(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024143322
(43)【公開日】2024-10-11
(54)【発明の名称】電場増強素子およびラマン分光装置
(51)【国際特許分類】
G01N 21/65 20060101AFI20241003BHJP
G01N 21/41 20060101ALI20241003BHJP
【FI】
G01N21/65
G01N21/41 102
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023055937
(22)【出願日】2023-03-30
(71)【出願人】
【識別番号】000002369
【氏名又は名称】セイコーエプソン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100090387
【弁理士】
【氏名又は名称】布施 行夫
(74)【代理人】
【識別番号】100090398
【弁理士】
【氏名又は名称】大渕 美千栄
(74)【代理人】
【識別番号】100148323
【弁理士】
【氏名又は名称】川▲崎▼ 通
(74)【代理人】
【識別番号】100168860
【弁理士】
【氏名又は名称】松本 充史
(72)【発明者】
【氏名】松木 隼人
(72)【発明者】
【氏名】山田 文香
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 嘉高
【テーマコード(参考)】
2G043
2G059
【Fターム(参考)】
2G043AA04
2G043EA03
2G043EA14
2G043FA06
2G043HA09
2G043KA01
2G043KA09
2G059AA05
2G059EE03
2G059EE12
2G059GG01
2G059GG02
2G059HH01
2G059JJ03
2G059JJ07
(57)【要約】
【課題】検出感度を向上できる電場増強素子を提供する。
【解決手段】基板と、前記基板に設けられ、導電性を有する複数の微細構造体と、前記複数の微細構造体および前記基板を覆う透明層と、を有し、前記複数の微細構造体によって発生される増強電場は、前記基板の垂線方向において、前記複数の微細構造体の前記基板とは反対側であって、前記複数の微細構造体と離隔した位置に極大を有する、電場増強素子。
【選択図】
図9
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、
前記基板に設けられ、導電性を有する複数の微細構造体と、
前記複数の微細構造体および前記基板を覆う透明層と、
を有し、
前記複数の微細構造体によって発生される増強電場は、前記基板の垂線方向において、前記複数の微細構造体の前記基板とは反対側であって、前記複数の微細構造体と離隔した位置に極大を有する、電場増強素子。
【請求項2】
請求項1において、
前記複数の微細構造体のうちの隣り合う微細構造体の間に、前記透明層が設けられ、
前記透明層の屈折率は、前記基板の屈折率よりも高い、電場増強素子。
【請求項3】
請求項1において、
前記垂線方向において、前記複数の微細構造体から100nm以上離れた位置に、前記増強電場が存在する、電場増強素子。
【請求項4】
請求項1において、
前記垂線方向において、前記複数の微細構造体から200nm以上離れた位置に、前記増強電場が存在する、電場増強素子。
【請求項5】
請求項1において、
前記複数の微細構造体は、周期的に配列されている、電場増強素子。
【請求項6】
請求項1において、
前記複数の微細構造体の各々の材質は、金属である、電場増強素子。
【請求項7】
請求項1において、
前記透明層の材質は、誘電体である、電場増強素子。
【請求項8】
請求項1ないし7のいずれか1項に記載された電場増強素子と、
前記電場増強素子に光を照射する光源と、
前記電場増強素子からの光を検出する検出器と、
を有する、ラマン分光装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電場増強素子およびラマン分光装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、低濃度の試料分子を検出する分光技術の1つとして、局在型表面プラズモン共鳴(Localize Surface Plasmon Resonance:LSPR)を利用したラマン分光装置が知られている。このようなラマン分光装置では、ナノメートルスケールの凹凸構造を持つ電場増強素子で増強電場が形成され、ラマン散乱光が増強された表面増強ラマン散乱(Surface Enhanced Raman Scattering:SERS)が生じる。
【0003】
