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特開2024-142821オーステナイト系ステンレス鋳鋼の補修方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024142821
(43)【公開日】2024-10-11
(54)【発明の名称】オーステナイト系ステンレス鋳鋼の補修方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 26/342 20140101AFI20241003BHJP
   B23K 26/32 20140101ALI20241003BHJP
   B23K 26/00 20140101ALI20241003BHJP
【FI】
B23K26/342
B23K26/32
B23K26/00 N
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023055165
(22)【出願日】2023-03-30
(71)【出願人】
【識別番号】000109875
【氏名又は名称】トーカロ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000176
【氏名又は名称】弁理士法人一色国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】植田 和樹
(72)【発明者】
【氏名】福士 達也
(72)【発明者】
【氏名】横田 博紀
【テーマコード(参考)】
4E168
【Fターム(参考)】
4E168BA32
4E168BA86
4E168CA11
4E168CB03
4E168EA17
4E168FB03
4E168KA04
(57)【要約】
【課題】オーステナイト系ステンレス鋳鋼をレーザメタルデポジション法によって補修するに際して、オーステナイト系ステンレス鋳鋼が受ける熱的影響を抑える。
【解決手段】インペラ80の表面の補修部位84に対してレーザビーム91を照射するとともに金属粉92を噴射し、金属粉92がレーザビーム91により溶融されることによって形成された溶融池85の温度を検出し、検出された溶融池85の温度に基づいてレーザビーム91の強度を調整し、強度が調整されたレーザビーム91の照射箇所及び金属粉92の噴出箇所を補修部位84の表面形状に沿って移動させる。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
オーステナイト系ステンレス鋳鋼の表面の補修部位に対し、レーザビームを照射するとともに金属粉を噴射する第1の工程と、
前記金属粉が前記レーザビームにより溶融されることにより前記補修部位に形成された溶融池の温度を検出する第2の工程と、
検出された前記溶融池の温度に基づいて、前記レーザビームの強度を調整する第3の工程と、
前記レーザビームの照射箇所及び前記金属粉の噴射箇所を、前記補修部位の形状に沿って移動させる第4の工程と、
を有するオーステナイト系ステンレス鋳鋼の補修方法。
【請求項2】
前記第3の工程において、前記レーザビームの強度の調整により前記溶融池の温度を一定に維持する
請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋳鋼の補修方法。
【請求項3】
前記第3の工程においては、検出された前記溶融池の温度が所定の設定温度に等しい場合、前記レーザビームの強度を維持し、検出された前記溶融池の温度が前記設定温度を超える場合、前記レーザビームの強度を低下させ、検出された前記溶融池の温度が前記設定温度未満である場合、前記レーザビームの強度を増大させる
請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋳鋼の補修方法。
【請求項4】
前記オーステナイト系ステンレス鋳鋼の表面に生じた損傷部の周辺を取り除くことによって、前記補修部位としての開先を前記オーステナイト系ステンレス鋳鋼の表面に形成する形成工程を有し、
