IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 太平洋セメント株式会社の特許一覧

特開2024-143027水硬性組成物の強度推定方法、水硬性組成物の強度推定システム
<>
  • 特開-水硬性組成物の強度推定方法、水硬性組成物の強度推定システム 図1
  • 特開-水硬性組成物の強度推定方法、水硬性組成物の強度推定システム 図2
  • 特開-水硬性組成物の強度推定方法、水硬性組成物の強度推定システム 図3
  • 特開-水硬性組成物の強度推定方法、水硬性組成物の強度推定システム 図4
  • 特開-水硬性組成物の強度推定方法、水硬性組成物の強度推定システム 図5
  • 特開-水硬性組成物の強度推定方法、水硬性組成物の強度推定システム 図6
  • 特開-水硬性組成物の強度推定方法、水硬性組成物の強度推定システム 図7
  • 特開-水硬性組成物の強度推定方法、水硬性組成物の強度推定システム 図8
  • 特開-水硬性組成物の強度推定方法、水硬性組成物の強度推定システム 図9A
  • 特開-水硬性組成物の強度推定方法、水硬性組成物の強度推定システム 図9B
  • 特開-水硬性組成物の強度推定方法、水硬性組成物の強度推定システム 図10
  • 特開-水硬性組成物の強度推定方法、水硬性組成物の強度推定システム 図11
  • 特開-水硬性組成物の強度推定方法、水硬性組成物の強度推定システム 図12
  • 特開-水硬性組成物の強度推定方法、水硬性組成物の強度推定システム 図13
  • 特開-水硬性組成物の強度推定方法、水硬性組成物の強度推定システム 図14
  • 特開-水硬性組成物の強度推定方法、水硬性組成物の強度推定システム 図15
  • 特開-水硬性組成物の強度推定方法、水硬性組成物の強度推定システム 図16
  • 特開-水硬性組成物の強度推定方法、水硬性組成物の強度推定システム 図17
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024143027
(43)【公開日】2024-10-11
(54)【発明の名称】水硬性組成物の強度推定方法、水硬性組成物の強度推定システム
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/359 20140101AFI20241003BHJP
   G01N 33/38 20060101ALI20241003BHJP
【FI】
G01N21/359
G01N33/38
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023055492
(22)【出願日】2023-03-30
(71)【出願人】
【識別番号】000000240
【氏名又は名称】太平洋セメント株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000729
【氏名又は名称】弁理士法人ユニアス国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】星 健太
(72)【発明者】
【氏名】森 寛晃
(72)【発明者】
【氏名】野中 潔
(72)【発明者】
【氏名】小池 耕太郎
【テーマコード(参考)】
2G059
【Fターム(参考)】
2G059AA05
2G059BB04
2G059BB08
2G059EE01
2G059EE12
2G059FF04
2G059HH01
2G059HH06
2G059MM01
2G059MM17
(57)【要約】
【課題】簡便な方法でありながらも、従来よりも精度の高い水硬性組成物の強度推定方法を提供する。
【解決手段】水硬性組成物の強度推定方法は、対象水硬性組成物の、少なくとも近赤外に属する測定波長域にわたる吸収スペクトルデータを基準時点と推定時点で計測する工程(a)と、それぞれの吸収スペクトルデータに対してベースライン補正を行って補正吸収スペクトルデータに変換する工程(b)と、それぞれの補正吸収スペクトルデータに基づいて水和物由来の吸光感度が相対的に高い特定波長域における水和物由来の吸光感度の影響を反映した第一指標値算出する工程(c)と、第一指標値と水由来の吸光感度の影響を示す値とに基づいて第一要素を算出する工程(d)と、予め記録された第一要素と水硬性組成物の圧縮強度に対応する第二要素との関係から第一要素に基づいて対象水硬性組成物の圧縮強度に応じた推定値を導出する工程(e)とを有する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水硬性組成物の強度推定方法であって、
推定対象の水硬性組成物である対象水硬性組成物の、少なくとも近赤外に属する測定波長域にわたる吸収スペクトルデータを、基準時点と前記基準時点より後の推定時点とで計測する工程(a)と、
前記基準時点と前記推定時点で得られたそれぞれの前記吸収スペクトルデータに対してベースライン補正を行って、補正吸収スペクトルデータに変換する工程(b)と、
前記基準時点と前記推定時点のそれぞれの前記補正吸収スペクトルデータに基づいて、水和物由来の吸光感度が相対的に高い特定波長域における前記水和物由来の吸光感度の影響を反映した第一指標値を算出する工程(c)と、
前記第一指標値と水由来の吸光感度の影響を示す値とに基づいて第一要素を算出する工程(d)と、
予め記録された、前記第一要素と水硬性組成物の圧縮強度に対応する第二要素との関係から、前記工程(d)で得られた前記第一要素に基づいて前記対象水硬性組成物の圧縮強度に応じた推定値を導出する工程(e)とを有することを特徴とする、水硬性組成物の強度推定方法。
【請求項2】
前記基準時点は、前記対象水硬性組成物の練り混ぜから凝結終結までの間の時点であることを特徴とする、請求項1に記載の水硬性組成物の強度推定方法。
【請求項3】
前記工程(d)は、前記第一指標値と水由来の吸光感度の影響を示す値とを用いて、前記第一要素の値を算出する工程(d1)を含み、
前記工程(e)は、前記工程(d1)で得られた前記第一要素の値に基づいて前記対象水硬性組成物の圧縮強度に応じた推定値を導出する工程であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の水硬性組成物の強度推定方法。
【請求項4】
前記第一要素と前記第二要素との関係は、水硬性組成物の水セメント比の値に応じて予め記録されており、
前記工程(d)は、前記対象水硬性組成物の水セメント比に最も近い水セメント比における前記第一要素と前記第二要素との関係から、前記工程(c)で得られた前記第一指標値に基づいて前記対象水硬性組成物の圧縮強度に応じた推定値を導出することを特徴とする、請求項1又は2に記載の水硬性組成物の強度推定方法。
【請求項5】
前記工程(b)は、前記基準時点と前記推定時点で得られたそれぞれの前記吸収スペクトルデータから、前記測定波長域に属する基準波長における吸光度に対する差分値を算出することで、前記補正吸収スペクトルデータに変換する工程であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の水硬性組成物の強度推定方法。
