(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024001440
(43)【公開日】2024-01-10
(54)【発明の名称】遅れ破壊試験装置及び遅れ破壊試験方法、プレス成形方法
(51)【国際特許分類】
G01N 3/08 20060101AFI20231227BHJP
G01N 17/00 20060101ALI20231227BHJP
【FI】
G01N3/08
G01N17/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022100083
(22)【出願日】2022-06-22
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100127845
【弁理士】
【氏名又は名称】石川 壽彦
(72)【発明者】
【氏名】達川 昂至
(72)【発明者】
【氏名】簑手 徹
(72)【発明者】
【氏名】石渡 亮伸
【テーマコード(参考)】
2G050
2G061
【Fターム(参考)】
2G050AA01
2G050BA01
2G050CA04
2G050DA01
2G050EB01
2G061AA01
2G061AB01
2G061AC01
2G061BA03
2G061CA02
2G061CB01
2G061CC01
2G061DA01
2G061DA16
2G061EA03
2G061EA04
(57)【要約】
【課題】プレス成形品の遅れ破壊懸念部位における遅れ破壊特性を求めることができる遅れ破壊試験装置及び遅れ破壊試験方法と、求めた遅れ破壊特性に基づいて、プレス成形品の遅れ破壊懸念部位における遅れ破壊を防ぐ対策を施すプレス成形方法を提供する。
【解決手段】本発明に係る遅れ破壊試験装置1は、単軸引張試験片101の平行部103に所定の単軸引張応力を負荷するとともに、平行部103と連動してひずみが生じる治具3を備え、治具3を用いて単軸引張試験片101の平行部103に所定の引張応力を負荷した状態で所定の水素侵入環境下に保持する遅れ破壊試験において、単軸引張試験片101の平行部103に発生する割れを検知可能に、治具3に生じるひずみの時間履歴を取得する機能を有するものである。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
単軸引張試験片の平行部に所定の単軸引張応力を負荷した状態で、前記単軸引張試験片を所定の水素侵入環境下に保持する遅れ破壊試験を実施するための遅れ破壊試験装置であって、
前記単軸引張試験片の前記平行部に所定の単軸引張応力を負荷するとともに、前記平行部と連動してひずみが生じる治具を備え、
前記治具を用いて単軸引張応力を負荷した状態で水素侵入環境下に保持した前記単軸引張試験片の前記平行部に発生する割れを検知可能に、前記治具に生じるひずみの時間履歴を取得する機能を有することを特徴とする遅れ破壊試験装置。
【請求項2】
単軸引張試験片の平行部に所定の単軸引張応力を負荷した状態で、前記単軸引張試験片を所定の水素侵入環境下に保持する遅れ破壊試験を実施するための遅れ破壊試験装置であって、
前記単軸引張試験片の両端部を掴む一対のつかみ部と、前記単軸引張試験片の前記両端部を掴んだ状態の前記一対のつかみ部に対して引き離す方向の荷重を与えることにより、前記単軸引張試験片の前記平行部に所定の単軸引張応力を負荷するとともに、前記平行部と連動してひずみが生じる棒状体を有する応力負荷部と、を備えた治具と、
前記棒状体に取り付けられて該棒状体に生じるひずみを検出するひずみゲージと、
前記ひずみゲージにより検出されるひずみの時間履歴を取得するひずみ時間履歴取得部と、を備えたことを特徴とする遅れ破壊試験装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の遅れ破壊試験装置を用いて、プレス成形品における遅れ破壊が懸念される遅れ破壊懸念部位の遅れ破壊発生特性を求める遅れ破壊試験方法であって、
前記プレス成形品のプレス成形条件を設定するプレス成形条件設定工程と、
前記プレス成形品の前記遅れ破壊懸念部位における応力とひずみを算出する遅れ破壊懸念部位応力及びひずみ算出工程と、
該算出された前記遅れ破壊懸念部位のひずみが平行部に付与された単軸引張試験片を製作する単軸引張試験片製作工程と、
前記遅れ破壊試験装置の前記治具を用いて、前記単軸引張試験片製作工程において製作した前記単軸引張試験片の前記平行部に対して前記遅れ破壊懸念部位応力及びひずみ算出工程で算出された応力を負荷し、該応力を負荷した状態で前記単軸引張試験片を所定の水素侵入環境下に保持する遅れ破壊試験を実施し、前記治具に生じるひずみの時間履歴を取得する遅れ破壊試験工程と、
該取得した前記ひずみの時間履歴に基づいて、前記単軸引張試験片の前記平行部に発生する割れを検知し、該検知した割れが発生する割れ発生時間を取得する単軸引張試験片割れ検知工程と、
該取得した前記平行部における割れ発生時間と、前記単軸引張試験片の前記平行部に付与したひずみと、前記平行部に負荷した応力と、に基づいて、前記プレス成形品の前記遅れ破壊懸念部位における遅れ破壊特性を求める遅れ破壊懸念部位遅れ破壊特性取得工程と、を含むことを特徴とする遅れ破壊試験方法。
【請求項4】
前記遅れ破壊懸念部位応力及びひずみ算出工程では、前記遅れ破壊懸念部位における相当塑性ひずみと最大主応力を算出し、
前記単軸引張試験片製作工程では、前記算出した相当塑性ひずみに相当するひずみを前記平行部に付与し、
前記遅れ破壊試験工程では、前記算出した最大主応力に相当する単軸引張応力を前記平行部に負荷することを特徴とする請求項3記載の遅れ破壊試験方法。
【請求項5】
鋼板を用いたプレス成形品において遅れ破壊が懸念される遅れ破壊懸念部位に対して遅れ破壊の発生を抑制する対策を施し、前記プレス成形品をプレス成形するプレス成形方法であって、
前記プレス成形品の仮のプレス成形条件を設定する仮プレス成形条件設定工程と、
該仮のプレス成形条件でプレス成形した前記プレス成形品において遅れ破壊が懸念される遅れ破壊懸念部位の応力とひずみを算出する遅れ破壊懸念部位応力及びひずみ算出工程と、
該算出された前記ひずみを平行部に付与した単軸引張試験片を製作する単軸引張試験片製作工程と、
該製作した前記単軸引張試験片の前記平行部に対し、請求項1に記載の遅れ破壊試験装置の前記治具を用いて前記遅れ破壊懸念部位応力及びひずみ算出工程で算出された応力を負荷し、該応力を負荷した状態で前記単軸引張試験片を所定の水素侵入環境下に保持する遅れ破壊試験を実施し、前記治具に取り付けられた前記ひずみゲージにより検出されるひずみの時間履歴を取得する遅れ破壊試験工程と、
該取得した前記治具に生じるひずみの時間履歴に基づいて、前記単軸引張試験片の前記平行部における割れ発生の有無を判定する単軸引張試験片割れ発生有無判定工程と、
該単軸引張試験片割れ発生有無判定工程において割れ発生有りと判定された場合、前記仮のプレス成形条件を変更する仮プレス成形条件変更工程と、
前記単軸引張試験片割れ発生有無判定工程において割れ発生無しと判定されるまで、前記仮プレス成形条件変更工程、前記遅れ破壊懸念部位応力及びひずみ算出工程と、前記単軸引張試験片製作工程と、前記遅れ破壊試験工程と、前記単軸引張試験片割れ発生有無判定工程と、を繰り返し実行する繰り返し工程と、
前記単軸引張試験片割れ発生有無判定工程において割れ発生無しと判定された場合、その場合の前記仮のプレス成形条件を前記プレス成形品のプレス成形条件として決定するプレス成形条件決定工程と、
該決定したプレス成形条件で前記鋼板を前記プレス成形品にプレス成形するプレス成形工程と、を含むことを特徴とするプレス成形方法。
【請求項6】
鋼板を用いたプレス成形品において遅れ破壊が懸念される遅れ破壊懸念部位に対して遅れ破壊の発生を抑制する対策を施し、前記プレス成形品をプレス成形するプレス成形方法であって、
前記プレス成形品の仮のプレス成形条件を設定する仮プレス成形条件設定工程と、
該仮のプレス成形条件でプレス成形した前記プレス成形品において遅れ破壊が懸念される遅れ破壊懸念部位の応力とひずみを算出する遅れ破壊懸念部位応力及びひずみ算出工程と、
該算出された前記ひずみを平行部に付与した単軸引張試験片を製作する単軸引張試験片製作工程と、