前記開先は、その底に向かって窄まるよう斜面が設けられている請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋳鋼の補修方法。
【請求項5】
前記開先の斜面の勾配αは20°~70°である請求項4に記載のオーステナイト系ステンレス鋳鋼の補修方法。
【請求項6】
前記金属粉は、オーステナイト系ステンレス鋼材である請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋳鋼の補修方法。
【請求項7】
前記オーステナイト系ステンレス鋼材からなる金属粉は、補修部位であるオーステナイト系ステンレス鋳鋼よりも炭素含有率が小さい請求項6に記載のオーステナイト系ステンレス鋳鋼の補修方法。
【請求項8】
前記オーステナイト系ステンレス鋼材からなる金属粉は、炭素含有率が0.03%以下である請求項7に記載のオーステナイト系ステンレス鋳鋼の補修方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オーステナイト系ステンレス鋳鋼の補修方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、タービン動翼には、耐食性および加工硬化特性に優れるオーステナイト系ステンレス鋼材が使用されることが知られている(特許文献1)。また、タービン動翼に生じた亀裂を補修する方法としては、亀裂を除去し、その除去した箇所をレーザメタルデポジション(Laser Metal Deposition:LMD法)により多層肉盛することで補修する方法が知られている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2013-036451号公報
【特許文献2】特開2011-106431号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
オーステナイト系ステンレス鋼材は、600℃~800℃の高温状態で一定時間保持されると、鋼材中のクロムと炭素とが結合し、クロム炭化物が析出され、クロム欠乏領域が生じる。クロム欠乏領域が生じると、耐食性が著しく低下して腐食が進みやすくなる。更に、オーステナイト系ステンレス鋼材の中でも、鋳造法により形成される鋳鋼は、凝固偏析に伴い、鋳鋼中に炭素量が多く、かつ、クロム量が少ない領域が生じるため、局所的なクロム欠乏領域が生じやすい。ここで、特許文献2に記載のように、亀裂を除去した箇所に対して多層肉盛する補修を行う場合、レーザビームが照射された補修部位周辺の鋳鋼に熱が蓄積し、高温状態となる。そのため、オーステナイト系ステンレス鋳鋼に対して、レーザメタルデポジション法による補修を適用する場合、補修部位周辺の鋳鋼への熱影響を考慮する必要がある。
【0005】
そこで、本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、補修対象物たるオーステナイト系ステンレス鋳鋼をレーザメタルデポジション法によって補修するに際して、オーステナイト系ステンレス鋳鋼の耐食性の低下を抑制することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
以上の課題を解決するために、オーステナイト系ステンレス鋳鋼の表面の補修部位に対し、レーザビームを照射するとともに金属粉を噴射する第1の工程と、前記金属粉が前記レーザビームにより溶融されることにより前記補修部位に形成された溶融池の温度を検出する第2の工程と、検出された前記溶融池の温度に基づいて、前記レーザビームの強度を調整する第3の工程と、調整された前記強度のレーザビームの照射箇所及び前記金属粉の噴射箇所を、前記補修部位の形状に沿って移動させる第4の工程と、を有するオーステナイト系ステンレス鋳鋼の補修方法が提供される。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、レーザビームの強度が、検出された溶融池の温度に基づいて調整されることにより、補修部位周辺のオーステナイト系ステンレス鋳鋼が高温状態に保持されることを抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】レーザメタルデポジション装置の概略図である。
