(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024144012
(43)【公開日】2024-10-11
(54)【発明の名称】Cu-Ti-Al系銅合金板材、電子機器部品、通電部品および放熱部品
(51)【国際特許分類】
C22C 9/00 20060101AFI20241003BHJP
C22F 1/08 20060101ALN20241003BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20241003BHJP
C22F 1/02 20060101ALN20241003BHJP
【FI】
C22C9/00
C22F1/08 B
C22F1/00 602
C22F1/00 623
C22F1/00 622
C22F1/00 630A
C22F1/00 630F
C22F1/00 630K
C22F1/00 630G
C22F1/00 661A
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 686A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 692A
C22F1/00 694A
C22F1/02
C22F1/00 685Z
C22F1/00 692B
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023151479
(22)【出願日】2023-09-19
(31)【優先権主張番号】P 2023052791
(32)【優先日】2023-03-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】506365131
【氏名又は名称】DOWAメタルテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129470
【弁理士】
【氏名又は名称】小松 高
(72)【発明者】
【氏名】橋本 拓也
(72)【発明者】
【氏名】依藤 洋
(72)【発明者】
【氏名】兵藤 宏
(57)【要約】
【課題】良好な強度、曲げ加工性、導電性、疲労特性、ばね限界値を兼備し、かつ密度(比重)が低減されたCu-Ti系銅合金板材を提供する。
【解決手段】質量%で、Ti:1.00~5.00%、Al:0.50~3.00%、Ag:0~0.30%、B:0~0.30%、Co:0~1.00%、Cr:0~1.00%、Fe:0~1.00%、Mg:0~1.00%、Mn:0~2.00%、Nb:0~1.00%、Ni:0~1.00%、P:0~0.50%、S:0~0.20%、Si:0~0.50%、Sn:0~2.00%、V:0~1.00%、Zn:0~3.00%、Zr:0~1.00%、希土類元素:0~3.00%、上記元素とCuとを除く元素の合計:0.50%以下、Ti/Alが1.50以上、残部が実質的にCuからなり、平均結晶粒径、粗大析出物粒子の個数密度、LDの引張強さ、TDのばね限界値が所定範囲にある銅合金板材。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、Ti:1.00~5.00%、Al:0.50~3.00%、Ag:0~0.30%、B:0~0.30%、Co:0~1.00%、Cr:0~1.00%、Fe:0~1.00%、Mg:0~1.00%、Mn:0~2.00%、Nb:0~1.00%、Ni:0~1.00%、P:0~0.50%、S:0~0.20%、Si:0~0.50%、Sn:0~2.00%、V:0~1.00%、Zn:0~3.00%、Zr:0~1.00%、希土類元素の合計:0~3.00%、Ag、B、Co、Cr、Fe、Mg、Mn、Nb、Ni、P、S、Si、Sn、V、Zn、Zrおよび希土類元素の合計:3.00%以下、Ti、Al、Ag、B、Co、Cr、Fe、Mg、Mn、Nb、Ni、P、S、Si、Sn、V、Zn、Zr、希土類元素、Cu以外の元素の合計:0~0.50%、残部Cuからなり、質量割合でのTiとAlの含有量比Ti/Alが1.50以上である組成を有し、板面に平行な観察面においてJIS H0501-1986に準ずる切断法による平均結晶粒径が1~20μmであり、板面に平行な観察面において長径1.0μm以上の粗大析出物粒子の個数密度が1.0×105個/mm2以下であり、圧延平行方向の引張強さが850MPa以上であり、圧延直角方向のばね限界値が400MPa以上である銅合金板材。
【請求項2】
Nb含有量が0~0.50質量%である、請求項1に記載の銅合金板材。
【請求項3】
板面に平行な観察面のEBSD(電子線後方散乱回折法)によるステップサイズ0.1μmでの測定において結晶方位差15°以上の境界を結晶粒界とみなした場合のKAM値が3.00°以下である、請求項1に記載の銅合金板材。
【請求項4】
導電率が10.0%IACS以上である、請求項1に記載の銅合金板材。
【請求項5】
日本伸銅協会技術標準JCBA T307:2007に従うB.W.でのW曲げ試験による、割れが発生しない最小曲げ半径MBRと板厚tとの比MBR/tが2.0以下である、請求項1に記載の銅合金板材。
【請求項6】
長手方向が圧延直角方向である試験片による片持ち共振法での両振り疲労試験において、負荷応力450MPaにおける疲労限界が107サイクルより大きい、請求項1に記載の銅合金板材。
【請求項7】
密度が8.53g/cm3以下である、請求項1に記載の銅合金板材。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか1項に記載の銅合金板材を材料に用いた電子機器部品。
【請求項9】
請求項1~7のいずれか1項に記載の銅合金板材を材料に用いた通電部品。
【請求項10】
請求項1~7のいずれか1項に記載の銅合金板材を材料に用いた放熱部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、密度(比重)を低減化したCu-Ti-Al系銅合金板材、および前記板材を材料に用いた電子機器部品、通電部品、放熱部品に関する。
【背景技術】
【0002】
Cu-Ti系銅合金(チタン銅)は、各種銅合金の中でも強度レベルが高く、耐応力緩和性も良好であることから、コネクタ、リレー、スイッチ等の通電用ばね部品として使用されている。近年、スマートフォンをはじめとする携帯端末や自動車用電子機器の高機能化に伴い、それに用いる個々の構成部品には、軽量化に対する要求が高まっている。この要求に応えるためには、部品素材である銅合金材料においても、低密度(低比重)化を図ることが重要となる。一方、小型化、薄肉化の要求を満たしながら信頼性の高い部品を得るためには、強度、曲げ加工性の両立に加え、疲労特性とばね限界値を向上させることも重要となっている。
【0003】
これまで、Cu-Ti系銅合金材料の強度と曲げ加工性の両立を図る技術は、例えば以下の特許文献に見られるように、種々検討されてきた。しかし、低密度(低比重)化を図りながら、更に疲労特性とばね限界値をも同時に改善する手法は確立されていない。
