IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社富士通ゼネラルの特許一覧

特開2024-143476ベーン、ベーンを備えた圧縮機、およびベーンの製造方法
<>
  • 特開-ベーン、ベーンを備えた圧縮機、およびベーンの製造方法 図1
  • 特開-ベーン、ベーンを備えた圧縮機、およびベーンの製造方法 図2
  • 特開-ベーン、ベーンを備えた圧縮機、およびベーンの製造方法 図3
  • 特開-ベーン、ベーンを備えた圧縮機、およびベーンの製造方法 図4
  • 特開-ベーン、ベーンを備えた圧縮機、およびベーンの製造方法 図5
  • 特開-ベーン、ベーンを備えた圧縮機、およびベーンの製造方法 図6
  • 特開-ベーン、ベーンを備えた圧縮機、およびベーンの製造方法 図7
  • 特開-ベーン、ベーンを備えた圧縮機、およびベーンの製造方法 図8
  • 特開-ベーン、ベーンを備えた圧縮機、およびベーンの製造方法 図9
  • 特開-ベーン、ベーンを備えた圧縮機、およびベーンの製造方法 図10
  • 特開-ベーン、ベーンを備えた圧縮機、およびベーンの製造方法 図11
  • 特開-ベーン、ベーンを備えた圧縮機、およびベーンの製造方法 図12
  • 特開-ベーン、ベーンを備えた圧縮機、およびベーンの製造方法 図13
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024143476
(43)【公開日】2024-10-11
(54)【発明の名称】ベーン、ベーンを備えた圧縮機、およびベーンの製造方法
(51)【国際特許分類】
   F04C 18/356 20060101AFI20241003BHJP
   F04C 29/00 20060101ALI20241003BHJP
   C23C 8/26 20060101ALI20241003BHJP
   C23C 28/00 20060101ALI20241003BHJP
   C21D 9/00 20060101ALI20241003BHJP
   C21D 1/06 20060101ALI20241003BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20241003BHJP
   C22C 38/18 20060101ALI20241003BHJP
【FI】
F04C18/356 P
F04C29/00 U
F04C29/00 B
C23C8/26
C23C28/00 B
C21D9/00 A
C21D1/06 A
C22C38/00 301Z
C22C38/00 302Z
C22C38/18
【審査請求】有
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023056185
(22)【出願日】2023-03-30
(71)【出願人】
【識別番号】000006611
【氏名又は名称】株式会社富士通ゼネラル
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 崇洋
(72)【発明者】
【氏名】泉 泰幸
(72)【発明者】
【氏名】古川 基信
【テーマコード(参考)】
3H129
4K028
4K042
4K044
【Fターム(参考)】
3H129AA04
3H129AA13
3H129AA32
3H129AB03
3H129BB31
3H129BB44
3H129CC05
3H129CC38
4K028AA02
4K028AB01
4K042AA25
4K042BA02
4K042BA03
4K042CA06
4K042CA07
4K042CA15
4K042CA16
4K042DA01
4K042DA02
4K042DA06
4K042DC02
4K042DC04
4K042DE02
4K044AA02
4K044AB10
4K044BA18
4K044BB02
4K044BB03
4K044BB04
4K044BC01
4K044BC06
4K044CA12
4K044CA13
4K044CA67
(57)【要約】
【課題】ベーンの先端面に必要な耐摩耗性、耐焼き付き性を確保しつつ、ピストンの摩耗を低減する。
【解決手段】ベーン127は、上シリンダと、上シリンダの内周面に沿って公転する上ピストンと、上シリンダの端部を塞ぐ上端板とを備える圧縮機1に用いられ、上シリンダと上ピストンと上端板とに囲まれる上シリンダ室を、上吸入室と上圧縮室とに区画する。ベーン127は、窒化処理された母材210と、母材210のうちの先端面129aを被覆する硬質皮膜220とを備えている。硬質皮膜220は、スパッタリング法により形成されている。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリンダと、
前記シリンダの内周面に沿って公転するピストンと、
前記シリンダの端部を塞ぐ端板と、
を備える圧縮機に用いられ、
前記シリンダと前記ピストンと前記端板とに囲われるシリンダ室を、吸入室と圧縮室とに区画するベーンであり、
窒化処理された母材と、
前記母材のうちの先端面を被覆する硬質皮膜と、を備え、
前記硬質皮膜は、スパッタリング法により形成された硬質皮膜である
ベーン。
【請求項2】
前記硬質皮膜のビッカース硬さは、1500HV以上である
請求項1に記載のベーン。
【請求項3】
前記硬質皮膜は、CrNから形成される
請求項1に記載のベーン。
【請求項4】
前記母材は、クロムの含有量が4.5wt%を超える材料から形成される
請求項1に記載のベーン。
【請求項5】
前記母材は、クロムの含有量が10.5wt%以上であるステンレス鋼から形成される
請求項4に記載のベーン。
【請求項6】
前記母材は、マルテンサイト系ステンレス鋼から形成される
請求項5に記載のベーン。
【請求項7】
前記母材には、基材層と、前記基材層よりも外側に形成された窒化拡散層とが形成され、
前記硬質皮膜は、前記窒化拡散層の表面に形成される、
請求項1に記載のベーン。
【請求項8】
前記母材には、基材層と、前記基材層よりも外側に形成された窒化拡散層と、前記窒化拡散層よりも外側に形成されたFeNを主成分とするガンマプライム相から成る緻密層とが、形成され、
前記硬質皮膜は、前記緻密層の表面に形成される、
請求項1に記載のベーン。
【請求項9】
前記母材は、前記シリンダに摺動する側面、および、前記端板に摺動する端面をさらに備え、
前記母材の前記側面と前記端面とは、前記窒化拡散層、もしくは、FeNを主成分とするガンマプライム相から成る緻密層、もしくは、FeN,FeNを主成分とする多孔質層のうち、いずれかの層が、前記側面と前記端面のそれぞれの外表面に露出している、
請求項8に記載のベーン。
【請求項10】
請求項1から請求項9のいずれか1項に記載のベーンと、
前記シリンダと、
前記ピストンと、
前記端板と、
を備える圧縮機。
【請求項11】
シリンダと、
前記シリンダの内周面に沿って公転するピストンと、
前記シリンダの端部を塞ぐ端板と、
