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▶ 株式会社栗本鐵工所の特許一覧

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024142533
(43)【公開日】2024-10-11
(54)【発明の名称】磁気粘性流体
(51)【国際特許分類】
   H01F 1/44 20060101AFI20241003BHJP
【FI】
H01F1/44 170
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023054692
(22)【出願日】2023-03-30
(71)【出願人】
【識別番号】000142595
【氏名又は名称】株式会社栗本鐵工所
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】橋田 真一朗
(72)【発明者】
【氏名】上嶋 優矢
(72)【発明者】
【氏名】辻 仁志
(72)【発明者】
【氏名】増田 勇貴
(72)【発明者】
【氏名】古家 知弘
【テーマコード(参考)】
5E041
【Fターム(参考)】
5E041BB03
5E041BD12
5E041CA01
5E041HB15
5E041NN06
(57)【要約】
【課題】基底粘度が低く且つ沈降性及び再分散性が良好なMR流体を実現できるようにする。
【解決手段】磁気粘性流体は、粒径が0.05μm以上、100μm以下の磁性粒子と、全量に対して0.5wt%以上、1.5wt%以下のアマイド系沈降防止剤とを含有する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
粒径が0.05μm以上、100μm以下の磁性粒子と、
全量に対して0.5wt%以上、1.5wt%以下のアマイド系沈降防止剤とを含有する、磁気粘性流体。
【請求項2】
前記磁性粒子を10vol%以上、40vol%以下含む、請求項1に記載の磁気粘性流体。
【請求項3】
40℃で14日間静置した後において、以下の式1により表される沈降高さ率が65%以上であり、せん断速度が1/s、10/s及び100/sの3点における基底粘度の平均値が1Pa・s以下である、請求項1に記載の磁気粘性流体。
沈降高さ率=(全体の高さ-粒子沈降層の高さ)/全体の高さ×100・・・式1
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、磁気粘性流体に関し、特に触覚提示用途に好適な磁気粘性流体に関する。
【背景技術】
【0002】
磁気粘性(Magneto Rheological:MR)流体は、鉄(Fe)等の磁性粒子をオイル等の分散媒に分散させた流体である。MR流体は、磁場の作用がない場合には分散媒中に磁性粒子がランダムに浮遊している。MR流体に外部から磁場を印加すると、磁界の方向に沿って磁性粒子が多数のクラスタを形成し、降伏応力が増大する。このようにMR流体は電気信号によってレオロジー特性又は力学的な性質を容易に制御できる材料であり、自動車向けショックアブソーバ及び建設機械向けシートダンパ等の直動型デバイスや、クラッチ及びブレーキといった回転型デバイスにおいて用いられている。
【0003】
近年、種々の電子機器のタッチパネルや、操作レバーに、操作状況に応じた操作抵抗が生じるようにして、操作者に操作していることを実感させる触覚提示デバイスが検討されている(例えば、特許文献1を参照。)。また、操作者の操作にリンクして、映像に映し出された仮想物体の触覚を操作者に提示する触覚提示装置も検討されている(例えば、特許文献2を参照)。外部から磁場を加えることにより粘度が変化し、操作に要するトルクを変化させることができるMR流体は、このような触覚提示デバイスへの利用が期待されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2021-093022号公報
【特許文献2】特開2017-138651号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特に仮想物体の触覚を提示する触覚提示デバイスにおいては、実態のある固体に触れた際の感触だけでなく、気体や水などに触れた際の感触も再現できるようにすることが求められている。このような、微妙な触覚を表現するためには、磁場を与えない状態での基底粘度が小さいMR流体が必要とされる。また、MR流体によるトルクの変化が瞬時に再現性良く生じることが求められる。このため、沈降性と再分散性が良好なMR流体が求められる。
