(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024143757
(43)【公開日】2024-10-11
(54)【発明の名称】水素エンジン及びその運転方法
(51)【国際特許分類】
F02D 19/02 20060101AFI20241003BHJP
F02M 21/02 20060101ALI20241003BHJP
F02D 19/08 20060101ALI20241003BHJP
F02B 37/18 20060101ALI20241003BHJP
【FI】
F02D19/02 B
F02M21/02 G
F02M21/02 301J
F02D19/08 C
F02B37/18 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023056583
(22)【出願日】2023-03-30
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)2021年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「グリーンイノベーション基金事業/次世代船舶の開発/水素燃料船の開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】303047034
【氏名又は名称】株式会社ジャパンエンジンコーポレーション
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】上田 哲司
【テーマコード(参考)】
3G005
3G092
【Fターム(参考)】
3G005DA04
3G005EA04
3G005EA16
3G005GA03
3G005GB27
3G005HA05
3G092AA03
3G092AA18
3G092AB04
3G092AB09
3G092AC10
3G092DE10
3G092EA08
3G092FB01
(57)【要約】
【課題】水素エンジンの運転を途絶えさせることなく、燃焼室の構成材料内に吸収された水素ガスの排出と、製造コストの抑制と、を両立する。
【解決手段】エンジン1は、水素ガス及び該水素ガスとは異なる異種燃料のうち、少なくとも水素ガスをシリンダ16内で燃焼させる第1モードと、同じシリンダ16内で異種燃料を単独で燃焼させる第2モードと、に切替可能であって、第1モード及び第2モードの切替を制御するコントローラ100を備える。コントローラ100は、第1モードでの運転中、所定期間又は所定サイクル数が経過する度に、第2モードでの運転に一時的に切り替える第1制御を実行する。
【選択図】
図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水素ガス及び該水素ガスとは異なる異種燃料のうち、少なくとも前記水素ガスをシリンダ内で燃焼させる第1モードと、同じシリンダ内で前記異種燃料を単独で燃焼させる第2モードと、に切替可能な水素エンジンであって、
前記第1モード及び前記第2モードの切替を制御するコントローラを備え、
前記コントローラは、前記第1モードでの運転中、所定期間又は所定サイクル数が経過する度に、前記第2モードでの運転に一時的に切り替える第1制御を実行する
ことを特徴とする水素エンジン。
【請求項2】
請求項1に記載された水素エンジンにおいて、
前記シリンダは、複数設けられ、
前記コントローラは、前記シリンダのそれぞれに対し、前記所定期間が経過したか否かの判定と、前記第1制御と、を個別に実行し、
前記シリンダのうち、一のシリンダにおいて前記第1制御が実行されているときには、他のシリンダでは前記第1制御が実行されないように設定されている
ことを特徴とする水素エンジン。
【請求項3】
請求項1に記載された水素エンジンにおいて、
前記シリンダは、複数設けられ、
前記コントローラは、前記シリンダの全てに対し、前記所定期間が経過したか否かの判定と、前記第1制御と、を同時に実行する
ことを特徴とする水素エンジン。
【請求項4】
請求項1に記載された水素エンジンにおいて、
前記コントローラは、前記第1モードでの運転中に前記所定サイクル数が経過する度に、前記第1制御を一サイクルにわたって実行する
ことを特徴とする水素エンジン。
【請求項5】
請求項1に記載された水素エンジンにおいて、
前記シリンダを有する機関本体と、
前記機関本体に設けられ、前記異種燃料を噴射する異種燃料噴射弁と、を備え、
前記コントローラは、前記第1制御を実行するとき、前記異種燃料の噴射タイミングを、該第1制御の非実行時と比べて圧縮上死点に近接させる
ことを特徴とする水素エンジン。
【請求項6】
請求項1に記載された水素エンジンにおいて、
前記シリンダを有する2ストローク式の機関本体と、
前記機関本体に接続される吸気通路及び排気通路と、
前記吸気通路に配置されるコンプレッサ及び前記排気通路に配置されるタービンを有し、前記タービンに供給される排気によって前記コンプレッサを駆動する排気タービン式過給機と、
前記排気通路における前記タービン上流側の部位と、該タービン下流側の部位と、を接続するバイパス通路と、
前記バイパス通路を開閉することで、前記タービンに供給される排気の流量を調整するバイパス弁と、を備え、
前記コントローラは、前記第1制御を実行するとき、前記バイパス弁の開度を、該第1制御の非実行時と比べて大きく設定する
ことを特徴とする水素エンジン。
【請求項7】
請求項1に記載された水素エンジンにおいて、
前記シリンダ内における水素濃度を検出する水素濃度センサを備え、
前記コントローラは、前記水素濃度センサの検出結果に基づいて、前記水素濃度が所定閾値以下になるまで前記第1制御を継続する
ことを特徴とする水素エンジン。
【請求項8】
水素ガス及び該水素ガスとは異なる異種燃料のうち、少なくとも前記水素ガスをシリンダ内で燃焼させる第1モードと、同じシリンダ内で前記異種燃料を単独で燃焼させる第2モードと、に切替可能な水素エンジンの運転方法であって、
前記水素エンジンは、前記第1モード及び前記第2モードの切替を制御するコントローラを備え、
前記コントローラに、前記第1モードでの運転中、所定期間又は所定サイクル数が経過する度に、前記第2モードでの運転に一時的に切り替える第1制御を実行させる
ことを特徴とする水素エンジンの運転方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、水素エンジン及びその運転方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、水素ガス等のガス燃料を燃焼可能なガスエンジンの一例として、油燃料とガス燃料を併用する二元燃料エンジンが開示されている。具体的に、この特許文献1に開示されている二元燃料エンジンは、燃焼シリンダにガス燃料を供給するガス燃料供給ライン(元管)と、ガス燃料供給ラインから分岐する大気圧開放ラインと、ガス燃料供給ラインに接続された気体供給ラインと、を備えている。