【請求項6】
前記特定波長域は、前記基準波長よりも長波長であって、少なくとも1400nm~1420nmの範囲を含む波長域であることを特徴とする、請求項5に記載のの水硬性組成物の強度推定方法。
【請求項7】
前記工程(a)は、前記基準時点から所定のタイミングで設定された複数の前記推定時点において、前記対象水硬性組成物の前記吸収スペクトルデータを計測する工程であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の水硬性組成物の強度推定方法。
【請求項8】
水硬性組成物の強度推定システムであって、
対象物の少なくとも近赤外に属する測定波長域にわたる吸収スペクトルデータを計測可能な吸光度測定部と、
前記吸光度測定部によって計測された、測定対象の水硬性組成物である対象水硬性組成物の前記吸収スペクトルデータに関する情報が入力される演算処理部と、
所定の第一指標値に基づく第一要素と水硬性組成物の圧縮強度に対応する第二要素との関係に関する相関情報が記録された記憶部とを備え、
前記演算処理部は、
基準時点と推定時点においてそれぞれ計測された前記対象水硬性組成物の前記吸収スペクトルデータに対する演算処理を実行することでベースライン補正を行って、補正吸収スペクトルデータを生成し、
前記基準時点と前記推定時点のそれぞれの前記補正吸収スペクトルデータに基づいて、水和物由来の吸光感度が相対的に高い特定波長域における前記水和物由来の吸光感度の影響を反映した前記第一指標値を演算によって算出し、
算出された前記第一指標値と水由来の吸光感度の影響を示す値とに基づいてて第一要素を算出し、
算出された前記第一要素と前記記憶部から読み出した前記相関情報とに基づいて、前記対象水硬性組成物の圧縮強度に応じた推定値を導出することを特徴とする、水硬性組成物の強度推定システム。
【請求項9】
前記演算処理部及び前記記憶部は、前記吸光度測定部とは異なる場所に設置された演算処理装置に搭載されており、
前記吸光度測定部によって計測された前記吸収スペクトルデータに関する情報が、有線又は無線を介して前記演算処理装置に入力されることを特徴とする、請求項8に記載の水硬性組成物の強度推定システム。
【請求項10】
前記演算処理部は、前記第一指標値と水由来の吸光感度の影響を示す値とを含む演算式によって前記第一要素の値を算出し、当該算出された前記第一要素の値と前記記憶部から読み出した前記相関情報とに基づいて、前記対象水硬性組成物の圧縮強度に応じた推定値を導出することを特徴とする、請求項8又は9に記載の水硬性組成物の強度推定方法。
【請求項11】
前記記憶部は、水硬性組成物の水セメント比の値に応じた前記相関情報を記録しており、
前記演算処理部は、前記対象水硬性組成物の水セメント比に最も近い水セメント比に対応する前記相関情報を読み出して、前記推定値を導出することを特徴とする、請求項8又は9に記載の水硬性組成物の強度推定システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水硬性組成物の強度推定方法及び強度推定システムに関する。
【背景技術】
【0002】
コンクリートやモルタル等の水硬性組成物の圧縮強度は、製造時の品質管理や構造物の点検等の目的で計測される。前者では、コンクリートを所定量サンプリングし硬化させ、載荷試験によって圧縮強度が求められる。後者では供用中の構造物からコアを採取し圧縮強度が求められる。
【0003】
しかしながら、いずれの方法においても、供試体の成型又は採取、載荷面の平滑化、載荷試験等の作業が必要であり、作業に多大な時間と労力を要する。このような事情により、従来よりも簡便に圧縮強度を計測又は推定する手法が求められている。
【0004】
下記特許文献1には、コンクリートに対して近赤外分光計を使用して波長1000nm~2100nmの間の吸光度を計測し、計測した吸光度を、予め求めておいたコンクリート強度と特定波長の吸光度との相関関係に当てはめて、コンクリートの強度を演算によって導出する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2013-217677号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1によれば、以下の記載がある。
コンクリート強度が既知の2個以上のコンクリートモデルに対して、近赤外分光計を使用して波長1000nm~2100nmの間の吸光度を計測し、得られた吸光度スペクトルから、2つの谷部を代表する吸光度をそれぞれ選択し、上記選択した2つの吸光度の差とコンクリート強度との関係を最小二乗法で求める。2つの谷部として挙げられている、波長1350nmと波長1600nmについては、水の吸収によらず吸光度がほぼ一定であるから、これら2つの波長の吸光度はモルタル硬化体特有の値と解釈できる。
【0007】
しかしながら、コンクリートの吸光度を測定した場合、コンクリートの配合や含水状態によっては、水の吸収ピークの影響を受けて、波長2100nmまでの間に明確な谷部を示さない可能性がある。典型的には、材齢が若いタイミングにおいては、谷部が現れない可能性がある。この場合、特許文献1に記載された方法では、吸光度の2つの谷部を基準とした「モルタル硬化体特有の値」を正確に得ることはできない。更にいえば、吸光スペクトル上において、波長1350nmと波長1600nmにおいて得られる、上記「2つの谷部」の値が、「モルタル硬化体特有の値」であることを示す根拠も希薄である。
【0008】
本発明は、簡便な方法でありながらも、従来よりも精度の高い水硬性組成物の強度推定方法、及びこの方法の利用に供する推定システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る水硬性組成物の強度推定方法は、
推定対象の水硬性組成物である対象水硬性組成物の、少なくとも近赤外に属する測定波長域にわたる吸収スペクトルデータを、基準時点と前記基準時点より後の推定時点とで計測する工程(a)と、
前記基準時点と前記推定時点で得られたそれぞれの前記吸収スペクトルデータに対してベースライン補正を行って、補正吸収スペクトルデータに変換する工程(b)と、
前記基準時点と前記推定時点のそれぞれの前記補正吸収スペクトルデータに基づいて、水和物由来の吸光感度が相対的に高い特定波長域における前記水和物由来の吸光感度の影響を反映した第一指標値を算出する工程(c)と、
前記第一指標値と水由来の吸光感度の影響を示す値とに基づいて第一要素を算出する工程(d)と、
予め記録された、前記第一要素と水硬性組成物の圧縮強度に対応する第二要素との関係から、前記工程(d)で得られた前記第一要素に基づいて前記対象水硬性組成物の圧縮強度に応じた推定値を導出する工程(e)とを有することを特徴とする。
【0010】
本明細書において、「水硬性組成物」とは、セメント組成物と水を含む硬化性組成物をいい、「セメント組成物」とは、水、骨材及び減水剤を含まない、セメント含有粉末又はそれに由来する物(水を含む混練物中の上記粉末の由来物、又はその硬化物)を指す。水硬性組成物の例としては、コンクリート及びモルタルが挙げられる。