【0006】
本開示の課題は、基底粘度が低く且つ沈降性及び再分散性が良好なMR流体を実現できるようにすることである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の磁気粘性流体の一態様は、粒径が0.05μm以上、100μm以下の磁性粒子と、0.5wt%以上、1.5wt%以下のアマイド系沈降防止剤とを含有する。
【0008】
磁気粘性流体の一態様は、アマイド系沈降防止剤を0.5wt%以上、1.5wt%以下含んでいるので、基底粘度を低く抑えつつ、沈降が生じにくく再分散性も向上させることができる。
【発明の効果】
【0009】
本開示の磁気粘性流体によれば、基底粘度を低く抑えつつ、沈降が生じにくく再分散性も向上させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本実施形態の磁気粘性流体(MR流体)は、磁性粒子が分散媒に分散しており、アマイド系沈降防止剤を含んでいる。
【0011】
磁性粒子は、基底粘度を小さく抑える観点から粒径が0.05μm以上、好ましくは0.1μm以上であり、沈降を押える観点から100μm以下、好ましくは50μm以下である。磁性粒子の粒径は、レーザ回折・散乱法を用いた粒子径分布測定装置等により測定することができる。
【0012】
磁性粒子は、例えば鉄、窒化鉄、炭化鉄、カルボニル鉄、二酸化クロム、低炭素鋼、ニッケル又はコバルト等を用いることができる。また、アルミニウム含有鉄合金、ケイ素含有鉄合金、コバルト含有鉄合金、ニッケル含有鉄合金、バナジウム含有鉄合金、モリブデン含有鉄合金、クロム含有鉄合金、タングステン含有鉄合金、マンガン含有鉄合金又は銅含有鉄合金等の鉄合金を用いることもできる。ガドリニウム、ガドリニウム有機誘導体からなる常磁性、超常磁性又は強磁性化合物粒子及びこれらの混合物からなる粒子等を用いることもできる。中でも、カルボニル鉄は磁性粒子として適した平均粒子径のものが容易に得られるため好ましい。
【0013】
磁性粒子は、表面改質が行われているものとすることもできる。例えば、分散媒が疎水性の場合には、炭化水素鎖やアリル基等を有する化合物からなる表面改質層を設けることができる。また、分散媒が親水性の場合には、水酸基等の親水性の官能基を有する化合物からなる表面改質層を設けることができる。
【0014】
分散媒は、磁性粒子を分散させることができる液体であればどのようなものであってもよい。例えば、シリコーンオイル、フッ素オイル、ポリアルファオレフィン(PAO)、パラフィン、エーテル油、エステル油、鉱物油、植物性油又は動物性油等を用いることができる。また、トルエン、キシレン、ヘキサン、及びエーテル類等の有機溶媒又はエチルメチルイミダゾリウム塩、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウム塩及び1-メチルピラゾリウム塩等に代表されるイオン性液体(常温溶融塩)類等を用いることもできる。これは、単独で用いることも2種類以上を組み合わせて用いることもできる。親水性の表面改質層を設ければ水、エステル類又はアルコール類等を分散媒とすることも可能である。
【0015】
磁性粒子のMR流体全体に対する濃度(体積分率)は、MR流体としての機能を発揮させる観点から10vol%以上とすることが好ましく、15vol%以上とすることがより好ましい。また、MR流体の基底粘度を抑える観点からは、40vol%以下とすることが好ましく、30vol%以下とすることがより好ましい。
【0016】
本実施形態のMR流体は、アマイド系沈降防止剤を含んでいる。アマイド系沈降防止剤は、アミンと脂肪酸とが縮合されたアマイドワックスを主成分とする沈降防止剤である。市販のものとしては、楠本化学社製のディスパロン6100、共栄社化学社製のフローノンRCM-230AF等がある。
【0017】
