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特開2024-142835制御装置、制御方法、制御プログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024142835
(43)【公開日】2024-10-11
(54)【発明の名称】制御装置、制御方法、制御プログラム
(51)【国際特許分類】
   G05B 11/36 20060101AFI20241003BHJP
【FI】
G05B11/36 501B
G05B11/36 505A
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023055186
(22)【出願日】2023-03-30
(71)【出願人】
【識別番号】000133526
【氏名又は名称】株式会社チノー
(74)【代理人】
【識別番号】100067323
【弁理士】
【氏名又は名称】西村 教光
(74)【代理人】
【識別番号】100124268
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 典行
(72)【発明者】
【氏名】尾島 大樹
(72)【発明者】
【氏名】今村 藍介
(72)【発明者】
【氏名】牛田 大貴
(72)【発明者】
【氏名】桜井 智広
【テーマコード(参考)】
5H004
【Fターム(参考)】
5H004GA02
5H004GA03
5H004HA01
5H004HA02
5H004JA03
5H004KB02
5H004KB04
5H004KB06
5H004KC38
5H004MA12
(57)【要約】
【課題】測定値の揺れを抑えたり、最終目標値に収束までの時間を短縮する。
【解決手段】PID値、二自由度係数、微分ゲイン係数をパラメータ設定部2にて設定し、目標値変化率算出部5が目標値変化率を算出し、ベース時定数算出部6がPID値の微分時間または積分時間を使用したベース時定数を算出し、時定数算出部7がベース時定数と二自由度係数に基づいて時定数を算出し、オフセット算出部8が二自由度係数、ベース時定数、目標値変化率に基づいてオフセットを算出する。目標値フィルタ部9は、制御周期ごとに目標値を更新し、更新後の目標値と最終目標値との差である目標値差がオフセットに到達したか否かを判定し、目標値差がオフセットに到達したと判定したときに更新後の目標値と更新後の目標値に1次遅れフィルタを付加した目標値のうち値の小さい方を目標値フィルタ処理後の目標値として選択出力する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
制御対象の物理量の測定値が最終目標値になるように前記制御対象をランプ制御する制御装置において、
PID値、二自由度係数、微分ゲイン係数を設定するパラメータ設定部と、
目標値変化率を算出する目標値変化率算出部と、
前記PID値の微分時間または積分時間を使用したベース時定数を算出するベース時定数算出部と、
前記ベース時定数と前記二自由度係数に基づいて時定数を算出する時定数算出部と、
前記二自由度係数、前記ベース時定数、前記目標値変化率に基づいてオフセットを算出するオフセット算出部と、
予め決められた制御周期ごとに目標値を更新する目標値更新処理部と、該目標値更新処理部による更新後の目標値と前記最終目標値との差である目標値差が前記オフセットに到達したか否かを判定するオフセット判定部と、前記目標値差が前記オフセットに到達したと判定したときに前記更新後の目標値と該更新後の目標値に1次遅れフィルタを付加した目標値のうち値の小さい方を目標値フィルタ処理後の目標値として選択出力するセレクタとを含む目標値フィルタ部と、
前記目標値フィルタ処理後の目標値と前記測定値との差を偏差として演算する偏差演算部と、
前記偏差に基づいて前記制御対象の物理量を制御するための操作量を算出するPID制御部と、を備えたことを特徴とする制御装置。
【請求項2】
制御対象の物理量の測定値が最終目標値になるように前記制御対象をランプ制御する制御方法において、
PID値、二自由度係数、微分ゲイン係数を設定するステップと、
目標値変化率を算出するステップと、
前記PID値の微分時間または積分時間を使用したベース時定数を算出するステップと、
前記ベース時定数と前記二自由度係数に基づいて時定数を算出するステップと、
前記二自由度係数、前記ベース時定数、前記目標値変化率に基づいてオフセットを算出するステップと、
