(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024143555
(43)【公開日】2024-10-11
(54)【発明の名称】IMS分析装置およびIMS分析方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/622 20210101AFI20241003BHJP
G01N 27/64 20060101ALI20241003BHJP
H01J 49/14 20060101ALI20241003BHJP
H01J 49/06 20060101ALI20241003BHJP
【FI】
G01N27/622
G01N27/64 C
H01J49/14 700
H01J49/06 100
H01J49/06 500
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023056293
(22)【出願日】2023-03-30
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)2022年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「IoT社会実現のための革新的センシング技術開発/革新的センシング技術開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】000005049
【氏名又は名称】シャープ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103034
【弁理士】
【氏名又は名称】野河 信久
(74)【代理人】
【識別番号】100159385
【弁理士】
【氏名又は名称】甲斐 伸二
(74)【代理人】
【識別番号】100163407
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 裕輔
(74)【代理人】
【識別番号】100166936
【弁理士】
【氏名又は名称】稲本 潔
(74)【代理人】
【識別番号】100174883
【弁理士】
【氏名又は名称】冨田 雅己
(74)【代理人】
【識別番号】100189429
【弁理士】
【氏名又は名称】保田 英樹
(74)【代理人】
【識別番号】100213849
【弁理士】
【氏名又は名称】澄川 広司
(72)【発明者】
【氏名】鴻丸 翔平
(72)【発明者】
【氏名】岩松 正
(72)【発明者】
【氏名】森谷 正三
(72)【発明者】
【氏名】久軒 佳彦
【テーマコード(参考)】
2G041
【Fターム(参考)】
2G041CA02
2G041DA13
2G041EA05
2G041GA25
(57)【要約】
【課題】本発明は、様々な検出対象物質を検出可能なIMS分析装置を提供する。
【解決手段】本発明のIMS分析装置は、分析チャンバと、前記分析チャンバ中に配置された電子放出素子と、前記分析チャンバ中に気体を注入するように設けられたガス注入部と、前記分析チャンバ中に配置されたコレクタと、制御部とを備え、前記電子放出素子は、下部電極と、表面電極と、前記下部電極と前記表面電極の間に配置された中間層とを有し、前記コレクタ及び前記制御部は、イオンが前記コレクタに到達することにより流れる電流の電流波形を測定するように設けられ、前記制御部及び前記ガス注入部は、前記電流波形又は前記下部電極と前記表面電極との間に印加する電圧に基づき、前記電子放出素子の電子放出特性を向上させる感度改善ガスを前記分析チャンバ中に一時的に注入するように設けられたことを特徴とする。
【選択図】
図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
分析チャンバと、前記分析チャンバ中に配置された電子放出素子と、前記分析チャンバ中に気体を注入するように設けられたガス注入部と、前記分析チャンバ中に配置されたコレクタと、制御部とを備え、
前記電子放出素子は、下部電極と、表面電極と、前記下部電極と前記表面電極の間に配置された中間層とを有し、
前記コレクタ及び前記制御部は、イオンが前記コレクタに到達することにより流れる電流の電流波形を測定するように設けられ、
前記制御部及び前記ガス注入部は、前記電流波形又は前記下部電極と前記表面電極との間に印加する電圧に基づき、前記電子放出素子の電子放出特性を向上させる感度改善ガスを前記分析チャンバ中に一時的に注入するように設けられたことを特徴とするIMS分析装置。
【請求項2】
前記ガス注入部及び前記制御部は、3秒間以上の時間、前記感度改善ガスを前記分析チャンバ中に注入するように設けられた請求項1に記載のIMS分析装置。
【請求項3】
前記感度改善ガスは、水、アルゴン、塩素、エタノール、アセトン及びアンモニアのうち少なくとも1つを含む気体である請求項1に記載のIMS分析装置。
【請求項4】
前記制御部及び前記ガス注入部は、前記電流波形に現れるピークのピーク高さ又はピーク面積が所定の値を下回ると、前記感度改善ガスを前記分析チャンバ中に一時的に注入するように設けられた請求項1に記載のIMS分析装置。
【請求項5】
前記制御部及び前記電子放出素子は、前記電流波形に現れるピークのピーク高さ又はピーク面積が目標値に近づくように前記下部電極と前記表面電極との間に印加する電圧を調節するように設けられ、
前記制御部及び前記ガス注入部は、前記下部電極と前記表面電極との間に印加する電圧が所定の値を上回ると、前記感度改善ガスを前記分析チャンバ中に一時的に注入するように設けられた請求項1に記載のIMS分析装置。
【請求項6】
前記電子放出素子と前記コレクタとの間に配置された静電ゲート電極をさらに備え、
前記分析チャンバは、前記コレクタと前記静電ゲート電極との間に配置されたドリフト領域と、前記静電ゲート電極と前記電子放出素子との間に配置されたイオン化領域とを有し、
前記ガス注入部は、前記コレクタ側から前記静電ゲート電極側に向かって前記ドリフト領域をドリフトガスが流れるように前記ドリフトガスを前記分析チャンバ内に注入するように設けられたドリフトガス注入部と、前記イオン化領域に試料ガスを注入するように設けられた試料ガス注入部とを備える請求項1~5のいずれか1つに記載のIMS分析装置。
【請求項7】
前記試料ガス注入部は、前記試料ガスを前記イオン化領域に注入するように設けられた流路と、前記感度改善ガスを前記イオン化領域に注入するように設けられた流路と有する請求項6に記載のIMS分析装置。