を備える圧縮機に用いられ、
前記シリンダと前記ピストンと前記端板とに囲われるシリンダ室を、吸入室と圧縮室とに区画し、
母材と、
前記母材のうちの先端面を被覆する硬質皮膜と、
を備える、
ベーンの製造方法であり、
前記母材を窒化処理する工程と、
前記母材を窒化処理した後にスパッタリング法により前記硬質皮膜を形成する工程と、
を備える
ベーンの製造方法。
【請求項12】
前記ベーンの前記母材は、クロムの含有量が4.5wt%を超える材料から形成され、
前記母材の前記先端面に前記硬質皮膜を形成する工程よりも前に、前記母材を窒化処理したことで前記母材に形成された窒化化合物層のうち、少なくともFeN,FeNを主成分とするイプシロン相から成る多孔質層を除去することにより、前記母材の前記先端面に、窒化拡散層、もしくは、FeNを主成分とするガンマプライム相から成る緻密層の、いずれかの層を露出させる工程を、さらに備え、
前記母材の前記先端面に前記硬質皮膜を形成する工程において、前記窒化拡散層または前記緻密層が露出した前記母材の前記先端面に、前記硬質皮膜を形成する、
請求項11に記載のベーンの製造方法。
【請求項13】
前記母材は、前記シリンダに形成されたベーン溝と摺動する側面、および、前記端板と摺動する端面をさらに備え、
前記母材の前記側面と前記端面とにおいて、窒化拡散層、もしくは、FeNを主成分とするガンマプライム相から成る緻密層、もしくは、FeN,FeNを主成分とするイプシロン相から成る多孔質層のうち、いずれかの層を前記側面と前記端面のそれぞれの外表面に露出させる工程を、さらに備える、
請求項12に記載のベーンの製造方法。
【請求項14】
前記母材は、前記シリンダと摺動する側面、および、前記端板と摺動する端面をさらに備え、
前記母材に前記硬質皮膜を形成する工程において、
隣り合う前記母材における前記側面同士または前記端面同士を接触させるように、複数の前記母材を配置し、複数の前記母材の各先端面に前記硬質皮膜を一度に形成する
請求項11に記載のベーンの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ベーン、ベーンを備えた圧縮機、およびベーンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ロータリ圧縮機の圧縮部としては、シリンダと、シリンダの内周面に沿って公転するピストンと、シリンダの両端のそれぞれを塞ぐ一対の端板と、を備えており、シリンダの内周面とピストンの外周面と一対の端板とに囲われるシリンダ室が形成され、このシリンダ室を吸入室と圧縮室とに区画するベーンが、シリンダに形成されたベーン溝に配置されているものがある。この種のベーンの外周面は、ピストンの外周面に対して摺動する先端面と、ベーン溝の内面に対して摺動する側面と、端板に対して摺動する端面と、を有している。したがって、ベーンの摺動面(先端面、側面、端面)には、ピストンや端板に対して繰り返し摺動しても摩耗しにくい耐摩耗性と、摺動による摩擦熱でベーン自身の温度が上昇しても変質しにくい耐焼き付き性が求められる。特にベーンの先端面は、ピストンとの摺動時にピストンの外周面から受ける圧力が大きいため、これに耐えられる高い硬度(耐摩耗性)が求められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開昭60-26195号公報
【特許文献2】特開平10-159774号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載されるロータリコンプレッサでは、Cr含有量が多い鋼材を母材として形成されたベーンを窒化処理してベーンの表面に窒化拡散層を形成するだけで、耐摩耗性、耐焼き付き性を確保している。しかし、特許文献1に記載されるようなベーンは、側面及び端面の耐摩耗性、耐焼き付き性が十分に得られるが、ピストンによって大きな力を受け且つピストンとの摺動時に接触する面積が小さいために大きな面圧を受ける、ベーンの先端面として必要な硬度が不足し、先端面の摩耗が進行するおそれがある。
【0005】
特許文献2に記載される回転式圧縮機では、ベーンに対して窒化処理を行い、その上にCrNの膜を成膜してベーンの耐摩耗性、耐焼き付き性を向上させている。しかし、特許文献2に記載されるような、イオンプレーティング処理(アーク法)によって鋼材の表面にCrN等の被膜を形成する場合には、成膜される物質をプラズマ化する際に、数十μ単位の大きさのドロップレットが発生し、ドロップレットが被膜中に取り込まれることで突起が形成されるおそれがある。ベーンの先端部にCrN等の突起が形成された場合、ベーンと摺動するピストンへの攻撃性が高くなり、ピストンの表面が摩耗するおそれがある。
【0006】
開示の技術は、上記に鑑みてなされたものであって、ベーンの先端面に必要な耐摩耗性、耐焼き付き性を確保しつつ、ピストンの摩耗を低減するベーン、ベーンを備えた圧縮機、およびベーンの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願の開示するベーンの一態様は、シリンダと、前記シリンダの内周面に沿って公転するピストンと、前記シリンダの端部を塞ぐ端板と、を備える圧縮機に用いられ、前記シリンダと前記ピストンと前記端板とに囲われるシリンダ室を、吸入室と圧縮室とに区画するベーンであり、窒化処理された母材と、前記母材のうちの先端面を被覆する硬質皮膜と、を備え、前記硬質皮膜は、スパッタリング法により形成された硬質皮膜である。
【発明の効果】
【0008】
本願の開示するベーンの一態様によれば、ベーンの先端面に必要な耐摩耗性、耐焼き付き性を確保しつつ、ピストンの摩耗を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、実施例1のベーンを備える圧縮機を示す縦断面図である。
図2図2は、実施例1の圧縮機の圧縮部を示す分解斜視図である。
図3図3は、実施例1のベーンを示す斜視図である。
図4図4は、実施例1のベーンの硬質皮膜及び窒化層を示す断面図である。
図5図5は、実施例1のベーンの先端部を拡大して示す断面図である。
図6図6は、実施例1のベーンの製造方法を説明するための模式図である。
図7図7は、窒化処理直後の母材の表面を示す断面図である。
図8図8は、母材の先端面に硬質皮膜をスパッタリング法により形成する成膜装置を示す断面図である。
図9図9は、実施例1における硬質皮膜の形成工程の一例を説明するための模式図である。
図10図10は、比較例のベーンの先端面に硬質皮膜をアークイオンプレーティング法により形成する他の成膜装置を示す断面図である。
図11図11は、比較例のベーンの硬質皮膜の表面を示す斜視図である。
図12図12は、実施例2のベーンの先端部を拡大して示す断面図である。
