(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024143188
(43)【公開日】2024-10-11
(54)【発明の名称】鋼材ダンパーの部材幅設定方法
(51)【国際特許分類】
E04H 9/02 20060101AFI20241003BHJP
F16F 15/02 20060101ALI20241003BHJP
F16F 7/12 20060101ALI20241003BHJP
【FI】
E04H9/02 321F
F16F15/02 Z
F16F7/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023055722
(22)【出願日】2023-03-30
(71)【出願人】
【識別番号】390037154
【氏名又は名称】大和ハウス工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】西井 康真
【テーマコード(参考)】
2E139
3J048
3J066
【Fターム(参考)】
2E139AA01
2E139AB01
2E139AC19
2E139BA02
2E139BA06
2E139BD23
3J048AA06
3J048AC06
3J048BC09
3J048CB21
3J048EA38
3J066AA30
3J066BA03
3J066BB04
3J066BC10
3J066BG10
(57)【要約】 (修正有)
【課題】V字状のエネルギー吸収片に生じる軸力が考慮され、合理的な設定根拠の下で部材幅を設定することのできる、鋼材ダンパーの部材幅設定方法を提供すること。
【解決手段】一対の縦材を繋いで耐力壁を形成する鋼材ダンパーの部材幅設定モデル50Aに関し、平面視矩形で相互に平行な一対の支持片51と、支持片51同士を間隔を置いて繋ぎ、地震エネルギーを吸収するV字状のエネルギー吸収片52とを有する、鋼材ダンパーの部材幅設定モデル50Aの部材幅設定方法であり、エネルギー吸収片52は、交差部52bにて連続する2つの傾斜片52aを有し、それぞれの傾斜片52aは、対応する支持片51に対して支持片51の長手方向に直交する方向から角度θのx方向に延びた状態で接続され、x方向の位置x1における傾斜片52aの幅hx1を特定の式を用いて設定する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
一対の縦材を繋いで耐力壁を形成する鋼材ダンパーであって、平面視矩形で相互に平行な一対の支持片と、該一対の支持片同士を間隔を置いて繋ぎ、地震エネルギーを吸収するV字状のエネルギー吸収片とを有する、鋼材ダンパーの部材幅設定方法であって、
前記エネルギー吸収片は、交差部にて連続する2つの傾斜片を有し、それぞれの該傾斜片は、対応する該支持片に対して、該支持片の長手方向に直交する方向から角度θのx方向に延びた状態で接続されており、該x方向の位置x1における該傾斜片の幅を、以下の式(X)を用いて設定することを特徴とする、鋼材ダンパーの部材幅設定方法。
【数2】
【請求項2】
前記エネルギー吸収片の平面視における輪郭が、放物線であることを特徴とする、請求項1に記載の鋼材ダンパーの部材幅設定方法。
【請求項3】
前記エネルギー吸収片の厚みtを、6mm以上に設定することを特徴とする、請求項1又は2に記載の鋼材ダンパーの部材幅設定方法。
【請求項4】
前記傾斜片の前記支持片に対する角度θを、30度と45度のいずれか一方に設定することを特徴とする、請求項1又は2に記載の鋼材ダンパーの部材幅設定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼材ダンパーの部材幅設定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
建物を構成する架構(建物架構)に耐力壁が組み込まれることにより、建物の耐震性能が一般に確保されている。耐力壁には様々な形態が存在するが、一例として、一対の縦材が鋼材ダンパーにて繋がれている形態の耐力壁を挙げることができる。より詳細には、角鋼管やH形鋼等の形鋼材により形成される一対の縦材が、例えば低降伏点の溝形鋼等の形鋼材からなるダンパーにて繋がれている形態の耐力壁や、一対の縦材の双方から鋼製の持ち出し材を内側へ張り出させ、双方の持ち出し材に対してデバイス形式のダンパーが固定されている形態の耐力壁などがある。
