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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024142525
(43)【公開日】2024-10-11
(54)【発明の名称】絶縁電線
(51)【国際特許分類】
   H01B 7/04 20060101AFI20241003BHJP
   H01B 7/18 20060101ALI20241003BHJP
【FI】
H01B7/04
H01B7/18 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023054683
(22)【出願日】2023-03-30
(71)【出願人】
【識別番号】395011665
【氏名又は名称】株式会社オートネットワーク技術研究所
(71)【出願人】
【識別番号】000183406
【氏名又は名称】住友電装株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002158
【氏名又は名称】弁理士法人上野特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大井 勇人
(72)【発明者】
【氏名】山田 芳隆
【テーマコード(参考)】
5G311
5G313
【Fターム(参考)】
5G311AA04
5G311AB06
5G311AC06
5G311AD03
5G313AB03
5G313AC02
5G313AD03
5G313AE02
(57)【要約】
【課題】表面の平滑性の低い絶縁被覆を有しながら、他部材との接触箇所等、表面の平滑性が低いことが好ましくない領域において、表面の平滑性の低さによって生じる影響を抑制することができる絶縁電線を提供する。
【解決手段】導体11と、前記導体11の外周を被覆する絶縁被覆13と、を有し、前記絶縁被覆13は、軸線方向に沿って、粗面域2と、平滑域3と、を備え、前記絶縁被覆13の表面の平滑性が、前記平滑域3において、前記粗面域2よりも高くなっている、絶縁電線1とする。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体と、前記導体の外周を被覆する絶縁被覆と、を有し、
前記絶縁被覆は、軸線方向に沿って、粗面域と、平滑域と、を備え、
前記絶縁被覆の表面の平滑性が、前記平滑域において、前記粗面域よりも高くなっている、絶縁電線。
【請求項2】
前記絶縁被覆の表面粗さRaが、前記平滑域において、前記粗面域よりも50%以上小さくなっている、請求項1に記載の絶縁電線。
【請求項3】
前記絶縁被覆の柔軟性が、前記粗面域において、前記平滑域よりも高くなっている、請求項1または請求項2に記載の絶縁電線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、絶縁電線に関する。
【背景技術】
【0002】
絶縁電線において重要な特性の1つとして、柔軟性が挙げられる。例えば、自動車の分野において、電動車の普及などに伴って、大電流を流す必要性から、絶縁電線の導体断面積が大きくなっているが、その場合に、十分な配策性を保つために、絶縁電線が高い柔軟性を有していることが重要となる。絶縁電線において、柔軟性を高める手段の1つに、導体の外周を被覆する絶縁被覆の構成材料として、非晶性の有機ポリマーや非晶成分の多い有機ポリマー材料など、高い柔軟性を有する材料を用いることが挙げられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2014-234404号公報
【特許文献2】特開2022-072651号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
