(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024142816
(43)【公開日】2024-10-11
(54)【発明の名称】適応整相処理装置、適応整相処理方法および適応整相処理方法のプログラム
(51)【国際特許分類】
G01S 7/526 20060101AFI20241003BHJP
G01S 3/86 20060101ALI20241003BHJP
【FI】
G01S7/526 M
G01S3/86
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023055156
(22)【出願日】2023-03-30
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.PYTHON
(71)【出願人】
【識別番号】000000295
【氏名又は名称】沖電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001461
【氏名又は名称】弁理士法人きさ特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】森谷 晃行
【テーマコード(参考)】
5J083
【Fターム(参考)】
5J083AA05
5J083AC13
5J083BE43
(57)【要約】
【課題】ABF処理における計算量を抑制し、より速い処理を行うことができる適応整相処理装置などを得る。
【解決手段】複数のセンサの受波によって得られる全センサ時間波形に基づいて、周波数分析して、全センサ周波数応答を計算するFFT処理部110と、設定された選択周波数情報に基づいて、全センサおよび選択周波数におけるセンサ周波数応答を抽出する周波数ビン選択処理部130と、センサ周波数応答に基づいて、全センサおよび選択周波数の適応重み周波数応答を計算する適応重み間引き計算部140と、全センサおよび選択周波数の適応重み周波数応答を補間処理し、全センサおよび全周波数の適応重み周波数応答を計算する適応重み補間処理部150と、全センサおよび全周波数の適応重み周波数応答に基づいて、全センサ周波数応答に対して整相処理を行う整相処理部160とを備えるものである。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のセンサの受波によって得られる全センサ時間波形に基づいて、前記全センサ時間波形を前記センサ毎に周波数分析して、全センサおよび全周波数における全センサ周波数応答を計算する周波数分析部と、
適応重み周波数応答を計算する選択周波数を設定し、設定した前記選択周波数情報に基づいて、前記全センサおよび前記選択周波数におけるセンサ周波数応答を、前記全センサ周波数応答から抽出する周波数選択部と、
前記選択周波数と、前記全センサおよび前記選択周波数における前記センサ周波数応答に基づいて、前記全センサおよび前記選択周波数の前記適応重み周波数応答を計算する適応重み間引き計算部と、
前記全センサおよび前記選択周波数の前記適応重み周波数応答を補間処理し、前記全センサおよび前記全周波数の前記適応重み周波数応答を計算する適応重み補間処理部と、
前記全センサおよび前記全周波数の前記適応重み周波数応答に基づいて、前記全センサ周波数応答に対して整相処理を行う整相処理部と
を備える適応整相処理装置。
【請求項2】
前記選択周波数情報は、周波数が等間隔に選択されるように設定され、
前記適応重み補間処理部は、計算した前記選択周波数に対する前記適応重み周波数応答から、適応重みのインパルス応答を計算し、前記インパルス応答にゼロを付加し、フーリエ変換による計算を行って、前記全センサおよび前記全周波数の前記適応重み周波数応答を計算する請求項1に記載の適応整相処理装置。
【請求項3】
前記選択周波数情報は、特定の妨害音が存在する周波数帯域における周波数の間隔が細かく間引かれ、前記妨害音が存在しない周波数帯域における周波数の間隔は粗く間引かれて選択されるように設定され、
前記適応重み補間処理部は、前記全センサおよび前記選択周波数の前記適応重み周波数応答から、前記選択周波数として選択されなかった周波数における適応重みを周波数領域で補間して、前記全センサおよび前記全周波数の前記適応重み周波数応答を計算する請求項1に記載の適応整相処理装置。
【請求項4】
複数のセンサの受波によって得られる全センサ時間波形に基づいて、前記全センサ時間波形を前記センサ毎に周波数分析して、全センサおよび全周波数における全センサ周波数応答を計算する周波数分析工程と、
適応重み周波数応答を計算する選択周波数を設定し、設定した前記選択周波数情報に基づいて、前記全センサおよび前記選択周波数におけるセンサ周波数応答を、前記全センサ周波数応答から抽出する周波数選択工程と、
前記選択周波数と、前記全センサおよび前記選択周波数における前記センサ周波数応答に基づいて、前記全センサおよび前記選択周波数の前記適応重み周波数応答を計算する適応重み間引き計算工程と、
前記全センサおよび前記選択周波数の前記適応重み周波数応答を補間処理し、前記全センサおよび前記全周波数の前記適応重み周波数応答を計算する適応重み補間処理工程と、
前記全センサおよび前記全周波数の前記適応重み周波数応答に基づいて、前記全センサ周波数応答に対して整相処理を行う整相処理工程と
を有する適応整相処理方法。
【請求項5】
複数のセンサの受波によって得られる全センサ時間波形に基づいて、前記全センサ時間波形を前記センサ毎に周波数分析して、全センサおよび全周波数における全センサ周波数応答を計算する周波数分析工程と、
適応重み周波数応答を計算する選択周波数を設定し、設定した前記選択周波数情報に基づいて、前記全センサおよび前記選択周波数におけるセンサ周波数応答を、前記全センサ周波数応答から抽出する周波数選択工程と、
前記選択周波数と、前記全センサおよび前記選択周波数における前記センサ周波数応答に基づいて、前記全センサおよび前記選択周波数の前記適応重み周波数応答を計算する適応重み間引き計算工程と、
前記全センサおよび前記選択周波数の前記適応重み周波数応答を補間処理し、前記全センサおよび前記全周波数の前記適応重み周波数応答を計算する適応重み補間処理工程と、
前記全センサおよび前記全周波数の前記適応重み周波数応答に基づいて、前記全センサ周波数応答に対して整相処理を行う整相処理工程と
をコンピュータに行わせる適応整相処理方法のプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この技術は、複数の受波器が受波した信号に基づいて整相処理を行う適応整相処理装置、適応整相処理方法およびこの方法をコンピュータに行わせるプログラムに関するものである。特に、適応整相処理を行う際の適応重みに係る計算に関するものである。
【背景技術】
【0002】
