(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024142769
(43)【公開日】2024-10-11
(54)【発明の名称】建物の外壁の内部状態の識別データ要素の特定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 22/00 20060101AFI20241003BHJP
G01N 22/04 20060101ALI20241003BHJP
【FI】
G01N22/00 S
G01N22/00 X
G01N22/00 W
G01N22/04 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023055081
(22)【出願日】2023-03-30
(71)【出願人】
【識別番号】390037154
【氏名又は名称】大和ハウス工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】今仲 雅之
(57)【要約】
【課題】電磁波を用いて、建物の外壁の内部状態を精度良く識別することができる識別データ要素の特定方法を提供する。
【解決手段】試験構造体20の区画領域Aごとに受信した、各周波数Fにおける反射波Cの振幅比Lと反射波Cの位相差Pとを算出する。区画領域Aごとに、各周波数Fにおける振幅比Lおよび位相差Pに基づいた評価データの全ての組み合わせを選出し、選出した組み合わせごとに、各区画領域Aに対して、内部状態の種類の数のクラスタに分類するクラスタ分析を行う。分類した結果から、各区画領域Aが、いずれの内部状態の種類に該当する区画領域であるかを推定し、試験構造体20の内部状態の種類に基づいて、選定した組み合わせごとに、各区画領域Aの推定結果の正否を判定し、選定した組み合わせごとの内部状態の種類の正答率を算出する。正答率が所定値以上となる組み合わせの識別データから、識別データが属する識別データ要素を抽出する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
建物の外壁の内部構造を含む内部状態の種類を識別する識別データ要素を、前記外壁に照射した電磁波の反射波から特定する方法であって、
前記外壁に相当する試験構造体を準備する準備工程と、
前記試験構造体の壁面から前記試験構造体の内部に向けて、一定の振幅および一定の周波数を有した前記電磁波を照射し、前記周波数を段階的に変化させながら、前記各周波数において、前記試験構造体の内部で反射した前記反射波を受信することを、前記試験構造体の壁面の区画された区画領域ごとに行う照射受信工程と、
前記区画領域ごとに受信した、前記各周波数における前記電磁波の前記振幅に対する前記反射波の振幅比と、前記各周波数における電磁波に対する前記反射波の位相差とを、算出する振幅比位相差算出工程と、
前記区画領域ごとに、前記各周波数における前記振幅比および前記位相差に基づいた前記識別データ要素の識別データの全ての組み合わせを選出する組み合わせ選出工程と、
選出した前記組み合わせごとに、前記各区画領域に対して、前記内部状態の種類の数のクラスタに分類するクラスタ分析を行い、分類した結果から、前記各区画領域が、いずれの内部状態の種類に該当する区画領域であるかを推定する推定工程と、
前記試験構造体の内部状態の種類に基づいて、選定した前記組み合わせごとに、前記各区画領域の推定結果の正否を判定し、選定した前記組み合わせごとの前記内部状態の種類の正答率を算出する正答率算出工程と、
前記正答率が所定値以上となる組み合わせの前記識別データから、前記識別データが属する前記識別データ要素を抽出する抽出工程と、
を含むことを特徴とする外壁の内部状態の識別データ要素の特定方法。
【請求項2】
前記選出工程において、前記区画領域ごとに、前記各周波数における前記振幅比および前記位相差を複素変換した前記識別データを生成し、前記各周波数における複素変換した実部と虚部との前記識別データの全ての組み合わせを選出し、
前記抽出工程において、前記正答率が所定値以上となる組み合わせの前記識別データから、前記識別データが属する前記識別データ要素を抽出することを特徴とする請求項1に記載の外壁の内部状態の識別データ要素の特定方法。
【請求項3】
前記建物の外壁の内部状態は、木質ボードが水濡れした状態と、木質ボードが水濡れしていない状態と、を含むことを特徴とする請求項1に記載の外壁の内部状態の識別データ要素の特定方法。
