(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024142744
(43)【公開日】2024-10-11
(54)【発明の名称】切削工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20241003BHJP
【FI】
B23B27/14 C
B23B27/14 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023055050
(22)【出願日】2023-03-30
(71)【出願人】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100142424
【弁理士】
【氏名又は名称】細川 文広
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】山本 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】飯島 周平
【テーマコード(参考)】
3C046
【Fターム(参考)】
3C046CC01
3C046CC06
3C046FF03
3C046FF09
3C046FF10
3C046FF13
3C046FF19
(57)【要約】
【課題】すくい面に付与する溝形状を最適化し、硬質被膜の付着強度を向上させることで、耐摩耗性が安定して高められ、溝形状の機能を良好に維持することができ、工具の長寿命化を図ることが可能な切削工具を提供する。
【解決手段】工具基体1は、すくい面5に形成され、切刃に沿って延び、切刃と直交する方向に互いに間隔をあけて配置される複数の溝11と、切刃と直交する方向において溝11と交互に並ぶ複数の平坦面12と、を有し、複数の溝11は、切刃から少なくとも3mmの範囲に設けられ、各溝11は、溝底部11aと、断面の形状が凸曲線状をなす溝肩部11bと、を有し、工具基体1の断面において、平坦面12の溝幅方向Wに沿う寸法L1が20μm以上50μm以下であり、平坦面12間のピッチが30μm以上100μm以下であり、溝11の深さ寸法Dが3μm以上30μm以下であり、溝肩部11bの曲率半径Rが1μm以上10μm以下である。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
工具基体と、前記工具基体の稜線部に配置される切刃と、前記切刃と隣り合って配置されるすくい面と、前記工具基体の表面のうち少なくとも前記切刃及び前記すくい面にわたって配置される硬質被膜と、を備える切削工具であって、
前記切刃は、前記すくい面を正面に見た上面視においてV字状をなし、
前記工具基体は、
前記すくい面に形成され、前記切刃に沿って延び、前記切刃と直交する方向に互いに間隔をあけて配置される複数の溝と、
前記すくい面に配置され、前記切刃と直交する方向において前記溝と交互に並ぶ複数の平坦面と、を有し、
前記複数の溝は、前記切刃と直交する方向において、前記切刃から前記すくい面側へ向けて少なくとも3mmの範囲に設けられており、
各前記溝は、
前記溝の溝幅方向の中央部に位置する溝底部と、
溝幅方向に沿う断面の形状が凸曲線状をなし、溝幅方向において前記溝底部と前記平坦面との間に配置される溝肩部と、を有し、
前記工具基体の前記断面において、
前記平坦面の溝幅方向に沿う寸法が、20μm以上50μm以下であり、
溝幅方向に隣り合う前記平坦面間のピッチが、30μm以上100μm以下であり、
前記溝の深さ寸法が、3μm以上30μm以下であり、
前記溝肩部の曲率半径が、1μm以上10μm以下である、
切削工具。
【請求項2】
前記切刃は、
凸曲線状をなすコーナ刃部と、
前記コーナ刃部の端部に接続され、直線状をなす直線刃部と、を有し、
前記溝は、少なくとも前記直線刃部に沿って延びる、
請求項1に記載の切削工具。
【請求項3】
前記硬質被膜の組成は、[M]SiNで表され、
[M]は、Al,Ti,Crの少なくとも1種類以上である、
請求項1または2に記載の切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、金属などの被削材を切削加工する際に用いられる切削インサート等の切削工具が知られている(例えば、特許文献1~3)。この種の切削工具では、工具基体の表面に硬質被膜を成膜することで、耐摩耗性を向上させている。