音波などの振動波を信号として信号処理を行う際、信号を受けるセンサとなる複数の受波器が受けた信号の位相を整える整相を行って信号処理が行われる。整相処理において、近年、適応整相による処理が広く用いられている。ABF(Adaptive BeamForming:適応整相)処理は、受波器が受波した物理量に係る信号と妨害音とに関する情報により、適応的に整相処理を行う方法である。適応整相処理を行うことで、所望の方位から到来する信号の感度を保ったまま、所望の方位とは異なる方位から到来する妨害音を抑制することができる(たとえば、非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Stephen M. Kogon, “Experimental results for passive sonar arrays with eigenvector-based adaptive beamformers”, Signal, Systems and Computers, 2002
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、非特許文献1で説明するような周波数領域で適応重みを計算する方式に基づいて行うABF処理では、全センサ周波数応答から周波数インデックス毎に共分散行列およびその逆行列を演算して、適応重み周波数応答を計算しなければならない。そして、周波数インデックス毎に共分散行列およびその逆行列を演算するには、高い計算負荷が必要となる。計算負荷は、計算する周波数の数に比例して増加する。このため、限られた計算資源でABF処理を行って、より速く結果を得るには、計算量を抑制する必要がある。
【0005】
以上のことから、ABF処理における計算量を抑制し、より速い処理を行うことができる適応整相処理装置、適応整相処理方法および適応整相処理方法のプログラムの実現が望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この開示に係る適応整相処理装置は、複数のセンサの受波によって得られる全センサ時間波形に基づいて、全センサ時間波形をセンサ毎に周波数分析して、全センサおよび全周波数における全センサ周波数応答を計算する周波数分析部と、適応重み周波数応答を計算する選択周波数を設定し、設定した選択周波数情報に基づいて、全センサおよび選択周波数におけるセンサ周波数応答を、全センサ周波数応答から抽出する周波数選択部と、選択周波数と、全センサおよび選択周波数におけるセンサ周波数応答に基づいて、全センサおよび選択周波数の適応重み周波数応答を計算する適応重み間引き計算部と、全センサおよび選択周波数の適応重み周波数応答を補間処理し、全センサおよび全周波数の適応重み周波数応答を計算する適応重み補間処理部と、全センサおよび全周波数の適応重み周波数応答に基づいて、全センサ周波数応答に対して整相処理を行う整相処理部とを備えるものである。
【0007】
また、この開示に係る適応整相処理方法は、複数のセンサの受波によって得られる全センサ時間波形に基づいて、全センサ時間波形をセンサ毎に周波数分析して、全センサおよび全周波数における全センサ周波数応答を計算する周波数分析工程と、適応重み周波数応答を計算する選択周波数を設定し、設定した選択周波数情報に基づいて、全センサおよび選択周波数におけるセンサ周波数応答を、全センサ周波数応答から抽出する周波数選択工程と、選択周波数と、全センサおよび選択周波数におけるセンサ周波数応答に基づいて、全センサおよび選択周波数の適応重み周波数応答を計算する適応重み間引き計算工程と、全センサおよび選択周波数の適応重み周波数応答を補間処理し、全センサおよび全周波数の適応重み周波数応答を計算する適応重み補間処理工程と、全センサおよび全周波数の適応重み周波数応答に基づいて、全センサ周波数応答に対して整相処理を行う整相処理工程とを有するものである。
【0008】
そして、この開示に係る適応整相処理方法のプログラムは、複数のセンサの受波によって得られる全センサ時間波形に基づいて、全センサ時間波形をセンサ毎に周波数分析して、全センサおよび全周波数における全センサ周波数応答を計算する周波数分析工程と、適応重み周波数応答を計算する選択周波数を設定し、設定した選択周波数情報に基づいて、全センサおよび選択周波数におけるセンサ周波数応答を、全センサ周波数応答から抽出する周波数選択工程と、選択周波数と、全センサおよび選択周波数におけるセンサ周波数応答に基づいて、全センサおよび選択周波数の適応重み周波数応答を計算する適応重み間引き計算工程と、全センサおよび選択周波数の適応重み周波数応答を補間処理し、全センサおよび全周波数の適応重み周波数応答を計算する適応重み補間処理工程と、全センサおよび全周波数の適応重み周波数応答に基づいて、全センサ周波数応答に対して整相処理を行う整相処理工程とをコンピュータに行わせるものである。
【発明の効果】
【0009】
開示された適応整相処理装置などによれば、選択周波数に基づいて全センサおよび選択周波数の適応重み周波数応答を計算し、計算されていない周波数に係る適応重み周波数応答については補間処理をする。高い計算量を要する適応重み周波数応答の計算を行う周波数の数を、上記のように選択により間引くことで、計算量を減らすことができる。このため、適応整相処理における妨害音抑圧性能低下を抑制しつつ、全体の計算量を削減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施の形態1に係る適応整相処理装置100を中心とする適応整相処理システムの構成を示す図である。
【
図2】実施の形態1に係る適応整相処理装置100のハードウェア構成の一例を示す図である。
【
図3】実施の形態1に係る適応整相処理装置100が行う適応整相処理方法の手順の一例を説明する図である。
【
図4】実施の形態1に係る適応重みに関するインパルス応答長制限に関して説明する図である。
【
図5】従来技術における妨害音抑圧性能について説明する図である。
【
図6】実施の形態1に係る適応整相処理装置100における妨害音抑圧性能について説明する図である。
【
図7】実施の形態2に係る適応整相処理装置100を中心とする適応整相システムの構成を示す図である。
【
図8】従来技術における妨害音抑圧性能について説明する図である。
【
図9】実施の形態2に係る適応整相処理装置100における妨害音抑圧性能について説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、適応整相処理装置などに係る実施の形態について、図面を参照しつつ、説明する。ここで、以下の説明に係る図面における図は、概略的に示されるものであり、説明の便宜のため、適宜、構成の省略または構成の簡略化がなされる場合がある。また、図において、同一の符号を付したものは、同一またはこれに相当するものであり、以下に記載する実施の形態の全文において共通することとする。また、明細書全文に示されている構成要素の形態は、あくまで例示であって、これらの記載に限定されるものではない。特に構成要素の組み合わせは、その実施の形態における組み合わせのみに限定するものではなく、他の実施の形態に記載した構成要素を別の実施の形態に適宜、適用することができる。また、添字で区別などしている複数の同種の機器などについて、特に区別したり、特定したりする必要がない場合には、添字などを省略して記載する場合がある。
【0012】
実施の形態1.
