(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024144038
(43)【公開日】2024-10-11
(54)【発明の名称】新規カプシカム属植物
(51)【国際特許分類】
A01H 6/82 20180101AFI20241003BHJP
A01H 5/00 20180101ALI20241003BHJP
A01H 1/02 20060101ALI20241003BHJP
A01H 5/10 20180101ALI20241003BHJP
A01H 5/08 20180101ALI20241003BHJP
C12N 15/29 20060101ALN20241003BHJP
【FI】
A01H6/82 ZNA
A01H5/00 Z
A01H1/02
A01H5/10
A01H5/08
C12N15/29
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023185500
(22)【出願日】2023-10-30
(31)【優先権主張番号】P 2023053380
(32)【優先日】2023-03-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000111487
【氏名又は名称】ハウス食品グループ本社株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】西 康宏
(72)【発明者】
【氏名】鴨志田 葵
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 一平
(72)【発明者】
【氏名】柘植 信昭
(72)【発明者】
【氏名】富田 康裕
【テーマコード(参考)】
2B030
【Fターム(参考)】
2B030AA02
2B030AB03
2B030AD07
2B030AD08
2B030AD20
2B030CA01
2B030CB01
2B030CG05
2B030HA05
(57)【要約】
【課題】従来の多汁性無辛味系統よりも大果であり、果肉がジューシーで適度な硬さを有するカプシカム属植物を提供すること。
【解決手段】多汁性及び大果性の形質を有するカプシカム属植物であって、可食部果実重1gあたりのポリガラクチュロン酸の分解率が0.07~0.14であるポリガラクツロナーゼ活性を有し、かつ、1果あたりの果実重量が30g以上であることを特徴とするカプシカム属植物。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
多汁性及び大果性の形質を有するカプシカム属植物であって、可食部果実重1gあたりのポリガラクチュロン酸の分解率が0.07~0.14であるポリガラクツロナーゼ活性を有し、かつ、1果あたりの果実重量が30g以上であることを特徴とするカプシカム属植物。
【請求項2】
15mm×10mmの果実切片を、果肉面を上にして試料台に載置し、クリープメーターを用いて、1mm幅のくさび型プランジャーを移動速度10mm/秒で貫入することにより測定した歪み率50%における荷重が、1.1~8.5Nである、請求項1に記載のカプシカム属植物。
【請求項3】
前記多汁性及び大果性の形質が、交配によって付与されたものである、請求項1又は2に記載のカプシカム属植物。
【請求項4】
請求項1又は2に記載のカプシカム属植物の後代。
【請求項5】
前記カプシカム属植物が、パプリカ又はピーマンである、請求項1又は2に記載のカプシカム属植物。
【請求項6】
請求項1又は2に記載のカプシカム属植物の植物体又はその部分。
【請求項7】
多汁性の形質を担う遺伝子をホモ接合型で有し、1果あたりの果実重量が8g以上のカプシカム属植物を父本とし、栽培品種のカプシカム属植物を母本として交配する工程を含む、多汁性及び大果性の形質を有するカプシカム属植物の作出方法。
【請求項8】
請求項7に記載の方法によって作出したカプシカム属植物より採取した種子。
【請求項9】
請求項8に記載の種子から生育させたことを特徴とする、カプシカム属植物。
【請求項10】