【0003】
特許文献1の切削工具では、すくい面に微細な多数のうねりを設けており、うねりの山の部分でのみ被加工材と接触するようにして、工具と被加工材との接触面積を小さくしている。また、隣り合ううねりの谷の部分が油溜まりとして作用し、切削抵抗、工具摩耗を抑制している。
【0004】
特許文献2の切削工具では、すくい面に多数の溝を格子状に凹設して、極微細セグメント構造を付与している。これにより、切刃と被削材または切屑との間に切削液が常に介在するようになり、切削抵抗が低減され、工具摩耗を抑制できる。
【0005】
特許文献3の切削工具では、基材材料の上面の少なくとも一部に第1パターンの溝を刻み入れ、基材材料の少なくとも2つの隣接側面の少なくとも一部に第2パターンの溝を刻み入れる。好ましくは、第1と第2のパターンがクロスハッチパターンまたはダイヤモンドハッチパターンである。これにより、CVDの際に、ダイヤモンドの接着と成長は、パターンが施された表面の部分で高められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第5224331号公報
【特許文献2】特開2009-113120号公報
【特許文献3】特開平9-300139号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記の特許文献で提案されているように、すくい面に溝を形成することで、切削抵抗が低下し、耐摩耗性が向上することが分かっている。しかしながら、従来の切削工具では、例えば強断続切削のような高負荷切削においては、溝形状による効果が長期間持続しない。これは、すくい面に付与した溝形状に対して、硬質被膜の付着強度(付着性)が十分ではなく、切削加工中に硬質被膜が剥離するためと考えられる。被膜剥離が生じると、すくい面での耐摩耗性は著しく低下し、付与した溝形状が損耗して溝形状の維持ができなくなり、溝形状の効果が低下する。
【0008】
本発明は、すくい面に付与する溝形状を最適化し、硬質被膜の付着強度を向上させることで、耐摩耗性が安定して高められ、溝形状の機能を良好に維持することができ、工具の長寿命化を図ることが可能な切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
〔本発明の態様1〕
工具基体と、前記工具基体の稜線部に配置される切刃と、前記切刃と隣り合って配置されるすくい面と、前記工具基体の表面のうち少なくとも前記切刃及び前記すくい面にわたって配置される硬質被膜と、を備える切削工具であって、前記切刃は、前記すくい面を正面に見た上面視においてV字状をなし、前記工具基体は、前記すくい面に形成され、前記切刃に沿って延び、前記切刃と直交する方向に互いに間隔をあけて配置される複数の溝と、前記すくい面に配置され、前記切刃と直交する方向において前記溝と交互に並ぶ複数の平坦面と、を有し、前記複数の溝は、前記切刃と直交する方向において、前記切刃から前記すくい面側へ向けて少なくとも3mmの範囲に設けられており、各前記溝は、前記溝の溝幅方向の中央部に位置する溝底部と、溝幅方向に沿う断面の形状が凸曲線状をなし、溝幅方向において前記溝底部と前記平坦面との間に配置される溝肩部と、を有し、前記工具基体の前記断面において、前記平坦面の溝幅方向に沿う寸法が、20μm以上50μm以下であり、溝幅方向に隣り合う前記平坦面間のピッチが、30μm以上100μm以下であり、前記溝の深さ寸法が、3μm以上30μm以下であり、前記溝肩部の曲率半径が、1μm以上10μm以下である、切削工具。
【0010】
本発明の切削工具では、超硬合金製等の工具基体の表面のうち少なくとも切刃及びすくい面にわたって、硬質被膜が付着している。また、工具基体のすくい面には、複数の溝と複数の平坦面とが、切刃と直交する方向において、交互に並んで配置されている。このように、すくい面に溝形状によるテクスチャ形状が付与されていることで、被削材とすくい面との接触面積が小さく抑えられる。また、すくい面にクーラントを保持することが可能となる。このため、切削抵抗が低減され、刃先の冷却効率が高められる。また、溝形状により、工具基体に対する硬質被膜の付着強度(付着性)が高められるため、工具の耐摩耗性が良好に維持される。
【0011】