例えば特許文献1には、基板と、基板の表面に形成される複数の金属粒子からなる金属微細構造と、金属微細構造上に形成される有機分子膜と、を備えた光デバイスが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のような光デバイスでは、検出感度を向上させることが望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る電場増強素子の一態様は、
基板と、
前記基板に設けられ、導電性を有する複数の微細構造体と、
前記複数の微細構造体および前記基板を覆う透明層と、
を有し、
前記複数の微細構造体によって発生される増強電場は、前記基板の垂線方向において、前記複数の微細構造体の前記基板とは反対側であって、前記複数の微細構造体と離隔した位置に極大を有する。
【0007】
本発明に係るラマン分光装置の一態様は、
前記電場増強素子の一態様と、
前記電場増強素子に光を照射する光源と、
前記電場増強素子からの光を検出する検出器と、
を有する。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】本実施形態に係る電場増強素子を模式的に示す断面図。
【
図2】本実施形態に係る電場増強素子を模式的に示す平面図。
【
図3】本実施形態に係る電場増強素子を模式的に示す平面図。
【
図4】本実施形態に係る電場増強素子を模式的に示す平面図。
【
図5】本実施形態に係る電場増強素子を模式的に示す平面図。
【
図6】本実施形態に係る電場増強素子を模式的に示す平面図。
【
図7】本実施形態に係る電場増強素子におけるプラズモン共鳴を説明するための図。
【
図8】本実施形態に係る電場増強素子におけるプラズモン共鳴を説明するための図。
【
図9】本実施形態に係る電場増強素子の複数の微細構造体によって発生する増強電場を説明するための図。
【
図10】本実施形態の変形例に係る電場増強素子を模式的に示す断面図。
【
図11】本実施形態に係るラマン分光装置を模式的に示す断面図。
【
図12】ラマン散乱分光法の原理を説明するための図。
【
図13】ラマン散乱分光により取得されるラマンスペクトルの例を示す模式図。
【
図14】シミュレーションに用いたモデルを模式的に示すXZ断面図。
【
図15】シミュレーションに用いたモデルを模式的に示すXY断面図。
【
図16】シミュレーションに用いたモデルを模式的に示すXY断面図。
【
図17】シミュレーションに用いたモデルを模式的に示すXZ断面図。
【
図18】実施例1~16および比較例1において、寸法と、変化させた主なパラメーターと、を示す表。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の好適な実施形態について、図面を用いて詳細に説明する。なお、以下に説明する実施形態は、特許請求の範囲に記載された本発明の内容を不当に限定するものではない。また、以下で説明される構成の全てが本発明の必須構成要件であるとは限らない。
【0010】
1. 電場増強素子
1.1. 構成
まず、本実施形態に係る電場増強素子について、図面を参照しながら説明する。
図1は、本実施形態に係る電場増強素子100を模式的に示す断面図である。
図2は、本実施形態に係る電場増強素子100を模式的に示す平面図である。なお、
図1は、
図2のI-I線断面図である。また、
図1および
図2では、互いに直交する3軸として、X軸、Y軸、およびZ軸を図示している。
【0011】
電場増強素子100は、
図1および
図2に示すように、基板10と、誘電体層20と、微細構造体30と、透明層40と、を有している。なお、便宜上、
図2では、透明層40の図示を省略している。
【0012】
基板10は、誘電体層20を介して、微細構造体30を支持している。ラマン散乱に使用される
図1および
図2では図示せぬ光源(以下、単に「光源」ともいう)からの光が基板10側から入射される場合、基板10は、光を透過させる。光源からの光が透明層40側から入射される場合、基板10は、光を透明層40側に反射させてもよい。
【0013】
基板10は、例えば、ガラス基板、シリコン基板である。基板10の材質は、例えば、SiO2、Siである。基板10は、垂線Qを有する。垂線Qは、基板10の上面の垂線である。図示の例では、垂線Qは、Z軸と平行であり、垂線Q方向は、Z軸方向である。
【0014】
誘電体層20は、
図1に示すように、基板10上に設けられている。誘電体層20は、基板10と、微細構造体30との間に設けられている。誘電体層20の厚さは、例えば、1nm以上2000nm以下であり、好ましくは10nm以上1000nm以下である。なお、誘電体層20は、設けられていなくてもよい。
【0015】
誘電体層20は、光源からの光に対して、透明である。誘電体層20の材質は、例えば、Al2O3、TiO2、MgO、LiNbO3、HfO2、Ta2O5、SiON、Si3N4などである。誘電体層20は、複数の層から構成されていてもよい。この場合、複数の層の材質は、異なっていてもよい。