図2】レーザメタルデポジション装置の要部の概略図である。
図3】補修対象物の損傷部の周辺の断面の状態を工程順に示した工程図である。
図4】制御装置の処理のフローチャートである。
図5】制御装置の処理のフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態について説明する。以下に述べる実施形態には、本発明を実施するために技術的に好ましい種々の限定が付されているが、本発明の範囲を以下の実施形態及び図示例に限定するものではない。
【0010】
1. 補修対象物
補修対象物は、本発明の実施形態に係る補修方法を実施する対象である。補修対象物は、オーステナイト系ステンレス鋳鋼である。補修対象物には、異物の衝突又は経年劣化等で亀裂等が生じる。この亀裂等及びその周辺部を切削加工又はブラスト加工により除去することで、補修対象物に開先を形成する。亀裂は損傷部の一例である。開先は、補修部位に相当する。なお、開先を形成することなく、損傷部に対してそのまま、本実施形態に係る補修方法を適用してもよい。この場合、損傷部は、補修部位に相当する。
【0011】
たとえば、図1には、補修対象物たるインペラ80を示している。
インペラ80は、例えば、発電所内に設置された取水用のポンプ等に用いられる流体機器機である。本発明におけるインペラ80は、オーステナイト系ステンレス鋳鋼で構成されている。オーステナイト系ステンレス鋳鋼は、耐食性および加工硬化特性に優れることで知られている。
【0012】
図1において、インペラ80の羽根80aには、補修部位84がある。図2には、補修部位84を拡大して示している。本実施形態では、補修部位84が開先83である。
補修部位84としての開先83は、インペラ80の表面に形成された窪みである。開先83の形状は、開先83の底83aに向かって窄まった四角錐台型である。インペラ80の表面から開先83の底83aに向かう斜面83bの勾配αは、例えば、底83aに対して30°又は45°である。
【0013】
2. レーザメタルデポジション装置(LMD装置)
LMD装置は、レーザビームを補修対象物の補修部位に照射するとともに金属粉を補修部位に噴射することによって金属粉を溶融させて、溶接ビードを補修部位に形成する装置である。具体的には、レーザビームの照射箇所及び金属粉の照射箇所を補修部位の表面形状に沿って移動させることによって溶融池を変位させて、溶融池の軌跡となる溶接ビードを補修部位に形成する装置である。溶接ビードとは、レーザビームの通過後に溶融池が凝固したものである。
【0014】
図1及び図2は、本実施形態に係るLMD装置10の概略図である。
LMD装置10は、ホルダ11、ヘッド12、レーザドライバ15、非接触式温度センサ16、移動機構17、粉末供給機18、シールドガス供給機19及び制御装置20を備える。
【0015】
ホルダ11は、インペラ80を保持するための部材である。図1に示すように、ホルダ11は、インペラ80が載置される上面を有する台、テーブル又はトレーである。ホルダ11にインペラ80を載せ置き、図示しない固定具で固定する。なお、補修対象物を保持するためのホルダは図1の例のようなホルダ11に限らず、補修対象物を保持できればよく、補修対象物の種類又は形状に応じて様々なホルダを図1の例のホルダ11に代えて用いることができる。例えば、ホルダは、補修対象物を固定するチャックであってもよい。
【0016】
ヘッド12は、その先端12aからレーザビーム91を補修部位84に照射するための部材である。また、ヘッド12は、その先端12aからレーザビーム91の照射箇所に金属粉92を噴出するための部材である。噴出された金属粉92は、レーザビーム91に照射されることによって、加熱・溶融される。これにより、溶融池85がレーザビーム91の照射箇所に形成される。更に、ヘッド12は、その先端12aからレーザビーム91の照射箇所の周囲にシールドガス93を噴射する。
【0017】
ヘッド12は、ヘッド本体12e、レーザ光源12f及び光学系12gを有する。
