IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 本田技研工業株式会社の特許一覧

<>
  • 特開-移動体 図1
  • 特開-移動体 図2
  • 特開-移動体 図3
  • 特開-移動体 図4
  • 特開-移動体 図5
  • 特開-移動体 図6
  • 特開-移動体 図7
  • 特開-移動体 図8
  • 特開-移動体 図9
  • 特開-移動体 図10
  • 特開-移動体 図11
  • 特開-移動体 図12
  • 特開-移動体 図13
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024143407
(43)【公開日】2024-10-11
(54)【発明の名称】移動体
(51)【国際特許分類】
   B62D 61/00 20060101AFI20241003BHJP
   B62B 3/00 20060101ALI20241003BHJP
【FI】
B62D61/00
B62B3/00 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023056066
(22)【出願日】2023-03-30
(71)【出願人】
【識別番号】000005326
【氏名又は名称】本田技研工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001379
【氏名又は名称】弁理士法人大島特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】飯村 太紀
(72)【発明者】
【氏名】尾▲崎▼ 司昌
(72)【発明者】
【氏名】岩上 寛
(72)【発明者】
【氏名】小橋 慎一郎
【テーマコード(参考)】
3D050
【Fターム(参考)】
3D050AA01
3D050DD03
3D050EE08
3D050EE15
3D050HH07
3D050KK14
(57)【要約】
【課題】 安定した走行が可能な移動体を提供する。
【解決手段】 移動体1であって、車体2と、車体に設けられた左右一対の駆動輪3と、駆動輪のそれぞれを駆動させる駆動ユニット6と、左右一対の自在キャスタ5と、駆動ユニットを制御する制御装置8と、を有し、制御装置は、自在キャスタの接地位置P1と重心Gとの前後距離を推定する推定部66と、所定の算出条件が満たされたときに、推定部によって推定された前後距離Lと、駆動輪の接地位置と重心との前後距離Lと、駆動輪のコーナリングパワーKと、自在キャスタのコーナリングパワーKとに基づいて、安定限界速度Vmaxを算出する限界速度算出部68と、限界速度算出部によって安定限界速度が算出されたときには、速度が安定限界速度以下となるように、駆動ユニットを制御する駆動制御部72とを備える。
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
移動体であって、
車体と、
前記車体に設けられた左右一対の駆動輪と、
前記駆動輪のそれぞれを駆動させる駆動ユニットと、
前記駆動輪の前方それぞれに設けられ、それぞれ前記車体に上下方向に延びる軸線を中心として旋回可能に支持された左右一対の自在キャスタと、
前記駆動ユニットを制御する制御装置と、を有し、
前記制御装置は、
前記自在キャスタの接地位置と重心との前後距離を推定する推定部と、
所定の算出条件が満たされたときに、前記推定部によって推定された前後距離と、前記駆動輪の接地位置と前記重心との前後距離と、前記駆動輪のコーナリングパワーと、前記自在キャスタのコーナリングパワーとに基づいて、安定限界速度を算出する限界速度算出部と、
前記限界速度算出部によって前記安定限界速度が算出されたときには、速度が前記安定限界速度以下となるように、前記駆動ユニットを制御する駆動制御部とを備える移動体。
【請求項2】
前記限界速度算出部は、以下の式(A)に基づいて、前記安定限界速度を算出する請求項1に記載の移動体。
ここで、Vmaxは前記安定限界速度、mは前記移動体の質量、Kは前記自在キャスタのコーナリングパワー、Kは前記駆動輪のコーナリングパワー、Lは前記自在キャスタの接地位置から前記重心までの前後距離、Lは前記駆動輪の接地位置から前記重心までの前後距離である。
【請求項3】
前記駆動輪は左右方向に平行移動可能な全方向車輪である請求項2に記載の移動体。
【請求項4】
前記算出条件は、K-K>0であることを含む、請求項3に記載の移動体。
【請求項5】
前記車体に設けられ、操作者からの前記移動体の操作に係る操作入力を受け付ける入力センサと、
前記入力センサによって取得された前記操作入力に基づいて、仮の移動速度となる暫定速度とを算出する暫定速度決定部と、
前記暫定速度決定部によって決定された前記暫定速度に基づいて、目標速度を決定する目標速度設定部と、を有し、
前記目標速度設定部は、前記限界速度算出部によって前記安定限界速度が算出され、且つ、前記暫定速度決定部によって決定された前記暫定速度の大きさが前記安定限界速度より大きいときには、前記安定限界速度の大きさを前記暫定速度の大きさで割った係数を算出して前記暫定速度に前記係数を掛けることによって前記目標速度を取得し、
前記駆動制御部は前記移動体が前記目標速度で移動するように、前記駆動ユニットを制御する請求項4に記載の移動体。
【請求項6】
前記暫定速度決定部は、前記操作入力に基づいて、仮のヨーレートとなる暫定ヨーレートを算出し、
前記目標速度設定部は、前記限界速度算出部によって前記安定限界速度が算出され、且つ、前記暫定速度の大きさが前記安定限界速度より大きいときには、前記暫定ヨーレートに前記係数を掛けることによって目標ヨーレートを取得し、
前記駆動制御部は前記移動体のヨーレートが前記目標ヨーレートとなるように前記駆動ユニットを制御する請求項5に記載の移動体。
【請求項7】