【0016】
微細構造体30は、誘電体層20上に設けられている。微細構造体30は、誘電体層20を介して、基板10に設けられている。微細構造体30は、誘電体層20と透明層40との間に設けられている。微細構造体30の形状は、例えば、円柱である。微細構造体30の径は、例えば、1nm以上1000nm以下であり、好ましくは5nm以上500nm以下であり、より好ましくは10nm以上400nm以下である。
【0017】
なお、「微細構造体30の径」とは、微細構造体30の平面形状が円の場合は、直径であり、微細構造体30の平面形状が円ではない形状の場合は、最小包含円の直径である。例えば、微細構造体30の径は、微細構造体30の平面形状が多角形の場合、該多角形を内部に含む最小の円の直径であり、微細構造体30の平面形状が楕円の場合、該楕円を内部に含む最小の円の直径である。
【0018】
微細構造体30は、複数設けられている。複数の微細構造体30は、互いに離隔している。隣り合う微細構造体30の間には、透明層40が設けられている。隣り合う微細構造体30の間の距離は、例えば、20nm以上1000nm以下であり、好ましくは、100nm以上900nm以下である。複数の微細構造体30は、Z軸方向からみて、所定の方向に所定のピッチで配列されている。複数の微細構造体30は、周期的に設けられている。
図2に示す例では、複数の微細構造体30は、正方格子状に配列されている。
【0019】
なお、「微細構造体30のピッチ」とは、所定の方向に隣り合う微細構造体30の中心間の距離である。「微細構造体30の中心」とは、微細構造体30の平面形状が円の場合は、該円の中心であり、微細構造体30の平面形状が円ではない形状の場合は、最小包含円の中心である。例えば、微細構造体30の中心は、微細構造体30の平面形状が多角形の場合、該多角形を内部に含む最小の円の中心であり、微細構造体30の平面形状が楕円の場合、該楕円を内部に含む最小の円の中心である。
【0020】
また、
図3に示すように、Z軸方向からみて、複数の微細構造体30は、三角格子状に設けられていてもよい。また、図示はしないが、複数の微細構造体30の周期性は、一定の比率で伸縮してもよく、複数の微細構造体は、フラクタル構造を含んでもよい。
【0021】
また、微細構造体30の平面形状は、円形に限定されない。例えば、微細構造体30の
平面形状は、
図4に示すように、楕円形であってもよいし、
図5に示すように、長方形であってもよいし、その他、微細構造体30は、粒形、多角形、輪形、線形など、
図6に示すように、様々な平面形状を有することができる。また、複数の微細構造体30は、形状の異なるものを組み合わせてもよい。これにより、垂線Q方向と直交する面内方向において、複数の微細構造体30が発生する増強電場の強度や分布を制御してもよい。
【0022】
また、図示はしないが、誘電体層20の上面に複数の凹部が形成され、当該凹部に微細構造体30が設けられていてもよい。
【0023】
微細構造体30は、導電性を有する。微細構造体30の材質は、例えば、Al、Au、Ag、Cu、Pt、Pd、Niなどの金属である。微細構造体30の材質は、これらの合金であってもよい。微細構造体30は、金属粒子であってもよい。なお、微細構造体30の材質は、光源からの光に対してプラズマ周波数を有すれば、特に限定されず、ITO(Indium Tin Oxide)などの透明電極、カーボンナノチューブであってもよい。
【0024】
透明層40は、微細構造体30上および基板10上に設けられている。透明層40は、微細構造体30および基板10を覆っている。透明層40の厚さは、例えば、10nm以上2000nm以下であり、好ましくは20nm以上1000nm以下である。
【0025】
透明層40は、光源からの光に対して、透明である。透明層40の材質は、例えば、Al2O3、TiO2、MgO、LiNbO3、HfO2、Ta2O5、SiON、Si3N4などの誘電体である。なお、透明層40の材質は、ポリスチレンであってもよい。透明層40は、複数の層から構成されていてもよい。この場合、複数の層の材質は、異なっていてもよい。透明層40の屈折率は、誘電体層20の屈折率と同じであってもよい。透明層40の屈折率は、誘電体層20の屈折率と同じであれば、後述するレイリーアノマリーを発生させ易い。透明層40の屈折率は、基板10の屈折率よりも高くてもよい。
【0026】
透明層40は、上面42を有している。上面42は、例えば、透明層40と空気層との界面を構成する。図示の例では、上面42は、平坦な面である。検出のターゲットとなる標的物質は、例えば、上面42に接触する。
【0027】
1.2. 増強電場
図7および
図8は、電場増強素子100におけるプラズモン共鳴を説明するための図である。