【請求項8】
前記試料ガス注入部は、除湿部を有し、かつ、前記除湿部を通過した後の試料ガスを前記イオン化領域に注入するように設けられた請求項6に記載のIMS分析装置。
【請求項9】
前記ガス注入部は、前記電子放出素子の前記下部電極と前記分析チャンバを画定する壁部との間のスペースに、前記電子放出素子側から前記イオン化領域へと流れる一次イオン生成用ガスを注入するように設けられた一次イオン生成用ガス注入部をさらに備え、
前記一次イオン生成用ガス注入部は、前記一次イオン生成用ガスを前記分析チャンバに注入するように設けられた流路と、前記感度改善ガスを前記分析チャンバに注入するように設けられた流路とを有する請求項6に記載のIMS分析装置。
【請求項10】
前記制御部は、前記感度改善ガスを前記分析チャンバ中に注入しているときに前記下部電極と前記表面電極との間に電圧を印加するように設けられた請求項1に記載のIMS分析装置。
【請求項11】
分析チャンバと、前記分析チャンバ中に配置された電子放出素子と、前記分析チャンバ中に気体を注入するように設けられたガス注入部と、前記分析チャンバ中に配置されたコレクタと、制御部とを備えるIMS分析装置を用いるIMS分析方法であって、
前記電子放出素子は、下部電極と、表面電極と、前記下部電極と前記表面電極の間に配置された中間層とを有し、
前記コレクタ及び前記制御部は、イオンが前記コレクタに到達することにより流れる電流の電流波形を測定するように設けられ、
前記電流波形又は前記下部電極と前記表面電極との間に印加する電圧に基づき、前記電子放出素子の電子放出特性を向上させる感度改善ガスを前記分析チャンバ中に一時的に注入するリフレッシュステップを含むIMS分析方法。
【請求項12】
IMS分析を繰り返し行う分析ステップをさらに備え、
前記リフレッシュステップは、前記分析ステップにおいて前記電流波形に現れるピークのピーク高さ又はピーク面積が所定の値を下回った場合に行われる請求項11に記載のIMS分析方法。
【請求項13】
IMS分析を繰り返し行う分析ステップをさらに備え、
前記分析ステップにおいて、前記電流波形に現れるピークのピーク高さ又はピーク面積が目標値に近づくように前記下部電極と前記表面電極との間に印加する電圧が調節され、
前記リフレッシュステップは、前記下部電極と前記表面電極との間に印加する電圧が所定の値を上回った場合に行われる請求項11に記載のIMS分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、IMS分析装置およびIMS分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来のIMS分析装置では、放射線源、コロナ放電等のイオン源を用いられており、エネルギーの高い電子によりをイオン化していることが多い。そのため、エネルギーの高い電子により試料ガス成分が分解されることが多く、多くのピークを有するIMSスペクトルが測定される。なお、IMSは、Ion Mobility Spectrometry(イオン移動度スペクトロメトリ)の省略である。
イオン源に電子放出素子を用いるIMS分析装置が知られている(例えば、特許文献1参照)。このようなIMS分析装置では低エネルギーの電子により直接的または間接的に試料ガス成分をイオン化することができるため試料ガス成分が分解することを抑制することができる。
【0003】
一方、キャリアガスやドリフトガスに乾燥した気体を用いるIMS分析装置が知られている(例えば、特許文献2参照)。このようなIMS分析装置では、水分に起因するイオン反応またはイオンクラスター形成を抑制することができ、様々な対象物質を検出することが可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2019-186190号公報
【特許文献2】米国特許第5218203号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、イオン源に電子放出素子を用いるIMS分析装置では、低濃度では検出できない検出対象物質がある。
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、様々な検出対象物質を検出可能なIMS分析装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、分析チャンバと、前記分析チャンバ中に配置された電子放出素子と、前記分析チャンバ中に気体を注入するように設けられたガス注入部と、前記分析チャンバ中に配置されたコレクタと、制御部とを備え、前記電子放出素子は、下部電極と、表面電極と、前記下部電極と前記表面電極の間に配置された中間層とを有し、前記コレクタ及び前記制御部は、イオンが前記コレクタに到達することにより流れる電流の電流波形を測定するように設けられ、前記制御部及び前記ガス注入部は、前記電流波形又は前記下部電極と前記表面電極との間に印加する電圧に基づき、前記電子放出素子の電子放出特性を向上させる感度改善ガスを前記分析チャンバ中に一時的に注入するように設けられたことを特徴とするIMS分析装置を提供する。
【発明の効果】
【0007】
本願発明者等が鋭意研究したところ、分析チャンバに注入する試料ガスの種類や濃度により、IMSスペクトルに現れるピークのピーク高さやピーク面積(検出感度)が異なることを発見した。さらに、本願発明者等は、分析チャンバに感度改善ガスを一時的に注入すると、IMS分析装置の検出感度が向上することを見出した。また、感度改善ガスの注入により向上した検出感度は感度改善ガスの分析チャンバへの注入を止めると徐々に低下するが、低下速度はゆるやかであり、感度改善ガスの分析チャンバへの注入を止めても検出感度はしばらくの間十分高いことがわかった。このため、感度改善ガスの注入により電子放出素子の電子放出特性が向上していると考えられる。本願発明者等は、電子放出素子の電子放出特性を向上させる感度改善ガスとして加湿空気を用いたが、水、アルゴン、塩素、エタノール、アセトン及びアンモニアのうち少なくとも1つを含む気体を感度改善ガスとして用いても同様の効果があると考えられる。
【0008】