絶縁電線において、絶縁被覆を構成する有機ポリマー材料として、非晶性のものや非晶成分の多いものを用いると、上記のように、絶縁電線の柔軟性を向上させることができる。一方で、絶縁被覆の表面の平滑性が低くなる傾向がある。被覆材料の押出成形によって絶縁被覆を形成する際に、被覆材料とダイスの表面との間の滑り性が低くなることで、摩擦によってメルトフラクチャが発生しやすいからである。絶縁被覆において、非晶成分の含有量を多くした場合に、柔軟性が向上する一方で表面の平滑性が低下する傾向は、例えば特許文献1にも挙げられている。このように非晶成分を多く含む被覆材料を用いる場合のほか、押出成形の速度を速くして絶縁被覆を形成する場合などにも、表面の平滑性の低い絶縁被覆が形成されうる。
【0005】
このように、非晶成分を多く含む材料を用いて絶縁被覆の柔軟性を向上させることや、絶縁被覆の押出成形の速度を高めて生産性を向上させることなど、あえて絶縁被覆の表面の平滑性の低い絶縁電線を採用することが有利となる状況が存在する。一方で、絶縁電線を他部材と接触させて用いる際などには、表面の平滑性の低さに起因して、問題が生じる場合がある。絶縁被覆の表面の平滑性が低くなっていると、表面に微細な凹凸が存在することにより、絶縁電線が他の部材に接触した接触界面において、微視的な接触箇所が、凹凸の凸部に集中的に形成されることになる。すると、例えば、絶縁電線の外周に、防水栓等の部材を取り付ける際に、その部材との密着性が低くなる可能性がある。防水栓との密着性の低さは、防水性の低下につながりうる。また、絶縁被覆が外部の部材との間に摩擦を起こす場合に、摩擦による負荷が、微視的な接触箇所に集中的に印加されることになるため、絶縁被覆の耐摩耗性が低くなる可能性や、外部の部材の損傷を引き起こす可能性がある。
【0006】
以上に鑑み、表面の平滑性の低い絶縁被覆を有しながら、他部材との接触箇所等、表面の平滑性が低いことが好ましくない領域において、表面の平滑性の低さによって生じる影響を抑制することができる絶縁電線を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の絶縁電線は、導体と、前記導体の外周を被覆する絶縁被覆と、を有し、前記絶縁被覆は、軸線方向に沿って、粗面域と、平滑域と、を備え、前記絶縁被覆の表面の平滑性が、前記平滑域において、前記粗面域よりも高くなっている。
【発明の効果】
【0008】
本開示の絶縁電線は、表面の平滑性の低い絶縁被覆を有しながら、他部材との接触箇所等、表面の平滑性が低いことが好ましくない領域において、表面の平滑性の低さによって生じる影響を抑制することができる絶縁電線となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、本開示の一実施形態にかかる絶縁電線を模式的に示す斜視図である。
図2図2Aおよび図2Bはそれぞれ、平滑化前の原料絶縁電線、および端部を含む領域に平滑域を形成した絶縁電線を撮影した写真である。
図3図3Aおよび図3Bは、平滑域を形成した絶縁電線について、それぞれ粗面域および平滑域の表面を光学顕微鏡にて観察した観察像である。
【0010】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施形態を列記して説明する。本開示の絶縁電線は、以下の構成を有している。
【0011】
[1]本開示の絶縁電線は、導体と、前記導体の外周を被覆する絶縁被覆と、を有し、前記絶縁被覆は、軸線方向に沿って、粗面域と、平滑域と、を備え、前記絶縁被覆の表面の平滑性が、前記平滑域において、前記粗面域よりも高くなっている。
【0012】
