IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ パウダーテック株式会社の特許一覧

<>
  • 特開-フェライト粉末 図1
  • 特開-フェライト粉末 図2
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024143932
(43)【公開日】2024-10-11
(54)【発明の名称】フェライト粉末
(51)【国際特許分類】
   C01G 49/00 20060101AFI20241004BHJP
   H01F 1/34 20060101ALI20241004BHJP
   C04B 35/38 20060101ALI20241004BHJP
【FI】
C01G49/00 B
H01F1/34 140
C04B35/38
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023056889
(22)【出願日】2023-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】000231970
【氏名又は名称】パウダーテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100166338
【弁理士】
【氏名又は名称】関口 正夫
(72)【発明者】
【氏名】安賀 康二
(72)【発明者】
【氏名】山本 逸平
(72)【発明者】
【氏名】金子 達登
(72)【発明者】
【氏名】小野 あすか
【テーマコード(参考)】
4G002
5E041
【Fターム(参考)】
4G002AA07
4G002AB01
4G002AD04
4G002AE02
4G002AE05
5E041AB02
5E041AB19
5E041BB03
5E041BD12
5E041CA01
5E041HB11
5E041NN02
5E041NN06
(57)【要約】
【課題】高充填性と高周波における高い透磁率及び低い損失を維持しながら、透磁率の経時安定性に優れるフェライト粉末を提供すること。
【解決手段】鉄(Fe)を56.0質量%以上63.0質量%以下、マンガン(Mn)を7.0質量%以上13.0質量%以下、及び亜鉛(Zn)を1.0質量%以上3.0質量%以下の割合で含むフェライト粉末。
【選択図】図1

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄(Fe)を56.0質量%以上63.0質量%以下、マンガン(Mn)を7.0質量%以上13.0質量%以下、及び亜鉛(Zn)を1.0質量%以上3.0質量%以下の割合で含むフェライト粉末。
【請求項2】
前記フェライト粉末は、スピネル相を主成分とする球状様フェライト粒子を含み、
前記スピネル相は、鉄(Fe)量が化学的量論比よりも過剰であり、且つ空格子率が0mol%以上90mol%以下であり、
前記フェライト粉末は、形状係数SF-1が100以上110以下であり、且つ体積平均粒径(D50)が2.0μm以上20μm以下である、
請求項1に記載のフェライト粉末。
【請求項3】
α-酸化鉄(α-Fe)の含有量が0.0質量%以上3.0質量%以下である、請求項1又は2に記載のフェライト粉末。
【請求項4】
銅(Cu)の含有量が0.0質量%以上0.5質量%以下である、請求項1又は2に記載のフェライト粉末。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェライト粉末に関する。
【背景技術】
【0002】
フェライト粉末と樹脂からなる複合材料は、インダクタを始め、様々の用途で多用されている。このような複合材料は、フェライト粉末と樹脂を混練することで作製される。複合材料は、シートなどの形状に成形されて複合体(成型体)となる。このときフェライト粉末を構成する粒子の形状が球形に近いと、成形時の流動性が高くなり、複合体中のフェライト粉末の充填率が高くなる。そのため成形性が良好になるとともに、磁気特性が良好になる。このような観点から球状又は多面体状の粒子で構成されるフェライト粉末(粒子)が提案されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、スピネル相を主相とする球状又は多面体状のフェライト粒子を少なくとも含むMn-Zn系フェライト粉末であって、前記フェライト粒子は、凸多角形状の輪郭を有するステップ構造を表面に備え、前記フェライト粉末は、そのBET比表面積が0.35m/g以上10.00m/g以下であり、酸化亜鉛(ZnO)相の含有量が0質量%以上0.8質量%以下であるフェライト粉末が開示されている(特許文献1の請求項1)。また、特許文献1には、当該フェライト粉末に関して、高周波において磁気損失を抑制し、かつ複合材料や複合体に適用したときに成形性及び充填性を損なうことなく粒子脱落を抑制できると記載されている(特許文献1の[0024])。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2022/209640号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このように、球状又は多面体状のフェライト粉末を用いて複合材料や複合体の成形性及び充填性の改善を図ることが従来から提案されている。しかしながら、本発明者らが調べたところ、従来のフェライト粉末を樹脂と複合化し、さらに加熱成型して樹脂成型体(複合体)を作製すると、この樹脂成型体の透磁率が時間とともに徐々に下がる現象(ディスアコモデーション)が生じるという問題のあることが分かった。
【0006】
本発明者らがさらに検討を進めたところ、透磁率の時間変化は、フェライト中に含まれる強磁性鉄(Fe)酸化物のうち、空格子をもつγ-Feの影響を大きく受けることを見出した。そして、γ-Feの生成を抑制して空格子率を制御することで、高充填性と高周波における高い透磁率及び低い損失とを維持しながら、透磁率の経時安定性に優れるフェライト粉末を得ることができるとの知見を得た。
【0007】
したがって、本発明は、高充填性と高周波における高い透磁率及び低い損失とを維持しながら、透磁率の経時安定性に優れるフェライト粉末の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、下記(1)~(4)の態様を包含する。なお、本明細書において「~」なる表現は、その両端の数値を含む。すなわち、「X~Y」は「X以上Y以下」と同義である。
【0009】
(1)鉄(Fe)を56.0質量%以上63.0質量%以下、マンガン(Mn)を7.0質量%以上13.0質量%以下、及び亜鉛(Zn)を1.0質量%以上3.0質量%以下の割合で含むフェライト粉末。
【0010】
(2)前記フェライト粉末は、スピネル相を主成分とする球状様フェライト粒子を含み、