請求項1又は2に記載のカプシカム属植物と、任意のカプシカム属植物を交配する工程を含む、多汁性及び大果性の形質を有するカプシカム属植物の後代の作出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多汁性で、かつ大果性の新規なカプシカム属植物及びその作出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カプシカム属植物の野菜としては、パプリカ、ピーマン、トウガラシ、シシトウ等が知られている。ピーマンは、成熟前に収穫した緑色のピーマンと、収穫せずに成熟させて色を黄色、橙色、赤色に変化させたカラーピーマンがあり、パプリカはカラーピーマンの1種で、大型で肉厚であるのが特徴である。カプシカム属植物のなかでもパプリカは、黄色、橙色、赤色といったカラフルな色合いによって料理に彩りを添えることができる。パプリカをカットして生のままサラダとして食する場合は、果肉の食感がジューシーで、また、調理・喫食時に適度な硬さがあってカットしやすいことが求められる。
【0003】
果実の成熟に伴い、果肉が軟らかくなる性質を「多汁性」といい、桃やトマトにおいては一般的な栽培品種がその性質を示すことが知られているが、カプシカム属植物においては、野生種には多汁性を有するものもあるが、栽培品種の多くは非多汁性である。多汁性は一遺伝子により決定されることが明らかとなっている(非特許文献1)。また、カプシカム属植物は、その果実が辛味成分(カプサイシン及びその類縁体)を含む「辛味系統」と、辛味成分を含まない「無辛味系統」に大別される。辛味系統の果実は「とうがらし」として、無辛味系統の果実は「ピーマン」、「パプリカ」、「甘とうがらし」などの名称で流通されている。
【0004】
これまで、多汁性であり、かつ無辛味のカプシカム属植物として、「HFオレンジ1」(品種登録第23248号)が知られているが、これは果実重量が30g未満で、収穫時の果肉が軟らかすぎて、流通適性が悪く、カット調理には適さなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】田中 義行ら、非辛味・多汁性果実を持つトウガラシの品種育成とDNAマーカー利用の検討、京都大学農学部附属農場、17号、p.21-25、2008年5月
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上述した実情に鑑み、従来の多汁性無辛味系統よりも大果であり、果肉がジューシーで適度な硬さを有するカプシカム属植物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、多汁性を有する無辛味のカプシカム属植物と、栽培品種であるカプシカム属植物を交配させることにより、従来の多汁性無辛味系統よりも大果であり、果肉がジューシーで柔らかいが、カット調理に適した適度の硬さのある新規なカプシカム属植物を作出することに成功し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、以下の発明を包含する。
(1)多汁性及び大果性の形質を有するカプシカム属植物であって、可食部果実重1gあたりのポリガラクチュロン酸の分解率が0.07~0.14であるポリガラクツロナーゼ活性を有し、かつ、1果あたりの果実重量が30g以上であることを特徴とするカプシカム属植物。
(2)15mm×10mmの果実切片を、果肉面を上にして試料台に載置し、クリープメーターを用いて、1mm幅のくさび型プランジャーを移動速度10mm/秒で貫入することにより測定した歪み率50%における荷重が、1.1~8.5Nである、(1)に記載のカプシカム属植物。
(3)前記多汁性及び大果性の形質が、交配によって付与されたものである、(1)又は(2)に記載のカプシカム属植物。
(4)(1)又は(2)に記載のカプシカム属植物の後代。
(5)前記カプシカム属植物が、パプリカ又はピーマンである、(1)~(4)のいずれかに記載のカプシカム属植物。
(6)(1)~(5)のいずれかに記載のカプシカム属植物の植物体又はその部分。
(7)多汁性の形質を担う遺伝子をホモ接合型で有し、1果あたりの果実重量が8g以上のカプシカム属植物を父本とし、栽培品種のカプシカム属植物を母本として交配する工程を含む、多汁性及び大果性の形質を有するカプシカム属植物の作出方法。
(8)(7)に記載の方法によって作出したカプシカム属植物より採取した種子。