ヘッド本体12eは先細りに設けられている。ヘッド本体12eの先端はヘッド12の先端12aに相当する。ヘッド本体12eの内部には、中空12bが形成されている。その中空12bは、ヘッド本体12eの先端において開口する。レーザ光源12fは、中空12b内においてヘッド本体12eに取り付けられて、中空12bの開口に向けられている。レーザ光源12fは、光ファイバを介して、電力回路等からなるレーザドライバ15に接続されている。レーザ光源12fは、レーザドライバ15によって駆動されることによって、中空12bの開口に向けてレーザビーム91を出射する。光学系12gは、中空12b内においてレーザ光源12fと中空12bの開口との間に配置されて、ヘッド本体12eに取り付けられている。光学系12gは、例えばコリメートレンズ及び集光レンズを有する。光学系12gは、レーザビーム91をコリメートした上で、そのレーザビーム91を補修部位84に集光する。これにより、レーザビーム91の集光スポットが補修部位84に形成される。レーザビーム91の集光スポットが形成される箇所は、レーザビーム91の照射箇所に相当する。
【0018】
ヘッド本体12eの内部には、粉末供給路12cが形成されている。粉末供給路12cは、ヘッド本体12eの先端において開口する。ヘッド本体12eの先端では、粉末供給路12cの開口が中空12bの開口の周囲に配置される。粉末供給路12cは、配管等を介して粉末供給機18に接続されている。粉末供給機18は、金属粉92を粉末供給路12cに供給する。そうすると、金属粉92は、粉末供給路12cを通って、ヘッド本体12eの先端における粉末供給路12cの開口から噴出される。金属粉92が噴射される噴射箇所は、レーザビーム91の集光スポットが形成される箇所である。そのため、噴出された金属粉92は、レーザビーム91の集光スポットにおいてレーザビーム91によって加熱・溶融される。これにより、溶融池85が補修部位84に形成される。
【0019】
金属粉92は、鉄鋼、ステンレス鋼その他の金属材料からなる。中でも、オーステナイト系ステンレス鋼材が好ましい。オーステナイト系ステンレス鋼材は、耐食性および加工硬化特性に優れている。さらにその中でも、補修部位であるオーステナイト系ステンレス鋳鋼よりも炭素含有率が小さいオーステナイト系ステンレス鋼材であることが好ましく、特に、炭素含有率が0.03%以下の低炭素のオーステナイト系ステンレス鋼材が好ましい。金属粉92を低炭素のオーステナイト系ステンレス鋼材とすることで、金属粉92中または基材であるインペラ80中のクロムと反応可能な炭素が少なくなるため、クロム欠乏領域の発生を抑制でき、結果、インペラ80の補修部位の耐食性が低下することを抑制可能となる。オーステナイト系ステンレス鋼材としては、具体的にはSUS304、SUS316又はSUS316L等が挙げられ、低炭素なオーステナイト系ステンレス鋼材としては、SUS316L等が挙げられる。
【0020】
ヘッド本体12eの内部には、ガス供給路12dが形成されている。ガス供給路12dは、ヘッド本体12eの先端において開口する。ヘッド本体12eの先端では、ガス供給路12dの開口が粉末供給路12cの開口の周囲に配置される。ガス供給路12dは、配管等を介してシールドガス供給機19に接続されている。シールドガス供給機19は、シールドガス93をガス供給路12dに供給する。そうすると、シールドガス93は、ガス供給路12dを通って、ヘッド本体12eの先端におけるガス供給路12dの開口から噴出される。噴出されたシールドガス93は、溶融池85の周囲のインペラ80の表面に吹き付けられる。噴出されたシールドガス93は、周辺の空気から溶融池85を遮蔽して、溶融池85の溶融金属の酸化或いは窒化等の反応を抑制する。シールドガス93はアルゴンガス等の不活性ガスである。
【0021】
ヘッド12は、移動機構17に取り付けられている。
移動機構17は、例えばマニピュレータ又はXYZ走査機構である。この移動機構17は、ヘッド12の先端12aを補修部位84の表面形状に沿わせるようにして、インペラ80に対して相対的にヘッド12を移動させる。移動機構17がヘッド12を移動させることによって、レーザビーム91の照射箇所及び金属粉92の噴射箇所が補修部位84の表面形状に沿って変位する。これにより、溶融池85の形成位置が補修部位84の表面形状に沿って変位する。レーザビーム91の通過後に溶融池85が凝固して、溶融池85が溶接ビード86になる。