図9は、電場増強素子100の複数の微細構造体30によって発生する増強電場Eを説明するための図である。
【0028】
図7および
図8に示す例では、複数の微細構造体30に基板10側から光が入射する。微細構造体30に入射する光は、複数の微細構造体30にプラズモン共鳴を発生させることができる波長を有する。微細構造体30に入射する光の波長は、例えば、350nm以上650nm以下である。
【0029】
図7に示すように、微細構造体30に光源からの光が入射すると、LSPRが誘起される。さらに、複数の微細構造体30による90°回折、すなわち、レイリーアノマリーが生じる。このレイリーアノマリーとLSPRとが合わさることにより、SLR(Surface Lattice Resonance)が誘起される。
【0030】
さらに、
図8に示すように、光は、透明層40中を導波する。この透明層40における導波モードとLSPRとが合わさることにより、QGM(Quasi Guided Mode)が誘起される。
【0031】
そして、SLRとQGMとが合わさって協同し、複数の微細構造体30には、協同プラズモンポラリトンが誘起される。SLRとQGMとが合わさることにより、
図9に示すように、複数の微細構造体30によって発生される増強電場Eは、LSPRに起因して微細構造体30の端に発生される第1増強場Eaだけでなく、SLRおよびQGMに起因して、微細構造体30の上方に発生される第2増強場Ebを有する。増強電場Eは、ラマン散乱光を増強し、SERSを発生させる。増強電場Eは、第2増強場Ebによって、Z軸方向において、複数の微細構造体30の基板10とは反対側であって、複数の微細構造体30と離隔した位置S1に極大を有する。増強電場Eが位置S1に極大を有することは、協同プラズモンポラリトンの現象の特徴といえる。図示の例では、位置S1は、複数の微細構造体30よりも+Z軸方向にある。第2増強場Ebは、第1増強場Eaと離隔していてもよいし、第1増強場Eaと連続していてもよい。
【0032】
図9に示すように、Z軸方向において、複数の微細構造体30から距離L離れた位置S2に、第2増強場Ebが存在する。距離Lは、100nmであってもよいし、200nmであってもよい。図示の例では、Z軸方向において、位置S1と、複数の微細構造体30との間の距離は、距離Lよりも小さいが、距離L以上であってもよい。第2増強場Ebは、例えば、透明層40の上面42をまたいで存在している。
【0033】
1.3. 作用効果
電場増強素子100では、基板10と、基板10に設けられ、導電性を有する複数の微細構造体30と、複数の微細構造体30および基板10を覆う透明層40と、を有する。複数の微細構造体30によって発生される増強電場Eは、基板10の垂線Q方向において、複数の微細構造体30の基板10とは反対側であって、複数の微細構造体30と離隔した位置S1に極大を有する。
【0034】
そのため、電場増強素子100では、検出感度を向上できる。例えば、増強電場EがLSPRに起因して微細構造体の端にだけ生じる場合は、標的物質を微細構造体の極近傍に位置させなければ、電場増強の効果が得られない。一般に、標的物質が微細構造近傍に位置される確率は、ばらつきを持つため、増強電場Eが微細構造体の端にだけ生じる場合は、検出感度が低下し易い。また、検出の再現性も悪化する。さらに、標的物質のサイズが大きいと、標的物質が隣り合う微細構造体の間に入り込めず、標的物質を微細構造の近傍に位置させることが困難な場合がある。
【0035】
上記のように、電場増強素子100では、複数の微細構造体30によって発生される増強電場Eは、垂線Q方向において、複数の微細構造体30の基板10とは反対側であって、複数の微細構造体30と離隔した位置S1に極大を有するため、標的物質を微細構造体30の極近傍に位置させなくても、標的物質に起因する検出信号を増強できる。その結果、検出感度を向上できる。また、ウィルス、細菌など標的物質を自由に選択できる。
【0036】
さらに、電場増強素子100では、上記のように、標的物質を微細構造体30の極近傍に位置させなくてもよいため、微細構造体30を覆う透明層40を設けることできる。そのため、微細構造体30の酸化、硫化などの化学的性質変化を抑制できる。特に、Agは、酸化、硫化、マイグレーションなどの変質、変形が生じ易い。電場増強素子100では、微細構造体30としてAgを用いたとしても、このような変質、変形を抑制できる。その結果、耐久性、信頼性を向上できる。
【0037】
さらに、電場増強素子100では、透明層40によって、複数の微細構造体30による凹凸を緩和できる。そのため、標的物質が接触する面の平坦性を向上できる。これにより、面内方向において、標的物質に起因する検出信号のばらつきを低減できる。
【0038】