上記絶縁電線においては、絶縁被覆の表面の平滑性の低い粗面域と、絶縁被覆の表面の平滑性の高い平滑域とが共存している。粗面域においては、柔軟性の高さ等、表面の平滑性が低くなった絶縁被覆が有する特性を利用することができる。一方で、平滑域においては、表面が高い平滑性を有することで、他部材と接触させた際に、微視的にも均一性の高い接触界面が形成されやすくなり、その結果として、他部材との間の密着性や耐摩耗性の向上、また他部材に対する損傷の抑制等の効果が得られる。このように、絶縁電線において、他部材との接触箇所等、表面の平滑性が低いことが好ましくない領域に平滑域を設け、それ以外の箇所を粗面域としておけば、粗面域において、表面の平滑性の低い絶縁被覆によってもたらされる特性を利用しながらも、平滑域において、表面の平滑性の低さによって生じる影響を抑制することができる。粗面域と平滑域が共存する絶縁電線は、全体が粗面域よりなる原料絶縁電線に対して、平滑域とすべき箇所の周囲に成形型を配置し、成形型を介してその箇所の絶縁被覆を加熱することで、容易に形成することができる。
【0013】
[2]上記[1]の態様において、前記絶縁被覆の表面粗さRaが、前記平滑域において、前記粗面域よりも50%以上小さくなっているとよい。この場合には、平滑域において、表面の平滑性の低さによって生じる影響を特に効果的に抑制することができる。
【0014】
[3]上記[1]または[2]の態様において、前記絶縁被覆の柔軟性が、前記粗面域において、前記平滑域よりも高くなっているとよい。粗面域における絶縁被覆の柔軟性が高いことで、粗面域を利用して絶縁電線を柔軟に曲げることができる。それによって、絶縁電線において、配策等の操作における利便性が高められる。上記のように、全体が粗面域よりなる原料絶縁電線に対して、成形型を用いた加熱によって平滑域を形成する場合には、その平滑域において、絶縁被覆の表面の平滑性の向上とともに、絶縁被覆の柔軟性の低下が起こりやすい。
【0015】
[本開示の実施形態の詳細]
以下に、本開示の実施形態にかかる絶縁電線について、図面を用いて詳細に説明する。本明細書において、絶縁電線の各部の構造に関して、円形等、部材の形状や配置を示す概念には、長さにして概ね±15%程度、また角度にして概ね±15°程度のずれ等、この種の絶縁電線において許容される範囲で、幾何的な概念からの誤差を含むものとする。
【0016】
<絶縁電線の構成>
まず、本開示の実施形態にかかるワイヤーハーネスの構成について説明する。図1に、本開示の一実施形態にかかる絶縁電線1の概略を、斜視図にて示す。絶縁電線1は、導体11と、導体11の外周を被覆する絶縁被覆13とを有している。
【0017】
絶縁電線1は、軸線方向(長手方向)に沿って、粗面域2と、平滑域3とを有している。粗面域2よりも平滑域3において、絶縁被覆13の表面の平滑性が高くなっている。図示した形態においては、絶縁電線1の端部を含む一部の領域に平滑域3が形成され、それ以外の領域が粗面域2となっている。粗面域2と平滑域3は相互に連続している。つまり、絶縁電線1を構成する導体11および絶縁被覆13がそれぞれ、粗面域2と平滑域3の間で、一体に連続している。粗面域2と平滑域3における状態の差異および特性については、後に詳細に説明する。
【0018】
本実施形態にかかる絶縁電線1において、導体11および絶縁被覆13を構成する材料は、特に限定されるものではない。導体11を構成する材料としては、種々の金属材料を用いることができ、銅および銅合金、アルミニウムおよびアルミニウム合金等を例示することができる。特に、高い導電性や柔軟性を有する等の点から、銅または銅合金を用いることが好ましい。導体11は、単線として構成されてもよいが、屈曲時の柔軟性を高める等の観点から、複数の素線12よりなることが好ましい。複数の素線12は、束の状態で導体11を構成していても、互いに撚り合わせられて撚線として導体11を構成していてもよい。導体11は、圧縮成形されていてもよい。
【0019】
絶縁被覆13は、有機ポリマーを含む材料より構成される。有機ポリマーの種類は、特に限定されるものではなく、ポリオレフィンやオレフィン系共重合体等のオレフィン系ポリマー、ポリ塩化ビニル(PVC)等のハロゲン系ポリマー、フッ素系ポリマー、各種エンジニアリングプラスチック、エラストマー、ゴム等を挙げることができる。有機ポリマーは、架橋されていてもよい。また、有機ポリマーは、発泡されていてもよい。
