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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024143709
(43)【公開日】2024-10-11
(54)【発明の名称】鋼線
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20241003BHJP
   C22C 38/18 20060101ALI20241003BHJP
   C22C 38/42 20060101ALI20241003BHJP
   C21D 8/06 20060101ALN20241003BHJP
【FI】
C22C38/00 301Y
C22C38/18
C22C38/42
C21D8/06 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023056506
(22)【出願日】2023-03-30
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100206140
【弁理士】
【氏名又は名称】大釜 典子
(72)【発明者】
【氏名】酒道 武浩
【テーマコード(参考)】
4K032
【Fターム(参考)】
4K032AA06
4K032AA07
4K032AA11
4K032AA14
4K032AA16
4K032AA21
4K032AA23
4K032AA27
4K032AA29
4K032AA31
4K032BA02
4K032CA01
4K032CA02
4K032CC04
4K032CE02
4K032CG00
4K032CG01
4K032CH06
4K032CK02
4K032CM01
(57)【要約】
【課題】スチールコードに好適な鋼線であって、引張強度と捻回特性に優れ、撚り線時のデラミネーションの発生を抑制できる鋼線を提供する。
【解決手段】所定の組成を有し、示差走査熱量測定により得られたDSC曲線は、100℃~200℃の範囲に極大値を有する第1ピークと、300℃~400℃の範囲に極大値を有する第2ピークとを有し、かつ以下の式(1)および(2)を満たし、直径が0.25mm以上、0.35mm以下であり、引張強度が4100MPa以上である鋼線。
A≧1.50(J/g)・・・式(1)
B/A≧1.00・・・式(2)
ここで
A(J/g)は、前記第1ピークの発熱量の総和であり、
B(J/g)は、前記第2ピークの発熱量の総和である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
C :0.95質量%以上、1.05質量%以下、
Si:0.15質量%以上、0.40質量%以下、
Mn:0.10質量%以上、0.50質量%以下、
P :0質量%超、0.030質量%以下、
S :0質量%超、0.030質量%以下、
Cr:0.10質量%以上、0.30質量%以下、および
N :0.0010質量%以上、0.0080質量%以下を含有し、
残部が鉄および不可避不純物からなり、
示差走査熱量測定により得られたDSC曲線は、100℃~200℃の範囲に極大値を有する第1ピークと、300℃~400℃の範囲に極大値を有する第2ピークとを有し、かつ以下の式(1)および(2)を満たし、
直径が0.25mm以上、0.35mm以下であり、
引張強度が4100MPa以上である鋼線。

A≧1.50(J/g)・・・式(1)
B/A≧1.00・・・式(2)

ここで
A(J/g)は、前記第1ピークの発熱量の総和であり、
B(J/g)は、前記第2ピークの発熱量の総和である。
【請求項2】
Cu:0.01質量%超、0.25質量%以下、および
Ni:0.01質量%超、0.25質量%以下、からなる群から選択される1つ以上を更に含有する、請求項1に記載の鋼線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、捻回特性に優れた高強度の鋼線に関し、特に、自動車用タイヤなどの補強材に用いられるスチールコードに適した鋼線に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、車両における乗員の安全性向上が求められており、係る目的のために車体の強度を向上させてきた。他方、地球温暖化問題等の深刻化を背景に、自動車の燃費改善の動きが加速している。燃費改善には車体の軽量化が有効であることが知られている。
【0003】
