IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 東洋紡株式会社の特許一覧

特開2024-143315免疫学的測定法に用いられる検体希釈液
<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024143315
(43)【公開日】2024-10-11
(54)【発明の名称】免疫学的測定法に用いられる検体希釈液
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/569 20060101AFI20241003BHJP
   G01N 33/543 20060101ALI20241003BHJP
【FI】
G01N33/569 L
G01N33/543 521
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023055928
(22)【出願日】2023-03-30
(71)【出願人】
【識別番号】000003160
【氏名又は名称】東洋紡株式会社
(72)【発明者】
【氏名】枡屋 宇洋
(72)【発明者】
【氏名】柚原 光佑
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 友実
(57)【要約】
【課題】 免疫学的測定法での唾液検体からのウイルス抗原検査において感度低下を抑制できる唾液検体用の検体希釈液を提供すること。
【解決手段】 本発明は、150~1500mMの無機塩類及び0.5~2%のコール酸系アニオン界面活性剤を含有する、唾液検体に含まれるウイルス抗原を免疫学的測定法で測定する場合に用いられる検体希釈液を提供する。好ましくは、ウイルス抗原はエンベロープウイルスに由来する抗原(例えば、コロナウイルス科ウイルス等に由来する抗原)である。好ましい実施形態では、免疫学的測定法はイムノクロマト法である。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
唾液検体に含まれるウイルス抗原を免疫学的測定法で測定する場合に用いられる検体希釈液であって、150~1500mMの無機塩類及び0.5~2%のコール酸系アニオン界面活性剤を含有する、検体希釈液。
【請求項2】
ウイルス抗原がエンベロープウイルスに由来する抗原である、請求項1に記載の検体希釈液。
【請求項3】
ウイルス抗原がコロナウイルス科ウイルスに由来する抗原である、請求項1に記載の検体希釈液。
【請求項4】
コール酸系アニオン界面活性剤が、タウロコール酸、デオキシコール酸、タウロデオキシコール酸、タウロケノデオキシコール酸、グリココール酸、グリコデオキシコール酸、グリコケノデオキシコール酸、及びそれらの塩からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項1に記載の検体希釈液。
【請求項5】
無機塩類が塩化物塩である、請求項1に記載の検体希釈液。
【請求項6】
塩化物塩が塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム及び塩化マグネシウムからなる群より選択される少なくとも1種である、請求項5に記載の検体希釈液。
【請求項7】
免疫学的測定法がイムノクロマト法である、請求項1に記載の検体希釈液。
【請求項8】
無機塩類の濃度が150~500mMである、請求項1に記載の検体希釈液。
【請求項9】
コール酸系アニオン界面活性剤の濃度が1~2%である、請求項1に記載の検体希釈液。
【請求項10】
唾液検体に含まれるウイルス抗原を免疫学的測定法で測定する方法であって、以下の工程:
(A)被験体から採取された唾液検体を、150~1500mMの無機塩類及び0.5~2%のコール酸系アニオン界面活性剤を含有する検体希釈液に混合する工程、
を包含する、方法。
【請求項11】
更に以下の工程:
(B)前記工程(A)で得られた混合液を濾過する工程、
を包含する、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
更に以下の工程:
(C)前記工程(A)で得られた混合液又は前記工程(B)で得られた濾液を用いて、イムノクロマト法によりウイルス抗原の有無を検出する工程、
を包含する、請求項10又は11に記載の方法。
【請求項13】
唾液検体に含まれるウイルス抗原を免疫学的測定法で測定する場合の検出感度を向上させる方法であって、以下の工程:
(A)被験体から採取された唾液検体を、150~1500mMの無機塩類及び0.5~2%のコール酸系アニオン界面活性剤を含有する検体希釈液に混合する工程、
を包含する、方法。
【請求項14】
更に以下の工程:
(B)前記工程(A)で得られた混合液を濾過する工程、
を包含する、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
更に以下の工程:
(C)前記工程(A)で得られた混合液又は前記工程(B)で得られた濾液を用いて、イムノクロマト法によりウイルス抗原の有無を検出する工程、
を包含する、請求項13又は14に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、免疫学的測定法に用いる検体希釈液に関する。
【背景技術】
【0002】
免疫学的測定法は、臨床検査等において各種生体試料中の微量物質の測定のために広く普及している。このような免疫学的測定法としては、イムノクロマト法、ラテックス凝集法、金属コロイド凝集法、免疫比濁法等これまでに数多くの方法が知られている。なかでも、簡易かつ迅速な検査が可能であることから、ニトロセルロースメンブレン等の試験片を使用したイムノクロマト検出法が広く普及している。
【0003】
イムノクロマト検出法を用いて分析対象物質を測定する手法の一つとしては、抗原抗体反応を利用したサンドイッチ法が挙げられる。このサンドイッチ法では、測定試料中に含まれる分析対象物質は、通常、多孔質支持体の一端(上流側)から展開し、着色粒子等で標識された検出抗体と免疫複合体を形成しながら移動し、多孔質支持体の表面に線状に形成されたテストライン上で捕捉抗体と接触して捕捉され発色する。この発色を目視で判定あるいは光学測定装置を利用して測定することで分析対象物質を容易に検出できる。