【0011】
対象水硬性組成物に対して、異なるタイミングで吸収スペクトルデータを計測すると、時間が経過するに連れて水和反応が進展し、水和物由来の吸光度が上昇する。このため、特に対象水硬性組成物が準備されたタイミングに近い時点と、その後の時点とを比較することで、水和反応の進展の程度を認識することができる。かかる観点から、前記基準時点としては、前記対象水硬性組成物の練り混ぜから凝結終結までの間の時点とするのが好ましい。
【0012】
ところで、計測された対象水硬性組成物の吸収スペクトルデータは、対象水硬性組成物の表面状態や内包される気泡等、又は光源出力や検出器感度の揺らぎ等(以下、外乱因子と呼ぶ。)の影響を受け、スペクトルのベースラインが変動することが想定される。一方で、吸収スペクトルデータに含まれる前記外乱因子に由来する影響の程度は、基準時点とその後の推定時点とで大きく変化することは考えにくい。そこで、上記の方法では、工程(b)において、基準時点と推定時点で得られたそれぞれの吸収スペクトルデータに対してベースライン補正が行われる。この補正方法としては、SNVやMSC等の統計的手法がある。また、演算負荷が比較的小さい手法としては、基準時点と推定時点で得られたそれぞれの吸収スペクトルデータから、所定の基準波長における吸光度に対する差分値に基づく差分吸収スペクトルデータに変換する手法がある。このようにして得られたベースライン補正後の吸収スペクトルデータ(補正吸収スペクトルデータ)が、その後の処理において用いられることで、対象水硬性組成物の強度推定処理が行われる。
【0013】
「基準波長」としては、対象水硬性組成物における水和反応の進展の程度によっても、吸光度の値に全く又はほとんど影響を受けない波長範囲から選択される。好ましくは、基準波長は、900nm~1360nmの範囲内に属する波長から選択される。一例としては、基準波長を1350nmとすることができ、別の一例としては、基準波長を1200nmとすることができる。
【0014】
次に、工程(c)において、基準時点と推定時点のそれぞれの補正吸収スペクトルデータに基づいて、水和物由来の吸光感度が相対的に高い特定波長域における前記水和物由来の吸光感度の影響を反映した第一指標値が算出される。ここでいう「水和物」とは、水硬性組成物に対して水和反応が進展することで生成量が増加する物質を指し、典型的には、ケイ酸カルシウム水和物(以下、「C-S-H」と略記されることがある)、及び水酸化カルシウムを含む。
【0015】
ここで「第一指標値」としては、補正吸収スペクトルデータにおける特定波長域における吸光度の積分値、補正吸収スペクトルデータにおける特定波長域に属する波長(特定波長)における吸光度の値、補正吸収スペクトルデータの主成分分析による主成分得点の値からなる群に属する1種以上を採用することができる。
【0016】
一例として、特定波長域における吸光度の積分値を第一指標値とする場合について説明する。水酸化カルシウムの吸収スペクトルは、1412nm近傍にピークを示し、当該波長から離れるに連れて吸光度が低下する。また、C-S-Hの吸収スペクトルは、波長1412nmを含む範囲である、1370nm~1429nm近傍にピークを示し、この波長範囲から離れるに連れて吸光度は低下する。よって、好ましくは、少なくとも1400nm~1420nmの範囲を含む波長域を前記特定波長域として、この特定波長域にわたる積分値が算出される。この積分値が第一指標値に対応する。
【0017】
ただし、上述したようにC-S-Hの吸収スペクトルは、波長1370nm~1429nm近傍にわたる広い範囲にピークを示す。このため、推定精度を高める観点からは、特定波長域についても、1400nm~1420nmの範囲を含み、且つそれよりも広い波長域としてもよい。例えば、特定波長域を1370nm~1429nmとしても構わないし、1350nm~1450nmとしても構わない。
【0018】
別の一例としては、補正吸収スペクトルデータから、特定波長域に属する特定波長における吸光度の値を抽出して、第一指標値とすることができる。この特定波長としては、例えば水酸化カルシウムの吸収スペクトルのピーク波長である1412nm、又は1412nmの近傍の値(例えば、1408nm、1416nm等)とすることができる。
【0019】
更に、別の例としては、補正吸収スペクトルデータに対して主成分分析を行うことで導出された主成分得点の値をもって、第一指標値とすることができる。例えば、補正吸収スペクトルデータの総合的な大きさを第一主成分とし、補正吸収スペクトルデータの形状の特徴を示す指標を、第二主成分~第N主成分として導出する。例えばN=5とすることで、5種類の主成分に対応する値が得られ、これらの値の組み合わせが「第一指標値」に対応する。
【0020】
ところで、水(H2O)の吸収スペクトルは、波長1450nm近傍にピークを示すことが知られている。水硬性組成物は、セメント組成物に水を混合して練り混ぜられることで生成される。このため、水硬性組成物の近赤外域の吸収スペクトルには、水(H2O)の吸光度に由来する信号が、水硬性組成物の生成時に利用された水の量に応じた強度で含まれる。
【0021】
上述したように、工程(c)では、補正吸収スペクトルデータに基づいて第一指標値が算出されている。水(H2O)の吸光度は、波長が1450nmから離れるに連れて低下するものの、例えば波長1420nm近傍においても、ある程度の強度を示す。つまり、前記特定波長域として1450nmを含まない範囲に設定したとしても、工程(c)で算出された補正吸収スペクトルデータに基づく第一指標値には、水硬性組成物に含まれる水の吸収に基づく信号の影響が反映されていることが予想される。
【0022】
一方で、水硬性組成物に含まれる水の量は、水硬性組成物の生成時点において決定されるものであるため、基準時点と、基準時点から経過した後の推定時点において、実質的な変化は小さいものとみなすことが可能である。そこで、工程(c)で算出された第一指標値が示す情報から、水の吸収に由来する信号成分の影響を小さくする観点で、前記工程(d)において、推定時点の前記第一指標値と、水由来の吸光感度の影響を示す値とに基づく演算が行われる。この演算によって導かれた要素を「第一要素」という。ここで、水由来の吸光感度の影響を示す値の例としては、基準時点における特定波長域での吸光度の積分値、特定波長における吸光度の値、及び水セメント比に代表される配合情報からなる群に属する1種以上である。
【0023】
ここで、第一指標値に基づく第一要素とは、第一指標値そのものであっても構わないし、第一指標値を用いた演算によって得られる値であっても構わない。後者の場合、例えば、前記第一指標値と水由来の吸光感度の影響を示す値とを含む演算式に、工程(c)で算出された前記第一指標値である積分値と、前記基準時点における積分値とが代入されることで得られた値とすることができる。
【0024】
