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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024014374
(43)【公開日】2024-02-01
(54)【発明の名称】摩擦材組成物および摩擦材
(51)【国際特許分類】
   C09K 3/14 20060101AFI20240125BHJP
   F16D 69/02 20060101ALI20240125BHJP
【FI】
C09K3/14 520C
C09K3/14 520J
C09K3/14 520L
F16D69/02 G
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022117151
(22)【出願日】2022-07-22
(71)【出願人】
【識別番号】301065892
【氏名又は名称】株式会社アドヴィックス
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】早稲田 雄也
(72)【発明者】
【氏名】氏田 淳一
(72)【発明者】
【氏名】竹崎 将宏
【テーマコード(参考)】
3J058
【Fターム(参考)】
3J058BA28
3J058BA46
3J058BA76
3J058CA02
3J058CA42
3J058GA03
3J058GA07
3J058GA19
3J058GA20
3J058GA23
3J058GA24
3J058GA43
3J058GA48
3J058GA49
3J058GA50
3J058GA55
3J058GA57
3J058GA58
3J058GA59
3J058GA62
3J058GA92
(57)【要約】
【課題】高温域での高速制動時の効きおよび耐摩耗性に優れ、且つ常用の温度域においても十分な耐摩耗性を有し、さらに摩擦対面材との接触面に十分な防錆性を有する摩擦材を提供する。
【解決手段】摩擦材組成物中の銅の含有量が銅元素として0.5質量%未満である摩擦材組成物であり、無機充填材として、水酸化マグネシウムおよび単斜晶酸化ジルコニウムを、各々特定量含む。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
摩擦材組成物中の銅の含有量が銅元素として0.5質量%未満である摩擦材組成物であり、
無機充填材として、水酸化マグネシウムおよび単斜晶酸化ジルコニウムを含み、
前記摩擦材組成物中の前記水酸化マグネシウムの含有量は、0.5質量%以上、10質量%以下であり、且つ
前記摩擦材組成物中の前記単斜晶酸化ジルコニウムの含有量は、5質量%以上、35質量%以下である、摩擦材組成物。
【請求項2】
有機充填材として、非加硫エラストマーを含む、請求項1に記載の摩擦材組成物。
【請求項3】
前記摩擦材組成物中の前記水酸化マグネシウムの含有量は、0.8質量%以上、5質量%以下であり、且つ
前記摩擦材組成物中の前記単斜晶酸化ジルコニウムの含有量は、20質量%以上、30質量%以下である、請求項1に記載の摩擦材組成物。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1項に記載の摩擦材組成物を成形してなる摩擦材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は摩擦材組成物および摩擦材に関する。
【背景技術】
【0002】
ディスクブレーキ、ドラムブレーキ等の制動装置のディスクブレーキパッドおよびブレーキシューには摩擦材が使用されている。
【0003】
特許文献1には、摩擦材組成物中に元素としての銅を含まない、または銅の含有量が銅元素として0.5質量%以下である組成において、無機充填材として金属硫化物を含有するとともに、無機充填材として還元剤を含有する摩擦材組成物が記載されている。
【0004】
特許文献2には、熱硬化性樹脂との親和性を高める表面処理を施した非繊維状水酸化マグネシウム粉体を5~75体積%含む熱硬化性樹脂よりなる摩擦材が記載されている。
【0005】
特許文献3には、銅成分を含有しないNAO材の摩擦材組成物が、無機摩擦調整材として平均粒子径が1~8μmの単斜晶の酸化ジルコニウムを摩擦材組成物全量に対し10~40重量%と、炭素質系潤滑材として弾性黒鉛化カーボンを摩擦材組成物全量に対し1.5重量%以上と、か焼コークスを前記弾性黒鉛化カーボンと合計で摩擦材組成物全量に対し2~8重量%、且つ前記弾性黒鉛化カーボンと前記か焼コークスの重量比率が4:6~8:2となるように含有することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2017-141352号公報
【特許文献2】特開平10-158631号公報
【特許文献3】特開2017-71711号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上述のような従来技術の摩擦材は、高温域での高速制動時の効きおよび耐摩耗性が十分ではない。また、ディスクロータやブレーキドラムなどの摩擦対面材との接触面における防錆性も低い。このように、従来技術の摩擦材には、改善の余地がある。
【0008】