【0003】
前記特許文献1によると、ガス燃料の供給を停止する場合、大気圧開放ラインに介設された大気開放弁が開かれる。これにより、ガス燃料供給ライン内に溜まっているガス燃料が排出される。その後、気体供給ラインの開閉弁を開くことで、ガス燃料供給ラインに不活性ガス(窒素ガス、二酸化炭素等)又は空気が供給される。その際、不活性ガス又は空気は、所定の給気圧力よりも若干高圧に調整された状態で、ガス燃料供給ラインに供給される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、前記特許文献1に開示されているようなガスエンジンを、水素ガスを燃焼させる水素エンジンに用いた場合、燃焼室から水素ガスを排出するために、その燃焼室に対して窒素ガス等の不活性ガスを送り込むことが考えられる。
【0006】
しかしながら、例えば前記特許文献1に開示されている手法のように、単に高圧に調整された不活性ガスを送り込むだけでは、燃焼室の内壁等、水素エンジンの構成材料内に吸収された水素ガスを十分に抜き出すことができなかった。鋼材等への水素ガスの吸収は、いわゆる水素脆化を引き起こすため不都合である。
【0007】
また、燃焼室への不活性ガスの供給は、水素エンジンの停止時に行う必要がある。水素エンジンの運転中に行うことができないという点で、従来知られた手法には工夫の余地があった。
【0008】
こうした問題に対し、鋼材等の材料に工夫を凝らすことで水素脆化を抑制することも考えられるが、材料による対策は、水素エンジンの製造コストを高めてしまうため不都合である。
【0009】
ここに開示する技術は、かかる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、水素エンジンの運転を途絶えさせることなく、燃焼室の構成材料内に吸収された水素ガスの排出と、製造コストの抑制と、を両立することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本開示の第1の態様は、水素ガス及び該水素ガスとは異なる異種燃料のうち、少なくとも前記水素ガスをシリンダ内で燃焼させる第1モードと、同じシリンダ内で前記異種燃料を単独で燃焼させる第2モードと、に切替可能な水素エンジンに係る。この水素エンジンは、前記第1モード及び前記第2モードの切替を制御するコントローラを備える。
【0011】
そして、前記第1の態様によれば、前記コントローラは、前記第1モードでの運転中、所定期間又は所定サイクル数が経過する度に、前記第2モードでの運転に一時的に切り替える第1制御を実行する。
【0012】
本願発明者らは、水素エンジンの構成材料における水素脆化のし易さと、その周辺温度との関係に着目した。すなわち、ステンレス鋼材などの一般的な構成材料の場合、例えば35℃以上の試験温度の下では、その試験温度が高くなるにしたがって、構成材料は単調に水素脆化し難くなっていく。
【0013】
その際、本願発明者らは、水素脆化し難いということは、構成材料の内部に留まる水素分子の数と比較して、当該構成材料から出て行く水素分子の数が多いと解釈できることに着目した。
【0014】
前記第1の態様に係る第1制御を実行することで、水素ガスではなく異種燃料が燃焼することになる。この燃焼によって、燃焼室の構成材料が加熱される。本願発明者らの知見によれば、水素ガスの不在下で構成材料を加熱することで、該構成材料からの水素ガスの放出を促進し、その内部に吸収された水素ガスを、より多く排出させることができる。また、前記第1の態様に係る構成は、構成材料それ自体に工夫を凝らすような構成と比較して、製造コストの抑制にも資する。
【0015】
また、前記第1制御は、水素ガスでの燃焼中に異種燃料での燃焼へ一時的に切り替えるものであるから、不活性ガスの供給等の手法とは異なり、水素エンジンの運転を途切れさせることなく行うことができる。
【0016】
また、摺動部品の摩耗、部品の伸び等によって、前記構成材料には新生面が発生し得る。そうした新生面には、一般に水素分子が入り込み易い。しかしながら、前述のように第1制御を通じて異種燃料を燃焼させることで、その新生面の酸化を助勢することができる。これにより、水素ガスの吸収を結果的に抑制することもできる。
【0017】
また、本開示の第2の態様によれば、前記シリンダは、複数設けられ、前記コントローラは、前記シリンダのそれぞれに対し、前記所定期間が経過したか否かの判定と、前記第1制御と、を個別に実行し、前記シリンダのうち、一のシリンダにおいて前記第1制御が実行されているときには、他のシリンダでは前記第1制御が実行されないように設定されている、としてもよい。
【0018】
前記第2の態様によると、一シリンダずつ第1制御を行うことで、ガスエンジンの負荷変動を抑制するとともに、二酸化炭素等、異種燃料の燃焼に伴うガスの発生を、単位時間当たりにおいて可能な限り抑制することができる。
【0019】
さらに、各シリンダにおいては、第1制御の実行間隔を可能な限り長くすることができる。これにより、モード間の切替に要する時間を確保し、第1制御をスムースに開始させることができる。
【0020】
また、本開示の第3の態様によれば、前記シリンダは、複数設けられ、前記コントローラは、前記シリンダの全てに対し、前記所定期間が経過したか否かの判定と、前記第1制御と、を同時に実行する、としてもよい。
【0021】
前記第3の態様によると、第1制御の実行間隔を、可能な限り長くすることができる。これにより、モード間の切替に要する時間を確保し、第1制御をスムースに開始させることができる。
【0022】
また、本開示の第4の態様によれば、前記コントローラは、前記第1モードでの運転中に前記所定サイクル数が経過する度に、前記第1制御を一サイクルにわたって実行する、としてもよい。
【0023】
前記第4の態様によると、異種燃料での燃焼を、可能な限り短期間に収めることができる。これにより、二酸化炭素等、異種燃料の燃焼に伴うガスの発生を、可能な限り抑制することができる。
【0024】
また、本開示の第5の態様によれば、前記水素エンジンは、前記シリンダを有する機関本体と、前記機関本体に設けられ、前記異種燃料を噴射する異種燃料噴射弁と、を備え、前記コントローラは、前記第1制御を実行するとき、前記異種燃料の噴射タイミングを、該第1制御の非実行時と比べて圧縮上死点に近接させる、としてもよい。
【0025】
前記第5の態様によると、異種燃料の噴射タイミングを、第1制御の実行時には圧縮上死点に近接させる。これにより、燃焼室内の温度を上昇させることができ、燃焼室の構成材料内からの水素ガスの放出を、さらに促進することができる。