(9)(8)に記載の種子から生育させたことを特徴とする、カプシカム属植物。
(10)(1)又は(2)に記載のカプシカム属植物と、任意のカプシカム属植物を交配する工程を含む、多汁性及び大果性の形質を有するカプシカム属植物の後代の作出方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、果肉がジューシーで柔らかいが、カット調理に適した適度の硬さのあるカプシカム属植物を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明系統(橙、赤)、HFオレンジ1、大玉パプリカ(市販品)、ミニパプリカ(市販品)のポリガラクツロナーゼ活性(ポリガラクチュロンの分解率(%))を示す(異なる英小文字間には、Tukey法の多重検定により5%水準で有意差があることを示す)。
【
図2】本発明系統(橙、赤)、HFオレンジ1、大玉パプリカ(市販品)、ミニパプリカ(市販品)の1果あたりの果実重量(g)を示す(異なる英小文字間には、Tukey法の多重検定により5%水準で有意差があることを示す)。
【
図3】カプシカム属植物の果実切片の硬さの測定に用いるクリープメーターの写真を示す。
【
図4】本発明系統(橙、赤)、HFオレンジ1、大玉パプリカ(市販品)、ミニパプリカ(市販品)の硬さ(歪み率50%における荷重(N))を示す(異なる英小文字間には、Tukey法の多重検定により5%水準で有意差があることを示す)。
【発明を実施するための形態】
【0011】
1.カプシカム属植物
本発明のカプシカム属植物は、「多汁性」及び「大果性」の形質を有するカプシカム属植物又はその後代である。
【0012】
本発明において、「カプシカム属植物」とは、ナス科(Solanaceae)カプシカム属(Capsicum)に属する植物で、代表的な種としては、カプシカム・アンヌウム(Capsicum annuum)、カプシカム・シネンセ(Capsicum Chinese)、カプシカム・バッカツム(Capsicum baccatum)、カプシカム・フルテッセンス(Capsicum frutescens)、カプシカム・プベッセンス(Capsicum pubescens)等が挙げられるが、好ましくはカプシカム・アンヌウム(Capsicum annuum)に属する植物をいう。カプシカム・アンヌウム(Capsicum annuum)に属する植物としては、例えば、ピーマン、パプリカ、トウガラシ、シシトウガラシ等が挙げられるが、パプリカ、ピーマンが好ましく、パプリカがより好ましい。
【0013】
本発明において、カプシカム属植物の「後代」とは、本発明による多汁性及び大果性の形質を有するカプシカム属植物と、該植物と交配可能な任意のカプシカム属植物とを交配させて得られる植物をいう。
【0014】
本発明において、「形質」とは、植物の遺伝的な特徴又は性質を意味し、果実の形態、大きさ、色彩のように外部形態的特徴として現れる視認可能な形質と、果汁の量や、果実の硬さのように外部形態からは直ちに認識できない形質の双方を含む概念である。形質は、優性又は劣性の様式で、若しくは、部分又は不完全優性の様式で遺伝する。
【0015】
本発明において、「多汁性」とは、果実の成熟に伴い、果肉が軟らかく、果汁が得られやすい性質をいい、成熟した果実に含まれるポリガラクツロナーゼに起因する。また、「大果性」とは、果実の大きさ(果長、果径)に対応して果実重量が大きくなる性質をいう。
【0016】
本発明において、「多汁性」は、ポリガラクツロナーゼ活性によって数値化することができ、具体的には、収穫時における可食部果実重1gあたりのポリガラクチュロン酸の分解率が0.07~0.14である。
【0017】
本発明において、「大果性」は、果実重量によって表すことができ、具体的には、収穫時における1果あたりの果実重量が、30g以上、好ましくは50g以上、より好ましくは100g以上、さらにより好ましくは150g以上をいう。上限は特に限定はされないが、例えば250g以下、200g以下である。
【0018】