本発明の一態様は、高温域での高速制動時の効きおよび耐摩耗性に優れ、且つ常用の温度域においても十分な耐摩耗性を有し、さらに摩擦対面材との接触面に十分な防錆性を有する摩擦材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意検討した結果、摩擦材組成物中の銅の含有量が銅元素として0.5質量%未満である組成において、無機充填材として水酸化マグネシウムおよび単斜晶酸化ジルコニウムを特定量含む摩擦材は、高温域での高速制動時の効きおよび耐摩耗性に優れ、且つ市街地走行時のような常用の温度域においても十分な耐摩耗性を有し、さらに摩擦対面材との接触面に十分な防錆性を有することを初めて見出し、本発明を完成させるに至った。すなわち、本発明の一態様に係る摩擦材組成物は、摩擦材組成物中の銅の含有量が銅元素として0.5質量%未満である摩擦材組成物であり、無機充填材として、水酸化マグネシウムおよび単斜晶酸化ジルコニウムを含み、前記摩擦材組成物中の前記水酸化マグネシウムの含有量は、0.5質量%以上、10質量%以下であり、且つ前記摩擦材組成物中の前記単斜晶酸化ジルコニウムの含有量は、5質量%以上、35質量%以下である構成である。
【発明の効果】
【0010】
本発明の一態様によれば、環境負荷の高い銅の含有量が銅元素として0.5質量%未満でありながら、高温域での高速制動時の効きおよび耐摩耗性に優れ、且つ常用の温度域においても十分な耐摩耗性を有し、さらに摩擦対面材との接触面に十分な防錆性を有する摩擦材を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
<1.摩擦材組成物>
本発明の一態様に係る摩擦材組成物は、摩擦材組成物中の銅の含有量が銅元素として0.5質量%未満である摩擦材組成物であり、無機充填材として、水酸化マグネシウムおよび単斜晶酸化ジルコニウムを含み、前記摩擦材組成物中の前記水酸化マグネシウムの含有量は、0.5質量%以上、10質量%以下であり、且つ前記摩擦材組成物中の前記単斜晶酸化ジルコニウムの含有量は、5質量%以上、35質量%以下である。本態様の摩擦材組成物は、上述の成分を含む摩擦材原料を配合したものが意図される。本態様の摩擦材組成物は、後述する摩擦材を成形するために用いることができる。
【0012】
〔特徴〕
本態様の摩擦材組成物は、摩擦材組成物中の銅の含有量が銅元素として0.5質量%未
満であるので環境に優しい。さらに、無機充填材として、水酸化マグネシウムおよび単斜晶酸化ジルコニウムを特定量含有するため、銅の含有量が銅元素として0.5質量%未満でありながら、高温域での高速制動時の効きおよび耐摩耗性に優れ、且つ常用の温度域においても十分な耐摩耗性を有し、さらに摩擦対面材との接触面に十分な防錆性を有する摩擦材を提供できるという優れた効果を奏する。
【0013】
本態様の摩擦材組成物を用いた摩擦材は、高温域(例えば650℃以上)での高速制動時の耐摩耗性が向上することで、高温域での高速制動時の効き向上も同時に達成することができる。また、高温域での高速制動時の耐摩耗性が向上するということは、摩擦面の摩擦材強度が向上しているとも言え、これにより摩擦材の耐熱効果の向上も期待できる。
【0014】
また、本態様の摩擦材組成物を用いた摩擦材は、高温域での高速制動時の耐摩耗性と常用の温度域(例えば、100~200℃)での耐摩耗性とを両立させることができるため、従来の摩擦材と比較して長寿命であるという優れた効果を奏する。さらには、本態様の摩擦材組成物を用いた摩擦材は、耐摩耗性に優れることで、摩耗により放出される粉塵が少ない。その結果、粉塵によってホイールが汚れにくく、且つ環境負荷が高いPM2.5やPM10の排出量が少ないという優れた効果を奏する。
【0015】
また、本態様の摩擦材組成物を用いた摩擦材は、摩擦対面材との接触面に十分な防錆性を有するため、摩擦対面材との接触面で発生した錆によって摩擦材が摩擦対面材と固着しにくい。その結果、発車時の異音発生や摩擦材の表面剥離などの問題が生じにくいという優れた効果を奏する。
【0016】
〔用途〕
上述のような特徴を有する本態様の摩擦材組成物は、電気自動車(EV)やハイブリッド車(HEV)用のディスクブレーキ用パッド、ドラムブレーキ用ブレーキシューの摩擦面に使用される摩擦材に用いるため摩擦材組成物として特に有用である。なぜなら、EV/HEVは、大型バッテリー搭載により従来のガソリン車と比べ車両重量が重く、高速制動時においては回生ブレーキの寄与度が低いという傾向があり、従来のガソリン車と比べて高温域での高速制動時にブレーキパッドまたはブレーキシューの温度が上がりやすく、高温に達する頻度が増加するためである。
【0017】
本態様の摩擦材組成物の用途はEV/HEV用に特に限定されるものではなく、二輪車を含む車両全般において採用されるディスクブレーキ用パッド、ドラムブレーキ用ブレーキシュー等の摩擦面に使用される摩擦材に好適に用いることができる。
【0018】
〔原料〕
以下に、本態様の摩擦材組成物に含まれている原料(摩擦材原料)について説明する。
【0019】
(銅)
本発明の一態様に係る摩擦材組成物は、摩擦材組成物中の銅の含有量が銅元素として0.5質量%未満である。本発明の一態様に係る摩擦材組成物は、環境有害性の高い銅および銅合金の含有量が非常に少ないため、環境に優しい摩擦材を提供できるという効果を奏する。環境により優しい摩擦材を提供する観点から、摩擦材組成物中の銅の含有量は、0質量%(銅フリー)であることがより好ましい。本発明の一態様に係る摩擦材組成物中に含まれる銅は、繊維基材として添加された銅繊維に由来するものであり得る。
【0020】
(水酸化マグネシウム)
本発明の一態様に係る摩擦材組成物は、無機充填材の1種として、摩擦材組成物100質量%に対して0.5質量%以上、10質量%以下の水酸化マグネシウムを含有している。
【0021】
(水酸化マグネシウムの作用および効果)
(i)常用の温度域での耐摩耗性および防錆性の向上