図13図13は、実施例2における硬質皮膜の形成工程の一例を説明するための模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下に、本願が開示する実施形態にかかるベーン、ベーンを備えた圧縮機、およびベーンの製造方法について図面を参照して説明する。なお、以下の記載により本開示の技術が限定されるものではない。また、以下の記載においては、同一の構成要素に同一の符号を付与し、重複する説明を省略する。
【実施例0011】
(圧縮機の構成)
図1は、実施例1のベーンを備える圧縮機を示す縦断面図である。図1に示すように、圧縮機1は、本体容器10の内部に、冷媒をアキュムレータ25から吸入して圧縮した冷媒を本体容器10の内部に吐出する圧縮部12と、圧縮部12を駆動するモータ11と、が収容され、圧縮部12で圧縮された高圧冷媒を本体容器10の内部に吐出し、さらに吐出管107を通して冷凍サイクルに吐出するロータリ圧縮機である。また、圧縮機1は、モータ11の駆動力を圧縮部12に伝える回転軸15と、本体容器10の外周面に固定されたアキュムレータ25を備える。
【0012】
本体容器10には、冷凍サイクルの低圧冷媒を圧縮部12に吸入するための上圧縮部吸入管102T及び下圧縮部吸入管102Sが本体容器10を貫通して設けられている。詳しくは、本体容器10に上ガイド管101Tが例えばろう付けによって固定され、上圧縮部吸入管102Tは上ガイド管101Tの内側を通って上ガイド管101Tに例えばろう付けによって固定されている。同様に、本体容器10に下ガイド管101Sが例えばろう付けによって固定され、下圧縮部吸入管102Sは下ガイド管101Sの内側を通って下ガイド管101Sに例えばろう付けによって固定されている。
【0013】
圧縮部12で圧縮された高圧冷媒を本体容器10の内部から冷凍サイクルに吐出するための吐出管107が本体容器10における上部を貫通して設けられている。本体容器10における下部には、圧縮機1全体を支持するベース部材310が溶接によって固定されている。
【0014】
アキュムレータ25は、アキュムレータ25の内部に冷凍サイクルから冷媒を吸入するアキュムレータ吸入管27と、気体冷媒を圧縮部12に送るための上気液分離管31T及び下気液分離管31Sと、を備える。アキュムレータ吸入管27は、アキュムレータ25における上部に接続されている。上気液分離管31Tは、上連絡管104Tを介して上圧縮部吸入管102Tと接続されている。下気液分離管31Sは、下連絡管104Sを介して下圧縮部吸入管102Sと接続されている。
【0015】
図2は、実施例1の圧縮機1の圧縮部12を示す分解斜視図である。図1及び図2に示すように、圧縮部12は、上シリンダ121Tと、下シリンダ121Sと、中間仕切板140と、上端板160Tと、下端板160Sと、を有しており、上端板160T、上シリンダ121T、中間仕切板140、下シリンダ121S、下端板160Sの順に積層され、複数のボルト175により固定されている。上端板160Tには主軸受部161Tが設けられている。下端板160Sには副軸受部161Sが設けられている。回転軸15には主軸部153と、上偏心部152Tと、下偏心部152Sと、副軸部151と、が設けられている。回転軸15は、圧縮部12に支持される主軸部153及び副軸部151を有する。回転軸15の主軸部153が上端板160Tの主軸受部161Tに嵌め込まれ、回転軸15の副軸部151が下端板160Sの副軸受部161Sに嵌め込まれることにより、回転軸15は主軸受部161T及び副軸受部161Sに回転自在に支持される。
【0016】
モータ11は、外側に配置されたステータ111と、内側に配置されたロータ112と、を有している。ステータ111は、本体容器10の内周面10aに例えば焼嵌めや溶接によって固定されている。ロータ112は、回転軸15に焼嵌めによって固定されている。
【0017】
本体容器10の内部には、圧縮部12の摺動部材の潤滑、及びシリンダ室内の高圧部と低圧部とのシールのために、圧縮部12がほぼ浸漬する量の潤滑油18が封入されている。
【0018】
次に、図2を用いて圧縮部12を詳しく説明する。上シリンダ121Tには内部に円筒状の上中空部130Tが設けられ、上中空部130Tには上ピストン125Tが配置されている。上ピストン125Tは回転軸15の上偏心部152Tに嵌め込まれている。下シリンダ121Sには内部に円筒状の下中空部130Sが設けられ、下中空部130Sには下ピストン125Sが配置されている。下ピストン125Sは回転軸15の下偏心部152Sに嵌め込まれている。
【0019】
上シリンダ121Tには上中空部130Tから外周側へ延びる上ベーン溝128Tが設けられており、上ベーン溝128Tに上ベーン127Tが配置されている。上シリンダ121Tには外周から上ベーン溝128Tに通じる上スプリング穴124Tが設けられており、上スプリング穴124Tに上スプリング126Tが配置されている。下シリンダ121Sには下中空部130Sから外周側へ延びる下ベーン溝128Sが設けられており、下ベーン溝128Sに下ベーン127Sが配置されている。下シリンダ121Sには外周から下ベーン溝128Sに通じる下スプリング穴124Sが設けられており、下スプリング穴124Sに下スプリング126Sが配置されている。
【0020】
上ベーン127Tの一端が上スプリング126Tによって上ピストン125Tに押し当てられることにより、上シリンダ121Tの上中空部130Tにおいて上ピストン125Tの外側の空間が、上シリンダ室である上吸入室131Tと上圧縮室133Tに区画される。上シリンダ121Tには、外周から上吸入室131Tに連通する上吸入穴135Tが設けられている。上吸入穴135Tには上圧縮部吸入管102Tが接続されている。下ベーン127Sの一端が下スプリング126Sによって下ピストン125Sに押し当てられることにより、下シリンダ121Sの下中空部130Sにおいて下ピストン125Sの外側の空間が、下シリンダ室である下吸入室131Sと下圧縮室133Sに区画される。下シリンダ121Sには、外周から下吸入室131Sに連通する下吸入穴135Sが設けられている。下吸入穴135Sには下圧縮部吸入管102Sが接続されている。
【0021】
上端板160Tには、上端板160Tを貫通して上圧縮室133Tに連通する上吐出穴190Tが設けられている。上端板160Tには、上吐出穴190Tを開閉するリード弁である上吐出弁200Tと、上吐出弁200Tの反りを規制する上吐出弁押さえ201Tと、が上リベット202Tによって固定されている。上端板160Tの上側には、上吐出穴190Tを覆う上端板カバー170Tが配置され、上端板160Tと上端板カバー170Tとで閉塞される上端板カバー室180Tが形成される。上端板カバー170Tは、上端板160Tと上シリンダ121Tとを固定する複数のボルト175によって上端板160Tに固定される。上端板カバー170Tには、上端板カバー室180Tと本体容器10の内部を連通する上端板カバー吐出穴172Tが設けられている。また、圧縮部12が本体容器10内に設けられる際、本体容器10の内周面10aが上端板160Tの外周面182aに焼き嵌めされると共に、本体容器10と溶接された複数の溶接部によって接合される。本実施例1における上端板160Tの構造の詳細については後述する。