電場増強素子100では、複数の微細構造体30のうちの隣り合う微細構造体30の間に、透明層40が設けられ、透明層40の屈折率は、基板10の屈折率よりも高い。そのため、電場増強素子100では、例えば透明層の屈折率が基板の屈折率よりも低い場合に比べて、垂線Q方向において、複数の微細構造体30の位置に光を集め易い。これにより、QGMを誘起し易い。
【0039】
電場増強素子100では、垂線Q方向において、複数の微細構造体30から基板10とは反対側に100nm離れた位置S2に、増強電場Eが存在する。そのため、電場増強素子100では、標的物質を微細構造体30の極近傍に位置させなくても、標的物質に起因する検出信号を増強できる。
【0040】
電場増強素子100では、垂線Q方向において、複数の微細構造体30から基板10とは反対側に200nm離れた位置S2に、増強電場Eが存在する。そのため、電場増強素子100では、標的物質を微細構造体30の極近傍に位置させなくても、標的物質に起因する検出信号を増強できる。
【0041】
電場増強素子100では、複数の微細構造体30は、周期的に配列されている。そのため、電場増強素子100では、面内方向において、増強電場Eの強度のばらつきを低減できる。複数の微細構造体がランダムに配置されている場合は、光源からの光の波長に合致したピッチおよび径の微細構造体だけがLSPRを誘起するため、面内方向において、増強電場Eの強度がばらつく。さらに、電場増強素子100では、複数の微細構造体30は、周期的に配列されているため、SLRを誘起させ易い。
【0042】
2. 電場増強素子の製造方法
次に、本実施形態に係る電場増強素子100の製造方法について、図面を参照しながら説明する。
【0043】
図1に示すように、基板10上に、誘電体層20を形成する。誘電体層20は、例えば、蒸着法、スパッタ法、CVD(Chemical Vapor Deposition)法、ALD(Atomic Layer Deposition)法によって形成される。
【0044】
次に、誘電体層20上に、複数の微細構造体30を形成する。微細構造体30は、例えば、真空蒸着法やスパッタ法等によって薄膜を成膜した後に、該薄膜をパターニングすることによって形成される。パターニングとしては、例えば、フォトリソグラフィーおよびエッチング、マイクロコンタクトプリント法、ナノインプリント法が挙げられる。
【0045】
次に、誘電体層20上および微細構造体30上に、透明層40を形成する。透明層40は、例えば、蒸着法、スパッタ法、CVD法、ALD法によって形成される。
【0046】
以上の工程により、電場増強素子100を製造できる。
【0047】
3. 電場増強素子の変形例
次に、本実施形態の変形例に係る電場増強素子について、図面を参照しながら説明する。
図10は、本実施形態の変形例に係る電場増強素子200を模式的に示す断面図である。以下、本実施形態の変形例に係る電場増強素子200において、上述した本実施形態に係る電場増強素子100の構成部材と同様の機能を有する部材については同一の符号を付し、その詳細な説明を省略する。
【0048】
電場増強素子200では、
図10に示すように、分子捕捉層50を有してる点において、上述した電場増強素子100と異なる。
【0049】
分子捕捉層50は、透明層40上に設けられている。分子捕捉層50は、透明層40と接している。分子捕捉層50は、有機分子膜である。分子捕捉層50は、例えば、SAM(Self-Assembled Monolayers)である。分子捕捉層50の厚さは、例えば、0.1nm以上1nm以下であり、好ましくは0.4nm以下である。分子捕捉層50は、標的物質を捕捉する機能を有する。分子捕捉層50は、標的物質の種類によって適宜選択されるが、例えば、アルカンチオール膜、シランカプリング剤が挙げられる。分子捕捉層50は、例えば、液漬法、真空蒸着法、MVD(Molecular Vapor Deposition)法、CVD法によって形成される。
【0050】
電場増強素子200では、分子捕捉層50は、透明層40上に設けられているため、分子捕捉層50の成膜ムラを緩和できる。例えば、透明層が設けられておらず、微細構造体上および基板上に直接、分子捕捉層が成膜される場合は、微細構造体の表面と、基板の表面と、で物理的、化学的状態が異なっているため、分子捕捉層の成膜ムラが発生する場合がある。
【0051】
さらに、電場増強素子200では、上記のように、標的物質を微細構造体30の極近傍に位置させなくてもよいため、分子捕捉層50の分子鎖長の選択性が広がる。なお、図示はしないが、透明層40と分子捕捉層50との間に、両者の密着性を向上させるプライマー層が設けられていてもよい。
【0052】
図示の例では、微細構造体30の形状は、半円である。なお、微細構造体30の断面形状は、特に限定されず、例えば、台形、円形、逆テーパー状、先端球状などであってもよい。微細構造体30の形状は、四角推台であってもよいし、円錐であってもよい。