【0026】
また、本開示の第6の態様によれば、前記水素エンジンは、前記シリンダを有する2ストローク式の機関本体と、前記機関本体に接続される吸気通路及び排気通路と、前記吸気通路に配置されるコンプレッサ及び前記排気通路に配置されるタービンを有し、前記タービンに供給される排気によって前記コンプレッサを駆動する排気タービン式過給機と、前記排気通路における前記タービン上流側の部位と、該タービン下流側の部位と、を接続するバイパス通路と、前記バイパス通路を開閉することで、前記タービンに供給される排気の流量を調整するバイパス弁と、を備え、前記コントローラは、前記第1制御を実行するとき、前記バイパス弁の開度を、該第1制御の非実行時と比べて大きく設定する、としてもよい。
【0027】
2ストローク式の機関本体を用いた場合、前記水素エンジンは、いわゆる掃気を実行する。ここで、前記第6の態様のようにバイパス弁の開度を大きく設定した場合、タービンを迂回する空気量が増加する。これにより、コンプレッサによる空気の圧縮が弱まり、掃気時に燃焼室に送り込まれる空気量が減少する。その結果、燃焼室内の温度を上昇させることができ、燃焼室の構成材料内からの水素ガスの放出を、さらに促進することができる。
【0028】
また、本開示の第7の態様によれば、前記水素エンジンは、前記シリンダ内における水素濃度を検出する水素濃度センサを備え、前記コントローラは、前記水素濃度センサの検出結果に基づいて、前記水素濃度が所定閾値以下になるまで前記第1制御を継続する、としてもよい。
【0029】
前記第7の態様によると、コントローラは、水素濃度が所定閾値以下になるまで、第2モードでの一時的な運転を継続する。このように構成することで、第1制御の実行時間を必要最小限に抑えることができる。これにより、二酸化炭素等、異種燃料の燃焼に伴うガスの発生を、可能な限り抑制することができる。
【0030】
本開示の第8の態様は、水素ガス及び該水素ガスとは異なる異種燃料のうち、少なくとも前記水素ガスをシリンダ内で燃焼させる第1モードと、同じシリンダ内で前記異種燃料を単独で燃焼させる第2モードと、に切替可能な水素エンジンの運転方法に係る。前記水素エンジンは、前記第1モード及び前記第2モードの切替を制御するコントローラを備える。
【0031】
そして、前記第8の態様によれば、前記運転方法は、前記コントローラに、前記第1モードでの運転中、所定期間又は所定サイクル数が経過する度に、前記第2モードでの運転に一時的に切り替える第1制御を実行させる。
【0032】
前記第8の態様によると、水素エンジンの運転を途絶えさせることなく、その構成材料内に吸収された水素ガスの排出と、製造コストの抑制と、を両立することができる。
【発明の効果】
【0033】
以上説明したように、本開示によれば、水素エンジンの運転を途絶えさせることなく、燃焼室の構成材料内に吸収された水素ガスの排出と、製造コストの抑制と、を両立することができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【
図1】
図1は、水素エンジンの構成を例示する模式図である。
【
図2】
図2は、水素エンジンを含んだシステム全体の概略図である。
【
図4】
図4は、コントローラの構成を例示するブロック図である。
【
図5】
図5は、試験温度に対する水素脆化の傾向を示すプロットである。
【
図6】
図6は、第1制御に係るフローチャートである。
【
図7】
図7は、第1制御の詳細を例示するフローチャートである。
【
図8】
図8は、第1制御時の噴射タイミングを説明するための図である。
【
図9】
図9は、シリンダ毎の個別制御について説明するための図である。
【
図10】
図10は、第1制御の変形例について説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下、本開示の実施形態を図面に基づいて説明する。なお、以下の説明は例示である。
図1は、水素エンジン(以下、単に「エンジン」ともいう)1の構成を例示する模式図である。また、
図2は、エンジン1を含んだシステム全体の概略図であり、
図3は、燃焼室17の上部構造を示す図である。さらに、
図4は、エンジン1のコントローラ100の構成を例示するブロック図である。
【0036】
<全体構成>
エンジン1は、ガス燃料としての水素ガスと、この水素ガスとは異なる異種燃料と、を併用するように構成されている。具体的に、本実施形態に係るエンジン1は、水素ガス及び異種燃料のうち、少なくとも水素ガスをシリンダ16内で燃焼させる第1モードと、同じシリンダ16内で異種燃料を単独で燃焼させる第2モードと、に切替可能な直列多気筒式の水素エンジンである。このエンジン1は、ユニフロー掃気方式の2ストローク1サイクル機関として構成されており、タンカー、コンテナ船、自動車運搬船等、大型の船舶に搭載される。
【0037】
本実施形態に係るエンジン1は、異種燃料として、油燃料、さらに詳細には重油を用いるように構成されている。なお、異種燃料に油燃料を用いることは必須ではない。メタンガス等、水素ガス以外のガス燃料を異種燃料に用いてもよい。
【0038】
エンジン1は、第1モードでの運転に際し、水素ガスの単独燃焼と、水素ガスと重油とを併用した混焼と、の少なくとも一方を実行可能とすればよい。例えば、以下に詳述するエンジン1は、第1モードでは水素ガスを単独で燃焼させる一方、第2モードでは重油を単独で燃焼させるように構成されている。
【0039】
船舶に搭載されたエンジン1は、その船舶を推進させるための主機関として用いられる。エンジン1の出力軸は、プロペラ軸(不図示)を介して船舶のプロペラ(不図示)に連結されている。エンジン1が運転することで、その出力がプロペラに伝達されて、船舶が推進するようになっている。
【0040】
エンジン1はまた、ターボ過給機付エンジンとして構成されている。すなわち、本実施形態に係るエンジン1は、
図2に示されるように、排気タービン式過給機6を備えた構成とされている。以下、排気タービン式過給機6を単に「過給機」という。
【0041】
<エンジンの主要構成>
図1~
図4に示されるように、エンジン1は、前述のシリンダ16を有する機関本体10と、吸排気系統5と、排気タービン式過給機6と、排気バイパス機構7と、第1供給系統8と、第2供給系統9と、コントローラ100と、を備えている。コントローラ100については、
図4にのみ示す。
【0042】
ここで、吸排気系統5は、それぞれ機関本体10に接続された吸気通路51及び排気通路52を有している。過給機6は、コンプレッサ61及びタービン62を有しており、燃焼室17に供給される空気を圧縮する。排気バイパス機構7は、排気通路52と接続されたバイパス通路71を有しており、タービン62に供給される排気量を調整する。