予め決められた制御周期ごとに目標値を更新するステップと、
前記更新後の目標値と前記最終目標値との差である目標値差が前記オフセットに到達したか否かを判定するステップと、
前記目標値差が前記オフセットに到達したと判定したときに前記更新後の目標値と該更新後の目標値に1次遅れフィルタを付加した目標値のうち値の小さい方を目標値フィルタ処理後の目標値として選択出力するステップと、
前記目標値フィルタ処理後の目標値と前記測定値との差を偏差として演算するステップと、
前記偏差に基づいて前記制御対象の物理量を制御するための操作量を算出するステップと、を含むことを特徴とする制御方法。
【請求項3】
制御対象の物理量の測定値が最終目標値になるように前記制御対象をランプ制御するときに、
コンピュータを、
PID値、二自由度係数、微分ゲイン係数を設定するパラメータ設定部と、
目標値変化率を算出する目標値変化率算出部と、
前記PID値の微分時間または積分時間を使用したベース時定数を算出するベース時定数算出部と、
前記ベース時定数と前記二自由度係数に基づいて時定数を算出する時定数算出部と、
前記二自由度係数、前記ベース時定数、前記目標値変化率に基づいてオフセットを算出するオフセット算出部と、
予め決められた制御周期ごとに目標値を更新する目標値更新処理部と、該目標値更新処理部による更新後の目標値と前記最終目標値との差である目標値差が前記オフセットに到達したか否かを判定するオフセット判定部と、前記目標値差が前記オフセットに到達したと判定したときに前記更新後の目標値と該更新後の目標値に1次遅れフィルタを付加した目標値のうち値の小さい方を目標値フィルタ処理後の目標値として選択出力するセレクタとを含む目標値フィルタ部と、
前記目標値フィルタ処理後の目標値と前記測定値との差を偏差として演算する偏差演算部と、
前記偏差に基づいて前記制御対象の物理量を制御するための操作量を算出するPID制御部として機能させることを特徴とする制御プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば電気炉、ガス炉などの制御対象の物理量(温度、流量など)をランプ制御する制御装置、制御方法、制御プログラムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、ランプ制御において、通常のランプSV(勾配目標値)で制御させようとすると、図6の点線で示すように、PV(測定値)が最終目標値SV1を超えてオーバーシュートが発生するという問題があった。特に、熱処理の分野においては、オーバーシュートがワーク(材料)の特性を変化させるため、極力発生させないことが望ましい。
【0003】
そこで、上記課題を解消する従来技術として、一次遅れフィルタをランプSVに付加してSV(目標値)の変化を遅らせ、オーバーシュートを抑制する機能が使われている。なお、一次遅れフィルタとしては、例えば下記特許文献1に開示される目標値フィルタが知られている。
【0004】
目標値フィルタの基本式は、τ:時定数[s]、SV(s):目標値、SVF(s):目標値フィルタ処理後の目標値とすると、SVF(s)=(1/(1+τs))SV(s)…式(1)で表すことができる。
【0005】
式(1)において、1/(1+τs)は信号処理分野の一次遅れ要素を表している。sはラプラス演算子であり、微分と同じ意味を持つ。1/sは積分を表す。式(1)はランプSVに一次遅れ要素を追加して、SVの変化を遅らせている。一次遅れ要素を付加したSVのことを目標値フィルタ処理後のSVとして、SVFと表す。この処理全般のことを目標値フィルタまたは目標値フィルタ演算と呼ぶ。
【0006】
従来技術では、ランプ関数のSVに対して式(1)の一次遅れフィルタをかけることで、SVを図7(a),(b)に示すように遅らせている。図7(b)において、点Pで目標値フィルタによる一次遅れフィルタの処理を開始し、SVの変化を遅らせてからSVが最終目標値SV1に到達するようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第6965516号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上述した従来技術の目標値フィルタでは、オーバーシュートを抑制することはできるが、ランプSVに一次遅れ要素を付加するため遅れ要素が増えてしまう。ここで、ランプ関数は、下記式(2)のように、1/s2 の遅れ要素を含んでおり、下記式(3)のステップ関数と比較して、遅れ要素を多く含む。そのため、従来技術のように、ランプ関数のSVに対して一次遅れフィルタをかけると、SVFの変化がより遅れることになる。