水酸化マグネシウムは、モース硬度が2~3であり、ディスクロータやブレーキドラムなどの摩擦対面材との摩擦で崩れやすい。このため、摩擦面にアルカリ性の水酸化マグネシウムが均一に広がりやすい。その結果、水酸化マグネシウムを含む摩擦材は、防錆効果が高い。
【0022】
また、水酸化マグネシウムは、水への溶解度が小さく、水濡れによりパッド(摩擦面など)からアルカリの消失が起こりにくい。このため、他のアルカリ系材料よりも防錆効果が長持ちする。その結果、水酸化マグネシウムを含む摩擦材は、梅雨の時期のような雨の中にさらされた状態や古いパッドの様な摩耗が進んだ状態でも防錆効果が持続する。
【0023】
水酸化マグネシウムのpHは10.5であり、摩擦材に結合材として含まれる樹脂の分解を促進するほどのpHの高さではない。このため、水酸化マグネシウムを含む摩擦材は、樹脂の分解による強度低下が起こりにくい。その結果、パッドの耐摩耗性が良好となる。
【0024】
(ii)高温域での高速制動時の効きおよび耐摩耗性の向上
水酸化マグネシウムは、300~400℃において脱水吸熱による耐熱効果を有している。摩擦面に均一に広がった水酸化マグネシウムは、脱水により酸化マグネシウムへと変化する。酸化マグネシウムは、高温域での高速制動(高負荷制動)により発生する高熱によって後述する単斜晶酸化ジルコニウムと融合することで、安定化酸化ジルコニウムの被膜形成に寄与する。安定化酸化ジルコニウムは、安定した被膜を作り易く、且つ耐熱性に優れる。安定化酸化ジルコニウムの被膜は、摩擦面を保護することによって耐摩耗性を向上させ、ひいては摩擦係数(μ)を向上させる。
【0025】
本態様の摩擦材組成物中の水酸化マグネシウムの含有量が摩擦材組成物100質量%に対して0.5質量%以上であることにより、十分な量の水酸化マグネシウムが摩擦面に広がるため、前述の(i)および(ii)の効果が十分に発現される。また、本態様の摩擦材組成物中の水酸化マグネシウムの含有量が摩擦材組成物100質量%に対して10質量%以下であれば、水酸化マグネシウムの脱水による体積変化の影響が小さく、摩擦材の母材強度の低下が起こりにくい。その結果、常用の温度域でのパッドの耐摩耗性が良好となり、十分な耐熱効果も得られる。
【0026】
(水酸化マグネシウムの好ましい含有量)
高温域での高速制動時の効きおよび耐摩耗性をより向上させる観点から、摩擦材組成物中の水酸化マグネシウムの含有量は、摩擦材組成物100質量%に対して0.8質量%以上、5質量%以下であることが好ましい。
【0027】
(水酸化マグネシウムの粒径)
前述の(i)および(ii)の効果の発現の観点で、水酸化マグネシウムの粒径は特に限定されない。このため、摩擦材に添加される無機充填材として通常採用される粒径の水酸化マグネシウムを適宜選択することができる。但し、摩擦材組成物の製造時の取扱い性の観点からは、水酸化マグネシウムの平均粒径が2μm以上であることが好ましく、4μm以上であることがより好ましい。また、摩擦材組成物の製造時に偏りなく均一に混合することが可能となる、および制動時に水酸化マグネシウムの粒子が摩擦面から脱落しにくいために、高温域での高速制動時の効きおよび耐摩耗性の向上効果が摩擦面のどの場所でも安定して得られる等の理由から、水酸化マグネシウムの平均粒径が20μm以下であることが好ましく、15μm以下であることがより好ましい。
【0028】
水酸化マグネシウムの平均粒径は、JIS Z 8825「粒子径解析-レーザ解析・散乱法」により得られる体積基準の中位径(メジアン径)とする。摩擦材形成後に水酸化マグネシウムの粒子径を確認する場合は、摩擦材の断面の電子顕微鏡画像から水酸化マグネシウムに該当する粒子の平均粒径をJIS Z 8827-1「粒子径解析-画像解析法-第1部:静的画像解析法」により体積基準の粒度分布を測定し、中位径を求めればよい。
【0029】
(単斜晶酸化ジルコニウム)
本発明の一態様に係る摩擦材組成物は、無機充填材の1種として、摩擦材組成物100質量%に対して5質量%以上、35質量%以下の単斜晶酸化ジルコニウムを含有している。「単斜晶酸化ジルコニウム」は、結晶系が単斜晶系である酸化ジルコニウムを指す。酸化ジルコニウムは、温度によって結晶系が転移する。室温(20℃)では単斜晶系であり、温度を上げていくと、1170℃で正方晶へ、2370℃で立方晶へと結晶構造が変化していく。相転移は体積変化を伴う。
【0030】
純粋な酸化ジルコニウムは、室温で単斜晶系が最も安定であるが、酸化マグネシウムと融合することで、立方晶が室温でも安定して存在するようになる。室温において立方晶で安定化された酸化ジルコニウムは「安定化酸化ジルコニウム」と呼ばれる。
【0031】
(単斜晶酸化ジルコニウムの作用および効果)
(i)常用の温度域での耐摩耗性および防錆性の向上
単斜晶酸化ジルコニウムは、安定化酸化ジルコニウムと比べて靭性が低い。このため、単斜晶酸化ジルコニウムは、非制動状態に限らず制動状態も研削性が低いため、両状態でロータ研削性が低く、摩擦面に広がった水酸化マグネシウムが失われにくい。その結果、摩擦面に広がった水酸化マグネシウムによってもたらされる防錆性が十分に発揮される。また、単斜晶酸化ジルコニウムは、安定化酸化ジルコニウムと比べて靭性が低いことにより、パッドの耐摩耗性が良好となる。
【0032】
(ii)高温域での高速制動時の効きおよび耐摩耗性の向上
