(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024001429
(43)【公開日】2024-01-10
(54)【発明の名称】ウイルス様粒子の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12P 21/00 20060101AFI20231227BHJP
C07K 14/08 20060101ALI20231227BHJP
C12N 1/15 20060101ALI20231227BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20231227BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20231227BHJP
A61P 37/04 20060101ALI20231227BHJP
A61K 35/12 20150101ALI20231227BHJP
A61K 39/00 20060101ALI20231227BHJP
A61K 47/46 20060101ALI20231227BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20231227BHJP
【FI】
C12P21/00 C
C07K14/08
C12N1/15
C12N1/21
C12N5/10
A61P37/04
A61K35/12
A61K39/00 H
A61K47/46
C12N15/09 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022100060
(22)【出願日】2022-06-22
(71)【出願人】
【識別番号】000003296
【氏名又は名称】デンカ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【弁理士】
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100196508
【弁理士】
【氏名又は名称】松尾 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100157923
【弁理士】
【氏名又は名称】鶴喰 寿孝
(72)【発明者】
【氏名】久家 広大
【テーマコード(参考)】
4B064
4B065
4C076
4C085
4C087
4H045
【Fターム(参考)】
4B064AG32
4B064CA19
4B064CC24
4B065AA01X
4B065AA72X
4B065AA88X
4B065AA90X
4B065AA95Y
4B065AB01
4B065BA01
4B065BB04
4B065BB19
4B065CA24
4B065CA45
4C076AA29
4C076CC07
4C076EE41
4C076EE57
4C076EE58
4C076FF70
4C085AA03
4C085BA51
4C085BB11
4C085EE01
4C087AA01
4C087AA03
4C087BB21
4C087BB64
4C087BC11
4C087BC30
4C087CA10
4C087MA41
4C087NA14
4C087ZB09
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA10
4H045CA01
4H045EA31
4H045FA72
(57)【要約】 (修正有)
【課題】本発明は、ウイルス様粒子の効率的な生産方法を提供することを目的とする。
【解決手段】カプシドタンパク質をコードする遺伝子が導入された宿主細胞を培養し、当該培養中にプロテアーゼインヒビターを添加し、ウイルス様粒子(VLP)を産生させる工程を含む、VLPの製造方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
カプシドタンパク質をコードする遺伝子が導入された宿主細胞を培養し、当該培養中にプロテアーゼインヒビターを添加し、ウイルス様粒子(VLP)を産生させる工程を含む、VLPの製造方法。
【請求項2】
プロテアーゼインヒビターは、セリンプロテアーゼ、システインプロテアーゼ、アスパラギン酸プロテアーゼ、及びこれらの組み合わせからなる群より選ばれるプロテアーゼに対するインヒビターである、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
培地pHが6.2~6.8になった場合、
宿主細胞の生細胞数が培養開始時の生細胞数の80%以下になった場合、又は
宿主細胞の培養開始後2日目~4日目
にプロテアーゼインヒビターを添加する、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