【0022】
下端板160Sには、下端板160Sを貫通して下圧縮室133Sに連通する下吐出穴190Sが設けられている。下端板160Sには、下吐出穴190Sを開閉するリード弁である下吐出弁200Sと、下吐出弁200Sの反りを規制する下吐出弁押さえ201Sと、が下リベット202Sによって固定されている。下端板160Sの下側には、下吐出穴190Sを覆う下端板カバー170Sが配置され、下端板160Sと下端板カバー170Sとで閉塞される下端板カバー室180Sを形成する(図1参照)。下端板カバー170Sは、下端板160Sと下シリンダ121Sとを固定する複数のボルト175によって下端板160Sに固定される。
【0023】
また、圧縮部12には、下端板160S、下シリンダ121S、中間仕切板140、上端板160T及び上シリンダ121Tを貫通し、下端板カバー室180Sと上端板カバー室180Tとを連通する冷媒通路穴136(図2参照)が設けられている。
【0024】
以下に、回転軸15の回転による冷媒の流れを説明する。回転軸15の回転によって、回転軸15の上偏心部152Tに嵌め込まれた上ピストン125T、及び下偏心部152Sに嵌め込まれた下ピストン125Sが公転運動することにより、上吸入室131T及び下吸入室131Sが容積を拡大しながら冷媒を吸入する。冷媒の吸入路として、冷凍サイクルの低圧冷媒は、アキュムレータ吸入管27を通してアキュムレータ25の内部に吸入され、気体冷媒だけが上気液分離管31T及び下気液分離管31Sに吸入される。上気液分離管31Tに吸入された気体冷媒は、上連絡管104Tと上圧縮部吸入管102Tとを通って上吸入室131Tに吸入される。同様に、下気液分離管31Sに吸入された気体冷媒は、下連絡管104Sと下圧縮部吸入管102Sとを通って下吸入室131Sに吸入される。
【0025】
次に、回転軸15の回転による吐出冷媒の流れを説明する。回転軸15の回転によって、回転軸15の上偏心部152Tに嵌合された上ピストン125Tが公転運動することにより、上圧縮室133Tが容積を縮小しながら冷媒を圧縮し、圧縮した冷媒の圧力が上吐出弁200Tの外側の上端板カバー室180Tの圧力よりも高くなったとき、上吐出弁200Tが開いて上圧縮室133Tから上端板カバー室180Tへ冷媒を吐出する。上端板カバー室180Tに吐出された冷媒は、上端板カバー170Tに設けられた上端板カバー吐出穴172Tから本体容器10内に吐出される。
【0026】
また、回転軸15の回転によって、回転軸15の下偏心部152Sに嵌め込まれた下ピストン125Sが公転運動することにより、下圧縮室133Sが容積を縮小しながら冷媒を圧縮し、圧縮した冷媒の圧力が下吐出弁200Sの外側の下端板カバー室180Sの圧力よりも高くなったとき、下吐出弁200Sが開いて下圧縮室133Sから下端板カバー室180Sへ冷媒を吐出する。下端板カバー室180Sに吐出された冷媒は、冷媒通路穴136及び上端板カバー室180Tを通って上端板カバー170Tに設けられた上端板カバー吐出穴172Tから本体容器10内に吐出される。
【0027】
本体容器10内に吐出された冷媒は、ステータ111の外周に設けられた上下を連通する切欠き(図示せず)、又はステータ111の巻線部の隙間(図示せず)、又はステータ111とロータ112との隙間115(図1参照)を通ってモータ11の上方に導かれ、本体容器10の上部に配置された吐出管107から吐出される。
【0028】
次に、潤滑油18の流れを説明する。本体容器10の下部に封入されている潤滑油18は、回転軸15の遠心力により回転軸15の内部(図示せず)を通って圧縮部12に供給される。圧縮部12に供給された潤滑油18は、冷媒に巻き込まれ霧状となって冷媒と共に本体容器10の内部に排出される。霧状となって本体容器10の内部に排出された潤滑油18はモータ11の回転力によって遠心力で冷媒と分離され、油滴となって再び本体容器10の下部に戻る。しかし一部の潤滑油18は分離されずに冷媒と共に冷凍サイクルに排出される。冷凍サイクルに排出された潤滑油18は冷凍サイクルを循環してアキュムレータ25に戻り、アキュムレータ25の内部で分離されアキュムレータ25における下部に滞留する。アキュムレータ25における下部に滞留した潤滑油18は吸入冷媒と共に上吸入室131T、下吸入室131Sに吸入される。
【0029】
(圧縮機1の特徴的な構成)
次に、実施例1のベーンの特徴的な構成について説明する。図3は、実施例1のベーンを示す斜視図である。上ベーン127Tと下ベーン127S(以下、ベーン127とも称する。)は構造が同一であるため、以下、上ベーン127Tについて説明し、下ベーン127Sの説明を省略する。上ベーン127Tは、上ピストン125Tの外周面に対して摺動する先端面129aと、上ベーン溝128Tの内面に対して摺動する第1側面129b及び第2側面129cと、を有する。また、上ベーン127Tは、上端板160Tの端面に対して摺動する第1端面129dと、端板としての中間仕切板140の端面に対して摺動する第2端面129eと、上スプリング126Tによって押圧される背面129fと、を有する。なお、下ベーン127Sについて補足すると、下ベーン127Sは、端板としての中間仕切板140の端面に対して摺動する第1端面129dと、下端板160Sの端面に対して摺動する第2端面129eと、を有する。第1側面129b及び第2側面129c、第1端面129d及び第2端面129eは、それぞれ平坦な板状に形成されている。
【0030】
上ベーン127Tの先端面129aは、第1端面129d及び第2端面129eに直交する方向から見たときに、円弧状に形成されている。上ベーン127Tの背面129fには、上スプリング126Tの端部が係合する係合部138が、平坦な背面129fの一部を切り欠いて形成されている。
【0031】
上ベーン127Tは、母材210と硬質皮膜220とを備えている。母材210は、クロム(Cr)の含有量が4.5[wt%]を超える材料によって後述する基材層211が形成されている。材料の一例としては、クロム(Cr)の含有量が16[wt%]~18[wt%]程度のSUS440C(マルテンサイト系ステンレス鋼の一種)、クロム(Cr)の含有量が4.8[wt%]~5.5[wt%]程度のSKD61(ダイス鋼の一種)、クロム(Cr)の含有量11.0[wt%]~13.0[wt%]程度のSKD11(ダイス鋼の一種)などが用いられている。このように上ベーン127Tは、クロム(Cr)の含有量が4.5[wt%]を超える材料によって母材210の基材層211が形成されることで耐摩耗性及び耐焼き付き性が適正に確保されている。また、上ベーン127Tは、クロム(Cr)の含有量が10[wt%]を超えるステンレス鋼によって母材210の基材層211が形成される場合には、特に摺動面積が広い第1側面129b及び第2側面129cの耐摩耗性、耐焼き付き性を十分に確保することができる。
【0032】