【0053】
4. ラマン分光装置
4.1. 構成
次に、本実施形態に係るラマン分光装置について、図面を参照しながら説明する。
図11は、本実施形態に係るラマン分光装置300を模式的に示す図である。
【0054】
ラマン分光装置300は、
図11に示すように、例えば、電場増強素子100と、光源310と、コリメーターレンズ320と、偏光制御素子330と、ダイクロイックミラー340と、対物レンズ350と、集光レンズ360と、検出器370と、を有している。なお、便宜上、
図11では、電場増強素子100を簡略化して図示している。
【0055】
標的物質は、C1方向からラマン分光装置300に搬入されて、C2方向に搬出される。例えば、図示せぬファンの駆動を制御することにより、標的物質は、搬入口から搬送部内部に導入され、排出口から搬送部外部に排出される。
【0056】
光源310は、電場増強素子100に光を照射する。光源310から出射される光は、電場増強素子100に、SLRおよびQGMを誘起させる波長を有する。光源310としては、例えば、レーザー、LED(Light Emitting Diode)を用いる。レーザーとしては、例えば、VCSEL(Vertical Cavity Surface Emitting Laser)、PCSEL(Photonic Crystal Surface Emitting Laser)が挙げられる。
【0057】
光源310から出射された光は、例えば、コリメーターレンズ320で平行光にされ、偏光制御素子330を通過し、ダイクロイックミラー340によって電場増強素子100の方向に導かれる。電場増強素子100に向かう光は、対物レンズ350で集光され、電場増強素子100に入射する。このとき、電場増強素子100の透明層40には、標的物質が接触している。
【0058】
電場増強素子100に光が入射すると、複数の微細構造体30によって増強電場Eが生じる。増強電場Eに標的物質が位置すると、そこからSERS光が発生する。SERS光は、対物レンズ350を通過し、ダイクロイックミラー340によって検出器370の方向に導かれる。検出器370に向かうSERS光は、集光レンズ360で集光されて、検出器370に入射する。
【0059】
検出器370は、電場増強素子100からのSERS光を検出する。検出器370は、例えば、回折格子型分光器である。そして、ラマン分光装置300では、検出器370によりSERS光がスペクトル分解され、スペクトル情報が得られる。検出器370は、ファブリーペロー・エタロン分光器であってもよい。
【0060】
4.2. 原理
図12は、ラマン散乱分光法の原理を説明するための図である。
【0061】
図12に示すように、例えば、波長の光Linを標的物質Xに照射すると、散乱光の中には、入射光Linの波長λinと同じ波長λ1のレイリー散乱光Rayの他に、波長λ1と異なる波長λ2のラマン散乱光Ramが発生する。このラマン散乱光Ramと入射光Linとのエネルギー差は、標的物質Xの振動準位や回転準位、電子準位のエネルギーに対応している。標的物質Xは、その構造に応じた特有の振動エネルギーをもつため、波長の光Linを用いることで、標的物質Xを特定できる。
【0062】
図13は、ラマン散乱分光により取得されるラマンスペクトルの例を示す模式図である。
図13において、横軸は、ラマンシフトを示す。ラマンシフトとは、ラマン散乱光Ramの波数(振動数)と入射光Linの波数との差であり、標的物質Xの分子結合状態に特有の値をとる。
【0063】
図13に示すように、K1に示すラマン散乱光Ramの散乱強度と、K2に示すレイリー散乱光Rayの散乱強度と、を比較すると、ラマン散乱光Ramの方が微弱であることがわかる. このように、ラマン散乱分光法は、標的物質Xの識別能力には優れている一方、標的物質Xを検出する感度自体は、低い測定手法である。そのため、ラマン分光装置300では、SERSを用いて、高感度化を図っている。
【0064】
4.3. 作用効果
ラマン分光装置300では、電場増強素子100と、電場増強素子100に光を照射する光源310と、電場増強素子100からの光を検出する検出器370と、有する。電場増強素子100は、上記のように、検出感度を向上できる。そのため、ラマン分光装置300では、検出感度が高い。
【0065】
5. 実験例
5.1. モデル
<実施例1>
図14は、シミュレーションに用いたモデルMを模式的に示すXZ断面図である。
図15は、シミュレーションに用いたモデルMを模式的に示すXY断面図である。
【0066】
モデルMでは、
図14に示すように、基板の材質をSiO
2とした。基板側からモデルMに光を入射させた。入射光の波長を578nmとした。
【0067】
誘電体層の材質をAl2O3とした。誘電体層の厚さAを20nmとした。
【0068】
微細構造体の材質をAlとした。