前記算出条件は、K-K>0であり、且つ、前記暫定ヨーレートの大きさが所定の閾値以上である請求項6に記載の移動体。
【請求項8】
前記推定部は、前記暫定速度又は前記移動速度の少なくとも一方に基づいて、前記自在キャスタの車輪の方向を推定し、前記自在キャスタの接地位置と前記重心との距離を推定する請求項1~請求項7のいずれか1つの項に記載の移動体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、移動体に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、一対の回転機構と、4つの車輪と有する台車を開示している。回転機構はそれぞれ、一対の回転機構は、互いに独立して回転して、車体を移動させる。4つの車輪は、車体の移動に伴って回転する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開第2021/039918号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1と同様の回転機構を駆動輪として用い、左右一対の駆動輪を後輪、左右一対の自在キャスタを前輪としてそれぞれ用いて移動体を構成することが考えられる。しかしながら、発明者らは、そのような移動体において、回転機構の駆動状態や車両の進行方向等によっては、車体がスピンするなど、走行が不安定となることを見出した。
【0005】
本発明は、以上の背景を鑑み、安定した走行が可能な移動体を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために本発明のある態様は、移動体(1)であって、車体(2)と、前記車体に設けられた左右一対の駆動輪(3)と、前記駆動輪のそれぞれを駆動させる駆動ユニット(6)と、前記駆動輪の前方それぞれに設けられ、それぞれ前記車体に上下方向に延びる軸線を中心として旋回可能に支持された左右一対の自在キャスタ(5)と、前記駆動ユニットを制御する制御装置(8)と、を有し、前記制御装置は、前記自在キャスタの接地位置(P1)と重心(G)との前後距離を推定する推定部(66)と、所定の算出条件が満たされたときに、前記推定部によって推定された前後距離(L)と、前記駆動輪の接地位置と前記重心との前後距離(L)と、前記駆動輪のコーナリングパワー(K)と、前記自在キャスタのコーナリングパワー(K)とに基づいて、安定限界速度(Vmax)を算出する限界速度算出部(68)と、前記限界速度算出部によって前記安定限界速度が算出されたときには、速度が前記安定限界速度以下となるように、前記駆動ユニットを制御する駆動制御部(72)とを備える。
【0007】
この態様によれば、安定限界速度が算出されたときに、移動体の速度が安定限界速度以下となるように制御されるため、安定した走行が可能な移動体が提供される。
【0008】
上記の態様において、好ましくは、前記限界速度算出部は、以下の式(A)に基づいて、前記安定限界速度を算出する。
【0009】
【数1】
【0010】
ここで、Vmaxは前記安定限界速度、mは前記移動体の質量、Kは前記自在キャスタのコーナリングパワー、Kは前記駆動輪のコーナリングパワー、Lは前記自在キャスタの接地位置から前記重心までの前後距離、Lは前記駆動輪の接地位置から前記重心までの前後距離である。
【0011】
この態様によれば、安定限界速度を適切に算出することができる。
【0012】
上記の態様において、好ましくは、前記駆動輪は左右方向に平行移動可能な全方向車輪である。
【0013】
この態様によれば、移動体を全方向に平行移動させることができる。
【0014】
上記の態様において、好ましくは、前記算出条件は、K-K>0であることを含む。
【0015】
この態様によれば、安定限界速度の算出が必要となる算出条件を適切に取得することができる。
【0016】
上記の態様において、好ましくは、前記車体に設けられ、操作者からの前記移動体の操作に係る操作入力を受け付ける入力センサ(10)と、前記入力センサによって取得された前記操作入力に基づいて、仮の移動速度となる暫定速度とを算出する暫定速度決定部(62)と、前記暫定速度決定部によって決定された前記暫定速度に基づいて、目標速度を決定する目標速度設定部(70)と、を有し、前記目標速度設定部は、前記限界速度算出部によって前記安定限界速度が算出され、且つ、前記暫定速度決定部によって決定された前記暫定速度の大きさが前記安定限界速度より大きいときには、前記安定限界速度の大きさを前記暫定速度の大きさで割った係数を算出して前記暫定速度に前記係数を掛けることによって前記目標速度を取得し、前記駆動制御部は前記移動体が前記目標速度で移動するように、前記駆動ユニットを制御する。
【0017】
この態様によれば、移動体の速度を安定な移動が可能な速度域に制限することができる。
【0018】
上記の態様において、好ましくは、前記暫定速度決定部は、前記操作入力に基づいて、仮のヨーレートとなる暫定ヨーレートを算出し、前記目標速度設定部は、前記限界速度算出部によって前記安定限界速度が算出され、且つ、前記暫定速度の大きさが前記安定限界速度より大きいときには、前記暫定ヨーレートに前記係数を掛けることによって目標ヨーレートを取得し、前記駆動制御部は前記移動体のヨーレートが前記目標ヨーレートとなるように前記駆動ユニットを制御する。
【0019】
この態様によれば、移動体の速度を安定な移動が可能な速度域に制限する際に、移動体のヨーレートを適切に設定することができる。
【0020】
上記の態様において、好ましくは、前記算出条件は、K-K>0であり、且つ、前記暫定ヨーレートの大きさが所定の閾値以上である。
【0021】
この態様によれば、移動体の安定な移動が可能となるように、移動体の速度を制限するべきタイミングを適切に取得することができる。
【0022】
