(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024142896
(43)【公開日】2024-10-11
(54)【発明の名称】推定装置
(51)【国際特許分類】
G01R 31/389 20190101AFI20241003BHJP
G01R 31/367 20190101ALI20241003BHJP
G01R 31/382 20190101ALI20241003BHJP
G01R 31/385 20190101ALI20241003BHJP
H01M 10/48 20060101ALI20241003BHJP
H02J 7/00 20060101ALI20241003BHJP
【FI】
G01R31/389
G01R31/367
G01R31/382
G01R31/385
H01M10/48 P
H02J7/00 S
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023055284
(22)【出願日】2023-03-30
(71)【出願人】
【識別番号】000004765
【氏名又は名称】マレリ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100148301
【弁理士】
【氏名又は名称】竹原 尚彦
(74)【代理人】
【識別番号】100176991
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 由布子
(74)【代理人】
【識別番号】100217696
【弁理士】
【氏名又は名称】川口 英行
(72)【発明者】
【氏名】長村 謙介
【テーマコード(参考)】
2G216
5G503
5H030
【Fターム(参考)】
2G216BA01
2G216BA41
2G216BA44
2G216BA54
2G216BA61
2G216CB12
5G503AA01
5G503BA01
5G503BB02
5G503CA11
5G503DA04
5G503GD03
5G503GD06
5H030AA10
5H030AS08
5H030FF41
5H030FF42
5H030FF43
5H030FF44
5H030FF52
(57)【要約】
【課題】簡易な演算により、実効抵抗Rを推定するための過電圧を推定する。
【解決手段】推定装置1は、バッテリ50の所定時間における過電圧変化を示す実効抵抗R(k)を推定する。推定装置1は、過電圧推定部20と、実効抵抗推定部40と、を備える。過電圧推定部20は、バッテリ50の端子電圧V
tの測定値に基づいて、バッテリ50の過電圧Vηを推定する。実効抵抗推定部40は、バッテリ50を流れる電流G2Iと、過電圧G2Vηの時系列データに基づいてバッテリ50のシステムを同定し、バッテリ50のシステムに基づいて実効抵抗R(k)を推定する。過電圧推定部20は、端子電圧Vtの測定値を示す信号に対して、ハイパスフィルタG2によるフィルタ処理を行う電圧フィルタ部21を備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
バッテリの所定時間における過電圧変化を示す実効抵抗を推定する推定装置であって、
前記バッテリの端子電圧の測定値に基づいて、前記バッテリの過電圧を推定する過電圧推定部と、
前記バッテリを流れる電流と、前記過電圧の時系列データに基づいて前記バッテリのシステムを同定し、前記バッテリのシステムに基づいて前記実効抵抗を推定する実効抵抗推定部と、を備え、
前記過電圧推定部は、前記端子電圧の測定値を示す信号に対して、ハイパスフィルタによるフィルタ処理を行う第1のフィルタ部を備える、推定装置。
【請求項2】
前記バッテリを流れる電流の測定値を示す信号に対して、前記第1のフィルタ部と同じハイパスフィルタによるフィルタ処理を行って、前記実効抵抗推定部に入力する第2のフィルタ部を備える、請求項1記載の推定装置。
【請求項3】
前記第1のフィルタ部から出力された、前記ハイパスフィルタを通過した端子電圧の測定値から、前記ハイパスフィルタを通過した開回路電圧を差し引く補正処理を行う補正部を備える、請求項1または2記載の推定装置。
【請求項4】
前記補正部は、
前記バッテリを流れる電流の測定値と前記バッテリの満充電容量に基づいて、前記バッテリの充電率の変化速度を算出するSOC変化速度算出部と、
前記充電率の変化速度と、前記充電率に対する開回路電圧の変化率を示すSOC-OCV特性とに基づいて、前記開回路電圧の変化速度を算出するOCV変化速度算出部と、
