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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024143751
(43)【公開日】2024-10-11
(54)【発明の名称】ガスエンジン及びその運転方法
(51)【国際特許分類】
   F02D 19/06 20060101AFI20241003BHJP
   F02M 21/02 20060101ALI20241003BHJP
   F02D 19/02 20060101ALI20241003BHJP
   F02B 29/02 20060101ALI20241003BHJP
【FI】
F02D19/06 B
F02M21/02 301R
F02M21/02 301J
F02M21/02 G
F02M21/02 N
F02D19/06 G
F02D19/02 B
F02B29/02 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023056575
(22)【出願日】2023-03-30
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)2021年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「グリーンイノベーション基金事業/次世代船舶の開発/水素燃料船の開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】303047034
【氏名又は名称】株式会社ジャパンエンジンコーポレーション
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】上田 哲司
【テーマコード(参考)】
3G092
【Fターム(参考)】
3G092AA03
3G092AA06
3G092AB04
3G092AB09
3G092AB20
3G092AC10
3G092BB08
3G092EA08
3G092EA11
3G092EA17
3G092FA50
3G092GA01
3G092HB01Z
3G092HB05Z
3G092HC01Z
(57)【要約】
【課題】ガス燃料と油燃料とを併用するガスエンジンにおいて、噴射口の閉塞が実際に解消されているか否かを、より確実に判断する。
【解決手段】エンジン1は、シリンダ16内で、ガス燃料及び油燃料のうち少なくともガス燃料を燃焼させる第1モードと、油燃料を単独で燃焼させる第2モードとに切替可能であって、ガス燃料を噴射するガス噴射弁30と、ガス噴射弁30に接続され、該ガス噴射弁30に不燃性ガスを供給する第2供給管52と、第1モード及び第2モードでの運転と、第2供給管52を介したガス噴射弁30への不燃性ガスの供給と、をそれぞれ制御するコントローラ100と、を備える。コントローラ100は、第2モードでの運転中、所定条件の成否に基づいて、ガス噴射弁30の噴射口30aから不燃性ガスを噴射させる第1制御を実行し、噴射口30aに至る流路の内圧が所定の第1圧力P1以下となるまで第1制御を繰り返し実行する。
【選択図】図8
【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリンダ内で、ガス燃料及び油燃料のうち少なくともガス燃料を燃焼させる第1モードと、油燃料を単独で燃焼させる第2モードと、に切替可能なガスエンジンであって、
前記ガス燃料を噴射するガス噴射弁と、
前記ガス噴射弁に接続され、該ガス噴射弁に流体を供給する流体供給管と、
前記第1モード及び前記第2モードでの運転と、前記流体供給管を介した前記ガス噴射弁への前記流体の供給と、をそれぞれ制御するコントローラと、を備え、
前記コントローラは、
前記第2モードでの運転中、所定条件の成否に基づいて、前記ガス噴射弁の噴射口から前記流体を噴射させる第1制御を実行し、
前記噴射口に至る流路の内圧が所定の第1圧力以下となるまで、前記第1制御を繰り返し実行する
ことを特徴とするガスエンジン。
【請求項2】
請求項1に記載されたガスエンジンにおいて、
前記コントローラは、前記第2モードでの運転中、
前記第1制御前または後に前記ガス噴射弁に前記流体を供給することで、前記噴射口に至る流路の内圧を、前記第1圧力よりも高く設定された所定の第2圧力までチャージし、
前記シリンダの筒内圧が前記噴射口に至る流路の内圧を下回るたびに、前記第1制御を実行する
ことを特徴とするガスエンジン。
【請求項3】
請求項2に記載されたガスエンジンにおいて、
前記シリンダ内でピストンを往復運動させる2ストローク式の機関本体を備え、
前記第1圧力は、前記ピストンの下死点における前記シリンダの筒内圧よりも高くなるように設定されている
ことを特徴とするガスエンジン。
【請求項4】
請求項1に記載されたガスエンジンにおいて、
前記ガス噴射弁に供給される前記ガス燃料を蓄圧するアキュムレータと、
前記アキュムレータ及び前記ガス噴射弁を接続するガス供給管を開閉するガスゲート弁と、を備え、
前記コントローラは、前記噴射口に至る流路の内圧に、前記ガスゲート弁から前記ガス噴射弁までの流路内の圧力を用いる
ことを特徴とするガスエンジン。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか1項に記載されたガスエンジンにおいて、
前記ガス噴射弁を介して前記シリンダに前記ガス燃料を供給する第1供給管を備え、
前記流体供給管は、前記第1供給管を介して前記ガス噴射弁に接続されるとともに、該ガス噴射弁に対し、前記流体としての不燃性ガスを供給する第2供給管によって構成され、
前記コントローラは、前記シリンダへの前記ガス燃料の非供給時に、前記不燃性ガスを前記第2供給管から前記第1供給管に供給することで、前記ガス燃料を前記第1供給管から排出させるパージ制御を実行する
ことを特徴とするガスエンジン。
【請求項6】
請求項5に記載されたガスエンジンにおいて、
前記ガス燃料に水素ガスを用いるとともに、
前記第2供給管を流れる前記不燃性ガスを加熱する加熱手段を備え、
前記コントローラは、前記パージ制御の実行に際し、前記不燃性ガスを、前記加熱手段によって加熱された状態で、前記第2供給管から前記第1供給管に供給する
ことを特徴とするガスエンジン。
【請求項7】
請求項1に記載されたガスエンジンにおいて、
前記流体供給管は、前記流体としての前記ガス燃料を流通させる第1供給管によって構成される
ことを特徴とするガスエンジン。
【請求項8】
請求項1から4のいずれか1項に記載されたガスエンジンにおいて、
前記シリンダを有し、かつ空気圧を受けて始動するよう構成された機関本体と、
前記機関本体を始動するための始動用空気が充填された空気源と、
前記空気源及び前記機関本体を接続し、前記始動用空気を流通させる空気供給管と、を備え、
前記流体供給管は、前記空気供給管から分岐して前記ガス噴射弁に接続されるとともに、前記流体としての前記始動用空気を流通させる分岐管部によって構成される
ことを特徴とするガスエンジン。
【請求項9】
請求項1に記載されたガスエンジンにおいて、
前記油燃料を貯留する油燃料タンクと、
前記油燃料を噴射する油噴射弁と、
前記油燃料タンク及び前記油噴射弁を接続し、前記油燃料を流通させる油供給管と、を備え、
前記流体供給管は、前記油供給管から分岐して前記ガス噴射弁に接続されるとともに、前記流体としての前記油燃料を流通させる第2の油供給管によって構成される
ことを特徴とするガスエンジン。
【請求項10】
シリンダ内で、ガス燃料及び油燃料のうち少なくともガス燃料を燃焼させる第1モードと、油燃料を単独で燃焼させる第2モードと、に切替可能なガスエンジンの運転方法であって、
前記ガスエンジンは、
前記ガス燃料を噴射するガス噴射弁と、
前記ガス噴射弁に接続され、該ガス噴射弁に流体を供給する流体供給管と、
前記第1モード及び前記第2モードでの運転と、前記流体供給管を介した前記ガス噴射弁への前記流体の供給と、をそれぞれ制御するコントローラと、を備え、
前記コントローラに、
前記第2モードでの運転中、所定条件の成否に基づいて、前記ガス噴射弁の噴射口から前記流体を噴射させる第1制御を実行させるとともに、
前記噴射口に至る流路の内圧が所定の第1圧力以下となるまで、前記第1制御を繰り返し実行させる
ことを特徴とするガスエンジンの運転方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ガスエンジン及びその運転方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、ガス燃料を燃焼可能なガスエンジンの一例として、ガス燃料と油燃料(着火用油燃料)とを併用する二元燃料ディーゼルエンジンが開示されている。具体的に、この二元燃料ディーゼルエンジンは、油燃料を噴射するパイロット燃料噴射装置と、ガス燃料を噴射するガス燃料供給装置と、このガス燃料供給装置に置換ガスを供給する置換ガス供給装置と、を備えている。
【0003】
ここで、前記特許文献1に係る二元燃料ディーゼルエンジンは、燃焼室に油燃料を単独で噴射する単独燃焼モードでの運転中、置換ガスの供給圧より前記燃焼室の圧力が下まわった時、ガス燃料噴射装置から置換ガスを噴射させる制御装置をさらに備えている。
【0004】
前記特許文献1によると、ガス燃料噴射装置から置換ガスを噴射させることで、そのガス燃料噴射装置の噴射口に付着した燃焼残渣を除去することができる。これにより、ガス燃料噴射装置における噴射口の閉塞を抑制し、単独燃焼モードから、油燃料とガス燃料とを同時に噴射する二元燃焼モードへの移行を円滑に行うことができるようになる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2013-217337号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、前記特許文献1に記載のようにガス燃料噴射装置から置換ガスを噴射させるだけでは、噴射口の閉塞が実際に解消されたかを判断することができない。噴射口が閉塞されたままガス燃料での運転を行ってしまうと、ガス燃料の噴射量が目標量よりも低下してしまい、ガスエンジンが所望の性能を発揮できない可能性がある。
【0007】
ここに開示する技術は、かかる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、ガス燃料と油燃料とを併用するガスエンジンにおいて、噴射口の閉塞が実際に解消されているか否かを、より確実に判断することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示の第1の態様は、シリンダ内で、ガス燃料及び油燃料のうち少なくともガス燃料を燃焼させる第1モードと、油燃料を単独で燃焼させる第2モードと、に切替可能なガスエンジンに係る。このガスエンジンは、前記ガス燃料を噴射するガス噴射弁と、前記ガス噴射弁に接続され、該ガス噴射弁に流体を供給する流体供給管と、前記第1モード及び前記第2モードでの運転と、前記流体供給管を介した前記ガス噴射弁への前記流体の供給と、をそれぞれ制御するコントローラと、を備える。
【0009】
そして、前記第1の態様によれば、前記コントローラは、前記第2モードでの運転中、所定条件の成否に基づいて、前記ガス噴射弁の噴射口から前記流体を噴射させる第1制御を実行し、前記噴射口に至る流路の内圧が所定の第1圧力以下となるまで、前記第1制御を繰り返し実行する。
【0010】
前記第1制御を実行することで、噴射口の閉塞が低減される。噴射口の詰まりが低減されたことで、その噴射口に至る流路の内圧(以下、これを「流体圧」ともいう)が低下する。そのとき、噴射口の閉塞が十分に解消された場合には、それが相対的に解消されていない場合と比べて流体圧は円滑かつ速やかに低下することになる。前者の場合、流体圧の低下量は、後者の場合と比べて大きくなる。噴射口の閉塞が完全に解消されたとき、流体圧の低下量は最大となる。