【0043】
また、第1供給系統8は、機関本体10と流体的に接続されており、該機関本体10に水素ガスを供給する。第2供給系統9は、機関本体10と流体的に接続されており、該機関本体10に重油を供給する。コントローラ100は、吸排気系統5、排気バイパス機構7、第1供給系統8、第2供給系統9及び機関本体10をそれぞれ制御する。
【0044】
以下、エンジン1の各部について順番に説明する。
【0045】
(1)機関本体10
機関本体10は、2ストローク式の機関であり、船舶の機関室Rに設置されている。この機関本体10において、シリンダ16は、複数(
図1では1つのみ例示)設けられている。
【0046】
本実施形態に係る機関本体10は、そのロングストローク化を実現するべく、いわゆるクロスヘッド式の内燃機関として構成されている。すなわち、この機関本体10においては、下方からピストン21を支持するピストン棒22と、クランクシャフト23に連接される連接棒24と、がクロスヘッド25により連結されている。
【0047】
具体的に、機関本体10は、下方に位置する台板11と、台板11上に設けられる架構12と、架構12上に設けられるシリンダジャケット13と、を備えている。各シリンダ16は、シリンダジャケット13内に設けられている。また、機関本体10は、シリンダ16内に配置され、該シリンダ16内で往復運動するピストン21と、その往復運動に連動して回転する出力軸(例えばクランクシャフト23)と、を備えている。
【0048】
ここで、台板11は、エンジン1のクランクケースを構成するものであり、クランクシャフト23と、クランクシャフト23を回転自在に支持する軸受26と、を収容している。クランクシャフト23には、クランク27を介して連接棒24の下端部が連結されている。
【0049】
架構12は、一対のガイド板28と、連接棒24と、クロスヘッド25とを収容している。一対のガイド板28は、エンジン1の幅方向(
図1の紙面左右方向)に間隔を空けて配置されている。連接棒24は、その下端部がクランクシャフト23に連結された状態で、一対のガイド板28の間に配置されている。連接棒24の上端部は、クロスヘッド25を介してピストン棒22の下端部に連結されている。
【0050】
クロスヘッド25は、一対のガイド板28の間に配置されており、各ガイド板28に沿って上下方向に摺動する。すなわち、一対のガイド板28は、クロスヘッド25の摺動を案内する。クロスヘッド25は、クロスヘッドピン29を介してピストン棒22及び連接棒24と接続されている。クロスヘッドピン29は、ピストン棒22に対しては一体的に上下動するよう接続されている一方、連接棒24に対しては、連接棒24の上端部を支点として、連接棒24を回動させるように接続されている。
【0051】
シリンダジャケット13は、内筒としてのシリンダライナ14を支持している。シリンダライナ14の内部には、前述のピストン21が配置されている。このピストン21は、シリンダライナ14の内壁に沿って上下方向に往復運動する。また、シリンダライナ14の上部にはシリンダカバー15が固定されている。シリンダカバー15は、シリンダライナ14とともにシリンダ16を構成している。
【0052】
また、シリンダカバー15には、不図示の動弁装置によって作動される排気弁18が設けられている。排気弁18は、シリンダライナ14及びシリンダカバー15から構成されるシリンダ16、並びに、ピストン21の頂面とともに燃焼室17を区画している。排気弁18は、その燃焼室17と排気管19との間を開閉するものである。排気管19は、燃焼室17に通じる排気口を有しており、排気弁18は、その排気口を開閉するように構成されている。
【0053】
シリンダ16の近傍には、排気マニホールド10bも配置されている。この排気マニホールド10bは、排気管19を介して燃焼室17と接続されている。排気マニホールド10bは、排気管19を通じて燃焼室17から排気を受け入れ、受け入れた排気を一時貯留して、この排気の動圧を静圧に変える。
【0054】
機関本体10は、過給機6によって圧縮された空気を一時的に貯留する掃気トランク10aをさらに備えている。この掃気トランク10aは、シリンダジャケット13の内部空間と連通するように構成されている。
【0055】
また、
図3に示すように、シリンダカバー15には、燃焼室17に水素ガスを供給するためのガス噴射弁80が設けられている。ガス噴射弁80は、燃焼室17の室内に臨むような姿勢で設けられており、その噴射口80aから水素ガスを噴射するように構成されている。
【0056】
ガス噴射弁80は、シリンダ16毎に例えば2本ずつ設けられており、それぞれ、第1供給系統8に接続されている。この第1供給系統8から各ガス噴射弁80に水素ガスが供給されるようになっている。
【0057】
また、
図3に示すように、シリンダカバー15には、燃焼室17に重油を供給するための油噴射弁90が設けられている(
図1では省略)。油噴射弁90は、燃焼室17の室内に臨むような姿勢で設けられており、その噴射口90aから重油を噴射するように構成されている。油噴射弁90は、異種燃料としての重油を噴射するという点で、本実施形態における「異種燃料噴射弁」を例示している。
【0058】
油噴射弁90は、シリンダ16毎にガス噴射弁80と同数(本実施形態では2本)設けられており、それぞれ、第2供給系統9に接続されている。この第2供給系統9から各油噴射弁90に重油が供給されるようになっている。
【0059】
各ガス噴射弁80は、第1モードにおいて燃焼室17に水素ガスを供給し、燃焼室17内で燃焼を生じさせる。同様に、各油噴射弁90は、第2モードにおいて燃焼室17に重油を供給し、燃焼室17内で燃焼を生じさせる。各モードに対応して生じた燃焼によって、ピストン21が上下方向に往復運動をする。このとき、排気弁18が作動して燃焼室17が開放されると、燃焼によって生じた排気が排気管19に押し出されるとともに、不図示の掃気ポートから燃焼室17に空気が導入される。
【0060】
また、燃焼によってピストン21が往復運動をすると、ピストン21とともにピストン棒22が上下方向に往復運動をする。これにより、ピストン棒22に連結されたクロスヘッド25が、上下方向に往復運動をする。このクロスヘッド25は、連接棒24の回動を許容するようになっており、クロスヘッド25との接続部位を支点として、連接棒24を回動させる。そして、連接棒24の下端部に接続されるクランク27がクランク運動し、そのクランク運動に応じてクランクシャフト23が回転する。こうして、クランクシャフト23は、ピストン21の往復運動を回転運動に変換し、プロペラ軸とともに船舶のプロペラを回転させる。これにより、船舶が推進する。
