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特開2024-142959陽イオン交換膜、イオン交換膜セル及び電気透析装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024142959
(43)【公開日】2024-10-11
(54)【発明の名称】陽イオン交換膜、イオン交換膜セル及び電気透析装置
(51)【国際特許分類】
   B01J 47/12 20170101AFI20241003BHJP
   B01J 39/05 20170101ALI20241003BHJP
   B01J 39/20 20060101ALI20241003BHJP
   B01D 61/46 20060101ALI20241003BHJP
【FI】
B01J47/12
B01J39/05
B01J39/20
B01D61/46 500
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023055386
(22)【出願日】2023-03-30
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)2020年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「ムーンショット型研究開発事業/地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】503361709
【氏名又は名称】株式会社アストム
(71)【出願人】
【識別番号】304020177
【氏名又は名称】国立大学法人山口大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107984
【弁理士】
【氏名又は名称】廣田 雅紀
(74)【代理人】
【識別番号】100182305
【弁理士】
【氏名又は名称】廣田 鉄平
(74)【代理人】
【識別番号】100096482
【弁理士】
【氏名又は名称】東海 裕作
(74)【代理人】
【識別番号】100131093
【弁理士】
【氏名又は名称】堀内 真
(74)【代理人】
【識別番号】100150902
【弁理士】
【氏名又は名称】山内 正子
(74)【代理人】
【識別番号】100141391
【弁理士】
【氏名又は名称】園元 修一
(74)【代理人】
【識別番号】100221958
【弁理士】
【氏名又は名称】篠田 真希恵
(74)【代理人】
【識別番号】100192441
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 仁
(72)【発明者】
【氏名】比嘉 充
(72)【発明者】
【氏名】杉本 悠
(72)【発明者】
【氏名】福田 憲二
(72)【発明者】
【氏名】土井 正一
【テーマコード(参考)】
4D006
【Fターム(参考)】
4D006GA17
4D006HA47
4D006MA03
4D006MA13
4D006MA14
4D006MC63
4D006PA01
4D006PB08
(57)【要約】
【課題】本発明の課題は、特定の陽イオン、特にアンモニウムイオンに対する選択性が高い陽イオン交換膜を提供することにある。
【解決手段】W=(W-W)/Wにより求めた含水率が0.05~0.2である陽イオン交換膜(ただし、Wは含水率、Wは湿潤重量、Wは乾燥重量である。)。
【選択図】図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の式(A)により求めた含水率が0.05~0.2である陽イオン交換膜。
W=(W-W)/W (A)
(ただし、式(A)中、Wは含水率、Wは湿潤重量、Wは乾燥重量である。)
【請求項2】
NHClの濃度が0.5mol/LのNHCl水溶液中で25℃での膜抵抗が2.0Ωcm以下である請求項1記載の陽イオン交換膜。