単斜晶酸化ジルコニウムは、高温域での高速制動(高負荷制動)により発生する高熱によって酸化マグネシウム(摩擦材中の水酸化マグネシウムが脱水によって変化したもの)と融合することで、安定化酸化ジルコニウムとなる。摩擦面に形成された安定化酸化ジルコニウムの被膜は、摩擦面を保護する。また、酸化マグネシウムと反応して立方晶の安定化酸化ジルコニウムとなることで相転移に伴う体積変化が生じなくなるため、摩擦面の摩擦材強度が低下し難くなる。その結果、パッドの耐摩耗性が向上し、ひいては摩擦係数(μ)が向上する。
【0033】
本態様の摩擦材組成物中の単斜晶酸化ジルコニウムの含有量によって、摩擦面に形成される安定化酸化ジルコニウムの被膜の厚みが変化する。本態様の摩擦材組成物中の単斜晶酸化ジルコニウムの含有量が摩擦材組成物100質量%に対して5質量%以上であることにより、上記(ii)の効果が発現されるために十分な厚みの安定化酸化ジルコニウムの被膜が形成される。また、本態様の摩擦材組成物中の単斜晶酸化ジルコニウムの含有量が摩擦材組成物100質量%に対して35質量%以下であれば、安定化酸化ジルコニウムの被膜が厚くなりすぎない。その結果、水酸化マグネシウムが安定化酸化ジルコニウムの被膜に埋もれてしまうことがないため、水酸化マグネシウムによる耐錆性の効果が十分に発現される。また、安定化酸化ジルコニウムの被膜が摩擦面から剥がれ落ち難いため、被膜厚のバラツキによって摩擦面積が小さくなり、高温域での効きが低下することを防ぐことができる。従って、上記(i)の効果が十分に発現される。
【0034】
(単斜晶酸化ジルコニウムの好ましい含有量)
高温域での高速制動時の効きおよび耐摩耗性をより向上させる観点から、摩擦材組成物中の単斜晶酸化ジルコニウムの含有量は、摩擦材組成物100質量%に対して20質量%以上、30質量%以下であることが好ましい。
【0035】
(単斜晶酸化ジルコニウムの粒径)
前述の(i)および(ii)の効果の発現の観点で、単斜晶酸化ジルコニウムの粒径は特に限定されない。このため、摩擦材に添加される無機充填材として通常採用される粒径の単斜晶酸化ジルコニウムを適宜選択することができる。摩擦材組成物の製造時の取扱い性の観点からは、単斜晶酸化ジルコニウムの平均粒径が1μm以上であることが好ましく、3μm以上であることがより好ましく、5μm以上であることがより好ましく、7μm以上であることがより好ましく、10μm以上であることがさらに好ましい。また、摩擦材組成物の製造時に偏りなく均一に混合することが可能となる、および耐摩耗性の低下に対する影響が少ない等の理由から、単斜晶酸化ジルコニウムの平均粒径が20μm以下であることが好ましく、18μm以下であることがより好ましく、16μm以下であることがさらに好ましい。
【0036】
単斜晶酸化ジルコニウムの平均粒径は、JIS Z 8825「粒子径解析-レーザ解析・散乱法」により得られる体積基準の中位径(メジアン径)とする。摩擦材形成後に単斜晶酸化ジルコニウムの粒子径を確認する場合は、摩擦材の断面の電子顕微鏡画像から単斜晶酸化ジルコニウムに該当する粒子の平均粒径をJIS Z 8827-1「粒子径解析-画像解析法-第1部:静的画像解析法」により体積基準の粒度分布を測定し、中位径を求めればよい。
【0037】
(非加硫エラストマー)
本発明の一態様に係る摩擦材組成物は、有機充填材として、非加硫エラストマーを含んでいることが好ましい。本明細書において、「非加硫エラストマー」は、加硫されていないエラストマーを指す。非加硫エラストマーは、市街地走行時のような常用の温度域(例えば、100~200℃)で軟化する(可塑性を有する)ものであることが好ましい。
【0038】
(非加硫エラストマーの作用および効果)
非加硫エラストマーは、常用の温度域で軟化するため、非加硫エラストマーを含む摩擦材は、常用の温度域での耐摩耗性がより向上する。また、常用の温度域での制動時(低温制動時)に、単斜晶酸化ジルコニウムおよび水酸化マグネシウムが、軟化した非加硫エラストマーに付着する。このため、単斜晶酸化ジルコニウムおよび水酸化マグネシウムが摩擦面に保持されることで摩擦面から失われ難くなる。その結果、非加硫エラストマーを含んでいない摩擦材と比較して、耐摩耗性および防錆性がより向上する。
【0039】
(非加硫エラストマーの種類)
前述の効果の発現の観点で、非加硫エラストマーの種類は特に限定されず、あらゆる非加硫エラストマーを好ましく使用することができる。非加硫エラストマーとしては、例えば、天然ゴム(NR)、イソプレンゴム(IR)、ブタジエンゴム(BR)、スチレンブタジエンゴム(SBR)、クロロプレンゴム(CR)、アクリロニトリルブタジエンゴム(NBR)等の非加硫のジエン系ゴム;ブチルゴム(IIR)、エチレンプロピレンゴム(EPM)、ウレタンゴム(U)、シリコーンゴム(Q)、クロロスルホン化ポリエチレン(CSM)、塩素化ポリエチレン(CM)、アクリルゴム(ACM)、エピクロヒドリンゴム(CO)、フッ素ゴム(FKM)等の非加硫の非ジエン系ゴム;1,2ポリブタジエン、エチレン-オクテンコポリマー、エチレン-αオレフィンコポリマー等の熱可塑性エラストマー;等を挙げることができる。非加硫エラストマーは、1種類を単独でまたは複数種類を組み合わせて使用することができる。
【0040】
また、前述の効果の発現の観点で、非加硫エラストマーの形状は特に限定されず、任意の形状を有するものを適宜使用することができる。但し、摩擦材組成物の製造時の混合の容易性の観点から、粒状であることが好ましい。
【0041】
(非加硫エラストマーの含有量)