本願発明では、感度改善ガスを分析チャンバ中に一時的に注入することにより、電子放出素子の電子放出特性を向上させることができ、IMS分析装置の検出感度を向上させることができる。また、感度改善ガスの分析チャンバへの注入を止めることにより、感度改善ガスに起因するイオン反応またはイオンクラスター形成を抑制することができ、低濃度でも検出可能なガスの種類を増やすことができる。
また、感度改善ガスの注入により電子放出素子の電子放出特性を向上させることができるため、試料ガスに含まれるキャリアガスに使用するガス種を増やすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明の一実施形態のIMS分析装置の概略図である。
【
図2】本発明の一実施形態のIMS分析装置の概略図である。
【
図3】本発明の一実施形態のIMS分析装置の概略図である。
【
図4】本発明の一実施形態のIMS分析装置の概略図である。
【
図5】8ppb酢酸(乾燥空気希釈)を試料ガスとして得られたIMSスペクトルである。
【
図6】IMS分析を繰り返したときのReactant Ion Peak(RIP)のイオン強度の変化を示すグラフである。
【
図7】IMS分析を繰り返したときの酢酸のピークのイオン強度の変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明のIMS分析装置は、分析チャンバと、前記分析チャンバ中に配置された電子放出素子と、前記分析チャンバ中に気体を注入するように設けられたガス注入部と、前記分析チャンバ中に配置されたコレクタと、制御部とを備え、前記電子放出素子は、下部電極と、表面電極と、前記下部電極と前記表面電極の間に配置された中間層とを有し、前記コレクタ及び前記制御部は、イオンが前記コレクタに到達することにより流れる電流の電流波形を測定するように設けられ、前記制御部及び前記ガス注入部は、前記電流波形又は前記下部電極と前記表面電極との間に印加する電圧に基づき、前記電子放出素子の電子放出特性を向上させる感度改善ガスを前記分析チャンバ中に一時的に注入するように設けられたことを特徴とする。
【0011】
前記ガス注入部及び前記制御部は、3秒間以上20秒間以下の時間、感度改善ガスを分析チャンバ中に注入するように設けられることが好ましい。このことにより、電子放出素子の電子放出特性を向上させることができる。
前記感度改善ガスは、水、アルゴン、塩素、エタノール、アセトン及びアンモニアのうち少なくとも1つを含む気体であることが好ましい。
前記制御部及び前記ガス注入部は、前記電流波形に現れるピークのピーク高さ又はピーク面積が所定の値を下回ると、感度改善ガスを分析チャンバ中に一時的に注入するように設けられることが好ましい。
【0012】
好ましくは、前記制御部及び前記電子放出素子は、前記電流波形に現れるピークのピーク高さ又はピーク面積が目標値に近づくように下部電極と表面電極との間に印加する電圧を調節するように設けられ、前記制御部及び前記ガス注入部は、下部電極と表面電極との間に印加する電圧が所定の値を上回ると、感度改善ガスを分析チャンバ中に一時的に注入するように設けられる。
好ましくは、本発明のIMS分析装置は、電子放出素子とコレクタとの間に配置された静電ゲート電極をさらに備え、分析チャンバは、コレクタと静電ゲート電極との間に配置されたドリフト領域と、静電ゲート電極と電子放出素子との間に配置されたイオン化領域とを有し、ガス注入部は、コレクタ側から静電ゲート電極側に向かってドリフト領域をドリフトガスが流れるようにドリフトガスを分析チャンバ内に注入するように設けられたドリフトガス注入部と、イオン化領域に試料ガスを注入するように設けられた試料ガス注入部とを備える。
【0013】
前記試料ガス注入部は、試料ガスをイオン化領域に注入するように設けられた流路と、感度改善ガスをイオン化領域に注入するように設けられた流路と有することが好ましい。
好ましくは、前記試料ガス注入部は、除湿部を有し、かつ、除湿部を通過した後の試料ガスをイオン化領域に注入するように設けられる。
好ましくは、前記ガス注入部は、電子放出素子の下部電極と分析チャンバを画定する壁部との間のスペースに、電子放出素子側からイオン化領域へと流れる一次イオン生成用ガスを注入するように設けられた一次イオン生成用ガス注入部をさらに備え、一次イオン生成用ガス注入部は、一次イオン生成用ガスを分析チャンバに注入するように設けられた流路と、感度改善ガスを分析チャンバに注入するように設けられた流路とを有する。
前記制御部は、感度改善ガスを分析チャンバ中に注入しているときに下部電極と表面電極との間に電圧を印加するように設けられることが好ましい。
【0014】
本発明は、分析チャンバと、分析チャンバ中に配置された電子放出素子と、分析チャンバ中に気体を注入するように設けられたガス注入部と、分析チャンバ中に配置されたコレクタと、制御部とを備えるIMS分析装置を用いるIMS分析方法も提供する。このIMS分析方法は、前記電流波形又は下部電極と表面電極との間に印加する電圧に基づき、電子放出素子の電子放出特性を向上させる感度改善ガスを分析チャンバ中に一時的に注入するリフレッシュステップを含む。
好ましくは、本発明のIMS分析方法はIMS分析を繰り返し行う分析ステップをさらに備え、前記リフレッシュステップは、分析ステップにおいて前記電流波形に現れるピークのピーク高さ又はピーク面積が所定の値を下回った場合に行われる。
好ましくは、本発明のIMS分析方法はIMS分析を繰り返し行う分析ステップをさらに備え、前記分析ステップにおいて、前記電流波形に現れるピークのピーク高さ又はピーク面積が目標値に近づくように下部電極と表面電極との間に印加する電圧が調節され、前記リフレッシュステップは、下部電極と表面電極との間に印加する電圧が所定の値を上回った場合に行われる。
【0015】
以下、図面を用いて本発明の一実施形態を説明する。図面や以下の記述中で示す構成は、例示であって、本発明の範囲は、図面や以下の記述中で示すものに限定されない。
【0016】
図1~4はそれぞれ本実施形態のIMS分析装置の概略図である。
本実施形態のIMS分析装置40は、分析チャンバ30と、分析チャンバ30中に配置された電子放出素子2と、分析チャンバ30中に気体を注入するように設けられたガス注入部12と、分析チャンバ30中に配置されたコレクタ6と、制御部21とを備え、電子放出素子2は、下部電極3と、表面電極4と、下部電極3と表面電極4の間に配置された中間層5とを有し、コレクタ6及び制御部21は、イオンがコレクタ6に到達することにより流れる電流の電流波形を測定するように設けられ、制御部21及びガス注入部12は、前記電流波形又は下部電極3と表面電極4との間に印加する電圧に基づき、電子放出素子2の電子放出特性を向上させる感度改善ガスを分析チャンバ30中に一時的に注入するように設けられたことを特徴とする。