【0004】
特許文献1には、Cu-Ti系銅合金において、熱間圧延後に冷間圧延を行い、その後、テンションレベラーにより矯正を行いながら100~400℃に加熱する熱処理を行う工程により、疲労特性を向上させることが記載されている。この手法では、ばね限界値を向上させることが困難である(後述の比較例No.57参照)。
【0005】
特許文献2には、Cu-Ti系銅合金において、溶体化処理後に、550~730℃で比較的短時間加熱する前駆処理を施したのち、冷間圧延と時効処理を行う工程により、疲労特性を向上させることが記載されている。特許文献2に開示の技術では、ばね限界値の高い材料を得ることは難しい。
【0006】
特許文献3には、Cu-Ti系銅合金において、2回目の溶体化処理後に冷間圧延を行わずに時効処理を施し、その後、冷間圧延と歪取焼鈍を行う工程により、ばね限界値の高い材料を得る技術が記載されている。特許文献3のCu-Ti系銅合金はAl無添加であることから、前記の工程を適用すると粗大析出物粒子が多くなりやすく、疲労特性を改善することは難しい(後述の比較例No.58参照)。
【0007】
特許文献4には、Cu-Ti系銅合金において、溶体化処理を1回施したのち、時効処理を行って300℃まで10~80℃/hで冷却し、その後、冷間圧延を行う工程により、粒界反応相のサイズが制御された材料を得ることが記載されている。ばね限界値については必ずしも高い値は得られていない。また、特許文献4のCu-Ti系銅合金はAl無添加であることから、前記の工程を適用すると粗大析出物粒子が多くなりやすく、疲労特性を改善することは難しい(後述の比較例No.59参照)。
【0008】
特許文献5には、Cu-Ti系銅合金において、熱間圧延後に冷間圧延を行い、溶体化処理を1回施したのち300~550℃で時効処理を行い、必要に応じて冷間圧延と歪取焼鈍を行う工程により、(311)面の積分強度が高い組織を得ることが記載されている。特許文献5のCu-Ti系銅合金はAl無添加であることから、前記の工程を適用すると析出物が粗大化しやすく、疲労特性、ばね限界値を改善することは難しい(後述の比較例No.60参照)。
【0009】
特許文献6には、Cu-Ti系銅合金において、熱間圧延後に冷間圧延を行い、溶体化処理を1回施したのち必要に応じて冷間圧延を行い、300~500℃で時効処理を行い、必要に応じて冷間圧延と低温焼鈍を行う工程により、(420)面の積分強度が高い組織を得ることが記載されている。溶体化処理は1回であり、また時効処理後の冷却速度について規定されていないことから、時効処理の冷却過程で粗大析出物が多くなると考えられ、疲労特性を改善することは難しい(後述の比較例No.61参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2014-15679号公報
【特許文献2】特開2014-185370号公報
【特許文献3】特開2012-62575号公報
【特許文献4】特開2012-207254号公報
【特許文献5】特開2013-82960号公報
【特許文献6】特開2010-126777号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上記の特許文献に開示の技術などにより、強度と曲げ加工性がともに良好であるCu-Ti系銅合金板材を得ることができるようになっている。しかし、上述のように、疲労特性とばね限界値とを同時に改善する手法は確立されていないのが現状である。
【0012】
本発明は、強度、曲げ加工性、導電性が良好であることに加え、疲労特性、ばね限界値が共に改善され、かつ密度(比重)が低減されたCu-Ti系銅合金板材を提供すること、およびその板材の特性を活かした部品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成するため、本明細書では以下の発明を開示する。
[1]質量%で、Ti:1.00~5.00%、Al:0.50~3.00%、Ag:0~0.30%、B:0~0.30%、Co:0~1.00%、Cr:0~1.00%、Fe:0~1.00%、Mg:0~1.00%、Mn:0~2.00%、Nb:0~1.00%、Ni:0~1.00%、P:0~0.50%、S:0~0.20%、Si:0~0.50%、Sn:0~2.00%、V:0~1.00%、Zn:0~3.00%、Zr:0~1.00%、希土類元素の合計:0~3.00%、Ag、B、Co、Cr、Fe、Mg、Mn、Nb、Ni、P、S、Si、Sn、V、Zn、Zrおよび希土類元素の合計:3.00%以下、Ti、Al、Ag、B、Co、Cr、Fe、Mg、Mn、Nb、Ni、P、S、Si、Sn、V、Zn、Zr、希土類元素、Cu以外の元素の合計:0~0.50%、残部Cuからなり、質量割合でのTiとAlの含有量比Ti/Alが1.50以上である組成を有し、板面に平行な観察面においてJIS H0501-1986に準ずる切断法による平均結晶粒径が1~20μmであり、板面に平行な観察面において長径1.0μm以上の粗大析出物粒子の個数密度が1.0×105個/mm2以下であり、圧延平行方向の引張強さが850MPa以上であり、圧延直角方向のばね限界値が400MPa以上である銅合金板材。
[2]Nb含有量が0~0.50質量%である、上記[1]に記載の銅合金板材。
[3]板面に平行な観察面のEBSD(電子線後方散乱回折法)によるステップサイズ0.1μmでの測定において結晶方位差15°以上の境界を結晶粒界とみなした場合のKAM値が3.00°以下である、上記[1]または[2]に記載の銅合金板材。
[4]導電率が10.0%IACS以上である、上記[1]~[3]のいずれかに記載の銅合金板材。
[5]日本伸銅協会技術標準JCBA T307:2007に従うB.W.でのW曲げ試験による、割れが発生しない最小曲げ半径MBRと板厚tとの比MBR/tが2.0以下である、上記[1]~[4]のいずれかに記載の銅合金板材。
[6]長手方向が圧延直角方向である試験片による片持ち共振法での両振り疲労試験において、負荷応力450MPaにおける疲労限界が107サイクルより大きい、上記[1]~[5]のいずれかに記載の銅合金板材。
[7]密度が8.53g/cm3以下である、上記[1]~[6]のいずれかに記載の銅合金板材。
[8]上記[1]~[7]のいずれかに記載の銅合金板材を材料に用いた電子機器部品。
[9]上記[1]~[7]のいずれかに記載の銅合金板材を材料に用いた通電部品。
[10]上記[1]~[7]のいずれかに記載の銅合金板材を材料に用いた放熱部品。
【0014】
上記[1]~[7]の銅合金板材は、例えば以下の手法によって製造することができる。
[11]上記の組成を有する中間製品板材に、第1溶体化処理、第1中間冷間圧延、第2溶体化処理、第2中間冷間圧延、時効処理を前記の順に施して銅合金板材を製造する工程において、
第1溶体化処理を、800~900℃の温度域で20~600秒保持する条件で行い、
第1中間冷間圧延を、圧延率70%以上で行い、
