の構造を表す角層間隙率や角層厚、バリア機能指標、細胞接着因子量などが例示され、角層構造指標変化は、特には角層の構造を表す角層間隙率や角層厚の増加、バリア機能指標の低下、細胞接着因子量の低下などが例示される。
【0029】
角層の構造は、皮膚細胞に角層構成成分を共存させた場合と共存させない場合とを比較し、皮膚細胞における角層構造指標変化の有無が確認できればどのような方法によっても構わないが、例えば角層間隙率や角層厚を測定することにより評価することができる。
角層間隙率は、例えば、角層領域において適当な画像解析ソフトによって一定の領域を指定し、その一定領域に含まれる角層細胞と角層間隙それぞれの面積を計測し一定領域に占める角層間隙の割合から算出することができる。上記面積は、実スケールでの面積の他、画像中当該領域の面積と相関するピクセル数を用いることもできる。画像解析ソフトを用いない方法として、角層中に存在する角層間隙の面積に応じて数段階のグレードを設定し、角層間隙のグレードを角層間隙率を表す指標として評価に用いることもできる。一例としては、3次元皮膚モデルに角層構成成分を共存させた場合、3次元皮膚モデルを用いて切片を作製してヘマトキシリン・エオジン染色し、顕微鏡観察により角層上層と下層を含む観察像を取得し、染色された領域を角層細胞、染色されていない領域を角層間隙とし、それぞれの面積を画像解析ソフトにより計測し、観察像中の角層細胞と角層間隙の割合を算出することにより、角層間隙率を求めることができる。なお、切片の角層部分の1カ所のみの観察像を用いて評価してもよいが、角層の複数箇所から観察像を得て角層間隙率を算出し、複数箇所の平均値を用いて評価することが好ましい。
また、角層間隙率の増加に起因して角層厚が増加していると判断できる場合は、角層厚を角層間隙率の程度を表す指標として置き換えることができ、角層厚の長さや増加した程度を測定することにより角層の構造を評価することができる。なお、角層厚は、例えば、角層領域において適当な画像解析ソフトによって角層表面と角層底面までの長さを計測して算出することができる。上記長さは、実スケールでの長さの他、画像中当該長さと相関するピクセル数を用いることもできる。角層領域の1カ所のみにおける角層厚の長さを計測して評価してもよいが、角層領域の複数箇所から角層厚の長さを計測して複数箇所の平均値を用いて評価することが好ましい。
【0030】
角層の構造の測定方法は特に限定されない。例えば、顕微鏡を用いて観察する場合には、細胞や組織から作製される切片等をそのまま観察してもよいが、観察を容易にするために、細胞の観察に一般的に用いられる染料や蛍光色素によって染色しても良い。観察に用いる顕微鏡は特に限定されないが、例えば、実体顕微鏡や位相差顕微鏡、共焦点蛍光顕微鏡、電子顕微鏡などを用いて観察することができる。細胞や組織を染色する方法としては、適切に染色できれば特に限定されないが、例えば、へマトキシリンやエオジンを用いた染色、その他の酵素抗体法染色や蛍光抗体法染色を用いることができる。さらには、必要に応じて観察対象となる細胞や組織を固定してもよく、例えば、ホルムアルデヒドやグルタルアルデヒド化合物を用いたアルデヒド固定やメタノール、エタノール、アセトンなどの有機溶媒を用いて固定することができる。また、パラフィンや樹脂等の包埋剤を用いて包埋してから切片を作製し観察してもよい。
【0031】
バリア機能指標は、皮膚細胞に角層構成成分を共存させた場合と共存させない場合とを比較し、皮膚細胞における角層構成成分の作用の有無が確認できればどのような方法によっても構わないが、例えば経表皮水分蒸散量、経上皮電気抵抗等を測定することにより評価することができる。経表皮水分蒸散量は、皮膚から蒸散する水分量を測定するものであり、この値が低いほどバリア機能が高いことを意味し、測定装置としては、Tewameter(Courage+Khazaka社)やVapoMeter(Delfin technologies社)などを用いて測定することができる。経上皮電気抵抗(Transepithelial Electrical Resistance;TER, TEER)は、表皮の外側と内側に生じる電気抵抗値を測定するものであり、この値が高いほどバリア機能が優れていることを意味し、測定装置としては、経上皮電気抵抗(TEER)測定装置(関東化学社)、ミリセル(Millicell) ERS-2抵抗値測定システム(MERCK社)、EVOM2 Epithelial Volt/Ohm (TEER) Meter(WORLD PRECISION INSTRUMENTS社)などが挙げられる。