そして本発明では、溝形状を含むテクスチャ形状について、下記のような最適化がなされている。
まず、複数の溝が、切刃に対して平行に延びている。これにより、切屑処理の改善が図られている。また、溝が切刃と交差しないため、溝が切刃のチッピングの起点となるようなことが抑制される。
【0012】
また、工具基体の複数の溝が、切刃からすくい面側に向けて少なくとも3mmの範囲に配置されている。これにより、切削加工時の送り量などの切削条件に関わらず、溝形状による上述の作用効果が安定して奏功される。
【0013】
また、工具基体の溝幅方向に沿う断面において、平坦面の溝幅方向に沿う寸法が20μm以上50μm以下である。
平坦面の溝幅方向に沿う寸法が20μm以上であると、硬質被膜に応力集中が生じにくくなり、応力が緩和されて、切削加工時の硬質被膜の剥離や自壊等が抑制される。また、平坦面の溝幅方向に沿う寸法が50μm以下であれば、工具基体のテクスチャ形状と硬質被膜との接触面積が安定して確保され、硬質被膜の付着強度が高められる。
【0014】
また、工具基体の溝幅方向に沿う断面において、溝幅方向に隣り合う平坦面間のピッチが、30μm以上100μm以下である。なお、前記平坦面間のピッチとは、例えば、溝幅方向に隣り合う平坦面同士の中心間距離を指す。
前記平坦面間のピッチが30μm以上であれば、平坦面間に配置される溝の形状や寸法、及び平坦面と溝の寸法比率等を、例えば切削条件や被削材の種類等に応じて、適宜設定しやすくすることができる。すなわち、すくい面上に効果的な溝形状を付与する上での設計の自由度が確保される。
【0015】
また、前記平坦面間のピッチが100μm以下であれば、工具基体のテクスチャ形状と硬質被膜との接触面積が安定して確保され、硬質被膜の付着強度が高められる。言い換えると、前記平坦面間のピッチが100μmを超える場合、工具基体と硬質被膜との間の密着性が低下するおそれがある。
【0016】
また、工具基体の溝幅方向に沿う断面において、溝の深さ寸法が3μm以上30μm以下である。
溝の深さ寸法が3μm以上であれば、溝形状によって切削抵抗を低減したり、クーラントを保持するなどの作用効果が、安定して奏功される。また、溝形状による工具基体と硬質被膜との付着強度が安定して確保される。また、溝の深さ寸法が30μm以下であれば、溝の内部で硬質被膜の膜厚にばらつきが生じるような不具合が抑制される。
【0017】
また、工具基体の溝幅方向に沿う断面において、凸曲線状をなす溝肩部の曲率半径が、1μm以上10μm以下である。
溝肩部の曲率半径が1μm以上であると、硬質被膜に応力集中が生じにくくなり、例えば溝肩部と平坦面との接続部分などにおいて、硬質被膜が膜割れするような不具合が抑制される。また、溝肩部の曲率半径が10μm以下であれば、溝形状(テクスチャ形状)による上述した作用効果が安定して奏功される。言い換えると、溝肩部の曲率半径が10μmを超える場合、テクスチャ形状による作用効果が低減するおそれがある。
【0018】
以上より本発明によれば、すくい面に付与する溝形状が最適化されており、硬質被膜の付着強度が向上されていて、耐摩耗性が安定して高められている。硬質被膜の剥離や自壊が抑制されるため、溝形状の機能を長期にわたり良好に維持することができ、工具の長寿命化を図ることができる。
【0019】
〔本発明の態様2〕
前記切刃は、凸曲線状をなすコーナ刃部と、前記コーナ刃部の端部に接続され、直線状をなす直線刃部と、を有し、前記溝は、少なくとも前記直線刃部に沿って延びる、態様1に記載の切削工具。
【0020】
一般にV字状をなす切刃の場合、コーナ刃部に比べて、直線刃部の刃長が長く設定されることが多い。上記構成では、すくい面の溝が、少なくとも直線刃部に沿って延びているため、切刃が延びる刃長方向に沿う広範囲において、切屑処理の改善を図ったり、チッピングを抑制することができる。
【0021】
〔本発明の態様3〕
前記硬質被膜の組成は、[M]SiNで表され、[M]は、Al,Ti,Crの少なくとも1種類以上である、態様1または2に記載の切削工具。
【発明の効果】
【0022】
本発明の前記態様によれば、すくい面に付与する溝形状を最適化し、硬質被膜の付着強度を向上させることで、耐摩耗性が安定して高められ、溝形状の機能を良好に維持することができ、工具の長寿命化を図ることが可能な切削工具が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】