図4は、実施例1のベーン127の硬質皮膜220を示す断面図である。図4は、ベーン127の第1端面129d及び第2端面129eに直交する断面を示している。図5は、実施例1のベーン127の先端部を拡大して示す断面図である。図5は、ベーン127の第1側面129b及び第2側面129cに直交する断面を示している。
【0033】
図4に示すように、上ベーン127Tの先端面129aには、硬質皮膜220が形成されている。また、母材210の外周面の全域には、基材層211を覆うように窒化拡散層212が形成されており、窒化拡散層212の上に、緻密層213が形成されている。
【0034】
図5に示すように、上ベーン127Tの先端面129aの全域には、硬質皮膜220が形成されている。硬質皮膜220は、母材210の緻密層213の表面側に形成され、緻密層213に密着している。硬質皮膜220は、例えば、ビッカース硬さが1500HV以上である窒化二クロム(CrN)から形成されている。上ベーン127Tは、上ベーン127Tの先端面129aに硬質皮膜220が設けられていることにより、先端面129aの耐摩耗性が適正に確保されている。
【0035】
(ベーンの製造方法)
実施例1のベーンの製造方法は、以上のように構成された実施例1のベーン127を製造する方法である。図6は、実施例1のベーンの製造方法を説明するための模式図である。図6は、実施例1のベーンの製造方法により、図6(a)~図6(d)の順番でベーン127の性状が変化することを示している。
【0036】
図6(a)に示すように、窒化処理前のベーン127の母材210は、クロム(Cr)の含有量が4.5[wt%]を超える材料によって母材210の全体が形成される。実施例では、母材210において、窒化処理前の母材210と同じ組成である領域を基材層211と称する。母材210の基材層211におけるクロム(Cr)の含有量が高いことにより、ベーン127の耐摩耗性及び耐焼き付き性が適正に確保される。実施例1のベーン127では、例えば、クロム(Cr)の含有量が16[wt%]~18[wt%]程度のマルテンサイト系ステンレス鋼によって母材210の基材層211が形成される。ベーン127は、クロム(Cr)の含有量が10[wt%]を超えるステンレス鋼によって母材210の基材層211が形成されることで、特に摺動面積が広い第1側面129b及び第2側面129cの耐摩耗性、耐焼き付き性を十分に確保することができる。
【0037】
母材210が形成された後、母材210が焼き入れ(金属をオーステナイト組織になるまで加熱した後、急冷してマルテンサイト組織を得る熱処理)される。この焼き入れにより、母材210の耐摩耗性、機械的強度が向上する。母材210の焼き入れ後、母材210が焼き戻し(焼き入れ等により不安定となった組織を持つ金属を適切な温度に保持することで金属の組織を安定化させる熱処理)される。この焼き戻しにより、母材210の靭性が向上する。
【0038】
母材210が焼き戻しされた後に、母材210は窒化処理される(ステップS1)。窒化処理は、ガス窒化やガス軟窒化、イオン窒化等が例示される。図6(b)に示すように、窒化処理では、母材210の表面から内部に窒素原子Nが浸透して拡散し、母材210の表面に窒化層214が形成される。そのため、窒化層214は、基材層211を囲むように形成される。ここでの窒化層214は、窒化処理によって基材層211の組織が変化することで形成された層を指す。なお、母材210において、窒化処理される直前の段階での母材210の基材層211と同じ組成で形成されている箇所は、窒化処理の以後も基材層211と称する。
【0039】
図7は、窒化処理された直後の母材210の表面を拡大して示す断面図である。窒化層214は、実施形態では、窒化拡散層212と窒化化合物層216(白層)とから形成されている。窒化拡散層212は、基材層211の外表面の側に形成されている。窒化拡散層212は、体心立方晶構造のα(アルファ)相から形成される。また、窒化拡散層212は、基材層211を形成する金属に窒素原子Nが固溶した材料から形成され、または、窒素原子Nが固溶した材料にクロム(Cr)の窒化物が分散析出した材料から形成されている。さらに、窒化拡散層212には、母材層215に近付くにつれて窒素原子Nの濃度が小さくなる濃度勾配が形成されるように、窒素原子Nが拡散している。
【0040】
窒化化合物層216(白層)は、窒化拡散層212が形成される材料の窒素濃度より高い窒素濃度の材料から形成され、窒化拡散層212より硬くて脆い材料から形成されている。窒化化合物層216は、緻密層213と多孔質層217とから形成されている。緻密層213は、窒化拡散層212の外表面の側に形成されている。緻密層213は、窒化鉄FeNを主成分とし、面心立方晶構造のγ’(ガンマプライム)相から形成されている。多孔質層217は、緻密層213の外表面の側に形成され、窒化処理された母材210の窒化層214における最外表面に形成されている。また多孔質層217は、窒化鉄FeN、FeNを主成分とし、最密六方晶構造のε(イプシロン)相から形成されている。そのため、窒化処理された直後の母材210の表面には、多孔質層217、緻密層213、窒化拡散層212、基材層211が、外側から順にこの順番で並んでいる。
【0041】
母材210が窒化処理された後に、母材210は表面が削られる(ステップS2)。この工程では、先端面129aと第1側面129bと第2側面129cと第1端面129dと第2端面129eとに形成された窒化化合物層216の表層がそれぞれ削られる。これにより、窒化処理に伴って母材210の表面に生じた微少な膨らみや微小な凹部を有する表層を削り、第1側面129bと第2側面129cと第1端面129dと第2端面129eとを平坦化することで、上ベーン溝128T(下ベーン溝128S)の内面、上端板160T(下端板160S)及び中間仕切板140の端面に対して摺動するベーン127の寸法精度や面精度(平面度)を確保することができる。本実施形態では、母材210の先端面129aの表面に緻密層213が露出するように、窒化化合物層216(白層)の少なくとも多孔質層217が除去される。
【0042】
母材210の表面が削られた後に、スパッタリング法により母材210の先端面129aに硬質皮膜220が形成される(ステップS3)。硬質皮膜220は、例えばビッカース硬さが1500HV以上である窒化二クロム(CrN)から形成されている。これにより、ベーン127の先端面129aの耐摩耗性が向上する。実施例では、先端面29aの緻密層213に密着するように、硬質皮膜220が形成される。なお、スパッタリング法により形成される硬質皮膜220は窒化二クロム(CrN)に限られず、たとえば、窒化クロム(CrN)であってもよい。
【0043】
硬質皮膜220は、図8に示されているように、成膜装置230を用いてスパッタリング法によって母材210の先端面129aに形成される。図8は、母材210の先端面129aに硬質皮膜220をスパッタリング法により形成する成膜装置230を示す断面図である。成膜装置230は、炉231とターゲット232とを備えている。炉231の内部には、処理室233が形成されている。ターゲット232は、金属クロムCrから形成されている。