上記の態様において、好ましくは、前記推定部は、前記暫定速度又は前記移動速度の少なくとも一方に基づいて、前記自在キャスタの車輪(42B)の方向を推定し、前記自在キャスタの接地位置と前記重心との距離を推定する。
【0023】
この態様によれば、自在キャスタの接地位置が自在キャスタの向きによって変わる場合において、安定限界速度を適切に算出することができる。
【発明の効果】
【0024】
以上の構成によれば、安定した走行が可能な台車を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】(A)実施形態に係る台車の斜視図、及び、(B)自在キャスタ部分の拡大図
図2】台車の平面図
図3】全方向車輪の断面図
図4】主輪の側面図
図5】台車の機能ブロック図
図6】制御装置のブロック図
図7】制御装置が実行する速度制御処理を示すフロー図
図8】(A)D(s)のs依存性を示すグラフ、及び、(B)横軸をLf、縦軸をVとしたときの安定速度域を示すグラフ
図9】K-K<0のときの(A)Cθ(V,L)及び(B)Cwz(V,L)のV依存性を示すグラフ
図10】K-K=0のときの(A)Cθ(V,L)及び(B)Cwz(V,L)のV依存性を示すグラフ
図11】K-K>0のときの(A)Cθ(V,L)及び(B)Cwz(V,L)のV依存性を示すグラフ
図12】自在キャスタの(A)前進時、及び(B)後退時の姿勢を示す斜視図
図13】キャリブレーション後の後退時のヨー角の実測値(オドメトリ値)と推定値とを示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、図面を参照して、本発明に係る移動体を台車1に適用した実施形態について説明する。但し、本発明に係る移動体は台車1には限定されず、例えば、車両や、車いす等の乗り物や、荷物を運搬することのできるワゴン等にも適用可能である。
【0027】
台車1は荷物をのせて運搬移動するために使用される移動体であって、一端側に操作者が把持するためのハンドルHを備えている。操作者がハンドルHを把持して前方に押し出すと、台車1は操作者から入力された荷重に基づいて前方に自走する。
【0028】
以下、図1(A)に示すように、台車1が水平面上に載置された状態を基準とし、ハンドルHが設けられた側を後側として、台車1の前後左右上下の各方向を定めて説明を行う。但し、この方向の記載は説明の便宜上のものであって、本発明は、この方向の記載には限定されない。なお、必要に応じて、前方向をx軸正の方向、左方向をy軸正の方向、上方向をz軸正の方向に各方向を定めて説明するが、本発明はこの方向の記載にも限定されない。
【0029】
また、以下では、簡単化のため、台車1の重量は、台車1に載置される荷物よりも十分大きいものとし、荷物が積載された台車1の重心の位置は、荷物が積載されていない台車1の重心の位置と概ね同じ位置にあるものとする。
【0030】
次に、台車1の構造について、詳細に説明する。
【0031】
図1(A)及び図2に示すように、台車1は、車体2と、駆動輪となる左右一対の全方向車輪3と、従動輪となる左右一対の自在キャスタ5(図1(B)も参照)と、全方向車輪3をそれぞれ駆動する駆動ユニット6と、駆動ユニット6を制御する制御装置8と、を有している。
【0032】
車体2は前後方向に延びる略直方体状をなしている。車体2の前部上面は略水平且つ平坦な荷台を構成している。車体2の後部2Aは前部2Bに比べて上方に突出している。ハンドルHは、その車体2の後部2A上端に設けられている。
【0033】
車体2には更に、操作者からのハンドルHへの操作入力を検出し、制御装置8に出力する入力センサ10が設けられている。
【0034】
入力センサ10はハンドルHに加わる力やモーメントを検出する力覚センサ12によって構成されているとよい。力覚センサ12は、公知の6軸力覚センサであって、ひずみゲージ式・圧電式・光学式・ 静電容量式等のいずれの方式に基づくものであってよい。本実施形態では、力覚センサ12は、ハンドルHに加わる前後方向の荷重(以下、前後荷重)と、左右方向の荷重(以下、左右荷重)と、上下軸(z軸)回りのモーメント(ヨーモーメント)とを検出し、制御装置8に出力する。台車1が水平面に載置されているときには、上下軸は鉛直軸に相当する。
【0035】
全方向車輪3は車体2の後部2Aの下部に設けられている。本実施形態では、一対の全方向車輪3は、車体2の後部2Aの左下及び右下に配置されている。全方向車輪3は車体2を前後方向や左右方向に平行(並進)移動させ、車体2を旋回(超信地旋回)させるための車輪である。全方向車輪3は、例えば、オムニホイールや、メカナムホイールによって構成されているとよい。
【0036】
本実施形態では、全方向車輪3は、図3に示すように、フレーム17と、フレーム17に回転可能に支持された一対のドライブディスク18と、一対のドライブディスク18の間に配置された環状の主輪19とを有する。
【0037】
フレーム17は、車体2の下部に固定されたフレーム上部17Aと、フレーム上部17Aの左右両端から下方に延びた一対のフレーム側部17Bとを有する。一対のフレーム側部17Bの下端には、左右に延びる支持軸21が架け渡されている。一対のドライブディスク18はそれぞれ、その支持軸21に回転可能に支持されている。
【0038】
ドライブディスク18は、環状の主輪19の両側にそれぞれ配置され、主輪19に摩擦力を与えて主輪19を中心軸線回り及び環状の軸線回りに回転させる。ドライブディスク18は、フレーム17に回転可能に支持される円盤状のベース18Aと、ベース18Aの外周部に互いに傾斜して回転可能に支持され、主輪19に接触する複数のドライブローラ18Bとを有する。ベース18Aは、支持軸21と同軸に配置されている。
【0039】