【請求項4】
前記照射受信工程において、前記試験構造体に対して、前記外壁の室内側に相当する壁面から前記試験構造体の内部に向けて、前記電磁波を照射することを特徴とする請求項1に記載の外壁の内部状態の識別データ要素の特定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建物の外壁の内部状態の識別データ要素の特定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、外壁に非破壊検査装置のセンサー部を向けた状態で、非破壊検査装置を検査対象部に沿って移動させることで外壁の内側を非破壊で検査する非破壊検査方法が提案されている。非破壊の検査手法では、電磁誘導法、電磁波レーダー法、マイクロ波式水分計測法等の方法が適用される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、電磁波を照射することにより、建物の外壁の内部構造を含む内部状態を測定する場合には、その電磁波の周波数帯が異なれば、建物の外壁の内部を反射する反射波の周波数および振幅も変化する。このため、反射波の周波数および振幅などを用いて、外壁の内部状態を精度良く特定することができる識別データ要素を特定することは難しい。
【0005】
本発明は、このような問題に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、電磁波を用いて、建物の外壁の内部状態を精度良く識別することができる識別データ要素の特定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記課題に鑑みて、本発明に係る建物の外壁の内部状態の識別データ要素の特定方法は、建物の外壁の内部構造を含む内部状態の種類を識別する識別データ要素を、前記外壁に照射した電磁波の反射波から特定する方法であって、前記外壁に相当する試験構造体を準備する準備工程と、前記試験構造体の壁面から前記試験構造体の内部に向けて、一定の振幅および一定の周波数を有した前記電磁波を照射し、前記周波数を段階的に変化させながら、前記各周波数において、前記試験構造体の内部で反射した前記反射波を受信することを、前記試験構造体の壁面の区画された区画領域ごとに行う照射受信工程と、前記区画領域ごとに受信した、前記各周波数における前記電磁波の前記振幅に対する前記反射波の振幅比と、前記各周波数における電磁波に対する前記反射波の位相差とを、算出する振幅比位相差算出工程と、前記区画領域ごとに、前記各周波数における前記振幅比および前記位相差に基づいた前記識別データ要素の識別データの全ての組み合わせを選出する組み合わせ選出工程と、選出した組み合わせごとに、前記各区画領域に対して、前記内部状態の種類の数のクラスタに分類するクラスタ分析を行い、分類した結果から、前記各区画領域が、いずれの内部状態の種類に該当する区画領域であるかを推定する推定工程と、前記試験構造体の内部状態の種類に基づいて、選定した前記組み合わせごとに、前記各区画領域の推定結果の正否を判定し、選定した前記組み合わせごとの前記内部状態の種類の正答率を算出する正答率算出工程と、前記正答率が所定値以上となる組み合わせの前記識別データから、前記識別データが属する前記識別データ要素を抽出する抽出工程と、を含むことを特徴とする。
【0007】
本発明によれば、建物の外壁に相当する試験構造体を準備し、この試験構造体に対して、電磁波を照射する。試験構造体の壁面から試験構造体の内部に向けて、一定の振幅および一定の周波数を有した電磁波を照射し、周波数を段階的に変化させながら、各周波数において、試験構造体の内部で反射した反射波を受信する。このような操作を、試験構造体の壁面の区画された区画領域ごとに行う。これにより、区画領域ごとに、建物の外壁を模した試験構造体に対して、外壁の内部構造を含む内部状態の特定に寄与する反射波の識別データに関する情報を取得することができる。
【0008】
ここで、本発明では、振幅比位相差算出工程において、区画領域ごとに受信した、各周波数における前記電磁波の前記振幅に対する反射波の振幅比と、各周波数における電磁波に対する反射波の位相差と、を算出する。選出工程において、区画領域ごとに、各周波数における振幅比および位相差に基づいた識別データの全ての組み合わせを選出する。なお、この識別データは、各周波数における振幅比および位相差の基づくものであれば、たとえば、振幅比と位相差であってもよく、周波数ごとに、これらを複合した識別データであってもよい。