【0020】
絶縁電線1の柔軟性を高める観点からは、絶縁被覆13の構成材料が、非晶性の有機ポリマー、または非晶成分を多く含む有機ポリマーを含んでいるとよい。好適な非晶性の有機ポリマーや非晶成分を多く含む有機ポリマーとして、オレフィン系ブロック共重合体、低密度ポリエチレン(LDPE)等のポリオレフィン、PVC等のハロゲン系ポリマー、各種エラストマー等を挙げることができる。それら非晶性の有機ポリマーや非晶成分を多く含む有機ポリマーは、絶縁被覆13を構成するポリマー成分のうち、2質量%以上を占めているとよい。また、絶縁被覆13を構成するポリマー成分全体としての結晶化度が、75%以下に抑えられているとよい。後に述べるように、全体が粗面域2よりなる原料絶縁電線に対する加熱によって平滑域3を形成する場合には、絶縁被覆13を構成する有機ポリマーが熱可塑性を有している必要があるが、ここに挙げた有機ポリマーはいずれも、熱可塑性ポリマーである。
【0021】
絶縁被覆13には、有機ポリマーに加えて、適宜添加剤が含有されてもよい。添加剤としては、難燃剤、酸化防止剤、滑剤、金属不活性剤、着色剤等を挙げることができる。
【0022】
絶縁電線1の具体的な寸法は特に限定されるものではないが、粗面域2によって発揮される絶縁被覆13の高い柔軟性を、配策等の操作における利便性の向上に有効に活用する等の観点からは、導体断面積が16mm以上等、大径の電線であることが好ましい。導体断面積の上限は特に指定されないが、おおむね200mm以下としておくとよい。また、絶縁被覆13の状態の違いによって、粗面域2と平滑域3を設けることの効果を大きくする等の観点から、絶縁被覆13の厚さを、粗面域2における厚さで、0.8mm以上としておくとよい。絶縁被覆13の厚さの上限は特に指定されないが、おおむね2.0mm以下としておくとよい。
【0023】
<絶縁電線の製造方法>
ここで、粗面域2および平滑域3の詳細について説明する前に、本実施形態にかかる絶縁電線1の製造方法の一例について説明する。
【0024】
粗面域2と平滑域3を有する絶縁電線1は、全域が粗面域2より構成される原料絶縁電線、つまり、軸線方向に沿って全域が、絶縁被覆13の表面の平滑性の程度を含めて、絶縁電線1に設けるべき粗面域2と同じ構成を有する原料絶縁電線を用いて、簡便に製造することができる。原料絶縁電線は、導体11の外周に押出成形等によって絶縁被覆13を形成することで、製造される。この際、形成される絶縁被覆13の表面の平滑性の程度は、押出成形等によって絶縁被覆13となる被覆材料の成分組成に加え、絶縁被覆13の形成時の条件にも依存する。例えば、押出成形を高速で行うことで、メルトフラクチャが発生しやすくなり、絶縁被覆13の表面の平滑性が低くなる。
【0025】
全域が粗面域2よりなる原料絶縁電線に対して、所望の位置に平滑域3を形成し、残りの領域を粗面域2として残すことで、粗面域2と平滑域3が共存した絶縁電線1を得ることができる。平滑域3の形成は、成形型(金型)を用いた加熱によって行うことができる。つまり、平滑域3を形成すべき位置において、原料絶縁電線の絶縁被覆13の表面に密着させて、成形型を配置する。そして、成形型を加熱することで、その成形型を介して絶縁被覆13を加熱する。成形型を原料絶縁電線の外周に配置する前に、原料絶縁電線および/または成形型を予熱しておくことも好ましい。
【0026】