また、本実施形態のIMS分析方法は、前記電流波形又は下部電極3と表面電極4との間に印加する電圧に基づき、電子放出素子2の電子放出特性を向上させる感度改善ガスを分析チャンバ30中に一時的に注入するリフレッシュステップを含むことを特徴とする。
【0017】
IMS分析装置40は、試料をイオン移動度分析(IMS)で分析する装置である。IMS分析装置40は、ドリフトチューブ方式IMSで分析するIMS分析装置であってもよく、フィールド非対称式IMS(FAIMS)で分析するIMS分析装置であってもよい。本実施形態では、ドリフトチューブ方式IMSで分析するIMS分析装置について説明する。
【0018】
分析チャンバ30は、壁部28で画定されたチャンバである。分析チャンバ30には、電子放出素子2、静電ゲート電極8、電場形成用電極9及びコレクタ6が配置されている。
分析チャンバ30の容量は、例えば、10mL以上1000mL以下である。
分析チャンバ30は、イオン化領域10とドリフト領域11とを有する。イオン化領域10は、試料ガスに含まれる成分をイオン化する領域であり、電子放出素子2と静電ゲート電極8との間に位置する領域である。
ドリフト領域11は、イオンがドリフトガスの流れに逆らって静電ゲート電極8からコレクタ6に向かって移動する領域であり、静電ゲート電極8とコレクタ6との間に位置する領域である。
【0019】
ガス注入部12は、分析チャンバ30に気体を注入するように設けられた部分である。
図1、
図4に示したIMS分析装置40では、ガス注入部12は、試料ガス注入部13と、ドリフトガス注入部14とを有する。
図2に示したIMS分析装置40では、ガス注入部12は、試料ガス注入部13と、ドリフトガス注入部14と、感度改善ガス注入部16とを有する。
図3に示したIMS分析装置40では、ガス注入部12は、試料ガス注入部13と、ドリフトガス注入部14と、一次イオン生成用ガス注入部15とを有する。
【0020】
試料ガス注入部13は、試料ガスをイオン化領域10に注入する部分である。試料ガスは分析対象となる成分とキャリアガスとを含むガスであり、この試料ガスに含まれる成分がイオン化領域10においてイオン化される。キャリアガスは例えば、乾燥した気体(例えば乾燥空気、乾燥窒素、乾燥ヘリウムなど)とすることができる。キャリアガスは、ガスボンベから供給される乾燥した気体であってもよく、
図4に示した除湿部29で水分を除去した気体であってもよい。このことにより、分析チャンバ30における水分に起因するイオン反応またはイオンクラスター形成を抑制することができ、分析可能な物質を増やすことができる。試料ガス注入部13がイオン化領域10に注入する試料ガスの流量は、例えば、10mL/s以上ドリフトガス注入流量以下である。
試料ガス注入部13を用いてイオン化領域10に注入された試料ガスは、ドリフト領域11から流れてきたドリフトガスと合流し、排気口20からチャンバ外へ排出される。
【0021】
試料ガスは、検出対象成分が吸着している捕集管を加熱することにより捕集管から脱離した検出対象成分を含むガスであってもよい。
除湿部29は、例えば、水を吸着することにより水分を試料ガスから除去するものであってもよく、水と化学反応を生じる化学物質を用いて試料ガスから水分を除去するものであってもよい。
【0022】
試料ガス注入部13は、例えば、
図1、
図4に示したIMS分析装置40のように、試料ガスをイオン化領域10に注入するように設けられた試料ガス供給流路17と、感度改善ガスをイオン化領域10に注入するように設けられた感度改善ガス供給流路18aと有することができる。試料ガス注入部13は、制御部21のバルブ制御部26を用いて制御可能なバルブ27を用いて試料ガスをイオン化領域10に注入する流路と感度改善ガスをイオン化領域10に注入する流路とを切り替えることができるように設けられてもよい。試料ガス注入部13がイオン化領域10に注入する感度改善ガスの流量は、例えば、10mL/s以上ドリフトガス注入流量以下である。
また、試料ガス注入部13は、バルブ27を用いて試料ガスと感度改善ガスとを混合してイオン化領域10に注入するように設けられてもよい。この場合、試料ガスと感度改善ガスとの混合ガスの流量を例えば、1mL/s以上ドリフトガス注入流量以下とすることができる。また、感度改善ガスが水を含む空気である場合、混合ガスの相対湿度を5~100%とすることができる。
【0023】
感度改善ガスは、電子放出素子2の電子放出特性を向上させるガスであり、例えば、水、アルゴン、塩素、エタノール、アセトン及びアンモニアのうち少なくとも1つを含む気体である。
乾燥した空気、乾燥した窒素ガス、乾燥したヘリウムガスなどの乾燥気体中では電子放出素子2の電子放出特性が低下する。この理由は明らかではないが、下部電極3と表面電極4との間の中間層5の導電経路が少なくなるためと考えられる。
電子放出素子2に感度改善ガスを供給すると、電子放出素子2の電子放出特性が向上し回復する。この理由は明らかではないが、水、アルゴン、塩素、エタノール、アセトン、アンモニアなどが中間層5の導電経路の形成にかかわっているためと考えられる。
感度改善ガスが水を含む空気(例えば、加湿空気)である場合、この空気の相対湿度は、圧力、流量等によって異なるが、1気圧に換算しておよそ0.5~100%(気温10~30℃)であり、40%~80%(気温10~30℃)がより好ましい。相対湿度が40%より低いと本発明の効果が比較的少なく、80%より高いと結露が多くなる。
【0024】
バルブ制御部26を用いて制御可能なバルブ27(例えば、電磁弁)は、
図1に示したIMS分析装置40のように、試料ガス供給流路17と感度改善ガス供給流路18aにそれぞれ設けられてもよく、試料ガス供給流路17と感度改善ガス供給流路18aの合流点に設けられた三方バルブであってもよい。三方バルブは、試料ガス供給流路17のガス圧力及び感度改善ガス供給流路18aのガス圧力に応じて切り替わるもの(例えば、パイロット式バルブ)であってもよい。また、バルブ27の代わりに送風機を用いて試料ガスと感度改善ガスとの切り換え又は混合を行ってもよい。
【0025】