【0009】
ここで、選出したすべての識別データが、外壁の内部構造を含む内部状態の特定に寄与するわけではない。すなわち、外壁の内部構造、これらの材質、および水濡れなど、外壁の内部状態の種類により、外壁の内部状態の特定に寄与する識別データの組み合わせが異なる。また、外壁の内部状態の特定において、内部状態の特定の精度を低下させる識別データが、その組み合わせに存在することもある。
【0010】
このような点から、本発明では、推定工程において、選出した組み合わせごとに、各区画領域に対して、内部状態の種類の数のクラスタに分類するクラスタ分析を行い、分類した結果から、各区画領域が、いずれの内部状態の種類に該当する区画領域であるかを推定する。この推定工程を行うことにより、クラスタ分析により分類されたクラスタを区画領域に割り当てられるので、各区画領域が、いずれの内部状態の種類であるかを、内部状態の種類の数に合わせて、分類することができる。
【0011】
ここで、推定工程において、すべての識別データの組み合わせにおいて、クラスタに分類された各区画領域が、建物の内部状態を正確に推定しているとは限らない。そこで、正答率算出工程において、試験構造体の内部状態の種類(実際の試験構造体の内部状態)に基づいて、選定した組み合わせごとに、各区画領域の推定結果の正否を判定し、選定した組み合わせごとの前記内部状態の種類の正答率を算出する。最後に、抽出工程において、正答率が所定値以上となる組み合わせの識別データから、識別データが属する識別データ要素を抽出する。
【0012】
このようにして、抽出された識別データの組み合わせは、建物の内部状態の特定に寄与率の高い識別データの組み合わせとなる。したがって、正答率の高い組み合わせに含まれる識別データに属する識別データ要素を抽出し、外壁に照射した電磁波が反射波から、抽出した識別データ要素に属する識別データを算出し、これらの識別データを用いれば、建物の外壁の内部状態を精度良く識別することができる。
【0013】
ここで、より好ましい態様としては、前記選出工程において、前記区画領域ごとに、前記各周波数における前記振幅比および前記位相差を複素変換した前記識別データを生成し、前記各周波数における複素変換した実部と虚部との前記識別データの全ての組み合わせを選出し、前記抽出工程において、前記正答率が所定値以上となる組み合わせの前記識別データから、前記識別データが属する前記識別データ要素を抽出する。
【0014】
この態様によれば、前記選出工程において、区画領域ごとに、各周波数における反射波の振幅比および位相差を実部と虚部に複素変換したデータを、振幅比および位相差に基づいたデータとして生成する。区画領域ごとに、生成した各周波数の実部と虚部のデータから、実部と虚部とのデータの全ての組み合わせを選出する。前記抽出工程では、正答率が所定値以上となる組み合わせから、周波数に対応した実部と虚部が属する識別データ要素を抽出する。複素変換した実部と虚部の識別データは、同じ複素平面上のデータであることから、これらのデータの組み合わせを用いることで、外壁の内部状態をより精度良く特定できる識別データ要素の組み合わせを特定することができる。
【0015】
さらに好ましい態様としては、前記建物の外壁の内部状態は、木質ボードが水濡れした状態と、木質ボードが水濡れしていない状態と、を含む。
【0016】
この態様によれば、建物の外壁の内部状態が水濡れした状態か否かを特定する識別データ要素の組み合わせを特定することができる。これにより、建物の外壁のうち、目地等の劣化により、外壁の内部に水が浸入したか否かを、非破壊で特定することができる。
【0017】
さらに好ましい態様としては、前記照射受信工程において、前記試験構造体に対して、前記外壁の室内側に相当する壁面から前記試験構造体の内部に向けて、前記電磁波を照射する。
【0018】
この態様によれば、建物の外壁の室内側の壁面は、建物の外壁の室外側の壁面よりも、照射される電磁波が、壁面の内部に透過し易い。これにより、建物の外壁の内部状態を、より正確に特定することができる識別データ要素を抽出することができる。さらに、室内側からの検査ができるので、検査のために室外に足場を設ける必要がなく、天候に左右されずに検査を行うことができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、電磁波を用いて、建物の外壁の内部状態を精度良く識別することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明の実施形態に係る識別データ要素の特定方法するための検査装置と試験構造体の模式図である。