【0009】
ランプ関数のラプラス変換式:Fγ(s)=1/s2 …式(2)、ステップ関数のラプラス変換式:Fs(s)=1/s…式(3)
【0010】
その結果、測定値(PV)の揺れの原因となったり、最終目標値に収束するまでに時間を要するという問題があった。
【0011】
そこで、本発明は上記問題点に鑑みてなされたものであって、測定値の揺れを抑えたり、最終目標値に収束までの時間を短縮することができる制御装置、制御方法、制御プログラムを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するため、本発明の請求項1に記載された制御装置は、制御対象の物理量の測定値が最終目標値になるように前記制御対象をランプ制御する制御装置において、
PID値、二自由度係数、微分ゲイン係数を設定するパラメータ設定部と、
目標値変化率を算出する目標値変化率算出部と、
前記PID値の微分時間または積分時間を使用したベース時定数を算出するベース時定数算出部と、
前記ベース時定数と前記二自由度係数に基づいて時定数を算出する時定数算出部と、
前記二自由度係数、前記ベース時定数、前記目標値変化率に基づいてオフセットを算出するオフセット算出部と、
予め決められた制御周期ごとに目標値を更新する目標値更新処理部と、該目標値更新処理部による更新後の目標値と前記最終目標値との差である目標値差が前記オフセットに到達したか否かを判定するオフセット判定部と、前記目標値差が前記オフセットに到達したと判定したときに前記更新後の目標値と該更新後の目標値に1次遅れフィルタを付加した目標値のうち値の小さい方を目標値フィルタ処理後の目標値として選択出力するセレクタとを含む目標値フィルタ部と、
前記目標値フィルタ処理後の目標値と前記測定値との差を偏差として演算する偏差演算部と、
前記偏差に基づいて前記制御対象の物理量を制御するための操作量を算出するPID制御部と、を備えたことを特徴とする。
【0013】
本発明の請求項2に記載された制御方法は、制御対象の物理量の測定値が最終目標値になるように前記制御対象をランプ制御する制御方法において、
PID値、二自由度係数、微分ゲイン係数を設定するステップと、
目標値変化率を算出するステップと、
前記PID値の微分時間または積分時間を使用したベース時定数を算出するステップと、
前記ベース時定数と前記二自由度係数に基づいて時定数を算出するステップと、
前記二自由度係数、前記ベース時定数、前記目標値変化率に基づいてオフセットを算出するステップと、
予め決められた制御周期ごとに目標値を更新するステップと、
前記更新後の目標値と前記最終目標値との差である目標値差が前記オフセットに到達したか否かを判定するステップと、
前記目標値差が前記オフセットに到達したと判定したときに前記更新後の目標値と該更新後の目標値に1次遅れフィルタを付加した目標値のうち値の小さい方を目標値フィルタ処理後の目標値として選択出力するステップと、
前記目標値フィルタ処理後の目標値と前記測定値との差を偏差として演算するステップと、
前記偏差に基づいて前記制御対象の物理量を制御するための操作量を算出するステップと、を含むことを特徴とする。
【0014】
本発明の請求項3に記載された制御プログラムは、制御対象の物理量の測定値が最終目標値になるように前記制御対象をランプ制御するときに、
コンピュータを、
PID値、二自由度係数、微分ゲイン係数を設定するパラメータ設定部と、
目標値変化率を算出する目標値変化率算出部と、
前記PID値の微分時間または積分時間を使用したベース時定数を算出するベース時定数算出部と、
前記ベース時定数と前記二自由度係数に基づいて時定数を算出する時定数算出部と、
前記二自由度係数、前記ベース時定数、前記目標値変化率に基づいてオフセットを算出するオフセット算出部と、
予め決められた制御周期ごとに目標値を更新する目標値更新処理部と、該目標値更新処理部による更新後の目標値と前記最終目標値との差である目標値差が前記オフセットに到達したか否かを判定するオフセット判定部と、前記目標値差が前記オフセットに到達したと判定したときに前記更新後の目標値と該更新後の目標値に1次遅れフィルタを付加した目標値のうち値の小さい方を目標値フィルタ処理後の目標値として選択出力するセレクタとを含む目標値フィルタ部と、