該製作した前記単軸引張試験片の前記平行部に対し、請求項1に記載の遅れ破壊試験装置の前記治具を用いて前記遅れ破壊懸念部位応力及びひずみ算出工程で算出された応力を負荷し、該応力を負荷した状態で前記単軸引張試験片を所定の水素侵入環境下に保持する遅れ破壊試験を実施し、前記治具に取り付けられた前記ひずみゲージにより検出されるひずみの時間履歴を取得する遅れ破壊試験工程と、
該取得した前記治具に生じるひずみの時間履歴に基づいて、前記単軸引張試験片の前記平行部における割れ発生の有無を判定する単軸引張試験片割れ発生有無判定工程と、
該単軸引張試験片割れ発生有無判定工程において割れ発生有りと判定された場合、前記単軸引張試験片の前記平行部に付与するひずみ及び/又は前記平行部に負荷する応力を変更する応力及びひずみ変更工程と、
前記単軸引張試験片割れ発生有無判定工程において割れ発生無しと判定されるまで、前記応力及びひずみ変更工程と、前記単軸引張試験片製作工程と、前記遅れ破壊試験工程と、前記単軸引張試験片割れ発生有無判定工程と、を繰り返し実行する繰り返し工程と、
前記単軸引張試験片割れ発生有無判定工程において割れ発生無しと判定された場合、前記プレス成形品の前記遅れ破壊懸念部位の応力とひずみが前記遅れ破壊試験において前記単軸引張試験片に割れが発生しなかったときの応力となるように前記プレス成形品のプレス成形条件を決定するプレス成形条件決定工程と、
該決定したプレス成形条件で前記鋼板を前記プレス成形品にプレス成形するプレス成形工程と、を含むことを特徴とするプレス成形方法。
【請求項7】
前記遅れ破壊懸念部位応力及びひずみ算出工程では、前記遅れ破壊懸念部位における相当塑性ひずみと最大主応力を算出し、
前記単軸引張試験片製作工程では、前記算出した相当塑性ひずみに相当するひずみを前記平行部に付与し、
前記遅れ破壊試験工程では、前記算出した最大主応力に相当する単軸引張応力を前記平行部に負荷することを特徴とする請求項5又は6に記載のプレス成形方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プレス成形品において遅れ破壊が懸念される遅れ破壊懸念部位の遅れ破壊特性を求める遅れ破壊試験装置及び遅れ破壊試験方法と、鋼板を用いたプレス成形品の遅れ破壊懸念部位に遅れ破壊の対策を施してプレス成形するプレス成形方法に関する。
【背景技術】
【0002】
二酸化炭素排出量の削減等の規制の厳格化を受け、燃費向上を目的とした自動車車体の軽量化が求められている。その一方で、自動車車体には衝突安全性能の向上も要求されている。これらのニーズに対して、1GPa以上の引張強度を持つ高張力鋼板の自動車車体の骨格部品への適用が進んでいる。
【0003】
自動車車体の骨格部品は一般にプレス成形によって製造されている。しかし、引張強度で980MPaを超える高張力鋼板を用いてプレス成形した骨格部品(プレス成形品)では、遅れ破壊の発生が懸念される。そして、遅れ破壊は、プレス成形する工程から骨格部品を組付ける工程に至るまでに発生したひずみや応力(残留応力)と、自動車の製造中や使用中に骨格部品に侵入した水素に起因すると考えられる。
【0004】
そこで、これまでに、高張力鋼板を用いて製造されたプレス成形品の製造条件(プレス成形条件)に応じて遅れ破壊特性を評価する方法及び装置がいくつか提案されている。
例えば、特許文献1には、V形状に曲げ加工を施した薄鋼板の曲げ加工部に応力を付加し、その状態で水素侵入環境中に保持した時の曲げ加工部の亀裂の発生状況により遅れ破壊特性を評価する方法と、曲げ加工部に応力を負荷する応力負荷治具が開示されている。
また、特許文献2には、薄鋼板をU曲げ加工し負荷応力を付加したU字状の試験片に水素チャージを行い、試験片の負荷応力、残留応力及び曲げR等の影響を考慮して薄鋼板の水素脆化特性(遅れ破壊特性)を評価する技術が開示されている。
さらに、特許文献3には、表面にひずみゲージを張り付けたU曲げ加工部に割れが発生するまでの時間により遅れ破壊特性を評価する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010-107297号公報
【特許文献2】特開2005-134152号公報
【特許文献3】特開平7-146225号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に開示されている技術によれば、曲げ部品の加工部表面に単軸引張応力を負荷でき、また、特許文献2に開示されている技術によれば、U曲げ加工をして応力を負荷した部品の水素濃度分布を制御することができるとされている。しかしながら、これらの技術により遅れ破壊の発生を検知するためには、き裂の発生を目視で判断しなければならないため、割れの発生を精度よく検知することはできず、割れ判定結果に大きな誤差が生じてしまう場合があって問題であった。
また、特許文献3に開示されている技術においては、U曲げ加工後の部品の加工部表面に歪ゲージを貼り付け、該歪ゲージにより測定されるひずみに基づいて加工部に作用する荷重の変化を検知しているので、割れ判定の誤差は小さい。しかしながら、当該技術においては、ひずみゲージの溶液及び材料との接触が遅れ破壊特性の評価結果に影響することや、V曲げの加工部表面等といった歪ゲージを接着できない場所の遅れ破壊特性の評価には使用できないといった問題があった。
【0007】
さらに、従来の遅れ破壊試験装置および評価方法では、曲げ加工をした試験片を用いているが、曲げは板厚方向に応力分布を持つため、単軸応力状態に比べ複雑であり、部品の曲げ加工部以外の評価には適用できないといった問題があった。
【0008】
このように、遅れ破壊特性の評価をするための技術は、これまでに上記のようにいくつか提案されているが、遅れ破壊(割れ)の発生を精度よく検知でき、かつ単軸引張応力を均一に負荷できる遅れ破壊試験方法及び装置は提案されていなかった。
そのため、鋼板を用いたプレス成形品において遅れ破壊が懸念される部位(遅れ破壊懸念部位)に遅れ破壊を発生させないようにする対策を適切に施すことができなかった。
【0009】
本発明は、上記のような課題を解決するためになされたものであり、所定の引張応力を負荷した単軸引張試験片を所定の水素侵入環境下に保持する遅れ破壊試験において割れを精度良く検知することができる遅れ破壊試験装置を提供することを目的とする。
また、本発明は、遅れ破壊試験装置を用いた遅れ破壊試験の結果に基づいて、プレス成形品における遅れ破壊懸念部位における遅れ破壊の有無を判定する遅れ破壊試験方法を提供することを目的とする。
さらに、本発明は、鋼板を用いたプレス成形品の遅れ破壊懸念部位における遅れ破壊の発生を抑制するための対策を適切に施したプレス成形品のプレス成形方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
(1)本発明に係る遅れ破壊試験装置は、単軸引張試験片の平行部に所定の単軸引張応力を負荷した状態で、前記単軸引張試験片を所定の水素侵入環境下に保持する遅れ破壊試験を実施するためのものであって、
前記単軸引張試験片の前記平行部に所定の単軸引張応力を負荷するとともに、前記平行部と連動してひずみが生じる治具を備え、
前記治具を用いて単軸引張応力を負荷した状態で水素侵入環境下に保持した前記単軸引張試験片の前記平行部に発生する割れを検知可能に、前記治具に生じるひずみの時間履歴を取得する機能を有することを特徴とするものである。
【0011】
(2)本発明に係る遅れ破壊試験装置は、単軸引張試験片の平行部に所定の単軸引張応力を負荷した状態で、前記単軸引張試験片を所定の水素侵入環境下に保持する遅れ破壊試験を実施するためのものであって、
前記単軸引張試験片の両端部を掴む一対のつかみ部と、前記単軸引張試験片の前記両端部を掴んだ状態の前記一対のつかみ部に対して引き離す方向の荷重を与えることにより、前記単軸引張試験片の前記平行部に所定の単軸引張応力を負荷するとともに、前記平行部と連動してひずみが生じる棒状体を有する応力負荷部と、を備えた治具と、
前記棒状体に取り付けられて該棒状体に生じるひずみを検出するひずみゲージと、
前記ひずみゲージにより検出されるひずみの時間履歴を取得するひずみ時間履歴取得部と、を備えたことを特徴とするものである。
【0012】