【0032】
細胞接着因子量は、皮膚細胞に角層構成成分を共存させた場合と共存させない場合とを比較し、皮膚細胞における角層構成成分の作用の有無が確認できればどのような方法によっても構わないが、例えば、細胞接着因子の遺伝子の発現量やタンパク質の発現量を測定することにより評価することができる。
細胞接着因子は、ヒト表皮における発現が知られているものであれば特に限定されないが、デスモソームの構成成分であるデスモグレイン1、2、3、4、デスモコリン1、2、3、コルネオデスモシン、プラコグロビン、プラコフィリン、デスモプラキン1、2等を例に挙げることができる。
【0033】
遺伝子の発現量は、本発明の細胞接着因子をコードする遺伝子の配列に特異的に結合する配列を有するDNA断片をプライマーとして用い、アガロース電気泳動やリアルタイムPCR法にて定量的な検出を行うことで測定することができる。なお、公開されている遺伝子配列の情報を基に適宜プライマーを設計してPCRに供することができる。そのほか、次世代シーケンサーを用いて全転写産物の塩基配列を決定する方法、遺伝子チップ、アレイ等の固相化試料を用いた核酸ハイブリダイゼーション法、サブトラクション法、ディファレンシャル・ディスプレイ法、ディファレンシャル・ハイブリダイゼーション法、クロスハイブリダイゼーション法等の公知の方法を用いて測定することもできる。
【0034】
タンパク質の発現量は、免疫染色、電気泳動、ウエスタンブロッティング、放射免疫測定(Radioimmunoassay)、Enzyme-Linked ImmunoSorbent Assay(ELISA)、液体クロマトグラフィー(HPLC)、ガスクロマトグラフィー、質量分析等により測定することができるほか、当該タンパク質の代謝産物を測定することで間接的に当該タンパク質量を測定することもできる。
【0035】
『皮膚細胞に角層構成成分を共存させた場合に、皮膚細胞の角層構造指標変化を抑制する被験物質を肌荒れ改善効果が期待できる物質として選定する』とは、以下のことを意味する。
角層構成成分を共存させない場合を基準として、角層構成成分を共存させた場合の皮膚細胞の実質的な角層構造指標変化を評価する。角層構造指標変化は、上記の如く、角層の構造の変化(特には角層間隙率の増加)、バリア機能指標の低下、細胞接着因子量の低下などが例示される。
ここで、抑制すべき角層構造指標変化が、角層構成成分を共存させた場合に角層構造指標変化の増加であるか減少するかは、上記の如く測定する因子指標の性質に応じて判断され、例えば、角層の構造の変化において、角層間隙率や角層厚であれば増加であり、正常な状態から異常な状態までのグレードを数値化して異常度の数値を大きいとするならば増加であるが、逆順の正常度とするのであれば減少である。バリア機能指標の低下においては、経表皮水分蒸散量を測定する場合は増加であり、経上皮電気抵抗値を測定する場合は減少である。また、細胞接着因子量においては発現量の減少である。
変化は、絶対値の差のほか、角層構成成分を共存させない皮膚細胞における角層構造指標を示す値に対する共存させた皮膚細胞における角層構造指標を示す値の割合などが利用できる。また、上記の実質的な角層構造指標変化とは、当業者が知見に照らして変化があると判定できる程度の変化であり、文献や経験に照らして判定される変化のほか、複数の実験例の統計的解析に基づく有意な変化でありうる。例えば、細胞接着因子のタンパク質の発現量であれば、10%程度の減少であれば変化があると判定できる。