前記開回路電圧の変化速度を示す信号から、前記第1のフィルタ部と同じ周波数成分を除去するフィルタ処理を行うことで、前記ハイパスフィルタを通過した開回路電圧を算出する第3のフィルタ部と、
を備える、請求項3記載の推定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、推定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
バッテリは、例えば、モータ等の車両の駆動源に電力を供給するため用いられる。
バッテリの充電制御や車両の運転制御に際して、バッテリのSOP(State of Power)を推定することが求められる。SOPは、バッテリが所定時間に充電または放電可能な電力を意味するものである。SOPは、例えば、バッテリの実効抵抗から推定することができる。
バッテリの実効抵抗は、バッテリの内部インピーダンスの特性を表現する特徴量である。実効抵抗を推定する方法として、FIR(Finite Impulse Response)モデルや、FIRモデルとARX(Auto-Regressive eXogeneous)モデルを組み合わせたμ-マルコフモデルにより、バッテリのシステムを同定する方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に開示された方法では、バッテリのシステムを同定するために、バッテリの充放電時に流れる電流と、過電圧を入力としている。
電流は電流センサにより測定することができるが、過電圧は測定することができない。そのため、電流および電圧の測定値から過電圧を推定する必要がある。特許文献1では、オブザーバを用いて過電圧を推定する方法を開示しているが、演算が複雑化する傾向がある。
簡潔な演算により、過電圧を推定することが求められている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の一態様は、バッテリの所定時間における過電圧変化を示す実効抵抗を推定する推定装置であって、
前記バッテリの端子電圧の測定値に基づいて、前記バッテリの過電圧を推定する過電圧推定部と、
前記バッテリを流れる電流と、前記過電圧の時系列データに基づいて前記バッテリのシステムを同定し、前記バッテリのシステムに基づいて前記実効抵抗を推定する実効抵抗推定部と、を備え、
前記過電圧推定部は、前記端子電圧の測定値を示す信号に対して、ハイパスフィルタによるフィルタ処理を行う第1のフィルタ部を備える。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、実効抵抗の推定に必要な過電圧を、簡易な演算により推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】本発明の実施形態に係る推定装置の構成を示すブロック図である。
【
図3】過電圧推定部の構成を示すブロック図である。
【
図4】バッテリの状態と推定装置の処理の関係を説明する図である。
【
図6】(a)は、
図4を等価変換した図であり、(b)は、(a)を等価変換した図である。
【
図7】本実施形態における推定装置の処理を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明の実施形態に係る推定装置を、図面を参照して説明する。
図1は、実施形態に係る推定装置の構成を示すブロック図である。
図1に示すように、推定装置1は、電気自動車またはハイブリッド電気自動車等の車両に設けられたバッテリ50の実効抵抗(effective resistance)を推定するものである。バッテリ50には、電圧センサ60および電流センサ70が接続されている。バッテリ50は、充電可能な二次電池であり、例えばリチウムイオンバッテリ50を用いることができるが、他の種類のバッテリ50であっても良い。バッテリ50は、車両に設けられている。バッテリ50は放電することにより、車両を駆動する電気モータへ電力を供給する。また、バッテリ50は、車両の制動時には、電気モータからの回生エネルギーにより充電される。バッテリ50はまた、急速充電器や家庭用コンセント等の外部の充電設備によっても充電される。
【0009】
電圧センサ60はバッテリ50の端子電圧Vt(terminal voltage)を測定する。電流センサ70はバッテリ50を流れる電流Iを測定する。電圧センサ60および電流センサ70は、例えば、車両のイグニッションONからイグニッションOFFまでの間、所定のサンプリング周期で端子電圧Vtおよび電流Iの測定を行う。推定装置1は、電圧センサ60および電流センサ70に有線または無線により接続され、それぞれが測定した端子電圧Vtおよび電流Iの測定値を示す信号が、順次入力される。