【0004】
しかし、免疫学的測定法を実施する場合、測定対象となる検体の種類等によっては、その生体試料に含まれる様々な夾雑物質等が影響して抗原抗体反応が阻害されたり、多孔質支持体での展開不良などが起こり、テストライン上での検出感度が低下したり、偽陰性の結果を生じさせたりする。そこでこれまでにも抗原抗体反応を起こさせる前に、免疫学的測定法に使用する検体を予め所望の効果を付与する所定の検体希釈液で希釈してから、多孔質支持体上に滴下して抗原抗体反応させる等の工夫がなされている。例えば、免疫クロマトグラフィー用ストリップを用いた歯周疾患検査又は診断のために、唾液若しくは洗口吐出液の前処理としてドデシル硫酸塩又はデオキシコール酸塩を含む検体処理液を使用することが提案されている(特許文献1)。また、糞便検体からノロウイルスを検出するイムノアッセイに用いる検体希釈浮遊液として、グリセリン、ポリビニルピロリドン、モノクローナル抗体から選ばれる少なくとも1つの安定剤を含有し、クエン酸緩衝液等の緩衝液により特定の酸性pHに保たれている検体希釈浮遊液を使用すること等も提案されている(特許文献2)。
【0005】
SARS-CoV-2は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の原因ウイルスであり、2020年初頭より世界中で急速に流行している。SARS-CoV-2は、一般的なコロナウイルスと同様に、ヌクレオカプシド及び当該ヌクレオカプシドを取り囲むエンベロープで構成されている。前記ヌクレオカプシドには、ウイルスゲノム(RNA)及び当該ウイルスゲノムに結合するヌクレオカプシドタンパク質(Nタンパク質)が含まれている。そして、前記エンベロープには、脂質及び当該脂質に結合するスパイクタンパク質(Sタンパク質)、膜タンパク質(Mタンパク質)、及びエンベロープタンパク質(Eタンパク質)が含まれている。
【0006】
SARS-CoV-2を迅速且つ簡便に検査する手法の一つとして、上記のようなSARS-CoV-2のタンパク質の有無を調べるイムノクロマト法による検査も普及している。例えば、イムノクロマトによりSARS-CoV-2のNタンパク質の有無を検出する際には、スワブ等に採取した鼻咽頭ぬぐい液検体や鼻腔ぬぐい液検体を所定の検体希釈液に浸してウイルスを抽出し、イムノクロマトデバイスへの滴下試料とする方法が一般的である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第5124211号公報
【特許文献2】特許第6004744号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明者は、鼻咽頭ぬぐい液や鼻腔ぬぐい液ではなく、唾液検体中に含まれるエンベロープウイルス(SARS-CoV-2)の抗原をイムノクロマトによって検出しようとした際に、鼻咽頭ぬぐい液や鼻腔ぬぐい液を検体に用いた場合には通常観察されない検出感度の著しい低下という現象が頻発することを見出した。唾液には、各種消化酵素の他、ムチンなどのタンパク質や食物由来の成分、高プロリンタンパク質等の唾液固有のタンパク質など多数の成分が混在しており、これらが検出感度に影響した可能性が推察される。そこで、予め唾液検体と混合することで唾液に含まれる成分等による影響を抑えることができ、免疫学的測定法での唾液検体からのウイルス抗原検査における感度低下を抑制できる唾液検体用の検体希釈液の開発が必要である。
【0009】
従って、本発明の一つの目的は、唾液検体中に含まれるウイルス抗原の検出感度低下を改善する検体希釈液組成を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記目的を達成すべく鋭意検討した結果、免疫学的測定法による検出、特にイムノクロマト法による検出で、唾液検体中に含まれるウイルス抗原の検出感度低下を改善するためには、特定量の無機塩類及びコール酸系アニオン界面活性剤を組み合わせて検体希釈液を調製し、それを抗原抗体反応を起こす前の唾液検体の前処理に用いればよいことを見出し、本発明を完成した。
【0011】
本発明は、以下の態様を包含する。
項1.
唾液検体に含まれるウイルス抗原を免疫学的測定法で測定する場合に用いられる検体希釈液であって、150~1500mMの無機塩類及び0.5~2%のコール酸系アニオン界面活性剤を含有する、検体希釈液。
項2.
ウイルス抗原がエンベロープウイルスに由来する抗原である、項1に記載の検体希釈液。
項3.
ウイルス抗原がコロナウイルス科ウイルスに由来する抗原である、項1又は2に記載の検体希釈液。
項4.
コール酸系アニオン界面活性剤が、タウロコール酸、デオキシコール酸、タウロデオキシコール酸、タウロケノデオキシコール酸、グリココール酸、グリコデオキシコール酸、グリコケノデオキシコール酸、及びそれらの塩からなる群より選択される少なくとも1種である、項1~3のいずれかに記載の検体希釈液。
項5.
無機塩類が塩化物塩である、項1~4のいずれかに記載の検体希釈液。
項6.
塩化物塩が塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化マグネシウム及び塩化カルシウムからなる群より選択される少なくとも1種である、項5に記載の検体希釈液。
項7.
免疫学的測定法がイムノクロマト法である、項1~6のいずれかに記載の検体希釈液。
項8.
無機塩類の濃度が150~500mMである、項1~7のいずれかに記載の検体希釈液。
項9.
コール酸系アニオン界面活性剤の濃度が1~2%である、項1~8のいずれかに記載の検体希釈液。
項10.
唾液検体に含まれるウイルス抗原を免疫学的測定法で測定する方法であって、以下の工程:
(A)被験体から採取された唾液検体を、150~1500mMの無機塩類及び0.5~2%のコール酸系アニオン界面活性剤を含有する検体希釈液に混合する工程、
を包含する、方法。
項11.