詳細には、前記工程(d)は、前記第一指標値と水由来の吸光感度の影響を示す値とを用いて、前記第一要素の値を算出する工程(d1)を含み、
前記工程(e)は、前記工程(d1)で得られた前記第一要素の値に基づいて前記対象水硬性組成物の圧縮強度に応じた推定値を導出する工程であるものとしても構わない。なお、ここでいう演算式の一例としては、前記第一指標値と水の影響を示す値との比率や差分を算出する式、重回帰分析による近似式とすることができる。
【0025】
このように算出された第一要素は、概ね水和反応の進展によって生成された水和物由来の吸光度の信号に対応すると推定できる。
【0026】
よって、工程(e)において算出された前記第一指標値に基づいて、予め記録された前記第一指標値に基づく第一要素と水硬性組成物の圧縮強度に対応する第二要素との関係から、対象水硬性組成物の圧縮強度に応じた推定値を導出することで、対象水硬性組成物の強度を推定することが可能となる。
【0027】
前記第一指標値に基づく第一要素と水硬性組成物の圧縮強度に対応する第二要素との関係については、例えば検査・実験設備内や製造工場等で実際に検証を行うことで取得されたデータを利用することが可能である。このとき、第二要素としての圧縮強度は、例えば、JIS A 1108に準拠する方法で測定された圧縮強度や、JIS A 1147に準拠する方法で測定された貫入抵抗値を利用できる。つまり、事前に、検査・実験設備内や製造工場等で、検量用の水硬性組成物を生成しておき、所定時間が経過する毎に、上記と同様の方法で第一要素の値を得ると共に、圧縮強度や貫入抵抗値等を測定することで第二要素の値を得て、これらの関係を記録しておくものとして構わない。そして、実際に対象水硬性組成物の強度を推定するに際しては、このようにして事前に記録された第一要素と第二要素との関係と、工程(d)で算出された前記第一要素とに基づいて、圧縮強度に応じた推定値が導かれる。
【0028】
前記第一要素と前記第二要素との関係は、水硬性組成物の水セメント比の値に応じて予め記録されており、
前記工程(e)は、前記対象水硬性組成物の水セメント比に最も近い水セメント比における前記第一要素と前記第二要素との関係から、前記工程(d)で得られた前記第一要素に基づいて前記対象水硬性組成物の圧縮強度に応じた推定値を導出するものとしても構わない。
【0029】
上記の方法によれば、対象水硬性組成物の強度の推定精度をより高めることが可能となる。
【0030】
前記推定時点は、複数の異なるタイミングとすることも可能である。すなわち、前記工程(a)は、前記基準時点から所定のタイミングで設定された複数の前記推定時点において、前記対象水硬性組成物の前記吸収スペクトルデータを計測する工程であるものとしても構わない。
【0031】
上記の方法によれば、対象水硬性組成物の打設を開始してからの経過時間に応じた圧縮強度の推定値を、断続的に得ることができる。よって、例えば対象水硬性組成物の打設現場において、型枠を外すタイミングを検知する場合等に活用することができる。
【0032】
本発明に係る水硬性組成物の強度推定システムは、
対象物の少なくとも近赤外に属する測定波長域にわたる吸収スペクトルデータを計測可能な吸光度測定部と、
前記吸光度測定部によって計測された、測定対象の水硬性組成物である対象水硬性組成物の前記吸収スペクトルデータに関する情報が入力される演算処理部と、
所定の第一指標値に基づく第一要素と水硬性組成物の圧縮強度に対応する第二要素との関係に関する相関情報が記録された記憶部とを備え、
前記演算処理部は、
基準時点と推定時点においてそれぞれ計測された前記対象水硬性組成物の前記吸収スペクトルデータに対する演算処理を実行することでベースライン補正を行って、補正吸収スペクトルデータを生成し、
前記基準時点と前記推定時点のそれぞれの前記補正吸収スペクトルデータに基づいて、水和物由来の吸光感度が相対的に高い特定波長域における前記水和物由来の吸光感度の影響を反映した前記第一指標値を演算によって算出し、
算出された前記第一指標値と水由来の吸光感度の影響を示す値とに基づいて第一要素を算出し、
算出された前記第一要素と前記記憶部から読み出した前記相関情報とに基づいて、前記対象水硬性組成物の圧縮強度に応じた推定値を導出することを特徴とする。
【0033】
上記構成において、前記演算処理部及び前記記憶部は、前記吸光度測定部とは異なる場所に設置された演算処理装置に搭載されており、
前記吸光度測定部によって計測された前記吸収スペクトルデータに関する情報が、有線又は無線を介して前記演算処理装置に入力されるものとしても構わない。この場合において、前記吸光度測定部としては、データ通信が可能な吸光度計を利用することができる。
【0034】
前記演算処理部は、前記第一指標値を含む演算式によって前記第一要素の値を算出し、当該算出された前記第一要素の値と前記記憶部から読み出した前記相関情報とに基づいて、前記対象水硬性組成物の圧縮強度に応じた推定値を導出するものとしても構わない。
【0035】
前記記憶部は、水硬性組成物の水セメント比の値に応じた前記相関情報を記録しており、
前記演算処理部は、前記対象水硬性組成物の水セメント比に最も近い水セメント比に対応する前記相関情報を読み出して、前記推定値を導出するものとしても構わない。
【発明の効果】
【0036】
本発明によれば、簡易な方法で、且つ従来よりも高精度に水硬性組成物の強度を推定することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
図1】本発明に係る水硬性組成物の強度推定方法の実施手順の一例を示すフローチャートである。
図2】本発明に係る水硬性組成物の強度推定システムの実施形態の構成を模式的に示す図面である。
図3】異なる時点T1,T2において計測された、対象水硬性組成物の吸収スペクトルである。
図4図3に示す時点T1及び時点T2のそれぞれの吸収スペクトルを、1350nmを基準波長とする差分吸収スペクトルデータに変換したグラフである。
図5】対象水硬性組成物の強度発現前の時点の差分吸収スペクトルと、強度発現後の時点における差分吸収スペクトルとを重ね合わせた模式的な図面である。
図6】第一要素と圧縮強度に関する要素(第二要素)との関係の一例を示すグラフである。
図7】実施例で得られた、各水準A1~A5、B1~B6の吸収スペクトルである。
図8図7に示した各吸収スペクトルから、1350nmを基準波長として変換された差分吸収スペクトルである。
図9A図8からグループAに属する水準A1~A5の差分吸収スペクトルのみを抽出した図面である。
図9B図8からグループBに属する水準B1~B6の差分吸収スペクトルのみを抽出した図面である。
図10】実施例の結果から導かれた、水準A2~A5と水準B2~B6における積分値と圧縮強度との関係をプロットしたグラフである。
図11図10で得られた積分値に基づいて算出された、第一要素Xとしての基準時点と推定時点での積分値の比率と第二要素Yとしての圧縮強度との関係をプロットしたグラフである。
図12図10で得られた積分値に基づいて算出された、第一要素Xとしての基準時点と推定時点での積分値の差分と第二要素Yとしての圧縮強度との関係をプロットしたグラフである。