前記スピネル相は、鉄(Fe)量が化学的量論比よりも過剰であり、且つ空格子率が0mol%以上90mol%以下であり、
前記フェライト粉末は、形状係数SF-1が100以上110以下であり、且つ体積平均粒径(D50)が2.0μm以上20μm以下である、
上記(1)のフェライト粉末。
【0011】
(3)α-酸化鉄(α-Fe)の含有量が0.0質量%以上3.0質量%以下である、上記(1)又は(2)のフェライト粉末。
【0012】
(4)銅(Cu)の含有量が0.0質量%以上0.5質量%以下である、上記(1)~(3)のいずれかのフェライト粉末。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、高充填性と高周波における高い透磁率及び低い損失を維持しながら、透磁率の経時安定性に優れるフェライト粉末が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】フェライト粉末の透磁率実部(μ’)の時間変化を示す(例1)。
図2】フェライト粉末の透磁率実部(μ’)の時間変化を示す(例5)。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の具体的な実施形態(以下、「本実施形体」という)について説明する。なお、本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲において種々の変更が可能である。
【0016】
<<1.フェライト粉末>>
本実施形態のフェライト粉末は、鉄(Fe)を56.0質量%以上63.0質量%以下、マンガン(Mn)を7.0質量%以上13.0質量%以下、及び亜鉛(Zn)を1.0質量%以上3.0質量%以下の割合で含む。
【0017】
フェライト粉末(以下、単に「粉末」と呼ぶ場合がある)は、複数のフェライト粒子(以下、単に「粒子」と呼ぶ場合がある)から構成される。すなわち、フェライト粉末は複数のフェライト粒子の集合体である。また、フェライト粉末を構成するフェライト粒子は、基本的には独立している。そのため、フェライト粉末は、それ単独では全体として流動性を示す。ただし、全体として流動性を示す限り、フェライト粉末に含まれる幾つかの粒子が結合して凝集粒子(二次粒子)を形成しているものを排除する訳ではない。
【0018】
本実施形態のフェライト粉末(粒子)は、スピネル相を主相とする。すなわち、スピネル相の含有割合が50.0質量%以上である。スピネル相は、MFe(ただし、Mは遷移金属元素等の金属元素又は空孔)で表される基本組成を有する鉄酸化物系化合物であり、その多くは強磁性体である。そのため、スピネル相を主相とするフェライト粉末は、優れた磁気特性を示す。
【0019】
また、本実施形態のフェライト粉末は、鉄(Fe)、マンガン(Mn)及び亜鉛(Zn)を含むMn-Zn系フェライトの組成を有している。Mn-Zn系フェライトは、一般に透磁率が高いという特徴がある。そのため、フェライト粉末をインダクタ等の素子に適用した場合に、優れた磁気特性を得ることが可能になる。
【0020】
フェライト粉末の鉄(Fe)量は56.0質量%以上63.0質量%以下である。Fe量が56.0質量%を下回ると、相対的にMn量及び/又はZn量が多くなる。この場合、組成比にもよるが、50MHz近傍の比較的低周波から損失係数(tanδ)が増大する傾向にある。損失が大きいため、インダクタ等の高周波用途に用いるには不適切である。Fe量は57質量%以上が好ましく、58質量%以上がより好ましい。一方で、Fe量が63.0質量%を上回ると、相対的にMn量及び/又はZn量が少なくなる。複素透磁率の実部(透磁率実部;μ’)が低く、高い飽和磁束密度を得ることができない。そのため、インダクタ等の用途に用いるにはやはり不適切である。Fe量は62.5質量%以下が好ましく、62質量%以下がより好ましい。
【0021】
フェライト粉末のマンガン(Mn)量は7.0質量%以上13.0質量%以下である。Mn量が7.0質量%を下回ると、相対的にFe量及び/又はZn量が多くなる。この場合、透磁率実部(μ’)が低くなるため、インダクタ等の用途に用いるには不適切である。Mn量は7.3質量%以上が好ましく、7.5質量%以上がより好ましい。一方で、Mn量が13.0質量%を上回ると、相対的にFe量及び/又はZn量が少なくなる。組成比にもよるが、50MHz近傍の比較的低周波から損失係数(tanδ)が増大する傾向にある。そのため、インダクタ等の高周波用途に用いるにはやはり不適切である。Mn量は12質量%以下が好ましく、11%以下がより好ましい。
【0022】
フェライト粉末の亜鉛(Zn)量は1.0質量%以上3.0質量%以下である。Zn量が1.0質量%を下回ると、Zn添加の効果が得られにくくなり、透磁率実部(μ’)が低くなる。一方で、Zn量が3.0質量%を上回ると、50MHzにおける損失係数(tanδ)が大きくなる。また、Znが過剰に多いと、フェライト粉末を構成するフェライト粒子表面に微粒子状酸化亜鉛(ZnO)が付着することがある。これは、フェライト粉末製造時の高温熱処理工程(溶射工程等)で過剰Znの一部が揮発して、フェライト粒子表面に微粒子状ZnOとなって再析出するからである。フェライト粒子表面にZnOが付着すると、フェライト粉末と樹脂を混合及び混練して複合材料を作製する際に、組成物の粘度が急激に上昇して、作製が困難になる恐れがある。
【0023】
好適には、フェライト粉末は、スピネル相を主成分とする球状様フェライト粒子を含む。ここで、球状様フェライト粒子とは、球状粒子のみならず、多面体状粒子を含む。フェライト粉末に含まれる粒子の形状を球状様(球状、多面体状)に制御することで、フェライト粉末の成形性及び充填性を優れたものにすることができる。これは、球状様粒子が成形時に他の粒子と接触したときに滑らかに回避できるからである。そのため、成形時の流動性を改善するとともに、密充填が可能である。これに対して、板状又は針状といった異方形状あるいは不定形状を有する粒子は、成形性及び充填性に劣る。
【0024】
フェライト粉末を構成するフェライト粒子は、その一部が球状様フェライト粒子であってよく、あるいは全部が球状様フェライト粒子であってもよい。しかしながら、成形性及び充填性を高める観点から、球状様フェライト粒子の割合は高い方が好ましい。具体的には、球状様フェライト粒子の割合は50個数%以上が好ましい。
【0025】
多面体状の粒子は、基本的に複数の多角形が立体的に組み合わさった形状を有している。多面体を構成する多角形は、典型的には、フェライト粒子の結晶構造を反映して三角形、四角形、六角形、八角形、十角形又はこれらの組み合わせからなる。このような多面体として、例えば四角形と六角形と八角形との組み合わせからなる斜方切頂立方八面体が挙げられる。また多面体は面の数が多いほど球に近くなる。したがって多面体状粒子は、好ましくは10面体以上、より好ましくは12面体以上、さらに好ましくは14面体以上の形状を有する。また多面体状粒子は、典型的には100面体以下、より典型的には72面体以下、さらに典型的には24面体以下の形状を有する。