前記目標値フィルタ処理後の目標値と前記測定値との差を偏差として演算する偏差演算部と、
前記偏差に基づいて前記制御対象の物理量を制御するための操作量を算出するPID制御部として機能させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、SV(目標値)の切替タイミングでSVをステップ変化させて遅れ要素を減らすことにより、測定値の揺れを抑えたり、最終目標値に収束までの時間を短縮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明に係る制御装置の全体構成を示すブロック図である。
図2図1の目標値フィルタ部の内部構成を示す図である。
図3図1のPID制御部の内部構成を示す図である。
図4】(a),(b)本発明の目標値フィルタ部による改良前後の説明図である。
図5】本発明の目標値フィルタ部による目標値フィルタ開始条件を示す説明図である。
図6】従来のランプ制御における問題点の説明図である。
図7】(a),(b)一次遅れフィルタをランプSVに付加したときの従来技術の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を実施するための形態について、添付した図面を参照しながら詳細に説明する。
【0018】
図1に示すように、本実施の形態の制御装置1は、例えば電気炉、ガス炉、電磁弁などを制御対象Wとして物理量(温度、流量など)を所定の目標値変化率でランプ制御するものであり、パラメータ設定部2、入力部3、目標値設定部4、目標値変化率算出部5、ベース時定数算出部6、時定数算出部7、オフセット算出部8、目標値フィルタ部9、偏差演算部10、PID制御部11、出力部12、操作器13を備えて概略構成される。
【0019】
なお、本実施の形態では、図1に示すように、ヒータW1(プロセス)と温度センサW2(物理量を検出するセンサ)を備えた電気炉を制御対象Wとし、制御装置1により電気炉の温度(物理量)をランプ制御する場合を例にとって説明する。
【0020】
パラメータ設定部2は、制御対象Wのランプ制御に必要な各種パラメータとして、PID値(比例帯Pb、積分時間Ti、微分時間Td)、二自由度係数β、γ、微分ゲイン係数ηを設定する。本実施の形態の制御装置1は、ユーザが各種パラメータの値を設定し、その値に従って動作する。
【0021】
入力部3は、温度センサW2からの検出信号を取得して温度に変換し、変換した温度の測定値PVを偏差演算部10に出力する。
【0022】
目標値設定部4は、目標値SV(開始目標値SV0、最終目標値SV1)、開始目標値SV0から最終目標値SV1までの区間時間tを設定する。
【0023】
目標値変化率算出部5は、目標値設定部4にて設定された開始目標値SV0、最終目標値SV1、区間時間tに基づいて目標値変化率ΔSV=(最終目標値SV1-開始目標値SV0)÷区間時間tを算出し、算出した目標値変化率ΔSVをオフセット算出部8に出力する。
【0024】
ベース時定数算出部6は、微分時間をもとにしたベース時定数τ’を下記式(4)にて算出し、算出したベース時手数τ’を時定数算出部7に出力する。
【0025】
τ’=Pb(Td/(1+ηTd))…式(4)なお、式(4)において、τ’:ベース時定数[s]、Pb:比例帯[%]、Td:微分時間[s]、η:微分ゲイン係数である。
【0026】
式(4)は微分時間Tdを使用したベース時定数τ’の算出方法を示している。微分時間Td、積分時間Tiは制御対象Wの時間要素と関係のあるパラメータである。熱処理分野において、応答の速いプロセスでは微分時間Td、積分時間Tiが小さくなり、応答が遅いプロセスでは微分時間Td、積分時間Tiが大きくなる。
【0027】
また、一般的に微分ゲイン係数ηは、PID制御の不完全微分で使われているパラメータである。熱処理分野のPID制御では完全微分ではなく、完全微分に一次遅れ要素を付加した不完全微分が使われている。このときの一次遅れ要素の大小を決定するのが、微分ゲイン係数ηである。そのため、上記式(4)では、微分時間Tdと微分に関係のある微分ゲイン係数ηで時定数を表している。
【0028】
比例帯PbはPID制御のPパラメータである。一般的に、応答が速いプロセスを制御するときはPが小さくなり、応答が遅いプロセスを制御するときはPが大きくなる。また、応答が速いプロセスのときは時定数が小さくなり、応答が遅いプロセスのときは時定数が大きくなる。これにより、Pbと時定数には線形関係があり、この対応を式に反映させている。
【0029】