図4に示すように、主輪19は、環状をなし、一対のドライブディスク18の間にドライブディスク18と同軸に配置され、複数のドライブローラ18Bに接触し、中心軸線回り及び環状の軸線回りに回転可能となっている。主輪19は、円環状の芯体31と、芯体31に回転可能に支持された複数のドリブンローラ32とを有する。複数のドリブンローラ32は、芯体31の円周方向に等間隔で配列されている。各ドリブンローラ32は、環状の芯体31の軸線A1(環状の軸線)を中心として回転可能に芯体31に支持されている。各ドリブンローラ32は、芯体31に対するそれぞれの位置において、芯体31の接線を中心として回転することができる。各ドリブンローラ32は、外力を受けて芯体31に対して回転する。
【0040】
主輪19は、一対のドライブディスク18の外周部に沿って配置され、各ドライブディスク18に設けられた複数のドライブローラ18Bと接触している。各ドライブディスク18のドライブローラ18Bは、主輪19の内周部に接触し、左右両側から主輪19を挟持する。また、左右のドライブディスク18のドライブローラ18Bは、主輪19の内周部に接触することによって、ドライブディスク18の軸線Y1を中心とした径方向への変位を規制する。これにより、主輪19は左右のドライブディスク18に支持され、主輪19(芯体31)の中心軸線は左右のドライブディスク18の軸線Y1と同軸に配置される。主輪19は、複数のドリブンローラ32において、左右のドライブディスク18の複数のドライブローラ18Bに接触する。
【0041】
駆動ユニット6は車体2に搭載され、対応する全方向車輪3を駆動させるための駆動力を出力する。駆動ユニット6は、全方向車輪3をそれぞれ駆動させる電動モータ35を含み、制御装置8からの信号に基づいて、台車1に搭載されたバッテリから供給される電力を用いて全方向車輪3をそれぞれ独立に駆動させるとよい。
【0042】
本実施形態では、駆動ユニット6は、車体2の下部に設けられ、全方向車輪3に対応するように設けられている。駆動ユニット6はそれぞれ対応する全方向車輪3を駆動させる。2つの全方向車輪3が設けられているため、図5に示すように、2つの駆動ユニット6が台車1に設けられ、駆動ユニット6それぞれに2つずつの電動モータ35が設けられている。よって、台車1には合計4つの電動モータ35が設けられている。
【0043】
駆動ユニット6の出力を対応する全方向車輪3に伝えるため、2つの電動モータ35と、2つのドライブディスク18との間にはそれぞれ、動力伝達機構が設けられている。動力伝達機構は、図1に示すように、電動モータ35の出力軸に設けられたドライブプーリ36と、ドライブディスク18の互いに相反する面に同軸をなすように設けられたドリブンプーリ18Cと、ドライブプーリ36と対応するドリブンプーリ18Cとの間に掛け渡されたベルト27とによって構成されている。電動モータ35が互いに独立して回転することによって、ドライブディスク18が互いに独立して回転する。
【0044】
同一の駆動ユニット6に含まれる一対の電動モータ35が対応する一対のドライブディスク18をそれぞれ同一方向に同一の回転速度で回転させた場合には、主輪19は一対のドライブディスク18と共に回転する。すなわち、主輪19は軸線Y1と一致する自身の回転軸線を中心として前転又は後転する。これにより、主輪19は前後方向への駆動力を発生させる。このとき、ドライブディスク18のドライブローラ18B及び主輪19のドリブンローラ32は芯体31に対して回転しない。
【0045】
同一の駆動ユニット6に含まれる一対の電動モータ35が対応する一対のドライブディスク18を回転速度差の差を持たせて回転させた場合には、一対のドライブディスク18の回転に起因する円周(接線)方向の力に対し、この力に直交する向きの分力が左右のドライブローラ18Bから主輪19のドリブンローラ32に作用する。ドライブローラ18Bの軸線がドライブローラ18Bの周方向に対して傾斜しているため、ドライブディスク18間に回転速度差に起因して分力が生じる。この分力によって、ドライブローラ18Bがベース18Aに対して回転すると共に、ドリブンローラ32が芯体31に対して回転する。これにより、主輪19は左右方向への駆動力を発生させる。
【0046】
2つの駆動ユニット6がそれぞれ対応する全方向車輪3を前方に同じ速度で回転させると、台車1は前進(前方に平行移動)する。2つの駆動ユニット6がそれぞれ対応する全方向車輪3を後方に同じ速度で回転させると、台車1は後退(後方に平行移動、又は、後進ともいう)する。
【0047】
2つの駆動ユニット6が回転速度に差を持たせつつ、左右の全方向車輪3を前方(又は後方)に回転させると、台車1は右方又は左方に旋回する。2つの駆動ユニット6が左右の全方向車輪3を逆向きに同じ回転速度で回転させると、台車1はその場で旋回(超信地旋回)する。2つの駆動ユニット6がそれぞれ、対応する全方向車輪3の各主輪19のドリブンローラ32を回転させて、同じ左方向(右方向)への駆動力を発揮させると、台車1は左方(右方)に平行移動する。
【0048】
図1に示すように、自在キャスタ5は旋回可能なキャスタであり、車体2の下部に設けられている。自在キャスタ5は車体2に下部にサスペンション40を介して支持されているとよい。本実施形態では、自在キャスタ5は車体2の前部2Bであって、全方向車輪3よりも前側に位置している。
【0049】
本実施形態では、サスペンション40は、車体2の下方に配置され、左右に延びるアーム42と、車体2とアーム42との間に配置されたばね43(クッションスプリングともいう)及びショックアブソーバ45(ダンパともいう)とを有する。
【0050】
自在キャスタ5は、アーム42の左端及び右端の下方に配置されている。自在キャスタ5は、アーム42に上下に延びる軸線L1を中心として回転可能に結合されたフォーク42Aと、フォーク42Aに水平方向に延びる軸線L2を中心として回転可能に支持された円盤状の車輪42Bとを有する。フォーク42Aはアーム42に対して軸線L1を中心として自由に回転(旋回)し、車輪42Bはフォーク42Aに対して自由に回転する。これにより、車輪42Bは車体2に上下方向に延びる軸線L1を中心として旋回可能に、且つ、水平方向に延びる軸線L2を中心として回転可能に支持される。