VLPはノロウイルスのVLPである、請求項1~3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
宿主細胞として酵母、細菌、昆虫細胞、植物、又は動物細胞を用いる、請求項1~4のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
VLPの精製工程をさらに含む、請求項1~5のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項に記載の製造方法により得られるウイルス様粒子(VLP)を用いる、医薬組成物の製造方法。
【請求項8】
医薬組成物は防御免疫の誘発に用いられる、請求項7に記載の製造方法。
【請求項9】
医薬組成物はワクチンである、請求項7又は8に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は、ウイルス様粒子の製造方法、それにより得られるウイルス様粒子、及びウイルス様粒子の医薬組成物への使用に関する。
【背景技術】
【0002】
ウイルス様粒子(virus-like particle、以下「VLP」ということもある)は、ウイルス粒子と類似の構造を有する。その一方、ウイルス様粒子は、内部に遺伝子情報(DNA又はRNA)を有さない点でウイルス粒子と異なり、感染や増殖する能力を有さない。このため、ウイルス様粒子は、ウイルス感染に対するワクチンの抗原等として製造され、利用されている。
【0003】
特許文献1には、植物を用いてウイルス様粒子等の様々なタンパク質を製造する方法が開示されている。この方法は、目的とするタンパク質をコードするポリヌクレオチドを有するアグロバクテリウムを植物に感染させ、特定波長領域の光エネルギーを照射することによってタンパク質の発現効率を向上させることを特徴としている。この方法では、目的タンパク質の精製工程において、プロテアーゼインヒビターが添加されている。
【0004】
特許文献2には、抗原結合タンパク質がウイルス由来の外殻タンパク質に内包された構造を有するウイルス様粒子を含む免疫誘導剤の製造方法が開示されている。この方法では、ウイルス様粒子の精製工程において、プロテアーゼインヒビターを添加し、プロテアーゼ活性を抑制することが行われている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開公報2015/034042
【特許文献2】特開2017-100977号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、先行技術に記載されるような従来の製造方法によっては、ウイルス様粒子の生産効率がよくない場合もあり得る。本発明は、ウイルス様粒子の効率的な生産方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願の発明者は、ウイルス様粒子を産生させる工程において、ウイルス様粒子の分解が起こっていることを突き止めた。本発明は、このような知見に基づいて完成された。
本発明は、以下を提供する。
(1)カプシドタンパク質をコードする遺伝子が導入された宿主細胞を培養し、当該培養中にプロテアーゼインヒビターを添加し、ウイルス様粒子(VLP)を産生させる工程を含む、VLPの製造方法。
(2)プロテアーゼインヒビターは、セリンプロテアーゼ、システインプロテアーゼ、アスパラギン酸プロテアーゼ、及びこれらの組み合わせからなる群より選ばれるプロテアーゼに対するインヒビターである、(1)に記載の製造方法。
(3)培地pHが6.2~6.8になった場合、
宿主細胞の生細胞数が培養開始時の生細胞数の80%以下になった場合、又は
宿主細胞の培養開始後2日目~4日目
にプロテアーゼインヒビターを添加する、(1)又は(2)に記載の製造方法。
(4)VLPはノロウイルスのVLPである、(1)~(3)のいずれかに記載の製造方法。
(5)宿主細胞として酵母、細菌、昆虫細胞、植物、又は動物細胞を用いる、(1)~(4)のいずれかに記載の製造方法。
(6)VLPの精製工程をさらに含む、(1)~(5)のいずれかに記載の製造方法。
(7)(1)~(6)のいずれかに記載の製造方法により得られるウイルス様粒子(VLP)を用いる、医薬組成物の製造方法。
(8)医薬組成物は防御免疫の誘発に用いられる、(7)に記載の製造方法。
(9)医薬組成物はワクチンである、(7)又は(8)に記載の製造方法。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】
図1は、精製後のVLPのSDS-PAGEゲル/クマシー染色を示す。(A)感染後3日目にプロテアーゼインヒビターを添加、(B)感染後4日目にプロテアーゼインヒビターを添加、(C)プロテアーゼインヒビターの添加なし。VP1単量体タンパク質に相当するバンドの位置に印をつけた。
【
図2】