なお、ベース時定数算出部6は、積分時間Tiをもとにしたベース時定数τ’を下記式(5)にて算出することもできる。
【0030】
τ’=Pb(Ti/(1+Ti))…式(5)なお、式(5)において、τ’:ベース時定数[s]、Pb:比例帯[%]、Ti:積分時間[s]である。
【0031】
上記式(5)は積分時間Tiを使用したベース時定数τ’の算出方法を示しており、微分を使ったものと比べて微分ゲイン係数ηを排除している。それ以外は微分時間Tdの式(4)と同等である。
【0032】
時定数算出部7は、ベース時定数算出部6にて算出したベース時定数τ’と、パラメータ設定部2にて設定された二自由度係数β,γから時定数τを下記式(6)にて算出し、算出した時定数τを目標値フィルタ部9に出力する。
【0033】
τ=βγτ’…式(6)なお、式(6)において、τ:時定数[s]、τ’:ベース時定数[s]、β:二自由度係数、γ:二自由度係数である。
【0034】
背景技術の欄で説明した目標値フィルタの基本式である式(1)の一次遅れ要素の遅れ量を決定するのが時定数τである。時定数τが大きいとSV(目標値)はゆっくり変化し、最終的にSVへ収束する。時定数τが小さいとSVに速く収束する。二自由度係数β,γはPID制御の分野ではよく使われている用語である。二自由度とはパラメータを増やし、設定の自由度を上げることである。
【0035】
なお、目標値フィルタの基本式である式(1)は、後退差分法の下記式(2)を用いて下記式(3)の離散式に変換することができる。
【0036】
式(2)は信号処理分野では一般的に使われている後退差分法を表している。この処理は、アナログデータをデジタルデータへ変換している。この内容は一般論である。
【0037】
また、式(1)のアナログデータ式を式(2)の後退差分法で解くと、下記式(3)のデジタルデータ式に変換される。この内容は一般論である。
【0038】
s=(1-Z-1)/ΔT…式(2)なお、Z-1:遅延演算子、ΔT:サンプリング周期[s]である。
【0039】
svf(n)=(ΔT・sv(n))/(ΔT+τ)+(τ・svf(n-1)/(ΔT+τ)…式(3)なお、τ:時定数[s]、ΔT:サンプリング周期[s]、sv(n):現在のSV、svf(n):現在のSVF、svf(n-1):前回のSVFである。
【0040】
二自由度係数βは時定数τに影響を与えるパラメータであり、時定数τのパラメータ調整をするときに使う。二自由度係数γは時定数τと後述のフィルタ開始オフセットOffsetに影響を与えるパラメータであり、時定数τとフィルタ開始オフセットOffsetのパラメータ調整をするときに使う。
【0041】
オフセット算出部8は、ベース時定数算出部6にて算出したベース時定数τ’と、パラメータ設定部2にて設定された二自由度係数γと、目標値変化率算出部5にて算出した目標値変化率ΔSVからフィルタ開始オフセットOffsetを下記式(7)にて算出し、算出したフィルタ開始オフセットOffsetを目標値フィルタ部9に出力する。
【0042】
Offset=γτ’ΔSV…式(7)なお、式(7)において、γ:二自由度係数、τ’:ベース時定数[s]、ΔSV:目標値変化率である。
【0043】
フィルタ開始オフセットOffsetは目標値フィルタ演算を開始する温度を表している。終了目標値SV1からOffsetを引いた値が目標値フィルタ演算の開始温度となる。ランプSV(勾配目標値)が目標値フィルタ演算開始温度まで達すると目標値フィルタ演算が開始される。SV変化率ΔSVをOffset算出に用いることで、ランプSVの傾きが大きいときフィルタ開始オフセットOffsetの値が大きくなり速いプロセスにもフィルタ開始オフセットOffsetを大きくして対応する。これに対し、遅いプロセスの場合はフィルタ開始オフセットOffsetを小さくすることで対応する。
【0044】
目標値フィルタ部9は、SV(目標値)に一次遅れフィルタを実施し、SVを遅らせたSVF(目標値フィルタ処理後の目標値)を生成する。遅延量は時定数τにより決定し、目標値フィルタ処理の開始条件はOffset値より決定する。
【0045】
目標値フィルタ部9は、図2に示すように、目標値更新処理部9a、オフセット判定部9b、1次遅れフィルタ9c、セレクタ9dを備えて構成される。
【0046】