摩擦材組成物中の非加硫エラストマーの含有量は特に限定されず、非加硫エラストマーを含有することによる所期の効果が十分に発現される範囲で適宜決定することができる。常用の温度域での摩擦材の耐摩耗性および防錆性をより向上させる観点から、摩擦材組成物中の非加硫エラストマーの含有量は、摩擦材組成物100質量%に対して0.5質量%以上であることが好ましく、1質量%以上であることがより好ましい。また、摩擦材組成物中に含まれている他の成分との配合バランスの観点から、摩擦材組成物中の非加硫エラストマーの含有量は、摩擦材組成物100質量%に対して10質量%以下であることが好ましく、3質量%以下であることがより好ましい。
【0042】
(その他の成分)
本態様の摩擦材組成物は、上述した成分の他に、繊維基材、結合材、非加硫エラストマーとは異なる別の有機充填材、並びに水酸化マグネシウムおよび単斜晶酸化ジルコニウムとは異なる別の無機充填材を摩擦材原料として含有してもよい。
【0043】
(繊維基材)
繊維基材としては、例えば、有機繊維、無機繊維、金属繊維等を挙げることができる。これらの繊維は、天然繊維であってもよく、人工的に合成した合成繊維であってもよい。有機繊維としては、例えば、芳香族ポリアミド繊維(アラミド繊維)、アクリル繊維、セルロース繊維、炭素繊維等を挙げることができる。無機繊維としては、ロックウール、ガラス繊維等を挙げることができる。金属繊維としては、スチール、ステンレス、アルミニウム、亜鉛、スズ等の単独金属からなる繊維、並びに、それぞれの合金金属からなる繊維を挙げることができる。繊維基材は、1種類を単独でまたは複数種類を組み合わせて使用することができる。摩擦材組成物中の繊維基材の含有量は特に限定されず、当該技術分野で通常採用される含有量とすることができる。
【0044】
(結合材)
結合材は、摩擦材組成物中の摩擦材原料を結合させる機能を有している。結合材としては、前記性能を発揮できるものであれば特に限定されず、当該技術分野で公知の結合材を好ましく使用することができる。結合材の具体例としては、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、メラミン樹脂、イミド樹脂等の樹脂を挙げることができる。結合材は、1種類を単独でまたは複数種類を組み合わせて使用することができる。摩擦材組成物中の結合材の含有量は特に限定されず、当該技術分野で通常採用される含有量とすることができる。また、結合剤はシリコーンゴム、アクリルゴム、カシューオイル等の変性成分を含んでいてもよい。
【0045】
(非加硫エラストマーとは異なる別の有機充填材)
本態様の摩擦材組成物は、本発明の効果を損なわない範囲で、非加硫エラストマーとは異なる別の有機充填材を含んでいてもよい。有機充填材は、耐摩耗性等を向上させるための摩擦調整材としての機能を有している。非加硫エラストマーとは異なる別の有機充填材としては、前記性能を発揮できるものであれば特に限定されず、当該技術分野で公知の有機充填材を好ましく使用することができる。非加硫エラストマーとは異なる別の有機充填材の具体例としては、ゴム粉、タイヤ粉、カシューダスト、フッ素樹脂、メラミンシアヌレート、ポリエチレン樹脂等を挙げることができる。有機充填材は、1種類を単独でまたは複数種類を組み合わせて使用することができる。また、有機充填材は、リン酸やフッ素樹脂によって表面を被覆していてもよい。非加硫エラストマーとは異なる別の有機充填材の含有量は特に限定されず、非加硫エラストマーとあわせた有機充填材の総含有量が当該技術分野で採用される有機充填材の含有量の範囲となるように適宜調整すればよい。本態様の摩擦材組成物は、非加硫エラストマーの効果を損なわない程度の少量であれば、加硫エラストマー(例えば、加硫ゴムなど)を含むことを妨げない。
【0046】
(単斜晶酸化ジルコニウムおよび水酸化マグネシウムとは異なる別の無機充填材)
本態様の摩擦材組成物は、本発明の効果を損なわない範囲で、単斜晶酸化ジルコニウムおよび水酸化マグネシウムとは異なる別の無機充填材を含んでいてもよい。単斜晶酸化ジルコニウムおよび水酸化マグネシウムとは異なる別の無機充填材としては、当該技術分野で公知の無機物を好ましく使用することができ、例えば、硫酸バリウム、マイカ、酸化鉄(酸化第一鉄、酸化第二鉄等)、チタン酸塩、水酸化カルシウム等を挙げることができる。チタン酸塩としては、例えば、チタン酸アルカリ金属塩、チタン酸アルカリ金属・第二族塩等を挙げることができ、具体例として、チタン酸カリウム、チタン酸ナトリウム、チタン酸リチウム、チタン酸リチウムカリウム、チタン酸マグネシウムカリウム等を挙げることができる。これらの無機充填材は、1種類を単独でまたは複数種類を組み合わせて使用することができる。摩擦材組成物中の単斜晶酸化ジルコニウムおよび水酸化マグネシウムとは異なる別の無機充填材の含有量は特に限定されず、単斜晶酸化ジルコニウムおよび水酸化マグネシウムとあわせた無機充填材の総含有量が当該技術分野で採用される無機充填材の含有量の範囲となるように適宜調整すればよい。
【0047】
単斜晶酸化ジルコニウムおよび水酸化マグネシウムとは異なる別の無機充填材として、チタン酸塩を含有することにより、650℃以上の温度域での高速制動時の摩擦面において形成される被膜がより強固になり、摩擦材の耐熱性(効きおよび耐摩耗性)がより向上するため好ましい。この場合のチタン酸塩の含有量の上限は特に限定されず、単斜晶酸化ジルコニウムおよび水酸化マグネシウムとあわせた無機充填材の総含有量が当該技術分野で採用される無機充填材の含有量となるように適宜調整すればよい。チタン酸塩の含有量が多い程、前述した摩擦材の耐熱性がより向上するため好ましい。
【0048】
また、単斜晶酸化ジルコニウムおよび水酸化マグネシウムとは異なる別の無機充填材の粒径は特に限定されず、当該技術分野で通常採用される平均粒径を有する無機物を好ましく使用することができる。
【0049】
(潤滑剤)