【0011】
そのため、前記第1の態様のように流体圧が第1圧力以下となったか否かを第1制御の終了条件に用いることで、噴射口の閉塞が実際に解消されているか否かを、より確実に判断することができるようになる。これにより、噴射口の閉塞を十分に解消した上で第1モードでの運転を再開させることができるため、ガスエンジンに所望の性能を発揮させることができるようになる。
【0012】
また、本開示の第2の態様によれば、前記コントローラは、前記第2モードでの運転中、前記第1制御前または後に前記ガス噴射弁に前記流体を供給することで、前記噴射口に至る流路の内圧を、前記第1圧力よりも高く設定された所定の第2圧力までチャージし、前記シリンダの筒内圧が前記噴射口に至る流路の内圧を下回るたびに、前記第1制御を実行する、としてもよい。
【0013】
シリンダの筒内圧は、ガスエンジンの各サイクル中に増減することになる。例えば2ストローク1サイクル機関の場合、筒内圧は、第1行程から第2行程に移行するピストンの上死点付近で極大となり、第2行程から第1行程に移行するピストンの下死点で極小となる。
【0014】
したがって、流体圧と筒内圧との大小関係は、ガスエンジンの各サイクル中に逆転し得る。ところが、筒内圧が流体圧に比して大きい場合、ガス噴射弁の噴射口から流体を噴射させようとしたときに、シリンダ内の燃焼室からガス噴射弁に向かってガス等が逆流する可能性がある。
【0015】
これに対し、前記第2の態様によると、コントローラは、シリンダの筒内圧が流体圧を下まわったことを契機として第1制御を実行する。このように構成することで、ガス等の逆流を抑制しながら第1制御を実行することが可能となる。これにより、噴射口の閉塞が実際に解消されたことを判断する上で有利になる。
【0016】
また、第1制御前または後に流体圧をチャージしておくことで、流体圧を第2圧力に調整した状態から第1制御を開始させることができるようになる。これにより、第1制御開始時における流体圧の初期値を一定に保ち、第1制御による流体圧の低下量を精度よく判断することができるようになる。そのことで、噴射口の閉塞が実際に解消されたことを判断する上で有利になる。
【0017】
また、本開示の第3の態様によれば、前記ガスエンジンは、シリンダ内でピストンを往復運動させる2ストローク式の機関本体を備え、前記第1圧力は、前記ピストンの下死点における前記シリンダの筒内圧よりも高くなるように設定されている、としてもよい。
【0018】
前記第3の態様によると、第1制御の終了条件に用いられる第1圧力を、下死点での筒内圧よりも高く設定する。これにより、第1制御の最中、流体圧を、下死点での筒内圧よりも高圧に保つことができる。このように構成することで、ガス等の逆流を抑制しながら第1制御を実行することが可能となる。そのことで、噴射口の閉塞が実際に解消されたことを判断する上で有利になる。
【0019】
また、本開示の第4の態様によれば、前記ガスエンジンは、前記ガス噴射弁に供給される前記ガス燃料を蓄圧するアキュムレータと、前記アキュムレータ及び前記ガス噴射弁を接続するガス供給管を開閉するガスゲート弁と、を備え、前記コントローラは、前記噴射口に至る流路の内圧に、前記ガスゲート弁から前記ガス噴射弁までの流路内の圧力を用いる、としてもよい。
【0020】
前記第4の態様によると、流体圧に、ガスゲート弁よりも下流側の流路内の圧力を用いることで、ガスゲート弁よりも上流側の流路内の圧力を用いる場合に比べて、噴射口の閉塞状況をより正確に反映させることができる。これにより、噴射口の閉塞が実際に解消されたことを判断する上で有利になる。
【0021】
また、本開示の第5の態様によると、前記ガスエンジンは、前記ガス噴射弁を介して前記シリンダに前記ガス燃料を供給する第1供給管を備え、前記流体供給管は、前記第1供給管を介して前記ガス噴射弁に接続されるとともに、該ガス噴射弁に対し、前記流体としての不燃性ガスを供給する第2供給管によって構成され、前記コントローラは、前記シリンダへの前記ガス燃料の非供給時に、前記不燃性ガスを前記第2供給管から前記第1供給管に供給することで、前記ガス燃料を前記第1供給管から排出させるパージ制御を実行する、としてもよい。
【0022】
ここで、「不燃性ガス」とは、ガス燃料と比べて可燃性に劣るガスを示す。
【0023】
前記第5の態様によると、コントローラは、第1制御用の流体に、パージ制御用の不燃性ガスを用いる。不燃性ガスを用いることで、第2モードにおけるエンジンの運転に影響(例えば、油燃料の噴射量への影響)を与えることなく、第1制御を行うことができるようになる。そのことで、第1制御の利便性が向上する。
【0024】
また、パージ制御用の不燃性ガスを用いることで、パージ制御から続けて、又は、パージ制御の最中に第1制御を行うことができる。ガスの入替等、余分な処理を介在させることなく第1制御を行うことができるようになる。
【0025】
また、可燃性に劣る不燃性ガスを用いることで、ガス系統においてガス燃料の漏洩が生じたり、ガス燃料に関連した機械的な摺動部に固着等が生じたりした場合であっても、支障なく第1制御を行うことが可能になる。
【0026】
また、本開示の第6の態様によれば、前記ガスエンジンは、前記ガス燃料に水素ガスを用いるとともに、前記第2供給管を流れる前記不燃性ガスを加熱する加熱手段を備え、前記コントローラは、前記パージ制御の実行に際し、前記不燃性ガスを、前記加熱手段によって加熱された状態で、前記第2供給管から前記第1供給管に供給する、としてもよい。
【0027】
従来知られたパージ制御のように、単に高圧に調整された不燃性ガスを送りこむだけでは、供給管の内壁等、ガスエンジンの構成材料内に吸収された水素ガスを十分に抜き出すことができなかった。鋼材等への水素ガスの吸収は、いわゆる水素脆化を引き起こすため不都合である。
【0028】
これに対し、本願発明者らは、ガスエンジンの構成材料における水素脆化のし易さと、その周辺温度との関係に着目した。すなわち、ステンレス鋼材などの一般的な構成材料の場合、例えば35℃以上の試験温度の下では、その試験温度が高くなるにしたがって、構成材料は単調に水素脆化し難くなっていく。
【0029】
その際、本願発明者らは、水素脆化し難いということは、構成材料の内部に留まる水素分子の数と比較して、当該構成材料から出て行く水素分子の数が多いということに着目した。
【0030】
すなわち、本願発明者らの知見によれば、パージ制御に際してガスエンジンの構成材料を加熱することで、その構成材料からの水素ガスの放出を促進することができる。前記第6の態様に係るコントローラは、そうした知見に基づいたパージ制御を行うように構成されている。
【0031】
具体的に、前記第6の態様によると、コントローラは、パージ制御の実行に際し、不燃性ガスを、加熱手段によって加熱された状態で、第2供給管を介して第1供給管へ供給する。加熱された不燃性ガスを供給することによって、第1供給管の構成材料を加熱することができる。その加熱によって、該構成材料からの水素ガスの放出を促進し、その内部に吸収された水素ガスを、より多く排出させることができる。
【0032】
また、本開示の第7の態様によれば、前記流体供給管は、前記流体としての前記ガス燃料を流通させる第1供給管によって構成される、としてもよい。
【0033】
前記第7の態様によると、コントローラは、第1制御用の流体に、第1モード用のガス燃料を用いる。ガス燃料を用いることで、第2モードにおけるエンジンの運転に際し、油燃料に併せてガス燃料を燃焼させることができる。そのことで、シリンダ内に良好な燃焼を実現することが可能になる。
【0034】
また、本開示の第8の態様によれば、前記ガスエンジンは、前記シリンダを有し、かつ空気圧を受けて始動するよう構成された機関本体と、前記機関本体を始動するための始動用空気が充填された空気源と、前記空気源及び前記機関本体を接続し、前記始動用空気を流通させる空気供給管と、を備え、前記流体供給管は、前記空気供給管から分岐して前記ガス噴射弁に接続されるとともに、前記流体としての前記始動用空気を流通させる分岐管部によって構成される、としてもよい。
【0035】
前記第8の態様によると、コントローラは、第1制御用の流体に、始動用空気を用いる。流体に始動用空気を用いることで、ガスエンジンの被搭載物(例えば船舶)に流体用のタンク等を新設することなく、第1制御を実現することができる。そのことで、被搭載物に係るイニシャルコストを抑制することができる。
【0036】
また、本開示の第9の態様によれば、前記ガスエンジンは、前記油燃料を貯留する油燃料タンクと、前記油燃料を噴射する油噴射弁と、前記油燃料タンク及び前記油噴射弁を接続し、前記油燃料を流通させる油供給管と、を備え、前記流体供給管は、前記油供給管から分岐して前記ガス噴射弁に接続されるとともに、前記流体としての前記油燃料を流通させる第2の油供給管によって構成される、としてもよい。
【0037】
前記第9の態様によると、コントローラは、第1制御用の流体に、第2モード用の油燃料を用いる。油燃料を用いることで、ガスエンジンの被搭載物(例えば船舶)に流体用のタンク等を新設することなく、第1制御を実現することができる。そのことで、被搭載物に係るイニシャルコストを抑制することができる。
【0038】
また、重油等の液体からなる油燃料は、水素ガス等の気体からなるガス燃料に比して冷却性能に優れる。そのため、第1制御に際してガス噴射弁に油燃料を流通させることで、そのガス噴射弁を冷却することが可能になる。
【0039】
本開示の第10の態様は、シリンダ内で、ガス燃料及び油燃料のうち少なくともガス燃料を燃焼させる第1モードと、油燃料を単独で燃焼させる第2モードと、に切替可能なガスエンジンの運転方法に係る。この運転方法において、前記ガスエンジンは、前記ガス燃料を噴射するガス噴射弁と、前記ガス噴射弁に接続され、該ガス噴射弁に流体を供給する流体供給管と、前記第1モード及び前記第2モードでの運転と、前記流体供給管を介した前記ガス噴射弁への前記流体の供給と、をそれぞれ制御するコントローラと、を備える。
【0040】
そして、前記第10の態様によれば、前記運転方法は、前記コントローラに、前記第2モードでの運転中、所定条件の成否に基づいて、前記ガス噴射弁の噴射口から前記流体を噴射させる第1制御を実行させるとともに、前記噴射口に至る流路の内圧が所定の第1圧力以下となるまで、前記第1制御を繰り返し実行させる。
【0041】
前記第10の態様によると、流体圧が第1圧力以下となったか否かを第1制御の終了条件に用いることで、噴射口の閉塞が実際に解消されているか否かを、より確実に判断することができるようになる。これにより、噴射口の閉塞を十分に解消した上で第1モードでの運転を再開させることができるため、ガスエンジンに所望の性能を発揮させることができるようになる。
【発明の効果】
【0042】
以上説明したように、本開示によれば、ガス燃料と油燃料とを併用するガスエンジンにおいて、噴射口の閉塞が実際に解消されているか否かを、より確実に判断することができる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
図1図1は、ガスエンジンの構成を例示する模式図である。
図2図2は、ガスエンジンを含んだシステム前体の概略図である。
図3図3は、燃焼室の上部構造を示す図である。
図4図4は、コントローラの構成を例示するブロック図である。
図5図5は、試験温度に対する水素脆化の傾向を示すプロットである。
図6図6は、ブロー制御及びパージ制御のフローチャートである。
図7図7は、第1制御としての噴射口開放制御のフローチャートである。
図8図8は、噴射口開放制御に関連したタイムチャートである。
図9図9は、第2変形例に対応したガスエンジンを例示する図1対応図である。
図10図10は、第3変形例に対応したガスエンジンを例示する図1対応図である。