自動車の燃費改善を背景にスチールコード用鋼線の高強度化が求められている。鋼線を高強度化するとタイヤ1本あたりに使用する鋼線の重量を減らすことができ、タイヤを軽量化できることから自動車の燃費改善に繋がる。
しかし、高強度化に伴い鋼線が脆化し、撚り線時にデラミネーションが発生するリスクが高まる。デラミネーションが発生するとタイヤコードの強度低下につながることから、強度と耐デラミネーション性(捻回特性)の両立が求められている。強度と捻回特性とを共に向上する方法として、様々な方策が提案されている(例えば特許文献1~3)。
【0004】
特許文献1は、強度および延性に優れた高強度鋼線を開示している。高強度鋼線は、所定の化学成分組成を有し、線径が直径で0.05~0.30mmで、示差走査熱量測定のDSC曲線における100~450℃の温度範囲において、複数の発熱ピークを有し、かつ、100~450℃の温度範囲における発熱量の総和H100~450と280~420℃の温度範囲における発熱量H280~420が、下記式(3)を満足する。
280~420/H100~450<0.45・・・(3)
【0005】
特許文献2は、高速撚り線時にデラミネーションが発生しない、高強度で延性に優れた極細高炭素鋼線を開示している。極細高炭素鋼線は、所定の化学成分組成を有し、線径が0.05~0.50mmである極細鋼線であって、この鋼線の示差走査熱分析曲線Aにおいて、60℃から130℃の温度範囲における発熱ピークXを有し、かつ、この示差走査熱分析曲線における60℃と130℃の2点同士を結ぶ基準線Yに対する前記発熱ピークの最大高さhを5μW/mg以上である。
【0006】
特許文献3は、高強度で、かつ、強度延性バランスに優れた高強度極細鋼線の製造方法を開示している。高強度極細鋼線の製造方法は、所定の化学成分組成を有する鋼材をパテンティング処理し、最終仕上げにスキンパス工程を含む伸線加工することにより引張強さが4000MPa以上の微細パーライト組織からなる高強度極細鋼線とし、その後、さらに、130~300℃の時効処理温度Tで、かつ、炭素原子の拡散長Lが400~2000nmの範囲内になるような時効処理時間tで、時効処理を施している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2019-056162号公報
【特許文献2】特開2005-126765号公報
【特許文献3】特開2008-208450号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
自動車の燃費改善のさらなる向上のために、スチールコード用鋼線の強度(特に引張強度)と捻回特性とを、より一層向上させることが求められている。
そこで本開示は、スチールコードに好適な鋼線であって、引張強度と捻回特性に優れ、撚り線時のデラミネーションの発生を抑制できる鋼線を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の態様1は、
C :0.95質量%以上、1.05質量%以下、
Si:0.15質量%以上、0.40質量%以下、
Mn:0.10質量%以上、0.50質量%以下、
P :0質量%超、0.030質量%以下、
S :0質量%超、0.030質量%以下、
Cr:0.10質量%以上、0.30質量%以下、および
N :0.0010質量%以上、0.0080質量%以下を含有し、
残部が鉄および不可避不純物からなり、
示差走査熱量測定により得られたDSC曲線は、100℃~200℃の範囲に極大値を有する第1ピークと、300℃~400℃の範囲に極大値を有する第2ピークとを有し、かつ以下の式(1)および(2)を満たし、
直径が0.25mm以上、0.35mm以下であり、
引張強度が4100MPa以上である鋼線である。

A≧1.50(J/g)・・・式(1)
B/A≧1.00・・・式(2)

ここで
A(J/g)は、前記第1ピークの発熱量の総和であり、
B(J/g)は、前記第2ピークの発熱量の総和である。
【0010】
本発明の態様2は、
Cu:0.01質量%超、0.25質量%以下、および
Ni:0.01質量%超、0.25質量%以下、からなる群から選択される1つ以上を更に含有する、態様1に記載の鋼線である。
【発明の効果】
【0011】
本開示によれば、引張強度と捻回特性に優れ、撚り線時のデラミネーションの発生を抑制できる鋼線を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】実施形態に係る鋼線のDSC曲線の一例を示す。
図2】実施例および比較例のデータについて、横軸を第1ピークの発熱量の総和A(J/g)、縦軸をAに対する第2ピークの発熱量の総和をB(J/g)としてプロットした結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