図1は、実施の形態1に係る適応整相処理装置100を中心とする適応整相処理システムの構成を示す図である。実施の形態1における整相処理システムは、適応整相処理装置100およびセンサアレイ200を備える。適応整相処理装置100は、センサアレイ200からの信号に基づいて処理を行う。
【0013】
センサアレイ200は、たとえば、レーダーまたはソーナーなどである。センサアレイ200は、複数の受波器となるセンサ(図示せず)を有する。各センサは、受波した音波などを信号に変換する。センサアレイ200は、各センサにおける信号の時間波形(以下、「センサ時間波形」と称する)を、時間サンプル数Lでオーバーラップさせた全センサの時間波形(以下、「全センサ時間波形」と称する)Xを出力する。
【0014】
適応整相処理装置100は、センサアレイ200が有する各センサが出力する信号に対し、周波数分析などを含むABF処理に関する処理を行う装置である。ここで、適応整相処理装置100は、特に、周波数領域において適応重み計算を行うABF方式による処理を行う。
図1に示すように、適応整相処理装置100は、FFT処理部110、選択周波数設定部120、周波数ビン選択処理部130、適応重み間引き計算部140、適応重み補間処理部150、整相処理部160および逆FFT処理部170を備える。
【0015】
周波数分析部となるFFT処理部110は、周波数ビン選択処理部130と整相処理部160とに接続される。FFT処理部110は、センサアレイ200から送られた全センサ時間波形Xに対して、センサが受波した信号毎にFFT(Fast Fourier Transform:高速フーリエ変換)を行って周波数分析し、全センサ周波数応答Yを計算する。そして、FFT処理部110は、周波数ビン選択処理部130と整相処理部160とに、計算結果である全センサ周波数応答Yを出力する。
【0016】
選択周波数設定部120は、周波数ビン選択処理部130に接続される。選択周波数設定部120は、たとえば、利用者からの選択指示に基づいて選択周波数k’iを設定し、記憶するなどしておく。ここで、選択周波数k’iは、後述するように、周波数ビン選択処理部130における抽出などの処理および適応重み間引き計算部140における計算などの処理を行う際に用いる周波数となる。選択周波数設定部120は、周波数ビン選択処理部130が処理を行う際、選択周波数k’iを要素とする選択周波数インデックスベクトルk’を出力する。選択周波数k’iおよび選択周波数インデックスベクトルk’は、選択周波数情報となる。
【0017】
周波数ビン選択処理部130は、FFT処理部110、選択周波数設定部120および適応重み間引き計算部140に接続される。周波数ビン選択処理部130は、周波数選択部となる。周波数ビン選択処理部130は、選択周波数設定部120が設定した選択周波数インデックスベクトルk’と、FFT処理部110が処理した全センサ周波数応答Yを入力とする。周波数ビン選択処理部130は、選択周波数インデックスベクトルk’に基づき、センサアレイ200の全センサおよび全周波数ビンについて、全センサ周波数応答Yから、適応重みに係る計算を行う周波数(周波数ビン)に係る要素を抽出する。そして、周波数ビン選択処理部130は、抽出して得られた全センサおよび選択周波数に対するセンサ周波数応答Y’並びに選択周波数インデックスベクトルk’を、適応重み間引き計算部140へ出力する。
【0018】
適応重み間引き計算部140は、周波数ビン選択処理部130と適応重み補間処理部150とに接続される。適応重み間引き計算部140は、装置外部から指定された整相方位θ、周波数ビン選択処理部130から全センサおよび選択周波数に対するセンサ周波数応答Y’並びに選択周波数インデックスベクトルk’を入力する。適応重み間引き計算部140は、選択周波数インデックスベクトルk’の要素である選択周波数k’i毎に、指定された整相方位θに対する適応重み周波数応答w’i
sを計算処理する。そして、適応重み間引き計算部140は、選択周波数インデックスベクトルk’および計算して得られた全センサおよび選択周波数に対する適応重み周波数応答W’を、適応重み補間処理部150へ出力する。
【0019】
適応重み補間処理部150は、適応重み間引き計算部140と整相処理部160とに接続される。適応重み補間処理部150は、適応重み間引き計算部140から全センサおよび選択周波数に対する適応重み周波数応答W’および選択周波数インデックスベクトルk’を入力する。適応重み補間処理部150は、選択周波数k’i毎に計算された適応重み周波数応答W’の値から、選択周波数k’i間の周波数に係る適応重み周波数応答の値を補間により推測し、全センサおよび全周波数に対する適応重み周波数応答W’^を計算する。さらに、適応重み補間処理部150は、窓関数uを乗算するなどして、インパルス応答長が制限された適応重み周波数応答W’^を計算し、整相処理部160へ出力する。
【0020】
整相処理部160は、FFT処理部110、適応重み補間処理部150および逆FFT処理部170に接続される。整相処理部160は、適応重み補間処理部150から全センサおよび全周波数に対するインパルス応答長が制限された適応重み周波数応答W’^およびFFT処理部110から全センサ周波数応答Yを入力する。整相処理部160は、整相方位θにおける適応重み周波数応答W’を用いて整相し、周波数領域の適応整相出力pを計算する適応整相処理を行い、逆FFT処理部170に出力する。
【0021】
逆FFT処理部170は、整相処理部160に接続される。逆FFT処理部170は、整相処理部160から適応整相出力pを入力する。逆FFT処理部170は、周波数領域の適応整相出力pに対して逆FFTを行い、時間領域の適応整相出力qを計算する。逆FFT処理部170は、さらに、OLS(Over Lap Save)法に基づいて選択処理した有効区間q’を、ABF処理を行った時間波形として出力する。OLS法は、周波数領域の適応整相出力を時間領域の適応整相出力に変換する方法である。
【0022】
図2は、実施の形態1に係る適応整相処理装置100のハードウェア構成の一例を示す図である。適応整相処理装置100は、たとえば、コンピュータを含む情報処理装置である。適応整相処理装置100は、制御部10および記憶部20を有する。記憶部20は、制御部10が実行する演算処理の結果を記憶する。記憶部20は、たとえば、HDD(Hard Disk Drive)、SSD(Solid State Drive)などの記録装置である。制御部10は、プログラムにしたがって処理を実行するCPU(Central Processing Unit)などの制御処理装置11を有する。また、制御部10は、プログラムを記憶するROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)などのメモリ12を有する。制御部10は、適応整相処理装置100の各部が行う処理機能を実現する。