図1は、本実施形態の切削工具を示す上面図(平面図)である。
【
図3】
図3は、
図2のIII-III断面の一部を示す断面図であり、硬質被膜の図示については省略している。
【
図4】
図4は、すくい面の溝近傍を拡大して示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明の一実施形態の切削工具10について、図面を参照して説明する。
図1に示すように、本実施形態の切削工具10は、切削インサートである。本実施形態の切削工具10は、例えば、金属製等の被削材に旋削加工(切削加工)を施す刃先交換式バイトに用いられる。
【0025】
特に図示しないが、刃先交換式バイトは、ホルダと、切削工具(切削インサート)10と、締結部材と、を備える。ホルダは、ホルダの先端部に配置される凹状のインサート取付座を有する。切削工具10は、クランプ駒、クランプレバー、クランプネジ等の締結部材により、インサート取付座に着脱可能に取り付けられる。
【0026】
本実施形態の切削工具10は、板状である。具体的に、切削工具10は多角形板状であり、図示の例では四角形板状である。本実施形態では切削工具10が、ISO規格に準ずる四角形板状の切削インサートであり、図示の例では、菱形インサートの外形形状を有する。
【0027】
切削工具10は、工具基体1と、工具基体1の稜線部に配置される切刃3と、切刃3と隣り合って配置されるすくい面5と、切刃3と隣り合って配置される逃げ面6と、工具基体1の表面のうち少なくとも切刃3及びすくい面5にわたって配置される硬質被膜2と、を備える。すなわち、本実施形態の切削工具10は、工具基体1上に硬質被膜2がコーティングされた硬質被膜付き切削インサートである。このため、切削工具10は、硬質被膜付き切削工具や表面被覆切削工具などと言い換えてもよい。なお本実施形態では、切削工具10を単に工具などと呼ぶ場合がある。
【0028】
〔方向の定義〕
切削工具10の中心軸Cは、切削工具10の厚さ方向に沿って延びる。本実施形態では、切削工具10の中心軸Cが延びる方向、つまり中心軸Cと平行な方向を、上下方向と呼ぶ。
また、中心軸Cと直交する方向を径方向と呼ぶ。径方向のうち、中心軸Cに近づく向きを径方向内側と呼び、中心軸Cから離れる向きを径方向外側と呼ぶ。
また、中心軸C回りに周回する方向を周方向と呼ぶ。
【0029】
〔工具基体〕
工具基体1は、切削工具10の基材であり、切削工具10の外形形状と同じ外形形状を有する。工具基体1は、中心軸Cを中心とする180°回転対称形状を有する。また工具基体1は、上下方向において表裏反転対称形状を有する。工具基体1は、例えばWC基の超硬合金製等である。
【0030】
工具基体1は、一対の板面と、外周面と、貫通孔1aと、を有する。
一対の板面は、それぞれ多角形状をなしており、上下方向を向く。本実施形態では、一対の板面がそれぞれ四角形状である。一対の板面は、上側を向く一方の板面(上面)と、下側を向く他方の板面(下面)と、を有する。一対の板面のうち、少なくとも一方の板面のコーナ部は、切削加工時に図示しない被削材と対向して配置される。
【0031】
外周面は、径方向外側を向き、周方向に延びる。外周面の上端部は、一方の板面の外周縁と接続される。外周面の下端部は、他方の板面の外周縁と接続される。外周面は、工具基体1の周方向の全周にわたって延びている。
【0032】
貫通孔1aは、工具基体1を上下方向に貫通し、一対の板面に開口する。貫通孔1aの中心軸は、中心軸Cと同軸に配置されている。本実施形態では貫通孔1aが、円孔状である。貫通孔1aには、図示しない締結部材が挿入される。
【0033】
また
図3に示すように、工具基体1は、複数の溝11と、複数の平坦面12と、を有する。なお
図1においては、複数の溝11及び複数の平坦面12の図示を省略している。
溝11及び平坦面12の具体的な構成については、後述する。
【0034】
〔すくい面〕
図1に示すように、すくい面5は、工具基体1の一対の板面のうち、少なくとも一方の板面に配置される。すくい面5は、一方の板面の少なくとも一部を構成する。本実施形態ではすくい面5が、一方の板面の外周部に位置する4つのコーナ部のうち、少なくとも2つのコーナ部(鋭角のコーナ部)にそれぞれ配置される。上記2つのコーナ部は、中心軸Cを中心として互いに180°回転対称となる位置に配置されている。