【0026】
なお多角形を構成する直線の一か所または複数箇所が切れている粒子や、直線の一部が曲線となっている粒子も、粒子全体を見たときに多面体状と認識できる程度であれば、多面体状粒子に含まれるものとする。また多角形を構成する直線に細かくギザギザが入っている粒子も、多面体状粒子に含まれるものとする。さらに球状様ステップ粒子はその表面にステップ構造を有してもよい。この場合、厳密に言うと、完全な球状又は多面体状とはならないことがある。しかしながら、このステップ構造は粒子の寸法に比べて格段に小さい。したがって、このような微視的なステップ構造を有していても、巨視的に見て球又は多面体の形状を有する粒子を、球状又は多面体状の粒子とする。
【0027】
好適には、フェライト粉末は、これに含まれるフェライト粒子(球状様ステップ粒子)が、その表面にステップ構造を備える。このようなステップ構造を有する粒子を含むことで、フェライト粉末を複合材料や複合体に適用したときに、樹脂との密着力が向上して粒子脱落が抑制される。その詳細なメカニズムは不明であるが、ステップ構造が存在することで、粒子の表面積、すなわち樹脂との接触面積が増大し、その結果、粒子と樹脂との間の化学的結合力が高くなると推測している。またステップ構造の段差で粒子と樹脂とが嵌合することで、樹脂のアンカー効果が働き、粒子と樹脂との間の物理的結合力が高くなるとも推測している。
【0028】
ステップ構造はフェライト粒子表面において凸多角形状の輪郭を有する。すなわち粒子を表面視したときに、ステップ構造はその外形(輪郭)が凸多角形状である。換言するに、直線の組み合わせでもって粒子表面の一領域を取り囲むようにステップ構造が設けられている。このようなステップ構造を設けることで、粒子の脱落をより効果的に防ぐことが可能となる。ここで凸多角形とは、任意の内角が180℃以下の多角形である。また内部または境界にある任意の二点間を結ぶ線分が外に出ることがない多角形と言うこともできる。すなわち星形などの凹多角形(非凸多角形)ではない。ステップ構造の輪郭は、凸多角形状である限り限定されない。しかしながらフェライトの結晶構造を反映して、輪郭は、典型的には三角形、四角形、六角形、八角形、十角形である。またフェライト粒子は、その表面に複数のステップ構造を備えていてもよい。これにより、粒子の脱落をより効果的に防ぐことができる。
【0029】
好適には、フェライト粉末に含まれるスピネル相は、鉄(Fe)量が化学的量論組成よりも過剰である。つまり、スピネル相は化学的量論組成よりも鉄(Fe)過剰の組成を有する。先述したように、スピネル相は、MFe(ただし、Mは遷移金属元素等の金属元素又は空孔)で表される基本組成を有する。したがって、MがFe以外の元素である化学的量論組成では、スピネル相に含まれるMとFeの合計量に対するFe量のモル割合は2/3である。Fe量の割合が2/3より多い場合には、MサイトにFeが組み込まれて、スピネル相の組成が(M,Fe)Feになる。スピネル相に含まれるFe量を化学的量論組成より多くすることで、高周波における損失係数(tanδ)を低くすることができ、その結果、フェライト粉末の低損失化が実現される。
【0030】
好適には、スピネル相は、その空格子率が0mol%以上90mol%以下である。空格子率は、フェライト粉末(スピネル相)に含まれるFe(マグネタイト)とγ-Fe(マグヘマタイト)の合計mol数に対するγ-Fe3のmol数の比率(γ-Femol数/(Femol数+γ-Femol数))と定義される。空格子率を抑えることで、フェライト粉末の透磁率の時間変化を小さくすることが可能になる。これに対して、空格子率が90mol%を超えると、透磁率の長期にわたる時間変化が大きくなる。そのため、フェライト粉末をインダクタ用磁芯のフィラーに用いた場合に、インダクタの性能が経時的に変化する。この場合、設計当初の性能を得ることが困難になり、これが電子機器の動作不良をもたらす。
【0031】
この点について説明するに、先述したように、鉄(Fe)過剰のスピネル相は(M,Fe)Feの組成を有する。すなわち、酸化物たるスピネル相の結晶中にFeが多く含まれる。ところで、Feの酸化物には、α-Fe(ヘマタイト)、γ-Fe(マグヘマタイト)、及びFe(マグネタイト)等の種々の形態が存在する。このうち、α-FeとFeOは反強磁性体であり、強磁性的性質を示さない。また、これらはスピネル構造をとらない。
【0032】
これに対して、Fe(マグネタイト)とγ-Fe(マグヘマタイト)は強磁性体である。また、Feの組成式はFe3+(Fe2+,Fe3+と書き直すことができ、γ-Feの組成式はFe3+(Fe3+ 5/61/6(ただし、Vは空格子)と書き直すことができる。したがって、これらはスピネル構造をもつ。そのため、鉄(Fe)過剰のスピネル相は、Fe(マグネタイト)及びγ-Fe(マグヘマタイト)の一方又は両方を含むと言うことができる。
【0033】
スピネル構造をもつFe(マグネタイト)は結晶構造中に空格子を有さないのに対し、γ-Fe(マグヘマタイト)は空格子(V)を有している。したがって、γ-Feを含むフェライト粉末は、スピネル相中に空格子(V)を有しており、γ-Fe量が多いほど空格子の数が増える。また、空格子の数が多いほど、つまりγ-Fe量が多いほど、透磁率の時間変化が大きくなる。その理由として、フェライトの結晶格子に存在する空格子が時間をかけて結晶格子内を移動しながらエネルギー的に安定な状態(位置)に落ち着くこと、及び空格子の存在が磁壁の移動を妨げていることの相互作用が生じることが関係すると考えている。
【0034】
したがって、スピネル相中のγ-Feの量、つまり空格子率を低くすることで透磁率の時間変化を小さくすることができる。透磁率の時間変化を抑える観点から、空格子率は小さい方が望ましい。空格子率は90mol%以下がより好ましく、85mol%以下がさらに好ましい。一方で、空格子率をある程度に高めることで、損失係数(tanδ)を低く抑えることができる。空格子率は20mol%以上が好ましく、30mol%以上がより好ましく、40mol%以上がさらに好ましい。
【0035】
先述したように、空格子率はFeとγ-Feの合計mol数に対するγ-Feのmol数の比率である。強磁性を示すFe酸化物はFeとγ-Feの2種のスピネル化合物であり、スピネル中でこれら2種のFe酸化物が不定比化合物として存在していると考えられる。したがって、強磁性Fe酸化物(Fe、γ-Fe)中の空格子含有Fe酸化物(γ-Fe)の割合(空格子率)を指標に用いることで、スピネル中空格子割合を見積もることができる。
【0036】