【請求項3】
アンモニウムイオン濃縮用陽イオン交換膜である請求項1又は2記載の陽イオン交換膜。
【請求項4】
陽イオン交換膜を構成する陽イオン交換樹脂が、芳香族炭化水素系の樹脂に陽イオン交換基を導入した構造の樹脂である請求項1又は2記載の陽イオン交換膜。
【請求項5】
陽イオン交換膜を構成する陽イオン交換樹脂が、スルホン化ポリエーテルスルホン又はスルホン化スチレン-ジビニルベンゼン系共重合体である請求項4記載の陽イオン交換膜。
【請求項6】
陰イオン交換膜と請求項1又は2記載の陽イオン交換膜とが対向して配置されたイオン交換膜セル。
【請求項7】
陽極、陰極、陽イオン交換膜及び陰イオン交換膜を備える電気透析装置であって、前記陽イオン交換膜が請求項1又は2記載の陽イオン交換膜である電気透析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、含水率が0.05~0.2である陽イオン交換膜並びに前記陽イオン交換膜を使用するイオン交換膜セル及び電気透析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
廃水中のイオンを濃縮分離する技術には、蒸留法、イオン交換法や吸着法、逆浸透(RO)膜法、正浸透(FO)膜法、ブラインコンセントレーション(BC)法、電気透析(ED)法、ドナン透析法等がある。これらにおいて、蒸留法は幅広い範囲の塩濃度や水質の処理水に対応可能で、耐汚染性に優れているが、多大なエネルギー消費を必要とし、特に希薄溶液の処理には不適である。イオン交換法や吸着法では、様々なイオン交換体や吸着剤が開発されているが、イオン交換材や吸着剤の再生プロセスが必要であるため、連続的運転は難しく、イオン交換材や吸着剤を再生する設備や薬品が必要となるため、連続的処理には不向きである。RO膜法では浸透圧以上の圧力を廃水に加えて脱水することでイオンを濃縮するため、希薄溶液からの濃縮では電力コストが高くなる。かつ膜汚染物質が含まれる廃水では膜の洗浄や交換の頻度が多くなる。また膜の耐圧限界から高い塩濃度の濃縮は困難である。FO膜法ではRO膜法と同様に脱水をすることでイオン濃縮を行う。駆動力溶質(DS)を使用することで、圧力を加える必要がなく、電力を必要としない利点はあるが、それ以外はRO膜と同様な問題点を有する。ブラインコンセントレーション(BC)法はFO膜モジュールを多段に直列接続することでRO膜よりも高塩濃度の濃縮が可能であるが、一方で濃縮液の一部を還流するため、RO膜法と比較して多くの膜面積を必要とする。ドナン透析法はFO膜法と同様にDSを使用してイオン濃縮分離するため、電力を必要としないが、DSと対象イオンを分離する必要がある。上記のとおりそれぞれ長所短所があるが、実際の処理水には不純物だけではなく、種々のイオンが存在するため、イオン交換法を除いては、これらのイオンによるスケール生成、及び目的とするイオン濃縮のエネルギー効率が低下するという問題点を有していた。
【0003】
ED法は、イオン交換膜を用いたイオンの濃縮や脱塩の技術であり、濃縮プロセスの場合、イオンを移動して濃縮するため、特に膜汚染物質や特定の微量イオンを分離濃縮する場合には有効である。高濃度の塩処理には電力を必要とするが、BC法と同様に高濃度処理が可能な技術である。しかし、ED法では目的とするイオン以外のイオンも同時に濃縮される。この場合、カルシウムイオン等の2価カチオンが濃縮されると膜中や膜表面または溶液流路中にスケールが生成して、膜破壊やシステム効率の低下を招く。そのため、カルシウムイオン等によるスケール生成を防ぐために、1価陽イオン選択透過性陽イオン交換膜を使用することが提案されている(特許文献1参照)。しかし、目的とするイオンと同じ価数のカチオン、例えば、1価のアンモニウムイオンを目的とする場合、ナトリウムイオン、カリウムイオン等の1価イオンが存在すると、目的以外のイオンの濃縮に電力が消費されるため、目的とするイオンの分離濃縮のエネルギー効率が低下するという問題点があった。従来、目的とする特定の陽イオンと異なる価数の陽イオンとの間の選択性だけでなく、同じ価数の陽イオンとの間の選択性にも優れる陽イオン交換膜は提案されていなかった。そのため、アンモニウムイオン等の目的とする特定の陽イオンを選択的に透過する陽イオン交換膜の開発が望まれていた。