仕上げ伸線を行った後に得られる鋼線について示差走査熱量測定(Differential Scanning Calorimetry:DSC)を行うと、横軸を温度、縦軸を熱量とした曲線(図1)において大きく分けて2つのピークが観察される。
【0014】
1つ目のピーク(第1ピーク)10は100℃~200℃の範囲に極大値が存在し、2つ目のピーク(第2ピーク)20は300℃~400℃の範囲に極大値を示している。
一般的に、第1ピーク10は、鋼線のパーライト組織中のフェライト相に固溶したC原子が、仕上げ伸線により導入された転位(可動転位と不動転位を含む)を固着すること(時効硬化)に伴う発熱に起因するピークと言われている。第1ピーク10の面積S10(すなわち、昇温時の時効硬化による発熱の総和)が大きいことは、仕上げ伸線の際の加工発熱による時効硬化が抑制されていることを意味するため、鋼線の延性が高いことを示している。
また、一般的に、第2ピーク20は、転位を固着していた炭素原子が、セメンタイトとして再析出する際の発熱に起因すると言われている。
【0015】
本発明者が鋭意検討した結果、仕上げ伸線の伸線条件を適正化することにより、第1ピーク10の面積S10のみならず第2ピーク20の面積S20が増大すること、そして、第1ピーク10の面積S10に対する第2ピーク20の面積S20の比が一定以上となると、捻回時のデラミネーションが低下することを見いだした。
【0016】
第2ピーク20の面積S20が増大する理由、および面積の比(S20/S10)を所定の値以上に制御することによってデラミネーションが低下する理由は定かではないが、以下のように推測される。
【0017】
第2ピーク20は、セメンタイトの再析出の際の発熱と、鋼線の可動転位が昇温に伴って消滅する際の発熱とに関係している。消滅する可動転位が多いほど、第2ピーク20の面積S20は増加する。なお、可動転位は、不動転位に比べて転位どうしの絡まりが弱いため、昇温により容易に移動して消滅する。
第2ピーク20の面積S20が大きいということは、第2ピークに対応する温度域で消滅する可動転位が多い、言い換えると、伸線時に導入された可動転位が多いといえる。鋼線中の可動転位、特に鋼線表面の可動転位が多い鋼線は、延性が高く、捻回時のデラミネーションが抑制できると考えられる。
【0018】
一方、鋼線中の可動転位が少ないと、昇温により消滅する可動転位が減るため、第2ピーク20の面積S20が小さくなる。そして、鋼線中の可動転位が少ないと、鋼線表面の可動転位も少なくなるので、鋼線の延性が低くなり、高強度鋼線においては捻回時にデラミネーションが発生すると考えられる。
【0019】
このような知見に基づいて、本発明を完成するに至った。
以下、本発明の実施形態にかかる鋼線およびその製造方法の詳細を示す。
【0020】
<1.化学成分組成>
本発明の実施形態に係る鋼線は、C:0.95質量%以上、1.05質量%以下、Si:0.15質量%以上、0.40質量%以下、Mn:0.10質量%以上、0.50質量%以下、P:0質量%超、0.030質量%以下、S:0質量%超、0.030質量%以下、Cr:0.10質量%以上、0.30質量%以下、およびN:0.0010質量%以上、0.0080質量%以下を含有する。
以下、各元素について詳述する。
【0021】
[C:0.95質量%以上、1.05質量%以下]
Cは、パーライト中のセメンタイト比率およびラメラ間隔に影響して引張強度を向上させる。そのためC量が少ないと鋼線の強度が十分に得られない。一方、C量が過多になると、熱間圧延の製造工程およびパテンティング処理時において、旧オーステナイト粒界に沿ったセメンタイトを析出させ、強度向上が阻害されるだけでなく伸線加工性の低下および捻回時の縦割れを引き起こす。
これらの観点から、C量は0.95質量%以上、1.05質量%以下とし、好ましくは0.97質量%以上、1.03質量%以下、より好ましくは0.98質量%以上、1.02質量%以下とする。
【0022】
[Si:0.15質量%以上、0.40質量%以下]
Siは、ラメラ組織中のフェライトに固溶して強度を向上するほか、粒界セメンタイトの析出を抑制し延性を改善する。しかし、Siの多量添加はフェライトを脆化させて伸線加工性を低下させる。
これらの観点から、Si量は0.15質量%以上、0.40質量%以下とし、好ましくは0.17質量%以上、0.35質量%以下であり、より好ましくは0.18質量%以上、0.30質量%以下である。
【0023】
[Mn:0.10質量%以上、0.50質量%以下]