本態様の摩擦材組成物は、本発明の効果を損なわない範囲で、潤滑剤をさらに含んでいてもよい。潤滑剤としては特に限定されず、当該技術分野で公知の潤滑剤を好ましく使用することができる。潤滑剤の具体例としては、コークス、黒鉛、カーボンブラック、グラファイト、金属硫化物等を挙げることができる。金属硫化物としては、例えば、硫化スズ、三硫化アンチモン、二硫化モリブテン、硫化ビスマス、硫化鉄、硫化亜鉛、硫化タングステン等を挙げることができる。これらの潤滑剤は、1種類を単独でまたは複数種類を組み合わせて使用することができる。潤滑剤の含有量は特に限定されず、当該技術分野で通常採用される含有量とすることができる。
【0050】
(摩擦材組成物の製造方法)
本態様の摩擦材組成物は、上述した摩擦材原料を配合し、それらを混合する混合工程を含む製造方法によって製造することができる。摩擦材原料を均一に混合する観点から、混合工程は、粉体状の摩擦材原料を混合する工程であることが好ましい。混合工程における混合方法および混合条件は、摩擦材原料を均一に混合することができる限り特に限定されず、当該技術分野で公知の方法を採用することができる。例えば、フェンシェルミキサ、レーディゲミキサ等の公知の混合機を使用して、摩擦材原料を常温で10分間程度混合すればよい。混合工程では、混合中の摩擦材原料が昇温しないように、公知の冷却方法によって摩擦材原料の混合物を冷却しながら混合してもよい。
【0051】
<2.摩擦材>
本発明の一態様に係る摩擦材は、本発明の一態様に係る摩擦材組成物を成形してなる。本態様の摩擦材の効果、用途等は本発明の摩擦材組成物の一態様について説明したとおりであるのでここでは繰り返さない。
【0052】
(摩擦材の製造方法)
本態様の摩擦材は、本発明の一態様に係る摩擦材組成物を成形する成形工程を含む製造方法によって製造することができる。成形工程における成形方法および成形条件は、本発明の摩擦材組成物の一態様を所定の形状に成形することができる限り特に限定されず、当該技術分野で公知の方法を採用することができる。例えば、本発明の摩擦材組成物の一態様をプレス等で押し固めることにより成形することができる。プレスによる成形方法としては、本発明の摩擦材組成物の一態様を加熱して押し固めて成形するホットプレス工法および本発明の摩擦材組成物の一態様を加熱せずに常温で押し固めて成形する常温プレス工法のいずれかを好適に採用することができる。ホットプレス工法で成形する場合には、例えば、成形温度を140℃以上、200℃以下(好ましくは160℃)とし、成形圧力を10MPa以上、40MPa以下(好ましくは20MPa)とし、成形時間を3分以上、15分以下(好ましくは10分)とすることで、本発明の摩擦材組成物の一態様を摩擦材に成形することができる。常温プレス工法で成形する場合には、例えば、成形圧力を50MPa以上、200MPa以下(好ましくは100MPa)とし、成形時間を5秒以上、60秒以下(好ましくは15秒)とすることで、本発明の摩擦材組成物の一態様を摩擦材に成形することができる。更に、必要に応じて、摩擦材の表面を研磨して摩擦面を形成する研磨工程を行ってもよい。
【0053】
<3.摩擦部材>
本発明の一態様に係る摩擦材を摩擦面として用いた摩擦部材も本発明の範疇に含まれる。摩擦部材としては、本発明の摩擦材の一態様のみを備える構成、または裏板としての金属板等の板状部材と本発明の摩擦材の一態様とを一体化した構成とすることができる。本態様の摩擦部材の効果、用途等は本発明の摩擦材組成物の一態様について説明したとおりであるのでここでは繰り返さない。
【0054】
本態様の摩擦部材を、板状部材と本発明の摩擦材の一態様とが一体化した構成とする場合は、本発明の摩擦材の一態様と板状部材とをクランプ処理し、その後、熱処理することによって本発明の摩擦材の一態様と板状部材とを接着することができる。クランプ処理の条件は特に限定されないが、例えば、例えば、180℃、1MPa、10分間である。また、クランプ処理後の熱処理の条件も特に限定されないが、例えば、150℃以上、250℃以下、5分以上、180分以下であり、好ましくは、230℃、3時間である。
【0055】
〔まとめ〕
本発明の態様1に係る、摩擦材組成物は、摩擦材組成物中の銅の含有量が銅元素として0.5質量%未満である摩擦材組成物であり、無機充填材として、水酸化マグネシウムおよび単斜晶酸化ジルコニウムを含み、前記摩擦材組成物中の前記水酸化マグネシウムの含有量は、0.5質量%以上、10質量%以下であり、且つ前記摩擦材組成物中の前記単斜晶酸化ジルコニウムの含有量は、5質量%以上、35質量%以下である構成である。
【0056】
このような構成によれば、銅の含有量が銅元素として0.5質量%未満でありながらも、従来の摩擦材と比較して、高温域での高速制動時の効きおよび耐摩耗性に優れ、且つ常用の温度域においても十分な耐摩耗性を有し、さらに摩擦対面材との接触面に十分な防錆性を有する摩擦材を提供できるという効果を奏する。
【0057】
本発明の態様2に係る摩擦材組成物は、前記の態様1において、有機充填材として、非加硫エラストマーを含む構成としてもよい。
【0058】
このような構成によれば、常用の温度域における耐摩耗性および防錆性がさらに良化するという効果を奏する。
【0059】
本発明の態様3に係る摩擦材組成物は、前記の態様1または2において、前記摩擦材組成物中の前記水酸化マグネシウムの含有量は、0.8質量%以上、5質量%以下であり、且つ前記摩擦材組成物中の前記単斜晶酸化ジルコニウムの含有量は、20質量%以上、30質量%以下である構成としてもよい。
【0060】