図13】特許文献1の手法に基づき、1350nmと1600nmの吸光度差と圧縮強度の値を、各水準(A2~A5、B2~B6)に関してプロットしたグラフである。
図14】実施例の結果から導かれた、水準A2~A5と水準B2~B6における波長1412nmでの吸光度と圧縮強度との関係をプロットしたグラフである。
図15図14で得られた吸光度に基づいて算出された、第一要素Xとしての基準時点と推定時点での吸光度の比率と第二要素Yとしての圧縮強度との関係をプロットしたグラフである。
図16図14で得られた吸光度に基づいて算出された、第一要素Xとしての推定時点での吸光度と水セメント比による重回帰分析による予測値と第二要素Yとしての圧縮強度との関係をプロットしたグラフである。
図17】実施例の結果から導かれた、水準A2~A5と水準B2~B6における主成分得点を用いた回帰分析による予測値と第二要素Yとしての圧縮強度との関係をプロットしたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0038】
本発明に係る水硬性組成物の強度推定方法及び水硬性組成物の強度推定システムの実施形態につき、適宜図面を参照して説明する。
【0039】
図1は、本発明に係る水硬性組成物の強度推定方法の実施手順の一例を示すフローチャートである。以下の説明では、図1に示すフローチャートに付されたステップ番号が適宜参照される。また、図2は、前記推定方法を実施する一形態としての、本発明に係る水硬性組成物の強度推定システムの構成を模式的に示す図面である。
【0040】
強度推定システム1は、打設されたコンクリート等の水硬性組成物3の強度を推定するために利用可能なシステムであり、吸光度測定部5と演算処理装置10とを備える。以下、強度推定システム1の構成に言及しつつ、本発明に係る水硬性組成物の強度推定方法の一手順を説明する。水硬性組成物3は、強度を推定する対象となる水硬性組成物であり、以下では、「対象水硬性組成物3」と称される。
【0041】
(ステップ#1:吸収スペクトルデータの計測)
対象水硬性組成物3の吸収スペクトルデータが計測される。具体的な一例としては、吸光度計等からなる吸光度測定部5から近赤外光L1を対象水硬性組成物3に対して照射し、反射光L2を分光し、照射された光L1と受光した光L2とのスペクトルを比較することにより、対象水硬性組成物3の近赤外域(測定波長域)にわたる吸収スペクトルデータが得られる。近赤外光L1は、例えば波長800nm~2500nmの範囲に強度を示す光が用いられ、典型的にはハロゲンランプからの光である。ただし、本発明において、近赤外光L1を発する光源は限定されない。
【0042】
吸光度測定部5としては、光源と受光器とが一体化された吸光度計であっても構わないし、光源受光器とが別体の構成であるものとしても構わない。また、光源としては、赤外光源には限定されず、例えば可視域から赤外域にわたる広範なスペクトルを示す光を発する光源であっても構わない。
【0043】
このステップ#1は、2回以上実行される。具体的には、対象水硬性組成物3が硬化を開始する前の時点(打設直後や終結時点等)と、対象水硬性組成物3の強度を実際に推定したい時点とにおいて実行される。前者が「基準時点」に対応し、後者が「推定時点」に対応する。
【0044】
ステップ#1は、工程(a)に対応する。
【0045】
(ステップ#2:ベースライン補正)
次に、吸光度測定部5で計測された吸収スペクトルデータに対してベースライン補正が行われる。ベースライン補正方法としては、例えば、SNVやMSC等の統計的手法を用いることができる。また、前記統計的手法よりも演算負荷を小さくする方法として、基準時点と推定時点で得られたそれぞれの吸収スペクトルデータから、所定の基準波長における吸光度に対する差分値に基づくデータに変換する方法を利用することもできる。以下では、後者の方法について、詳細に説明する。
【0046】
図3は、異なる時点T1,T2において計測された、対象水硬性組成物3の吸収スペクトルである。時点T2が時点T1よりも後である。
【0047】
時点T1から時点T2に経過すると、対象水硬性組成物3の水和反応が進展して硬化が進行する。水和反応が進展すると水和物が生成されるため、生成された水和物の量に応じて、時点T1と時点T2とでは吸収スペクトルの形状に差が生じると考えられる。
【0048】
一方で、図3に示すように、時点T1と時点T2とでは、対象水硬性組成物3の吸収スペクトルが全体的に上下方向にシフトしている、言い換えればベースラインが変動していることが見受けられる。これは、対象水硬性組成物3を生成した後に現場に打設等がされて時間が経過したことで、対象水硬性組成物3の表面に形成された凹凸や、対象水硬性組成物3に存在する気泡等の影響、又は、光源出力や検出器感度の揺らぎの影響を受けたことによるものと考えられる。これらの影響因子を「外乱因子」と総称する。
【0049】
つまり、異なる時点の吸収スペクトルの形状を単に対比した場合、水和反応の進展による影響と、外乱因子の存在による影響とが混在してしまい、前者の影響に伴う吸収スペクトルの形状の変化を精度良く評価することができない。一方で、上記外乱因子の発生原因に鑑みれば、この外乱因子は、吸収スペクトルの特定の波長に対して影響を及ぼすのではなく、概ね全波長域にわたって影響を及ぼすことが想定される。
【0050】
そこで、外乱因子の影響をなるべく排除する観点から、それぞれの時点(ここでは時点T1、T2)における吸収スペクトルを、ある基準波長における吸光度に対する相対値で規定したデータに変換することで、ベースラインの補正が行われる。このようにして得られたデータが「補正吸収スペクトルデータ」に対応する。
【0051】
図4は、一例として、図3に示す時点T1及び時点T2のそれぞれの吸収スペクトルを、1350nmを基準波長とする差分吸収スペクトルデータに変換した後のグラフである。図4に示す2つの差分吸収スペクトルを対比することで、ベースラインの変動による影響が極力排除されるため、水和反応の進展による吸収スペクトルの形状の変化を評価できる。
【0052】
このステップ#2は、具体的には演算処理装置10において行われる。演算処理装置10は、演算処理部11と記憶部13と出力部15を備えた装置であり、例えば、スマートフォン、ノートブック型PC、タブレット型PC、デスクトップ型PC、又はクラウドサーバである。吸光度測定部5と演算処理装置10とは、有線又は無線を介して通信可能な構成であり、両者の間でデータのやり取りが可能である。
【0053】
演算処理部11は、CPU、MPU等の演算処理手段である。記憶部13は、メモリ、ハードディスク等の記憶媒体であり、演算処理部11で行われた演算結果を一時的に記録する他、後述される所定の関係が予め記録されている。出力部15は、演算処理部11で行われた演算結果等のデータを出力するインターフェースであり、典型的には表示画面であるが、前記データを外部の端末に送信するインタフェースであってもよいし、その両者であってもよい。