本発明において、「収穫時」とは、野菜の食用となる部分を収穫できる時期であり、通常収穫は野菜の食用となる部分が市場への出荷規格に適合している時に行われる。また、例えば、パプリカの場合、開花から40~90日後、果実が色づいた時を指す。ただし、気象条件など栽培環境により収穫時が変動することは自明のことであり、この限りではない。
【0019】
本発明のカプシカム属植物はまた、「軟らかい食感であるが、カットするのに適した硬さ」を有することを特徴とする。本発明において、「硬さ」は、クリープメーター(プランジャーの型:前歯で噛み砕くことを想定したくさび型)を用いて特定条件下で測定した荷重(N)で数値化することできる。具体的には、収穫時における果実の15mm×10mmの切片を、果肉面を上にして試料台に載置し、クリープメーターを用いて、1mm幅のくさび型プランジャーを移動速度10mm/秒で貫入することにより測定した歪み率50%における荷重が、1.1~8.5Nである。上記範囲であると、「軟らかい食感であるが、カットするのに適した硬さ」となる。上記条件で測定した荷重が、1.1Nを下回ると軟らかすぎてカットに適さず、8.5Nを上回ると、噛んだときに歯ごたえがあり、柔らかな食感が得られない。硬さの測定にクリープメーターは、食品の食感に関する物性評価に汎用されているものであれば特に限定されないが、例えばクリープメーターRE2-33005C((株)山電製)、クリープメーターCR-200D((株)サン科学製)などを用いることができる。
【0020】
本発明のカプシカム属植物は、カプシカム属植物の植物体だけでなく、植物体の部分も含まれる。植物体の部分としては、器官、組織、細胞、組織から得られる細胞などが挙げられる。好ましいカプシカム属植物の部分としては、例えば、果実、花粉、種子、花、茎、葉、胚珠、葯、根を挙げることができる。
【0021】
2.カプシカム属植物の作出方法
本発明は、多汁性の形質を担う遺伝子をホモ接合型で有し、1果あたりの果実重量が8g以上のカプシカム属植物を父本とし、栽培品種のカプシカム属植物を母本として交配する工程を含む、カプシカム属植物の作出方法を提供する。
【0022】
ここで、「ホモ接合型」とは、相同染色体上の対応する遺伝子座の1つ以上で類似の対立遺伝子をもつことを意味する。多汁性の形質を担う遺伝子をホモ接合型で有するカプシカム属植物は、それを用いた人工交配によって得られる個体は理論上すべて多汁性の形質を担う遺伝子を有することになるので、選抜が容易である。
【0023】
多汁性の形質を担う遺伝子をホモ接合型で有するかどうかの検定は、例えば、カプシカム属植物又はその細胞よりDNAを抽出し、下記のプライマーのセットを用いて常法によりPCR増幅し、PCRによる増幅産物(166bp、414bpにバンドあり、かつ、580bpにバンドなし)を、電気泳動により検出することによって行うことができる。
【0024】
プライマーA:5’-GCATGTACAAAGAATACTATGATC-3’(配列番号1)
プライマーB:5’-TCTGCTTACACCGTCAGTATACTG-3’(配列番号2)
【0025】
本明細書において、「栽培品種」とは、農場又は保護環境(例えば、温室又はハウス露地)において、農業や園芸利用のために人によって栽培される育種系統をいう。栽培品種は、野生種と比較して、有用な形質(例えば、大果性、高収量性、均一性等)を保持する品種をいう。
【0026】
父本として使用する多汁性の形質を担う遺伝子をホモ接合型で有し、1果あたりの果実重量が8g以上のカプシカム属植物は、栽培品種と交配可能なものであれば、栽培品種であっても、野生種であってもよい。具体的な品種としては、「HFオレンジ1」(品種登録番号23248号)が挙げられる。
【0027】
母本として使用する栽培品種のカプシカム属植物としては、例えば、カプシカム・アンヌウム(Capsicum annuum)種、カプシカム・バッカツム(Capsicum baccatum)、カプシカム・シネンセ(Capsicum chinense)種、カプシカム・フルテッセンス(Capsicum frutescens)種、カプシカム・プベッセンス(Capsicum pubescens種)等が挙げられる。
【0028】