ドリフトガス注入部14は、ドリフトガスを分析チャンバ30に注入する部分である。ドリフトガス注入部14は、ドリフト領域11においてドリフトガスがコレクタ6側から静電ゲート電極8側に向かって流れるように設けられる。ドリフト領域11を流れイオン化領域10に到達したドリフトガスは試料ガスと合流し排気口20からチャンバ外へ排出される。ドリフトガスは、例えば乾燥空気、乾燥窒素、乾燥ヘリウムなどである。ドリフトガス注入部14は、例えば、
図1~
図4に示したIMS分析装置のように設けることができる。ドリフトガス注入部14が分析チャンバ30に注入するドリフトガスの流量は、例えば、10mL/s以上1000mL/s以下である。
【0026】
感度改善ガス注入部16は、感度改善ガスを分析チャンバ30に注入する部分である。感度改善ガス注入部16は、例えば、電子放出素子2の下部電極3と壁部28との間のスペースに感度改善ガスを供給するように設けることができる。この場合、感度改善ガスは電子放出素子2の上のスペース又は横のスペースを流れイオン化領域10に到達しドリフトガス及び試料ガスと合流し排気口20からチャンバ外へ排出される。このように、感度改善ガスを分析チャンバ30に注入することにより、感度改善ガスを電子放出素子2に効率よく供給することができる。また、感度改善ガス注入部16は、電子放出素子2の側方から感度改善ガスを分析チャンバ30に供給するように設けられてもよい。感度改善ガス注入部16は、例えば、
図2に示したIMS分析装置40のように設けることができる。感度改善ガス注入部16が分析チャンバ30に注入する感度改善ガスの流量は、例えば、1mL/s以上ドリフトガス注入流量以下である。
【0027】
一次イオン生成用ガス注入部15は、電子放出素子側からイオン化領域10へ流れる一次イオン生成用ガスを分析チャンバ30に注入する部分である。一次イオン生成用ガスは、例えば、乾燥空気、乾燥窒素、乾燥ヘリウムなどである。一次イオン生成用ガス注入部15は、例えば、電子放出素子2の下部電極3と壁部28との間のスペースに一次イオン生成用ガスを供給するように設けることができる。この場合、一次イオン生成用ガスは電子放出素子2の上のスペース又は横のスペースを流れイオン化領域10に到達しドリフトガス及び試料ガスと合流し排気口20からチャンバ外へ排出される。このように、一次イオン生成用ガスを分析チャンバ30に注入することにより、試料ガスが電子放出素子2に到達することを抑制することができ、電子放出素子2の表面電極4付近のガス組成を安定化することができる。また、分析チャンバ30の気体の流れも安定化することができる。このことにより、電子放出素子2から放出される電子により生成される一次イオンの量を安定化することができ、かつ、この一次イオンを安定してイオン化領域10に供給することができる。このため、イオン化領域10において、試料ガスに含まれる検出成分が一次イオンから電荷を受け取り生成される二次イオンを安定して生成することができ、ドリフト領域11を経てコレクタ6に到達する二次イオンの量を安定化することができる。この結果、IMS分析の定量性を向上させることができる。
一次イオン生成用ガス注入部15が分析チャンバ30に注入する一次イオン生成用ガスの流量は、例えば、1mL/s以上ドリフトガス注入流量以下である。
【0028】
一次イオン生成用ガス注入部15は、例えば、
図3に示したIMS分析装置40のように、一次イオン生成用ガスを分析チャンバ30に注入するように設けられた一次イオン生成用ガス供給流路19と、感度改善ガスを分析チャンバ30に注入するように設けられた感度改善ガス供給流路18bと有することができる。一次イオン生成用ガス注入部15は、制御部21のバルブ制御部26を用いて制御可能なバルブ27を用いて一次イオン生成用ガスを分析チャンバ30に注入する流路と感度改善ガスを分析チャンバ30に注入する流路とを切り替えることができるように設けられてもよい。
一次イオン生成用ガス注入部15が分析チャンバ30に注入する感度改善ガスの流量は、例えば、1mL/s以上ドリフトガス注入流量以下である。
また、一次イオン生成用ガス注入部15は、バルブ27を用いて一次イオン生成用ガスと感度改善ガスとを混合して分析チャンバ30に注入するように設けられてもよい。この場合、一次イオン生成用ガスと感度改善ガスとの混合ガスの流量を例えば、1mL/s以上ドリフトガス注入流量以下とすることができる。また、感度改善ガスが水を含む空気である場合、混合ガスの相対湿度を5~100%とすることができる。
【0029】
電子放出素子2は、表面電極4から電子を放出するように設けられ、放出した電子により電子放出素子2(表面電極4)の近傍の気体をイオン化し一次イオン(マイナスイオン又はプラスイオン)を生成するための素子である。電子放出素子2は、下部電極3と、表面電極4と、下部電極3と表面電極4との間に配置された中間層5とを有する。電子放出素子2は、表面電極4がイオン化領域10側を向くように配置することができる。このことにより、表面電極4付近で生成した一次イオンを安定してイオン化領域10に供給することができる。また、電子放出素子2は、電子放出素子2と壁部28との間にスペースができるように分析チャンバ30に配置することができる。
【0030】
表面電極4は、電子放出素子2の表面に位置する電極である。表面電極4は、好ましくは10nm以上100nm以下の厚さを有することができる。また、表面電極4の材質は、例えば、金、白金である。また、表面電極4は、複数の金属層から構成されてもよい。
表面電極4は、40nm以上の厚さを有する場合であっても、複数の開口、すき間、10nm以下の厚さに薄くなった部分を有してもよい。中間層5を流れた電子がこの開口、すき間、薄くなった部分を通過又は透過することができ、表面電極4から電子を放出することができる。このような開口、すき間、薄くなった部分は、下部電極3と表面電極4との間に電圧を印加することによっても形成することができる。
【0031】
下部電極3は、中間層5を介して表面電極4と対向する電極である。下部電極3は、金属板であってもよく、絶縁性基板上もしくはフィルム上に形成した金属層又は導電体層であってもよい。また、下部電極3が金属板からなる場合、この金属板は電子放出素子2の基板であってもよい。下部電極3の材質は、例えば、アルミニウム、ステンレス鋼、ニッケルなどである。下部電極3の厚さは、例えば200μm以上1mm以下である。