【0004】
カチオンのうち特にアンモニウムイオンの分離濃縮が注目されているが、その理由は次の通りである。現在、廃ガスや廃水中の窒素化合物は多大なエネルギーをかけ無害化処理がなされている。しかしながら、処理されずに窒素化合物が放出されているケース、処理が不十分であるケースもあり、環境への影響が大きい。そこで、これらの人為活動に由来する有害な窒素化合物の無害化・資源化(CleanEarth)を実現する、廃水中窒素化合物の資源アンモニア化技術の構築が求められている。そのため、廃水中窒素化合物に着目し、それらをアンモニア(アンモニウムイオンを含む)に変換、濃縮することで有価物として利用できる形態(資源アンモニア)にする技術の開発が行われている。この技術の中では、排水中に存在するアンモニウムイオンを省エネルギーで分離濃縮することが注目されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007-268337号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、特定の陽イオン、特にアンモニウムイオンに対する選択性が高い陽イオン交換膜を提供することにある。さらには、特定の陽イオン、特にアンモニウムイオンに対する選択性が高く、膜抵抗の低い陽イオン交換膜を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、特定の陽イオンに対する選択性の高い陽イオン交換膜の検討を開始し、目的とする特定の陽イオンとしてアンモニウムイオンに対する選択透過性の高い陽イオン交換膜の検討を進めた。従来、陽イオン交換膜のイオン選択性を高める方法としては、膜表面に反対荷電層を形成する方法、膜表面に緻密層を形成する方法等が行われてきている(特許文献1参照)。例えば、陽イオン交換膜の表面に高分子カチオン層(正荷電層)を形成すると、Na、K等の1価陽イオンよりも、Ca、Mg等の2価陽イオンの方がこの正荷電層(反対荷電層)との静電反発力が大きいため、1価陽イオンを選択的に通す陽イオン交換膜が得られる。しかしながら、1価陽イオンの中でアンモニウムイオンを特に選択的に透過するといった選択透過性は得られなかった。一方、膜表面に緻密層を形成させた膜ではNa、K等の水和イオン半径の小さなイオンより、Ca、Mg等の水和イオン半径の大きなイオンの透過性が抑制される。しかし、Na、K等のイオン透過性の低減も大きいため実用的な膜は得られなかった。本発明者らは、従来とは全く異なる方法により選択透過性を有する陽イオン交換膜を得ることができないかと考え検討を進めたところ、陽イオン交換膜の含水率を特定の含水率とすることにより、アンモニウムイオンに対する選択性が発現することを見いだした。従来、陽イオン交換膜の含水率がアンモニウムイオンに対する選択性に影響することは、全く知られていなかった。さらに、本発明者らが見出した特定の含水率は、通常の陽イオン交換膜であれば検討しないレベルの低含水率であった。また、本発明者らが開発した陽イオン交換膜は、低含水率であるにもかかわらず低膜抵抗のものであった。本発明は、こうして完成されたものである。
【0008】
すなわち、本発明は以下に示す事項により特定されるものである。
[1]以下の式(A)により求めた含水率が0.05~0.2である陽イオン交換膜。
W=(W-W)/W (A)
(ただし、式(A)中、Wは含水率、Wは湿潤重量、Wは乾燥重量である。)
[2]NHClの濃度が0.5mol/LのNHCl水溶液中で25℃での膜抵抗が2.0Ωcm以下である上記[1]の陽イオン交換膜。