【0023】
ここで、適応整相処理装置100が行う処理機能のうち、一部または全部が専用回路で構成されてもよい。専用回路は、単一回路、複合回路、プログラム化されたプロセッサ、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)、FPGA(Field-Programmable Gate Array)などである。また、専用回路は、これらの回路を組み合わせてもよい。専用回路が信号処理の一部または全部を行うことで、信号処理の高速化をはかることができる。また、適応整相処理装置100の各部における機能を、複数の情報処理装置が分担して処理するようにしてもよい。
【0024】
図3は、実施の形態1に係る適応整相処理装置100が行う適応整相処理方法の手順の一例を説明する図である。
図3を参照して、実施の形態1における適応整相処理方法の概要および処理の流れについて説明する。FFT処理部110は、センサアレイ200から複数のセンサの受波による信号が入力されると、FFT処理による周波数分析工程を行う(ステップS1)。
【0025】
そして、周波数ビン選択処理部130が、FFT処理により得られた全センサ周波数応答Yの中から、間引きを行って、選択した周波数ビンにおける全センサおよび選択周波数に対するセンサ周波数応答Y’を抽出する周波数選択工程を行う(ステップS2)。
【0026】
さらに、適応重み間引き計算部140は、全センサおよび選択周波数に対するセンサ周波数応答Y’に基づいて、選択された周波数ビンに関する全センサおよび選択周波数に対する適応重み周波数応答W’を計算する適応重み間引き計算工程を行う(ステップS3)。
【0027】
また、適応重み補間処理部150は、全センサおよび選択周波数に対する適応重み周波数応答W’に対して補間処理を行うなどして、全センサおよび全周波数に対する適応重み周波数応答W’^を計算する適応重み補間処理工程を行う(ステップS4)。
【0028】
整相処理部160は、全センサおよび全周波数に対する適応重み周波数応答W’^を用いて、全センサ周波数応答Yを整相処理する整相処理工程を行う(ステップS5)。そして、逆FFT処理部170は、周波数領域の適応整相出力pを時間領域の適応整相出力qにする逆FFTなどを行う逆変換処理工程を行う(ステップS6)。
【0029】
次に、適応整相処理システムにおいて適応整相処理装置100が行う処理動作などについて、さらに詳しく説明する。ここでは、センサアレイ200の各センサが受波する物理量が音波であるものとして説明する。センサアレイ200の各センサは、受波した音波を信号に変換する。ここで、mは、センサアレイ200の各センサにおけるセンサ番号インデックスとする。また、Mは、センサアレイ200が有するセンサ数とする。さらに、nは、時刻インデックスとする。そして、Nは、FFT処理部110が行うFFTにおけるFFT次数とする。このとき、m番目のセンサの信号におけるセンサ時間波形の、時刻nにおける値を、xm,nと表記する。このとき、時刻n=0,1,…,N-1の範囲を選択したm番目のセンサ時間波形xmは、式(1)で表される。
【0030】
【0031】
そして、センサアレイ200は、各センサにおける信号のセンサ時間波形を時間サンプル数Lでオーバーラップさせた全センサ時間波形Xの信号を、適応整相処理装置100のFFT処理部110に送る。ここで、mを行番号とすると、全センサ時間波形Xは、式(2)で表される。
【0032】
【0033】
FFT処理部110は、センサアレイ200から送られた全センサ時間波形Xに基づいて、FFTによる計算処理を行う。ただし、FFT処理部110において説明する計算処理は、フーリエ変換の原理に基づく処理である。FFT処理部110は、実際に計算処理する場合は、FFTに関する各種のアルゴリズムを適用して処理を行うことができる。
【0034】
ここで、kを周波数インデックスとし、jを虚数単位とする。このとき、cn、kをn番目の時刻として、k番目の周波数に対応する複素正弦波の値は、式(3)で表される。
【0035】
【0036】
そして、nを行番号とし、kを列番号とすると、FFT基底関数Cは、式(4)で表される。
【0037】
【0038】
FFT処理部110は、全センサ時間波形Xに対して、FFTによる計算処理を行い、全センサ周波数応答ymを得る。このとき、その行列である全センサ周波数応答Yは、式(5)で表される。ここで、yi,kは、全センサ周波数応答Yにおけるi番目のセンサおよびk番目の周波数における値である。
【0039】
【0040】
また、全センサ周波数応答Yは、式(6)のように表すことができる。ここで、全センサ周波数応答Yのk番目の周波数について取り出した列ベクトルを、k番目の周波数における全センサ周波数応答ys
kとする。FFT処理部110が処理した全センサ周波数応答Yは、周波数ビン選択処理部130および整相処理部160に出力される。
【0041】
【0042】
周波数ビン選択処理部130は、全センサ周波数応答Yの他に、選択周波数設定部120から選択周波数インデックスベクトルk’を得る。選択周波数インデックスベクトルk’は、周波数インデックスk=0を基準として、正の周波数範囲となる周波数インデックスk=0,1,…,N/2の範囲に対し、1より大きい整数の周波数計算間隔(間引き間隔)をstepとして、式(7)のように表される。ここで、iは、選択周波数インデックスベクトルk’における要素のインデックスである。また、k’iは、選択周波数インデックスベクトルk’のi番目の要素である(以下、「選択周波数」と称する)。そして、周波数計算間隔stepには、FFT次数Nの半分の時間サンプル数Lに対して行った除算の結果N’=N/2/stepが、整数となる1より大きい値が選択される。周波数ビン選択処理部130は、周波数計算間隔stepにより間引きが行われた後の周波数ビン数N’+1の値を、選択周波数インデックスベクトルk’の要素数から求める。このため、周波数計算間隔stepに基づく間引きが行われると、適応重みに係る計算が行われる周波数ビン数は、N/2からN’+1に減ることになる。
【0043】
【0044】
そして、周波数ビン選択処理部130は、式(7)の選択周波数インデックスベクトルk’に基づいて、式(8)のように、周波数ビンを選択し、抽出する。周波数ビン選択処理部130が抽出した周波数ビンは、全センサおよび選択周波数に対するセンサ周波数応答Y’とする。
【0045】
【0046】
全センサおよび選択周波数に対するセンサ周波数応答Y’は、さらに、式(9)のように表すことができる。ここで、y’s
i=ys
k’iおよびy’m,i=ym,k’iである。
【0047】
【0048】