【発明を実施するための形態】
【0044】
以下、本開示の実施形態を図面に基づいて説明する。なお、以下の説明は例示である。図1は、ガスエンジン(以下、単に「エンジン」ともいう)1の構成を例示する模式図である。また、図2は、エンジン1を含んだシステム全体の概略図であり、図3は、燃焼室17の上部構造を示す図である。さらに、図4は、エンジン1のコントローラ100の構成を例示するブロック図である。
【0045】
<全体構成>
エンジン1は、ガス燃料と油燃料を併用するように構成されている。具体的に、本実施形態に係るエンジン1は、ガス燃料及び油燃料のうち、少なくともガス燃料を燃焼させる第1モードと、油燃料を単独で燃焼させる第2モードと、に切替可能な直列多気筒式のガスエンジンである。このエンジン1は、ユニフロー掃気方式の2ストローク1サイクル機関として構成されており、タンカー、コンテナ船、自動車運搬船等、大型の船舶に搭載される。
【0046】
エンジン1は、ガス燃料に水素ガスを用いるとともに、油燃料に重油を用いるように構成されており、これらの燃料をシリンダ16内で燃焼させることができる。エンジン1は、第1モードでの運転に際し、水素ガスの単独燃焼と、水素ガスと重油を併用した混焼と、の少なくとも一方を実行可能とすればよい。例えば、以下に詳述するエンジン1は、第1モードでは水素ガスを単独で燃焼させる一方、第2モードでは重油を単独で燃焼させるように構成されている。なお、ガス燃料は、水素ガスには限定されない。メタンガス等、他のガス燃料を用いてもよい。
【0047】
船舶に搭載されたエンジン1は、その船舶を推進させるための主機関として用いられる。エンジン1の出力軸は、プロペラ軸(不図示)を介して船舶のプロペラ(不図示)に連結されている。エンジン1が運転することで、その出力がプロペラに伝達されて、船舶が推進するようになっている。
【0048】
<エンジンの主要構成>
図1図4に示されるように、エンジン1は、前述のシリンダ16を有する機関本体10と、アキュムレータモジュール4と、ガスバルブモジュール5と、ガス貯留系統6と、油燃料供給系統7と、エンジン始動系統8と、ガス置換系統9と、コントローラ100と、を備えている。コントローラ100については、図4にのみ示す。
【0049】
ここで、アキュムレータモジュール4は、機関本体10及びガスバルブモジュール5を流体的に接続する。ガスバルブモジュール5は、アキュムレータモジュール4を介して機関本体10及びガス貯留系統6を流体的に接続する。油燃料供給系統7は、機関本体10と流体的に接続されており、該機関本体10に重油を供給する。エンジン始動系統8は、機関本体10と流体的に接続されており、該機関本体10に始動用空気を供給する。ガス置換系統9は、ガスバルブモジュール5及びアキュムレータモジュール4を介して機関本体10と流体的に接続されており、該機関本体10に置換ガスとしての不燃性ガスを供給する。コントローラ100は、機関本体10、アキュムレータモジュール4、ガスバルブモジュール5、ガス貯留系統6、油燃料供給系統7、エンジン始動系統8及びガス置換系統9を制御する。
【0050】
以下、エンジン1の各部について順番に説明する。
【0051】
(1)機関本体10
機関本体10は、複数(図1では1つのみ例示)のシリンダ16を有している。機関本体10は、2ストローク式の機関であり、船舶の機関室Rに設置されている。
【0052】
本実施形態に係る機関本体10は、そのロングストローク化を実現するべく、いわゆるクロスヘッド式の内燃機関として構成されている。すなわち、この機関本体10においては、下方からピストン21を支持するピストン棒22と、クランクシャフト23に連接される連接棒24と、がクロスヘッド25により連結されている。
【0053】
具体的に、機関本体10は、下方に位置する台板11と、台板11上に設けられる架構12と、架構12上に設けられるシリンダジャケット13と、を備えている。各シリンダ16は、シリンダジャケット13内に設けられている。機関本体10はまた、シリンダ16内に配置され、該シリンダ16内で往復運動するピストン21と、その往復運動に連動して回転する出力軸(例えばクランクシャフト23)と、を備えている。
【0054】
ここで、台板11は、エンジン1のクランクケースを構成するものであり、クランクシャフト23と、クランクシャフト23を回転自在に支持する軸受26と、を収容している。クランクシャフト23には、クランク27を介して連接棒24の下端部が連結されている。
【0055】
架構12は、一対のガイド板28と、連接棒24と、クロスヘッド25とを収容している。一対のガイド板28は、エンジン1の幅方向(図1の紙面左右方向)に間隔を空けて配置されている。連接棒24は、その下端部がクランクシャフト23に連結された状態で、一対のガイド板28の間に配置されている。連接棒24の上端部は、クロスヘッド25を介してピストン棒22の下端部に連結されている。
【0056】
クロスヘッド25は、一対のガイド板28の間に配置されており、各ガイド板28に沿って上下方向に摺動する。すなわち、一対のガイド板28は、クロスヘッド25の摺動を案内する。クロスヘッド25は、クロスヘッドピン29を介してピストン棒22及び連接棒24と接続されている。クロスヘッドピン29は、ピストン棒22に対しては一体的に上下動するよう接続されている一方、連接棒24に対しては、連接棒24の上端部を支点として、連接棒24を回動させるように接続されている。
【0057】
シリンダジャケット13は、内筒としてのシリンダライナ14を支持している。シリンダライナ14の内部には、前述のピストン21が配置されている。このピストン21は、シリンダライナ14の内壁に沿って上下方向に往復運動する。また、シリンダライナ14の上部にはシリンダカバー15が固定されている。シリンダカバー15は、シリンダライナ14とともにシリンダ16を構成している。
【0058】
また、シリンダカバー15には、不図示の動弁装置によって作動される排気弁18が設けられている。排気弁18は、シリンダライナ14及びシリンダカバー15から構成されるシリンダ16、並びに、ピストン21の頂面とともに燃焼室17を区画している。排気弁18は、その燃焼室17と排気管19との間を開閉するものである。排気管19は、燃焼室17に通じる排気口を有しており、排気弁18は、その排気口を開閉するように構成されている。
【0059】
ここで、排気管19は、前記排気口を介してシリンダ16に接続されている。この排気管19は、シリンダ16から排出される排気ガスを流通させるものである。排気管19、特に排気管19の途中に設けた第1熱交換器93によって、本実施形態における加熱手段(第1の加熱手段)が構成されている(図2及び図3参照)。
【0060】
また、シリンダカバー15には、燃焼室17に水素ガスを供給するためのガス噴射弁30が設けられている。ガス噴射弁30は、図3に示すように、燃焼室17の室内に臨むような姿勢で設けられており、そのガス噴射口30aから水素ガスを噴射するように構成されている。
【0061】
図2に示すように、ガス噴射弁30は、シリンダ16毎に例えば2本ずつ設けられており、それぞれ、アキュムレータモジュール4に接続されている。このアキュムレータモジュール4と、ガスバルブモジュール5と、を介して、ガス貯留系統6から各ガス噴射弁30に水素ガスが供給されるようになっている。
【0062】
また、シリンダカバー15には、燃焼室17に重油を供給するための油噴射弁72が設けられている。油噴射弁72は、図3に示すように、燃焼室17の室内に臨むような姿勢で設けられており、その油噴射口72aから重油を噴射するように構成されている。
【0063】
以下、ガス噴射弁30のガス噴射口30aと油噴射弁72の油噴射口72aとを区別するために、ガス噴射弁30のガス噴射口30aを「ガス噴射口」と呼称し、油噴射弁72の油噴射口72aを「油噴射口」と呼称する。
【0064】
図2に示すように、油噴射弁72は、シリンダ16毎にガス噴射弁30と同数(本実施形態では2本)設けられており、それぞれ、油燃料ポンプ74に接続されている。この油燃料ポンプ74を介して、油燃料タンク71から各油噴射弁72に重油が供給されるようになっている。
【0065】
各ガス噴射弁30は、第1モードにおいて燃焼室17に水素ガスを供給し、燃焼室17内で燃焼を生じさせる。同様に、各油噴射弁72は、第2モードにおいて燃焼室17に重油を供給し、燃焼室17内で燃焼を生じさせる。各モードに対応して生じた燃焼によって、ピストン21が上下方向に往復運動をする。このとき、排気弁18が作動して燃焼室17が開放されると、燃焼によって生じた排ガスが排気管19に押し出されるとともに、不図示の掃気ポートから燃焼室17にガスが導入される。
【0066】
また、燃焼によってピストン21が往復運動をすると、ピストン21とともにピストン棒22が上下方向に往復運動をする。これにより、ピストン棒22に連結されたクロスヘッド25が、上下方向に往復運動をする。このクロスヘッド25は、連接棒24の回動を許容するようになっており、クロスヘッド25との接続部位を支点として、連接棒24を回動させる。そして、連接棒24の下端部に接続されるクランク27がクランク運動し、そのクランク運動に応じてクランクシャフト23が回転する。こうして、クランクシャフト23は、ピストン21の往復運動を回転運動に変換し、プロペラ軸とともに船舶のプロペラを回転させる。これにより、船舶が推進する。
【0067】
また、本実施形態に係る機関本体10は、空気圧を受けて始動するように構成されている。そのために、この機関本体10には、空気圧式のエンジン始動系統8が接続されている。エンジン始動系統8の詳細は後述する。
【0068】
(2)ガス貯留系統6
図2に示すように、ガス貯留系統6は、タンクモジュール61と、高圧ポンプ62と、熱交換器モジュール63と、バッファモジュール64と、焼却炉モジュール65と、を備えている。
【0069】
このうち、タンクモジュール61は、液体水素又は水素ガスと、ボイルオフガス(Boil Off Gas:BOG)と、を貯留するガスタンクによって構成されている。タンクモジュール61は、高圧ポンプ62に液体水素又は水素ガスを供給するとともに、高圧ポンプ62において生じたBOGを貯留するように構成されている。
【0070】
高圧ポンプ62は、タンクモジュール61から供給された液体水素又は水素ガスの圧力を調整し、調整後の液体水素又は水素ガスを熱交換器モジュール63に供給する。液体水素の場合、高圧ポンプ62において生じたBOGは、前述のようにタンクモジュール61へ送り戻されるようになっている。なお、高圧ポンプ62の作動は、ガス圧センサSw2の検出信号に基づいて制御される。このガス圧センサSw2は、ガスバルブモジュール5に設けられている。
【0071】
熱交換器モジュール63は、蒸気、温水等を熱源とした熱交換器によって構成されている。熱交換器モジュール63は、熱源との熱交換によって、高圧ポンプ62から供給された液体水素又は水素ガスを加熱する。熱交換器モジュール63はまた、加熱後の水素ガスをバッファモジュール64へ供給する。なお、バッファモジュール64への水素ガスの供給量は、ガス流量センサSw1の検出信号に基づいて制御される。このガス流量センサSw1は、バッファモジュール64及び熱交換器モジュール63を接続する配管に設けられている。
【0072】
バッファモジュール64は、いわゆるバッファタンクと、該バッファタンクからのガスの供給を制御する制御弁とによって構成されている。バッファモジュール64は、高圧ポンプ62によって加圧されかつ熱交換器モジュール63によって加熱された水素ガスを一時的に蓄えるとともに、これをガスバルブモジュール5又は焼却炉モジュール65へと送り出すように構成されている。
【0073】