さらに、皮膚細胞に角層構成成分を共存させ、被験物質を共存させた場合に、角層構成成分の共存による角層構造指標変化を抑制する、つまりは、角層構成成分を共存させなかった場合と同等に抑制する被験物質を角層構成成分が引き起こす『皮膚細胞の角層構造指標変化を抑制する被験物質を肌荒れ改善効果が期待できる物質』として選定することができる。
なお、ここで言う抑制とは、変化することを防ぐことを意味するが、変化した後に変化する以前の状態に戻ることも含みうる。
【0036】
被験物質を共存させる場合は、被験物質の作用を皮膚細胞に発揮させることができれば、共存させるタイミングや共存させる量は特に限定されない。共存させるタイミングは、例えば、角層構成成分を皮膚細胞に共存させるタイミングと同時期でもよく、もしくは角層構成成分を皮膚細胞に共存させる以前であっても以後であってもよい。角層構成成分を皮膚細胞に共存させる以前もしくは以後である場合に被験物質を共存させ始める時期は、1日から数日であってもよいし、数時間であってもよい。共存させる被験物質の量も特に限定されないが、共存させる皮膚細胞のすべてに均一に共存させることができる量を用いることが好ましい。また、共存させる被験物質の量については特に限定されないが、皮膚細胞に毒性を示さない範囲であることが望ましい。また、ここで言う「量」は、皮膚細胞またはそこに共存させる角層構成成分と被験物質の相対的な量を把握できる値であればよく、たとえば、皮膚細胞を構成する細胞数あたりの被験物質質量や、皮膚細胞である皮膚モデルの表層の面積あたりの一定濃度の被験物質またはその溶液の体積、角層構成成分溶液の単位体積あたりの被験物質の質量などである。
【0037】
本発明において共存させる被験物質は、特に制限されない。動植物由来の抽出物、細胞由来の抽出物、菌類の培養物またはこれらの酵素処理物、化合物またはその誘導体等を用いることができ、これらの混合物も用いることができる。また性状は、液状の他、粉末状、ジェル状、シート状等であっても角層構造指標変化の測定に影響しないのであれば差し支えない。さらに、被験物質の各原体からの抽出溶媒や抽出方法も特に限定されない。
なお、被験物質を皮膚細胞に共存させる際には、適当な溶媒に分散もしくは溶解させることができ、皮膚細胞に作用しない範囲で水、生理食塩水、リン酸緩衝液等の緩衝液、アルコール類、グリコール類、アセトン等の有機溶媒、界面活性剤を含む水性溶媒等、またはこれらの混合液などを用いることができる。
【0038】
本発明の1例として、角層構成成分を共存させた3次元皮膚モデルでは角層構成成分を共存させない3次元皮膚モデルに対してデスモグレイン1タンパク質の発現量が10%程度低下した場合、角層構成成分の共存により実質的な皮膚細胞の角層構造指標変化があったと判断する。角層構成成分を共存させ、さらに被験物質を共存させた3次元皮膚モデルにおいてデスモグレイン1タンパク質の発現量が角層構成成分を共存させない3次元皮膚モデルと同等の発現量となった場合には、この被験物質は角層構成成分が引き起こす皮膚細胞の角層構造指標変化を抑制する肌荒れ改善効果が期待できる物質として選定することができる。
【実施例0039】
以下、本発明を実施例について具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。また、特記しない限り配合量は質量%で示す。
【0040】
<実験方法>
1.角層構成成分を皮膚細胞に共存させた際の影響の把握
角層構成成分を皮膚細胞に共存させた際の影響を把握するために、以下の実験を実施した。
健常者の前腕内側部を洗浄剤で洗浄後、綿棒を50%エタノール溶液に浸し、前腕内側領域を綿棒で往復擦過することにより角層を採取した。綿棒に付着した角層は、50%エタノール溶液中で撹拌することで回収し、その後50%エタノール溶液を留去することで角層を収集した。このようにして、インフォームドコンセントを得た健常者18名から角層を収集し、収集した角層は1カ所に集合させて角層構成成分試料とした。この角層構成成分3mgを3次元皮膚モデルLabCyte EPI-MODEL(ジャパン・ティッシュエンジニアリング)に共存させ、37℃、5%CO2下で3日間培養した。対照としては、角層構成成分を共存させずに同様に3日間培養した3次元皮膚モデルを3日目の対照として用いた。