適応重み間引き計算部140は、周波数ビン選択処理部130により間引きが行われた全センサおよび選択周波数に対するセンサ周波数応答Y’に基づき、整相方位θに対する適応重み周波数応答W’を計算する。ここで、適応重み間引き計算部140は、ABF処理として、MVDR(Minimum Variance Distortionless Response)方式による処理を行うものとして説明する。ただし、これに限定するものではなく、周波数領域で適応重みを更新する処理であれば、適応重み間引き計算部140は、他のABF方式に基づく処理を行うことができる。
【0049】
適応重み間引き計算部140は、周波数ビン選択処理部130が選択した全センサおよび選択周波数に対するセンサ周波数応答y’s
iに基づいて、式(10)のように共分散行列Riを計算する。ここで、E[]は、アンサンブル平均演算を表し、[]Hは、共役転置を表す。
【0050】
【0051】
次に、適応重み間引き計算部140は、共分散行列Riの逆行列Ri
-1を計算する。共分散行列から逆行列を計算する方法については、様々な方法から任意の方法を選択して行うことができる。一方、適応重み間引き計算部140は、MVDRの整相方位θに対するi番目の選択周波数k’iのステアリングベクトルviを、式(11)に基づいて計算する。ここで、τmは、整相方位θに対してm番目のセンサに与える遅延時間である。また、fsは、サンプリング周波数である。
【0052】
【0053】
適応重み間引き計算部140は、周波数計算間隔stepにより間引きが行われた後の周波数ビン数N’+1個の選択周波数k’iについて、正の周波数に対応する適応重み周波数応答w’s
i(i=0,1,…,N’)を、式(12)に基づいて計算する。ここで、w’m,iは、m番目のセンサにおけるi番目の選択周波数に対応する適応重み周波数応答の値を表す。
【0054】
【0055】
適応重み間引き計算部140は、負の周波数に対応する適応重み周波数応答w’s
i(i=N’+1,…,2・N’-1)は、i=1,…,N’-1について計算した適応重み周波数応答w’s
iに対して、式(13)に示すように、複素共役を取る。そして、適応重み間引き計算部140は、複素共役を、対応する選択周波数のインデックスiにセットする。
【0056】
【0057】
適応重み間引き計算部140は、すべての選択周波数k’i(i=0,1,…,2・N’-1)について計算した適応重み周波数応答w’s
iから、式(14)に基づき、全センサおよび選択周波数に対する適応重み周波数応答W’を得る。
【0058】
【0059】
適応重み補間処理部150は、選択周波数k’i毎に計算された適応重み周波数応答W’の値から、計算されなかった適応重み周波数応答W’の値を補間処理し、全センサおよび全周波数に対する適応重み周波数応答W’^を推測する。補間処理に係る方法は、適応重みのインパルス応答に時間領域でゼロを付加する方法と周波数領域で補間する方法とが考えられる。実施の形態1においては、適応重みのインパルス応答に時間領域でゼロを付加する方法について説明する。
【0060】
まず、全センサおよび選択周波数に対する適応重み周波数応答W’から、式(15)のように、m番目のセンサについて取り出した行ベクトルの適応重み周波数応答をw’m
fとする。
【0061】
【0062】
適応重み補間処理部150は、式(15)の適応重み周波数応答w’m
fに対して逆FFTを行い、m番目のセンサに対する間引き適応重みインパルス応答h’mを得る。この逆FFTは、式(4)のFFT基底関数CにおけるFFT次数Nを、2・N’に置き換えた、式(16)のFFT基底関数C’を用いて、式(17)に基づく計算を行うものである。ここで、h’m,nは、h’mの時刻nにおける値を表す。また、式(17)の逆FFTによって得られるm番目のセンサに対する間引き適応重みインパルス応答h’mのサンプル数は、2・N’となる。
【0063】
【0064】
【0065】
図4は、実施の形態1に係る適応重みに関するインパルス応答長制限に関して説明する図である。適応重み補間処理部150は、次に、h’
mにN-2・N’個のゼロを付加してサンプル数Nにする。以下では、周波数計算間隔step=4とし、センサ時間波形をオーバーラップさせた時間サンプル数L=N/2とした場合を例として説明する。そして、
図4(a)の実線に示すように、ブロードサイド方位へ整相して拘束した場合に、間引き適応重みインパルス応答h’
mがn=0でピークを持ち、ピークの両側の応答がサンプル数2・N’=N/4の区間の両端に配置されるような条件とする。このとき、m番目のセンサに与える遅延量τ
mは0となる。以上の条件で、適応重み補間処理部150は、補間処理を行って、適応重み間引き計算部140が計算しなかった、補間された適応重み周波数応答w’
^
m
fを算出し、全センサおよび全周波数に対する適応重み周波数応答W’
^を算出する。
【0066】
適応重み補間処理部150は、
図4(b)に示すように、間引き適応重みインパルス応答h’
mの時刻n=N/8の位置からサンプル数3N/4のゼロを付加する。これにより、
図4(b)の実線に示すような、時刻n=N/8,…,7N/8-1における値がゼロとなるゼロ値区間を有する、サンプル数Nのm番目のセンサに対するゼロを付加された適応重みインパルス応答h’
^
mを得る。
【0067】
たとえば、OLS法を利用して適応整相出力の時間波形を計算する場合には、(18)式に示すような窓関数uを乗算し、センサ時間波形をオーバーラップさせた時間サンプル数Lまで適応重みインパルス応答のインパルス応答長を制限する必要がある。適応重み補間処理部150は、オーバーラップのサイズに応じた窓関数uを乗算する。(18)式において、unはuの時刻nにおける値を表す。そして、たとえば、センサ時間波形をオーバーラップさせた時間サンプル数Lが、L=N/2である場合、時刻n=N/8,…,7N/8-1部分が、uのゼロ値区間となる。
【0068】
【0069】
ここで、選択によって間引きされた周波数ビンによるインパルス応答長2・N’と時間サンプル数Lとの間に、2・N’≦Lの関係が成り立つ場合がある。この場合、前述の手順で得られるゼロを付加した適応重みインパルス応答h’^
mは、十分にインパルス応答長が制限されている。このため、窓関数uの乗算は不要となる。一方、2・N’≦Lの関係が成り立たない場合には、適応重み補間処理部150は、式(19)に示すように、窓関数uを乗算し、h’~
mを得る。ここで、式(19)における◎は、要素積(アダマール積)を示す。そして、適応重み補間処理部150は、得られたh’~
mを、式(20)のように、再度h’^に置き換える。
【0070】
【0071】
【0072】
ここでは、センサアレイ200が有するセンサのうち、
図4に示すようなインパルス応答(m番目のセンサに与える遅延量τ
m=0)を持つセンサの例について説明した。適応重み補間処理部150は、他のセンサについても同様にゼロを付加する。このとき、与える遅延量に対して、インパルス応答のピークの位置は、前後する。
【0073】