アマイド系沈降防止剤の分散媒に対する濃度(体積分率は)、沈降性及び再分散性を向上させつつ、基底粘度の上昇を抑える観点から、0.5wt%以上、1.5wt%以下である。アマイド系沈降防止剤を添加することにより、基底粘度の上昇を抑えつつ、沈降性及び再分散性を向上させることができる。MR流体の沈降を抑制する方法として、シリカ等の無機系又はポリスチレン等の有機系の微粒子を添加する方法が知られている。しかし、これらの方法の場合、流体の粘度が高くなるので、基底粘度が上昇してしまう。また、沈降状態から再度分散状態への戻しやすさの指標である再分散性は十分に向上しない。
【0018】
本実施形態のMR流体は、沈降高さ率が好ましくは65%以上、より好ましくは70%以上である。沈降高さ率は、MR流体を14日間静置した後における流体全体の高さに対する粒子の沈降層の割合(%)であり、実施例に示す方法により測定することができる。再分散性は、好ましくは8Nm/s以上、より好ましくは10Nm/s以上である。なお、再分散性は、MR流体を14日間静止した後における(回転開始から10秒間における最大トルク-回転開始から10秒後のトルク)/10(Nm/s)であり、実施例に示す方法により測定することができる。また、せん断速度が1/s、10/s、及び100/sにおける基底粘度の平均値は、好ましくは1Pa・s以下、より好ましくは0.9Pa・s以下、さらに好ましくは0.8Pa・s以下である。
【0019】
触覚提示デバイス、特に仮想物体の触覚提示を行うデバイスの場合、操作者の動き(操作速度)はせん断速度が1/s~100/s程度の中速度域を主な範囲とすることから、この速度域の基底粘度が小さいことが、好ましい。本実施形態のMR流体は、1/s~100/sの中速度域における基底粘度が小さく且つ沈降しにくく、再分散性にも優れているので、特に触覚提示デバイス等に用いる磁気粘性流体として有用である。
【0020】
触覚提示デバイスは、例えば、各種装置の操作レバーに操作感を付与するものや、筋肉を鍛えることを目的として使用するトレーニング装置や、使用者が筋力の回復等を目的として使用するリハビリ装置、ディスプレイと連動して手に仮想物体の感覚を伝える触覚提示装置などに利用することができる。
【0021】
本実施形態のMR流体には、アマイド系沈降防止剤の他に種々の添加剤を添加することができる。但し、粘度を増大させる添加剤は少ない方が好ましく、添加されていないことがより好ましい。
【0022】
以下に、本開示のMR流体について実施例を用いてさらに詳細に説明する。以下の実施例は例示であり、本開示の発明を限定することを意図しない。
【0023】
<沈降高さ率の測定>
容器に約100mLのMR流体を入れ、40℃で14日間静置した。その後、全体の高さ及び粒子沈降層の高さを測定し、以下の式を用いて沈降層高さ率を算出した。
沈降層高さ率(%)=(全体の高さ-粒子沈降層の高さ)/全体の高さ×100
沈降層高さ率が大きいほど、磁性粒子が沈降しにくく、安定したMR流体であることを示す。
【0024】
<再分散性の評価>
容器に約100mLのMR流体を入れ、40℃で14日間静置した。この後、攪拌翼を有する攪拌棒を沈降層の底部まで挿入し、磁場を印加していない状態で200RPMで回転させた際のトルクを測定した。以下の式を用いて、再分散性を評価した。
再分散性(Nm/s)=(回転開始から10秒間における最大トルク-回転開始から10秒後のトルク)/10
再分散性の値が大きいほど、再分散が容易に行われることを示す。
【0025】
<基底粘度の評価>
基底粘度の測定は平行平板型回転粘度計(アントンパール・ジャパン社製、MCR301)を用いて測定した。平板の間隔は500μmとし、直径20mmのパラレルプレートを用いた。磁場を印加せずにせん断速度を1/s、10/s及び100/sで30秒間一定とした時のせん断応力をそれぞれ測定した。
【0026】
(実施例1)
磁性粒子として平均一次粒径が6μmのカルボニル鉄(BASF社製、CS)を用い、分散媒としてポリアルファオレフィン系の炭化水素系合成油を用いた。磁性粒子の濃度は20vol%とした。分散媒には、アマイド系沈降防止剤(楠本化学社製、ディスパロン6100)を0.58wt%添加した。
【0027】
沈降高さ率は、74.2%であった。再分散性は11.94Nm/sであった。せん断速度が1/s、10/s、100/sの場合の基底粘度はそれぞれ0.71Pa・s、0.22Pa・s、0.10Pa・sであり、平均値は0.34Pa・sであった。
【0028】
(実施例2)