【0022】
非接触式温度センサ16は、溶融池85の温度を検出するための部材である。非接触式温度センサ16は、レーザビーム91の照射箇所及び金属粉92の噴射箇所から離れた位置においてレーザビーム91の照射箇所及び金属粉92の噴射箇所に向けられた状態となって、移動機構17に取り付けられている。非接触式温度センサ16は、移動機構17によって、インペラ80に対して相対的にヘッド12と一緒に移動する。これにより、溶融池85の形成位置が変位しても、非接触式温度センサ16が溶融池85から離れた位置から溶融池85の温度を検出する。非接触式温度センサ16は、配線等を介して制御装置20に接続されている。非接触式温度センサ16は、検出された温度に応じた信号を制御装置20に出力する。
【0023】
制御装置20は、インターフェース回路、駆動回路及びコンピューター等を有する。制御装置20は、配線等を介してレーザドライバ15、非接触式温度センサ16、粉末供給機18、シールドガス供給機19に接続されている。
【0024】
制御装置20は、非接触式温度センサ16によって出力された信号が入力されることにより、非接触式温度センサ16によって検出された溶融池85の温度を周期的に取得する。制御装置20は、非接触式温度センサ16によって検出された温度に基づいてレーザドライバ15の出力をフィードバック制御することによって、溶融池85の温度を一定の設定温度に維持するように、レーザ光源12fによって出射されるレーザビーム91の強度を調整する。
【0025】
制御装置20は、粉末供給機18を制御して、粉末供給機18を作動させたり、停止させたり、粉末供給機18が単位時間当たりに供給する粉末供給量を調整したりする。
【0026】
制御装置20は、シールドガス供給機19を制御して、シールドガス供給機19を作動させたり、シールドガス供給機19を停止させたり、シールドガス供給機19が供給するシールドガス93の供給流量又は供給圧を調整したりする。
【0027】
制御装置20は、コンピューターの記憶装置に記録された経路プログラムに従って移動機構17を制御して、ヘッド12の先端12aが経路プログラムに設定された経路をなぞるようなヘッド12及び非接触式温度センサ16の移動を移動機構17に行わせる。なお、操縦器が制御装置20に接続され、作業者が操縦器を操作することによって制御装置20が操縦器の出力信号に従って移動機構17を制御し、ヘッド12及び非接触式温度センサ16の移動を移動機構17に行わせてもよい。
【0028】
2. 補修方法
図3(a)~図3(e)、図4及び図5を参照して、インペラ80の補修方法について説明する。この例では、インペラ80に損傷部81が発生しているとする。ここで、図3(a)~図3(e)は、インペラ80の損傷部81の周辺の断面の状態を工程順に示した工程図である。図4及び図5は、制御装置20の処理のフローチャートである。
【0029】
(1) 開先加工工程
作業者は、インペラ80を切削加工機にセットする。切削加工機は、インペラ80の表面に生じた凹み又は亀裂等の損傷部81の周辺部82(図3(a))を取り除き、図3(b)に示すように開先83を形成する。ここで、開先83の形状は、開先83の底83aに向かって窄まった四角錐台型である。インペラ80の表面から開先83の底83aに向かう斜面83bの勾配αは、例えば、底83aに対して30°又は45°である。
【0030】
(2) レーザメタルデポジション工程
開先加工後、作業者がインペラ80をLMD装置10のホルダ11に装着する。そして、LMD装置10が始動する。そうすると、制御装置20は、ヘッド12及び非接触式温度センサ16をインペラ80の開先83の近傍にまで移動させることと、ヘッド12の先端12a及び非接触式温度センサ16を開先83の底83aに向けることを移動機構17に行わせる(ステップS1)。
【0031】