[3]アンモニウムイオン濃縮用陽イオン交換膜である上記[1]又は[2]の陽イオン交換膜。
[4]陽イオン交換膜を構成する陽イオン交換樹脂が、芳香族炭化水素系の樹脂に陽イオン交換基を導入した構造の樹脂である上記[1]又は[2]の陽イオン交換膜。
[5]陽イオン交換膜を構成する陽イオン交換樹脂が、スルホン化ポリエーテルスルホン又はスルホン化スチレン-ジビニルベンゼン系共重合体である上記[4]の陽イオン交換膜。
[6]陰イオン交換膜と上記[1]又は[2]の陽イオン交換膜とが対向して配置されたイオン交換膜セル。
[7]陽極、陰極、陽イオン交換膜及び陰イオン交換膜を備える電気透析装置であって、前記陽イオン交換膜が上記[1]又は[2]の陽イオン交換膜である電気透析装置。
【発明の効果】
【0009】
本発明の陽イオン交換膜は、特定の陽イオン、特にアンモニウムイオンに対する選択透過性に優れる。また、本発明の陽イオン交換膜は、特定の陽イオン、特にアンモニウムイオンに対する選択透過性に優れ、膜抵抗が低い。本発明のイオン交換膜セルは、電気透析等の装置に使用して、特定の陽イオン、特にアンモニウムイオンを選択的に濃縮することができる。本発明の電気透析装置は、特定の陽イオン、特にアンモニウムイオンを選択的に濃縮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、本発明のイオン交換膜セルを使用した一例を示す模式図である。
図2図2は、実施例と比較例で使用した膜抵抗の測定装置と測定条件を示す図である。
図3図3は、実施例と比較例で使用した電気透析試験装置を示す図である。
図4図4は、実施例1で作製した膜の写真である。
図5図5は、実施例1で作製した膜を使用した電気透析試験結果を示す図である。
図6図6は、実施例2で作製した膜を使用した電気透析試験結果を示す図である。
図7図7は、比較例1で作製した膜を使用した電気透析試験結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の陽イオン交換膜は、W=(W-W)/Wにより求めた含水率が0.05~0.2である。ここで、Wは含水率を表し、Wは乾燥質量を表し、Wは湿潤質量を表す。湿潤質量(W)は、Na型の陽イオン交換膜を水中で充分に平衡させたのち測定した値である。乾燥質量(W)は、それ以上乾燥操作を行っても質量が測定誤差の範囲でしか変化しなくなる質量である。本発明の陽イオン交換膜は、陽イオン交換膜の含水率が0.05~0.2という特定の範囲にあることから、アンモニウムイオンに対する選択透過性に優れる。本発明の陽イオン交換膜における含水率は、アンモニウムイオンに対する選択透過性により優れる観点から、0.09~0.17が好ましく、0.10~0.15がより好ましい。本発明の陽イオン交換膜は、電気透析でアンモニウムイオンを濃縮する際の消費エネルギーを抑制する観点から、NHClの濃度が0.5mol/LのNHCl水溶液中での膜抵抗が2.0Ωcm以下であることが好ましく、0.2~1.1Ωcmであることがより好ましく、0.3~0.9Ωcmであることが更に好ましい。本発明の陽イオン交換膜は、アンモニウムイオンに対する選択透過性に優れることから、電気透析(ED)装置等によりアンモニウムイオンを濃縮する用途に使用するアンモニウムイオン濃縮用陽イオン交換膜として好適である。
【0012】
本発明の陽イオン交換膜は、陽イオン交換樹脂又は陽イオン交換樹脂と支持体から構成される。本発明における陽イオン交換樹脂としては、陽イオン交換能を有する樹脂であれば特に制限されないが、例えば、主鎖又は側鎖に芳香環を有する芳香族炭化水素系の樹脂において該芳香環に陽イオン交換基を導入した構造のものを挙げることができる。