Mnは、Sと結合してMnSを生成し、熱間割れの抑制に寄与する。しかし、Mnの多量添加は焼入れ性を増大させ、熱間圧延後およびパテンティング処理後に、過冷組織が生成されやすくなり、伸線加工性を低下させる。
これらの観点から、Mn量は0.10質量%以上、0.50質量%以下とし、好ましくは0.20質量%以上、0.40質量%以下であり、より好ましくは0.25質量%以上、0.35質量%以下である。
【0024】
[P:0質量%超、0.030質量%以下]
Pは不可避不純物であり、旧オーステナイト粒界に偏析して伸線加工性に悪影響をおよぼす。こうした観点からPはできるだけ少ない方がよく、本発明の実施形態では0.030質量%以下と定めた。P量は少なければ少ない程好ましいが、過度の低減は製造性の低下や製造コストの上昇を招く。
そこで、P量は、0質量%超、0.030質量%以下とし、好ましくは0.001質量%以上、0.020質量%以下であり、より好ましくは0.002質量%以上、0.010質量%以下である。
【0025】
[S:0質量%超、0.030質量%以下]
Sは不可避不純物であり、単体ではFeSを生成して熱間割れを引き起こす。Mn添加によりMnSとして無害化しているものの、Sはできるだけ少ない方がよく、本発明の実施形態では0.030質量%以下と定めた。S量は少なければ少ない程好ましいが、過度の低減は製造性の低下や製造コストの上昇を招く。
そこで、S量は、0質量%超、0.030質量%以下とし、好ましくは0.001質量%以上、0.020質量%以下であり、より好ましくは0.002質量%以上、0.010質量%以下である。
【0026】
[Cr:0.10質量%以上、0.30質量%以下]
Crは、パーライトラメラを微細化させ、鋼線の引張強度を向上させる。しかし、Crの多量添加は焼入れ性を増大させ、熱間圧延後やパテンティング処理後に過冷組織が生成されやすくなり、伸線加工性を低下させる。
これらの観点から、Cr量は0.10質量%以上、0.30質量%以下とし、好ましくは0.15質量%以上、0.28質量%以下であり、より好ましくは0.18質量%以上、0.25質量%以下である。
【0027】
[N:0.0010質量%以上、0.0080質量%以下]
Nは、窒化物系介在物を生成するほか、固溶Nは歪時効を引き起こし、伸線加工性の低下およびデラミネーションの促進を引き起こす。こうした観点からNはできるだけ少ない方がよく、本発明の実施形態では0.0080質量%以下と定めた。N量は少なければ少ない程好ましいが、過度の低減は製造性の低下も招く。
そこで、N量は、0.0010質量%以上、0.0080質量%以下とし、好ましくは0.0015質量%以上、0.0060質量%以下であり、より好ましくは0.0020質量%以上、0.0050質量%以下である。
【0028】
基本成分は上記のとおりであり、好ましい実施形態の1つでは、残部は鉄および不可避不純物である。不可避不純物としては、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる元素が例示される。
なお、例えば、PおよびSのように、通常、含有量が少ないほど好ましく、従って不可避不純物であるが、その組成範囲について上記のように別途規定している元素がある。このため、本明細書において、残部を構成する「不可避不純物」という場合は、別途その組成範囲が規定されている元素を除いた概念である。
【0029】
(その他の選択的元素)
さらに、本発明の別の好ましい実施形態では、本発明の実施形態に係る作用を損なわない範囲で必要に応じて上述した以外の元素を含有させてよい。含有される成分に応じて鋼線の特性が更に改善される。
【0030】
そのような選択元素の例として、Cu:0.01質量%超、0.25質量%以下、およびNi:0.01質量%超、0.25質量%以下、からなる群から選択される1つ以上を挙げることができる。
CuおよびNiそれぞれの選択的元素の含有量の詳細を以下に示す。
【0031】
[Cu:0.01質量%超、0.25質量%以下]
Cuは、耐食性を改善させる元素であるため、添加してもよい。しかし、Cuは酸洗時のデスケール性を低下させる元素でもある。
これらの観点から、Cu量は0.01質量%超、0.25質量%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.03質量%以上、0.20質量%以下であり、特に好ましくは0.05質量%以上、0.10質量%以下である。
なお、Cuは、意図的添加を行わない場合であっても、不可避不純物として0.01質量%程度含まれることがある。
【0032】