アマイド系沈降防止剤の濃度を1.45wt%とした以外は、実施例1と同様にしてMR流体を調製した。
【0029】
沈降高さ率は、83.7%であった。再分散性は30.05Nm/sであった。せん断度が1/s、10/s、100/sの場合の基底粘度はそれぞれ1.54Pa・s、0.44Pa・s、0.14Pa・sであり、平均値は0.70Pa・sであった。
【0030】
(比較例1)
アマイド系沈降防止剤を添加しなかった以外は、実施例1と同様にしてMR流体を調製した。
【0031】
沈降高さ率は、54.6%であった。再分散性は3.64Nm/sであった。せん断度が1/s、10/s、100/sの場合の基底粘度はそれぞれ1.42Pa・s、1.19Pa・s、0.27Pa・sであり、平均値は0.96Pa・sであった。
【0032】
(比較例2)
アマイド系沈降防止剤に代えてナノメータサイズの親水性シリカ(日本アエロジル社製、AEROSIL200、平均粒径12nm)を0.58wt%添加した以外は、実施例1と同様にしてMR流体を調製した。
【0033】
沈降高さ率は、74.0%であった。再分散性は1.76Nm/sであった。せん断度が1/s、10/s、100/sの場合の基底粘度はそれぞれ4.17Pa・s、3.20Pa・s、0.60Pa・sであり、平均値は2.65Pa・sであった。
【0034】
(比較例3)
アマイド系沈降防止剤に代えてナノメータサイズの親水性シリカ(日本アエロジル社製、AEROSIL200、平均粒径12nm)を1.45wt%添加した以外は、実施例1と同様にしてMR流体を調製した。
【0035】
沈降高さ率は、91.3%であった。再分散性は5.03Nm/sであった。せん断度が1/s、10/s、100/sの場合の基底粘度はそれぞれ7.29Pa・s、5.31Pa・s、1.55Pa・sであり、平均値は4.72Pa・sであった。
【0036】
(比較例4)
アマイド系沈降防止剤に代えてナノメータサイズの疎水性シリカ(日本アエロジル社製、AEROSIL R974、平均粒径12nm)を0.58wt%添加した以外は、実施例1と同様にしてMR流体を調製した。
【0037】
沈降高さ率は、68.6%であった。再分散性は5.11Nm/sであった。せん断度が1/s、10/s、100/sの場合の基底粘度はそれぞれ4.50Pa・s、1.50Pa・s、0.27Pa・sであり、平均値は2.09Pa・sであった。
【0038】
(比較例5)
アマイド系沈降防止剤に代えてナノメータサイズの疎水性シリカ(日本アエロジル社製、AEROSIL R974、平均粒径12nm)を1.45wt%添加した以外は、実施例1と同様にしてMR流体を調製した。
【0039】
沈降高さ率は、81.5%であった。再分散性は13.41Nm/sであった。せん断度が1/s、10/s、100/sの場合の基底粘度はそれぞれ12.00Pa・s、3.67Pa・s、0.59Pa・sであり、平均値は5.42Pa・sであった。
【0040】
(比較例6)
アマイド系沈降防止剤に代えてベントナイト(ビッグケミージャパン社製、ガラマイト1958)を0.58wt%添加した以外は、実施例1と同様にしてMR流体を調製した。
【0041】
沈降高さ率は、71.1%であった。再分散性は2.57Nm/sであった。せん断度が1/s、10/s、100/sの場合の基底粘度はそれぞれ4.44Pa・s、1.94Pa・s、0.25Pa・sであり、平均値は2.21Pa・sであった。
【0042】
(比較例7)
アマイド系沈降防止剤に代えてベントナイト(ビッグケミージャパン社製、ガラマイト1958)を1.45wt%添加した以外は、実施例1と同様にしてMR流体を調製した。
【0043】
沈降高さ率は、85.8%であった。再分散性は7.13Nm/sであった。せん断度が1/s、10/s、100/sの場合の基底粘度はそれぞれ31.82Pa・s、4.01Pa・s、0.66Pa・sであり、平均値は12.16Pa・sであった。
【0044】
表1に、各実施例及び比較例についてまとめて示す。アマイド系沈降防止剤を含む実施例のMR流体は、微粒子を含むMR流体と比べて、中速度域における基底粘度が低く、沈降が生じにくく、再分散性にも優れている。
【0045】
【表1】
【産業上の利用可能性】
【0046】
本開示の磁気粘性流体は、基底粘度が低く、且つ沈降が生じにくく、再分散性にも優れているので、特に触覚提示デバイス等の用途において有用である。