【0054】
演算処理装置10は、吸光度測定部5から送信された、対象水硬性組成物3の吸収スペクトルデータを受信すると、演算処理部11において、ベースライン補正後の吸収スペクトルデータ(補正吸収スペクトルデータ)を、吸収スペクトルの測定時点ごとに作成する。
【0055】
基準波長に関する情報は、記憶部13に予め記録されているものとしても構わない。ここで、基準波長は、対象水硬性組成物3における水和反応の進展の程度によっても、吸光度の値に全く又はほとんど影響を受けない波長範囲から選択される。好ましくは、基準波長は、900nm~1360nmの範囲内に属する波長から選択される。例えば、基準波長は、上記にて例示した1350nmの他、1200nm等とすることができる。
【0056】
吸光度測定部5から、直接、演算処理装置10に対して吸収スペクトルデータが送信されても構わないし、他の中継装置を介して演算処理装置10に送信されても構わない。
【0057】
ステップ#2は、工程(b)に対応する。
【0058】
(ステップ#3:第一指標値の算出)
次に、ステップ#2で生成された補正吸収スペクトルデータに基づいて、水和物由来の吸光感度が相対的に高い特定波長域における前記水和物由来の吸光感度の影響を反映した第一指標値が算出される。この算出処理も、演算処理部11において行われる。
【0059】
ここで、第一指標値としては、補正吸収スペクトルデータにおける特定波長域における吸光度の積分値、補正吸収スペクトルデータにおける特定波長域に属する波長(特定波長)における吸光度の値、補正吸収スペクトルデータの主成分分析による主成分得点の値からなる群に属する1種以上を採用することができる。ここでは、補正吸収スペクトルデータにおける特定波長域における吸光度の積分値を算出する方法を例に挙げて説明する。
【0060】
図5は、対象水硬性組成物3の強度発現前の時点のベースライン補正後の吸収スペクトル(補正吸収スペクトル)と、強度発現後の時点におけるベースライン補正後の吸収スペクトル(補正吸収スペクトル)とを重ね合わせた模式的な図面である。この図5のデータは、図9A及び図9Bを参照して後述される実施例のグラフに整合する形状である。
【0061】
対象水硬性組成物3が設置された後、時間が経過すると、時間の経過と共に水和反応が進展し、水和物の生成量が増加する。水和物は、典型的にはケイ酸カルシウム水和物(C-S-H)、及び水酸化カルシウムを含む。
【0062】
水酸化カルシウムの吸収スペクトルは、1412nm近傍にピークを示し、当該波長から離れるに連れて吸光度は低下する。また、C-S-Hの吸収スペクトルは、波長1412nmを含む範囲である1370nm~1429nm近傍にピークを示し、この波長範囲から離れるに連れて吸光度は低下する。
【0063】
時間が経過して水和物の生成量が増加すると、水和物が相対的に高い吸光感度を示す波長域において、吸光度が増加すると考えられる。このことは、異なる時点における補正吸収スペクトルを比較すると、特に前記波長域における補正吸収スペクトルの吸光度が変化することを意味する。
【0064】
よって、異なる時点における補正吸収スペクトルについて、それぞれ、水和物が相対的に高い吸光感度を示す波長域(特定波長域)にわたって積分をし、その積分値を対比することにより水和反応の進展の評価準備とすることができる。
【0065】
特定波長域は、ステップ#2で設定された基準波長よりも長波長であって、例えば1370nm~1429nmとすることができる。ただし、吸光ピーク波長は温度によって多少変化することも想定されるため、前記範囲よりも上下限の幅を広げて、1350nm~1450nmとしてもよい。ただし、特定波長域としては、水酸化カルシウムの吸収スペクトルのピーク波長の近傍である、1400nm~1420nmの範囲を含んでいれば、1370nm~1429nmよりも狭い範囲であっても、本発明の射程範囲である。
【0066】
このようにして導出された積分値が第一指標値に対応する。
【0067】
また、別の方法としては、補正吸収スペクトルデータから、特定波長域に属する特定波長における吸光度の値を抽出して、第一指標値とすることができる。更に別の方法としては、補正吸収スペクトルデータに対して主成分分析を行うことで導出された主成分得点の値をもって、第一指標値とすることができる。これらの方法については、実施例の項で後述される。
【0068】
ステップ#3は、工程(c)に対応する。
【0069】
(ステップ#4:第一要素の算出)
次に、ステップ#3で算出された第一指標値(上の例では積分値、吸光度、又は主成分得点に対応する。)と水由来の吸光感度の影響を示す値とに基づいて、評価の指標となる第一要素が算出される。この算出処理も、演算処理部11において行われる。
【0070】
水(H2O)の吸収スペクトルは、波長1450nm近傍にピークを示す。対象水硬性組成物3は水を含むため、図3に示す吸収スペクトル、及び図4に示す補正吸収スペクトルには、水(H2O)の吸光度に由来する信号が、対象水硬性組成物3の生成時に利用された水の量に応じた強度で含まれる。したがって、ステップ#3で算出された第一指標値には、水硬性組成物に含まれる水の吸収に基づく信号の影響が反映されていることが予想される。
【0071】
対象水硬性組成物3に含まれる水の量は、対象水硬性組成物3の生成時点において決定されるものであるため、基準時点と、基準時点から経過した後の推定時点とにおいて、実質的にはほとんど変化しないとみなすことができる。このため、例えば基準時点の積分値と推定時点の積分値の差分によって算出した値(第一要素)によれば、水の吸光度に由来する信号成分の影響を抑制し、生成された水和物に由来する信号量を評価できると考えられる。
【0072】
ステップ#4は、工程(d)に対応する。
【0073】
(ステップ#5:圧縮強度の推定値の導出)
上で算出された、対象水硬性組成物3の推定時点における第一要素に基づいて、圧縮強度の推定値が導出される。
【0074】
演算処理装置10の記憶部13には、予め第一指標値に基づく要素(第一要素)と、圧縮強度に関する要素(第二要素)との関係に関する情報(以下、「相関情報」という。)が記録されている。図6は、前記関係の一例を示すグラフである。第二要素としては、例えば圧縮強度や貫入抵抗値とすることができる。
【0075】
前記相関情報については、例えば検査・実験設備内や製造工場等で事前に測定され、記憶部13に記録されたデータとすることができる。相関情報の測定方法は、例えば以下のように行われる。
【0076】
ある水セメント比の下で水とセメント組成物とが混合され、更に細骨材等が混合されることで、検証用の水硬性組成物が生成される。この検証用の水硬性組成物が、所定の実験設備又は実験用現場に設置され、設置時点から終結時点までのある時点をもって、基準時点T0とされる。この基準時点における吸収スペクトルデータが上記ステップ#1と同様の方法で計測される。
【0077】
次に、所定の時間経過後の時点T1において、JIS A 1108に規定された圧縮強度試験等に準拠した方法で、圧縮強度が計測される。また、ほぼ同じタイミングで、上記ステップ#1と同様の方法で吸収スペクトルデータが計測される。