更に以下の工程:
(B)前記工程(A)で得られた混合液を濾過する工程、
を包含する、項10に記載の方法。
項12.
更に以下の工程:
(C)前記工程(A)で得られた混合液又は前記工程(B)で得られた濾液を用いて、イムノクロマト法によりウイルス抗原の有無を検出する工程、
を包含する、項10又は11に記載の方法。
項13.
唾液検体に含まれるウイルス抗原を免疫学的測定法で測定する際の検出感度を向上させる方法であって、以下の工程:
(A)被験体から採取された唾液検体を、150~1500mMの無機塩類及び0.5~2%のコール酸系アニオン界面活性剤を含有する検体希釈液に混合する工程、
を包含する、方法。
項14.
更に以下の工程:
(B)前記工程(A)で得られた混合液を濾過する工程、
を包含する、項13に記載の方法。
項15.
更に以下の工程:
(C)前記工程(A)で得られた混合液又は前記工程(B)で得られた濾液を用いて、イムノクロマト法によりウイルス抗原の有無を検出する工程、
を包含する、項13又は14に記載の方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、唾液検体を使用する免疫学的測定法において、唾液検体に含まれるウイルス抗原を高感度に検出することが可能になる。例えば、イムノクロマト法において、本発明の検体希釈液で予め唾液検体の前処理を行い、その前処理済みの唾液検体をイムノクロマトデバイスに滴下し、展開させることによって、安定して高い検出感度を維持することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態を示しつつ、本発明についてさらに詳説するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、本明細書中に記載された非特許文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。また本明細書中の「~」は「以上、以下」を意味し、例えば明細書中で「X~Y」と記載されていれば「X以上、Y以下」を示す。また本明細書中の「及び/又は」は、いずれか一方または両方を意味する。また本明細書において、単数形の表現は、他に言及しない限り、その複数形の概念をも含むことが理解されるべきである。
【0014】
(1.検体希釈液)
一つの実施形態において、本発明は、唾液検体に含まれるウイルス抗原を免疫学的測定法で測定する場合に用いられる検体希釈液を提供する。この検体希釈液は、150~1500mMの無機塩類及び0.5~2%のコール酸系アニオン界面活性剤を少なくとも含有することを特徴としている。このように無機塩類とコール酸系アニオン界面活性剤とを、それぞれ特定濃度で含むように検体希釈液を調製することによって、これらの成分の作用が相俟って、イムノクロマト法に唾液検体を用いる場合でも感度低下が高度に抑えられ、唾液検体に含まれ得る微量のウイルス抗原も高感度に検出できるようになる。
【0015】
本発明に用いられ得る唾液検体は、任意の動物から採取される唾液の検体であり得る。唾液検体は、好ましくは哺乳動物の口腔から採取した唾液検体、より好ましくはヒトの口腔から採取した唾液検体である。唾液検体は、唾液そのものであってもよいし、唾液を水若しくは緩衝液等の任意の溶媒に懸濁若しくは混合したものであってもよい。唾液検体は、当該分野で公知の任意の手段で採取することができ、チューブ等の容器に口腔から吐出された唾液検体であってもよいし、綿棒又はスワブ等の吸液部材を備えた検体採取器具に浸み込ませて採取した唾液検体であってもよい。本発明の検体希釈液は、例えば、吐出された唾液検体と混合して用いられてもよいし、唾液を浸み込ませたスワブ先端の吸液部材を浸漬させて唾液を抽出するように用いられてもよい。
【0016】
本明細書において検体希釈液とは、唾液検体に含まれるウイルス抗原を免疫学的測定法で測定する際に、被験体から採取した唾液検体(被験体から直接採取した唾液、又はそれを水若しくは任意の緩衝液等の溶媒に懸濁若しくは混合した唾液検体を含む)の前処理として唾液検体の希釈に使用される任意の溶液を意味し、検体希釈浮遊液、検体処理液、検体前処理液などとも呼ばれる。好ましくは、イムノクロマト法で唾液検体に含まれるウイルス抗原を測定する際に、イムノクロマトデバイスへの滴下前に測定対象の唾液検体を希釈するために用いられる溶液であり得る。このように検体希釈液で予め希釈することによって、微量の唾液又は粘性の高い唾液を測定対象とする場合でも、イムノクロマトデバイスに精度よく滴下し易くなるという利点もある。
【0017】
本発明の検体希釈液に使用され得る無機塩類としては、本発明の効果を奏する限り特に限定されないが、好ましくは塩化物塩であり、より好ましくは、塩化物のアルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩であり、より好ましくは塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化マグネシウム、塩化カルシウムであり、特に好ましくは塩化ナトリウムである。
【0018】
検体希釈液に含まれる無機塩類の濃度は、検体希釈液全体に対して150~1500mMである限り、特に限定されない。例えば、本発明の検体希釈液に含まれる無機塩類の濃度は、500~1500mMなどであってもよいが、少量であっても唾液検体に含まれるウイルスを免疫学的測定法でより安定して高感度に検出し易くなるという観点から、検体希釈液全体に対して、無機塩類の濃度は150~1000mMであることが好ましく、150~500mMであることがより好ましい。例えば、検体希釈液全体に対する無機塩類の濃度は、200~500mMであってもよく、300~500mMであってもよい。このような濃度の無機塩類をコール酸系アニオン界面活性剤と組み合わせることで、測定感度が低下し易い唾液検体からのウイルス抗原検査であっても良好な感度での免疫学的測定が可能になる。