【0051】
本実施形態では、図1に示すように、軸線L1と、軸線L2とは、交差せず、ねじれの位置にある。そのため、フォーク42Aの軸線L1回りの回転によって、自在キャスタ5の接地位置P1が変化する。
【0052】
一方、全方向車輪3の主輪19はフレーム17を介して車体2に支持されている。フレーム17は車体2に対して固定されているため、全方向車輪3の位置が変化せず、台車1の重心Gに対する全方向車輪3の接地位置P2は変化しない。
【0053】
制御装置8はいわゆる電子制御装置(ECU)であって、図6に示すように、中央演算処理装置(CPU)やMPU等のプロセッサ50と、不揮発性メモリ52(ROM)、及び、揮発性メモリ54(RAM)等のメモリ56と、HDD(ハードディスクドライブ)やSSD(ソリッドステートドライブ)等の記憶装置58(ストレージともいう)とを備えたコンピュータによって構成されている。制御装置8は車体2に搭載され、駆動ユニット6と、バッテリ(不図示)とにそれぞれ接続されている。
【0054】
制御装置8は1つのハードウェアとして構成されていてもよく、複数のハードウェアからなるユニットとして構成されていてもよい。また、制御装置8の各機能部の少なくとも一部は、LSIやASIC、FPGA等のハードウェアによって実現されてもよく、ソフトウェア及びハードウェアの組み合わせによって実現されてもよい。
【0055】
図5に示すように、制御装置8は、メモリ56や記憶装置58に格納されたプログラムに沿った演算処理をプロセッサ50が実行することによって、駆動ユニット6を制御し、台車1の走行を制御する。
【0056】
詳細には、制御装置8は、入力センサ10の検出結果に基づいて、台車1に求められるx方向の速度(以下、暫定前後速度v)と、台車1に求められるy方向の速度(以下、暫定左右速度v)と、台車1に求められる重心Gを通るz軸回りの角速度(以下、暫定ヨーレートw)と、を算出する暫定速度設定処理を実行する。
【0057】
暫定速度設定処理が完了すると、制御装置8は、暫定左右速度v、暫定前後速度v、及び、暫定ヨーレートwに基づいて、台車1が安定して走行することのできる目標左右速度v´、目標前後速度v´、及び、目標ヨーレートw´を設定し、台車1が目標左右速度v´、目標前後速度v´、及び、目標ヨーレートw´で移動するように、駆動ユニット6を制御する速度制御処理を実行する。これにより、台車1がスピンすることが防止され、台車1の安定走行が実現される。
【0058】
暫定速度設定処理を実行するため、図5に示すように、制御装置8は機能部として、暫定速度決定部62と、各種パラメータを記憶する記憶部64と、を備える。また、速度制御処理を実行するため、制御装置8は機能部として、記憶部64に加え、自在キャスタ5の接地位置P1と台車1の重心Gとの前後方向の距離を推定する推定部66と、推定部66によって推定された距離を用いて、安定限界速度Vmaxを算出する限界速度算出部68と、安定限界速度に基づいて、目標速度を算出する目標速度設定部70と、駆動ユニット6を制御する駆動制御部72とを備えている。
【0059】
暫定速度決定部62、推定部66、限界速度算出部68、目標速度設定部70及び駆動制御部72の各機能部はそれぞれ、プロセッサ50が所定のプログラムを実行して処理を行うことによって実現される。記憶部64は、記憶装置58及び/又はメモリ56によって構成されている。
【0060】
以下、暫定速度決定部62、記憶部64、推定部66、限界速度算出部68、目標速度設定部70及び駆動制御部72の各部について詳細に説明する。
【0061】
暫定速度決定部62は、入力センサ10の検出結果に基づいて、仮の前後及び左右方向の移動速度である暫定左右速度v及び暫定前後速度vと、仮のヨーレートである暫定ヨーレートwと、を算出する。例えば、暫定速度決定部62は、入力センサ10によって取得された左右荷重が所定の閾値より大きい場合には、台車1を平行移動させるべく、暫定ヨーレートwを零に設定し、暫定左右速度vを左右荷重に、暫定前後速度vを前後荷重にそれぞれ比例するように設定してもよい。このとき、暫定速度決定部62は、入力センサ10によって取得された左右荷重が所定の閾値以下である場合には、台車1を旋回させるべく、暫定前後速度vを前後荷重に、暫定ヨーレートwを左右荷重にそれぞれ比例するように設定してもよい。または、例えば、暫定速度決定部62は、事前に前後速度と左右速度とヨーレートを設定する基準点を決め、入力センサ10によって取得された前後荷重、左右荷重、ヨーモーメントを基準点での前後荷重、左右荷重、ヨーモーメントに変換し、基準点での暫定前後速度vを基準点での前後荷重に、基準点での暫定左右速度vを基準点での左右荷重に、基準点での暫定ヨーレートwを基準点でのヨーモーメントにそれぞれ比例するように設定してもよい。前記基準点は、例えば重心Gに設定してもよい。
【0062】
但し、本発明は、暫定速度決定部62による、暫定左右速度vと、暫定前後速度vと、暫定ヨーレートwとの決定方法には限定されない。暫定速度決定部62は、台車1を操縦する操作者の端末への入力に基づいて、暫定左右速度vと、暫定前後速度vと、暫定ヨーレートwを決定してもよい。また、暫定速度決定部62が設定された移動経路や、周辺に位置する物体等を検出するセンサ(カメラや、レーダ、ライダ等)の検出結果に基づいて、自律的に、暫定左右速度vと、暫定前後速度vと、暫定ヨーレートwとを決定してもよい。
【0063】