[Ni:0.01質量%超、0.25質量%以下]
Niは、耐食性を改善させる元素であるため、添加してもよい。しかし、Niは、焼入れ性を増大させ、パテンティング処理後に、過冷組織を生成しやすくする元素でもある。
これらの観点から、Ni量は0.01質量%超、0.25質量%以下が好ましく、より好ましくは0.03質量%以上、0.20質量%以下であり、特に好ましくは0.05質量%以上、0.10質量%以下である。
なお、Niは、意図的添加を行わない場合であっても、不可避不純物として0.01質量%程度含まれることがある。
【0033】
<2.物理的性質>
[示差走査熱量測定(DSC)]
本発明の実施形態に係る鋼線は、示差走査熱量測定(Differential Scanning Calorimetry:DSC)を行うと、以下のような特性を示す。
示差走査熱量測定で得られるDSC曲線において、100℃~200℃の範囲に極大値を有する第1ピーク10と、300℃~400℃の範囲に極大値を有する第2ピーク20とを有している。
第1ピーク10の発熱量の総和をA(J/g)、第2ピーク20の発熱量の総和をB(J/g)とすると、下記の式(1)および(2)を満たす。

A≧1.50(J/g)・・・式(1)
B/A≧1.00・・・式(2)
【0034】
100℃~200℃の範囲に極大値を示すピーク(第1ピーク)10は、1つ、または複数存在する。第1ピーク10が1つの場合、その第1ピーク10の面積S10から、第1ピーク10の発熱量の総和A(J/g)を求めることができる。第1ピーク10が複数の場合、それら複数の第1ピーク10の面積S10の合計から、第1ピーク10の発熱量の総和A(J/g)を求めることができる。
同様に、300℃~400℃の範囲に極大値を示すピーク(第2ピーク)20は、1つ、または複数存在する。第2ピーク20が1つの場合、その第2ピーク20の面積S20から、第2ピーク20の発熱量の総和B(J/g)を求めることができる。第2ピーク20が複数の場合、それら複数の第2ピーク20の面積S20の合計から、第2ピーク20の発熱量の総和B(J/g)を求めることができる。
【0035】
示差走査熱量測定(DSC)は、以下のように行う。
鋼線サンプル20mgを測定チャンバー内に入れて、0~500℃の範囲で加熱昇温する。アルゴン雰囲気で、昇温速度を15℃/分として昇温し、DSC曲線を取得する。測定装置は、例えば日立ハイテクサイエンス社製X-DSC7000を用いることができる。得られたDSC曲線で観察された各ピークにおいて、ピークの両側に位置する2つの谷部に共通する接線を引いて基準線とする。図1では、第1ピーク10の基準線RL10と、第2ピーク20の基準線RL20を引いている。DSC曲線と基準線とに囲まれた領域の面積(面積S10、S20)から、「発熱量(J/g)」を求める。
【0036】
なお、第1ピーク10、第2ピーク20が複数ある場合、複数のピークを各々に分離可能であれば、ピークごとに面積を求める。複数の第1ピーク10のうち2つ以上が重なり合っており、各ピークに分離することが困難な場合は、重なり合った2つ以上のピークを「1つの第1ピーク10」として取り扱って面積S10を求める。同様に、複数の第2ピーク20のうち2つ以上が重なり合っており、各ピークに分離することが困難な場合は、重なり合った2つ以上のピークを「1つの第2ピーク20」として取り扱って面積S20を求める。
【0037】
式(1)、(2)について説明する。
【0038】
[A≧1.50(J/g)・・・式(1)]
DSC曲線において、第1ピーク10の面積S10が大きいほど、仕上げ伸線時の時効硬化(時効脆化)が抑制される。第1ピーク10の面積S10から求めた第1ピーク10の発熱量の総和A(J/g)が1.50J/g以上であると(つまり、式(1)を充足すると)、デラミネーションを効果的に抑制できる。
Aは、好ましくは1.60J/g以上であり、より好ましくは1.70J/g以上であり、さらに好ましくは1.90J/g以上である。
【0039】
[B/A≧1.00・・・式(2)]
DSC曲線において、第2ピーク20の面積S20は、セメンタイトの再析出だけでなく、鋼線表層の可動転位の消滅量を表していると考えられる。可動転位の消滅量が多いと、消滅前に多くの可動転位が存在していたといえ、可動転位を多く含む鋼線は、捻回時のデラミネーションが低い。第2ピーク20の面積S20から求めた第2ピーク20の発熱量の総和B(J/g)が、第1ピーク10の発熱量の総和A(J/g)以上である場合、つまり、B/Aが1.00以上あると(すなわち式(2)を充足すると)、デラミネーションの抑制効果が大きくなる。