【0010】
推定装置1は、バッテリ50の端子電圧V
tと電流Iの測定値を用いて、バッテリ50の実効抵抗を推定する。
実効抵抗は、二次電池であるバッテリ50の内部インピーダンスの特性を表現する特徴量であり、直流抵抗や通電抵抗とも呼ばれる。
図2は、実効抵抗を説明する図である。
図2に示すように、実効抵抗は、具体的には、大きさ1Aのステップ信号の入力に対する過電圧変化を意味するものである。以降の説明では、所定時間(x秒)経過後の実効抵抗を、x秒実効抵抗という。推定装置1は、ユーザによって指定されるx秒実効抵抗を推定する。
実効抵抗は、例えば、バッテリ50のSOP(State of Power)の推定に用いることができる。SOPは充電可能電力と放電可能電力の総称であるが、以下の説明において、SOPは、端子電圧の下限が与えられたときの放電可能電力を意味するものとして用いる。すなわち、x秒実効抵抗から、バッテリ50がx秒間継続して放電可能なパワーを推定することができる。
【0011】
バッテリ50のSOPは、バッテリ50の充放電制御や車両の運転制御に利用することができる。
例えば、ハイブリッド車両において、エンジン走行中に必要に応じてモータを駆動してエンジンをアシストすることがある。この場合、バッテリ50は、モータがエンジンをアシストする時間(例えば10秒)分、モータを駆動するための電流を継続して放電する必要がある。
また、例えば、バッテリ50は、エンジンがアイドリングストップから再始動する際に、クランキングを行うための時間(例えば、0.1秒)分、モータを駆動するための電流を継続して放電する必要がある。
すなわち、10秒実効抵抗や0.1秒実効抵抗等のx秒実効抵抗から推定されたSOPを用いることで、車両がモータアシスト走行やクランキングを行うことができるかを判定することができる。
【0012】
推定装置1は、例えば、車両に設けられたECU(Electronic Control Unit)から構成することができる。
ECUは、図示は省略するが、CPU等のプロセッサと、ROMおよびRAM等のメモリから構成される。メモリには、推定装置1で実行される各種プログラムが格納されており、プロセッサがプログラムを実行することで、
図1に示す機能構成が実現される。メモリには、また、推定装置1が行う処理に必要なデータが格納され、さらに推定装置1の処理結果が一時的に記憶される。
詳細な説明は省略するが、ECUは、実効抵抗の推定処理に加えて、例えば、実効抵抗を用いたSOPの推定や、充電率(State of Charge、以降、「SOC」とも表記する)等のさらなる推定処理を行っても良い。また、ECUは、推定結果に基づいたバッテリ50の充放電制御および車両の運転制御を行っても良い。あるいは、ECUは推定した実効抵抗を外部に出力し、外部の制御装置において実効抵抗を用いた処理を行っても良い。
あるいは、推定装置1は、車両の外部に設けられたコンピューターとしても良い。この場合、車両外部の推定装置1は、例えば、車両に設けられたECUと通信を行って電圧センサ60および電流センサ70の測定値を取得しても良い。
【0013】
図1に示すように、推定装置1は、過電圧推定部20、電流フィルタ部30(第2のフィルタ部)および実効抵抗推定部40を備える。
実効抵抗推定部40は、入力を電流とし、出力を過電圧とするμ-マルコフモデルを用いてバッテリ50のシステムを同定することで、実効抵抗R(k)を推定する。すなわち、実効抵抗R(k)の推定には、バッテリ50の電流Iと過電圧Vηが必要となる。
しかしながら、バッテリ50の内部状態である過電圧Vηは、センサにより直接的に測定することができない。そのため、過電圧推定部20は、バッテリ50の端子電圧V
tと電流Iの測定値を用いて、過電圧Vηの推定値を算出する。過電圧推定部20は、過電圧Vηの推定値として、ハイパスフィルタG2を通過した過電圧G2Vηを算出する。
本実施形態では、電流Iについても、同じハイパスフィルタG2を通過した電流G2Iを用いる。すなわち、実効抵抗推定部は、ハイパスフィルタG2を通過した過電圧G2Vηと、電流G2Iを用いて実効抵抗R(k)の推定を行う。
【0014】
図3は、過電圧推定部20の構成を示すブロック図である。
図3に示すように、過電圧推定部20は、電圧フィルタ部21(第1のフィルタ部)および補正部22を備える。
電圧フィルタ部21には、電圧センサ60による端子電圧V
tの測定値が入力される。電圧フィルタ部21は、端子電圧V
tの測定値を示す信号に対して、ハイパスフィルタG2によるフィルタ処理を行う。