【0019】
コール酸系アニオン界面活性剤は、コール酸を基本骨格として有する陰イオン性界面活性剤として公知の化合物である。本発明に用いられるコール酸系アニオン界面活性剤はタウロコール酸、デオキシコール酸、タウロデオキシコール酸、タウロケノデオキシコール酸、グリココール酸、グリコデオキシコール酸、グリコケノデオキシコール酸及びそれらの塩等が挙げられるが、特に限定されない。塩の形態である場合、塩の種類は本発明の効果を奏する限り限定されないが、例えば、アルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩であり、好ましくは、ナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩であり得る。コール酸系アニオン界面活性剤は、合成したものを使用してもよいし、市販品を使用してもよい。より高い効果が得られ易いという観点から、本発明に用いるコール酸系アニオン界面活性剤は、デオキシコール酸ナトリウム、タウロコール酸ナトリウム、タウロデオキシコール酸ナトリウムが好ましく、市販されているこれらのコール酸系アニオン界面活性剤を好適に使用することができる。
【0020】
検体希釈液に含まれるコール酸系アニオン界面活性剤の濃度は、検体希釈液全体に対して0.5~2%(v/v)である限り、特に限定されないが、1~2%(v/v)であることがより好ましい。このような濃度のコール酸系アニオン界面活性剤を無機塩類と組み合わせることで、測定感度が低下し易い唾液検体からのウイルス抗原検査であっても良好な感度での免疫学的測定が可能になる。
【0021】
本発明の検体希釈液において無機塩類及びコール酸系アニオン界面活性剤は、任意の濃度比で含有され得るが、一つの実施形態において、例えば、無機塩類500mMに対して、コール酸系アニオン界面活性剤が0.5~2%(v/v)となる比率で組み合わせられることが好ましく、1~2%(v/v)となる比率で組み合わせられることがより好ましい。
【0022】
本発明の検体希釈液は、無機塩類及びコール酸系アニオン界面活性剤を任意の溶媒に懸濁又は混合して溶解することによって調製され得る。溶媒は特に限定されず、水若しくは緩衝液等の任意の溶媒であり得るが、好ましくはpH緩衝能も有する緩衝液を用いることが好ましい。緩衝液は、例えば、トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン(単にトリスともいう)、リン酸、フタル酸、クエン酸、マレイン酸、コハク酸、シュウ酸、ホウ酸、酒石酸、酢酸、炭酸、グッドバッファー(MES、ADA、PIPES、ACES、コラミン塩酸、BES、TES、HEPES、アセトアミドグリシン、トリシン、グリシンアミド、ビシン)等の緩衝剤を含む緩衝液であることが好ましく、トリス緩衝液であることがより好ましい。
【0023】
本発明の検体希釈液のpHは特に限定されないが、例えば、pH5~11程度であり、好ましくはpH6~10程度であり、より好ましくはpH7~9.5程度であり、更に好ましくはpH7.5~9程度であり得る。検体希釈液のpHは、前記のような緩衝剤によって調整してもよいし、炭酸カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸マグネシウム、炭酸アンモニウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム、炭酸水素マグネシウム、炭酸水素アンモニウム、水酸化カリウム、水酸化ナトリウム、水酸化マグネシウム、水酸化アンモニウム、塩酸、硫酸、乳酸等のpH調整剤によっても調整することができる。
【0024】
本発明の検体希釈液は更に他の任意の添加剤を含んでいてもよい。このような添加剤としては、特に限定されないが、例えば、界面活性剤、キレート剤、防腐剤、ブロッキング剤等が挙げられる。これらの添加剤は、例えば、検体希釈液全体に対して0.001~1000mM程度の濃度で添加され得る。
【0025】
一つの実施形態において、本発明の検体希釈液はコール酸系アニオン界面活性剤以外の他の界面活性剤を含んでいてもよい。このように他の界面活性剤を含むことで、例えば、本発明の検体希釈液がイムノクロマト法に用いられた場合に、イムノクロマトストリップにおける唾液検体の展開性を向上させ、より安定して高い感度で唾液検体中のウイルス抗原を測定することが可能となり得る。このような界面活性剤としては、非イオン性界面活性剤、コール酸系アニオン界面活性剤以外のアニオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、両性界面活性剤のいずれを用いてもよいが、一つの実施形態では、非イオン性界面活性剤であることが好ましく、ポリオキシエチレン系非イオン性界面活性剤であることがより好ましい。具体的には、非イオン性界面活性剤として、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル(Triton(登録商標)系界面活性剤等)、ポリオキシエチレンアルキルエーテル(Brij(登録商標)系界面活性剤等)、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル(Tween(登録商標)系界面活性剤等)、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、アルキルグルコシド、ショ糖脂肪酸エステル等が挙げられ、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレン脂肪酸エステルを用いることがより好ましい。界面活性剤はいずれか一つを単独で用いてもよいし、二種以上を組み合わせて用いてもよい。界面活性剤の濃度は、特に限定されないが、例えば、検体希釈液全体に対して、コール酸系アニオン界面活性剤以外の界面活性剤を総量で0.01~5%(v/v)程度であることが好ましく、0.05~3%(v/v)程度であることが好ましく、0.1~2%(v/v)程度であることがより好ましい。