【0032】
中間層5は、表面電極4と下部電極3との間に電圧を印加することにより形成される電界により電子が流れる層である。中間層5は、半導電性を有することができる。中間層5は、絶縁性樹脂、絶縁性微粒子、金属酸化物のうち少なくとも1つを含むことができる。また、中間層5は導電性微粒子を含むことが好ましい。中間層5の厚さは、例えば、0.5μm以上1.8μm以下とすることができる。中間層5は、例えば、銀微粒子を分散状態で有するシリコーン樹脂層である。
【0033】
表面電極4及び下部電極3はそれぞれ制御部21の素子電圧制御部22と電気的に接続することができる。制御部21は、表面電極4と下部電極3との間に印加する電圧(素子電圧)の大きさを制御するように設けられる。制御部21を用いて下部電極3の電位を表面電極4の電位と実質的に同じにする(素子電圧を0Vにする)と、中間層5には電流は流れず電子放出素子2から電子は放出されない。
制御部21を用いて下部電極3の電位が表面電極4の電位よりも低くなるように下部電極3と表面電極4との間に電圧(素子電圧)を印加すると中間層5に電流が流れ、中間層5を流れた電子が表面電極4を通過し電子放出素子2から放出される。電子放出素子2から電子を放出させるために下部電極3と表面電極4との間に印加する電圧は、例えば5V以上50V以下とすることができる。
制御部21の素子電圧制御部22は、感度改善ガスを分析チャンバ30に注入した後、素子電圧を一度小さくして徐々に素子電圧を上げていくように素子電圧を電子放出素子2に印加してもよい。このことにより、中間層5に過度の電流が流れることを抑制することができ、電子放出素子2の寿命特性を向上させることができる。
【0034】
制御部21は、IMS分析装置40を制御する部分である。制御部21は、例えば、CPU、メモリ、タイマー、入出力ポートなどを有するマイクロコントローラを含むことができる。また、制御部21は、電場制御部24、ゲート制御部23、素子電圧制御部22、回収電流測定部25、電源部などを含むことができる。
【0035】
電子放出素子2(表面電極4)から気体中へ電子を放出させると、電子は直ちに気体の成分と衝突し一次イオン(マイナスイオン又はプラスイオン)を形成する。電子放出素子2から放出された電子が表面電極4の近傍の気体成分に付着すると(電子付着現象)、気体成分のマイナスイオンが生成する。電子放出素子2から放出された電子のエネルギーが表面電極4の近傍の気体成分のイオン化エネルギーよりも高い場合、気体成分のプラスイオンが生成する。一次イオン生成用ガスが乾燥空気の場合、一次イオン(マイナスイオン)は例えば、O2
-などである。
【0036】
電子放出素子2(表面電極4)の近傍で生成した一次イオンは、電子放出素子2、静電ゲート電極8、電場形成用電極9などにより分析チャンバ30に形成される電界により、イオン化領域10へと移動する。一次イオンは、電荷をイオン化領域10において試料ガスに含まれる検出対象成分へと受け渡す電荷輸送メディエータとなる。
【0037】
分析チャンバ30中の電界は、制御部21により電子放出素子2、静電ゲート電極8、電場形成用電極9、コレクタ6などの電位を制御することにより形成される。
制御部21は、電子放出素子2(表面電極4)の近傍で生成した一次イオンがイオン化領域10へと移動するような電位勾配が形成されるように電子放出素子2、静電ゲート電極8、電場形成用電極9、コレクタ6などの電位を制御する。また、制御部21は、静電ゲート電極8を通過したイオンがコレクタ6へと移動するような電位勾配が形成されるように電子放出素子2、静電ゲート電極8、電場形成用電極9、コレクタ6などの電位を制御する。試料ガスに含まれる検出対象ガスをマイナスイオンとして検出する場合(マイナスイオンモード)と、試料ガスに含まれる検出対象ガスをプラスイオンとして検出する場合(プラスイオンモード)とでは、形成する電位勾配の傾きは逆になる。
【0038】
イオン化領域10において、試料ガス注入部13によりイオン化領域10に注入された試料ガスは、ドリフト領域11からイオン化領域10に流入したドリフトガスと混合される。また、
図3に示したようなIMS分析装置40では、イオン化領域10において、試料ガスは一次イオン生成用ガスとドリフトガスと混合される。また、イオン化領域10には、電界により一次イオンが移動してくる。この一次イオンはイオン化領域10において試料ガスに含まれる検出対象成分に電荷を受け渡し、試料ガスに含まれる検出対象成分のマイナスイオン又はプラスイオンが生成される(イオン分子反応)。
【0039】
静電ゲート電極8は、イオン化領域10とドリフト領域11との間に配置される電極であり、イオン化領域10において生成したイオンのドリフト領域11への注入をイオンと静電ゲート電極8との静電相互作用を利用して制御する電極である。
静電ゲート電極8は、例えばグリッド状の電極(シャッターグリッド)である。静電ゲート電極8は、複数の電場形成用電極9と共に一列に並べて配置することができる。静電ゲート電極8は、制御部21のゲート制御部23と電気的に接続することができる。また、静電ゲート電極8は、分析チャンバ30に形成される電位勾配を変化させることができるように設けられる。
【0040】
制御部21は、低電位側クローズ(静電ゲート電極8の電位が低いためイオンが静電ゲート電極8を通過できずドリフト領域11へ移動できない状態)から高電位側クローズ(静電ゲート電極8の電位が高いためイオンが静電ゲート電極8を通過できずドリフト領域11へ移動できない状態)に瞬間的に変化させるように、又は高電位側クローズから低電位側クローズに瞬間的に変化させるように、静電ゲート電極8の電位を変化させる。このことにより、静電ゲート電極8をごく短い時間だけオープン状態とすることができ、イオンをこの短い時間にだけドリフト領域11に注入することができる。従って、イオンを単発パルス状にドリフト領域11に注入することができる。
【0041】