空格子率は次のようにして求められる。まず、フェライト粉末を化学分析に供して、粉末中のFe、Mn、Zn及びCuの量を質量百分率(質量%)として求める。また、これとは別に、酸化還元滴定によりフェライト粉末に含まれる2価鉄(Fe2+)の量を求める。さらに、フェライト粉末をX線回折(XRD)分析に供して、粉末中のα-Fe(ヘマタイト)量を求める。
【0037】
次いで、Feの原子量(55.85)、Mnの原子量(54.94)、Znの原子量(65.39)、Cuの原子量(63.55)、及びα-Feの式量(159.70)を用いて、下記(1)~(6)式に従って、mol数に換算したFe量A、Mn量B、Zn量C、Fe2+量D、α-Fe量E、及びCu量Fを算出する。そして、下記(7)及び(8)式に従って、過剰Fe量G(mol数)及び空格子をもつFe化合物(γ-Fe)量H(mol数)を求める。最後に、下記(9)式に従って、空格子率I(mol%)を算出する。
【0038】
【数1】
【0039】
【数2】
【0040】
なお、フェライト粉末がα-Fe(ヘマタイト)を含むことがある。また、フェライト粉末が銅(Cu)を含む場合には、CuOFe(銅-鉄複合酸化物)が形成されている場合がある。α-Fe及びCuOFeはスピネル構造をもつ強磁性体ではない。したがって、上記(7)式でスピネル相中過剰Fe量を算出する際に、α-FeやCuOFeに含まれるFe分を除外している。また、Fe(マグネタイト)は2価鉄イオン(Fe2+)を含むのに対し、γ-Fe(マグヘマタイト)はFe2+を含まない。したがって、上記(8)式でγ-Fe量を算出する際に、Feに含まれるFe2+分を除外している。
【0041】
また、上記(7)式に従って求められる過剰Fe量はゼロ(0)より大きければよい。このとき、フェライト粉末に含まれるスピネル相は、鉄(Fe)量が化学的量論組成よりも過剰となる。
【0042】
好適には、フェライト粉末の過剰鉄(Fe)比率は25mol%以上70mol%以下である。過剰Fe比率が25mol%を下回ると、透磁率実部(μ’)が高くなるものの損失係数(tanδ)が大きくなる。そのため、フェライト粉末をインダクタの磁芯用フィラーに用いるには不適切となる。また、過剰Fe比率が70mol%を超える場合には、損失係数(tanδ)が小さくなるものの透磁率実部(μ’)も低くなる。そのため、やはりフェライト粉末をインダクタの磁芯用フィラーに用いるには不適切となる。過剰Fe比率は35mol%以上70mol%以下がより好ましく、40mol%以上70mol%以下がさらに好ましい。なお、過剰Fe比率は、Fe全体の量に対する過剰Fe量の比率であり、下記(10)式に従って求められる。
【0043】
【数3】
【0044】
好適には、フェライト粉末に含まれるマンガン(Mn)に対する鉄(Fe)の質量比(Fe/Mn質量比)は5.5以上8.0以下である。Zn量が1質量%以上3質量%以下の範囲内にあり、かつFe/Mn質量比が5.5以上8.0以下であれば、フェライト粉末の高透磁率化と低損失化をバランスよく両立することができる。そのため、μ’Q積を高めること可能になる。
【0045】
好適には、フェライト粉末の銅(Cu)の含有量は0質量%以上1.0質量%以下である。Cuはフェライト粒子中で偏析し易い。偏析が生成するとフェライト粉末の磁気特性が劣化する恐れがある。Cu量を1.0質量%以下に抑えることで、磁気特性劣化をもたらす偏析生成を抑制することが可能になる。一方で、CuにはFeの価数安定化の作用がある。フェライト粉末の製造方法にもよるが、Cuを適度に加えることで、空格子生成を抑えることができ、長期間にわたる透磁率の経時変化を抑えることが可能になる。Cu含有量は0質量%以上0.50質量%以下がより好ましく、0質量%以上0.35質量%以下がさらに好ましい。
【0046】
なお、フェライト粉末は、鉄(Fe)、マンガン(Mn)、亜鉛(Zn)、銅(Cu)及び酸素(O)を含み、残部不可避不純物の組成を有してもよい。あるいはFe、Mn、Zn、Cu及びO以外の他の成分元素を含んでもよい。そのような成分元素として、リチウム(Li)、マグネシウム(Mg)、アルミニウム(Al)、チタン(Ti)、クロム(Cr)、コバルト(Co)、及びニッケル(Ni)等が挙げられる。 しかしながら、Mn-Zn系フェライトの優れた磁気特性を活かす観点から、Fe、Mn、Zn、Cu及びO以外の他の成分元素を多量に含まないことが好ましい。他の成分元素の含有量は、好ましくは10質量%以下、より好ましくは5質量%以下、さらに好ましくは1質量%以下である。
【0047】
好適には、フェライト粉末(フェライト粒子)中のスピネル相含有割合は80.0質量%以上である。強磁性体たるスピネル相は、フェライト粉末の磁気特性発現の主体となる結晶相である。スピネル相割合を高めることで、フェライト粉末の飽和磁化(σs)及び透磁率(μ)を高めることが可能になる。スピネル相割合は85.0質量%以上がより好ましく、90.0質量%以上がさらに好ましく、95.0質量%以上が特に好ましく、99.0質量%以上が最も好ましい。
【0048】
好適には、フェライト粉末中の酸化亜鉛(ZnO)含有量は0.0質量%以上1.0質量%以下である。酸化亜鉛(ZnO)は、フェライト化しなかった亜鉛(Zn)に由来する異相である。ZnOを多量に含むフェライト粉末は磁気特性が低い。また、このフェライト粉末は、樹脂組成物に適用した際に組成物の粘度を高める問題を引き起こすことがある。したがって異相たるZnOは少ないほど好ましい。ZnO含有量は0.0質量%以上0.8質量%以下がより好ましく、0.0質量%以上0.5質量%以下がさらに好ましい。
【0049】
好適には、フェライト粉末中のα-酸化鉄(α-Fe)含有量は0.0質量%以上3.0質量%以下である。α-Feは反強磁性体たる異相である。α-Feが過剰に多いと、フェライト粉末の磁気特性が低下する。α-Fe量が前述の範囲内であれば磁気特性の影響は少ない。そのため、α-Fe量をこの範囲内に収めることで、磁気特性、特に飽和磁化(σs)の低下や、インダクタに使用した場合の飽和磁束密度の低下を防ぐことができる。
【0050】
フェライト粉末を構成する粒子は単結晶及び多結晶のいずれから構成されてもよい。しかしながら多結晶から構成されるのが好ましい。またフェライト粉末を構成する粒子の平均結晶子径は150nm以上220nm以下が好ましい。
【0051】
好適には、フェライト粉末の体積平均粒径(D50)は2.0μm以上20μm以下である。ここで、体積平均粒径は、体積粒度分布における累積50%径(D50)のことである。D50を2.0μm以上に大きくすることで、フェライト粉末の凝集を抑制することができ、成形性及び充填性をより向上させることが可能となる。また、製造条件にもよるが、粒径をある程度に大きくすることで、フェライト粉末の空格子率を制御することができる。すなわち、粒径の小さいフェライト粒子は比表面積が大きい。そのため、フェライト粉末製造時の溶射などの高温熱処理工程で酸化が進みやすく、空格子をもつγ-Feが生成しやすい傾向にある。成形性及び充填性向上並びに空格子率制御の観点から、D50は2.3μm以上がより好ましく、2.5μm以上がさらに好ましく、2.8μm以上が特に好ましく、3.0μm以上が最も好ましい。一方で、D50を20μm以下に抑えることで、粒子間空隙の発生を抑制することができ、充填性がより優れたものとなる。充填性向上の観点から、D50は12μm以下がより好ましく、10μm以下がさらに好ましく、8.0μm以下が特に好ましく、7.0μm以下が最も好ましい。