目標値更新処理部9aは、予め決められた制御周期ごとにSV(目標値)を更新処理する(目標値変化率ΔSVを加算、減算する)。例えばSV(目標値)を例にとって具体的数値を示すと、10秒でSV(目標値)を0℃から100℃まで上昇させるとき、100msごとに1℃上昇させる(1℃→2℃→3℃→…→100℃:100ms更新)。なお、制御周期とは、制御対象Wの温度センサW2からのPV(測定値)の取得→SV(目標値)の更新→目標値フィルタ演算→偏差演算→PID制御演算→制御対象WのヒータW1への出力処理からなる一連の処理を実行する周期である。
【0047】
オフセット判定部9bは、制御周期ごとに更新されるSV(目標値)と最終目標値SV1との差(目標値差)がフィルタ開始オフセットOffset内に到達したか否かを判定する。そして、前記目標値差がフィルタ開始オフセットOffset内に到達したと判定したときに、目標値フィルタ演算を実行する。
【0048】
1次遅れフィルタ9cは、更新後のSV(目標値)に対して1次遅れフィルタを付加したSVF’を出力することにより、式(1)に示す目標値フィルタの基本式を実行するフィルタである。なお、式(1)の1/(1+τs)の部分が1次遅れフィルタ9cに対応している。
【0049】
セレクタ9dは、更新後のSV(目標値)と1次遅れフィルタ9cの出力SVF’のうち値の小さい方を選択し、選択した値を目標値フィルタ処理後の目標値SVFとして出力する。
【0050】
偏差演算部10は、目標値フィルタ部9から出力される目標値フィルタ処理後の目標値SVFと、制御対象Wの温度センサW2から入力部3を介して取得した測定値PVとの差、すなわち、SVF-PVを偏差Eとして演算し、演算した偏差EをPID制御部11に出力する。
【0051】
PID制御部11は、一般的に使用されているPID値に基づく制御を行うものであり、図3に示すように、比例演算部11a、積分演算部11b、微分演算部11c、加算部11d、出力制限部11eを備えて構成される。
【0052】
比例演算部11aは、偏差演算部10からの偏差Eに基づいてP制御演算を行い、P制御演算結果MVPを加算部11dに出力する。
【0053】
積分演算部11bは、偏差演算部10からの偏差Eに基づいてI制御演算を行い、I制御演算結果MVIを加算部11dに出力する。
【0054】
微分演算部11cは、偏差演算部10からの偏差Eに基づいてD制御演算を行い、D制御演算結果MVDを加算部11dに出力する。
【0055】
加算部11dは、比例演算部11aによるP制御演算結果MVPと、積分演算部11bによるI制御演算結果MVIと、微分演算部11cによるD制御演算結果MVDとを加算し、加算結果を出力制限前の操作量MV’として出力制限部11eに出力する。
【0056】
出力制限部11eは、加算部11dからの操作量MV’が基準値を超えたとき、または操作量MV’が基準値を下回ったときに頭打ちさせて出力を制限し、制御対象WのヒータW1を制御するための操作量MVを出力する。
【0057】
出力部12は、PID制御部11で算出した操作量MVを例えば電圧や電流といった出力に変換する。
【0058】
操作器13は、出力部12からの操作量MVに基づく出力により制御対象WのヒータW1(プロセス)の状態を変化させる機器であり、熱処理分野ではソリッドステートリレー、サイリスタといったものが使われる。
【0059】
次に、上記のように構成される制御装置1の動作について説明する。まず、制御対象Wのランプ制御に必要な各種パラメータとして、パラメータ設定部2にてPID値、二自由度係数β,γ、微分ゲイン係数ηを設定するとともに、目標値設定部4にて目標値SV(開始目標値SV0、最終目標値SV1)、区間時間tを設定する。
【0060】
そして、目標値変化率算出部5にて目標値変化率ΔSVを算出し、ベース時定数算出部6にてベース時定数τ’を算出し、時定数算出部7にて時定数τを算出し、オフセット算出部8にてフィルタ開始オフセットOffsetを算出する。
【0061】
その後、制御対象Wのランプ制御を開始し、制御対象Wの温度センサW2からのPV(測定値)の取得→SV(目標値)の更新→目標値フィルタ演算→偏差演算→PID制御演算→制御対象WのヒータW1への出力処理からなる一連の処理を、SV(目標値)が最終目標値SV1に到達するまで制御周期ごとに繰り返し実行する。
【0062】
ここで、上記制御周期ごとの一連の処理の目標値フィルタ演算において、図4(a)に示すように、更新後のSV(目標値)がフィルタ開始オフセットOffsetの点Pに到達したとき、更新後のSVに対して1次遅れフィルタをかけた目標値フィルタ処理後の目標値SVFを採用する。すなわち、ステップ関数に対して式(1)の一次遅れフィルタをかけるようにし、ステップ関数を使うことで遅れ要素を減らし、目標値フィルタ処理後の目標値SVFの立ち上がりを早くする。