【0003】
耐力壁の建物架構の構面内における幅が広く、平面規模(正面から見た際の規模)が大きくなるに従い、建物架構を含む建物の耐震性能が一般に向上する一方で、平面規模の大きな耐力壁が建物架構に組み込まれることにより、建物架構の内部の開口面積が小さくなり、設計自由度が小さくなる背反がある。また、上記するように複数の持ち出し材を介してダンパーが縦材に接続される耐力壁では、部品点数が往々にして多くなり、耐力壁の生産性の低下に繋がる。
【0004】
以上のことから、耐震性能に優れ、可及的に幅が狭くて建物架構の設計自由度を高めることができ、部品点数が可及的に少ない耐力壁の形成に寄与できる、鋼材ダンパーが望まれる。ここで、特許文献1には、履歴ダンパーと、この履歴ダンパーを備えた木造構造物の壁が提案されている。この履歴ダンパーは、くの字状のエネルギー吸収子をスリットを介して複数本併設し、各エネルギー吸収子の両端部が対向する支持板に架設される平板状の履歴ダンパーであり、エネルギー吸収子は、その板幅をくの字の頂部に向かって徐々に狭く形成し、頂部の両側にくびれ部を備えている。さらに、この木造構造物の壁は、矩形の軸組みの内側にパネルを配置し、軸組みとパネルとの間にはその全周に亘って内外方向に間隔を設け、履歴ダンパーを間隔の周方向に沿って離して配置し、履歴ダンパーの一方の支持板がパネルに留められ、他方の支持板が軸組みに留められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載の履歴ダンパーによれば、くの字状のエネルギー吸収子を備えていることにより、せん断耐力と引張耐力の差を小さくして、それぞれの変形方向に対処することができ、耐震性能に優れた建築物の壁を形成できるものと考えられる。
【0007】
ところで、このように、くの字状のエネルギー吸収子(エネルギー吸収子が適用される際の設置角度を90度変化させた際は、V字状のエネルギー吸収子(エネルギー吸収片)となる)の従来の部材幅設定方法(より詳細には、エネルギー吸収片の幅設定方向)は、
図1と以下の式(Y)に基づいて設定される場合がある。
【0008】
【0009】
図1に示すように、鋼材ダンパーDは、柱等の一対の縦材に取り付けられる、平面視矩形で相互に平行な一対の支持片M1と、一対の支持片M1同士を間隔lを置いて繋ぎ、地震エネルギーを吸収するV字状のエネルギー吸収片M2とを有する。エネルギー吸収片M2は、交差部Oにて連続する2つの傾斜片M3を有し、それぞれの傾斜片M3は、対応する支持片M1と交差する交差部P(傾斜片M3の根本の幅2hcの中心)を起点として、支持片M1の長手方向に延びるラインL1に直交するラインL2から角度θの方向に延びた状態で接続されている。地震時に鋼材ダンパーDの各支持片M1に荷重Qが作用した際に、鋼材ダンパーDは実線の状態から一点鎖線の状態へ変位し、この変位の過程でエネルギー吸収片M2が地震エネルギーを吸収するようになっている。
【0010】
式(Y)は、「日本建築学会北陸支部、伊藤他、木造鋼製ダンパーの減衰性能と形状設計、2010.7」に基づく式であり、傾斜片M3の支持片M1に対する交差部Pと、傾斜片M3同士の交差部Oに塑性ヒンジが生じるとの前提(塑性崩壊機構(全塑性モーメント状態)を想定)の下で、目標とする降伏耐力(Q
u)にて設計するべく、
図1に示す傾斜片M3の最小幅h
aと最大幅h
bの2つのパラメータを調整している。ここで、最小幅h
aと最大幅h
b以外の部分の形状の設定根拠はなく、一般的には、
図1に示すように、最小幅h
aと最大幅h
b同士を2つの直線で繋ぐことにより、傾斜片M3の形状及び幅を設定している。
【0011】
このように、全塑性モーメント状態を想定してエネルギー吸収片M2の部材幅を設定していることから、建築物の1次設計に適用される許容応力度設計には馴染まないという課題があり、また、上記するように、最小幅haと最大幅hbを任意に仮定した上で、それ以外の部分の幅の設定根拠がなく、設定された部材幅の信頼性が十分でないといった課題もある。
【0012】
さらに、