【
図2】実施形態に係る識別データ要素の特定方法のフロー図である。
【
図3】試験構造体の区画領域を説明するための図である。
【
図4】振幅比位相差算出工程で算出した振幅比と位相差と示した表図と、複素変換後の実部と虚部とを示した表図である。
【
図5】選出工程における複素変換を説明するための図である。
【
図6】(a)~(e)は、推定工程における分類したクラスタの割り当てを説明した図である。
【
図7】変形例に係る試験構造体と、区画領域に分類したクラスタの割り当てを説明した図である。
【
図8】区画領域ごとに、11個の測定用周波数で電磁波を照射した際のクラスタ分析結果の正答率のヒストグラムを示したグラフである。
【
図9】識別データ要素ごとの正答率の最高点または平均点を示したグラフである。
【
図10】抽出工程において、抽出した識別データ要素に合わせた正答率の結果を比較したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下に、
図1~
図10を参照しながら、本発明の実施形態に係る建物の外壁の内部状態の識別データ要素の特定方法を説明する。
【0022】
1.検査装置10について
図1に示すように、本実施形態では、その一例として、検査装置10を用いて、建物の外壁の内部状態の識別データ要素の特定を行う。検査装置10は、電磁波Bにより非破壊検査を行う装置である。検査装置10は、筐体15を備えている。筐体15の上部には、作業者が把持する取っ手17が設けられている。筐体15の下部には、検査対象物である試験構造体20に対向する位置に、車輪13が設けられている。筐体15の内部には、発信器11と受信器12が配置されている。
【0023】
発信器11は、一定の振幅および一定の周波数を有した電磁波Bを、段階的に電磁波Bの周波数を変化させながら、検査対象物(試験構造体20)に照射する機器である。筐体15には、後述する発信器11の電磁波Bの周波数を段階的に変化させる制御装置(図示せず)が設けられている。発信器11は、車輪13の回転数にあわせて、制御装置により電磁波Bの周波数を段階的に変化させながら、電磁波Bを照射する。これにより、検査装置1(発信器11)は、後述する試験構造体20の壁面に区画された区画領域ごとに、周波数を段階的に変化させた電磁波を、照射することができる。
【0024】
受信器12は、発信器11から発信された電磁波Bが、試験構造体20に対して反射した反射波Cを受信する機器である。ここで、発信器11で発信された(照射された)電磁波は、検査対象物の表面で反射するものと、検査対象物の内部で、屈折、減衰、透過した後に、反射するものとがある。受信器12は、これらの反射波が物理的に干渉しあった波を、反射波Cとして受信する。検査対象物の内部に反射した反射波Cは、電磁波Bに対して振幅および周波数が変化している。受信した反射波Cは、筐体15に設けられた記憶装置(図示せず)に記録される。
【0025】
2.建物の外壁の内部状態の識別データ要素の特定方法について
2-1.準備工程について
以下に、
図2を参照しながら建物の外壁の内部状態の識別データ要素の特定方法について説明する。識別データ要素は、建物の外壁の内部構造を含む内部状態の種類を識別するパラメータである。上述した検査装置では、同じ位置に照射した(発信した)電磁波の周波数が異なれば、受信する反射波の波形も異なる。したがって、識別データ要素は、周波数の電磁波に対して、受信した反射波の成分のうち、内部構造を特定するための成分である。すなわち、識別データ要素は、特定の周波数の電磁波における反射波の振幅比および位相差の成分である。特定の周波数の電磁波において、反射波の振幅比および位相を変数とした特定の数式、特定の方式等で、変換して得られたものを、識別データ要素としてもよい。
【0026】
なお、ここでいう内部状態とは、建物の外壁または試験構造体の内部構造を含む状態のことをいう。内部状態の種類(内部構造の種類)には、内部構造を構成する部材の材質および配置位置を含み、たとえば、柱、耐火材、断熱材、木質ボード、筋交い(金属)、配管、および配線の有無とこれらの配置状態を含む。また、内部状態の種類には、上述した内部構造の他に、たとえば、木質ボードの水濡れ性の有無も含む。