(3)本発明に係る遅れ破壊試験方法は上記(1)又は(2)に記載の遅れ破壊試験装置を用いて、プレス成形品における遅れ破壊が懸念される遅れ破壊懸念部位の遅れ破壊発生特性を求めるものであって、
前記プレス成形品のプレス成形条件を設定するプレス成形条件設定工程と、
前記プレス成形品の前記遅れ破壊懸念部位における応力とひずみを算出する遅れ破壊懸念部位応力及びひずみ算出工程と、
該算出された前記遅れ破壊懸念部位のひずみが平行部に付与された単軸引張試験片を製作する単軸引張試験片製作工程と、
前記遅れ破壊試験装置の前記治具を用いて、前記単軸引張試験片製作工程において製作した前記単軸引張試験片の前記平行部に対して前記遅れ破壊懸念部位応力及びひずみ算出工程で算出された応力を負荷し、該応力を負荷した状態で前記単軸引張試験片を所定の水素侵入環境下に保持する遅れ破壊試験を実施し、前記治具に生じるひずみの時間履歴を取得する遅れ破壊試験工程と、
該取得した前記ひずみの時間履歴に基づいて、前記単軸引張試験片の前記平行部に発生する割れを検知し、該検知した割れが発生する割れ発生時間を取得する単軸引張試験片割れ検知工程と、
該取得した前記平行部における割れ発生時間と、前記単軸引張試験片の前記平行部に付与したひずみと、前記平行部に負荷した応力と、に基づいて、前記プレス成形品の前記遅れ破壊懸念部位における遅れ破壊特性を求める遅れ破壊懸念部位遅れ破壊特性取得工程と、を含むことを特徴とするものである。
【0013】
(4)上記(3)に記載のものにおいて、
前記遅れ破壊懸念部位応力及びひずみ算出工程では、前記遅れ破壊懸念部位における相当塑性ひずみと最大主応力を算出し、
前記単軸引張試験片製作工程では、前記算出した相当塑性ひずみに相当するひずみを前記平行部に付与し、
前記遅れ破壊試験工程では、前記算出した最大主応力に相当する単軸引張応力を前記平行部に負荷することを特徴とするものである。
【0014】
(5)本発明に係るプレス成形方法は、鋼板を用いたプレス成形品において遅れ破壊が懸念される遅れ破壊懸念部位に対して遅れ破壊の発生を抑制する対策を施し、前記プレス成形品をプレス成形するものであって、
前記プレス成形品の仮のプレス成形条件を設定する仮プレス成形条件設定工程と、
該仮のプレス成形条件でプレス成形した前記プレス成形品において遅れ破壊が懸念される遅れ破壊懸念部位の応力とひずみを算出する遅れ破壊懸念部位応力及びひずみ算出工程と、
該算出された前記ひずみを平行部に付与した単軸引張試験片を製作する単軸引張試験片製作工程と、
該製作した前記単軸引張試験片の前記平行部に対し、請求項1に記載の遅れ破壊試験装置の前記治具を用いて前記遅れ破壊懸念部位応力及びひずみ算出工程で算出された応力を負荷し、該応力を負荷した状態で前記単軸引張試験片を所定の水素侵入環境下に保持する遅れ破壊試験を実施し、前記治具に取り付けられた前記ひずみゲージにより検出されるひずみの時間履歴を取得する遅れ破壊試験工程と、
該取得した前記治具に生じるひずみの時間履歴に基づいて、前記単軸引張試験片の前記平行部における割れ発生の有無を判定する単軸引張試験片割れ発生有無判定工程と、
該単軸引張試験片割れ発生有無判定工程において割れ発生有りと判定された場合、前記仮のプレス成形条件を変更する仮プレス成形条件変更工程と、
前記単軸引張試験片割れ発生有無判定工程において割れ発生無しと判定されるまで、前記仮プレス成形条件変更工程、前記遅れ破壊懸念部位応力及びひずみ算出工程と、前記単軸引張試験片製作工程と、前記遅れ破壊試験工程と、前記単軸引張試験片割れ発生有無判定工程と、を繰り返し実行する繰り返し工程と、
前記単軸引張試験片割れ発生有無判定工程において割れ発生無しと判定された場合、その場合の前記仮のプレス成形条件を前記プレス成形品のプレス成形条件として決定するプレス成形条件決定工程と、
該決定したプレス成形条件で前記鋼板を前記プレス成形品にプレス成形するプレス成形工程と、を含むことを特徴とするものである。
【0015】
(6)本発明に係るプレス成形方法は、鋼板を用いたプレス成形品において遅れ破壊が懸念される遅れ破壊懸念部位に対して遅れ破壊の発生を抑制する対策を施し、前記プレス成形品をプレス成形するものであって、
前記プレス成形品の仮のプレス成形条件を設定する仮プレス成形条件設定工程と、
該仮のプレス成形条件でプレス成形した前記プレス成形品において遅れ破壊が懸念される遅れ破壊懸念部位の応力とひずみを算出する遅れ破壊懸念部位応力及びひずみ算出工程と、
該算出された前記ひずみを平行部に付与した単軸引張試験片を製作する単軸引張試験片製作工程と、
該製作した前記単軸引張試験片の前記平行部に対し、請求項1に記載の遅れ破壊試験装置の前記治具を用いて前記遅れ破壊懸念部位応力及びひずみ算出工程で算出された応力を負荷し、該応力を負荷した状態で前記単軸引張試験片を所定の水素侵入環境下に保持する遅れ破壊試験を実施し、前記治具に取り付けられた前記ひずみゲージにより検出されるひずみの時間履歴を取得する遅れ破壊試験工程と、
該取得した前記治具に生じるひずみの時間履歴に基づいて、前記単軸引張試験片の前記平行部における割れ発生の有無を判定する単軸引張試験片割れ発生有無判定工程と、
該単軸引張試験片割れ発生有無判定工程において割れ発生有りと判定された場合、前記単軸引張試験片の前記平行部に付与するひずみ及び/又は前記平行部に負荷する応力を変更する応力及びひずみ変更工程と、
前記単軸引張試験片割れ発生有無判定工程において割れ発生無しと判定されるまで、前記応力及びひずみ変更工程と、前記単軸引張試験片製作工程と、前記遅れ破壊試験工程と、前記単軸引張試験片割れ発生有無判定工程と、を繰り返し実行する繰り返し工程と、
前記単軸引張試験片割れ発生有無判定工程において割れ発生無しと判定された場合、その場合の応力とひずみとなるように前記プレス成形品のプレス成形条件を決定するプレス成形条件決定工程と、
該決定したプレス成形条件で前記鋼板を前記プレス成形品にプレス成形するプレス成形工程と、を含むことを特徴とするものである。
【0016】
(7)上記(5)又は(6)に記載のものにおいて、前記遅れ破壊懸念部位応力及びひずみ算出工程では、前記遅れ破壊懸念部位における相当塑性ひずみと最大主応力を算出し、
前記単軸引張試験片製作工程では、前記算出した相当塑性ひずみに相当するひずみを前記平行部に付与し、
前記遅れ破壊試験工程では、前記算出した最大主応力に相当する単軸引張応力を前記平行部に負荷することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、プレス成形品の遅れ破壊懸念部位の応力とひずみを単軸引張試験片の平行部に再現した遅れ破壊試験において、平行部に発生する割れを精度良く検知することができ、プレス成形品の遅れ破壊懸念部位における遅れ破壊特性を求めることができる。
さらに、本発明によれば、求めたプレス成形品の遅れ破壊懸念部位の遅れ破壊特性に基づいて、遅れ破壊懸念部位における遅れ破壊を防ぐことができるプレス成形条件を決定することにより、遅れ破壊対策を施してプレス成形品を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本実施の形態1に係る遅れ破壊試験装置の構成を説明する図である。
【
図2】本実施の形態1に遅れ破壊試験装置において、単軸引張試験片の平行部に一定の引張応力を負荷する治具の一態様を説明する図である。
【
図3】本実施の形態1に係る遅れ破壊試験方法の処理の流れを示すフロー図である。
【
図4】本実施の形態1に係る遅れ破壊試験装置を用いた遅れ破壊試験において、治具に生じたひずみの時間履歴と、ひずみの時間履歴により単軸引張試験片の平行部に発生した割れの検知を示すグラフである。
【
図5】本発明の実施の形態1に係る遅れ破壊試験装置を用いた遅れ破壊試験により得られた、単軸引張試験片に割れが発生した割れ発生時間の結果の示すグラフである。
【
図6】本実施の形態1に遅れ破壊試験装置において、単軸引張試験片の平行部に一定の引張応力を負荷する治具の他の態様を説明する図である。
【
図7】本発明の実施の形態2の一態様に係るプレス成形方法における処理の流れを示す図である。
【
図8】本発明の実施の形態2の他の態様に係るプレス成形方法における処理の流れを示す図である。
【