電圧フィルタ部21のフィルタ処理に用いられるハイパスフィルタG2は、以下の式(1)により表される。
【数1】
なお、Tは時定数であり、Sはラプラス演算子である。
【0015】
補正部22には、電流センサ70による電流Iの測定値が入力される。補正部22は、電流Iの測定値を用いて、補正値を算出し、電圧フィルタ部21の出力値を補正する。補正値は、ハイパスフィルタG2を通過した開回路電圧(Open Circuit Voltage、以降、「OCV」とも表記する)G2Vocに相当するものである。補正部22は、電圧フィルタ部21の出力値である、ハイパスフィルタG2を通過した端子電圧G2Vtから、ハイパスフィルタG2を通過した開回路電圧G2Vocを差し引く補正処理を行う。これによって、補正部22は、ハイパスフィルタG2を通過した過電圧G2Vηに相当する数値を算出して、実効抵抗推定部40に入力する。補正部22の具体的な構成と処理については後記する。
【0016】
電流フィルタ部30には、電流センサ70による電流Iの測定値が入力される。電流フィルタ部30は、電流Iの測定値を示す信号に対して、ハイパスフィルタG2によるフィルタ処理を行う。ハイパスフィルタG2は、電流Iの測定値を示す信号から、第1のフィルタ部と同じ周波数成分を除去する。すなわち、電流フィルタ部30で用いられるハイパスフィルタG2は、上記式(1)で表される。
【0017】
図4は、バッテリ50の状態と推定装置1の処理の関係を説明する図である。
図4の破線より左側はバッテリ50の状態を示しており、右側が推定装置1で行われる処理を示している。
図4では、バッテリ50を、電流Iを入力とし、過電圧Vηを出力とする伝達関数G1として表している。
図5は、伝達関数G1のモデルを示す図である。
図5に示すように、伝達関数G1は、内部抵抗R
0と、ワールブルグインピーダンスZ
wとが直列に接続される等価回路モデルとして表現される。等価回路モデルは、開回路電圧V
ocを有し、内部抵抗R
0とワールブルグインピーダンスZ
wとが直列に接続される開回路を想定したものである。過電圧Vηは、バッテリ50の等価回路に流れる電流Iによって、バッテリ50の内部インピーダンスで発生する電圧降下として表される。
図5では、ワールブルグインピーダンスZ
wを、抵抗R
1~R
nとコンデンサC
1~C
nとの並列回路が直列にn個接続されたn次フォスタ型回路に置き換えて示している。
図4では、n=5の例を示している。
図5の例の場合、伝達関数G1は、以下の式(2)により表される。
【数2】
なお、sはラプラス演算子である。
【0018】
バッテリ50から出力される過電圧Vηと開回路電圧V
ocとの和が端子電圧V
tである。
図4に示すように、端子電圧V
tは、バッテリ50を流れる電流Iと共に、推定装置1に入力される。
図4に示すように、推定装置1は、端子電圧V
tを示す信号に対して、ハイパスフィルタG2によるフィルタ処理を行う。ハイパスフィルタG2は、信号の高周波成分のみを通過させ、低周波成分を除去するものである。これによって、端子電圧V
tを示す信号から開回路電圧V
oc付近の周波数成分が除去されるため、ハイパスフィルタG2を通過した端子電圧G2V
tは、過電圧Vηに近似する(端子電圧G2V
t≒過電圧Vη)。
【0019】
また、ハイパスフィルタG2を通過した端子電圧G2Vtについては、以下の式(3)が成り立つ。
G2Vt=G2Vη+G2Voc (3)
式(3)に示すように、ハイパスフィルタG2を通過した端子電圧G2Vtは、ハイパスフィルタG2を通過した過電圧Vηと、ハイパスフィルタG2を通過した開回路電圧G2Vocとの和と捉えることができる。
すなわち、推定装置1が、ハイパスフィルタG2を通過した端子電圧G2Vtから、ハイパスフィルタG2を通過した開回路電圧G2Vocを差し引く補正処理を行うことで、ハイパスフィルタG2を通過した過電圧G2Vηを得ることができる。
【0020】
ここで、ハイパスフィルタG2を通過した過電圧G2Vηは、実際の過電圧Vηとは一致しないものである。この過電圧G2Vηと、実際の電流Iの測定値とが実効抵抗推定部40に入力された場合、μ-マルコフモデルにおける入力と出力の条件が揃っていないことになる。
本実施形態では、過電圧G2VηからG2を除去するのではなく、電流Iの測定値に対しても、ハイパスフィルタG2によるフィルタ処理を行う。これによって、実効抵抗推定部40の推定処理では、ハイパスフィルタG2を通過した電流G2Iと過電圧G2Vηが用いられることになる。
【0021】
このように、本実施形態の推定装置1では、電流Iおよび端子電圧V
tの測定値の双方にフィルタ処理を行っているが、これは、
図6の(a)および