このように成形型を介して絶縁被覆13を加熱することで、絶縁被覆13の表面が当初の状態よりも平滑になり、平滑域3を形成することができる。加熱による絶縁被覆13の表面の平滑化は、絶縁被覆13を構成する有機ポリマーが加熱によって軟化するのに伴って、原料絶縁電線の絶縁被覆13の表面に存在していた凹凸構造が解消され、成形型の表面に倣った平滑な表面を再構成することによる。この絶縁被覆13の表面の平滑化を効果的に進めるために、絶縁被覆13に対する加熱温度は、絶縁被覆13の構成材料が、少なくとも表面において軟化する温度以上に設定しておくことが好ましい。絶縁被覆13の表面が融解を起こす温度まで加熱してもよい。ただし、絶縁被覆13の全域が融解するほどの高温には加熱しない方がよい。成形型としては、キャビティの表面が、製造すべき平滑域3の絶縁被覆13の表面と同等、またはそれ以上の平滑性を有するものを用いることが好ましい。また、成形型によって、絶縁被覆13に対して、外側から内側へ向かう力を印加しながら加熱を行えば、絶縁被覆13の平滑性を効果的に高めることができる。
【0027】
ここで平滑域3を形成するために絶縁被覆13に対して行う加熱も、原料絶縁電線の製造工程において、絶縁被覆13を押出成形によって形成する際と同様に、有機ポリマーを含む被覆材料が、高温の状態で、型部材の面と接触する工程となっている。しかし、押出成形時には被覆材料が型部材の表面との間で摩擦を起こすことにより、絶縁被覆13の表面に微細な凹凸構造が形成されうるのに対し、平滑域3を形成するための加熱においては、静的な状態で絶縁被覆13の加熱を行うため、型部材に対して絶縁被覆13が摩擦を起こすものではない。よって、この工程では、摩擦による絶縁被覆13の表面の平滑性の低下は、実質的に起こらない。
【0028】
<粗面域および平滑域の状態の差異および特性>
上記のように、本実施形態にかかる絶縁電線1は、粗面域2と平滑域3を有し、絶縁被覆13の表面の平滑性が、平滑域3において、粗面域2よりも高くなっている。一般に、絶縁電線において、絶縁被覆の表面の平滑性が低くなる要因としては、有機ポリマーが非晶成分を多く含む等、絶縁被覆の成分組成によるものや、押出成形を高速で行っている等、製造条件によるものが考えられるが、本実施形態にかかる絶縁電線1が表面の平滑性の低い粗面域2を有していることで、粗面域2において、それらの要因によってもたらされる特性を利用することができる。例えば、絶縁被覆13を構成する有機ポリマーが非晶成分を多く含む場合には、絶縁被覆13が高い柔軟性を有するものとなりやすいため、粗面域2において絶縁電線1を柔軟に曲げ、配策等の操作を利便性高く行うことができる。また、絶縁被覆13が高速で押出成形されて製造される場合には、高い生産性が得られる。
【0029】
一方で、平滑域3においては、粗面域2のように表面の平滑性が低い場合に生じる影響を、抑制することができる。例えば、粗面域2においては、表面の微細な凹凸構造に由来して、他部材と接触した際に、微視的な接触面が凸部の接触面に集中しやすくなるのに対し、平滑域3においては、表面の凹凸が少ない、および/または小さいことに対応して、他部材との間に、微視的にも均一性の高い接触面を形成できる。そのため、他部材の取り付けに平滑域3を好適に用いることができる。また、他部材と接触を起こす可能性のある箇所に、平滑域3を好適に配置することができる。具体例として、ゴム栓等として構成される防水栓を絶縁電線1の外周に取り付ける際に、平滑域3の外周に取り付ければ、防水栓が微視的にも絶縁被覆13の表面に密着し、防水栓と絶縁電線1の間に微小な隙間が生じにくくなるので、高い防水性が得られる。また、平滑域3において、絶縁電線1が接触している他部材との間に摩擦を受けたとしても、摩擦による負荷が狭い面積に集中しにくいため、絶縁被覆13が摩耗を起こしにくく、高い耐摩耗性が得られる。同様に、絶縁電線1と平滑域3において接触した他部材の方も、狭い面積に集中して負荷を受けにくくなるため、傷つき等の損傷を起こしにくい。
【0030】