図9】実施例において、遅れ破壊試験と遅れ破壊対策の対象としたプレス成形品を示す図である((a)斜視図、(b)断面図)。
【
図10】実施例において、プレス成形品について算出した長手方向の最大主応力分布及び相当塑性ひずみ分布を示すコンター図である((a)長手方向最大主応力分布、(b)相当塑性ひずみ分布)。
【
図11】種々の変形モードでひずみが付与された試験片を用いた、浸漬時間を30時間としたときの水素チャージ試験により求めたひずみと水素濃度の関係を示すグラフである((a)相当塑性ひずみと水素濃度の関係、(b)ひずみモードと水素濃度の関係)。
【発明を実施するための形態】
【0019】
<発明に至った経緯>
高張力鋼板のプレス成形品においては、前述したように、プレス成形する過程でプレス成形品に生じるひずみや応力と、プレス成形品に侵入した水素と、に起因して遅れ破壊の発生が懸念される。そのため、プレス成形品における遅れ破壊の発生を抑制する対策としては、遅れ破壊懸念部位に遅れ破壊が発生しないプレス成形条件でプレス成形品を製造することが考えられる。
【0020】
遅れ破壊が起こらないプレス成形条件を見い出すためには、発明者らは、遅れ破壊懸念部位の応力とひずみを求め、求めた応力とひずみを試験片に模擬して遅れ破壊試験を行い、試験片に生じる割れを精度良く検知することが必要であると考えた。
そして、このような遅れ破壊試験を繰り返し行うことで、遅れ破壊懸念部位に遅れ破壊が発生しない応力とひずみになるようにプレス成形品を製造するプレス成形条件を決定することができるのではないかと着想した。
【0021】
そして、発明者らは、当該着想を具現化する方法を検討した。
まず、プレス成形品の遅れ破壊懸念部位の応力とひずみに関して、発明者らは、プレス成形解析、プレス成形前の板材の切り出しやトリム、ピアス等のせん断解析、スプリングバック解析等の有限要素法を用いたCAE解析により求めることができると考えた。
【0022】
次に、遅れ破壊懸念部位について求めた応力とひずみを試験片に模擬して遅れ破壊試験を行うことに関して、発明者らは、試験片に再現する応力及びひずみと、試験片の形状について検討した。
【0023】
破壊力学では、き裂を発生及び進展させる応力は圧縮方向の応力ではなく、引張方向の応力であると考えられている。この考えに基づき、発明者らは、プレス成形品においては引張応力が発生する部位が遅れ破壊が生じる危険があると考えた。このことを検証するため、発明者らは、曲げ加工したプレス成形品を所定の水素侵入環境下に一定時間置き、遅れ破壊の発生する部位を調査した。その結果、プレス成形品において、引張方向の応力に相当する最大主応力が最も大きい曲げ頂点付近の板厚中央部で割れ(遅れ破壊)が発生していることが確認された。
【0024】
以上の検討から、プレス成形品では引張方向の応力に相当する最大主応力の値が高い部位で遅れ破壊が懸念される、との結論に至った。よって、発明者らは、試験片を用いた遅れ破壊試験において遅れ破壊が懸念される部位の応力を再現するには、引張方向の応力、つまり正の最大主応力を試験片に均一に負荷することが好ましいと考えた。そして、これを実現するためには、正の最大主応力を均一に負荷できる形状の試験片と、最大主応力に相当する応力を負荷することができる治具が必要となることが分かった。
【0025】
また、遅れ破壊はプレス成形品中に侵入した水素が要因となっており、侵入した水素量が増加するほど、遅れ破壊が発生しやすくなる。そして、プレス成形品に侵入する水素量は、プレス成形品に生じた塑性ひずみに関連すると考えられる。すなわち、塑性ひずみが増加すると水素をトラップする欠陥が増加し、プレス成形品に侵入する水素量も増加すると考えられる。
【0026】
その一方で、高張力鋼板をプレス成形したプレス成形品には、曲げ(平面ひずみ)、張出(二軸引張)、単軸引張、単軸圧縮等、様々な変形モードで生じたひずみが存在する。そこで、発明者らは、種々の変形モードでひずみが付与された高張力鋼板の試験片を作成し、当該試験片を水素侵入環境下に一定時間置いた後、試験片中の水素量を測定する水素チャージ試験を実施し、変形モードの異なるひずみと水素濃度の関係を調査した。
当該調査では、板厚1.2mm、1470MPa級の冷延鋼板を供試材とし、圧延(平面ひずみ)、単軸引張、単軸圧縮又は二軸引張・圧縮の変形モードでひずみを付与した。
【0027】
図11に、種々の変形モードでひずみが付与された試験片をpH=4.0、濃度0.1%のチオシアン酸アンモニウムとマッキルベイン緩衝液に30時間浸漬した後に試験片中の水素量を測定し、水素濃度とひずみの関係で整理した結果の一例を示す。ここで、
図11(a)は試験片に付与された相当塑性ひずみε
p
eqと水素濃度の関係を、
図11(b)は試験片に付与された相当塑性ひずみε
p
eqが一定(=0.01、0.02)での変形モードと水素濃度との関係を示す。なお、
図11(b)における最大主ひずみと最小主ひずみの比(以下、「ひずみ比」と称す)と変形モードとの対応については、ひずみ比が1は二軸引張、ひずみ比が0は平面ひずみ、ひずみ比が-2は単軸引張及び単軸圧縮を表している。
【0028】
図11に示すように、発明者らは、水素濃度は変形モードによらず相当塑性ひずみε
p
eqにのみ依存することを見出した。相当塑性ひずみが増加すると水素濃度が増加するのは、相当塑性ひずみの増加に伴って水素がトラップされる試験片中の欠陥が増加するので、試験片中に侵入する水素量が増加するためと考えられる。
【0029】
そのため、プレス成形品の遅れ破壊懸念部位のひずみを再現するためには、遅れ破壊懸念部位における相当塑性ひずみに相当するひずみを試験片に付与することが好ましいという知見が得られた。
【0030】
例えば、板厚1.2mmの1470MPa級冷延鋼板では、相当塑性ひずみが0.03以下であれば、単軸引張、単軸圧縮又は二軸引張により、所望の相当塑性ひずみに相当する均一な単軸もしくは二軸ひずみを付加することができる。
【0031】
しかし、相当塑性ひずみが0.03を超える場合、単軸引張や二軸引張では局所的な変形であるネッキングが発生し、単軸圧縮では局所的な面外変形である座屈が発生してしまい、均一なひずみを付与するのは困難である。そこで、相当塑性ひずみが0.03を超える場合には、圧延により均一な平面ひずみを付与することとした。
【0032】
続いて、発明者らは、プレス成形品の遅れ破壊懸念部位の応力とひずみを再現する試験片に関して検討した。
所望の相当塑性ひずみに相当するひずみを均一に付与した試験片の形状については、特に限定されるものではないと考えられるものの、発明者らは、通常の単軸引張試験で用いられる単軸引張試験片を活用することとした。これは、単軸引張試験片においては、通常の単軸引張試験で割れが発生する平行部に、正の最大主応力に相当する単軸引張応力を均一に負荷することができるためである。
そこで、曲げ(平面ひずみ)、張出(二軸引張)、単軸引張、単軸圧縮等によりひずみを均一に付与した鋼板を切り出すことで、遅れ破壊懸念部位の相当塑性ひずみに相当するひずみが平行部に均一に付与された単軸引張試験片を製作することとした。
【0033】
続いて、発明者らは、遅れ破壊試験において試験片の割れを精度良く検知することに関して検討を進めた。
従来の遅れ破壊試験においては、ひずみゲージを試験片に貼付け、酸溶液のような水素侵入環境下に置く方法が採用されていた。しかしながら、当該方法においては、ひずみゲージと試験片の接触、及び、ひずみゲージと溶液の接触、の2つの問題が考えられる。
【0034】
ひずみゲージを試験片に貼付けた場合、試験片におけるひずみゲージを貼付けた部位は溶液と接触しないため、試験片への水素侵入が妨げられ、遅れ破壊の発生に影響する可能性がある。
【0035】
また、ひずみゲージのリード線やひずみゲージの貼付けに使用する接着剤が溶液と反応すると、溶液のpHが変化し、試験片に侵入する水素量が減少してしまう。そのため、ひずみゲージに使用する接着剤やリード線は、溶液と反応しない成分で構成されたものを使用しなければならない。
【0036】
さらに、試験片に付与するひずみや負荷する応力等といった試験条件を変更したり、同じ試験条件で繰り返し試験を行うには、試験ごとにひずみゲージを試験片に貼付ける必要が生じる。そのため、ひずみゲージを試験片に貼り付けることは、多くの試験回数が必要な遅れ破壊試験に使用するには不便であり、試験効率の面で問題がある。