第2溶体化処理を、750~860℃の温度域で10~300秒保持する条件で行い、
第2中間冷間圧延を圧延率15~50%で行い、
時効処理を、最高到達温度T0(℃)が320℃以上450℃以下の範囲にあり、保持温度域が[T0-10℃]以上T0以下であり、前記保持温度域での保持時間が5~20時間である加熱保持を行ったのち、[T0-10℃]から300℃までの平均冷却速度を30~60℃/hとし、300℃から150℃までの平均冷却速度を20℃/h以下として冷却する条件で行う、
銅合金板材の製造方法。
[12]圧延直角方向のばね限界値が400MPa以上である板材を得る、上記[11]に記載の銅合金板材の製造方法。
【0015】
本明細書において、数値範囲を示す表記「n1~n2」は、「n1以上n2以下」であることを意味する。ここで、n1、n2は、n1<n2を満たす数値である。
「板材」とは金属の展性を利用して成形されたシート状の金属材料を意味する。薄いシート状の金属材料は「箔」と呼ばれることもあるが、そのような「箔」もここでいう「板材」に含まれる。コイル状に巻き取られた長尺のシート状金属材料も「板材」に含まれる。本明細書ではシート状の金属材料の厚さを「板厚」と呼んでいる。「板面」とは、板材の板厚方向に対して垂直な表面である。「板面」は「圧延面」と呼ばれることもある。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、強度、曲げ加工性、導電性、疲労特性、ばね限界値のすべてを高いレベルで兼ね備え、かつ低密度(低比重)であるCu-Ti系銅合金板材が実現可能となった。
【発明を実施するための形態】
【0017】
[化学組成]
以下、合金成分に関する「%」は、特に断らない限り「質量%」を意味する。
Ti(チタン)は、スピノーダル分解によるTiの変調構造の形成や、析出による微細第二相粒子の形成をもたらし、本発明のCu-Ti-Al系銅合金の強度上昇に寄与する元素である。また、耐応力緩和性向上や密度(比重)の低減にも寄与する。ここではTi含有量1.00%以上の合金を対象とする。Ti含有量は析出強化の観点から1.50%以上であることがより好ましく、2.50%以上であることが更に好ましい。過剰なTi含有は、熱間加工性や冷間加工性を低下させる要因となる他、曲げ加工性の低下要因ともなるので、Ti含有量は5.00%以下とする。4.50%以下、あるいは4.00%以下に管理してもよい。
【0018】
Al(アルミニウム)は、Cu-Ti-Al系銅合金の密度(比重)の低減に有効な元素である。また、発明者らの研究によれば、AlはCu-Ti-Al系銅合金の粗大析出物の形成を抑える上で有効な元素であることがわかってきた。これらの効果を十分に発揮させるために、0.50%以上のAl含有量を確保する。0.70%以上とすることがより効果的であり、1.00%以上とすることが更に効果的である。Cu-Ti系銅合金に0.50%以上のAlを添加すると、一般に強度と曲げ加工性の両立が難しくなるという問題がある。しかし、後述の製造方法により、その問題を解消することができる。ただし、Al含有量が多くなりすぎると導電性が低下するので、Al含有量は3.00%以下に制限される。Al含有量は2.80%以下であることが好ましい。
【0019】
質量割合でのTiとAlの含有量比を表すTi/Alが1.50以上となるように、TiおよびAlの含有量を調整する。Ti/Alが過小であると導電性不足や強度不足を招きやすく、強度と導電性のバランスが悪くなる場合がある。Ti/Alは上述のTi含有量範囲およびAl含有量範囲を満たすために必然的に10.00以下となるが、例えば7.00以下、あるいは5.00以下の範囲で調整してもよい。
【0020】
Ag(銀)、B(ホウ素)、Co(コバルト)、Cr(クロム)、Fe(鉄)、Mg(マグネシウム)、Mn(マンガン)、Nb(ニオブ)、Ni(ニッケル)、P(リン)、S(硫黄)、Si(ケイ素)、Sn(スズ)、V(バナジウム)、Zn(亜鉛)、Zr(ジルコニウム)、希土類元素は任意元素である。必要に応じてこれらの1種以上を含有させることができる。例えば、Ni、Co、Fe、Nbは、Tiとの金属間化合物を形成して強度の向上に寄与する。また、これらの元素の金属間化合物が結晶粒の粗大化を抑制するので、銅合金板材の製造においてより高温域での溶体化処理が可能になり、Tiを十分に固溶させる上で有利となる。結晶粒の粗大化抑制は、疲労特性の点でも有利である。特にFeは強度及び疲労特性の向上に有用である。AgとSnは、固溶強化作用と耐応力緩和性の向上作用を有する。Znは、はんだ付け性および強度を向上させる他、鋳造性の改善にも有効である。Mgは、耐応力緩和性の向上作用と脱S作用を有する。Siは、Tiとの化合物を形成でき、銅合金板材の製造における再結晶時のピン止めに寄与し、結晶粒径を小型化しうる。Cr、Zrは分散強化、結晶粒の粗大化抑制に有効である。Mn、Vは、Sなどと高融点化合物を形成しやすく、またB、Pは鋳造組織の微細化効果を有するので、それぞれ熱間加工性の改善に寄与しうる。希土類元素(REM)は、周期表第3族のSc(スカンジウム)、Y(イットリウム)、およびランタノイド系元素(Pm(プロメチウム)を除く)である。希土類元素の含有は、結晶粒の微細化や析出物の分散化に有効である。希土類元素の供給源としてミッシュメタル(希土類元素の混合体)を使用してもよい。
【0021】
上記任意元素の含有量は、Ag:0~0.30%、B:0~0.30%、Co:0~1.00%、Cr:0~1.00%、Fe:0~1.00%、Mg:0~1.00%、Mn:0~2.00%、Nb:0~1.00%、Ni:0~1.00%、P:0~0.50%、S:0~0.20%、Si:0~0.50%、Sn:0~2.00%、V:0~1.00%、Zn:0~3.00%、Zr:0~1.00%、希土類元素の合計:0~3.00%の範囲とすることができる。希土類元素については、例えば、La(ランタン):2.00%以下、Ce(セリウム):1.80%以下、Pr(プラセオジム):0.30%以下、Nd(ネオジム):0.80%以下、Sm(サマリウム):2.50%以下、およびY(イットリウム):2.50%以下から選ばれる1種以上を含み、希土類元素の合計含有量が3.00%以下である範囲を挙げることができる。上記においてNb含有量は0~0.50%に規定してもよい。
【0022】
また、上記任意元素の含有量は、Ag:0~0.20%、B:0~0.20%、Co:0~0.50%、Cr:0~0.50%、Fe:0~0.50%、Mg:0~0.50%、Mn:0~1.80%、Nb:0~0.30%、Ni:0~0.50%、P:0~0.20%、S:0~0.10%、Si:0~0.20%、Sn:0~1.50%、V:0~0.50%、Zn:0~2.00%、Zr:0~0.50%、希土類元素の合計:0~2.00%の範囲の範囲とすることがより好ましい。この場合、経済性や製造性を考慮した希土類元素の含有量範囲としては、例えば、La:0.60%以下、Ce:0.70%以下、Pr:0.10%以下、Nd:0.20%以下、Sm:1.00%以下、およびY:1.00%以下から選ばれる1種以上を含み、希土類元素の合計含有量が1.50%以下である範囲を挙げることができる。