このような構成によれば、高温域での高速制動時の効きおよび耐摩耗性がさらに良化するという効果を奏する。
【0061】
本発明の態様4に係る摩擦材は、前記の態様1から3のいずれか1つの摩擦材組成物を成形してなる、構成である。
【0062】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例0063】
<摩擦材原料>
実施例および比較例で用いた主要な摩擦材原料は以下のとおりである:
・単斜晶酸化ジルコニウム(単斜晶酸化ジルコニウム):平均粒径10μm以上
・安定化酸化ジルコニウム(安定化酸化ジルコニウム):平均粒径10μm以上
・水酸化マグネシウム:平均粒径4μmまたは平均粒径15μm
・酸化マグネシウム:平均粒径2μm
・非加硫ゴム(非加硫エラストマー):粒状のSBR
上述した摩擦原料以外の原料は、当技術分野で通常用いられるものを使用した。
【0064】
〔実施例1〕
<ブレーキパッドの作製>
表1に示す配合比率に従って各原料を配合し、レーディゲミキサを使用して、常温(20℃)で10分間程度混合することで、摩擦材組成物を得た。なお、表1の各原料の配合量の単位は、摩擦材組成物中の質量%である。
【0065】
成形プレスを使用して、ホットプレス工法によって摩擦材組成物を加熱しつつ押し固めて成形して成形品を得た。ホットプレス工法による成形条件は、以下のとおりであった:
成形温度:160℃
成形圧力:20MPa
成形時間:10分間。
【0066】
得られた成形品の表面を、研磨機を用いて研磨し摩擦面を形成して、摩擦材を得た。この摩擦材を使用して実施例1のブレーキパッドを作製し、高温試験および走行シミュレーション試験を行った。なお、実施例1で作製したブレーキパッドは、摩擦材の厚み12.5mm、摩擦材投影面積55cmであった。
【0067】
〔実施例2~9〕
表1に示す配合比率に従って各原料を配合したこと以外は、実施例1と同様の方法で実施例2~9のブレーキパッドを作製した。
【0068】
〔比較例1~12〕
表2に示す配合比率に従って各原料を配合したこと以外は、実施例1と同様の方法で比較例1~12のブレーキパッドを作製した。
【0069】
<高温試験>
AMSフェード試験(独自動車雑誌auto motor und sportに掲載の評価条件:車速130km/時間、最高ロータ温度650℃以上)を実施し、実施例1~9および比較例1~12のブレーキパッドについて、以下の評価を行った。
【0070】
AMSフェード試験は、(A)製造されてから未使用(新品)のブレーキパッドおよび(B)市場走行履歴のあるブレーキパッドについてそれぞれ実施した。「(B)市場走行履歴のあるブレーキパッド」は、摩耗が進んだ状態および雨の中にさらされた状態を想定している。具体的には、新品での試験後のブレーキパッドおよびロータに、1分間にわたって合計15Lの水をかけた後に、新品のブレーキパッドと同様の試験を実施した。各試験の最高ロータ温度は650~670℃であった。
【0071】
(最低摩擦係数)
AMSフェード試験時の最も低い摩擦係数を、下記の方法で測定した。
(最低摩擦係数の測定方法)
1制動中の最低トルクを用いて、各制動の摩擦係数をJIS D 0106記載の計算式で算出した。試験中で最も低い摩擦係数を最低摩擦係数とした。
【0072】
最低摩擦係数の測定結果を、以下に示す基準に従って1~5の5段階のスコアで評価した。
5:比較例1に対して20%を超えて良化
4:比較例1に対して10%以上、20%以下良化
3:比較例1と同じまたは同等
2:比較例1に対して10%以上、20%以下悪化
1:比較例1に対して20%を超えて悪化
ここでは、評価対象のブレーキパッドの最低摩擦係数が比較例1のブレーキパッドの最低摩擦係数に対して10%以上増加した場合に「良化」と評価し、評価対象のブレーキパッドの最低摩擦係数が比較例1のブレーキパッドの最低摩擦係数に対して10%以上減少した場合に「悪化」と評価した。評価対象のブレーキパッドの最低摩擦係数の増減が比較例1のブレーキパッドの最低摩擦係数に対して10%未満の場合は、比較例1と同じまたは同等と評価した。
【0073】
(摩耗量)
AMSフェード試験後のブレーキパッドの摩耗量を、下記の方法で測定した。
(摩耗量の測定方法)
JASO C427 6.計測方法に準じて摩耗量を測定した。
【0074】
試験後、ブレーキパッド1点につき8か所のパッド摩耗量を測定し、その平均値を「パッド平均摩耗量」とした。
【0075】
摩耗量の測定結果を、以下に示す基準に従って1~5の5段階のスコアで評価した。
5:比較例1に対して20%を超えて良化
4:比較例1に対して10%以上、20%以下良化
3:比較例1と同じまたは同等
2:比較例1に対して10%以上、20%以下悪化
1:比較例1に対して20%を超えて悪化
ここでは、評価対象のブレーキパッドの平均摩耗量が比較例1のブレーキパッドの平均摩耗量に対して10%以上減少した場合に「良化」と評価し、評価対象のブレーキパッドの平均摩耗量が比較例1のブレーキパッドの平均摩耗量に対して10%以上増加した場合に「悪化」と評価した。評価対象のブレーキパッドの平均摩耗量の増減が比較例1のブレーキパッドの平均摩耗量に対して10%未満の場合は、比較例1と同じまたは同等と評価した。
【0076】
<走行シミュレーション磨耗試験>
ロサンゼルス(L.A.)の市街地走行を模擬した台上試験機による試験(通称LACTシミュレーション試験)を行い、ブレーキパッドの推定寿命(パッド推定寿命)(マイル)を以下の式(1)から算出した。
パッド推定寿命(マイル)=パッド厚み(mm)÷パッド平均摩耗量(mm)×試験の走行距離(マイル) ・・・(1)