記憶部64は台車1の走行制御に係るデータを記憶している。記憶部64が記憶するデータには、少なくとも、台車1の質量m、自在キャスタ5のコーナリングパワーK、全方向車輪3のコーナリングパワーK、及び、全方向車輪3の接地位置P2から重心Gまでの前後方向の距離L(前後方向の距離を前後距離ともいう)を記憶している。
【0064】
コーナリングパワーは、対応する車輪(全方向車輪3又は自在キャスタ5)の横滑り角に対するコーナリングフォースの立ち上がり勾配を意味する。コーナリングフォースは旋回中に対応する車輪によって生み出される横方向(すなわち、車軸に平行な方向)の力(横力や旋回求心力ともいう)を意味する。
【0065】
本実施形態では、記憶部64は、更に、重心Gの位置から軸線L1までの前後方向の距離Lと、軸線L1と自在キャスタ5の車輪42Bの接地位置P1までの距離dとを記憶している(図2参照)。
【0066】
推定部66は、自在キャスタ5の接地位置P1から重心Gまでの前後方向の距離(以下、キャスタ距離L)を推定する。推定部66は、左右の自在キャスタ5の接地位置P1から重心Gまでの前後方向の距離(前後距離)を取得できたときには、左側の自在キャスタ5の接地位置P1から重心Gまでの前後距離と、右側の自在キャスタ5の接地位置P1から重心Gまでの前後距離とを平均することにより、キャスタ距離Lを推定するとよい。
【0067】
例えば、推定部66は、以下の式(1)を用いて、キャスタ距離Lを推定してもよい(但し、式(1)においては、φfLとφfRとはそれぞれ前方を基準(0°)とする左右の自在キャスタ5の進行方向の角度を表し、Lは軸線L1から重心Gまでの左右方向の距離を表す)。
【0068】
【数2】
【0069】
限界速度算出部68は、所定の算出条件が満たされたときに、台車1が安定に走行(移動)できる限界の速度を算出する。限界速度算出部68は、まず、推定部66によって推定された自在キャスタ5の接地位置P1から重心Gまでの前後方向のキャスタ距離Lを取得し、記憶部64からK、K、Lをそれぞれ取得する。
【0070】
次に、限界速度算出部68は、取得したK、K、L、Lを用いて、以下の式(2)を満たすか否かを判定する。
【0071】
【数3】
【0072】
式(2)を満たすときは、限界速度算出部68は、記憶部64に記憶された台車1の質量mを取得して、以下の式(3)を用いて、安定限界速度Vmaxを算出する。
【0073】
【数4】
【0074】
安定限界速度Vmaxは式(2)を満たすときに、台車1が安定に走行することができる限界の速度(速さ)を表す。式(2)は、限界速度算出部68が安定限界速度Vmaxの算出を行う算出条件ともいうことができる。
【0075】
限界速度算出部68によって安定限界速度Vmaxが算出されなかったとき(即ち、式(2)が満たされなかったとき)には、目標速度設定部70は、暫定左右速度v、暫定前後速度v、及び、暫定ヨーレートwをそれぞれ、目標左右速度v´、目標前後速度v´、及び、目標ヨーレートw´に設定する。
【0076】
限界速度算出部68によって安定限界速度Vmaxが算出されたとき(即ち、式(2)が満たされたとき)には、目標速度設定部70は、式(4)を用いて、係数Rを算出する。
【0077】
【数5】
【0078】
すなわち、暫定左右速度vの2乗と暫定前後速度vの2乗との和の平方根(以下、暫定速度の大きさ、式(4)のv)が安定限界速度Vmax以下であるときには、係数Rは1に設定され、暫定速度の大きさが安定限界速度Vmaxより大きいときには、係数Rは安定限界速度Vmaxを暫定速度の大きさで割った値(Vmax/v)に設定される。
【0079】
限界速度算出部68によって安定限界速度Vmaxが算出されたとき(即ち、式(4)が満たされたとき)には、目標速度設定部70は、式(5)を用いて、係数Rを算出してもよい。
【0080】
【数6】
【0081】
但し、式(5)においてmin{a,b}とは、{a,b}の最小値(aとbとのうち、小さい方の値)を表す。
【0082】
次に、目標速度設定部70は、暫定左右速度v、暫定前後速度v、及び、暫定ヨーレートwにそれぞれ係数Rを掛け算して、目標左右速度v´、目標前後速度v´、及び、目標ヨーレートw´に設定する。すなわち、目標速度設定部70は、以下の式(6)を用いて、目標左右速度v´、目標前後速度v´、及び、目標ヨーレートw´を取得する。これにより、目標左右速度v´、目標前後速度v´、及び、目標ヨーレートw´はそれぞれ、暫定左右速度v、暫定前後速度v、及び、暫定ヨーレートwの係数R倍に設定される。
【0083】
【数7】
【0084】
駆動制御部72は、目標速度設定部70によって設定された目標左右速度v´、目標前後速度v´、及び、目標ヨーレートw´で台車1が駆動するように、駆動ユニット6を制御する。
【0085】
次に、台車1が走行するときに、制御装置8が実行する処理について説明する。制御装置8(詳細には制御装置8のプロセッサ50)は、入力センサ10への入力に基づき、暫定左右速度v、暫定前後速度v、暫定ヨーレートwを算出する。暫定左右速度v、暫定前後速度v、暫定ヨーレートwの算出が完了すると、制御装置8は、速度制御処理を実行する。制御装置8は、暫定左右速度v、暫定前後速度v、暫定ヨーレートwの算出が行われるごとに、速度制御処理を実行するとよい。
【0086】
以下、制御装置8が実行する速度制御処理の詳細について、図7に示すフローチャートに基づいて、詳細に説明する。
【0087】
制御装置8のプロセッサ50(推定部66)は、速度制御処理の最初のステップST1において、暫定左右速度v、暫定前後速度v、及び、暫定ヨーレートwに基づいて、キャスタ距離Lを推定する。例えば、制御装置8のプロセッサ50は、式(1)を用いて、キャスタ距離Lを推定してもよい。推定が完了すると、制御装置8のプロセッサ50はステップST2を実行する。
【0088】
プロセッサ50は、ステップST2において、記憶装置58から、自在キャスタ5のコーナリングパワーKと、全方向車輪3の接地位置P2と重心Gとの前後方向の距離Lと、全方向車輪3のコーナリングパワーKとを取得する。取得が完了すると、プロセッサ50はステップST3を実行する。