交配は、種子親(母本である栽培品種のカプシカム属植物)と花粉親(父本である多汁性の形質を担う遺伝子をホモ接合型で有し、1果あたりの果実重量が8g以上のカプシカム属植物)を確実に特定することができるため、人工交配することが好ましい。人工交配とは、花粉親と種子親を人為的に交配することを意味し、例えば、花粉親から人為的に花粉を採取し、その花粉を種子親の柱頭に人為的に付着(受粉)させることをいう。カプシカム属植物は、例えばパプリカの場合、授粉処理後40日~60日で果実が成熟し、F1系統の種子を得ることができる。
【0029】
本F1系統の種子はハウス食品グループ 千葉研究センター内において保存されており、特許登録後においては、試験希望者に分譲の用意がある。
【0030】
また、本F1系統の種子の例として、後述の実施例1で作出した、母本に橙色パプリカを用いて得られた本発明系統(橙)の種子、母本に赤色パプリカを用いて得られた本発明系統(赤)の種子を、それぞれ2023年8月2日付けで、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許生物寄託センター(千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室)に受託番号FERM P-22480、及び受託番号FERM P-22481として国内寄託した。
【0031】
上記F1系統の種子を生育させることにより、収穫時に多汁性と1果あたり30g以上の重量を有するカプシカム属植物を得ることができる。該カプシカム属植物は、果実の成熟期(開花から50~60日)になると、果実が橙や赤に色づくと共に、多汁性が現れる。
【0032】
また、本発明のカプシカム属植物の後代は、本発明のカプシカム属植物と、任意のカプシカム属植物を交配することにより作出することができる。ここで、任意のカプシカム属植物とは、本発明のカプシカム属植物又はその親系統と、その他のカプシカム属植物の両方を含む意味である。本発明のカプシカム属植物は、例えば、中間母本として用いることにより、他のカプシカム属植物の栽培品種に多汁性、大果性、かつ、特定の硬さを付与した新しい栽培品種を作出することができる。
【0033】
後代の作出方法の実施態様には、F1系統を自殖させてF2世代を得る工程を含む方法、F1系統と親系統(多汁性の形質を担う遺伝子をホモ接合型で有し、1果あたりの果実重量が8g以上のカプシカム属植物又は栽培品種のカプシカム属植物)とを戻し交配(バッククロス)する工程を含む方法、又はF1系統と任意のカプシカム属とを交配する工程を含む方法がある。本作出方法において、後代を得る工程及び選抜する工程は複数回繰り返してもよい。
【実施例0034】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明の範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0035】
[実施例1]本発明のカプシカム属植物の作出
栽培品種のカプシカム属植物として橙色パプリカ又は赤色パプリカ、及び、多汁性を担う遺伝子をホモ接合型で有する無辛味の系統で、1果あたり8g以上の重量を有するカプシカム属植物として「HFオレンジ1」(品種登録番号23248号)の種子をそれぞれ用意し、これらの種子を含水させた培地に播き、20~30℃に保温して催芽処理した。発芽種子を温室(18~35℃)にて生育させ、開花後、交配を行った。
【0036】
交配は、橙色パプリカ又は赤色パプリカを母本とし、「HFオレンジ1」を父本として行い、母本の除雄を行った後、授粉を行った。なお、授粉に用いた橙色パプリカ又は赤色パプリカの花は開花前に除雄し、自殖を避けるため袋掛けした。授粉処理後40日~60日で果実が成熟した段階で果実を収穫した。以下、母本に橙色パプリカを用いて得られた果実を「本発明系統(橙)」、母本に赤色パプリカを用いて得られた果実を「本発明系統(赤)」と称する。
【0037】
[試験例1]多汁性の評価
実施例1で作出した「本発明系統(橙)」、「本発明系統(赤)」、「HFオレンジ1」、「大玉パプリカ」、「ミニパプリカ」を試料とし、多汁性の評価を、ポリガラクツロナーゼ活性を測定することにより行った。ポリガラクツロナーゼ活性の有無は、下記の方法にてオストワルド粘度計にて基質(ポリガラクロン酸)溶液の酵素反応前後の粘度を測定し、粘度低下率(ポリガラクチュロン酸の分解率)を求めることで判定した。
【0038】
<ポリガラクツロナーゼ活性の測定方法>