このように、絶縁電線1に粗面域2と平滑域3を共存させることで、それぞれが有する特性を利用することができる。粗面域2と平滑域3の特性の差異を大きく確保する観点、特に平滑域3において、表面の平滑性の高さによって得られる特性を高める観点から、粗面域2と平滑域3の間における平滑性の程度の差として、絶縁被覆13の表面粗さRaが、平滑域3において、粗面域2よりも50%以上小さくなっているとよい。つまり、粗面域2の表面粗さRaを100%として、平滑域3における表面粗さRaの低下量が、50%以上となっていればよい。より好ましくは、その低下量が60%以上、さらには65%以上となっているとよい。平滑域3の表面の平滑性は高いほど好ましいため、粗面域2と平滑域3の平滑性の差に特に上限は設けられないが、成形型を用いた加熱によって平滑域3を形成する場合に実現可能な平滑化の程度を考えると、平滑域3における上記表面粗さRaの低下量にして、おおむね90%以下となる。粗面域2および平滑域3の具体的な表面粗さRaの値は特に限定されるものではないが、例えば、粗面域2で150μm以上、500μm以下、平滑域3で、50μm以上、150μm以下とする形態を挙げることができる。粗面域2と平滑域3における絶縁被覆13の表面の平滑性の比較は、目視による光沢の比較によって簡便に行うことができる。あるいは、JIS B 0601:2013に基づいて、表面粗さRaを定量的に評価すればよい。
【0031】
本実施形態にかかる絶縁電線1においては、上記のように、平滑域3の方が粗面域2よりも絶縁被覆13の表面において高い平滑性を有しているが、一方で、粗面域2の方が、平滑域3において、絶縁被覆13の柔軟性が高くなっていることが好ましい。粗面域2が高い柔軟性を有していれば、平滑域3を他部材と接触する用途に好適に用いることができる一方で、粗面域2を利用して、絶縁電線1を柔軟に曲げることで、配策等の操作における利便性を高めることができる。上記のように、非晶性の有機ポリマーや非晶成分を多く含む有機ポリマーを用いて絶縁被覆13を構成した場合に、絶縁被覆13の表面の平滑性が低くなりやすいが、非晶性の有機ポリマーや非晶成分を多く含む有機ポリマーは高い柔軟性を有する。よって、粗面域2を、表面の平滑性が低く、かつ高い柔軟性を有する領域として形成しやすい。また、上記のように、全域が粗面域2よりなる原料絶縁電線に対して、成形型を用いた加熱によって平滑域3を形成する際に、絶縁被覆13を構成しうる多くの有機ポリマーにおいて、柔軟性の低下が起こりやすい。
【0032】
粗面域2と平滑域3の間の絶縁被覆13の柔軟性の差は、例えば、絶縁電線1の3点曲げ試験によって評価することができる。3点曲げ試験は、JIS K 7171:2016に準拠した曲げ試験として実施することができる。つまり、長さ方向に沿って所定の支点間距離だけ離間した2点にて、試料となる電線を支持して、中央部に曲げを加えた際の反発力の最大値を、反発荷重として計測すればよい。得られた反発荷重の値が小さいほど、絶縁電線1の柔軟性が高いことが示される。粗面域2と平滑域3のそれぞれに対して、絶縁電線1の外径に対する比率としての支点間距離を揃えて(例えば、後の実施例のように、支点間距離を各領域2,3における絶縁電線1の外径の4倍として)、3点曲げ試験を行い、反発荷重を比較すればよい。例えば、反発荷重が、平滑域3において、粗面域2よりも20%以上高くなっていればよい。つまり、粗面域2の反発荷重を100%として、平滑域3の反発荷重の上昇量が、20%以上となっていればよい。すると、粗面域2の曲げ柔軟性が、平滑域3に比べて十分に高いとみなすことができる。より好ましくは、その反発荷重の上昇量が、25%以上、さらには30%以上であるとよい。その反発荷重の上昇量に特に上限は設けられないが、平滑域3においてもある程度の柔軟性を確保する等の観点から、例えば60%以下に抑えておくとよい。なお、3点曲げ試験で得られる反発荷重によって評価される絶縁電線1の柔軟性は、導体11の寄与も含むが、導体断面積が上で好ましいものとして挙げた範囲にあれば、上記の範囲の反発荷重の上昇量が得られることをもって、粗面域2と平滑域3の間で、絶縁被覆13の柔軟性に十分な差が生じているとみなすことができる。
【0033】