図1に示すV字状のエネルギー吸収片M2には、荷重Qが作用した際に傾斜片M3の長手方向であるx方向に沿う軸力が作用することになるが、式(Y)ではこの軸力が考慮されていないことから、この観点からも設定された部材幅の信頼性が十分でない。
【0013】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、V字状のエネルギー吸収片を有する鋼材ダンパーの部材幅設定方法に関し、エネルギー吸収片に生じる軸力が考慮され、合理的な設定根拠の下で部材幅を設定することのできる、鋼材ダンパーの部材幅設定方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0014】
前記目的を達成すべく、本発明による鋼材ダンパーの部材幅設定方法の一態様は、
一対の縦材を繋いで耐力壁を形成する鋼材ダンパーであって、平面視矩形で相互に平行な一対の支持片と、該一対の支持片同士を間隔を置いて繋ぎ、地震エネルギーを吸収するV字状のエネルギー吸収片とを有する、鋼材ダンパーの部材幅設定方法であって、
前記エネルギー吸収片は、交差部にて連続する2つの傾斜片を有し、それぞれの該傾斜片は、対応する該支持片に対して、該支持片の長手方向に直交する方向から角度θのx方向に延びた状態で接続されており、該x方向の位置x1における該傾斜片の幅を、以下の式(X)を用いて設定することを特徴とする。
【0015】
【0016】
本態様によれば、式(X)に基づいてエネルギー吸収片を構成する傾斜片の幅を設定することにより、エネルギー吸収片に生じる軸力が考慮され、合理的な設定根拠の下で部材幅を設定することができる。
【0017】
式(X)は、最適な断面設計式の立式に際して、モーメント分布に比例して断面性能を連続的に変化させることにより、一様に降伏させるという設計思想に基づいている。
【0018】
ここで、エネルギー吸収片の「V字状」には、V字状が反転した逆V字状が含まれ、さらに、エネルギー吸収片が90度角度を変化させて使用される場合の「くの字状」も含まれる。
【0019】
また、本発明による鋼材ダンパーの部材幅設定方法の他の態様は、
前記エネルギー吸収片の平面視における輪郭が、放物線であることを特徴とする。
【0020】
本態様によれば、式(X)に基づきエネルギー吸収片の平面視における輪郭が設定されることにより、式(X)が無理関数であることから、当該エネルギー吸収片の輪郭は直線ではなく、放物線となる。
【0021】
また、本発明による鋼材ダンパーの部材幅設定方法の他の態様は、
前記エネルギー吸収片の厚みtを、6mm以上に設定することを特徴とする。
【0022】
本態様によれば、エネルギー吸収片の厚みが6mm以上の例えば6mmや9mmであることにより、エネルギー吸収片の局部座屈を防止して、地震エネルギー吸収性能(制振性能)と疲労性能(耐久性)の双方に優れた鋼材ダンパーを形成できる。
【0023】
尚、エネルギー吸収片の厚みが6mm未満と薄い場合は、エネルギー吸収片の局部座屈が生じ易く、エネルギー吸収片の局部座屈に起因して、制振性能と疲労性能の双方をともに高め難くなる。一方、厚みが厚くなり過ぎると、吸収片の塑性変形性能が阻害され、吸収片の地震エネルギー吸収性が低下する。
【0024】
また、本発明による鋼材ダンパーの部材幅設定方法の他の態様は、
前記傾斜片の前記支持片に対する角度θを、30度と45度のいずれか一方に設定することを特徴とする。
【0025】
本態様によれば、傾斜片の支持片に対する角度θを、30度と45度といった代表的な角度に設定することにより、設計初期段階における鋼材ダンパーの形状設定の際に合理的な形状に当たりを付けることができ、設計効率を高めることができて好ましい。
【発明の効果】
【0026】
以上の説明から理解できるように、本発明の鋼材ダンパーの部材幅設定方法によれば、V字状のエネルギー吸収片を有する鋼材ダンパーの部材幅設定方法に関し、エネルギー吸収片に生じる軸力が考慮され、合理的な設定根拠の下で部材幅を設定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図2】実施形態に係る鋼材ダンパーの部材幅設定方法の一例を説明する、鋼材ダンパーの部材幅設定モデルの一例の正面図である。