【0044】
図9は、実施例1における硬質皮膜220の形成工程の一例を説明するための模式図である。硬質皮膜220を形成する形成工程(ステップS3)では、成膜装置230に設けられた処理室233に複数の母材210が配列される。このとき、複数の母材210は、隣り合わせに置かれた母材210の各側面129b、129c同士、すなわち、対向する第1側面129bと第2側面129cが接するように並べると共に、隣り合わせに置かれた母材210の各端面129d、129e同士、すなわち、対向する第1端面129dと第2端面129eが接するように、配列される。
【0045】
成膜装置230は、複数の母材210が処理室233に配列された後に、処理室233の内部を減圧し、不活性ガス(たとえば、アルゴンAr)と窒素ガスNとを処理室233に導入する。成膜装置230は、不活性ガスと窒素ガスNとが処理室233に導入された後に、図8に示されているように、ターゲット232が負に帯電して複数の母材210が正に帯電するように、ターゲット232と複数の母材210に高電圧を印加する。ターゲット232と複数の母材210との間に高電圧が印加されることにより、処理室233にはプラズマが発生し、不活性ガスは、イオン234となり、イオン234は、ターゲット232に衝突する。イオン234がターゲット232に衝突することにより、ターゲット232を形成するクロム原子Crがターゲット232から放出されるスパッタリング現象が発生する。
【0046】
ターゲット232から放出されたクロム原子Crは、窒素原子Nとともに複数の母材210の先端面129aに付着する。これにより、複数の母材210の先端面129aには、窒化二クロム(CrN)から形成される硬質皮膜220が成膜される。すなわち、成膜装置230は、図9に示されるように並べられた複数の母材210の各先端面129aに硬質皮膜220を一括して形成する。これにより、1度の形成工程で硬質皮膜220が形成される母材210の個数を増やせるので、ベーン127の製造コストを低減することができる。
【0047】
さらに、隣り合う母材210の各側面129b、129c同士、端面129d、129e同士が接するように並べることで、側面129b、129c、端面129d、129eに硬質皮膜220が形成されないように、側面129b、129c、端面129d、129eをマスキングすることができる。このように、ベーン127へのコーティングのマスキング部材として他のベーン127を利用することで、母材210の硬質皮膜220を形成しない面をマスキングする工程を別途設ける必要がなく、マスキング工程を削減することができる。ベーンの製造方法は、マスキング工程が削減されることにより、ベーン127の製造コストを低減することができる。
【0048】
硬質皮膜220が緻密層213に密着する場合の密着性は、硬質皮膜220が多孔質層217に密着する場合の密着性に比較して良好である。このため、硬質皮膜220を緻密層213に密着させるように作製されたベーン127は、多孔質層217を介して硬質皮膜220と母材210とが密着している他のベーンに比較して、硬質皮膜220を母材210により強く密着させることができ、先端面127aから硬質皮膜220が剥離することを防止することができる。
【0049】
また、多孔質層217は、硬度が高い一方で脆いという特性を有している。このため、多孔質層217を除去することで母材210の表面に緻密層213を露出させたのちに緻密層213に密着するように硬質皮膜220が形成された実施例1のベーン127は、多孔質層217を介して硬質皮膜220と母材210とが密着している他のベーンに比較して、高い面圧で摺動する際に多孔質層217が脱落してしまうことによる異常摩耗を未然に防ぐことができる。
【0050】
なお、ターゲット232を金属クロムCrとしてスパッタリング法により硬質皮膜220を形成する場合、成膜装置240によっては窒化クロム(CrN)の硬質皮膜220は形成されにくいことがある。一方、窒化二クロム(CrN)の硬質皮膜220は成膜装置240によらず安定的に形成されやすい。そのため、実施例のように硬質皮膜220を窒化二クロム(CrN)とすることで、スパッタリング法を用いても安定的に硬質皮膜220を形成することができる。
【0051】
比較例のベーンは、スパッタリング法と異なるアークイオンプレーティング法により硬質皮膜220が形成され、他の部分は、既述の実施例1のベーン127と同様に形成されている。図10は、比較例のベーン127の先端面129aに硬質皮膜220をアークイオンプレーティング法により形成する他の成膜装置230を示す断面図である。成膜装置240は、炉241とターゲット232とを備えている。炉241の内部には、処理室243が形成されている。ターゲット242は、金属クロムCrから形成されている。
【0052】
成膜装置240は、複数の母材210が処理室243に配列された後に、処理室243の内部を減圧し、窒素ガスN2を処理室243に導入する。成膜装置240は、窒素ガスN2が処理室243に導入された後に、アークを処理室243に発生させ、ターゲット242を加熱する。ターゲット242を形成する金属クロムCrは、ターゲット242が加熱されることにより、蒸発する。このとき、その加熱により溶融したターゲット242(金属クロムCr)がイオン化せず、数十μ単位の大きさのドロップレットが処理室243に生成されることがある。ドロップレットは、たとえば、窒化クロムCrN、もしくは窒化二クロムCrN、もしくはこれらの混合物から形成されている。成膜装置240は、蒸発した金属クロムCrが正に帯電して複数の母材210が負に帯電するように電圧を印加する。電圧の印加により、蒸発した金属クロムCrは、窒素原子Nとともに複数の母材210の先端面129aに付着する。これにより、複数の母材210の先端面129aには、窒化二クロムCrNから形成される硬質皮膜220が成膜される。
【0053】
このとき、処理室243で生成したドロップレットは、イオン化せずに、蒸発した金属クロムCrとともに母材210の先端面129aに付着し、硬質皮膜220に取り込まれることがある。このため、比較例のベーンの硬質皮膜220には、図11に示されているように、ドロップレットから形成される突起245が形成されることがある。図11は、比較例のベーンの硬質皮膜220の表面を示す斜視図である。比較例のベーンは、先端面129aに突起245が形成されたときに、比較例のベーンの先端面129aと摺動する摺動相手への攻撃性が高い。そのため、比較例のベーンを備えた圧縮機は、突起245が上ピストン125Tまたは下ピストン125Sに接触することにより、上ピストン125Tまたは下ピストン125Sが摩耗しやすい。このため、上ピストン125Tまたは下ピストン125Sの表面が比較例のベーンにより摩耗される量は、上ピストン125Tまたは下ピストン125Sの表面が既述の実施例1のベーン127により摩耗される量より大きい。
【0054】