次に、適応重み補間処理部150は、m番目のセンサに対するゼロを付加された適応重みインパルス応答h’^
mに対して、FFT次数N点のFFTについて計算処理を行う。そして、適応重み補間処理部150は、m番目のセンサに対する、補間された適応重み周波数応答w’^
m
fを得る。このとき、適応重み補間処理部150は、式(21)に基づいて、FFTの計算処理を行う。ここで、w’^
m,kは、m番目のセンサについてk番目の周波数における適応重み周波数応答の値である。
【0074】
【0075】
そして、適応重み補間処理部150は、補間された適応重み周波数応答w’^
m
fを、センサアレイ200における全てのセンサについて計算し、式(22)によって、全センサおよび全周波数に対する適応重み周波数応答W’^を得る。
【0076】
【0077】
整相処理部160は、適応整相出力pを、周波数インデックスk毎に計算する。このため、ここでは、k番目の周波数における処理について説明する。適応重み周波数応答W’のk番目の周波数について取り出した列ベクトルを、インパルス応答長が制限されたk番目の周波数における適応重み周波数応答W’^
k
sとする。このとき、適応重み周波数応答W’^
k
sは、式(23)で表される。
【0078】
【0079】
整相処理部160は、式(23)のW’^
k
sと、前述した式(6)で得たk番目の周波数における全センサ周波数応答yk
sとを用いて、式(24)に基づき、k番目の周波数における整相出力pkを計算する。ここで、式(24)で計算される整相出力pkは、スカラーである。
【0080】
【0081】
整相処理部160は、全ての周波数k=0,1,…,N-1について、整相出力pkを計算して、周波数領域の適応整相出力pを算出する。整相処理部160が算出する適応整相出力pは、式(25)で表される。
【0082】
【0083】
逆FFT処理部170は、整相処理部160から出力された周波数領域の適応整相出力pを、式(26)に基づき、逆FFTを用いて、時間波形である時間領域の適応整相出力qに変換する。ここで、qnは、時間領域の適応整相出力qの時刻nにおける値である。また、逆FFT処理部170が処理を行う際に適用する高速フーリエ変換アルゴリズムについては、特に限定するものではない。
【0084】
【0085】
逆FFT処理部170は、得られた時間領域の適応整相出力qに対して、OLS法に基づき、有効区間q’を選択する処理を行う。ここで選択する有効区間は、式(19)において、インパルス応答長を制限するために乗算した窓関数uのゼロ値区間と同じである。たとえば、窓関数uを、前述した式(18)のように定義する場合、有効区間q’は、式(26)のqから、式(27)のように、時刻インデックスn=L/2,L/2+1,…,N-L/2-1の範囲を選択して得ることができる。
【0086】
【0087】
以上のように、実施の形態1に係る適応整相処理システムによれば、周波数ビン選択処理部130が、適応重み周波数応答を計算する周波数ビンを選択する。また、適応重み間引き計算部140は、選択された周波数に関して適応重み周波数応答を計算し、計算されなかった適応重み周波数応答は、適応重み補間処理部150が計算された適応重み周波数応答から推測する。周波数ビン数をN/2からN’+1に間引いて適応重み周波数応答を計算することで、間引き前前と比べたときに、ABF処理における妨害音抑圧性能低下を抑制しつつ、ABF処理全体の計算量を削減することができる。
【0088】
たとえば、従来技術では、MVDR方式のように周波数インデックス毎に共分散行列計算および逆行列計算を行う適応重み計算の計算負荷は、センサ数Mが多くなるにつれて増加し、ABF処理のほぼ全体を占めるようになる。これに対して、実施の形態1の適応整相処理装置100は、周波数ビン選択処理部130における周波数計算間隔stepを、2以上の整数値にとることで、適応重み間引き計算部140の計算負荷をおよそ1/stepに抑制する効果が得られる。したがって、センサ数Mが多い場合には、ABF処理全体の処理量に関しても、適応重み計算の処理量抑制効果に近い効果を得ることができることを意味する。
【0089】
たとえば、サンプリング周波数fs=4096[Hz]、FFT次数N=2048、方位数θn=181、センサ数M=100および周波数計算間隔step=4という条件とする。このとき、Python(versionは3.7)のnumpy.linalg.inv関数(Numpyライブラリのversionは1.21.2)を使用して逆行列を計算する。そして、time.time関数を用いて、従来技術による計算速度と実施の形態1における適応整相処理装置100の計算速度とを測定する。
【0090】
従来技術においては、共分散行列および逆行列計算を行う適応重み計算の計算負荷2308[sec]が、全体の負荷2327[sec]に対して約99.2%とほぼ全体の処理量を占めた。一方、適応重み計算の計算負荷2308[sec]に対して、実施の形態1における周波数ビン選択処理部130、適応重み間引き計算部140および適応重み補間処理部150が行った計算の計算負荷576[sec]は約25.0%であった。補間による処理の増加を勘案しても、計算負荷は、およそ1/step=1/4=25%であり、ほぼ期待する効果が得られている。このことにより、実施の形態1における適応整相処理装置100が行うABF処理全体の処理量は、従来技術に対して、595[sec]/2327[sec]=約25.6%と、約1/4に低減することが期待できる。
【0091】
図5は、従来技術における妨害音抑圧性能について示す図である。また、
図6は、実施の形態1に係る適応整相処理装置100における妨害音抑圧性能について説明する図である。次に、ABF処理の妨害音抑圧性能の観点で評価する。たとえば、目標が発する音波である目標信号は方位45度、信号周波数952[Hz]の狭帯域信号とする。また、目標信号に対する雑音となる妨害音は、方位70度、信号周波数100[Hz]から2000[Hz]の広帯域信号とする。そして、周波数計算間隔step=4という条件とする。
【0092】
以上の条件において、目標方位45度に整相したときのABFのビームパターンは、従来技術では、
図5の実線に示すように、破線のCBFに比べて妨害音方位に約45[dB]の低減効果が得られている。一方、実施の形態1における適応整相処理装置100では、
図6の実線に示すように、破線に示すCBFのビームパターンに比べて、妨害音方位に約37[dB]の抑圧効果がある。従来技術に比べると妨害音抑圧性能は劣化しているが、妨害音に対する抑圧効果は、実用上、十分な効果を有する。
【0093】
以上のように、実施の形態1における適応整相処理装置100によれば、妨害音抑圧性能は従来技術よりも劣るが、CBFに対して十分な効果を維持しながら、ABF処理全体の計算量を大幅に削減する効果を得ることができる。
【0094】
実施の形態2.