【0026】
本発明の検体希釈液は、唾液検体と任意の比率で混合され得る。好ましくは、本発明の検体希釈液は、唾液検体の希釈倍率が3~100倍程度となるような比率、より好ましくは5~50倍程度となるような比率、更に好ましくは7~20倍となるような比率で混合され得る。このような希釈倍率となるような比率で混合することで、抗原抗体反応に必要なウイルス抗原の量を十分に維持しつつ、唾液検体に含まれる各種成分の影響を抑えて高感度な検出が可能となり得る。
【0027】
本発明の検体希釈液は、診断薬又は研究試薬等の任意の免疫学的測定法における使用され得る。免疫学的測定法としては、特に制限されないが、例えばイムノクロマト法、酵素免疫測定法、化学発光免疫測定法、化学発光・酵素免疫測定法、放射免疫測定法、電気化学発光免疫測定法、免疫比濁法、ラテックス凝集法等が挙げられる。なかでも、固相上で検出を行う免疫学的測定法において生じ易い唾液検体の感度低下を向上させることができるという観点から、イムノクロマト法、酵素免疫測定法、化学発光免疫測定法、化学発光・酵素免疫測定法、電気化学発光免疫測定法に用いられることが好ましく、とりわけイムノクロマト法に用いられることが好ましい。後述の試験例の結果に示されるように、本発明の検体希釈液で予め唾液検体を処理することにより、感度低下が生じ易いイムノクロマト法での唾液検体からのウイルス抗原検査でも高感度な検出が可能となり得る。
【0028】
本発明の検体希釈液がイムノクロマト法に用いられる場合、イムノクロマト試験片は当該分野で公知の任意の手法により、多孔質支持体等を用いて作製されたものであり得る。多孔質の支持体としては、例えば、メンブレン、フィルタ、膜などが挙げられる。例えば、ニトロセルロースメンブレン、セルロース混合エステルメンブレン、酢酸セルロースメンブレン、ポリエステルメンブレン、ポリエチレンメンブレン、ポリ塩化ビニルメンブレン、ポリフッ化ビニリデンメンブレン、ナイロン等を好適な例として挙げることができるが、これらに限定されない。
【0029】
本発明の検体希釈液を用いる免疫学的測定法は、唾液検体に含まれるウイルス抗原の有無を目視又は光学的手段等により判別できるように標識物質を用いることが好ましい。標識物質としては、例えば、呈色標識物質(蛍光標識物質を含む)又は酵素標識物質などが挙げられるが、目視で簡便に判別し易いという観点から、呈色標識物質を用いることが好ましい。呈色標識物質としては、例えば、着色粒子(例えば、着色セルロース粒子、金コロイド粒子)、蛍光色素、蛍光タンパク質等を挙げることができるが、これらに限定されない。好ましくは、着色セルロース粒子などの着色粒子を用いることが好ましい。
【0030】
本発明の検体希釈液は、唾液検体に含まれる任意のウイルス抗原を免疫学的測定法で測定する場合に使用され得る。対象となるウイルスは特に限定されず、脂質二重膜に由来するエンベロープを持つウイルス(エンベロープウイルスともいう)であっても、エンベロープを持たないウイルスであってもよい。本発明の検体希釈液と相互作用し易く効果が得られ易いという観点から、本発明の検体希釈液は好ましくは、唾液検体に含まれるエンベロープウイルスに由来する抗原の有無を測定する免疫学的測定法において使用され得る。
【0031】
エンベロープウイルスとしては、コロナウイルス科ウイルス(例えば、SARSコロナウイルス、MERSコロナウイルス、SARS-CoV-2コロナウイルス);オルトミクソウイルス科ウイルス(例えば、インフルエンザウイルス(A型インフルエンザウイルス、B型インフルエンザウイルス、C型インフルエンザウイルス等));パラミクソウイルス科ウイルス(例えば、パラインフルエンザウイルス、麻疹ウイルス、ヒトRSウイルス);ヘルペスウイルス科ウイルス(例えば、単純ヘルペスウイルス、水痘・帯状疱疹ウイルス、エプスタイン・バール・ウイルス、ヒトサイトメガロウイルス);ポックスウイルス科ウイルス(例えば、サル痘ウイルス(エムポックスウイルス)、天然痘ウイルス)などが挙げられるが、特に限定されない。好ましくは、本発明の検体希釈液は、唾液検体に含まれるコロナウイルス科ウイルスの抗原を測定する場合に用いられる。一つの実施形態では、本発明の検体希釈液は、例えば、SARSコロナウイルス、MERSコロナウイルス、SARS-CoV-2コロナウイルスに由来する抗原を検査する場合に用いられる。
【0032】
本発明の検体希釈液を使用する免疫学的測定法が測定対象とするウイルス抗原は、ウイルスを構成する任意のタンパク質であり得る。例えば、ウイルス抗原は、ウイルスを構成するヌクレオカプシドタンパク質(Nタンパク質)、スパイクタンパク質(Sタンパク質)、膜タンパク質(Mタンパク質)、エンベロープタンパク質(Eタンパク質)、等であり得るが、これらに限定されない。好ましい実施形態では、本発明の検体希釈液を使用する免疫学的測定法が対象とするウイルス抗原は、ヌクレオカプシドタンパク質又はスパイクタンパク質であり、より好ましくはヌクレオカプシドタンパク質である。なかでも、エンベロープウイルスのヌクレオカプシドタンパク質又はスパイクタンパク質が好ましく、エンベロープウイルスのヌクレオカプシドタンパク質がより好ましく、コロナウイルス科ウイルスのヌクレオカプシドタンパク質が特に好ましい。