実施例1のベーン127は、硬質皮膜220がスパッタリング法により形成されることにより、ドロップレットが処理室243に生成されることを防止することができ、先端面129aに突起245が形成されることを防止することできる。このため、実施例1のベーン127は、比較例のベーンに比較して、上ピストン125Tまたは下ピストン125Sの表面の摩耗を低減することができる。
【0055】
(実施例1のベーン127の効果)
実施例1のベーン127は、上シリンダ121T(下シリンダ121S)と、上シリンダ121T(下シリンダ121S)の内周面に沿って公転する上ピストン125T(下ピストン125S)と、上シリンダ121T(下シリンダ121S)の端部を塞ぐ上端板160T(下端板160S、中間仕切板140)とを備える圧縮機1に用いられ、上シリンダ121T(下シリンダ121S)と上ピストン125T(下ピストン125S)と上端板160T(下端板160S、中間仕切板140)とに囲われる上シリンダ室(下シリンダ室)を、上吸入室131T(下吸入室131S)と上圧縮室133T(下圧縮室133S)とに区画する。ベーン127は、窒化処理された母材210と、母材210のうちの先端面129aを被覆する硬質皮膜220とを備えている。硬質皮膜220は、スパッタリング法により形成されている。これにより、ベーン127は、アークイオンプレーティング法により形成された他の硬質皮膜に形成されるドロップレット由来の突起245が先端面129aに形成されることを防止することができる。このため、実施例1のベーン127は、先端面129aの硬度を硬質皮膜220により確保しつつ、先端面129aに接触する上ピストン125T(下ピストン125S)の摩耗を低減することができる。
【0056】
また、実施例1のベーン127の硬質皮膜220のビッカース硬さは、1500HV以上である。これにより、ベーン127は、先端面129aの耐摩耗性を適正に確保することができる。たとえば、硬質皮膜220は、窒化二クロムCrNから形成されている。これにより、ベーン127は、先端面129aの上ピストン125T(下ピストン125S)に対する耐摩耗性を適正に確保することができる。
【0057】
また、実施例1のベーン127の母材210は、クロムの含有量が4.5wt%を超える材料から形成され、たとえば、クロムの含有量が10.5wt%以上であるステンレス鋼から形成されていている。たとえば、実施例1のベーン127の母材210は、クロム(Cr)の含有量が16[wt%]~18[wt%]程度のマルテンサイト系ステンレス鋼から形成されている。このように、ベーン127は、母材210の基材層211におけるクロム(Cr)の含有量が高いことで、特に摺動面積が広い第1側面129bと第2側面129cと第1端面129dと第2端面129eとについても耐摩耗性、耐焼き付き性を十分に確保することができる。
【0058】
また、実施例1のベーン127の母材210には、基材層211と、基材層211よりも外側に形成された窒化拡散層212と、窒化拡散層212よりも外側に形成された窒化鉄FeNを主成分とするガンマプライム相から成る緻密層213とが、形成されている。このとき、硬質皮膜220は、緻密層213の表面に形成されている。このようなベーン127は、硬質皮膜220を母材210により強く密着させることができ、先端面127aから硬質皮膜220が剥離することを防止することができる。
【0059】
また、実施例1のベーン127の母材210は、上シリンダ121T(下シリンダ121S)に摺動する第1側面129bおよび第2側面129c、および、上端板160T(下端板160S、中間仕切板140)に摺動する第1端面129d(第2端面129e)をさらに備えている。母材210の第1側面129bおよび第2側面129cと第1端面129d(第2端面129e)とは、窒化鉄FeNを主成分とするガンマプライム相から成る緻密層213が外表面に露出している。このようなベーン127は、先端面129a以外の摺動面(第1側面129bと第2側面129cと第1端面129dと第2端面129e)についても、耐摩耗性と耐焼き付き性を十分に確保することができる。
【0060】
実施例1のベーンの製造方法は、実施例1のベーン127を製造するときに利用される製造方法であり、母材210を窒化処理する工程(ステップS1)と、母材210を窒化処理した後にスパッタリング法により硬質皮膜220を形成する工程(ステップS3)とを備えている。このようなベーンの製造方法によれば、ドロップレット由来の突起245が先端面129aに形成されることを防止することができる。このため、このようなベーンの製造方法により作製されたベーン127は、先端面129aに接触する上ピストン125T(下ピストン125S)の摩耗を低減することができる。
【0061】
また、実施例1のベーンの製造方法では、母材210の先端面129aに硬質皮膜220を形成する工程(ステップS3)よりも前に、窒化鉄FeN,FeNを主成分とするイプシロン相から成る多孔質層217を除去することにより、母材210の先端面129aに窒化鉄FeNを主成分とするガンマプライム相から成る緻密層213を露出させる工程(ステップS2)をさらに備えている。このようなベーンの製造方法は、硬質皮膜220を緻密層213の表面に形成することができ、先端面129aから硬質皮膜220が剥離することを防止することができるベーン127を適切に作製することができる。
【0062】
また、実施例1のベーンの製造方法では、窒化鉄FeNを主成分とするガンマプライム相から成る緻密層213を、母材210の第1側面129bと第2側面129cと第1端面129dと第2端面129eとのそれぞれの外表面に露出させる工程(ステップS2)を、さらに備えている。このようなベーンの製造方法は、先端面129a以外の摺動面である第1側面129bと第2側面129cと第1端面129dと第2端面129eとについても、耐摩耗性と耐焼き付き性を十分に確保することができるベーン127を適切に作製することができる。
【0063】
また、母材210は、上シリンダ121T(下シリンダ121S)と摺動する第1側面129bおよび第2側面129c、および、上端板160T(下端板160S、中間仕切板140)と摺動する第1端面129d(第2端面129e)をさらに備えている。実施例1のベーンの製造方法では、母材210に硬質皮膜220を形成する工程(ステップS3)において、隣り合う母材210の第1側面129bおよび第2側面129c同士または第1端面129d(第2端面129e)同士を接触させるように、複数の母材210を配置し、複数の母材210の各先端面129aに硬質皮膜220を一度に形成する。このようなベーンの製造方法では、ベーン127の製造コストを低減することができる。
【実施例0064】
実施例2のベーンは、図12および図13に示されているように、既述の実施例1のベーン127の緻密層213が省略される点を除いて、既述の実施例1のベーン127と同じである。図12は、実施例2のベーンを示す断面図である。図13は実施例2のベーンの製造方法を説明するための模式図である。図13は、実施例2のベーンの製造方法により、図13(a)~図13(d)の順番でベーン127の性状が変化することを示している。