【0078】
次に、時点T0及び時点T1の吸収スペクトルデータに基づいて、上記ステップ#2~#4と同様の方法で、第一要素が算出される。
【0079】
以下、時点T2、T3、T4、…と異なる時点において、それぞれ同様の処理が行わることで、経過時間に応じて、第一要素及び圧縮強度の値がプロットされる。
【0080】
多数のデータが集まった段階で、第一要素及び貫入抵抗値に関する相関式を、演算処理によって算出する。この算出された相関式に関する情報が、前記相関情報として、記憶部13に記録される。図6は、この相関式の一例であり、第二要素Yとしての圧縮強度と、第一要素Xとが、Y=1.0842X-2.6746である場合が例示されている。
【0081】
つまり、演算処理部11は、記憶部13に記録された相関情報を読み出すと共に、推定時点(例えば時点T1)における吸収スペクトルに基づいて、ステップ#1~ステップ#4を経て算出された第一要素を、相関情報に当てはめることで、時点T1における対象水硬性組成物3の圧縮強度の推定値を導出することができる。
【0082】
なお、記憶部13には、水硬性組成物の水セメント比に応じた相関情報が記録されているものとしても構わない。この場合、対象水硬性組成物3の水セメント比に最も近い水セメント比に対応する相関情報が読み出されて、時点T1における対象水硬性組成物3の圧縮強度の推定値が導出される。水セメント比が異なることは、水硬性組成物に含まれる水の量が異なることを意味する。言い換えれば、水セメント比が共通である水硬性組成物の場合、経過時間に応じて補正吸収スペクトルの形状がより近い挙動を示すことが予想される。このため、水セメント比に応じた関係式を規定しておくことで、更に精度よく対象水硬性組成物3の圧縮強度の推定値を導出できる。
【0083】
このようにして導出された対象水硬性組成物3の強度推定値に関する情報が、出力部15から出力される。
【0084】
ステップ#5は、工程(e)に対応する。
【0085】
(ステップ#6:経時的な圧縮強度の推定)
引き続き、異なる時点T2において対象水硬性組成物3の圧縮強度の推定を行う場合には(ステップ#6においてYes)、上述したステップ#1~#5と同様の処理が行われることで、時点T2における対象水硬性組成物3の圧縮強度の推定値が導かれる。以下、所定のタイミング毎(例えば30分毎、1時間毎等)に、同様の処理が行われることで、対象水硬性組成物3の圧縮強度の推定値の経時的な変化の態様が得られる。これにより、例えば対象水硬性組成物3が打設された現場において、型枠を外す時期が到来しているか等の指標に活用できる。
【0086】
導出された、対象水硬性組成物3の圧縮強度の推定値が、目標値に達した時点で、出力部15からその旨の信号が出力される構成とすることも可能である。
【0087】
目標とする推定結果が得られると(ステップ#6においてNo)、処理が終了される。
【実施例0088】
以下、実施例を参照して説明する。なお、以下の実施例は、あくまで例示的なものであり、本発明を限定することを意図していない。
【0089】
(実施例1)
下記表1及び表2に示す材料からなる試験用モルタルを打設した。試験用モルタルとしては、水セメント比(W/C)が65%のものと、30%のものの2グループが作成された。表1において、W/Cは水セメント比を指し、S/Cは砂セメント比を指す。
【0090】
次に、Φ5cm×10cmの筒状体に、材齢1hの試験用モルタルを打込み後、上面をストレッチフィルムで封緘した。その後、凝結終結時点で脱型し、直ちにアルミテープで封緘した。始発時間及び終結時間は、表3の通りであった。
【0091】
【表1】
【0092】
【表2】
【0093】
【表3】
【0094】
凝結終結時点、及び凝結終結から数時間~7日経過までの任意の時点において、JIS A 1108に準拠する方法で圧縮強度を測定した。この結果を、表4に示す。なお、以下の説明では、表4に示す水準名が適宜利用される。
【0095】
【表4】
【0096】
各水準A1~A5、B1~B6の試験用モルタルの表面に対して吸光度計からの光を照射して、吸収スペクトルを計測した。なお、具体的には、水準A1及び水準B1の試験用モルタルの吸収スペクトルを計測し、同一材齢において圧縮強度の計測を行うことで、水準A1~A5、B1~B6のそれぞれの圧縮強度と吸収スペクトルを得た。得られた各水準A1~A5、B1~B6の吸収スペクトルを図7に示す。なお、水準A1及び水準B1が、基準時点に対応する。
【0097】
図7に示す各水準A1~A5、B1~B6の吸収スペクトルによれば、全体の形状が上下方向にシフトしており、図3を参照して上述したようにベースラインが変動していることが確認される。
【0098】
次に、コンピュータを用いて、ステップ#2において上述したのと同様の方法で、図7に示した各吸収スペクトルのデータに対してベースライン補正を行った。具体的には、各吸収スペクトルデータを、1350nmを基準波長とした補正吸収スペクトルのデータに変換した。得られた各水準A1~A5、B1~B6の補正吸収スペクトルを図8に示す。
【0099】
図9Aは、図8からグループAに属する水準A1~A5の補正吸収スペクトルのみを抽出した図面であり、図9Bは、図8からグループBに属する水準B1~B6の補正吸収スペクトルを抽出した図面である。図8図9Bによれば、グループAに属する水準A1~A5の補正吸収スペクトルは、相互に近い形状を示しており、同様に、グループBに属する水準B1~B6の補正吸収スペクトルは、相互に近い形状を示していることが確認される。
【0100】
なお、図8によれば、水セメント比が65%と相対的に大きいグループAが、水セメント比が35%と相対的に小さいグループBよりも、高い差分吸光度を示している。図5を参照して上述したように、水和反応が進展して圧縮強度が高まると、差分吸光度の値が高くなるはずである。しかし、水セメント比が相対的に大きいグループAは、水セメント比が相対的に小さいグループBよりも、圧縮強度は低くなる。つまり、図9の結果は、単に差分吸光度の大小関係のみでは、圧縮強度の推定を精度良く行うことができないことを示唆している。
【0101】
次に、コンピュータを用いて、図8に示した各吸収スペクトルのデータから、ステップ#3で上述したのと同様の方法で、1370nm~1429nmを特定波長域とする積分値を算出することにより、第一指標値を算出した。そして、基準時点(A1,B1)を除く、水準A2~A5と水準B2~B6について、得られた積分値(第一指標値)と圧縮強度との関係をプロットした。この結果を図10に示す。なお、図10には、グループ毎に近似線が併記されている。
【0102】
次に、コンピュータを用いて、第一要素Xを算出し、得られた値と第二要素Yとしての圧縮強度との関係をプロットした。この実施例では、基準時点における積分値をS1、推定時点における積分値をS2としたときに、S2 / S1を算出することで、基準時点と推定時点での積分値の比率を求めて、この値をもって第一要素Xとした。この結果を、図11に示す。