【0037】
そこで、このような不便や問題を解消するために、発明者らは鋭意検討した。その結果、発明者らは、単軸引張試験片に応力を負荷するための治具にひずみゲージを埋め込み、単軸引張試験片の平行部と連動して治具に生じるひずみの時間履歴に基づいて、単軸引張試験片の平行部における割れを検知することを着想するに至った。
【0038】
この場合、単軸引張試験片の平行部に生じるひずみと連動して治具にひずみが発生し、かつ、平行部におけるひずみの変化が検知可能であることを要する。一方、ひずみゲージが溶液及び単軸引張試験片に接触するといった問題を解消することができるという利点がある。さらに、遅れ破壊試験を実施するたびにひずみゲージを単軸引張試験片に貼り付ける必要はないため、試験効率にも優れていると考えられる。
【0039】
以上の検討結果により、プレス成形品の遅れ破壊懸念部位における応力とひずみを再現した試験片の遅れ破壊試験を行い、試験片における割れの発生の有無を精度良く検知することができるという知見が得られた。さらに、このような遅れ破壊試験を繰り返し実施することにより、遅れ破壊懸念部位における遅れ破壊の発生を防ぐことが可能となるプレス成形条件を決定することができるという結論に至った。そして、このように決定したプレス成形条件でプレス成形することにより、遅れ破壊の発生を抑制するための対策を施したプレス成形品を製造することが可能となるわけである。
【0040】
本発明は、上記の検討結果に基づいてなされたものであり、具体的な構成は、以下のとおりである。
【0041】
[実施の形態1]
<遅れ破壊試験装置>
本発明の実施の形態1に係る遅れ破壊試験装置1の一例を
図1に示す。遅れ破壊試験装置1は、単軸引張試験片101の平行部103に所定の引張応力を負荷した状態で単軸引張試験片101を所定の水素侵入環境111の下に保持する遅れ破壊試験を実施するためのものである。そして、遅れ破壊試験装置1は、単軸引張試験片101の平行部103に所定の単軸引張応力を負荷するとともに平行部103と連動してひずみが生じる治具3を備えている。さらに、遅れ破壊試験装置1は、治具3を用いて単軸引張応力を負荷した状態で水素侵入環境111の下に保持した単軸引張試験片101の平行部103に発生する割れを検知可能に治具3に生じるひずみの時間履歴を取得する機能を有する。
【0042】
図1に示す遅れ破壊試験装置1は、本実施の形態の具体的な態様の一例であり、治具3と、ひずみゲージ5と、ひずみ時間履歴取得部7と、を備えたものである。
【0043】
≪治具≫
治具3は、
図2に示すように、一対のつかみ部9と、応力負荷部11と、を備えたものである。
一対のつかみ部9は、単軸引張試験片101の両端部105を掴むものである。
応力負荷部11は、単軸引張試験片101の両端部105を掴んだ状態の一対のつかみ部9に対して引き離す方向の荷重を与えることにより単軸引張試験片101の平行部103に所定の引張応力を負荷するものである。
さらに、応力負荷部11は、平行部103と連動してひずみが生じる棒状体として、単軸引張試験片101を挟んで左右に一対のボルト13と、各ボルトにねじ込まれた上下二つのロックナット15と、を有する。
【0044】
ボルト13は、上下のつかみ部9それぞれの左右両端部に螺合している。
ロックナット15は、上下二つのつかみ部9の間におけるボルト13に螺合している。
そして、ボルト13に螺合したロックナット15を締め付けて上下のつかみ部9それぞれに対して押し付け力を発生させることにより、一対のつかみ部9を引き離す方向の荷重が与えられる。
このとき、上下のロックナット15はつかみ部9から互いを近づける方向の反力を受けるため、ボルト13の軸部13aには圧縮ひずみが生じる。そのため、軸部13aに取り付けたひずみゲージ5からは、単軸引張試験片101の平行部103とは正負が逆のひずみが出力される。
【0045】
このように、ボルト13とロックナット15とにより平行部103に単軸引張応力が負荷されることにより、平行部103に生じるひずみと連動して、ボルト13の軸部13aにひずみが生じる。
そして、ロックナット15の締付トルクを調整することにより、単軸引張試験片101の平行部103に所定の単軸引張応力を負荷させることができる。
【0046】
なお、左右のロックナット15は、それぞれのトルクの値が一致するように締め付けることで、単軸引張試験片101に回転モーメントがかからないようにする。
また、応力負荷部11にロックナット15を用いることで、つかみ部9側への締め付け力が緩むことがなく、単軸引張試験片101の平行部103に負荷する荷重が低下するのを防止することができて好ましい。
【0047】
≪ひずみゲージ≫
ひずみゲージ5は、治具3の棒状体であるボルト13の軸部13aに取り付けられて、軸部13aに生じるひずみを検出するものである。
本実施の形態1において、ひずみゲージ5は、
図1に示すように、ボルト13の軸部13aに埋め込まれている。
【0048】
≪ひずみ時間履歴取得部≫
ひずみ時間履歴取得部7は、ひずみゲージ5により検出されるボルト13の軸部13aのひずみ時間履歴を取得するものである。
本実施の形態1において、ひずみ時間履歴取得部7は、ひずみゲージ5から出力された信号によりひずみを計測するひずみ計測器と、ひずみ計測器により計測されたひずみの時間履歴を記録するひずみ記録計と、を有してなるものである。そして、ひずみ時間履歴取得部7において、ひずみ計測器はリード線17を介してひずみゲージ5と接続されている。
【0049】
<遅れ破壊試験方法>
本発明の実施の形態1に係る遅れ破壊試験方法は、前述した本実施の形態1に係る遅れ破壊試験装置1を用いて、プレス成形品の遅れ破壊懸念部位における遅れ破壊特性を求めるものである。そして、遅れ破壊試験方法は、
図3に示すように、遅れ破壊懸念部位応力及びひずみ算出工程S1と、単軸引張試験片製作工程S3と、遅れ破壊試験工程S5と、単軸引張試験片割れ検知工程S7と、遅れ破壊懸念部位遅れ破壊特性取得工程S9を含むものである。
【0050】
≪遅れ破壊懸念部位応力及びひずみ算出工程≫
遅れ破壊懸念部位応力及びひずみ算出工程S1は、プレス成形品の遅れ破壊懸念部位における応力とひずみを算出する工程である。
プレス成形品の遅れ破壊懸念部位における応力とひずみは、例えば、コンピュータを用いて、プレス成形品をプレス成形する過程の有限要素法を用いたCAE解析を行うことにより算出することができる。
そして、本実施の形態1において、遅れ破壊懸念部位応力及びひずみ算出工程S1は、遅れ破壊懸念部位における応力として最大主応力を、遅れ破壊懸念部位におけるひずみとして相当塑性ひずみを算出するものとする。
【0051】
≪単軸引張試験片製作工程≫
単軸引張試験片製作工程S3は、遅れ破壊懸念部位応力及びひずみ算出工程S1において算出された遅れ破壊懸念部位のひずみが平行部103に付与された単軸引張試験片101(
図1、
図2)を製作する工程である。
【0052】
本実施の形態1において、単軸引張試験片製作工程S3は、遅れ破壊懸念部位について算出された相当塑性ひずみに相当するひずみを鋼板に付与し、当該ひずみが平行部103となるように鋼板を切り出すことにより、単軸引張試験片101を製作するものとする。
【0053】
このとき、遅れ破壊懸念部位の相当塑性ひずみが比較的小さいの場合、単軸引張、単軸圧縮又は二軸引張により、所望の相当塑性ひずみに相当する均一な単軸ひずみもしくは二軸ひずみを鋼板に付与することができる。
これに対し、遅れ破壊懸念部位の相当塑性ひずみが比較的大きい場合、圧延により均一な平面ひずみを鋼板に付与することができる。
【0054】
例えば、板厚1.2mmの1470MPa級冷延鋼板においては、相当塑性ひずみが0.03以下と比較的小さい場合、単軸引張、単軸圧縮又は二軸引張によりひずみを付与するとよい。これに対し、相当塑性ひずみが0.03超と比較的大きい場合、圧延によりひずみを付与するとよい。
【0055】
≪遅れ破壊試験工程≫
遅れ破壊試験工程S5は、
図1に示すように、遅れ破壊試験装置1の治具3を用いて単軸引張試験片101の平行部103に所定の応力を負荷し、所定の水素侵入環境111の下に保持する遅れ破壊試験を実施し、治具3に生じるひずみの時間履歴を取得する。
【0056】