【0061】
(2)吸排気系統5
吸排気系統5は、掃気トランク10aを介して機関本体10に接続される吸気通路51と、排気マニホールド10bを介して機関本体10に接続される排気通路52と、を有している。吸気通路51は、掃気トランク10aを介して燃焼室17に連通しており、この燃焼室17に空気を送り込むように構成されている。排気通路52は、排気マニホールド10bを介して燃焼室17に連通しており、燃焼室17から排気を排出するように構成されている。
【0062】
ここで、本実施形態に係る吸気通路51には、上流側から順に、外部(大気)から取り込んだ空気(新気)を圧縮するコンプレッサ61と、コンプレッサ61により圧縮された空気を冷却するエアクーラ53と、が設けられている。エアクーラ53によって冷却された空気は、掃気トランク10aを経由して燃焼室17に至る。
【0063】
一方、本実施形態に係る排気通路52には、上流側から順に、後述のバイパス通路71へと分岐する分岐部(バイパス通路71の上流端部と排気通路52との接続部)52aと、コンプレッサ61に対して駆動連結されたタービン62、バイパス通路71と合流する合流部(バイパス通路71の下流端部と排気通路52との接続部)52bと、が設けられている。燃焼室17から排出された排気は、前述の排気マニホールド10bを介して排気通路52に流入し、タービン62を通過して大気に開放される。
【0064】
(3)過給機6
過給機6は、吸気通路51に配置されるコンプレッサ61と、排気通路52に配置されるタービン62と、を有する。過給機6は、タービン62に供給される排気によってコンプレッサ61を駆動する。ここで、コンプレッサ61とタービン62とは前述のように駆動連結されており、互いに同期して回転する。そのため、タービン62を通過する排気によってコンプレッサ61が回転駆動されると、このコンプレッサ61を通過する空気を圧縮することができる。
【0065】
(4)排気バイパス機構7
排気バイパス機構7は、タービン62に供給される排気の流量または流速を調整することで、過給機6の過給圧(具体的には、コンプレッサ61から吐出される空気の圧力)を制御する。具体的に、本実施形態に係る排気バイパス機構7は、タービン62に供給される排気の流量を調整するように構成されており、バイパス通路71と、バイパス弁73と、排気絞り手段72と、を有している。
【0066】
このうち、バイパス通路71は、排気通路52におけるタービン62上流側の部位(分岐部52a)と、該タービン62下流側の部位(合流部52b)と、を接続している。このバイパス通路71には、上流側から順に、排気絞り手段72と、バイパス弁73とが配置されている。
【0067】
バイパス弁73は、バイパス通路71を開閉する。バイパス弁73がバイパス通路71を開閉することで、タービン62に供給される排気の流量が調整される。このバイパス弁73は、コントローラ100と電気的に接続されており、コントローラ100から入力される制御信号にしたがって作動する。
【0068】
排気絞り手段72は、タービン62を通過する排気の流量(第1流量)と、バイパス通路71を介してタービン62を迂回する排気の流量(第2流量)と、の比率を調整する。
【0069】
具体的に、本実施形態に係る排気絞り手段72は、バイパス通路71の通路断面積を小さくするオリフィスによって構成される。排気絞り手段72は、
図2のようにバイパス通路71におけるバイパス弁73の上流側に配置してもよいし、バイパス弁73の下流側に配置してもよい。また、排気絞り手段72は必須ではない。
【0070】
(5)第1供給系統8
図2に示すように、第1供給系統8は、前述のガス噴射弁80と、水素モジュール81と、ガスバルブトレイン(Gas Valve Train:GVT)82と、アキュムレータボックス83と、アキュムレータ84と、ガスゲート弁85と、ガス供給管86と、を有している。
【0071】
このうち、水素モジュール81は、水素ガスの貯留、圧送及び温調機能を有している。水素モジュール81は、コントローラ100と電気的に接続されており、コントローラ100から入力される制御信号にしたがって作動する。水素モジュール81が作動することで、適温に調節された水素ガスがGVT82に供給される。
【0072】
GVT82は、種々の配管(不図示)と、各配管を開閉する電磁弁(不図示)と、を有している。GVT82の各電磁弁は、コントローラ100と電気的に接続されており、コントローラ100から入力される制御信号にしたがって作動する。GVT82が各電磁弁を開閉することで、アキュムレータ84、ひいてはガス噴射弁80への水素ガスの供給が制御される。
【0073】
アキュムレータボックス83は、いわゆる筐体、ブロック、又はブロックの集合体であり、アキュムレータ84と、ガスゲート弁85と、GVT82及びアキュムレータ84の接続部と、不図示の逆止弁と、を収容するように構成されている。アキュムレータボックス83がこれらの部材を収容することで、仮にガス漏れが生じたとしても、漏れ出したガスをアキュムレータボックス83内に封じ込めることができる。
【0074】
アキュムレータ84は、ガス噴射弁80に供給される水素ガスを蓄圧する。具体的に、本実施形態に係るアキュムレータ84は、圧力容器によって構成されており、ガス噴射弁80を介して各シリンダ16に供給される直前の水素ガスを貯えることができる。
【0075】
ガスゲート弁85は、アキュムレータ84及びガス噴射弁80を接続するガス供給管86を開閉する。ガス噴射弁80に接続されているガス供給管86は、このガス噴射弁80を介してシリンダ16に水素ガスを供給することができる。ガスゲート弁85がガス供給管86を開閉することで、アキュムレータ84から各ガス噴射弁80への水素ガスの供給を制御することができる。ここで、ガス供給管86は、シリンダ16毎に、アキュムレータボックス83の外部又は内部で二股に分岐している。ガスゲート弁85は、ガス供給管86におけるアキュムレータボックス83内の部分(二股に分岐していない部分)を開閉する。
【0076】
例えば、水素ガスによるエンジン1の運転時には、ガスゲート弁85が開弁される。これにより、アキュムレータ84に貯えられた水素ガスは、ガス供給管86を介して各ガス噴射弁80へと至り、各ガス噴射弁80から対応するシリンダ16へと噴射されることになる。噴射された水素ガスが燃焼すると、その燃焼によって生じた排ガスは、前述のように排気管19を介して排出される。
【0077】
(6)第2供給系統9
図2に示すように、第2供給系統9は、前述の油噴射弁90と、油燃料タンク91と、油供給管92と、油燃料ポンプ93と、を備えている。油燃料タンク91は、油噴射弁90から噴射されることになる重油(異種燃料)を貯留する。油噴射弁90は、前述のように噴射口90aから重油を噴射する。油供給管92は、油噴射弁90及び油燃料タンク91を接続しており、重油を流通させるように構成されている。油燃料ポンプ93は、油燃料タンク91に貯留された重油を圧送し、油噴射弁90に供給する。