【0033】
(2.唾液検体に含まれるウイルス抗原を測定する方法)
前記のように特定量の無機塩類及びコール酸系アニオン界面活性剤を組み合わせて検体希釈液を調製し、それを抗原抗体反応を起こす前の唾液検体の前処理に用いることで、免疫学的測定法で唾液検体に含まれるウイルス抗原を測定する場合の検出感度低下が高度に改善されることが確認できている。従って、本発明は更に別の観点から、少なくとも以下の工程:
(A)被験体から採取された唾液検体を、150~1500mMの無機塩類及び0.5~2%のコール酸系アニオン界面活性剤を含有する検体希釈液に混合する工程、
を包含する、唾液検体に含まれるウイルス抗原を免疫学的測定法で測定する方法も提供する。
【0034】
本発明の前記測定方法に用いられる検体希釈液の調製に使用される無機塩類、コール酸系アニオン界面活性剤、及びその他に含まれ得る添加剤の種類や量等は、前記1.検体希釈液において詳述したもの等を好適に使用することができる。
【0035】
特定の実施形態において、本発明の前記方法は、更に以下の工程:
(B)前記工程(A)で得られた混合液を濾過する工程、を含むことが好ましい。
このような濾過工程を含むことで、唾液検体に含まれる比較的大きな夾雑物質を除去でき、例えばイムノクロマト法で測定を行う場合に、多孔質支持体上での展開不良が生じ難くなり、より高感度な測定が可能になるという利点がある。
【0036】
本発明の前記方法が濾過工程を含む場合、濾過工程に用いる濾過フィルタは当該分野で公知の任意の材質のフィルタを使用することができ、例えば、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリスチレン、ポリメチルメタクリレート、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン等が挙げられ、これらを焼結して製造したフィルタ等であってもよい。ろ過フィルタの孔径は、例えば、1~200μm程度であり、5~100μm程度であってもよい。更に、濾過フィルタは、1種類だけではなく、材質の異なるもの、孔径又は保留粒子径の異なるものをいくつか組み合わせてもよい。
【0037】
本発明の前記方法は、更に以下の工程:
(C)前記工程(A)で得られた混合液又は前記工程(B)で得られた濾液を用いて、免疫学的測定法によりウイルス抗原の有無を検出する工程、を包含する。
本発明の免疫学的測定法では、前記(A)工程を実施した後、又は前記(A)及び(B)工程を実施した後で、抗原抗体反応を起こすようにして唾液検体に含まれるウイルス抗原の測定を実施する。この工程(C)で行う免疫学的測定法は、前記1.検体希釈液において詳述した方法と同様の方法であり得るが、好ましくはイムノクロマト法である。例えば、イムノクロマトデバイスを用いて唾液検体中に含まれるウイルス抗原を測定する場合、前記検体希釈液に唾液検体を採取したスワブ等を浸してウイルスを抽出し、これを滴下試料として又はこれを濾過フィルタで濾過した濾液を滴下試料として免疫学的測定を実施する。このように本発明の検体希釈液を予め作用させることで、唾液検体中に含まれる夾雑物質によってイムノクロマトデバイスでのウイルス抗原の検出感度が低下し易くなるのを大幅に抑制でき、検出感度を改善することができる。
【0038】
(3.唾液検体に含まれるウイルス抗原を測定する際の検出感度を向上させる方法)
前記のように特定量の無機塩類及びコール酸系アニオン界面活性剤を組み合わせて検体希釈液を調製し、それを抗原抗体反応を起こす前の唾液検体の前処理に用いることで、免疫学的測定法で唾液検体に含まれるウイルス抗原を測定する場合の検出感度低下が高度に改善されることが確認できている。従って、本発明は更に別の観点から、少なくとも以下の工程:
(A)被験体から採取された唾液検体を、150~1500mMの無機塩類及び0.5~2%のコール酸系アニオン界面活性剤を含有する検体希釈液に混合する工程、
を包含する、唾液検体に含まれるウイルス抗原を免疫学的測定法で測定する際の検出感度を向上させる方法も提供する。
【0039】
本発明の検出感度向上方法に用いられる検体希釈液の調製に使用される無機塩類、コール酸系アニオン界面活性剤、及びその他に含まれ得る添加剤の種類や量等は、前記1.検体希釈液において詳述したもの等を好適に使用することができる。
【0040】
この検出感度向方法はまた、更に以下の工程:
(B)前記工程(A)で得られた混合液を濾過する工程、を含むことが好ましい。
この濾過工程に用いられるろ過フィルタ等は、前記2.測定方法と同様のものを使用することができる。この工程を含むことで、唾液検体に含まれる比較的大きな夾雑物質が除去され、検出感度をより一層向上させることができる。
【0041】
本発明の前記測定感度向上方法は、更に以下の工程:
(C)前記工程(A)で得られた混合液又は前記工程(B)で得られた濾液を用いて、免疫学的測定法によりウイルス抗原の有無を検出する工程、を包含する。
この測定感度向上方法は、前記1.検体希釈液において詳述した方法と同様の免疫学的測定方法で実施され得るが、好ましくはイムノクロマト法で実施され得る。例えば、イムノクロマトデバイスを用いて唾液検体中に含まれるウイルス抗原を測定する場合、前記検体希釈液に唾液検体を採取したスワブ等を浸してウイルスを抽出し、これを滴下試料として又はこれを濾過フィルタで濾過した濾液を滴下試料として免疫学的測定を実施する。これにより、検出感度が低下し易いことが判明した唾液検体からのウイルス抗原検査の感度を向上させることができ、偽陰性のリスクを低減できる。
【実施例0042】
以下、本発明を実施例に基づいて詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0043】