【0023】
また、上記任意元素の含有量は、Ag:0~0.15%、B:0~0.15%、Co:0~0.20%、Cr:0~0.20%、Fe:0~0.20%、Mg:0~0.45%、Mn:0~1.50%、Nb:0~0.15%、Ni:0~0.20%、P:0~0.15%、S:0~0.04%、Si:0~0.03%、Sn:0~1.30%、V:0~0.20%、Zn:0~1.80%、Zr:0~0.20%、希土類元素の合計:0~1.00%の範囲に管理してもよい。この場合、経済性や製造性に更に配慮したより好ましい希土類元素の含有量範囲としては、例えば、La:0.35%以下、Ce:0.32%以下、Pr:0.04%以下、Nd:0.10%以下、Sm:0.50%以下、およびY:0.50%以下から選ばれる1種以上を含み、希土類元素の合計含有量が0.80%以下である範囲を挙げることができる。
【0024】
上記の任意元素Ag、B、Co、Cr、Fe、Mg、Mn、Nb、Ni、P、S、Si、Sn、V、Zn、Zrおよび希土類元素の合計含有量は3.00%以下の範囲(0%である場合を含む)とする。これら任意元素の合計含有量の上限については、2.00%以下とすることが好ましく、1.60%以下に管理してもよい。
【0025】
上記以外の元素についても、本発明の目的(良好な強度、曲げ加工性、導電性、疲労特性、ばね限界値の兼備および低密度化)を阻害しない範囲での含有は許容される。具体的には、Ti、Al、Ag、B、Co、Cr、Fe、Mg、Mn、Nb、Ni、P、S、Si、Sn、V、Zn、Zr、希土類元素、Cu(銅)以外の元素の合計含有量を0.50%以下(0%である場合を含む)に管理すればよく、0.10%以下(0%である場合を含む)に管理してもよい。
【0026】
Ti、Al、Ag、B、Co、Cr、Fe、Mg、Mn、Nb、Ni、P、S、Si、Sn、V、Zn、Zr、希土類元素およびCu(銅)を除く元素の合計含有量が0.10%以下である場合の合金組成の1態様として、例えば、「質量%で、Ti:1.00~5.00%、Al:0.50~3.00%、Ag:0~0.30%、B:0~0.30%、Co:0~1.00%、Cr:0~1.00%、Fe:0~1.00%、Mg:0~1.00%、Mn:0~2.00%、Nb:0~1.00%あるいは0~0.50%、Ni:0~1.00%、P:0~0.50%、S:0~0.20%、Si:0~0.50%、Sn:0~2.00%、V:0~1.00%、Zn:0~3.00%、Zr:0~1.00%、希土類元素の合計:0~3.00%であり、Ag、B、Co、Cr、Fe、Mg、Mn、Nb、Ni、P、S、Si、Sn、V、Zn、Zrおよび希土類元素の合計:3.00%以下であり、残部Cuおよび不可避的不純物からなり、質量割合でのTiとAlの含有量比Ti/Alが1.50以上である組成」を例示することができる。この場合、不可避的不純物は、製造上不可避的に混入する元素であって、上記に挙げた元素以外のものをいう。
【0027】
[平均結晶粒径]
上述の化学組成を有するCu-Ti-Al系銅合金板材では、板面に平行な観察面においてJIS H0501-1986に準ずる切断法による平均結晶粒径が1~20μmであるときに、良好な曲げ加工性と疲労特性が得られる。上記の平均結晶粒径は15μm以下であることがより好ましく、5μm以下であることが更に好ましい。平均結晶粒径が1μmを下回る組織状態では未再結晶粒が混在している場合があり、曲げ加工性を安定して良好に維持する観点から、平均結晶粒径は1μm以上であることが有利となる。溶体化処理を2回行う後述の製造工程は結晶粒の微細化に有効である。なお、JIS H0501-1986に規定の切断法では「切断長さの平均値(mm)をもって表示する」とあるが、この既定の表示単位に対し本発明で目標とする結晶粒径は非常に小さいため、ここではより倍率の高い観察視野において当該規格の手法に準ずる測定を行い、μm単位での平均結晶粒径を求める。
【0028】
[粗大析出物粒子の個数密度]
粗大析出物の量を低減することが、疲労特性の改善には極めて有効である。本発明では、板面に平行な観察面において長径1.0μm以上の粗大析出物粒子の個数密度が1.0×105個/mm2以下である組織状態に規定する。粗大析出物粒子の個数密度は8.5×104個/mm2以下であることがより効果的である。特に、粗大析出物粒子の個数密度が8.5×104個/mm2以下であり、かつ上述の平均結晶粒径が15μm以下であることが、疲労特性の改善には一層有利となる。粗大析出物粒子は少ないほど好ましいが、粗大析出物粒子の生成を完全に防止することは製造上困難であり、通常、粗大析出物粒子の個数密度は5.0×102個/mm2以上となる。
粗大析出物粒子の個数密度は以下の方法で求めることができる。
【0029】
(粗大析出物粒子の個数密度の求め方)
板面を下記の電解研磨条件で電解研磨して銅合金板材のCu素地のみを溶解させることにより析出物粒子を露出させて得られた観察面について、FE-SEM(電界放出型走査電子顕微鏡)により加速電圧15kV、倍率5000倍で観察し、FE-SEM画像上に観測される長径1.0μm以上の析出物粒子の総個数を観察総面積(mm2)で除した値を、粗大析出物粒子の個数密度(個/mm2)とする。FE-SEMの2次電子像は倍率5000倍でピントを合わせた後、オートコントラストで色調を調整する。この時、同視野像が電子線で焼け、色調が変化してしまうことがあるため、観察はオートコントラストを行った視野とは異なる視野で行う。これは後述の粗大析出物の2値化処理において、輝度の閾値(しきい値)調整によって、析出物個数密度の結果がばらつくのを防ぐための操作である。観察総面積は、無作為に設定した重複しない複数の観察視野により合計0.1mm2以上とする。観察視野から一部がはみ出している析出物粒子は、観察視野内に現れている部分が粒子全体であると仮定してその長径が1.0μm以上であればカウント対象とする。なお、析出物粒子の長径の測定に関しては、SEM画像(2次電子像)を画像解析ソフトウェアにより2値化して析出物粒子の存在部分を識別し、各析出物粒子の輪郭を楕円近似し、その楕円の長軸の長さ(ただしその楕円が真円である場合はその円の直径)を長径として採用することができる。
【0030】
(電解研磨条件)
・電解液:蒸留水、リン酸、エタノール、2-プロパノールを10:5:5:1の体積比で混合したもの
・液温:20℃
・電圧:15V
・電解時間:20秒
【0031】
[ばね限界値]