主鎖に芳香環を有する炭化水素系の樹脂としては、陽イオン交換基を導入できる樹脂であれば特に制限されないが、例えば、ポリスルホン、ポリフェニレンスルフィド、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルイミド、ポリフェニレンオキシド、ポリエーテルスルホン、ポリベンズイミダゾール等を挙げることができ、側鎖に芳香環を有する樹脂としては、ポリスチレン、スチレンと他の単量体との共重合体、さらにはこれらをジビニルベンゼンと架橋共重合させた樹脂等を挙げることができる。陽イオン交換基は、水溶液中で正の電荷となり得る官能基であり、陽イオン交換基としては特に制限されないが、例えば、スルホン酸基、カルボン酸基、ホスホン酸基等を挙げることができ、強酸性基であるスルホン酸基を好適に挙げることができる。本発明における陽イオン交換樹脂としては、例えば、ポリエーテルスルホンにスルホン酸基を導入したスルホン化ポリエーテルスルホン、スチレンとジビニルベンゼンを架橋共重合させた重合体又はスチレンと他の単量体とジビニルベンゼンを架橋共重合させた重合体であるスチレン-ジビニルベンゼン系共重合体にスルホン酸基を導入したスルホン化スチレン-ジビニルベンゼン系共重合体等を挙げることができ、スルホン化スチレン-ジビニルベンゼン系共重合体としては、具体的には、例えば、スルホン化スチレン-ジビニルベンゼン共重合体、スルホン化(スチレン-クロロメチルスチレン-ジビニルベンゼン共重合体)等を挙げることができる。アンモニウムイオンに対する選択透過性をより向上させ、膜抵抗を低く抑える観点から、本発明における陽イオン交換樹脂としては、スルホン化ポリエーテルスルホン、スルホン化スチレン-ジビニルベンゼン共重合体及びスルホン化(スチレン-クロロメチルスチレン-ジビニルベンゼン共重合体)が好ましい。
【0013】
本発明おいて、陽イオン交換膜が支持体を有する場合、支持体としては、開口を有するものであれば特に制限されず、例えば、網、不織布、織布、多孔性樹脂フィルム等の各種の多孔性膜等を挙げることができる。支持体を有することにより、陽イオン交換膜の機械的強度が向上する。支持体は、陽イオン交換樹脂層中にあってもよく、陽イオン交換樹脂層の片面又は両面にあってもよく、支持体である多孔性膜の開口中に陽イオン交換樹脂が充填されていてもよい。本発明の陽イオン交換膜の膜厚は、1~100μmが好ましく、10~80μmがより好ましく、10~50μmが更に好ましい。
【0014】
本発明の陽イオン交換膜の製造方法は、特に制限されるものでなく、例えば、樹脂を成膜する通常の方法を使用することができる。例えば、陽イオン交換樹脂を溶媒に溶解した液を基板上にコーティングして膜を形成する方法や、支持体を使用する場合は、陽イオン交換樹脂を溶媒に溶解した液を支持体上にコーティングする方法、支持体の開口部に充てんする方法等を使用することができる。また、支持体の開口部に、スチレン、クロロメチルスチレン、ジビニルベンゼン等の単量体に重合開始剤等を加えた重合性組成物を充填し、これらの単量体をその場で重合したのちにスルホン酸基を導入する製造方法(ペースト法と呼ばれる)を採用することもできる。陽イオン交換膜の含水率は、陽イオン交換樹脂の種類や陽イオン交換膜の構造によっても異なるが、同じ種類の陽イオン交換膜であれば、一般的にイオン交換容量を増やすと、膜の固定荷電基による浸透圧が増加するために含水率は増加する。一方、架橋密度を高めると浸透圧による膨潤圧力が抑えられるために含水率は低下する。そのため、含水率の調節は、イオン交換容量や架橋条件を制御することにより行うことができる。一方で、陽イオン交換膜の膜抵抗は、陽イオン交換樹脂の種類や膜の構造が同じであれば、通常、含水率が低いほど増大する。本発明では、陽イオン交換膜の陽イオン交換容量、架橋度や架橋密度、更には膜厚を調整することで、膜抵抗が極端に高くならないようにすることができる。
【0015】