【0089】
プロセッサ50(限界速度算出部68)は、ステップST3において、ST1にて取得したLと、ST2にて取得したK、K及びLと用いて、以下の式(4)(すなわち、K-K>0)を満たすか否かを判定する。満たす場合にはプロセッサ50は、ステップST4を、満たさない場合には、ステップST5を実行する。
【0090】
プロセッサ50(限界速度算出部68)は、ステップST4において、式(5)を用いて、安定限界速度Vmaxを算出する。算出が完了するとステップST6を実行する。
【0091】
プロセッサ50(目標速度設定部70)は、ステップST5において、暫定左右速度vを目標左右速度v´に設定し、暫定前後速度vを目標前後速度v´に設定し、暫定ヨーレートwを目標ヨーレートw´に設定する。設定が完了すると、プロセッサ50は、ステップST7を実行する。
【0092】
プロセッサ50(目標速度設定部70)は、ステップST6において、暫定速度の大きさvが安定限界速度Vmax以下であるかを判定する。暫定速度の大きさvが、安定限界速度Vmax以下であるときには、プロセッサ50は、ステップST8を、暫定速度の大きさvが、安定限界速度Vmaxより大きいときは、ステップST9をそれぞれ実行する。
【0093】
プロセッサ50(駆動制御部72)は、ステップST7において、目標左右速度v´、目標前後速度v´、及び、目標ヨーレートw´で台車1が駆動するように、駆動ユニット6を制御する。制御が完了すると、プロセッサ50は、速度制限処理を終える。
【0094】
プロセッサ50(目標速度設定部70)は、ステップST8において、係数Rを1に設定する。係数Rの設定が完了すると、プロセッサ50はステップST10を実行する。
【0095】
プロセッサ50(目標速度設定部70)は、ステップST9において、安定限界速度Vmaxを暫定速度の大きさvで割った値に、係数Rを設定する。係数Rの設定が完了すると、プロセッサ50はステップST10を実行する。
【0096】
プロセッサ50(目標速度設定部70)は、ステップST10において、式(8)を用いて、目標左右速度v´、目標前後速度v´、及び、目標ヨーレートw´を設定する。具体的には、プロセッサ50は、目標左右速度v´を暫定左右速度vにRを掛けた値に設定し、目標前後速度v´を暫定前後速度vにRを掛けた値に設定し、目標ヨーレートw´を暫定ヨーレートwにRを掛けた値に設定する。
【0097】
目標左右速度v´、目標前後速度v´、及び、目標ヨーレートw´の設定が完了すると、プロセッサ50(目標速度設定部70)は、ステップST7を実行し、目標左右速度v´、目標前後速度v´、及び、目標ヨーレートw´で台車1が駆動するように、駆動ユニット6を制御する。制御が完了すると、プロセッサ50は、速度制限処理を終える。
【0098】
次に、このように構成した台車1の動作及び効果について説明する。
【0099】
入力センサ10によって入力が検出されると、制御装置8は、入力センサ10への入力に基づき、暫定左右速度v、暫定前後速度v、暫定ヨーレートwを算出する。その後、制御装置8は速度制御処理を実行する。速度制御処理において、制御装置8は、目標左右速度v´、目標前後速度v´、及び、目標ヨーレートw´を設定する。このとき、式(4)が満たされるとき(K-K>0)には、暫定速度の大きさが安定限界速度Vmaxより大きいときには、係数Rが1より小さい値に設定されるため、台車1の速度は安定限界速度以下に制限される。
【0100】
台車1の運動は、以下の式(7)で表される運動方程式で記述することができる。
【0101】
【数8】
【0102】
但し、式(7)において、Vは台車1の速度のx成分、Vは台車1の速度のy成分、Wzは台車1の重心Gを通るz軸回りの角速度を示し、・は時間微分を表す。また、Iは台車1の重心Gを通るz軸回りの慣性モーメントを、FfL、FfRはそれぞれ、左側及び右側の自在キャスタ5に加わる横力を、FrL、FrRはそれぞれ、左側及び右側の全方向車輪3に加わる横力をそれぞれ表している。
【0103】
ここでは、直進定速移動中の台車1において、自在キャスタ5の操舵角がφとなったときを想定する(図2参照)。
【0104】
式(7)において、横力が横滑り角とコーナリングパワーの積で表せることと、横滑り角θが微小であるとすると、VがそれぞれVxの2乗とVの2乗の和の平方根(即ち、速さ)Vに近似でき、VがVθ(θは横滑り角)に近似できることから、以下の式(8)が得られる。
【0105】
【数9】
【0106】
また、Iは台車1の重心Gを通るz軸回りの慣性モーメントを表す。
【0107】
式(8)を変形すると式(9)のように操舵角φを入力とする系になる。
【0108】
【数10】
【0109】
式(9)をラプラス変換することにより、式(10)が得られる。
【0110】
【数11】
【0111】
θ(s)及びG(s)はそれぞれ伝達関数に相当する。但し、式(10)のD(s)は以下の式(11)で表される。
【0112】
【数12】
【0113】
式(11)において、伝達関数の極、すなわち、D(s)が0となるsの実部が0以下であるときに、台車1の走行は安定する。図8(A)の(i)(ii)に示すように、D(s)はsの二次関数であり、式(11)のaは常に正であることから、b≧0であるときに、即ち式(12)を満たすときに、台車1の走行が安定する。
【0114】
【数13】
【0115】
図8(B)の着色された領域は横軸L、縦軸Vのグラフ上の、式(12)を満たす領域、すなわち、台車1の走行が安定する安定速度域を示している。図8(B)から、前輪(自在キャスタ5)の接地位置P1が重心Gに近いと安定し,ある程度離れると急激に安定速度域が狭まり,さらに離れると安定速度域が広がることが分かる。