【0035】
〔逃げ面〕
逃げ面6は、工具基体1の外周面に配置される。逃げ面6は、外周面の少なくとも一部を構成する。逃げ面6は、外周面のうち各すくい面5と隣接する部分にそれぞれ配置される。
【0036】
〔切刃〕
切刃3は、すくい面5と逃げ面6とが接続される稜線部に配置される。本実施形態では切刃3が、一方の板面の外周部に位置する4つのコーナ部のうち、少なくとも2つのコーナ部(鋭角のコーナ部)にそれぞれ配置される。特に図示しないが、切刃3は、丸ホーニングやチャンファホーニング等のホーニング形状を有していてもよい。
【0037】
図2に示すように、切刃3は、すくい面5を正面に見た上面視においてV字状をなしている。具体的に、切刃3は、コーナ刃部3aと、一対の直線刃部3bと、を有する。コーナ刃部3aは、径方向外側に向けて突出する凸曲線状をなしている。直線刃部3bは、コーナ刃部3aの端部に接続され、直線状をなしている。本実施形態では、コーナ刃部3aの刃長方向の両端部に、一対の直線刃部3bが接続される。なお刃長方向とは、切刃3が延びる方向であり、具体的には、切刃3の各刃部3a,3bが延びる方向を指す。本実施形態では直線刃部3bの刃長が、コーナ刃部3aの刃長よりも長い。
【0038】
〔溝及び平坦面〕
ここで、
図2~
図4を参照して、工具基体1の複数の溝11及び複数の平坦面12について説明する。なお、
図3及び
図4に両矢印で示す符号Wは、中心軸Cと垂直な平面(工具基体1の一方の板面)に平行でかつ切刃3と直交する方向を表しており、後述する溝11の溝幅方向に相当する。また、
図3においては、硬質被膜2の図示を省略している。
【0039】
溝11は、工具基体1の一対の板面のうち、少なくとも一方の板面(上面)に配置される。溝11は、一方の板面から下側に窪んで形成されている。本実施形態では溝11が、レーザー加工により形成されている。溝11の形状については、レーザーの集光や、走査回数等により適宜調整可能である。
【0040】
図2に示すように、溝11は、すくい面5に形成され、切刃3に沿って延びている。溝11は、少なくとも直線刃部3bに沿って延びている。本実施形態では溝11が、直線刃部3b及びコーナ刃部3aに沿って、切刃3の全長にわたって切刃3と平行に延びている。すなわち、すくい面5上において、溝11が延びる方向は、切刃3と平行な方向であり、溝11の溝幅方向Wは、切刃3と直交する方向である。
【0041】
具体的に、溝11のうち直線刃部3bの内側に位置する部分(直線刃部3bと平行な部分)は、直線状をなしている。また、溝11のうちコーナ刃部3aの内側に位置する部分(コーナ刃部3aと平行な部分)は、曲線状をなしている。溝11はその全体の形状として、すくい面5を正面に見た上面視においてV字状をなしている。
【0042】
複数の溝11は、すくい面5上において、切刃3と直交する方向に互いに間隔をあけて配置されている。複数の溝11同士は、互いに平行に延びている。複数の溝11は、切刃3と直交する方向において、切刃3からすくい面5側へ向けて少なくとも3mmの範囲に設けられている。
各溝11を構成する要素については、後述する。
【0043】
平坦面12は、工具基体1の一対の板面のうち、少なくとも一方の板面(上面)に配置される。平坦面12は、一方の板面の一部を構成している。平坦面12は、中心軸Cと垂直な方向に拡がる平面状をなしている。複数の平坦面12は、すくい面5に配置され、切刃3と直交する方向において溝11と交互に並ぶ。複数の平坦面12同士は、互いに平行に延びている。
【0044】
図3及び
図4に示すように、各溝11は、溝底部11aと、溝肩部11bと、を有する。
溝底部11aは、溝11の溝幅方向Wの中央部に位置する。
図3及び
図4に示すように、溝幅方向Wに沿う断面において、溝底部11aは、凹曲線状をなしている。なお本実施形態において、「溝幅方向Wに沿う断面」とは、硬質被膜2の膜厚方向に沿う断面であり、縦断面と言い換えてもよい。
【0045】
また、溝肩部11bは、溝11の溝幅方向Wの端部に配置される。言い換えると、溝肩部11bは、溝幅方向Wにおいて溝底部11aよりも溝11の外側に配置されている。溝肩部11bは、溝幅方向Wに沿う断面の形状が凸曲線状をなしている。溝肩部11bは、溝幅方向Wにおいて溝底部11aと平坦面12との間に配置されている。