図6の(b)に示す等価変換の考え方に基づくものである。
図6の(a)は、
図4を等価変換した図である。
図6の(b)は、
図6の(a)をさらに等価変換した図である。
図4に示すように、バッテリ50に電流Iが入力されることで、過電圧Vηが出力される。推定装置1に入力される端子電圧V
tは、この過電圧Vηに対して開回路電圧V
ocを足す処理が行われたものと捉えることができる。推定装置1では、補正処理として、ハイパスフィルタG2を通過した端子電圧V
tから、ハイパスフィルタG2を通過した開回路電圧G2V
ocを差し引く処理が行われる。
すなわち、バッテリ50側の開回路電圧を足す処理は、推定装置1における開回路電圧を差し引く処理で相殺することができる。相殺によって、
図4は、
図6の(a)のように、バッテリ50に入力される電流Iと、バッテリ50から出力された過電圧Vηが、ハイパスフィルタG2に直接的に入力されるものとして等価変換することができる。
【0022】
図6の(a)の流れは、
図6の(b)に示すように、予めハイパスフィルタG2を通過した電流G2Iがバッテリ50に入力された状態に置き換えることができる。この場合、バッテリ50からは、ハイパスフィルタG2を通過した場合と同じ過電圧G2Vηが出力される。
【0023】
このように、推定装置1において、端子電圧Vtと電流Iの双方にハイパスフィルタG2によるフィルタ処理を行うことは、ハイパスフィルタG2を通過した電流G2Iと、電流G2Iの入力によってバッテリ50から出力された過電圧G2Vηとが、実効抵抗推定部40に入力されたものと等価変換することができる。
すなわち、μ-マルコフモデルにおける入力(電流G2I)と、出力(過電圧G2Vη)は条件が揃ったものであり、真値と一致していなくても、実効抵抗R(k)の推定に用いることができる。
【0024】
前記したように、過電圧Vηはバッテリ50の内部状態であり、センサにより直接的に測定することができないため、推定する必要がある。過電圧Vηの推定方法は従来から検討されており、一例として、特許文献1では、オブザーバによる推定方法を開示している。オブザーバは、SOCを推定し、SOC-OCV特性に基づいて開回路電圧Vocを求め、端子電圧Vtから開回路電圧Vocを減算することで過電圧Vηを算出することができる。
しかしながら、オブザーバは、推定値と真値の誤差の算出、オブザーバゲインの設定、誤差のフィードバック等が必要となるため、演算が複雑化する傾向がある。
また、バッテリ50の内部抵抗R0は温度で変化するため、例えば、バッテリ50の内部抵抗(C含む回路定数)をオブザーバの状態変数に追加することが考えられるが、この場合、演算はさらに複雑化する。
あるいは、内部抵抗R0と温度の関係を予め規定したテーブルを用いることが考えられる。しかしながら、内部抵抗R0と温度の関係は、バッテリ50ごとにばらつきが生じることがある。このようなバッテリ50ごとのばらつきに対応するために、後記する実効抵抗推定部40では、μ-マルコフモデルを用いてオンライン推定を行っている。そのため、オフラインで求めた内部抵抗R0のテーブルを使用するのは、オンライン推定の観点と矛盾が生じる。
【0025】
本実施形態においては、過電圧Vηの真値を得るために演算を複雑化させるのではなく、実際の充放電電流に対してフィルタ処理を行った電流G2Iで充放電した場合に発生する、仮想的な過電圧G2Vηを計算している。これは、
図6の(a)および
図6の(b)に示した等価変換に基づいて、フィルタ処理を行った真値とは異なる電流G2Iと、その電流G2Iで生じる過電圧G2Vηであっても、実効抵抗推定部40の入力に使用できることに着目した新規な発想によるものである。ハイパスフィルタG2によるフィルタ処理の演算は簡潔なものであり、オブザーバによる推定と比較して、過電圧の推定における演算処理を低減することができる。
【0026】
図3に示すように、補正部22は、SOC変化速度算出部23、OCV変化速度算出部24、OCVフィルタ部25(第3のフィルタ部)および演算器26を備える。
SOC変化速度算出部23は、電流Iの測定値とバッテリ50の満充電容量FCCに基づいて、バッテリ50のSOCの変化速度(充電率の変化速度)を算出する。
具体的には、SOC変化速度算出部23は、電流Iの測定値を、予めメモリに記憶させたバッテリ50の満充電容量FCCで割ることで、SOCの変化速度を算出する。
【0027】
OCV変化速度算出部24は、SOCの変化速度とSOC-OCV特性とに基づいて、開回路電圧の変化速度sV
ocを算出する。
SOC-OCV特性は、SOCに対する開回路電圧V
ocの変化率を示すものである(