(イムノクロマト試験片の作製)
メンブレンの下流側の15mm×300mmの粘着テープ部に、メンブレンと2mm重なるよう17mm×300mmの吸収パッド(CELLULOSE FIBER SAMPLE PADS、Millipore社製)を貼り合わせた。次いで、ギロチン式カッティングモジュール(BIODOT社製)を用い、幅3mm、長さ40mmの短冊状にカットすることで、イムノクロマト試験片を作製した。
第1の抗SARS-CoV-2 Nタンパク質抗体を1%スクロース含有TBSで2mg/mLに希釈し、吸水パッドを貼付したニトロセルロースメンブレンに0.5uLスポットしたのち、45℃に調整したインキュベーター(サンヨー社製)で30分間乾燥させた。
【0044】
(スポット検出試薬の調製)
第2の抗SARS-CoV-2 Nタンパク質抗体を100mMのトリス緩衝液(ナカライテスク社製)(pH 8.0)で1mg/mLに調製した。
次いで、1.0wt%のセルロース粒子(NanoAct(登録商標)、BL2:Dark Blue、青色、平均粒子径340nm、旭化成社製) 10uL、100mMのトリス緩衝液(ナカライテスク社製)(pH 8.0)90uL、および前記1.0mg/mLの第2の抗SARS-CoV-2 NP抗体 10uLを1.5mLチューブに加え、ボルテックスで撹拌した。次いで、37℃に調整したインキュベーター(サンヨー社製)に入れ、120分間静置した。次いで、1.0wt%のカゼイン(富士フイルム和光純薬社製)、50mM トリス緩衝液(ナカライテスク社製)(pH 9.0) 1.2mLを加え、さらに37℃に調整したインキュベーター(サンヨー社製)に入れ、60分間静置した。次いで、遠心分離機(日立社製)を用い、13,000Gの遠心を15分間行い、抗体感作セルロース粒子を沈降させた後に上澄みを除去した。次いで、50mMのトリス緩衝液(ナカライテスク社製)からなる洗浄液(pH 9.0)1.2mLを加え、超音波分散器(SFX250、BRANSON社製)で5秒間処理した。次いで、遠心分離機を用い、13,000Gの遠心を15分間行い、抗体感作セルロース粒子を沈降させた後に上澄みを除去した。次いで、15wt%のスクロース(ナカライテスク社製)、1.0wt%のカゼイン、50mMのトリス緩衝液(ナカライテスク社製)からなる乾燥液(pH9.0)853uLを加え、超音波分散機で5秒間処理し、スポット検出試薬を作製した。
【0045】
[参考例1]SARS-CoV-2抗原のイムノクロマト測定における唾液検体の影響
【0046】
(検体希釈液と混合したSARS-CoV-2 Nタンパク質試料の調製)
トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン(ナカライテスク社製)12.1g、ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノラウレート:Tween(登録商標)20(ナカライテスク社製)2g、ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテル:TritonX(登録商標)-100(ナカライテスク社製)9g、NaCl 8.76g(終濃度150mM相当)を1Lの蒸留水に溶解することで検体希釈液を調製した。この検体希釈液に、市販のSARS-CoV-2 Nタンパク質(RayBiotech社製)を希釈し、100ng/mLの希釈SARS-CoV-2 Nタンパク質試料溶液を調製した。
【0047】
(感度の評価)
96ウェルプレートに18uLのSARS-CoV-2 Nタンパク質試料溶液、および2uLの唾液を分注し、計20uLの液としたのちに20回程度のピペッティングによって混和した。また、比較のために、18uLのSARS-CoV-2 Nタンパク質試料溶液に、2uLの検体希釈液を混和して計20uLの液としたウェルも用意した。これらのウェルにさらに、3uLのスポット検出試薬を添加して20回程度のピペッティングによって混和し、測定試料溶液とした。
次いで、各測定試料溶液にイムノクロマト試験片の下端部を挿し入れ、室温で10分間静置した。10分間経過ののち、メンブレン上のスポットの反射吸光度(mAbs)をイムノクロマトリーダー(浜松ホトニクス社製)を用いて測定した。前記実験操作を前記SARS-CoV-2 Nタンパク質試料溶液に対してそれぞれn=2で行い、平均値を算出した。
得られた評価結果を表1に示す。
【0048】
(結果)
表1の結果に示されるように、唾液検体が含まれる場合にはメンブレン上のスポットの反射吸光度の値が大幅に低下することが示された。従って、唾液検体をそのままイムノクロマト法に使用すると、従来法では偽陰性と判定され得るようなレベルまで検出感度が低下することが明らかとなった。
【0049】
【表1】
【0050】
[実施例1]デオキシコール酸ナトリウムを添加した検体希釈液での唾液検体中SARS-CoV-2抗原のイムノクロマト測定
【0051】
(検体希釈液と混合したSARS-CoV-2 Nタンパク質試料の調製)
トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン(ナカライテスク社製)12.1g、ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノラウレート:Tween(登録商標)20(ナカライテスク社製)2g、ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテル:TritonX(登録商標)-100(ナカライテスク社製)9gと共に、デオキシコール酸ナトリウム及びNaClを終濃度がそれぞれ下記表2に示す濃度となるように調整して添加し、これを1Lの蒸留水に溶解することで検体希釈液を調製した。また比較のために、デオキシコール酸ナトリウム及び/又はNaClを含まない検体希釈液も用意した。これらの各検体希釈液で市販のSARS-CoV-2 Nタンパク質(RayBiotech社製)を希釈し、100ng/mLの希釈SARS-CoV-2 Nタンパク質試料溶液を調製した。