【0046】
詳しくは、
図4に示すように溝幅方向Wに沿う断面において、溝肩部11bの両端部のうち一端部は、溝底部11aの端部に接続点Sを介して接続される。また、溝肩部11bの両端部のうち他端部は、平坦面12の端部に接続点Qを介して接続される。溝肩部11bと溝底部11aとの接続点Sは、溝肩部11bと平坦面12との接続点Qに対して、溝幅方向Wにおいて溝11の内側、かつ下側に位置している。
【0047】
また、溝肩部11bは、溝11に一対設けられている。一対の溝肩部11bは、溝11の溝幅方向Wの両端部に配置される。
本実施形態において、溝11の溝幅方向Wの全長L2は、一対の溝肩部11bの各溝幅方向Wの外側の端部(各接続点Q)間の溝幅方向Wに沿う距離に相当する。すなわち、溝11の溝幅方向Wの開始位置は、平坦面12を基準として傾斜が付き始める点(接続点Q)である。
【0048】
そして本実施形態では、すくい面5上に付与される溝11及び平坦面12を含むテクスチャ形状として、下記の特別な構成を備えている。なお、下記の各寸法の測定については、例えば、工具基体1の切刃3と垂直な断面(溝幅方向Wに沿う断面)をSEM(走査型電子顕微鏡)像にて観察し行うことができる。
【0049】
図3に示すように、工具基体1の溝幅方向Wに沿う断面において、平坦面12の溝幅方向Wに沿う寸法L1は、20μm以上50μm以下である。また、溝幅方向Wに隣り合う平坦面12間のピッチPは、30μm以上100μm以下である。なお、平坦面12間のピッチPとは、例えば、溝幅方向Wに隣り合う平坦面12同士の中心間距離を指す。
【0050】
また、溝11の深さ寸法(最大深さ寸法)Dは、3μm以上30μm以下である。具体的に、溝11の深さ寸法Dは、溝底部11aの最深部と、平坦面12との間の上下方向の寸法に相当する。
【0051】
図示の例では、溝11の深さ寸法Dが、溝11の溝幅方向Wに沿う全長L2よりも小さい。また、溝11の深さ寸法Dが、平坦面12の溝幅方向Wに沿う寸法L1よりも小さい。ただしこれら寸法の大小関係は、上記に限定されるわけではない。
【0052】
また、
図4に示す断面において、溝肩部11bの曲率半径Rは、1μm以上10μm以下である。曲率半径Rの下限値は、好ましくは3μm以上であり、より望ましくは5μm以上である。また、曲率半径Rの上限値は、好ましくは8μm以下であり、より望ましくは6μm以下である。
【0053】
溝肩部11bの曲率半径Rは、例えば、SEM像の画像処理による曲率算出で測定可能である。より詳しくは、溝開始位置(接続点Q)から溝幅方向Wと平行に、溝11の内側へ向けた所定寸法L3の位置より垂線を降ろし、この垂線が工具基体1の表面と交わる点と、接続点Qとの間の曲線の曲率半径を算出する。前記所定寸法L3は、例えば、溝11の溝幅方向Wに沿う全長L2の30%の長さとする。
【0054】
したがって、本実施形態において「溝肩部11bの曲率半径R」とは、切刃3と垂直な断面(溝幅方向Wに沿う断面)において、溝11の溝幅方向Wの全長L2のうち、溝肩部11bと平坦面12との接続点Qから溝11の溝幅方向Wの内側へ向けた30%の範囲L3での、溝肩部11bの曲率半径Rを指す。
【0055】
図示の例では、溝底部11aの曲率半径が、溝肩部11bの曲率半径Rよりも大きい。ただしこれら寸法の大小関係は、上記に限定されるわけではない。
【0056】
〔硬質被膜〕
硬質被膜2は、物理蒸着法(PVD法)により、工具基体1の表面上に成膜される。硬質被膜2は、工具基体1の表面のうち、少なくとも切刃3及びすくい面5を含む領域に配置される。本実施形態では硬質被膜2が、少なくとも切刃3、すくい面5及び逃げ面6に配置される。なお硬質被膜2は、工具基体1の表面全体に成膜されていてもよい。
【0057】
硬質被膜2の組成は、[M]SiNで表される。[M]は、Al,Ti,Crの少なくとも1種類以上である。硬質被膜2の組成として、好ましくは、例えばTiSiN、AlCrSiN等が挙げられる。
【0058】
〔本実施形態による作用効果〕