図7は、実施の形態2に係る適応整相処理装置100を中心とする適応整相システムの構成を示す図である。
図7において、
図1と同じ符号を付している部などにおいては、実施の形態1において説明したことと同様の処理動作などを行う。
【0095】
実施の形態2における適応整相処理装置100は、選択周波数設定部120Aが設定する選択周波数インデックスベクトルk’が、実施の形態1において選択周波数設定部120が設定する選択周波数インデックスベクトルk’とは異なる。また、適応重み補間処理部150Aにおける処理が、実施の形態1における適応重み補間処理部150の処理とは異なる。
【0096】
実施の形態1では、適応重み補間処理部150は、選択された周波数ビンに対する適応重み周波数応答に逆FFTを行って時間領域に変換し、時間領域でゼロを付加した後、再度FFTを行い、計算されなかった適応重み周波数応答の値を補間するものであった。このため、実施の形態1における適応整相処理装置100は、選択周波数設定部120の設定に係る選択周波数インデックスベクトルk’において、周波数計算間隔(間引き間隔)を等間隔にする必要がある。
【0097】
一方、実施の形態2における適応整相処理装置100では、適応重み補間処理部150Aは、周波数領域において、適応重み周波数応答の補間処理を行う。このため、選択周波数インデックスベクトルk’における周波数計算間隔が等間隔でなくてもよく、選択周波数k’i間の間隔を任意に設定することができる。
【0098】
次に、
図7に基づいて、実施の形態2における適応整相処理装置100の処理動作について、適応重み補間処理部150Aにおける処理を中心に説明する。周波数ビン選択処理部130は、装置外部から選択周波数インデックスベクトルk’を含む信号が送られる。ここで、実施の形態2における選択周波数インデックスベクトルk’は、周波数インデックスk=0を基準として、正の周波数範囲となる、周波数インデックスk=0からk=N/2までの範囲に対して、式(28)のように表される。選択周波数k’
i(ただし、i=0,1,2,…,N’)は、任意の整数を指定することができるが、0≦k’
0<k’
1<k’
2<…<k’
N’-1<k’
N’≦N/2の条件を満足する必要がある。ここで、選択周波数k’
iにおけるインデックスiの指定は、実施の形態1で説明した選択周波数インデックスベクトルk’と同様に、等間隔でもよい。
【0099】
【0100】
周波数ビン選択処理部130は、周波数インデックスベクトルk’に基づいて、実施の形態1と同様に、前述した式(8)を用いて周波数ビンを選択する。また、周波数ビン選択処理部130が式(8)のように全センサ周波数応答Yの値を選択することで、全センサおよび選択周波数に対するセンサ周波数応答Y’は、さらに、前述した式(9)のように表すことができる。
【0101】
実施の形態2における適応重み補間処理部150Aは、周波数インデックスベクトルk’に基づいて得られた全センサおよび選択周波数に対するセンサ周波数応答Y’に基づいて、計算されなかった適応重み周波数応答の値を周波数領域で補間処理する。ここでは、適応重み補間処理部150Aは、補間アルゴリズムとして線形補間を用いる場合について説明する。
【0102】
説明を簡単にするために、選択周波数インデックスベクトルk’は、0≦k’0<k’1<k’2<…<k’N’-1<k’N’≦N/2を満たすものとする。このとき、正の周波数における両端の周波数インデックスkに、k=0およびk=N/2が含まれる。ここで、rをk’iとk’i+1との間の周波数に対するインデックス(r=0,1,…,k’i+1-k’i-1)とする。このとき、適応重み補間処理部150Aは、k’iからk’i+1の間における適応重み周波数応答w’^s
k’i+rについて、式(29)に基づく線形補間処理を行う。
【0103】
【0104】
適応重み補間処理部150Aは、式(29)により、適応重み周波数応答w’^s
k’i+rを補間する処理を行う。適応重み補間処理部150Aは、選択周波数インデックスベクトルk’のk’0~k’1,k’1~k’2,…,k’i~k’i+1,…,k’N’-1~k’N’の全ての区間で、適応重み周波数応答w’^s
k’i+rを補間する。そして、適応重み補間処理部150Aは、最後に、式(30)に基づいて、正の周波数の高周波端k’N’=N/2における値を格納する。
【0105】
【0106】
また、適応重み補間処理部150Aは、負の周波数に対応する適応重み周波数応答w’^s
k’(k=N/2+1,N/2+2,…,N-1)について、k=1,2,…,N/2-2,N/2-1について適応重み周波数応答w’^s
k’を計算する。そして、適応重み補間処理部150Aは、式(31)のように複素共役を取って、対応する周波数インデックスkにセットする。
【0107】
【0108】
適応重み補間処理部150Aは、全ての周波数k=0,1,…,N-1について計算した適応重み周波数応答w’^s
k’から、式(32)によって、全センサおよび全周波数に対する適応重み周波数応答W’^を得る。ここで、W’^
m,kは、m番目のセンサおよびk番目の周波数に対する適応重み周波数応答W’^の値である。
【0109】
【0110】
OLS法を用いて適応整相出力の時間波形を計算する場合には、窓関数uを乗算し、センサ時間波形をオーバーラップさせた時間サンプル数Lまで、適応重みのインパルス応答長を制限する必要がある。そこで、全センサおよび全周波数に対する適応重み周波数応答W’^に対して、m番目のセンサについて取り出した行ベクトルの適応重み周波数応答を、w’^
m
fとする。このとき、適応重み周波数応答w’^
m
fは、式(33)で表される。
【0111】
【0112】
適応重み補間処理部150Aは、式(34)の適応重み周波数応答w’^
m
fに対して、式(35)に基づく逆FFTを行い、m番目のセンサに対する補間された適応重みインパルス応答h’^
mに変換する。ここで、h’^
m、nは、h’^
mの時刻nにおける値を表す。ここでは、適応重み補間処理部150Aは、式(35)に基づく逆FFTを行ったが、処理を行う際に適用する高速フーリエ変換アルゴリズムについては、特に限定するものではない。
【0113】
【0114】
【0115】
適応重み補間処理部150Aは、さらに、m番目のセンサに対する補間された適応重みインパルス応答h’^
mに窓関数uを乗算する。ここで、窓関数uの乗算は、式(36)に基づいて計算する。
【0116】
【0117】
そして、適応重み補間処理部150Aは、窓関数uを乗算したインパルス応答h^
mに対し、前述した式(21)に基づくFFTを行い、周波数応答W’^
m
fに変換する。整相処理部160および逆FFT処理部170における処理については、実施の形態1において説明したことと同様である。
【0118】
実施の形態1における適応重み補間処理部150は、選択された周波数ビンに対する適応重み周波数応答に逆FFTを行って時間領域に変換し、時間領域でゼロを付加した後、再度FFTを行い、計算されなかった適応重み周波数応答の値を補間するものであった。このため、実施の形態1では、周波数ビン選択処理部130に入力する選択周波数インデックスベクトルk’の間引き間隔が等間隔となる。