【0052】
好適には、フェライト粉末の形状係数SF-1は100以上110以下である。SF-1は、粉末を構成する粒子の球形度の指標である。完全な球形ではSF-1は100となり、球形から離れるほど大きくなる。SF-1を110以下に抑えることで、粒子が球状又は多面体状のいずれであっても、粉末の流動性が高まり、成形性及び充填性がより優れたものとなる。SF-1は105以下がより好ましく、103以下がさらに好ましいである。
【0053】
好適には、フェライト粉末の形状係数SF-2は100以上110以下である。SF-2は、粉末を構成する粒子表面の凹凸度合いを示す指標である。表面凹凸が無ければ、SF-2は100となり、凹凸が深くなるほど大きくなる。フェライト粉末が粒子表面に微視的なステップ構造を有すれば、これにより複合材料や複合体にしたときに、樹脂との密着性が向上して粒子の脱落が抑制される。そのため、SF-2は適度に高いこと、具体的には101以上がより好ましい。一方で、SF-2が過度に高いと、粉末の流動度が低下して、これが成形性及び充填性の低下につながる恐れがある。SF-2は105以下がより好ましく、103以下がさらに好ましい。
【0054】
好適には、フェライト粉末のBET比表面積は0.2m/g以上2.0m/g以下である。BET比表面積を0.2m/g以上に大きくすることで、粒子間空隙の発生が抑制され、充填性をより向上させることが可能になる。またBET比表面積を上記範囲内に収めることで、フェライト粉末を複合材料や複合体に適用したときに樹脂との密着性がより良好なものとなる。充填性及び密着性向上の観点から、BET比表面積は、0.3m/g以上がより好ましい。一方で、BET比表面積を2.0m/g以下に抑えることで、フェライト粉末の凝集が抑制され、これが成形性及び充填性の向上につながる。また、製造条件にもよるが、BET比表面積をある程度に小さくすることで、フェライト粉末の空格子率を適切な範囲内に制御することが可能になる。成形性及び充填性向上並びに空格子率制御の観点から、BET比表面積は、1.5m/g以下がより好ましく、1.0m/g以下がさらに好ましい。
【0055】
好適には、フェライト粉末のタップ密度は0.50g/cm以上3.50g/cm以下である。小粒径の粒子と大粒径の粒子とを混在させることでタップ密度を高めることができ、その結果、フェライト粉末の充填性が全体としてより優れたものとなる。タップ密度は1.00g/cm以上3.00g/cm以下がより好ましい。
【0056】
好適には、フェライト粉末の真比重は5.00g/cm以上である。真比重を高めることで、フェライト粉末の磁気特性、特に飽和磁化(σs)や透磁率(μ)を高めることが可能となる。真比重は5.05g/cm以上がより好ましい。
【0057】
好適には、フェライト粉末の50MHzにおける透磁率実部(μ’)は7.0以上である。μ’を高めることで、フェライト粉末を含むインダクタ等の素子の磁気特性向上を図ることができる。μ’は7.5以上がより好ましく、8.0以上がさらに好ましい。
【0058】
好適には、フェライト粉末の50MHzにおけるμ’Q積は400以上である。μ’Q積を高めることで、フェライト粉末の高透磁率化と低損失化をバランスよく両立させることが可能となる。μ’Q積は450以上がより好ましく、500以上がさらに好ましい。なお、μ’Q積は、フェライト粉末の複素透磁率の実部(μ’)及び損失係数(tanδ)を用いて下記(11)式に従って求められる。また、損失係数(tanδ)は複素透磁率の実部(μ’)及び虚部(μ’’)を用いて下記(12)式に従って求められる。
【0059】
【数4】
【0060】
好適には、フェライト粉末の50MHzにおける透磁率変化率は0.040以下である。透磁率変化率は透磁率の時間変化度合の指標となるものであり、これが小さいほど、透磁率の時間変化が小さいこと、つまり経時安定性に優れることを意味する。長期間にわたる透磁率の変化は緩和現象の一つと考えられ、べき乗測で近似される。そのため、経過時間t(単位:hr)後の透磁率μ’(t)は、下記(13)式に示すように時間tの自然対数ln(t)と近似的な直線関係にある。なお、下記(13)式において、Aは直線の傾きを、Bは切片を表す。そして、下記(14)式に示すように、直線の傾きAの絶対値を透磁率変化率として定める。
【0061】
【数5】
【0062】
透磁率変化率が0.040以下であれば、長期間にわたる透磁率の時間変化が小さいと判断できる。これに対して、透磁率変化率が0.040超である場合には、フェライト粉末をインダクタの磁芯フィラーに用いた場合に、インダクタの性能が経時的に変化する。これにより、設計当初の性能(出力)を得ることが困難になり、電子機器の動作不良につながる恐れがある。
【0063】
<<2.フェライト粉末の製造方法>>
本実施形態のフェライト粉末は、上述した要件を満足する限り、その製造方法は限定されない。しかしながら、好適には、以下に示すように、フェライト原料の混合物を所定の条件で溶射し、次いで急冷することにより製造される。
【0064】
<原料混合>
まずフェライト原料を混合して原料混合物とする。フェライト原料として、酸化物、炭酸塩、水酸化物及び/又は塩化物などの公知のフェライト原料を使用できる。また原料の混合は、ヘンシェルミキサー等の公知の混合機を用い、乾式及び湿式のいずれか一方又は両方で行えばよい。
【0065】
<仮焼成及び粉砕>
次に得られた原料混合物を仮焼成して仮焼成物とする。仮焼成は公知の手法で行えばよい。例えば、ロータリーキルン、連続炉又はバッチ炉などの炉を用いて、公知の条件で行えばよい。例えば、大気等の雰囲気下で、700℃以上1300℃以下の温度で2時間以上12時間以下の時間で保持する条件が挙げられる。
【0066】
<造粒>
その後、得られた仮焼成物を粉砕及び造粒して造粒物とする。粉砕方法は特に限定されない。例えば、振動ミル、ボールミル又はビーズミルなどの公知の粉砕機を用い、乾式及び湿式のいずれか一方又は両方で行えばよい。造粒方法も公知の手法でよい。例えば粉砕後の仮焼成物に、水と、必要に応じて、ポリビニルアルコール(PVA)等のバインダー、分散剤及び/又は消泡剤などの添加剤と、を加えて粘度を調整し、その後、スプレードライヤー等の造粒機を用いて造粒する。
【0067】
通常のフェライト粉末(粒子)の製造において、一般的にはバインダー成分を本焼成前に除去する。これに対して、本実施形態の製造方法では脱バインダー処理を行わないことが好ましい。バインダー成分を含有した状態で溶射を行うとともに、造粒物に含まれる炭素量を制御することで、最終的に得られるフェライト粉末の空格子率を適切な範囲内に調製できる。