【0078】
例えば重油によるエンジン1の運転時には、油燃料ポンプ93が作動する。これにより、油燃料タンク91に蓄えられた重油は、油供給管92を介して各油噴射弁90に供給されて、各油噴射弁90から対応するシリンダ16へと噴射されることになる。噴射された重油が燃焼すると、その燃焼によって生じた排ガスは、前述のように排気管19を介して排出される。
【0079】
(6)コントローラ100
コントローラ100は、プロセッサ、揮発性メモリ、不揮発性メモリ、入出力デバイスを有している。コントローラ100には、種々のセンサ類が接続されている。例えば
図4に示すように、本実施形態に係るコントローラ100には、ガス流量センサSw1と、ガス圧センサSw2と、水素濃度センサSw3と、が電気的に接続されている。
【0080】
ここで、ガス流量センサSw1は、水素モジュール81を構成する配管に設けられており、該配管における水素ガスの流量を検出する。ガス圧センサSw2は、GVT82を構成する配管に設けられており、該配管における水素ガスの圧力を検出する。水素濃度センサSw3は、例えばシリンダ16内に設けられており、該シリンダ16内における水素ガスの濃度(水素濃度)を検出する。
【0081】
コントローラ100は、これらのセンサから入力された検出信号に基づいて制御信号を生成し、その制御信号を、例えば、吸排気系統5、排気バイパス機構7、第1供給系統8、第2供給系統9、及び、機関本体10それぞれの各部に入力する。
【0082】
コントローラ100は、エンジン1の各部に制御信号を入力することで、第1モードでの運転(水素ガスによる機関本体10の運転)及び第2モードでの運転(重油による機関本体10の運転)をそれぞれ制御したり、第1モード及び第2モードの切替を制御したり、燃焼室17から水素ガスを抜き出すための第1制御を実行したりすることができる。
【0083】
ここで、水素ガスを抜き出すための手法としては、高圧に調整された不活性ガスを、燃焼室17内に送り込むことが考えられる。しかしながら、そうした手法では、燃焼室17の内壁等、エンジン1の構成材料内に吸収された水素ガスを十分に抜き出すことができなかった。鋼材等への水素ガスの吸収は、いわゆる水素脆化を引き起こすため不都合である。
【0084】
また、燃焼室17への不活性ガスの供給は、エンジン1の停止時に行う必要がある。エンジン1の運転中に行うことができないという点で、従来知られた手法には工夫の余地があった。
【0085】
こうした問題に対し、鋼材等の材料に工夫を凝らすことで水素脆化を抑制することも考えられるが、材料による対策は、エンジン1の製造コストを高めてしまうため不都合である。
【0086】
これに対して、本願発明者らは、エンジン1の構成材料における水素脆化のし易さと、その周辺温度との関係に着目し、本実施形態に係る構成に至った。
【0087】
ここで、
図5は、試験温度に対する水素脆化の傾向を示すプロットである。
図5の横軸は、構成材料の周辺温度(試験温度)であり、縦軸は、その試験温度における水素脆化の起こり易さを示している。詳しくは、
図5の縦軸は、大気又は不活性ガス中における構成材料の塑性伸び率に対する、水素ガス中における構成材料の塑性伸び率の比を示している。塑性伸び率の比が1に近くなるほど(言い換えると、
図5の縦方向に沿って上方に向かうほど)、大気中の塑性伸び率に近くなりし、構成材料が水素脆化し難くなると解釈することができる。
図5に示すプロットの詳細は、該プロットの引用元であるJonathan A. LEE, "Hydrogen Embrittlement", NASA/TM-2016-218602, (2016)、及び当該文献の引用元であるCaskey, G R., "Hydrogen Effects in Stainless Steel", In: Hydrogen Degradation of Ferrous Alloys, R.A. Oriani, J. P. Hirth, M. Smialowski (eds.), Noyes Publications, New Jersey, pp. 822-862, (1985)に記載の通りである。
【0088】
また、
図5の各プロットは、構成材料の種類に対応している。例えば、「304L」、「316」、「310」及び「304N」とは、それぞれ、AISIで規定されたステンレス鋼304L、ステンレス鋼316、ステンレス鋼310及びステンレス鋼304Nを示している。例えば、本実施形態に係るエンジン1の構成材料には、ステンレス鋼316とステンレス鋼304Nとが含まれている。
【0089】
図5に示すように、塑性伸び率の大きさは、-70℃から20℃付近で減少から増加に転じている。例えば35℃以上では、温度が高くなるにしたがって、単調に水素脆化し難くなっていくとみなすことができる。35℃という温度は、機関本体10の設置環境における環境温度(例えば、機関室Rの室温)と比べて高い。
【0090】
本願発明者らは、そうした環境温度においては、温度が高くなるにしたがって、構成材料が単調に水素脆化し難くなっていくことに着目した。その際、本願発明者らは、水素脆化し難いということは、ステンレス鋼316等の内部に留まる水素分子の数と比較して、当該構成材料から出て行く水素分子の数が多いと解釈できることに気付いた。
【0091】
すなわち、本願発明者らの知見によれば、燃焼室17の構成材料を加熱することで、その構成材料に吸収された水素ガスの放出を促進することができる。本実施形態に係るコントローラ100は、そうした知見に基づいた制御を実行するように構成されている。
【0092】
具体的に、本実施形態に係るコントローラ100は、第1モードでの運転中、所定期間又は所定サイクル数が経過する度に、第2モードでの運転に一時的に切り替える第1制御を実行する。
【0093】
この第1制御が実行されると、第1モードでの運転が中断されるとともに、その中断期間中に、第2モードでの運転が一時的に行われることになる。第2モードでの一時的な運転が終了すると、エンジン1は、第1モードでの運転を即座に再開する。
【0094】
第2モードで運転することで、燃焼室17の室内は、水素ガスの不在下で高温になる。これにより、燃焼室17の構成材料からの水素ガスの放出を促進することができる。
【0095】
以下、本実施形態における第1制御について、詳細に説明する。
【0096】
<第1制御の詳細>
図6は、第1制御に係るフローチャートである。また、
図7は、第1制御の詳細を例示するフローチャートであり、
図8は、第1制御時の噴射タイミングを説明するための図であり、