その後、制御装置20は、単位時間当たり一定の量の金属粉92の供給を粉末供給機18に行わせる(ステップS2)。また、制御装置20は、シールドガス93の供給をシールドガス供給機19に行わせる(ステップS3)。ステップ2及びステップ3の処理を同時に実行することにより、金属粉92及びシールドガス93は、ヘッド12の先端12aから開先83内のインペラ80の表面に向けて噴出される。
【0032】
また、制御装置20は、レーザ光源12fの駆動をレーザドライバ15に行わせる(ステップS4)。そうすると、レーザ光源12fが点灯してレーザビーム91を出射して、レーザビーム91がヘッド12の先端12aから開先83内のインペラ80の表面に向けて照射される。その結果、図2に示すように、噴射された金属粉92がレーザビーム91によって加熱及び溶融されて、金属粉92が溶融した溶融池85が開先83内のインペラ80の表面に形成される。
【0033】
レーザビーム91の照射中、制御装置20は、非接触式温度センサ16によって検出された溶融池85の温度に基づいてレーザドライバ15の出力をフィードバック制御して、溶融池85の温度を一定の設定温度に維持するようにレーザビーム91の強度を調整する(ステップS5)。
【0034】
図5は、フィードバック制御の具体的な処理の流れを示したチャートである。まず、制御装置20は、非接触式温度センサ16によって検出された溶融池85の温度を取得する(ステップS51)。次に、制御装置20は、非接触式温度センサ16によって検出された温度を所定の設定温度と比較する(ステップS52)。
比較の結果、制御装置20は、非接触式温度センサ16によって検出された温度が設定温度を超えていると判断した場合、レーザドライバ15がレーザ光源12fに供給する出力を低下させる(ステップS53)。これにより、レーザビーム91の強度が低下するため、溶融池85の温度も低下する。
一方、比較の結果、制御装置20は、非接触式温度センサ16によって検出された溶融池85の温度が設定温度で未満であると判断した場合、レーザドライバ15がレーザ光源12fに供給する出力を上昇させる(ステップS54)。これにより、レーザビーム91の強度が増大し、溶融池85の温度も上昇する。
なお、比較の結果、制御装置20は、非接触式温度センサ16によって検出された溶融池85の温度が設定温度に等しいと判断した場合、レーザドライバ15の出力を変更せずに維持する(ステップS55)。
【0035】
以後、制御装置20は、非接触式温度センサ16によって検出された温度を周期的に取得する(ステップS51)。そして、制御装置20は、非接触式温度センサ16によって検出された溶融池85の温度を取得する度に、ステップS52の比較処理及びステップS53、S54又はS55の調整処理を実行する。よって、溶融池85の温度の変化に応じて、レーザビーム91の強度が調整されるため、溶融池85の温度が設定温度に維持される。
【0036】
制御装置20は、フィードバック制御と並行して、移動機構17を制御する(ステップS6)。具体的には、制御装置20は、ヘッド12の先端12aが経路プログラムに設定された経路をなぞるようなヘッド12及び非接触式温度センサ16の移動を移動機構17に行わせる(ステップS6)。これにより、強度が調整されたレーザビーム91の照射箇所及び金属粉92の噴射箇所が変位し、溶融池85が変位する。
【0037】
ステップS6におけるヘッド12の先端12a及び非接触式温度センサ16の移動について、具体的に説明する。まず、制御装置20は、ヘッド12の先端12a及び非接触式温度センサ16が開先83の底83aに沿うようなヘッド12及び非接触式温度センサ16の移動を移動機構17に行わせる。その結果、図3(c)に示すように一層目の溶接ビード層87aが開先83の底83aに形成される。その後、制御装置20は、ヘッド12の先端12a及び非接触式温度センサ16が一層目の溶接ビード層87aから離れるようなヘッド12及び非接触式温度センサ16の移動を移動機構17に行わせる。ヘッド12の先端12a及び非接触式温度センサ16が一層目の溶接ビード層87aから離れる移動距離は、溶接ビード層の一層分の厚さに相当する。その後、制御装置20は、ヘッド12の先端12a及び非接触式温度センサ16が一層目の溶接ビード層87aの表面に沿うようなヘッド12及び非接触式温度センサ16の移動を移動機構17に行わせる。その結果、図3(d)に示すように二層目の溶接ビード層87bが一層目の溶接ビード層87aの上に形成される。以上のように制御装置20が移動機構17を制御することによって、複数の溶接ビード層(図3(e)に示す例では、三層の溶接ビード層87a~87c)が開先83の底83aから順に堆積されて、これら溶接ビード層からなる肉盛り87が開先83内に埋め込まれる。