焼却炉モジュール65は、焼却炉と、煙道と、ガスバルブモジュール5又はバッファモジュール64からのオフガスの供給を制御する制御弁とによって構成されている。焼却炉モジュール65は、機関本体10等から排出される水素ガスを焼却処理したり、水素ガスの排出に用いられる不燃性ガスを船外に排出したりするために用いられるようになっている。本実施形態に係る焼却炉モジュール65は、少なくとも一部が大気開放されている。なお、焼却炉モジュール65は必須ではない。焼却炉モジュール65を省略した場合、水素ガスは、焼却されることなく大気へ放出されることになる。
【0074】
タンクモジュール61に貯留されている水素ガスは、高圧ポンプ62及び熱交換器モジュール63を経てバッファモジュール64に供給され、該バッファモジュール64において一時的に貯留される。一時的に貯留された水素ガスは、エンジン1の運転に際してガスバルブモジュール5へと供給されることになる。
【0075】
(3)ガス置換系統9
ガス置換系統9は、図2に示すように、不燃性ガスタンク91と、不燃性ガス供給管92と、第1の加熱手段としての第1熱交換器93と、第2の加熱手段としての第2熱交換器94と、を備えている。
【0076】
このうち、不燃性ガスタンク91は、不燃性ガスとしての窒素ガスを貯留している。なお、不燃性ガスとしては、アルゴンガス、窒素ガス等、水素ガスと比べて可燃性に劣る不活性ガスを用いることができる。
【0077】
不燃性ガス供給管92は、不燃性ガスタンク91と、ガスバルブモジュール5の第2供給管52と、を接続している。この不燃性ガス供給管92は、第2供給管52を介してアキュムレータモジュール4及び第1供給管51に接続されている。
【0078】
第1熱交換器93は、図3に示すように排気管19の途中に設けられており、シリンダ16から排出された排ガスによって、不燃性ガス供給管92を通過して第2供給管52を流れる不燃性ガスとの間で熱交換を行うように構成されている。この熱交換によって、第2供給管52を流れる不燃性ガスを加熱することができる。
【0079】
第2熱交換器94は、機関本体10のシリンダジャケット13から受熱した熱媒体によって、不燃性ガス供給管92を通過して第2供給管52を流れる不燃性ガスとの間で熱交換を行うように構成されている。この熱交換によって、第2供給管52を流れる不燃性ガスを加熱することができる。
【0080】
なお、第1及び第2熱交換器93,94によって不燃性ガスを加熱することは、必須ではない。不燃性ガスの加熱を不要とした場合、第1及び第2熱交換器93,94は、双方とも不要となる。また、不燃性ガスを加熱する場合であっても、第1及び第2熱交換器93,94は、それらの少なくとも一方が設けられていればよい。
【0081】
(4)ガスバルブモジュール5
ガスバルブモジュール5は、図2に示すように、第1供給管51と、第2供給管52と、排出管53と、を備えている。
【0082】
このうち、第1供給管51は、バッファモジュール64とアキュムレータモジュール4とを接続している。水素ガスによるエンジン1の運転時に、第1供給管51は、アキュムレータモジュール4及びガス噴射弁30を介してシリンダ16に水素ガスを供給する。
【0083】
図2に示すように、第1供給管51には、水素ガスの流れ方向(特に、シリンダ16への水素ガスの供給時における流れ方向)に沿って上流側から順に、ガス圧センサSw2と、第1遮断弁54aと、第2遮断弁54bと、が設けられている。
【0084】
ガス圧センサSw2は、コントローラ100と電気的に接続されている(図4参照)。ガス圧センサSw2は、第1供給管51における水素ガスの圧力を検出し、その検出信号をコントローラ100に入力する。
【0085】
第1遮断弁54a及び第2遮断弁54bは、それぞれ、第1供給管51を開閉するように構成されており、その開放時には水素ガスの流通を許容する一方、その閉塞時には水素ガスの流通を遮断することができる。第1遮断弁54a及び第2遮断弁54bは、それぞれ、コントローラ100からの制御信号を受けて開閉する。
【0086】
第2供給管52は、前述の不燃性ガス供給管92とともに、不燃性ガスタンク91と、アキュムレータモジュール4及び第1供給管51と、を接続している。水素ガスによるエンジン1の非運転時(言い換えると、水素ガスの非供給時)に行われるパージ制御時に、第2供給管52は、アキュムレータモジュール4を介して第1供給管51に不燃性ガスを供給したり、第1供給管51に直に不燃性ガスを供給したりする。
【0087】
特に、本実施形態に係る第2供給管52は、不燃性ガス供給管92を介して不燃性ガスタンク91に接続されており、不燃性ガスとしての窒素ガスを第1供給管51に供給することができる。なお、第2供給管52と不燃性ガス供給管92とを独立した管路とみなすことは、便宜上の分類に過ぎない。第2供給管52と不燃性ガス供給管92とを併せて一本の第2供給管52とみなしてもよい。
【0088】
図2に示すように、第2供給管52は、不燃性ガスの流れ方向の中途の部位である分岐部52cにおいて、アキュムレータモジュール4に接続される第1枝管52aと、第1供給管51に接続される第2枝管52bと、に分岐している。
【0089】
第1枝管52aは、逆止弁57を介して分岐部52cとアキュムレータ41とを接続している。第2枝管52bは、分岐部52cと、第1供給管51における第1遮断弁54a及び第2遮断弁54bの間の部位と、を接続している。また、逆止弁57は、第2供給管52からアキュムレータ41へと向かうガス流を許容し、アキュムレータ41から第2供給管52へと向かうガス流を規制するように構成されている。
【0090】
なお、図2に示す構成は例示に過ぎない。例えば、第2供給管52をさらに分岐させ、分岐部52cと、第1供給管51における第1遮断弁54aの上流の部位と、を接続する第3枝管(不図示)を設けてもよい。
【0091】
第2供給管52における分岐部52cよりも上流側の部位には、第1パージ弁55aが設けられている。同様に、第1枝管52aには第2パージ弁55bが設けられており、第2枝管52bには第3パージ弁55cが設けられている。前記第3枝管を設けた場合、そこに第4のバージ弁を設けてもよい。
【0092】
第1パージ弁55a、第2パージ弁55b及び第3パージ弁55cは、それぞれ、第2供給管52における分岐部52cよりも上流側の部位、第1枝管52a及び第2枝管52bを開閉するように構成されている。各パージ弁55a~55cの開放時には、対応する配管における不燃性ガスの流通が許容される一方、各パージ弁55a~55cの閉塞時には、対応する配管における不燃性ガスの流通を遮断することができる。第1パージ弁55a、第2パージ弁55b及び第3パージ弁55cは、それぞれ、コントローラ100からの制御信号を受けて開閉する。
【0093】
排出管53は、第1供給管51と焼却炉モジュール65とを接続している。前記パージ制御時、及び、該パージ制御と同様に水素ガスの非供給時に行われるブロー制御時に、排出管53は、第1供給管51を介して焼却炉モジュール65に水素ガス及び不燃性ガスを送り込む。
【0094】
排出管53の上流端は、第1供給管51及びアキュムレータ41の接続部と、第2遮断弁54bと、の間の部位に接続されている。この排出管53には排出弁56aが設けられている。
【0095】
なお、図2に示す構成は例示に過ぎない。例えば、排出管53の上流側部分を2つの配管に分岐させ、分岐させた2つの配管を、第1供給管51におけるアキュムレータ41と第2遮断弁54bとの間の部位と、第1供給管51における第2遮断弁54bと第1遮断弁54aとの間の部位とに接続してもよい。その場合、分岐させた各々に前記排出弁56aを設けることが好ましい。
【0096】
排出弁56aは、排出管53を開閉するように構成されており、その開放時には水素ガス及び不燃性ガスの流通を許容する一方、その閉塞時には水素ガス及び不燃性ガスの流通を遮断することができる。排出弁56aは、コントローラ100からの制御信号を受けて開閉する。
【0097】
例えば水素ガスによるエンジン1の運転時には、第1供給管51における第1遮断弁54a及び第2遮断弁54bを開放するとともに、第2供給管52における第1パージ弁55a、第2パージ弁55b及び第3パージ弁55cと、排出管53における排出弁56aとを閉塞する。これにより、バッファモジュール64から第1供給管51へと水素ガスを供給するとともに、その第1供給管51からアキュムレータ41へと水素ガスを供給することが可能になる。
【0098】
一方、不燃性ガスによるパージ制御時には、第1パージ弁55aと、第2パージ弁55b及び第3パージ弁55cの少なくとも1つと、排出弁56aと、をそれぞれ開放し、必要に応じて第1遮断弁54a及び第2遮断弁54bの少なくとも1つを閉塞する。これにより、第2供給管52から第1供給管51又はアキュムレータ41へと不燃性ガスを供給することが可能となる。
【0099】
また、前記パージ制御を開始する前に、第1供給管51から前記水素ガスを排出させるブロー制御時には、第1パージ弁55a、第2パージ弁55b及び第3パージ弁55cを全て閉塞し、排出弁56aを開放する。これにより、アキュムレータ41及び第1供給管51から、排出管53を介して焼却炉モジュール65へと水素ガスを排出することが可能になる。ここで、焼却炉モジュール65を介して第1供給管51を開放してもよいし、焼却炉モジュール65以外の配管を介して大気開放してもよい。
【0100】
(5)アキュムレータモジュール4
アキュムレータモジュール4は、図2に示すように、アキュムレータボックス40と、アキュムレータ41と、ガスゲート弁42と、を備えている。
【0101】
アキュムレータボックス40は、いわゆる筐体、ブロック、又はブロックの集合体であり、アキュムレータ41と、ガスゲート弁42と、第1供給管51及びアキュムレータ41の接続部と、第2供給管52及びアキュムレータ41の接続部と、前述の逆止弁57と、ガス供給管32の一部と、を収容するように構成されている。アキュムレータボックス40がこれらの部材を収容することで、仮にガス漏れが生じたとしても、漏れ出したガスをアキュムレータボックス40内に封じ込めることができる。
【0102】
アキュムレータ41は、ガス噴射弁30に供給される水素ガスを蓄圧する。具体的に、本実施形態に係るアキュムレータ41は、圧力容器によって構成されており、ガス噴射弁30を介して各シリンダ16に供給される直前の水素ガスを貯えることができる。
【0103】
ガスゲート弁42は、アキュムレータ41及びガス噴射弁30を接続するガス供給管32を開閉する。ガス噴射弁30に接続されているガス供給管32は、このガス噴射弁30を介してシリンダ16に水素ガスを供給することができる。ガスゲート弁42がガス供給管32を開閉することで、アキュムレータ41から各ガス噴射弁30への水素ガスの供給を制御することができる。ここで、ガス供給管32は、シリンダ16毎に、アキュムレータボックス40の外部又は内部で二股に分岐している。ガスゲート弁42は、ガス供給管32におけるアキュムレータボックス40内の部分(二股に分岐していない部分)を開閉する。
【0104】
例えば水素ガスによるエンジン1の運転時には、ガスゲート弁42が開放される。これにより、アキュムレータ41に貯えられた水素ガスは、ガス供給管32を介して各ガス噴射弁30へと至り、各ガス噴射弁30から対応するシリンダ16へと噴射されることになる。噴射された水素ガスが燃焼すると、その燃焼によって生じた排ガスは、前述の排気管19を介して排出される。
【0105】
また、第2供給管52は、第1供給管51、アキュムレータモジュール4及びガス供給管32を介してガス噴射弁30に接続されているため、そのガス噴射弁30に対し、第1の流体としての不燃性ガスを供給することもできる。第2供給管52は、不燃性ガスを流通させることができ、本実施形態における「流体供給管」を構成している。
【0106】
後述のように、ガス噴射口30aに供給された不燃性ガスは、そのガス噴射口30aから燃焼室17の室内に噴射されることになる。その際、ガス噴射口30aからの不燃性ガスの噴射を制御すべく、ガス供給管32には流体圧センサSw3が設けられている。