ばね限界値の測定は、JIS H3130:2018に規定されるモーメント式試験に準じた方法で行う。当該規格には「試験片は、板又は条の圧延方向に取る」とあるが、ここではより厳しい基準で評価するために、長手方向が圧延直角方向(TD)である試験片を採用する。圧延直角方向は、圧延方向と板厚方向に垂直な方向である。長手方向が圧延直角方向である試験片を使用することを除き、JIS H3130:2018に記載の合金番号C1990に対するモーメント式試験を採用する。検討の結果、複雑形状に曲げ加工が施されることがある通電ばね部品において高い信頼性を得るためには、この試験によるばね限界値が400MPa以上であることが有利となる。このばね限界値は550MPa以上であることがより効果的であり、700MPa以上に調整することもできる。なお、ばね限界値は通常1000MPa以下となる。
【0032】
[引張強さ]
本発明の銅合金板材の圧延方向(LD)の引張強さは、850MPa以上であることが好ましく、880MPa以上であることがより好ましい。圧延方向の引張強さが1000MPa以上である強度レベルに調整することも可能である。引張強さの上限は特に制限されないが、例えば1400MPa以下の範囲で調整すればよく、1200MPa以下の範囲で調整してもよい。
【0033】
[KAM値]
本発明で規定するレベルの優れたばね限界値を達成するためには、KAM値が高くなりすぎないことが好ましい。KAM値は結晶粒内の格子ひずみを評価することができる指標の1つである。検討の結果、本発明の銅合金板材では、板面に平行な観察面のEBSD(電子線後方散乱回折法)によるステップサイズ0.1μmでの測定において結晶方位差15°以上の境界を結晶粒界とみなした場合のKAM値が3.00°以下であることが好ましい。十分なばね限界値が得られる限り、KAM値の下限は特に制限されないが、通常、0.20°以上の範囲で調整すればよい。優れたばね限界値および製造性の観点から、KAM値は0.45~2.00°の範囲であることがより好ましい。KAM値は以下の方法により求めることができる。
【0034】
(KAM値の求め方)
測定対象である板材試料の板面(圧延面)をバフ研磨仕上げとし、その後イオンミリングにより平滑化した観察面を得る。その観察面内に観察倍率2000倍に相当する視野の観察領域(例えば圧延直角方向45μm×圧延方向60μmの矩形領域5視野)を無作為に設定し、その観察領域についてEBSD(電子線後方散乱回折法)によりステップサイズ0.1μmで電子線を照射して結晶方位データを採取し、そのデータに基づき、EBSDデータ解析用ソフトウェアを用いて、隣接する測定点の結晶方位差が15°以上である境界を結晶粒界とみなした場合のKAM(Kernel Average Misorientation)値を算出する。KAM値は、0.1μmピッチで配置された電子線照射スポットについて、隣接するスポット間の結晶方位差(以下これを「隣接スポット方位差」という。)をすべて測定し、15°未満である隣接スポット方位差の測定値のみを抽出して、それらの平均値を求めたものに相当する。KAM値の算出においては双晶境界も結晶粒界とみなす。
【0035】
[導電率]
Cu-Ti-Al系銅合金板材の用途を考慮すると、導電率は10.0%IACS以上であることが望ましい。導電率の上限は特に制限されないが、通常、20.0%IACS以下の範囲で調整すればよい。
【0036】
[曲げ加工性]
通電部品等への加工に際しては曲げ加工を伴うことが多い。Cu-Ti-Al系合金板材の用途を考慮すると、日本伸銅協会技術標準JCBA T307:2007に従うB.W.でのW曲げ試験による、割れが発生しない最小曲げ半径MBRと板厚tとの比MBR/tが2.0以下である曲げ加工性を備えていれば、多くの通電部品や放熱部品への加工に際して高い信頼性が得られる。B.W.でのMBR/tは1.0以下であることがより好ましく、0.7以下であることが更に好ましい。B.W.でのMBR/tが0.0であるもの(密着曲げで割れが生じないもの)を得ることもできる。B.W.(Bad Way)は、曲げ軸が圧延平行方向となることを意味する。
【0037】
なお、JCBA T307:2007には「本標準は、厚さ0.1mm以上0.8mm以下の銅および銅合金薄板条の曲げ加工性評価に適用する。」と記載されている。発明者らの検討によれば、板厚が0.1mm未満のCu-Ti-Al系銅合金板材においても、当該規格に記載される方法でのW曲げ試験によって、曲げ加工性の評価が可能であることが確認された。したがって、本発明ではJCBA T307:2007に示されるB.W.でのW曲げ試験方法を、板厚が0.1mm未満(例えば0.02mm以上0.1mm未満)の場合にも拡張して、そのまま適用する。
【0038】
[疲労特性]
複雑形状に曲げ加工が施されることがある通電ばね部品において高い信頼性を得るためには、長手方向が圧延直角方向(TD)である試験片による片持ち共振法での両振り疲労試験において、負荷応力450MPaにおける疲労限界が107サイクルより大きいこと、すなわち、1.0×107サイクルにおいて「疲労」が生じていないことが好ましく、2.0×107サイクルにおいて「疲労」が生じていないことがより好ましい。なお、通常、5.0×108サイクル以下で疲労が生じる。3.0×108サイクル以下で疲労が生じる場合もある。「疲労」の判定は、ヤング率の低下に伴う共振周波数の低下をモニターすることによって行うことができる。
【0039】
[密度]
Cu、Ti、Alの原子量の序列はCu>Ti>Alであるから、Alの含有量を多くすることがCu-Ti-Al系銅合金の密度(比重)を低減する上で最も効果的であるとともに、Ti含有量の影響も大きい。本発明に従えば、20℃での密度を8.53g/cm3以下に低減することができる。Cu-Ti-Al系銅合金板材において、良好な強度、曲げ加工性、導電性、疲労特性、ばね限界値を兼備させながら密度を8.53g/cm3以下にまで低減することは、従来の技術では困難であった。なお、密度の下限は特に制限されないが、例えば7.80g/cm3以上の範囲で調整すればよい。
【0040】
[製造方法]
以上説明した銅合金板材は、例えば以下の製造工程により製造することができる。
溶解・鋳造→鋳片加熱→熱間加工→粗冷間圧延→第1溶体化処理→第1中間冷間圧延→第2溶体化処理→第2中間冷間圧→時効処理
上記工程中には記載していないが、熱間加工後には必要に応じて面削が行われ、各熱処理後には必要に応じて酸洗、研磨、あるいは更に脱脂が行われる。以下、上記の各工程について説明する。
【0041】
[溶解・鋳造]
るつぼ炉などを用いて本発明で規定する化学組成の鋳片を製造すればよい。TiおよびAlの酸化を防止するために、不活性ガス雰囲気または真空溶解炉で行うのがよい。
【0042】
[鋳片加熱]
熱間加工前の鋳片加熱は例えば900~1000℃で0.5~5時間保持する方法で行うことができる。
【0043】
[熱間加工、粗冷間圧延]
熱間加工の方法は特に限定されない。通常、熱間圧延や熱間鍛造が採用される。熱間圧延の場合、トータルの熱間圧延率は例えば60~99%とすればよい。熱間加工終了後には、水冷などにより急冷することが好ましい。次いで、冷間圧延を行う。この段階での冷間圧延を本明細書では「粗冷間圧延」と呼ぶ。粗冷間圧延での圧延率は例えば50~99%とすることができる。このようにして第1溶体化処理に供するための中間製品板材を得ることができる。