【0027】
まず、ステップS11では、試験構造体20を準備する。本実施形態では、試験構造体20は、検査対象となる建物の外壁に相当する部材である。本実施形態では、建物は、木造住宅であり、外壁に相当する試験構造体20は、室外側に外壁ボード21が設けられており、室内側に石膏ボード22が設けられた建物の外壁に対応した構造である。
【0028】
外壁ボード21と石膏ボード22との間には、たとえば、構造用合板として木質ボード24が設けられている。石膏ボード22と木質ボード24との間には、グラスウールなどの耐火材23が配置されている。外壁ボード21と木質ボード24との間には、通気層25が形成されている。なお、この他にも、通気層25を形成した状態で、通気層25と面した木質ボード24の表面に沿って、たとえば、ポリスチレンフォームなどの樹脂ボードからなる断熱材が設けられていてもよい。
図1に示す試験構造体20は、その一例であり、試験構造体20は、検査対象となる建物の外壁に対応させて準備されることが好ましい。
【0029】
2-2.照射受信工程について
ステップS12では、試験構造体20に対して、電磁波の照射と反射の受信を行う。具体的には、
図1に示すように、試験構造体20の室内側の(石膏ボード22の)壁面22aから試験構造体20の内部に向けて、一定の振幅および一定の周波数を有した電磁波Bを照射し、この電磁波Bの周波数を段階的に変化させながら、各周波数において、試験構造体20の内部で反射した反射波Cを受信する。このような作業を、試験構造体20の壁面22aの区画された区画領域Aごとに行う。本実施形態では、区画領域Aは、上下方向および水平方向に所定の間隔で区画された領域である。
【0030】
たとえば、
図3に示すように、壁面22aから検査する検査領域に対して、区画領域Aは、上下方向に6個、水平方向に16個に区画された、6行、16列に区画された矩形状の領域である。この例では、上述した試験構造体20として、木質ボード24の右側反面を予め水で濡らしたものを準備している。
【0031】
なお、区画領域Aごとの電磁波Bの照射および反射波Cの受信は、
図1に示す検査装置10の取っ手17を把持した状態で、検査装置10の車輪13を壁面22aに押し当て、壁面22aに車輪13を回転させながら、検査装置10を、上下方向(または水平方向)に移動させる。これにより、検査装置10は、区画領域Aごとに、周波数を段階的に変化させた電磁波Bを照射し、その周波数ごとの反射波Cを受信することができる。さらに、水平方向(または上下方向)にずらして、同様の操作を繰り返す。
【0032】
電磁波Bの周波数は、たとえば、1GHz~100GHzの範囲で上限の周波数と下限の周波数を有した周波数帯を設定し、この周波数帯内において、複数の周波数(測定用周波数)を設定し、この測定用周波数を段階的に変化させてもよい。これらの測定用周波数を、周波数帯の範囲で、たとえば、等間隔で設定してもよい。好ましくは、測定用周波数の設定個数は、周波数帯の範囲内で5~20個に設定してもよい。この複数設定された測定用周波数のうち特定の測定用周波数(測定用周波数の組み合わせ)が、識別データ要素の特定に用いられる。
【0033】
2-3.振幅比位相差算出工程について
ステップS13では、区画領域Aごとに受信した、各周波数における反射波Cの振幅比Lと、各周波数における電磁波Bに対する反射波Cの位相差Pと、を算出する。ここでは、反射波Cは、複数の周波数が合成された波形であるのでFFTによる周波数解析などにより、反射波Cの主成分となる周波数(すなわち、スペクトルが最も高い(振幅が最も大きい)周波数)を特定し、特定した周波数における反射波Cの振幅と位相から、振幅比Lと位相差Pを算出する。なお、反射波Cを直接受信し、受信した波形のピークを振幅として、ピークの周期の位相を求め、これらの振幅と位相から、振幅比Lと位相差Pを算出してもよい。そのピーク
図4では、測定する周波数帯をF1~FNの範囲に設定し、N個の周波数(測定用周波数)F1、F2、…、FNごとに、算出した振幅比L1、L2、…、LNと位相差P1、P2、…PNの結果を示している。
【0034】
2-4.選出工程について