本発明のイオン交換膜セルは、陰イオン交換膜と本発明の陽イオン交換膜とが対向して配置される。本発明のイオン交換膜セルにおける陰イオン交換膜は、陰イオンを選択的に透過する膜であれば特に制限されない。図1に本発明のイオン交換膜セルの使用例として、電気透析装置用に本発明のイオン交換膜セルを積層してスタックとした例を示す。図1の電気透析装置において、本発明の陽イオン交換膜の陽極側に希釈側溶液を流し、陰極側に濃縮側溶液を流す。希釈側には各種イオンを含んだ溶液が導入され、導入された溶液が陰イオン交換膜と本発明の陽イオン交換膜の間を通過する間に、溶液中の特定の陽イオンとして、例えば、アンモニウムイオンが選択的に本発明の陽イオン交換膜を透過して濃縮側に移動する。こうして濃縮側にアンモニウムイオンが濃縮される。希釈側溶液には、各種イオンが存在していてもよく、本発明の陽イオン交換膜の選択性により特定の陽イオンを選択的に濃縮できる。希釈側溶液中に存在する各種陽イオンとしては特に制限されないが、例えば、アルカリ金属イオン、アルカリ土類金属イオン、その他の1価~3価の陽イオンを挙げることができ、例えば、アンモニウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、リチウムイオン、カルシウムイオン、マグネシウムイオン、水素イオン、銀イオン、銅、亜鉛、水銀等の重金属イオンなどを挙げることができる。希釈側溶液中に存在する各種陰イオンとしては特に制限されないが、例えば、水酸化物イオン、塩化物イオン、臭素イオン、フッ素イオン、ヨウ化物イオン、炭酸イオン、硝酸イオン、硫酸イオン、リン酸イオン等を挙げることができる。濃縮側に導入する溶液としては特に制限されないが、例えば、濃縮対象とする原水やその原水中の特定のイオンが濃縮された水、又は水等を挙げることができ、希釈側溶液に含まれる上記の各種イオンを含んでいてもよい。水としては、水道水、工業用水、純水等を用いることができる。
【0016】
本発明の電気透析装置は、陽極、陰極、陽イオン交換膜及び陰イオン交換膜を備える電気透析装置であって、陽イオン交換膜が本発明の陽イオン交換膜である電気透析装置である。本発明の電気透析装置において、陽極、陰極及び陰イオン交換膜は特に制限されず、例えば、電気透析装置に使用する通常の陽極、陰極及び陰イオン交換膜を使用することができる。本発明の電気透析装置の溶液処理部は本発明のイオン交換膜セルを積層することにより作製できる。
【実施例0017】
以下、本発明の実施例を挙げて、本発明を具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【0018】
[実施例1]
[スルホン化ポリエーテルスルホン(SPES)膜の作製]
SPESをN,N-ジメチルアセトアミド(DMAc)に60℃で加熱攪拌しながら溶解させて、SPESの濃度が10質量%の溶液を調製した。調製した溶液をフィルムアプリケーターによりガラス板上に所定の厚みとなるように塗布した後、プレートヒーター上で50℃で171分間乾燥した。これをイオン交換水に浸漬して剥離することでSPES膜を作製した。
【0019】
[実施例2]
[スルホン化(スチレン-クロロメチルスチレン-ジビニルベンゼン共重合体)膜の作製]
下記処方により、各成分を混合して重合性組成物を調製した。
・スチレン 48.6質量部
・クロルメチルスチレン 40.0質量部
・ジビニルベンゼン 11.4質量部
・エチレングリコールジグリシジルエーテル 5・0質量部
・t-ブチルペルオキシ-2-エチルヘキサノアート 5・0質量部
この重合性組成物500gを1000mlのガラス容器に入れ、ここに支持体としてポリエチレン製多孔質フィルム(厚さ25μm、空隙率44%、平均細孔径0.03μm)を浸漬して、該フィルムの空隙部に重合体組成物を充填した。次に、重合体組成物を充填した多孔質フィルムを取り出し、厚さ100μmのポリエステルフィルムを剥離材として多孔質基材フィルムの両側を被覆した後、0.4MPaの窒素加圧下、90℃で5時間加熱重合した。ポリエステルフィルムを剥離して得られた膜状物を硫酸とクロロスルホン酸の1:1(重量比)の混合物中に40℃で60分浸漬してスルホン化し、本発明の陽イオン交換膜を得た。