【0107】
流体圧センサSw3は、コントローラ100と電気的に接続されている(図4参照)。流体圧センサSw3は、ガスゲート弁42からガス噴射弁30までの流路内の圧力を検出し、その検出信号をコントローラ100に入力する。
【0108】
(6)油燃料供給系統7
図2に示すように、油燃料供給系統7は、油燃料タンク71と、油噴射弁72と、油供給管73と、油燃料ポンプ74と、を備えている。油燃料タンク71は、油噴射弁72から噴射されることになる重油(油燃料)を貯留する。油噴射弁72は、前述のようにシリンダ16毎に2つずつ設けられており、その油噴射口72aから重油を噴射する。油供給管73は、油燃料タンク71及び油噴射弁72を接続しており、重油を流通させるように構成されている。油燃料ポンプ74は、油燃料タンク71に貯留された重油を圧送し、油噴射弁72に供給する。
【0109】
例えば重油によるエンジン1の運転時には、油燃料ポンプ74が作動する。これにより、油燃料タンク71に貯えられた重油は、油供給管73を介して各油噴射弁72に供給されて、各油噴射弁72から対応するシリンダ16へと噴射されることになる。噴射された重油が燃焼すると、その燃焼によって生じた排ガスは、前述の排気管19を介して排出される。
【0110】
(7)エンジン始動系統8
図2に示すように、エンジン始動系統8は、空気源81と、圧縮機82と、空気供給管83と、始動弁84と、空気管制弁85と、フレームアレスタ86と、を備えている。空気源81には、機関本体10を始動するための圧縮空気(始動用空気)が充填されている。圧縮機82は、空気源81に空気を補充するように構成されている。空気供給管83は、空気源81及び機関本体10を接続し、圧縮空気を流通させるように構成されている。
【0111】
詳しくは、本実施形態に係る空気源81は、いわゆる始動空気タンク(Starting air reservoir)として構成されており、機関本体10を始動するための空気が加圧充填されている。空気源81は、機関本体10の大小に応じて2つ以上の複数(図例では2個)にわたり設けられている。各空気源81は、図2に示すように互いに連通している。これらの空気源81は、機関本体10の始動時には、空気供給管83を介して始動弁84に圧縮空気を供給するように構成されている。
【0112】
また、本実施形態に係る空気供給管83は、空気源81及び機関本体10を接続する主管部83aと、主管部83aにおける中途の部位から分岐した副管部83bと、を有している。
【0113】
主管部83aは、空気源81から各始動弁84に圧縮空気を供給する配管である。副管部83bは、排気弁18等、機関本体10を構成する各アクチュエータを制御するための空気(以下、「制御用空気」ともいう)が流通したり、船舶内で用いられる工具へ供給される空気(以下、「作業用空気」ともいう)が流通したりする流路である。
【0114】
さらに詳細には、主管部83aは、副管部83bに分岐する分岐部83cよりもさらに下流側の部位において、始動用空気を各始動弁84に供給する管路部と、各始動弁84の開閉を制御するための圧縮空気(管制用空気)を各始動弁84に供給する管路部と、に分岐する。前者の流路は、気筒数に応じてさらに分岐して、フレームアレスタ86と始動弁84を経由して各シリンダ16に至る。一方、後者の流路は、空気管制弁85において分岐して、各シリンダ16の始動弁84に至る。
【0115】
ここで、始動弁84は、シリンダ16毎に設けられており、空気源81から各シリンダ16へと至る流路の途中(具体的には、主管部83aの下流端)に設けられている。図示は省略するが、本実施形態に係る始動弁84は、上端側の頂面に空気が供給されるとともに、下端側に弁棒が連結された始動用ピストンを収容している。始動用ピストンの頂面に空気圧を作用させて、この始動用ピストンに連結された弁棒を押し下げることにより、始動弁84を開弁させることができる。一方、始動用ピストンの頂面に及ぶ空気圧を低下させて弁棒を押し上げることにより、始動弁84を閉弁させることができる。始動弁84を開弁させることにより、空気源81から供給された圧縮空気を各シリンダ16の燃焼室17へと供給することができる。そうして、この圧縮空気によってピストン21が押し下げられることにより、クランクシャフト23に回転運動を生じさせることができる。
【0116】
図2に例示する始動弁84においては、始動用ピストンの頂面に作用する空気圧は、始動用の圧縮空気とは独立した管路を通じて供給される管制用空気によって制御される。すなわち、始動弁84の内部(具体的には、始動用ピストンの頂面)に管制用空気を供給したときには、前述の弁棒が下降して始動弁84が開弁する一方、始動弁84の内部から管制用空気が排出されたときには、弁棒が上昇して始動弁84が閉弁することになる。この管制用空気の供給は、空気管制弁85によって制御される。
【0117】
詳しくは、空気管制弁85は、各始動弁84に管制用空気を分配することにより、各始動弁84の開閉を管制するように構成されている。具体的に、本実施形態に係る空気管制弁85は、ヘリカル駆動歯車、回転板、歯車軸受等を備えて成る機械式の制御弁として構成されており、空気管制弁85に圧縮空気が供給されると、回転板等が動作することにより、各燃焼室17の着火順序に応じたタイミングで各始動弁84へ圧縮空気を分配する。そうして分配された圧縮空気は、前述の管制用空気として、各始動弁84における弁棒の上下動、ひいては各始動弁84の開閉を制御することができる。
【0118】
フレームアレスタ86は、いわゆる逆火防止装置として機能する逆止弁であって、図2に示すように、各始動弁84の直上流に設けられている。フレームアレスタ86を設けることで、シリンダ16内の油燃料に着火してシリンダ内圧力が上昇したときに、その燃焼が圧縮空気の管路に逆流するのを防止することができる。
【0119】
(8)コントローラ100
(8-1)概略構成
コントローラ100は、プロセッサ、揮発性メモリ、不揮発性メモリ、入出力デバイスを有している。コントローラ100には、前述のガス流量センサSw1、ガス圧センサSw2及び流体圧センサSw3に加え、第1供給管51に設けられた水素濃度センサSw4及び燃焼室17内に設けられた筒内圧センサSw5等が接続されている。なお、水素濃度センサSw4及び筒内圧センサSw5は、図4のみに示す。水素濃度センサSw4は、第1供給管51における水素ガスの濃度を検出し、その検出信号をコントローラ100に入力する。筒内圧センサSw5は、燃焼室17内の圧力を検出し、その検出信号をコントローラ100に入力する。
【0120】
コントローラ100は、それらのセンサから入力された検出信号に基づいて制御信号を生成し、その制御信号を、例えば、アキュムレータモジュール4のガスゲート弁42と、ガスバルブモジュール5の第1遮断弁54a、第2遮断弁54b、第1パージ弁55a、第2パージ弁55b、第3パージ弁55c及び排出弁56aと、ガス貯留系統6、油燃料供給系統7、エンジン始動系統8の各部と、機関本体10の各ガス噴射弁30と、に入力する。
【0121】
コントローラ100は、エンジン1の各部に制御信号を入力することで、水素ガスによる機関本体10の運転(前記第1モードでの運転)及び重油による機関本体10の運転(前記第2モードでの運転)を制御したり、水素ガスをブローするためのブロー制御を実行したり、水素ガスをパージするためのパージ制御を実行したりすることができる。
【0122】
具体的に、コントローラ100は、ガスバルブモジュール5を構成する各弁を開閉することで、第1供給管51を介したシリンダ16への水素ガスの供給を制御する。例えば、コントローラ100は、ガス貯留系統6から各シリンダ16へ至る水素ガスの経路を構築することで、各シリンダ16へと水素を送り込むことができる。その際、コントローラ100は、例えばガス流量センサSw1及びガス圧センサSw2の検出信号に基づいて、高圧ポンプ62の作動を制御するようになっている。
【0123】
また、コントローラ100は、ガスバルブモジュール5を構成する各弁を開閉することで、第2供給管52を介した第1供給管51への不燃性ガスの供給を制御する。例えば、コントローラ100は、第2供給管52と第1供給管51とを直に結ぶ経路を構築したり、アキュムレータ41を介して第2供給管52と第1供給管51とを結ぶ経路を構築したりすることで、第1供給管51へと不燃性ガスを送り込むことができる。第1供給管51へと送り込まれた不燃性ガスは、以下に述べるパージ制御に用いたり、後述の噴射口開放制御(第1制御)に用いたりすることができる。
【0124】
(8-2)パージ制御
例えば、コントローラ100は、シリンダ16への水素ガスの非供給時(言い換えると、水素ガスによる機関本体10の非運転時/水素ガスの非燃焼時)に、第1供給管51及びアキュムレータ41のうち、少なくとも第1供給管51から水素ガスを排出させるパージ制御を実行する。
【0125】
本実施形態に係るパージ制御は、コントローラ100がガスバルブモジュール5を制御することで、第2供給管52を介して第1供給管51へと不燃性ガスを供給することで行われるようになっている。
【0126】
なお、従来知られた手法のように、単に高圧に調整された不燃性ガスを供給するだけでは、第1供給管51の内壁等、エンジン1の構成材料内に吸収された水素ガスを十分に抜き出すことができなかった。鋼材等への水素ガスの吸収は、いわゆる水素脆化を引き起こすため不都合である。
【0127】
これに対して、本願発明者らは、エンジン1の構成材料における水素脆化のし易さと、その周辺温度との関係に着目した。ここで、図5は、試験温度に対する水素脆化の傾向を示すプロットである。図5の横軸は、構成材料の周辺温度(試験温度)であり、縦軸は、その試験温度における水素脆化の起こり易さを示している。
【0128】
詳しくは、図5の縦軸は、大気又は不活性ガス中における構成材料の塑性伸び率に対する、水素ガス中における構成材料の塑性伸び率の比を示している。塑性伸び率の比が1に近くなるほど(言い換えると、図5の縦方向に沿って上方に向かうほど)、大気中の塑性伸び率に近くなりし、構成材料が水素脆化し難くなると解釈することができる。図5に示すプロットの詳細は、該プロットの引用元であるJonathan A. LEE, "Hydrogen Embrittlement", NASA/TM-2016-218602, (2016)、及び当該文献の引用元であるCaskey, G R., "Hydrogen Effects in Stainless Steel", In: Hydrogen Degradation of Ferrous Alloys, R.A. Oriani, J. P. Hirth, M. Smialowski (eds.), Noyes Publications, New Jersey, pp. 822-862, (1985)に記載の通りである。
【0129】
また、図5の各プロットは、構成材料の種類に対応している。例えば、「304L」、「316」、「310」及び「304N」とは、それぞれ、AISIで規定されたステンレス鋼304L、ステンレス鋼316、ステンレス鋼310及びステンレス鋼304Nを示している。例えば、本実施形態に係るエンジン1の構成材料には、ステンレス鋼316とステンレス鋼304Nとが含まれている。
【0130】
図5に示すように、塑性伸び率の大きさは、-70℃から20℃付近で減少から増加に転じている。例えば35℃以上では、温度が高くなるにしたがって、単調に水素脆化し難くなっていくとみなすことができる。35℃という温度は、機関本体10の設置環境における環境温度(例えば、機関室Rの室温)と比べて高い。
【0131】
本願発明者らは、そうした環境温度においては、温度が高くなるにしたがって、構成材料が単調に水素脆化し難くなっていくことに着目した。その際、本願発明者らは、水素脆化し難いということは、ステンレス鋼316等の内部に留まる水素分子の数と比較して、当該構成材料から出て行く水素分子の数が多いと解釈できることに気付いた。