図2は、HPLC-SECでのPDA検出によるVLP粒子のピークを示す。(A)感染後3日目にプロテアーゼインヒビターを添加、(B)感染後4日目にプロテアーゼインヒビターを添加、(C)プロテアーゼインヒビターの添加なし。VLPに相当するピークに印をつけた。
【
図3】
図3は、培養における、(A)組換えバキュロウイルス感染細胞の生細胞数の割合の経時的変化、(B)培地pHの経時的変化を示す。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明は、ウイルス様粒子(VLP)の製造方法を提供する。この製造方法は、カプシドタンパク質をコードする遺伝子が導入された宿主細胞を培養し、当該培養中にプロテアーゼインヒビターを添加し、ウイルス様粒子を産生させる工程を含む。
【0010】
ウイルス様粒子はカプシドタンパク質を構成要素として含むものであれば特に制限されない。ウイルス様粒子は、その内部にウイルス遺伝子を有さない点でウイルス粒子と異なるが、ウイルス粒子と類似の構造を有する。このため、ウイルス様粒子は感染能力を有さないが、ウイルス抗原として利用することが可能である。
【0011】
カプシドタンパク質は、ウイルス様粒子を構成する外殻タンパク質である。カプシドタンパク質はウイルスから取得することができ、そして、そのアミノ酸配列をシークエンスすることができる。ウイルスからのカプシドタンパク質の取得とそのアミノ酸配列のシークエンスは、公知の方法を用いて行うことができるため、当業者は、特段の説明を要することなく実施することができる。カプシドタンパク質のアミノ酸配列に基づいて、それをコードする遺伝子を取得することができる。このような遺伝子も、公知の方法を用いて取得することが可能である。また、カプシドタンパク質のアミノ酸配列及び/又は遺伝子配列の情報は、公開された情報源から入手することもできる。例えば、そのような情報源として、インターネット等で公開されているデータベース(限定されないが、GenBank、EMBL、DDBJ(日本DNAデータベース)など)が挙げられる。本発明において、カプシドタンパク質のアミノ酸配列又は遺伝子配列は、1又は複数の変異が導入されたものであってもよい。例えば、カプシドタンパク質のアミノ酸配列又は遺伝子配列は、上記のようにして入手し得る配列に対して、置換、挿入、削除、及び修飾から選ばれる1又は複数の変異が導入されたものであってもよい。即ち、本発明において、ウイルス様粒子は、天然に存在するものと同じアミノ酸配列を有するもの、及び当該配列に1又は複数の変異が導入されたものであってもよい。
【0012】
本発明において用いる宿主細胞は、カプシドタンパク質をコードする遺伝子に基づいてカプシドタンパク質を生産できるものであれば、特に制限されない。当業者は、任意の宿主細胞を選択することができる。例えば、昆虫細胞(例えば、Sf9、Hi5(High five)細胞など)、大腸菌、酵母(例えば、サッカロマイセス・セレビシエ、サッカロマイセス・ポンベ、ピキア・パストリなど)、植物細胞、哺乳類細胞(CHO、HEKなど)、及びその他の公知の細胞を宿主細胞として用いることができる。
【0013】
カプシドタンパク質をコードする遺伝子の宿主細胞への導入は、公知の方法を用いて行うことができる。当業者は、そのような方法を熟知しており、特段の説明は要しない。例えば、カプシドタンパク質をコードする遺伝子を発現ベクターに組み込み、当該発現ベクターを宿主細胞に導入することができる。本発明において利用できる発現ベクターは、特に制限されないが、例えば大腸菌発現用のpET、酵母発現用のpAUR、昆虫細胞発現用のpIEx-1、動物細胞発現用のpBApo-CMVが挙げられるが、その他の公知のものも利用可能である。当業者は、宿主細胞に応じて、適切な発現ベクターを選択することができる。一態様として、宿主細胞(例、High five細胞)に任意のMOI(多重感染度(Multiplicity of Infection))(例えばMOI=5.0)で、組換えバキュロウイルスを感染させることができる。なお、遺伝子若しくはポリヌクレオチドの抽出、濃縮、及び精製は、公知の方法を用いて行うことができる。
【0014】
本発明において、カプシドタンパク質をコードする遺伝子が導入された宿主細胞の培養は、ウイルス様粒子が産生される限りにおいて、任意の条件で行うことができる。例えば、使用する培地に関して、成分、成分濃度、粘度、pH、殺菌時間、殺菌温度などは任意に設定することができる。培地は、いずれの形状であってもよい。例えば、培地は、液状又は固体状であり得るが、液状が好ましい。そして、培養において、培地中の宿主細胞の数、培養温度、培養時間、酸素濃度、栄養源(炭素源、窒素源など)濃度、培地pH、及び排出ガス(アンモニア、二酸化炭素など)等の各種培養パラメータの監視及び/又は制御を行うことができる。当業者は、このような各種条件を適宜設定することができる。