【0020】
[比較例1]
標準陽イオン交換膜(Neosepta(登録商標)CSE、(株)アストム製)を比較例1のイオン交換膜とした。
【0021】
(膜厚の測定)
得られた膜の膜厚を膜厚計(Mitutoyo ABS デジマチックブレードシックネス)を用いて測定した。
【0022】
(膜抵抗の測定)
図2に膜抵抗の測定装置と測定条件を示す。最初に白金電極を有するアクリルセル(通電面積1cm)にNHCl水溶液(NHCl濃度0.5mol/L)を入れ、LCRメーターにより測定周波数10kHzにより25℃における溶液抵抗(R)を測定した。その後、2つのセルに間に試料膜を挟み、同様に抵抗(R)を測定した。膜抵抗(R)を以下の式(1)から算出し、得られた膜抵抗を膜厚で除することで式(2)から膜比抵抗K[Ωcm]を求めた。式(1)中、R[Ωcm]は2つのセルに間に試料膜を挟んで測定した測定抵抗であり、R[Ωcm]は試料膜を挟まずに測定した溶液抵抗であり、R[Ωcm]は膜抵抗である。式(2)中、K[Ωcm]は膜比抵抗であり、d[cm]は膜厚である。
【0023】
【数1】
【0024】
【数2】
【0025】
(電気透析)
図3に示すような有効膜面積が4.0cm(2.0cm×2.0cm)の装置に測定膜を挟み、25℃雰囲気下、0.1MNHCl、0.1M NaCl及び0.1M CaClの混合塩溶液を2つのセルに入れ、Ag・AgCl電極の間に直流安定化電源(PMC35-2A、菊水電子工業株式会社)を用いて90mAの定電流で約120分間電気透析を行い、所定時間毎にセル内の溶液をサンプリングした。その後、イオンクロマトグラフでサンプリングした溶液中のNH4+、Na及びCa2+イオンの濃度を定量することで、これらのイオンの濃度の時間変化を測定した。これらの値より以下の式を用いて、それぞれのイオンの流束を算出した。式(3)中、J[mol・m-2・s-1]は透過流束を表し、V[m]は濃縮側溶液の体積を表し、S[m]は有効膜面積を表し、t[s]は電流を流した時間を表し、ΔC/Δt[mol・m-3・s-1]は初期濃度勾配を表す。また、iはNH 、Na又はCa2+を表す。式(4)及び(5)中、PNH4 Na及びPNH4 Caはイオン選択透過係数[-]を表す。式(6)中、η[-]は電流効率を表し、z[-]はカチオンの価数を表し、I[A]は電流を表し、F[C・mol-1]はファラデー定数を表す。
【0026】
【数3】
【0027】
【数4】
【0028】
【数5】
【0029】
【数6】
【0030】
(陽イオン交換膜の含水率)
陽イオン交換膜の含水率を算出するために、試料膜を0.5mol/LのNaCl水溶液に8時間以上浸漬させ、イオン交換水で水洗したのちに表面の水分をティッシュペーパーで拭取り、湿潤重量Wを測定した。さらに、同じ試料膜を60℃で5時間減圧乾燥させ、乾燥重量Wを測定した。乾燥重量と湿潤重量を用い含水率Wを以下の式(A)から算出した。
【0031】
【数7】
【0032】
(実施例1の結果)
図4に実施例1で作製したSPES膜の写真を示す。この膜の膜厚は29μmであり、その含水率は0.11であった。またこの膜の膜抵抗は0.81Ωcm、膜比抵抗は279Ωcmであった。この膜を使用した電気透析の結果を図5に示す。この図ではNH4+、Na及びCa2+の各イオンの濃縮側と希釈側のイオン濃度の時間変化を示す。印加された直流電圧により、この3種類の陽イオンは全て希釈側から濃縮側へと移動しており、その時間-濃度曲線の傾きから(3)式を用いて流束を算出し、(4)及び(5)式よりイオン選択係数を算出した。その結果、PNH4 Naは2.40、PNH4 Caは1.64となった。これはNaよりも2.4倍NH4+が選択的に透過しており、またCa2+よりも1.64倍NH4+が選択的に透過していることを示している。電流効率は、0.97であった。
【0033】
(実施例2の結果)