図9は、シリンダ16毎の個別制御について説明するための図である。
【0097】
まず、
図6におけるスタート後のステップS1において、コントローラ100は、第1モードで運転中であるか否かを判定する。この判定は、例えば、第1モード及び第2モードのいずれかに切り替えるための切替スイッチSw4の入力信号に基づいて行うことができる。なお、切替スイッチSw4は、
図4にのみ示す。ステップS1の判定がNOの場合(第2モードで運転中の場合)、制御プロセスはステップS2に進む。この場合、コントローラ100は、第2モードでの運転を継続する。一方、ステップS2の判定がYESの場合(第1モードで運転中の場合)、制御プロセスはステップS3に進む。
【0098】
ステップS3において、コントローラ100は、第1制御の前回実行時から所定期間が経過したか否かを判定する。この判定は、例えばタイマSw5の計測信号に基づいてコントローラ100が行ってもよいし、特定の手動操作(例えば、第1制御を指示するスイッチ操作)をコントローラ100が受け付けたか否かに基づいて行ってもよい。なお、タイマSw5は、
図4にのみ示す。
【0099】
なお、ここでいう所定期間とは、例えば数時間程度としてもよい。また、ここでいう「前回実行時」には、前回実行された第1制御の開始タイミングから終了タイミングにかけての任意のタイミングが含まれる。ステップS3の判定がNOの場合(所定期間経過していない場合)、制御プロセスはステップS4に進む。この場合、コントローラ100は、第1モードでの運転を継続する。一方、ステップS4の判定がYESの場合(所定期間経過した場合)、制御プロセスはステップS5に進む。
【0100】
ステップS5において、コントローラ100は、前述の第1制御を実行する。このステップS5の詳細は、
図7に示す通りである。すなわち、制御プロセスが
図6のステップS5に進むと、コントローラ100は、
図7のステップS51~S57を順番に実行するようになっている。
【0101】
まず、
図7のステップS51において、コントローラ100は、第1制御による一時的な第2モードに関連したパラメータを設定する。例えば、コントローラ100は、エンジン1の目標回転数に基づいて、重油の目標噴射量を設定する。
【0102】
さらに、コントローラ100は、油噴射弁90による重油の噴射タイミングを、第1制御の非実行時(つまり、通常運転時)における目標値から変化させる。具体的に、本実施形態に係るコントローラ100は、第1制御を実行するとき、重油(異種燃料)の噴射タイミングを、該第1制御の非実行時と比べて圧縮上死点に近接させる。
【0103】
例えば
図7に示すように、コントローラ100は、第1制御時の噴射タイミングTbを、第1制御の非実行時(非第1制御時)の噴射タイミングTaと比べて圧縮上死点(ATDC:0°)に近接させる。これにより、重油燃焼時の熱発生率が上昇し、燃焼室17内の温度が一時的に上昇する。
【0104】
さらに、コントローラ100は、排気バイパス機構7におけるバイパス弁73の開度を、非第1制御時における目標値から変化させる。具体的に、本実施形態に係るコントローラ100は、第1制御を実行するとき、バイパス弁73の開度を、該第1制御の非実行時と比べて大きく設定する。
【0105】
バイパス弁73の開度を大きく設定することで、タービン62を迂回する空気量が増加する。これにより、コンプレッサ61による空気の圧縮が弱まり、掃気トランク10a及びシリンダジャケット13を介して燃焼室17に送り込まれる空気量(単位時間当たりの空気量)が減少する。掃気時に燃焼室17に導入される空気量が減少し、燃焼室17内の温度が一時的に上昇する。
【0106】
続くステップS52において、コントローラ100は、バイパス弁73に制御信号を入力し、該バイパス弁73の開度を変更する。これにより、ステップS51で設定された開度が実現される。なお、ステップS52の実行タイミングは、図例に限定されない。ステップS52は、ステップS53とステップS54の間のタイミングに実行してもよいし、ステップS54とステップS55の間のタイミングに実行してもよい。
【0107】
続くステップS53において、コントローラ100は、第1モードによる運転を中断する。それに続くステップS54において、コントローラ100は、第2モードによる運転を開始する。ステップS54における重油の噴射タイミングは、
図8に例示したように圧縮上死点付近に変更される(噴射タイミング:変更済)。
【0108】
続くステップS55において、コントローラ100は、シリンダ16内の水素濃度が所定閾値以下まで低下したか否かを判定する(水素濃度≦所定閾値?)。この判定は、例えば水素濃度センサSw3の検出信号に基づいて行われる。所定閾値は、事前に設定されており、コントローラ100に予め記憶されている。ステップS55の判定がYESの場合、制御プロセスはステップS56に進む。すなわち、コントローラ100は、シリンダ16内の水素濃度が所定閾値以下になるまで、第2モードでの一時的な運転(つまり、第1制御)を継続することになる。
【0109】
なお、ステップS55の判定は必須ではない。後述のサイクル数に基づいた変形例のように、水素濃度にかかわらず、一定時間または一定のサイクル数にわたって第1制御を実行するように構成してもよい。
【0110】
続くステップS56において、コントローラ100は、第2モードによる運転を終了する。それに続くステップS57において、コントローラ100は、第1モードによる運転を再開する。ステップS57が終了すると、制御プロセスは、
図7に示すフロー及び
図6のステップS5に係る処理を終了し、
図6に示すフローからリターンする。
【0111】
なお、
図6のステップS3に係る判定と、その判定に基づいて行われる第1制御は、シリンダ16毎に独立して行われるようになっている。すなわち、本実施形態に係るコントローラ100は、複数のシリンダ16のそれぞれに対し、所定期間が経過したか否かの判定と、第1制御と、を個別に実行するように構成されている。
【0112】
そして、複数のシリンダ16のうち、一のシリンダ16において第1制御が実行されているときには、他のシリンダ16では第1制御が実行されないように設定されている。この設定は、例えば、シリンダ16毎に前記所定期間の測定タイミングをずらすことで実現可能である。
【0113】
例えば、
図9に示したように、エンジン1が仮に3つのシリンダ16を有しているものとすると、第1のシリンダ16において第1制御が実行されているとき(つまり、一時的に第2モードで運転されているとき)、第2及び第3のシリンダ16では、通常通り第1モードでの運転が行われることになる。
【0114】