【0052】
(感度の評価)
[参考例1]と同様の方法で2uLの唾液を添加して感度評価を実施した。
【0053】
(結果)
得られた評価結果を表2に示す。この結果に示されるように、NaCl 150~500mM、デオキシコール酸ナトリウムを0.5~ 2.0%を含む検体希釈液で予め唾液検体を処理しておくことにより検出感度が改善する効果が見られた。
【0054】
【表2】
【0055】
[実施例2]タウロコール酸ナトリウムを添加した検体希釈液での唾液検体中SARS-CoV-2抗原のイムノクロマト測定
【0056】
(検体希釈液と混合したSARS-CoV-2 Nタンパク質試料の調製)
デオキシコール酸ナトリウムに替えてタウロコール酸ナトリウムを使用し、タウロコール酸ナトリウム及びNaClの終濃度が下記表3の濃度となるように調整した以外は、上記実施例1と実質的に同様にして検体希釈液を調製した。なお、本実施例ではNaCl濃度を更に高くした場合の影響についても評価した。また比較のために、タウロコール酸ナトリウム及び/又はNaClを含まない検体希釈液も用意した。これらの各検体希釈液で市販のSARS-CoV-2 Nタンパク質(RayBiotech社製)を希釈し、100ng/mLの希釈SARS-CoV-2 Nタンパク質試料溶液を調製した。
【0057】
(感度の評価)
[参考例1]と同様の方法で2uLの唾液を添加して感度評価を実施した。
【0058】
(結果)
得られた評価結果を表3に示す。この結果に示されるように、NaCl 150~1500mM、タウロコール酸ナトリウムを0.5~ 2.0%を含む検体希釈液で予め唾液検体を処理しておくことにより検出感度が大幅に改善する効果が見られた。また、NaCl濃度が500mMと高い場合に、本実施例で認められた反射吸光度の値は、実施例1で認められた値よりも安定して高く、非常に高い改善効果が認められた。この結果から、高濃度の無機塩類(例えば、200mM以上、好ましくは300mM以上の無機塩類)と組み合わせる場合、唾液検体の検体希釈液に使用するコール酸系アニオン界面活性剤は、デオキシコール酸ナトリウムよりもタウロコール酸ナトリウムの方がより好ましいことも明らかとなった。
【0059】
【表3】
【0060】
[実施例3]タウロデオキシコール酸ナトリウムを添加した検体希釈液での唾液検体中SARS-CoV-2抗原のイムノクロマト測定
【0061】
(検体希釈液と混合したSARS-CoV-2 Nタンパク質試料の調製)
デオキシコール酸ナトリウムに替えてタウロデオキシコール酸ナトリウムを使用し、タウロデオキシコール酸ナトリウム及びNaClの終濃度が下記表4の濃度となるように調整した以外は、上記実施例1と実質的に同様にして検体希釈液を調製した。また比較のために、NaClを含まない検体希釈液も用意した。これらの各検体希釈液で市販のSARS-CoV-2 Nタンパク質(RayBiotech社製)を希釈し、100ng/mLの希釈SARS-CoV-2 Nタンパク質試料溶液を調製した。
【0062】
(感度の評価)
[参考例1]と同様の方法で2uLの唾液を添加して感度評価を実施した。
【0063】
(結果)
得られた評価結果を表4に示す。この結果に示されるように、NaCl 150~500mM、タウロデオキシコール酸ナトリウムを0.5~2.0%を含む検体希釈液で予め唾液検体を処理しておくことにより検出感度が高度に改善する効果が見られた。また、タウロデオキシコール酸ナトリウムを用いる場合には、NaCl濃度が150mMと比較的低い場合であっても高い反射吸光度値を示すことも明らかとなった。
【0064】
【表4】
【0065】
[比較例1]低濃度のデオキシコール酸ナトリウムを添加した検体希釈液での唾液検体中SARS-CoV-2抗原のイムノクロマト測定
【0066】
(検体希釈液と混合したSARS-CoV-2 Nタンパク質試料の調製)
デオキシコール酸ナトリウム及びNaClの終濃度が下記表5の濃度となるように調整した以外は、上記実施例1と実質的に同様にして検体希釈液を調製した。また比較のために、デオキシコール酸ナトリウムを含まない検体希釈液も用意した。これらの各検体希釈液で市販のSARS-CoV-2 Nタンパク質(RayBiotech社製)を希釈し、100ng/mLの希釈SARS-CoV-2 Nタンパク質試料溶液を調製した。
【0067】
(感度の評価)
[参考例1]と同様の方法で2uLの唾液を添加して感度評価を実施した。
【0068】
(結果)
得られた評価結果を表5に示す。この結果に示されるように、NaCl 150mM、デオキシコール酸ナトリウムを0.125%を含む検体希釈液で予め唾液検体を処理した場合には、実施例1~3で認められたような有意な感度改善効果は見られなかった。この結果から、唾液検体を用いる場合の検出感度改善効果は、どのような濃度のコール酸系アニオン界面活性剤でもよい訳ではなく、特定濃度のコール酸系アニオン界面活性剤を無機塩類と組み合わせることにより得られるものであることが確認された。
【0069】
【表5】
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明の検体希釈液を使用することで、唾液試料中に含まれるウイルス抗原を高感度に検出することが可能となり、臨床検査等において唾液試料から簡便にウイルス抗原に由来する微量物質を測定できるようになる。