【0015】
本発明のウイルス様粒子の製造方法は、カプシドタンパク質をコードする遺伝子が導入された宿主細胞の培養中にプロテアーゼインヒビター(プロテアーゼ阻害剤)を添加する工程を含む。プロテアーゼインヒビターは、培地中に存在し得るプロテアーゼの少なくとも1つに対して阻害作用を有するものであればよい。プロテアーゼインヒビターは、例えば、セリンプロテアーゼ、システインプロテアーゼ、アスパラギン酸プロテアーゼ、グルタミン酸プロテアーゼ、メタロプロテアーゼ、アスパラギンプロテアーゼ、スレオニンプロテアーゼ、及びこれらの組み合わせからなる群より選ばれるプロテアーゼに対するインヒビターが挙げられるが、これらに限定されない。プロテアーゼインヒビターは、1種類を単独で使用してもよいし、2種以上を組み合わせて使用してもよい。例えば、セリンプロテアーゼ、システインプロテアーゼ、アスパラギン酸プロテアーゼ、及びこれらの2又は3つの組み合わせに対するインヒビターを使用してもよい。本発明において利用し得るプロテアーゼインヒビターの具体例として、フッ化4-(2-アミノエチル)ベンゼンスルホニル塩酸塩(AEBSF)、アプロチニン、E-64、ロイペプチンヘミ硫酸塩一水和物、エチレンジアミン四酢酸二水素二ナトリウム二水和物(EDTA)、ベスタチン、ペプスタチンA、MG-101(ALLN)、アンチパイン(N-(Nα-カルボニル-Arg-Val-Arg-アル)-Phe)、フェニルメチルスルホニルフルオリド(PMSF)、ベンズアミジン塩酸塩水和物を挙げることができる。
【0016】
プロテアーゼインヒビターは、カプシドタンパク質をコードする遺伝子が導入された宿主細胞の培養中、いずれの時期で添加してもよい。例えば、カプシドタンパク質をコードする遺伝子が導入された宿主細胞の培養開始と同時にプロテアーゼインヒビターを添加してもよい。例えば、カプシドタンパク質をコードする遺伝子が導入された宿主細胞の培養の途中でプロテアーゼインヒビターを添加してもよい。例えば、カプシドタンパク質をコードする遺伝子が導入された宿主細胞の培養の途中で、特定のパラメーターを指標にしてプロテアーゼインヒビターを添加してもよい。特定のパラメーターとしては、宿主細胞の数、培養日数、培養時間、酸素濃度、培地成分(炭素源、窒素源など)の濃度、培地pH、排出ガス(アンモニア、二酸化炭素など)、タンパク質濃度、カプシドタンパク質若しくはウイルス様粒子の濃度、酵素活性(プロテアーゼ活性など)、及び固形分濃度などが挙げられるが、これに限定されない。
【0017】
例えば、培養中のカプシドタンパク質をコードする遺伝子が導入された宿主細胞の生細胞数を指標にして、プロテアーゼインヒビターを添加することができる。例えば、培養中の宿主細胞の生細胞数が、培養開始時の宿主細胞の生細胞数の80%以下、60%以下、又は55%以下になった際に、プロテアーゼインヒビターを添加することができる。必要であれば、上記の生細胞数の数値範囲の下限を、培養開始時の宿主細胞の生細胞数の7%以上又は8%以上に設定してもよい。理論に拘束されるものではないが、宿主細胞の生細胞数が、培養開始時の宿主細胞の生細胞数の80%より高い場合にプロテアーゼインヒビターを添加すると、細胞死が起こり、目的産物の収量が減少することがあり得る。そして宿主細胞の生細胞数が、培養開始時の宿主細胞の生細胞数の7%より低い場合においては、すでにプロテアーゼが分解されていることがあり、プロテアーゼインヒビターを添加する必要がないことがあり得、また、目的産物の純度が低下することもあり得る。生細胞数の測定は、限定されないが、次のように行うことができる。培養工程の任意の時期(例えば、培養開始時、0日目、1日目、2日目、3日目、4日目、7日目)で、培養液を採取(例:100μl)し、トリパンブルーと混合した後、特定の大きさを有する宿主細胞(例えば、High five細胞が宿主細胞の場合は12~22μmであり得る。)の数を測定する。ここで、細胞数の測定は、自動計測器(セルカウンターTC20(商標)、Bio-Rad)を用いて行ってもよい。
【0018】
また、生細胞数に代えて、又は生細胞数と組み合わせて、カプシドタンパク質をコードする遺伝子が導入された宿主細胞の培養中の培地pHを指標にしてプロテアーゼインヒビターを添加することもできる。例えば、培地pHが6.2~6.8、6.3~6.8、又は6.2~6.7に達した際に、プロテアーゼインヒビターを添加することができる。理論に拘束されるものではないが、培地pHが6.8より高い場合にプロテアーゼインヒビターを添加すると、細胞死が起こり、目的産物の収量が減少することがあり得る。そして培地pHが6.2より低い場合においては、すでにプロテアーゼが分解されていることがあり、プロテアーゼインヒビターを添加する必要がないことがあり得、また、目的産物の純度が低下することもあり得る。なお、宿主細胞の培養中、培養条件によっては、培地pHが上記のpH範囲に達することが複数回起こり得る。例えば、宿主細胞の培養開始後、培地pHは上記のpH範囲に達し(最初又は1回目の到達)、その後、培地pHは当該pH範囲を外れるが、再び当該pH範囲に達する(2回目の到達)(3回目以降の到達も同様)ことがあり得る。本発明においては、好ましくは、培地pHが上記のpH範囲に最初に達した(1回目の到達)際にプロテアーゼインヒビターを添加する。