【0068】
好適には、造粒物に含まれる炭素量は0.08質量%以上0.20質量%以下である。溶射条件にもよるが、造粒物の炭素量を前述した範囲内に限定することで、フェライト粉末の空格子率を所望の値に制御できる。これに対して、炭素量が少なすぎる場合には、後続する溶射工程で、火炎を通過する粒子の周囲環境の酸素濃度が高くなる。そのため、フェライト粉末の酸化が進むためγ-Feの生成が促され、これが空格子率上昇につながる恐れがある。一方で、炭素量が多すぎる場合には、造粒物のバインダー成分の分解が十分に進まない。そのため、粒径が過度に大きく、形状の不均一な粒子が発生する恐れがある。
【0069】
<溶射>
次に得られた造粒物を溶射して溶射物とする。溶射では、ガスにより搬送された造粒物が溶射火炎を通過することで溶融されてフェライト化する。その後、フェライト化した粒子を冷却用ガスで急冷及び凝固し、これをサイクロン又はフィルターで回収する。冷却用ガスは室温の大気でもよく、あるいは急冷と酸化を防止するため、室温よりも低温の空気や不活性ガス(窒素ガス、ヘリウムガス、アルゴンガス等)も用いてもよい。必要に応じて、回収したフェライト粒子を分級してもよい。分級では、既存の風力分級(気流分級)、メッシュ濾過、ふるい(篩)分級、沈降などの手法を用いて、所望の粒径に粒度調整する。サイクロン等の気流分級を用いて大粒径粒子を1つの工程で分離回収することも可能である。
【0070】
ステップ構造を備えるフェライト粒子(球状様ステップ粒子)を得るためには、造粒物を所定の条件で溶射することが重要である。溶射時に造粒物全体が溶融した後に急冷される。その詳細なメカニズムは不明であるが、高温溶融時にフェライトの結晶構造を反映した多角形状のステップ構造が粒子表面に形成され、急冷することでこの構造が保持されるのではないかと推察している。これに対して、造粒物を溶融温度以下の温度で焼成してフェライト粒子とした場合には、多角形状のステップ構造が形成されにくく、仮に形成されたとしても、徐冷することでステップ構造が消失してしまうと考えている。
【0071】
溶射では、燃焼ガスと酸素との混合気体を可燃性ガス燃焼炎源として用いることができる。燃焼ガスと酸素との容量比は、1:3.5~1:6.0が好ましく、1:4.9~1:6.0がより好ましく、1:4.9~1:5.3がさらに好ましい。これにより揮発した原料が凝縮し、小粒径粒子の形成を好適に進行させることができる。例えば燃焼ガス流量7Nm/時に対して全酸素流量35Nm/時(燃焼ガスと酸素との容量比が1:5)とする条件が挙げられる。
【0072】
燃焼時に燃焼ガスや酸素が過剰に多い場合には、燃焼に使われなかったガスが燃焼時の熱を奪い火炎の温度が下がる恐れがある。燃焼に使われなかった余剰燃焼ガス量は供給された燃焼ガス量の20%以下が好ましい。また、燃焼に使われなかった余剰酸素量は供給された酸素量の20%以下が好ましい。
【0073】
原料供給量に対する燃焼ガス量も重要である。具体的には、正味燃料ガス量比は1.05Nm/kg以上2.00Nm/kg以下が好ましい。ここで正味ガス量比は、原料供給量に対する正味燃焼ガス量の比であり、下記(15)式に従って求められる。また正味燃焼ガス量は、正味の燃焼に使われる燃焼ガスの量であり、下記(16)又は(17)式に従って求められる。
【0074】
【数6】
【数7】
【数8】
【0075】
溶射に用いる燃焼ガスとして、プロパンガス、プロピレンガス、アセチレンガス等の可燃性ガスが挙げられ、中でもプロパンガスが好適である。造粒物を可燃性ガス中に搬送するために、窒素、酸素、空気等の搬送ガスを用いることができる。搬送される造粒物の流速は20m/秒以上60m/秒以下が好ましい。溶射温度は1000℃以上3500℃以下が好ましく、2000℃以上3500℃以下がより好ましい。
【0076】
溶射時の原料供給量も重要である。すなわち溶射火炎中を通過する際の温度(原料粒子に対する与える熱量)から室温まで冷却される間の時間によって、ステップ構造発現のメカニズムが変化する。特に高温火炎を通過した原料一次粒子が急冷されることでステップ構造が発現する。同じ温度の火炎であっても原料一次粒子の単位時間当たりの通過数(時間当たりの処理量)が多くなるとステップ構造は発現しにくくなる。ステップ構造を発現させる観点から、溶射原料の供給量は少ない方が好ましい。例えば、供給量は、20kg/時間以下が好ましく、10kg/時間以下がより好ましく、7kg/時間以下が最も好ましい。
【0077】
フェライト粉末は、亜鉛(Zn)等の蒸気圧の高い元素を含有することでステップ構造が効果的に発現する。しかしながら、含有元素のみならず溶射時の条件も重要である。すなわち溶射火炎を通過した溶射物が高温から適度な速度で冷却することで、ステップ構造が発現し易くなる。溶射とは異なる焼成では冷却速度が比較的遅い。そのため粒子の粒界成長に伴い、ステップ構造の外周は直線的ではなくなる。
【0078】
冷却速度は磁気特性、特に透磁率の周波数特性にも大きな影響を与える。すなわち溶射時に急冷された粒子は、そのグレインサイズが比較的小さい。そのため10MHzよりも高い周波数で損失係数(tanδ)が小さくなる。一方で焼成時に徐冷された粒子はグレインサイズが大きいため、高周波数での損失係数が大きい。
【0079】
このように、溶射条件を制御することで、フェライト粉末の特性を調整することが可能である。好ましい条件で溶射を行うことで、得られるフェライト粒子の形状を好適に調整することができる。また、フェライト粒子の空格子率を所望の範囲内に制御することが可能となる。
【0080】
<<3.フェライト樹脂複合材料>>
本実施形態のフェライト樹脂複合材料は、上述したフェライト粉末と樹脂を含む。この複合材料によれば、成形性及び充填性を損なうことなく、フェライト粒子の脱落が抑制される。
【0081】
複合材料を構成する樹脂として、例えば、エポキシ樹脂、ウレタン樹脂、アクリル樹脂、シリコーン樹脂、ポリアミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、フッ素樹脂又はこれらの組み合わせなどが挙げられる。シリコーン樹脂は、アクリル、ウレタン、エポキシ及び/又はフッ素等で変性された変性シリコーン樹脂であってもよい。
【0082】
複合材料は、フェライト粉末と樹脂以外の他の成分を含んでもよい。このような成分として、例えば、溶媒、充填剤(有機充填剤、無機充填剤)、可塑剤、酸化防止剤、分散剤、顔料等の着色剤及び/又は熱伝導性粒子などが挙げられる。
【0083】