ここで、圧延率は下記(1)式によって表される(以下の各工程において同様)。
圧延率(%)=100×(t0-t1)/t0 …(1)
t0:圧延前の板厚(mm)
t1:圧延後の板厚(mm)
【0044】
[第1溶体化処理]
上記の中間製品板材に対して、1回目の溶体化処理を施す。この溶体化処理では、熱間加工や粗冷間圧延で導入された歪を利用して再結晶させ、鋳造後や熱間加工中に生成した粗大な粒界反応型析出物や粒状析出物を十分に固溶させる。この第1溶体化処理の段階で析出物の固溶が不十分であると、その析出物は最終工程まで残存し、所望の特性が得られない。第1溶体化処理では固溶化を優先させるために熱エネルギーの導入量を多くすることが有利となる。この場合、再結晶粒の成長が生じやすいが、後の第2溶体化処理で結晶粒の微細化を図るので問題ない。第1溶体化処理は、800~900℃の温度域で20~600秒保持する条件で行う。
【0045】
[第1中間冷間圧延]
第1溶体化処理を終えた材料に施す冷間圧延を第1冷間圧延と呼ぶ。第1冷間圧延では、板厚を減少させることに加え、歪を導入することを目的とする。歪の導入が不十分であると、続く第2溶体化処理で再結晶の核生成サイトが十分に確保できず、結晶粒の微細化が困難となる。第1中間冷間圧延では圧延率を70%以上とする。圧延率を85%以上とすることがより効果的であり、90%以上とすることが更に効果的である。圧延率の上限については特に制限されないが、冷間圧延機の能力に応じて、通常は99%以下の範囲で設定すればよい。
【0046】
[第2溶体化処理]
第1中間冷間圧延を終えた材料は、析出物が既に十分に固溶しており、かつマトリックス(金属素地)の結晶には歪が導入されている。このような組織状態の板材に対し、2回目の溶体化処理を施す。この溶体化処理では、第1中間冷間圧延で導入された歪を利用して多くの場所から新たな再結晶を生じさせ、結晶粒の微細化を図る。主目的は、析出物の固溶化ではなく、再結晶による結晶粒微細化であるから、第1溶体化処理よりも加熱温度の許容上限は低くなる。具体的には、750~860℃の温度域で10~300秒保持する条件で行う。加熱温度が高すぎると再結晶粒間の粒界移動を伴う粒成長が起こりやすくなり、結晶粒が粗大化する場合がある。加熱温度が低すぎると再結晶ではなく析出が起こりやすくなり、後述する時効処理において、微細析出物を十分に生成させることが困難になる。
【0047】
[第2中間冷間圧延]
第2溶体化処理を終えた材料に施す冷間圧延を第2中間冷間圧延と呼ぶ。第2中間冷間圧延では、続く時効処理において結晶粒内での微細析出物の生成が促進されるように、適度な歪を導入する。また、この歪は強度の向上にも寄与する。歪の導入量が多すぎると、時効処理後に歪が過剰に残留し、最終的に曲げ加工性やばね限界値の改善が不十分となりやすい。第2中間冷間圧延では圧延率を15~50%の範囲とする。15~35%の範囲に管理してもよい。
【0048】
[時効処理]
第2中間冷間圧延を終えた材料に対して、加熱保持過程の条件と、冷却過程の条件を規定した時効処理を施す。加熱保持過程では、最高到達温度T0(℃)を320℃以上450℃以下とし、[T0-10℃]以上T0以下の保持温度域で、5~20時間の保持を行う。当該保持の開始時点は最初に[T0-10℃]に達した時点、終了時点は[T0-10℃]以上T0以下の保持温度域から最初に[T0-10℃]より低い温度域に入った時点である。加熱保持過程では第2中間冷間圧延で導入した歪のエネルギーを利用して、微細な析出物を結晶粒内の多くのサイトから生成させ、強度、導電性、疲労特性を向上させる。最高到達温度T0が高すぎると微細析出物のサイズが大きくなり数密度が低下するので、強度、曲げ加工性、疲労特性の改善が不十分となりやすい。最高到達温度T0が低すぎる場合や、上記の保持温度域での保持時間が短すぎる場合には、析出物の生成量が不足して強度、導電性の向上が不十分となりやすい。
【0049】
時効処理の冷却過程のうち、上記の保持温度域から300℃までの温度域では、上記の保持温度域で生成させた析出物粒子の過剰な成長を抑えながら、降温に伴って新たな析出を生じさせるとともに、残留応力の低減を図る。300℃までの温度域の降温を伴う状況下での滞在時間は、降温中に生じる新たな析出物の量を十分に確保できる範囲内で、できるだけ短時間とすることが有効である。具体的には、[T0-10℃]から300℃までの温度域(以下、この温度域を「第1冷却温度域」ということがある。)での平均冷却速度を30~60℃/hに制御することが効果的である。第1冷却温度域での平均冷却速度が速すぎると、降温に伴う析出反応の進行が不足して導電率の向上が不十分となる場合がある。また、残留応力の低減が不足してばね限界値の向上が不十分となる場合がある。第1冷却温度域での平均冷却速度が遅すぎると、粗大析出物が増加して疲労特性の低下を招く場合がある。
【0050】
時効処理の冷却過程のうち、300℃以下の温度域では、残留応力の低減を図る。そのため、300℃以下の温度域での滞在時間は、生産性が許容される範囲で長時間とすることが有効である。具体的には、300℃から150℃までの温度域(以下、この温度域を「第2冷却温度域」ということがある。)での平均冷却速度を20℃/h以下に制御することが効果的である。第2冷却温度域での平均冷却速度が速すぎると、残留応力の低減が不足してばね限界値の向上が不十分となる場合がある。第2冷却温度域での平均冷却速度を過剰に遅くすることは生産性の低下に繋がるので、通常、第2冷却温度域での平均冷却速度は10℃/h以上の範囲で設定すればよい。
【0051】
上記の時効処理を終えたのちに冷間圧延や焼鈍を行うと、時効処理によって形成された組織状態が損なわれて良好な強度、曲げ加工性、導電性、疲労特性、ばね限界値の兼備が達成できないことがある。したがって、銅合金板材の製造プロセスにおける加工や熱履歴を伴う工程としては、上記の時効処理を最終工程とすることが望ましい。
最終的な板厚は、例えば0.02~0.50mmの範囲とすることができる。
【0052】
[電子機器部品、通電部品、放熱部品]
以上説明した本発明の銅合金板材は、良好な強度、曲げ加工性、導電性、疲労特性、ばね限界値を兼備し、かつ密度(比重)が低減されているので、この板材を材料に用いてプレス加工や曲げ加工などを含む工程により成形された電子機器部品、通電部品、放熱部品は、近年の携帯端末や自動車用電子機器の高機能化の要求にかなうものである。
【実施例0053】
表1に示す化学組成の銅合金を溶製し、鋳造した。得られた鋳片(厚さ50mm)を表2、表3に示す温度、時間で加熱したのち、表2、表3に記載の板厚まで熱間圧延し、水冷した。熱間圧延後、表層の酸化層を機械研磨により除去(面削)し、各熱延材に表2、表3の「粗冷間圧延」の欄に記載の板厚まで冷間圧延を施した。
【0054】