その後、第2のシリンダ16において第1制御が実行されているとき、第3及び第1のシリンダ16では、通常通り第1モードでの運転が行われることになる。その後、第3のシリンダ16において第1制御が実行されているとき、第1及び第2のシリンダ16では、通常通り第1モードでの運転が行われることになる。
【0115】
このように、本実施形態に係る第1制御は、2以上のシリンダ16で同時に行われるようにはなっておらず、一シリンダ16ずつ行われるようになっている。
【0116】
<水素脆化の抑制について>
図6のステップS6と
図7のステップS53~S57に例示したように、コントローラ100が第1制御を実行することで、水素ガスではなく重油が燃焼することになる。この燃焼によって、エンジン1の構成材料が加熱される。本願発明者らの知見によれば、水素ガスの不在下で構成材料を加熱することで、該構成材料からの水素ガスの放出を促進し、その内部に吸収された水素ガスを、より多く排出させることができる。また、本実施形態に係る構成は、構成材料それ自体に工夫を凝らすような構成と比べて、製造コストの抑制にも資する。
【0117】
また、
図7のステップS53~S57に例示したように、本実施形態に係る第1制御は、水素ガスでの燃焼中に重油での燃焼へ一時的に切り替えるものであるから、不活性ガスの供給等の手法とは異なり、エンジン1の運転を途切れさせることなく行うことができる。
【0118】
また、摺動部品の摩耗、部品の伸び等によって、前記構成材料には新生面が発生し得る。そうした新生面には、一般に水素分子が入り込み易い。しかしながら、前述のように第1制御を通じて重油を燃焼させることで、その新生面の酸化を助勢することができる。これにより、水素ガスの吸収を結果的に抑制することもできる。
【0119】
また、
図9に例示したように、一シリンダ16ずつ第1制御を行うことで、エンジン1の負荷変動を抑制するとともに、重油の燃焼に伴う二酸化炭素の発生を、単位時間当たりにおいて可能な限り抑制することができる。
【0120】
さらに、各シリンダ16においては、第1制御の実行間隔を可能な限り長くすることができる。これにより、モード間の切替に要する時間を確保し、第1制御をスムースに開始させることができる。
【0121】
また、
図8に例示したように、重油の噴射タイミングを、第1制御の実行時には圧縮上死点に近接させる。これにより、燃焼室17内の温度を上昇させることができ、該燃焼室17の構成材料内からの水素ガスの放出を、さらに促進することができる。
【0122】
また、
図7のステップS55に例示したように、コントローラ100は、水素濃度が所定閾値以下になるまで、第2モードでの一時的な運転を継続する。このように構成することで、第1制御の実行時間を必要最小限に抑えることができる。これにより、重油の燃焼に伴う二酸化炭素の発生を、可能な限り抑制することができる。
【0123】
また、水素濃度が所定値以下になるまで第1モードの再開を保留することで、第2モードから第1モードに復帰するための準備時間を、より十分に確保することができる。一般に、水素ガス等のガス燃料は、重油等の油燃料に比して噴射準備に時間を要する。これに対し、本実施形態のように準備時間を十分に確保することで、第2モードから第1モードへの復帰をスムースに行うことができる。
【0124】
また、
図7のステップS52に例示したように、バイパス弁73の開度を大きく設定することで、コンプレッサ61による空気の圧縮を弱め、掃気時に燃焼室17に送り込まれる空気量を減少させることができる。その結果、燃焼室17内の温度を上昇させることができ、燃焼室17の構成材料内からの水素ガスの放出を、さらに促進することができる。
【0125】
<第1制御の変形例>
図10は、第1制御の変形例について説明するための図である。
【0126】
前記実施形態では、一シリンダ16ずつ第1制御が実行されるように構成されていたが、本開示は、そうした構成には限定されない。全シリンダ16同時に第1制御を実行してもよい。
【0127】
具体的に、コントローラ100は、シリンダ16の全てに対し、所定期間が経過したか否かの判定と、第1制御と、を同時に実行してもよい。例えば
図10に示したように、エンジン1が仮に3つのシリンダ16を有しているものとすると、第1のシリンダ16、第2のシリンダ16及び第3のシリンダ16の全てにおいて、所定期間が経過したか否かの判定と、第1制御とが同時に実行されることになる。
【0128】
このように構成することで、第1制御の実行間隔を、エンジン1全体で可能な限り長くすることができる。これにより、モード間の切替に要する時間を確保し、第1制御をスムースに開始させることができる。
【0129】
また、
図10の括弧書きに例示したように、所定期間が経過する度に第1制御を実行する代わりに、所定サイクル数が経過する度に第1制御を実行するように構成してもよい。
【0130】
具体的に、コントローラ100は、第1モードでの運転中に所定サイクル数が経過する度に、前記第1制御を一サイクルにわたって実行してもよい。なお、ここでいう所定サイクル数とは、例えば数サイクル程度としてもよい。こうした構成は、例えば、コントローラ100がエンジン1のサイクル数をカウントし、そのカウントが前記所定サイクル数に達したか否かを判定することで実現することができる。この判定は、
図6のステップS3で行えばよい。この変形例においては、
図7のステップS55に係る判定は不要となる。
【0131】
このように構成することで、重油での燃焼を、可能な限り短期間に収めることができる。これにより、二酸化炭素の発生等、重油の燃焼に伴うガスの発生を、可能な限り抑制することができる。
【0132】
<他の実施形態>
前記実施形態では、第1制御に際し、油燃料の噴射タイミングと、バイパス弁73の目標開度とを変更するように構成されていたが、そうした構成は必須ではない。油燃料の噴射タイミング、及びバイパス弁73の目標開度のうちの一方を省略してもよいし、両方を省略してもよい。
【0133】
また、重油の代わりに、異種燃料にガス燃料(例えばメタンガス)を用いることもできる。その場合、第1モードにおいて、水素ガスに併せてメタンガスが噴射されるように構成してもよい。
【0134】
また、前記実施形態では、2ストローク1サイクル機関として構成されたエンジン1が例示されていたが、本開示は、そうした構成には限定されない。例えば、4ストローク1サイクル機関として構成された水素エンジンに、本開示を適用することもできる。
【符号の説明】
【0135】
1 エンジン(水素エンジン)
5 吸排気系統
51 吸気通路
52 排気通路
6 排気タービン式過給機
61 コンプレッサ
62 タービン
7 排気バイパス機構
71 バイパス通路
73 バイパス弁
10 機関本体
16 シリンダ
90 油噴射弁(異種燃料噴射弁)
100 コントローラ