【0038】
肉盛り87の形成後、LMD装置10が停止する。そして、作業者がインペラ80をLMD装置10のホルダ11から取り外す。
【0039】
(3) 表面処理工程
レーザメタルデポジション工程後、図3(f)に示すように、研削機が肉盛り87のうち開先83から盛り上がった部分を研削して、肉盛り87の表面をインペラ80の表面と面一にする。
【0040】
3. 有利な効果
(1) 本実施形態に係る補修方法では、ヘッド12がオーステナイト系ステンレス鋳鋼たるインペラ80の表面の補修部位84に対してレーザビーム91を照射するとともに金属粉92を噴射し、非接触式温度センサ16がレーザビーム91により溶融された金属粉92の溶融池85の温度を検出し、制御装置20が非接触式温度センサ16により検出された溶融池85の温度に基づいてレーザビーム91の強度を調整し、移動機構17がレーザビーム91の照射箇所及び金属粉92の噴射箇所を補修部位84の形状に沿って移動させる。レーザビーム91の照射箇所及び金属粉92の噴射箇所の移動に伴い、直前に形成された溶融池85は冷却されて凝固し、次の溶融池85が形成される。つまり、時間の経過とともに、溶融池85の位置は移動する。
レーザビーム91の照射により形成された溶融池85は、溶接肉盛りにより形成された溶融池よりもスポットサイズが小さく溶融深さが浅いため、比較的速やかに冷却される。それゆえ、直前に形成された溶融池85の温度に基づいてレーザビーム91の強度を調整することで、過度の熱エネルギーが補修部位周辺のオーステナイトステンレス鋳鋼からなるインペラ80に滞留することを防ぐことができる。こうして、補修部位周辺のオーステナイト系ステンレス鋳鋼からなるインペラ80が、500℃以上の高温状態で保持されないように調整することができるため、インペラ80の耐食性が低下することを抑制可能となる。また、過度の熱エネルギーが補修部位周辺に加わらないようにすることにより、インペラ80が受ける熱影響が大きくならないため、インペラ80の熱変形も抑制可能となる。
更に、溶融池85の温度に基づいてレーザビーム91の強度が調整されることにより、溶融池85の温度が低くなりすぎることを防ぐことができるため、レーザビーム91の照射箇所の変位速度に関わらず、金属粉92が適切な温度で溶融する上、溶融池85と母材との間の界面近傍において母材が適度に溶融する。よって、肉盛り87が良好に形成される。
レーザビーム91の照射箇所及び金属粉92の噴射箇所の移動により溶融池85が移動するところ、溶融池85は何れの位置でも一定の温度に保たれるように調整することもできる。この場合、形成される肉盛り87はどの部分でも均一な熱的影響を受けて、均一な性質及び組織になりやすい。例えば、肉盛り87は局部的な析出或いは欠陥が発生しにくい。
形成される肉盛り87はオーステナイト系ステンレス鋼材であり、インペラ80もオーステナイト系ステンレス鋳鋼であるため、肉盛り87とインペラ80の親和性が高い。よって、肉盛り87とインペラ80の接合強度が高い。
【0041】
(2) 本実施形態に係る補修方法では、非接触式温度センサ16により検出された溶融池95の温度が設定温度に等しい場合、制御装置20がレーザビーム91の強度を維持するようレーザドライバ15の出力を調整することで、レーザビーム91の強度を調整する。非接触式温度センサ16により検出された溶融池95の温度が設定温度を超える場合、制御装置20がレーザビーム91の強度を低下させるようレーザドライバ15の出力を調整することで、レーザビーム91の強度を調整する。非接触式温度センサ16により検出された溶融池95の温度が設定温度未満である場合、制御装置20がレーザビーム91の強度を増大させるようレーザドライバ15の出力を調整することで、レーザビーム91の強度を調整する。