【0132】
すなわち、本願発明者らの知見によれば、パージ制御に際してエンジン1の構成材料を加熱することで、その構成材料に吸収された水素ガスの放出を促進することができる。本実施形態に係るコントローラ100は、そうした知見に基づいたパージ制御を行うように構成されている。
【0133】
具体的に、本実施形態に係るコントローラ100は、パージ制御の実行に際し、不燃性ガスを、加熱手段によって加熱された状態で、第2供給管52から第1供給管51に供給する。
【0134】
(7-3)噴射口開放制御
さらに、コントローラ100は、第1モード及び第2モードでの運転と、流体供給管としての第2供給管52を介したガス噴射弁30への流体の供給と、をそれぞれ制御する。
【0135】
例えば、水素ガスを主に用いるように構成されたエンジン1であったとしても、ガスバルブモジュール5等で水素ガスの漏洩が生じたり、水素ガスに関連した機械的な摺動部に固着等が生じたりした場合、コントローラ100は、第1モードでの運転から第2モードでの運転に切り替える。
【0136】
その他、水素燃料の残量が少なくなったり、水素ガスの最小噴射量(アキュムレータモジュール4、ガス噴射弁30等の仕様から要求される噴射量)で実現される負荷よりも低負荷で運転することが要求されたりした場合、コントローラ100は、第1モードでの運転から第2モードでの運転に切り替えることになる。
【0137】
ところが、第2モードでの運転が行われた場合、ガス噴射弁30のガス噴射口30aが、煤、シール油等でコーキングされてしまい、第2モードから第1モードへと復帰しようとしたときに、その復帰が円滑に進まない可能性がある。
【0138】
そこで、本実施形態に係るコントローラ100は、油燃料を用いた運転(つまり第2モードでの運転)中、所定条件の成否に基づいて、ガス噴射口30aから流体を噴射させる噴射口開放制御(第1制御)を実行する。
【0139】
流体に不燃性ガス(窒素ガス)を用いる場合、噴射口開放制御は、第2供給管52、第1供給管51、アキュムレータモジュール4及びガス供給管32を介してガス噴射弁30に不燃性ガスを供給することで実行することができる。
【0140】
なお、噴射口開放制御を行う契機となる所定条件は、特定の手動操作(例えば、噴射口開放制御を指示する操作)をコントローラ100が受け付けたときに成立したものとしてもよいし、これに加えて又はこれに代えて、特定の自動入力をコントローラ100が受け付けたとき(例えば、所定期間が経過したことがタイマによって計測されたとき)に成立したものとしてもよい。ここでいう所定期間とは、例えば3日(72時間)程度としてもよい。
【0141】
しかしながら、ガス噴射口30aから不燃性ガスを噴射させるだけでは、実際にガス噴射口30aの閉塞が解消されたかを判断することができない。ガス噴射口30aが閉塞されたまま水素ガスでの運転を再開してしまうと、水素ガスの噴射量が目標量よりも低下してしまい、ガスエンジン1が所望の性能を発揮できない可能性がある。
【0142】
これに対し、本実施形態に係るコントローラ100は、ガス噴射口30aに至る流路の内圧が所定の第1圧力P1以下となるまで、噴射口開放制御を繰り返し実行する。ガス噴射口30aが開放されている場合、そこに至る流路の内圧は、ガス噴射口30aが閉塞されている場合と比較して、噴射口開放制御によって大きく低下するものと考えられる。そこで、この流路の内圧を噴射口開放制御の終了判定に用いることで、ガス噴射口30aの閉塞をより確実に抑制することが可能になる。なお、判定の指標となる第1圧力P1については図8に示す通りである。図8については後述する。
【0143】
また、ガス噴射口30aに至る流路の内圧には、ガス噴射弁30内の圧力を用いてもよいし、より一般的には、ガスゲート弁42からガス噴射弁30までの流路内の圧力を用いてもよい。本実施形態では、流体圧センサSw3によって検出可能な、ガス供給管32内の圧力が用いられている。以下、ガス噴射口30aに至る流路の内圧を、単に「流体圧」ともいう。
【0144】
以下、パージ制御及び噴射口開放制御の具体例について詳細に説明する。
【0145】
<パージ制御の詳細>
図6は、ブロー制御及びパージ制御のフローチャートである。この図6は、ブロー制御及びパージ制御のうち、後者のパージ制御について詳細に示している。
【0146】
まず、図6におけるスタート後のステップS1において、コントローラ100は、第1モードでのエンジン1の運転(エンジン1の水素運転)を停止する。エンジン1の水素運転を停止するケースとは、前述のように、ガスバルブモジュール5等で水素ガスの漏洩が生じたり、水素ガスに関連した機械的な摺動部に固着等が生じたり、水素ガスの残量が少なくなったり、水素ガスの最小噴射量(アキュムレータモジュール4、ガス噴射弁30等の仕様から要求される噴射量)で実現される負荷よりも低負荷で運転することが要求されたりした場合に相当する。
【0147】
この場合、ステップS1において、コントローラ100は、第1遮断弁54a及び第2遮断弁54bのうちの少なくとも一方を閉じる。第1遮断弁54aと第2遮断弁54bの両方を閉じるか、或いは、どちらか一方を閉じるかの選択は、第1供給管51においてパージ対象とする部位に応じて決定することができる。
【0148】
その後、ステップS2において、コントローラ100は、シリンダ16への水素ガスの非供給時に第1供給管51を大気開放することで、該第1供給管51から水素ガスを排出させるブロー制御を実行する。ステップS2と、ステップS3以降の処理との前後関係に示すように、本実施形態に係るコントローラ100は、パージ制御を開始する前にブロー制御を実行する。
【0149】
具体的に、ステップS2において、コントローラ100は、第1パージ弁55a、第2パージ弁55b及び第3パージ弁55cを全て閉塞し、排出弁56aを開放する。これにより、アキュムレータ41及び第1供給管51と焼却炉モジュール65とが流体的に接続される。焼却炉モジュール65を大気に連通させることで、第1供給管51が大気開放される。これにより、第1供給管51内に残存している高圧の水素ガスを事前に排出し、第1供給管51内の圧力が低下する。
【0150】
続くステップS3において、コントローラ100は、第1パージ弁55aと、第2パージ弁55b及び第3パージ弁55cの少なくとも1つと、を開放する。これにより、第2供給管52と第1供給管51とが流体的に接続されることになる。
【0151】
続くステップS4で、コントローラ100は、パージ制御の実行に際し、第1熱交換器93及び第2熱交換器94のうちの少なくとも一方によって加熱された不燃性ガスを、第2供給管52を介して第1供給管51及びアキュムレータ41へ供給する。
【0152】
ステップS4において、コントローラ100は、第1パージ弁55aと、第2パージ弁55b及び第3パージ弁55cのうちの少なくとも1つと、に加えて、排出弁56aを開く。
【0153】
パージ制御に用いられる不燃性ガスは、不燃性ガスタンク91から第1供給管51に至る前に、第1熱交換器93及び第2熱交換器94を通過する。その際、第1熱交換器93及び第2熱交換器94のうちの少なくとも一方は、摂氏35度以上(図5の境界線Blを参照)、好ましくは摂氏40度以上、さらに好ましくは摂氏50度以上となるように、不燃性ガスを加熱する。
【0154】
したがって、このパージ制御では、高温の不燃性ガスが第1供給管51に供給されるようになっている。高温の不燃性ガスを供給することで、第1供給管51の内壁等が加熱されて、その内部からの水素ガスの放出を促進することができる。
【0155】
前述の図5に示したように、摂氏35度のときと比べて、摂氏40度のとき、構成材料は相対的に水素脆化し難い。そのため、構成材料に吸収された水素ガスを放出させる上で有利になる。同様に、摂氏40度のときと比べて、摂氏50度のときは相対的に水素脆化し難い。そのため、水素ガスを放出させる上でさらに有利になる。
【0156】
その他、第1熱交換器93及び第2熱交換器94は、機関室Rの室温以上となるように不燃性ガスを加熱してもよい。この場合、実際の室温の代わりに、日本産業規格(Japanese Industrial Standards:JIS)で規定された機関室温度を目安として不燃性ガスを加熱してもよい。その場合、不燃性ガスは、「JIS F 0408:1999 船舶-機関制御室の空調及び通風基準」で規定された機関室温度(摂氏+45度)以上となるように加熱されることが好ましい。
【0157】
第1供給管51の内壁等から放出された水素ガスは、排出管53を介して焼却炉モジュール65に送り込まれ、該焼却炉モジュール65で焼却される。
【0158】
また、コントローラ100は、単に加熱されただけでなく、略大気圧の不燃性ガスを第1供給管51に供給する。
【0159】
すなわち、このステップS4では、コントローラ100は、加熱手段によって加熱された状態にある略大気圧の不燃性ガスを、第1供給管51へ供給する。略大気圧の不燃性ガスを供給することで、水素の分圧を低下させることができる。これにより、水素ガスの拡散性を向上させることで、構成材料に吸収された水素を効果的に除去することができる。
【0160】
なお、ステップS4に係る処理は、水素ガスと不燃性ガスとを置き換える一定量の不燃性ガスを供給し終わるまで行ってもよいが、本実施形態では、以下に説明するステップS6へ移行するまで持続的に行われる(つまり、不燃性ガスは、ステップS6に至るまで供給され続ける)。不燃性ガスの供給を持続的に行うことで、不燃性ガス中のH2濃度を下げ、結果的に水素の分圧を低下させる上で有利になる。
【0161】
また、ステップS4において高温かつ略大気圧の不燃性ガスを第1供給管51に供給する前に、大気圧よりも高圧の不燃性ガスを、第2供給管52を介して第1供給管51に供給してもよい。その際、不燃性ガスの圧力は、第2供給管52上に設けたポンプ(不図示)等によって調整することができ、例えば、第1供給管51内に残存している水素ガス(第1供給管51の管路内に充填されている水素ガス)の圧力よりも高圧になるように設定すればよい。
【0162】
高圧の不燃性ガスを供給することで、第1供給管51等に残存しつつも、その構成材料内に吸収されていな水素ガスを事前に押し出して、これを予めパージすることができる。パージされた水素ガスは、排出管53を介して焼却炉モジュール65に送り込まれ、そこで焼却される。
【0163】
続くステップS5において、コントローラ100は、水素ガスの濃度(水素濃度)が静定したか否かを判定する。この判定は、水素濃度センサSw4の検出信号に基づいて行ってもよい。ステップS5の判定がYESの場合、制御プロセスはステップS6に進む。ステップS5の判定がNOの場合、制御プロセスはステップS5に戻る(つまり、コントローラ100は、判定がNOとなるまでステップS5を繰り返す)。
【0164】
また、ステップS5からステップS6へ進む前に、水素濃度が所定の爆発限界以下であることを判定するステップを行ってもよい。そうしたステップを設けた場合、水素濃度が所定の爆発限界以下となるまで、コントローラ100は、ステップS6に係る処理の実行を規制することになる。
【0165】
ステップS6において、コントローラ100は、不燃性ガスの供給を停止する。
【0166】
続くステップS7において、コントローラ100は、水素運転を再開するか否かを判定する。この判定は、コントローラ100に対する船員の操作入力等に基づいて行ってもよい。この判定がYESの場合、制御プロセスは、ステップS7からステップS8に進む。ステップS7の判定がNOの場合、制御プロセスはステップS10に戻る(つまり、コントローラ100は、判定がNOとなるまでステップS7を繰り返す)。
【0167】