図5参照)。SOC-OCV特性のうち、実際に演算に使用される範囲は、中央の線形部分である。そのため、例えば、SOCに対する開回路電圧V
ocの傾きを算出するための式を予め設定しておき、推定装置1のメモリに記憶させておくことができる。OCV変化速度算出部24は、推定装置1のメモリに記憶された式を参照して、SOCの変化速度から、開回路電圧の変化速度sV
ocを算出することができる。
【0028】
OCVフィルタ部25は、開回路電圧の変化速度sVocに対して、ハイパスフィルタG2’によるフィルタ処理を行う。OCVフィルタ部25は、具体的には、開回路電圧の変化速度sVocを示す信号から、前記した電圧フィルタ部21、電流フィルタ部30と同じ周波数成分を除去して、開回路電圧G2Vocを算出するフィルタ処理を行う。
【0029】
ただし、開回路電圧の変化速度sV
ocには、すでにラプラス演算子sが含まれている。
そのため、OCVフィルタ部25で使用されるハイパスフィルタG2’は、電圧フィルタ部21、電流フィルタ部30で使用されるハイパスフィルタG2からラプラス演算子sを取り除いた、以下の式(4)で表される。
【数3】
OCVフィルタ部25は、開回路電圧の変化速度sV
ocに対してハイパスフィルタG2’によるフィルタ処理を行うことで、実質的には、ハイパスフィルタG2を通過させた開回路電圧G2V
ocに相当する数値を算出する。OCVフィルタ部25は、ハイパスフィルタG2を通過させた開回路電圧G2V
ocを演算器26に出力する。
【0030】
演算器26は、電圧フィルタ部21の出力値G2VtからOCVフィルタ部25の出力値G2Vocを差し引くことで、最終的な過電圧G2Vηを算出し、実効抵抗推定部40に入力する。
このように、補正部22の演算自体も簡潔なものであり、電圧フィルタ部21の出力値を補正する処理を追加しても、過電圧推定部20の演算処理を簡潔なものとすることができる。
【0031】
実効抵抗推定部40は、既知の方法を用いて実効抵抗R(k)を推定することができる。実効抵抗R(k)は、例えば、バッテリ50のシステムを表すモデルのパラメータを同定することで、推定することができる。
バッテリ50のシステムは、前記したように、
図3に示した等価回路モデルに示されるものであるが、この等価回路モデルを表すモデルの一例として、μ-マルコフモデルを用いることができる。μ-マルコフモデルを用いた実効抵抗R(k)の推定方法として、例えば、特許文献1に記載された方法を用いることができる。ここでは、μ-マルコフモデルによる推定方法の概略を説明する。
【0032】
μ-マルコフモデルは、FIR(Finite Impulse Response)モデルと、ARX(Auto Regressive eXogenous)モデルと、を組み合わせたモデルである。
離散時間システムにおけるμ-マルコフモデルは、以下の式(5)により表される。
【数4】
u[k]及びy[k]はそれぞれ、システムの入力及び出力を表している。kは、サンプリングのステップ数を表しているとする。
式(5)の右辺第1項は、FIRモデルを表している。h
i(i∈{0、・・・、μ})は、離散時刻μまでのシステムのインパルス応答を表している。この場合、インパルス応答で記述される項数は、(μ+1)である。式(5)の右辺第2項及び第3項は、ARXモデルを表している。a’
i及びb’
i(i∈{(μ+1)、・・・、μ+p})は、ARXモデルのパラメータである。pは、ARXモデルの次数を表している。w[k]は、u[k]と独立であり、且つ、その平均値が0となる白色雑音である。
【0033】
第kステップから第(k-μ)ステップまでの期間の(μ+1)個の入力は、μ-マルコフモデルに含まれるFIRモデルの項に基づいて出力y[k]に反映される。第(k-μ-1)ステップから第(k-μ-p)ステップまでの期間のp個の入力及び出力は、μ-マルコフモデルに含まれるARXモデルの項に基づいて出力y[k]に反映される。
FIRモデルは、無限個のインパルス応答の和として記述される。バッテリ50のシステムをFIRモデルのみで表した場合、次数を大きくするほど推定精度を向上させることができる。一方、推定するパラメータの数が増加し、演算負荷に繋がる。
μマルコフモデルは、FIRモデルのうち、実効抵抗R(k)の計算に不要なk>μ項を、ARXモデルによる有理伝達関数で置き換えたものと解釈することができる。ARXモデルは、有限個のパラメータによってシステムを表現できる。すなわち、μマルコフモデルを用いることで、実効抵抗R(k)の推定精度を維持しつつ、FIRモデルにおけるパラメータの数を削減して、演算負荷を低減することができる。