ここで、「パッド厚み(mm)」は、LACTシミュレーション試験前のブレーキパッドの厚みであり、「パッド平均摩耗量(mm)」は、LACTシミュレーション試験前のブレーキパッドの平均摩耗量であり、その測定方法は、JASO C427 6.計測方法に準じた。
【0077】
AMSフェード試験と同様に走行シミュレーション磨耗試験も、実施例1~9および比較例1~12のブレーキパッドを用いて、(A)製造されてから未使用(新品)のブレーキパッドおよび(B)市場走行履歴のあるブレーキパッドについてそれぞれ実施した。「(B)市場走行履歴のあるブレーキパッド」は、新品での試験後のブレーキパッドおよびロータに、1分間にわたって合計15Lの水をかけた後に、新品のブレーキパッドと同様の試験を実施した。各試験の平均ロータ温度は100~200℃であった。
【0078】
パッド推定寿命の算出結果を、以下に示す基準に従って1~5の5段階のスコアで評価した。
5:比較例1に対して20%を超えて良化
4:比較例1に対して10%以上、20%以下良化
3:比較例1と同じまたは同等
2:比較例1に対して10%以上、20%以下悪化
1:比較例1に対して20%を超えて悪化
ここでは、評価対象のブレーキパッドのパッド推定寿命が比較例1のブレーキパッドのパッド推定寿命に対して10%以上増加した場合に「良化」と評価し、評価対象のブレーキパッドのパッド推定寿命が比較例1のブレーキパッドのパッド推定寿命に対して10%以上減少した場合に「悪化」と評価した。評価対象のブレーキパッドのパッド推定寿命の増減が比較例1のブレーキパッドのパッド推定寿命に対して10%未満の場合は、比較例1と同じまたは同等と評価した。
【0079】
<耐錆評価>
さび固着試験を、JIS D4414-2:1998 「さび固着試験方法(浸漬法)」に準拠して行い、さび固着力を測定した。
【0080】
AMSフェード試験および走行シミュレーション磨耗試験と同様にさび固着試験も、実施例1~9および比較例1~12のブレーキパッドを用いて、(A)製造されてから未使用(新品)のブレーキパッドおよび(B)市場走行履歴のあるブレーキパッドについてそれぞれ実施した。「(B)市場走行履歴のあるブレーキパッド」は、新品での走行シミュレーション磨耗試験後のブレーキパッドおよびロータに、1分間にわたって合計15Lの水をかけた後に、新品のブレーキパッドと同様の試験を実施した。
【0081】
さび固着力の測定結果に基づき、錆によるパッドはりつきの度合いを、以下に示す基準に従って1~5の5段階のスコアで評価した。
5:比較例1に対して30%を超えて良化
4:比較例1に対して15%以上、30%以下良化
3:比較例1と同じまたは同等
2:比較例1に対して15%以上、30%以下悪化
1:比較例1に対して30%を超えて悪化
ここでは、評価対象のブレーキパッドのさび固着力が比較例1のブレーキパッドのさび固着力に対して15%以上減少した場合に「良化」と評価し、評価対象のブレーキパッドのさび固着力が比較例1のブレーキパッドのさび固着力に対して15%以上増加した場合に「悪化」と評価した。評価対象のブレーキパッドのさび固着力の増減が比較例1のブレーキパッドのさび固着力に対して15%未満の場合は、比較例1と同じまたは同等と評価した。
【0082】
<結果>
高速試験における各評価結果、走行シミュレーション磨耗試験における評価結果および耐錆評価における評価結果を、表1および表2に示した。
【表1】
【表2】
【0083】
表1に示すとおり、実施例1~9のブレーキパッドは、無機充填材として水酸化マグネシウムおよび単斜晶酸化ジルコニウムを特定量含有することにより、比較例1のブレーキパッドと比較して、高温域での高速制動時の効きおよび耐摩耗性に優れ、且つ常用の温度域においても十分な耐摩耗性を有し、さらに摩擦対面材との接触面に十分な防錆性を有していることが確認された。また、実施例1~8と実施例9との比較から、非加硫エラストマーとして非加硫ゴムを配合することによって、常用の温度域での耐摩耗性および防錆性がより向上することが確認された。
【0084】
摩擦材中の単斜晶酸化ジルコニウムは、高温域での高速制動により発生する高熱によって酸化マグネシウム(摩擦材中の水酸化マグネシウムが脱水によって変化したもの)と融合することで、安定化酸化ジルコニウムとなる。摩擦面に形成された安定化酸化ジルコニウムの被膜は、摩擦面を保護することによって高温域の耐摩耗性を向上させ、ひいては高温域の摩擦係数(μ)を向上させる。
【0085】
これに対して、単斜晶酸化ジルコニウムの代わりに安定化酸化ジルコニウムを配合した比較例12のブレーキパッドは、常用の温度域での耐摩耗性が悪化した。これは、安定化酸化ジルコニウムのモース硬度が高いため、攻撃性が高く、摩耗してしまうためであると考えられた。水酸化マグネシウムの代わりに酸化マグネシウムを配合した比較例11のブレーキパッドも同様に、酸化マグネシウムのモース硬度が高いため、常用の温度域における耐摩耗性が低下し、パッド推定寿命が悪化した。
【0086】
これらのことから、摩擦材組成物に配合された単斜晶酸化ジルコニウムと水酸化マグネシウムとが高温域での高速制動により発生する高熱によって反応することによって、摩擦面に安定化酸化ジルコニウムの被膜が適宜形成されることが、常用の温度域での耐摩耗性および防錆性の向上と高温域での高速制動時の効きおよび耐摩耗性の向上とを両立させる上で重要であると考えられた。
【産業上の利用可能性】
【0087】
本発明の一態様に係る摩擦材組成物および摩擦材は、自動車等の車両の制動装置における摩擦部材に好適に利用することができる。