培養後に洗浄して共存させた角層構成成分を取り除いた3次元皮膚モデルから、RNeasy mini kit (QIAGEN) を用いてTotal RNAを抽出した。次に、3次元皮膚モデルから抽出したTotal RNAについて、RNA-seq解析を行った(株式会社Rhelixa)。
【0041】
角層構成成分を3次元皮膚モデルに3日間共存させた遺伝子発現解析において、対照と比較して2倍以上あるいは1/2倍以下(有意確率p<0.05)に発現量が変化した遺伝子について、オンラインのソフトウェアであるDAVID(Database for A nnotation,Visualization,and Integrated Discovery)を用いて、Gene Ontology(GO)解析を行った。GO解析では、Biological Process(BP)について解析した。さらに、解析ソフトIngenuity Pathway Analysis (IPA)(QIAGEN社製)を用いて、発現量が有意に変動した遺伝子について、発現量データおよび既存情報をもとに、角層構成成分が皮膚細胞への影響に寄与している経路を予測した。
【0042】
角層構成成分を3次元皮膚モデルに3日間共存させた後の遺伝子発現解析では、対照と比較して2倍以上あるいは1/2倍以下(有意確率p<0.05)に発現量が変化した遺伝子はそれぞれ677個及び459個であった。これらの遺伝子についてGO解析の結果、発現上昇した遺伝子の機能ではPeptide cross-linkingやKeratinization、Keratinocyte differentiation、Epidermis developmentを含む生物学的過程におけるGO termが有意に抽出された。これらは表皮分化、角層形成に関与する機能をもつGO termであるため、角層構成成分共存3日目では角層形成に関与する遺伝子群の発現が増加していることが示唆された。一方で発現減少した遺伝子の機能ではSerine biosynthetic processやCysteine biosynthetic processなどシステイン合成に関与するGo termが有意に抽出され、加えて、Type1 interferon signaling pathwayやresponse to virusなどのGO termも抽出されたため、角層構成成分の共存によりシステイン合成に関連する遺伝子群だけでなく免疫反応に関与する遺伝子群も減少していることが示唆された。
【0043】
続いて、IPA解析を行ったところ、角層構成成分の皮膚細胞への影響に寄与している経路として、フェロトーシス、酸化ストレス、表皮過形成・過角化、表皮細胞の分化が挙げられた。また、特にシステイン・セリンのアミノ酸の生合成、細胞増殖・分化が不活性化する影響であることが予測された。
【0044】
2.角層構成成分を皮膚細胞に共存させた際の影響の確認
角層構成成分を皮膚細胞に共存させた際の影響を確認するために、以下の実験を実施した。
健常者の前腕内側部を洗浄剤で洗浄後、綿棒を50%エタノール溶液に浸し、前腕内側領域を綿棒で往復擦過することにより角層を採取した。綿棒に付着した角層は、50%エタノール溶液中で撹拌することで回収し、その後50%エタノール溶液を留去することで角層を収集した。このようにして、インフォームドコンセントを得たのべ健常者69名から角層を収集し、収集した角層は1カ所に集合させて角層構成成分試料とした。この角層構成成分 3mgを3次元皮膚モデルLabCyte EPI-MODEL (ジャパン・ティッシュエンジニアリング)に共存させ、37℃、5%CO2下で3日間培養した。対照としては、培養を開始する前の角層構成成分を共存させていない3次元皮膚モデルを0日目の対照とし、また、角層構成成分を共存させずに同様に3日間培養した3次元皮膚モデルを3日目の対照として用いた。
【0045】
<実施例1>