図15に示すように、微細構造体の配列を正方格子とした。微細構造体の形状を円柱とした。微細構造体のピッチPを391nmとし、径Dを156nmとし、厚さHを20nmとした。
【0069】
透明層の材質をAl2O3とした。透明層の厚さBを360nmとした。透明層上に空気層を配置させた。
【0070】
<実施例2>
実施例2では、微細構造体の厚さHを200nmとし、入射光の波長を432nmとしたこと以外は、実施例1と同様である。
【0071】
<実施例3>
実施例3では、微細構造体の径Dを39nmとし、微細構造体の厚さHを60nmとし、入射光の波長を410nmとしたこと以外は、実施例1と同様である。
【0072】
<実施例4>
実施例4では、微細構造体の径Dを352nmとし、微細構造体の厚さHを60nmとし、入射光の波長を571nmとしたこと以外は、実施例1と同様である。
【0073】
<実施例5>
実施例5では、誘電体層の厚さAをゼロ、すなわち、誘電体層を設けず、微細構造体の径Dを39nmとし、微細構造体の厚さHを60nmとし、入射光の波長を408nmとしたこと以外は、実施例1と同様である。
【0074】
<実施例6>
実施例6では、誘電体層の厚さAを1000nmとし、微細構造体の径Dを39nmとし、微細構造体の厚さHを60nmとし、入射光の波長を576nmとしたこと以外は、実施例1と同様である。
【0075】
<実施例7>
実施例7では、微細構造体の厚さHを19nmとし、透明層の厚さBを20nmとし、入射光の波長を412nmとしたこと以外は、実施例1と同様である。
【0076】
<実施例8>
実施例8では、微細構造体の厚さHを19nmとし、透明層の厚さBを1000nmとし、入射光の波長を404nmとしたこと以外は、実施例1と同様である。
【0077】
<実施例9>
実施例9では、微細構造体のピッチPを278nmとし、誘電体層の材質をTiO2とし、微細構造体の径Dを111nmとし、微細構造体の厚さHを60nmとし、入射光の波長を426nmとしたこと以外は、実施例1と同様である。
【0078】
<実施例10>
実施例10では、微細構造体のピッチPを365nmとし、誘電体層の材質をMgOとし、微細構造体の径Dを146nmとし、微細構造体の厚さHを60nmとし、入射光の波長を568nmとしたこと以外は、実施例1と同様である。
【0079】
<実施例11>
実施例11では、微細構造体の材質をAuとし、微細構造体の径Dを196nmとし、微細構造体の厚さHを60nmとし、入射光の波長を583nmとしたこと以外は、実施
例1と同様である。
【0080】
<実施例12>
実施例12では、微細構造体の材質をITOとし、微細構造体の径Dを235nmとし、微細構造体の厚さHを60nmとし、入射光の波長を413nmとしたこと以外は、実施例1と同様である。
【0081】
<実施例13>
実施例13では、微細構造体のピッチPを246nmとし、微細構造体の径Dを98nmとし、微細構造体の厚さHを60nmとし、入射光の波長を386nmとしたこと以外は、実施例1と同様である。
【0082】
<実施例14>
実施例14では、微細構造体のピッチPを829nmとし、微細構造体の径Dを332nmとし、微細構造体の厚さHを60nmとし、入射光の波長を638nmとしたこと以外は、実施例1と同様である。
【0083】
<実施例15>
実施例15では、
図16に示すように微細構造体の配列を三角格子状とし、微細構造体の厚さHを60nmとし、入射光の波長を505nmとしたこと以外は、実施例1と同様である。
【0084】
<実施例16>
実施例16では、
図17に示すように微細構造体の形状を円錐とし、微細構造体の厚さHを60nmとし、入射光の波長を576nmとしたこと以外は、実施例1と同様である。
【0085】
<比較例1>
比較例1では、誘電体層の厚さAをゼロ、すなわち、誘電体層を設けず、透明層の厚さBをゼロ、すなわち、透明層を設けず、微細構造体の材質をAgとし、微細構造体のピッチPを250nmとし、微細構造体の径Dを50nmとし、微細構造体の厚さHを25nmとし、入射光の波長を464nmとしたこと以外は、実施例1と同様である。
【0086】
図18は、上記の実施例1~16および比較例1において、寸法と、変化させた主なパラメーターと、を示す表である。
【0087】
5.2. シミュレーションの結果
上記のような実施例1~16および比較例1において、増強電場の分布について、シミュレーションを行った。シミュレーションは、FDTD(Finite Difference Time Domain)法を用いた。
【0088】
図19~
図35は、それぞれ、実施例1~16および比較例1のシミュレーション結果である。
図19~
図35では、規格化された増強電場の分布を示している。
【0089】
図19~
図35において、αは、XZ断面における増強電場の分布を示している。具体的には、αは、(Ex