【0034】
μ-マルコフモデルは線形回帰モデルで表される。実効抵抗推定部402は、システムの入力データと出力データとを最小二乗法等の手法で解析することによって、線形回帰モデルのパラメータベクトルを推定することができる。
パラメータベクトルを推定することで、バッテリ50のシステムが同定され、x秒実効抵抗は、推定時刻kからx秒前までさかのぼる間の各時刻における入力に対するインパルス応答の和として算出することができる。
【0035】
前記したように、実効抵抗R(k)を推定する場合、μ-マルコフモデルにおける入力u(k)は電流であり、出力y(k)は過電圧である。本実施形態では、実効抵抗推定部402(
図1参照)は、入力u(k)として、電流フィルタ部30から出力された電流G2Iの時系列データを用いる。実効抵抗推定部402は、出力y(k)として、過電圧推定部20から出力された過電圧G2Vηの時系列データを用いる。
実効抵抗推定部402は、過電圧G2Vηおよび電流G2Iの時系列データを、最小二乗法等の手法で解析することで、バッテリ50のシステムを表すμ-マルコフモデルのパラメータを同定し、実効抵抗R(k)を算出することができる。
【0036】
図7は、本実施形態における推定装置1の処理を示すフローチャートである。
図7に示すように、推定装置1は、電圧センサ60および電流センサ70によって測定された、端子電圧V
tおよび電流Iの測定値を取得する(ステップS01)。端子電圧V
tは過電圧推定部20の電圧フィルタ部21に入力される。電流Iは、電流フィルタ部30と、過電圧推定部20の補正部22に入力される。
過電圧推定部20の電圧フィルタ部21は、端子電圧V
tに対してハイパスフィルタG2によるフィルタ処理を行う(ステップS02)。
補正部22のSOC変化速度算出部23は、電流Iを満充電容量FCCで割り、SOCの変化速度を算出する(ステップS03)。OCV変化速度算出部24が、SOCの変化速度とSOC-OCV特性に基づいて、OCVの変化速度sV
ocを算出する(ステップS04)。OCVフィルタ部25は、OCVの変化速度sV
ocに対してハイパスフィルタG2’によるフィルタ処理を行う(ステップS05)。
演算器26は、電圧フィルタ部21の出力値G2V
tから、OCVフィルタ部25の出力値G2V
ocを差し引いて、過電圧G2Vηを算出する(ステップS06)。
【0037】
電流フィルタ部30は、電流Iに対してハイパスフィルタG2によるフィルタ処理を行う(ステップS07)。なお、ステップS07の処理は、ステップS01~S06の処理より前に行っても良く、並行して行っても良い。
【0038】
実効抵抗推定部40は、電流フィルタ部30から出力された電流G2Iと、過電圧推定部20から出力された過電圧の推定値G2Vηの時系列データを用いて、μ-マルコフモデルにより実効抵抗R(k)を推定する(ステップS08)。
【0039】
以上の通り、本実施形態の推定装置1は、以下の構成を有する。
(1)推定装置1は、バッテリ50の所定時間における過電圧変化を示す実効抵抗R(k)を推定する。
推定装置1は、過電圧推定部20と、実効抵抗推定部40と、を備える。
過電圧推定部20は、バッテリ50の端子電圧Vtの測定値に基づいて、バッテリ50の過電圧Vηを推定する。
実効抵抗推定部40は、バッテリ50を流れる電流G2Iと、過電圧G2Vηの時系列データに基づいてバッテリ50のシステムを同定し、バッテリ50のシステムに基づいて実効抵抗R(k)を推定する。
過電圧推定部20は、端子電圧Vtの測定値を示す信号に対して、ハイパスフィルタG2によるフィルタ処理を行う電圧フィルタ部21(第1のフィルタ部)を備える。
【0040】
以上の構成を備えることにより、推定装置1は、簡易な演算により、実効抵抗R(k)を推定するための過電圧Vηを推定することができる。
実効抵抗推定部40は、例えば、入力を電流Iとし、出力を過電圧Vηとするμ-マルコフモデルを用いてバッテリ50のシステムを同定することで、実効抵抗R(k)を推定することができる。すなわち、実効抵抗R(k)の推定には過電圧Vηが必要となるが、過電圧Vηはセンサで直接測定することができないため、推定する必要がある。本実施形態では、電圧フィルタ部21において、端子電圧Vtの測定値を示す信号に対して、ハイパスフィルタG2によるフィルタ処理を行う。これによって、端子電圧Vtの測定値を示す信号から、開回路電圧Voc付近の低周波成分が除去されるため、端子電圧Vtを過電圧Vηに近似させることができる。すなわち、推定装置1は、ハイパスフィルタG2によるフィルタ処理という簡易な演算によって、過電圧Vηに近似する値を算出することができる。本実施形態では、端子電圧Vtの測定値に対するフィルタ処理によって過電圧Vηに近似する値が得られるため、過電圧Vηの推定に際して、オフラインで求めた内部抵抗R0を使用する必要がない。そのため、推定装置1は、μ-マルコフモデルを用いた実効抵抗R(k)のオンライン推定と一貫した観点で、過電圧Vηを推定することができる。