【
図3】実施形態に係る鋼材ダンパーの部材幅設定方法の立式における、参照文献に記載される説明図である。
【
図4】傾斜片における断面特性と、作用する外力、及び発生する応力を説明する図である。
【
図5】実施形態に係る鋼材ダンパーの部材幅設定方法により部材幅が設定された、鋼材ダンパーの一例の正面図である。
【
図6】
図5に示す鋼材ダンパーを備える耐力壁を、耐力壁が組み込まれている建物架構とともに示す正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、実施形態に係る鋼材ダンパーの部材幅設定方法の一例を、この部材幅設定方法により部材幅が設定された鋼材ダンパーの一例と、この鋼材ダンパーを備える耐力壁が組み込まれている建物架構とともに添付の図面を参照しながら説明する。尚、本明細書及び図面において、実質的に同一の構成要素については、同一の符号を付することにより重複した説明を省く場合がある。
【0029】
[実施形態に係る鋼材ダンパーの部材幅設定方法]
図2乃至
図4を参照して、実施形態に係る鋼材ダンパーの部材幅設定方法の一例を説明する。ここで、
図2は、実施形態に係る鋼材ダンパーの部材幅設定方法の一例を説明する、鋼材ダンパーの部材幅設定モデルの一例の正面図であり、
図3は、実施形態に係る鋼材ダンパーの部材幅設定方法の立式において、参照文献に記載される説明図である。また、
図4は、傾斜片における断面特性と、作用する外力、及び発生する応力を説明する図である。
【0030】
図2に示すように、設計対象の鋼材ダンパーの部材幅設定モデル50Aは、一対の縦材を繋いで耐力壁を形成する、鋼材ダンパーの部材幅を設定する際に用いるモデルであり、平面視矩形で相互に平行な一対の支持片51と、一対の支持片51同士を間隔を置いて繋ぎ、地震エネルギーを吸収するV字状のエネルギー吸収片52とを有する。
【0031】
エネルギー吸収片52は、交差部52bにて連続する2つの傾斜片52aを有し、それぞれの傾斜片52aは、対応する支持片51に対して、支持片51の長手方向に沿うラインL1に直交するラインL2から角度θのx方向に延びた状態で接続されており、交差部52bを起点としたx方向の位置x1における傾斜片52aの幅hx1を、以下の式(X)を用いて設定する。
【0032】
【0033】
ここで、角度θは、30度と45度のいずれか一方に設定される。このように角度θを代表的な角度に設定することにより、設計初期段階における鋼材ダンパー50の形状設定の際に合理的な形状に当たりを付けることができ、設計効率を高めることができる。
【0034】
最適な断面設計式として式(X)を立式するに際して、モーメント分布に比例して断面性能を連続的に変化させることにより、エネルギー吸収片を一様に降伏させるという設計思想に基づいている。また、式(X)の立式に際しては、「日本建築学会大会、馬場他、逆対象曲げモーメント分布に比例して断面性能を連続的に変化させた鋼材ダンパーに関する実験的検討、2015.9」に記載される、
図3に示す説明図とその説明箇所を参照している。
【0035】
図3に示すモデルを用いた設計方法は、逆対象曲げモーメントMと断面係数が一致するように鋼材ダンパーの形状を工夫することにより、塑性変形部等で損傷を発生させ、鋼材ダンパーの変形性能を大きくし、かつ耐久性を向上させることを目的とした設計方法である。
【0036】
図示する鋼材ダンパーは、相互に相対変位する他部材に接合される固定部と、固定部の間において断面積が中央に向かって縮径する塑性変形部と、塑性変形部同士を繋ぐ平行部とを備えたモデルである。平行部の中心を原点Oとし、原点Oからのx方向における正面視における部材幅tを、t=α・x(αは定数)とする。断面耐力となる設計曲げモーメントMyと逆対称曲げモーメントMdが等しいとして、部材幅tが1次関数で表されるとしている。
【0037】
この参照文献を参照し、モーメント分布に比例して断面性能を連続的に変化させることにより、エネルギー吸収片の傾斜片を一様に降伏させるという設計思想の下で立式する。この立式においては、