なお、ステップS6の処理が完了した後に、ステップS4において供給された不燃性ガスと入れ替えるように空気を供給してもよい。空気と置き換えられた不燃性ガスは、不図示のアキュムレータに貯えて再利用してもよいし、水素ガスと同様に焼却炉モジュール65に送り込んでもよい。
【0168】
窒素に代えて空気を供給することで、エンジン1の構成材料に生じた亀裂の新生面に酸素を供給し、その新生面を酸化させることができる。これにより、構成材料への水素ガスの入り込みを抑制し、亀裂の進展を抑制することができる。
【0169】
なお、不燃性ガスと空気を置き換える処理は、一定量の空気を供給し終わるまで行ってもよいが、以下に説明するステップS8へ移行するまで持続的に行ってもよい(つまり、ステップS8に至るまで空気を供給し続けてもよい)。空気の供給を持続的に行うことで、前記新生面を酸化によって保護することができる。
【0170】
続くステップS8において、コントローラ100は、パージ制御を終了する。その後、ステップS9において、コントローラ100は、水素ガスによるエンジン1の運転を再開する。その際、第1パージ弁55a~第3パージ弁55c及び排出弁56aが全て閉塞されるとともに、第1遮断弁54a及び第2遮断弁54bが双方とも開放される。
【0171】
このように、本実施形態に係るコントローラ100は、パージ制御の実行に際し、加熱された不燃性ガスを第1供給管51へ供給する。これにより、第1供給管51の構成材料を加熱することができる。その加熱によって、該構成材料からの水素ガスの放出を促進し、その内部に吸収された水素ガスを、より多く排出させることができる。
【0172】
<噴射口開放制御の詳細>
図7は、第1制御としての噴射口開放制御のフローチャートである。また、図8は、噴射口開放制御に関連したタイムチャートである。図8には、[n]番目、[n+1]番目及び[n+2]番目の各サイクルにおける流体圧の推移(グラフG1を参照)と、筒内圧の推移(グラフG2を参照)と、流体圧及び筒内圧の大小関係に基づいて変化するフラグ(第1制御実行フラグ)と、が例示されている。なお、以下の説明は、流体に不燃性ガスを用いた場合に相当するが、後述の変形例のように、不燃性ガス以外の流体を用いた場合も同様である。
【0173】
まず、図7におけるスタート後のステップS21において、コントローラ100は、噴射口開放制御(第1制御)を行うべきか否か、つまり前記所定条件が成立しているか否かを判定する。この所定条件は、前述のように、特定の手動操作及び/又は自動入力をコントローラ100が受け付けたときに成立したものとすればよい。この判定がNOの場合、制御プロセスはリターンする。一方、ステップS21の判定がYESの場合、制御プロセスはステップS22に進む。
【0174】
ステップS22において、コントローラ100は、第2モードで運転中であるか否かを判定する。この判定がNOの場合(第1モードで運転中の場合)、制御プロセスはリターンする。一方、ステップS22の判定がYESの場合、制御プロセスはステップS23に進む。
【0175】
ステップS23において、コントローラ100は、例えば不燃性ガスを用いた場合にはパージ制御と同様にガスバルブモジュール5を制御することで、ガス噴射弁30に不燃性ガス(流体)を供給する。ステップS23は、後述のステップS26前または後に行えばよい。ガス噴射弁30に不燃性ガスを供給すると、ガス噴射弁30内の圧力、ひいては流体圧が上昇する。
【0176】
そこで、続くステップS24において、コントローラ100は、流体圧を所定の第2圧力P2までチャージする。この第2圧力P2には、ガス置換系統9による不燃性ガスの供給圧、すなわち、不燃性ガスタンク91内のガス圧を用いることができる。この供給圧は、約1MPa程度であり、少なくとも第2モードでの運転中、略一定に保持されている。この第2圧力P2は、図8に示すように第1圧力P1に比して大きい。
【0177】
一方、シリンダ16の筒内圧、つまり燃焼室17内の圧力は、エンジン1の各サイクル中に増減することになる。図8のグラフG2に示すように、ストローク1サイクル機関の場合、筒内圧は、第1行程から第2行程に移行するピストン21の上死点付近で極大となり、第2行程から第1行程に移行するピストン21の下死点で極小となる。なお、下死点における筒内圧P3は、図8に示すように第1圧力P1及び第2圧力P2の双方に比して小さい。このエンジン1の場合、筒内圧は15~25MPa程度まで上昇し得る。
【0178】
このように、流体圧と筒内圧との大小関係は、エンジン1の各サイクル中に逆転し得る。したがって、筒内圧が流体圧に比して大きい場合、ガス噴射口30aから不燃性ガスを噴射させようとしたときに、燃焼室17からガス噴射弁30に向かってガス等が逆流する可能性がある。
【0179】
そうした逆流を未然に防止すべく、コントローラ100は、続くステップS25において筒内圧と流体圧(つまり、第2圧力P2に調整された流体圧)とを比較するともに、筒内圧が流体圧を下まわっているか否かを判定する。例えば2ストローク1サイクル機関の場合、この判定は、第2行程の後半から第1行程の前半にかけてのいずれかのタイミングでYESとなる。なお、第1行程の前半とは、第1行程を前半と中盤と後半とに3分したときの前半部に相当する。同様に、第2行程の後半とは、同じく第2行程を3分したときの後半部に相当する。
【0180】
なお、筒内圧の推移は、エンジン1の諸元・仕様等に基づいて事前に計算することができる。その計算結果に基づいて、予め決められたクランク角でガス噴射口30aから不燃性ガスを噴射するように構成してもよい。そのように構成した場合、筒内圧センサSw5を省略してもよい。
【0181】
ステップS25の判定がNOの場合、コントローラ100は、図8に示すフラグ(第1制御実行フラグ)を0のまま保持したり、1から0に変更したりする。第1制御実行フラグが0のとき、制御プロセスはステップS25に戻る。つまり、コントローラ100は、筒内圧が流体圧を下まわるまでステップS25の判定を繰り返す。
【0182】
一方、図8の時間t1に例示したように流体圧が筒内圧を上まわり、ステップS25の判定がYESになった場合、コントローラ100は、同図の下段に示すフラグ(第1制御実行フラグ)を0から1に変更する。第1制御実行フラグが1のとき、制御プロセスはステップS26に進む。つまり、コントローラ100は、筒内圧が流体圧を下まわったことを条件に制御プロセスをステップS26に進め、噴射口開放制御を開始させる。
【0183】
ステップS26において、コントローラ100は、噴射口開放制御(第1制御)を実行する。具体的に、コントローラ100は、第1制御実行フラグが1の場合に、ガス噴射口30aから不燃性ガスを噴射(流体噴射)させる。また、噴射口開放制御の実行期間(不燃性ガスの噴射期間)は、該噴射口開放制御が1サイクルにつき1回実行されるよう、ステップS25の判定がYESとなる期間よりも短くなるように設定してもよい。第1制御実行フラグは、1サイクルにつき1回の頻度で、噴射口開放制御を開始してから所定期間後に1から0に戻る。
【0184】
図8のグラフG1に示すように、噴射口開放制御を実行することで流体圧が低下する。流体圧は、ガス噴射口30aの閉塞状況に応じて、第2圧力P2から所定量低下する。そのとき、ガス噴射口30aが十分に開放されている場合には、それが相対的に閉塞されている場合と比べて流体圧は円滑かつ速やかに低下することになる。前者の場合、流体圧の低下量は、後者の場合と比べて大きくなる。
【0185】
なお、図7のステップS25及びステップS26の構成は例示に過ぎず、これに限定されるものではない。例えば、ステップS25の判定がYESとなってから所定時間経過後に、第1制御実行フラグを0に戻す(つまり、第1制御実行フラグを0から1に変更してから所定時間経過後に、当該フラグを0に戻す)ように構成してもよいし、所定のクランク角度で第1制御実行フラグを0に戻す(つまり、下死点から所定時間経過後に、当該フラグを0に戻す)ように構成してもよい。
【0186】
そこで、続くステップS27において、コントローラ100は、流体圧(つまり、第2圧力P2から低下している流体圧)と第1圧力P1とを比較するともに、流体圧が第1圧力P1以下であるか否かを判定する。ここで、第1圧力P1は、不燃性ガスタンク91内のガス圧、つまり第2圧力P2よりも低く、かつ下死点での筒内圧P3よりも高くなるように事前に設定されており、コントローラ100の記憶装置から適宜読み出されるようになっている。
【0187】
ステップS27の判定がNOの場合、ガス噴射口30aが十分に開放されていない(依然として閉塞されている)ものとして、制御プロセスがステップS23に戻る。
【0188】
ステップS23に戻った場合、ガス噴射弁30に再び不燃性ガスを供給する(ステップS23)とともに、噴射口開放制御によって低下した流体圧を第2圧力P2までチャージする(ステップS24)。その後、コントローラ100は、筒内圧に係る判定(ステップS25)と、その判定に基づいた噴射口開放制御(ステップS26)と、第1圧力P1に係る判定(ステップS27)と、を再び実行する。ステップS23、ステップS24及びステップS26の処理は、1サイクルにつき1回実行されるようになっている。
【0189】
例えば、図8に示すように[n+1]番目のサイクルで噴射口開放制御を実行したとき、流体圧は、[n]番目のサイクル時と同様に第2圧力P2を始点(初期圧)として低下するとともに、その[n+1]番目のサイクルにおける噴射口開放制御が終了した後に、第2圧力P2まで戻されるようになっている。
【0190】
また、図8に示すように、第1制御実行フラグは、各サイクルにおいて0から1に変化する。このコントローラ100は、第1制御実行フラグが1になるたびに(言い換えると、各サイクルにおいてシリンダ16の筒内圧が流体圧を下回るたびに)、噴射口開放制御を実行する。
【0191】
また、コントローラ100が噴射口開放制御を行うたびに、ガス噴射口30aの閉塞は徐々に解消されていくことになる。これにより、図8における[n]番目、[n+1]番目及び[n+2]番目のサイクルに示すように、流体圧の低下量は、サイクル数を重ねる毎に大きくなっていく。ステップS27の判定は、サイクル数を重ねていくことで、いずれYESになると考えられる。
【0192】
例えば図8の時間t2に示すように、ステップS27の判定がYESになる(流体圧≦第1圧力P1)と、制御プロセスは、ステップS23に戻らずにリターンする。図8の時間t2に示すように、流体圧が第1圧力P1まで低下したことを条件に、第1制御実行フラグを1から0にしてもよい。これにより、噴射口開放制御に係る処理が終了する。
【0193】
また、図示は省略したが、噴射口開放制御の繰り返し回数が所定の第1閾値以上になった場合、コントローラ100は、噴射口開放制御を行ったにもかかわらずガス噴射弁30の閉塞が解消されない、つまりガス噴射弁30に何らかの異常が生じているものと判断し、乗員にアラーム等の報知を行うように構成されている。
【0194】
<噴射口開放制御の意義について>
以上説明したように、第1制御としての噴射口開放制御を実行することで、ガス噴射口30aの閉塞が低減される。ガス噴射口30aの詰まりが低減されたことで、流体圧が低下する。そのとき、ガス噴射口30aの閉塞が十分に解消された場合には、それが相対的に解消されていない場合と比べて流体圧は円滑かつ速やかに低下することになる。前者の場合、流体圧の低下量は、後者の場合と比べて大きくなる。ガス噴射口30aの閉塞が完全に解消されたとき、流体圧の低下量は最大となる。なお、ここでの「低下量」とは、第2圧力P2からの低下量(=第2圧力P2-第1制御による低下後の流体圧)を指す。つまり、流体圧の低下量は、第2圧力P2が第1圧力P1まで低下したときに、最大となる。
【0195】