ステップS14では、区画領域Aごとに、各周波数における前記振幅比および前記位相差に基づいた識別データの全ての組み合わせを選出する。ここで、区画領域Aごとに、各周波数F1、F2、…、FNにおける振幅比L1、L2、…、LNおよび位相差P1、P2、…PNの全ての組み合わせを選出してもよい。この場合には、これらの振幅比L1、L2、…、LNと位相差P1、P2、…、PNから選出した全ての識別データの組み合わせに対して、後述するクラスタ分析を行う。識別データ要素として、複数の特定の周波数の振幅比と位相差を、識別データ要素として特定してもよい。したがって、測定および算出により得られた振幅比と位相差の具体的な値(データ)は、この識別データ要素に属するデータである。具体的には、本実施形態では、ステップS41、S42を行う。
【0035】
ステップS41では、区画領域Aごとに、各周波数F1、F2、…、FNにおける振幅比L1、L2、…、LNおよび位相差P1、P2、…PNを複素変換する。具体的には、
図5に示すように、複素平面上に、振幅比Lと位相差Pに応じた点Tをプロットし、実軸および虚軸の、実部Rおよび虚部Kの値を算出する。これにより、
図4に示すように、N個の周波数(測定用周波数)F1、F2、…、FNごとに、算出した実部R1、R2、…、RNと虚部K1、K2、…KNの結果を得ることができる。これらの結果は、識別データであり、この識別データは、各周波数に応じて得られる実部Rおよび虚部Kのいずれかの識別データ要素に属するデータである。したがって、識別データ要素は、識別データそのものではなく、その識別データを取得するためのデータ取得条件により得られる変数である。
【0036】
複素変換した実部と虚部の識別データは、同じ複素平面上の識別データであることから、これらの識別データの組み合わせを用いることで、外壁の内部状態をより精度良く特定できる識別データ要素の組み合わせを特定することができる。
【0037】
次に、ステップS42において、区画領域Aごとに、各周波数F1、F2、…、FNにおける振幅比L1、L2、…、LNおよび位相差P1、P2、…PNに基づいた識別データとして、算出した実部R1、R2、…、RNと虚部K1、K2、…KNの全ての組み合わせを選出する。
【0038】
具体的には、区画領域Aごとに、実部R1、R2、…、RNと虚部K1、K2、…KNとで、2N個の識別データが存在する。なお、識別データが2N個存在するということは、それぞれの識別データが属する識別データ要素が存在することになる。この場合、これらの組み合わせの個数(通り数)nは、は以下の数1のように表すことができる。
【0039】
[数1]
n=2NC1+2NC2+2NC3+…+2NC2N-1+2NC2N
【0040】
たとえば、区画領域Aごとに、周波数(測定用周波数)が11個である場合には、実部Rと虚部Kは、合計で22個となり、これに対する組み合わせ個数nは、4194303通り(およそ419万通り)存在する。
【0041】
2-5.推定工程について
ステップS15では、選出した組み合わせごとに、各区画領域Aに対して、内部状態の種類の数のクラスタに分類するクラスタ分析を行い、分類した結果から、各区画領域Aが、いずれの内部状態の種類に該当する区画領域Aであるかを推定する。
【0042】
具体的には、ステップS51で、組み合わせごとの識別データを、各区画領域Aに割り当てる。次に、ステップS52において、組み合わせごとに、クラスタ分析を行う。ステップS53では、区画領域Aごとにクラスタ分析の分類結果を割り当てる。
【0043】
ここで、クラスタ分析を行う際には、特定した内部状態の種類の数を設定した上で、各区画領域Aが、いずれの種類に該当するかの分類をする。たとえば、
図3に示すように、試験構造体20の検査領域に対して、上述した如く、右半分が水濡れ有りの状態で、左半分が乾燥したの状態の木質ボード24を準備する。この場合、内部状態の種類は、2種類であるため、2種類のクラスタを設定し、各区画領域Aを2種類のクラスタに分類する。
【0044】
理想的なクラスタ分析の結果として、
図3に示すように、右半分に存在する区画領域Aが、乾燥の種類を特定するクラスタ(クラスタ1)に分類され、左半分に存在する区画領域Aが、水濡れの種類を特定するクラスタ(クラスタ2)に分類される。
図3に示すように、区画領域Aごとにクラスタ分析の分類結果を割り当てられる。
【0045】
ここで、区画領域Aごとに、電磁波Bの周波数帯1GHz~100GHzのうち、特定の周波数帯において、1GHzごとに11個の周波数(測定用周波数)を段階的に変化させた場合、区画領域Aごとに、各周波数で変換された実部Rと虚部Kの識別データの合計は、22個となる。これらの全ての識別データを用いて、2種類のクラスタに分類するクラスタ分析を行うと、