以上説明した本実施形態の切削工具10では、工具基体1の表面のうち少なくとも切刃3及びすくい面5にわたって、硬質被膜2が付着している。また、工具基体1のすくい面5には、複数の溝11と複数の平坦面12とが、切刃3と直交する方向において、交互に並んで配置されている。このように、すくい面5に溝形状によるテクスチャ形状が付与されていることで、被削材とすくい面5との接触面積が小さく抑えられる。また、すくい面5にクーラントを保持することが可能となる。このため、切削抵抗が低減され、刃先の冷却効率が高められる。また、溝形状により、工具基体1に対する硬質被膜2の付着強度(付着性)が高められるため、工具の耐摩耗性が良好に維持される。
【0059】
そして本実施形態では、溝形状を含むテクスチャ形状について、下記のような最適化がなされている。
まず、複数の溝11が、切刃3に対して平行に延びている。これにより、切屑処理の改善が図られている。また、溝11が切刃3と交差しないため、溝11が切刃3のチッピングの起点となるようなことが抑制される。
【0060】
また、工具基体1の複数の溝11が、切刃3からすくい面5側に向けて少なくとも3mmの範囲に配置されている。これにより、切削加工時の送り量などの切削条件に関わらず、溝形状による上述の作用効果が安定して奏功される。
【0061】
また、工具基体1の溝幅方向Wに沿う断面において、平坦面12の溝幅方向Wに沿う寸法L1が20μm以上50μm以下である。
平坦面12の溝幅方向Wに沿う寸法L1が20μm以上であると、硬質被膜2に応力集中が生じにくくなり、応力が緩和されて、切削加工時の硬質被膜2の剥離や自壊等が抑制される。また、平坦面12の溝幅方向Wに沿う寸法L1が50μm以下であれば、工具基体1のテクスチャ形状と硬質被膜2との接触面積が安定して確保され、硬質被膜2の付着強度が高められる。
【0062】
また、工具基体1の溝幅方向Wに沿う断面において、溝幅方向Wに隣り合う平坦面12間のピッチPが、30μm以上100μm以下である。
平坦面12間のピッチPが30μm以上であれば、平坦面12間に配置される溝11の形状や寸法、及び平坦面12と溝11の寸法比率等を、例えば切削条件や被削材の種類等に応じて、適宜設定しやすくすることができる。すなわち、すくい面5上に効果的な溝形状を付与する上での設計の自由度が確保される。
【0063】
また、平坦面12間のピッチPが100μm以下であれば、工具基体1のテクスチャ形状と硬質被膜2との接触面積が安定して確保され、硬質被膜2の付着強度が高められる。言い換えると、平坦面12間のピッチPが100μmを超える場合、工具基体1と硬質被膜2との間の密着性が低下するおそれがある。
【0064】
また、工具基体1の溝幅方向Wに沿う断面において、溝11の深さ寸法Dが3μm以上30μm以下である。
溝11の深さ寸法Dが3μm以上であれば、溝形状によって切削抵抗を低減したり、クーラントを保持するなどの作用効果が、安定して奏功される。また、溝形状による工具基体1と硬質被膜2との付着強度が安定して確保される。また、溝11の深さ寸法Dが30μm以下であれば、溝11の内部で硬質被膜2の膜厚にばらつきが生じるような不具合が抑制される。
【0065】
また、工具基体1の溝幅方向Wに沿う断面において、凸曲線状をなす溝肩部11bの曲率半径Rが、1μm以上10μm以下である。
溝肩部11bの曲率半径Rが1μm以上であると、硬質被膜2に応力集中が生じにくくなり、例えば溝肩部11bと平坦面12との接続部分(接続点Q付近)などにおいて、硬質被膜2が膜割れするような不具合が抑制される。また、溝肩部11bの曲率半径Rが10μm以下であれば、溝形状(テクスチャ形状)による上述した作用効果が安定して奏功される。言い換えると、溝肩部11bの曲率半径Rが10μmを超える場合、テクスチャ形状による作用効果が低減するおそれがある。
【0066】
以上より本実施形態によれば、すくい面5に付与する溝形状が最適化されており、硬質被膜2の付着強度が向上されていて、耐摩耗性が安定して高められている。硬質被膜2の剥離や自壊が抑制されるため、溝形状の機能を長期にわたり良好に維持することができ、工具の長寿命化を図ることができる。
【0067】
また、本実施形態で説明したように、V字状をなす切刃3の場合、コーナ刃部3aに比べて、直線刃部3bの刃長が長く設定されることが多い。すくい面5の溝11が、切刃3のうち少なくとも直線刃部3bに沿って延びていると、切刃3が延びる刃長方向に沿う広範囲において、切屑処理の改善を図ったり、チッピングを抑制することができる。具体的に、本実施形態では溝11が、直線刃部3b及びコーナ刃部3aの両方に対して平行に延びているため、上記の作用効果がより格別顕著となる。