【0103】
図11によれば、グループによらず、言い換えれば試験用モルタルの水セメント比によらず、第一要素Xとしての基準時点と推定時点での積分値の比率と、第二要素Yとしての圧縮強度とが、高い相関関係を示していることが分かる。したがって、例えば、図11に示す関係式を、相関情報として記憶部13に予め記録させておき、上記ステップ#1~#6を行うことで、対象水硬性組成物3の圧縮強度の推定処理が行えることが分かる。
【0104】
図12は、推定時点における積分値S2と推定時点における積分値S1との差分と、圧縮強度との関係をプロットしたものであり、第一要素Xとして値S2を採用した場合に対応する。図12によれば、水セメント比を同一にしたグループに属する水準同士によれば、第一要素XとしてのS2と、第二要素Yとしての圧縮強度とが、ある程度高い相関関係を示していることが分かる。このことは、記憶部13に予め記録させておく相関情報としての関係式には、必ずしも基準時点における積分値S1を含まなくてもよいことを示唆するものである。
【0105】
ただし、この場合には、記憶部13には、水硬性組成物の水セメント比に応じた相関情報が記録されているものとするのが好適である。そして、実際に対象水硬性組成物3の圧縮強度の推定を行うに際しては、ステップ#5において、対象水硬性組成物3の水セメント比に最も近い水セメント比に対応する相関情報を記憶部13から読み出して、利用するのが好適である。
【0106】
なお、値S2又は値S2を含む演算結果から導かれる第一要素Xと第二要素Yとの相関関係を規定する方法としては、線形近似には限定されず、対数近似、指数近似、多項式近似等を利用しても構わない。
【0107】
図13は、参考のために、特許文献1の手法を用いて、1350nmと1600nmの吸光度差と圧縮強度の値を、各水準(A2~A5、B2~B6)に関してプロットしたものである。図13によれば、両者の要素の相関性が極めて低いため、この方法では対象水硬性組成物3の圧縮強度の推定精度が低いことが予想される。
【0108】
(実施例2)
実施例2は、実施例1と比較して、第一指標値の算出方法が異なっており、他は実施例1と共通である。以下では、異なる点のみを説明する。
【0109】
実施例1と同様の方法により、上述した表1に示す各水準A1~A5、B1~B6の吸収スペクトルを計測すると共に、各吸収スペクトルに対してベースライン補正を行って補正吸収スペクトルを得た。つまり、得られた吸収スペクトルデータは実施例1で参照した図7と同様であり、補正吸収スペクトルデータは実施例1で参照した図8と同様である。
【0110】
次に、コンピュータを用いて、図7に示した各吸収スペクトルのデータから、水酸化カルシウムのピーク吸収波長の近傍値である1412nm(特定波長)での吸光度を抽出することで第一指標値を得た。この波長は、上述した特定波長域(1370nm~1429nm)に属する波長である。そして、基準時点(A1,B1)を除く、水準A2~A5と水準B2~B6について、得られた第一指標値と圧縮強度との関係をプロットした。この結果を図14に示す。なお、図14には、グループ毎に近似線が併記されている。
【0111】
次に、コンピュータを用いて、第一要素Xを算出し、得られた値と第二要素Yとしての圧縮強度との関係をプロットした。この実施例では、基準時点における特定波長の吸光度と推定時点における特定波長の吸光度の比率を算出し、この値をもって第一要素Xとした。この結果を、図15に示す。
【0112】
図15によれば、グループによらず、言い換えれば試験用モルタルの水セメント比によらず、第一要素Xとしての基準時点と推定時点での特定波長の吸光度の比率と、第二要素Yとしての圧縮強度とが、高い相関関係を示していることが分かる。したがって、例えば、図15に示す関係式を、相関情報として記憶部13に予め記録させておき、上記ステップ#1~#6を行うことで、対象水硬性組成物3の圧縮強度の推定処理が行えることが分かる。
【0113】
別の例として、コンピュータを用いて、基準時点における特定波長の吸光度と水セメント比を説明変数として重回帰分析を行って予測値を算出し、この値をもって第一要素Xとした。この方法で得られた値(第一要素X)と第二要素Yとしての圧縮強度との関係をプロットした結果を、図16に示す。
【0114】
図16によれば、グループによらず、言い換えれば試験用モルタルの水セメント比によらず、第一要素Xとしての前記重回帰分析による予測値と、第二要素Yとしての圧縮強度とが、高い相関関係を示していることが分かる。したがって、例えば、図16に示す関係式を、相関情報として記憶部13に予め記録させておき、上記ステップ#1~#6を行うことで、対象水硬性組成物3の圧縮強度の推定処理が行えることが分かる。
【0115】
(実施例3)
実施例3は、実施例1と比較して、第一指標値の算出方法が異なっており、他は実施例1と共通である。以下では、異なる点のみを説明する。
【0116】
実施例1と同様の方法により、上述した表1に示す各水準A1~A5、B1~B6の吸収スペクトルを計測すると共に、各吸収スペクトルに対してベースライン補正を行って補正吸収スペクトルを得た。つまり、得られた吸収スペクトルデータは実施例1で参照した図7と同様であり、補正吸収スペクトルデータは実施例1で参照した図8と同様である。
【0117】
次に、コンピュータを用いて、図7に示した各吸収スペクトルのデータに対して主成分分析を行い、5つの主成分得点を算出した。主成分分析では、第一主成分はスペクトルの総合的な大きさ(size factor)を示し、第二主成分以後の主成分はスペクトルの形の特徴(shape factor)を示す。そのため、第二主成分以後が対象水硬性組成物に対して生じた水和反応の進展に伴うスペクトルの変化に対応していると考えられる。よって、第二主成分から第五主成分を第一指標値とすることができる。
【0118】
次に、コンピュータを用いて、主成分回帰(五つの主成分を説明変数、圧縮強度を目的変数とした重回帰分析)を行って第一要素Xを算出した。そして、得られた第一要素Xの値と第二要素Yとしての圧縮強度との関係をプロットした。この結果を、図17に示す。
【0119】
図17によれば、グループによらず、言い換えれば試験用モルタルの水セメント比によらず、第一要素Xとしての前記主成分回帰による算出値と、第二要素Yとしての圧縮強度とが、高い相関関係を示していることが分かる。したがって、例えば、図17に示す関係式を、相関情報として記憶部13に予め記録させておき、上記ステップ#1~#6を行うことで、対象水硬性組成物3の圧縮強度の推定処理が行えることが分かる。
【符号の説明】
【0120】
1 :強度推定システム
3 :対象水硬性組成物
5 :吸光度測定部
10 :演算処理装置
11 :演算処理部
13 :記憶部
15 :出力部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9A
図9B
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17