【0019】
さらに、生細胞数及び/又は培養中の培地pHに代えて、或いは生細胞数及び/又は培養中の培地pHと組み合わせて、カプシドタンパク質をコードする遺伝子が導入された宿主細胞の培養日数を指標にして、プロテアーゼインヒビターを添加することができる。例えば、宿主細胞の培養開始後、2日目~5日目、3日目~4日目、又は3日にプロテアーゼインヒビターを添加することができる。理論に拘束されるものではないが、培養開始後2日目より前にプロテアーゼインヒビターを添加すると、細胞死が起こり、目的産物の収量が減少することがあり得る。そして培養開始後5日目より後においては、すでにプロテアーゼが分解されていることがあり、プロテアーゼインヒビターを添加する必要がないことがあり得、また、目的産物の純度が低下することもあり得る。
【0020】
プロテアーゼインヒビターの添加量は特に制限されず、当業者は適宜設定することが可能である。プロテアーゼインヒビターは、必要量を一度に添加してもよいし、複数回に分けて添加してもよい。より具体的な例として、入手可能なプロテアーゼインヒビター製剤を使用説明書に示される方法で培地に添加することができる。或いは、当該製剤を培養液に対して適切な量(例として培養液50mlに対して1錠の製剤)で添加することができる。
【0021】
本発明において、ウイルス様粒子は、その取得又は利用に関するいずれの時期において、必要に応じて抽出及び/又は精製の操作に付してもよい。例えば、ウイルス様粒子の抽出/精製は、上記したウイルス様粒子を産生させる工程の後に行うことができる。当業者は、タンパク質の抽出及び/又は精製に関し、公知の方法を適宜選択し、利用することができる。例えば、ポリエチレングリコール(PEG)、密度勾配遠心分離、宿主細胞の溶解、濾過、及びクロマトグラフィー等の手法が挙げられる。
【0022】
本発明において、ウイルス様粒子又はカプシドタンパク質は、任意のウイルスに由来することができる。例えば、ウイルスは、同じ又は異なる科(family)、属(genera)、或いは種(species)のウイルスであることができる。一般的に、同じ属のウイルス由来のカプシドタンパク質は立体構造が類似し得る。このため、同じ属のウイルスに由来する任意のカプシドタンパク質を用いて、ウイルス様粒子を構成し得る。或いは、ウイルスは、同じ又は異なる遺伝子群(genogroup)、遺伝子型(genotype)、又は血清型(serotype)のウイルスであることができる。また、ウイルスは、いずれの宿主に感染するものであってもよい。例えば、104細菌に感染する細菌ウイルス、植物に感染する植物ウイルス、又は動物に感染する動物ウイルスが挙げられる。より具体的には、カリシウイルス科のウイルスである。カリシウイルス科には、ラゴウイルス(Lagovirus)属、ノロウイルス(Norovirus)属、ヘペウイルス(Hepevirus)属、サポウイルス(Sapovirus)属、ネボウイルス(Nebovirus)属が含まれる。
【0023】
ノロウイルスには、10の遺伝子群(GI、GII、GIII、GIV、GV、GVI、GVII、GVIII、GIX、GX)が存在することが知られている。GI、GII、GIV、GVIII、及びGIXに属するノロウイルスはヒトに感染し、GIIIに属するノロウイルスはウシに感染し、GVに属するノロウイルスはマウスに感染し、GVIに属するノロウイルスはネコに感染し、GVIIに属するノロウイルスはイヌに感染し、GXに属するノロウイルスはコウモリに感染することが知られている。各遺伝子群には、ノロウイルスの遺伝子配列に基づいて分類又はクラスタリングされた、遺伝子型が存在する。例えば、GI及びGIIに関していえば、様々な遺伝子型が存在することが知られている。現時点では、GIは9つの遺伝子型(GI.1~9)、そしてGIIは27の遺伝子型(GII.1~27)が存在する。