複合材料中の全固形分に対するフェライト粉末の割合は、50質量%以上95質量%以下が好ましく、80質量%以上95質量%以下がより好ましい。また複合材料中の全固形分に対する樹脂の割合は、5質量%以上50質量%以下が好ましく、5質量%以上20質量%以下がより好ましい。フェライト粉末や樹脂の割合を上記範囲内とすることで、複合材料中のフェライト粉末の分散安定性、並びに複合材料の保存安定性及び成形性が優れたものになるとともに、複合材料を成型して得られる複合体(成型体)の機械的強度や磁気特性といった特性がより優れたものになる。
【0084】
<<4.フェライト樹脂複合体>>
本実施形態のフェライト樹脂複合体は、上述したフェライト樹脂組成物の成型体を備える。すなわち、複合体は、フェライト樹脂組成物を成形して作製される。成形手法は、特に限定されず、例えば圧縮成形、押出成形、射出成形、ブロー成形又はカレンダー成形が挙げられる。また複合材料の塗膜を基体上に形成する手法であってもよい。
【0085】
<<5.電子部品>>
本実施形態の電子部品は、上述したフェライト樹脂複合体を備える。電子部品は、フェライトの磁気特性を利用する公知の部品であってよい。このような部品として、トランスや通信用コイル等のインダクタが挙げられる。本実施形態の電子部品は、透磁率時間変化の小さいフェライト粉末を含むため、経時安定性に優れるという特長がある。
【実施例0086】
本実施形態を、以下の実施例及び比較例を用いてさらに詳細に説明する。しかしながら、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0087】
(1)フェライト粉末の作製
[例1~10]
<原料混合>
α-酸化鉄(α-Fe)、四酸化マンガン(Mn)、酸化亜鉛(ZnO)及び酸化銅(CuO)を原料に用いて、これらを秤量し、ヘンシェルミキサーを用いて混合した。この際、Fe、MnO、ZnO及びCuO換算での原料配合量が下記表1に示すmol量となるように原料の秤量を行った。
【0088】
<仮焼成及び粉砕>
得られた混合物を、ロータリーキルンを用いて仮焼成した。仮焼成は、下記表1に示す条件(温度及び雰囲気)下に混合物を4時間保持して行った。次いで、乾式ビーズミル(3/16インチの鋼球ビーズ)を用いて、得られた仮焼成物を粗粉砕した。その後、水を加えて、湿式ビーズミル(0.65mmのジルコニアビーズ)を用いて微粉砕し、それによりスラリーを得た。スラリー中の粉砕粉の粒径を下記表1に示す。
【0089】
<造粒>
得られたスラリーに、バインダーとしてポリビニルアルコール(PVA、10%水溶液)を加えた。この際、PVA添加量を調整した。粉砕粉に対する固形分換算でのPVA添加量を下記表1に示す。その後、バインダーを加えたスラリーを、スプレードライヤーを用いて造粒した。
【0090】
<溶射>
得られた造粒物を可燃性ガス燃焼炎中で溶射及び急冷した。溶射は、下記表1に示す条件(プロパンガス流量、全酸素流量、原料供給酸素流量、燃焼酸素流量、原料供給量、風量、及び溶射温度)で行った。また、溶射直後の燃焼ガスに冷却用の大気を導入して生成物を急冷した。さらに、下流側に設けたサイクロンを用いて生成物を回収して、溶射物を得た。得られた溶射物から篩を用いて粗粉を取り除き、さらに分級装置で微粉を除去して、Mn-Zn系フェライト粒子からなるフェライト粉末を得た。
【0091】
例1~10のフェライト粉末の製造条件を下記表1にまとめて示す。なお、例1及び例7~10が実施例サンプルであり、例2~例6が比較例サンプルである。
【0092】
【表1】
【0093】
(2)評価
例1~10で作製したフェライト粉末について、各種特性の評価を以下のとおり行った。
【0094】
<化学分析>
フェライト粉末を化学分析に供して金属成分含有量を求めた。まず、フェライト粉末0.2gを秤量し、これに純水60mlと1N塩酸20ml及び1N硝酸20mlを加えた後に加熱して、試料を完全溶解させた水溶液を調製した。得られた水溶液をICP分析装置(株式会社島津製作所、ICPS-10001V)にセットして、金属成分含有量を測定した。
【0095】
<酸化還元滴定>
酸化還元滴定によりフェライト粉末に含まれる2価鉄(Fe2+)の量を求めた。酸化還元滴定はJIS M 8213に準じて行い、二クロム酸カリウムの代わりに過マンガン酸カリウムを用いた。
【0096】
<XRD>
フェライト粉末について、X線回折(XRD)法による分析を行った。分析は以下に示す条件で行った。
【0097】
‐X線回折装置:パナリティカル社製X’pertMPD(高速検出器含む)
‐線源:Co-Kα
‐管電圧:45kV
‐管電流:40mA
‐スキャン速度:0.002°/秒(連続スキャン)
‐スキャン範囲(2θ):15~90°
【0098】
得られたX線回折プロファイルに基づき、フェライト粉末に含まれるスピネル相、ZnO相、及びα-Fe相のそれぞれの含有割合を求めた。また、X線回折プロファイルをリートベルト解析して、スピネル相の格子定数を見積もり、シェラーの公式に従い、スピネル相の結晶子径を求めた。
【0099】
さらに、化学分析により求めたFe、Mn、Zn、及びCuの量(単位:質量%)、酸化還元滴定により求めた2価鉄(Fe2+)の量(単位:質量%)、及びXRD分析により求めたα-Fe量(単位:質量%)を用いて、スピネル相の空格子率及びFe過剰比率等を算出した。具体的には、上記(1)~(10)式に従って算出を行った。
【0100】
<粒子形状及び表面構造>
フェライト粉末中の粒子の形状及び表面構造を、次のようにして評価した。まず走査電子顕微鏡(SEM;日立ハイテクノロジーズ社、SU-8020)を用いてフェライト粉末を観察した。観察の際に、倍率を50000倍に設定した。そして、視野中に1~30個、好ましくは1~10個入る状態で撮影した。撮影はランダムに10視野分を撮影して、多角形状ステップ構造の有無を確認した。
【0101】
<形状係数>
フェライト粉末の形状係数(SF-1及びSF-2)を、粒子画像分析装置(Malvern Panalytical社、モフォロギG3)を用いて求めた。まず粒子画像分析装置を用いてフェライト粉末を解析した。解析の際には粉末中30000粒子について1粒子ごとに画像解析を行い、円形度(Circularity)、周囲長(Perimeter)、円相当径(CE Diameter)を自動測定した。この際、倍率10倍の対物レンズを使用し、サンプル量は3mm、分散圧は5barの条件で粒子をスライドガラス上に本装置付属の分散用治具を用いて分散させた。
【0102】
得られたデータのうち、体積平均粒径±5%以内の粒子のデータの平均を平均円形度、平均周囲長(Perimeter)、平均円相当径(CE Diameter)として求め、これらを用いて、下記(18)及び(19)式に従ってSF-1及びSF-2を算出した。
【0103】
【数9】
【数10】
【0104】
<タップ密度>
フェライト粉末のタップ密度を、USPタップ密度測定装置(ホソカワミクロン株式会社、パウダテスタPT-X)を用いて、JIS Z 2512-2012に準拠して測定した。
【0105】
<真比重>