【0041】
なお、本実施形態では、電圧フィルタ部21の出力値に対して補正処理を行う例を説明したが、この例に限定されない。前記したように、端子電圧Vtの測定値をハイパスフィルタG2でフィルタ処理するのみでも、過電圧Vηに近似する値を取得することができる。そのため、推定装置1は、補正部22による補正処理を省略しても良い。この場合は、電圧フィルタ部21の出力値G2Vtを、過電圧Vηの推定値として実効抵抗推定部40に入力することができる。
【0042】
(2)推定装置1は、電流フィルタ部30(第2のフィルタ部)を備える。電流フィルタ部30は、バッテリ50を流れる電流Iの測定値を示す信号に対して、電圧フィルタ部21と同じハイパスフィルタG2によるフィルタ処理を行って、出力値G2Iを実効抵抗推定部40に入力する。
【0043】
本実施形態では、推定装置1は、端子電圧V
tの測定値に加えて、電流Iの測定値に対しても、同じハイパスフィルタG2によるフィルタ処理を行っている。
図6の(b)に示すように、バッテリ50から得られた電圧および電流Iの測定値の双方にハイパスフィルタG2によるフィルタ処理を行うことは、予めハイパスフィルタG2を通過した電流G2Iがバッテリ50に入力され、過電圧G2Vηが出力されたものと等価変換することができる。すなわち、推定装置1は、仮想値として条件が揃った電流G2Iと過電圧G2Vηを用いて実効抵抗R(k)を推定するため、演算方法を簡易なものとしつつ、実効抵抗R(k)の推定精度の向上に寄与することができる。
【0044】
(3)推定装置1は、補正部22を備える。補正部22は、電圧フィルタ部21から出力された、ハイパスフィルタG2を通過した端子電圧Vtの測定値から、ハイパスフィルタG2を通過した開回路電圧G2Vocを差し引く補正処理を行う。
【0045】
推定装置1は、電圧フィルタ部21の出力値G2Vtから、フィルタ処理で除去しきれていない開回路電圧に相当する補正値G2Vocを差し引く補正処理を行うことで、ハイパスフィルタG2を通過した過電圧G2Vηに相当する値を算出することができる。これによって、推定装置1は、ハイパスフィルタG2を通過した過電圧G2VηとハイパスフィルタG2を通過した電流G2Iを用いて実効抵抗R(k)を推定することができるため、推定精度を高めることができる。
【0046】
(4)補正部22は、SOC変化速度算出部23と、OCV変化速度算出部24と、OCVフィルタ部25(第3のフィルタ部)と、を備える。
SOC変化速度算出部23は、バッテリ50を流れる電流Iの測定値とバッテリ50の満充電容量FCCに基づいて、バッテリ50のSOC(充電率)の変化速度を算出する。
OCV変化速度算出部24は、SOCの変化速度と、SOCに対する開回路電圧Vocの変化率を示すSOC-OCV特性とに基づいて、開回路電圧の変化速度sVocを算出する。
OCVフィルタ部25は、開回路電圧の変化速度sVocを示す信号から、電圧フィルタ部21と同じ周波数成分を除去するフィルタ処理を行うことで、補正値であるハイパスフィルタG2を通過した開回路電圧G2Vocを算出する。
具体的には、OCV変化速度算出部24で算出された、開回路電圧の変化速度sVocには、すでにラプラス演算子sが含まれているため、OCVフィルタ部25は、ハイパスフィルタG2からラプラス演算子sを取り除いたハイパスフィルタG2’を用いてフィルタ処理を行う。これにより、OCVフィルタ部は、実質的には、ハイパスフィルタG2を通過した開回路電圧G2Vocに相当する値を算出することができる。
【0047】
このように、補正部22は、電流Iの測定値を用いて、簡易な演算の組み合わせにより、ハイパスフィルタG2を通過した開回路電圧G2Vocを算出することができる。すなわち、推定装置1は、簡易な演算による補正処理を加えることで、演算負荷を低減しつつ、実効抵抗R(k)の推定精度を向上させることができる。
【符号の説明】
【0048】
1 推定装置
20 過電圧推定部
21 電圧フィルタ部(第1のフィルタ部)
22 補正部
23 SOC変化速度算出部
24 OCV変化速度算出部
25 OCVフィルタ部(第3のフィルタ部)
26 演算器
30 電流フィルタ部(第2のフィルタ部)
40 実効抵抗推定部
50 バッテリ
60 電圧センサ
70 電流センサ