限定されるものではないが、ノロウイルスには、例えば、ノーウォーク(M87611)、サザンプトン(L07418)、デザートシールド395(U04469)、チバ407(AB042808)、マスグローヴ(AJ277609)、ヘッセ(AF093797)、ウィンチェスター(AJ277609)、ボクサー(AF538679)、ヴァンクーバー730(HQ637267)、ハワイ(U07611)、メルクシャム(X81879)、スノーマウンテン、イバラキ197(LC213885)、MK04(DQ456824)、Hubei027(MH068811)、HuzhouNS17116(MG763368)、218001(MK614154)、TV24(U02030)、NS17-A863(MG892947)、NS17-A928(MG892950)、NS17-A1335(MG892956)、ブリストル(X76716)、ヒリングドン(AJ277607)、シークロフ(AJ277620)、DingHai30(MH068811)、GZ2010-L96(JX989075)、NORO_173(MH218642)、PA226(MH114014)、15-BA11(MH279838)、016Q01(KY407213)、リーズ(AJ277608)、アムステルダム(AF195848)、VA97207(AY038599)、エアフルト546(AF427118)、Sw918(AB074893)、ウォートリー(AJ277618)、M7(AY130761)、ティフィン(AY502010)、CS-E1(AY502009)、カワサキ308(LC037415)、OH-QW101(AY823304)、OH-QW170(AY823306)、ルッケンヴァルデ591(EU373815)、IF1998(AY675554)、ユリ(AB083780)、ロレート1847(KT290889)、ロレート1972(KY225989)、ペキン53931(GQ856469)、レオン4509(KU306738)、ロレート0959(MG495077)、ロレート1257(MG495079)、PNV06929(MG706448)、CHDC5191(ACT76139)、キャンバーウェル(AF145896)、ローズデール(X86557)、グリムズビーウイルス(AJ004864)、マイアミビーチ(AF414424)、ファーミントンヒルズ(AY502023)、ヒューストン(EU310927)、チバ04-1050(AB220921)、ハンター504D(DQ078814)、デンハーグ89(EF126956)、サガ1(AB447456)、アオモリ2(AB447433)、ヤーセキ38(EF126963)、アペルドールン317(AB445395)、オオサカ1(AB541319)、OC07138(AB434770)、ニューオーリンズ1805(GU445325)、シドニーNSW0514(JX459908)、ワシントン0207(MK754446)、及びCUHK-NS-2200(MN400355)等(括弧内はゲノムアクセッション番号)が含まれる。本発明において、ノロウイルス由来のカプシドタンパク質は、VP1カプシドタンパク質を含むことができる。或いは、カプシドタンパク質は、VP1カプシドタンパク質からなることができる。カプシドタンパク質又はVP1カプシドタンパク質は、ウイルス様粒子を形成し得る限りにおいて、天然に存在するものと同じアミノ酸配列を有するものであってもよいし、又は当該配列に1又は複数の変異が導入されたものであってもよい。
【0024】
本発明の方法によれば、カプシドタンパク質が製造過程で分解されることを抑制し得る。特に、カプシドタンパク質をコードする遺伝子が導入された宿主細胞を培養する工程において、培養系に存在するプロテアーゼによるカプシドタンパク質の分解を抑制し得る。その結果として、ウイルス様粒子の製造効率を高め得る。また、均一なウイルス様粒子を製造することにも寄与し得る。さらに、製造過程において、分解されたカプシドタンパク質を除き、ウイルス様粒子を再構成する工程を行わないこともなし得る。
【0025】
<医薬組成物の製造方法>
本発明は、上記した方法によって製造されるウイルス様粒子を、医薬組成物の製造に用いることができる。当該ウイルス様粒子は、医薬組成物の有効成分として利用し得る。従って、本発明は、医薬組成物の製造方法をさらに提供する。
【0026】
本発明において、医薬組成物は、目的とする効能が発揮され得る限りにおいて、任意の追加成分を含んでいてもよい。追加成分は、公知のものを適宜選択することができる。例えば、賦形剤、希釈剤、pH調整剤、保存剤、担体、懸濁化剤、可溶化剤、増粘剤、安定剤、防腐剤、浸透剤、免疫調整剤、及びアジュバント等が挙げられる。
【0027】
医薬組成物は、経口用及び非経口用のいずれであってもよく、そして、意図する投与経路を適宜選択することができる。本発明の医薬組成物は、静脈、動脈、筋肉、腹膜、鼻腔、経皮、皮下、頬側、舌下、直腸、口腔、眼、膣、肺、及び経口など、任意の経路で投与することができる。
【0028】
医薬組成物の形状は、限定されないが、例えば、錠剤、カプセル、丸薬、シロップ、エリキシル剤、エマルジョン、エアロゾル、水性又は非水性の注射溶液、或いは、注射溶液用の粉末、顆粒、又は錠剤(水性又は非水性のような液体賦形剤を添加し、注射溶液を調製する)にすることができる。
【0029】