ドリフト領域11に注入されたマイナスイオン又はプラスイオンは、分析チャンバ30に形成された電位勾配によりドリフト領域11をコレクタ6へと向かって移動し、コレクタ6へ到達する。この際、マイナスイオン又はプラスイオンは、ドリフトガスの流れに逆らって移動する。このドリフトガスの流れは、静電ゲート電極8からコレクタ6へと向かって移動するマイナスイオン又はプラスイオンの抵抗となる。この抵抗の大きさ(イオンの移動度)はイオン種により異なる。一般的に移動度はイオンの衝突断面積(イオンの大きさ)に反比例するため、イオンの衝突断面積が大きいほどイオンがコレクタ6に到達するためにかかる時間が長くなる(大きいイオン程、ドリフトガス中の空気の分子と衝突する頻度が高くなり、移動速度が遅くなってコレクタ6への到達時間が遅くなる)。従って、静電ゲート電極8によりドリフト領域11に注入されてからコレクタ6へと到達するまでの時間(到達時間、ピーク位置)がマイナスイオン又はプラスイオンのイオン種により異なる。従って、この到達時間(ピーク位置)に基づきマイナスイオン又はプラスイオン(試料に含まれる検出対象成分)を特定することが可能になる。また、試料ガスに含まれる複数の検出対象成分のイオンをドリフト領域11において分離することができる。
【0042】
コレクタ6は、マイナスイオン又はプラスイオンの電荷を集める金属製の部材である。コレクタ6は制御部21の回収電流測定部25と電気的に接続することができる。また、この回収電流測定部25は、マイナスイオン又はプラスイオンがコレクタ6に電荷を受け渡すことにより生じる回収電流を時系列で測定するように設けられる。このことにより回収電流の電流波形(IMSスペクトル)を計測することができる。
【0043】
静電ゲート電極8を用いて単発パルス状にドリフト領域11に注入された複数種のイオンはドリフト領域11を移動する間に各種イオンに分離され、各種イオンが時間的にずれてコレクタ6に到達する。この結果として、回収電流の電流波形(IMSスペクトル)は各種イオンの到着時間に応じたピークを持つ波形を示すこととなり、そのピーク位置(到達時間)から移動度を算出し、イオンの成分を判別することが可能となる。このため、検出対象成分の検出、同定ができる。また、回収電流の電流波形のピーク高さ又はピーク面積は各種イオンがコレクタ6に受け渡した電荷量に相当するため、ピーク高さ又はピーク面積に基づき検出対象成分を定量分析することが可能になる。
【0044】
このようなIMSスペクトルの計測を繰り返し行うことができ、多数のIMSスペクトルを得ることができる。このことにより、多数のIMSスペクトルを積算することが可能になり、IMS分析の測定精度を向上させることができる。また、検出対象成分の濃度の経時変化を測定することが可能になる。
【0045】
IMSスペクトルの計測を繰り返し行うとき、制御部21及び電子放出素子2は、IMSスペクトルに現れるピークのピーク高さ(IMSスペクトルに複数のピークが現れる場合は、各ピークのピーク高さの合計)又はピーク面積(IMSスペクトルに複数のピークが現れる場合は、各ピークのピーク面積の合計)が目標値に近づくように下部電極3と表面電極4との間に印加する電圧を調節する(フィードバック制御)ように設けることができる。このことにより、一次イオンの生成量を安定化することができ、検出対象成分を定量的に測定することが可能になる。
【0046】
乾燥した空気、乾燥した窒素ガス、乾燥したヘリウムガスなどの乾燥気体中で電子放出素子2の下部電極3と表面電極4との間に電圧を印加し電子放出を連続的又は断続的に続けると、電子放出素子2の電子放出量が徐々に低下する。このため、下部電極3と表面電極4との間に印加する電圧(素子電圧)を一定としてIMSスペクトルの計測を繰り返し行うと、一次イオンの生成量が徐々に低下する。このため、上述のフィードバック制御により、素子電圧を徐々に大きくすることにより、電子放出素子2の電子放出量を安定化することができ、一次イオンの生成量を安定化することができる。
【0047】
制御部21及びガス注入部12は、IMSスペクトル又は下部電極3と表面電極4との間に印加する素子電圧に基づき、感度改善ガスを分析チャンバ30中に一時的に注入するように設けられる。
例えば、素子電圧を一定としてIMSスペクトルの計測を繰り返し行う場合、制御部21及びガス注入部12は、IMSスペクトルに現れるピークのピーク高さ(又はピーク高さの合計)又はピーク面積(又はピーク面積の合計)が所定の値を下回ると、感度改善ガスを分析チャンバ30中に一時的に注入するように設けられる。上述したように素子電圧を一定としてIMSスペクトルの計測を繰り返し行うと、一次イオンの生成量が徐々に低下する。このため、IMS分析を繰り返すと、IMSスペクトルに現れるピークのピーク高さ又はピーク面積は徐々に減少する。このピーク高さ又はピーク面積が所定の値を下回った場合に、ガス注入部12を用いて感度改善ガスを分析チャンバ30に注入する。所定の値とは、例えば、試料ガスのピーク強度がノイズレベルの約3倍となるピーク強度又はそのピーク面積であり、例えば、試料ガスのピーク高さが50pA又はIMSスペクトルの総面積が300pA・msである。
この感度改善ガスが電子放出素子2に作用することにより、低下していた電子放出素子2の電子放出量を向上させることができ、一次イオンの生成量を向上させることができる。この結果、IMSスペクトルに現れるピークのピーク高さ(又はピーク高さの合計)又はピーク面積(又はピーク面積の合計)を大きくすることができる(検出感度が高くなる)。
【0048】
制御部21がIMSスペクトルに基づき電子放出素子2の下部電極3と表面電極4との間に印加する電圧をフィードバック制御している場合、制御部21及びガス注入部12は、下部電極3と表面電極4との間に印加する電圧が所定の値を上回ると、感度改善ガスを分析チャンバ30中に一時的に注入するように設けることができる。
【0049】
IMSスペクトルの計測を繰り返し行うと、電子放出素子2の電子放出特性は徐々に低下する。このため、フィードバック制御をしながらIMS分析を繰り返すと、制御部21の素子電圧制御部22が電子放出素子2に印加する素子電圧は徐々に大きくなる。この素子電圧が所定の値を上回った場合に、ガス注入部12を用いて感度改善ガスを分析チャンバ30に注入する。例えば、所定の値は、マイナスイオンモードのときは定量に適した素子電圧である18Vに設定し、プラスイオンモードのときは電子放出素子が破壊されにくい素子電圧である40Vに設定することが好ましい。
この感度改善ガスが電子放出素子2に作用することにより、低下していた電子放出素子2の電子放出特性を向上させることができ、素子電圧制御部22が電子放出素子2に印加する素子電圧を小さくすることができる。このため、素子電圧が大きくなりすぎることを防止することができ、電子放出素子2が壊れることを抑制することができる。また、電子放出素子2から放出される電子のエネルギーが高くなりすぎることを防止することができ、安定したIMSスペクトルを得ることができる。