ここで、単軸引張試験片101は、前述した単軸引張試験片製作工程S3で製作されたものであり、平行部103に所定のひずみが付与されている。
また、平行部103に対して負荷する所定の応力は、前述した遅れ破壊懸念部位応力及びひずみ算出工程S1で算出された遅れ破壊懸念部位の応力とし、本実施の形態では、遅れ破壊懸念部位の最大主応力とする。
【0057】
そして、本実施の形態1において、遅れ破壊試験工程S5は、
図1に示すように、ひずみ時間履歴取得部7を用いて、治具3の棒状体であるボルト13の軸部13aに取り付けられたひずみゲージ5により検出されるひずみの時間履歴を取得する。
【0058】
≪単軸引張試験片割れ検知工程≫
単軸引張試験片割れ検知工程S7は、遅れ破壊試験工程S5において取得した治具3に生じるひずみの時間履歴に基づいて、単軸引張試験片101の平行部103に発生する割れを検知し、検知した割れが発生する割れ発生時間を取得する。
【0059】
≪遅れ破壊懸念部位遅れ破壊特性取得工程≫
遅れ破壊懸念部位遅れ破壊特性取得工程S9は、単軸引張試験片101の平行部103における割れ発生時間と、平行部103に付与したひずみと、平行部103に負荷した応力とを、プレス成形品の遅れ破壊懸念部位の遅れ破壊特性として求める。
【0060】
本実施の形態1において、平行部103における割れ発生時間は、単軸引張試験片割れ検知工程S7において、治具3に生じるひずみの時間履歴に基づいて平行部103に割れが発生したと検知された時間とする。
また、平行部103に付与したひずみは、単軸引張試験片製作工程S3において製作した単軸引張試験片101の平行部103に付与した相当塑性ひずみとする。
さらに、平行部103に負荷した応力は、遅れ破壊試験工程S5において平行部103に負荷した最大主応力とする。
【0061】
<作用効果>
本実施の形態1に係る遅れ破壊試験装置及び遅れ破壊試験方法の作用効果に関し、平行部に所定のひずみが付与された単軸引張試験片を用いて遅れ破壊試験を行い、単軸引張試験片の平行部に発生する割れと、割れ発生時間として求めた結果の一例を説明する。
【0062】
単軸引張試験片101は、相当塑性ひずみ0.01に相当するひずみを板厚1.2mm、引張強度1470MPa級の冷延鋼板に付与し、ひずみが付与された部位を平行部103として切り出して製作した。
【0063】
そして、
図1に示すように治具3を用いて平行部103に単軸引張応力1200MPaを負荷した状態で、水素侵入環境111に単軸引張試験片101を浸漬する遅れ破壊試験を行った。水素侵入環境111は、pH=4.0、濃度0.1%のチオシアン酸アンモニウムとマッキルベイン緩衝液とした。遅れ破壊試験においては、ひずみ時間履歴取得部7により、治具3のボルト13の軸部13aに埋め込んだひずみゲージ5から出力されるひずみの時間履歴を取得した。
【0064】
ここで、ひずみ時間履歴取得部7は、ひずみゲージ5から出力されるひずみを1分ごとに取得した。
図4に、遅れ破壊試験工程S5において取得したひずみの時間履歴の一例を示す。
【0065】
図4は、遅れ破壊試験の開始から約26.2時間経過した時点において治具3のひずみが急激に低下していることを示している。このことは、単軸引張試験片101の平行部103に割れが発生していることを示し、本実施の形態1に係る遅れ破壊試験装置1を用いた遅れ破壊試験において、単軸引張試験片101の平行部103に発生した割れを精度よく検知できていることがわかる。
【0066】
図5に、応力とひずみが同一の条件を3回繰り返して遅れ破壊試験を行い、各試験において取得したひずみの時間履歴に基づいて割れが検知されるまでの時間を割れ発生時間として求めた結果のグラフを示す。
図5に示すように、応力とひずみが同一の条件での割れ発生時間のばらつきは最大で8.5時間と小さく、再現性の高い結果であることが分かる。
【0067】
上記の説明は、遅れ破壊試験で設定した応力とひずみは、一般的なプレス成形品において遅れ破壊が懸念される部位の応力とひずみが取りうる範囲内で設定した場合についてのものである。そのため、本実施の形態1に係る遅れ破壊試験装置及び遅れ破壊試験方法によれば、プレス成形品の遅れ破壊懸念部位の応力とひずみを単軸引張試験片に再現して遅れ破壊試験を実施し、単軸引張試験片の平行部に発生する割れを精度良く検知することができる。そして、単軸引張試験片を用いた遅れ破壊試験の結果に基づいて、プレス成形品の遅れ破壊懸念部位における遅れ破壊特性を適切に求めることができる。
【0068】
なお、本実施の形態1に係る遅れ破壊試験方法において、遅れ破壊懸念部位応力及びひずみ算出工程S1は、プレス成形品の遅れ破壊懸念部位における相当塑性ひずみと最大主応力を算出するものである。
そして、単軸引張試験片製作工程S3は、算出した相当塑性ひずみに相当するひずみを単軸引張試験片101の平行部103に付与するものである。これは、相当塑性ひずみに相当するひずみを平行部103に付与する場合、前述した
図11に示したように、プレス成形品の遅れ破壊懸念部位が成形される際の変形モードを考慮する必要がなくて好ましいためである。
【0069】
さらに、遅れ破壊試験工程S5は、算出した最大主応力に相当する単軸引張応力を平行部103に負荷するものである。これは、前述したように、遅れ破壊懸念部位における遅れ破壊は最大主応力の影響が大きいと考えられるため、最大主応力に相当する単軸引張応力を平行部103に負荷することとしたものである。
【0070】
さらに、上記の説明では、
図2に示す治具3により、単軸引張試験片101の平行部103に一定の単軸引張応力を負荷するとともに、平行部103に生じるひずみと連動してボルト13の軸部13a生じるひずみの時間履歴を取得する態様を例として挙げた。もっとも、本発明に係る遅れ破壊試験装置は、
図6に示す治具21を備えたものであってもよい。
【0071】
治具21は、一対のつかみ部23及びつかみ部25と、ボルト27と、を備えたものである。
つかみ部23は、単軸引張試験片101の左側の端部105を掴むものであり、単軸引張試験片101の穴にピンを挿入して保持するピン穴部23aを有する。
一方、つかみ部25は、単軸引張試験片101の右側の端部105を掴むものであり、単軸引張試験片101の右側の端部105の穴にピンを挿入して保持するピン穴部25aと、ボルト27がねじ込まれるねじ穴部25bを有する。
【0072】
ボルト27は、単軸引張試験片101の平行部103に所定の単軸引張応力を負荷する応力負荷部としての機能を有するものである。
ボルト27をつかみ部25のねじ穴部25bにねじ込んで締め付けることにより、一対のつかみ部23及びつかみ部25に対して引き離す方向の荷重が与えられる。これにより、単軸引張試験片101の平行部103に所定の単軸引張応力を負荷するとともに、平行部103と連動してボルト27の軸部27aにひずみが生じるさせることが可能となる。
そのため、治具21においては、軸部27aにひずみゲージ5が埋め込まれている。
【0073】
このような
図6に示す治具21においては、
図2に示した治具3のように左右の応力負荷部11のトルクを管理する必要がない。そのため、一本のボルト27で単軸引張試験片101の端部105を引っ張ることにより、平行部103に対して所定の単軸引張応力を簡便に負荷することができる。
【0074】
[実施の形態2]
<プレス成形方法>
本発明の実施の形態2の一態様に係るプレス成形方法は、前述した本実施の形態1に係る遅れ破壊試験装置1を用いて、プレス成形品の遅れ破壊懸念部位における遅れ破壊発生特性を求めるものである。そして、本実施の形態2に係るプレス成形方法は、
図7に示すように、仮プレス成形条件設定工程S11と、遅れ破壊懸念部位応力及びひずみ算出工程S13と、単軸引張試験片製作工程S3と、遅れ破壊試験工程S5と、を含む。さらに、本実施の形態2に係るプレス成形方法は、単軸引張試験片割れ発生有無判定工程S15と、仮プレス成形条件変更工程S17と、繰り返し工程S19と、プレス成形条件決定工程S21と、プレス成形工程S23と、を含む。
【0075】