3次元皮膚モデルの経表皮水分蒸散量は以下のように測定した。角層構成成分を共存させる前(0日目)の3次元皮膚モデルについて、Vapometer(Delfin technologies社)を用いて経表皮水分蒸散量(TEWL)を測定した。次に、3次元皮膚モデルに角層構成成分を共存させて3日間培養した後、角層構成成分共存前の0日目に測定した方法と同様にして、3次元皮膚モデルのTEWLを測定した。
【0046】
図1に示すように、角層構成成分を共存させた3次元皮膚モデルでは経表皮水分蒸散量が有意に上昇し、角層構成成分の共存により3次元皮膚モデルのバリア機能が低下したことが確認された。
【0047】
<実施例2>
角層構成成分の共存による3次元皮膚モデルの構造の変化を調べるために、角層構成成分を共存させて3日間培養した3次元皮膚モデルをメスで組織を分離し、ティシュー・テック O.C.T.コンパウンド(サクラファインテックジャパン) 中に包埋し凍結した。クリオスタット (Leica Microsystems) を使用して5μm厚の切片を作成し、ヘマトキシリン・エオジン染色を行った後に顕微鏡(キーエンス社)にて撮影し、ImageJ(NIH)を用いて角層厚を測定した。なお、1サンプルにつき3ヵ所を撮影し、各画像の中でランダムに10ヵ所の角層厚を測定し、平均値を算出した。各サンプルのそれぞれ3ヵ所の画像の角層厚の平均値からその角層における厚さの平均を算出し、そのサンプルの角層厚とした。さらには、角層部分における角層間隙率をImageJ(NIH)を用いて[数1]の通り算出した。
【0048】
【0049】
表1に示すように、角層構成成分を共存させた3次元皮膚モデルでは角層厚が顕著に厚くなった。また
図2に示すように、角層構成成分を共存させた3次元皮膚モデルの角層は角層細胞間に隙間が多く、角層が非常に脆い状態であることが確認された。さらには、表2に示すように、角層構成成分を共存させた3次元皮膚モデルでは角層における角層間隙率は著しく増加していた。
このことから、角層構成成分を共存させた3次元皮膚モデルは、角層の細胞が増加して厚くなっているわけではなく、角層細胞間の隙間が増加することにより見た目上の角層厚が増加した状態であり、角層細胞間の接着が不完全で脆い状態であることから、バリア機能の弱い角層になることが確認された。
【0050】
【0051】
【0052】
<実施例3>
3次元皮膚モデルに角層構成成分を共存させ、培養後に洗浄して共存させた角層構成成分を取り除いた3次元皮膚モデルから、RNeasy mini kit (QIAGEN) を用いてTotal RNAを抽出した。その後、PrimeScript RT Reagent Kit(TaKaRa社)を用いて逆転写を行い、cDNAを合成した。得られたcDNAを鋳型として、デスモソーム関連因子であるデスモグレイン3(DSG3)、デスモコリン3(DSC3)、およびGAPDH(グリセルアルデヒド3-リン酸デヒドロゲナーゼ;ハウスキーピング遺伝子として使用)の遺伝子特異的プライマー及びPower SYBR Green Master Mix(アプライドバイオシステムズ社)を用いてリアルタイムPCR(7500 Real Time PCR System、アプライドバイオシステムズ社)にて各種遺伝子の発現量を測定し、遺伝子発現の解析は比較Ct法にて行った。つまり、角層構成成分共存による各種遺伝子発現量の変化は、角層構成成分を共存させずに3日間培養した3次元皮膚モデルのCt値をGAPDHのCt値で補正した値を1とし、それに対する相対量として求めた。
【0053】
表3に示すように、角層構成成分を共存させた3次元皮膚モデルでは、角層構成成分を共存させていない対照に対して、デスモソーム関連因子であるDSG3およびDSC3の遺伝子発現は減少した。
【0054】
【0055】
<実施例4>