図6(a)のような結果となる。後述するように、この場合には、正答率が低いことがわかる。たとえば、
図6(b)、(c)、(e)に示すように、実部Rと虚部Kに対して、特定の識別データの組み合わせを用いて、クラスタ分析を行った場合には、正答率が高いことがわかる。
【0046】
なお、
図7(a)に示すように、室内側を想定した石膏ボードを取り付け前のキャスター付きの試験構造体20の場合、鎖線で囲われた検査範囲において、内部構造として、木質ボード24の手前に柱28が存在する。この状態で、上半分が水濡れ有りの状態で、その下半分が乾燥したの状態の木質ボード24を準備する。
図7(a)に示す、試験構造体20に対して、クラスタ分析を行う際には、柱28、水濡れ有りの状態の木質ボード24の部分、乾燥した状態の木質ボード24の部分からなる3種類の内部状態が存在することになる。この場合には、区画領域Aが、3種類のクラスタに分類されるように、3種類のクラスタを設定し、クラスタ分析を行えばよい。これにより、
図7(b)の結果が得られる。
【0047】
クラスタ分析を行う際には、k-means法により、非階層別のクラスタ分析を行ってもよく、EMアルゴリズムなどの他のクラスタ分析で、区画領域Aが、設定したどの種類のクラスタに属するか、分類してもよい。
【0048】
2-6.正答率算出工程について
ステップS16では、試験構造体20の内部状態の種類に基づいて、選定した組み合わせごとに、各区画領域Aの推定結果の正否を判定し、選定した組み合わせごとの内部状態の種類の正答率を算出する。
【0049】
具体的には、
図6(a)の結果では、左側半分において、各区画領域Aのクラスタ1が24個割り当てられており、右側半分において、各区画領域Aのクラスタ2が31個割り当てられている。これらは正解の区画領域Aの分類であることから、正答率は、55個÷96個×100=57.3%となる。同様の計算を行うと、
図6(b)~(e)の結果では、それぞれ、正答率が、88.5%、83.3%、67.7%、91.7%となる(
図10参照)。
図6(b)~(e)は、識別データ要素の抽出方法が異なり、この詳細は、後述する。
【0050】
2-7.抽出工程について
ステップS17では、正答率が所定値以上となる組み合わせから、この組み合わせに含まれる実部Rおよび虚部Kの識別データに属する識別データ要素を抽出する。たとえば、
図8は、区画領域Aごとに、11個の測定用周波数で電磁波Bを照射した際のクラスタ分析結果の正答率のヒストグラムを示したグラフである。
図8では、11個(N=11)の測定用周波数を用いたので、22個の実部Rまたは虚部Kの識別データ要素が存在する。したがって、
図8では、22個のそれぞれの識別データ要素ごとに、正答率のヒストグラムを示したグラフである。たとえば、周波数F1の実部R1(識別データ要素)を特定する折れ線は、実部R1を含み、残り21個の識別データの全ての組わせ(209万個)に対する正答率とその個数(度数)との関係を示した折れ線である。したがって、
図8では、22個の識別データ要素ごとに、22本の折れ線が描かれている。それぞれの折れ線では、209万個以上の識別データのうち、各正答率の範囲(階級)に属する個数を、その正答率の範囲ごとに、特定している。
【0051】
図8に示すように、22個の識別データのうち、G1の群に含まれる折れ線は、3本ある。これらの3本の折れ線に対応する3つの実部または虚部を、識別データ要素として抽出しても、正答率が75%を超えることがない。したがって、
図1で特定される試験構造体20(およびこれに相当する建物の外壁)の内部状態を識別する場合には、G1の群に含まれる実部と虚部の識別データ要素は含まない方が望ましい。
【0052】
一方、G4の群に含まれる折れ線は、正答率が90%を超える場合がある。G4の群に含まれる折れ線を特定する実部および虚部を、識別データ要素として抽出すれば、建物の外壁の検査の精度を高めることができる。正答率が80%以上でよい場合には、G2、G3の群に該当する折れ線を特定するパラメータを識別データ要素として含んでもよい。したがって、ステップS71では、正答率が所定値以上(たとえば80%以上)の識別データの組み合わせを、記録すればよい。
【0053】
ステップS72では、識別データ要素の抽出を行う。ここで、
図8に示すグラフから、