図4に示すように、V字状のエネルギー吸収片52をモデル化し、2つの傾斜片52aの交差部52bから一方の傾斜片52aの長手方向であるx方向にある任意の位置x1において、設計曲げモーメントMd、断面係数Z、曲げ応力σy、断面積A、及び作用する軸力Nを以下の式X1乃至X5で表し、これらの各式に基づいて式Xを立式した。
【0038】
【0039】
ここで、式(X)における、設計上目標とする外力Qは、従来の設計法を示す式(Y)における、全塑性破壊時の荷重と異なり、降伏荷重であることから、式(X)は許容応力度設計に好適な式となる。
【0040】
式(X)を参照すると明らかなように、式中には傾斜片52aに作用する軸力Nが変数として含まれており、V字状のエネルギー吸収片52の傾斜片52aに実際に作用する軸力Nが考慮され、かつ、x方向の任意の位置x1における部材幅が定量的に設定される式となっている。そのため、傾斜片52aの任意の位置における部材幅の設定根拠が明確となり、設定された部材幅に信頼性をもたせることができる。
【0041】
ここで、式(X)は無理関数であることから、
図2に示すように、傾斜片52aの上下の輪郭v1,v2はいずれも放物線となる。
【0042】
次に、
図5と
図6を参照して、上記する式(X)を用いた部材幅設定方法にて傾斜片52aの部材幅が設定された、エネルギー吸収片52を有する鋼材ダンパー50と、この鋼材ダンパー50を備える耐力壁60、及び耐力壁60が組み込まれている建物架構30の一例について説明する。
【0043】
ここで、
図5は、実施形態に係る鋼材ダンパーの部材幅設定方法により部材幅が設定された、鋼材ダンパーの一例の正面図である。また、
図6は、
図5に示す鋼材ダンパーを備える耐力壁を、耐力壁が組み込まれている建物架構とともに示す正面図である。
【0044】
図5に示す鋼材ダンパー50は、平面視矩形の一対の支持片51と、一対の支持片51の第1端51a同士を相互に間隔を置いて繋ぎ、地震エネルギーを吸収する複数(図示例は4つ)のエネルギー吸収片52と、一対の支持片51の第1端51aに対向する第2端51bに設けられて、縦材40(
図6参照)に固定される一対の固定片54とを有する。
【0045】
鋼材ダンパー50が一対の固定片54を介して一対の縦材40に直接固定されることにより、他部材を介して固定される場合と比べて部品点数が可及的に少ない耐力壁60(
図6参照)を形成できる。また、鋼材ダンパー50が、地震エネルギーを吸収する複数のエネルギー吸収片52を備えていることにより、地震エネルギー吸収性に優れ、耐震性に優れた耐力壁60を形成できる。
【0046】
また、鋼材ダンパー50の全体幅を調整することにより、一対の縦材40の軸芯間の幅t1(
図6参照)は例えば910mm未満に設定されており、図示例の幅t1は例えば455mmとすることができる。ここで、軸芯間の幅t1は、910mm未満の範囲で、225mm、300mm、600mm等の幅に設定されてもよい。
【0047】
従来の耐力壁の幅は、一般に910mm(1P)の幅かそれ以上の幅を有していることから、建物架構の設計自由度を低下させる要因となっているのに対して、図示例の耐力壁60の縦材40の軸芯間の幅t1が455mm(0.5P)であることにより、建物架構30の開口35(
図6参照)を可及的に広くすることができ、建物架構30の設計自由度を高めることが可能になる。
【0048】
鋼材ダンパー50は、上記するように、平面視矩形の一対の支持片51と、一対の支持片51の第1端51a同士を相互に間隔を置いて繋ぎ、地震エネルギーを吸収する4つのエネルギー吸収片52とを有する。ここで、一対の支持片51と4つのエネルギー吸収片52は共通の鋼板からレーザー等により切り出した切り出し加工品であり、切り出し加工品であることにより鋼材ダンパー50の製作効率が高められている。
【0049】
4つのエネルギー吸収片52には、相対的に上方に位置して平面視がV字状のエネルギー吸収片52Aと、相対的に下方に位置して平面視が逆V字状のエネルギー吸収片52Bとが含まれる。図示例では、上下方向に亘って、複数(図示例は2つ)のエネルギー吸収片52Aが間隔を置いて並び、複数(図示例は2つ)のエネルギー吸収片52Bが間隔を置いて並んでいる。ここで、エネルギー吸収片52A,52Bの数は、1つや3つ以上であってもよい。また、上方に複数のエネルギー吸収片52Bが配設され、下方に複数のエネルギー吸収片52Aが配設される形態であってもよい。