角層構成成分を共存させて3日間培養した3次元皮膚モデルをメスで組織を分離し、ティシュー・テック O.C.T.コンパウンド(サクラファインテックジャパン) 中に包埋し凍結した。クリオスタット(Leica Microsystems)を使用して5μm厚の切片を作成し、一次抗体に抗デスモグレイン1(DSG1)抗体(PROGEN社)、抗デスモプラキン(DSP)抗体(proteintech社)、二次抗体にAlexaFluor(R)594標識抗マウス抗体、もしくはAlexaFluor(R)594標識抗ウサギ抗体(Abcam社)を用いて免疫染色し、蛍光顕微鏡(キーエンス社)にて蛍光像を観察した(倍率20倍)。
【0056】
図3に示すように、角層構成成分を共存させた3次元皮膚モデルでは、角層構成成分を共存させていない対照に対して、デスモソーム関連因子であるDSG1およびDSPのタンパク質量は減少した。
【0057】
<皮膚細胞に角層構成成分を共存させた場合の皮膚細胞の角層構造指標変化を抑制する被験物質のスクリーニング例>
上記の研究結果に基づき、発明者らは、皮膚細胞に角層構成成分を共存させた場合の皮膚細胞の角層構造指標変化を指標とし、被験物質を共存させた場合の皮膚細胞における角層構造指標変化と被験物質を共存させない場合の皮膚細胞における角層構造指標変化を測定し比較することで、肌荒れ改善効果が期待できる物質をスクリーニングする方法を確立した。以下に一例を示す。
健常者の前腕内側部を洗浄剤で洗浄後、綿棒を50%エタノール溶液に浸し、前腕内側領域を綿棒で往復擦過することにより角層を採取した。綿棒に付着した角層は、50%エタノール溶液中で撹拌することで回収し、その後50%エタノール溶液を留去することで角層を収集した。このようにして、インフォームドコンセントを得た健常者69名から角層を収集し、収集した角層は1カ所に集合させて、これを角層構成成分試料とした。この角層構成成分3mgを3次元皮膚モデルLabCyte EPI-MODEL (ジャパン・ティッシュエンジニアリング)に共存させ、さらに被験物質を共存させて、37℃、5%CO
2下で3日間培養した。被験物質を共存させない場合として、角層構成成分を共存させつつ被験物質を共存させずに培養した。なお、対照としては、培養を開始する前の角層構成成分を共存させていない3次元皮膚モデルを0日目の対照とし、角層構成成分を共存させず被験物質も共存させずに同様に3日間培養した3次元皮膚モデルを3日目の対照として用いた。
被験物質としては、被験物質である植物(植物1~4)の乾燥重量に対して10倍量の水を加え、4時間60℃に加熱して抽出し、滅菌濾過したものを、抽出物中の乾燥残分が100ppmになるように使用した。
角層構成成分を共存させる前の3次元皮膚モデルのTEWLをVapometer(Delfin technologies社)を用いて測定し、角層構成成分を共存させて3日間培養した3次元皮膚モデルのTEWLも測定した。
図4にスクリーニングの結果例を示す。TEWLの変化の抑制度が高い植物1は、角層構成成分が引き起こす皮膚細胞の角層構造指標変化を抑制する被験物質を肌荒れ改善効果が期待できる物質として選定することができる。
【0058】
以上の結果から、皮膚細胞に角層構成成分を共存させた場合に、皮膚細胞の角層構造が変化することが明らかになった。本発明で明らかにした、皮膚細胞に角層構成成分を共存させた場合の皮膚細胞の角層構造指標変化を用いることにより、角層構成成分を共存させた場合に生じる皮膚細胞の角層構造の変化を抑制する被験物質を選定することが可能になり、延いてはこの被験物質を皮膚細胞に角層構成成分を共存させた場合に生じる肌荒れ改善効果が期待できる物質として選定するスクリーニング方法を提供できる。
【0059】
上記の実施例は、本発明の元となる原理・現象を証拠付けるデータの取得のための実験の例を説明するものであり、当業者であれば、これらの実験例に記載された情報、及び、前述した実施形態に関する記載を基に、容易に本発明を実施可能であることは明らかである。
以上の結果から、角層構成成分を皮膚細胞に共存させた場合に生じる皮膚細胞の角層構造指標変化を指標にすることで、角層構成成分が皮膚細胞に及ぼす生理的特性への悪影響を抑制する被験物質を見出すことができる。また、本発明の角層構成成分が皮膚細胞の角層構造指標変化を抑制する被験物質を含む皮膚外用剤を塗布することにより肌荒れを改善する効果が期待できる。