ここで、単軸引張試験片製作工程S3と、遅れ破壊試験工程S5は、前述した本実施の形態1に係る遅れ破壊試験方法と同様である。そのため、以下、仮プレス成形条件設定工程S11と、遅れ破壊懸念部位応力及びひずみ算出工程S13と、単軸引張試験片割れ発生有無判定工程S15と、について説明する。さらに、仮プレス成形条件変更工程S17と、繰り返し工程S19と、プレス成形条件決定工程S21と、プレス成形工程S23と、についても説明する。
【0076】
≪仮プレス成形条件設定工程≫
仮プレス成形条件設定工程S11は、プレス成形品の仮のプレス成形条件を設定する工程である。
仮プレス成形条件設定工程S11において設定される仮のプレス成形条件として、例えば、鋼板を曲げ加工した曲げ加工部を有するプレス成形品を対象とする場合、曲げ加工部の曲げR(パンチ肩半径)が挙げられる。この他に、パンチとダイとのクリアランス、鋼板の板厚などが挙げられる。また、ドローベンド方式(引張曲げ・曲げ伸ばし)の場合、さらに、ダイ肩半径、側壁部のクリアランス及びしわ押さえ力等が挙げられる。
【0077】
≪遅れ破壊懸念部位応力及びひずみ算出工程≫
遅れ破壊懸念部位応力及びひずみ算出工程S13は、仮プレス成形条件設定工程S11で設定された仮のプレス成形条件でプレス成形したプレス成形品において遅れ破壊が懸念される遅れ破壊懸念部位の応力とひずみを算出する工程である。
【0078】
本実施の形態2では、仮プレス成形条件設定工程S11で設定された仮のプレス成形条件でプレス成形品をプレス成形する過程のCAE解析を実施し、プレス成形品の応力分布とひずみ分布を求めることにより、遅れ破壊懸念部位の応力とひずみを算出する。
【0079】
≪単軸引張試験片割れ発生有無判定工程≫
単軸引張試験片割れ発生有無判定工程S15は、遅れ破壊試験工程S5で取得した治具の棒状体に生じるひずみの時間履歴に基づいて、単軸引張試験片の平行部における割れ発生の有無を判定する工程である。
【0080】
ひずみの時間履歴に基づいて割れ発生の有無を判定するには、前述した実施の形態1に係る遅れ破壊試験方法の単軸引張試験片割れ検知工程S7と同様に、取得したひずみの時間履歴においてひずみが急激に変化する時点において割れが発生したと判定すればよい。
【0081】
≪仮プレス成形条件変更工程≫
仮プレス成形条件変更工程S17は、単軸引張試験片割れ発生有無判定工程S15において割れ発生有りと判定された場合、仮のプレス成形条件を変更する工程である。
仮のプレス成形条件の変更は、遅れ破壊懸念部位の応力とひずみが緩和されるようにすればよく、例えば、曲げ加工部の曲げRを大きくするとよい。
【0082】
≪繰り返し工程≫
繰り返し工程S19は、変更した仮のプレス成形条件の下で、遅れ破壊懸念部位応力及びひずみ算出工程S13と、単軸引張試験片製作工程S3と、遅れ破壊試験工程S5と、単軸引張試験片割れ発生有無判定工程S15と、を繰り返し実行する。この繰り返しは、単軸引張試験片割れ発生有無判定工程S15において割れ発生無しと判定されるまで実行する。そのため、仮のプレス成形条件を一回変更したのみでは割れ発生無しと判定されない場合には、仮プレス成形条件変更工程S17についても繰り返すことになる。
【0083】
≪プレス成形条件決定工程≫
プレス成形条件決定工程S21は、単軸引張試験片割れ発生有無判定工程S15において割れ発生無しと判定された場合、その場合の仮のプレス成形条件をプレス成形品のプレス成形条件として決定する工程である。ここで、プレス成形条件としては、割れが発生しなかった応力とひずみが遅れ破壊懸念部位応力及びひずみ算出工程S13において遅れ破壊懸念部位の応力及びひずみとして算出されたプレス成形条件とする。
【0084】
≪プレス成形工程≫
プレス成形工程S23は、プレス成形条件決定工程S21において決定したプレス成形条件で鋼板をプレス成形品にプレス成形する工程である。
【0085】
以上、本実施の形態2の一態様に係るプレス成形方法は、遅れ破壊懸念部位に遅れ破壊が発生しない応力とひずみとなるプレス成形条件を決定することにより、遅れ破壊に対策を施してプレス成形品を製造することができる。
【0086】
なお、上記の説明は、遅れ破壊試験において単軸引張試験片に割れ発生が無しと判定されるまで、プレス成形条件を変更して遅れ破壊懸念部位の応力とひずみを算出し、単軸引張試験片の製作と、遅れ破壊試験と、を繰り返し実行するものであった。
【0087】
すなわち、上記のプレス成形方法は、遅れ破壊懸念部位のひずみと応力を緩和するようにプレス成形条件を容易に変更することが可能なプレス成形品を製造する場合において、好ましく適用することができるものであった。
しかしながら、遅れ破壊懸念部位の応力とひずみ以外の特性(伸びフランジ性)を満たしつつ遅れ破壊を緩和したいような場合、プレス成形条件をどのように変更すればよいかを決定することは容易ではないと考えられる。
【0088】
このような場合、プレス成形条件を変更するのではなく、単軸引張試験片に割れ発生が無しと判定されるまで、応力とひずみの変更と、単軸引張試験片の製作と、変更した応力とひずみでの遅れ破壊試験と、を繰り返す態様が考えられる。
【0089】
すなわち、本実施の形態2の他の態様に係るプレス成形方法は、
図8に示すように、仮プレス成形条件設定工程S11と、遅れ破壊懸念部位応力及びひずみ算出工程S13と、単軸引張試験片製作工程S3と、遅れ破壊試験工程S5と、を含む。さらに、本実施の形態2の他の態様に係るプレス成形方法は、単軸引張試験片割れ発生有無判定工程S15と、応力及びひずみ変更工程S25と、繰り返し工程S27と、プレス成形条件決定工程S29と、プレス成形工程S23と、を含むものである。
【0090】
ここで、仮プレス成形条件設定工程S11と、遅れ破壊懸念部位応力及びひずみ算出工程S13と、単軸引張試験片製作工程S3と、遅れ破壊試験工程S5は、前述した本実施の形態2の一態様に係るプレス成形方法(
図7)と同様である。さらに、単軸引張試験片割れ発生有無判定工程S15と、プレス成形工程S23に関しても、前述した本実施の形態2の一態様に係るプレス成形方法(
図7)と同様である。そのため、以下においては、応力及びひずみ変更工程S25と、繰り返し工程S27と、プレス成形条件決定工程S29と、について説明する。
【0091】
≪応力及びひずみ変更工程≫
応力及びひずみ変更工程S25は、割れ発生有りと判定された場合、単軸引張試験片101の平行部103に付与するひずみ及び/又は平行部103に負荷する応力を変更する工程である。具体的には、遅れ破壊試験において平行部103に割れが発生しないように、単軸引張試験片製作工程S3において平行部103に付与するひずみ、遅れ破壊試験工程S5において平行部103に負荷する応力、の少なくともいずれか一方を緩和する。
【0092】
≪繰り返し工程≫
繰り返し工程S27は、変更した応力とひずみの下で、単軸引張試験片製作工程S3と、遅れ破壊試験工程S5と、単軸引張試験片割れ発生有無判定工程S15と、を繰り返し実行する工程である。この繰り返しは、単軸引張試験片割れ発生有無判定工程S15において割れ発生無しと判定されるまで実行する。そのため、応力とひずみを一回変更したのみでは割れ発生無しと判定されない場合には、応力及びひずみ変更工程S25についても繰り返すことになる。
【0093】
≪プレス成形条件決定工程≫
プレス成形条件決定工程S29は、単軸引張試験片割れ発生有無判定工程S15において割れ発生無しと判定された場合、その場合のプレス成形品のプレス成形条件を決定する工程である。プレス成形条件決定工程S29において、プレス成形条件は、プレス成形品の遅れ破壊懸念部位の応力とひずみが遅れ破壊試験において単軸引張試験片に割れが発生しなかったときの応力とひずみとなるように決定する。
【0094】
本実施の形態2にプレス成形方法の他の態様においては、プレス成形品の遅れ破壊懸念部位の応力とひずみを緩和するようにプレス成形条件を容易に変更できない場合に、好ましく適用することができる。
【0095】
すなわち、本実施の形態2にプレス成形方法の他の態様により、単軸引張試験片を用いた遅れ破壊試験において割れが発生しない応力とひずみを求め、求めた応力とひずみが得られるようなプレス成形条件とすればよい。
【0096】