【0068】
また本実施形態では、溝11をレーザー加工により形成している。
このため、溝11の表面にレーザー加工による微小な凹凸(図示省略)が形成されており、微小凹凸によるアンカー効果が得られて、硬質被膜2の付着強度がより高められている。
【0069】
〔本発明に含まれるその他の構成〕
なお、本発明は前述の実施形態に限定されず、例えば下記に説明するように、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において構成の変更等が可能である。
【0070】
前述の実施形態では、切削工具10が、表裏反転対称形状の両面タイプである例を挙げたが、これに限らない。切削工具10は、表裏反転対称形状ではない片面タイプ等であってもよい。
【0071】
また特に図示しないが、切削工具は、例えば、多角形板状をなす台金部と、台金部の角部に位置する凹部に固定される刃部と、を備えていてもよい。刃部には、工具基体1(すくい面5、逃げ面6、切刃3、溝11及び平坦面12)と、硬質被膜2と、が配置される。台金部には、貫通孔1aが配置される。
【0072】
前述の実施形態では、切削工具10が切削インサートである例を挙げたが、これに限らない。本発明の切削工具は、例えば、ソリッドタイプ(一体型)のバイト等であってもよい。また、本発明の切削工具を、カッター、ドリル、エンドミル等の転削工具に適用してもよい。
【0073】
本発明は、本発明の趣旨から逸脱しない範囲において、前述の実施形態及び変形例等で説明した各構成を組み合わせてもよく、また、構成の付加、省略、置換、その他の変更が可能である。また本発明は、前述した実施形態等によって限定されず、特許請求の範囲によってのみ限定される。
【実施例0074】
以下、本発明を実施例により具体的に説明する。ただし本発明はこの実施例に限定されない。
【0075】
本発明の実施例として、前述の実施形態で説明した切削工具10を用意した。工具基体1は超硬合金製とし、工具基体1の表面には、硬質被膜2としてAlCrSiNまたはTiSiNをPVD法により成膜した。
【0076】
また比較例1、2として、基本構成は上記実施例と同じであるが、「溝肩部11bの曲率半径R」が本発明の数値範囲に該当しないものを用意した。また比較例3として、すくい面5に溝11が形成されていないものを用意した。
【0077】
上記実施例及び比較例の各切削工具を用いて、旋削加工による切削試験を実施した。切削条件については、下記の通りとした。
〔切削条件〕
・切削速度:Vc=50m/min
・送り:fr=0.15mm/rev
・切込み量:ap=1.0mm
・被削材:ステンレス(SUS316)製の丸棒、外周にスリット1本入り
・クーラント:水溶性クーラント
【0078】
また、試験の評価方法としては、工具刃先にチッピングが生じるまでの衝撃回数を測定した。結果を下記表1に示す。
【0079】
【0080】
表1に示すように、前述の実施形態で説明したテクスチャ形状の各数値範囲とされた実施例は、チッピング発生までの衝撃回数が最も多かった。一方、溝肩部11bの曲率半径Rが本発明の数値範囲から外れた比較例1、2では、実施例に比べてチッピング発生のタイミングが早まることが確認された。またテクスチャ形状を付与していない比較例3では、実施例に比べて65%も性能が低下することが分かった。ここで発生しているチッピングは、すくい面摩耗進行による刃先強度低下が要因である。
【0081】
上記の通り、本発明の実施例では、溝形状(テクスチャ形状)の最適化により、硬質被膜2の密着性が向上し、早期剥離を抑制できた。それに伴い溝形状の維持時間が増加することで、溝11の効果が持続し、耐摩耗性が向上し、耐欠損性も向上した。
本発明の切削工具によれば、すくい面に付与する溝形状を最適化し、硬質被膜の付着強度を向上させることで、耐摩耗性が安定して高められ、溝形状の機能を良好に維持することができ、工具の長寿命化を図ることができる。特に、高負荷切削において優れた耐摩耗性・耐チッピング性を発揮し、高能率化や低コスト化に利用できる。したがって、産業上の利用可能性を有する。