医薬組成物は、ウイルス感染症、ウイルスにより誘導された疾患、又は当該感染症及び/又は疾患に関連する少なくとも1つの症状を、処置(予防、治療、軽減、又は改善)し得る。ここでいうウイルスについては、上記の説明が当てはまる。そして、これらの感染症、疾患、又は症状は、例えば、急性胃腸炎、及び関連する症状(悪心、下痢、軟便、嘔吐、吐き気、発熱、倦怠感、疲労、胃痙攣、悪寒、筋肉痛、頭痛などの少なくとも1つ)が挙げられる。但し、ここで挙げたものに限定されない場合があることは理解されるべきである。上記の予防、治療、軽減、又は改善は、感染因子を中和する、感染因子の細胞への侵入を阻害する、感染因子の複製を阻害する、宿主細胞を感染又は破壊から防御する、又は抗体産生を刺激することによって達成されてもよいが、これに限定されない。
【0030】
医薬組成物は、ウイルス感染症、ウイルスにより誘導された疾患、又は当該感染症及び/又は疾患に関連する少なくとも1つの症状を、予防、治療、軽減、又は改善するために有効な量で、対象に投与することができる。当該対象は、ウイルスに感染し得る対象であればよく、例えば、哺乳類(ヒト、ブタ、ウシ、げっ歯類、イヌ、ネコ等)であり得る。当該有効な量は、組成物を適用する対象、投与経路、投与形態などを考慮して、適宜設定可能である。
【0031】
また、医薬組成物は、ウイルスに対する防御免疫を誘導し、これによって、ウイルス感染症、ウイルスにより誘導された疾患、又は当該感染症及び/又は疾患に関連する少なくとも1つの症状を、予防、治療、軽減、又は改善するために用いることが可能である。ここで、ウイルスに対する「防御免疫」の誘導とは、感染因子(ウイルス、それ由来の物質、又はそれにより生産される物質)に対する免疫又は免疫応答を誘発することを意味する。防御免疫応答は、体液性免疫応答と細胞媒介性免疫応答のいずれに起因するものであってもよい。ウイルスに対する防御免疫が誘導されると、当該誘導がされる前に比べて、対象においてウイルスに対する抗体価が高くなり得る。抗体価の測定は、公知の方法により行うことができる。従って、本発明の医薬組成物は、ワクチン用組成物とすることが可能である。
【0032】
医薬組成物は、例えば、ノロウイルスが関与する感染症、疾患、症状の処置に利用し得る。ノロウイルスについては上記で説明した通りである。本発明の医薬組成物が標的とするノロウイルスは制限されず、いずれの遺伝子群又は遺伝子型に属するものであってもよい。但し、医薬組成物に含まれる、ウイルス様粒子又はこれを構成するカプシドタンパク質の由来によって、標的になるノロウイルスが定まることは理解されるべきである。限定されないが、例えば、医薬組成物に含まれる、ウイルス様粒子又はカプシドタンパク質が:
・ノロウイルスGIに由来するカプシドタンパク質を含む場合には、医薬組成物の標的は少なくともノロウイルスGIになり、
・ノロウイルスGIIに由来するカプシドタンパク質を含む場合には、医薬組成物の標的は少なくともノロウイルスGIIになり、
・ノロウイルスGI及びGIIに由来するカプシドタンパク質を含む場合には、医薬組成物の標的は少なくともノロウイルスGI及びGIIになる。
【0033】
ウイルス様粒子が2種以上のカプシドタンパク質より構成される場合、多価の抗原性を有する医薬組成物の製造に有益になり得る。
【実施例0034】
以下の実施例により、発明をより詳細に説明する。当該実施例は、発明をより理解する目的で提供されたものであり、発明の範囲を限定することを意図するものではない。
[実施例1]VLPの調製
組換えバキュロウイルスの調製
ノロウイルスのウイルス株のVP1をコードする遺伝子(DNA)をトランスファーベクター(pFastBacTM 1 vector,Thermo Fisher Scientific,Cat.No.10360014)に組み込んだ。次に、このトランスファーベクターを、バキュロウイルスゲノムDNAを保持する大腸菌(MAX EfficiencyTM DH10Bac Competent Cells,Thermo Fisher Scientific,Cat.No.10361012)に導入し、相同性組換えにより、目的DNAをバキュロウイルスゲノムDNAに組み込んだ。大腸菌より、バキュロウイルスゲノムDNAを抽出・精製(QIAprep Spin Miniprep Kit,QIAGEN,Cat.No.27106)し、昆虫細胞(Sf9細胞)に導入した(LipofectamineTM LTX Reagent with PLUSTM Reagent,Thermo Fisher Scientific,Cat.No.15338100)。この昆虫細胞を培養し、培養上清から組換えバキュロウイルスを得た。
【0035】
ウイルス様粒子(VLP)の調製