【0063】
しかし、この場合、図4(a)の太線で示すように、フィルタ開始オフセットOffsetの点Pに到達した後、目標値フィルタ処理後の目標値SVFが図4(a)の細線で示すランプSVよりも立ち上がりが早くなり、制御が乱れる可能性がある。
【0064】
そこで、本実施の形態では、図2に示すように、目標値フィルタ部9にセレクタ9dを備え、上記制御周期ごとの一連の処理の目標値フィルタ演算において、目標値更新処理部9aにて制御周期ごとにSV(目標値)を更新し、オフセット判定部9bにて更新後のSVがフィルタ開始オフセットOffsetに到達したと判定したとき、更新後のSVと1次遅れフィルタ9cの出力SVF’のうち値が小さい方を目標値フィルタ処理後の目標値SVFとして選択してセレクタ9dから出力している。
【0065】
その結果、図4(b)に示すように、更新後のSV(目標値)がフィルタ開始オフセットOffsetの点Pに到達すると、図4(b)の太線で示すように、前半は更新後のSVが目標値フィルタ処理後の目標値SVFとして選択され、途中から1次遅れフィルタ9cの出力SVF’が目標値フィルタ処理後の目標値SVF’として選択される。
【0066】
すなわち、ランプSVが最終目標値SV1を基準としたフィルタ開始オフセットOffsetより小さい場合は、更新後のSVによる目標値フィルタ処理後の目標値SVFで制御し、ランプSVが最終目標値SV1を基準としたフィルタ開始オフセットOffsetより大きい場合は、1次遅れフィルタ9cの出力SVF’による目標値フィルタ処理後の目標値SVFで制御する。
【0067】
そして、図5に示すように、点PまでのランプSV区間ではそのままランプSV(更新後のSV)で制御し、点P以降のSVF区間では1次遅れフィルタ9cの出力SVF’による目標値フィルタ処理後の目標値SVFで制御する。その結果、測定値のオーバーシュートが抑制されるだけでなく、測定値の揺れを抑え、最終目標値に収束までの時間の短縮が図れる。
【0068】
ところで、上述した制御装置1が備える構成要素(パラメータ設定部2、入力部3、目標値設定部4、目標値変化率算出部5、ベース時定数算出部6、時定数算出部7、オフセット算出部8、目標値フィルタ部9(目標値更新処理部9a、オフセット判定部9b、1次遅れフィルタ9c、セレクタ9d)、偏差演算部10、PID制御部11(比例演算部11a、積分演算部11b、微分演算部11c、加算部11d、出力制限部11e)、出力部12、操作器13)は、演算処理装置、記憶装置などを備えたコンピュータで構成し、各構成要素の処理がプログラムによって実行されるものとしてもよい。
【0069】
このように、上述した実施の形態によれば、SV(目標値)の切替タイミングでSVをステップ変化させ、遅れ要素を減らしている。遅れ要素を減らすことで、PV(測定値)の揺れを抑えたり、最終目標値SV1に収束までの時間を短縮することができる。
【0070】
また、本実施の形態では、目標値変化率ΔSVをパラメータとして採用しているので、目標値フィルタ部9によるフィルタ処理を開始した目標値幅によらずにフィルタ係数の算出が可能であり、PID値(比例帯Pb、積分時間Ti、微分時間Td)、二自由度係数β、γ、微分ゲイン係数ηのパラメータを同じに設定すれば、目標値勾配が同じなら内部目標値の動きも同じになり、同じ動作を再現したい場合に有用である。
【0071】
以上、本発明に係る制御装置、制御方法、制御プログラムの最良の形態について説明したが、この形態による記述及び図面により本発明が限定されることはない。すなわち、この形態に基づいて当業者等によりなされる他の形態、実施例及び運用技術などはすべて本発明の範疇に含まれることは勿論である。
【符号の説明】
【0072】
1 制御装置
2 パラメータ設定部
3 入力部
4 目標値設定部
5 目標値変化率算出部
6 ベース時定数算出部
7 時定数算出部
8 オフセット算出部
9 目標値フィルタ部
9a 目標値更新処理部
9b オフセット判定部
9c 1次遅れフィルタ
9d セレクタ
10 偏差演算部
11 PID制御部
11a 比例演算部
11b 積分演算部
11c 微分演算部
11d 加算部
11e 出力制限部
12 出力部
13 操作器
W 制御対象
W1 ヒータ
W2 温度センサ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7