B/Aは、好ましくは1.20以上、より好ましくは1.40以上である。
【0040】
なお、式(1)および式(2)のいずれか一方のみを満たす鋼線では、デラミネーションの抑制効果が十分ではない。そこで本発明の実施形態では、式(1)、(2)の両方を満たす鋼線のみを対象とする。
【0041】
[引張強度(TS)]
本実施形態に係る鋼線は、スチールコードに適した、高い引張強度を有している。鋼線の具体的な引張強度は4100MPa以上である。
引張強度の測定は、JIS Z 2241:2022に則り行う。
鋼線から測定用試料を3本採取し、引張試験を3回行う。チャック間距離は100mmとし、試験速度は20mm/秒とする。チャック部分で破断した場合、その測定は無効とし、再試験を行う。得られた破断強度の測定値の平均値を、その鋼線の引張強度(MPa)とする。
【0042】
<3.鋼線の直径>
鋼線の直径が細いと、スチールコードとして使用したときに、タイヤの強度を確保するために撚線の本数を増やしたり、ゴムに織り込む撚線の本数を増やしたりする必要があり、その結果、タイヤの生産性の低下およびコスト増加に繋がる。一方、鋼線の直径が太いと、それに合わせて初期線径が太くなり、伸線性が低下する。
鋼線の直径は0.25mm~0.35mmとし、好ましくは0.27mm~0.33mm、より好ましくは0.28mm~0.32mmであり、タイヤの生産性の向上およびタイヤのコスト増加を抑制でき、かつ、伸線性の低下を抑制できる。
【0043】
直径の測定では、マイクロメーターを用いる。鋼線において、長手方向の異なる3か所で直径を測定し、その平均値をその鋼線の直径とする。
【0044】
<4.製造方法>
次に本発明の実施形態に係る鋼線の製造方法について説明する。
【0045】
鋼線の製造に用いる熱間圧延線材は、通常の方法で製造することができる。熱間圧延線材の製造方法の一例を以下に記載する。
連続鋳造および分塊圧延により作製した鋼片(例えば角155mm鋼片)を900℃~1200℃で30分~240分加熱保持する。
粗圧延および仕上げ圧延を実施し、φ4.0mm~6.0mmの線材を得る。圧延後の巻取り温度は850℃~1000℃とし、巻取り後は、650℃まで20~50℃/秒で冷却し、650℃~550℃で5~30秒保持した後、5~15℃/秒で400℃以下まで冷却する。
【0046】
このようにして得られた熱間圧延線材に、中間伸線およびパテンティング処理を施す。
【0047】
中間伸線の条件としては、酸による化学的方法やメカニカルデスケーリングによって圧延スケールの除去および被膜処理を行う。その後、単減面率17~23%をとしてφ1.7~2.3mmに乾式伸線する。一度の乾式伸線で所定の線径まで加工できない場合は再度乾式伸線を行ってもよい。また中間線が途中で脆化して伸線できない場合は、一度パテンティング処理を行って軟化させた後に改めて乾式伸線を行ってもよい。
【0048】
パテンティング処理の条件としては、例えば900~1000℃で30秒~5分加熱して線材内部までオーステナイト化させた後、溶融鉛、流動槽などで500℃~600℃の冷媒に5~30秒浸漬してパーライト変態させる。
【0049】
中間伸線とパテンティング処理は2回以上繰り返して行ってもよい。ただし、繰り返し回数が多くなると、鋼線の歩留が低下して製造コストの増加を招くため、繰り返し回数は多くても2回が望ましい。
【0050】
パテンティング処理後の線材(中間線材)は、鋼線の長手方向に対して垂直な断面の中心部におけるパーライト分率が、通常のパテンティング処理で得られるパーライト分率、例えば80%以上あれば十分であるが、さらにパーライト分率を高めることで強度および捻回特性をより向上させることができる。
【0051】
パーライト分率の測定は、例えば、鋼線の長手方向に対して垂直な断面を、走査型電子顕微鏡(SEM)で観察して行う。SEM像(組織写真)において、縦方向に10本の平行線を2.0μm間隔で引き、さらに横方向(縦方向と垂直方向)に10本の平行線を1.5μm間隔で引き、縦横の線の格子点(100点)のうち、パーライト組織上に位置している格子点の数(パーライト分率に相当)を数える。
【0052】
パテンティング処理した線材(中間線材)にブラスめっき処理を施し、その後、仕上げ伸線を行い、直径0.25~0.35mmの鋼線を得る。仕上げ伸線は、湿式伸線で行うことが好ましい。
仕上げ伸線は、多段に配列されたダイスによる連続的な伸線加工とする。仕上げ伸線は、1パスあたりの減面率を10%~18%、最終線速を50~1000m/分とする。但し、後述するように、最終3パスと、任意追加の最終4パス目(スキンパス)の減面率は、10%~18%の範囲から外れることがある。