フェライト粉末の真比重を、ガス置換法を用いて、JIS Z8807:2012に準拠して測定した。具体的には全自動真密度測定装置(株式会社マウンテック、Macpycno)を用いて測定を行った。
【0106】
<BET比表面積>
フェライト粉末のBET比表面積を、比表面積測定装置(株式会社マウンテック、Macsorb HM model-1208)を用いて測定した。まずフェライト粉末約10gを薬包紙に載せ、真空乾燥機で脱気した。真空度が0.1MPa以下であることを確認した後に、200℃で2時間加熱して、粒子表面に付着している水分を除去した。その後、水分が除去されたフェライト粉末(約0.5~4g)を測定装置専用の標準サンプルセルに入れ、精密天秤で正確に秤量した。続いて秤量したフェライト粉末を測定装置の測定ポートにセットして、1点法で測定を行った。測定雰囲気は、温度10~30℃、相対湿度20~80%(結露なし)とした。
【0107】
<粒度分布>
フェライト粉末の粒度分布を、次のようにして測定した。まず、フェライト粉末10g及び水80mlを100mlのビーカーに入れ、分散剤としてヘキサメタリン酸ナトリウムを2滴添加した。次いで超音波ホモジナイザー(株式会社エスエムテー、UH-150型)を用いて分散した。このとき超音波ホモジナイザーの出力レベルを4に設定して20秒間の分散を行った。その後、ピーカー表面にできた泡を取り除き、得られた分散液をレーザー回折式粒度分布測定装置(島津製作所株式会社、SALD-7500nano)に導入して測定を行った。測定条件は、ポンプスピード7、内蔵超音波照射時間30、屈折率1.70-050iとした。この測定により体積粒度分布における10%径(D10)、50%径(体積平均粒径、D50)及び90%径(D90)を求めた。
【0108】
<磁気特性‐飽和磁化、残留磁化及び保磁力>
フェライト粉末の磁気特性(飽和磁化、残留磁化及び保磁力)を、次のようにして測定した。まず、内径5mm及び高さ2mmのセルにフェライト粉末を詰めて、振動試料型磁気測定装置(東英工業株式会社、VSM-C7-10A)にセットした。印加磁場を加えて5kOeまで掃引し、次いで印加磁場を減少させて、ヒステリシスカーブを描かせた。このカーブのデータより、フェライト粉末の飽和磁化σs、残留磁化σr及び保磁力Hcを求めた。
【0109】
<透磁率>
フェライト粉末の透磁率を、RFインピーダンス/マテリアル・アナライザ(アジレントテクノロジー株式会社、E4991B)と磁性材料測定電極(16454A)を用いて測定した。まず、フェライト粉末9gとバインダー樹脂(Kynar301F:ポリフッ化ビニルデン)1gをポリエチレン製容器(内容量100ml)に入れ、ボールミルを用いて、回転数100rpmの条件で撹拌及び混合を行った。次に、得られた混合物(0.6g程度)をダイス(内径4.5mm、外径13mm)に充填し、プレス機を用いて40MPaの圧力で1分間の加圧を行って成型体を作製した。得られた成型体を、熱風乾燥機を用いて180℃で1時間の加熱硬化を行って測定用サンプルとした。得られた測定用サンプルをRFインピーダンス/マテリアル・アナライザにセットし、事前に測定しておいた測定用サンプルの外径、内径及び高さを入力した。測定の際、振幅を100mVとし、測定周波数1MHz~3GHzの範囲を対数スケールで掃引した。そして、周波数50MHzでの複素透磁率の実部(μ’)及び虚部(μ’’)を求めた。
【0110】
また、50MHzにおける72時間経過後の複素透磁率の実部(μ’)及び虚部(μ’’)を用いて上記(11)及び(12)式に従って損失係数(tanδ)及びμ’Q積を算出した。
【0111】
さらに、50MHzにおける透磁率実部(μ’)の経時変化を経過時間17520時間まで測定した。そして、得られたデータを用いて上記(13)及び(14)式に従って透磁率変化率を求めた。
【0112】
(3)評価結果
例1~10のフェライト粉末について得られた評価結果を下記表2~6に示す。また、例1及び5のフェライト粉末の透磁率実部(μ’)の時間変化を図1(例1)及び図2(例5)に示す。
【0113】
比較例たる例2及び例3のフェライト粉末は、Fe量が54.53質量%以下と少なく、Zn量が3.64質量%以上と多かった(表2)。そのため50MHzでの損失係数(tanδ)が0.028以上と大きく、μ’Q積が330以下と小さかった(表5)。これらのフェライト粉末は損失が大きく、インダクタ等の高周波用途に用いるには不適切であることが分かった。
【0114】
比較例たる例4のフェライト粉末は、Fe量が63.11質量%と多く、Zn量がゼロ(0)であった(表2)。そのため、透磁率実部(μ’)が6.45と低かった(表5)。このフェライト粉末は透磁率が低く、インダクタ等の用途に用いるには不適切であることが分かった。
【0115】
比較例たる例5のフェライト粉末は、Zn量が3.30質量%と多かった(表2)。そのため、損失係数(tanδ)が0.024と大きく、μ’Q積が379と小さかった(表5)。また、空格子率が100.0%と高く、透磁率変化率が0.061と大きかった(表3及び6)。このフェライト粉末は損失が大きく、透磁率の経時安定性に劣ることが分かった。
【0116】
比較例たる例6のフェライト粉末は凝集体を含んでいた(表4)。そのため、形状係数SF-1及びSF-2が126~130と大きく、体積平均粒径(D50)が23.11μmと大きかった(表4)。また粒子表面にステップ構造は確認されなかった(表4)。このフェライト粉末は、損失係数(tanδ)が0.084と大きく、μ’Q積が107と小さかった(表5)。また透磁率変化率が0.081と大きかった(表6)。このフェライト粉末は損失が大きく、透磁率の経時安定性に劣ることが分かった。また、このフェライト粉末は、複合材料(複合体)としたときの充填性に劣ると考えられた。
【0117】
これに対して、実施例たる例1及び例7~10のフェライト粉末は、真球状を有していた(表4)。そのため、SF-1及びSF-2が101~102と小さく、表面に多角形ステップ構造を有するとともに、D50が9.92μm以下と比較的小さかった(表4)。また空格子率が80.5mol%以下であった(表3)。これらのフェライト粉末は、透磁率実部(μ’)が8.23以上であり、μ’Q積が439以上であった(表5)。また、透磁率変化率が0.038以下と小さく、特に例9のフェライト粉末は透磁率変化率が0.005と非常に小さかった(表6)。したがって、これらのフェライト粉末は透磁率が高く且つ損失が低いとともに、透磁率時間変化の小さいことが分かった。
【0118】
以上の結果から、本実施形態によれば、高充填性と高周波における高い透磁率及び低い損失とを維持しながら、透磁率の経時安定性に優れるフェライト粉末が得られることが理解される。
【0119】
【表2】
【0120】
【表3】
【0121】
【表4】
【0122】
【表5】
【0123】
【表6】

図1
図2