また、本実施の形態2に係るプレス成形方法は、遅れ破壊懸念部位の応力を最大主応力とし、ひずみを相当塑性ひずみとすることが好ましい。この場合、遅れ破壊懸念部位応力及びひずみ算出工程S13は、応力として最大主応力を算出し、ひずみとして相当塑性ひずみを算出するものとする。そして、単軸引張試験片製作工程S3は、算出した相当塑性ひずみに相当するひずみを平行部103に付与した単軸引張試験片101を製作するものとする。さらに、遅れ破壊試験工程は、算出した最大主応力に相当する単軸引張応力を平行部103に負荷するものとする。
【0097】
これにより、本実施の形態1に係る遅れ破壊試験方法と同様、前述した
図11に示したように、プレス成形品の遅れ破壊懸念部位がプレス成形される際の変形モードを考慮する必要がない。さらに、前述したように、遅れ破壊懸念部位における遅れ破壊は最大主応力の影響が大きいと考えられるため、単軸引張試験片を用いた遅れ破壊試験において、遅れ破壊懸念部位の応力を適切に再現することができる。
【0098】
なお、本実施の形態2に係るプレス成形方法において、プレス成形品の遅れ破壊懸念部位に遅れ破壊が発生しないとは、遅れ破壊特性としてプレス成形品に要求される基準時間よりも短い時間で遅れ破壊が発生しないことを意味する。そして、基準時間は、通常、所定の水素侵入環境下にプレス成形品を保持した際に、遅れ破壊懸念部位に遅れ破壊が発生せずに保持される時間とされる。
【0099】
また、本実施の形態2に係るプレス成形方法で対象とするプレス成形品は、特に限定されるものではないが、自動車のセンターピラーやAピラーロアなどの車体骨格部材に好ましく適用できる。この場合、車体骨格部材において遅れ破壊が懸念される引張方向の応力が高い箇所における遅れ破壊特性の評価や、遅れ破壊発生の有無の判定、及び、遅れ破壊対策に用いることができる。
【実施例0100】
本発明に係る遅れ破壊試験方法及びプレス成形方法の作用効果を確認するための実験を行ったので、以下、これについて説明する。
【0101】
本実施例では、前述した本実施の形態1に係る遅れ破壊試験方法により、プレス成形品の遅れ破壊懸念部位における遅れ破壊特性を求めた。
さらに、前述した本実施の形態2に係るプレス成形方法により、プレス成形品の遅れ破壊懸念部位における遅れ破壊の対策を施したプレス成形条件を決定し、当該プレス条件でプレス成形したプレス成形品における遅れ破壊の発生の有無を検証した。
【0102】
(A)遅れ破壊試験
まず、板厚1.2mm、1470MPa級の冷延鋼板を供試材とし、
図9に示す曲げ加工によりプレス成形したプレス成形品121を対象として、遅れ破壊試験を実施した。プレス成形品121は、曲げ加工部123と、曲げ加工部123の両端から延在する片部125と、を有するものであり、曲げ加工部123の曲げ半径(曲げR)は4mmである。
【0103】
次に、プレス成形品121をpH=4.0、濃度0.1%のチオシアン酸アンモニウムとマッキルベイン緩衝液に30時間浸漬し、プレス成形品121における遅れ破壊の発生の有無を観察した。その結果、プレス成形品121の曲げ加工部123の曲げ頂点付近の板厚中央部に遅れ破壊が発生していることを確認した。このことから、プレス成形品121においては、曲げ加工部123の板厚中央部が遅れ破壊が懸念される遅れ破壊懸念部位であることが分かった。
【0104】
続いて、プレス成形品121をプレス成形する過程のCAE解析を行い、プレス成形品121の遅れ破壊懸念部位である曲げ加工部123の板厚中央部における相当塑性ひずみと最大主応力を算出した。
ここで、相当塑性ひずみεp
eqはCAE解析により求められたひずみを用いて以下の式により算出し、また、最大主応力はプレス成形品の長手方向の応力とした。
【0105】
【数1】
上式において、ε
ij(i=1~3、j=1~3)は、面iにおけるj方向の塑性ひずみである。
【0106】
図10に、CAE解析により算出したプレス成形品121の最大主応力分布と、相当塑性ひずみ分布を示す。
図10に示した最大主応力分布と相当塑性ひずみ分布より、プレス成形品121の遅れ破壊懸念部位における相当塑性ひずみは0.09、最大主応力は1260MPaであると算出された。
【0107】
続いて、遅れ破壊試験に用いる単軸引張試験片101を製作した(
図1参照)。
まず、1470MPa級冷延鋼板(板厚1.2mm)に相当塑性ひずみ0.09に相当する均一な平面ひずみを付与するために、板厚圧下率7.5%にて板厚1.11mmまで圧延した。そして、相当塑性ひずみが付与された鋼板を切り出し、平行部103に相当塑性ひずみ0.09に相当するひずみが付与された単軸引張試験片101を製作した。
【0108】
続いて、
図2に示したひずみゲージ5がボルト13の軸部13aに埋め込まれた治具3を用い、単軸引張試験片101の平行部103に対し、プレス成形品121の遅れ破壊懸念部における最大主応力(=1260MPa)に相当する単軸引張応力を負荷した。そして、単軸引張応力を負荷した状態のまま、pH=4.0、濃度0.1%のチオシアン酸アンモニウムとマッキルベイン緩衝液に治具3ごと浸漬させ、遅れ破壊試験を実施した。
遅れ破壊試験においては、治具3に埋め込まれたひずみゲージ5に接続されたひずみ時間履歴取得部7により、ひずみゲージ5から出力されるひずみの時間履歴を取得した。
【0109】
続いて、取得したひずみの時間履歴に基づいて、単軸引張試験片101の平行部103に発生する割れを検知した。本実施例では、
図4に示すように、遅れ破壊試験の開始から29時間後にひずみが大きく低下したことから、当該時点において単軸引張試験片101の平行部103に割れが発生したことを検知した。
この結果から、プレス成形品121の曲げ加工部123は、pH=4.0、濃度0.1%のチオシアン酸アンモニウムとマッキルベイン緩衝液を水素侵入環境とした遅れ破壊試験において、試験開始から29時間後に遅れ破壊が発生すると判定された。
【0110】
(B)遅れ破壊対策を施したプレス成形条件でのプレス成形
続いて、プレス成形品121のプレス成形条件を変更することにより曲げ加工部123における遅れ破壊を防ぐ対策を施し、プレス成形品121のプレス成形を行った。
【0111】
本実施例では、プレス成形品121の曲げ加工部123の曲げRを4mmから8mmに変更するプレス成形条件に変更した。
【0112】
そして、変更したプレス成形条件でプレス成形したプレス成形品121の曲げ加工部123におけるひずみと応力を求めた。その結果、曲げ加工部123におけるひずみと応力として、相当塑性ひずみ0.05、最大主応力910MPaが算出された。
【0113】
次に、単軸引張試験片101を製作し、遅れ破壊試験を行った。
ここでは、単軸引張試験片101の平行部103に付与するひずみを相当塑性ひずみ0.05、平行部103に負荷する応力を最大主応力910MPaとした。
そこで、圧延により相当塑性ひずみ0.05に相当する圧下率4.3%にて板厚1.15mmまで圧延した1470MPa級の冷延鋼板を切り出して、平行部103に相当塑性ひずみ0.05に相当するひずみが付与された単軸引張試験片101を製作した。
【0114】
そして、
図2に示すように、治具3を用いて単軸引張試験片101の平行部103に最大主応力910MPaに相当する単軸引張応力を負荷した状態で、水素侵入環境111の下に保持し、遅れ破壊試験を行った。遅れ破壊試験においては、ボルト13の軸部13aのひずみの時間履歴を取得した。
【0115】
取得したひずみの時間履歴を確認したところ、遅れ破壊試験の開始から29時間経過しても、ひずみの大きな変化は検出されなかった。このことから、単軸引張試験片の平行部に割れが発生しないと判定された。
【0116】
続いて、遅れ破壊試験での浸漬時間29時間で遅れ破壊が発生しないと判定されたプレス成形条件で、プレス成形品121を新たに製作した。
【0117】
さらに、新たに製作したプレス成形品121について、単軸引張試験片101の遅れ破壊試験と同様に、pH=4.0、濃度が0.1%のチオシアン酸アンモニウムとマッキルベイン緩衝液に29時間浸漬する遅れ破壊試験を実施した。そして、遅れ破壊懸念部位である曲げ加工部における割れの発生の有無を確認した。
【0118】
その結果、プレス成形条件を変更して製作したプレス成形品121においては、曲げ加工部123に遅れ破壊の発生は見られなかった。このことから、曲げ加工部123の曲げRを8mmから4mmへとプレス成形条件を変更することで、曲げ加工部123における遅れ破壊を防止する対策を適切に施してプレス成形品121が得られることが実証された。