【0050】
一対の支持片51と、4つのエネルギー吸収片52との間には、複数の開口53A,53B,53Cが開設されている。ここで、鋼材ダンパー50は、水平に延びる中央ラインCLを中心として上下が線対称の関係になっている。従って、V字状のエネルギー吸収片52Aが反転することで逆V字状のエネルギー吸収片52Bとなり、上方の開口53A,53Bが反転することで下方の開口53A,53Bとなる。また、中央開口53Cは、中央ラインCLを中心として上下が線対称の形状を呈している。
【0051】
エネルギー吸収片52A,52Bは、実質的に同様の形状であるV字状を呈しており、換言すれば、弓状に屈曲している。
【0052】
中央の交差部52bの上下の輪郭や、支持片51に接続される交差部52cの上下の輪郭はいずれも、湾曲した滑らかな形状に加工されており、また、交差部52cから交差部52bに向かって、幅(上下の幅)が徐々に小さくなるように加工され、従って、交差部52bはくびれている。尚、詳細には、既に説明したように、傾斜片52aの上下の輪郭v1,v2は放物線を呈している。
【0053】
このように、各部が湾曲した滑らかな形状に加工されていることで、エネルギー吸収片52の滑らかな変形が保証され、応力の負担を各所へ分散でき、鋭角に屈曲している場合に荷重が鋭角部に集中して破損することを防止している。
【0054】
また、交差部52cから交差部52bに向かって幅が徐々に小さくなり、交差部52bでくびれていることにより、交差部52bにて屈曲角度が大きくなる側へ確実に変形することが保証され、エネルギー吸収片52の変形量を可及的に大きくできる。
【0055】
また、4つのエネルギー吸収片52が上下に均等(もしくは略均等)の間隔で並んでいることにより、入力される地震エネルギー(もしくはせん断力)を各エネルギー吸収片52に可及的均等に流すことができる。
【0056】
さらに、それぞれ2つのエネルギー吸収片52A,52Bが、双方の屈曲の突出側を対向するようにして上下対称で配置されていることにより、建物架構30に地震時の水平力H(
図6参照)が作用して建物架構30が左右いずれの方向に変形しても、鋼材ダンパー50が同様の態様で追随して変形することができ、左右の変形に対して同等のエネルギー吸収性能を発揮することができる。
【0057】
また、相互に対向するエネルギー吸収片52A,52Bの間に中央開口53Cが設けられていることにより、中央開口53Cは、エネルギー吸収片52A,52Bの少なくとも一方が変形した際に他方に干渉しない干渉防止開口として機能する。
【0058】
より詳細には、対向するエネルギー吸収片52A,52Bのうちの一方もしくは双方が変形した際に、他方に干渉しない離間を確保できるように中央開口53Cの例えば上下の寸法が設定されている。
【0059】
また、
図5に示すように、エネルギー吸収片52の水平方向の幅t2を長くする程、鋼材ダンパー50の疲労性能が向上する一方で、耐力が低下し、エネルギー吸収片52の面外変形が生じ易くなることから、幅t2は鋼材ダンパー50の疲労性能と耐力の双方を勘案して設定されるのが好ましい。
【0060】
エネルギー吸収片52と支持片51の厚みは、6mmもしくは9mmに設定されており、好ましくは9mmに設定されている。
【0061】
鋼材ダンパー50の厚みが例えば9mmであることにより、エネルギー吸収片52の局部座屈が防止され、地震エネルギー吸収性能(制振性能)と疲労性能(耐久性)の双方に優れた鋼材ダンパー50を形成できる。例えば、鋼材ダンパーの鋼板の厚みが6mm未満と薄い場合は、吸収片の局部座屈が生じ易く、吸収片の局部座屈に起因して、制振性能と疲労性能の双方をともに高め難くなる。逆に、厚みが厚くなり過ぎると、吸収片の塑性変形性能が阻害され、吸収片の地震エネルギー吸収性が低下する。
【0062】
鋼材ダンパー50の支持片51のうち、縦材40に直交する一対の第3端51cと第4端51dにはそれぞれ、鋼製の第1補強フランジ55と第2補強フランジ56が溶接にて接続されている。従って、切り出し加工品である一対の支持片51と4つのエネルギー吸収片52に対して、一対の固定片54や一対の第1補強フランジ55と第2補強フランジ56が溶接接合されることにより、鋼材ダンパー50が形成される。