その後、一部の例(比較例No.57~61)を除き、表2、表3に示す条件で第1溶体化処理、第1中間冷間圧延、第2溶体化処理、第2中間冷間圧延、時効処理を前記の順に施した。時効処理はバッチ式熱処理炉を用いて窒素雰囲気下で行った。表2、表3中の「-」(ハイフン)表示は、工程を省略したことを意味する。No.57では、粗冷間圧延後に、テンションレベラーによる矯正を、昇温速度20℃/s、到達温度200℃、張力120MPaにて行い、その後、冷間圧延と溶体化処理を施し、時効処理前の冷間圧延は省略した。No.58では第2中間冷間圧延を省略した。No.59、60では中間冷間圧延を実施せず、溶体化処理を1回行った材料を時効処理に供した。No.61では第2溶体化処理および第2中間冷間圧延を省略した。
【0055】
時効処理はバッチ式熱処理炉を用いて窒素雰囲気下で行った。昇温後、表2、表3に記載の最高到達温度T0(℃)に維持したのち冷却を開始した。すなわち、最高到達温度T0に達した後は、冷却を開始するまで一定温度にコントロールした。表2、表3の「加熱保持」欄に記載した「時間」は、材料温度が[T0-10℃]以上T0以下の温度域に保持された時間である。ここでは冷却を開始するまで一定温度T0に維持したので、表2、表3の「加熱保持」欄に記載した「時間」には、昇温終了前に[T0-10℃]からT0到達までに要した時間と、冷却開始後にT0から[T0-10℃]到達までに要した時間が含まれる。冷却過程では、[T0-10℃]から300℃までの第1冷却温度域における平均冷却速度と、300℃から150℃までの第2冷却温度域における平均冷却速度を、表2、表3に記載したようにコントロールした。
【0056】
一部の例(比較例No.56~61)を除き、上記の時効処理を終えた板材を供試材とした。No.56~61では、時効処理後に、表3に記載の条件で仕上冷間圧延あるいは更に低温焼鈍を施して得られた板材を供試材とした。表2、表3には最終的に得られた板材(供試材)の板厚を示してある。各供試材について以下の調査を行った。なお、密度(比重)については、鋳片加熱を終えた段階の材料から切り出したブロック試料を用いて測定した。
【0057】
(元素分析)
O(酸素)、N(窒素)は酸素・窒素・水素分析装置(LECO製、ONH-836)により定量し、H(水素)は水素分析計(堀場製作所製、EMGA-921)により定量し、C(炭素)、S(硫黄)は炭素硫黄分析装置(LECO製、CS844型)により定量し、第2~第6周期の元素(C、N、O、第17族元素、第18族元素、Tc(テクネチウム)、Po(ポロニウム)、Pm(プロメチウム)を除く)はICP-MS(Agilent製、7900)により定量し、F(フッ素)、Cl(塩素)、Br(臭素)は燃焼-イオンクロマトグラフィー装置(Thermo Scientific製、DIONEX ICS-1600)により定量した。これらの測定により、銅合金板材に含まれうる実質上すべての元素を定量することができる。その結果、本発明例、比較例のいずれの供試材も、Ag、B、Co、Cr、Fe、Mg、Mn、Nb、Ni、P、S、Si、Sn、V、Zn、Zrおよび希土類元素の合計:3.00%以下、かつTi、Al、Ag、B、Co、Cr、Fe、Mg、Mn、Nb、Ni、P、S、Si、Sn、V、Zn、Zr、希土類元素、Cu以外の元素の合計:0~0.50%の要件を満たしていることが確認された。
なお、いずれの例においても、Ti、Al、Ag、B、Co、Cr、Fe、Mg、Mn、Nb、Ni、P、S、Si、Sn、V、Zn、Zr、希土類元素、Cu以外の元素の合計含有量は0.10%以下であった。
【0058】
(平均結晶粒径)
供試材の板面を研磨し、上掲の「粗大析出物粒子の個数密度の求め方」に記載した電解研磨条件を採用して電解研磨により仕上げた面をエッチングして観察面を作製した。その観察面を光学顕微鏡で拡大倍率1000倍で観察し、観察画像を取得した。圧延方向に平行な直線を合計3本引き、JIS H0501-1986に準拠した切断法により、それぞれの直線によって切断される結晶粒界の数をカウントすることにより、観察視野における結晶粒径の平均値を算出した。この操作を無作為に選択した5視野について行い、各視野で得られた結晶粒径の平均値の相加平均値を、当該板材の平均結晶粒径として採用した。なお、光学顕微鏡としてOLYMPUS株式会社製のLEXT OLS4000を使用した。
【0059】
(粗大析出物粒子の個数密度)
上掲の「粗大析出物粒子の個数密度の求め方」に従い、粗大析出物粒子の個数密度を求めた。
【0060】
なお、析出物粒子の長径の測定に関しては、画像解析ソフトウェアとしてImage J(アメリカ国立衛生研究所(NIH)、Version 1.52a)を使用した。同ソフトウェアによる解析条件は、Analyze、Set Scaleを順次選択して表示される「Set Scale」画面において、撮影したFE-SEM像のスケールバー長さのピクセル数を測定し、Distance in pixelsに入力する。続いて、スケールバーの長さ(μm)をKnown distanceに入力し、Pixel aspect ratioを1.0に、Unit of lengthをμmとし、ソフトウェア上で析出物のサイズを認識できるように設定する。その後、「Resize Image Canvas」画面において、Widthを1280ピクセル、Heightを950ピクセル、PositionをTop-Centerに設定し、スケールバーの部分を除いたFE-SEMイメージ部分の画像を表示させる。このスケールの設定とスケールバー表示部分の削除を行ったのち、Image、Adjust、Thresholdを順次選択して表示される「Threshold」画面において、全ピクセルのうち最も低い輝度のピクセルが輝度255、最も高い輝度のピクセルが輝度0となるように輝度反転させ、しきい値を、その値を下回るピクセルの全ピクセルに対する個数割合が5%に最も近くなる値に設定して、析出物粒子の存在部分を2値化して識別した。その後、同ソフトウェアの「Analyze Particles」画面において、1つの独立した析出物領域の面積が0.1μm2未満であるものを除くための条件としてSizeを「0.10-Infinity」に設定する。さらにCircularityを0.00-1.00、「Set Measurements」画面においてFit Ellipseの項目にチェックを付した条件に設定して粒子解析を行い、その視野についての長径(Majorの項目名で表示される)が1.0μm以上の析出物粒子の個数密度を求めた。
【0061】
(KAM値)
供試材から切り出したサンプルの板面をバフ研磨した後、イオンミリング研磨を行ってEBSD(電子線後方散乱回折)測定用の試料表面を作製した。その試料表面をFE-SEM(日本電子株式会社製JSM-7200F)により加速電圧15kV、倍率2000倍の条件で観察し、圧延直角方向45μm×圧延方向60μmの矩形の測定領域について、FE-SEMに設置されているEBSD装置(Oxford Instruments社製、Symmetry)を用いて、EBSD法によりステップサイズ0.1μmで結晶方位データを採取した。5視野の測定領域について測定した結晶方位データに基づき、上掲の「KAM値の求め方」に従い、KAM値を求めた。EBSDデータ解析用ソフトウェアとして、株式会社TSLソリューションズ製OIM-Analysis7.3.1を利用した。