図9に示すように、22個の識別データ要素の正答率の最高値(●)と平均値(▲)とをプロットした。これらのうち、正答率が85%以上の群(B群)の識別データ要素を抽出した。この抽出した識別データ要素に属する識別データのすべてを用いたクラスタ分析の結果が、
図6(b)に相当する。この場合には、正答率が88.5%になった(
図10参照)。
【0054】
さらに、たとえば、
図9に示すグラフから、22個の識別データ要素の正答率の最高点(●)が低いものを除いた群(具体的には、識別データ要素2、3、13を除いた群)の識別データ要素を抽出した。換言すると、この抽出した群をB群とした場合、B群は、正答率が80%以上の識別データ要素の群になる。この抽出した識別データ要素に属する識別データのすべてを用いたクラスタ分析の結果が、
図6(c)に相当する。この場合には、D群に示す正答率が83.3%になった(
図10参照)。
【0055】
さらに、たとえば、
図9に示すグラフから、22個の識別データ要素の正答率の平均値(▲)のうち、平均値が75%以上の群(具体的には、識別データ要素4、5の群)の識別データ要素を抽出した。換言すると、この抽出した識別データ要素に属する識別データのすべてを用いたクラスタ分析の結果が、
図6(d)に相当する。この場合には、正答率が67.7%になった(
図10参照)。
【0056】
さらに、たとえば、
図9に示すグラフから、B群にする識別データ要素から、さらに正答率の高いものだけを抽出した。この抽出した識別データ要素に属する識別データのすべてを用いたクラスタ分析の結果が、
図6(e)に相当する。この場合には、正答率が91.7%になった(
図10参照)。これは419万通り全ての中の最も高い正答率となる、識別要素の組み合わせである。
【0057】
このように、抽出工程において、正答率の下限値(閾値)を設定し、この設定した閾値以上となる識別データの組み合わせを記録し、これらの組み合わせに含まれる識別データに属する共通の識別データ要素を抽出すればよい。この結果、ステップS18で、建物の外壁に対して、抽出した識別データ要素を用いれば、電磁波を用いて、建物の外壁の内部状態を精度良く識別することができる。
【0058】
本実施形態によれば、試験構造体の外壁の内部状態は、木質ボードが水濡れした状態と、木質ボードが水濡れしていない状態と、を含めることにより、建物の外壁の内部状態が水濡れした状態か否かを特定する識別データの組み合わせを特定することができる。これにより、建物の外壁のうち、目地等の劣化により、外壁の内部に水が浸入したか否かを、非破壊で特定することができる。
【0059】
さらに好ましい態様としては、照射受信工程において、試験構造体に対して、外壁の室内側に相当する壁面から試験構造体の内部に向けて、電磁波を照射する。建物の外壁の室内側の壁面は、建物の外壁の室外側の壁面よりも、平坦な表面であることが多く、照射される電磁波が、壁面の内部に透過し易い。したがって、試験構造体20の室内側の壁面22aに電磁波を照射することにより、建物の外壁の内部状態を、より正確に特定することができる識別データ要素の組み合わせを抽出することができる。
【0060】
このように、試験構造体20に応じた、識別データ要素を抽出することにより、この試験構造体20と同じ内部状態の建物の外壁に対して、その内部状態を、短時間で精度良く特定することができる。さらに、試験構造体20と類似する建物の外壁を検査する場合や、検査装置の仕様が異なる場合であっても、共通する識別データ要素を取得できれば、その内部状態を精度良く特定することができる。さらに、電磁波の反射波から得られた識別データは、周波数ごとに得られた識別データであるので、試験構造体20の内部を構成する材料が異なれば、反射波の特性も異なるので、クラスタ分析を利用して、共通の識別データ要素の群から最適な識別データ要素を抽出することができる。また、同じ材料であっても、試験構造体20の表面(外壁の表面)からの距離が異なれば、反射波の特性も異なるため、それぞれに対して、最適な識別データ要素を抽出することができる。
【0061】
以上、本発明の実施形態について詳述したが、本発明は、前記の実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の精神を逸脱しない範囲で、種々の設計変更を行うことができるものである。
【符号の説明】
【0062】
10:検査装置、20:試験構造体、24:木質ボード、A:区画領域、B:電磁波、C:反射波、F:周波数(測定用周波数)、L:振幅比、P:位相差、R:実部、K;虚部