そのため、図7のステップS27及び図8を用いて説明したように、流体圧が第1圧力P1以下となったか否かを噴射口開放制御の終了条件に用いることで、ガス噴射口30aの閉塞が実際に解消されているか否かを、より確実に判断することができるようになる。これにより、ガス噴射口30aの閉塞を十分に解消した上で第1モードでの運転を再開させることができるため、エンジン1に所望の性能を発揮させることができるようになる。
【0196】
また、図8を用いて説明したように、シリンダ16の筒内圧は、エンジン1の各サイクル中に増減することになる。そのため、流体圧と筒内圧との大小関係は、エンジン1の各サイクル中に逆転し得る。ところが、筒内圧が流体圧に比して大きい場合、ガス噴射口30aから流体を噴射させようとしたときに、シリンダ16内の燃焼室17からガス噴射弁30に向かってガス等が逆流する可能性がある。
【0197】
これに対し、本実施形態に係るコントローラ100は、図7のステップS25及び図8を用いて説明したように、シリンダ16の筒内圧が流体圧を下まわったことを契機として噴射口開放制御を実行する。このように構成することで、ガス等の逆流を抑制しながら噴射口開放制御を実行することが可能となる。これにより、ガス噴射口30aの閉塞が実際に解消されたことを判断する上で有利になる。
【0198】
また、噴射口開放制御前または後に流体圧をチャージしておくことで、図8の破線P2を用いて説明したように、流体圧を第2圧力P2に調整した状態から噴射口開放制御を開始させることができるようになる。これにより、噴射口開放制御の開始時における流体圧の初期値を一定に保ち、噴射口開放制御による流体圧の低下量を精度よく判断することができるようになる。そのことで、ガス噴射口30aの閉塞が実際に解消されたことを判断する上で有利になる。
【0199】
また、図8を用いて説明したように、本実施形態に係るコントローラ100は、噴射口開放制御の終了条件に用いられる第1圧力P1を、下死点での筒内圧P3よりも高く設定する。これにより、噴射口開放制御の最中、流体圧を、下死点での筒内圧P3よりも高圧に保つことができる。このように構成することで、ガス等の逆流を抑制しながら第1制御を実行することが可能となる。そのことで、ガス噴射口30aの閉塞が実際に解消されたことを判断する上で有利になる。
【0200】
また、図2等を用いて説明したように、コントローラ100は、流体圧に、ガスゲート弁42よりも下流側の流路内の圧力を用いる。これにより、ガスゲート弁42よりも上流側の流路内の圧力を用いる場合に比べて、ガス噴射口30aの閉塞状況をより正確に反映させることができる。これにより、ガス噴射口30aの閉塞が実際に解消されたことを判断する上で有利になる。
【0201】
また、図2等を用いて説明したように、コントローラ100は、噴射口開放制御用の流体に、パージ制御用の不燃性ガスを用いる。流体に不燃性ガスを用いることで、第2モードにおけるエンジン1の運転に影響(例えば、油燃料の噴射量への影響)を与えることなく、噴射口開放制御を行うことができるようになる。そのことで、噴射口開放制御の利便性が向上する。
【0202】
また、パージ制御用の不燃性ガスを流体に用いることで、パージ制御から続けて、又は、パージ制御の最中に噴射口開放制御を行うことができる。ガスの入替等、余分な処理を介在させることなく噴射口開放制御を行うことができるようになる。
【0203】
<ガスエンジンの変形例>
前記実施形態では、噴射口開放制御用の流体に不燃性ガスを用いるように構成されていたが、本開示は、そうした構成には限定されない。噴射口開放制御用の流体には、ガス燃料(特に水素ガス)を用いてもよいし、エンジン始動系統8における始動用空気を用いてもよいし、油燃料(特に重油)を用いてもよい。
【0204】
以下、流体にガス燃料を用いた構成を「第1変形例」と呼称し、流体に始動用空気を用いた構成を「第2変形例」と呼称し、流体に油燃料を用いた構成を「第2変形例」と呼称し、各変形例について順番に説明する。
【0205】
(1)第1変形例
第1変形例の場合、図2に示したエンジン1と同じ構成を用いることができる。この場合、アキュムレータモジュール4及びガス供給管32を介してガス噴射弁30に接続された第1供給管51は、そのガス噴射弁30に対し、第2の流体としての水素ガスを供給することができる。第1供給管51は、第2の流体としての水素ガスを流通させることができるという点で、第1変形例における「流体供給管」を構成している。
【0206】
この場合、コントローラ100は、図6を用いて説明したパージ制御後に噴射口開放制御を実行する。噴射口開放制御の詳細は、前述の図7に示すフローと同様である。この場合、図7のステップS23においてガス噴射弁30に水素ガスを供給することで、パージ制御用の不燃性ガスと水素ガスとの入れ替えが行われるようになっている。
【0207】
この第1変形例では、コントローラ100は、噴射口開放制御用の流体に、第1モード用の水素ガスを用いる。水素ガスを用いることで、第2モードにおけるエンジン1の運転に際し、重油に併せて水素ガスを燃焼させることができる。そのことで、シリンダ16内に良好な燃焼を実現することが可能になる。
【0208】
(2)第2変形例
図9は、第2変形例に対応したエンジン1’を例示する図1対応図である。この第2変形例に係るエンジン始動系統8’は、空気供給管83から分岐してガス噴射弁30に接続される分岐管部83dと、第1開閉弁83eと、第2開閉弁83fと、を有している。図9に示すように、この分岐管部83dは、ガス置換系統9の不燃性ガス供給管92に接続されており、ガスバルブモジュール5、アキュムレータモジュール4及びガス供給管32を介してガス噴射弁30に接続されている。分岐管部83dは、ガス噴射弁30に対し、第3の流体としての始動用空気を供給することができる。分岐管部83dは、第3の流体としての始動用空気を流通させることができるという点で、第2変形例における「流体供給管」を構成している。
【0209】
また、第1開閉弁83eは、分岐管部83dの途中に配置されている。第1開閉弁83eは、分岐管部83dを開閉する。第2開閉弁83fは、不燃性ガス供給管92における、第2熱交換器94と、不燃性ガス供給管92及び分岐管部83dの接続部と、の間の部位に配置されている。第2開閉弁83fは、不燃性ガス供給管92を開閉する。第1開閉弁83eを開きかつ第2開閉弁83fを閉じることで、前述のように、始動用空気を、分岐管部83dからガス噴射弁30に供給することができるようになる。
【0210】
この場合、コントローラ100は、図6を用いて説明したパージ制御後に噴射口開放制御を実行する。噴射口開放制御の詳細は、前述の図7に示すフローと同様である。この場合、図7のステップS23においてガス噴射弁30に始動用空気を供給することで、パージ制御用の不燃性ガスと始動用空気との入れ替えが行われるようになっている。
【0211】
また、始動用空気の供給圧は、不燃性ガスと同様に1MPa程度である。そのため、前記実施形態と同様にガス等の逆流が懸念されるため、コントローラ100は、筒内圧が流体圧を下まわったタイミングで噴射口開放制御を開始する。また、ガス噴射弁30から空気を排出するために、コントローラ100は、噴射口開放制御後に再びパージ制御を行う。そのパージ制御においては、不燃性ガスを加熱することは必須ではない。
【0212】
この第2変形例では、コントローラ100は、噴射口開放制御用の流体に、始動用空気を用いる。始動用空気を用いることで、ガスエンジンの被搭載物(例えば船舶)に流体用のタンク等を新設することなく、噴射口開放制御を実現することができる。そのことで、被搭載物に係るイニシャルコストを抑制することができる。
【0213】
なお、分岐管部83dは、図9のようにガス置換系統9に接続する代わりに、ガスバルブモジュール5に接続してもよいし、アキュムレータモジュール4に接続してもよいし、ガス供給管32に接続してもよい。また、分岐管部83dは、図9のように第1及び第2熱交換器93,94の下流に接続してもよいし、図例に代えて、第1及び第2熱交換器93,94の上流に接続してもよい。
【0214】
(3)第3変形例
図10は、第3変形例に対応したエンジン1”を例示する図1対応図である。この第3変形例に係る油燃料供給系統7”は、油供給管73から分岐してガス噴射弁30に接続される第2の油供給管75を有している。図10に示すように、第2の油供給管75は、ガス供給管32に接続されており、このガス供給管32を介してガス噴射弁30に接続されている。第2の油供給管75は、ガス噴射弁30に対し、第4の流体としての重油を供給することができる。第2の油供給管75は、第4の流体としての重油を流通させることができるという点で、第3変形例における「流体供給管」を構成している。
【0215】
この場合、コントローラ100は、図6を用いて説明したパージ制御後に噴射口開放制御を実行する。噴射口開放制御の詳細は、前述の図7に示すフローと同様である。この場合、図7のステップS23においてガス噴射弁30に重油を供給することで、パージ制御用の不燃性ガスと重油との入れ替えが行われるようになっている。
【0216】
第3変形例の噴射口開放制御において、コントローラ100は、油噴射弁72とガス噴射弁30の双方から重油を噴射させることで、第2モードでの運転を実行する。その際、コントローラ100は、噴射口開放制御の非実行時における重油の目標噴射量を、油噴射弁72とガス噴射弁30とのそれぞれに分配する。これにより、第2モードでの運転に支障を来すことなく(例えば、噴射口開放制御の実行時と非実行時とでエンジン1の負荷を変動させることなく)、噴射口開放制御を実行することができる。
【0217】
この第3変形例では、コントローラ100は、噴射口開放制御用の流体に、第2モード用の重油を用いる。重油を用いることで、エンジン1の被搭載物(例えば船舶)に流体用のタンク等を新設することなく、噴射口開放制御を実現することができる。そのことで、被搭載物に係るイニシャルコストを抑制することができる。
【0218】
また、重油等の液体からなる油燃料は、水素ガス等の気体からなるガス燃料に比して冷却性能に優れる。そのため、噴射口開放制御に際してガス噴射弁30に油燃料を流通させることで、そのガス噴射弁30を冷却することが可能になる。
【0219】
なお、第2の油供給管75は、図10のようにガス供給管32に接続する代わりに、ガスバルブモジュール5に接続してもよいし、アキュムレータモジュール4に接続してもよいし、ガス供給管32に接続してもよい。
【0220】
<他の実施形態>
前記実施形態では、加熱手段として、第1の加熱手段としての第1熱交換器93と、第2の加熱手段としての第2熱交換器94とを双方とも備えた構成を例示したが、本開示は、そうした構成には限定されない。エンジン1は、第1熱交換器93及び第2熱交換器94のうちの少なくとも一方を備えていてもよいし、前述のように、第1熱交換器93及び第2熱交換器94を双方とも具備しない構成としてもよい。
【0221】
また、前記実施形態では、2ストローク1サイクル機関として構成されたエンジン1,1’,1”が例示されていたが、本開示は、そうした構成には限定されない。例えば、4ストローク1サイクル機関として構成されたガスエンジンに、本開示を適用することもできる。
【符号の説明】
【0222】
1,1’,1” エンジン(ガスエンジン)
10 機関本体
16 シリンダ
21 ピストン
30 ガス噴射弁
30a ガス噴射口(噴射口)
41 アキュムレータ
42 ガスゲート弁
51 第1供給管(流体供給管)
52 第2供給管(流体供給管)
71 油燃料タンク
72 油噴射弁
73 油供給管
75 第2の油供給管(流体供給管)
81 空気源
83 空気供給管
83d 分岐管部(流体供給管)
93 第1熱交換器(第1の加熱手段、加熱手段)
94 第2熱交換器(第2の加熱手段、加熱手段)
100 コントローラ
P1 第1圧力
P2 第2圧力
P3 下死点における筒内圧
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10