絶縁電線1において、粗面域2および平滑域3が占める具体的な位置や長さは特に指定されるものではなく、他部材を取り付ける位置や、望まない他部材との接触が想定される位置をはじめとして、絶縁被覆13の表面の平滑性が低い場合に好ましくない影響を生じうる領域に、平滑域3を設ければよい。そうすれば、表面の平滑性の低さによって生じうる影響を、平滑域3の表面の平滑性によって抑制する効果を、有効に利用することができる。例えば、絶縁電線1の端部またはその近傍に防水栓等の部材を取り付ける場合や、絶縁電線1の端部にコネクタを取り付ける形態において、コネクタハウジングとの接触による絶縁被覆13の摩耗が懸念される場合には、絶縁電線1の端部を含む領域に平滑域3を設ければよい。また、絶縁電線1の軸線方向の中途部に、保護材等の部材を取り付ける場合や、絶縁電線1が中途部において、近傍に設けられた外部の部材との間に望まない接触を起こす可能性があり、その接触による絶縁被覆13の摩耗や、外部の部材の方の損傷が懸念される場合には、絶縁電線1の軸線方向の中途部の必要な箇所に、平滑域3を設ければよい。粗面域2および/または平滑域3を複数箇所に設けてもよい。平滑域3を2か所以上に設ける場合に、それらの平滑域3における表面の平滑度は、相互に同じであっても、異なっていてもよい。粗面域2と平滑域3の長さの比率も特に指定されないが、柔軟性の高さ等、粗面域2が有する特性を有効に利用する観点からは、粗面域2の総長を平滑域3の総長よりも長くしておくとよい。
【0034】
粗面域2および平滑域3の具体的な形状も特に指定されない。図示した形態においては、平滑域3と粗面域2をともに断面円形に構成しており、外径も大きく異ならせないようにしている。このように、粗面域2と平滑域3の断面形状および断面サイズをなるべく変更しないように構成することで、絶縁電線1において、全域で表面の平滑性が変化しない従来一般の絶縁電線との全体的な外形の差異を小さく抑えることができる。上記のように、全域が粗面域2よりなる原料絶縁電線に対して成形型を用いた加熱を行って、平滑域3を形成する場合には、成形型から原料絶縁電線に印加される力によって、平滑域3の外径が粗面域2よりも小さくなる場合もある。しかし、平滑域3と粗面域2の断面形状および断面サイズをなるべく変更しないようにする観点からは、成形型として、原料絶縁電線の断面形状および断面サイズに近い形状およびサイズのキャビティを有するものを用いる等の方法により、平滑域3と粗面域2の間の外径の差を、粗面域2の外径に対して、20%以下、さらには10%に抑えておくとよい。
【0035】
一方で、平滑域3と粗面域2の断面形状および/または断面サイズを積極的に変更することも考えられる。例えば、粗面域2の断面形状が円形ではない場合に、平滑域3の断面形状を円形に近づけることや、粗面域2の断面サイズが大きい場合に、平滑域3の断面サイズを小さくすることで、平滑域3における他部材の取り付けの利便性を向上させられる可能性がある。また、断面形状の変更として、粗面域2と平滑域3の一方の断面を、楕円形や長方形に近似できるもの等、扁平形状とし、他方の断面を、円形や正方形に近似できるもの等、扁平度の低い形状とすることが考えられる。平滑域3と粗面域2の間で断面形状および/または断面サイズを異ならせるには、例えば、全域が粗面域2よりなる原料絶縁電線に対して成形型を用いた加熱を行って平滑域3を形成する際に、形成したい平滑域3の形状および断面サイズに対応したキャビティを有する成形型を用いて、絶縁被覆13および導体11を変形させる力を加えることで、絶縁被覆13の表面の平滑化と同時に、断面形状および/または断面サイズの変更を行えばよい。
【実施例0036】
以下に実施例を示す。本発明は、実施例により限定されるものではない。ここでは、平滑域と粗面域を有する絶縁電線を作製し、平滑域と粗面域で、表面の平滑性および柔軟性を比較した。特記しないかぎり、試料の作製および評価は、室温、大気中にて行った。
【0037】
<試料の作製>