2+Ez
2)の平方根、すなわち√(Ex
2+Ez
2)を示している。
図19~
図34において、「空気界面」とは、透明層と空気層との界面を示している。
図35において、「基板/空気界面」とは、基板と空気層との界面を示している。
【0090】
図19~
図35において、βは、XY断面における増強電場の分布を示している。具体
的には、βは、(Ex
2+Ez
2)の平方根、すなわち√(Ex
2+Ez
2)を示している。
図19~
図34では、βは、αに示す「空気界面」よりも、1nmだけ+Z軸方向の位置におけるXY断面を示している。
図35では、β1は、αに示す「空気界面」よりも、1nmだけ+Z軸方向の位置におけるXY断面を示し、β2は、αに示す「基板/空気界面」よりも、100nmだけ+Z軸方向の位置におけるXY断面を示している。
【0091】
図19~
図34のβに示すように、実施例1~16では、空気界面から1nm上方に離れた位置おいて、所定の模様が確認された。これは、微細構造体によって誘起されたSLRおよびQGMにより、増強電場が空気界面よりも上方に位置するためである。
図19~
図34に示すように、微細構造体から100nm上方に離れた位置、さらには、微細構造体から200nm上方に離れた位置においても、増強電場が存在していることがわかった。
【0092】
一方、
図35のβ2に示すように、比較例1では、基板/空気界面から100nm上方に位置では、模様が確認されず、増強電場が存在していなかった。
【0093】
上述した実施形態および変形例は一例であって、これらに限定されるわけではない。例えば、各実施形態および各変形例を適宜組み合わせることも可能である。
【0094】
本発明は、実施の形態で説明した構成と実質的に同一の構成、例えば、機能、方法および結果が同一の構成、あるいは目的および効果が同一の構成を含む。また、本発明は、実施の形態で説明した構成の本質的でない部分を置き換えた構成を含む。また、本発明は、実施の形態で説明した構成と同一の作用効果を奏する構成または同一の目的を達成することができる構成を含む。また、本発明は、実施の形態で説明した構成に公知技術を付加した構成を含む。
【0095】
上述した実施形態および変形例から以下の内容が導き出される。
【0096】
電場増強素子の一態様は、
基板と、
前記基板に設けられ、導電性を有する複数の微細構造体と、
前記複数の微細構造体および前記基板を覆う透明層と、
を有し、
前記複数の微細構造体によって発生される増強電場は、前記基板の垂線方向において、前記複数の微細構造体の前記基板とは反対側であって、前記複数の微細構造体と離隔した位置に極大を有する。
【0097】
この電場増強素子によれば、検出感度を向上できる。
【0098】
前記電場増強素子の一態様において、
前記複数の微細構造体のうちの隣り合う微細構造体の間に、前記透明層が設けられ、
前記透明層の屈折率は、前記基板の屈折率よりも高い。
【0099】
この電場増強素子によれば、基板の垂線方向において、複数の微細構造体の位置に光を集め易い。
【0100】
前記電場増強素子の一態様において、
前記垂線方向において、前記複数の微細構造体から100nm以上離れた位置に、前記増強電場が存在してもよい。
【0101】
この電場増強素子によれば、標的物質を微細構造体の極近傍に位置させなくても、標的物質に起因する検出信号を増強できる。
【0102】
前記電場増強素子の一態様において、
前記垂線方向において、前記複数の微細構造体から200nm以上離れた位置に、前記増強電場が存在してもよい。
【0103】
この電場増強素子によれば、標的物質を微細構造体の極近傍に位置させなくても、標的物質に起因する検出信号を増強できる。
【0104】
前記電場増強素子の一態様において、
前記複数の微細構造体は、周期的に配列されていてもよい。
【0105】
この電場増強素子によれば、基板の垂線方向と直交する面内方向において、増強電場の強度のばらつきを低減できる。
【0106】
前記電場増強素子の一態様において、
前記複数の微細構造体の各々の材質は、金属であってもよい。
【0107】
前記電場増強素子の一態様において、
前記透明層の材質は、誘電体であってもよい。
【0108】
ラマン分光装置の一態様は、
前記電場増強素子の一態様と、
前記電場増強素子に光を照射する光源と、
前記電場増強素子からの光を検出する検出器と、
を有する。
【0109】
このラマン分光装置によれば、検出感度が高い。
【符号の説明】
【0110】
10…基板、20…誘電体層、30…微細構造体、40…透明層、42…上面、50…分子捕捉層、100,200…電場増強素子、300…ラマン分光装置、310…光源、320…コリメーターレンズ、330…偏光制御素子、340…ダイクロイックミラー、350…対物レンズ、360…集光レンズ、370…検出器