【0116】
このようなD(s)を用いた台車1の走行の安定性に係る解析を、ここでは、安定性解析と記載する。
【0117】
次に、系のアトラクタ[Θ Ω]について考える。式(10)の勾配ベクトルがゼロとなるのは、以下の式(13)を満たすときである。
【0118】
【数14】
【0119】
但し、式(13)は、式(10)にs=0を代入したθ(0)をΘ、w(0)をΩとすることによって得られる。
【0120】
式(13)に基づくと、アトラクタは操舵角φに比例することが分かる。すなわち、Cθ(V,L)及びCwz(V,L)は、横滑り角θと角速度wZとの操舵角φに対する感度を表していると考えることができる。Cθ(V,L)及びCwz(V,L)はそれぞれ値が大きいほど、操舵角φの変動時のアトラクタが大きく変動する。
【0121】
台車1の走行安定性は(i)~(iii)の3つのパターンに分類される。
【0122】
(i)K-K<0のとき:図9(A)及び(B)に示すように、Cθ、Cwzともに有界であり、速度Vに応じて感度が急激に高まることはない。このとき、系は安定性解析の結果から漸近安定である。
【0123】
(ii)K-K=0のとき:図10(A)に示すように、Cθは上に有界である。図10(A)及び(B)に示すように、Cθ、Cwzともに、基本的に速度Vに応じて感度が高まる。このとき、系は安定性解析の結果から漸近安定である。
【0124】
(iii)K-K>0のとき:Cθは下に有界である。図11(A)及び(B)に示すように、V=Vmax (式(3)参照)近傍で急激に感度が高まる。図11(A)及び(B)の着色された部分は系の安定領域に対応している。
【0125】
台車1が後退する場合についても、式(7)~式(13)が成立する。すなわち、前進時及び後退時のいずれの場合においても、式(12)が成立するとき、台車1の走行は安定する。
【0126】
-K≦0の場合には、式(12)は常に成立する。安定限界速度Vmaxが設定されず、暫定左右速度v、暫定前後速度v、及び、暫定ヨーレートwがそれぞれ、目標左右速度v´、目標前後速度v´、及び、目標ヨーレートw´に設定された場合においても、台車1の走行は安定する。
【0127】
-K>0の場合には、台車1の速度Vが安定限界速度Vmax以下であるときに、式(14)が成立する。K-K>0の場合、プロセッサ50は、安定限界速度を設定し、目標左右速度v´の2乗と、目標前後速度v´の2乗との和を安定限界速度以下に制限する。そのため、台車1の速度が安定限界速度以下となり、台車1の安定走行が実現される。
【0128】
特に、自在キャスタ5の接地位置P1と重心Gとの距離が、台車1が前方に移動するとき(図12(A)参照)に比べて、台車1が後退するとき(図12(B)参照)に長くなるため、台車1の走行が不安定になり易い。本発明によって、台車1の速度が安定限界速度以下に制限されるため、台車1が後退するときにも、台車1の安定走行が実現される。
【0129】
図13には、台車1の全方向車輪3のキャリブレーションを行った場合の例が示されている。ここでいうキャリブレーションとは、駆動ユニット6からの全方向車輪3の駆動量の指令値と、実際の全方向車輪3の駆動量との差を補正するべく、補正係数を取得するためのプロセスを意味する。図13には、キャリブレーションによって得られた補正係数を用いて、台車1を後退させた場合における、指令値に基づくヨー角の理論値と、オドメトリ手法に基づくヨー角の実測値(オドメトリ値)との差が示されている。図13から理解できるように、後退時においても、理論値と実測値との差が小さくなり、適切な補正が可能となっていることが理解できる。
【0130】
上記実施形態では、制御装置8は、暫定ヨーレートwの大きさに依らず、速度制御処理を実行するように構成されていたが、別の実施例として、制御装置8は、暫定ヨーレートwの大きさが所定の閾値(以下、ヨーレート閾値)以上であるときに、速度制御処理を実行するように構成されていてもよい。これにより、K-K>0であり、且つ、暫定ヨーレートの大きさがヨーレート閾値以上であるとき、安定限界速度Vmaxが設定される。このとき、限界速度算出部68が安定限界速度Vmaxの算出を行う算出条件には、K-K>0と、暫定ヨーレートの大きさがヨーレート閾値以上であることとが含まれる。
【0131】
これにより、台車1の旋回時に、速度が安定限界速度Vmaxを超えることが防止されるため、スピン防止を図ることができるとともに、平行移動時(並進時)の速度が安定限界速度以下に制限されなくなるため、台車1の移動を迅速に行うことができる。
【0132】
その他、自在キャスタ5にはフォーク42Aの回転角度を検出する回転角センサ90(図12(A)及び(B)参照)が設けられていてもよい。その場合には、推定部66は回転角センサ90によって検出された回転角度に基づいて、キャスタ距離Lを算出(推定)してもよい。
【0133】
以上で具体的実施形態の説明を終えるが、本発明は上記実施形態に限定されることなく幅広く変形実施することができる。上記実施形態では、本発明に係る移動体が台車1に適用された例を説明したが、本発明は路面を移動する移動体であれば、いかなる移動体にも適用可能である。本発明は、例えば、車両や、車いす等の乗り物、荷物を運搬することのできるワゴンにも適用することができる。
【符号の説明】
【0134】
1 :台車(移動体の一例)
2 :車体
3 :全方向車輪(駆動輪)
5 :自在キャスタ
6 :駆動ユニット
8 :制御装置
10 :入力センサ
62 :暫定速度決定部
66 :推定部
68 :限界速度算出部
70 :目標速度設定部
72 :駆動制御部
G :重心
:コーナリングパワー
:コーナリングパワー
:キャスタ距離
:距離
P1 :接地位置
max :安定限界速度
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13