原料絶縁電線として、導体の外周に、均一な厚さで絶縁被覆を押出成形した絶縁電線を作製した。導体としては、銅合金素線を撚り合わせた撚線を用いた。導体断面積は95mmとした。絶縁被覆の構成材料としては、架橋ポリエチレンを用いた。絶縁被覆の厚さは2.0mmとした。
【0038】
上記原料絶縁電線を長さ300mmに切り出し、一方の端末から150mmにわたる領域に、平滑域を形成した。残りの領域をそのまま粗面域とし、平滑域と粗面域を有する絶縁電線を得た。平滑域の形成は、原料絶縁電線の外径よりもわずかに小さい内径の円筒状のキャビティを有する成形型を、原料絶縁電線の外周に配置し、加熱することで行った。成形型の温度は150℃とした。
【0039】
<試料の評価>
得られた絶縁電線を、目視にて観察し、粗面域に加えて平滑域が形成されていることを確認した。さらに、粗面域と平滑域のそれぞれについて、絶縁被覆の表面を光学顕微鏡にて観察するとともに、表面粗さ測定器により、JIS B 0601:2013に準拠して、表面粗さRaを評価した。
【0040】
さらに、JIS K 7171:2016に準拠した3点曲げ試験を行い、粗面域および平滑域における絶縁電線の反発荷重を計測した。この際、粗面域および平滑域のそれぞれにおいて、絶縁電線を150mmの長さに切り出し、試験体とした。各試験体を所定の支点間距離だけ離れた2点で支持したうえで、中央部に曲げを加えて、反発力の最大値(単位:N)を計測し、反発荷重として記録した。支点間距離は、各試験体の外径の4倍の長さに設定した。具体的には、絶縁電線の外径が、粗面域で17.8mm、平滑域で16.6mmであったので、支点間距離を、粗面域の試験体については71.2mm、平滑域の試験体については66.4mmとした。
【0041】
<評価結果>
図2A,2Bにそれぞれ、平滑域を形成する前の原料絶縁電線、平滑域の形成を経た絶縁電線を撮影した写真を示す。また、図3A,3Bに、平滑域の形成を経た絶縁電線を光学顕微鏡にて観察した観察像を示す。図3Aは粗面域、図3Bは平滑域を示している。さらに、下の表1に、粗面域と平滑域のそれぞれについて、表面粗さRa、および3点曲げ試験による反発荷重の評価結果を示す。表1には、粗面域の値を基準とした平滑域の値の変化量も合わせて示している。
【0042】
【表1】
【0043】
図2A図2Bの写真を見比べると、図2Aでは全域が光沢のない表面を有しているのに対し、図2Bでは、平滑域を形成した左端側の領域のみ、光沢を示すようになっている。このことから、成形型を用いた加熱により、絶縁被覆の表面の平滑性が向上した平滑域を形成できていることが確認される。さらに、図3A図3Bの顕微鏡像を比較すると、粗面域を観察している図3Aでは、凹凸構造を示す明暗が、不均一に分布した微細構造が見られるのに対し、平滑域を観察している図3Bでは、均一性の高い表面が観察されており、表面の平滑性が高くなっていることが確認される。
【0044】
さらに、表1の評価結果を見ると、図3A図3Bの比較に見られたとおり、平滑域において、粗面域よりも表面粗さRaが小さくなっており、平滑性が向上していることが定量的に確認される。表面粗さRaは、粗面域と比較して、平滑域において、68%も小さくなっている。3点曲げ試験の反発荷重については、平滑域において、粗面域よりも大きくなっており、粗面域の方が高い柔軟性を有していることが分かる。平滑域の反発荷重は、粗面域と比較して、31%増加している。
【0045】
以上の結果より、原料絶縁被覆に対する成形型を用いた加熱を経て、粗面域と平滑域が共存した絶縁電線を製造できることが確認される。また、絶縁被覆の表面の平滑性が、平滑域において粗面域よりも高くなることが確認される。さらに、絶縁被覆の柔軟性が、粗面域において、平滑域よりも高いことが分かる。
【0046】
以上、本開示の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。
【符号の説明】
【0047】
1 絶縁電線
11 導体
12 素線
13 絶縁被覆
2 粗面域
3 平滑域
図1
図2
図3