【0063】
支持片51の上下端に第1補強フランジ55と第2補強フランジ56が設けられていることにより、支持片51に生じ得る局部座屈を防止することができ、地震エネルギーを支持片51を介して4つのエネルギー吸収片52に効果的に伝達して、4つのエネルギー吸収片52を塑性変形させることで、鋼材ダンパー50による地震エネルギー吸収性が保証される。
【0064】
図6に示す建物架構30は、鉄骨の柱10と、鉄骨の梁20とにより形成され、柱10と梁20の接合部が剛接合である場合はラーメン架構を形成する。ここで、建物架構30の内部には耐力壁60が構面内に組み込まれていることから、柱10と梁20の接合部がピン接合であっても架構の構造安定性は保証される。
【0065】
図示例の柱10は角形鋼管により形成され、梁20はH形鋼により形成されるが、柱10はH形鋼等の形鋼材により形成されてもよく、梁20はH形鋼以外の形鋼材により形成されてもよい。
【0066】
柱10と梁20との剛接合は、例えば、複数のハイテンションボルトにより双方を接合する形態、柱10に梁20を溶接接合する形態、複数の中ボルトを相互に所定間隔を置いて双方を接合する形態などにより形成される。一方、柱10と梁20とのピン接合は、例えば、複数の中ボルトを相互に比較的狭い間隔を置いて双方を接合することにより形成される。ここで、溶接には、開先溶接(完全溶け込み溶接、部分溶け込み溶接)や隅肉溶接など、接続部に要求される強度や接合態様(剛接続、ピン接続)に応じて適宜の溶接が選択される。
【0067】
鉄筋コンクリート製の基礎25に対してベースプレート11がアンカーボルト(図示せず)等により固定され、ベースプレート11に溶接等により接合されている柱10が立設される。ここで、図示例の建物架構30は1階の架構の一部を示しているが、耐力壁60が組み込まれる建物架構30は、2階以上の上階であってもよく、この場合は基礎Kの代わりに下階の床梁が配設されることになる。
【0068】
建物架構30に組み込まれる耐力壁60は、一対の縦材40が、複数(図示例は3つ)の鋼材ダンパー50によって繋がれることにより形成される。
【0069】
縦材40は角形鋼管により形成され、その柱頭には柱頭金物42が溶接にて接続され、その柱脚には柱脚金物44が溶接にて接続されている。柱頭金物42は、複数のボルト45により梁20の下フランジ21に固定される。一方、柱脚金物44は、アンカーボルト46により基礎25に固定される。
【0070】
図示例の耐力壁60は、地震時の層せん断力の大きな1階の建物架構30に組み込まれることから、一対の縦材40に対して、3つの鋼材ダンパー50が間隔を置いて固定されている。ここで、1階に比べて層せん断力が小さな2階以上の上階の建物架構を構成する耐力壁には、2つの鋼材ダンパーが適用されるのがよい。
【0071】
図示例の耐力壁60によれば、一対の縦材40に対して複数の鋼材ダンパー50が接続されていることにより、耐震性能に優れ、可及的に幅が狭くて建物架構30の設計自由度を高めることができ、部品点数が可及的に少ない耐力壁となる。
【0072】
尚、上記実施形態に挙げた構成等に対し、その他の構成要素が組み合わされるなどした他の実施形態であってもよく、ここで示した構成に本発明が何等限定されるものではない。この点に関しては、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で変更することが可能であり、その応用形態に応じて適切に定めることができる。
【符号の説明】
【0073】
10:柱
11:ベースプレート
20:梁
21:下フランジ
25:基礎
30:建物架構
35:開口
40:縦材(柱)
42:柱頭金物
44:柱脚金物
45:ボルト
46:アンカーボルト
50:鋼材ダンパー
50A:鋼材ダンパーの部材幅設定モデル(部材幅設定モデル)
51:支持片
51a:第1端
51b:第2端
51c:第3端
51d:第4端
52,52A,52B:エネルギー吸収片
52a:傾斜片
52b:交差部
52c:交差部
53A,53B:開口
53C:中央開口(開口)
54:固定片
55:第1補強フランジ
56:第2補強フランジ
60:耐力壁
v1,v2:輪郭
H:水平力