【0062】
(ばね限界値)
供試材から切り出した長手方向が圧延直角方向(TD)である試験片を用いて、JIS H3130:2018に記載の合金番号C1990に対するモーメント式試験を実施することにより、ばね限界値を求めた。
【0063】
(引張強さ)
各供試材から圧延方向(TD)の引張試験片(JIS 5号)を採取し、試験数n=3でJIS Z2241に準拠した引張試験行い、引張強さを測定した。n=3の平均値を当該供試材の成績値とした。
【0064】
(導電率)
各供試材の導電率をJIS H0505に準拠してダブルブリッジ、平均断面積法により測定した。
【0065】
(90°W曲げのMBR/t)
日本伸銅協会技術標準JCBA T307:2007に従うB.W.でのW曲げ試験による、割れが発生しない最小曲げ半径MBRと板厚tとの比MBR/tを求めた。試験片サイズは圧延直角方向長さ30mm、圧延方向長さ10mmとした。曲げ半径を段階的に変えた曲げ試験を、1つの曲げ半径について試験数n=3で試験を行い、3本の試験片の全てにおいて曲げ部表面に割れが認められなかった最小の曲げ半径をその供試材についてのMBRとした。曲げ部表面の割れ有無の判定はJCBA T307:2007に従って行った。曲げ部表面の外観観察において「しわ:大」と判定されたサンプルについては、最も深いしわの部分について曲げ軸方向に垂直に切断した試料を作製し、その研磨断面を光学顕微鏡で観察することによって板厚内部へ進展するクラックが生じていないかどうかを確認し、そのようなクラックが生じていない場合に「割れが認められない」と判定した。
【0066】
(疲労限界)
幅方向が圧延方向(LD)、長手方向が圧延直角方向(TD)である幅3mm、長さ20mmの試験片を供試材から切り出し、疲労試験装置(日本テクノプラス株式会社製、RF-RT)により片持ち共振法での両振り疲労試験を負荷応力450MPaで行った。試験中に共振周波数の変化をモニターし、初期の共振周波数の値の98%となった時点のサイクル数をその試験片の疲労限界とした。この操作を1つの供試材から作製した5本の試験片について施し、それらの疲労限界の平均値を当該供試材の疲労限界として採用した。
【0067】
(密度)
鋳片加熱を終えた段階の材料から切り出した質量10gのブロック試料を用いて、アルキメデス法(水中重量法)により常温(20℃)での密度を測定した。
以上の結果を表4、表5に示す。
【0068】
【0069】
【0070】
【0071】
【0072】
【0073】
化学組成および製造条件を上述の規定に従って厳密にコントロールした本発明例の板材はいずれも、強度、曲げ加工性、導電性、疲労特性、ばね限界値のすべてを高いレベルで兼ね備えており、かつ密度(比重)の低減効果にも優れていた。
【0074】
これに対し比較例では以下のような結果となった。
No.41は、Al含有量が不足したので、密度(比重)の低減が不十分であった。また、粗大析出物の残存が十分に解消できず、疲労特性に劣った。
No.42は、Al含有量が高すぎたので、導電性が悪かった。
No.43は、Ti含有量が不足したので、強度が低く、密度(比重)の低減も不十分であった。
No.44は、Ti含有量が高すぎたので、曲げ加工性が悪かった。
No.45は、第1溶体化処理の温度が低かったので、析出相の固溶化が不十分となって時効処理で微細析出物が十分に析出しなかったと考えられ、強度が低かった。また、粗大析出物が多くなり疲労特性に劣った。
No.46は、第1溶体化処理の温度が高すぎたので結晶粒が粗大化して第2溶体化処理で十分に結晶粒微細化ができず、疲労特性と曲げ加工性に劣った。
No.47は、第1中間冷間圧延での圧延率が低すぎたので歪の導入が不足し、続く第2溶体化処理で結晶粒の成長にバラツキが生じて大きい結晶粒が小さい結晶粒を吸収していく現象が進行し、結晶粒の微細化ができなかった。その結果、曲げ加工性と疲労特性が悪かった。
No.48は、第2中間冷間圧延の圧延率が低すぎたので歪の導入が不足し、続く時効処理で結晶粒内での微細析出物の生成が不十分となり、強度が低かった。また時効処理では歪の不足により結晶粒界での析出の進行が促進されて粗大析出物が多くなり、疲労特性に劣った。
No.49は、第2中間冷間圧延の圧延率が高すぎたので歪の導入が多くなってKAM値の高い組織状態となり、ばね限界値が低くなった。
No.50は、時効処理での加熱保持の温度が低かったので析出の進行が不十分となり、強度と導電性が低かった。
No.51は、時効処理での加熱保持の温度が高すぎたので微細析出物の生成が少なかったと考えられ、強度が低かった。
No.52は、時効処理での第1冷却温度域における冷却速度が小さすぎたので、その冷却過程で粗大析出物の生成が多くなり、疲労特性に劣った。
No.53は、時効処理での第1冷却温度域における冷却速度が大きすぎたので、その冷却過程での析出の進行が不十分となり、導電性が悪かった。また第1冷却温度域での残留応力の除去が不十分となり、ばね限界値が低かった。
No.54は、時効処理での第2冷却温度域における冷却速度が小さすぎたので、その冷却過程での残留応力の除去が不十分となり、ばね限界値が低かった。
No.55は、Al無添加であるため密度(比重)の低減が不十分であった。また、粗大析出物の残存が十分に解消できず、疲労特性が悪かった。
No.56は、時効処理後に冷間圧延を行ったので、その後に低温焼鈍を施しても加工歪が十分に除去できず、KAM値の高い組織状態となって、ばね限界値が低くなった。
No.57は、Al無添加であるため密度(比重)の低減が不十分であった。第1溶体化処理を行っていないので結晶粒径が大きくなり、疲労特性が悪かった。溶体化処理と時効処理の間で冷間圧延を行っていないので、時効処理で微細析出物の生成が不足したと考えられ、強度が低かった。強度が低いために曲げ加工性は比較的良好であった。テンションレベラーによる矯正を経ているので引張残留応力が多くなったと考えられ、ばね限界値が低かった。
No.58は、時効処理後に冷間圧延を行ったが、第2溶体化処理を行い第2中間冷間圧延を省略したことで、KAM値の増加が抑えられ、ばね限界値が高くなった。しかし、Al無添加であるため密度(比重)の低減が不十分であり、また粗大析出物の残存が十分に解消できず、疲労特性が悪かった。
No.59は、Al無添加であるため密度(比重)の低減が不十分であり、また粗大析出物の残存が十分に解消できず、疲労特性が悪かった。時効処理後に冷間圧延を行ったのでKAM値の高い組織状態となり、ばね限界値が低かった。
No.60は、Al無添加であるため密度(比重)の低減が不十分であり、また粗大析出物の残存が十分に解消できず、疲労特性が悪かった。
No.61は、Al含有量が不足したので、密度(比重)の低減が不十分であった。また、Al含有量が少ないこと、時効処理において加熱保持の温度が高く、第1冷却温度域での冷却速度が小さいことなどに起因して、粗大析出物が多くなり疲労特性に劣った。