【0065】
実施例2のベーンは、既述の実施例1のベーン127と同様に、先端面129aの全域に硬質皮膜220が形成されている。硬質皮膜220は、母材210の窒化拡散層212の表面に形成され、窒化拡散層212に密着している。実施例2のベーンは、後述の母材210の表面を削る工程において、多孔質層217だけでなく緻密層213も除去された結果、硬質皮膜220が窒化拡散層212に密着している点で、実施例1のベーンと異なる。
【0066】
実施例2のベーンの製造方法は、実施例2のベーン127を製造する方法であり、図13に示されているように、既述の実施例1のベーンの製造方法のステップS2の工程とステップS3の工程とが、それぞれ他の工程であるステップS4の工程とステップS5の工程とに置換され、他の部分は、既述の実施例1のベーンの製造方法と同じである。図13は、実施例2における硬質皮膜220の形成工程の一例を説明するための模式図である。実施例2のベーンの製造方法のステップS1は、図13(a)および図13(b)に示すように、既述の実施例1のベーンの製造方法のステップS1と同様である。図13(c)に示すように、ステップS1で母材210が窒化処理された後に、母材210は表面が削られ、母材210の表面に窒化拡散層212が露出するように、緻密層213と多孔質層217とが除去される(ステップS4)。すなわち、ステップS4では、窒化層214のうちの窒化化合物層216(白層)の全体が除去される。図13(d)に示すように、ステップS4で母材210の表面が削られた後に、母材210の先端面129aの窒化拡散層212の上に、硬質皮膜220が形成される(ステップS5)。このようなベーンの製造方法によれば、硬質皮膜220が、母材210の窒化拡散層212の表面に形成されて窒化拡散層212に密着するように、実施例2のベーン127が適切に作製される。
【0067】
硬質皮膜220が窒化拡散層212に密着する密着性は、硬質皮膜220が緻密層213に密着する密着性と概ね同等であり、硬質皮膜220が多孔質層217に密着する密着性に比較して良好である。このため、実施例2のベーンは、既述の実施例1のベーン127と同様に、多孔質層217を介して硬質皮膜220と母材210とが密着している他のベーンに比較して、硬質皮膜220を母材210により強く密着させることができ、先端面127aから硬質皮膜220が剥離することを防止することができる。
【0068】
実施例2のベーンは、硬質皮膜220が形成されていない面に窒化拡散層212が露出し、第1側面129bと第2側面129cと第1端面129dと第2端面129eとが窒化拡散層212から形成されている。窒化拡散層212は、緻密層213と同様に、基材層211に比較して、耐摩耗性と耐焼き付き性が良好である。このため、実施例2のベーンは、既述の実施例1のベーン127と同様に、硬質皮膜220が形成されていない面についても、耐摩耗性と耐焼き付き性を確保することができる。
【0069】
ところで、既述の実施例2のベーンの製造方法では、ステップS4で緻密層213と多孔質層217との両方が除去されるように母材210の表面全体が削られているが、先端面129aと異なる面(側面・端面)に緻密層213が残存するように、母材210の表面が削られてもよい。このようなベーンの製造方法により作製されたベーンも、既述の実施例2のベーンと同様に、硬質皮膜220が先端面129aの窒化拡散層212に密着していることにより、特に高い耐摩耗性が必要な先端面129aの硬度を硬質皮膜220によって確保しつつ、先端面129aから硬質皮膜220が剥離することを防止することができ、さらに、硬質皮膜220が形成されていない先端面129a以外の摺動面(側面・端面)の耐摩耗性と耐焼き付き性を緻密層213により確保することができる。
【0070】
ところで、既述の実施例のベーンの製造方法では、実施例1ではステップS2で、実施例2ではステップS4で、多孔質層217が除去されるように母材210の表面全体が削られているが、先端面129aと異なる面(側面・端面)に多孔質層217が残存するように、削られてもよい。このようなベーンの製造方法により作製されたベーンも、既述の実施例のベーンと同様に、特に高い耐摩耗性が必要な先端面129aでは硬質皮膜220が緻密層213または窒化拡散層212に密着していることにより、先端面129aから硬質皮膜220が剥離することを防止することができ、さらに、硬質皮膜220が形成されていない面の耐摩耗性と耐焼き付き性を多孔質層217(窒化化合物層216)により確保することができる。
【0071】
ところで、既述の実施例のベーンの製造方法では、側面・端面同士が密着した状態で複数の母材210の先端面129aに硬質皮膜220が形成されているが、側面・端面同士が密着していない状態で複数の母材210の先端面129aに硬質皮膜220が形成されてもよい。このとき、複数の母材210の先端面129aと異なる面(側面・端面)は、硬質皮膜220が形成されないように、マスキングされてもよい。
【0072】
ところで、既述の実施例のベーンは、硬質皮膜220が緻密層213または窒化拡散層212の表面に形成されているが、硬質皮膜220が基材層211に密着し基材層211の表面に形成されてもよい。このようなベーンも、硬質皮膜220がスパッタリング法により形成されていることにより、既述の実施例のベーンと同様に、先端面129aに突起245が形成されることを防止し、上ピストン125Tまたは下ピストン125Sの表面の摩耗を低減することができる。
【0073】
なお、既述の実施例では、圧縮機1として、上シリンダ121Tと下シリンダ121Sの2つのシリンダ121を備える2シリンダ式のロータリ圧縮機を例示したが、シリンダ121を1つだけ備える1シリンダ式のロータリ圧縮機であってもよい。
【0074】
以上、実施例を説明したが、前述した内容により実施例が限定されるものではない。また、前述した構成要素には、当業者が容易に想定できるもの、実質的に同一のもの、いわゆる均等の範囲のものが含まれる。さらに、前述した構成要素は適宜組み合わせることが可能である。さらに、実施例の要旨を逸脱しない範囲で構成要素の種々の省略、置換及び変更のうち少なくとも1つを行うことができる。
【符号の説明】
【0075】
1 圧縮機
121T 上シリンダ(シリンダ)
121S 下シリンダ(シリンダ)
125T 上ピストン(ピストン)
125S 下ピストン(ピストン)
127 ベーン
127T 上ベーン(ベーン)
127S 下ベーン(ベーン)
129a 先端面
129b 第1側面
129c 第2側面
129d 第1端面
129e 第2端面
160T 上端板(端板)
160S 下端板(端板)
210 母材
211 基材層
212 窒化拡散層
213 緻密層
214 窒化層
216 窒化化合物層
217 多孔質層
220 硬質皮膜
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13