ダイスのベアリング長は、例えばダイス径の1/4~1/2である。
【0053】
本発明の実施形態では、仕上げ伸線のパスのうち最後の3回(これを「最終3パス」と称する)の減面率を制御することが重要である。
最終3パスの減面率の合計(「合計減面率」と称する)は、12.0%~18.0%に制御する。「合計減面率」は、最終3パス直前の線材の直径と、最終3パス後の鋼線の直径から求めた減面率である。
また、最終3パスの各々の減面率は、以下の通りに制御する。なお、本明細書において、「最終1パス目」は、最終パスのことであり、「最終2パス目」は、最終1パス目の1つ手前のパスのことであり、「最終3パス目」は、最終2パス目の1つ手前のパスのことである。
・最終3パス目:5.0%~14.0%
・最終2パス目:2.0%~9.9%
・最終1パス目:2.0%~4.9%
【0054】
最終3パスについて、合計減面率と各々の減面率を適切に制御することにより、DSC曲線の第1ピーク10の発熱量の総和A(J/g)と第2ピーク20の発熱量の総和B(J/g)とが、上述した式(1)および(2)を満たす鋼線を得ることができる。
【0055】
仕上げ伸線は、スリップ型伸線機で行われることが多い。スリップ型伸線機では、1パスあたりの減面率が、最終パスを除いて制限を受けるため、上記のような最終3パスに設定される低い減面率を実現することが困難な場合がある。ダイスホルダーを加工して、従来の最終パス用の1つのダイスの代わりに、本実施形態の最終3パスを実施するための3つのダイスを固定できるようにしてもよい。
【0056】
また、最終3パス目の1つ手前のパス(最終4パス目)として、減面率2.0%~4.9%のスキンパス伸線を追加してもよい。
【0057】
以上に説明した本発明の実施形態に係る鋼線の製造方法に接した当業者であれば、試行錯誤により、上述した製造方法と異なる製造方法により本発明に係る鋼線を得ることができる可能性がある。
【実施例0058】
以下、実施例を挙げて本発明の実施形態をより具体的に説明する。本発明は以下の実施例によって制限を受けるものではなく、前述および後述する趣旨に合致し得る範囲で、適宜変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0059】
表1に記載した化学成分組成からなる鋼を転炉により溶製した後、連続鋳造、分塊圧延および仕上圧延を行い、直径5.5mmの熱間圧延線材を作製した。得られた熱間圧延線材を、常法で脱スケール処理および被膜処理し、中間伸線により直径2.0mmの線材に加工した。なお、中間伸線の1パスあたりの減面率は20%以下とした。
【0060】
中間伸線後の線材を、加熱温度950℃で1分加熱してオーステナイト化させた後、540℃に保持された流動槽に浸漬してパテンティング処理を行った。パテンティング処理後の線材の中心部のパーライト分率を以下の方法で求めた。
【0061】
パテンティング処理後の線材を、長手方向に対して垂直な断面で切断して樹脂埋めした後、断面を研磨して鏡面仕上げした。研磨後、ピクラールにて腐食後、走査型電子顕微鏡(SEM)で、鋼線の直径をDとして断面の中心(D/2位置に相当)からD/4の位置を、倍率4000倍で観察した(視野の寸法:24μm×18μm)。まず、任意のD/4位置で1回目のSEM観察を行う。その位置から、断面中心(D/2位置)を回転中心として線材を90°右回転させ、元の測定位置(D/4位置)とは異なるD/4位置で2回目のSEM観察を行った。この操作をさらに2回繰り返して、異なる4つのD/4位置で各1回(合計4回)のSEM観察を行った。SEM像(組織写真)の各々に、縦方向に、10本の平行線を2.0μm間隔で引き、さらに横方向(縦方向と垂直方向)に、10本の平行線を1.5μm間隔で引いた。縦横の線の格子点(100点)のうち、パーライト組織上に位置している格子点の数(パーライト分率に相当)を数えた。各SEM像から求めたパーライト分率の算術平均を求め、それを線材のパーライト分率とした。
実施例のパテンティング処理後の線材では、パーライト分率は94%であった。
【0062】
パテンティング処理後の線材を、常法でブラスめっき処理を施した後、仕上げ伸線(湿式伸線)を行った。仕上げ伸線では、23パスの伸線を行った。1パスから19パスまでは、各パスの減面率を14.5%~17.5%とした。最終3パスと、最終4パス目の減面率は表2に記載した通りであった。
なお、No.3、6および7では、最終4パス目として、減面率2.0%~4.9%の「スキンパス伸線」を追加した。一方、No.1、2、4および5では、最終4パス目としてスキンパス伸線を追加しなかったため、表2に記載した最終4パス目の減面率は、10%~18%(通常の伸線パス)の範囲内であった。