上記のようにして得られた組換えバキュロウイルスを、昆虫細胞(High Five細胞)にMOI=5で感染させ、ノロウイルスのVP1をコードする遺伝子を当該昆虫細胞に導入した。昆虫細胞の培養(培養温度26~28℃)を開始し、感染後3日目(培養開始後3日目)又は感染後4日目(培養開始後4日目)にプロテアーゼインヒビター(cOmplete(登録商標) ULTRA錠、EDTAフリー、ガラスバイアル プロテアーゼインヒビターカクテル,Roche,Cat.No.6538282001)(セリンプロテアーゼ、システインプロテアーゼ、及びアスパラギン酸プロテアーゼのインヒビターを含む)を添加(培養液50mlに対して1錠の割合)し、感染後7日目(培養開始後7日目)に培養を終了させた。培養液を回収し、10,000×gで60分間遠心分離し、培養上清と細胞ペレットを分離させた。上清画分を回収し、塩化セシウムによる密度勾配遠心分離に供し、VLPを精製した。また、培養中にプロテアーゼインヒビターを添加しない対照試験も実施した。
【0036】
[実施例2]VLPの純度
SDS-PAGE
実施例1で得られた精製VLPのサンプルを、サンプルバッファー(DTTを含む)(4×Laemmli Sample Buffer,Bio-Rad Laboratories,Cat.No.#161-0747)と混合し、95℃で5分加熱した。加熱後の混合液を、4-15%SDS-PAGEゲル(Biorad)にアプライし、200Vで30分間電気泳動した。泳動後のゲルを、クマシー(Bio-Safe Coomassie Stain,Bio-Rad Laboratories,Cat.No.#1610787)で染色したのち、D.Wを用いる20分間の脱色を3回繰り返した。ゲル画像はゲル撮影装置(Biorad)を用いて取得した。
【0037】
SDS-PAGEの分析結果を
図1に示す。培養中にプロテアーゼインヒビターを添加したサンプルでは、VP1単量体タンパク質に相当するバンドが60kDa付近に検出された(
図1A及びB)。プロテアーゼインヒビターを感染後3日目及び4日目に添加した場合のいずれについても、同様の結果であった。感染後4日目にプロテアーゼインヒビターを添加した場合、感染後3日目にプロテアーゼインヒビターを添加した場合に比べると、僅かに夾雑バンドが確認された。一方、培養中にプロテアーゼインヒビターを添加しなかった対照試験のサンプル(
図1C)では、60kDa付近にバンドは検出されなかったが、夾雑バンドが検出された。これらの夾雑バンドはプロテアーゼによるVP1単量体タンパク質の分解物であり得る。
【0038】
サイズ排除クロマトグラフィー(SEC)
実施例1で得られた精製VLPのサンプルを、流速0.8ml/minで、TSKgel G6000PWXLカラム(Tosoh Bioscience,Cat.No.0008024)にアプライした。溶出物をPDA検出器(Waters)で検出した。移動相およびVLPサンプルの希釈はリン酸緩衝液(pH=7.4)を使用した。
【0039】
SECの分析結果を
図2に示す。培養中にプロテアーゼインヒビターを添加したサンプルでは、VLPに相当する位置にメインピークが検出された(
図2A及びB)。プロテアーゼインヒビターを感染後3日目及び4日目に添加した場合のいずれについても、同様の結果であった。一方、培養中にプロテアーゼインヒビターを添加しなかった対照試験のサンプル(
図2C)では、VLPに相当する位置のピークは小さかった。
【0040】
[実施例3]宿主細胞の生細胞数、培地pH
培養中のプロテアーゼインヒビターの添加に関して、培養日数以外に指標になり得るパラメーターを検討した。
【0041】
ノロウイルスのウイルス株(GII.4又はGII.6)のVP1をコードする遺伝子が導入された組換えバキュロウイルスを調製した。
High five細胞8.0×105cells/mLにMOI(多重感染度)=5.0となるように、組換えバキュロウイルスを感染させ、VP1をコードする遺伝子を導入した。当該High five細胞の培養を開始し、培養0日目(感染直後)、1日目、2日目、3日目、4日目、及び7日目の培養液を採取した。採取した培養液100μLをトリパンブルーと1:1で混合した後、セルカウンター(TC20(商標)、Bio-Rad)で12-22μmの大きさの細胞数を測定し、生細胞数とした。また、培養開始後2日目(感染後2日目)、3日目、4日目、及び7日目の培養液のpHをpHメーターで測定した。
【0042】
実施例2において、VP1をコードする遺伝子が導入された宿主細胞の培養開始後(感染後)3日目~4日目にプロテアーゼインヒビターを添加することによって、VLPが効率的に製造し得ることが確認されている。培養開始後(感染後)3日目~4日目において、宿主細胞の生細胞数は、培養開始時の生細胞数のおよそ56%~8%(およそ4.5×10
5cells/mL~0.64×10
5cells/mL)であり(
図3A)、培地pHはおよそpH6.4~6.3であった(
図3B)。
【0043】
このことから、プロテアーゼインヒビターを添加する時期は、VP1をコードする遺伝子が導入された宿主細胞の培養における、生細胞数、培地pH、培養日数、又はこれらの組み合わせを指標にして判断できることが示唆される。