実施例2で作製した膜の膜厚は28μmであり、その含水率は0.17であった。またこの膜の膜抵抗は0.94Ωcm、膜比抵抗は336Ωcmであった。この膜を使用した電気透析の結果を図6に示す。この図ではNH4+、Na及びCa2+の各イオンの濃縮側と希釈側のイオン濃度の時間変化を示す。印加された直流電圧により、この3種類の陽イオンは全て希釈側から濃縮側へと移動しており、その時間-濃度曲線の傾きから(3)式を用いて流束を算出し、(4)及び(5)式よりイオン選択係数を算出した。その結果、PNH4 Naは2.03、PNH4 Caは1.45となった。これはNaよりも2.03倍NH4+が選択的に透過しており、またCa2+よりも1.45倍NH4+が選択的に透過していることを示している。電流効率は、0.83であった。
【0034】
(比較例1の結果)
標準陽イオン交換膜(CSE)の膜厚は160μmであり、その含水率は0.41であった。またこの膜の膜抵抗は1.8Ωcm、膜比抵抗は113Ωであった。この膜を用いた電気透析の結果を図7に示す。その結果、PNH4 Naは1.53、PNH4 Caは0.68となった。電流効率は、0.92であった。
【0035】
実施例1、2及び比較例1の結果を表1にまとめた。この比較より、膜含水率は実施例1、実施例2、比較例1の順に高くなっている。また実施例1で作製した膜は支持体を有していないが、実施例2で作製した膜及び比較例1の膜は支持体を有している。ナトリウムイオンに対するアンモニウムイオンの選択透過性において、実施例1で作製した膜は比較例1の膜より57%高い選択透過性を示し、実施例2で作製した膜は比較例1の膜より31%高い選択透過性を示した。同じ1価イオン同士でも、含水率が本発明の範囲にあることにより、ナトリウムイオンよりアンモニウムイオンが選択的に透過することが示された。特に含水率の低い実施例1で作製した膜は高いアンモニウムイオン選択性を示した。
【0036】
2価のカルシウムイオンに対するアンモニウムイオンの選択透過性は、実施例1で作製した膜が1.64、実施例2で作製した膜が1.45であるのに対し、比較例1の膜は0.68であった。一般に2価陽イオンはドナン平衡により1価陽イオンよりも陽イオン交換膜内に多く分配され、そのためその透過性は1価イオンよりも大きくなる。比較例1の膜の選択性が1以下になっているが、これは2価イオンであるカルシウムイオンが1価のアンモニウムイオンよりも選択的に透過していることを示している。しかし、実施例1で作製した膜と実施例2で作製した膜では、選択性が1以上となり、1価陽イオンであるアンモニウムイオンの透過性が2価陽イオンであるカルシウムイオンを上回る結果となった。このように、含水率が本発明の範囲にあることにより、水和イオン半径の小さなイオンが大きなイオンより、選択的に透過することが示された。
【0037】
比較例1の膜では、膜の含水率が0.41であり、膜抵抗が1.8Ωcmであった。一方、実施例1で作製した膜では膜抵抗が0.81Ωcm、実施例2で作製した膜では膜抵抗が0.94Ωcmであり、これらの膜は含水率が低いにもかかわらず、膜抵抗の低いものであった。
【0038】
【表1】
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明の陽イオン交換膜はアンモニウムイオンの選択透過性に優れるので、アンモニウムイオンを濃縮する各種用途に利用することができ、例えば、廃水等の各種水処理等に利用することができる。例えば、カルシウムイオン、マグネシウムイオンなどの2価の陽イオン、ナトリウムイオン、カリウムイオンなどの1価の陽イオンが共存する廃水等においてアンモニウムイオンを高効率に濃縮し、かつスケール生成を抑制することが可能となるため、廃水からのアンモニウムイオンの濃縮分離などイオン交換膜を利用する各種分野で好適に使用できる。また、本発明の陽イオン交換膜は、電気透析装置、ドナン透析装置等に好適に利用できる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7