【0063】
得られた鋼線について、直径測定、示差走査熱量測定、引張試験、および捻回試験を行った。また、パテンティング処理後の線材についても、引張試験を行った。
各種測定方法および試験方法については後述する。測定結果は、表2および表3に示す。なお、表2および表3において、下線を付した数値は、本発明の実施形態の範囲から外れていることを示している。
【0064】
【表1】
【0065】
【表2】
【0066】
【表3】
【0067】
[1.直径測定]
中間伸線後の線材と、仕上げ伸線後に得られた鋼線の直径測定は、以下のように行った。
直径の測定では、マイクロメーターを用いた。線材において、長手方向の異なる3か所で直径を測定し、その算術平均値を線材の直径とした。鋼線についても同様に、長手方向の異なる3か所で直径を測定し、その算術平均値を鋼線の直径とした。
【0068】
[2.示差走査熱量測定(DSC)]
示差走査熱量測定(DSC)は、以下のように行った。
鋼線サンプル20mgを測定チャンバー内に入れて、0~500℃の範囲で加熱昇温する。アルゴン雰囲気で、昇温速度を15℃/分として昇温し、DSC曲線を取得した。測定装置は、日立ハイテクサイエンス社製X-DSC7000を用いた。得られたDSC曲線で観察された各ピークにおいて、ピークの両側に位置する2つの谷部に共通する接線を引いて基準線とした。DSC曲線と基準線とに囲まれた領域の面積を算出した。
100℃~200℃の範囲に極大値を示す第1ピーク10の面積S10から、第1ピーク10の発熱量の総和A(J/g)を求めた。
また、300℃~400℃の範囲に極大値を示す第2ピーク20の面積S20から、第2ピーク20の発熱量の総和B(J/g)を求めた。
【0069】
[3.引張強度(TS)の測定(引張試験)]
引張強度の測定は、JIS Z 2241:2022に則り行った。
パテンティング処理後の線材と、仕上げ伸線後の鋼線から、およそ「チャック間距離+80mm」の長さ(つまり、180~280mm)の測定用試料を3本採取し、引張試験を3回行った。チャック間距離は、パテンティング処理後の線材では200mm、鋼線では100mmとした。試験速度は20mm/秒とした。チャック部分で破断した場合、その測定は無効とし、再試験を行った。得られた破断強度の測定値の算術平均値を、その鋼線の引張強度TS(MPa)とした。
【0070】
[4.捻回特性の評価]
仕上げ伸線後の鋼線について、捻回特性(デラミネーション発生率)を測定した。
鋼線から長さ120mmの測定用試料を3本以上採取し、チャック間距離を100mm、ねじり速度を52rpmとして、破断するまで捻回試験を行った。破断後の破面を肉眼で観察し、デラミーションの有無を確認した。破面が、鋼線の長手方向と垂直な平滑面にならずに、長手方向に沿って裂けた割れ方となっている場合、デラミネーションが生じていたと判断した。なお、捻回しているので、裂けた面はうねった状態であった。試験を行った試料の全数Nに対する、デラミネーションが発生していた試料の本数nの割合(n/N)をパーセント表示したものを「デラミネーション発生率(%)」とした。デラミネーション発生率が50%以下のものを合格とする。
【0071】
表2および表3の結果を検討する。
最終3パスの減面率が、本発明の実施形態で規定した数値を満たさないNo.1~3では、B/Aの値が式(2)を満たさなかった。No.1は、さらに、Aの値が式(1)を満たさなかった。その結果、デラミネーション発生率が50%を超えていた。
最終3パスの減面率が、本発明の実施形態で規定した数値を満たしたNo.4~7では、Aの値が式(1)を満たし、B/Aの値が式(2)を満たしていた。その結果、デラミネーション発生率が50%以下であった。
【0072】
図2では、横軸:第1ピークの発熱量の総和A(J/g)、縦軸:Aに対する第2ピークの発熱量の総和B(J/g)のグラフ上に、No.1~6をプロットした。実施例であるNo.4~7は、Aが0.5(J/g)以上、かつB/Aが1.00以上となる範囲内にプロットされている。一方、比較例であるNo.1~3は、Aが0.5(J/g)未満であるか、またはB/Aが1.00未満であるため、Aが0.5(J/g)以上、かつB/Aが1.00以上となる範囲の外側にプロットされた。
図1と、デラミネーション発生率の結果とから、Aが0.5(J/g)以上、かつB/Aが1.00以上となる範囲内にプロットされる試料は、デラミネーション発生率が低くなることが分かった。
図1
図2