【0119】
以上のように、実施の形態2における適応整相処理装置100において、適応重み補間処理部150Aは、周波数領域において適応重み周波数応答の補間処理を行う。実施の形態2における適応重み補間処理部150Aは、適応重み周波数応答に対して周波数領域と時間領域とにおける変換処理および逆変換処理を行わない。このため、選択周波数設定部120Aの設定に係る選択周波数インデックスベクトルk’は、等間隔でなくてもよく、任意の間引き間隔を設定することができる。このため、抑圧したい妨害音(雑音)に対する周波数特性のデータが得られている場合には、抑圧したい妨害音が存在する周波数帯域では間引きを少なく抑え、抑圧したい妨害音が存在しない周波数帯域では多く間引いて、ABF処理を行うことができる。したがって、計算量を抑制しながら、実施の形態1の適応整相処理装置100と同等以上の妨害音の抑圧効果を得ることができる。
【0120】
たとえば、サンプリング周波数fs=4096[Hz]、FFT次数N=2048、方位数θn=181およびセンサ数M=100とする。また、目標信号は、方位45度、信号周波数952[Hz]の狭帯域信号とする。さらに、妨害音は。方位70度、信号周波数100[Hz]から1000[Hz]の広帯域信号とする。そして、妨害音が存在する帯域を含む0[Hz]~1024[Hz]の帯域では間引きを行わず、妨害音が存在しない1024[Hz]~2048[Hz]の帯域では16毎に選択するという条件とする。ここで、選択周波数インデックスベクトルk’=[0,1,2,…,N/4-1,N/4,N/4+16,N/4+32,…,N/2-32,N/2-16,N/2]となる。また、補間アルゴリズムとして線形補間を用いる。このとき、Python(versionは3.7)のnumpy.linalg.inv関数(Numpyライブラリのversionは1.21.2)を使用して逆行列を計算する。そして、time.time関数を用いて、従来技術による計算速度と実施の形態2における適応整相処理装置100の計算速度とを測定する。
【0121】
従来技術では、共分散行列および逆行列計算を行う適応重み計算の計算負荷2044[sec]が、全体の負荷2063[sec]に対して約99.1%とほぼ全体の処理量を占めた。一方、適応重み計算の計算負荷2044[sec]に対して、実施の形態2における周波数ビン選択処理部130、適応重み間引き計算部140および適応重み補間処理部150が行った計算の計算負荷926[sec]は約45.3%であった。補間による処理量の増加を勘案しても、計算負荷は1/2倍の低減効果がある。
【0122】
図8は、従来技術における妨害音抑圧性能について説明する図である。また、
図9は、実施の形態2に係る適応整相処理装置100における妨害音抑圧性能について説明する図である。次に、ABF処理の妨害音抑圧性能の観点で評価する。前述した条件において、目標方位45度に整相したときのABFのビームパターンは、従来技術では、
図8の実線に示すように、破線のCBFのビームパターンに比べて妨害音方位に約41[dB]の抑圧効果が得られている。一方、実施の形態2における適応整相処理装置100では、
図9に示すように、妨害音方位への抑圧性能が約41[dB]である。
【0123】
以上のように、実施の形態2における適応整相処理装置100によれば、妨害音抑圧性能は従来技術と同等に維持しつつ、ABF処理全体の計算量を削減する効果が得られる。
【0124】
実施の形態3.
前述した実施の形態1および実施の形態2のシステムにおいては、ABF処理の適応重みに関する計算を、MVDR方式に基づいて説明した。ただし、これに限定するものではない。周波数インデックス毎に適応重みを計算するものであればよい。たとえば、GSC(Generalized Sidelobe Canceller)方式またはEBAE(Eigenvector/Beam Association and Excision)方式など、他の方式を用いて、ABF処理の適応重みに関する計算を行ってもよい。
【0125】
また、前述した実施の形態1および実施の形態2の適応整相処理システムは、高速化の最も効果的な例として、共分散行列の逆行列を用いてABF処理の適応重みを計算する適応重み更新アルゴリズムを対象として説明した。ただし、これに限定するものではない。他の周波数領域で適応重みを更新する他の更新アルゴリズムに対して適用し、高速化を達成することができる。たとえば、Least Mean Squares(LMS)、Normalized Least Mean Squares(NLMS)またはRecursive Least Squares(RLS)などのアルゴリズムを適用することができる。
【0126】
また、前述した実施の形態1および実施の形態2の適応整相処理システムは、OLS法に基づいて適応重みインパルス応答のインパルス応答長を制限した。このとき、インパルス応答のピークが区間の両端に配置されるような条件(m番目のセンサに与える遅延量τmが0となる条件)で適応重みを計算した場合を例にして説明した。
【0127】
たとえば、センサアレイ200の中心が遅延量を計算する基準である整相中心でない場合、各センサに与える遅延量に対して、インパルス応答の先頭h(m,0)を中心にピークの位置が前後せず、一定のバイアス値を中心にピーク値が前後するようになる。このような場合、式(14)における窓関数uの先頭u0の位置がそのバイアス値となるように、窓関数uの要素を前後させるようにすれば、各センサのインパルス応答のピークの平均位置が任意のバイアス値を有するとしても、適用することができる。
【0128】
また、前述した実施の形態2のシステムにおいては、適応重み補間処理部150Aが、計算されなかった適応重み周波数応答の値を周波数領域で補間処理する際、線形補間を行うものとして説明した。ただし、これに限定するものではない。適応重み補間処理部150Aは、他にも、スプライン補間または曲線フィッティングなど、他の補間アルゴリズムに基づいて処理を行うことができる。
【0129】
また、前述した実施の形態2のシステムにおいては、適応重み補間処理部150Aが、正の周波数の両端の周波数インデックスk=0およびk=N/2が含まれている場合について説明したが、これに限定するものではない。たとえば、k=N/2が含まれていない場合は、周囲の複数の適応重みから外挿することができる。
【0130】
また、前述した実施の形態1および実施の形態2のシステムにおいては、正の周波数の両端の周波数インデックスk=0およびk=N/2が含まれている場合について説明したが、特定の周波数帯域においてABF処理を適用してもよい。この場合には、適用対象とする特定の周波数帯域を含む帯域に対して、実施の形態1では等間隔で指定を行い、実施の形態2では任意の間隔で指定を行うことができる。
【符号の説明】
【0131】
10 制御部
11 制御処理装置
12 メモリ
20 記憶部
100 適応整相処理装置
110 FFT処理部
120,120A 選択周波数設定部
130 周波数ビン選択処理部
140 適応重み間引き計算部
150,150A 適応重み補間処理部
160 整相処理部
170 逆FFT処理部
200 センサアレイ