酵素液の作成には、試料の果実より、種、蔕、胎座を取り除いた可食部のみを使用した。果実はミルサーで2分間攪拌し、均一なペースト状にしたものを5g採取し、ペーストと同重量の蒸留水を加えて転倒混和して、15000×gで20分間、20℃で遠心した。遠心後、上澄み液を取り除き、5mlの5%食塩水を加え、懸濁した。懸濁後、0.5mol/LのNaOHを加えてpH9.0にし、60分間静置して酵素を抽出した。抽出終了後、15000×gで20分間、20℃で遠心し、上澄み液を透析用セルロースチューブに全量注入して一晩蒸留水中に静置し、粗酵素液を調製した。次に、透析用セルロースチューブから酵素液を全量採取し、15000×gで5分間、20℃で遠心して上澄み液を採取し、酵素液とした。
【0039】
基質液は、マッキルベイン緩衝液に、1%ポリガラクチュロン酸溶液を加えてpH5.0に調整したものを使用した。
【0040】
酵素反応後の基質液は、基質液9mlに、各試料より得られた酵素液1ml添加し、30℃で10分以上静置することによって調製した。
【0041】
粘度測定は、30℃の条件下で実施した(各4検体)。蒸留水、基質液、及び酵素反応後の基質液の各8mlをオストワルド粘度計(No.3、柴田科学)に添加し、流下速度をストップウォッチで3反復測定し、得られた平均値を用いて、下記式(I)により酵素液1mlあたりのポリガラクチュロン酸の分解率を求めた。
【0042】
酵素液1mlあたりのポリガラクチュロン酸分解率={(基質液の流下速度/秒)-(酵素反応後の基質液の流下速度/秒)}/{(基質液の流下速度/秒)-(蒸留水の流下速度/秒)} (I)
【0043】
次に、「本発明系統(橙)」、「本発明系統(赤)」、「HFオレンジ1」、「大玉パプリカ」、「ミニパプリカ」の可食部の重量を、電子天秤を用いて測定し、下記式(II)により可食部果実重1gあたりのポリガラクチュロン酸の分解率を求めた。
可食部果実重1gあたりの分解率=酵素液1mlあたりの分解率×酵素液量/使用した可食部果実重 (II)
【0044】
測定結果を
図1に示す。
図1に示されるように、「本発明系統(橙)」、「本発明系統(赤)」及び親品種の「HFオレンジ1」は、可食部果実重1gあたりのポリガラクチュロン酸の平均分解率が0.12程度になり、ポリガラクツロナーゼ活性を有することが示されたのに対して、多汁性を示さない栽培品種である市販の「大玉パプリカ」、「ミニパプリカ」はポリガラクチュロン酸の分解率の平均値がそれぞれ0.007と-0.022であり、ポリガラクツロナーゼ活性は無いと考えられた。
【0045】
[試験例2]果実重量の評価
実施例1で作出した「本発明系統(橙)」、「本発明系統(赤)」、及び、比較として親品種の「HFオレンジ1」、多汁性を示さない市販の「大玉パプリカ」、「ミニパプリカ」の重量を、電子天秤を用いて測定した(各13検体)。
【0046】
結果を
図2に示す。「HFオレンジ1」は平均値20gに満たないのに対して、「本発明系統(橙)」及び「本発明系統(赤)」は、平均値が約60gであり、3倍以上重量が増した。
【0047】
[試験例3]果実の硬さの評価
実施例1で作出した「本発明系統(橙)」、「本発明系統(赤)」、及び、比較として親品種の「HFオレンジ1」、多汁性を示さない栽培品種の市販の「大玉パプリカ」、「ミニパプリカ」を試料とし、果実の硬さの評価を、果実切片に一定の力を加えた時の応力を以下の方法で測定することによって行った。
【0048】
試料の果実(各13検体)から、赤道面の最も着色の進んでいる部分を中心に、メスで約15mm×10mmの切片となるよう切り出した。機器は(株)山電製のクリープメーターRE2-33005B、プランジャーはNo.64(1mm幅平面くさび型)を使用した。果実切片の繊維とプランジャーが平行になるようにクリープメーターの試料台に載せ、プランジャーを10mm/秒の速度で貫入させ(
図3)、歪み率50%における荷重(N)を測定した。この測定条件は、喫食時に前歯で噛む動作を再現している。
【0049】
結果を
図4に示す。「HFオレンジ1」は歪み率50%における荷重の平均値が1(N)に満たないのに対して、「本発明系統(橙)」及び「本発明系統(赤)」は、それぞれ約5(N)、約3(N)であり、硬さが3倍以上増加した。