【0050】
制御部21の素子電圧制御部22は、感度改善ガスを分析チャンバ30中に注入しているときに下部電極3と表面電極4との間に電圧を印加するように設けることができる。このことにより、電子放出素子2の電子放出特性を効率よく向上させることができる。
【0051】
ガス注入部12は、感度改善ガスが電子放出素子2の周辺に供給されるように設けることができる。このことにより、感度改善ガスを電子放出素子2に作用させることができる。感度改善ガスが電子放出素子2に作用することにより、電子放出素子2の電子放出特性が向上する理由は明らかではないが、感度改善ガスが電子放出素子2の中間層5に入り込み、中間層5における導電経路を増やすためと考えられる。中間層5の導電経路が増えると、下部電極3と表面電極4との間に流れる電流量が増え、電子放出素子2の電子放出特性が向上する。
感度改善ガスの注入流量は、例えば1mL/s以上ドリフトガスの注入流量以下とすることができる。また、感度改善ガスの注入時間は、例えば、3秒間以上20秒間以下とすることができる。注入時間を3秒間未満にすると、注入流量にもよるが、感度改善効果が弱くなるおそれがある。感度改善ガスの注入時間は、例えば、制御部21のバルブ制御部26がバルブ27を制御することにより調整することができる。
【0052】
感度改善ガスの注入により向上した電子放出素子2の電子放出特性は感度改善ガスの分析チャンバ30への注入を止めると徐々に低下するが、低下速度はゆるやかであり、感度改善ガスの分析チャンバ30への注入を止めても電子放出特性はしばらくの間十分高いままである。また、感度改善ガスの分析チャンバ30への注入を止めることにより、感度改善ガスに起因するイオン反応またはイオンクラスター形成を抑制することができ、検出可能な対象成分を増やすことができる。
【0053】
酢酸を含む乾燥空気のIMS分析
図1に示したようなIMS分析装置(マイナスイオンモード)を用いて乾燥空気希釈8ppb酢酸のIMS分析を繰り返した。具体的には、試料ガス注入部を用いて乾燥空気(相対湿度0.6%の純空気)希釈8ppb酢酸を分析チャンバ(容量:80mL)に注入し(流量:3.3mL/s)、ドリフトガス注入部を用いて乾燥空気(ドリフトガス)を分析チャンバに注入しながら(流量:500mL/s)、IMS分析を繰り返した。電子放出素子には、銀微粒子を分散状態で有するシリコーン樹脂層を中間層として有する素子を用いた。電子放出素子の下部電極と表面電極との間に印加する素子電圧は、15Vで一定とした。
また、IMS分析装置の検出感度が低下しているとき(
図7の矢印で示したタイミング)に、加湿空気(感度改善ガス、相対湿度:約80%)を10秒間分析チャンバへ注入した(流量:200mL/s)。
【0054】
図5に測定されたIMSスペクトルを示す。実線で示したIMSスペクトルは、感度改善ガスの注入前において乾燥空気希釈8ppb酢酸を分析チャンバに試料ガスとして注入しながら測定したIMSスペクトルである。破線で示したIMSスペクトルは、加湿空気(感度改善ガス)を10秒間分析チャンバへ注入した直後に測定したIMSスペクトルである。感度改善ガスの注入前に測定したIMSスペクトル(実線)には、空気由来のマイナスイオンの小さなピーク(RIP(Reactant Ion Peak))が現れたが、酢酸に由来するマイナスイオンのピークは現れなかった。一方、加湿空気を分析チャンバへ一時的に注入した直後に測定したIMSスペクトルには、空気由来のマイナスイオンの大きなピーク(RIP)と、酢酸に由来するマイナスイオンの小さなピークとが現れた。
【0055】
図6は、IMS分析を繰り返すこと(2回の加湿空気の注入を含む)により得られた空気由来のマイナスイオンのピーク(RIP)のピーク高さ(イオン強度)の変化を示すグラフである。
図7は、IMS分析を繰り返すこと(2回の加湿空気の注入を含む)により得られた酢酸由来のマイナスイオンのピークのピーク高さ(イオン強度)の変化を示すグラフである。矢印のタイミングで試料ガスの注入を停止し加湿空気を10秒間分析チャンバへ注入している。そして、加湿空気の注入が終わった後試料ガスの注入を再開している。
これらのグラフから、加湿空気を分析チャンバに注入すると、空気由来のマイナスイオンのピークの高さ、酢酸に由来するマイナスイオンのピークの高さが共に大きくなった。このことから、加湿空気を分析チャンバに注入することにより、IMS分析装置の検出感度が高くなることがわかった。この理由は明らかではないが、加湿空気に含まれる水が電子放出素子の中間層に吸着し中間層の導電経路が増え、その結果、電子放出素子の電子放出特性が向上したと考えられる。
【0056】
また、10秒間加湿空気を注入した後、これらのピークのピーク高さは、約10分間で徐々に小さくなっていった。このため、分析チャンバに注入した加湿空気が乾燥空気に置換された後も検出感度の高い状態は続くことがわかった。このことから、加湿空気の注入により向上した電子放出素子の電子放出特性は、分析チャンバの加湿空気が乾燥空気に置換された後も保持されることがわかった。この理由は明らかではないが、加湿空気の注入により中間層に形成された導電経路は、電子放出素子の周辺が乾燥空気に変わっても維持されるためと考えられる。また、電子放出素子の周辺が乾燥空気に変わると、中間層に吸着していた水が徐々に乾燥空気中へ脱離するため、IMSスペクトルに現れたピークのピーク高さは徐々に小さくなっていったと考えられる。
ここでは、感度改善ガスとして加湿空気を用いたが、中間層の導電経路を増やすような気体を含む感度改善ガスも使用可能と考えられる。
【符号の説明】
【0057】
2:電子放出素子 3:下部電極 4:表面電極 5:中間層 6:コレクタ 8:静電ゲート電極 9:電場形成用電極 10:イオン化領域 11ドリフト領域 12:ガス注入部 13:試料ガス注入部 14:ドリフトガス注入部 15:一次イオン生成用ガス注入部 16:感度改善ガス注入部 17:試料ガス供給流路 18a、18b:感度改善ガス供給流路 19:一次イオン生成用ガス供給流路 20:排気口 21:制御部 22:素子電圧制御部 23:ゲート制御部 24:電場制御部 25:回収電流測定部 26:バルブ制御部 27:バルブ 28:壁部 29:除湿部 30:分析チャンバ 40:IMS分析装置