そのため、溶融池85の温度が設定温度から変化しても、レーザビーム91の強度の調整により溶融池85の温度が設定温度に元に戻る。このようにして、溶融池85の温度は一定に維持される。
【0042】
(3) 本実施形態に係る補修方法では、インペラ80の表面に生じた損傷部81の周辺の部分が除去されて、補修部位84としての四角錐台型の開先83がインペラ80の表面に形成される。
損傷部81の周辺部82を取り除いたため、レーザビーム91を開先83内の表面に照射しやすい。よって、レーザメタルデポジション法による補修を容易に行える。
開先83が四角錐台型であることから、開先83の底83aが平坦である。そのため、溶融池85の溶融金属が開先83の底83aに濡れやすい。よって、肉盛り87と開先83の底83aとの間の界面にボイドが生じにくく、良好な肉盛り87が形成される。
開先83が四角錐台型であることから、開先83の底83aと斜面83bによって挟まれる角が鈍角となる。そのため、溶融池85の溶融金属がその角に入り込みやすい。よって、その角にボイドが生じにくく、良好な肉盛り87が形成される。
【0043】
(4) 本実施形態に係る補修方法では、一例として、開先83の斜面83bの勾配αが20°~70°である。
勾配αが20°以上であることにより、インペラ80の表面における開先83の開口面積が大きくなり過ぎず、加熱範囲が狭くなる。よって、インペラ80への入熱量が少なく、インペラ80の熱変形が抑えられる。また、勾配αが70°以下、好ましくは45°以下であることにより、溶融地85の溶融金属が、開先83の底83aと斜面83bによって挟まれる角に入り込みやすくなり、ボイドがより生じにくくなるため、良好な肉盛り87が形成される。
【0044】
(5) 本実施形態に係る補修方法では、一例として、金属粉92がオーステナイト系ステンレス鋼材である。よって、肉盛り87とインペラ80の親和性が高く、肉盛り87とインペラ80の接合強度が高い。
【0045】
(6) 本実施形態にかかる補修方法では、一例として、金属粉92は、補修部位であるオーステナイト系ステンレス鋳鋼よりも炭素含有率が小さいオーステナイト系ステンレス鋼材である。
金属粉92中の炭素含有率が補修部位であるオーステナイト系ステンレス鋳鋼の炭素含有率よりも少ないことにより、仮に、補修部位周辺のオーステナイト系ステンレス鋳鋼が高温状態になったとしても、オーステナイト系ステンレス鋳鋼中のクロムと反応可能な炭素が少ないため、クロム欠乏領域の発生を抑制でき、結果、インペラ80の耐食性が低下すること抑制可能となる。
(7) 本実施形態にかかる補修方法では、一例として、金属粉92は、炭素含有率が0.03%以下であるオーステナイト系ステンレス鋼材である。
金属粉92中の炭素含有率が0.03%以下であることにより、仮に、補修部位周辺のオーステナイト系ステンレス鋳鋼が高温状態になったとしても、オーステナイト系ステンレス鋳鋼中のクロムと反応可能な炭素が少ないため、クロム欠乏領域の発生を抑制でき、結果、インペラ80の耐食性が低下すること抑制可能となる。
【0046】
4. 変形例
上記実施形態では、損傷部81が小さいため、損傷部81の周辺部82を取り除いて開先83をインペラ80に形成した。それに対して、凹状の損傷部81が大きく、損傷部81内のインペラ80の表面が滑らかであれば、開先83を形成しなくてもよい。この場合、損傷部81が補修部位84に相当する。また、レーザビーム91の照射中、制御装置20が経路プログラムに従って移動機構17を制御し、損傷部81の表面形状に沿ってヘッド12の先端12a及び非接触式温度センサ16の移動を移動機構17に行わせる。
【0047】
また、上記実施形態では、開先83を四角錐台型に形成した。それに対して、開先83を他の形状(例えば、半球型、半楕円体型、円錐台型)に形成してもよい。
【符号の説明】
【0048】
80…インペラ(オーステナイト系ステンレス鋳鋼)
81…損傷部
82…周辺部
83…開先
83a…開先の底
84…補修部位
85…溶融池
87…肉盛り
91…レーザビーム
92…金属粉
図1
図2
図3
図4
図5